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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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法語は定期的に変わりますが、いつも勇気づけられます。琉球の「命どぅ宝」が思い浮かび、一日も早く琉球から基地がなくなり、辺野古、高江の新基地建設が中止になるようにと手を合わせました。

象が建物の上で歩いており、シュールな光景です。感性が刺激されて、発想が自由になります。

琵琶湖の漁港です。ときどき、ゴリという小魚の佃煮を箱一杯にご近所の方から頂戴しています。ご飯と一緒に食べると美味しいです。

法語は定期的に変わりますが、いつも勇気づけられます。琉球の「命どぅ宝」が思い浮かび、一日も早く琉球から基地がなくなり、辺野古、高江の新基地建設が中止になるようにと手を合わせました。

琵琶湖の伝統的漁法のえり漁のワナです。琉球や太平洋のサンゴ礁でみられる石干見漁も、魚を追い込んで捕獲するという点で似ています。

松の枝に多くの鳥が足を休めたり、飛び立っていました。今年は酉年ですので、皆様にとっても大きな飛躍の年になりますよう、お祈り申し上げます。


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安倍首相のあきれたパフォーマンスに琉球人は騙されません

安倍首相のあきれたパフォーマンスに琉球人は騙されません。真珠湾攻撃で亡くなった人々に対する冒涜でもあると思います。

鈴子が寝ているところを重子が割り込んできました。仲良くしています。

芳子は上から人間たちを観察するのが好きなようです。

安倍首相はグアムに行き、チャモロ人に謝罪すべきです

安倍首相はグアムに行き、チャモロ人に謝罪すべきです。1941年12月8日に日本軍はグアムのアプラ・ハーバーを奇襲攻撃しました。その後、44年7月21日まで日本軍が軍事統治をしました。

この軍事統治がハワイの場合と異なり、この間、日本軍による虐殺、強制労働、「従軍慰安婦」問題等が発生します。しかし、未だに日本政府はチャモロ人に対して謝罪や賠償を行っていません。

日本のメディアではハワイのパールハーバーが注目されていますが、もう一つの「パールハーバー」についても考える必要があります。

公安調査庁のデマを「公共放送」のNHKが拡散していることも大問題です

公安調査庁のデマを「公共放送」のNHKが拡散していることも大問題です。

http://lite-ra.com/2016/12/post-2796.html

「沖縄イニシアティブ」論は大変問題であると考え、タイムスに「島嶼研究家」として反論を投稿しました

松島泰勝はパラオから日本に戻り、東京で生活していましたが、「沖縄イニシアティブ」論は大変問題であると考え、タイムスに「島嶼研究家」として反論を投稿しました。

松島泰勝は、波の上ビーチで、風景や人を見ながら、独立学会のシンポや大会で考えたこと、島田さんや河さんとの会話内容をパソコンに打ち込みました。フィールドワークでは必ず聞いたこと、考えたこと等をノートやパソコンに記録します。


松島泰勝の母校、那覇中学校です。3年間柔道部の活動をしており、福岡、熊本での九州大会にも参加しました。沖縄高校(今の沖尚)に柔道推薦で入学を誘われましたが、新たな世界を知りたいと思い、那覇高校に進学しました。

大阪府機動隊の沖縄での暴言

Twitterでたけたけさんが今日の東京新聞に掲載された私のコメントを紹介してくれました。
大阪府機動隊の沖縄での暴言。
#松島泰勝 龍谷大教授「安倍政権は沖縄で基地反対の民意が出ているのに #高江 や #辺野古 の工事を強行し、力でねじ伏せようとしている。沖縄の歴史や文化をないがしろにしている。その本音が最前線の機動隊員まで伝わり、侮蔑的な言葉となって公になった」

ケニアから龍谷大学大学院に留学されている学生の報告を聞きました。植民地時代、脱植民地時代、独立後の経済的歩みと、今後の可能性について聞きました。先週ゼミで報告してくれた中国河南省からの留学生と同様、学生からは多くのことを学び、刺激を受けることができます。自分の国や地域を我が身で背負っているという強い責任感を感じます。


