FC2カウンター

プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
Yasukatsu Matsushima

バナーを作成

リンク

カテゴリー

最近の記事

月別アーカイブ

琉球関連の文献

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

海浜の囲い込み

5月31日の八重山毎日新聞にリゾートによる海浜囲い込みについての社説が掲載されていましたので、お伝えします。




海浜自由使用条例制定から18年目

■本格的な海水浴シーズンへ

 南国八重山は気温が上昇、本格的な海水浴シーズンを迎えた。郡内の島々の海は一見穏やかだが、複雑なサンゴ礁で沖合に流れる潮流(リーフカレント)がある。それを肝に銘じ、遊泳には十分な注意を払ってほしい。

 特に近年は地形を知らない観光客が人気の少ない海岸で泳ぎ、事故に遭うケーズが目立つ。先に黒島で起きた死亡事故もそうだった。緊急時の対応が困難な離島では危険個所の案内を徹底しなければならない。

 また石垣市の米原キャンプ場を含め、事実上、ビーチ化している海浜の安全をどう守るか、指定海水浴場の取り組みや設定、監視員配置など、実情に即して一歩踏み込んだ事故防止策を期待したい。

■リゾートホテルの海浜囲い込み

 沖縄には国有財産の海浜を私的に利用してはならないという「海浜を自由に使用するための条例」がある。バブル経済期に海岸の企業による囲い込み、不法占拠が社会問題となり、1990年9月、県議会が与野党共同で提案、成立させた条例だ。

 県内各地の海岸線にリゾートホテルや海の家が次々と建ち、施設使用料を名目に海岸線を勝手に有料プライベートビーチ化するケースが相次いだため、この条例のポイントは事業者に対し(1)公衆が海浜へ自由に立ち入ることができるよう適切な進入方法を確保する(2)公衆の海浜利用または海浜への立ち入りの対価として料金を徴収しない―と定めている。

当時は本島西海岸と石垣市を中心にリゾート開発ラッシュで、条例に基づき海岸線沿いの市内リゾートホテルは進入道路を設けたり、一般開放駐車場を設置したホテルもあった。

 あれから17年が過ぎた。そこで事業者にはいま一度、施設が同条例に適合しているのか、再点検してほしい。というのは、郡内大型リゾートホテルの多くでオーナーが交代、さらに昨年から外資系への営業譲渡が相次いでいるからだ。

 一部のホテルでは、これまで一般開放していた海浜への進入道路を立ち入り禁止にしたケースも見られる。

 八重山支庁や県海岸防災課によると、海浜自由使用条例に基づく事業者からの相談や一般の苦情は少なく、昨年は小浜島のリゾート施設から進入道の相談を受けただけという。

■安全管理に優れたリゾート前海浜

 かつて市内のホテルの中にはプールの外来者利用を禁止、住民の反発を集めた時期もあった。いまでは考えられないことである。

 また海浜自由条例が制定された当時、事業者から施設の保安やごみなどの管理面、海浜での営業行為などを不安視する声も聞こえたが、これまで大きなトラブルは起きていない。

 そこでリゾートホテル事業主に提案したい。海浜への進入道路を積極的に整備拡充し、一般住民がより利用し易くするよう取り組んでほしい。

住民はなかなかホテル前の海浜で泳がない。地域独特のおくゆかしい遠慮が背景にあろう。しかし遊泳時の監視態勢やハブクラゲ対策など、リゾート施設前海浜は安全面で指定海水浴場より優れていることは確かだ。

それを住民が積極的に利用するように誘導すれば、逆に施設の信頼感とグレードを高める効果も期待できよう。

 ただ海浜を自由に使用することに、問題も指摘されている。近年は4輪駆動車で海浜を走り回り、ウミガメが産卵できなくなっている。あるいは水上バイクの音が定置網漁に影響しているという声も聞く。

とりわけ市北部地区は深刻で、県と相談して海浜へ車の乗り入れ禁止看板を設置した公民館もある。

 マリンレジャーが盛んになるにつれてこの問題は今後、大きくなる恐れがあり関係機関は保全区域、レジャー区域などのゾーン分けを検討する時期に来ているだろう。

石垣市は国立公園の編入で現在管理計画の策定作業が進められており、住民の意見を取り入れ、海浜利用のあり方も最善策を講じてほしい。
スポンサーサイト

港大尋さんの弾き語りライブ

港大尋さんから残暑お見舞いのお葉書とライブのお知らせが私の所に届きましたので、ご紹介します。

以前、私も大阪釜ヶ埼で港さんの歌を聞きましたが、言葉力を歌から感じました。時々、CDを聞いています。






弾き語りライブ『声とギターとオーガニックフード』

おいしい食事やおいしい飲み物、身体に優しい食材が求められる今日この頃。
音楽もまたアコースティックにこだわり、声/ことばを大切にするオーガニック・サウンド。

ギターだけでなく、沖縄の三線、アフリカのジャンベも飛び出しながら、5月に発売されたアルバム『声とギター』の他、できたてほやほやの新曲も。

8月29日(金) カフェ・パルル(名古屋・新栄)
OPEN 18:30 START 19:30 Adv.2800円 Door 3000円 学生2000円   
(1ドリンク付き、別途お食事メニューあり)
ゲスト:ジェット達(パフォーマンス)、佐藤菜穂子(vocal)
メール予約:eat.a.lot@canolfan.com


8月30日(土) スペースALS-D(京都・西陣)
OPEN 14:30 START 15:00
Adv.2800円 Door 3000円 学生2000円 (1ドリンク付き)
ゲスト:坂本沙織(ダンス)、山口恵子(ダンス)
torindo TEL&FAX:075-313-2218
公演当日連絡先:080-6113-3782
京都市バス(6,46,59,206系統)「千本鞍馬口」下車、東へ徒歩5分
駐車場・駐輪場はございません。


9月5日(金) 馬喰町ART+EAT
OPEN 18:30 START 19:30
Adv. 3800円 Door 4000円 (学生500円割引)
(1品お食事+1ドリンク付き)
ゲスト:武徹太郎(ギター、fromうらまぶた)
電話予約:03-6413-8049 
9月12日(金) 池袋・鈴ん小屋
OPEN 18:30 START 19:30
Adv. 3800円 Door 4000円 (学生500円割引)
(1品お食事+1ドリンク付き)
ゲスト:開発彩子(ヴォーカル&パーカッション)、清水達生(パーカッション)ほか  
電話予約:03-6382-7273


ボサノヴァを基調としたアコースティックサウンド、そして豊穣なリズム。タンガタ・マヌ(鳥人)の歌声、新しい弾き語りのかたち。 全国各地のCD店で好評発売中!

