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Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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石垣島の島民会議からのお便り

石垣島の島民会議に属する、鷲尾さんから、最新の「白保メール」が届きました。

新石垣空港の建設が、自然や静かな住環境の破壊という点から問題があるだけでなく、地域への経済効果も疑問となっていることがよく理解できました。

充分な調査を行わず、空港ができれば島は自然に発展するという期待だけが膨らんでいるようです。

美しい島の宝を破壊して、何の為に新空港をつくらなければならないのかを、冷静にもう一度考える必要があると思います。

詳しくは、本ブログのリンクにある「白保メール」をご覧ください。また、来年初めには島民会議の新たしい会報が発行される予定です。

島民会議のメンバーで、米原のリゾート開発に反対している早川さんからも昨日お便りをいただきました。

米原リゾートの農業振興地域の除外を行った石垣市を提訴したそうです。「復帰」前後に島の土地買い占めを防いだ一つの手段が農業振興地域の指定でありましたが、今は行政が開発を進めるために同地域を除外するというところに大きな問題があります。

開発によってだれが得をするのか。住民は何を失うのかを考えなければなりません。詳しくは本ブログのリンクにあります、「Save Yonehara」をご覧ください。


外部の大企業や大きな施設・組織・補助金に依存するのではなく、島に住む人間の知恵と実践によって、自治の礎を確立し、島の方向性を相互協力によってきめていくことは、石垣島だけでなく、他の琉球の島々にとっても大きな課題であると思います。


本年は、NPO法人の成立、ブログの立ち上げ、「ゆいまーる琉球の自治」の集いを久高島と奄美大島宇検村平田で開いたこと、琉球各地の住民が抱える開発問題を考える機会に参加できたこと等があり、多くの方と出会うことが出来ました。

多くの方々のお陰で今年一年を過ごさせていただくことができました。心より感謝申し上げます。

これからもシマジマにおける自治の声をこのブログを通じて伝え、ゆいまーるの輪を広げていくことができればと思います。

明日から来年ですが、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。皆様のご健康、ご活躍、心静かな生活を願っております。


                                 松島泰勝 拝
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東アジア共同体の自治と琉球④

前回の続き

太平洋上に人口約1万人の国であるツバルがある。地球の温暖化による海岸侵食、地中から湧き出た海水による洪水、農作物の塩害等の問題が発生している。

同国の首相は2000年、豪州とニュージーランドに対して「環境難民」として全国民の受け入れを求めたが、両国とも難民としての受け入れを拒否した。

ツバルを琉球が受け入れたらどうであろうか。昨年10月にツバルを調査した際、インタビューを行なった同国の首相や外務省幹部も琉球への移住を希望していた。同じ島嶼であり、暖かい島であることが魅力的であるという。

琉球には100以上の島がある。ツバル人と一緒に住みたいという住民も多いのではないか。ツバル人の移住にともない、ツバル政府を琉球内におく。

琉球でのツバル人の定住、ツバル政府の設置は現行法では不可能であり、琉球の政治的地位の変更が必要となる。例えば、琉球を外交権が付与された自治領とし、琉球ツバル法を制定する。

太平洋には同様な自治領としてクック諸島がある。クック諸島はニュージーランドと自由連合協定を結び、クック諸島の住民は就業、教育のためにニュージーランドに自由に定住できる。

さらに気候温暖化問題に関する国連機関や研究調査機関を琉球内に設置し、海没の危機に直面する島嶼を救うための世界的な拠点とする。ツバル以外にも、マーシャル諸島、キリバス、モルジブ等も地球温暖化によって生活が困難な状況におかれている。

温暖化防止のための環境政策を実施するとともに、島嶼国の文化や自治を守ることを前提にして、島嶼住民を受け入れ、新たな地域共同体をつくることも選択肢の一つとする。

日本政府による振興開発との交換で基地が押し付けられる従属的で単一的な関係から、アジアの諸地域と政治経済的、文化的に連合する多様な関係に移ることで、琉球の自治は現実のものになるだろう。

本年3月に「ゆいまーる琉球の『自治』―万人のもあい」という集いを藤原書店の協力を得て琉球の久高島で行なった。

琉球にとって「復帰」とは何であり、何がもたらされたのか、このまま「復帰体制」を続けたら琉球はどうなるのか、「復帰体制」に代わる代替案はあるのか。島の自立、自治、平和、開発等について考え、学びあう集いであった。

大阪大正区、奄美大島、沖永良部島、竹富島、沖縄島、東京、静岡等の人々が参加した。久高島は現在も土地の私的所有を認めず土地の総有制を守り続け、リゾート開発を拒否し、島おこし運動を進めている島である。

神、自然、静かな生活、互いに助け合う生き方(ゆいまーる)等、カネでは買えないものがここにはある。この集いは知識の交換を目的とするのではなく、琉球各地域に住む人間の声を互いの顔をみながら聞く場であった。

魂の言葉で自治を語り、島の知恵を学びあった。自らの力で島を治めることが平和の礎になる。自治の基礎は一人一人の人間であり、各自の自覚がなければ自治は始まらない。

将来は他のアジアの人々とも自治について語り合い、アジア間の相互扶助関係を築く一石としたい。

 琉球、他のアジアを再び戦場にしないためにも、新たな地域関係を構築する必要がある。アジア同士を対立させる日米同盟関係から、自治を土台としたアジア地域との連合、協力関係に移行すべきであると考える。

米軍基地が集中する琉球は「日米同盟の要」とされてきた。自治の力によって基地と振興開発とのリンケージを断ち切り、日米同盟を無化し新たなアジア間関係を誕生させることができる主体として琉球人が期待されている。

東アジア共同体の自治と琉球③

前回の続き

アジアの自治のために琉球に何ができるのか
 琉球は王国時代、アジア諸国と交易を行い、文物を導入し、独自の歴史、文化を築いてきた。アジア各地を繋ぐ結節点であったといえる。

琉球はこのような歴史的、文化的特性をいかして、多様な地域共同体を結びつける場所になることができるのではないか。

 これまでも琉球においてアジアを意識した経済政策が実施されてきた。アジア諸国における経済成長のダイナミズムに琉球が参入するために、自由貿易地域、特別自由貿易地域、金融特区等の実施、全島自由貿易地域構想の提示があった。

アジアの中でも特に経済成長が著しいシンガポール、香港等を経済発展のモデルとしてきた。しかしいずれも失敗に終わったといえる。

経済条件が全く異なる他所の法制度をそのまま導入することは困難である。40の有人島が分散し、広大な平面(経済活動をする上で重要な場所)を占拠する軍事基地がおかれた琉球は多くの経済的障害を抱えている。

豊かな自然や文化に恵まれた琉球に高層ビルが林立していいのだろうかという疑問もある。

経済成長は貧富の格差、環境問題、大企業による支配、弱者への低賃金・重労働のしわ寄せ等、様々な歪を地域社会にもたらす。

地域固有の文化、歴史に基づき、自然と調和した発展を住民自ら導いていくという自治の発展の方が、所得の増大よりも人間の本当の豊かさにとって重要であると考える。

このように考える人間が住む地域がアジアに増えていくならば、アジア全体に平和が到来するのではないか。経済成長を目的としない、アジアの諸地域における自治を目指す「もう一つの東アジア共同体論」を提示したい。

東アジア共同体はブロック経済圏ではなく、全世界の地域に開かれた組織とする。東アジア、東南アジア、南アジア、そして太平洋諸島の諸地域における自治の確立を目指しながら、世界中の地域とも連携、連合し、自治の輪を広げていく。

アジアにおける対立の時代から調和の時代に移行するうえで、琉球はどのような役割を果たすことができるのだろうか。軍備増強は琉球や日本を守らない。戦場にするだけである。

また軍事基地は相互不信を深め、琉球が王国時代において築いてきたアジア交流の拠点という歴史的遺産を掘り崩すものである。

平和、環境、自治、人材育成等のための学術、文化の諸機関を設置し、アジアから多くの住民が琉球を訪れ、互いに学ぶ場とする。文化や自治の力、そしてアジアの住民による非暴力の支援によって軍が侵入できない島にする。

次に琉球と太平洋諸島との関係強化による、琉球の自治実現についての提案を行ないたい。2006年、第一回中国・太平洋島嶼国経済発展協力フォーラムがフィジーで、第一回台湾・太平洋友好国サミットがパラオでそれぞれ開催された。

近年、東アジア、東南アジア諸国が太平洋諸島に関心を持ち、太平洋諸島の経済はアジア経済圏と融合しつつある。戦前、ミクロネシアを初めとする太平洋諸島に琉球人が渡り、働き、郷里に送金した。

つまり、琉球は太平洋諸島から恩恵を受けたという歴史的事実があり、琉球は恩返しをする時期にきている。

                                                  つづく

東アジア共同体の自治と琉球②

前回の続き

「アジア地方自治憲章」の必要性

英国のスコットランド、ウェールズに独自の議会が設立され、課税権も有するようになった。仏国でも市町村、県、州への権限と財源の委譲が進み、国による補助金を通じた地域支配は困難になった。

独国では税法の執行を各州が担い、地方自治体が拠出した資金を基金化して財政不足の自治体に補填している。欧州諸国では国家間の統合と連動しながら、地域の自治も確立されてきた。

欧州評議会は、閣僚委員会、議員会議、欧州地方自治体会議により構成される。1994年に設立された欧州地方自治体会議のメンバーは、各国自治体の議長、議員等である。

同会議の目的は、欧州評議会における地方自治体の参加、地域民主主義の発展、地域間協力の促進等にある。

 1985年に「欧州地方自治憲章」が採択された。同憲章前文には自治の強化が民主主義と分権に基づく欧州の建設にとり不可欠であることが明示されている。

加盟国による同憲章の遵守が求められ、幾つかの加盟国の基本法に同憲章の原則が適応された。加盟国が同憲章に反した場合、欧州地方自治体会議は調査団を派遣し報告することになっている。

また同憲章では補完性の原則が採用されている。それは市民に身近な事務は市町村が行い、市町村ができないことを都道府県、都道府県ができないことを国が果たすという分権の原則である。

民主主義が地域のレベルで最も直接的に行使されるとの考えが反映されている。

東アジア共同体の中で特定の国が中心的な位置を占めるのではなく、中心のない共同体になる必要があろう。

自治が保障された、文字通りの「共同体」が対等の立場で横に連なる。また、NAFTA(北米自由貿易協定)のように、国境を越えて自由貿易地域を設定し、経済成長の推進を目的としない。地域の平和、自立、自治を確立するための連合とする。

そのためにも補完性の原則に基づく「アジア地方自治憲章」の制定が求められる。

アジアは文化、気候風土、社会理念、政治体制等が多様であり、国家間の統合が困難であるとの指摘がある。

しかし、固有の文化、歴史、自然に基づいた、地域それぞれの自治の発展を目指すならば、地域的多様性を有するアジアでこそ地域間連合の形成が望まれよう。各地域における自治の実践を学びあい、地域の諸問題を解決しあう。

