FC2カウンター

プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
Yasukatsu Matsushima

バナーを作成

リンク

カテゴリー

最近の記事

月別アーカイブ

琉球関連の文献

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

海勢頭豊さんのCDの紹介

海勢頭さんのCD「海勢頭 豊 平和コンサート (ライブ録音)世直しの歌」をご紹介します。

海勢頭さんがギターを弾きながら切々と歌う姿をエル・パピリオンをはじめ、いろんな場所で何度か拝見したことがあります。琉球人の魂に響く歌だと思いました。

海勢頭さんご自身がしっかりとした世界観、平和観をもっており、それが歌にもあらわれていると感じました。


2006年6月24日にパレット市民劇場で行なわれたコンサートをライブ録音。

【収録曲】
1.月桃 
2.はるかな南の海 

3.赤椀の世直し
4.さとうきびの花 

5.山鳩 
6.喜瀬武原

7.トラジの花 
8.ザンの海 

9.ジュゴンの歌
10.琉球夜曲

(有)ジー・ジー・エス 電話:098-946-6663 FAX:098-946-1933 〒903-0117 沖縄県中頭郡西原町翁長457
税込¥2,500   ジー・ジー・エスより直接発送致されるそうです。

スポンサーサイト

海勢頭豊さんのコンサートのご案内

本NPO法人の理事であります、海勢頭さんのコンサートが3月9日に読谷村であります。
お時間がおありの方は是非 ご参加ください。


海勢頭豊と「月桃の花」歌舞団
希望の歌
〜沖縄発!平和への潮流〜

3月9日(日)14:00開演(13:30開場)
読谷村文化センター中ホール

☆前売☆
大人:2000円
学生・シルバー(65才以上)・障害者:1500円
高校生以下・フリーター:1000円

※当日は500円増

第1部
「月桃の花」歌舞団平和ミュージカル
ワーキングプア
 アジアの「英霊」と出会う

第2部
海勢頭豊コンサート〜清らなロマンを歌う
海勢頭愛(ヴァイオリン)、島田路沙(ヴォーカル)

主催:「月桃の花」歌舞団公演実行委員会
E-mail:info@gkabudan.ivt.org

後援:沖縄9条連
   ジュゴン保護キャンペーンセンター
   平和・自立・共生沖縄うまんちゅの会 
   無防備地域宣言・沖縄ネットワーク

連絡先:「希望の歌」公演沖縄事務所
     TEL&FAX098-863-4776
        〒900-0012 那覇市泊3-17-4 ライトマンション201(担当:西岡)

「月桃の花」歌舞団の舞台「ワーキングプア アジアの英霊に出会う」はフリーターの若者・新城アツシが主人公。

その父・篤盛は沖縄靖国訴訟原告団の一人である。アツシは近所の嫌われ者である父のことがうとましい。

篤盛は沖縄戦の体験を聞こうともしない息子に苛立を隠せない。すれ違う二人の心。
しかし、貧困と戦争は何故か仲良くやって来る・・・。

この舞台は、沖縄靖国訴訟原告団の金城実さんに伺った実話をもとに制作しました。

2006年12月以来、本土各地で上演し、「一般住民がなぜ靖国に祀られているのか!?」「これは本当に沖縄戦の事実なのか?」「フリーターの若者の問題と戦争問題が驚く程重なった」等々の反響を呼び起こしました。

今回、琉球の歴史的展望を歌い語る海勢頭豊とともにコンサート「『希望の歌』〜沖縄発!平和への潮流〜」として開催します。
是非、ご参加。ご協力下さい。


「月桃の花」歌舞団プロフィール
映画「GAMA-月桃の花」に込められた「命どぅ宝」の心を全国に広げようと、1997年に海勢頭豊さんがプロデュースして結成。

エイサーや三線、合唱、劇、バンドなどで構成。2002年沖縄ふるさとエイサーまつりに本土から参加。
今のイラク占領を描き、武器に頼らず平和なイラクをつくる人々をテーマに、2007年4月にはフィリピンのマニラ国際平和大会で公演、5月には韓国・釜山で日韓共同公演。

その他、ストリートや学校、福祉施設、地域の祭りなどで歌い、踊っている。

パラオの精神世界

「パラオの精神世界」と題する小論が、1999年9月9日に『沖縄タイムス』に掲載されましたので、ご紹介します。
 
 パラオ人の大半はキリスト教徒であるといわれるが、伝統的な精神世界も根強く存在している。沖縄のノロ、ユタに似た人々もいる。

首長が他界した際には、霊的力を有しているとされる女性がパラオの神様に願いをたてて、首長位の委譲に関する儀礼を行う。

沖縄ではかつて男性が政治を司り、聞得大君を中心とする女性が霊的世界を司っていた。パラオでも各州には男性と女性の首長がそれぞれおり、女性が次の男性首長を決定する権限を持っているのも霊的な強さがその背景にあるのだろう。

 ユタに似た人々は樹木と会話をし、人の将来を占い、植物の葉で薬草を作るという。薬草の中に「ラブ・ポイズン」と呼ばれるものがあるが、それは片思いの人が好きな人に内緒で飲ませて自分を好きになってもらう薬草である。

パラオ人によると、実際にラブ・ポイズンによって恋を成就させた人がいるが、2年後に別れたらしく、薬効は期限付きのようである。

 パラオの海には多くのマンタ(エイ)がいる。幾つかの州の出身者はマンタには神が宿るとして、触れたり、食べたりしない。

パラオ人の友達と一緒に中国料理を食べたが、マンタの肉が料理に混じっていると主張して、なかなか口にしなかったことがある。かまぼこもマンタの肉が入っていると考えて食べない人もいる。

 またパラオにはパラオ独自のモデクゲイと呼ばれる信仰集団が存在している。発生したのは1915年頃であり、大神善神に帰依して悪心悪鬼を寄せ付けず、自らの幸運を神に祈り、自然に精霊が宿っていると信じ、聖なる地では飲酒、喫煙が禁じられている。

さらに、信仰集団は高校を運営し、選挙の際には集票マシーンとしても機能しているという。

 人々のくらしと自然との関係が非常に密接なパラオのような環境では、森羅万象全てに神が宿ると考えても不思議ではないと思わせるものがある。

NPO法人の入会申込書

                入会申込書

NPO法人ゆいまーる琉球の自治 理事長 松島泰勝 殿

ゆいまーる琉球の自治の趣旨に賛同致し、下記会員の申し込みを行います。

1. 申込 年月日:         年   月   日

2. 会 員 種 別:  ( ○印をつけて下さい) 正会員  (個人会員、  団体会員 )

3.年会費 : 個人会員<年会費1口3,000円>、法人会員<年会費1口30,000円>

*年会費     口                 円
   4.お名前、連絡先:                〒                                 
電話・FAX・email                                   

6.寄付金の申し込み:NPO法人ゆいまーる琉球の自治の目的に賛同し、以下を寄付します。

現金                   円

________________________________________

<振込口座>: ゆうちょ銀行 、口座名義 特定非営利活動法人 ゆいまーる琉球の自治
記号 12370  番号 32052841

御振込み手数料はご負担下さいますようお願い申し上げます。入金の確認をもって入会とさせて頂きますのでご了承ください。入会申込書をメールの添付にてお送りください。


NPO法人 ゆいまーる琉球の自治

〒901-0152 沖縄県那覇市小禄345 松島アパート301号

e-mail: matsu424@ai.tnc.ne.jp


通信欄(皆様方からの一言、お願いします)












NPO法人への入会のご案内

                  入会のご案内


特定非営利活動法人ゆいまーる琉球の自治では、以下の内容の活動を実施することを目的としています。

・琉球の島々における自治を実現するために必要な活動を実施いたします。

・法人の行う事業により、琉球に住む人々が自治を自らの問題として考え、住民一人一人が自治の担い手として実践することを目的としています。

・琉球の人々が自治について互いに学びあい、実践するとともに、アジア太平洋地域の人々とも自治について定期的に交流し、環境の保全を考慮した地域経済自立のための事業や地域文化発展のための事業等を展開いたします。

・沖縄県の島々とともに奄美諸島をも活動の対象にした理由は、共に琉球文化圏に属する島嶼地域であり、自治に関する問題についても共有することが多く、両地域住民の交流によって問題解決の糸口が見つかる可能性があると考えたからです。

以上の活動を支援いただける個人・団体の会員を募っております。

一口の年会費は以下の通りです。詳しくは入会申込書をご覧ください。
個人会員/年会費 3,000円    法人会員/年会費 50,000円

<振込口座>: ゆうちょ銀行 、口座名義 特定非営利活動法人 ゆいまーる琉球の自治
記号 12370 番号 32052841

NPO法人 ゆいまーる琉球の自治 
〒901-0152 沖縄県那覇市小禄345 松島アパート301号
e-mail: matsu424@ai.tnc.ne.jp
[URL] http://ryukyujichi.blog123.fc2.com/(「ゆいまーる琉球の自治」で検索して下さい)

ゆいまーる琉球の「自治」―万人のもあい 趣意書

   ゆいまーる・琉球の「自治」―万人(うまんちゅ) のもあい―趣意書



かつて、琉球王国は独立国であった。1609 年に薩摩藩は琉球の島々に侵攻し、奄美諸島を
直轄領として直接統治し、沖縄島以南には納税の義務を課して間接統治をしいた。

廃藩置県以後は奄美諸島は鹿児島県に、また「琉球処分」によって沖縄島以南は沖縄県に分断されることになった。

その後、アメリカに統治された期間もあるが、1953 年に奄美諸島が、1972年に沖縄島以南が日本へ「復帰」した。

その間じつに400 年、日本の支配によって琉球弧の南北の分断は続いている。われわれは今、分断された琉球文化圏をわれわれの手でなんとか取り戻したいと考える。

奄美諸島から沖縄島、八重山諸島にいたる琉球文化圏はひと続きに連なっているものである。

この分断された琉球文化圏を、いかにしてひと続きのものとして取り戻すことができるだろうか。

今日、日本における米軍基地の大部分が集中する沖縄島では、基地反対闘争が活発に展開
されている。しかし一方、経済開発はますます日々積極的に進められてきている。

20 世紀の思想家、イバン・イリイチは「平和」について次のように語る。

「平和とは生活のあり方である。民衆に平和を取り戻すには、経済開発に対して草の根か
民衆の手で制限を加えなければならない」と。

われわれの生活のあり方から「開発」や「観光」のあり方を問うことなしに、真の「平和は実現できない。

そのためには、これまで琉球弧の中で先人たちによって培われてきた文化や風土を大切に守り育てていくことである。これこそが「自治」である。

インド独立運動の父、マハトマ・ガンジーは「自治」について次のように語る。
「私たちが私たち自身を治めることこそが自治であり、その自治は私たちの手中にある」と

「自治」なしには「平和」は実現できないのである。

ガンジーはまた、次のようにも語る。
「インド(琉球)が自給・自立して誘惑や搾取をゆるさなくなったとき、西洋や東洋のいか
なる国家権力にとっても、インド(琉球)は貪欲な誘惑の対象ではなくなるだろう」と。