サイアムオイコス・オンラインストアでは、ただいま直筆サイン+送料無料サービスを実施中です。是非ご利用ください。

『声とギター』 港 大尋

1. still life
2. 春の匂い
3. もしも

4. ためいきいくつ
5. 遠くへ行きたい 詞/永六輔 曲/中村八大
6. 動物園 詞/佐藤信  曲/林 光

7. 声の重力を測るとすれば
8. 友よ、どこにいるか
9. ギター

10. 恐るべき子供たち
11. なぞなぞサルサ
12. 日付と記憶

プロデュース/港大尋+三橋圭介 発売元/水牛 製作/サイアムオイコス
OOZE-0088 定価2625円
パーソネル:港大尋(ギター&ヴォーカル、ジャンベ、ソプラノサックス)、澤和幸(ギター)
ゲストミュージシャン:SHANTI(ヴォーカル)、TEER(ワイゼンボーン)

ライナーノートより(抜粋)
…耳を傾ければ、そこでくりひろげられる意味世界の獣道、三次元的な鳥の飛跡の錯綜が、ころげまわるほどおかしくおもしろく、跳ねまわらずにいられないほど挑発的だ。遊びとは変換可能性、可動域の拡大、法規の棚上げ、別の規則の発明。

港の歌は声とリズムにおいてジャンルを遊ばせ、歌詞の表面で意味を転ばせる。でもそれはノンセンスの対極だ。冷静に意味が追求されている。

「飛ぼう」と意志しなければ鳥が飛び立つことはなかっただろうという進化史の大きな謎に似て、意味を最初から安易に放棄するならこれらの歌詞の清浄な一貫性は生まれなかっただろう…

 アルバム・タイトルの『声とギター』は、偉大なジョアンゥ・ジルベルトの傑作『ヴォズ・エ・ヴィオランゥ』に対する敬意からつけられたものだろう。もちろんその精神はボッサ・ノーヴァ、新しいボッサだ。

「ボッサ」とはブラジルのポルトガル語で「こぶ」「才能」「感覚」を意味する。港の驚くべきこぶがなしとげたリズム批判の新しいかたちが、いまきみの手元に届いた。

管啓次郎

港大尋からギター弾き語りのCD-Rをもらったのは2年くらい前だろうか。何度もききながらCDにできたらいいと思った。水牛レーベルでださないかと話をもちかけたら、即座にOKしてくれた……「声とギター」は飾り気をそぎ落とした音楽の基本形であり、音楽の初心に帰ることでもある。

港はバンド「ソシエテ・コントル・レタ」のピアニスト、サックス奏者、詩人、歌手、そして作曲家である前にギター少年だった。そのころ港がどんな音楽をやっていたかは知らない。しかし数年前、再びエレガットを手にしたとき、港から歌があふれだした。はじめてギターを手にした少年のようにコードをまさぐる。その手触りの感覚がそのまま歌になっている。
三橋圭介

岡部伊都子さんについての八重山毎日新聞の社説

8月23日の八重山毎日新聞に「岡部伊都子のいぶき」と題する社説が掲載されていましたので、ご紹介します。摩文仁での集いも言及されています。

摩文仁での集いは、海勢頭豊さんが企画をし、中心になって実現させました。海勢頭豊さんの岡部さんに対する熱い気持ちが伝わります。






あついかかわりを通して

■大阪生まれ
 岡部伊都子さんが逝去してから3カ月余になる。きゃしゃな体にやさしい笑みを浮かべながら接してもらったことを思い出す。着物姿とその物腰から多くの人が生粋の京都人と思っていた。しかし本人は大阪生まれで京都に住むようになったのは1975年以後のことである。

 八重山の子どもたちに「京都の先生」といわれて面くらい、「私は大阪よ」といったら、意外だという顔をされた。私たちが京都に抱くイメージは大阪とはまったく異なっている。

隣接していても京都、大阪は別世界の印象があるが、そこにはそれぞれの歩んできた歴史が大きくかかわっているからにほかならない。

 遠くはなれた八重山の子どもたちにとっても同じで、岡部さんは自分の生い立ちを詳しく話してわかってもらったという。

■おん首のひと
 半世紀近く前のことになるが、岡部さんは月刊誌芸術新潮に「観光バスの行かない…埋もれた古寺」を連載していた。そのたおやかな容姿とはうらはらに確かで強い視点を持った文筆家として、将来を嘱望されてのことだったと思う。

学生のころよく目を通したが、内容の詳細についてはほとんど覚えていない。
 ただ1つ奈良、秋篠寺の伎芸天(ぎげいてん)像についての冒頭部に「おん首」というのがあった。いわれてみると伎芸天像の頭部は他の仏像にはない親しみやすさと慈悲深さをあわせ持った魅力がある。しかし仏像を語る時の第一声が「おん首」とは、正直いって驚いた。

 以来秋篠寺を訪ねるたびに伎芸天像の前に立つと「おん首」を思いおこしてしまう。岡部さんが京都市北区出雲路松下町に居たころ招きを受けたことがあり、ビールをいただきながらその話をしたら「あら恥ずかしいわ」と赤い顔になった。この笑顔こそまさしく「おん首」だと思ったことがある。

■沖縄・八重山とのかかわり
 竹富島の「こぼし文庫」のことは八重山の人なら誰もが知っているし、岡部さんとのかかわりも周知のはずである。この文庫を子どもたちが今なお活用しているのをみると岡部さんの思いが、この島で生きていることを実感する。竹富島の人も岡部さんへの思いは格別なものにちがいない。

 岡部さんと沖縄とのかかわりは許婚者木村邦夫氏を沖縄戦で亡くしたことに始まるが、彼女の場合は当時「天皇陛下のためなら喜んで死ぬべきだ」という思いに染まっていた。戦争が終わり真実が見えてきた時、すでに戦死していた許婚者へのやるせない思いが以後の人間岡部伊都子を形成していくことになる。

 そのことについてはこれまでいろいろ伝えられてきたが、彼女の沖縄への思いは並の感覚では推しはかれないほど大きく深いものになっていく。その思いはさらに朝鮮へとひろがっていき、日本文化の源流である朝鮮文化の考察におよぶ。日本はその大恩を忘れて朝鮮を植民地化する暴挙に出た。「無礼、無礼―無礼きわまりない」という。もっともな怒りである。

