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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年、
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年、
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年、
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年

Yasukatsu Matsushima

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琉球独立論についての大田先生のインタビュー


『人民新聞』の最新号で、大田昌秀先生が琉球独立について述べておられます。琉球独立についての新著、楽しみにしています。 



──「沖縄独立論」についてどう思われますか?

大田…沖縄の人間は、みんな日本政府の政策や対応にはうんざりしています。それは、廃藩置県以来、まったく変わっていません。沖縄に対する日本政府の「構造的差別」がなくならない限り、こんな日本についていたら埒があかないから独立すべき、という声が出るのは当然です。


沖縄の独立に関する議論はずっと以前からされてきて、「沖縄独立」に関する本も、何百冊も出ています。私もいま「沖縄独立」に関する本を執筆しているところです。

最近の「独立論」の特徴は、学者が具体的に現実性を指向して語り初めていることです。石垣島出身の京都・龍谷大学教授の松島泰勝さんが独立論を唱えて、つい最近、『琉球独立論』という本を出しました。いま、世界に国連加盟国は193カ国ほどありますが、そのうち42カ国は、沖縄より人口が少ない国なんです。彼は、沖縄国際大学教授の与那国出身の友知政樹教授たちと「琉球独立総合研究学会」を設立しました。

先日、スコットランド独立の是非を問う住民投票が行われましたが、多くの沖縄の人々が注目しています。シンポジウムも行われていますし、9月には糸数慶子参院議員が、国連の「先住民族世界会議」の分科会で、「日本政府は沖縄の人々を先住民として認めるべきだ」と訴える演説を行いました。

独立論はますます広がっている状況にあります。今後、「沖縄独立論」がどういう展開を見せるのか、注目すべき点です。

多様な人が出会う場所としての東京琉球館

昨日は東京琉球館で色々な方に出会い、意見交換することができました。島袋さんが仰っていたように、多様な意見を持った人が出会う場所が東京琉球館だと実感しました。14年間、島袋さんが手弁当で運営されてきた場所であり、在日琉球人としての生き様が刻まれた場所だと思います。

私が学生の頃から励ましてもらいました。『琉球独立への道』の輪読会や読書会も琉球館で開いてもらい、そこでも多くの方と出会いました。今、那覇市議として活躍されている上原カイザさんもそのお一人です。先ほど、島袋さんがつくってくれた朝食を宿泊所で食べさせてもらいました。

東京琉球館には、琉球の物産も販売しており、私もサーターアンダギー、オキコラーメン、小豆黒糖を買い求めました。みなさんも、東京琉球館に行きまして、琉球の熱い思いを感じてください。

松聲閣での息抜き

早大での講義が始まる前に、久しぶりに、大学院生時代に毎日のように来ていた新江戸川公園に行きました。旧細川大名の学問所、松聲閣があったところです。

約7年間の大学院生時代、毎日のように朝から晩まで図書館にこもって勉強していましたが、唯一の息抜きで、この公園に来て、昼ご飯を食べたり、縄跳びをしていました。大学やその周辺は大きく変わりましたが、この公園は昔のままで、20数年前に戻ったかのようでした。

週末は郵便局で小包整理の深夜勤バイトをしていましたが、その時一緒に働いていた、シンガポール、台湾、中国の留学生は今頃何をしているのかを考えました。

駒込の東京琉球での熱い議論

午後は、毎日新聞論説委員の岸さんのインタビューをリーガロワイヤルのカフェで受けました。宿舎で一休みした後、夕食を早稲田通りにあるカチン民族の食堂で食べました。非常に美味しく、体も心も温かくなりました。

早稲田通りには、他にもアジアの料理店が多く、東京にくる時には毎回、どこかの民族の料理を食べています。その後、駒込にある東京琉球館で話しをさせてもらいました。新しい東京琉球館に行くのは初めてですが、琉球の香りが店一杯にあるとともに、島袋さんの琉球独立への熱い思いと強い意志が伝わました。

13人の方が寒い中来て下さり、琉球独立についてそれぞれの思いを語り合うことができてよかったです。宿泊所の門限で交流会には参加でず失礼しましたが、私もいろいろと学ぶことができた一夜でした。

