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<title>NPO法人ゆいまーる琉球の自治</title>
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<description>自治とは人間の本能です。自治的自覚をもった琉球の一人一人が互いに協力しながら自治を自らの手でつくりあげるためのブログです。　</description>
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<title>ゆいまーるの集いin 平安座島　4</title>
<description> 昨日、夜遅く大分から戻りました。別府湾を見渡せる雄大な場所に立命館アジア太平洋大学があり、そこで開催された国際開発学会に出席してきました。特に、内発的発展に関する議論の盛り上がりに大変関心を持ちました。私も今後、内発的発展論の中味の構築にさらに意欲を持ちました。お久しぶりに西川潤先生、勝俣誠先生にお会いし、色々とお話ができ嬉しかったです。またパラオ研究をされている廣瀬さんともお話ができてパラオのこ
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<![CDATA[ 昨日、夜遅く大分から戻りました。別府湾を見渡せる雄大な場所に立命館アジア太平洋大学があり、そこで開催された国際開発学会に出席してきました。特に、内発的発展に関する議論の盛り上がりに大変関心を持ちました。<br /><br />私も今後、内発的発展論の中味の構築にさらに意欲を持ちました。お久しぶりに西川潤先生、勝俣誠先生にお会いし、色々とお話ができ嬉しかったです。またパラオ研究をされている廣瀬さんともお話ができてパラオのことなどを聞くことができ感謝しています。<br /><br />開発学会は2007年の沖縄大会以来の参加となりますが、今回も西川先生が情熱的に、内発的発展について主張し、各参加者と議論していたことが大変、印象に残っています。学問に対する厳しさを改めに実感しました。<br /><br />本学会の中で私が代表をつとめる「島嶼社会の振興開発と内発的発展」という研究部会の設立が認められましたので、今後、活発に琉球、太平洋諸島を中心とする島々の内発的発展と開発の研究をもりあげて行きたいです。 <br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5755.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5755s.jpg" alt="IMG_5755.jpg" border="0" width="120" height="90" /></a><br />12日の那覇での交流会の模様です。<br />右から前利さん、石坂さん、海勢頭さんです。今回の集いは海勢頭さんの大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5756.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5756s.jpg" alt="IMG_5756.jpg" border="0" width="120" height="90" /></a><br />左に新元さんが写っています。今回も船で奄美大島から来られました。琉球の海は大変荒れていたので、船の上で焼酎を飲んできていましてので、このときにはすでに「出来上がって」いました。いつもの新元さんのように大変、陽気で楽しかったです。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5757.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5757s.jpg" alt="IMG_5757.jpg" border="0" width="120" height="90" /></a><br />左の方は神戸から参加された坪谷さんです。海勢頭さんと一緒に絵本を作る予定の方です。今回の集いではじめお会いしましたが、琉球に何度も足を運び、灰谷健次郎さんとも仕事をこれまでされてきた方です。穏やかな心やさしい方でした。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5758.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5758s.jpg" alt="IMG_5758.jpg" border="0" width="120" height="90" /></a><br />左から、川満さん、高良さん、真喜志さん、新元さん、藤原洋亮さん、坪谷さんです。琉球を代表する発言者、思想家の方々がこの夜は集まって、琉球の自治について議論いたしました。琉球の諸先輩方々からどんどん、良いものを吸収していきたいと思っています。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5759.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5759s.jpg" alt="IMG_5759.jpg" border="0" width="120" height="90" /></a><br />左から藤原社長、平さんです。社長はいつものように大変パワフルで、今回の集いも活気あるものになりました。平さんは宮古島出身であり、現在、イリノイ大学の名誉教授です。長く、琉球の独立を主張してこられたからです。私も沖縄タイムス紙上において昨年、書簡交換という形で議論をさせてもらいましたが、今回、高良さん、川満さんのご考慮により、平さんと初めてお会いすることができました。冷静な、落ち着いた語り口でしたが、重みのある言葉が今でも耳に残っています。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>ゆいまーる会議</dc:subject>
<dc:date>2009-11-23T06:45:26+09:00</dc:date>
<dc:creator>松島　泰勝(まつしま　やすかつ）</dc:creator>
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<title>ゆいまーるの集いin 平安座島　3</title>
<description> 今日は学会参加のために大分に来ています。小倉から大分に移動しましたが、北九州という看板をよくみました。前利さんから送っていただいた、ゆいまーる会議の写真です。前後しますが、ご諒解お願いします。私たちが泊まったホテルです。港の近くにあり、ホテルからチェックアウトする時にはホテルの方からお土産を頂戴しました。ホテルの前の港です。漁船が停泊していました。平安座島は昔からウミンチュの島でした。雲が神々しく