また「東アジア地域自立基金」を創設し、互いに財政支援を行なう。地域住民による交流を促すことで、アジアにおける国家による中央集権体制を終焉させる。

                                             つづく

東アジア共同体の自治と琉球①

『軍縮問題資料』2007年7月、NO.320に拙論「東アジア共同体の自治と琉球」が掲載されていますので、ご紹介します。


アジアと琉球

琉球国は数百年にわたりアジア各地と交易を行ない、文化を吸収してきた。アジアの中で琉球が育まれてきた。しかし1609年、薩摩藩は琉球に侵略し、奄美諸島を直轄領にして琉球を分断した。1879年、日本は琉球国を滅亡させ、アジアとの関係を断ち切った。

今年、沖縄県が「日本復帰」して35年目になる。祖国、母国と憧れてきた日本は、米軍基地を押し付け、振興開発により島を切り刻み、海を埋めてきた。「沖縄文化」は観光客に見せ、喜ばせる商品に成り果てた。

日本の企業や移住者が島の経済や人を支配していく。米国に従属する日本は恥ずべきだが、その日本に隷属する琉球の状況はさらに悲劇である。「復帰」とは何であったのか、これからも「復帰体制」を続けるのかが問われている。

 日本政府は琉球に基地を永続的に存在させるために振興開発を提供してきた。大半の琉球人が「復帰」を選択したが、琉球人の自己決定権の行使は一回きりで終わりではない。

変革すべき状況が現れれば何度でも行使できる。近代化や開発主義によらない内発的発展の道を歩む、高度な自治権を有するという選択肢もある。それにより日本一辺倒の関係から脱却し、アジアとの多様なネットワークを形成する。

 琉球はアジアの仲間なのか、それともアジアに脅威を与える米国攻撃基地の先端でしかないのかが問われている。

琉球に米軍基地の約75%が集中している。このまま基地が存在し続けると、過去数百年にわたりアジアとの間で築いてきた交流の歴史が断絶されるだけでなく、アジアに敵対する島として琉球が固定化されてしまうだろう。

軍事基地が置かれた現在の琉球はアジアの亀裂、裂け目であるともいえる。日米両政府による米軍再編によってアジアとの亀裂がさらに深まろうとしている。

グアムは米領であるから基地を移設させてよいとする意見が琉球内からも挙がっている。グアムは1898年までスペインの植民地であり、それ以後、現在まで米属領という政治的地位が低い状態のままにおかれている。

住民は米大統領を選出する権利をもたず、米下院のグアム代表は議場において発言権はあるが、投票権がない。米政府や議会が一方的にグアムの軍事戦略を決定することができる。太平洋戦争中、グアムは日本軍の統治下におかれ、「大宮島」と呼ばれた。

グアムの先住民族チャモロ人が虐殺、虐待されたことに対する戦時賠償が今日でも請求されている。いわば琉球と同じような大国による支配と抑圧の歴史を共有するグアムに、琉球から米海兵隊が移設されようとしている。

琉球には海兵隊の実戦部隊を配置し、グアムにはその司令部隊を置くという戦術の下、中国、北朝鮮を初めとするアジア諸国に対する米国の攻撃、戦闘地域としてグアムと琉球が一体となって位置付けられている。

 日米同盟により日本の政治的、経済的地位が保たれ、安全保障が維持されるとする見解が日本の中で多数派を占めている。これは琉球の犠牲を前提とする考え方である。しかし、米軍基地によって日本の安全が守られていると本当に言えるのであろうか。

米軍基地の矛先はアジアに向いており、日本と他のアジア諸国との関係は米軍基地によって不安定化している。米国は日本と他のアジア諸国とを分断することで、双方に対する影響力、支配力を保持しようしている。

 日本と他のアジア諸国との分裂を終焉させるための議論として、「東アジア共同体論」がある。EUのように東アジア諸国の統合や協力関係を進めることにより、さらなる経済成長だけでなく、環境問題、領土問題等の解決を目指している。

現在は、国家間の統合についての議論が先行しているが、むしろ国内の地域間連合の方がアジアの平和と安定には重要であると考える。領土問題、歴史問題等、国家間では懸案事項が山積みしており、簡単には解決しないだろう。

国家の利害に囚われず、アジア各地域の自治を確立することを目標に据える必要があるのではないか。顔が見える人間の交流によって相互に抱えている諸問題を真摯に話し合い、解決していく。

また成長著しいアジア諸国において環境問題が深刻化している。自由主義的経済政策の実施により、これまで以上の開発、経済成長を促し、大企業による経済支配を推し進め、安価な農水産物の流通を容易にしたのでは、環境の破壊、地場産業や農林水産業の衰退等、地域住民が大きな被害を受ける恐れがある。

地域住民の自治、自立を踏まえた、地域主導によるアジア共同体の実現が望まれる。

沖縄離島に学ぶ「地域経済の自立」④ 

前回の続きです。

真の自立へ3つの提言

 ここで、こうした地域住民による地域自立、自治を実現するためのいくつかの提言を行ないたい。

◆国は地域に権限委譲を

 第1に、国と地域との間に対等な関係を確立することだ。

財政赤字、人口減少、産業衰退などの地域問題の大きな原因は、国による補助金行政や、都市にヒト・モノ・カネ・情報を集中させる国土開発政策の実施にあったといえる。その国が「地域再生」を導くというのは論理矛盾である。

 英国政府はスコットランド、ウェールズに大きな権限を委譲した。中央集権体制によって地域自立を実現する時代は終焉を迎えつつあるのが世界の潮流である。

国の権限は安全、外交、金融等に限定し、地域をコントロールする国の組織を廃止し、地域に内政自治権を保障すべきである。

 過去35年間、沖縄県に対して膨大な公的資金が投下されたが、権限の委譲はなかった。

自ら責任を持って自らの頭で考え、政策を実施していく体制が生まれない限り、沖縄県の経済自立は実現しないだろう。

沖縄振興計画を策定し、実施している内閣府沖縄担当部局(以前の沖縄開発庁)を廃止し、沖縄のことは沖縄の住民や機関に委ねるべきである。

国や地域はともに膨大な借金を抱えており、互いに甘えは許されない。国も地域も自ら治めるという覚悟が必要な時代になったといえる。

◆地域間の相互扶助を

 第2に、地域固有の発展を促し、地域間ネットワークを拡げることだ。

多様な地域の実態を把握するために大々的な地域調査が必要である。地域の特性を明らかにしたうえで、地域独自の政策を実施していく。

 国が策定した指標を当てはめ、プログラムを適用すれば地域が自動的に発展するという安易な発想は捨て去るべきである。

行政は地域内で得られる税収分だけの仕事を行い、地域づくりの基本は住民自治に任せる。人と人、人と文化や自然との関係をさらに深めて自立の土台とする。

また、「地域基金」を創設するなど、地域間の相互扶助により財政支援を行ない、地域発展の方法を互いに学びあう。

◆地域を担う人材育成を

 第3には、若者を軸にして地域づくりを進めることだ。自治は1人1人の自覚と行動から生まれる。

年功序列体制を打破し、元気と知恵のある人間を学閥、コネなどに関係なく、地域づくりのリーダーとして登用する。

若者の研修に力を入れ、地域自立の事例を学ばせるために海外に送り出す。カネではなく人間が地域を作るのである。

100年先を見据えた構想を持つ若者がどれだけ地域で生活しているかが、地域自立の行方を左右するだろう。

 最後に、明治から昭和にかけて官僚や経済人として自治について考え、実践した後藤新平の「自治三訣」を紹介したい。

「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして酬いを求めぬよう」。地域も国の世話にならず、酬いを求めず、かえって他の地域の世話ができるようになりたい。

地域固有の文化や自然に基いた内発的発展は多様であり、豊かである。地域は日本のお荷物ではなく、無尽蔵の宝である。

この宝を掘り起こすことができるのは地域の人間でしかない。

沖縄離島に学ぶ「地域経済の自立」③ 

前回の続きです。

市場拒否する島の自治

 地域は国の経済支援がないと自立できないのだろうか。

琉球の島々においては、むしろ全国一律の「成長のエンジン」とみなされてきた市場経済や投資・開発を一部棚上げし、住民が豊かな自然や独自の文化に即した自治を実現している事例をみることができる。

 石垣島と同じ八重山諸島の竹富島では一時期、島の3分の1が本土企業に買収されたことがあった。

そうした経験から「土地を売らない」方針を掲げた「竹富島憲章」を住民が作りあげた。これにより、外部資本の導入ではなく、島民の助け合いによる発展を目指し、赤瓦の住宅に珊瑚石を敷き詰めた小道に象徴される竹富文化を柱にした島おこし運動を展開している。

 日本最南端の島・波照間島では、住民が資金や労働力を出し合って「共同売店」を設立・運営し、基幹産品であるサトウキビの刈り取り作業も相互扶助で行っている。

共同売店は利益追求が前提になるスーパーが出店しない過疎地域の生活を支えるため、住民の助け合いを推進力とする経営形態で、沖縄本島中北部、石垣島、西表島などにもある。

 また、石垣島南部の白保地区の人々は「海が育ての親」「海の畑」と呼ぶ、珊瑚礁(イノー)の海を生命をつなぎ、村の文化を築く漁場や建設資材である珊瑚石の供給源として利用してきた。

沖縄島に近い久高島の人々は現在も土地の私有化を認めない「土地総有制」を守り、静かで安定した生活環境を維持している。

ジャングルに覆われた西表島では、その豊かな自然が経済活動と不可分であり、人間は農業やエコツーリズムなどを通じて生きる糧、素材、知恵を得ている。また、自然の恩恵に感謝する祭りがいまも地域の重要な行事とされ、公民館を拠点に住民が決議権を持って参加する自治によって取り仕切られている。

金銭を介さない「仕事」

 都会の人間は組織の一部として位置付けられ、報酬と引き換えに専門的な知識や職能などの提供が期待される。

しかし、島社会では金銭にはならないが、生活するための様々な「仕事」が存在する。島の経済はそうした独自の形態をとる。

 それには精神や身体を含めた人間全体の力が必要とされ、1人1人の存在が重要になる。島に対する貢献が直接的であり、過程や結果が目に見える。地域づくりを自らの手で生み出すことも可能である。

筆者は、八重山諸島で出会ったこうした「仕事」に取り組む若者たちの輝いた目が忘れられない。

 市場が狭い島嶼において、大量生産、大量消費の経済原理は機能しない。その代わり、染織、陶芸などのように島の素材を使い、人間の手で1つ1つ心を込めた物作りの伝統が今も生きている。

個々の商品から人間の生き様や自然のあり様をうかがうことができる。効率性、便利さ、競争原理などの価値観を地域に対して一律に適用すべきではなく、地域固有の文化、生活の様式に基づいた発展を促すような地域政策が求められる。

 地域は行政上、都道府県市町村に分類できるが、地域の基本単位は人間の顔が見え、自然に抱かれる、具体的で、身体的な場所である。

当然、地域の個性や文化も互いに異なる。南国の島嶼部とは異なる独自性を、平野部の農村、北国の山村などそれぞれが持つ。人間同士だけでなく、人間と自然との関係も深く、密接な地域において、新しい多様な文化や歴史が生み出される。

