
交流会の最後に新垣さんが、山里さんとの掛け合いで石垣のジラバを歌いました。お二人のジラバは深く私の心に残りました。お二人の、そして、これまで石垣島に生きてきた琉球人の歴史や文化が一つの唄に込められたものでした。島の強さを体全身で感じました。

山里さんも、石垣島がこれまで受けてきた外からの暴力に対する島民の悲しさが、せつない唄声で表現されました。またこれらの暴力に屈しない島民の独立心、抵抗力をも唄から教わったように思います。

新垣さんは三線も弾いて下さいました。新垣さんは社会大衆党で活動をしたいたころ、東京で三線を弾きながら選挙活動をしていた様子を新聞で見たことがあります。それほど新垣さんは琉球の文化を愛し、文化で琉球の政治を変えようとしていたと思います。琉球民族独立総合研究学会の発足シンポジウムの最後に、金星さんがデンサー節を歌って下さいました。琉球の唄は琉球人の心を揺り動かす力を持っています。

翌日は母の日でした。私たちが宿泊した白保でも掲示板に母の日を祝う言葉がありました。白保は心温まる成人式でも有名な場所ですが、地域のいたるとこに、人間の愛を感じることができます。

その日は、両親とともに親戚にご挨拶をしましたが、その間をぬって、介護老人ホームの前で、琉球独立について八重山日報のインタビュー取材を受けました。翌日、新聞の一面に掲載されました。様々な立場の人が、冷静に琉球独立について考えてほしいと思います。
記事は次のウェブサイトで見ることができます。
http://www.yaeyama-nippo.com/2013/05/13/琉球独立で平和な島に-尖閣は争い棚上げを-市出身の松島教授提唱/