牡丹社事件と琉球

石門山の入り口にある歴史資料館です。牡丹社事件の影響として、日本による琉球國併合の事実が指摘されていました。台湾の人々の琉球に対する認識を知ることもできました。

山の麓には台湾原住民のための教育施設がありました。また原住民の言葉で地域放送をしていたのも印象的でした。


日本軍によって台湾原住民が虐殺された地域の高台に日本の団体によって神社と鳥居が建立されていました。


中華琉球研究学会の皆様も一緒に石門山を上って下さいました。途中まででしたが、滑りやすく、危険な山道で、当時のことを偲びました。

牡丹社事件で殺された琉球人の遺骸を弔って下さった中国人の一人です。


台湾の「靖国神社」

次に日露戦争の時に日本軍がこの高台に通信兵を置いて、台湾海峡を航行するバルチック艦隊を監視した場所にある記念碑と説明板がありました。

神社に地元の人が参拝している様子はありませんでした。このような台湾における再皇民化について一人の琉球人研究者としてどのように考えるのかについて意見を述べました。


皇民化教育が正当化され、「進んで」日本軍として闘い、靖国神社に合祀されたことが書かれています。先日会った高金さんを始めとする台湾原住民は靖国合祀に強く反対しています。琉球の金城実さんも靖国合祀に反対する「靖国訴訟」について私に話されました。


李登輝が書いた石碑が戦争関連石碑の中心にありました。

「台湾の靖国神社」とも呼ばれる宝覚禅寺に太平洋戦争で亡くなった台湾の人々を「英霊」として位置づけようとする石碑がありました。


台湾の神社・保存再建運動


台湾原住民の靖国神社合祀の反対運動をされてきた立法院委員の高金素梅さんの事務所幹部の方と意見交換しました。蔡総統は台湾原住民に謝罪しましたが、日本政府も台湾原住民に対する植民地支配に対して謝罪すべきです。


他の神社でも見ましたが、日本の紀元年号が消されていました。台湾の人々の日本による植民地支配に対する抵抗の形でしょうか。

苗栗縣にある神社跡に行くと、鳥居、灯籠、社殿が保存されていました。社務所には覆いの構築物が置かれ、再建される予定です。神社の説明板を読むと、日本の植民地支配を肯定的に認める記述がされていました。

公園の丘を上っていくと頂上に日本の神社の跡がありました。灯籠、石階段はその当時のままでした。社殿はなく土台しかありませんでした。台湾では現在、日本時代の遺物を保存する政策が各地で実施されているようです。

客家をリーダーとした抗日運動を記念した石碑がある建物に行きました。新竹にある公園の麓に建っています。

温泉神社と零戦

今、家の周りでは鈴虫、カエル等、様々な生物が鳴いています。昼間は大変暑いのですが、夜は少し秋の気配を感じるようになりました。

温泉地域を歩いていると日本のハッピを来て、はちまきをしたマスコット人形がありました。近くにあるトイレも日本式屋根でした。

日本軍の台湾侵略の際、台湾原住民が虐殺された石門山を歩きました。雨が降った後で、倒木もあり、頂上までは行けませんでしたが、厳しい山道を歩きながら原住民と琉球人の悲劇を考えました。

日本の庭園、枯山水を模した構築物です。日本文化のイミテーションがあらゆるところに配置されていました。これらを見た日本人は台湾を「親日的」と思うのでしょう。

同敷地内に、神風特攻隊の零戦機を模した構築物がありました。これは公共のモノであるとの注意書きがなされていました。日本でもこのようなものは見たことがありません。

近くに鳥居、温泉神社、石灯籠、手水舎が置かれ、上を上っていくと社殿の中になぜか薬師如来像がありました。

様々な人や生き物から学ぶ

静岡で生まれた重子です。11歳となりますが、猫や人とも仲良くしてくれる、心優しい、平和的な犬です。

我が家のメス猫を慕ってやってくる、野良猫のロミオです。毎日のように、雨でも雪でもご飯を食べにきますが、人への警戒心は強いです。厳しい自然の中で頑張って生きています。



庭ではバラも満開となりました。庭には鳥やイタチがやってきたり、様々な昆虫、カエル、ミミズ等が生活しています。ムカデに咬まれたことも何度かあります。昨日は久しぶりに蛇を庭で見て、びっくりしました。