「地域再生、活性化」とは、それぞれの地域の異なる個性を認め合い、住民が自らの力で地域を治める自信と誇りを持つことである。

住民が自信を持てば経済自立も成し遂げることができるだろう。このような地域が横に連らなる形が日本全体の地域再生となる。

                                               つづく

沖縄離島に学ぶ「地域経済の自立」 ②

前回の続きです。

石垣島の移住者人口

 沖縄の石垣島では現在、日本本土からの移住者が激増している。頑張る地方応援プログラムの指標である転入人口数や事業所数などからみれば、石垣市は「頑張った」として交付税提供の対象となるだろう。

しかし、石垣島の実情をみると、人口や投資の増加が地域の発展を保障するとは必ずしも言えないことが分かる。

 07年3月23日の『八重山毎日新聞』によると、同月現在、石垣島における3000平方㍍以上の大規模開発計画は、リゾート施設が7件、宅地造成が9件ある。

これより規模の小さい建築物(高さ13㍍以上、500平方㍍以上)の届け出も18件ある。06年における住宅・アパートなどの建築確認申請も406件にのぼり、前年比で17%増加した。

 景勝地・川平湾に面する山原(ヤマバレー)地区には、移住者の住宅、店舗、民宿が建ち並んでいる。01年に農業振興地域が見直されて以降、宅地分譲が活発になった。

いずれも海岸沿いの米原地区では5階建てコテージ4棟、吉原地区では7階建てマンション、元名蔵地区では130戸の分譲住宅の大型開発計画がある。

元名蔵の開発では、山を2つ切り崩して宅地を造成する予定で、土砂災害、名蔵湾への赤土流出も懸念されている。

 移住者は海の見える高台や海浜の近くに住宅を建設する傾向にあるが、これらの地域の大部分には生活用のインフラが整備されていない。

移住者は住宅建設のため、石垣市役所に市道や農道の認定、道路の舗装、排水施設の整備、防犯灯の設置、水道管の敷設などを求める。

面積が限られた閉鎖空間である島嶼地域が急激に人口増加すれば、将来水不足が生じ、水源確保のための開発も必要となるだろう。また、廃棄物処理など追加的な行政費用の増加が予想される。

 05年時点で人口約4万5000人だった石垣市に、06年の1年間に住民票を移した人は3400人以上にのぼった。

その他、住民票を移さないで島に住む「幽霊人口」と呼ばれる人々が1万人ほど滞在しているとみられている。幽霊人口は地方税を納めないで行政サービスを享受しており、財政負担の一因となっている。

 石垣島には年間約77万人の観光客が訪問している。しかし観光客の増加にもかかわらず、石垣市は多額の地方債残高を抱え、厳しい財政状況にある。観光客や移住者の増加、民間投資の活発化によっても、財政は潤っていない。


歓迎されない「発展」

 石垣市は移住者の増加、投資の活発化を歓迎しておらず、むしろ当惑している。市のホームページには今年2月、「石垣島で土地売買、住宅等建築を計画されている皆様へ(ご注意)」と題する文が掲載された。

「ばらばらの意匠形態の建築物が建ちならぶ『無国籍』的眺望は好ましくなく、もともとその土地から眺望できた素晴らしい自然景観を知っている市民は胸を痛めています。

自然環境や景観は人間が支配してはいけません。眺望を楽しむための住宅が結果として石垣島の自然景観を壊す、あってはならないことです」と訴え、財政難で移住者が求めるインフラ整備は困難であるとの見解を示した。

 市は3月に制定した「風景づくり条例」や、4月に施行した自然環境保全条例の改正によって乱開発を防止しようとしている。

風景づくり条例は500平方㍍以上の土地開発に届け出を義務付け、市が定めた景観計画の基準に適合しない場合、市長は開発者に対し指導、勧告をすることができると定める。しかし、条例には罰則規定がないため強制力はなく、乱開発が食い止められる保障はない。

 新石垣空港が着工され、団塊世代の大量退職時代が到来するなか、石垣島への移住、投資はさらに増えるだろう。

このように国が画一的な価値観に基づき、地域の努力目標に掲げる人口増や開発が進むことで、島嶼においては自然や景観の破壊、自治体の財政難の深刻化など大きな経済的損失をもたらす恐れがある。

今後、島は独自の価値観に基づいた自治力を発揮し、罰則規定を設けた風景・環境条例の実施や、環境税・入島税の賦課、ゾーニング(開発禁止地域の設定)などの対応策を採ることが、本当の意味での経済自立を守るために必要ではないか。

                                              つづく

沖縄離島に学ぶ「地域経済の自立」①

毎日新聞社の『エコノミスト』2007年5月15日号の「学者が斬る」のコーナーに拙文が掲載されましたので、ご紹介します。

 国主導の地域経済策によって本当に地域は自立するのだろうか。沖縄県の事例を通じて地域の経済自立と自治について考えてみたい。

国はいま「頑張る地方応援プログラム」を策定し、地域再生に乗り出している。その内容は、市町村が策定するプロジェクトの経費として特別交付税(500億円程度)を、市町村ごとに年3000万円ずつ3年間交付する。

地方の「努力」を測る指標

 加えて、2200億円程度の普通交付税を次の指標に応じて、市町村と都道府県に割り振ろうとしている。

その指標は、①行政改革指標、②転入者人口、③農業算出額、④小売業年間商品販売額、⑤製造品出荷額、⑥若年者就学率、⑦事業所数、⑧ごみ処理量、⑨出生率である。「頑張る地方応援懇談会」、事例集の作成、成果が顕著で独自性が高い事例の表彰なども行なう。

 国の施策には他に「地域再生総合プログラム」がある。国策定の地域再生計画と連携した53の施策(連動施策)と、227の国の既存施策を再構成し、「地域の雇用再生」など6つのプログラムに集約している。

国に地域再生本部をおき、各省庁連携により重点的、集中的な地域支援を行なうという。
 これらの政策からうかがえるのは、国が特別・普通交付税という「アメ」を使って地域間競争を促し、地域経済の効率性・生産性を増大させようとしていることだ。

画一的な基準を設定し、地域間で「頑張り」を競わせる。経済的に恵まれた地域が一層強化され、地域間格差が拡大する恐れがある。

地域再生総合プログラムも各省庁の施策の寄せ集めで、地域に対する権限強化を図ろうとするもので、「国による国のための」地域再生策といえる。

 地域には、歴史、文化、社会構成、地理的条件、資源量、人口などそれぞれ大きな違いがある。

地域づくりの歴史も異なる。地域の個性を無視した画一的な指標に基づいて公的資金を投下していいのだろうか。

「地域再生」のプログラム、メニューを作り、地域の「頑張り」を評価し、財政支援をするのは国である。ここには国が主導権を持ち、地域は受動的立場に置かれる主従の関係性がみられる。

「頑張り」の成果を交付税算定に反映するというが、交付税というカネによって地域は生まれ変わるのだろうか。

補助金がばら撒かれ、ハコモノ施設やインフラが残り、自治体はこれらの維持管理のために財政赤字に陥るという、いつもの結果に終わるのが落ちだ。

バラマキ振興策の破綻

 1972年に沖縄県が誕生して今年は35年目になる。「復帰」後、「沖縄振興開発特別措置法」が適用され、沖縄開発庁により開発計画が策定・実施されてきた。

日本本土との社会経済的な「格差是正」「経済自立」を目指し、これまで約8兆円の公的資金が投下されてきた。だが、それで経済自立を達成できたのだろうか。

 沖縄県は全国最低の県民所得、全国平均の2倍の失業率が現在も続いている。

沖縄県外からの資金流入を示す2003年度の「県外受取」の構成比は、財政への経常移転が42・1%、観光収入が17・7%、軍雇用者所得・軍用地料・米軍などへの財・サービス提供が8・4%である。

沖縄県には年間600万人近い観光客が訪れており、県経済の中心は観光業であると考えがちである。しかし、観光収入の約2倍の経済効果を及ぼしているのは国の支出金である経常移転だ。

つまり、経済自立どころか、国への依存度がかえって深まっているのである。
 それに加え、振興開発に伴い環境も大きく損なわれた。たとえば沖縄本島周辺の珊瑚礁の約9割が開発によって破壊された。

 53年に「復帰」した鹿児島県の奄美諸島にも「奄美群島振興開発計画」が策定され、54~04年に約1兆8000億円が投下された。

しかし、奄美諸島の人口は55年の約20万人から、00年には約13万人に減少している。さらに、特産品の大島紬の生産高激減、財政収支の悪化、環境破壊も進んでいる。

公的支出金は島内で循環せず、島外に漏れていき、「砂漠経済」「ザル経済」と呼ばれる。このように、琉球の島々は補助金バラマキ行政の破綻を、身をもって示しているといえる。

石垣島の方々との交流

先週、石垣島の島民会議、青年会議所の方々と交流させていただきました。突然、島民会議の新垣さんに電話したにも関わらず、多くの方がお忙しい中集まって下さり、二次会まで島の今、将来について熱く語らいあいました。

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右から島民会議の新垣さん、鷲尾さん。場所は新垣さんが経営する、「島そば一番」の二階です。

新垣さんは本来の八重山そばづくりにこだわっている方でもあります。かつて子供のころ食べた懐かしい八重山そばの味がし、おいしかったです。

鷲尾さんは、「白保メール」というメールマガジンを発行されている方です。リンクにもありますので、是非、ご覧ください。島民会議の事務局もされています。

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右から青年会議所の漢那さん、大濱さん。漢那さんは島で、石垣島パラダイスグループという会社を経営されている方です。二次会は漢那さんのお店で飲みました。

大濱さんは、島藍農園を経営されています。大濱さんは島で初めて藍染を始められ、八重山諸島に重点をおいて自らの作品を売っていくという、地産地消、島の自立経済にこだわった方です。お二人とも明日の石垣をつくりあげる青年であると思いました。

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右から鷲尾さん、元村さん、漢那さん、早川さん、村山さん、大濱さんです。元村さんは、八重山料理店である舟蔵の里を経営されています。自らの考えをはっきり勇気をもって言うことのできる方であり、多くのことを教えていただきました。

早川さんは米原のリゾート建設計画に反対する運動を地元でなさっている方です。6月のシンポジウムでも石垣島の開発の現状について明解で、説得力のある報告をして下さいました。

村山さんは工房奈夢で漆喰のシーサーを作っておられる方です。元村さん、早川さん、村山さんは島民会議のメンバーです。

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早川さんにとってもらった写真。奥の方に新垣さんと私が映っています。

この場所で、島民会議の皆さんは、6月のシンポジウムの打ち合わせを行い、島の現在と未来を考える話し合いが行われました。

新旧の住民が同じ場所で、同じ時間を共有し、共に島が抱える問題を話し合い、未来の抱負を語りあってきた場所です。コーディネーターとして新垣さんは大変、重要な役割を果たされたと思います。

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西表島から石垣島に帰った時、村山さんの工房に行きました。アヤパニモールの先に行ったところに工房がありました。