日本国の敗戦から六十余年たった現在も、琉球弧には「戦後」はない。われわれはいま、分
断された琉球弧の中に在るが、いまこそ、それぞれの島における「自治」を大切にしながら
島と島とを結び合うネットワークをつくり上げていく時ではないか。

そして、アジアから世界へとそのネットワークをつなぎ、拡がっていこうではないか。
 

〈呼びかけ人〉

松島泰勝(経済学者・石垣島出身)内間豊(久高島振興会顧問・久高島)
新元博文(平田部落森林組合長・奄美大島)安里英子(作家・沖縄島)

海勢頭豊(音楽家・平安座島)前利潔(経済史家・沖永良部島)
石垣金星(文化伝承者・西表島)高良勉(詩人・沖縄島)

第3回ゆいまーる「琉球の自治」の趣意書

                第3回 ゆいまーる琉球の自治 於・伊江島  企画趣旨

伊江島は、先の戦争で日米の激戦地となり、多くの住民が犠牲になった。100人以上が命を落としたアハシャガマを始め、多くのガマで「集団自決」が発生。愛しむ合うべき家族が互いに殺し合わなければならない状況に追い込まれた。

戦後になっても「戦争」は終わらなかった。1948年のLCT爆弾処理船爆発事故では102名が爆死し、さらに基地にかかわる事件・事故で多くの住民が負傷し亡くなった。米軍は住民の家を焼き払い、強制的に立ち退かせて基地を拡大した。

阿波根昌鴻を始めとする島の住民は、不等な扱いを訴える「乞食行進」を琉球各地で行なった。それが導火線となり基地の拡大に反対する「島ぐるみの闘争」が展開される。伊江島は琉球における反基地運動の原点である。

1961年、阿波根は「伊江島土地を守る会」を設立し、団結小屋を拠点に基地撤退を体を張って訴えた。その結果、1970年、米軍は、それまで島の約63%を占めていた基地の縮小計画を発表。

現在は、島の約30%までになった。阿波根は私財を投じ、「わびあいの里」「ヌチドゥタカラの家」を開き、ここを平和と戦争を学び互いに支えあう場所とした。

伊江島は「沖縄の縮図」である。平和を希求する思いと、生活のために基地を受け入れるという現実が同じ島の中にある。

この伊江島において、そして伊江島伊江村が村政100周年を迎えるこの節目にあたって、島の平和と開発、21世紀における島のあり方を、車座で徹底的に議論したい。

そしてこの島から、いま琉球が抱える問題の本質を明らかにし、琉球全体の自治につながる手がかりを見出したい。

第3回ゆいまーる「琉球の自治」の申込書

                            ご出欠・返信用
            
ゆいまーる・琉球の「自治」2008.3.15~3.17
於 伊江島

集合時間 2008.3.15 16:00
集合場所 伊江島「はにくすに」郷土資料館(伊江港ターミナル)

■ご出席 / ご欠席 (いずれかに○印をつけて下さい)

■ご出席の形態 (いずれかに○印をつけて下さい)

全日程参加 / 部分参加

■部分参加の場合(参加可能な時間帯をお知らせ下さい)
    月   日   :   頃 ~   月   日   :   頃

■本部港発(伊江島行き)フェリー乗船予定(何日何時の船に乗船予定であるか、いずれかに○をつけてお知らせ下さい) *乗船手続きは出航の30分前にお願いします。

   月   日   9:00 / 11:00 / 15:00 / 17:00

■ご宿泊希望(希望するところに○印をつけて下さい)

3月15日〔土〕       /     3月16日〔日〕        / いずれも宿泊はなし(日帰り)
(宿泊場所         )   (「わびあいの里」宿泊所)
*各自予約

*3月15日分は、「IE ISLAND(ビジネスホテル)」もしくは「土の宿(素泊まりのみ)」を各自ご予約の上、宿泊場所をお知らせ下さい。
*3月16日分は、藤原書店でまとめて予約致します。


■ご芳名【フリガナも付して下さい】(ご同行者名)


■ご住所

電話
携帯電話
FAX
E-mail

メッセージ欄

* ご参加にあたって、ご参加の動機、会でぜひ話し合いたいこと、ゆいまーる「琉球の自治」に期待することなど、メッセージをお寄せ下さい。
* ご欠席の方も、ぜひ本会へメッセージだけでもお寄せ下さい。







*できましたら、FAXまたは電子メールにてご返信下さい。
返信先 藤原書店 担当・藤原大亮(不在時 担当・西)
電話03-5272-0301/FAX03-5272-0450/ E-mail info@fujiwara-shoten.co.jp

ゆいまーる「琉球の自治」第3回(於・伊江島)のご案内

ゆいまーる「琉球の自治」第3回(於・伊江島)のご案内

ゆいまーる「琉球の自治」
――第3回 於・伊江島――

ご案内
 御清栄にてお過ごしのことと存じます。
 早速ですが、昨年3月には久高島にて、11月に奄美大島宇検村平田にて開催された会合に続いて、第3回「ゆいまーる・琉球の『自治』」を下記の要領にて開催致したく、ここに御案内申し上げます。

本会の趣旨につきましては、別紙「趣意書」をご覧下さい。あまり堅苦しい会ではなく、まずはお互いの交流のために集い、琉球の現状と今後について車座で率直に語らう会にしたいと考えております。万障お繰り合わせの上、ぜひご参集下さい。

 準備の都合上、ご出欠を別紙にて3月3日(月)までに、藤原書店宛(担当・藤原大亮)にお知らせいただければ幸いです。ご不明な点につきましてはお問い合わせ下さい。
 何卒よろしくお願い申し上げます。

            松島泰勝
藤原書店 店主 藤原良雄


■集合
 日時:2008年3月15日(土)16:00
 場所:伊江島「はにくすに」郷土資料館(伊江港ターミナル)
TEL: 0980-49-2906

*集合後、ガイド付バスを貸し切り、島内を見学する予定です(ガイド代約1,500円程度の予定。但し参加人数によって変動あり)。

■日程
□3月15日(土) 16:00~ 第Ⅰ部「伊江島の歴史を学ぶ」

*伊江島「はにくすに」郷土資料館に16:00に集合し、バスで島内を見学しながら村の歴史、

文化を地元の方から学ぶ。夜19:00より、寿司屋「やまちゃん鮨」(沖縄県国頭郡伊江村字川平136-4 電話0980-49-5325/但し参加人数によっては会場変更の可能性あり)にて懇親会。

□3月16日(日) 9:00~(終日)第Ⅱ部「伊江島から琉球の自治を考える」

*9:00より「伊江島から琉球の自治を考える」を開催。伊江島の歴史や現状を踏まえ、伊江島の自治のあるべき姿について各位より発表。

島外の各位からも各島々の現状や未来について報告。そして「琉球の自治」をめぐり議論。夜、「わびあいの里」にて懇親会。

□3月17日(月)午前中 解散式

*前日までの議論を踏まえ、今後の会のあり方、次回の開催要領について相談。NPO法人ゆいまーる「琉球の自治」の会としてのあり方について意見交換。

■会場(3月16日本会の会場)
 「伊江島・わびあいの里」
〒905-0502 沖縄県国頭郡伊江村字東江前2300-4 ℡0980-49-3047/Fax0980-49-5834
http://www3.ocn.ne.jp/~wabiai/

■宿泊
□3月15日(土) *各自で直接宿泊予約をし、予約内容をお知らせ下さい。
・「IE ISLAND」(ビジネスホテル)TEL098-49-2569
1泊5,500円程度

・「土の宿」(素泊まりのみ)TEL0980-49-2473
1泊1,500円

□3月16日(日) *宿泊希望の方は、その旨、参加申込時に藤原書店宛にお知らせ下さい。

・伊江島・「わびあいの里」宿泊所
*わびあいの里から離れており、バンでの送迎となります。
1泊約5,000円

■その他
*全日程のご参加が不可能な場合でも、可能な時間帯のみでもぜひご参加下さい(時間的制約が生じた場合、会のプログラムは適宜変更します)。

*当日の議論を刊行物として発表する可能性があります(形態未定)。
*交通費、宿泊費、食費は自己負担でお願いします。

*懇親会費(3/15夜および3/16夜)の費用は実費を当日徴収させていただきます。
*タオル類・洗面用具類はご持参下さい。

*沖縄本島本部港・伊江島間のフェリーの時刻表は以下の通りです。
所用時間は約30分。乗船手続きは出航の30分前にお願いします。

本部港発(伊江島行き) 9:00/11:00/15:00/17:00
伊江島発(本部港行き) 8:00/10:00/13:00/16:00


■「NPO法人ゆいまーる琉球の自治」については、下記のサイトもご覧下さい。
http://ryukyujichi.blog123.fc2.com/

パラオのゆいまーる

パラオは人口約2万人の独立国家です。経済成長をするために独立したのではありません。自分たちの文化、自然、生活スタイルを守るために独立したと考えます。

パラオでも琉球と同じく、ゆいまーるがみられ、生活にとって欠かせないものになっています。パラオのゆいまーるから琉球人が学ぶべきことも多くあります。

小論「パラオのゆいまーる」という文章が1999年8月26日の『沖縄タイムス』に掲載されましたので、ご紹介します。


パラオでも沖縄と同じように住民の相互扶助が根強く存在している。相互扶助は、パラオでは一般に「シュウカン(習慣)」と呼ばれている。

女性にとって人生最大のイベントは第一子のお披露目である。第一子出産をもって夫婦の結婚は初めて人々から正式に認知され、新妻となる。

夫方の親族からは石貨幣、亀甲細工などの伝統的貨幣とともに米ドルが贈られる。そのほかの親族や友人からも祝儀が渡され、新夫婦はそれを新生活のための資金とする。

第一子を生んだ直後、新妻は約2メートル四方の小部屋の中で薬草を混ぜた熱湯を体にかける行事を数日にわたって行う。産後の女性の体を丈夫にするためだ。

この行事は新妻の属するファミリーのランクが高ければ高いほど、じっくりと十日間ほどかけて行なわれる。

これが終わると、親類や友達が集まる中、ターメリック(うこん)を油に混ぜて全身に塗り、腰蓑や頭飾りを付けた新妻の登場だ。

この腰蓑などの色や形も、やはりその新妻が属するファミリーにより異なる。ファミリーごとに継承されている独特のデザインがあるのだ。

軽やかな音楽が流れる中、女性は右手の指を真っ直ぐ天に向け、左手で右手のひじを支えるという姿勢で腰を振りながら踊り続ける。

そのうちに女性たちが新妻の周りで1ドル札を両手に振りながら踊り始め、新妻の体に貼り付けたり、前に置かれたかごにいれたりする。

そのパラオ人が最も重視しているのが、オラオールと呼ばれる相互扶助だ。家、事務所などの建設で多額の資金が必要なときに親類、友達を家に招き食事をふるまい、お金を頂くという行事である。