今日は、大学の研究室にアメリカのジョージア州立大学の准教授ゲインティーさんと院生ホーキンスさんが来て下さり、琉球の歴史や文化、経済、独立、アメリカとの関係等について意見交換しました。アメリカの研究者がどのように琉球を考えているのかが分かり勉強になりました。にーふぁいゆー。


黒崎さんから『マーシャル諸島の政治史』を頂戴しました。心より感謝申し上げます。10年程前にマーシャル諸島を調査した時に、日本大使館で働いていた黒崎さんに大変お世話になりました。現在は太平洋諸島研究センターにおいて太平洋諸島と日本とを結ぶ重要なお仕事をされています。勉強させていただきます。

黒崎さんから下記の本を頂戴しました。アジア経済研究所での研究成果であり、黒崎さんが編者の一人として取りまとめています。現在の太平洋諸島研究の最先端の一つだと思います。私も20年程前に同研究所での研究した思い出があります。フィジーのラウ諸島と琉球国とを海洋国家という視点で比較したものです。塩田さんが編集された『海洋島嶼国家の原像と変貌』という本にあります。黒崎さんの本もまた勉強させて頂きます。

昨日は、経済学部の入門演習の授業で、社会学部と国際学部4年の稲田君、ピョンさんに「当事者性」について話し、1年生と意見交換をしてもらいました。お二人とも、関西シールズの活動、辺野古や京丹後での米軍基地反対運動、在日に対するヘイトスピーチ問題等について真摯に語って下さいました。今年の参議院選挙から学生も選挙権を行使できます。1年の学生も社会の一人として当事者性を持って行動し、発言して欲しいです。にふぇーでーびたん。

昨日、月刊誌『文藝春秋』記者のインタビューを受けました。「2020年に向けて琉球独立をどう考えるか」というテーマです。私を含めて30人の方々のインタビュー記事が掲載される予定です。来月初めに出版される同誌に掲載される予定ですので、どうぞご笑覧下さい。

豊見城市議会意見書問題に関する貴重な指摘

今日の新報の論壇に、高校の教員をされている比嘉学さんが、豊見城市議会意見書問題に関して独立学会の立場を応援していましたね。
比嘉さんは、東京にある琉球人男子学生寮、南灯寮の先輩です。同じく寮の先輩である、嘉手納安男さんを介して、昔、何度か話しをしたことがあります。心強いです。

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沖縄タイムスの与那嶺記者のご講演:琉球経済と琉球人アイデンティティ

昨日は沖縄タイムス者の与那嶺記者が、琉球の経済に関する誤解について、具体的に分かりやすく学生に話して下さいました。また琉球の企業と地域社会との関係についても資料を配布して話しました。

昨日は沖縄タイムス者の与那嶺記者が、琉球の経済に関する誤解について、具体的に分かりやすく学生に話して下さいました。また琉球の企業と地域社会との関係についても資料を配布して話しました。

経営学者のドラッカーが琉球に来たら、どのように考えたのかを想定して、客観的に琉球経済を現場を踏まえて話してくれました。多くの学生が真剣に話しを聞き、質問や感想を述べてくれました。

次の私の2年生のゼミでも、学生からの質問に答える形で意見交換をしました。特に米軍基地問題について学生は関心をもっており、与那嶺記者も真摯に答えていました。

私の研究室で休んでもらい、夜はゼミの交流会にも参加してもらい、焼き肉を食べました。与那嶺記者とは、東京にある琉球人学生寮の南灯寮時代からの付き合いです。鋭い視線で琉球を分析し、表現しており、いつも励まされ、学んでいます。

琉球の福祉の現場から学ぶ

今日、琉球に帰国します。今、新著の校正原稿の最終確認するとともに、琉球の生活者の声を聴き、福祉の現場から多くのことを学びたいと思います。

龍柱、自衛隊機、ソフトクリーム

立派な龍柱が出来上がりました。ここから、孔子廟、福州園、旧久米村等、琉球とアジアとのつながりを感じることができる場所に行くことが出来ます。

那覇空港滑走路に並んでいた自衛隊機です。自衛隊の戦闘機やヘリも訓練のために利用しており、民間機とのニアミスも発生したことがあります。軍民共用空港も非常に危険なのです。