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<![CDATA[ 今日は学会参加のために大分に来ています。小倉から大分に移動しましたが、北九州という看板をよくみました。<br />前利さんから送っていただいた、ゆいまーる会議の写真です。前後しますが、ご諒解お願いします。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5221-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5221-1s.jpg" alt="IMG_5221-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />私たちが泊まったホテルです。港の近くにあり、ホテルからチェックアウトする時にはホテルの方からお土産を頂戴しました。<br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5223-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5223-1s.jpg" alt="IMG_5223-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />ホテルの前の港です。漁船が停泊していました。平安座島は昔からウミンチュの島でした。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5224-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5224-1s.jpg" alt="IMG_5224-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />雲が神々しく見えます。<br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5225-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5225-1s.jpg" alt="IMG_5225-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />ホテルの背後に森がありますが、その後ろに石油基地があります。空から見ると集落と、石油タンクが非常に対照的でした。参加者はホテルでは集いの後も、部屋で話し合いが続き交友を深めていました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5226-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5226-1s.jpg" alt="IMG_5226-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />この石碑をみると、かつて平安座島、宮城島、勝連半島を中心にして、石油備蓄基地（ＣＴＳ）に反対する金武湾闘争が展開されたことを思い起こします。開発側は、この施設によって、金武湾地区のみならず、琉球全体が大きく発展すると主張していました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5227-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5227-1s.jpg" alt="IMG_5227-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />ホテルのショーケースに展示されていた貝です。島のウタキにも貝が置かれており、海勢頭さんもゴホウラ貝の琉球・日本間の移動から古代史を解読しているように、島の方が貝に寄せる思いの深さを思いました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5228-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_5228-1s.jpg" alt="IMG_5228-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />多様な貝があり、その美しさは見ていてもあきません。琉球ではスイジガイが魔除けに使われ、夜光貝が装飾品として加工され、宝貝が貨幣として中国にもたらされるなど、島の生活にとってなくてはならないものでした。<br /><br /><br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>ゆいまーる会議</dc:subject>
<dc:date>2009-11-21T05:46:31+09:00</dc:date>
<dc:creator>松島　泰勝(まつしま　やすかつ）</dc:creator>
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<title>400年目の鹿児島県、沖縄県の交流拡大宣言の問題性</title>
<description> 鹿児島にある出版社、南方新社の向原さんが出された次のメールと、「沖縄・鹿児島連携交流事業」における「交流拡大宣言」の中止を要求する要請書を掲載します。奄美に心寄せる皆様今日と明日だけのお願いです。名瀬の友人からお知らせするように、という要請がありました。１６０９年、薩摩島津氏による奄美琉球侵略から４００年。奄美の島々が植民地支配におかれ塗炭の苦難を受けてきたことを知らぬものはいません。それは、過去
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<![CDATA[ 鹿児島にある出版社、南方新社の向原さんが出された次のメールと、「沖縄・鹿児島連携交流事業」における「交流拡大宣言」の中止を要求する要請書を掲載します。<br /><br /><hr size="1" /><br /><br />奄美に心寄せる皆様<br /><br />今日と明日だけのお願いです。名瀬の友人からお知らせするように、という要請がありました。<br /><br />１６０９年、薩摩島津氏による奄美琉球侵略から４００年。奄美の島々が植民地支配におかれ塗<br />炭の苦難を受けてきたことを知らぬものはいません。それは、過去の話ではなく今に続く問題で<br />す。<br /><br />そのような中で、鹿児島県知事と沖縄県知事は、４００年を節目とした「沖縄・鹿児島連携交流<br />事業」の一貫として「交流拡大宣言」を奄美大島で行おうとしています。<br />おそらく宣言に「過去の不幸な歴史」の一文は入ると思われますが、それで済むものではありま<br />せん。<br />11/21（土）１５：００より、於：奄美パーク。現地では、激しい抗議行動が想定されます。<br /><br />鹿児島県庁は、今現在に至るまで、一切その中味を明らかにしていません。新聞テレビなどでも、<br />ほとんど告知されていません。私たちは、このような計画があることを知り、急きょ、「なんら<br />歴史の総括もせず、交流宣言とは何事か！