学問の独立

昨日は、午前中に『21世紀の戦争と平和」という授業で講義をしました。学生達も、何人も質問や意見をぶつけてくれました。講義が終了しても、並んで質問や意見をして下さり、私も大変嬉しくなりました。早大の正門にある、大学の「教旨」には、明確に「学問の独立」が刻まれています。これからも学問の独立を旨にして、自らの学問を研鑽していきたいです。

早稲田大学での講義内容

今日、早稲田大学でこのスライドと2階目のスライド「琉球はアジアの「スコットランド」になる」を使って授業をします。文章中の、とびだし各参考資料も大変、説明に都合がよく、活用したいと思います。

スライドをコピーし配布するとともに、プロジェクターで学生にスライドを見せながら、講義を行い、最後に『琉球独立論』に対する意見や反論を含めて、学生達と真摯に議論したいと思います。授業での本スライドの使用を了解して下さった、ポリタス主催の津田大介さんにお礼申し上げます。

東京での自分の原点

神田川です。自分が初めて東京に住んだ場所、豊島区高田の近くを歩きました。「日本」という自分にとって新たな世界と出会ったときの緊張感を持ち、期待と失望の気持ちを心に抱きながら、東京という街を歩いた時のことを考えました。

東京での原点とも言うべき場所に数年に一度くらい来て、現在とこれからの自分の生き方を考えました。今日の早大や東京琉球館での、学生や社会人の御真人との議論を楽しみにしています。

写真はFacebookを見て下さい。

<沖縄・琉球独立論者の意見>スコットランド独立問題で勢いづく革命や流血によらない独立論議

『琉球独立論』紹介されています。スコットランドと琉球とを結びながら、琉球独立を考えていきたいです。ポリタスの記事も合わせてお読み下さい。



保科省吾[コラムニスト]

***

沖縄県はかつて「琉球」という名の歴とした独立国であった。

先日大きな話題となった英国からの独立を求めるスコットランドの住民投票。これは反対票が上回り頓挫。しかし、これを受けてスペインではカタルーニャ自治州(州都はバルセロナ)が、スペインからの独立を訴えて勢いづいている。

北部オランダ語地域の独立を目指す政党「新フランデレン同盟」が躍進するベルギー。人口約3500万人のカナダで、そのうち、約800万人を占めるケベック州は、80%以上が話すフランス語が公用語。1960年代から独立問題がくすぶり、80年と95年には住民投票を実施。いずれも独立派の敗北に終わった。

このように革命や流血によらず、民主主義の枠内で独立を目指そうという勢力は世界中にある。

こうしたニュースや解説が報じられ中、沖縄にも琉球独立を目指す勢力があることをテレビや新聞は全く取り扱わない。いや、とりあつかえない。知らないのかとも思う。

1609年(琉球暦万暦37年・和暦慶長14年)、薩摩藩は3000名の軍勢を率いて当時琉球王国の領土だった奄美大島に進軍。さらに沖縄本島に上陸、首里城にまで進軍した。島津軍に対して、琉球軍は4000名の兵士を集めて対抗したが敗れ、 尚寧王が和睦を申し入れて首里城は陥落した。これ以降、琉球王国は薩摩藩の付庸国となり、薩摩藩への貢納を義務付けられ、徳川幕府に使節を派遣した。

一方で明を滅ぼした清にも朝貢を続け、薩摩藩と清への両属という体制を取らざるを得なくなった。しかし、依然として琉球王国は独立国家の体裁を保ち、独自の文化を維持した。清からの使節がやってきた時は、薩摩藩の役人が、身を潜めこれをやり過ごしたという記録が残っている。

奄美群島は、薩摩藩直轄地となり分離されたが、琉球も奄美群島の支配を続けた。1871年、明治政府は廃藩置県によって琉球王国の領土を鹿児島県の管轄としたが、1872年には琉球藩を設置し、琉球国王尚泰を琉球藩王に任じて華族に列した。

明治政府は、廃藩置県に向けて清国との冊封関係・通交を絶ち、明治の年号使用、藩王自ら上京することなどを再三迫ったが、琉球が従わなかったため、1879年3月、処分官松田道之が随員・警官・兵あわせて約600人を従えて来琉、武力的威圧のもとで、3月27日に首里城で廃藩置県を布達、首里城明け渡しを命じ、4月4日に琉球藩の廃止および沖縄県の設置がなされ、沖縄県令として鍋島直彬が赴任するに至り、王統の支配は終わった。これを琉球処分という。

