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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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今日から沖縄島、伊江島へ

今日の午前中、沖縄島に向かいます。

31日には生まれて初めて伊江島に行きます。伊江島ではわびあいの里のほか、島の各地に行き、多くの方からお話を伺いたいです。

「沖縄のガンジー」とも言われている阿波根昌鴻の生き方、島の方が基地とどのようにかかわってきたのかについて学びたいと思います。

伊江島の方にはお世話になりますが、どうぞ宜しくお願いします。

私の実家がある那覇からバスで名護までいき、そこから別のバスに乗り換えて本部港までいき、そしてフェリーで島に渡ります。バスから今の沖縄島をしっかり見てきたいと思います。

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「ぶんご」出動の意味/沖縄にだけ「治安出動」:軍が結びつける沖縄支配

『一坪反戦通信』187号=6月28日号、2007年に「「ぶんご」出動の意味/沖縄にだけ「治安出動」:軍が結びつける沖縄支配」と題する小論が掲載されましたので、ご紹介します。


 キャンプ・シュワーブ沿岸での環境現況事前調査に、海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」が出動し、海上自衛隊員が調査機器の設置作業を行った。

いわば自衛隊は米軍基地建設の露払いをし、米国の傭兵と化したといえる。自衛隊が出動した本質的な意味は、環境影響調査という技術的なものではない。

辺野古の新基地を建設するという国家意思が自衛隊出動を通じて示されたことにある。自衛隊が住民に対し脅威の存在であることが改めて明らかになった。

沖縄戦において日本軍は住民を虐殺し、戦闘への参加を強制し、「集団自決」に追い込むなど、住民を守らなかった。

このような教訓が住民の生活に今も生きている島において、日本政府はあえて軍隊の導入を決行したのである。

 自衛隊は日本国民を守る軍隊であると法的に位置付けられてきた。しかし実際、自衛隊は沖縄の住民を守らず、かえって脅威を与え、基地を押し付ける存在となった。

沖縄の住民は日本国民ではないことを日本政府が示したのではないか。他の都道府県において、自衛隊は今回のような「治安出動」をしたことはないだろう。

日本政府は国土の0.6%の島に基地の75%を押し付けるという沖縄差別を続けている。今回、この沖縄差別を自衛隊という国の権力装置を用いて固定化したといえる。

沖縄からグァムに海兵隊が移設されることで、沖縄の負担は軽減されると喧伝されているが、実際はそうではない。

辺野古への新基地建設、自衛隊と米軍との戦闘協力関係の深化によって沖縄の基地はさらに軍事的重要性が増し、住民の負担はより一層、重くなるだけである。
それに加えて、安部首相は日米同盟に基づく集団的自衛権を法的に実現しようとしている。

集団的自衛権の行使によって米軍と自衛隊とは一身胴体の関係となる。米軍が世界各地に出動した場合、自衛隊も武器、弾薬をもって出動し、戦うことができる体制が整備されつつある。

沖縄は日米両軍共同部隊の有力な出撃基地となり、戦争に巻き込まれる可能性が高まった。

辺野古の米軍基地建設の過程において自衛隊が出動したことは、日米両軍の連携関係の深まりを暗示するものであった。

これまで沖縄における基地問題は主に米軍を巡って発生していた。しかし今後は日米両軍が一体化するなかで、自衛隊による基地の利用が頻繁になり、自衛隊が軍隊としての性格を露にすることで基地被害はより深刻化するだろう。

沖縄には基地に関連した振興策として、IT・金融特区関連施設、国立工業高等専門学校が設立され、これから大学院大学が開設される。

日本政府はこれらの産業と学問に軍隊が強力に結びつける形で沖縄支配を確立しようとしている。沖縄支配と差別の連鎖を断ち切るためにも、今回の自衛隊導入がもつ意味の重大さをもう一度考える必要があろう。

発見された近代沖縄の新聞

『琉球新報』2007年12月12日に、私が『植物標本より得られた近代沖縄の新聞』(沖縄県教育委員会、2007年)を読んで書いた小論「発見された近代沖縄の新聞」が掲載されましたので、ご紹介します。


戦前の沖縄で発行された新聞の多くは沖縄戦で消失してしまった。最近、植物標本をはさむために使われた新聞が大量に発見された。

1920年から25年にかけて県立第一中学の教諭として在任した坂口總一郎氏が植物標本として使用した新聞は、沖縄の近代史を明らかにする上で貴重な一次資料となろう。

『植物標本より得られた近代沖縄の新聞』は坂口氏所蔵の新聞のほか、京都大学総合博物館や京都大学植物学教室所蔵の新聞のコピーを集めた資料集である。新聞記事だけでなく広告を読むことで、時代状況を学ぶことができよう。

本稿では国内外への出稼ぎ関係の広告、経済関係の記事を紹介したい。なお原文の旧漢字、旧仮名遣いを適宜新漢字、新仮名遣いに改め、適宜、句読点を打った。

「ラサ島行労働者募集一、募集人員二百名 一、契約期日二ヵ年、一、労役種類 採掘夫、舩夫、トロ押其他雑夫一、収入賃金 食費宿舎費会社持、最低一ヶ月三十円以上、最高一ヶ月八十円以上本人ノ働キ次第ニ依ル一、

往復旅費 会社持 目下本県人千三百名在島シ毎月郷里ニ送金スル金額実ニ三万円以上ニ達シ居レリ本県ニトリテ好財源地ラサ島(沖大東島)ノ位置ハ沖縄本島ヨリ東南約二百四十里ノ洋中ニ存在スル一大宝庫

 過燐酸肥料ノ原料タル燐鉱石ヲ産出スル島ニテ那覇港ヨリ僅カ一昼夜ニテ到着ガ出来マス 殊ニ在郷軍人ヲ歓迎シ目下在郷軍人ラサ島分会ノ設置アリテ会員三百余名ニ達セリ

 体格検査ニ合格ノ上ハ出発ノ準備金ヲ前貸致シマス ラサ島燐鉱株式会社代理店」(沖縄朝日新聞1920年5月6日)

賃金面では優遇されているが、過酷な労働環境であったと思われる。退役軍人の再雇用先でもあり、送金が県経済の疲弊を緩和していたことがわかる。

「南洋サイパン行 男五百名募集夫婦者モデキマス門司ヨリ船賃貸上マス 日給一円ニ拾銭」(沖縄タイムス1923年10月11日)

「宝の国へ行く人の為に 弊店はヒリツピンン(フィリッピン)・ペルー・アルゼンチン・ブラジル行各位の為に 大和屋高等洋服店」(沖縄朝日新聞1927年8月30日)

沖縄の経済状況が悪化するとともに海外への移住者が増加した。日本の委任統治領であったミクロネシアの島々や東南アジア、南米等を「宝の国」と夢見ながら、多くの沖縄人が生活の糧を求めてわたったのである。

「富士瓦斯株式会社保土ヶ谷絹糸 一、保土ヶ谷工場ハ横浜市外ニアル日本第一ノ絹糸工場デアリマス、一、仕事ハ昼間丈ケデ且ツ塵埃ガ立タナイカラ衛生上害ガアリマセン、一、尋常卒業者デ年齢十四才以上二十才迄ノ方ヲ採用シマス」(沖縄タイムス1923年8月16日)

特に十代の若い女性たちが繊維工場で働くために本土に出稼ぎにでた。衛生上の問題がある工場が多かったことが「衛生上害ガアリマセン」という言葉から予想される。

 沖縄経済が悪化するに従い移民、出稼ぎ者が増加したが、沖縄経済に関する記事を次に引用したい。

「解剖される本県の経済疲弊 殺すも生かすも青木さん次第。沖縄県に取りては大事なお客さんだ。内務省財務課長田中廣太郎氏と入替わりに五月十七日大蔵省文書課長青木得三氏がやはり沖縄の経済調査の為め東京発沖縄に向う事になった。

今迄あまり問題にされてなかった沖縄も三銀行の破産状態が因をなして政府で重用視(ママ)するようになり、前の田中 青木両氏の調査報告をまって根本的対策を立てる事に決定しているのである。

つまり政府の低利資金を貸与する一方水産其他天然資源を利用する政府事業を起して、おもむろに救済して行くか或いはかかる生温るい対策は絶望として独立会計にするか。いずれにしても徹底的に沖縄を救済しようと云うのは争われない事実である。

だから先発の内務省田中財務課長、今出かけんとする青木大蔵文書課長の両氏は沖縄県で未だかつて迎えた事のない大事な大事な御客様と云わなければならぬ。殺すも生かすも両氏の報告次第で沖縄の運命は決定せられるのである。

 (中略)この大事の場合県民有志が又しても持病を発生させて功名争いや政党政派など云う私情を差しはさむようでは、沖縄県人はこのままに餓死する外はなく未来永劫救われる事はないと在京県人有志はヒヤヒヤしながら今度の経済問題に対しては挙県一致でありたいと切望している。」(沖縄朝日新聞 1925年5月23日)

日本政府の官僚による沖縄調査、それに基づく経済政策に大きな期待が寄せられ、「両氏の報告次第で沖縄の運命は決定せられる」とまで言い切っている。現在の沖縄も振興開発に大きく依存している。

戦前の沖縄において日本政府に対する過大な期待がみられたが、それは結果的には失望へと終わった。

日本政府への過大な期待や依存では経済問題は解決されず、住民自身が自らの頭で考え実践するという地道な歩みの方が自立にとって重要であることを近代沖縄の新聞が教えてくれる。