 沖縄・八重山については作品の中にとりあげられていたり、直接つながりを持った人も少なくない。岡部さんとの親交については多くの人がそれぞれの胸中に思い出を持っていることであろう。

その1つのあらわれが8月15日糸満市の沖縄平和祈念堂で行われた「沖縄より愛をこめて~岡部伊都子さん追悼コンサート」である。

 呼びかけの人が144人におよび大きな盛り上がりであったという。岡部さんへの思いはこれからも沖縄・八重山の地で人びとの心血となって生き続けていくことであろう。

岡部さんを偲ぶ集い 4

IMG_3795.jpg
海勢頭豊さんのコンサートが始まりました。はじめに岡部さんとの出会い、別れのお話がありました。
中の町青年団、琉球参加、月桃の花、喜瀬武原等を歌って下さいました。

何度もお聞きする歌ですが、聞くたびにひきつけられます。聞く人が聞くたびたびにもっているただ一度の歴史的時間に追いうじて、海勢頭さんの歌が呼びかけてくれるようです。海勢頭さんの歌にマブイがこもっており、聞く人に元気を与えてくれます。

海勢頭さんの娘さんをはじめとする、女性たちも神秘的な世界にいざなうようでした。

IMG_3799.jpg
かなの会の若い女性たちがエイサーを踊りました。3人の中には高良勉さんの娘さんもおり、今回初めて拝見しました。歌や踊りが若い世代に確かに受け継がれており、琉球文化の力強さを感じました。


そのほか、佐喜眞道夫さん、三木健さんなどのお話もありました。また岡部さんの「売ったらあかん」という詩の朗読もあり、現在の琉球のことを考えながら聞きました。



平和祈念像での集いのあと、場所を変えて交流会が開かれ、琉球の言葉による挨拶などが行われ、和やかな雰囲気となりました。

夜は、泊北岸の居酒屋において、真喜志さん、川満さん、海勢頭さん、佐藤さん、藤原社長、私で交流会をしまして、琉球について激しく語らいました。そして、二次会では川満さんの案内で栄町に行き、静かに話し合いました。

17日は当銘さんと会って、現在の琉球について話し合い、18日は上里先生、与那嶺さん、後田多さ
んと会い深夜まで島について語らいました。


多くの方から学んだ日々でした。感謝いたします。




岡部さんを偲ぶ集い 3

IMG_3785.jpg
琉球の古典音楽を、野村流の方が三線と琴で、聞かせてくれました。おごそかな雰囲気に会場がつつまれました。

IMG_3787.jpg
藤原社長が、岡部さんとの出会い、藤原書店と岡部さんとのかかわりについてお話をされました。会場入り口では、藤原書店から出版されている岡部さん関係の書籍の販売も行われ、多くの方が買い求めていました。

2002年に沖縄コンベンションセンターで「21世紀沖縄のグランドゼザイン」というシンポジウムを藤原書店ととともに開催した際には、岡部さんもご参加される予定でしたが、体調が悪いこともあり、お手紙だけの披露となりましたが、大変、感動的なお手紙でした。

その際、岡部さんから『沖縄の骨』を送って頂き、読ませていただいた記憶があります。

翌年、八汐荘でひらかれた『琉球文化圏とは何か』において、初めて私は岡部さんとお会いすることができ、励まされました。資本の暴力が荒れ狂う琉球の島々の現状をみて、岡部さんはどのように思うでしょうか。

IMG_3791.jpg
本NPOの理事をされている高良勉さんです。後からのお姿で申し訳ないのですが、大変、お元気でした。高良さんのかりゆしうえぁーは、6年前の「21世紀沖縄のグランドデザイン」と同じデザインでしたが、高良さんのこのデザインが大変、気に入っているのだなと思います。

自作の詩を朗読されました。心に迫る詩だったと思います。NHKの岡部さん特集の番組でも高良さんは出演されており、道を歩きながら「この道には沖縄の人々の骨がまだある」と語った場面を思い出しました。








岡部さんを偲ぶ集い 2

IMG_3776.jpg
主催者を代表して新川明さんが挨拶をされました。新川さんとは、今年6月の県立美術館でのシンポ以来です。岡部さんとの思い出を話されました。岡部さんが琉球に来た時には、車の運転をして島々をご案内されました。大変お元気そうでした。


IMG_3779.jpg
高良さんの奥さんの久枝さんが踊っております。18世紀の文献によりながら、当時の琉球装束を再現されました。特に花笠が特徴的です。優美な踊りで、18世紀の琉球に舞い戻った気持になりました。

久枝さんが主宰されている「かなの会」という琉球舞踊を教える教室では、琉球舞踊の本来の意味である、神様に捧げるものという精神を継承することを目的にして活動を行っているようです。


IMG_3784.jpg
大田元知事が挨拶をされました。参議院選挙のころ岡部さんが大田さんを応援したことなどを話されました。



不思議であったのは、北島さんが神口を唱えたあと、岡部さんの祭壇の後からハバイ(蝶)が会場に放たれましたが、ハバイが祭壇の上、木村さんの遺影の写真の上に舞い、とどまっていたことです。

琉球にはハバイに人のマブイがつくという考えがありますが、岡部さんのマブイがハバイになって会場の中を嬉しそうに舞っているようでした。

岡部さんを偲ぶ集い1

今月16日、摩文仁でひらかれた岡部さんを偲ぶ集いに参加してきましたので、その模様をご紹介します。

IMG_3768.jpg
平和記念像の前に岡部さんの遺影と祭壇が設えられました。平和祈念像の前での式典、コンサートの参加は初めてでした。平和祈念堂を管理する事務所では、毎年、沖縄戦で亡くなったすべての方のために、シーミー祭りを行っているそうです。

IMG_3772.jpg
岡部さんの恋人である木村邦夫さんのマブイを平和の礎の木村さんの名前が刻まれている場所から、祭壇の前に移す儀礼が、琉球方式に基づいて行われました。マブイを運ぶ女性たちのなかに、本NPOの理事である安里さんもいました。厳粛な空気の中で儀礼がおこなわれました。

IMG_3774.jpg
北島角子さんが、ウチナーグチで神口を唱えました。偲ぶ会が終わった後に行われた交流会でも、北島さんの見事なウチナーグチを聞くことができました。