第二次世界大戦後のサンフランシスコ講和条約で、沖縄はアメリカ合衆国の施政権下に置かれるものとされた。1972年(昭和47年)に、沖縄(琉球諸島及び大東諸島)の施政権がアメリカ合衆国から日本に返還され。沖縄は、日本に復帰した。

この歴史の流れを見る限り、琉球は、自らの意思を行使する大きな権利を持っている。その中に琉球独立論があるのは十分に理解できる。

琉球には米軍専用基地のおよそ75%があるのは周知のとおりだ。琉球独立派から見れば、この状態は日本は基地という重荷を植民地とした琉球に押し付けていると見ることもできる。

日本の政治を今、牛耳っているのは、民族主義者(ナショナリスト)で親米という矛盾した存在である。親米だから、基地は動かない、集団的自衛権も認める。

ところが、琉球独立派は、民族主義者で反米というわかりやすい存在だ。ならば基地はいらない。そういう考えに立たなければ沖縄の基地は永遠になくならない、という考え方も成り立つのである。経済は大切だが、琉球が独立して経済的にやっていけるかという反論は、琉球独立派にとって、なんの障害にもならないだろう。

筆者は、琉球独立を支持するものではないが、この考え方があることだけはきちんと押さえておききたいと思うものではある。

[参考文献] 「琉球独立論」松島泰勝, バジリコ, 2014

東京琉球館での議論

明日はまた東京琉球館において、琉球独立について来場の皆さんと議論をします。琉球独立についての多様な観点からの意見をお聞きして、真摯に意見交換したいです。このような機会を作って下さった島袋マカト陽子さんにお礼申し上げます。

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琉球はアジアの「スコットランド」になる

ポリタスに私の新しい論考が掲示されていますので、お読み下さい。明日、早稲田大学に行き、「沖縄知事選から考える琉球の平和」と題する講義を行います。テキストは、ポリタスに掲載された二つの論考です。また学生と『琉球独立論』に関しても議論を行なう予定です。活発な意見の交換をしたいです。

http://politas.jp/articles/194

韓国のウェブニュースでの新知事誕生のニュース報道

韓国のウェブニュースで翁長さんの新知事当選について報じている中、拙書も紹介されていました。ハングルは読めないのですが、翁長新知事誕生が、アジアにとっても重要であることがわかります



[김현기의 제대로 읽는 재팬] 오키나와의 반란 … “본토 깨부수자”는 후보가 지사 당선
[중앙일보] 입력 2014.11.17 00:40 / 수정 2014.11.17 09:42
후텐마 기지 이전 반대한 오나가
아베가 미는 나카이마 지사 눌러
각종 차별대우에 주민 분노 표출
“500년 역사 류큐왕국” 자부심
고유어 교육 등 독립 움직임도
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오키나와 지사 선거를 앞둔 8일 주민들이 후텐마 미군 기지의 이전 예정지인 헤노코 기지 앞에서 철수를 주장하며 시위하고 있다. [헤노코=김현기 특파원], [지지통신]


오나가 다케시
16일 실시된 일본 오키나와(沖繩)현 지사 선거에서 ‘미군기지 이전 반대’를 외친 야당 후보가 승리했다.

 아베 신조(安倍晋三) 총리는 오키나와 남부의 후텐마(普天間) 미군기지를 북부 헤노코(邊野古) 연안으로 이전하려는 현 지사 나카이마 히로카즈(仲井眞弘多·75) 후보의 당선을 위해 총력을 기울였지만 참패하고 말았다. “세계적 테마파크인 유니버설스튜디오 재팬(USJ)을 오키나와에 유치하도록 지원하겠다”는 약속까지 내놨지만 소용없었다. 미군기지 이전 반대를 공약으로 내건 오나가 다케시(翁長雄志·64) 전 나하(那覇)시장이 압승함에 따라 일 정부와 미국 간의 기지 이전 약속 이행조차 불투명해졌다.

 이달 초 방문한 오키나와는 분노로 가득 차 있었다. 핵심은 미군기지였다. 오키나와의 면적은 일본 전체의 0.6%에 불과하다. 그런데 일본 내 미군기지 시설의 74%가 몰려 있다. 오키나와 총면적의 18.3%가 미군 몫이다. ‘이전’한다고 해도 오키나와 안에서 빙빙 도는 구조다.