その時の金額と名前は必ず書きとめておき、自分がオラオールに招かれた際にはその相当分を支払う。そして近い親族ほど、多く支払わなくてはならない。

十行近い銀行があるものの、オラオールを通じて資金を集め、人間関係を強化しようとする人が多い。

週末はシュウカンで忙しいというパラオ人は珍しくなく、その度にお金が必要になって困るという声も聞くが、島社会の強い人間関係を楽しんでいるようである。

グアムの台風

私は1997年から2000年まで、グアムに2年間、パラオに1年間住んでいました。1999年に沖縄タイムスの唐獅子というコラムに連載した小論を掲載したいと思います。

グアム、パラオでの生活、調査研究、その後の調査を踏まえて書いたのが『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』(早稲田大学出版部)です。

琉球とミクロネシアとは政治経済、歴史、軍事、基地、戦争、開発等の多くの点で共通性をもっており、互いに学び、協力することができる島嶼同士だと思います。

本NPOも琉球の島々と太平洋諸島の人々との交流も考えた活動を行っていきたいと考えています。


『沖縄タイムス』1999年9月23日

 日本に来襲する台風の多くはミクロネシアのポンペーイ島付近で誕生し、グアム、琉球列島を北上するといわれている。パラオは台風の通路からはずれているためにほとんど台風がこない。

私はグアムに住んでいた時に、史上最大規模といわれる台風に遭遇した。それは1997年の12月中旬であり、最大瞬間風速が104メートル/秒であった。

石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島で多くの台風を経験したことのある私だが、グアムの台風には度肝を抜かれた。

 当時13階建てのアパートの9階に住んでいたのだが、強風は建物全体を揺らし、窓ガラスは膨張し、アルミサッシの隙間から雨水が吹き上げるように流れ込み、絨毯の殆どが水浸しとなった。

夜の7時頃から朝方まで部屋が揺れ続け、いつ窓ガラスが割れてもおかしくない状況が続いた。この世の物とも思われない風の音でまるでホラー映画のような一夜を過ごしたのであった。

 超大型の台風が来ると聞いて沖縄に電話した。沖縄気象台で働いていた父親のアドバイスと、母親の励ましの言葉を聞くことができ、不安な状況の中で心に大きな支えを得た。

 朝になり廊下にでてみて更に驚いた。駐車場にあった数十台の車がひっくり返り、互いに重なっていた。大型アンテナ2台は跡形もなく、ゴルフ練習場の網も吹き飛んでいた。

同じアパートの住人に話を聞くと、多くの部屋で窓ガラスが割れ、怪我をした方も何人かいた。さらに、強風が海側の窓ガラスを割り、部屋の壁を突き破り、廊下側の窓ガラスを突き破ったケースもあった。

街に出ると椰子の木や電信柱が倒れ、トタン屋根の民家が崩壊していた。また、殆どのホテルでガラスが割れたり、絨毯が水浸しにとなったり、中には営業停止に追い込まれたホテルもあった。

台風の後、約1ヶ月間、停電、断水が続いた。 大災害により不自由な生活を余儀なくされたが、グアム住民、近隣諸国の人々の協力により現在では大災害の跡形もない。 

あまみ庵の森本さんにつきまして

2年前、奄美大島に行った際、初めてあまみ庵の森本さんにお会いしました。森本さんには奄美諸島を理解する上において非常に重要な多くの方を紹介して下さりました。

また昨年の海洋実習のときには、店頭にて奄美諸島の歴史と文化についてお話をして下さりました。また、島のカーサムーチーを学生たちに与えて下さいました。心よりお礼申し上げます。

森本さんとお酒を飲んだ際には、奄美諸島と沖縄諸島・八重山諸島との違い、奄美の独立、そして、おがみ山を中心とする名瀬市街地の開発反対等、多くのことをお話下さいました。

また森本さんが尊敬される親里さんにもご紹介くださいました。親里さんには、ご自宅において、島尾敏雄の問題性、島の研究の在り方、経済学の問題性等、多くを教えて下さいました。

あまみ庵に行くと、心が豊になるのは、奄美諸島関連の著作が非常にたくさんあることです。その一つ一つについて森本さんがご紹介して下さいます。

森本さんは島尾敏雄の「ヤポネシア論」を批判する論考を書かれています。外から奄美諸島を規定し、認識し、支配する動き、考え方に対して鋭く批判されています。

島尾批判は南琉球ではあまり聞かれないことですので、非常に新鮮であり、一つの考え方を絶対化しないものの見方を学んだ気がしました。

あまみ庵につきましては、本ブログでもリンクしておりますので、ご覧ください。あまみ庵の「店頭から」において、名瀬市街地の再開発事業についての記述があり次に転載させていただきたいと思います。

本当に開発が島の人間にとって必要なのか。財政、自然、生活、生き方において、大規模開発が島社会に与える問題性を指摘していると思います。

島の人間自身が声を上げないと、島は他者のための場所になってしまうでしょう。島は面積が狭いので、開発の影響は大きな範囲に及び、取り返しがつなかくなります。





鹿児島にいってきた
第5回「奄美のまちづくり検討委員会」の傍聴のため

「全線トンネル」提案へ
拝み山バイパスルート変更
名瀬港整備 一期工事は推進
地元の想定路線に帰結
(以上、南海日日新聞の見出しから)

各事業は『実施すべき』
拝み山バイパス 自然配慮した全線トンネルで
(以上、奄美新聞の見出しから)

拝み山トンネルの事業費、160億円
名瀬港整備費、、30億円
計190億円

これに、末広港区画整理事業(100億円)を加算すると
約300億円の「みなとまちづくり事業」である

① 財政破綻寸前の奄美市・鹿児島県・日本国の将来ビジョン
② 各事業の費用対効果と整合性

③ 計画に対する地域住民の合意形成
④ 世界的環境面からの配慮の欠如
 等々

矛盾だらけの「事業のための事業」が
こうしてまたもや実施されていくのだが
その責任はだれがとるのだろうか?

その解答は地球の環境問題などと根が同じだろう
結局は、やはりわれわれ自身にある
オカミになにをやられても声をださ(せ)ない
環境と資源の浪費に四六時中どっぷり浸かって
うたたねを繰り返している
われわれ自身に!


夜ネヤ、島ンチュ、リスペクチュッ!! in 東京のご紹介

あまみエフエムディ!の開局1周年事業である、「夜ネヤ、島ンチュ、リスペクチュッ!! in 東京」というコンサートと、エフエムを主宰されている麓憲吾さんをご紹介します。

麓さんには昨年、何度か学生と一緒に、または宇検村での「ゆいまーるの集い」でお会いしました。奄美の文化による島おこしを実践されている30代の方です。

奄美諸島に対する非常に熱い思いと、島を自分たちの力で元気にしたいという情熱と行動力に感動しました。

学生たちも何度も足を運び、麓さんのお話を伺っていました。それだけ若い世代に大きな影響力を与える力があるといえます。

宇検村平田での「ゆいまーるの集い」でも、これまでの麓さんの歩みについて話して下さいました。長年、奄美で環境運動をされている薗博明さんも、麓さんの話を聞いて、「今日は集いに来たかいがあった」と仰ってくださいました。

あまみエフエムのサイトはこのブログでもリンクをしていますのでご覧ください。このページの一番最後に張り付けてあるのは、エフエムの番組の一部プログラムです。私も昨年、学生とともにエフエムに出させていただきましたが、島にこだわった番組づくりになっています。

島の文化や歴史、言葉、生活情報等、島で生活するには欠かせない存在になっていると思います。ラジオの運営はNPO法人が行い、経済基盤は、このラジオに賛同する方々からの会費によっています。住民参加型の島ラジオといえるでしょう。 

宇検村での集いが終わり、麓さんと偶然に東京に向かう同じ飛行機に乗りました。東京で今日ご紹介するイベントを開催する準備にいかれるとのことでした。

同イベントの出演歌手の中に、中村瑞希さんがいらっしゃいます。

昨年の大学の海洋実習の際、実習船に中村さんをお招きして、島唄を皆でお聞きしました。全国民謡大会で優勝した実力をもっており、プロへのお誘いもあったそうですが、奄美で働き、生活しながら、島唄をうたうという選択をした方です。

島への深い思いが、中村さんの島唄から、その表情から伺うことが出来ました。





■日時
平成20年4月13日(日)

■開場16時 開演17時

■会場
全労済ホール/スペース・ゼロ(東京・新宿)
■料金 4,500円(税込)
オールスタンディング

出演者
サーモン&ガーリック
ピンポンズ

中村瑞希
吉原まりか

牧岡奈美
前山真吾

松元良作
山元俊治
and more!!