また、その交流会では、すべての発言をウチナーグチでされる女性が何人かおりました。久しぶりに完全な形でウチナーグチを聞き、大変感動しました。自らの内にある琉球的なものが躍動するのを感じました。土地の言葉には土地の人間のマブイを動かす力があります。

栄町でヒ―ジャーを食べ、沖永良部島、伊良部島,等について話し合いました

IMG_3761.jpg
栄町にいき、二十番でヒ―ジャーを食べました。ヒ―ジャー刺身、ヒージャー汁、ヒ―ジャーのチーイリチーなどで、大変おいしかったです。栄町でヒ―ジャーを食べたのは1年ぶりくらいですが、体内から力がみなぎるようでした。

IMG_3766.jpg

当日は、ウークイという忙しい時にも関わらず、タイムスの与儀さん、琉球大学の高橋さんが来てくれました。与儀さんが語った、伊良部島の神秘的な儀式の話は忘れがたいほど、心に残りました。このような体験をされた与儀さんがうらやましいです。島の文化生活の奥深さを感じました。

前利さんの紹介で、今回高橋さんとは初めてお会いしまた。高橋さんはヒ―ジャーを初めて食したということですが、おいしいといいながら食べていました。沖永良部島のお話を伺い、また、来年、同島で開かれる予定の、ゆいまーるの集いについても話し合いました。

高橋さんは沖永良部島人のアイデンティティについて研究されていますが、アイデンティティ問題は「生活に根ざした自治」とも深くつながっています。自治の実践にむけた、高橋さんの今後のご活躍が大変、期待されます。

藤原社長を含む4人で、カラオケで島の歌などを歌いました。高橋さんの写真も撮りましたが、公開をご遠慮されていましたので掲載を控えます。


ママさんの人柄も良く、琉球の生活文化がみなぎるヒ―ジャー料理店でした。

琉球の島々にて―2008年夏

藤原社長とポスト


13日に石垣島に行き、新垣重雄さんをはじめとする島民会議の皆さんと会い、島の近況をうかがいました。新垣さんのお店「島そば一番地」で食べた、手打ちの八重山そばが大変おいしかったです。

翌日、西表島にわたり、石垣金星さん、昭子さんにお会いし、11月のゆいまーるの集いについて打ち合わせをしましした。また、西表島の最近の状況について聞きました。

翌日、白保でサンゴを見たあと、竹富島にいき、喜宝院前にあるポストと藤原社長を取りました。社長によるとポストの色を赤色と決めたのは、後藤新平だそうです。


上勢頭さんと藤原社長


岡部伊都子さんが竹富島に寄贈されたこぼし文庫の前で、上勢頭さんとともに。岡部さんは文庫に多くの本を贈られ、今でも親子による読み聞かせが行われているそうです。岡部さんの魂は竹富島でこぼし文庫とともに生き続けると思いました。

上勢頭さんは、本NPOの理事であり、島おこし運動の中心的担い手です。



藤原社長と私

社長と八重山諸島を調査するのは5年ぶりですが、色々なことを話し合うことができて大変、勉強になりました。


石垣島、西表島、竹富島で多くの方にお世話になり、心より感謝申し上げます。

琉球から帰ってきました

一昨日、琉球から帰ってきました。
昨日の沖縄タイムス文化欄で、私についての紹介文が掲載されていましたのでご紹介します。






松島泰勝さん
資本の暴力性研究へ

 約八カ月ぶりに石垣、西表、竹富島を訪れ、故郷の様子を目にした龍谷大学准教授の松島泰勝さん。「昨年見た時よりも新しいアパートやマンションが増えた。バブル状態だが、石垣では空き部屋も増えているという。資本の力の凄まじさを感じた」と話す。

 白保のサンゴの白化現象なども目の当たりにし、「五年前に見た白保の海とは大きな違いを感じた。開発は島と海とで一体化して進む。自然破壊の影響も深刻だ」と強調。

 「八重山のみならず、琉球の島に外部から資本が入るとどのように自己増殖するのか。それが自然や歴史、文化に与える影響を検証し、資本の暴力を自治の力で問い直す研究を行いたい」と意気込む。

今日から琉球へ

今日から、石垣島、西表島、竹富島、沖縄島に行ってきます。

藤原社長とともに八重山諸島の方々にあり、11月のゆいまーる会議の打ち合わせ、島々の現状について島の方々からお話をうかがう予定です。

16日には摩文仁で開かれる、岡部さんを偲ぶ集いに参加します。婚約者、木村さんとの出会いの儀式、コンサート等もあります。一昨日、海勢頭さんに電話しましたら、順調に準備が進んでいるそうでした。

19日に滋賀にかえってきますが、そのあいだ、琉球の方々と交流し、島をみて、考えてきたいと思います。その間、このブログはお休みです。

今晩は石垣島の方々と再会しますが、楽しみであるとともに、島の変わりゆく現実をしっかり見て、聞いてきたいと思います。

島の厳しい現実と自治

6月7日の八重山毎日新聞に「ともに支え合う地域に」と題する社説が掲載されていましたので、ご紹介します。

石油価格上昇が離島経済や生活に大きな影響を与えています。生活苦に追い込まれた高齢者をサラ金業者が狙うという地獄図も石垣島でみられます。島の厳しい現実を見据えながら、それを乗り越えるためにも一人ひとりの自治的自覚と、協働の営みが重要であると考えます。





容赦ない物価高騰の波
 すさまじい値上げラッシュだ。原油高騰でガソリン価格は上昇し続け、物価に跳ね返る。賃金は上がらず、庶民の暮らしは苦しい。これでは旅行どころではない。生活を切りつめてしのぐだけで精いっぱいだ。

 観光が基幹産業となった八重山は、その影響をもろに受けている。昨年10月から観光客が減り、4月は台湾クルーズ船の寄港で統計的にプラスに転じたが、空路はマイナス。実質的に7カ月連続で減り続けているのだ。

 さらに子牛価格が暴落し、畜産農家は苦しんている。

建設業も資材高騰に悲鳴をあげ、生活物資の輸送に重要な役割を果たしている有村産業も運航を停止した。路線バスも竹富町内の離島定期航路も運賃が引き上げられる。

 物価上昇は、離島ほど大きい。都市圏のように市場競争で物価が抑制されることはない。輸送費は直接価格に上乗せされる。賃金水準は低く、年金頼りのお年寄りや障がい者はさらに厳しい。