그러다 보니 분노의 화살은 ‘일본 본토(오키나와에선 ‘야마토’라 부른다), 그리고 미국으로 향한다. 이들이 입버릇처럼 달고 다니는 우치난추(‘오키나와인’이란 방언)란 말도 실은 본토에 대한 적개심의 발로다. 500년간 ‘류큐(琉球) 왕국’을 유지하며 중·일·미 사이에서 버텨 온 굴곡의 역사, 이후 각종 차별 대우가 낳은 오키나와의 비극이다.

 7일 오키나와 기노완(宜野灣)시 가카즈공원. 전망대에 올라서자 약 2㎞ 앞의 후텐마 기지가 한눈에 들어왔다. 주일 미군 해병대의 비행기지 거점이다.




오키나와 기노완 도심 한가운데의 후텐마 기지. [헤노코=김현기 특파원], [지지통신]
좁은 녹지공간을 사이에 두고 불과 수십m 옆에 건물들이 즐비했다. 후텐마 기지가 ‘세계에서 가장 위험한 기지’란 소리를 들을 만했다. 2.7㎞ 길이 활주로 옆에는 미군의 수직 이착륙기인 ‘오스프리’ 10대가량이 두 줄로 나란히 선 채 굉음을 내고 있었다. 전망대에 있던 주민에게 “왜 이착륙을 하지 않는데도 오스프리가 엔진을 켜고 있느냐”고 묻자 “성능 조정이란 이유로 시도 때도 없이 저런다”는 퉁명스러운 답이 돌아왔다. 인접 주택가에 산다는 니가키 미쓰오(新垣光男·68)는 “밤새 멈추지 않는 굉음에 늘 공포를 느낀다”고 말했다.

 8일 오전 후텐마로부터 차로 약 두 시간 북쪽에 위치한 나고(名護)시 헤노코 미군기지 ‘캠프 슈왑’. 일 정부와 미군이 후텐마 기지를 이전하려는 곳이다.

기지 입구 ‘게이트 1’ 앞에선 100여 명의 주민들이 “매립공사 중단하라”란 구호를 외치며 항의 시위를 벌이고 있었다. 스즈키 야스유키(鈴木康之·40)는 “활주로 매립공사를 하면 헤노코 연안에 서식하는 산호와 60여 종의 희귀 갑각류, 국제적 멸종 위기 동물 듀공과 바다거북의 생태계가 파괴된다”며 “오키나와의 오랜 역사로 볼 때도 더 이상 미군기지는 용납할 수 없다”고 말했다. 매립 예정지 모래사장과 바다를 사이에 두고 쳐져 있는 200m 길이의 철조망에는 ‘듀공이 오는 바다를 지키자’ ‘전쟁도, 기지도 싫다’는 구호가 적힌 플래카드가 붙어 있었다.


마쓰시마 야스가쓰 류코쿠대 교수의 『류큐 독립론』
 오키나와 선거는 최근 독립투표를 실시한 스코틀랜드를 연상케 한다. 오키나와 북서부의 한적한 마을 모토부초(本部町)에서 열린 유세장에서 만난 시마부쿠로 요시토쿠(島袋吉德·68) 모토부초의회 의장의 말에는 ‘본토’에 대한 분노가 가득 차 있었다. “다른 지자체에는 신칸센(新幹線) 건설이다 뭐다 해서 연간 수 조엔씩 뿌리면서 우리에겐 고작 매년 3000억 엔의 진흥기금을 주겠다며 기지 이전을 수용하라고 하는데 그건 우리를 농락하는 것이야.” 당선된 오나가 후보의 유세 내용은 깜짝 놀랄 만한 것이었다. “우리 선조들은 수백 년을 고생해 류큐 왕조를 지켜왔는데 이제 와 이런 수모를 당하다니 절대 용서할 수 없다. ‘우치난추’가 하나 돼 (야마토를) 깨부수자.”

 오나가의 공약 중엔 ‘오키나와어’ 교재를 만들어 오키나와의 모든 학교에서 가르치겠다”는 것도 있다. 오키나와의 정체성 확립을 위해서라지만 궁극적으로 독립을 염두에 둔 것일 수 있다. 스코틀랜드가 고유 언어인 게일어를 부활시켜 도로 표지판까지 영어·게일어를 혼용한 것과 흡사하다. 상황에 따라선 ‘오키나와 독립운동’의 불씨가 될 수 있다.