工房に行く途中で、オートバイに乗っている村山さんにお会いして、案内していただきました。歩いているとだれか知っている方に会えるという、島社会の良さを体験しました。

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村山さんがつくられた漆喰のシーサー。通常のシーサーは土でつくられていますが、漆喰のシーサーも温もりが感じられいいなと思いました。

赤瓦の家が壊され、捨てられそうな赤瓦をもらいうけて、漆喰シーサーにも活用しているそうです。私も、シーサーとキジムナーを買わせていただきました。手作りで、独創的ですからいつまでも大切にしたいと思います。

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村山さんの工房では、地元の児童たちも体験学習でシーサー作りをしています。漆喰ですから、子どもたちは自分がつくった作品をそのまま持って帰ることができます。

村山さんは、新潟出身です。村山さんから興味深いお話を伺いました。新潟の妻有地区は、地震の被害、過疎化等を克服するために芸術による村おこしが行われました。村山さんもボランティアとしてこの試みに参加されました。

村の人々と域外者との新たな関係がつくりあげ、一緒に地域を元気にしていきました。元々、村山さんは地域づくり、街づくりに関心があって、島民会議に参加されたそうです。

豊かな経験をもち、志のある方々が島民会議をつくりあげており、これからの島おこし運動に大変関心を持ちました。私も何か一緒に活動できればうれしいです。


短い間でしたが、西表島、石垣島では多くの方にお世話になり、また多くのことを学ばせて頂きました。心より感謝申し上げます。

石垣島の開発

今回、私が生まれた石垣島でも一泊し、地元の方から島の開発についてお話を伺うことが出来ました。

今年6月に午後2時から8時まで、島の開発を問うシンポジウムが開催され、その後、島民会議が結成されたことについては先にお伝えしました。今回は、シンポジウムの模様を紹介したいと思います。

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現在、島では観光客、移住者が増加し、乱開発が進んでおり、写真のような売り地の看板も目立っています。急激な社会変化が発生しています。

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人口の増加ととも集合住宅も増え、地域社会のまとまりが衰退していくという懸念の声も聞こえます。最近、アパートなどで空室が目立ってきているという情報もあり、経済バブルの崩壊による悪影響も心配です。

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乱開発の中で開催されたのが「緊急、島の未来シンポジウム」でした。このシンポジムの実行委員会は、新旧の住民によって構成されています。

石垣島各地でリゾート計画等の開発に反対し、これからの島の方向性を住民を主体にして考え、実行していこうという方々が定期的に集まり会合をもってシンポの準備をしてきました。

会合の話し合いの過程で、新旧の住民が意見を交換し、共に島の現状を考え、未来を語ってきたと聞いています。

新旧の住民が交流し、互いに理解し、お互いの違いを認めながら新たな関係性をつくる上でもシンポジウムの準備過程は重要であったと思います。

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石垣市民会館の前の横断幕。会館中ホールには多くの方が集まり、6時間の議論を熱心に聞いていました。それだけ住民の方々の危機感が大きいといえます。

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会場入り口で開かれた島の写真展。現在、また、過去の島の自然、風景、住民の顔等を見ることができ、改めて島の豊かさを実感しました。

それとともに、乱開発によってカネで買えないもの、人の気持ちが失われ、人間の記憶、生き方が消されていくという、開発という暴力性を感じました。

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基調報告をされる田島共同代表。住民の力で今、島が抱えている問題を考え、島の未来の姿を提示して、つくっていくという自治に対する熱い思いを語っておられました。

シンポの実行委員会は、現在、島の未来を考える島民会議として結成し、会員をあつめ、会報も発行し、さまざまな活動を実施しております。(会報につきましては、前にこのブログでもご紹介しました。)

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「復帰」前の石垣島の映像について解説される山里さん。島が開発される前の島の様子を、カラーでしまも動画で初めて見ることが出来ました。過去へのノスタルジーではなく、現在の乱開発を問い、石垣固有の未来像を構想するときに、先人が歩んできた道を振り返ることは重要だと思います。


西表島の開発

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サミットの翌日に、本ブログで紹介しました「西表島開発(上)(下)」で論じたリゾートを見てきました。このようにリゾート計画の一部は完成しており、営業をしております。

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リゾート前の海岸は以前見たように、砂浜がえぐられており、樹木の根がみる状態になっています。

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この浜は「トゥドゥマリの浜」と地元の方から呼ばれ、島の神が降臨してくる浜として親しまれてきました。海ガメも産卵し、「鳴き砂」と呼ばれ、歩くとキュッキュッという音を奏でます。

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リゾートに至る道路標識には「トゥドゥマリの浜」と記されていますが、観光客に受けるように「月が浜」と変えられた名称がバス停に書かれています。

琉球の観光化によって、地元の人間が継承してきた文化が、観光客が好むように変えられていくという一側面を見るような気がします。

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ユニマットが経営するリゾートは、島の人々の反対を押し切る形で建設され、石垣金星さんを中心にした裁判も行われてきました。

同リゾートは、竹富町役場が所有する広大な土地を借りて営業を行っています。写真のように、反対する住民が自らの意思を示す「工作物」を設置することを役場が禁止しているといえます。

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しかし、役場の管理が及ばない場所であり、観光客がリゾートに入る道路の近くに反対の意思を示す看板が設置されています。

観光客はこの看板を見ながらリゾートを利用するのでしょう。「島で癒される」とはどのような意味があるのでしょうか。

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ホテルの汚水により海が汚れ、海ガメの産卵がなくなり、新種のトドマリハマグリの絶滅が危惧されており、ホテルの撤去を求めています。

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日本魚類学会、日本生態学会、日本ベントス学会もこの開発に反対しています。経済学者はこの開発をどのように考えるのかが問われています。

地元民が納得するまで徹底的に話し合ったのか。役場は税収増加という短期的な経済利益を優先し、住民の日常生活、地元業者の生活、カマイ、海ガメ等を含む豊かな島の生態系を軽視しているのではないか。さまざまな疑問がこの開発から湧いてきます。

カマイサミット②

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西表島のカマイ猟師が仕掛けについて参加者に説明をしています。

他所からの技術も取り入れながら、西表独自のカマイ仕掛けが生み出されたようです。西表の適正技術であるといえましょう。

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カマイについての研究発表者の報告を熱心に聞く方々。活発な質疑応答も行われました。カマイについて多様な観点からの研究成果もきくことが出来ました。

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台湾から参加されたパイワン族の方。民族衣装を着てこられ、自らの民族の文化、生活に対する誇りを感じることが出来ました。

夜のシンポジウムでは、カマイ狩猟の時の呼び声、歌も唄って下さり、大変、感動しました。パイワン族の生活と狩猟が非常に結びついていることを理解することができました。

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夜のシンポジウムの模様。泡盛、オリオンビールを飲みながら、寛いだ雰囲気の中で琉球弧の狩猟文化について多くの興味深い話を聞きました。

琉球には地域の生活に根付いた多様な生き方があることを改めて実感しました。パネラーが一様に言っていたのは、島の自然が豊かであるから、カマイ猟を行うことができ、それによって人間も島で生活することが可能になった。

そしてカマイと島の神信仰が深く結び付き、感謝の気持ちで猟をしていたから、これまで乱獲をすることがなく、共生の関係をつくりあげていたということでした。

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報告をしている石垣金星さん。金星さんは祖納公民館長として、今回のサミットを主催し、琉球弧のカマイ狩猟者、研究者を集め、充実した交流の場を私たちに与えて下さいました。

金星さんは、島の自然と生活に根ざした人間の生き方として、有機農法、染織、エコツーリズム等を自ら実践されてこらました。

今回のカマイサミットもあらためて台湾を含む琉球のシマジマの本当の豊かさを感じることができた集いであったと思います。

カマイが人間に教えてくれることや、カマイとの持続可能な関係を作り上げてきた狩猟者が教えてくれることも多かったと思います。今後、この場で学んだことを琉球の自治、地域経済学、民際学等に関する実践と研究に生かしていきたいです。

カマイサミット①

先週の土日に西表島祖納公民館で開かれた、第二回カマイサミットに参加してきましたので、ご紹介いたします。

カマイ(猪)と人間との関係、カマイを通して人間と自然との関係の在り方などについて考える集いでした。考古学、人類学等を専門とする研究者が琉球、日本、他のアジアにおけるカマイについて報告しました。

カマイの刺身、カマイ肉のソバ等を美味しく食べた後に開かれた夜のシンポジウムには、西表島、石垣島、沖縄島ヤンバル、奄美大島の人々のほか、台湾の原住民パイワン族が参加しました。

それぞれの島の実例、狩りをする時の声、動作、道具を見せていただきました。琉球、台湾にカマイ狩猟文化が現代にいきづいていることがわかりました。

島の自然が生きているからカマイも生きていけ、そして人間もカマイによって生かされてきた、島のもう一つの生活史を学ぶことができました。

第三回眼のサミットは12年後の猪年ですが、是非ともまた行ってみたいです。


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祖納公民館の入り口にある、カマイサミットの幟。

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受付の机では、サミットを記念した、カマイ、カマイ猟師の写真が張られた泡盛が売られてました。

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祖納公民館の中で会場の準備をしている方々。

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カマイを煮るためのシーミーナベ。島の女性たちがおいしいカマイ料理を作って下さいました。



西表島開発を問う(下)

西表島開発を問う(下)2003年3月29日 琉球新報 松島泰勝



西表島は日本における島おこし運動の先駆的な島である。

復帰前後、本土企業による土地の買収を食い止め、有機農業、天然素材による織物業等をもって自ら立つ生活の基盤とする運動が展開された。

さらに、島外の人々と協力して「西表を掘り起こす会」が結成され、西表島の足元にある歴史や文化が文字通り掘り起こされてきた。安易に外部の資本に頼らずに、自らの力で島の発展を図ってきた歴史がある。

西表島はまたエコツーリズムの先進地域でもある。1991年、環境省は国立公園におけるエコツーリズムのモデル地域として西表島を選定し、全島資源調査を実施した。

96年に西表島エコツーリズム協会が発足したが、その後に、日本エコツーリズム協会が設立された。 

本紙において川辺貢氏、今井輝光氏も論じていたように、環境問題を引き起こすマスツーリズムのあり方を反省して、自然と人間との共存を実践するエコツーリズムがいま、注目されている。

エコツーリズムにおいて日本の最先端を走ってきた西表島において、マスツーリズムが行われようとしているのである。

 沖縄県もエコツーリズムの意義を認めている。昨年から実施されている新しい沖縄振興計画において、「沖縄の豊かな自然を生かし、エコツーリズムを促進する。」と明記されている。

県のエコツーリズム促進事業として、昨年、エコツーリズム国際大会・沖縄が開催され、エコツーリズムの課題に関する検討委員会が開かれている。

 県の観光リゾート局は、西表島における大規模開発計画の見直しを求める意見書を事業者に提出した。しかし、同じ県庁の建築指導課は法的に問題ないとして建築許可を出した。

また、沖縄県環境影響評価条例による対象事業の要件に該当しないとして、環境アセスメントも実施されていない。国立公園外であり、総合保養地域整備法(リゾート法)に基づく整備重点地域であり、「法的には問題ない」として建設が正当化されている。

しかし、沖縄の経済発展の方向を明示した沖縄振興計画においてエコツーリズムの促進を主張しながら、結果としてマスツーリズムの設置を認めたのは、矛盾ではないだろうか。

縦割り行政を超えて、自らが掲げた理念を実行に移すのが、行政としての県の役割であると考える。

また、西表島における大規模開発による経済効果は、企業側が主張するものになるとは限らない。

企業が主張する経済効果をエコツーリズムの理念に照らしながら客観的に調査し、その結果を企業に遵守させるためにも、県が主導して経済アセスメントを実施すべきである。

また、条例の対象外として環境アセスメントを免除しているが、世界有数の自然環境をもつ西表島においては、特例措置として環境アセスメントを行う必要があろう。

沖縄県が本気なって、世界に誇りうるエコツーリズムの実践地域として西表島を育てようと思うならば、受け入れ観光客数(キャパシティー)の提示、立ち入り制限・禁止地域の設定(ゾーニング)、そして、環境との共存を考えた、県としての実効性のあるエコツーリズムのガイドラインを取りまとめて、事業者や観光客に守らせなければならない。

「西表島エコツーリズム協会」や「日本エコツーリズム協会」からの開発見直し要請、「全国環境保護連盟」による西表島保安林確認請求訴訟や西表島リゾート開発差し止め動植物原告訴訟、「西表の未来を創る会」による各種の申請、そして、全国から寄せられた建設反対の署名等、西表島の大規模開発に反対する運動が陸続と起こっている。

しかし、県が下した建設許可を錦の旗印にして、建設が着工されている。エコツーリズムの推進を高く掲げる県が今後も部外者的な立場を貫き、開発事業者が全国からの反対の声を無視して建設を続けるならば、沖縄観光に対する評価は大きく低下しよう。

世界や日本の大きな潮流は、環境への関心、自然保護であり、エコツーリズムであるからだ。

ある意味で観光業は、社会全体にかかわる産業である。地域住民の理解や参加、全国的な評判、事業者と観光客との人間的な関係、自然との共生等が、持続的な観光発展には重要である。

大規模開発に伴う短期的な経済効果を求めるのではなく、世界における「エコツーリズムのメッカ」として認知されるほうが、長期的にまた、持続可能な形で島の生活や経済を安定化させる道ではなかろうか。

人間、動物、自然等が共存できるような観光のあり方を、地域住民、事業者、観光客、行政、専門家等が真剣に議論して、現在の対立状況を打開する必要がある。

カマイサミットに行ってきます

西表島の租納で今週土日に開催される、12年に一度のカマイサミットに参加するために、
今日、東京に行き、明日、西表島に行きます。

石垣金星さんが中心となってサミットの準備を進めてきました。島人とカマイ(いのしし)との関係、カマイを通して島人と島の環境との関係や、人同士の関係等について考えてきたいと思います。

また今日紹介しましたリゾートも時間があれば行ってみたいです。来週月曜日以降、ご紹介したいと思います。

西表島開発を問う(上)

「西表島開発を問う(上)」と題する私のコラムが、2003年3月28日の『琉球新報』に掲載されましたのでご紹介します。文中のリゾートは現在、その一部が建設されております。

いま、大自然と人間が共生してきた西表島において大規模観光開発が推し進められている。全体で14ヘクタールの土地に、4階建て125室のホテル、社員寮、道の駅等が建設される。

大規模開発により、竹富町の経済が潤うとの期待がある。しかし、本当にリゾート開発によって西表島は発展するのだろうか。次のような経済問題を指摘しておきたい。

第一の問題は、ユニマットという一企業に依存することの不安定性である。同社は宮古島の上野村、小浜島においてホテル、ゴルフ場、リゾートマンション等を経営しており、次に西表島への投資をと考えている。

高額所得者の高橋ユニマット代表が上野村の住民になるとともに、前年よりも住民税収入が約3倍に増大した。

高橋代表は2001年11月に竹富町に住民票を移したが、同代表の2002年度における納税額は68億円にのぼり、そのうち14億が町民税として納入されたと試算されている。前年度に比べて竹富町の町民税総額は約4倍に増えた。

小規模な町村の財政が一個人、一企業に大きく依存しており、依存度が増すに従い、企業の意向に従わざる負えなくなる状況になろう。企業の経営方針が島の将来を左右しかねない。

世界や日本の経済状況が変わり、投資環境が悪化し、また、期待した利潤が得られなくなれば、撤退するのが企業にとって合理的選択となる。

たとえ、町村の財政収入が一時的に増大しても、企業の撤退という不安定性を常に抱えることになる。西表島で太陽の村を開発した西武グループも、その残骸だけをのこして、島を去った。

 第二の問題は、地元への経済効果である。大規模開発によって雇用機会が増大すると期待されている。

しかし、年間500万近く観光客が来島する沖縄においてなぜ、高失業率状態がいつまでも続いているのか。

観光関連収入の多くは本土に還流しており、沖縄経済の中で循環しておらず、経済発展に結びついていない。地元食材が利用されず、県外産のお土産が流通するなどの問題もある。

また、ゴミ処理、上下水道整備等、行政においても追加的な費用がかさみ、財政収支の改善につながらない。以上のような沖縄観光における構造的な問題が解決されていないなかで、大規模開発による経済効果の期待だけが膨らんでいる。

西表島には民宿等の小規模な宿泊所が多く、低価格志向で自然を愛好する人々を受け入れている。しかし、ユニマットの旅行代理店が東京から小浜島までのパックツアーを4万弱の価格帯で提供したことを考えると、民宿の客が奪われる恐れもある。

 第三の問題は、持続可能な発展かどうかである。西表島のような島空間の場合、大規模開発にともなうゴミ、汚水、大量消費、大量交通が自然生態系に与える影響は大きい。

現在、西表島の西部地区で利用されている上原簡易水道だけで、今後増大する観光客に対応できるとの保障はなく、大自然を犠牲にするダムの建設計画が浮上してこよう。

西表島は、現在でもゴミ処理に関して課題を抱えている。さらに増える大量のゴミや汚水等を、脆弱な環境に影響を与えることなく、どのように処理していくのであろうか。他の島に運んだのでは問題のつけまわしとなり、安易に焼却するとダイオキシンの発生につながる。

パックツアー滞在客を早く回転させることで、利益を上げようとすると、それだけ経済的効率性が重視され、環境にも大きな歪をもたらすだろう。一度、破壊された環境の回復は非常に困難である。

また、地元の織物従事が開発地域の海で布の「海さらし」をしているが、海の汚染は観光業者以外の人々の生活、経済活動にも影響を与えよう。

西表島のマスツーリズムは、一企業だけの投資という問題ではない。次々と大規模観光開発を呼び込むことになり、環境への負荷はますます大きくなる。

沖縄島から宮古・石垣島へ、そして小浜島、西表島へというように、企業は沖縄の島々を投資の対象としてきた。島の近代化、自然の破壊が進み、失業問題、財政依存問題は解消されないままである。

西表島の大規模開発は西表島だけの問題ではなく、沖縄全体の経済開発のあり方を問うている。復帰後30年間、沖縄は経済格差解消、経済自立という目標を掲げて、外からの投資に期待してきた。

しかし、その経済効果は小さく、島嶼内においては大量生産、大量消費という高度成長の論理は通用しないということが、明確になったと思う。

西表島の最大の「売り」は「大自然」である。自然や文化を守りながら生活を安定させていくという、小規模で、地域の人間が経営の主体となった内発的発展のこころみが、島の発展にとって重要であると考える。

海兵隊のグアム移転と沖縄経済を考える(下)

〝沖縄は日本政府からの多額のヒモ付き経済振興に頼る生活感を根本から見直し、自立的、そして自然をはぐくみ身の丈にあった生き方、価値観の確立が今求められている〟


 沖縄は外部からいろいろな名目の補助金、沖縄振興、軍用地料などに頼り、自立した生き方を見失い、その結果、基地被害、自然破壊を招いてしまっているのではないか。松島さんは例をいくつか挙げ問題点を指摘されました

 〝米軍統治化の1950年代、沖縄全土で吹き荒れた米軍による土地略奪に抗したいわゆる「島ぐるみ闘争」がある。

しかし盛り上がったこの基地反対闘争は米軍の土地代引き上げの懐柔策にまんまとのってしまったことでしぼんでしまったという苦い経験がある。

(次の事例として日本復帰後)日本政府は沖縄振興事業の名の下に多額の金を沖縄に注ぎ込み、その金で道路建設、大掛かりな橋の建設、そして土地改良が行われ、その結果、沖縄にとって貴重な観光資源である自然が破壊され(山原の自然の破壊で貴重種の動植物の絶滅の危機、赤土流失によるサンゴの壊滅的な打撃など)沖縄の良さが失われかけているという深刻な事態を招いてしまっている。

最近では名護市に基地建設の見返りとして多額の補助金が落とされ、箱物が次々と建設され、その結果次のような深刻な事態を招いている。

建設された箱物を維持するには多額の金が毎年かかる。この維持費は地元市町村が負担しなければならない。

そこで名護市は維持費を捻出するため多額の借金を抱え込んでしまい、日本政府との従属関係はますます増しつつあり、地元の自治、自立は大変困難な状況に追い込まれるという結果を招いてしまっている。本当に不幸な事態といわざるを得ない。〟

 最後に返還地域の跡地利用について映像を交え次のように話してくださいました。

 〝返還が予定されている普天間基地の跡地利用について宜野湾住民は次のように考えている。普天間基地の地下内には鍾乳洞がたくさん点在している。

そこで箱ものを造る近代的都市を目指すのではなく、自然の地形を生かした国立公園にし、観光事業を立ち上げていきたいというしっかりとした構想を持っている。

ただ問題は米軍によって垂れ流された汚染物質(放射性廃棄物等)が多く残っていることが考えられ、その除去をどうするかということだ。

 北谷町の美浜地区は返還に際して、ビジョンを持って都市計画をたて、そのビジョンに沿って誘致する企業を丹念に調べ、計画にあった企業を選び出し開発を行った。

その結果、現在コンベンションセンターなどでは多種多様なイベントが行われ多くの人が詰め掛け、また若者、家族連れ、とそれぞれニーズに合った商店がうまく配置され活気に満ちた賑わいを見せている。まさに街つくりに成功した例といえる。

 この北谷町に対して那覇市のおもろ地区は都市つくりに失敗した典型的な例だ。ここは街つくりを都市再生機構に都市計画の全てゆだねてしまったため、大きなマンションが雑然と立ち並び、パチンコ店など遊興施設が配置され、緑も少ない地帯になってしまった。自前の計画を放棄したための行き当たりばったりの都市づくりに陥ったことによる弊害が出ていると言わざるを得ない。

 最後に読谷村は、今年の7月31日に読谷飛行場が返還される。その跡地利用として都会を目指した都市開発をするのではなく、読谷の文化、(織物、焼き物等)や特産物(紅芋、サトウキビ)を生かし、文化館、特産物館を建設したり、紅芋を利用した紅芋お菓子のような新特産物の開発、それにサトウキビ畑など、農業の充実をうたい読谷村の地場産業の育成に力を入れた開発計画をたてている。今後の行方が注目される。

 このように外部からのお金に頼るのではなく自前でよく計画を立てその地域の特色を生かした開発がこれからは必要である。〟と松島さんは力説されていました。

 自身経済学者として自戒の念を含め、今後自主自立経済発展の必要性について論陣を張り訴えていくと決意を述べられました。 (記録およびコメント 会員・S) 

海兵隊のグアム移転と沖縄経済を考える(中)

また松島さんはグアムの先住民であるチャモロ人がグアムの米軍基地の増強(在沖海兵隊のグアム移設等)を望んでいないことを諸外国(スペイン、アメリカ)による差別的支配の歴史を検証することによってはっきりと指摘してくださいました。

 〝現在グアムの人口は約16万人で、その内訳は先住民のチャモロ人が約40%、白人数%、フィリピン人が約40%である。

先住民のチャモロ人と同じようにフィリピン人の割合が多いのは1898年の米西戦争(スペインのグアム支配に対してアメリカの支配奪取・植民地奪取戦争)で勝利したアメリカがチャモロ人の自立の要求を抑え込むため積極的にフィリピン人の移民を奨励した結果。

そのためなかなかチャモロ人の民族自立、ひいてはグアムの独立(自立)の声が大きくなりにくいのが現状である。〟

 松島さんはグアムを手に入れたアメリカがその後とってきた歴史的政策をもう少し具体的に語ってくれました。この内容からアメリカがグアムを軍事的にいかに重要視しているかがより鮮明になってきます。

 〝1898年アメリカの自国領土となったグアムは米海軍の当時が行われるようになった。その政策はグアムの先住民族であるチャモロ人の米市民権要求の拒否、教育、行政機関において英語使用の強要、1922年にはチャモロ語英語辞書を集め焼くということまで行った。

その上チャモロ語を話すと体罰まで加えるという暴挙を行ってきた。1950年になってやっとグアム住民に市民権が与えられたが、それは名ばかりで大統領選の投票権は与えられず、政治的制限が加えられていた。

国際的には非自治地域のリストに載っている。

今日に至ってもグアムに影響する法律を変更するときはグアム住民の同意を必要とする、まさに民主主義の根本原則をアメリカ政府は認めていない。

 グアムの面積は日本の淡路島程度だが、このようにあまり広くない面積のうち約3分の1は米軍基地になっている。

これは沖縄における米軍基地の割合約5分の1を上回っている。

その上、沖縄と同じように航空基地(アンダーン基地等)のある北部地区のように平地のほとんどが基地にとられているので産業も農業も発達しにくい。

 また港に適した海岸線(例えば深くて穏やかなアフラ湾は海軍の軍港になっている)はほとんど軍港にとられており漁業の発達を阻害している。

そこで住民は基地経済に頼らなければならない。住民の意思を無視し、チャモロ人を米国に同化させ、経済的自立を妨げ、自由にグアムを軍事的に利用しようとするアメリカの姿勢は100年前と今もまったく変わっていないといわざるを得ない。

このことはヤマトおよび米国の差別、支配に翻弄され続けてきた沖縄の歴史と類似しているといえる。同じような差別と支配の歴史を負わされてきた沖縄、グアムは共にその軍事的支配を断ち切るため共に連帯する必要がある。

 ところが近年グアム副知事が数回にわたって県出身の国会議員の紹介で沖縄を訪れ、県要人(副知事等)と会合を持っている。

これは海兵隊の移設費用として日本の負担する多額の金(約6900億ドル)を移転事業として日本企業、沖縄企業が引き受けるという話し合いのためである。

これは沖縄が受けてきた従属的差別を沖縄がグアム住民に対してする差別であり決して容認してはならない。〟と松島さんは怒りを内に秘め静かに語っておられました。

港大尋さんのCDのご紹介

宇検村のゆいまーるの集いに参加された、港大尋さんがつくられたCDをご紹介します。

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宇検村平田の公民館でギターを弾かれている港さん。楽しいひと時を過ごさせていただきました。

以下の文は港さんから送られたものです。

みなさま
お元気のことと存じます。
しばらく前になりますが、新作CD『がやがやのうた』(がやがや/港大尋)が完成・発売になりました。

「がやがや」とは、東京・練馬区を中心に、知的障がいなどのハンディをもつ人&もたぬ人たちが集まって表現活動をするグループ。

この「がやがや」の皆さ んと共に、うたものを中心にオリジナル曲を10曲あまりを収めました。およそ半分の曲に、ソシエテ・コントル・レタがゲスト参加。

港大尋はサックスやピ アノ、ギターや打楽器などを演奏しています。

曲もアフリカ風、ゴスペル風、ボサノバ風などなど楽しめる内容となっています! 是非、この機会にお買い求め下さいませ。

なお試聴用に4曲目の「あいだだ2」を添付します。お楽しみいただければ幸いです。

海兵隊のグアム移転と沖縄経済を考える(上)

「海兵隊のグアム移転と沖縄経済を考える」と題する、私の講演記録が『一坪反戦通信』(毎月1回 28日発行 一部200円 定期購読料 年2,000円)の第180号(2006年7月28日発行)に掲載されておりますので、転載させていただきます。

沖縄一坪反戦地主会関東ブロックでは会員自身の見識を高めるため毎年2回ほど学習会を開催してきています。その第1回目を7月21日(金)に開催しました。

 今回は海兵隊のグアム移転がマスコミ、政府の言うように本当に沖縄の負担軽減になるのか、グアム住民にとって移転がプラスになるのか、ひいては世界の平和にとって本当に必要なことかを「基地経済」、「住民の自治」に詳しい経済学者の松島泰勝さんからお話しをしていただきました。

私たちが「海兵隊のグアム移転」と「大浦湾を含む辺野古沿岸にあらたな基地を造る案」の関連性、そしてその本当の意味を考えるのに、大変参考になる視点がいくつも含まれていましたので、お話全てを掲載したいのですが紙面に限りがあるためかないません。

そこでその内容の要旨を編集部の責任で載せさせていただきます。松島さんの意図をうまく伝えられるか一抹の不安がありますがご容赦願いたいと思います。

 まず松島さんのプロフィールを簡単に紹介します。松島さんは現在東海大学海洋学部海洋文明学科助教授で専門は経済学です。出身は八重山石垣島です。

幼少のころは父親の仕事(気象庁)の関係で南大東島で生活したこともあり豊かな自然を肌で実感しました。

また大学院生のとき1997年~2000年まで日本国総領事館の専門調査員として2年間はグアム、1年間はパラオで過ごしました。

 これらの経験から沖縄とグアムがアメリカなどの大国に翻弄され続け、人権を無視され、環境を破壊され続けてきた歴史を共に持っていることを知り、強国のヒモ付き経済振興に頼るのではなく、民族自決権を回復し、自前の自然を生かした自立経済を確立すること、そのためにも大国の横暴に対して共に連帯していくことの重要性を強く訴えています。

〝沖縄海兵隊「8000人」のグアム移転が沖縄の負担軽減だというアメリカ、日本政府の言は真っ赤なうそである〟〝またグアム先住民チャモロ人にとっても更なる差別を生み出し自立を妨げ、彼らもそれを望んでいない〟

アメリカ政府、そして小泉首相や額賀防衛庁長官など日本の政府要人たちは口を開けば沖縄の負担軽減のために沖縄海兵隊8000名のグアム移転はある。そのためには危険な普天間基地を辺野古に移転しなければならないといってきています。

本当に海兵隊のグアム移転が日本の安全を確保しつつ、沖縄の負担軽減のためにとられた措置といえるのか。松島さんは事実をあげ日米両政府のまやかしを証明してくれました。

 〝クリントン政権は米軍を削減すると決定していた。当然グアムの米軍基地も縮小の方向であった。

しかし政権がブッシュに移ると軍縮小が一転して増強方向に転じ2000年にはパラオの艦船修理施設の廃止が中止され、かつ新たにミサイル搭載原子力潜水艦基地が設置され、地上戦闘隊や航空遠征隊が配備された。

ブッシュ政権がグアム基地機能を強化した理由は、中国や北朝鮮に対する攻撃態勢を強化するだけではなく、フィリピンやインドネシア等におけるイスラム勢力を抑えるためでもあったのだ。

つまり沖縄海兵隊のグアム移転は決して沖縄の負担軽減のために行われるのではない。

沖縄から8000名の海兵隊がいなくなっても沖縄に新たに基地を建設(辺野古沿岸案の米軍がすでに描いていた青写真です)し自衛隊と米軍の共同訓練が実施される等、基地機能は決して低減しない。

むしろ、グアムに司令部機能を移し沖縄に実戦部隊を残すこと、そして自衛隊との戦闘協力体制を強化することにより沖縄を戦場として使いやすい状態にでき、基地機能は飛躍的に増大すると考えられる。

 アメリカ政府はすでに6年前の2000年からグアムの戦略的重要性を認識しており、その総仕上げが海兵隊移設である。

その証拠として2000年、米海兵隊ジェームス・ジョーンズ総司令官は次のように明言している。

「在沖米海兵隊の訓練をグアムでもっと行うべきであり、グアムは移動性、戦略的にも米軍にとって重要な位置にある〟と松島さんは述べられました。

太平洋の島として(下)

『沖縄タイムス』2007年2月7日 松島泰勝


琉球の自治を実現するために幾つかの提案を行ないたい。まず、内閣府沖縄担当部局を廃止する。内閣府沖縄担当部局は基地と補助金のリンケージを図る役所である。

沖縄の自立を妨げている役所である。経済自立、地域活性化を唱えて開発を進めてきたが、結果的には他者依存構造の強化しかもたらさなかった。

内閣府沖縄担当部局は沖縄県のための部署であり、多くの住民が「自立の妨げになるからいらない」という声を上げれば、巨大な財政赤字を抱える国は不必要な部署として廃止するだろう。

琉球内で得られる税金だけの行政を行い、基本的に地域社会のことは住民に自治をゆだねる。国からの財政支出金の削減をも根拠にして、基地の縮小・撤廃を要求する。

また、琉球内で経済活動を行なう企業に対して琉球内で税金を納めさせる。「ザル経済」のザルの目を塞ぐことが自立の基本である。

島を安売りするのではなく、入島税、環境税を課して環境や生活を守る。我々が観光客を選ぶことで、琉球が有する価値を保持する。

次に琉球と太平洋諸島との関係強化による、琉球の自治実現についての提案を行ないたい。太平洋諸島は琉球にとって非常に重要な存在である。

昨年、第一回中国・太平洋島嶼国経済発展協力フォーラムがフィジーで、第一回台湾・太平洋友好国サミットがパラオでそれぞれ開催された。

近年、東アジア、東南アジア諸国が太平洋諸島に関心を持ち、太平洋諸島の経済はアジア経済圏と融合しつつある。

戦前、ミクロネシアを初めとする太平洋諸島に琉球人が渡り、働き、郷里に送金した。つまり、琉球は太平洋諸島から恩恵を受けたという歴史的事実がある。

太平洋上に人口約1万人の国であるツバルがある。地球の温暖化による海岸侵食、地中から湧き出た海水による洪水、農作物の塩害等の問題が発生している。

同国の首相は2000年、豪州とニュージーランドに対して「環境難民」として全国民の受け入れを求めたが、両国とも難民としての受け入れを拒否した。

ツバルを琉球が受け入れたらどうであろうか。昨年10月にツバルを調査した際、インタビューを行なった同国の首相や外務省幹部も沖縄への移住を希望していた。同じ島嶼であり、暖かい島であることが魅力的であるという。

琉球には100以上の島があり、無人島もある。またツバル人と一緒に住みたいという島人も多いのではないか。ツバル人の移住にともない、ツバル政府を琉球内におく。

ツバル人の琉球定住は現行法では不可能である。琉球の政治的地位の変更が必要となる。例えば、琉球ツバル法を制定し、琉球を外交権が付与された自治領とする。

ツバル国民はツバルパスポートと琉球パスポートをもつ。現在、太平洋にあるクック諸島の住民は同国とニュージーランドのパスポート両方を有し、双方を行き来している。

または、法制度上の規制緩和によりツバル人移住を可能にするために「ツバル特区」を設置するという方法もある。

ツバルの広大な排他的経済水域(EEZ)を琉球とツバルとで共同管理する。現在、大国による資源乱獲の場となっているが、持続可能な発展を考えた海洋資源の管理と利用を目指す。

さらに気候温暖化問題に関する国連機関や研究機関を琉球内に設置し、海没の危機に直面する島嶼を救うための世界的な拠点とする。

琉球の周辺海域に対しても独自のEEZを主張すべきである。国際海洋法会議に代表者を送る。自治権を強化すれば琉球のEEZを確立しえる。

EEZの資源を担保に国際的な存在感を高める。太平洋の自治領であるニウエ、クック諸島等もEEZを有している。

ツバルは台湾と外交関係を有し、ツバル政府庁舎の建設等、台湾政府は様々な援助をツバルに対して実施している。そこで琉球において、台湾政府の資金によりツバル人に対する人材育成、自立産業の方策を学ぶ場所である台湾特区を設置するという方法もある。

日本政府からのみ財政支出金が提供されるという単一的な関係性から、アジア太平洋の様々な地域と政治経済的に連合するという多様な関係性に移行することで、琉球の自治や自立は現実のものになるだろう。

今年三月に「ゆいまーる琉球の『自治』―万人のもあい」という集いを久高島で行なう予定である。琉球にとって「復帰」とは何であり、何がもたらされたのか、このまま「復帰体制」を続けたら琉球はどうなるのか、「復帰体制」に代わる代替案はあるのか。

琉球の人間が島の自立、自治、平和、開発等について考え、学びあう集いである。21世紀の現在まで土地の総有制を守り続け、リゾート開発を拒否し、島おこし運動を展開している久高島において、「復帰」後の歩みを振り返り、これからの琉球について議論してみたい。

太平洋の島として(上)

『沖縄タイムス』の「復帰35年揺れた島 揺れる島」シリーズで、「太平洋の島として(上)」と題する私の原稿が掲載されましたので、ご紹介します。2007年2月6日 松島泰勝


「日本復帰」後、格差是正、経済自立を目指したが、かえって日本政府への従属度が深まった。これからの琉球はいかに従属構造から脱し、自治を実現するかが問われている。

日本全体で分権化が進む中で、沖縄県では国との関係をさらに強化しようとする知事が選出された。

自由貿易地域、情報通信特区、金融特区等も優遇措置に守られ、大学院大学も国頼みである。「経済自立のための基盤固め」と称して、インフラ整備をしてきたが、島の環境が破壊されただけで経済が自立する兆候はみえない。

琉球だけの優遇措置は期限付きの効果しかない。WTO、APEC、二国間自由貿易協定等にみられるように世界中で規制緩和、自由貿易が進むなかで、琉球だけが制度的に優遇され続けることはありえない。

例えば米国領土の北マリアナ諸島は観光業収入と並ぶほど衣料製造業収入が多い島であった。

アジア諸国の企業が投資し、賃金の安い中国人労働者が生産した衣料品を米国本土に移出してきた。

しかし、中国がWTOに加盟し、貿易上の規制撤廃の動きが進んだことにより、北マリアナ諸島は、安い価格で衣料品を米国市場に輸出する中国との競争に直面するようになった。

二〇〇五年頃から衣料工場が次々と倒産し、今年は約一四〇〇人の従業員を抱える、サイパン最大の衣料工場も倒産した。

北マリアナ諸島は特別な移民法、労働法を有し、外国人労働者を低賃金で働かせ、関税なしで米本土に移出できるという「優遇措置」が適用されていたが、その効果も低下している。

日本政府は琉球の経済自立を目的にせず、基地問題に対処する政治的取引材料として、「規制緩和」「優遇措置」を小出しに認めてきた。世界の経済状況、企業の経営環境にそぐわない「規制緩和」はすぐにだめになる。

また琉球はダブリン、香港、シンガポール等を目標としてきた。しかし、世界情勢は急速に変化し、目標とされた地域はさらに進化を遂げている。何時までたっても追いつかず、失敗に終わる。

自由貿易地域、特別自由貿易地域が成功せず、情報通信特区、金融特区が期待通りに発展しない理由はそこにある。

今年は「復帰」して35年目になる。「日本復帰」という言葉は再考を要する。復帰とは「もとの地位・状態に帰ること」を意味する。琉球の戦前の地位は「沖縄県」であったが、琉球の「もとの地位・状態」をさらに遡ると「琉球国」または「琉球文化圏」となる。

「琉球国復帰」「琉球文化圏復帰」「特別な自治権をもった地域の樹立」等の選択肢があった。日本を「祖国、母国」としたために、「日本復帰」後、琉球を全面的に同化しようとする政治経済、文化体制が敷かれた。

格差是正とは日本と同一の基準を琉球に当てはめることである。「復帰後」の開発・統治体制が今後も続くなら、琉球は日本の小さな辺境としての意味しかもたなくなるだろう。

日本との違い、アジア太平洋地域との関係性を強化するという異化、分権化、自治・自立の道を大胆に推し進める必要がある。

日本からのみ多大な補助金が提供されるという従属状況から脱却し、多様な関係性をアジア太平洋地域との間で形成することが琉球自立への道である。そのためにも外交権の行使を含む自治権を回復する。

特に台湾、中国との関係強化により琉球の経済自立への道も開かれるだろう。元々琉球は外交権を有していたが、1879年に日本政府が奪ったのである。日本政府との交渉、アジア太平洋地域からの支援等により外交権を回復する。

人、物、金、企業、組織、情報、文化等の流れを日本一辺倒からアジア太平洋諸国に分散させる。現在、琉球にとって日本しか選択肢がなく日本への従属度が深まったといえる。選択肢が多いほうが琉球の自立度は高まる。

本来、日本政府と琉球とは、日本政府から補助金が与えられ、規制緩和が認められるという上下の関係だろうか。琉球は1879年まで国家であり、日本とは対等な関係であった。同格の地位にある地域として仕切り直す必要がある。

日本国憲法に沿った法制度上の改革を進めるとともに、琉球の政治的地位に関する交渉を日本政府との間で始めるべきである。琉球人の大部分は1972年において「復帰」を選択した。しかし、自己決定権の行使は一回きりで終わりではない。

状況を変革する必要があれば何度でも行使できる権利である。かつて独立の国家であり、現在、政治経済的な抑圧状況下にある琉球は当然もっている権利である。国家でなかった太平洋諸島も独立し、国連の一員として大国と同等の地位を有している。

仏領ポリネシアはフランスの領土であるが、2000年、大幅な内政権を獲得するとともに、太平洋島嶼国に対する外交政策を実施する権利をも手に入れた。琉球はいつまで「沖縄県」という従属的な地位を甘受し続けるのだろうか。

『会報 島のみらい』の発刊

『会報 島のみらい』の創刊号が10月31日に発刊されました。

私が生まれた石垣島では移住者、観光客の増加、乱開発によって危機的状況にあります。

このような状況に対して島の新旧の住民が「緊急、島の未来シンポジウム実行委員会」が結成され、今年6月に6時間にもわたるシンポジウムが開かれました。

私もシンポジウムに参加しましたが、住民方が現状の乱開発によって島が破壊されるという非常な危機感をもっており、現状を打開するための方策について真剣に話し合いました。

シンポジウムの実行委員会は新しく組織名を「島の未来を考える島民会議」と改めて、このたび会報を発行することとなりました。

島民会議の活動内容は、1島の豊かな自然や美しい景観を守り、育て、伝えるための活動、2 島の未来像を模索し、その実現を目指す活動 3その他本会の趣旨を踏まえた活動、となっています。

 同会議の新垣重雄共同代表は次のように述べています。

「今、石垣島では各地でホテル建設や大型宅地造成が続き、市街地ではマンション・アパートが建設ラッシュです。

市街地から出ると海岸近くまで住宅やホテルが建ち、防潮林が切り開かれて、島はますます殺伐とした情景になってきています。

その一方で、移住者が急増し、本土資本や外資の進出が強まっていますが、市税収入は思ったより増えず、島人の生活向上には結びついていません。このような乱開発やオーバーヒート気味な島の「活性化」に市民から批判的な意見が噴出しています。

このままいくと、この島はどうなるのでしょうか。このような状況下、「島が危ない!」という想いを共有する私たち市民有志は、今年の3月頃から活動を始めました。

(中略)このように、今、島の環境や景観を巡っては次から次へと新たな難題が出てきています。新空港開港を当て込んだ動きは依然として続いています。

まさにこの時期、私たち市民が主体的、積極的にこの島の未来像を語り、行政に提言するなどの具体的な運動を進めることが求められていると思います。皆様のご理解と島民会議へのご参加を切望します。」(『会報 島のみらい』創刊号、1ページ)

まさに住民自身の自治によって島を守ろうという活動が始まっているといえます。私も授業で『やいま』(八重山諸島対象の地域雑誌)に書かれた開発の記事や『会報 島のみらい』を教材にして学生たちと島の開発と自治について議論しています。


会報のもくじは次の通りです。

島民会議の発足に当たって 新垣重雄
市民運動が島を守る―危機に立つ八重山 三木健

島民会議第1回総会報告、島民会議会則
特集 訴訟に至った吉原マンション問題

「農振地」における違法な住宅建設の実情について(その1)
風景づくり条例・風景計画、わからない言葉

美しい島をより美しく 谷崎樹生
繋げよう 宝の島 写真展
島人向け観光ツアー、八重山商工観光コース

島民会議では会員を募集しています。
会員(八重山在住の方)、賛助会員(それ以外の方)とも、年会費2000円。八重山在住の高校生以下の方は無料です。

口座番号 01790-8-82881 
加入者名 島の未来を考える島民会議

島の未来を考える島民会議
石垣市石垣1-1

 