■核家族化で生活環境変化
 八重山は人口の約3割が65歳以上の高齢者だ。農・水産業に従事していた人が多く、年金額は少ない。

やっとのことで、やりくりしている人々が大半だ。そのお年寄りにも、物価値上げの波は容赦なく襲いかかる。バス、タクシー運賃が上がれば身動きは取れない。

 高齢者を取り巻く環境は復帰後、核家族化が急速に進み、大きく変わっている。子どもと同居する世帯は減り、夫婦または1人暮らしの人が増えた。

 このため、中には子どもや周囲の人々とコミュニケーションがうまく取れず、消費者金融や悪質商法などの被害に遭う人も目立っている。

 生活に窮して誰にも相談できず、借金を重ねたり、人を疑わない素朴な人柄が悪質業者に狙われる。

県民生活センターへの相談件数(06年度)は石垣市で人口1000人当たり9.8人。県ワーストを記録、また竹富町も6.7人でワースト2と最悪だった。

 自然豊かな癒やしの島、長寿の島と言われながらも孤独死したり、万引など犯罪に手を染める人、自ら命を絶つ高齢者も増えている。

■サポート体制づくりを加速させよ
 八重山地区老人クラブ連合会は先の総会で事業計画に「高齢者相互支援活動」の強化を決定した。

 石垣市では、高齢者の生きがいづくりの趣味の活動などは他市町村に比べて充実している。市老人福祉センターを拠点に数多くのサークルがあり、バスでの送迎も行われている。

ボランティア団体もハッスルばあちゃんの会やあしながおばさんの会、うふだき会ほか数多くの高齢者ボランティア団体が郡内にある。

 05年には市社会福祉協議会のテコ入れで、新川地区地域福祉ネットワーク推進会が発足した。公民館や青年会、子ども会などの各団体を網らして要支援世帯を地域でサポートする組織で、台風前の声かけや対策など、民生委員と連携して活動を繰り広げている。

 ただ、お年寄りを取り巻く環境は急激に悪化しており、それに支援体制づくりが追いつかない。

 他県の自治体の中には、高齢者福祉課を設置して民間支援団体づくりや相談窓口を強化しているところもある。 地域が総力をあげて共に支え合うコミュニケーションづくりを加速させなければ、お年寄りの孤立感は増すばかりだ。高齢者問題にいま一度目を向けよう。

失われゆく島の文化

7月19日の八重山毎日新聞に「失われゆく島の文化」と題する社説が掲載されていましたので、ご紹介します。時代の流れの中で変わりゆく文化のありように警鐘をならす、島の新聞ならではの社説だと思います。何を我々は後世に残していけるのかが問われているのではないでしょうか。






比屋根勇追悼公演
 沖縄県指定無形文化財八重山古典民謡技能保持者比屋根勇氏の追悼公演があった。故人とかかわりのある人々によるものだが、あらためて見直したいくつかの芸能に出会うことができた。

公演は3つの要素で構成されており、1つは縁者による追悼芸、2つめはかかわりのあった実演家提供の舞踊、3つめは実際に共演したり指導を受けた者たちの芸である。

長男比屋根重雄氏を中心に行われた追悼芸は、単に肉親の絆(きずな)を示すにとどまらない世界があった。

2つめの舞踊は本盛秀八重山舞踊研究所の「与那覇節」、仲村米子関西琉球舞踊研究所の「柳」「鳩間節」、宇根由基子八重山舞踊研究所の「大本山崇び」である。いずれも、ゆるぎない力量を持った質の高いもので、心洗われる思いがした。

 3つめは「木挽ギ」、VTR「狂言」「昔アンガマ」である。「木挽ギ」は登野城に伝わる古謡をうたいながらの共同作業情景を舞台にしたものだが、出演者がひしめきあって繁雑(はんざつ)な印象を受けた。

 VTR「狂言」は方言文化の傑作で、「昔アンガマ」は素朴な中にきらりと光るものがあった。

■八重山の民俗文化
 ここでとりあげたいのはVTR「狂言」と「昔アンガマ」である。この2つの演目には現在接することのできない重要なものが内包されていて、時の流れによって消失した本物に触れる思いがするからである。

 かつて沖縄は皇民化教育のおしつけがあり、日本と一体化しなければという立場から方言をなくす運動を推進したことがある。よく沖縄文化の豊かさが語られる今日、方言札まで設けて教育の場から沖縄的なものを一掃しようとはかった当時のことが、ひきあいに出される。
 
八重山はあまり訛(なまり)がないこともあって、県内ではよい成績をあげていたといわれる。

そのことが拍車をかけ、方言が先細りしていった。近年島の言葉を大切にしようと方言大会が学校や公民館などで催されるようになったが、日常生活から消えた言葉はなかなか戻らない。

VTR「狂言」は比屋根勇、富永実彦両氏によるものであり、間髪を入れずに出てくる豊かな方言に終始圧倒される思いであった。筋立ては人間味にあふれ、展開も絶妙であった。

 いまひとつは「昔アンガマ」である。島の衣装を着け、簡単な仮面で顔をかくし、クバ笠姿の念仏集団アンガマは、まぎれもなく八重山のものだといえるものがあった。

昨今の浴衣に広帯、花笠に頬かむりをしてサングラスをし、脚絆、白足袋姿を見ていると、どうしてこのような変化をしたのかと思う。

 この「昔アンガマ」を古くから脈々と受け継がれた伝統としてとらえなおすことはできないのであろうか。

■風土と伝統
 伝統行事の中の祭祀を八重山は古くから大切に守り育ててきた。それがこのごろは本道をはずれ、横道にそれている感を強くする。

生活様式の複雑化やテンポの早い変化にあって、本来の意義を見失いつつあるということであろう。

何故に型をくずさず伝承してきたのかを問いつめることもなく、目先の利便性に安易にとびつく例などをみていると、その行事や伝統文化の内容をとらえているとは思えない。

 かつて命がけでとり行ってきた天恵への感謝儀礼に、村の中枢部がどこにでもあるような印半(しるしはん)てんを着用したり、奉納芸能を余興と呼んだりしていることはどうかと思う。

伝統にはある種の窮屈さはつきもので、その頑(かたく)なさが行事を支え、意義あらしめていることをいま一度認識しておきたい。

不便な生活を楽しむ

8月 9日の八重山毎日新聞に「ちょっと不便な生活を楽しむ」と題するコラムが掲載されていましたので、ご紹介します。
このまま、欲望のままに島を開発したら、島は滅びるとの危機感がわたしにはあります。
不便さを楽しむことが、島の豊かさを感じることにもつながるのだと思います。