しかも、奄美の地でやるなど言語道断！」という中止<br />要請を昨日11/18（水）に鹿児島県知事に行い、緊急記者会見をしました。<br /><br />しかし、鹿児島県は強行する姿勢を、今現在崩していません。<br /><br />「交流拡大宣言」はするな！と言う、抗議メールを以下にお願いします。出来れば、お知り合い、<br />メーリングリストにも流していただければありがたいです。<br /><br />鹿児島県総務部県民生活局生活文化課　<br />メールアドレス：seibunka@pref.kagoshima.lg.jp 　ファックス：099-286-5537　<br />宛名は鹿児島県知事　伊藤祐一郎　です。<br /><br />沖縄県知事公室広報課 kouhou@pref.okinawa.lg.jp<br />宛名は沖縄県知事　仲井眞弘多　です。　<br /><br />昨日提出した要請文を添付します。宜しくお願いします。<br /><br />--------------------------------<br />図書出版南方新社<br />向原祥隆<br />〒892-0873鹿児島市下田町292-1<br />ＴＥＬ099-248-5455<br />ＦＡＸ099-248-5457<br />info@nanpou.com<br /><hr size="1" /><br /><br />２００９年１１月１８日<br />鹿児島県<br />伊藤祐一郎知事　様<br /><br />「沖縄・鹿児島連携交流事業」における<br />「交流拡大宣言」の中止を要求する要請書<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「交流拡大宣言」の中止を要求する奄美の会<br />代表　仙田隆宣<br />鹿児島市坂元町38－3<br /><br />他賛同団体<br />中止を要求する喜界島の会<br />中止を要求する大島の会<br />中止を要求する徳之島の会<br />中止を要求する沖永良部の会<br />中止を要求する与論の会<br />中止を要求する鹿児島住民の会<br />中止を要求する沖縄住民の会<br />中止を要求する関東住民の会<br /><br />１【項目】<br /><br />私たちは、「沖縄・鹿児島連携交流事業」における「交流拡大宣言」の中止を断固として要求します。<br /><br />２【理由】<br />１１月２１日、鹿児島県知事と沖縄県知事による「沖縄・鹿児島連携交流事業」が行われると聞いています。<br /><br />しかし、島津軍による武力侵略から４００年の今年、奄美の地でそれがなされることには深い違和感を覚えざるをえません。<br /><br />１６０９年の琉球侵略に伴い、奄美の島々は琉球国の領土から転じて、薩摩藩の隠された直轄地となりました。明治期に鹿児島県に編入されてからも米軍政下の８年間を除いて現在に至るまで、この奄美が本土統治下に置かれ、差別と収奪の対象にされていたと見ることができます。<br /><br />私たちは、加害者と被害者の立場の違いによって歴史の評価は大きく異なることを学んできました。<br />　為政者側からの歴史は、徳之島犬田布（１８６４ 年）において無実の罪で拷問された「為盛」救出が「騒動」であり、母間（１８１６年）において無実の罪で投獄された「喜久山」救出と薩摩藩直訴もまた「騒動」でしかなかったのです。<br /><br />　斉彬の近代化政策とは奄美の人々を酷使し、餓死させた政策であり、これを推進した行政改革者・調所広郷の改革とは大阪商人からの５００万両の借金踏み倒しと偽金作り、密貿易、奄美諸島の民衆を奴隷と化した黒糖収奪でありました。今の時代なら極刑であります。しかし、斉彬と調所は薩摩のヒーローとして鹿児島の歴史学者は賞賛しています。<br /><br />　薩摩の奄美・琉球侵略を「不幸な歴史」と精算し、過去の歴史を隠蔽し、蓋をすること、謝罪すべきことを「交流」と称し、奄美を愚弄することを奄美の民衆は許すことはできません。<br /><br />　今、やっと奄美の人々が言葉を発する時代（とき）が来たと、私たちは考えてきました。そこへまたもや亡霊のように薩摩と琉球が立ちはだかるとしたら、我々の先祖は地の底から這い上がり、きっとこう叫ぶでありましょう。<br /><br /> 「武器を持たぬ豊かな恵みの島を襲った島津軍、黒糖地獄、あの苦しみを忘れろと言うのか！餓死した同胞は今も山中に、海岸に骸となってさまよっているのだ！今もなお薩摩代官のごとく島ん人を見下す輩がいるのがみえないのか！哀しいことだ・・・」と。<br /><br />　薩摩の奄美・沖縄侵略を契機に奄美の人々のアイデンティティは末梢され、「薩摩であって薩摩でない、琉球でなくて琉球の内」として扱われてきました。<br /><br />　明治の世、黒糖は自由売買の世になりましたが、鹿児島商人（大島商社等）は専売によって暴利を貪ってきました。そして、自由売買嘆願の一行は投獄され、一部の人々は西南戦争へ従軍。疲弊した奄美は、県議会によって「離島で文化も違う」と異端視して切り離され、屈辱的な差別政策である「大島独立経済」を強いられてきました。<br /><br />さらに敗戦後、奄美の島々は米軍統治となり、１９５３（昭和２８）年１２月２５日、やっと我々は薩摩侵略以来の自由を取り戻したかに見えました。しかし、これも鹿児島の官僚政治で、奄美群島振興開発特別措置法という鹿児島県と本土企業の利権を誘導するための事業と化し、奄美の貴重な自然を食い物にするだけの形を変えた植民地政策となっています。こうしたアメとムチの時代がまたもや奄美を沈黙させているのです。<br /><br />薩摩と奄美は永遠に「侵略、略奪」する側と「奪われ、生殺与奪の牛馬のごとき」関係でしかないのでしょうか！<br /><br />しかし、奄美の人々は島人(シマンチュ)としての誇りを捨てることはありませんでした。私たちは、長い苦難の時代にあってもシマの生活と文化を守り、誇りを失わずに歩みを止めなかった先祖を尊敬し続けてきました。<br /><br />それ故、私たちには、絶滅寸前であるといわれている奄美の島々のシマグチやシマウタなどを始め、文化や歴史、自然まるごと奄美のアイデンティティとして継承する義務と責任があります。今、薩摩に同化されることはそれらを失うことになります。<br /><br />私たちと志を同じくする「三七（みな）の会」は、こうした意志を表明するため、本年９月、鹿児島県議会に「郷土教育に関する陳情書」を提出し、鹿児島県と奄美に係わる歴史教育の必要性を促しましたが、継続審議となりました。<br /><br />奄美侵略４００年を機に、鹿児島県でも奄美に対する歴史の検証と総括、これからの歴史教育への取り組みを含め、真摯な取り組みが開始されるものと期待していました。<br /><br />鹿児島県民の中で、奄美と薩摩の過去の歴史を知るものが、果たして何人いるでしょうか。鹿児島県知事は、その歴史を語ることができるでしょうか。<br /><br />鹿児島県及び鹿児島県知事は、２００９年の今回の計画において大きな過ちを重ねようとしています。