仲井真政権の政治スタンスを問う

『一坪反戦通信』NO.183、2006年11月28日号に私の「仲井真政権の政治スタンスを問う」と題するコラムが掲載されましたので、ご紹介します。


仲井真弘多氏が沖縄県知事に選出された。公約文から仲井真氏の政治姿勢を問いたい。

「わが国の憲法の理念や近年のアジア情勢を踏まえると、わが国の平和と安全を守るため構築された日米安全保障体制は妥当な選択であり、米軍基地の存在は必要と理解している。

特に最近の北朝鮮の核武装問題などを勘案すると、今後とも日米安全保障体制の継続が必要と考えている。」

「戦後の日本が平和な国民生活を享受し経済が発展し続けてきたのは、日米安全保障体制がわが国および東アジアにおける平和と安定の維持に寄与してきたことによるものであり評価している。」

基地の存在により住民が戦争に巻き込まれる恐れが最も高いのが琉球であるにもかかわらず、日本の安全保障政策の観点から琉球をみている。

戦後の琉球が米軍支配による多くの被害を受け、「平和な国民生活」を享受しておらず、また日米安保が東アジアの不安定要素となっているという現実を全く考えていない。

基地問題について、「国際社会における安全保障、地主や基地従業員の生活、跡地利用計画など勘案し、基地の整理・縮小を求め県民の過重負担の軽減。(中略)協議会には参加。
北部振興策の継続を求める。」と述べている。

「国際社会における安全保障」という言葉が真っ先に来ており、基地を国家安全保障、経済振興という面から評価している。

「基地被害に苦しむ住民」という、琉球人の苦境に対する感性がない。仲井真氏は東京大学を出て通商産業省で働いた経歴をもつ。

琉球出身ではあるがそのスタンスは国家官僚と同じである。琉球人の立場が全く欠けている。稲嶺知事よりもさらに国への依存、従属化を深めるのではないか。

経済政策をみると「観光客年間1000万人誘致、失業率の4%台を目指す。1.企業誘致、2.情報通信産業、3.観光産業、4.特別自由貿易地域、健康・バイオ・金融特区への企業誘致等の4つのエンジンによる4万人の雇用を創出する。」

「大規模な返還基地跡地には国家プロジェクトの導入を目指す。跡地に都市型リゾート、アジアの一大ビジネスセンターを設置する。」

仲井真氏の売りである経済政策は、さらなる乱開発、日本企業による支配、低賃金重労働の拡大、国への従属化を突き進むことを意味している。

これまで「経済自立、失業解消」という甘い言葉が保守系知事から出されたが未だに実現していない。我々琉球人が日本の立場から琉球をみる知事を選んだのである。

我々が変わらなければ琉球の現実も変わらない。私は近著『琉球の「自治」』において、これまでの開発政策、基地・環境問題、自治、平和、経済学について多くの問題提起を提起した。

今後は、仲井真政権が行う開発・基地政策を批判し、御用経済学者と論争するとともに、琉球弧における内発的な可能性を明らかにしていきたいと考える。

一人の人物によって琉球は支配できない。琉球を救うのは、琉球について本気で考え、行動する人々の「ゆいまーる」である。

奄美大島宇検村平田の豊かさ⑤

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今日は京都に出張できております。上の写真は、にがら、または長命草ではないかと思います。島の野菜で、苦いですが、大変、健康にいいと母から言われ、よく食べています。

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春さんは生ごみを発酵させ、有機肥料をつくり、作物を栽培しています。体にやさしい農業をされているといえます。

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ばんしるーをとってくださる春さんです。小さい頃、石垣島の祖母の家で食べたばんしるーの味を思い出しました。

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新元さんから頂いた四角い形の珍しいバナナです。新元さんによると、戦後、南洋から戻ってきた島の方が、持ってきた、南洋原産のバナナの種を植えて、育ったものだそうです。通常の島バナナよりもおおぶりですが、大変甘かったです。


このブログを見て、平田の恵みに関心をお持ち、作物を購入し、または民宿に泊まりたい方は春さんに直接、お問い合わせください。 0997-67-6076 

春さんに問い合わせたところ、黒砂糖漬けのにんにくが1キロ当たり1500円(送料別)だそうです。そのほか、島バナナ、アオサ、パパイヤ等も時期によってはあるそうです。

奄美大島宇検村平田の豊かさ④

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島でとれた、おいしそうな島にんにくです。

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平田には山と畑が豊にあり、さまざまな作物を栽培しています。

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たんかんお木です。奄美のたんかんは甘くでとても美味しいです。気候、土壌等が適しているかもしれません。

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防風林です。これで台風や嵐からの被害を防ぎます。

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畑に水を撒くための水道です。山の多い平田では水が豊富です。

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ちょっとした空き地でも作物を栽培しています。朝、春さんに村の畑をみせて頂きましたが、空気がおいしく、何人かの方は農作業をしていました。そして和やかな会話がはじまりました。


奄美大島宇検村平田の豊かさ③

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春さんの畑と作物をご紹介します。

奄美大島は台風が多く、作物の被害も大きく、農業をされている方も大変御苦労されていると思います。台風で傾いたバナナの木をパイプ等で支えています。

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丁寧に肥料が野菜に施されています。

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害虫がつかないようにネットで防御しています。南琉球と同じく、亜熱帯性気候では害虫も多く、その対策も大変だと思います。殺虫剤で処理するのではなく、人間の体にやさしい農法だと思います。

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種類の異なるにんにくです。塩漬けにしたり、黒糖漬けにします。平田の土壌はにんにくに非常に適しているそうです。

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畑の中にある小屋の中でには、農具や、塩漬けのにんにく壺等があります。壺のなかで塩漬けにんにくが熟成され、非常においしくなります。

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島ばななです。黄色く熟成すると大変おいしいです。私の小さい頃はモンキーバナナとも呼んでいました。

琉球―文化都市の植民地構造⑥

結びに代えて

 琉球では官民による多額の投資が行なわれ、立派な建造物やインフラも多くあり、人口も増え、文化都市の成功事例のように語られる。

しかし実態は、米軍基地を存続させるために補助金が投下され、国際イベントの場所としてだけ利用され、日本企業、日本人による支配が進み、島の自然、文化、地域共同体が破壊されるという危機的状況にある。

人間の精神と身体の土台は地域にある。

しかし現在、琉球では軍事基地、基地跡地開発、観光開発、日本の政府・企業・日本人による経済支配によって、琉球人は地域の根元から切り離されるという縁に立たされている。

また日米両軍の協力関係が強化されるなか、琉球全体が戦争の拠点になろうとしている。琉球の近代的な装いの、眩い文化都市の表皮を剥いでみると、エゴにまみれた人間たちの軍事経済支配に暗躍する醜い姿が立ち現れる。

 琉球は観光業、IT産業という低賃金・重労働・不安定な職種を押し付けられ、日本経済の周辺的な位置にある。

日本人にとって迷惑な米軍基地を押し付け、欲望を解消するために島で遊び、利益を得る場所として琉球を利用する。

2007年、日本政府は教科書から日本軍の強制による住民の「集団自決」という記述の削除を命じた。日本にとって都合の悪いことはそれが事実であっても歴史から消し去ることができると考えている。過去の抹消は開発による自然や社会の破壊と同じ性格を有する。

日本人によって過去を奪われた琉球人は、今に生きる基盤をもつことも、未来に希望を託すこともできなくなるだろう。

かつて琉球王国は東アジア、東南アジアの各地域と交易し、アジアの文化が花咲く島であった。しかし1879年に日本は王国を滅亡させた。

それ以来、日本人は琉球人を差別し、住民を巻き込む戦場とし、戦後は米軍に島を譲り渡し、自らは経済成長を謳歌した。今日は、観光開発、日米同盟の拠点として琉球を支配している。

日本人も観光客、移住者として琉球支配の最前線に立っている。琉球人はこの植民地構造を自覚し、歴史を共有する東アジアの各地域と協力しながら自治を実現するために議論し、行動する時期にきている。

琉球―文化都市の植民地構造⑤

観光・移住による島の支配

 緑溢れる石垣島では現在、開発によって島が大きく変貌しようとしている。2007年3月現在、石垣島における3000平方㍍以上のリゾート施設が7件、宅地造成が9件ある。

規模の小さい建築物(高さ13㍍以上、500平方㍍以上)の届け出も18件ある。2006年における住宅・アパートなどの建築確認申請も406件にのぼり、前年比で17%増加した。

 景勝地の川平湾に面する山原(ヤマバレー)地区には、移住者の色鮮やかな住宅、店舗、民宿が建ち並んでいる。2001年に農業振興地域が見直されて以来、宅地分譲が活発になった。

海岸沿いの米原地区では5階建てコテージ4棟、吉原地区では7階建てマンション、元名蔵地区では130戸の分譲住宅の大型開発計画がある。元名蔵の開発では、山を2つ切り崩して宅地を造成する予定であり、土砂災害、名蔵湾への赤土流出も懸念されている。

 移住者は海の見える高台や海浜の近くに住宅を建設する傾向にあるが、これらの地域には生活用インフラが整備されていない。移住者は住宅建設のため、市役所に生活用インフラの設置を求めているが、市役所は財政難を理由に断っている。