島にも便利さが溢れている

現代は便利で物やサービス・情報があふれている社会だ。20世紀に達成した先進国の大量生産・消費の経済様式は八重山の小さな島々までその恩恵に浴する結果となったが、地球規模では地域格差や新たな問題が発生している。

ホテルのバイキング料理、レストランや宴会・売れ残り弁当の生ごみ・ワリバシなどの残骸が大量に発生、安い外国産商品の氾濫は国内の一次産業を衰退させ自然を破壊している。

 コンビニ・スーパー・ファストフード店・居酒屋の深夜営業、最近では24時間営業店も加わり、欲しいものは我慢することなくいつでも簡単に手に入る便利な社会となった。

自動販売機は島中ところかまわず設置され、深夜でも煌々と明かりを放っている。

 商品の過剰包装、大量に配られる折込チラシ、テレビやラジオのこれでもかといわんばかりのコマーシャル放送、道路わきの景観を阻害する大きな広告・看板、空港などで配られる無料パンフレット・情報誌などを通じ経済界は売らんがための知恵を駆使して消費者の購買意欲をあおっている。

■「もったいない」の心を

 人口5万人余の島々に延べ230万人の観光客が押し寄せ、1日あたり6400人の観光客が滞在し、県外の移住者も増え都市の生活スタイルが八重山に大きな影響を与え、同一化が進んでいる。

 しかし21世紀に入り、これらの消費スタイルにわずかながら変化の兆しが見え始めた。

大量生産、大量消費は便利さ、快適さを実現したが、自然や物つくりにかかわる人々への尊敬と感謝の念を失なわせ、「使い捨て」文化の増長、便利さの追求は地球環境への負荷を高め温暖化を加速しているという批判が多い。

2004年にノーベル平和賞を受賞した環境運動家・ケニヤ出身のワンガリ・マータイ女史は持続可能な開発と環境との調和を提唱し先進国の消費スタイルに警鐘を鳴らした。

 2005年に来日した際、日本古来の物つくりを大切にする言葉「もったいない」を知り、世界各地でもったいない運動を実践している。

 2005年には嘉田由紀子がもったいない運動を掲げ、新幹線新駅、ダム建設、廃棄物処分場建設の凍結を訴え滋賀県知事に当選した。

■ライトダウンに協力して
 世界中どこでもつながる多機能の携帯電話、24時間営業のコンビニ、酒やたばこまで売る自動販売機、手をかざしただけで自動的にお湯が出る生活、手を上げれば止まる流しのタクシーなどを実現した私たちだが、果たしてこれほどの便利さは必要不可欠なものだろうか。

携帯電話に頼り、会話によるコミュニケーションがとれず、わがままですぐキレる現代の若者たち。飲食店で深夜まで徘徊(はいかい)する大人たちが身の回りになんと多いことか。

 譲り合い、妥協し辛抱することや物を大切にする心を失い、汗を流して不便さ、不自由さを乗り越え物事を達成する喜び・感謝・感動が少なくなっていることは現代社会が失っているもので将来の大きな不安材料だ。

 端的に言えば飲酒運転、非行少年の横行、男性の長寿日本一からの転落など悪影響を与えている。婦人会などが中心となり盛んに取り組んだ「シンデレラタイム運動」は最近どうなっているのだろうか。

 おりしも今夜は「星まつり」が開催され全島ライトダウンが計画されている。

省エネに協力し、ちょっと不便かもしれないが、電灯をいっせいに消して織姫と彦星のロマンスの故事を家族とともに語り合うことは大切なことかもしれない。

島口の継承

7月30日の宮古毎日新聞に島の言葉大会についての記事がありましたので、お伝えします。琉球各地には島口(島の言葉)が生きており、八重山諸島などでも、島口大会などが開かれています。島の言葉によって、地域の思想、生き方、生きる自信を後世の者が受け継ぐことができると思います。



各地域に息づく方言を語り継ごうと第15回鳴りとぅゆんみゃ~く方言大会(主催・宮古島市文化協会)が29日、マティダ市民劇場で開催された。

7人が出場しそれぞれの地域で語られる方言をユーモアたっぷりに披露した。

 会場を埋め尽くした聴衆は各弁士にくぎ付け、拍手喝采した。審査の結果「宮古方言は宝物」と訴えた池田健吉さん(64)が最優秀賞に輝いた。

優秀賞は砂川廣さん(72)が受賞し優良賞は砂川春美さん(56)だった。聴衆が選ぶ聴衆特別賞は池田さんが受賞した。

 大会に先立ち、市文化協会長の友利吉博大会長があいさつし、大会の意義を強調。「宮古方言を語り継ぐためにも出場者を途絶えさせてはいけない。今後も皆さんの協力をお願いしたい」と会場の市民に呼び掛けた。

 この後、出場7人が舞台に上がり、各地の方言を披露しながら熱弁を振るった。

 最優秀賞に輝いた池田さんは、ユーモアを交えながら宮古方言を後世に引き継ぐことの重要性を強調。

「宮古方言は世界に誇れる言葉だ。世界一の言葉を守り通さなければならない」と訴え、審査員から高い評価を得た。

 優秀賞の砂川廣さんは幼いころの思い出話を披露しながら今の宮古島についての持論を表現力豊かに展開。合併を取り上げた身振り手振りの発表に聴衆は大爆笑だった。

 優良賞の砂川春美さんは祖母との思い出を巧みに表現した。会場全体に響く流ちょうな城辺方言を披露して聴衆を魅了。

最後は「私を育ててくれたおばあの心を子や孫につないでいきたい」と話し聴衆を引き付けた。

 そのほかの弁士も各地域の方言を存分に披露。それぞれのユーモアあふれる語りに聴衆は終始大爆笑で宮古方言の魅力を堪能した。

「先祖は偉いな」宮古島で伝統漁法の体験

8月2日の宮古毎日新聞に、伝統漁業、魚垣への体験についての記事が掲載されていましたので、ご紹介します。
白保でも魚垣が再生され、今に生きる島人が島の記憶を共有する機会が生まれてきています。島の歴史を生の島から学んでいくことが自治の土台になると思います。