チケット申し込み先

お問い合わせ
アーマイナープロジェクト
TEL 0997-53-2202

チケットはこちらからもご購入できます
電子チケットぴあ 0570-02-9999
スペース・ゼロチケットデスク スペース・ゼロチケットデスク




夕方フレンド&サウンドゥシー出演者のお知らせ
夕方フレンド
2/18 サッカーチーム DIVERTENTE(ディベルテンテ)
   (南海日日旗争奪 奄美大島サッカー選手権大会 連覇優勝)
2/19 俵 淳子さん(屋仁川保健室 メタボバスター)
2/20 永井弓子さん・迫田拓さん
   (環境省・アクティブレンジャー)
2/21 関 真人さん(日本舞踊まこと会 会主・○組出演)
2/22 管 洋志さん(写真家)
2/23 徳 あおいさん(名瀬出身のクラシックピアニスト)
2/24 皆吉 恵理子さん(現在、北海道在住の唄者)

学生の卒業論文とゼミナール論文に関してのお礼

私が現在在籍している東海大学海洋学部海洋文明学科の4年生による、卒業論文、ゼミナール論文の提出が終わりました。

私の研究室には7人の卒業研究学生と、15人のゼミナール論文学生が研究しておりました。
卒業研究としては、

奄美諸島の大島紬の現状と再生のための提案、高校生の視点から考えた奄美諸島の島おこし、奄美大島における環境問題と共生の可能性、奄美諸島におけるオニヒトデ産業化の可能性、

石垣島白保における環境保全と地域おこし、バヌアツの人がなぜ世界で一番幸福とされているか、ハワイ、八丈島、北海道を対象にした地域おこしイベントの比較等についての論文が提出され、大学内において発表会が行われました。

学生たちは全員、フィールドワークを行い、地元の方からお話をうかがい、自分の目と耳と肌で島の現状を把握し、考えてきました。そして、私の研究室で学生同士、私を含めた議論を行い、中には研究室で寝泊りして論文を書いている学生も何人かいました。

琉球についてゼミナール論文を書いた学生もおり、竹富島の島おこし運動、奄美諸島の開発と環境問題、沖縄島の食文化、沖縄島の基地経済、沖縄県の経済等がテーマでした。

学生達が琉球の島々において調査活動をした際には皆様から大変なお世話を受け、担当教員として心より感謝申し上げます。御蔭さまで卒業論文、ゼミナール論文を完成させることができました。

学生たちはこれから就職し社会に出ていきますが、皆様との出会い、学んだことは一生忘れないでしょうし、また、島に帰ってくると思います。

貴重なお時間をいただき、恐縮しておりますが、学生は皆様から人生を生きる上での勇気と、知恵をも頂戴したように思います。

特に奄美諸島を研究対象にした学生はみな、奄美諸島の自然や文化の素晴らしさ、人の優しさ、島おこしをされている方の熱意等について目を輝かせて私たちに語ってくれました。中には将来、奄美大島に移住したいという学生もおります。

2007年から毎年、海洋文明学科の学生は海洋実習という授業で、大学の船にのって奄美大島に行かせていただいております。そして島の方々から多くのことを学ばせていただいています。

今年1月の南海日日新聞には、久岡さんのご厚意で、現在3年生4人の文章を掲載させていただきました。心よりお礼申し上げます。

これからも島や住民の方に親しみ、生きる姿から学ばせていただきたいと思います。

「豊かな自然を守ろう!」高校生呼びかけ“島人向け”観光ツアー

本年1月1日の『八重山毎日新聞』に「「自然を守ろう!」高校生呼びかけ“島人向け”観光ツアー」という記事が掲載されていましたので、ご紹介します。

島人が自らの島の現状を学ぶための観光ツアーを高校生が企画したという内容の記事です。若い人が島の現状を心配し、自らも行動しており、石垣島の自治の可能性を感じることができます。




「島の現状 分かってほしい」開発と景観問題を提起


「生物は人の声や足音にも逃げてしまうので、あまり大声を出さないでください」。名蔵アンパルでガイド役が注意を促す。ツアー参加者20人がゆっくりと干潟に足を踏み入れていく。立ち止まって足踏みをすると、液状化現状のように水がわき出し、足が砂に埋まっていく。

「同じところを踏み続けると、底なし沼のように足が埋まっていく。これが湿地帯の特徴です」とガイド。「しゃがんでじっとしていてください」と言ってしばらくすると、カニが砂の中から出てきて動きだした―。

八重山商工高校観光コースの3年生15人が昨年12月9日、「第1回島人向け観光ツアー〜島の魅力再発見!見つめよう島の未来〜」を実施した。単に自然や文化など島の魅力だけを紹介する観光客向けのツアーではない。

自然環境や景観の問題にも目を向けてもらおうという内容だ。観光コース長の張本直子教諭は「3年生の集大成として毎年実施していきたい」と話す。生徒も参加者も、観光の土台となっている島の財産を考える良い機会となりそうだ。
 
■きっかけ
 ツアーを企画するきっかけになったのは丹生谷千歳さん(3年)が2年のときの作文「島人向け観光ツアー」(第2回おきなわの観光意見発表コンクール最優秀賞)。

 父親が西表出身の丹生谷さんは大阪から単身、八重山商工に入学してきた。幼いころから学んできた琉球舞踊をはぐくんだ土地でもっと深く勉強したいとの思いからだ。

観光コースで勉強するうち、島の人たちが島の魅力を知らない部分があるのではないか、そんな思いが作文につながった。

 同年の生徒たちが、賞を構想で終わらせず、実践してみようとツアーを企画。ツアーには定員20人枠に75人の応募があった。

■知らない場所
 コースは新空港建設地のカラ岳、伊原間牧場、仲間満慶の墓、川平石崎、アンパル、バンナ展望台。車中から野底マーペー、米原リゾート計画地、吉原マンション計画地、元名蔵宅地開発予定地も見て回り、生徒たちが事前学習した成果をガイドという形で表した。

 伊原間牧場はほとんどの参加者が初めてで「どこに許可を得ればいいのか」との質問が出たほど。川平石崎、アンパルも初めて訪れる人が多く、50代の女性は「石垣島に長年住んでいるが、見る機会がなかった。

初めての場所が多くて、恥ずかしいくらい知らなかった」と話した。
 同牧場でガイドをした名嘉舞さんは「伊原間牧場は自然にあふれ、ここから見渡す海の景色はとても素晴らしい。

平久保牧場も含め、この豊かな自然に手を加えることは八重山の大切な財産を失うことになる。私はこの自然を守っていきたい」と思いを込めた。

■「考えさせられた」
 参加した30代の女性は「観光コースでよく勉強しているなと思った。心に残るツアーだった。島の魅力を再認識することができ、環境問題についても考えさせられる良い機会になった」とツアーを評価し、「この子たちが成長して石垣島を背負うようになってほしい」と島の若者に期待を寄せた。

 その高校生たちも「これまでうわべだけ見ていたが、ツアーの企画を通して裏側までみることができた。見えるところは栄えているかもしれないが、10年後、20年後、知らないところで自然環境がなくなるのではないかと怖い面もある」。

小室弾さんは島の現状に敏感になったという。

 「この島のすごいところをアピールしたいと」と思って観光コースを選んだ東内原真子さんは「良い面も悪い面もみえてきた。ツアーを通して島の現状をみんなにわかってほしいという気持ちになった」と言い、自ら島の未来を考える島民会議に参加して関心を持ち続けている。

■問題提起
 「展望台から見える風景はきれいですね。でも、この展望台はぜんぜん風景とマッチしてないと思いませんか。『展望台は目立ってはいけない、自己主張をしてはいけない』という約束事を忘れている。隣にある赤瓦の展望台とどちらが石垣島っぽいですか」。

 最後のコースとなったバンナ岳展望台では、こんな問いかけから始まった。たしかに朱色と青でごつごつした、いかにも人工物といった感じで、柔らかな印象を与える隣の古い赤瓦の展望台とは対照的だ。ガイドの崎枝玲奈さんが続けた。

 「ホテル、マンションやアパートの建築ラッシュ。市街地から出ると海岸近くまで住宅やホテルが建ち、木が切り倒され、島はますます殺風景になっています。皆さんの目に映るこの石垣島は発展に向かっているのか、それとも危機にさらされているのでしょうか」

■観光を担う人材
 崎枝さんは「この手作りツアーを島人が主体となった島の将来を描く第1歩にしたいと思います」と締めくくった。これはツアーを企画したみんなの思い。

 この春、観光コースは初めて卒業生を送り出す。1期生15人。帰りのバスでお礼のあいさつをした丹生谷さんはこんな決意を披露してくれた。

 「私たちはもうすぐ卒業で島を離れる人が多いが、離れても島の魅力を誇りに思い都会で頑張っていきたい。1度、島を離れ、視野を広げ、勉強し、経験を積み、いずれは島に戻って観光業に貢献したいと考えています。そして、いつまでも魅力があり続けるように守っていきたいと思っています」。

まず「吉原のマンション」に重点 「島の未来・島民会議」が発足

昨年8月5日の『八重山毎日新聞』に「まず「吉原のマンション」に重点 「島の未来・島民会議」が発足」と題する記事が掲載されていましたので、ご紹介します。

吉原のマンション計画、米原のリゾート計画については島民会議のメンバーが中心になって訴訟も行われています。島の新旧住民がメンバーとなっている島民会議の中心的な役割を果たしているのが新垣さんです。

新垣さんは、「島そば一番」という、添加物を含まない本来の八重山そばの麺をつくり、そばも食べさせてくれる食堂を経営しています。東京に住んでいるころにも、石垣島の環境を守る運動をされていました。

黒川先生は、東北大学を退職された先生で、生まれ故郷の島に帰り、島の変貌に驚き、地域の公民館を拠点にして、住民とともに海岸の清掃活動等をされてきました。いつも励まされてきました。

私も賛助会員にならせていただきました。ご関心がおありの方は、新垣さんまでご連絡ください。




島の自然景観守る運動展開へ多くの市民に参加呼び掛け

「緊急、島の未来シンポジウム実行委員会」は4日、「島の未来を考える島民会議」を結成した。石垣市健康福祉センターで開いた結成集会に約50人の市民が参加、市民の側から石垣市の風景づくり条例や風景計画の実効性を担保する活動に取り組む方針を確認した。

当面は、吉原地区の7階建てマンション計画を、風景計画に適合させる運動に取り組むことにしている。実行委共同代表の1人、新垣重雄氏は「きょうの集会で島民会議がスタートする。多くの市民に会員になってもらいたい」と呼びかけた。

島民会議はシンポ実行委を発展解消して発足。実行委員24人以外の市民を幅広く網らし、住民運動として継続的に取り組む組織となる。

主催者を代表してあいさつした実行委の黒川洋一氏は「ここ1、2年の島の変わりようは激しく、これでいいのか疑問だ。誰かが声を上げなければならない」と強調した。

承認された会則では▽島の豊かな自然や美しい景観を守り、育て、伝えるための活動▽島の未来像を模索し、その実現を目指す活動―に取り組むことになり、具体的には法的拘束力のない風景づくり条例・風景計画の実効性を確保するための活動を行う。