面積が限られた閉鎖空間である島嶼において急激に人口増加すれば、水不足が生じ、水源確保のための開発も必要となるだろう。さらに廃棄物処理など追加的な行政費用の増加も予想される。石垣島には年間約77万人の観光客が訪問している。

しかし観光客の増加にもかかわらず、石垣市は多額の地方債残高を抱え、厳しい財政状況にある。

 2005年時点で人口約4万5000人だった石垣市に、06年の1年間に住民票を移した人は3400人以上にのぼった。その他、住民票を移さないで島に住む「幽霊人口」と呼ばれる人々が1万人ほど滞在しているとされている。

幽霊人口は地方税を納めないで行政サービスを享受しており、財政悪化の一因となっている。移住者の中には地域共同体の行事や祭などに参加せず、旧住民と関係を持とうとせず、自然だけを求める自己中心的な移住者も少なくない。

開発によって風景、自然が破壊されることで、過去との断絶が生まれ、島の文化や自然という、人間が生きる根っ子も断たれようとしている。資金や経営力がある日本企業や日本人が島の自然を囲い込み、経済を支配している。

共同体の崩壊、島の人間のアイデンティティ危機、経済植民地化という状況がみられる。今後、新石垣空港が完成し、団塊世代の大量退職時代が到来するなか、石垣島への移住、投資はさらに増えるだろう。

 2007年6月、米軍艦隊が初めて与那国島に寄港した。米軍側は石垣島への寄港も望んだが、市長の拒否により実現できなかった。

観光客とともに米軍も八重山諸島に向かっている。米軍は中国の動きを牽制するために琉球全体を軍事拠点にしようとしている。新石垣空港は米軍も利用可能であり、観光施設は米軍人の保養所としても利用されるだろう。


琉球―文化都市の植民地構造④

平田村の豊かさは今週半ばに続きをご紹介したいと思います。先週の「琉球―文化都市の植民地構造」の続編を次に掲載します。


国益のためのイベント事業

 琉球では地域活性化のためとして大規模イベントが実施されてきた。しかし、イベントの多くは琉球に混乱をもたらしただけに終わった。

「復帰」特別事業として1975年に国際海洋博覧会が開催されたが、地元企業の倒産が相次ぎ「海洋博不況」と呼ばれた。

現在、沖縄県庁は観光振興策として国際会議の誘致を進めている。2006年5月、日本政府が太平洋島嶼国の首脳を沖縄に招いて「島サミット」を開催した。

しかし、日本の外務省が会議内容や首脳宣言案作り等の重要項目を決定し、沖縄県庁には各国代表団に対する接待、食事の設定等の周辺的な業務が押し付けられた。

2003年、06年と過去2回、琉球において「島サミット」が開催されたが、今日まで琉球と島嶼国との間に実質的な協力関係がみられない。

戦前、多くの琉球人が太平洋諸島に渡り、経済活動を行い、家族に送金をして生き延びることができた。

また太平洋諸島と琉球は同じ島嶼として多くの共通点を有しており、諸問題を解決するために協力し合える関係にある。

島嶼同士の関係強化のために会議が活用されるのではなく、沖縄県庁は日本政府の「下請け機関」に成り下がったといえよう。

2006年の「島サミット」において、日本政府は約450億円規模の援助を島嶼国に約束し、太平洋地域に対する日本の影響力の増大という国益上の戦略を実施するために、琉球という場所を利用したにすぎなかった。

2000年に琉球で開かれた先進国首脳会議(サミット)において琉球の基地問題について議論されず、かえって新基地を受け入れさせるためのアメとして琉球でのサミット開催が決まった。

(「島サミット」、太平洋諸島と日本との関係については拙書『ミクロネシア』でも考察しています。)

奄美大島宇検村平田の豊かさ②

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春さんの畑でドラゴンフルートが実っています。味は甘すぎもせず、程よい爽快感が残ります。

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バナナの木です。島のバナナは甘く、栄養価も高いです。

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パパイヤです。青いパパイヤは野菜としても食べます。もちろんフルーツパパイヤもおいしいです。野菜です。虫が付かないように、網をして大切に育てられています。

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ねぎ、葉野菜です。豊かな日光を受けた奄美諸島の野菜は、より多くの栄養分が含まれているのではと思われるほど、おいしかったです。

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バナナの木です。春さんは自分の畑以外にも、無償で村の方から畑を借りて作物を作っておられるようです。これも村の「ゆいわく」であり、生活を豊かにする土台ではないでしょうか。

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野菜の一つ一つを丁寧に植えていきます。島の赤土が人間が生きる糧を育ててくれるのです。珊瑚礁に赤土が流出して珊瑚礁を破壊する「赤土汚染」が琉球各地でみられますが、問題は人間による開発であり、赤土自体が悪いわけではありません。






奄美大島宇検村平田の豊かさ①

今日は、出張で静岡県沼津にきています。昨日までのコラムの続きは月曜に行います。

昨年「ゆいまーるの集い」で世話になった春さんがつくられている野菜や果物を紹介したいと思います。春さんの民宿には昨年9月と11月に泊まらせていただき、春さんの畑を案内していただきました。

お一人で工夫しながら作物をつくり、隣近所の方に分けたり、無人販売店やフリーマーケット等で販売しているそうです。

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春さんです。塩漬けのにんにくです。平田はにんにくが良く獲れ、黒糖漬けのにんにくもおいしかったです。

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これから春さんの畑で栽培されている作物を紹介します。ばんしるーの実です。私の小さい頃、よく食べた果物です。グアバともいわれています。

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葉野菜です。栄養がありそうです。

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平田集落の歩いて近くに住民の豊かな畑や山があり、色々な作物を自給用、販売用、贈答用等につくっています。

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ドラゴンフルーツです。春さんの民宿でも食べました。大変おいしかったです。

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手作りのドラゴンフルーツは平田の方々の生活の香りがしました。



琉球―文化都市の植民地構造③

基地跡地「新都心」の外部従属性

米軍基地の中には返還された土地もある。その跡地利用においても琉球の外部従属性がみられる。

県の首府がある那覇市に「新都心」と呼ばれる基地跡地がある。同跡地の再開発計画を策定し、実施したのは、日本政府機関の都市再生機構(2004年に地域振興整備公団から組織変更)である。

1987年に同軍用地が全面的に返還され、89年に沖縄県知事、那覇市長が再開発事業の実施を旧公団に要請した。

1992年から再開発事業が始まり、大型商業施設、遊技場、文化施設等が建設された。「新都心」には高額所得者用の高級マンションも建設され、家屋の賃貸料や土地代も県内で上位を占めている。

「沖縄のビバリーヒルズ」とも呼ばれており、基地跡地が琉球人内の貧富の格差に拍車をかけている。

当初、那覇市役所は緑豊かな「田園都市」の形成を目標に都市計画を作成した。しかし、跡地開発作業のスピードアップを図るためとして、那覇市は同機構に開発を丸投げした。「新都心」という街の名称も同機構により決定された。

同機構は土地開発から得られる利益の確保を最優先し、「田園都市」計画に比べて商業・業務施設用地の面積を大幅に増やした。

大型商業施設だけでなく、パチンコ・スロットマシン店等の大型遊技場も乱立し、遊技場の隣に県立博物館・美術館が建設されるという文化都市に相応しくない光景が生まれた。乱雑で文化の香りも感じられず、緑も少ない街に変わり果て、治安の悪化も懸念されている。

都市再生機構は島田懇談会事業(沖縄県米軍基地所在市町村活性化特別事業)として「コザ・ミュージックタウン」事業を展開してきた。

同事業は米軍基地が集中する沖縄市に音楽施設を建設するものである。都市再生機構は利益の獲得を目指して、基地跡地を開発するだけでなく、基地関連の補助金による事業をも請け負っているのである。

日本政府から琉球に投下される公的資金の大半はこのようにして島外に流出してしまう。大規模な建設事業は日本の大企業が受注し、地元企業は利益の少ない建設過程にしか参加できない。

琉球―文化都市の植民地構造②

琉球においてIT産業(特にコールセンター)の成長が著しいが、労働者は低賃金、重労働、不安定な就労を強いられている。

米軍基地を維持するための補助金によりIT施設が建設された。その他の主な振興策である金融特区や大学院大学の設置も米軍基地の存在と無関係ではない。

国土の0.6%の地に75%の米軍基地を集中させるという琉球差別はいまだに残り、かえって振興開発によって差別が固定化されている。

コールセンターでは琉球人独特の名前をお客に告げると差別的言説が浴びせられることもあり、個人レベルにおいても差別は消えていない。

琉球にとって1990年代は転換点であった。

1995年の米兵による少女暴行事件後、激しくなった反基地運動を沈静化させるために、普天間基地の名護市辺野古への移設がきまり、米軍基地所在市町村活性化事業、北部振興策等の公的資金がばら撒かれた。

2007年、日本政府は米軍再編を進めるために、米軍基地建設の進捗状況に応じて振興資金を提供するという政策を実施するようになった。

同時期に発生した「沖縄ブーム」では、「南島・楽園イメージ」をメディアが再生産し、観光客や移住者が消費した。

基地を初めとする諸問題が全くないかのような、虚構の楽園の中で日本人は「美しい自然」と「優しい県民」によって癒され、島全体を遊びの対象としてきた。

観光立県を掲げ、文化、自然、土地を売り渡すことが発展につながると考えた自治体は、住民に対し観光客を「暖かく迎える」ことを琉球人に求めた。

広大な米軍基地を受け入れるとともに、自己の欲望を発散させようとする観光客や移住者をも迎え入れる、日本人にとって都合のいい場所に琉球は成り果てた。

観光や移住を通して多くの日本人が琉球の支配と消費に関与する機会が拡がった。

琉球では「基地か経済か」という二者選択は存在しない。両者は一体化している。振興開発によって経済問題は改善しない。

金融特区に指定され、多大な開発資金が投じられた名護市の市債残高(04年)は約235億円に増え、失業率(05年)は12.5%となり、商店街も疲弊している。

基地関連収入の依存度が大きい嘉手納町、読谷村、金武町の失業率(05年)はそれぞれ17.5%、12.4%、12.1%と県平均よりも高い。

振興開発によって建設されたインフラや施設の維持管理費は自治体財政の負担となり、公共事業は短期的であり失業者を生み出す性格を有している。

琉球―文化都市の植民地構造① 

仁川文化財団研究出版から出版されている、Platform:asia culture reviewという雑誌の2007年06号に拙論「琉球―文化都市の植民地構造」が掲載されましたので、ご紹介いたします。

06号には上海、ソウル、そして琉球という東アジアの都市文化の特集が組まれました。拙論の原文がハングルに翻訳され韓国の読者に読まれる機会をいただきました。

同誌の編集長の崔元植さんは、『環:今こそ、「琉球の自治」を』において、「東アジアにおける琉球と韓国 【内発的発展論とネットワークの間】 」と題して拙書『琉球の「自治」』の書評を書いてくれた方です。

崔さんはPlatform誌上においても同書評を掲載し、拙書を紹介して下さいました。心よりお礼申し上げます。



日本の文化都市政策の失敗

画一的な開発内容に基づき、中央の資本に依存した、日本政府の「地域活性化」策は破綻の連続である。

例えば、1987年に制定された総合保養地域整備法(リゾート法)も失敗に帰したといえる。

現在、リゾートによる雇用者数は当初見込みの4分の1にとどまり、倒産や経営破綻も多発した。

インフラ整備による自治体の財政負担、住民同士の対立、行政への不信、離農化、地価高騰、環境破壊等によって、地方は一段と窮地に追い込まれた。

琉球は日本の中でも特に深刻な矛盾を抱えている。1972年に米軍統治体制から日本に「復帰」した。それから35年間、振興開発費として約9兆円が投下された。

沖縄県の県外受取構成比(03年)をみると、財政の経常移転が42.1%、観光収入が1.7%、基地関連収入が8.4%である。

沖縄県には年間600万人近い観光客が訪れているが、観光収入の約2倍の経済効果を及ぼしているのは国からの補助金である。

県債残高(05年)は約6519億円にのぼり、県の年間予算総額を越えた。1人当たり県民所得は全国最下位、失業率は全国平均の約2倍であり、生活保護受給者も増えている。

地方税の住民1人当たり税収額(05年度)は、最も多い東京都と最も少ない沖縄県では3.2倍の格差がある。

琉球観光には次のような問題ある。閉鎖空間の島嶼に多くの観光客が来島することで、島の環境が破壊され、文化の商品化も進んでいる。

沖縄島の珊瑚礁の約9割が開発によって死滅した。また集客を依存する大手の航空会社や旅行代理店による経済支配が顕著である。

他の産業との経済連関効果が小さく、観光収益が中央に還流している。低賃金、重労働、不安定な雇用形態が一般的であり、離職率も高い。

琉球を訪問するという選択権を有しているのは観光客であり、「沖縄を発展させている」という特権意識をもちながら島を訪問する人も少なくない。

観光客の90%以上は日本人である。観光業を通じて日本人は琉球人の上位に立っていると思い込み、基地問題等、琉球が抱える諸問題に対する、日本人の無関心と傲慢な意識を助長させている。

沖縄の百年をめぐる激論─シンポジウム「二十一世紀 沖縄のグランド・デザインを考える」報告

「沖縄の百年をめぐる激論─シンポジウム「二十一世紀 沖縄のグランド・デザインを考える」報告」と題する小論が藤原書店の『機』2002年11月号に掲載されましたので、ご紹介します。

このシンポジウムは沖縄コンベンションセンター劇場ホールで開かれました。このシンポ開催にあたり、金秀、沖縄ツーリスト、ゆいまーる沖縄、当銘商事等の県内企業から協賛金を頂戴しました。

準備の段階、当日においては、嘉手納さん、当銘さん、東江さん、藤原書店の社員の皆様、会場に来られた方々をはじめとする先輩、友人、知人にも大変お世話になりました。心よりお礼を申し上げたいと思います。

現在は各島の住民が直接、自らの責任をもって対話をしながら、問題を直視し、解決のための糸口を探るという「ゆいまーる琉球の自治」の集いを開いています。

本シンポジウムの内容は『別冊環:琉球文化圏とは何か』に収められています。



 沖縄自身が将来の百年を自らの手で決めるためのシンポジウム、「二一世紀、沖縄のグランドデザインを考える」が九月七日に開かれた。

藤原社長と私は、この企画を考えた際に、一定の結論(グランドデザイン)を最初から想定して、パネリストを選ぶのではなく、見解の違う者が自己の責任において、沖縄の百年像を提示することを目的にした。

この三十年間、沖縄開発庁は東京において沖縄の未来を決めてきた。他者まかせではなく、沖縄の中でこれからの百年を議論して自らの問題として認識することが重要であると考えた。

その意味で、議論は大変白熱した。何度か拍手が沸き起こり、熱い質問の声が飛んだ。コーディネーターの川勝平太氏は、会場からの野次を鎮め、パネリストの対立点を明確にしながら、意見を引き出し、全体として議論をみごとに調整された。 

体調を崩され、沖縄に来ることが叶わなかった岡部伊都子氏のお手紙「沖縄こそ真のニライカナイ」が、最初に朗読された。

体の底からにじみ出る非戦の思想に満ちた言葉が、広い会場に響き、聞く者の心を打った。日米の従属下から脱するために、沖縄が共和国として独立すべきとの言葉で結ばれた。

岡部さんの言葉は沖縄の人々によって永く語り継がれるだろう。

その後、私が次のような問題提起をした。沖縄は中央集権体制から脱却し、独自な税制・権限を有した道州制を形成して、海洋世界の中で個性ある経済(経世済民)を確立する。

そして、沖縄が一定の外交権を保持し、平和外交を展開して米軍基地を縮小・撤廃する。補助金、安全保障を日米に依存せず、沖縄は自立すべきであると主張した。

我部政明氏は基地がもたらす問題を指摘し、「日本は沖縄に甘えている」と喝破した。

仲地博氏は、地域レベルの自治や人権意識の確立、平和主義という理念を追求することの重要性を切々と説いた。

高良勉氏は、沖縄は常に自己決定権を保持しており、日本と離婚する権利を持っていると、沖縄独立を高らかに宣言した。

文化の内発的発展について語ったのが上原美智子氏であった。政治形態がどのように変化しても「人の心」が大切である。

内発的に文化をつくり続けるという毎日の充実感、幸福感、その積み重ねによって、沖縄文化の百年が意味あるものとなる。

沖縄を愛するがゆえに厳しいことを言わせてもらうと前置きされたのが、櫻井よしこ氏であった。

アジアの海において中国は海上覇権を推し進めている。米軍基地がなくなれば、沖縄は中国の支配下におかれよう。なぜ琉球王国が滅亡したのか、中国の脅威をどのように防ぐのか。理想を追い求め、現実を客観的に直視しないことが沖縄の弱点であると語った。

大城常夫氏もアジアの安全保障という観点から米軍基地の存在意義を認めた。また、沖縄に対する行政投資額は他県に比べて多くなく、補助金は必要であると述べた。

今後百年、沖縄は日米に依存するのか(現実)、自立するのか(理想)を巡って、パネリストの見解が大きく分かれた。

今から百二十三年前まで独立国・琉球であり、中国の朝貢国であった。戦後五十年間、沖縄は日米安保の要であった。

大国によって自らの歴史が左右されてきた沖縄を、今後百年、どのようにして自立した理想の島(ニライカナイ)にするのか、という課題は、沖縄だけでなく日本全体に突きつけられていると考える。


松島泰勝の著書、主要論文のご紹介

私の著書、主要論文をご紹介いたします。ご関心があればお読みくださり、質問、疑問、反論等があればご連絡ください。


著書(単著、共著含む)
[1]『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店.(2002)

[2]『琉球の「自治」』藤原書店.(2006)

[3]『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部.(2007)

[4]『海洋島嶼国家の原像と変貌』(「島嶼交易と海洋国家―琉球列島とフィジー・ラウ諸島を事例として」pp.263-294)塩田光喜編、アジア経済研究所.(1997)

[5]『アジアの内発的発展』(「太平洋島嶼社会自立の可能性」pp.255-304)西川潤編、藤原書店.(2001)

[6]『アジア太平洋経済圏史1500-2000』(「西太平洋諸島の経済史―海洋アジアと南洋群島の経済関係を中心にして」pp. 229-260)川勝平太編、藤原書店.(2003)

[7]『太平洋アイデンティティ』(「グァムと結ぶ沖縄―沖縄開発庁とグァム経済開発局の比較研究」pp. 173-208)佐藤幸男編、国際書院.(2003)

[8]『地域の自立 シマの力(上)』(「内発的発展による経済自立―島嶼経済論の立場から」pp. 272-289)新崎盛暉他編、コモンズ.(2005)


学術論文
[1]“The Trial of Independence and Coexistence in New Caledonia:The Possibility of Kanak-Style Economic Development”,Sato Yukio(ed.)Regional Development and Cultural Transformation in the South Pacific:Critical Examination of the ‘Sustainable Development’s Perspective,Graduate School of International Development University of Nagoya,pp.61-86.(1995)

[2]「ミクロネシアとアジア」『外務省調査月報』1999年度/第1号、外務省、pp.75-104.(1999)

[3]「島嶼の政治経済と米軍基地との関係」『PRIME(明治学院大学国際平和研究所紀要)』第13号、明治学院大学国際平和研究所、pp.85-95(2000)

[4]「西太平洋島嶼貿易圏構想の可能性」『経済と社会(沖縄経済学会紀要)』第18号、沖縄経済学会、pp.3-16.(2001)

[5]「沖縄のグランドデザイン」『環:21世紀・日本のグランドデザイン』Vol.9、藤原書店、 pp.226-237.(2002)

[6]「パラオにおける観光開発と女性」『観光とジェンダー(国立民族学博物館調査報告)』37号、石森秀三・安福恵美子編、国立民族学博物館、pp.111-140.(2003)

[7]「グローバリズムの中の琉球」『別冊環:琉球文化圏とは何か』Vol.6、藤原書店、pp.80-86.(2003)

[8]「太平洋諸島・先住民族の自決・自治・自律の試み」『グローバル時代の先住民族』、上村英明監修、法律文化社、pp.205-228.(2004)

[9]「太平洋諸島の独立、再周辺化、抵抗」『帝国への抵抗―抑圧の導線を切断する』、戸田真紀子編、世界思想社、pp.141-187.(2006)

[10]「久高島で考える「琉球の自治」」『環:今こそ、琉球の自治を』Vol.30、藤原書店、pp.78‐97.(2007)

[11]「大洋州諸国―太平洋島嶼の教科書にみる海洋認識」『「東アジア海」の信頼醸成』(NIRA研究報告書0702)、総合研究開発機構、pp.44-65.(2007)

静岡と沖縄結ぶ黒潮

私は静岡に縁があり2002年から住み始めました。歴史、文化、気候、風土等、琉球との関連性を見出すことができました。自然が豊かで、路地販売店も多く、地産地消の取り組みも活発です。

静岡では多くの方々に支えられ生活を送ることができことがでました。心より感謝したいと思います。琉球では見ることのできない富士山を毎日のようにみながら、琉球について考えています。

2004年4月15日の静岡新聞朝刊に「本県と沖縄結ぶ黒潮」と題する私の小論が掲載されましたのでご紹介します。



 「駿河っぽう」という言葉があるように、静岡の県民性は、「穏やか、温和、のんびり、寛容」といわれることが多い。

その背景には、あくせく働かなくても暮らしてゆける恵まれた自然の存在がある。駿河湾に暖かい黒潮の支流が流れているため、気候が温暖である。登呂遺跡のように稲作文化も花開いた。

静岡はミカン、イチゴ、お茶の全国有数の産地となった。また、駿河湾はよい魚場でもあり、魚種の多さは日本第二位である。

黒潮のながれに乗ってカツオやマグロも湾の中に入ってくるという。駿河湾がもたらす自然の豊かさが、穏やかな県民性を生んだのだろう。

 暖かい気候、豊かな食生活、のんびりした県民性は、私の故郷である沖縄と同じである。龍華寺のソテツや、里山にみられる芭蕉の木をみると沖縄を思い出す。

沖縄と静岡には次のような共通点もある。

①駿河湾の海岸地域には人や神が海から渡来したという伝承が多く残っている。沖縄でも海上他界であるニライカナイから神や富が島に到来するという信仰が今も生きている。

②三保の松原の羽衣伝説。沖縄にも、天女と農民との間に生まれた子供が王になったという羽衣伝説がある。

③興津の清見寺には、17世紀初頭、駿府で病に倒れた琉球国の具志頭王子の墓がある。琉球国は王の代替わりごとに将軍に対して使節を派遣していた。

④芹沢介は、沖縄の紅型を導入して独自の染物の世界をひらいた。

⑤沼津市の多比には、沖縄でよく見られる石敢當(魔よけ)が残されている。戦前、沖縄式魚網が利用されていたことから、沖縄漁民が当地に移住した可能性がある。

⑥沖縄近海を北上する黒潮が駿河湾にも流れ込んでいる。

黒潮は海上の道であり、駿河湾は海の幸、異文化の入り口であった。駿河湾は、多様なものを受け入れ、新たなものを創造するという静岡人の進取の精神をも育んだのだろう。

21世紀の視点

『毎日新聞』2002年9月29日朝刊において、「21世紀の視点」と題する小文が掲載されましたので、ご紹介いたします。


復帰後三十年間、沖縄は「後進地域」とされてきた。東京に沖縄開発庁(現在の内閣府沖縄担当部局)を設置し、沖縄振興開発特別措置法を制定し、中央省庁主導で沖縄を開発して、本土との経済格差を是正することが最大の目標となった。

振興開発事業費として総額約七兆円の補助金が投じられた。しかし、失業率は復帰時の三.〇%から二〇〇一年には八.四%に拡大し、一人当たり県民所得は全国最下位となった。

四十の有人島からなる沖縄は、輸送コスト高、水不足、平地面積の狭さ等を原因として企業誘致に大きな進展がなかった。

自由貿易地域那覇地区、特別自由貿易地域も設置されたが、中央省庁による規制、縦割り行政等が、その成功を阻んでいる。また、沖縄独自の環境を踏まえない農地整備事業により、赤土が海に流れ、珊瑚礁が破壊された。

沖縄の経済振興策が失敗した最大の原因は、東京から沖縄に対して官僚が指令する形で実施されてきた開発行政にある。

画一的な法制度を沖縄に適用し、公共事業を行えば自然に沖縄が発展するという思い込みがあった。

公共事業による景気浮揚は一時的なものであり、好況を維持するために次から次へと補助金の投下が必要になる。コンクリートが島の風景を変え、沖縄最大の魅力が失われていく。これは全国の地方に共通する問題でもある。

沖縄の振興開発計画は十年毎に策定され、近代化を短期的に実現するために経済指標の達成が目標となった。

そもそも沖縄は十年毎に区分できるような地域であろうか。今年、私は『沖縄島嶼経済史』を上梓し、九百年にわたる沖縄経済の歩みを内発的発展論、海洋ネットワーク思想から考察した。

琉球・沖縄が有する歴史・文化の厚みを考えると、この島の可能性、独自性を活かすには、百年単位のものさしが求められよう。

また、沖縄は経済だけで説明できる社会ではない。文化、自然、人間関係の緩やかさ等のなかに豊かさを感じる人が多い社会である。

沖縄社会とは全く対照的な経済至上主義が開発政策の中心に据えられたために、各種の振興策が失敗したのではないか。

今後百年を見据え、文化、道州制や独立論、沖縄と中国との関係、人権、安全保障、経済等の多面的な観点から議論するシンポジウム「二十一世紀、沖縄のグランドデザインを考える」が今月七日、沖縄で開催された。

川勝平太氏がコーディネーターとなり、私が問題提起を行い、上原美智子氏、大城常夫氏、我部政明氏、櫻井よしこ氏、高良勉氏、仲地博氏が激しく沖縄の百年を論じ切った(その内容は『琉球文化圏とは何か』(藤原書店)に掲載)。

二十一世紀、沖縄は新たな道を歩み出す必要がある。日本の財政状況は逼迫しており、地方への補助金は確実に減少するだろう。これを好機として沖縄は、中央政府から税源、権限を獲得し、沖縄州を形成する。

中央集権体制から離脱して、沖縄の地理的有利性や、独自な法制度を活用した海洋ネットワーク型の産業(生業)を発展させる。

二十世紀の間、沖縄は「後進地域」とされてきた。しかし、二十一世紀、沖縄がもつ意味は再評価されよう。

現在、沖縄の先島諸島に本土から多くの若者が移住している。沖縄の文化、自然、島のライフスタイル等を求めてくるのだろう。文化、島と海が織り成す大自然は沖縄最大の財産である。

島の分散は経済的に不利とされてきた。だが、島ごとに異なる文化、歴史、環境は島の価値を高め、四十の異なる世界をもつ沖縄は多様な文化の花が咲き誇る島々である。

地元産品の生産や販売、芸能、地域福祉・医療、農漁業、人間教育、エコツーリズム等、沖縄の文化力を活用すれば、働く場所は自ら生まれてくるだろう。

「豊かさ」はすでに沖縄の中にある。経済指標という数字を追い求めて、沖縄を開発するのではなく、人間として充実した生活や働く場所を内発的につくり出し、海洋世界の中で自立した経済(経世済民)の礎を築くことが、今後百年における、沖縄らしい発展のあり方だと考える。

沖縄の内発的発展

以下の文章は、2002年に『機』N0.125、藤原書店に掲載された小論「沖縄の内発的発展」です。同年に出版された私の本『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』を紹介するためにて書いた文章です。


 本書は沖縄の自画像である。沖縄には様々な顔がある。大交易活動に湧いた琉球王国、移民の島、戦争の島、基地の島、観光の島等である。

これまで、時代別に細分化された沖縄像が提示されてきた。本書では約六〇〇年という長期の歴史の中に沖縄を位置付けることで、構造的問題の本質を明らかにし、内発的に提示された発展思想の全体的な流れを確かめようとした。

大国の政治経済的な影響にさらされ、島嶼性から生じる生態的・地理的な困難を抱えてきた人々の生き様を、沖縄の経済思想史に見ることができる。

 島における経済発展のあり方が、この本の一貫したテーマである。本書は内発的発展論を思想的基盤にしている。これは近代化論を拒否し、特定地域の歴史、文化、諸制度、精神世界等を踏まえ、過去、現在、未来が連続するような発展のあり方を目指している。

 本書を執筆するにあたり一つの問いがあった。それは、復帰後、実施されてきた沖縄振興開発計画がなぜ成功しなかったのかという問いである。

これまで、東京に拠点をおく沖縄開発庁(現在は内閣府沖縄担当局)が開発計画の作成・実施において主導権を握るという外発的な開発が行われてきた。

しかし、今日、沖縄の失業率は全国平均の約二倍であり、第三次産業の肥大化・補助金への依存という経済構造が強固になり、環境問題も深刻化している。目標とされた経済自立はいまだ遠い彼方にある。

沖縄に内在する経済発展の思想を軽視し、外部に開発の方法や手段を求めてきた体制が厳しく問われている。

 沖縄が経済自立するためのモデルは、この地球上に存在しないだろう。私は沖縄の内部を深く掘ることで、沖縄型の発展の道を切り開くことが可能になると考える。

それゆえ本書では約六〇〇年にわたる沖縄の経済思想史、経済史の深みに入り、今日的問題に光を与える島嶼民の言葉を探し求めた。

琉球・沖縄人は、各時代におけるアジア・太平洋世界の政治経済的状況を的確に把握し、機敏に対応しながら、自前の発展方法・技法を考え、実践へと踏み出してきた。

沖縄は外部勢力により支配を受け、様々な悲惨な状況にも陥ったが、そこにとどまり嘆いたのではなく、現状打破のための思考を巡らしてきたのである。

 沖縄の経済思想は、島の経済思想であるといえる。アジアや太平洋には数多くの島があるが、個々の島ごとに経済思想があり、その歴史的系譜を辿ることができよう。

経済思想といえば、欧米起源の経済学だけが念頭に浮かぶのが常である。しかし、欧米的環境や歴史の道を歩んでいない非欧米の国や地域には、独自の経済思想があってしかるべきである。

経済政策として必ずしも欧米で形成された経済学を基盤に据える必要はなく、それぞれの地域内在の論理に基づくべきであろう。

 私はこの本の中で沖縄内在の問題性をも厳しく指摘しており、沖縄を善、外部勢力を悪とする分類方法を採用していない。

問題の原因を常に外部に探し求め、糾弾することでは、沖縄問題は永遠に解決しないだろう。沖縄自身の中にある問題の原因を明確にし、それを自助努力で解決してゆくという勇気が必要である。

 一九七二年五月十五日に沖縄が日本に復帰して、今年は三十年目を迎える。沖縄の経済思想史は日本との関係で形成されてきた。

日本人が自らの歴史、経済思想、文明のあり方、経済発展の方向等を考えるうえにおいて、日本の鏡としての役割を果たしてきた沖縄についての思索は欠かせないであろう。

 本書はまた私の自画像でもある。私は石垣島で生まれ、南大東島、与那国島、沖縄本島、東京、グアム、パラオで生活してきた島人(シマンチュ)である。島人であるという強い自覚に突き動かされて書かれたのが本書であり、島への深い思いが込められている。

『境界性の人類学―重層する沖永良部島民のアイデンティティ 』のご紹介

沖永良部島で生まれ育った高橋孝代さんが書かれた、『境界性の人類学―重層する沖永良部島民のアイデンティティ』 をご紹介します。本書は第35回伊波普猷賞を受賞いたしました。

NPO法人ゆいまーる琉球の自治の理事である、前利潔さんも高橋さんご自身や御著書を高く評価していました。

昨年末、本書を読ませていただき、多くのことを学ばさせいただきました。境界としての島社会の住民がどのように自らのアイデンティティを形成したのかを、さまざまな側面から明らかにしてくださいました。

すべての島嶼はボーダー・アイデンティティ形成の要素をもっているのかもしれません。私がこれまで生活し育ってきた琉球、太平洋諸島においても住民の意識形成の過程は多様で、その内実も固定的なものではありませんでした。

私はまだ沖永良部島に行ったことがないのですが、北琉球(奄美諸島)と南琉球(沖縄諸島、宮古八重山諸島)とを結ぶ沖永良部島にぜひ、行ってみたいと思うようになりました。

高橋さんは現在、オランダで生活されていますが、私は欧州地域にある島嶼におけるアイデンティティ形成についても大変、関心がありますので、いつか教えて下さればと思います。

また、高橋さんは、これまで米国、タイ、日本、オランダ等、世界中で生活してきましたが、沖永良部出身者としての意識を持ち、魂の根っこを問い続けており、非常に貴重な存在だと思います。多くの島嶼民の励みにもなるのではないでしょうか。

本書の目次は次の通りです。

序 章:課題
第一章:先行研究と本研究の課題

第二章:沖永良部島の概観
第三章:外部勢力による政治支配とアイデンティティ形成
     ――「鹿児島/沖縄」の境界性――

第四章:エスニシティとアイデンティティ
     ――「日本/沖縄」の境界性――

第五章:芸能文化とアイデンティティ
     ――「奄美/沖縄」の境界性――

終 章:アイデンティティ論の再構築に向けて

本書は2006年に弘文堂より出版されました。

久高島の自治についての新聞報道(琉球新報)

琉球新報2008年1月4日朝刊に、久高島振興会による自治の活動が紹介されていました。NPO法人ゆいまーる琉球の自治の理事である内間豊さんの言葉も書かれています。

昨年3月、久高島でゆいまーるの集いが開かれましたが、そこで住民の方が語っておられた自治に対する熱い気持ちが思い起こされます。



久高島元気 特産品次々、観光客も増加


久高島が元気だ。県内外からの観光客が増加しているのに加え、島の人たちが特産品を生産し、安座真港や徳仁港で販売。過疎に悩んだ島が輝きを取り戻し始めている。

 活性化の仕掛け人は、NPO久高島振興会(西銘文則会長)。2000年に設立された同会は宿泊施設、レストランの運営、特産品開発などを行い、昨年11月には島の振興に貢献したとして総務省から表彰された。

 同会の目的は、島に無理をかけずに住民一人一人が自立し、自分らしく生きていける島にすること。

そのため、宿泊施設の建設などハード事業は行政が行ったが、運営については市からの補助は一切ない。

 会員の一人で同会の前身「コミュニティー推進委員会」の委員長も務めた内間豊さん(59)は「島は36年間失業対策事業で、何もしないで仕事を与えられてきたが、36年もするとどうやって生きるのか、という自立の精神がなくなってしまっていた」と振り返る。

 設立から3年目までは赤字が続き、4年目からようやく黒字に転換した。
サラリーマンを辞めて島に戻り、振興会の中心となって活動している理事の西銘政秀さん(61)は「試算すると500万―600万円の赤字が出た。

それでも、島のために覚悟を決めた設立理事12人の思いと、ボランティアの協力が大きかった」と話す。

 設立から8年。島では小さな起業が相次いでいる。イモや海ブドウ(クビレヅタ)、イラブー(エラブウミヘビ)、お茶など次々に生まれる特産品を流通させるのも振興会の大事な仕事だ。

内間さんは「生産なき観光はもたない。相手に見下される」と島の人たちが工夫して物を作り出すことの重要性を挙げる。

 金もうけが目的ではない。将来的に利益が出てくるようになれば、島の子どもたちやお年寄りに還元したいと考えている。

 「島のお年寄りは『島で死ねたら本望』と言うが、現実はみんな沖縄本島の施設に入り、本島で亡くなっている。島をつくり、守ってきたお年寄りたちが最後まで島にいられるようにしたい」。内間さんと、西銘さんの島に対する思いは熱い。

特定非営利活動法人 ゆいまーる琉球の自治定款⑦

第8章 定款の変更、解散及び合併

(定款の変更)

第49条 この法人が定款を変更しようとするときは、総会に出席した正会員の4分の3以上の多数による議決を経、かつ、法第25条第3項に規定する軽微な事項を除いて所轄庁の認証を得なければならない。

(解散)
第50条 この法人は、次に掲げる事由により解散する。

 (1)  総会の決議
 (2)  目的とする特定非営利活動に係る事業の成功の不能

 (3)  正会員の欠亡
 (4)  合併

 (5)  破産手続開始の決定
 (6)  所轄庁による設立の認証の取り消し

2 前項第1号の事由によりこの法人が解散するときは、正会員総数の4分の3以上の承諾を得なければならない。
3 第1項第2号の事由により解散するときは、所轄庁の認定を得なければならない。

(残余財産の帰属)

第51条 この法人が解散(合併又は破産手続開始の決定による解散を除く。)したときに残存する財産は、沖縄県の市町村、鹿児島県奄美諸島に属する市町村のうち、解散総会で選定したものに譲渡することとする。

(合併)
第52条 この法人が合併しようとするときは、総会において正会員総数の4分の3以上の議決を経、かつ、所轄庁の認証を得なければならない。

   第9章 公告の方法

(公告の方法)
第53条 この法人の公告は、この法人の掲示場に掲示するとともに、官報に掲載して行う。

   第10章 雑則

(細則)
第54条 この定款の施行について必要な細則は、理事会の議決を経て、理事長がこれを定める。

   附 則
1 この定款は、この法人の成立の日から施行する。
2 この法人の設立当初の役員は、次に掲げる者とする。

理事長  松島泰勝
副理事長 藤原良雄

理事   安里英子
 同   石垣金星
同   上勢頭芳

同   内間 豊
同   海勢頭豊

同   高嶺 朝誠
同   金城 馨

同   新元博文
同   前利 潔
同 松島 寛

監事   松下 守

3 この法人の設立当初の役員の任期は、第16条第1項の規定にかかわらず、成立の日から2008年12月31日までとする。

4 この法人の設立当初の事業計画及び収支予算は、第42条の規定にかかわらず、設立総会の定めるところによるものとする。

5 この法人の設立当初の事業年度は、第47条の規定にかかわらず、成立の日から2007年12月31日までとする。

6 この法人の設立当初の入会金及び会費は、第8条の規定にかかわらず、次に掲げる額とする。

  正会員
  (1)個 人
   入会金      0円
年会費   3000円
  
(2)団 体
   入会金      0円
   年会費 30、000円

特定非営利活動法人 ゆいまーる琉球の自治定款⑥

 第7章 資産及び会計

(資産の構成)
第39条 この法人の資産は、次の各号に掲げるものをもって構成する。

 (1)  設立当初の財産目録に記載された資産
 (2)  入会金及び会費

 (3)  寄付金品
 (4)  財産から生じる収入

 (5)  事業に伴う収入
 (6)  その他の収入

(資産の管理)
第40条 この法人の資産は、理事長が管理し、その方法は、総会の議決を経て、理事長が別に定める。

(会計の原則)
第41条 この法人の会計は、法第27条各号に掲げる原則に従って行うものとする。

(事業計画及び予算)
第42条 この法人の事業計画及びこれに伴う収支予算は、理事長が作成し、総会の議決を経なければならない。

(暫定予算)
第43条 前条の規定にかかわらず、やむを得ない理由により予算が成立しないときは、理事長は、理事会の議決を経て、予算成立の日まで前事業年度の予算に準じ収入支出することができる。

2 前項の収入支出は、新たに成立した予算の収入支出とみなす。

(予備費の設定及び使用)
第44条 予算超過又は予算外の支出に充てるため、予算中に予備費を設けることができる。

2 予備費を使用するときは、理事会の議決を経なければならない。

(予算の追加及び更正)
第45条 予算議決後にやむを得ない事由が生じたときは、総会の議決を経て、既定予算の追加又は更正をすることができる。

(事業報告及び決算)
第46条 この法人の事業報告書、収支計算書、貸借対照表及び財産目録等の決算に関する書類は、毎事業年度終了後、速やかに、理事長が作成し、監事の監査を受け、総会の議決を経なければならない。

2 決算上剰余金を生じたときは、次事業年度に繰り越すものとする。

(事業年度)
第47条 この法人の事業年度は、毎年1月1日に始まり12月31日に終わる。

(臨機の措置)
第48条 予算をもって定めるもののほか、借入金の借入れその他新たな義務の負担をし、又は権利の放棄をしようとするときは、総会の議決を経なければならない。

特定非営利活動法人 ゆいまーる琉球の自治定款⑤

 第6章 理事会

(構成)
第31条 理事会は、理事をもって構成する。

(権能)
第32条 理事会は、この定款で定めるもののほか、次の事項を議決する。
 (1)  総会に付議すべき事項

 (2)  総会の議決した事項の執行に関する事項
 (3)  その他総会の議決を要しない会務の執行に関する事項

(開催)
第33条 理事会は、次の各号の一に該当する場合に開催する。

 (1)  理事長が必要と認めたとき。
 (2)  理事総数の2分の1以上から会議の目的である事項を記載した書面をもって招集の請求があったとき。
 (3)  第15条第4項第5号の規定により、監事から招集の請求があったとき。

(招集)
第34条 理事会は、理事長が招集する。

2 理事長は、前条第2号及び第3号の規定による請求があったときは、その日から30日以内に理事会を招集しなければならない。

3 理事会を招集するときは、会議の日時、場所、目的及び審議事項を記載した書面をもって、少なくとも7日前までに通知しなければならない。

(議長)
第35条 理事会の議長は、理事長がこれに当たる。

(議決)
第36条 理事会における議決事項は、第34条第3項の規定によってあらかじめ通知した事項とする。

2 理事会の議事は、理事総数の過半数をもって決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

(表決権等)
第37条 各理事の表決権は、平等なるものとする。

2 やむを得ない理由のため理事会に出席できない理事は、あらかじめ通知された事項について書面をもって表決することができる。

3 前項の規定により表決した理事は、次条第1項第2号の適用については、理事会に出席したものとみなす。

4 理事会の議決について、特別の利害関係を有する理事は、その議事の議決に加わることができない。

(議事録)
第38条 理事会の議事については、次の事項を記載した議事録を作成しなければならない。

 (1)  日時及び場所
 (2)  理事総数、出席者数及び出席者氏名(書面表決者にあっては、その旨を付記すること。)

 (3)  審議事項
 (4)  議事の経過の概要及び議決の結果
 (5)  議事録署名人の選任に関する事項

2 議事録には、議長及びその会議において選任された議事録署名人2人以上が署名、押印しなければならない。

特定非営利活動法人 ゆいまーる琉球の自治定款④

第5章 総会

(種別)
第21条 この法人の総会は、通常総会及び臨時総会の2種とする。

(構成)
第22条 総会は、正会員をもって構成する。

(権能)
第23条 総会は、以下の事項について議決する。
 (1)  定款の変更

 (2)  解散
 (3)  合併

 (4)  事業計画及び収支予算並びにその変更
 (5)  事業報告及び収支決算

 (6)  役員の選任又は解任、職務及び報酬
 (7)  入会金及び会費

 (8)  借入金(その事業年度内の収入をもって償還する短期借入金を除く。第48条において同じ。)その他新たな義務の負担及び権利の放棄

 (9)  事務局の組織及び運営
 (10) その他運営に関する重要事項

(開催)
第24条 通常総会は、毎事業年度1回開催する。

2 臨時総会は、次の各号の一に該当する場合に開催する。
 (1)  理事会が必要と認め招集の請求をしたとき。

 (2)  正会員総数の5分の1以上から会議の目的である事項を記載した書面をもって招集の請求があったとき。
 (3)  第15条第4項第4号の規定により、監事から招集があったとき。

(招集)
第25条 総会は、前条第2項第3号の場合を除き、理事長が招集する。

2 理事長は、前条第2項第1号及び第2号の規定による請求があったときは、その日から20日以内に臨時総会を招集しなければならない。

3 総会を招集するときは、会議の日時、場所、目的及び審議事項を記載した書面をもって、少なくとも5日前までに通知しなければならない。

(議長)
第26条 総会の議長は、その総会において、出席した正会員の中から選任する。

(定足数)
第27条 総会は、正会員総数の2分の1以上の出席がなければ開会することができない。

(議決)
第28条 総会における議決事項は、第25条第3項の規定によってあらかじめ通知した事項とする。

2 総会の議事は、この定款に規定するもののほか、出席した正会員の過半数をもって決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

(表決権等)
第29条 各正会員の表決権は、平等なるものとする。

2 やむを得ない理由のため総会に出席できない正会員は、あらかじめ通知された事項について書面をもって表決し、又は他の正会員を代理人として表決を委任することができる。

3 前項の規定により表決した正会員は、第27条、第28条第2項、第30条第1項第2号及び第49条の適用については、総会に出席したものとみなす。

4 総会の議決について、特別の利害関係を有する正会員は、その議事の議決に加わることができない。

(議事録)
第30条 総会の議事については、次の事項を記載した議事録を作成しなければならない。

 (1)  日時及び場所
 (2)  正会員総数及び出席者数(書面表決者又は表決委任者がある場合にあっては、その数を付記すること。)

 (3)  審議事項
 (4)  議事の経過の概要及び議決の結果
 (5)  議事録署名人の選任に関する事項

2 議事録には、議長及びその会議において選任された議事録署名人2人以上が署名、押印しなければならない。

特定非営利活動法人 ゆいまーる琉球の自治定款③

第4章 役員等

(種別及び定数)
第13条 この法人に次の役員を置く。

 (1)  理事  3人以上12人以下
 (2)  監事  1人

2 理事のうち、1人を理事長、1人を副理事長とする。

(選任等)
第14条 理事及び監事は、総会において選任する。
2 理事長及び副理事長は、理事の互選とする。

3 役員のうちには、それぞれの役員について、その配偶者若しくは3親等以内の親族が1人を超えて含まれ、又は当該役員並びにその配偶者及び3親等以内の親族が役員の総数の3分の1を超えて含まれることになってはならない。

4 監事は、理事又はこの法人の職員を兼ねることができない。

(職務)
第15条 理事長は、この法人を代表し、その業務を総理する。

2 副理事長は、理事長を補佐し、理事長に事故あるとき又は理事長が欠けたときは、その職務を代行する。

3 理事は、理事会を構成し、この定款の定め及び理事会の議決に基づき、この法人の業務を執行する。

4 監事は、次に掲げる職務を行う。
 (1)  理事の業務執行の状況を監査すること。
 (2)  この法人の財産の状況を監査すること。

 (3)  前2号の規定による監査の結果、この法人の業務又は財産に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があることを発見した場合には、これを総会又は所轄庁に報告すること。

 (4)  前号の報告をするため必要がある場合には、総会を招集すること。
 (5)  理事の業務執行の状況又はこの法人の財産の状況について、理事に意見を述べ、又は理事会の招集を請求すること。

(任期等)
第16条 役員の任期は、2年とする。ただし、再任を妨げない。

2 前項の規定にかかわらず後任の役員が選任されていない場合には、任期の末日後最初の総会が終結するまでその任期を伸長する。

3 補欠のため、又は増員によって就任した役員の任期は、それぞれの前任者又は現任者の任期の残存期間とする。

4 役員は、辞任又は任期満了後においても、後任者が就任するまでは、その職務を行わなければならない。

(欠員補充)
第17条 理事又は監事のうち、その定数の3分の1を超える者が欠けたときは、遅滞なくこれを補充しなければならない。

(解任)
第18条 役員が次の各号の一に該当するに至ったときは、総会の議決により、これを解任することができる。この場合、その役員に対し、議決する前に弁明の機会を与えなければならない。

 (1)  心身の故障のため、職務の遂行に堪えないと認められるとき。
 (2)  職務上の義務違反その他役員としてふさわしくない行為があったとき。

(報酬等)
第19条 役員は、その総数の3分の1以下の範囲内で報酬を受けることができる。

2 役員には、その職務を執行するために要した費用を弁償することができる。
3 前2項に関し必要な事項は、総会の議決を経て、理事長が別に定める。

(職員)
第20条 この法人に、事務局長その他の職員を置く。
2 職員は、理事長が任免する。

特定非営利活動法人 ゆいまーる琉球の自治定款②

  第3章 会員

(種別)

第6条 この法人の会員は正会員のみとし、これをもって特定非営利活動促進法(以下「法」という。)上の社員とする。

 正会員   この法人の趣旨に賛同して入会した個人及び団体

(入会)

第7条 会員の入会については、特に条件を定めない。

2 会員として入会しようとする者は、理事長が別に定める入会申込書により理事長に申し込むものとし、理事長は、正当な理由がない限り、入会を認めなければならない。

3 理事長は、前項のものの入会を認めないときは、速やかに、理由を付した書面をもって本人にその旨を通知しなければならない。

(入会金及び会費)

第8条 会員は、総会において別に定める入会金及び会費を納入しなければならない。

(会員の資格の喪失)

第9条 会員が次の各号の一に該当するに至ったときは、その資格を喪失する。
 (1)  退会届の提出をしたとき。

 (2)  本人が死亡し、又は会員である団体が消滅したとき。
 (3)  正当な理由なく会費を3年以上滞納し、相当の期間を定めて催告してもこれに応じず、納入しないとき。
 (4)  除名されたとき。

(退会)

第10条 会員は、理事長が別に定める退会届を理事長に提出して、任意に退会することができる。

(除名)

第11条 会員が次の各号の一に該当するに至ったときは、総会の議決により、これを除名することができる。この場合、その会員に対し、議決の前に弁明の機会を与えなければならない。
 (1)  この定款等に違反したとき。
 (2)  この法人の名誉を傷つけ、又は目的に反する行為をしたとき。

(拠出金品の不返還)

第12条 既納の入会金、会費及びその他の拠出金品は、返還しない。

特定非営利活動法人ゆいまーる琉球の自治の定款①

特定非営利活動法人ゆいまーる琉球の自治の設立申請が沖縄県庁に認められ、法務局で登記が行われ、正式に設立されました。これも皆様のお陰です。心よりお礼申し上げます。これからもご支援等どうぞ宜しくお願い致します。

今日から本NPO法人の定款を何回かにわたってご紹介いたします。



特定非営利活動法人 ゆいまーる琉球の自治定款

   第1章 総則

(名称)
第1条 この法人は、特定非営利活動法人ゆいまーる琉球の自治という。

(事務所)
第2条 この法人は、主たる事務所を沖縄県那覇市字小禄345番地 松島アパート301号室に置く。

   第2章 目的及び事業

(目的)

第3条 この法人は、琉球の島々に住む人々を中心とするアジア太平洋の人々に対して、交流・研究・地域経済自立・地域文化発展等に関する事業を行い、琉球の島々やアジア太平洋の人々が自治について自覚し、行動するという社会の利益に寄与することを目的とする。

(特定非営利活動の種類)

第4条 この法人は、前条の目的を達成するため、次に掲げる種類の特定非営利活動を行う。

 (1)  社会教育の推進を図る活動
 (2)  学術、文化、芸術又はスポーツの振興を図る活動

 (3) 人権の擁護又は平和の推進を図る活動
 (4) 国際協力の活動

 (5) 環境の保全を図る活動
 (6) 経済活動の活性化を図る活動
 (7) まちづくりの推進を図る活動

(事業)
第5条 この法人は、第3条の目的を達成するため、次の事業を行う。
 (1)交流・研究・啓発集会の実施事業
 (2)調査・研究・講演活動の実施事業

 (3)琉球の特産物の販売事業
 (4)エコマネーの融資・流通事業
 
 (5)エコツアーの実施事業
 (6)各種文化イベントの開催事業

太平洋諸国とともに自立心示し歴史変えよ

2008年の第一日が始まりました。

昨年は多くの方にお世話になりました。おかげさまでNPO法人ゆいまーる琉球の自治が設立され、本年は、さらに本格的に琉球の自治の実践のための議論、活動を実施する予定です。

皆様の温かい励まし、ご支援、どうぞよろしくお願い申し上げます。

2000年6月15日の沖縄タイムスに「太平洋諸国とともに自立心示し歴史変えよ」と題するコラムが掲載されたましたので、ご紹介します。本年は、このような歴史を変えるという意気込みで一年を過ごしたいと思います。


今年四月、宮崎県で太平洋島しょ国と日本の首脳が一堂に会する島サミットが開催された。日本にとって、太平洋は次のような諸点で重要であるとされている。

(1)日本で消費するマグロ、カツオの約半分はこの地域からもたらされている。だが、近年、漁業資源の減少が指摘されている

(2)日本の原子力発電所で利用する放射性核廃棄物をイギリスやフランスから海上輸送するためには太平洋を通過する必要がある。しかし、太平洋島しょ民は、輸送船による事故が環境や観光業に与える影響を強く心配している

(3)太平洋の海底には重要な鉱物資源が存在しており、鉱物資源の調査のために日本政府も現在、協力を行っている

(4)太平洋島しょ国のうちツバルが今秋、国連加盟が認められる予定であり、日本は国連の場で太平洋島しょ国から十四票を得ることが可能となる。特に安保理常任理事会入りを目指す日本にとり、太平洋島しょ国からの支持は大きな意味を持っている―。

 島サミットにおいて日本政府は「太平洋フロンティア外交」を提唱した。

原子力発電に依存し、漁業資源や鉱物資源が少なく,国際舞台での活動の場を広げたいと考える日本にとり太平洋という広大な海は、二十一世紀の日本を支えるフロンティアとして認識されているといえる。

個々の島しょ国は人口規模も小さく、少ない援助金を提供することで日本の戦略に同意させるという効果も期待されている。

 沖縄もまた日米のフロンティアと見なされているのではないか。

補助金、法的な特別措置、サミットの開催、二千円札発行などの少ないコストを払うことにより、普天間基地移転問題の早期解決、そして日米軍事同盟の強化という大きな効果を得ようしている。

従属経済という類似した経済構造を抱える沖縄と太平洋島しょ国は、地政学的に重要であると大国からみなされ、新たな海上戦略の中に位置付けられつつある。

 新ガイドライン法により、自衛隊による米軍の後方地域支援が認められた現在、米国の軍事的影響化にあるグアム、ミクロネシア諸島は沖縄が有する軍事的機能と密接に結びつくようになった。

それは極東有事が生じれば沖縄と同地域の軍事機能が連動することを意味しており、すでにグアムにおいては自衛隊と米軍との共同訓練が行われた。

 沖縄や太平洋島しょ国が自らの地政学的有利性と引き換えに提供される援助により、従属型経済構造は解消の方向に向かうのであろうか。援助政策の背景に自由主義的な経済学の考えがある限り、島しょの従属性はさらに強化されるであろう。

 短期的には現在の生活水準を維持できるが、それは「つなぎ」でしかなく、継続的に援助金を投入し続けるという経済構造を変えることにはつながらない。

大国の戦略と結びついた「ひも付き援助」に頼るのではなく、島しょの多様な内発的発展を具体化していくことが必要であり、その点で、沖縄と太平洋島しょ国は共に学び合える多くの類似性を有している。

 太平洋島しょ国の人々もG8サミットの行方に注目している。沖縄がサミットという場を通して、島しょ民としての誇りと自立心を世界に対し明確に提示すれば、それは世界史における島しょの歴史を変える第一歩となろう。

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