「地域の伝統文化にふれあおう」をテーマに、県宮古支庁(長濱政治支庁長)は一日午後、平良の狩俣東海岸の浅瀬で魚垣体験を行った。

大勢の子供から大人までが参加。狩俣中の生徒たちは、再現された先祖の魚垣(方言名カツ)を追体験し、潜らないで魚類が捕獲できる伝統漁法のすばらしさを実感した。

アバサー(ハリセンボン)数十匹など水揚げした。

 開会式で、長濱支庁長は「伝統漁法の魚垣を受け継いでください。けががないように楽しんでください」とあいさつ。

 魚垣は、ムトゥ垣と呼ばれる石造り。沖合側から岸に向かって両手を広げたような形状で、全長六百㍍。ほぼ中央に魚が移動する出口が一つあり、そこに網を仕掛けた。

 参加者らは長い棒を片手に、内側で横列に並び、仕掛けた網に魚を追い込んだ。網仕掛けには、アバサーのほかに、幼い魚のベラ、カタカス、アイゴ、ガーラ、ヤガラが入り、子どもたちは「大漁だ」と歓声を上げた。

 池間八恵さん(狩俣中三年)は「潜らないで魚を取る漁法は、初めての体験。魚垣を造った狩俣の先祖は、偉いなと思った」と話した。

 魚垣は、原始漁法の一つ。満潮時には水面下にあり、干潮時に現れる。 狩俣の先祖が造った魚垣は、東海岸に九基あったとされる。同支庁が七月四日、九基のうちの一基を再現していた。

奄美大島高校生の環境シンポジウム

7月28日の南海日日新聞に「奄美大島の高校生主催の環境シンポジウム」についての記事がありましたので、ご紹介します。 

前に所属していた大学の学生が「島おこし」に関する卒業論文を書き、その中で、大島高校の生徒にたいしてアンケート意識調査をしました。その卒業論文をよみ、奄美の高校生の意識の高さと、島に対する思いの深さに感動したことを覚えています。

島の自治の担い手として、若い人の力が特に重要であり、今回の取り組みも注目に値します。




県立大島高校で二十七日、「今の奄美の現状を知ろう」と題する生徒主催の環境シンポジウムが開かれた。

四人の三年生が奄美大島における環境教育の必要性と実態、ハブの活動から考察した奄美における地球温暖化の影響、赤土流出問題など環境をテーマにした調査結果を発表し、出席者からの質問に答えた。

生徒らは奄美の住民の環境に対する意識の低さを指摘するとともに、将来を担う高校生が現状を認識して自ら考えることの大切さを訴えた。

 亀澤玲奈さんがハブの活動と温暖化の影響、保あゆみさんが赤土流出問題、里真美さんが環境教育、佐東綾乃さんが昔の生活様式などから現代生活に応用できる事柄についてそれぞれ発表した。

 里さんは、奄美で暮らしていながら奄美の自然について正しい知識を持った高校生が少なかったというアンケート調査の結果を紹介し、環境教育の必要性を指摘。

龍郷町で行われている環境教育の内容を説明し、「将来は島に帰ってきて自分の手でこの島を守りたい」との決意を述べた。

 保さんは赤土流出によるサンゴへの影響などを説明した上で「高校生が奄美の現状を認識することで、奄美の将来が変わると思う」と述べた。

 次代を担う生徒らが環境問題に取り組んだことについて、出席者からは賞賛とともに高校生の参加者を増やすための提案やシンポジウムの継続開催を求める意見などが上がった。

民際学研究コースのご案内 4

これまで本コースでは、当事者意識に基づいた高度な問題解決力、政策立案力、実行力を有する人材を輩出してきました。

例えば、本コースの修了者として、大学教員4人、大学非常勤講師1人、公務員1人、国際協力銀行職員1人等がいるほか、NPO、NGO等でも活躍している修了者が多くいます。

本コースでは、これまでの研究・教育成果を研究科紀要『龍谷大学経済学論集(民際学特集号)』のほか、機関紙『白色白光』、『高瀬川を歩く』として発刊してきました。

また、本コースに所属する教員、学生は京都市崇仁地区、宇治市ウトロ地区における街づくり、NPO法人京都コリアン生活センターにおける在日コリアンの高齢者・障害者に対する支援活動、阪神淡路大震災における救援活動、京都市伏見区中書島駅前の駐輪場問題の解決、浄土真宗本願寺派のNGO事務局の運営等、地域社会が抱える諸問題の解決過程に学生が参加してきました。

これまでの実践的試みで得られた経験とネットワークを踏まえながら、今後も具体的かつ実現性の高い大学院プログラムを実施していく予定です。

来年度から、通常2年間のコースのほかに、1年間で修了可能なコースワーク制を導入いたします。
両方のコースにおいて、学生の当事者意識、問題意識を問いながら、琉球、太平洋諸島、日本、アジア、アフリカ等におけるフィールドワーク、地域との連携を通して、自治的社会の担い手を育てていきたいと考えています。

本年8月19日から26日まで、大学院民際学研究コース9月受験の応募期間です。御関心がおありの方は、ぜひ、応募してみてください。


ともに琉球の自治的社会の形成について考え、行動していきたいと思います。


民際学研究コースのご案内 3

次に学修支援面についてです。

龍谷大学給付奨学金(大学院研究支援奨学生)として、一人当たり年間28万円(後期授業料及び施設費相当額)を6人の院生に給付しています。その他、本学独自の奨学金として、仏教活動奨学生、課外活動等奨学生の制度が用意されています。

通信・遠隔授業を充実させ、1年修了コースを設置することにより、社会人院生の学修環境を整備しています。

設置予定の民際学研究センター、経済学部サービスラーニングセンターにおける研究会、調査等において地域住民、院生、教員の交流を促進してきました。

フィールドワーク研究の充実、市民社会のリーダーによる集中講義等、院生が地域社会との関係を強化し、当該地域関係団体へのインターンシップ等を通じてキャリアを支援してきました。

また院生のフィールドワーク費用に対して授業料半期分の範囲内で必要経費の約80%補助を実施してきました。

このように、本研究科ではフィールドワークを重視する体制が確立されています。現場をじかに見て、調査することにより、生きた研究ができると思います。

 本コースでは、国内外の大学との提携協力関係を構築し、他大学の学生、留学生の受け入れ、本
コース在籍学生の派遣を活発に行っています。

本コースは、民際学に係る研究者、住民運動実践者、社会人院生、留学生、学部卒院生等、多様なメンバーで構成されています。

本研究科の紀要である『龍谷大学経済学論集』において民際学特集号を年1回発行してきており、研究成果の発表と同時に、民際学に基づいた事例情報、政策提言等を提供する機会としても一定の役割を果たしてきました。