 当面、重点的に取り組むことを決めた吉原地区のマンション計画は、市の風景計画では海岸から100メートル以内の「サンゴの海浜地区」に入っており、高さは原則7メートル以内が基準となっている。

川上博久吉原公民館長は「マンションは高さ25メートルで条例に違反するが、建築基準法では合法。これを通すと条例(計画)が守れなくなり、形骸(けいがい)化する」と訴えた。

 このほか、集まった市民からは小中高生による島の未来を考える意見発表大会、講演活動などが提起され、「島の未来を考えるヒントを与えてくれるのではないか」「自分たちで決めたルールを守る市民の意識を高める必要がある」といった意見が出た。

結成集会では会則と活動方針のみを確認。役員や予算、事業計画については9月に開く総会で決めることになった。会費は会員・賛助会員が2000円、団体会員5000円となっているが、高校生以下は免除される。

 申し込み・問い合わせは事務局(新垣重雄さん090-8839-3745)

市民網らし、新たな組織に「緊急、島の未来シンポ」

昨年7月22日の八重山毎日新聞に「市民網らし、新たな組織に「緊急、島の未来シンポ」と
題する記事が掲載されましたので、ご紹介します。

石垣島の各村や新旧住民の境を越えて、島の未来について本音で考え行動する組織が住民自身の手でつくられました。高齢者から若者を含めて、島を愛する住民が協力して、住みよい島をつくり始めたといえます。




「緊急、島の未来シンポジウム」(6月24日)を開催した同実行委員会はシンポの成果を今後の活動に反映させようと21日、島の未来懇談会を文化会館で開催した。

同実行委を発展解消し、広く一般市民を網らした組織づくりを進めていくことを確認、新たな組織として「島の未来を考える島民会議」(案)を提案した。

当面の活動として、吉原地区で計画されている7階建てマンション計画について風景計画に適合する取り組みを展開する予定だ。

懇談会には約30人が参加、シンポで行ったアンケート結果を報告したあと意見交換した。入島税の導入を求める意見や農地転用が開発を促進しているとの批判があった。吉原地区のマンション計画については「これを認めると風景条例が骨抜きになる」と懸念が示された。

 同実行委は当面の行動としてマンション計画について意見表明や公開質問などを通して、風景計画や風景づくり条例に適合するよう取り組んでいくことにしている。

今後の組織について共同代表の1人、新垣重雄氏は「島の豊かさとは何か。島の未来について提案し、行動する組織としたい」と説明。若い世代も対象に広く市民が参加できるような組織を目指す。

 島の未来というテーマが広範囲に及ぶため、新垣氏は「まちづくりについて問題ごとにワークショップをつくって議論し、それから全体として議論できるような形にしたい」と述べ、専門部会を設けて議論していく考えを示した。

三木健さんによる『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』の書評

本日の『琉球新報』に三木健さんによる、拙書『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年の書評が掲載されましたので、ご紹介します。

三木さんが琉球新報で働いておられた頃から、八重山諸島、太平洋諸島について色々と学び、励まされてきました。特に昨年、石垣島で行われたシンポジウムでは大変お世話になりました。

石垣島の先輩にこのような書評を書いて頂き、うれしく、感謝申し上げます。





本書は島嶼経済論を専攻する著者が、ミクロネシアの歴史や直面する課題について、まとめたものだ。といっても通り一遍の歴史書でも経済論でもない。

サブタイトルにあるように、太平洋に散在する小さな島々が大国の支配と抑圧に抗して、自立への挑戦をしてきた姿を浮き彫りにしたものである。

 先に『琉球の「自治」』で、沖縄の自立を論じた著者ならではの問題意識に貫かれた著作である。

本書を読んで、あらためてミクロネシアと沖縄が、植民地、戦場、米軍統治、軍事支配という歴史を共有しているのみならず、今日直面している軍事基地や援助依存経済からの脱却、つまり自立や独立といった共通の課題を抱えていることを知らされる。

 本書は1章・「ミクロネシア」の誕生、2章・日本統治下のミクロネシア、3章・鉄の暴風が吹き荒れた島々、4章・戦後ミクロネシアとアメリカ・日本、5章・独立後のミクロネシア、6章・グローバリズムのなかのミクロネシアの6章から成る。

いずれの章にもグアムやパラオで3年間生活し、島人と接した体験と、沖縄で生を受けた経済学者としての視点がある。

 かつて私もこれらの島々を取材したことがあるが、問題の本質は前も今も変わってはいない。

この時の取材経験から、沖縄も文化的には太平洋文化圏の一つではないか、として沖縄を「オキネシア」と呼んだことがあるが、本書を読むと島々の課題の共通性に、今更ながら気づかされる。

とりわけ太平洋を「アメリカの湖」とする米国の軍事支配と、援助によるくびきは依然として変わらない。

 しかし、独立を遂げたパラオのように、大国・アメリカの圧力をはね返して「非核憲法」を制定したり、パラオ人企業を保護し、外国人による土地所有を禁じたりと、島人の意識は変わりつつある。

著者はこれを「小国が世界経済のなかで生きていくための方法」ととらえ、独自の市民社会を基盤にした内発的発展に、問題解決の道を求めている。

こうしたミクロネシアの生き方は成功や失敗も含めて、沖縄の私たちが学ばなければならないことである。本書はその最も良き手引となろう。

「自然や景観が心配」85% 島の未来シンポアンケート結果

昨年7月10日の『八重山毎日新聞』に「自然や景観が心配」85% 島の未来シンポアンケート結果」と題する記事が掲載されていましたので、ご紹介します。

開発に危機感もち、自らの手で島を守りたいと考えている人が多くいることがわかります。このような住民の危機感を行政が真摯に聞いて、ともに島づくりを進めていくことが求められているように思います。




93%が開発に危機感

6月24日の「緊急、島の未来シンポジウム」を開催した実行委員会は9日までに、来場者を対象に行ったアンケート結果をまとめた。

 島の現状について70%が「問題が多い」と感じ、85%が島の自然や景観について「変わりすぎてとても心配」と回答した。

 回答者数は89人で、来場者の40%前後。内訳は地元43人、本土31人。アンケートは質問8項目について4択から選ぶ方式で行った。

観光客が増えている現状には52%が「今の程度でよい」と現状維持を望んだ。「もっと増えてよい」が7%に対し「減ってほしい」と思っている人が33%もいた。

移住者の増加についても55%が「好ましいとは思わない」と回答した。

 島の自然や景観を守る活動について「積極的に参加したい」「たまには参加したい」を合わせると94%と高くなった。

 リゾート開発計画については「ある程度規制すべき」35%、「これ以上の開発は反対」63%、大規模宅地造成計画でも「自然や景観を壊すなら反対」93%と高くなるなど、開発に危機感を感じてシンポに参加した実態が浮き彫りとなった。

「島の自然景観守れ」「条例を生かすのは私たち」島の未来シンポ準備委

2007年3月25日の八重山毎日新聞に「「島の自然景観守れ」「条例を生かすのは私たち」島の未来シンポ準備委」と題する記事が掲載されていましたので、ご紹介します。

地域をつくるのは、優遇制度や補助金ではなく、一人ひとりの人間の自覚と行動だと思います。私の生まれ島である、石垣島では、いまの危機的状況に対して住民が声をあげ、仲間とともんに地域を自らの手でつくりあげようとしていると思います。





住民運動呼びかけ

本土資本などの開発に危機感を抱く市民有志で組織する「島の未来シンポ準備委員会」(新垣重雄共同代表)は24日夜、緊急市民集会を国際サンゴ礁研究・モニタリングセンターで開いた。

「このままでは島が危ない」―。現行の法規制では乱開発抑制の手立てにならないとして、住民運動で島を守ろうと立ち上がったもの。

集会には70人余の市民が参加、「風景づくり条例に魂を入れるのは住民運動だ」「条例を生かすのは私たち」「法は許しても私が許さない信念が大事だ」「島人が声を大にして訴えよう」などと意見をぶつけた。

会場には集まった市民は地元民、移住者が半々。新垣代表は「地元住民と移住者の協働」を提唱、6月に予定している大規模なシンポジウムに向けて幅広い参集を促した。

 集会ではまず、準備委員会を代表して元村伝さん(32)が「開発の波を憂えているが、どう行動したらいいか分からず、共に作り上げていきたい」と呼びかけた。

 米原、元名蔵、吉原の開発計画の説明のあと、意見交換が行われ、次々と意見が出た。準備委の1人、比嘉晶子さん(34)は「私は内地嫁だが、この島はふるさと。何かせずにはいられない。法は許しても私が許さないという信念が大事。それが対抗する力になる」と声を震わせた。

 廃油ボールの回収ボランティアを通して「回収の現場には地元の方がいなかった。妙な構図を感じて参加するようになった」という男性は「島の人間としてまずいと思ってこの場に参加した」。

別の女性は「本土の人が多くなって住みづらくなっている。島の人が声を大にして言わないと」と声を張り上げた。

 明石から駆けつけた男性も「心も土地も売ってはいけないとずっと思っていた。これ以上、自然がなくなったら誰も来ないし、住んでいる人も誇りを失う」と静かに語りかけた。

市議会から大石行英、宮良操、中山義隆の3氏が出席し、「風景づくり条例を生かすも殺すも市民の取り組みだ。

住民運動が条例に魂を入れるものになる」(宮良氏)など市民運動の重要性を強調した。

島の未来シンポジウム〜どうする!島の景観・自然、どうなる!島人の心と文化

昨年6月25日の『八重山毎日新聞』に「島の未来シンポジウム〜どうする!島の景観・自然、どうなる!島人の心と文化」が掲載されましたので、ご紹介します。

私も講演、パネラーとして参加しましたが、7時間近くにも及ぶ、島の現状を問い、解決策を見出そうとする真剣なシンポジウムでした。このブログでもご案内しましたように、実行委員会のメンバーは現在も会報発行、集い、裁判闘争等を行っております。





大型開発の情報公開も求める

「緊急、島の未来シンポジウム〜どうする!島の景観・自然、どうなる!島人の心と文化〜」(同実行委員会主催)が24日、市民会館中ホールで開かれ、講演やパネルディスカッションを通して石垣島の現状をさまざまな角度から検証、島の未来はどうあるべきか模索した。