空港で食べた塩ちんすこうのソフトクリームです。琉球と日本とは気候が全く異なります。今、私が住んでいる場所の気温が零度です。琉球が大変懐かしいです。

スリランカ、北アイルランド、琉球

先週、私の研究室にダブリン大学のフェルナンドさんが来て下さり、意見交換をしました。韓国の李先生からのご紹介です。先生のご出身はスリランカであり、同国における戦争と平和についてご研究されております。同島のことともに、米軍の軍事戦略との関係、そしてアイルランドや北アイルランドについても興味深いお話を伺いました。22日から琉球に行かれ、辺野古も訪問されるそうです。また大田昌秀先生へのインタビューを調整させていただきました。大田先生に心より感謝申し上げます。

第1回TFD日台民間交流国際シンポジウムin Kyoto

第1回TFD日台民間交流国際シンポジウムin Kyotoにおいて「琉球独立ー差別からの解放を求めて」という基調講演をさせて頂きました。このような貴重な機会を頂戴し、主催の台湾民主基金会、NPO法人京都景観フォーラムの方々、山内さんに心よりお礼申し上げます。

100年以上前に作られた建物の居酒屋で交流会をしました。原住民族の様々な民族の方々と話し合いました。自分も国際法や国連の関連から研究しており、琉球についても関心をもっており、今後も連絡を取り合おうと言って下さった方もいました。また台湾東部の高地に自分の村があるが、そこから琉球が見えると言って互いの近さを指摘しても下さいました。

2年前に琉球独立学会のシンポで報告してくれたサキヌさんです。再会を互いに喜びました。交流会でもサキヌさんと琉球や台湾の独立について意見交換しました。東日本の被災地でもボランティア活動を継続的に行っています。熱いハートを持った方であり、原住民族の権利獲得運動でも大きな役割をされていることが今回も改めて知ることができ、嬉しかったです。

台湾行政院厳重民族委員会副大臣をされている陳さんが現在台湾原住民族が憲法や法律で民族としての権利を獲得しているのかを詳しく講演してくださいました。台湾島に住んでいる元々の主人という地位を憲法の中に記載させました。10年前には原住民族基本法を制定させました。民族の個人レベルで様々な権利を獲得しました。同時に集団的権利を実現するための方法等についてもご報告され、非常に示唆的なお話でした。


「沖縄の声に聞く」

昨日は、東本願寺のしんらん交流館におきまして、来月から始まる展示会「沖縄の声に聞く」の4回目の監修者会議に参加しました。琉球と真宗大谷派との関係についても毎回、学ぶ所が多くあります。昨日は、近くにある枳殻邸(渉成園)にも案内してもらいました。明日、同地において台湾原住民族の方と私の講演が行われます。

東九条、崇仁地区を台湾原住民族と歩く

京都市立芸術大学が崇仁地区に移転する予定ですが、すでに学生さんたちによる芸術によるまちおこしの活動が始まっているようです。崇仁小学校でも大学の取り組みが行われていました。

東九条に住む在日コリアンの歴史や生活について、台湾の原住民族の方々に説明をしている朴さんです。差別と闘いながら東九条マダンというお祭りを続けています。大変励まされ、刺激を受けました。

2010年に在特会は朝鮮小学校だけでなく、デイサービス所、そしてこの児童園が隣接した公園にも来てヘイトスピーチをしました。昨年、裁判に勝利し、賠償金、学校への接近禁止という判決を勝ち取りました。

崇仁地区のまちづくりをされている山内さんが、被差別部落の歴史、現状、そして将来における自立について話されております。来月は私の大学の授業でも、水平社宣言の世界記憶遺産登録運動とまちづくりについて講演して下さる予定です。


京都と琉球

昨日は縁があって法然院に行きました。紅葉や庭が奇麗でした。中国や台湾の観光客が多くおられました。京都と同じく琉球も有数の観光地ですが、空を米軍や自衛隊のオスプレイ、ヘリ、戦闘機が飛んでいないことをが大きな違いであることをあらためて感じました。
最初に梶尾貫主が、法然、親鸞の教えを踏まえて800年前の人々の生死の意味について話されました。フランスにおけるテロの意味についても仏教の立場から応えて下さいました。