それは、第一に、鹿児島県民に奄美との歴史を広く知らしめる責にありながら放置していること、第二に、その歴史と現実を「沖縄・鹿児島連携交流事業」という美名で隠蔽しようとしていること、そして、このイベントを今日、現在においてすら奄美の住民に告知せず、開催しようとすることなどであります。<br /><br />奄美と鹿児島県との歴史を語らず、逆に奄美の住民感情を黙殺するに等しい計画に対して、私たちは、４００年前の１６０９年、島津藩の奄美侵略によって数百名余もの命が奪われた先祖の無念を思うとき、「無神経にも程がある！」「恥知らず！」と言葉を投げかけるほかないのです。しかも、こうした歴史に目を閉ざし、それらの歴史的事実がさも無かったかのようにして、この計画を奄美の地で行うなど、言語道断であり、これは時期尚早という以前の問題であります。<br /><br />なぜなら、今日に至るまで奄美と鹿児島県との４００年間の歴史認識（検証と総括）の問題はなに一つ解決されていないからであります。<br /><br />このようなことから、私たちは「沖縄・鹿児島連携交流事業」における「交流拡大宣言」の中止を断固として要求します。<br /> ]]>
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<dc:subject>開発、平和、自治を巡る問題</dc:subject>
<dc:date>2009-11-20T07:17:25+09:00</dc:date>
<dc:creator>松島　泰勝(まつしま　やすかつ）</dc:creator>
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<title>ゆいまーるの集いin 平安座島　2</title>
<description> 原油の精製部門は廃止され、多くの従業員もリストラされました。当初は、石油化学コンビナートを建設することで、琉球の経済を大きく飛躍させるという開発計画を経済学者等が示しましたが、夢ものがたちに終わりました。川満信一さんと、17日にお会いした時に、タンクの上に太陽光発電パネルをおいて、代替エネルギー開発の象徴的拠点にしたらどうかと、提案していました。平安座島と勝連半島を結ぶ海中道路が見えます。最初、島の
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3883-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3883-1s.jpg" alt="IMG_3883-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />原油の精製部門は廃止され、多くの従業員もリストラされました。当初は、石油化学コンビナートを建設することで、琉球の経済を大きく飛躍させるという開発計画を経済学者等が示しましたが、夢ものがたちに終わりました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3890-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3890-1s.jpg" alt="IMG_3890-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />川満信一さんと、17日にお会いした時に、タンクの上に太陽光発電パネルをおいて、代替エネルギー開発の象徴的拠点にしたらどうかと、提案していました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3910-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3910-1s.jpg" alt="IMG_3910-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />平安座島と勝連半島を結ぶ海中道路が見えます。最初、島の方々が手作業で海中道路を造っていましたが、台風などで困難を極めていた時に、アメリカの石油資本であるガルフが石油備蓄建設と交換条件で海中道路の建設を行いました。現在は、道路も拡張され、海中道路の真ん中には海の駅もあります。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3936-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3936-1s.jpg" alt="IMG_3936-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />私は大学院生時代、何回か、現代琉球の開発の原点ともいうべきCTSを歩いたことがあります。タンク、精製工場をみて、開発とは何かを考えながら、歩きました。そのころはまだ現在のように「立派な」道路ではなく、干潮になった海に降りて歩きました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3978-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3978-1s.jpg" alt="IMG_3978-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />勝連半島です。琉球の英雄、アマワリの居城である勝連グスクがあります。高良勉さんのご説明でグスクを歩きました。重要なウタキがいくつかあり、グスクが琉球人の信仰の拠点であったことがわかります。沖縄島の南北を見渡せる地理的な有利性も、実際に自分の目で確認することができました。<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>ゆいまーる会議</dc:subject>
<dc:date>2009-11-19T12:33:38+09:00</dc:date>
<dc:creator>松島　泰勝(まつしま　やすかつ）</dc:creator>
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<title>ゆいまーるの集いin 平安座島　１</title>
<description> 皆様無事、第6回ゆいまーるの集いが終了しました。これも平安座島を初めとする島々の皆様のおかげであると深く感謝いたします。前利さんから送ってくださった写真です。沖縄島山原にある、海水を引き上げて発電する装置です。山原の自然に人工的に池を造っており、非常に不自然な印象を与えています。ヤンバルのダムでしょうか。奥間ダムの建設が中止となりました。ヤンバルは沖縄島の「水がめ」と言われており、これまで次々とダ