島の未来を考え行動する共通の指標として、島の豊かな自然や美しい景観を「守ること」「育てること」「伝えること」を内容とする「島の未来シンポジウム宣言」を行った。

コーディネーターを務めた三木健氏は「市民1人ひとりが何ができるかを問うことになる」と指摘した。

 変わりゆく島の自然や景観を憂慮する市民有志が、島の人たちが主体となって島の将来を描く1歩にしようという実行委員会を組織して企画し、会場いっぱいの市民が集まった。

島嶼経済の視点から「石垣島の暮らしと未来」について講演した松島泰勝氏(東海大准教授)は閉鎖空間の島は無限成長はないと指摘、持続可能な発展の方法として▽開発規制地域の設定と入域制限の期間や人数の制限▽島独自の環境アセスの実施▽入島税による環境保全活動―などを提起した。

 パネルディスカッションでは三木氏を司会、松島氏をアドバイザーに7人のパネリストが観光ブーム、「ミニバブル」、まちづくり、まちづくりの主体について意見を交わし、島の人たちと移住者の協働によるまちづくりを確認した。

 シンポ冒頭の基調報告で田島信洋共同代表はさまざまな人が住む石垣島の“合衆国”ぶりを引き合いに「島の風土を失いつつあるこの島は島人らしさという共通の理念を持ち得ないまま漂流していく可能性がある。

島の現在と未来に対し責任を共有することが島人の条件ではないか」と問いかけた。

最後に行ったシンポ宣言は「これ以上バブルを膨らませずスローダウンさせ、島を崩壊から守るべきだ」と指摘。

「行政に対しては、懸念されるような景観・自然の破壊や大型開発の情報を速やかに私たち市民へ公開するよう強く求めていく」とするなど、オンブズマン的な役割も果たす内容を盛り込んだ。

やっちゃば前田さんのブログより

昨日の続きで、やっちゃばの前田さんがブログに、昨年、実施された奄美大島宇検村平田での「ゆいまーるの集い」について書かれていますので、引用させていただきます。

前田さんについては、あまみFMの麓さんとともに、高成田さんが朝日新聞のコラムでご紹介されています。




2007年11月19日
ゆいまーる琉球の自治・奄美大島宇検村平田集落

 11月18日(日曜)

 沖縄出身の経済学者・松島泰勝先生が地域の自然、文化を生かした地域おこしや自治のあり方を考える「ゆいまーる琉球の自治」の第2回車座集会を、奄美大島の宇検村平田(へだ)集落で開催されました。

 (第1回の車座集会は沖縄・日高島)

 3日間に及ぶ車座集会のうち、私(前田)は18日だけ参加し、奄美の実践者の一人として、奄美にいながら、距離の制約を受けずに島外の人々と交流できるということをお話しました。

 あいにく18日は朝から雨。
 でも、心はワクワクしながら、片道約2時間30分の道のりを車で向かいました。道すがら、人懐っこい松島先生の笑顔を思い出しながら、嬉しい気持ちで「ヘダ」へと向かいました。

 会場は平田公民館。

 藤原書店の藤原良雄社長のコーディネートのもと、松島先生の問題提起から始まり、南方新社の向原祥隆社長さんによる奄美の歴史のレクチャー、その後、私(前田守一)の通信販売、奄美の寅さんこと花井恒三さんの「スロー生活」、薗博明さんの自然への想い、麓憲吾さんのコミュニティFM(あまみエフエム)の事例報告などがありました。

 花井さんが積極的に発言された「別荘、トライアングル観光、世界自然遺産登録」の3つのバブルには身構えなければならないという提言は、興味深かったです。

 ニュースステーションでもおなじみの、朝日新聞の論説委員・高成田享さんも参加され、島おこしに大変興味をもたれたと感想を頂きました。(高成田さんって身長190cmほどある大柄の人だったので、ビックリしました)

 その他にも島外から多くの方々が参加され、いろいろな視点から奄美を考えることができて本当に嬉しかったです。南海日日新聞の久岡さんの「奄美もまだまだやれるじゃないか」という感想も印象的でした。

 さ~、これからも邁進していきましょう。

やっちゃばの前田守一さんのご紹介

前田守一さんは、奄美大島の「やっちゃば」という果物屋さんで、奄美の果物や特産物を販売しているだけなく、インターネットを活用した果物の販売を行っています。

またIT起業塾での人材育成、タンカンの栽培、「奄美王国」というショッピングモールの運営等をされています。島の自治の担い手として南海日日新聞の久岡さんからのご紹介を受けて、学生とともに、お話を伺わせていただきました。

学生も前田さんのお話に食い入るように聞いて、大変、勉強になった、このような人になりたいと言っていました。

さらに前田さんには、本NPOのブログを立ち上げる際にも、専門的なお立場からアドバイスをいただきました。心よりお礼申し上げます。

以下の文章は、前田さんのブログに掲載されています、私に関係することを書いてくださった文章の一部です。

自治に対する強い意志と行動力を伺うことができます。前田さんのような30代で若い世代が真剣に、大胆に島の自治を実践しており、大変、頼もしく思いました。




2007年04月03日
「この4月から行うこと。」

 昨年末、報道などで「奄美市は第二の夕張」等と紹介されました。このニュースは奄美で暮らす人たちの心にも影を落としたように感じています。だからこそ「奄美でもできる」「奄美だからこそできる」心構えで生きたいのです。

 実りのない議論や行動を伴わない着想ではどうにもなりません。依存ではなく、個々の努力で「自立する」精神を訴えたいのです。そのために実証したいのです。

 春の連休は10日ほどの出張。その後は東海大学の松島泰勝先生はじめ学生のみなさんと勉強会があります。内発的発展論を奄美で聴ける事が何よりも楽しみです。

 これからもご期待くださいね。

松島泰勝先生の著作

・琉球の「自治」

・沖縄島嶼経済史―一二世紀から現在まで




2007年06月01日
「東海大学海洋学部のみなさんと。」
 5月31日~6月1日。

 2日間にわたって、東海大学海洋学部海洋文明学科のみなさんとお話をしました。テーマは「奄美の地域おこしとIT」です。

 学生の皆さんは、沖縄出身の松島泰勝先生の指導の下、離島の現状や課題等をいろいろと調査・研究されていました。すごく勉強熱心な学生さんばかりで、私もとても嬉しかったです。

 色鮮やかな奄美の果物にも興味をもたれて、パッションフルーツをお土産になさる方もいて、ほほえましい時を過ごしました。

 松島先生の引率グループは、私のほかに、地元ラジオ局「あまみエフエム」で頑張る麓さん、あまみ庵の森本さん、南海日日新聞の久岡さん等ともお会いし、いろいろなお話をされていました。
 
 若い人たちが奄美を知ってくださること。本当に嬉しいです。今月中旬にも東海大学のみなさんが何人か改めて奄美にいらっしゃるそうですから、奄美すももとの兼ね合いをみて、一度は、お酒を交えて、ざっくばらんにお話したいものです(^○^)

関西沖縄文庫の紹介

関西沖縄文庫を紹介します。大阪の大正区にあります。この文庫を主宰していのが金城馨さんで、本NPO法人の理事をされています。金城さんには2年前にあいましたが、昨年は色々とお世話になりました。

文庫での学習会、コンサート・講演等に参加させていただきました。その過程で大正区に住む琉球人の方々と話す機会をえました。日本で琉球人が生きる意味を考えさせられました。その逞しい生き様から私自身も励まされ、勇気をいただきました。

差別の対象になり続けること、差別をこり超えるための実践、仲間同士の団結、既存の沖縄連帯運動への問い、琉球とは何か、日本とは何か等、多くのことを考えました。

関西沖縄文庫を拠点にして、関西の琉球人が自治の力で差別を考え、差別を乗り越えるための様々な実践をしてきたと思います。

文庫で何回か泊まったことがあります。無数の琉球本、三線等に囲まれ、様々なイベントが行われ、多くの人が集い、議論し、語り、涙した部屋の中で寝ていると、もう一つの琉球の歩みを感じることができました。

琉球の島々だけでなく、この関西の地においても、琉球人は生きてきたし、これからも生きていく。

私も4月から京都で生活をしますが、「関西に生きる琉球人」の一人になることの自覚をもって生きていきます。

以下の文章は、昨年、文庫主宰で行われたコンサート・講演の内容と、文庫ホームページに書かれた『琉球の「自治」』の紹介文です。
 


5.15 イベント「カジ(風)ぬファ(葉)カジ(風)ぬウトゥ(音) シマ(琉球)ぬニィ(根)が語ゆん」

1部 ライブ&トーク:佐渡山 豊(沖縄より来阪) ・ 新垣 優子(国頭出身)
カジ(風)ぬファ(葉)カジ(風)ぬウトゥ(音)

2部 講演会:琉球の「自治」-松島 泰勝<東海大学海洋学部助教授>
琉球ぬニィ(根)が語ゆん- 基地!危地!奇地!で自治がなく



琉球の自立を考える上で、政治的には様々な視点から語られてきたが

経済の自立無くして、琉球の独立、自治はあり得ないと思うし

この著書はまさしく、経済からみた、琉球を考える時に、無くてはならない本と思う。

是非、皆さんの手元に置いてほしい本である!。

京都行動の紹介

昨年の6月8日に、京都行動の方々の招きで京都においてお話をさせていただきました。京都行動とは、2004年9月に辺野古で米軍基地新設の調査が強行されたことを受けて、京都で学生や市民が反対アピールを始めたのをきっかけで立ち上がった市民運動です。

現在は、毎週三条河原町でアピール行動をしたり、イベントを企画したりしながら、ここ京都から米軍基地の問題を考える取り組みを行っています。

講演会の前に3回学習会を開き、琉球やミクロネシアについて学習したうえで、私の講演を聞いてくださいました。真剣に琉球について学び、行動している若い人びとに触れ、幸せでした。

交流会でお話をした後、若い方々が共同で生活をしている寮にいき、議論をした後、泊まらせていただきました。私が泊まった共同使用の部屋では、若い方が毎晩、自由に議論や勉強会を行っているようでした。自治の精神で若者が集い、社会問題を学び、行動しているのです。