平家物語の粟津ヶ原と敦盛を片山さんが琵琶で語って下さいました。驕るもの久しからず、栄華盛衰という800年前の人々の生き様を、今日の安倍政権と比較しながら聞き入りました。琵琶の音が静かな鹿ヶ谷を響き渡りました。

沖縄から見える日本像

西川潤先生の御論考「沖縄から見える日本像」をご紹介します。西川先生は、長い間、琉球の平和、経済自立についてご研究され、社会に声を挙げてこられました。私も学生時代に平和や内発的発展、第三世界の経済などについて多くのことを先生から学びました。

早稲田大学名誉教授 西川 潤

2015 年 10 月、沖縄県の翁長知事は、前仲井真知事 による辺野古埋め立ての承認を取り消した。これに対 して政府側は、国土交通大臣に不服審査請求を行った。 行政間の紛争が起これば、司法あるいは第三者機関「国 地方係争処理委員会」等の場で判断を仰ぐのが普通だ ろうが、本来個人や事業者が行政に不服を申し立てる ために制定された行政不服審査法を援用して、同じ政 府の省庁が白黒を付けようとする手法を、メディアは「奇策」(『朝日』10 月 15 日)と呼び、また沖縄側は「不 当」とする。 安倍政権は、国会での多数を錦の御旗に強引な手法 で改憲、「戦後レジームからの脱却」(=集団的自衛権、 武器輸出三原則の廃止等「積極的平和主義」という名 の日米軍事同盟強化)等、日本の国家主義的再編の道 をひた走っている。

そのために、監督者不在の特定秘 密保護法、憲法違反の安保法制、原発再稼働、アジア 近隣諸国との緊張等、民意に耳を傾けることなく、トッ プダウンで国事を取り仕切る傾向が目立つ。 政府と沖縄側との行き違いの根源は、安倍政権が沖 縄側との対話のないままに、「結論ありき」の路線を 交付金等のばら撒きと引き換えに押し付けようとする、 その強権的姿勢にある。

菅官房長官お好みの「粛々と 進める」という言葉は、人の意見には素知らぬ顔で自 分の決めた政策を押し通すという意味を持つが、ここ でも使われ、象徴的である。 また、政府は二言目には「普天間基地負担の軽減」 を口にするが、これは 2 重の意味で不実な話法である。

一つには、普天間基地等の返還は 1995 年、沖縄県民 の大規模な基地抗議運動の結果実現したもので、それ を同じ県内に移設しても沖縄県民の負担には変わりは ない。沖縄県民が、「米軍基地の負担はもうごめんだ」 と言っている事実に目を開くべきである。

第二に、政 府は「普天間基地移設」と言い、沖縄側は「新基地建設」 と呼ぶ、その食い違いがある。辺野古での基地計画は、 普天間よりずっと規模が大きくなり、イージス艦や強 襲揚陸艦等が寄港できる幅 272 メートルの大桟橋を含 む海上施設と、戦闘部隊、弾薬庫、滑走路、格納庫、 整備場、航空部隊を収容する陸上施設を統合した施設 となる。これは文字通りの軍拡であり、「基地負担の軽 減」どころの話ではない。沖縄県民は新基地建設によっ て戦争の足音が身近に迫っていることを痛感している のである。 日本政府が、遮二無二「普天間の辺野古移設」を推 進する理由はなんだろうか。

確かに、1996 年米日 SACO(沖縄に関する特別移動 行動委員会)報告では、辺野古移設で合意した。沖縄 の軍事基地は、銃剣とブルドーザーで強制的に取り上 げられた経緯を持つが、日本施政下でも辺野古移設に 地元の意見が聞かれたことはなかった。

また、アメリ カ戦略は 2011 年来、「帝国覇権」の衰退を踏まえ、オ バマ政権が打ち出したリバランス政策によってずっと 柔軟になっている。リバランス政策では、外交・軍事 の重点を変化著しいアジア太平洋に移し、TPP 等を通 じ、この地域のグローバリゼーション、市場経済化、 そして、アジアに根強い国家主義の解体をはかる。 リバランスの 2 本の足は、G2 政策とオフショア・バ ランシングである。

G2 では、台頭目覚ましい中国と 向き合いつつ、対話・投資・貿易等のチャネルを通じ、 中国の「民主化」、市場経済化を進め、中国の海洋進出 をチェックする。オフショア・バランシングは安全保 障面で、アジアの同盟国に防衛負担の一翼を担わせ(安 倍政権の集団的自衛権はこれへの対応)、アメリカは オーストラリア、ハワイ、グアム等への海兵隊再配備 により、機動的戦闘能力を高める。

日本政府が真に沖縄の基地負担軽減を考えるならば、 こうした国際情勢に鑑み、アジアでの緊張緩和、近隣 融和等、平和の具体的実現をはかる選択があるのだが、 安倍政権は一顧だにしようとしない。基地の海外移転、 また、不平等条約である日米地位協定の改訂にはいっ さい目をつぶる。それは、日本が自力での安全保障に 自信を持たないことから、アメリカを東アジアの対立 構造に引き込む狙いがあるからだろう。

沖縄基地を巡 る日米関係に関する諸研究は、基地移転に関しては「日 本側の引き留め」が決定的であることを示している(『世 界』2015 年臨時増刊「沖縄 何が起きているのか」 の宮里、半田他の諸論考)。 このように考えると、沖縄の人びとが「オール沖縄」 で取り組んでいる辺野古新基地建設阻止のたたかいは、 じつは、本土の人びとにとって、決して他人事ではな いことが理解される。

翁長知事は、9 月、ジュネーブ での国連人権理事会での演説で、沖縄軍事基地が「自 己決定権や人権をないがしろ」にしたものであること をうったえた。人権を無視した国策は現代世界で通用 するはずがない。安倍政権下の日本では、国事の専断、 民主主義のなしくずしの解体、そして「積極的平和主義」 という名の戦争の道への突進が進行している。沖縄で 展開されている辺野古新基地阻止運動は、日本に民主 主義と平和の道を取り戻させるたたかいでもあるのだ。
(にしかわ じゅん)

参加システム No.101 2015.11

辺野古米軍基地建設の埋立承認取り消しを支持します!

早稲田大学での恩師、西川潤先生より普天間・辺野古問題を考える会から発出された声明を皆様にご報告します。安倍政権は琉球人の民意を無視して辺野古新基地を完成させようとしています。翁長知事の埋立て承認取り消しを支援する声が国内外でさらに広がればと思います。

「辺野古米軍基地建設の埋立承認取り消しを支持します!」

           普天間・辺野古問題を考える会  2016/10/26
私たちは、この度の、翁長・沖縄県知事による埋立承認取り消しを断固支持いたします。

 この措置は、本来なら7月に第三者委員会が、仲井真前知事による埋立承認は「法的瑕疵がある」という結論を出した時点で、速やかに取られるべきものでした。
 日本政府は、8月初め、国民の大きな批判と反発を呼んでいる安保関連法案の審議・採決と辺野古の埋立強硬策を時期的にずらすことを意図してか、1ヶ月間建設工事を中断すると発表し、沖縄県との協議に入りました。しかし協議は決裂し、政府は有無を言わせず建設工事を再開したのですから、もはや沖縄県が取り消しを躊躇する理由はありません。

 この1ヶ月間におこなわれた5回の協議は、日本政府の旧態依然たる姿勢を改めて白日の下にさらけ出したといえましょう。沖縄に基地を置き続けること、とくに辺野古に新基地を建設する必要性に関する沖縄県からの真摯な問いかけに対し、日本政府は何ら説得力ある根拠を示すことができませんでした。

 5回目の最終協議で安倍首相が負担軽減策として示した北部訓練場の返還は、1996年のSACO合意で決定されたものであり、決して新たな提案ではありません。しかもそれは、普天間飛行場と同じく、県内での新たな基地建設が 前提なのです。そもそも「負担軽減」という表現が、沖縄に基地を置き続けることを前提にしたものであり、日本政府が沖縄の基地そのものを減らす政策を何ら持ち合わせていないことを示しています。