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<![CDATA[ 皆様<br /><br /><br />無事、第6回ゆいまーるの集いが終了しました。これも平安座島を初めとする島々の皆様のおかげであると深く感謝いたします。<br /><br />前利さんから送ってくださった写真です。<br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3828-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3828-1s.jpg" alt="IMG_3828-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />沖縄島山原にある、海水を引き上げて発電する装置です。山原の自然に人工的に池を造っており、非常に不自然な印象を与えています。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3830-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3830-1s.jpg" alt="IMG_3830-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />ヤンバルのダムでしょうか。奥間ダムの建設が中止となりました。ヤンバルは沖縄島の「水がめ」と言われており、これまで次々とダムが造られてきました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3843-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3843-1s.jpg" alt="IMG_3843-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />伊計島です。今回は、雨が降り、途中で予定変更などもありまして、伊計島をめぐることはできませんでした。私が8月に伊計島に行ったときには、以前、無料で自由に入れた観光施設が料金制となり、Uターンして引き返しました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3851-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3851-1s.jpg" alt="IMG_3851-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />宮城島が見えてきました。「ぬちまーす」があります。今回は、初日と最終日の2回、ぬちまーすに行きました。お客さんが一杯で、最終日には社長の高安さんからじっくり、これまでのご苦労と、常識を破る発想をお聞きして、大変、勉強になるとともに、励まされました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3865-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-32.fc2.com/r/y/u/ryukyujichi/IMG_3865-1s.jpg" alt="IMG_3865-1.jpg" border="0" width="120" height="79" /></a><br />宮城島と平安座島とをつなぐような形で埋立地がつくられ、その上に石油タンクが敷き詰められました。今回は、平安座島のウタキを見学する途中で、石油基地の中を車で走ることができました。石油基地内にはほとんど人もおらず、方向表示もなく、道に迷いましたが、そのおかげで、じっくりと、石油の島を見ることができました。また、石油の臭いをかぐこともできました。拠点開発は島の発展に役立たないということを、あらためて実感しました。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>ゆいまーる会議</dc:subject>
<dc:date>2009-11-18T14:57:01+09:00</dc:date>
<dc:creator>松島　泰勝(まつしま　やすかつ）</dc:creator>
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<title>今日から琉球に行ってきます</title>
<description> 今日から琉球に行ってきます。今日は、那覇で明日から始まるゆいまーるの集い準備会合を開き、明日から集いが始ります。最近、米軍によるひき逃げ事件が読谷村で発生しました。日本本土のマスコミはほとんど取り上げません。現地とは大変な認識や感情の落差があります。また、今琉球では基地の琉球内移設に反対する運動が活発化しています。島の人々の声を真剣に聞いて、ともに琉球の自治について考えていきたと思います。第6回「
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<![CDATA[ 今日から琉球に行ってきます。<br />今日は、那覇で明日から始まるゆいまーるの集い準備会合を開き、<br />明日から集いが始ります。<br /><br />最近、米軍によるひき逃げ事件が読谷村で発生しました。日本本土のマスコミはほとんど取り上げません。現地とは大変な認識や感情の落差があります。<br /><br />また、今琉球では基地の琉球内移設に反対する運動が活発化しています。<br /><br />島の人々の声を真剣に聞いて、ともに琉球の自治について考えていきたと思います。<br /><br /><hr size="1" /><br />第6回「ゆいまーる」の集い　in平安座島<br />日程：　２００９年１１月１３日（金）～１５日（日）<br />場所：　平安座島<br />会場：　平安座自治会館<br /><br />宿泊：　観光ホテル平安<br /><br />主催：　NPO法人ゆいまーる琉球の自治、後援：　ひやむぎ文化研究会<br />&#61548;	スケジュール<br /><br />１１月１３日	海勢頭さんの案内で風光明媚な勝連グスク、浜比嘉島、平安座島、伊計島、宮城島を訪ねる、古代琉球開闢の遺跡めぐり。<br />午後６時頃からホテル平安で交流会。<br /><br />１１月１４日	朝9時より平安座自治会館にて。　　　　　　　　　　　　　　　（敬称略）　<br /><br />＜発言者＞<br />金城実（彫刻家、浜比嘉島出身）平安座島と浜比嘉島の漁民による浮原島漁業権争い顛末記。<br />仲程昌徳（琉球大学名誉教授、文学博士。うるま市赤野出身）詩人：世礼国男論<br />奥田良正光（元与那城村長、平安座島）平安座の歴史、海中道路と石油基地。<br /><br />新里米吉（沖縄県議会議員、平安座島出身）平安座のバレーボールの歴史。<br />謝名元慶福（劇作家、平安座島出身）平安座から生まれた「島口説」や「海の一座」の誕生秘話。<br />玉栄章宏（エコ運動家、平安座島）現在の平安座の活性化に向けた「大バンタ」復元の夢。<br /><br />高安正勝（ぬちまーす社長、うるま市具志川出身）製塩にかけた思い、そして宮城島に拠点を移した思い。<br /><br />海勢頭豊（音楽家、平安座島出身）平安座に生まれて始まった古代日本の謎解きの旅。<br />夕方18時頃から自治会館大ホールにて歌を聴きながら大交流会！<br />差し入れ歓迎。会費２千円。<br /><br />１１月１５日	午前中、自治会館にて集いを行い、正午解散<br />&#61548;	宿泊施設<br /><br />観光ホテル平安、〒904-2426  沖縄県うるま市与那城平安座2421-1<br />Tel 098-977-8230  Fax 098-977-8019、歯ブラシ・タオル・パジャマつき<br />１泊朝食付き4800円～（シングル5500円、バストイレ共同であれば4400円。ツインは一人4500円、<br /><br />バストイレ共同であれば一人3400円）<br />&#61548;	問い合わせ：松島泰勝（090-9180-8778、matusima345@yahoo.co.jp）<br />&#61548;	申込先：本集いへのご参加、ホテル宿泊の申込については、<br />藤原洋亮(03-5272-0301,yosuke@fujiwara-shoten.co.jp）,または松島泰勝までお願いします。<br /> ]]>