 이들이 주장하는 ‘류큐 왕국’의 부활은 ‘친중국적 독립국가’라는 점에서 파장이 클 수 있다. 류큐의 DNA는 중국에 가깝기 때문이다. 실제 류큐 왕조 시대 중국에서 건너와 뿌리를 내렸던 이들의 자손이 지난해 ‘공자묘’를 나하 시내에 세웠다. 오키나와를 찾는 중국인 관광객 수 또한 크게 늘고 있다.

 『류큐 독립론』의 저자 마쓰시마 야스가쓰(松島泰勝) 류코쿠대 교수의 말은 의미심장하다. “일본은 1609년 사쓰마번 침략, 1879년 류큐 처분, 1972년 일본 반환의 세 번에 걸쳐 류큐를 지배하러 왔다. 미군은 1853년 페리 제독의 개항 요구, 1945년 오키나와 전투 두 번에 걸쳐 왔다. 하지만 중국은 오키나와를 지배하러 온 적이 한 번도 없다.”

나하·나고(오키나와)

김현기 기자





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同和地区とまちづくり――京都市立芸術大学の移転とエリアマネジメントという試み

今日は、龍谷大学において、私が担当する地域経済論において、「同和地区とまちづくり――京都市立芸術大学の移転とエリアマネジメントという試み」というテーマで、(公財)世界人権問題研究センター研究員の
山本崇記さんがご講演をして下さいます。

同和地区におけるエリアマネジメントの最新の動向について、現場で活動されている山本さんのお話から、多くのことを学ぶことができると思います。

翁長さん、勝利の一声

琉球の両親から、携帯電話を通じて、翁長さんの当選の喜びの声を聞かせてもらいました。主権回復の日に反対するシンポの時に、翁長さんと話しをした時のことを思い出します。基地をなくし、アジアの中で輝く琉球を琉球人とともに作ってもらいたいと思います。

問われる社会の良心 もう攘夷の時代ではない

問われる社会の良心 もう攘夷の時代ではない
2014年11月5日付 中外日報(社説)

「日本人の精神を1尺掘ると攘夷が出てくる」と評される。攘夷は長い鎖国の安逸を破られ起こった幕末の外国人排斥運動、つまり排外主義である。島国で培われたこの気質は、今も何か外圧に遭うと目を覚ます。昨今の「嫌中・憎韓」ブームやヘイトスピーチもその表れとみていいが、笑止なのは「嫌」や「憎」をあおる当事者が愛国者気取りでいることだ。

だが、偏狭で独り善がりな愛国心が国政を巻き込むようだと危うい。国を破滅に導く懸念が生じるばかりか、全体の利益を口実に平然と個人に犠牲を強いる社会を招く怖さがある。それは戦前・戦中の世への回帰にほかならない。

最近、書店に足を運んで驚くのは平積みされた「嫌中・憎韓」本の山である。書店は売れるから置くと言うが、これらの本が読まれると中国、韓国との関係が悪化すると考える市民が半数を占めるそうだ(10月26日付毎日新聞)。

激しい言葉で在日コリアンらを侮辱し大阪高裁で「人種差別」と認定されたヘイトスピーチは、恐怖感を覚えるほど粗暴である。国連の委員会で「暴力的な威嚇」と厳しく批判されたが、安倍政権の女性閣僚らがそんな団体などの関係者と写真に納まっていた。なぜか国内メディアはあまり報じておらず、むしろ人権に敏感な先進諸国のメディアが強い関心を寄せて批判報道しているようだ。

冒頭の攘夷の例えは、半藤一利・保阪正康両氏の『日中韓を振り回すナショナリズムの正体』(東洋経済新報社刊)から引用した。同書も記すように、閉塞感を強める世はいつの時代も破局へと向かう勇ましい言葉が民衆を誘惑する。そうした社会は寛容さを失って集団エゴに陥りやすく、周辺部に生きる声の小さな人々への思いやりが抜け落ちる。例えば沖縄だ。

「現在琉球民族が置かれている社会的位相は中国の新疆ウイグル自治区やチベット自治区と変わるところがない」――琉球民族独立総合研究学会共同代表を務める松島泰勝・龍谷大教授の著作『琉球独立論』(バジリコ社刊)の一文だ。明治初頭の琉球処分で日本に併合されるまで独立王国だった沖縄は、過酷な歴史を経て現在も過重な基地負担に苦しむ。だが、本土は周辺国の脅威は強調しても植民地状態で抑圧された人々は省みない。そのエゴへの憤まんが今回の知事選にもうかがわれた。

「小指の痛み」に素知らぬ顔の国の自画像はひどく不気味な姿に違いない。結局、問われているのは社会の健全性と一人一人の心の持ち方なのだろう。

【沖縄県知事選】日本人よ、そろそろ、琉球に米軍基地を押し付けるのを止めようじゃないか


「沖縄県知事選挙」を特集したポリタスに拙論が掲載されましたので、お読み下さい。

http://politas.jp/articles/166

【沖縄県知事選】日本人よ、そろそろ、琉球に米軍基地を押し付けるのを止めようじゃないか

◆危うい日本の国防体制

日本人は、自国の安全保障を米軍基地なしには考えないという惰性の政治を続けている。米軍専用基地の74%を琉球に集中させ、琉球人が米軍基地に反対すると、日本の安全保障体制が揺らぐという、非常に危うい国防体制である。

琉球に基地という犠牲を押し付けているのは日本政府だけではなく、日本人そのものである。日米安保体制による「抑止力」を主張している国会議員や知事を日本人の大多数が選んでいる。琉球に基地を押し付けることで、基地から発生する様々な問題から目をそらせ、「静かで安全な生活」を楽しむことができるからであろう。

今回の沖縄県知事選挙は、このような他人任せの、無責任で、脆弱な日本の国防体制を今後も続けるのかどうかを決める、非常に重要な選挙である。日本の安全保障の根幹にかかわる問題であり、本来ならば、日本全国民で住民投票を行ない、または米軍基地問題を争点とした衆参同時選挙を実施すべきであろう。

しかし、不思議な国、日本においては、琉球人が日本の安全保障を左右する「決定権」までも押し付けられ、単なる知事選で日本の国防体制が決められようとしている。日本人は自国の「抑止力」のために米軍が必要だと口では言っても、本気で自らの問題として考えていないのだろう。

◆日本政府からのカネで琉球は経済自立するのか
今回の知事選挙の大きな争点は、辺野古に米軍新基地を認めるかどうかである。1998年に行なわれた、大田昌秀氏と稲嶺恵一氏との知事選挙でも米軍基地が争点となり、「県政不況」を訴えた稲嶺氏が当選した。

「県政不況」とは、琉球側が辺野古新基地建設に反対すると日本政府からの補助金が減少して、琉球の経済が不況に陥るという意味の言葉である。実際、日本政府は基地建設に反対した大田県政に対して振興開発というカネがでる蛇口を閉める措置をとった。

今も日本政府は、米軍基地を琉球人に容認させるためにカネをばらまく政策を行なっている。昨年末に仲井真弘多知事が辺野古容認に態度を変えたのも、振興開発資金がこれまでになく増えたことが大きな要因である。今回の知事選でも、同知事は、日本政府からの経済支援を受けることを前提とした沖縄島縦貫鉄道建設などを公約に掲げている。

しかし、日本政府から与えられたカネで琉球は本当に経済自立するのだろうか。このようなカネがなくなれば、たちまち琉球経済は破綻するのだろうか。1972年に琉球が日本の一部になって、約10兆円の振興開発事業費が提供され、日本政府主導の開発政策が実施されてきたが、いまだに県民所得全国最下位、高い失業率などの構造的経済問題は解決されないままである。

金融特区、IT特区、特別自由貿易地域などの、これまでの主要な経済政策も失敗してきた。振興開発の大部分を占める公共事業の半分は日本企業が受注して、その利益は日本に還流している。

琉球の主要産業となった観光業でも、日本企業による経済支配が強化され、琉球企業の倒産、日本企業による吸収合併が進み、琉球は日本の「経済植民地」と言われるようになった。

基地を認めて、日本政府からカネを引き出すことができたとしても、琉球が抱える構造的な経済問題は解決できないだろう。なぜなら、基地とリンクしたカネの増減、その使い方などは日本政府のさじ加減となり、琉球側が自由に使える代物ではないからである。また霞ヶ関の官僚は本気で琉球の経済発展を考えていないからである。日本政府にとって琉球の有効価値は、迷惑施設である米軍基地の琉球への強制が可能であることにある。

日本政府にとって琉球が経済自立して、米軍基地の撤去を全面的に主張されては困るのである。よって、いい加減な対琉球の経済政策を過去42年も続けてきた。

◆「イデオロギーよりもアイデンティティ」
日本人にはあまり伝えられていない事実として、返還された米軍基地跡地の雇用効果、経済効果は基地経済の何十倍、何百倍にもなることである。また基地関係収入は県民総生産の5%程度でしかない。経済活動にとって不可欠な平地を占拠する基地の返還要求、辺野古や高江の新基地建設への反対運動に、市民団体だけでなく、琉球の有力な企業集団も主張するようになったのは、これまでにないことである。

翁長雄志候補を支援している、琉球の民族資本である、「金秀グループ」や「かりゆしグループ」がその代表である。

その他、肉加工業者や、もずく業者が基地反対の新聞一面広告を打ったり、辺野古基地反対を行なう市民に差し入れをするなどの活動を展開している。これは、米軍基地に反対して政府からカネが与えられなくても、経済的に困らないと考え、自らに自信をもった琉球人が増えてきていることを示している。

翁長氏は「イデオロギーよりもアイデンティティ」と主張している。これは、保守や革新というイデオロギーを越えた、琉球人というアイデンティティが政治を突き動かしていることを意味している。翁長氏は那覇市長であったころ、市役所の受付での対応の際に、国連のユネスコが独自な言語として認めた琉球諸語を職員に使わせた。

また職員の採用試験でも琉球諸語による面接が行なわれた。琉球各地でも、琉球諸語の教室が設立され、ラジオやテレビでも島の言葉を耳にする機会が多くなった。

日本人による琉球人差別がひどかった時代には、自らの言葉、島の唄、出自などは琉球人の劣等感を生み出すものであった。しかし今は、琉球人であることに誇りをもつ人が増え、基地の強制を「沖縄差別」として、一般の琉球人が日本人に主張するようになったのである。被差別の主体として琉球人が自らを位置付け、「嫌なモノは嫌だ」と言うようになったことを意味する。

またこれは「琉球人と日本人は対等な人間であり、日本人も基地の負担をすべきである」という日本人に対するメッセージでもある。このメッセージが多くの日本人の心に届いていないところに、琉球独立運動が台頭してきた一因がある。

日本政府は、このような琉球人の変化に気付かす、相変わらず「カネで人の気持ちを変える」という、人として嫌らしく、人の誇りを著しく傷つけることを平気で行なっている。今年1月に行なわれた名護市長選の前に、石破茂自民党幹事長が500億円の振興基金構想を表明したにもかかわらず、辺野古新基地に強く反対する稲嶺進氏が再選した。

カネは人が生活するうえで大変重要な手段であるが、基地とリンクした日本政府からのカネは、琉球人の顔を札束で叩いて「これが欲しいんだろう」と言われているように、琉球人からはイメージされるようになった。日本政府は、人間として下品な行為を琉球に対してこれまでやってきたし、これからも続けて行くという意思があることが、仲井真候補のこれまでの行動や公約をみれば分かる。

今回の知事選の結果がどうなろうと、日本人よ、そろそろ、琉球に基地を押し付けるのを止めて、自らの安全保障問題を自分自身で考え、決定しようじゃないか。戦後70年近く、日本全面積の0.6%の小さな島に基地コストを負担させて、自らは安全や「抑止力」を享受するという差別体制を止めようじゃないか。琉球は日本の姿を移す鏡であるとよく言われる。

今回の知事選挙でも、戦後日本が未解決のまま先送りにしてきた問題が問われている。またこの問題にやっと日本人が気付くか、他人任せではなく自らの問題として引き受けるのかどうかが問われている。

日本による琉球に対する植民地支配を止めないと、人間としての権利や尊厳に目覚めた琉球人は、日本とは別の道、つまり独立をこれまでになく求めるようになるだろう。4人の候補者は琉球独立を公約に掲げていないが、国際法に基づいた琉球の脱植民地化のための独立の主張や運動が水面下で大きなうねりで流れており、独立論者も知事選の行方を注意深く見守っている。

松島泰勝 (まつしま・やすかつ)
1963年琉球・石垣島生まれ、南大東島、与那国島、沖縄島那覇で育つ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。博士(経済学)。在ハガッニャ(グァム)日本国総領事館専門調査員、在パラオ日本国大使館専門調査員、東海大学海洋学部助教授を経て、現在、龍谷大学経済学部教授。2007年「NPO法人ゆいまーる琉球の自治」の理事長、2013年「琉球民族独立総合研究学会」の共同代表に就任。単著として『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』『琉球の「自治」』(藤原書店)、『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』(早稲田大学出版部)、『琉球独立への道―植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』(法律文化社)、『琉球独立論―琉球民族のマニフェスト』(バジリコ)、『琉球独立―御真人の疑問にお答えします』(Ryukyu企画)。編著として『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(藤原書店)、『民際学の展開―方法論・人権・地域・環境からの視座』(晃洋書房)、『琉球列島の環境問題―「復帰」40年持続可能なシマ社会へ』(高文研)などがある。

グアムの人々の人権と私たちの当事者性

今日は大津市の膳所高校で「グアムの人々の人権と私たちの当事者性」というテーマで講演を行います。実際に修学旅行でグアムに行く約600人の生徒が、グアムが日本と関わりが深い島であること、チャモロ人の人権問題を自分の問題として考える糸口になればと思います。

全国水平社創立宣言をユネスコ世界記憶遺産に

今日、私の授業「地域経済論」において、龍谷大学の近くにある京都崇仁地区の山内 政夫さん(柳原銀行記念資料館事務局長)が、「全国水平社創立宣言をユネスコ世界記憶遺産に」というテーマで講義をして下さいます。差別を克服するための水平社宣言をユネスコ世界記憶遺産に登録するという運動が進んでいます。

被差別部落における差別の歴史と、差別から脱却するための現代的な取り組みから多くのことを学ぶことができると思います。

日本と沖縄を隔てるもの

今日の日経新聞のコラム(風見鶏)に、私のインタビュー記事が掲載されましたので、ご関心がありましたら、お読み下さい。


日本と沖縄を隔てるもの 編集委員 大石格 [有料会員限定]
 古城の中庭を整然と行進する何百人ものバグパイプ奏者。その脇で踊る民族衣装の女性たち。スコットランドの夏祭り「ミリタリー・タトゥー」は壮麗な…(続き)

書評会で思ったこと

昨日は、30人近い方々が書評会に来て下さり、昼12時半から夜7時頃まで議論、スピーチ
、三線や唄等をしました。『琉球独立論』のテキストを読者がどのような思いで読んでいたのかが、各報告者や他の参加者の発言から分かり、勉強になりました。

この場での議論を謙虚に受け止めて、琉球独立の次なる研究や実践に確実につなげて行きたいと、改めて決意しました。

また2012年に出版した『琉球独立への道』と今年出版した『琉球独立論』の間に、自分や琉球に起ったことを改めて振り返り、現在の琉球が歴史的に非常に重要な位置に立っていることも思い知らさせました。

それぞれの分野で研究され、社会活動を実践している方が、それぞれの思いで拙書を読んでいました。読者の様々な読み方にも刺激を受けました。

そのような方と直に語り合い、議論することができて良かったです。ウェスリーさんや、在日3世で琉球で育った金さんの三線、お父様の金先生が独唱されたコリアンの唄、福本さんの歴史を伺わせるような唄等、唄や踊りで心が和みました。

カメラを持参するのを忘れましたが、この場で聞いたこと、見たことはしっかり私のハートに残りました。

『琉球独立論』書評会で熱い議論が行なわれます

今日は、同志社大学で『琉球独立論』の書評会が開かれます。台湾史の駒込武(京大)さん、アイヌ史の小川正人さん(道立アイヌ民族文化研究センター)、そして『奄美自立論』の著者で与論島出身の喜山荘一さん、ま琉球人の古波藏契さん(同志社院性)が報告して下さり、冨山一郎さんが司会をして下さいます。

サンフランシスコ州立大学のウェスリー上運天さんも議論に参加して下さいます。真摯で、熱く、互いに学びが多い議論になると思います。第二部では、ウェスリー上運天さんとJulie Keiko Bealさんの三線演奏(唄)もあります。お近くでお時間がある方はどうぞ、お越し下さい。

日時 11月8日(土曜) 12時半より
場所 同志社大学烏丸キャンパス志高館SK214
主催 同志社大学<奄美―沖縄―琉球>研究センター
第Ⅱ部 同志社大学<奄美―沖縄―琉球>研究センター設立パーティー
日時  11月8日(土曜) 17時より
場所  同志社大学烏丸キャンパス志高館SK214

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