旧態依然の最たるものが、経済振興策を持ち出したことです。基地のあり方をあらゆる角度から真摯に協議するべき場に、このような施策を持ち出すこと自体が不見識と言わざるをえません。日本政府が、経済振興のための優遇措置を示せば、翁長知事が新基地反対の旗を降ろすとでも考えているのであれば、それは沖縄の人々の意思の軽視であり、侮辱と言うほかありません。

沖縄県民は、過去、住民投票においても、国政・首長選挙においても、何回にもわたる大規模集会においても、県議会決議などにおいても、圧倒的な多数で、辺野古新基地建設に反対の意思を表明してきました。県民への公約に反してなされた前知事の「埋立承認」だけを根拠に埋立を強行するならば、この国は「民主主義国家」の看板を下ろし、正義の行われない国であると、全世界に向けて発信したのと同じであると私たちは考えます。私たちは、県知事の「埋立承認取り消し」を支持し、あらゆる手段で阻止するという知事の決意を全面的に支援することをここに表明いたします。

シュガーローフと那覇新都心

那覇新都心にある、沖縄戦の激戦地の一つとなった、シュガーローフの場所から高層マンションやホテル群を見ました。激戦地であった場所はそのご、米軍基地となり、現在は返還され、何十倍もの経済効果をもたらしています。

奄美・沖縄・琉球研究センター

同志社大学の冨山さん、大学院ゼミ生、韓国から来られた先生、学部学生が新基地反対の意志を示しました。安里さん、古波蔵さんとも琉球人であり、移民ネットワークによる脱国家のあり方、高良倉吉の思想を研究されています。

冨山さんは、同大で奄美・沖縄・琉球研究センターを主宰されており、昨年は拙書『琉球独立論』の読書会も開いて下さいました。在米琉球人の上運天さんも昨年、研究員として同大で研究されており、龍谷大学の私の授業でも1度講義をしてもらいました。

戦争の日常化

平和を求める人の前を、恥ずかしげもなく、人を殺すための車が走っていきました。戦争が日常化しているのが琉球なのです。それを止めさせるために辺野古で抗議運動が展開されているのです。

監視し、映像で琉球人をおどす米軍

キャンプシュワッブのゲート近くに設置されたカメラです。山城さんが米軍警備に拘束された時に撮影された動画が、基地外に流出した事件がありました。元大学教員で米海兵隊の軍人になったエルドリッジがその映像を流出させ、軍の処分を受けたことが新聞で報じられています。監視して、撮影された映像をつかって平和を求める琉球人を脅そうとしているのです。

宮古島の方々の新基地建設への抗議活動

宮古島から下地さんが辺野古にこられ、アピールをされました。下地さんのほかにも宮古島からグループで辺野古新基地の現状を見て、抗議したいと来られていました。昨年、独立学会を宮古島で開催させていただいた時には下地さんをはじめ多くの方々にお世話になりました。辺野古で再会できて大変うれしかったです。辺野古の問題を同じ琉球人として共有したいという、熱い思いが伝わりました。わいど!たんでぃがたんでぃ。

琉球人の魂の叫び

沖国大修士課程を修了した比屋根さんです。修士論文では恩納村の住民が海浜をコモンズとして認識し、係っているのかを実証的に研究されました。独立学会の若い会員でもあり、同大学で研究助手をしてさらに研究に打ち込む、琉球の期待の星の一人です。三線の教師免許ももっており、辺野古でも心のこもった三線と唄を唄って下さいました。琉球の島や海に対する琉球人の魂の叫びのように聞こえました。

辺野古の反対運動

辺野古のテントのなかでゴザや椅子にすわって、ときにはプラカードを持ち、シュプレヒコールを挙げて、辺野古新基地建設への反対の意思を示しました。24時間体制で抵抗運動を行っています。辺野古の海のうえでもカヌー隊が海上保安庁職員から暴力を受けながら抵抗運動を続けています。これが今の琉球です。

私達の海

辺野古の海には日本国の船が住民を取り締まるために何隻も航行していました。まるで戦場のようなものものしさです。私達の海を占拠し、開発して、海の生物、人の生活を破壊するための活動を本格的に進めているのです。

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