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<dc:subject>ゆいまーる会議</dc:subject>
<dc:date>2009-11-12T06:44:01+09:00</dc:date>
<dc:creator>松島　泰勝(まつしま　やすかつ）</dc:creator>
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<title>民主党大阪府総支部連合会への申し入れ書</title>
<description> 辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動から送付された民主党大阪府総支部連合会への申し入れ書をご紹介します。書かれたのは、ゆいまーるの集いにご参加くださっている西浜さんです。大阪行動の方々は8日に大阪で琉球内の基地移設に反対する集会を開き、デモを行いました。２００９年１１月１０日民主党大阪府総支部連合会代　表　樽床伸二　殿辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動〒５４０－００３８　大阪市中央区内淡路町１
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<![CDATA[ 辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動から送付された民主党大阪府総支部連合会への申し入れ書をご紹介します。<br /><br />書かれたのは、ゆいまーるの集いにご参加くださっている西浜さんです。<br />大阪行動の方々は8日に大阪で琉球内の基地移設に反対する集会を開き、デモを行いました。<br /><br /><hr size="1" /><br /><br />２００９年１１月１０日<br />民主党大阪府総支部連合会<br />代　表　樽床伸二　殿<br /><br />辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動<br /><br />〒５４０－００３８　大阪市中央区内淡路町１－３－１<br />シティコープ４０２　市民共同オフィスＳＯＲA内<br />電話：０６－７７７７－４９３５<br />ＦＡＸ：０６－７７７７－４９２５<br /><br />要　請　書<br /><br />日頃のご活躍に敬意を表します。<br />私たち「辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動」は、沖縄県名護市の辺野古に計画されている新基地建設を絶対に止めようと、２００４年８月より活動している市民運動団体です。毎週土曜日の午後３時３０分から５時までＪＲ大阪駅前でビラくばり、署名・カンパ活動を継続しており、その行動は先週１１月７日で第２７４回を数えています。<br /><br />この間に集まったカンパ額は３，２８７，２７８円、寄せられた署名は３８，１８２筆におよび、過去６回にわたって近畿中部防衛局に署名を提出して、建設中止にむけた交渉を積み上げてきました。<br /><br />　さて、市場原理第一主義の結果、格差と貧困を拡大させた自公政権に変わって、去る９月１６日に鳩山連立政権が成立しました。多くの国民は生活者を第一に考える鳩山政権の姿勢に支持と期待を寄せています。<br /><br />そして、過去６４年間にわたって基地の過重な負担に苦しんできた沖縄の民衆も、鳩山由紀夫首相の「最低でも県外」との公約に、大きく胸をふくらませました。<br /><br />　ところが、その後の新閣僚の発言に沖縄は翻弄されています。９月２５日、鳩山首相「県外へとの考えを変えるつもりはない」、９月２６日、北沢防衛相「新しい道を模索するのは難しい」１０月３日、前原沖縄担当相「辺野古が本当に進むのか疑問」<br /><br />１０月７日、鳩山首相「発言が変化する可能性は否定しない」１０月８日、鳩山首相「（容認とは）一言も言っていない」「いろんな選択肢の中で県民が理解できる着地点を」１０月１９日、鳩山首相「他の選択肢があるかないか含め米政府と相談」<br /><br />１０月２２日、岡田外相「なぜ今のプラン（辺野古）なのか納得できない」１０月２３日、岡田外相「県外は事実上考えられない」「嘉手納しか残された道はない」１０月２４日、鳩山首相「最後は私が決める」１０月２７日、北沢防衛相「日米合意は公約違反ではない」という次第で、まさしく日替わりメニューです。<br /><br />沖縄の民衆を愚弄するのもいい加減にしてほしいと声を大にして叫びたくなります。こうした目眩ましの中でも本音が見え隠れしています。すなわち、岡田外相は私案としながら「過去に検証されたもの（嘉手納統合案のこと）を再度行うことは、勘の良い人は『県外はない』と気付いたのではないか」（１０月２７日）と発言し、北沢防衛相は２，０００日を越える座り込みが辺野古でおこなわれているのを知りませんでした。<br /><br />「コンクリートから人へ」を掲げる政権の閣僚であれば、少なくとも現地を訪れ、ジュゴンが住むちゅら海と称される美しい自然環境をしっかりと目視した上で政策提起をすべきでありましょう。<br /><br />　「普天間の移設先をどこにするのか」との報道が連日報じられていますが、この表現は間違いです。辺野古に計画されている基地は普天間の代替ではなく、新基地の建設なのです。アメリカは１９６６年からこゝに基地を建設するプランを持っており、米軍再編によってこゝが再浮上してきたものです。日本政府が建設費を負担してくれるからです。<br /><br />１９９６年４月の普天間返還合意から１３年７カ月が経過しても事態の進展が見られないその根本原因は、県内「移設」に拘泥することによります。世界一危険と言われる普天間基地の即時閉鎖と、辺野古新基地建設を中止することが最も現実的な解決法です。<br /><br />　沖縄の民意は明らかです。嘉手納統合案に反対する嘉手納町民は１１月７日、人口１万３，９４２人（２００９年９月末現在）の町で２，５００人が参加して「米軍普天間飛行場の嘉手納統合案に反対する町民大会」を開催しました。<br /><br />また、翌１１月８日には宜野湾市で「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」が<br />２万１，０００人の参加で開かれました。名護市長選挙の結果を待つなど全く必要ないのです。<br /><br />　さらに、１０月３１日、１１月１日の両日、琉球新報と毎日新聞共同で実施された世論調査が直近のものですが、〇辺野古への「移設」に反対が６７．０％、賛成１９．６％、〇普天間基地を県外か国外に移設するよう米国と交渉するが６９．７％、〇在沖米軍基地について、整理縮小すべきが５２．１％、撤去すべきが３１．４％で計８３．５％、現状のままでいいが１１．８％というように、沖縄の民意は明らかです。<br /><br />　こうした沖縄の民意を背景に、鳩山連立政権は方針を決定すべきです。それは普天間基地の即時閉鎖と、辺野古新基地建設の中止以外にあり得ません。　<br /><br />貴大阪府総支部連合会は、党本部ならびに鳩山連立政権に対しこの方針こそが民意に沿うものであることを進言するべきです。<br /><br />以　上<br /> ]]>
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<dc:subject>開発、平和、自治を巡る問題</dc:subject>
<dc:date>2009-11-11T05:59:01+09:00</dc:date>
<dc:creator>松島　泰勝(まつしま　やすかつ）</dc:creator>
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<title>米軍基地の琉球内移設反対集会</title>
<description> 11月9日の琉球朝日放送が米軍基地の琉球内移設反対集会について報じていましたので、お伝えします。鳩山さんに言いたい。琉球人との約束（マニフェスト）を守ってください。守らないと「民主党も同じか」になり、政府に対する不信はますます高まります。このままでは普天間の移設問題が「県内」で決着してしまうかもしれない。会場に収まりきらない程の人が、きのうの大会に足を運んだ背景には、この危機感がありました。「参加者
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<![CDATA[ 11月9日の琉球朝日放送が米軍基地の琉球内移設反対集会について報じていましたので、お伝えします。<br /><br />鳩山さんに言いたい。琉球人との約束（マニフェスト）を守ってください。守らないと「民主党も同じか」になり、政府に対する不信はますます高まります。<br /><br /><hr size="1" /><br />このままでは普天間の移設問題が「県内」で決着してしまうかもしれない。会場に収まりきらない程の人が、きのうの大会に足を運んだ背景には、この危機感がありました。<br /><br />「参加者２万1000人（主催者発表）」<br /><br /> <br />伊波洋一宜野湾市長（大会共同代表）「私達は決して諦めません。今、世界のどこにこれほど長期間、外国の軍隊が駐留して、駐留先の国民に被害を与えている地域がありますか？」<br /><br />翁長雄志那覇市長（大会共同代表）「私も保守・革新の枠を飛び越えて一歩を踏み出しました。普天間基地移設問題について、名護市長選挙の結果を見て判断するという主張は言語道断である。名護市民に何度踏み絵を踏ませるのか！」<br /><br />その名護市を代表して、大会であいさつした渡具知武清さん。<br /><br />渡具知さん一家は基地建設に反対するため、毎週土曜日、キャンプシュワブのゲート前に立ち続けています。活動はことしで６年目に入りました。<br /><br />渡具知武清さん「もうちょっと今の政権もはっきりものを言えるように、そういう形で私達も地元の声を届けるためにこういうことを続けている」<br /><br />渡具知武龍くん「自分が生まれた場所の海に、基地が作られて破壊されるのは嫌です」<br /><br />名護市民が、辺野古への基地移設反対の意思を示した市民投票が実施された1997年に生まれた武龍くん。その純粋でまっすぐな問いかけは参加者の最も大きな共感を得ました。<br /><br />渡具知武龍くん「大人になると約束したことを守らなくてもいいのですか？鳩山総理！『基地は造らない』はとても大切な約束です！約束は必ず守ってください！」<br /><br />新政権に対する不安と期待。<br /><br />参加者「嘉手納統合とか、辺野古に舞い戻るという話はおかしい。そういうことはやめなさいと鳩山内閣に討議を訴える」「今まで数十年間、沖縄の人が訴えてきたけれど、耳も心も貸してもらえなかった。政権交代によって聞いてもらえるのではないかと思う」<br /><br />大会アピール「小さな島・沖縄にこれ以上の基地はいりません！辺野古への新基地建設と県内移設に反対します！」<br /><br />民主党連立政権がこの県民の声をどう捉えてアメリカ政府と向き合うのか。大会の共同代表はあすから東京で政府に対し要請行動を展開します。<br /> ]]>
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<dc:subject>新聞テレビ報道</dc:subject>
<dc:date>2009-11-10T07:13:45+09:00</dc:date>
<dc:creator>松島　泰勝(まつしま　やすかつ）</dc:creator>
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<title>漂着ごみを燃料へ―鳩間島の挑戦</title>
<description> 11月8日の八重山毎日新聞に漂着ごみをエネルギーに変える試みについての記事が掲載されていましたので、お伝えします。漂着ごみ問題は琉球の島々において大変な問題です。島を歩いても漂着ごみを見ないことはないほどに多いです。島嶼間のごみの輸送・処分は、自治体の財政逼迫状況では大きな負担になります。ごみを燃料に変えるという発想で、ごみを資源に変える試みはパラオでも実施されています。マイナスをプラスに変える島嶼
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<![CDATA[ 11月8日の八重山毎日新聞に漂着ごみをエネルギーに変える試みについての記事が掲載されていましたので、お伝えします。<br /><br />漂着ごみ問題は琉球の島々において大変な問題です。島を歩いても漂着ごみを見ないことはないほどに多いです。島嶼間のごみの輸送・処分は、自治体の財政逼迫状況では大きな負担になります。ごみを燃料に変えるという発想で、ごみを資源に変える試みはパラオでも実施されています。<br /><br />マイナスをプラスに変える島嶼独自の試みがどんどん広がればいいですね。<br /><br /><hr size="1" /><br /><br />鳩間島の焼却炉構内に設置した油化装置で、海岸に漂着した発泡スチロールからスチレン油を抽出し、新たなエネルギーとして使用する「鳩間島・宝の島プロジェクト」の公開実験が7日午後、現地で行われた。<br /><br />実験では、地域住民や行政、議員などが参加するなか、油化装置を使った発泡スチロールからのスチレン油の抽出や、それを発電機や小型焼却炉の燃料に混ぜて使用するデモンストレーションが行われ、海岸漂着ごみの発泡スチロールの燃料資源としての可能性が示された。<br /><br />　同プロジェクトは、(社)日本海難防止協会が日本財団の財政支援を受けて企画したもので、地域住民を中心としたNPO南の島々守り隊(浦崎金雄理事長、11人)が主体となってプラントを管理・運営する。<br /><br />　同島で稼働した油化プラントは、1時間に10キロの発泡スチロールを処理する能力があり、1キロの発泡スチロールから1リットルのスチレン油が抽出される。<br /><br />　同プラントでは、抽出する3割のスチレン油を内部燃料として使用。残りの7割を外部で燃料として使用できる。軽油などに10%程度を混ぜ、ボイラーや焼却炉、漁船などの補助燃料として使用することが可能。町の焼却炉では、100%燃料として使用できる可能性があると言う。<br /><br />　同協会の大貫氏は「発泡スチロールから抽出されるスチレン油は漁船や発電機の燃料などいろいろな使い方ができる。島の人々が中心になってこれを使った島興しを考えてほしい。私たちはこれをサポートしたい。鳩間島スタイルを全国に展開したい」と、油化を使った島興しに期待を込めた。<br /><br />　また、同NPOの浦崎理事長(60)は「これからみんなで意見を出し合い、じっくりと使用方法を考えたい。同じ悩みを抱える島々に鳩間から発信し、そこから視察に来てくれるだけで島が活性化される。いずれは町内全域の発泡スチロールをここで処理したい」と意欲をみせた。<br /><br />　川満町長も「ごみが資源となり燃料に変わる。産業化や島興しも期待したい。成功すれば県、国も関心を示し、鳩間から全国、全世界に広がる可能性がある」と、今後の展開に期待した。<br /><br />　同島での社会実験は2010年度までの2カ年間。次年度は、油化原料をペットボトルや漁具などプラスチック類に拡大するほか、車両で移動が可能なコンテナ式の移動プラントの導入も計画されている。<br /> ]]>
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<dc:subject>自治の取り組み</dc:subject>
<dc:date>2009-11-09T07:05:01+09:00</dc:date>
<dc:creator>松島　泰勝(まつしま　やすかつ）</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<item rdf:about="http://ryukyujichi.blog123.fc2.com/blog-entry-646.html">
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<title>今日、琉球にて基地反対集会</title>
<description> 昨日の琉球新報に、今日開催される予定の基地反対集会についての記事がありましたので、お伝えします。新里米吉実行委員会事務局長は、県議会議員であり、14日の平安座島における、ゆいまーるの集いでも発言される方です。なぜ、鳩山首相、政権の閣僚は政治家として自らの信念を通さないのか。正々堂々と、米国に対して自国民の意思を主張し、交渉すればいいのではないか。閣僚が右往左往していること、米政府が植民地を扱うように
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<![CDATA[ 昨日の琉球新報に、今日開催される予定の基地反対集会についての記事がありましたので、お伝えします。新里米吉実行委員会事務局長は、県議会議員であり、14日の平安座島における、ゆいまーるの集いでも発言される方です。<br /><br />なぜ、鳩山首相、政権の閣僚は政治家として自らの信念を通さないのか。正々堂々と、米国に対して自国民の意思を主張し、交渉すればいいのではないか。閣僚が右往左往していること、米政府が植民地を扱うように日本政府に圧力をかけていることに対して、琉球人は怒っている。<br /><br />鳩山政権はマニフェスト（国民との公約）を琉球の基地問題に関しても、誠実に守るべきである。<br /><br />鳩山首相は、琉球人の声をしっかり受け止めて、グアム協定を破棄すべきである。<br /><br /><br /><hr size="1" /><br />2009年11月7日　３万人規模の参加を目指す８日の「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」。<br /><br />沖縄に基地負担を強いる日米安保の矛盾に怒りが噴き出した１９９５年の県民総決起大会の再現となるか、大会への結集が注目される。新里米吉実行委事務局長は「沖縄の命運を決める重要な時期だ。閣僚のぶれた発言に県民は怒っている」と指摘する。<br /><br />　「県外移設に県民の気持ちが一つならば、最低でも県外の方向で、われわれも積極的に行動を起こさなければならない」<br /><br />　政権交代前、衆院選の選挙応援で沖縄入りした民主党の鳩山由紀夫代表は、普天間の「県外・国外移設」を明記した民主党沖縄ビジョン２００８に基づき、県外移設に前向きな姿勢を示した。<br /><br />　沖縄の４つの選挙区すべてで野党候補が当選し、普天間飛行場の辺野古移設反対が県民の総意として示された。<br /><br />　だが、選挙後の民主党は普天間問題について具体的な言及を避けるようになる。社民、国民新との３党連立協議は沖縄の基地問題をめぐって難航し、最終的に「県民の負担軽減の観点から、日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地の在り方についても見直しの方向で臨む」の文章で決着した。<br /><br />　鳩山内閣の発足後は、米側の“恫喝（どうかつ）”のような強硬姿勢が強まる。ゲーツ米国防長官は「普天間飛行場の移転なくしてグアム移転の論理は成り立たない」として、早期の結論を要求。岡田克也外相は「県外移設は考えられない状況」と県内移設で早期決着を図る考えを示し、さらに「マニフェスト（政権公約）と選挙中の発言はイコールではない」とまで言い切った。<br /><br />　「県民の思いを受け止めて、最後は私が決める」と語る鳩山首相。県外移設に含みを残しているようにもとれるが、実際の胸の内は見えない。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>新聞テレビ報道</dc:subject>
<dc:date>2009-11-08T06:03:41+09:00</dc:date>
<dc:creator>松島　泰勝(まつしま　やすかつ）</dc:creator>
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