中見君による白保サンゴの紹介

東海大学で私の研究室で石垣島白保のサンゴ礁と地域社会について研究している、中見光風君を紹介したいと思います。中見君は現在、卒業論文をまとめており、白保村にいき、調査をしてきました。以下の文は中見君が書いたものです。


ヨロンキクメイシ
こんにちわ、松島先生の元で研究している中見光風です。今回卒業論文のテーマとして、サンゴと人との共生ということで、WWF白保サンゴ村にお邪魔しました。

そのときの素晴らしい白保のサンゴを紹介していこうと思います。

WWF 講習風景
一般の人々によるボランティア講習会の光景です。スノーケリングでの作業でした。トゲサンゴ

トゲサンゴという名のサンゴです。写真では分かりにくいですが白化現象を起こしています。ハダカハオコゼ


この生物の名は、ハダカハオコゼです。石垣島の大崎というポイントで、ダイビングしたときにいました。ハマクマノミ
知名度が高いくまのみの仲間、ハマクマノミです。


『ミクロネシア-小さな島々の自立への挑戦』のご紹介

先月、早稲田大学出版部より出版された、拙書『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦―』をご紹介します。

帯の文と目次は次のようになります。

大国による支配を乗り越え、自治・独立を求めつづけたミクロネシア。基地・環境問題等を抱えながら、グローバル化時代を逞しく生き抜く人びと。従来の「観光」のイメージを払拭する、新しいミクロネシア像を描く。


はじめに

1章 「ミクロネシア」の誕生

   1 スペインとミクロネシア
   2 スペイン支配への対抗

   3 イギリスとミクロネシア
   4 ドイツとミクロネシア

   5 南進論の系譜
   6 アメリカの西進政策
   7 アメリカの植民地統治方式

2章 日本統治下のミクロネシア

   1 日本の領土になったミクロネシア
   2 「海の生命線」とされた南洋群島

   3 南洋群島の皇民化教育
   4 南洋群島の従属的開発

   5 昭和の南進表象
   6 南進政策と沖縄人
   7 日本の委任統治制度を問う

3章 鉄の暴風が吹き荒れた島々

   1 島の政治地理学
   2 島伝いの戦争

   3 マリアナ諸島の戦争
   4 沖縄戦との共通性

4章 戦後ミクロネシアとアメリカ・日本

   1 アメリカの軍事戦略と信託統治領
   2 アメリカ人類学とミクロネシア

   3 米軍統治下の沖縄とミクロネシア
   4 アメリカの「動物園政策」

   5 ミクロネシアにおける戦後補償問題
   6 今日も続く「大宮島(グァム)」の賠償問題

   7 燐鉱石の島々からの訴え
   8 終りがみえないミクロネシアの「戦争」

5章 独立後のミクロネシア

   1 信託統治領から独立・自立へ
   2 石油危機と島の開発計画

   3 平和を巡る二万人の島と二億人の国との対立
   4 アメリカの戦略的信託統治を問う

   5 太平洋のジブラルタルとしてのグァム
   6 基地と観光の島―グァムと沖縄―
   7 米属領からの脱却を求めるチャモロ人

6章 グローバリズムのなかのミクロネシア

   1 グローバル経済に左右される北マリアナ諸島
   2 燐鉱石の島々の現在―ナウル、キリバス―

   3 援助金への依存と自殺者の増加
   4 核実験後のマーシャル諸島

   5 日本のミクロネシア戦略
   6 ミクロネシアと中国・台湾

   7 パラオの近代化にともなう問題
   8 ミクロネシア型市民社会の可能性


本書では琉球とミクロネシアとの関係についても論じています。琉球とミクロネシアは大国との関係、米軍基地の形成、日本による政治経済的支配、開発援助、自立・内発的発展への
模索等、多くの点で共通性があります。

私は1997年から2000年までグアム、パラオにおいて生活した経験が本書の土台になっています。

ミクロネシアの島々はパラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、ナウル、キリバス等のように独立を選択をした島々もありますが、独立後も課題は島の自治です。

住民が他者からの支配を跳ねのけ、自らの頭で考え、互いに協力しながら内発的発展を展開することは、独立島嶼においても重要な課題です。

グアム、北マリアナ諸島のように米国の一部となっている島々でも、自治は住民の変わらぬ希望です。

琉球とミクロネシアは黒潮を通じて結ばれてきました。歴史的、文化的、生態的にも似ており、島嶼性という特徴も共通しています。

国境を越えて島々を互いに理解し、島の自治のために協力しあう関係が求められているように思います。この本がそのための一助になれば幸いです。

久高島のゆいまーる会議②

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交流会にて。左から阿曽さん、安里さん、糸数さん、佐藤さん、藤原さん、西さんです。島の手作り料理をいただきながら、島の話を楽しくしました。

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糸数なびぃさんが島の唄について話し、唄って下さいました。久高島の海人が奄美諸島に渡り、かつて久高島でも奄美諸島の唄が住民の間で流行っていたことを話されました。

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南琉球の若い世代の政治家も議論に参加しました。国政、県政を担う方々であり、草の根の自治を踏まえた政治を期待したいと思います。

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交流会の方々。左から新元さん、鈴木さん、藤原社長、西さん、内間さんです。

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朝食です。食べている途中の写真で申し訳ないのですが、ゆしどーふ、かさもーち、島料理を美味しく頂きました。朝早くから島の女性たちがつくって下さいました。

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左から、学生の青山君、金城さんです。青山君は米軍基地と島の経済を研究している学生です。短い間でしたが、久高島の集いに参加し、皆が帰った後も内間さんから島のお話を伺ったそうです。

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久高島のサバニ。このサバニにのって久高島の海人は縦横無尽に琉球の各地を結んでいたのです。


久高島のゆいまーる会議①

今年3月久高島でひらかれた「ゆいまーる琉球の自治」の模様については、以前お知らせしましたら、さらに詳しくご紹介します。


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糸数なびぃさんです。久高島にわたる沖縄島の港の売店で、久高島の特産物を販売しております。久高島の話もきかせていただきました。

なびぃさんには島での集いでも、料理等で大変お世話になりました。心よりお礼申し上げます。

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販売店の様子です。島の写真集、食料品、工芸品等が販売され、島の経済自立のための拠点となっています。

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久高島において島の話をして下さる内間さん。海人であり、議員でもあり、島の歴史、文化を島を歩きながら学ぶことができました。右から新元さん、上勢頭さん、内間さん、東江さん。

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なびぃさんをはじめとする、島の女性たちが作ってくれた料理です。島で栽培され、生産された食材が多く、また、食卓にも島の植物が添えられており、心温まる料理でした。料理から島の豊かさを体感しました。

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島の方々を招いて交流会を開きました。奄美大島宇検村平田から参加されていた新元さんが、大きな声で、楽しい、また心のこもった歌声を聴かせて下さいました。

島の女性たちも心の底から笑って楽しんでいました。なびぃさんも島唄を唄って下さいました。

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右から阿曽さん、鈴木さん、内間さんです。内間さんの久高島の話に引き込まれていきました。詳しくは『環:今こそ琉球の自治を』30号をお読みください。


国際開発学会報道(沖縄タイムス)

11月23日に開かれた国際開発学会のプレイベント、沖縄振興開発シンポについての記事を紹介します。

特色生かし自立へ/沖振計シンポ

 政府による沖縄の振興計画の成果と今後の在り方を議論するシンポジウム「沖縄振興開発計画の回顧と展望」(主催・沖縄大学、同大学創立五十周年記念事業実行委員会)が二十三日、同大学で開かれ、経済の自立や人材育成などについて意見が交わされた。

 沖縄振興計画審議会の会長を務めた清成忠男沖縄協会会長は、第一次沖縄振興開発計画(一九七二―八一年)では、国内の企業が沖縄を越えて東アジアへ進出するのを想定しておらず、将来の状況を誤って認識していたと指摘。経済の自立について「基地はないに越したことはないが、現状として今後、一定期間残る。

基地と経済振興のバランスをどのように図るか、突き詰めて考える必要がある」と述べた。

 東海大学の松島泰勝准教授は沖縄振興開発計画は公共事業への依存体制をつくり、経済的自立は達成されていない。

沖縄振興計画が切れる残り五年間を、内閣府沖縄担当部局を廃止するための準備期間と位置付け、自治の自立度を高めるべきだと提案した。

 また「沖縄は歴史など全く違うモデルを参考にしてきた。ゆいまーるなど沖縄に古くからある協力体制から発展の在り方を考える必要がある。

経済的な人材育成だけでなく、島おこしの担い手の育成も欠かせない」と語った。

 沖縄国際大学の富川盛武教授はこれまでの計画を振り返り、「沖縄と本土との格差は是正されていない。

財政依存は低下しているように見えるが、沖縄に財政力がついたのではなく三位一体改革により国の財源が下がったためだ」と分析。沖縄にある魅力を活性化させ、市場主義やグローバル化と対峙するよう求めた。

 特別基調講演では岸田文雄沖縄担当相が「これからの沖縄政策」と題して講演。沖縄の優位性や特色を生かした産業振興や科学技術の振興などを政策の柱に掲げ、取り組んでいると報告した。


宇検村平田の集いの報道(南日本新聞)

鹿児島県を中心に発行している南日本新聞の、ゆいまーる会議についての記事を紹介します。奄美総局長の小栗記者にもお世話になりました。心よりお礼申し上げます。

奄美の価値観、琉球圏の視点で見直そう/宇検で学習会
東京、大阪などから30人
(11/27 07:17)

奄美、沖縄地域の発展の方向性について意見交換する参加者=宇検村平田の平田公民館 奄美と沖縄を合わせた琉球圏の視点から、地域の文化や風土を重視した発展の方向性を考える「ゆいまーる琉球の自治」が、宇検村平田であった。

奄美群島や沖縄、東京、大阪などから約30人が参加。ITを活用した事業展開、開発による自然破壊への反省、島民自らが島を知ることの重要性などについて意見を交わした。

 17-19日にあり、島外からの参加者らは集落内に2泊3日で泊まり込み。2日目は平田(へだ)公民館で「琉球の自治を考える」と題して、地域で自立的な活動をしている4人が実践例を報告し意見交換した。

 奄美市でライブハウスの経営や、コミュニティーFM局を開局した麓憲吾さん(36)は「島の人が島のことを知ることから始めたい。内地のスタンダードに惑わされず、奄美の価値観を大事にしたい」と報告。

環境ネットワーク奄美の薗博明さん(73)は「予算消化のために必要のない工事が行われ自然が破壊された。海は今や瀕死(ひんし)の状態。自然とともに生きてきた奄美の歴史を足元から見直すべきだ」と訴えた。

 インターネット販売「アットマークやっちゃば」の前田守さん(35)は「規模は小さくても地域で頑張っている人を発信したい」。元奄美市企画部長の花井恒三さん(60)は「奄美は人の顔の見えるスロー経済、スロー自治でいけばいい」と報告した。

 最終日のまとめでは、さまざまな島の人々が集い語り合うことの大事さを確認。次回は3月ごろ、沖縄・伊江島で開くことを決めた。

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