民際学研究センターを設立することにともない、論集を一層、充実していく予定です。

民際学研究センター長には、本コース創設時から運営に深くかかわり、民際学の第一人者である中村尚司・龍谷大学人間・科学・宗教総合研究センター研究フェローが就任する予定です。

民際学研究センターと本コースに関係する、住民リーダー、研究者、院生、留学生等の研究成果を広く社会に提供していきたいと考えています。

民際学研究コースのご案内 2

民際学研究コースは、民際学の手法に基づき、地域住民が抱える様々な諸問題に対して、実践的で多様な思考能力、問題解決能力、政策提言・実行能力、ファシリテーター能力を有する市民社会の担い手を養成することを目標において運営されています。

民際学研究コースは次のような特徴をもっています。

[1]多様な専門授業科目の体系的履修

現在の複雑化した地域社会の課題に対しては、特定の専門分野だけからの対応では十分とはいえません。

民族問題、開発問題、環境問題、言語問題、地域研究、平和研究、ジェンダー論、NGO論、生産技術、教育問題、宗教問題、医療問題等の分野に係る授業を、学生の関心分野に合わせ、ケースメソッドに重点をおきながら体系的に履修することにより、諸問題に対して多角的な視点から分析し、有効な政策を提言し、政策を実行に移す能力の向上を目指します。

[2]社会人院生の履修環境の整備

 社会人にも履修しやすい制度・環境の整備を行います。

2009年度より、通常の2年コースとともに、1年で修了可能なコースワーク型の授業を行います。また本学では、e-learningの環境が整備されており、インターネットを活用した演習指導、共同研究会を実施する予定です。

日本各地で働く社会人、国外に滞在している海外青年協力隊員等、国内外の社会人も本コースにおいて就学できる環境を整備する予定です。

1年修了コース、2年修了コース別に履修ガイダンスを行い、適切な履修指導を実施します。

[3]個別指導と集団指導による論文作成の支援

 本研究科における修士論文作成指導は、指導教員による個別指導とコース全体による集団指導を組み合わせた効果的な指導を行っています。

指導方針を教員相互で議論するほか、指導教員、副指導教員を配置し、年2回の合同演習における中間報告、集団指導によって学生は論文作成を効果的に行うことが可能になっています。

[4]現場と理論をつなぐ教育手法の展開

 現場と理論をつなぐ教育・研究体制も本コースの特徴です。

地域社会で発生している諸問題の原因を分析し、その解決策を地域住民と対話しながら明らかにしていくことができる担い手の養成を本コースでは目的としていることから、地域社会と大学との関係強化に重点をおいてきました。

また他大学大学院との合同授業、合同調査、合同研究会を行うことで、他地域の大学研究者、院生、市民社会のリーダー等との交流を深め、多様なケーススタディに対応できる、応用能力を培うことができます。

本研究科においてはフィールドワークに関する授業、フィールドワークを踏まえた専門授業科目が用意されており、経済学部サービスラーニングセンターと協力しながら、現場と理論をつなぐ教育を実施していきます。

[5]ケーススタディを中心にした実践的授業の実施

市民社会のリーダーを講師等として大学に招き、集中講義等を実施する予定であり、学生は先進事例から、問題の分析・解決に至るまでの具体的な方法、組織内におけるファシリテーターとしての役割等を学ぶことができます。

それと同時に現場との関係性をも築くことが可能となり、卒業後の活動範囲も広がります。

他方、地域にとっても「即戦力」となり、政策提言能力を有する市民社会の担い手を得ることができます。

フィールドでの調査研究に重点をおくことで、地域社会の住民、院生、大学院を修了し地域で活躍する人々、教員との連携が強化され、より地域のニーズに応じた社会人を育てることが可能となります。

多様な背景をもつ教員、院生、留学生が共同研究・教育の中で、先駆的実践事例や幅広い関連領域に関して討論中心の授業を行い、各自の視野を広げ、文献資料、教科書では学ぶことができない、応用可能な実践的思考能力、表現能力を培うことができます。

民際学研究コースのご紹介 1

現在、私が教育、研究している龍谷大学には、ユニークな大学院研究コースがありますので、皆様にご紹介したいと思います。

龍谷大学大学院経済学研究科は、1994年に日本の大学では初めてとなる「民際学研究コース」を設置し、新しい学問領域への積極的なアプローチを展開してきました。

民際学は現代社会の諸問題を、国家の枠組みを越えて形成された関係現象だと把握し、人びとの関係性から捉え、解決に取り組む当事者性を重視した学問です。

具体的には民族問題、開発問題、環境問題、言語問題、地域研究、平和研究、ジェンダー論、NGO論、生産技術、教育問題、宗教問題、医療問題等の既存の社会科学では扱うことが困難な諸問題を、民際学の手法で取り扱い、同時にそれらの諸問題の相関関係等についても共同研究を進めています。

院生は社会人を中心に各自の経験や生活に直結する課題を取り上げて、自らの研究に意欲的に取り組んできました。

その結果、多くの卒業生が研究機関のみならず、国内外のNGO団体、国連機関、政府機関、人権団体、在外公館などさまざまな分野で活躍しています。

市民社会が抱える、国境を越えて、複雑化する現代の諸問題を、当事者意識を持ちながら解決することができる担い手の養成を行うことを目的にしています。

私は、琉球列島、太平洋諸島を中心に研究をしていますが、本コースには、そのほかにもアフリカ、京都、大阪、中国等をフィールドとし、NPO,NGO、ジェンダーの専門家もいます。

 地域社会で実践されている、文化運動、環境保護運動、人権擁護活動、地域おこし等の諸活動に院生が参加し、市民運動における合意形成過程、政策立案・実施過程、問題解決過程等を院生自身が自らの体験を通して学ぶことを可能にしています。

 NGO、NPO、行政、企業等における活動に院生が関わり、個別具体的な諸問題への対応能力、新プロジェクトの企画立案・実行能力等を培い、高度なマネジメント能力を有する市民社会の担い手を養成することも目的にしています。

 本コースでは社会人の入学者が多く、社会現場から1年修了修士課程設置の要望が出されてきましたが、来年度から新たに、必要な科目を履修し、タームペーパーの提出による1年修了修士課程を設置する予定です。

民際学研究コースにおいて、多様な分野の方々と、琉球の自治について考え、実践できればと思います。

| ホーム |


 BLOG TOP