私の学生時代を思い出すとともに、若い方々の琉球に対する熱い思いと行動に接することができ、本当にうれしく思いました。

京都行動についてはホームページを参照させていただきました。以下は私の講演会、学習会についての文です。
京都行動のリンクをはりましたので、ご覧ください。




京都行動が主催する講演会アンド学習会のお知らせです。
もう春は過ぎ去りつつありますがいちおう新歓企画ですので、新入生の皆様ぜひぜひ来てね。

新入生じゃない皆様も、学生じゃない皆様もこぞってお越し下さい。
少しでも多くの人がこの問題とつながるきっかけの場となればいいなと思います。

辺野古の新基地建設強行、ほんとにおかしなことになってるし…
こんな状況を多くの人と共有してなんやらしたいです
↓↓↓
辺野古に海自艦 普天間代替の調査支援
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-23687-storytopic-3.html

当日、会場にてお待ちしております。それでは。

◇◇◇以下転送・転載歓迎◇◇◇

『<観光の島>から考える
     —沖縄・グアム・米軍基地—』

●ゲスト 松島泰勝さん(東海大学助教授)
●日時  6月8日(金)18:30~21:00
●会場  京都大学文学部新館第2講義室
●\無料\

松島さんの講演をきくにあたって、事前学習会を行います。
こちらにも是非お越しください。↓

◆◇同時開催プレ企画!!◇◆

第1回 テーマ:「沖縄は太平洋とつながっている」
(『琉球の「自治」』第8~10章)
5月15日(火)18:30~@京都精華大学L102教室


第2回 テーマ:「経済学的視点からみる基地問題」
(『琉球の「自治」』第4~6章)
5月17日(木)18:30~@立命館大学諒友館829教室


第3回 テーマ:「戦争体験から学ぶ-サイパン、テニアンから沖縄へ-」
5月23日(水)18:30~@京都大学文学部新館第1講義室

◆呼びかけ文◆

元気なオバァ。三線と島唄。ゆったりした時間。色鮮やかな空と海。咲き乱れる花。混沌とした空気。パスポートはいらないけれど異国のような風土※…

あらゆるものが観光資源だといっても過言ではないほどに、多様な側面が魅力的に宣伝される沖縄。この島には、年間約564万人もの観光客が訪れます(2006年沖縄入域観光客数)。

しかし一方で、沖縄戦以来ずっと米軍基地が広大な面積を占めるこの場所は、世界規模の軍事戦略である米軍再編の渦中にあります。

「人口密集地に位置する普天間基地の危険除去のため」という名目で人口の少ない名護市辺野古沖に基地を移設するだとか、「沖縄の負担軽減のため」に海兵隊8000人をグアムへ移転させるだとか、そういったタテマエですすめられていく基地の整理。

今行われていることが本当に負担軽減になるのか、沖縄からグアムへと基地を移すことが本質的な解決をもたらすのか、問いは尽きません。

基地の先に確実に存在する戦争。その拠点となるのが沖縄やグアムであり、その暴力の糸をさらにたどって行き着くのは私たちの足元なのです。他人事では済まされないこの状況とどう向きあい、繋がっていくことができるのか。

石垣島出身の沖縄育ち、グアムの事情にも詳しい松島さんを講師にお迎えし、お話を聞きながら、共に考えてゆけたらと思います。

※琉球が沖縄県として日本へ併合されたのは1879年。それ以前は実際「異国」であった。日本の敗戦後、1951年にサンフランシスコ講和条約が調印され、以降1972年の「日本復帰」まで沖縄は米国の統治下にあった。その間、日本から渡るにはパスポートが必要だった※


◆松島泰勝さんプロフィール◆

1963年石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程履修単位取得。経済学博士。在ハガッニャ(グアム)日本国総領事館、在パラオ日本国大使館において専門調査員として勤務を経て、東海大学海洋学部助教授


●主催 沖縄・辺野古への新基地建設に反対し、普天間基地の撤去を求める京都行動★
京都行動ホームページ http://kyoto-action.jugem.jp/

西浜 楢和さんの『沖縄通信』

 西浜楢和さんは大阪在住の方で、退職後、現在、大阪市立大学大学院で琉球について研究されております。

 西浜さんはとは、昨年、大阪で開かれた私の学習会で初めてお会いしました。その後、宇検村のゆいまーる会議にも参加して下さいました。いつも励まされております。

 西浜さんは定期的に『沖縄通信』を発行されております。リンクに『沖縄通信』を張りましたのでご覧ください。

今日、西浜さんから『沖縄通信』第55号(2008年2月)をメールにて頂戴しました。目次は次の通りです。

1.1月24日(木)、沖縄ジュゴン訴訟で判決。アメリカ国防総省が敗訴。

2.「軍の関与が復活」か、 「軍の強制認めず」か。
  1月18日(金)、沖縄戦裁判勝利・教科書検定意見撤回要求集会が開かれる。

3.1月26日(土)に、「山内徳信近畿後援会第1回総会」が開かれる。


同通信の第46号(2007年5月)において、私の学習会の内容「普天間基地をグアムへ移設せよ」との方針は正しいか?」が掲載されています。同通信の一部を次に紹介したいと思います。



ぼくは少なくとも2006年5月31日付の『沖縄タイムス』を読むまでは、宜野湾市にある普天間基地はグアムへ移設すればよいと(宜野湾市の伊波洋一市長と同じように)思っていました。アメリカ領だから…。

 5月31日から6月2日まで3回にわたって同紙に松島泰勝・東海大学助教授の『「海兵隊移転」を考える-グアム・沖縄の自治をめぐって』が連載されました。

1963年石垣市生まれ、石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島で育った松島さんは、早稲田大学大学院修了後、1997年から2000年まで在ハガッニャ(グアム)日本国総領事館・在パラオ日本国大使館で専門調査員として勤務されていたので、グアムの状況に詳しいのです。

この連載記事を読んで、沖縄とグアムの状況が類似していることにぼくは驚愕しました。その後、お聞きしたところによると気象庁に勤務しておられた父親の転勤のために離島を回られていたのです。

 4月13日(金)、この松島さんを講師に『海兵隊のグアム移転と先住民チャモロ人』と題した講演会が「沖縄とともに基地撤去をめざす関西連絡会」の主催で扇町インキュベーションプラザにおいて開かれ、参加してきました。

(中略)

以上のような松島さんの講演をぼくは目からウロコで聞きました。話を聞きながら、ぼくは宜野湾セミナーハウスの又吉京子さんの講演『沖縄・ここも人の住む島-沖縄に生きる女たちのメッセージ-』を思い出していました。

2000年8月25日に日本キリスト教団大阪教区沖縄交流委員会が主催して開いたものです。この原稿を書くにあたって、もう一度その『講演記録』を読みました。そうなのです。沖縄もグアムも"ここも人の住む島"なのです。  

 だから、普天間基地をグアムへ移設すれば良いという問題ではないのです。移設なき普天間基地の即時閉鎖こそ求めるべきです。

そのためにはウチナーンチュとチャモロ人の連携を深め、それに日米の民衆が連帯していくという陣形を早急に形成する必要がある、とぼくは確信します。




喜山荘一さんの与論島クオリア

本日、朝方、発出しました私のブログですが、「喜山康三さんの与論島クオリア」とタイトルをつけていましたが、実際は、「喜山荘一さんの与論島クオリア」ですので、訂正してお詫び申し上げます。

私はてっきり、康三さんが書いていると思ってました。先程、頂戴した荘一さんのメールによれば、康三さんは荘一さんのパラジ(親戚)だそうです。

荘一さんは東京に住んでおられるそうで、これを機会に、東京でお会いしたいと存じます。
朝のブログ内容も少し変えました。



与論島の町会議員をされている喜山康三さんにはまだお会いしたことはありませんが、奄美大島で「あまみ庵」という古本屋をされている森本さんからご紹介をいただき、携帯電話でお話をさせていただきたことがあります。

喜山さんは島の海岸を開発から守るために、体に鎖を巻いて闘ったと聞いたことがあります。自らの体をはって島を守ろうとされていることに深く感動しました。

喜山康三さんの親戚の喜山荘一さんは、本ブログでもリンクを張らせていただいている、「与論島クオリア」というブログにおって島の特産物を紹介し、与論島、奄美諸島のあり方を鋭く問うております。

「与論島クオリア」に以下のように、私の文が掲載されましたので、ご紹介いたします。




2008/02/04
「ゆいまーるに基づく自治の道」
 奄美と沖縄の共通の土俵で語る問題意識に親近感があって、松島さんの『NPO法人ゆいまーる琉球の自治』をよく見ている。

 今日の「『奄美』とは何か」も、遠慮なく核心をついた記事だ。

奄振や沖振はともに失敗したのであり、琉球人は開発に期待してきた自らの過ちを反省し、「国に依存した経済自立策」を拒否して、固有の文化や自然という地域の宝を活かしながら互いに協力していく、ゆいわく、ゆいまーるに基づく自治の道を歩む時期にきていると考える。
 この立言は、状況に杭を打ち込むように、強い。そうではないだろうか。





喜山荘一さんのお言葉をしっかり受け止めながら、「ゆいまーるに基づく自治の道」について考え、学び、歩んでいけたらと思います。

いつの日か東京、与論島でお会いして、島のお話を聞かせていただきたいです。




ゆいまーる会議の打ち合わせと交流会

昨日は、東京の藤原書店にいき、3月に伊江島で行われる予定の「ゆいまーる会議」の打ち合わせを行いました。伊江島での車座の集いも有意義なものにしたと思います。

今年は伊江島の村ができて100年目となります。この節目の年に当たり、伊江島における戦争、平和、基地について考えるとともに、阿波根昌鴻のあゆみから何を継承するのかを議論し、

そして、他の琉球の「集団自決」問題、基地問題等についても突っ込んだ話し合いが出来ればと考えています。

ゆいまーる会議の話し合いが終わり、社長、5人の社員のみなさまと新宿2丁目の「島の人」に行きました。この店は私が学生だったころ、

東京にあった南灯寮(東京狛江市にある50人の琉球人が生活していた寮)の先輩から教えられて初めて行って以来、何度も足を運んだ居酒屋です。現在は2号店もあるそうです。

20年前と店の作りや雰囲気はほとんど変わっておらず、タイムマシーンで学生時代に戻ってきたようでした。ここで、友達先輩、研究仲間と琉球を巡り激論したことを思い出しました。

マスターは沖永良部島出身の瀬川さんです。20年前とほとんどお顔や声が変わっていません。親しみのある優しい方です。あのころと同じく、今も三線の練習を店でやっているそうです。

昨日はマスターと、沖永良部出身の女性店員の方が三線を引いて、みんなで大きなカレンダーの裏に書いた歌詞を見ながら、合唱しました。沖永良部百合の歌、島唄、てぃんさぐの花、十九の春等を唄いました。

2次会として、社員のみなさんと歌舞伎町にある「琉琴」に行きました。そこは以前「かんじゃやー」と呼ばれていた琉球居酒屋でした。すこし内装が変わりましたが、居心地のいい店でした。

そこで伊江島出身で東京に在住されている女性と偶然にもお会いして、3月の集いにお誘いしました。世の中には目に見えないいろいろな出会いがあるなと思いました。

人との出会いによって世の中や社会の見方が変わり、その人のあゆみが形成されていくのだなと思います。

藤原社長、西さん、小枝さん、吉田さん、磯前さん、小畑さん、島の人や琉琴の皆様、感謝いたします。


多田治氏に再反論する

琉球新報の2007年9月3日に拙論「多田治氏に再反論する」が掲載されましたので、ご紹介します。

私は多田氏とは会ったことも、話したこともありません。個人的恨みももちろんありません。新聞紙上において事実とは異なることを公然と民衆の前で示すことに対して、反論する権利があると考えて、琉球新報社に対して「反論」文の掲載を求めました。

自治とは他者からの身に覚えのない批判に対して身を守る権利をも含んでいると思います。以下の「再反論」に対しての多田氏からの見解は現在にいたるまで手元に届いていません。

以前から、多田氏の野村浩也氏に対する批判には問題があると考えていました。今度は我が身がその批判の対象となるに及び、徹底的に議論することを決意しました。

無視することもできますが、それでは琉球人が我慢しているようでいていけません。多田氏から私宛に送られたメールに対しても、「徹底的に議論しましょう」と伝えました。

多田氏の「反論に答える」という文章では、私に対してピエール・ブルデューを読め、その上でないと議論はできないという趣旨のことを言ってました。

フランスで様々な社会問題にかかわっていたブルデュー自身はだれか「権威者」の言葉や概念を使い現実を認識しようとはしないと思います。

多田氏が『琉球の「自治」』に関心をもち、『環:今こそ、琉球の自治を』にも書評を書いてくださったことに感謝するとともに、多田氏が提起した問題についてさらに突っ込んだ議論ができればと考えています。






 私は石垣島で生まれ、南大東島、与那国島、沖縄島で育ち、東京で学び、グァムやパラオでも生活し、今は静岡に住んでいる琉球人である。

琉球外において、日本による琉球国の併合の事実、琉球人への身体的差別の歴史、基地の押し付けという構造的差別、第三世界と琉球との関係を学び、世界の先住民族と交流し、また日本人に「日本人とは異なる存在」として自らが扱われたという経験をしてきた。

グァムのチャモロ人、パラオ人も日本人と琉球人とを区別して認識していた。私は「さまよえる琉球人」であり、琉球を常に意識しないではおれない状況で生きてきた人間、そして研究者でもある。

社会的、歴史的な係りを持たない「無色透明な」立場で研究できる人間がいるのだろうか。特に琉球に関する研究においては、自らがどの位置に立って発話しているのかが常に問われてこよう。

 私は次のような理由で琉球という言葉を使っている。琉球が奄美諸島から与那国島までの島々を包括し、日本と歴史文化的、政治的に対等な地位を琉球が潜在的に有し、開発主義に基づかない生活世界を示しうる言葉であると考えるからである。

琉球人と言うからといって、沖縄人、宮古人、沖永良部人、アメラジアン等の呼称や存在を否定しているのではなく、これらの人々をも含めて、琉球人の主体性こそが今もっとも問われているのではないか。

「沖縄ブーム」の中で観光客、移住者、ヤマト企業、日本人研究者が増えている。他者にとって都合のいいように琉球が開発、経済支配され、振興開発と基地が交換され、歴史の事実が歪められ、歴史や文化が商品化され、「学問的」に認識されていく。

小著『琉球の「自治」』では、振興開発のあり方を問い、琉球の問題を解決できるのは琉球人による自治、内発的発展しかないと訴えた。

内発的発展とは、外部からのカネ、中央政府、企業、人間に依存し支配される状況を打破するために、地域の文化、歴史、生態系に根ざして一人一人の住民が発展の担い手となる島起し運動である。

どこかで成功した発展モデルを模倣するのではなく、島々の状況に応じて島人が自らの頭で考え実践していくことで、それぞれの内発的発展が生まれてくる。

現実の住民の歩みである内発的発展をロマン主義と批判するならば、「現実的な」発展とは何であり、また自らの代案を明示すべきであろう。

 今年3月久高島において「ゆいまーる「琉球の自治」」という集いがもたれた。島の自治の担い手である住民が互いに知恵を出し合って地域の課題を解決する道を見出し、生きる勇気を与え合うのがこの集いの目的である。

その議論の内容や琉球の自治のあり方については『環:今こそ、琉球の自治を』(藤原書店)で紹介されている。

第二回目の集いは今年11月17日から19日まで奄美大島宇検村の平田で開かれる。多田治氏を平田での集いにお誘いしたい。

9月の新聞紙上では事実無根の言説を繰り返し、「次の課題がある」として一方的に議論を打ち切る等、対等な人間として扱ってもらえなかった。

平田では私の最初の質問に答えて頂き、琉球人とは何者なのか、琉球人・日本人にとって琉球研究とは何を意味するのか、琉球の自治のあり方等について徹底的に話し合いたい。

「権威者」の言葉や概念ではなく、自らの経験、調査研究、思索に裏打ちされた自分自身の言葉で語る。

集いに参加される方々は島に根を下ろし、自らの責任で生きている強かな実践家である。久高島の際には多田氏の出身地である大阪から金城馨氏が来られたが、大阪で差別されてきた琉球人の歴史、意識についても議論ができるであろう。

自らの目で、琉球人が「ロマン主義で、カタルシスを求め、二項対立の図式に安住する、複雑で多層的な現実を理解できない、素朴な人間」であるのかどうかを確かめた上で発言して欲しい。



多田治氏の「時評」に反論する

2007年5月28日の琉球新報に拙論「多田治氏の「時評」に反論する」が掲載されましたので、紹介します。

本当に『琉球の「自治」』を読んだのかと疑問をもつような内容の「時評」でした。根拠を挙げず、自らの思い込みで文を書いています。

多田氏は研究者ですので、事実に基づいた議論が出来るのかと期待していたのですが、現在に至るまで実現しておりません。
多田氏の「時評」については、同氏のブログに掲載されていますので、そこでご覧ください。





今年5月28日の「時評2007」における多田治氏の議論には、拙書『琉球の「自治」』に対する根拠のない断定と、沖縄に対する傲慢な姿勢に満ちており、看過できない。

拙書を読み「私のマゾ的な期待はかなえらなれなかった」と言う。日本を批判する沖縄はサド、日本はマゾという性的関係に両者の関係を矮小化している。

そして多田氏は沖縄による日本批判を「期待」していたとする。この人にとって沖縄からの批判は「期待」しうる程度のものでしかない。

何の緊張感や歴史的負い目もなく沖縄を論じているのである。

「よくある内発的発展論を、沖縄に当てはめたまでだ」内発的発展論とは、鶴見和子(社会学者)、西川潤、宮本憲一等によって論じられてきた。

この発展論は、地域住民が開発による深刻な諸問題を克服するために住民自身で生み出した、実践的で具体的な発展の事例に基づいた考察である。拙書を読めば分かるように、元々、理論を現実に当てはめる手法もとっていない。

多田氏の「よくある」という表現は、内発的発展論を否定的にとらえているようだが、住民にとってこの発展論のどこが良くないのかを明確に示す必要がある。

「主体的・文化的な自治を称揚するだけでは、今の沖縄の急激な変貌と複雑な現状には、到底太刀打ちできない」なぜ「太刀打ちできない」のかの理由を示さず、自分自身の解決策も提示しない無責任な物言いである。

住民による地道な自治の実践では「太刀打ちできない」とすれば、具体的に何によって、どのように沖縄の現実を変えるのか。

「内発的発展論も経済学者の琉球イメージ」と多田氏は書いているが、拙書では内発的発展論を固有名詞を用いて具体的に論じている。

つまり八重山諸島における開発の意味、開発に抗し、島を守ろうとする人間のさまざまな生き様、その背景について考察している。それがなぜ「琉球イメージ」となるのか。

島の人々が歩んできた過酷な歴史や現実、試行錯誤、思いを軽視する驕りの言葉でしかない。「経済学者」とは私が批判した経済学者なのか。社会学者であれば免罪されるのか。

意味不明の言説である。全てを「イメージ論」という色眼鏡で見ると、沖縄の現実と虚構との区別がつかなくなるのではないか。

また多田氏は「ウチナ/ヤマト」の図式が現実を覆い隠していると批判する。この図式は沖縄人が日々の生活の中で日本、日本人による支配搾取を歴史的に、意識し、感じ取ってきた見方である。

複雑な現実を生きている住民が問題の構造をつかみとり、自らの生存や生活を守るために二分法の図式をあえて使っているといえる。島の人間は「複雑な現実の前に立ちすくむ」だけでは終わらない。

「復帰」前後にみられた島の買占めという外からの支配に対し、島の青年たちを中心に「島おこし運動」が展開され、今も続いている。

多田氏はミクロな当事者性のあり方を問い、マクロな当事者性(植民地主義)に目を向けろという。

自らの私的ブログへの投書だけを基にして「沖縄イメージ」を増幅している。現実には基地に対して多様な取り組みや考え方があるにもかかわらず、「「沖縄」とは単なる概念」「「合理的に」見返りを求める仕組みが出来上がった」と結論付けている。

自分自身で硬直的な「沖縄イメージ」を生産し、消費している。

 多田氏が語る「植民地主義」では、沖縄対日米両政府という、多田氏が否定していた「二項対立の図式」が流用されている。

これまで抑圧者と被抑圧者という枠組で植民地主義が語られてきたが、多田氏がこの植民地主義を重視することは「二項対立の図式」批判の立場と矛盾するのではないか。

むしろ個人、企業等のミクロレベルにおける支配搾取関係と、マクロレベルの植民地主義は連動しており、前者における支配搾取関係の当事者性を軽視することは、植民地主義の具体的諸相を見失うことになろう。

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE