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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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仏領ポリネシアと核実験、島々の遺骨収集、グアムでの日米共同軍事訓練

2006年6月、7月の太平洋情報をお伝えします。
仏領ポリネシアでは1996年まで核実験が行われ、住民に様々な核実験による放射能被害がでていたにもかかわらず、補償等が行われていませんでしたが、今年から、フランス政府から補償等が実施されることになりました。



7/3 PIR
 仏領ポリネシアのテマル大統領が核実験記念大会に参加した。

フランスが初めてムルロア環礁で核実験をして40周年になる今年、核実験に関する世界的な会議が仏領ポリネシアの首都パペーテで開かれた。1966年にシャルル・ドゴール大統領が大気圏内核実験を始め、1996年にジャック・シラク大統領が核実験の停止を宣言した。

フランスからの独立を求める、タヒチ最大の政党の党首でもある、テマル大統領が同会議に参加したほか、フランス、豪州、ニュージーランド、日本からの参加者もいた。会議ではこの40年間にフランスが実施した193回の大気圏内、地下核実験によってどのような結果がもたらされたのかが話し合われた。

テマル大統領は、このような会議はかつてフランス政府によって開かれたことはなく、数年前までは開催することさえ出来なかった。またテマル大統領は次のように語った。

米国、英国、豪州は核実験による住民被害を公式に認めているが、フランス政府は核実験による住民被害を現在まで認めていない。仏領ポリネシア政府は、フランス政府が自らの誤りを認め、謝罪するように求めて行きたい、と。



私がグアム、パラオで働いていた時にも日本人兵士の遺骨が発見され、その帰国のための仕事もしてきました。現在でも戦場となった島々には、故郷に戻れない遺骨がまだ存在しています。


7/18 PIR
 ガダルカナル島から日本軍人の遺骨が発見された。

ソロモン諸島のガダルカナル島から43人の日本軍人遺骨が発見され、昨日、首都ホニアラのオウスティン山で荼毘にふされた。

ガダルカナル島は1942年から43年にかけて、日本軍と連合軍との間で激しい戦闘が行われた島であり、第二次世界大戦の行方を決めた戦場であった。先週、遺骨を確認し、日本に持ち帰えるために、日本政府の厚生労働省から6人の遺骨収集団が現地に到着した。

ソロモン諸島には7千人から8千人の日本軍人の遺骨がまだ存在しているとされている。遺骨収集団の新津氏は「我々の使命は遺骨をみつけ、日本に持ち帰ることにある。兵士の遺骨が日本の土を踏まないと、兵士の魂は休まらないと我々は考えている。」と述べた。



グアムではすでに日米の共同軍事訓練が実施されており、基地機能が強化されれば、共同訓練はさらに強化されると思います。自衛隊が実弾訓練ができる場所としてもグアムは重要視されています。



6/6 PIR
 航空自衛隊の戦闘機がグアムの米空軍基地で訓練を行っている。

グアムのアンダーセン空軍基地において、自衛隊の戦闘機パイロットが年次訓練を行っている。コウプ・ノースと呼ばれる、同訓練は日米の自衛隊と空軍が共同戦闘体制を強化することを目的にしている。

日本の三沢基地からもF-4EJ,E-2Cを操縦するパイロットが参加している。1978年から始まったコウプ・ノースにはこれまで日米から数千人のパイロットが参加した。

同訓練は、太平洋地域における軍事訓練では最も長い歴史をもつ。自衛隊は同訓練において実弾が使えるという意味で、同訓練を非常に重視している。日本の平和憲法により日本国内では実弾を使用することができない。
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与那国島の自立とは何か

7月29日の八重山毎日新聞に与那国島の自立に関する社説が掲載されていましたので、お伝えします。
与那国島と台湾との交易により、生活・生産環境が緩和され、人口の増加を目指したのが「自立ビジョン」でしたが、国が島から出されていた国際交流特区を認めず、島の自立策が実行できなかったことが本来の問題の原因であると思います。

台湾と琉球とを同じ政治経済圏として統合するという抜本的な地域の構想を提示すべきであると思います。与那国島だけの問題ではなく、琉球と台湾、日本と台湾との関係の在り方をも問うていると考えます。



自衛隊誘致の是非問う
 任期満了に伴う与那国町長選挙は、28日告示され、2期目を目指す現職の外間守吉氏(59)と新人で元町国境交流推進特命事務局長の田里千代基氏(51)の一騎打ちの争いがスタートした。

今回の選挙は対立候補が二転三転し告示まで20日を切った段階で決ま短期決戦。25日に田里陣営、27日に外間るというあわただしい超陣営が総決起大会を開き、5日間の選挙戦になだれ込んだが、果たして1200人余有権者は、毎年人口が減り続け厳しい状況にある与那国町の今後4年間のかじ取りを誰に託すのか。

今年3月段階で1500人余にまで減った国境の島は、8月2日の投開票を目指して、きょうから4日間さらにヒートアップする。

衆院選の前哨戦ともなる今回の選挙は自衛隊誘致の是非が大きな争点。人口減少に歯止めがかからない中で、自衛隊誘致が島の活性化につながるとして防衛省にまで出かけて要請した外間氏と、これを政策のあり方としては疑問と真っ向から否定し反対する田里氏に、有権者はどのような判断を示すのか、今選挙の大きな注目点だ。

■キーワードは「自立」
 ただそこで気になるのは、こうした自衛隊誘致の是非などで選挙戦が過熱のあまり、肝心の島の未来像、自立への論議が置き去りにされないかということだ。

小さな地域の選挙は全国的にそういう傾向にあるが、多くは飲み食いを含めた地縁・血縁選挙に走り、政策論争が無視されがちだ。

それだけにここは両候補者がどういう政策を提示しているのか、すでに発表もされているし有権者もぜひ関心を持って注目し投票の判断材料とすべきだろう。

 そういう意味では八重山青年会議所が提案した公開討論会は、有権者にとって両候補者のこうした政策などを知る絶好の機会だったはずだが、候補者側の時期的に準備期間が短いなどの理由で実現できなかったのは残念だ。

そこで思うにこれからの与那国町のキーワードは「人口減対策と自立」だろう。04年10月に住民投票で市町村合併を拒否して「自立」を選択、そして大学教授らを交えて自立ビジョンも策定した。

その大きな柱が、終戦直後の密貿易時代の夢よもう一度の「台湾との国境交流」だ。しかしそれはチャーター便などさまざまな試みもはかどらないまま町の人口は減り続けている。

■この島に住みたい政策
 同町は島に高校がないだけに中学卒業の分毎年人口は減っていく宿命にある。一方で島に大きな働き口もないため若者が島に戻ることは少ない。それだけに人口減にどう歯止めをかけ、逆にどう増やすか。

その手段の一つとして出てきたのが、今回の選挙でその是非が問われる自衛隊誘致問題だ。

両氏とも政策のメーンは、手法や解釈に若干の違いや濃淡はあるが、いずれもがかかわった台湾との国境交流を中心とする自立ビジョンの推進だ。その上でさまざまな政策を示している。

 そこで両氏に求めたいのが、選挙期間が短い分もっと分かりやすく、「この島に住みたい、あるいは住んでよかった」と思うそういう政策を示してほしいということだ。

その基本、ポイントは若者を島に呼び戻す、町に引き寄せる産業をどう作り出すかだ。そこには年間わずか3万人しか来ない現在の観光政策の検証もあるべきだ。

島出身の若者たちは島へ戻りたがっている。選挙はその受け皿をどうするか、島の将来をどうするか大局的に、具体的に論議し政治に反映させる絶好の機会だ。ぜひ大事に生かしたい。

石垣金星さんの特別授業

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7月9日、石垣さんが西表島から京都の龍谷大学にやって、学生の前で特別授業を行ってくださいました。清成先生と同じく、「地域経済論」の特別授業として西表島の話をして下さいました。今学期は、関西沖縄文庫の金城馨さん、滋賀県のいちゃりばの高間悦子さんも特別授業をして下さいました。

金城さんは大阪を中心とした関西において近代から琉球人がどのように生活、生産活動をしてきたのか、差別の問題等を映像を使って、一生懸命話して下さいました。また午後からは、私の3年ゼミ、修士課程のゼミに参加し、平尾商店街の活性化、関西における差別問題等について学生と議論をしました。

高間さんは21年間滋賀県に住んでいる琉球人です。高間さんは、県人会、いちゃりばの活動を通じて直面してきた、差別と経済との関係について具体的事例をあげながら話して下さいました。高間も、3年ゼミ生と商店街の活性化について、東京の沖縄色を生かした商店街の事例と比較されながら、いろいろと助言を下さいました。

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金星さんは、11月に島で行う節祭の映像をみせながら、島の人々の生活や経済の営みを紹介しました。学生には授業後、意見感想文を提出してもらいましたが、最も関心、驚きをもたらしたのが、カネが西表での生活ではそれほど大きな意味をもたないことでした。

豊かな自然、ゆいまーる関係がいまもいきている西表島の豊かな生活に驚いていたようです。このような島が同じ日本にあること、自給自足に近い生活をしている人間が存在していることに勇気と希望を見出した学生もいました。

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金星さんは西表島からもってきた三線を教室で弾きました。数曲演奏をしましたが、島の香り、生活の様子が目に浮かぶようで、学生からも大変感動したとの意見を聞きました。生の三線の唄を聞いたのが初めての学生も多くおり、商業化されていない琉球文化の深さを実感したようでした。

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私は西表島でも金星さんの唄、三線を聞いたことがあります。金星さんも教室で泡盛があればなおいいと仰っていました。しかし、京都の教室が金星さんがお話をし、唄をうたうことで、教室が西表島になったような気持になりました。学生もこの経験は忘れないであろうし、実際、自分で島に行き、自分の五感で島を知ろうと思うようになるでしょう。

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小演奏会の後、学生さんと意見交換しました。同じ週の土曜日には、龍谷大学において開かれた民際学研究会でも金星さんが話をして下さいました。その時は、大阪釜ヶ埼の上田さん、日中関係研究家の三田さんと一緒に発表会をしました。

上田さんは釜ヶ埼に住む人々を結ぶ活動を紹介し、三田さんはツバルに住む華人ネットワークについて報告し、金星さんは西表島においける節祭を中心とする生活と、リゾート反対運動等について話して下さいました。以前、西表島に行かれたことのある中村尚司先生が金星さんとなつかしそうに話をされていたことも印象的でした。3人のテーマはそれぞれ異なっていましたが、共通して人と人との「むすび」についての話でした。

木曜日の授業後、金星さんとお昼を一緒にしました。その後、大学の近くにある伏見稲荷大社をご案内しました。きつねさんが稲をくわえている石像に関心を示されていました。眺望がいいところまで、階段を二人で上り、京都の街が一望できる場所で休憩しました。私は授業があったので、そのまま大学に戻りましたが、金星さんはその後も、山の奥まで歩かれたそうです。

金星さん、西表島で生きる島人のたくましさ、知恵、誇りを学生さんにつたえて下さり、心より感謝いたします。




清成忠男先生の特別授業(続き)

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20日の特別授業は龍谷大学経済学会の主催で行われました。会長の松岡先生、小峯先生にはいろいろとお世話になりました。また前日の懇親会にでてこられた、木下先生、松岡先生、伊達先生にもお礼申し上げます。


先生がお話しされた内容は、テープ起こしをして龍谷大学経済学部の紀要『経済論集』に掲載する予定です。なお、同論集は年に一度、民際学特集をしており、今年は田中宏先生の退官特集号となります。私も「経世済民の学としての民際学」という論文を寄稿しました。

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清成先生は黒板をお使いになりながら、地域経済について分かりやすく説明して下さいました。「自治、自分の運命は自分で決める」「問題は地域分権を活用する地域の主体的努力」のように、分権化のための法制度ではなく、主体の重要性を特に強調されました。

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最後に、大学院生から出された質問にも、分かりやすく、丁寧にお答えくださいました。先生の学生を思う気持ちが伝わってきました。
会場には、滋賀大学経済学部の只友先生もお越しくださいました。感謝いたします。

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1970年代から現代にかけて、八重山諸島、宮古諸島に行かれ、島おこしをされている方を励ましてきたのが清成先生です。明日、紹介する石垣金星さんも、自分が活動をしたときに、一貫して励ましてくれ、心の支えになったのが清成先生とおっしゃっていました。島の内発的発展には島の外からの「ゆいまーる」も必要であると思います。

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これまで国際開発学会のシンポジウム、法政大学での講演・対談会で先生にお会いしてきましたが、今回、龍谷大学の授業にお招きして、地域経済、琉球の自治について、さらに多くのことを学ぶことができました。



清成忠男先生の龍谷大学での特別授業

7月20日、海の日に、清成忠男先生の特別授業を龍谷大学で行いました。私が担当している「地域経済論」の受講生のほか、大学院学生、教職員等、約200人が参加し、教室は一杯になりました。
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講演のテーマは「地域自立への挑戦」です。
琉球だけではなく、日本の各地の事例をあげながら、具体的に地域自立の方法を学生に示して下さいました。

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先生が地域自立においてもっとも重視されていたのが、内発的発展と自治であったように思います。
先月、清成先生と法政大学において講演・討論した際にも明らかになりましたが、外発的開発では地域は自立しようがなく、一人ひとりの住民が自覚し、行動しなければ地域は動かないということです。

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この日が私の担当する「地域経済論」の最終日でした。週2回の授業で、琉球、太平洋諸島の経済問題、内発的発展、自治、基地と経済との関係等を学生と議論し、何回か学生に意見を書いてもらいました。小テストごとに、学生の地域に対する思いが深まってきているように思います。

私の『琉球の「自治」』に対する意見、反論、代案に関するレポートも出してもらいましたが、多くの学生が、この授業の教科書に対して真剣に格闘し、自らの考えを出しており、大変うれしくなりました。
大学生は将来、社会人になって地域を支える人間になるのであり、大学での議論、教育が大変、重要なものであることを改めて実感しています。

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清成先生からは、親しく、これまでの先生のご経験を交流会や、その他の空いた時間に話して下さり、私の一生の財産になりました。人生の知恵を忘れずに、研究、教育をしていきたいと思います。
1970年代から島おこし活動をされてきた清成先生から学生も多くのことを学び、それを実社会に活かしていくと期待しております。

私も一学生になって学ばせたいただいた一日でした。
大変暑い京都にお越し下さり、清成先生に感謝申し上げます。


琉球とグアム

7月14日の琉球朝日放送でグアムについての放送がありましたので、お伝えします。
私もグアムに2年間すんでいましたが、そのグアムが海兵隊移設によって大きく変わっています。
琉球の状況を踏まえながらのグアム・レポートになっています。




クリントン国務長官「日米関係はこれまでに無いほど強固である」「米国の役割は、この良好な関係を未来まで続けていくこと」

中曽根外務大臣「協定の署名は在日米軍再編に対する日米両国の強固な責務を示すものだと思っている」

沖縄の海兵隊員8000人とその家族9000人のあわせて1万7000人をグアムに移すことなどを定めたグアム移転協定。移転費の6割、およそ6000億円を日本側が負担するこの協定は、参議院で一旦否決された後、5月に衆議院で再可決され、成立しました。


現地の人達は、沖縄の海兵隊が移転してくることをどう受け止めているのか?沖縄の南東、およそ2000キロの距離にあるグアムを訪れました。

沖縄本島のおよそ半分の面積に16万人が暮らすアメリカの自治区グアム。毎年100万人以上の観光客が島を訪れますがその8割は日本人で、島の経済は景気に大きく左右されます。2014年までに完了する予定の海兵隊の移転を現地の人達はどう感じているのか?

島民「グアムは経済的に良くなるだろうね」「経済に限っては今よりも良くなるだろうね海兵隊が来たら」「私の家族も店を経営しているがその店も売り上げが伸びたらいいね」「悪くないよ。経済的には」「グアムのためになるし。海兵隊には来て欲しいよ。」

岸本Q「なぜ海兵隊なら良いの?」島民「新しい軍隊が来たら、よりたくさんのお金が落ちるからね」

しかし一方で、これからわずか4〜5年の間に建設業者や不動産業者などを含め島の人口が25%も増えることなどに対する不安の声も聞かれました

島民「グアム政府も新しい道路を作る努力はしてるんだけど」「交通渋滞は酷くなると思う 車が増えるからね」「犯罪率は高まるかもしれない」「喧嘩が増えると言っている人も多いよ」

島の北に空軍、西の港に海軍を抱えるグアムには現在7000人の兵士が駐留していて、沖縄の海兵隊が移転してくるとアメリカ兵の数は2倍以上になります

記者「島の西側にある海軍基地です。ここには去年の夏に海兵隊移転のための事務所が作られました」着々と受け入れの準備が進むグアム。「この場所に新たに海兵隊の基地が作られます」

海軍省グアム計画室のジャクソン所長は、アメリカ軍の再編によってグアムの基地機能は大幅に強化されると説明します。

ジャクソン所長「海兵隊がここに来る他にも、陸軍はグアムでミサイル防衛を担当するようになり役割が拡大する。現在、軍港の追加的な整備が行われていて、より大きな船が入れるように埠頭の整備が行われている」

島の北側にあるアンダーセン空軍基地。ここでは沖縄から移転してくる海兵隊のための建物の建設が来年秋頃に始まります。「ここには海兵隊ヘリの駐機場や整備場の他に司令部の建物が建設される予定です。」


日本側も財政負担する兵士の宿舎の建設は2年後の2011年に始まる予定で民間地と基地を隔てる塀の向こうには広大な敷地が広がっていましたグアムのクルズ副知事は、新たな基地の受け入れが、現在6%を超える失業率の改善やインフラの整備にもつながると期待します。

クルズ副知事「グアムの人たちは非常に愛国心や国への忠誠心が強い。それは米軍に入隊する志願兵が多いことからも分かる」「(海兵隊の移転によって)グアムの人達の生活の質はこれから良くなるだろう」

母国アメリカやアジアの安全保障に貢献できることを誇りに思うと胸を張る副知事。自国の軍隊という点で違いはあっても、基地あるが故の補助金や交付金にどっぷりと浸かり気がつけば、経済的な自立からは程遠くなっている沖縄の自治体と観光の低迷に喘ぐグアムが重なって見えました。

島民「確かに海兵隊への期待は大きいがまだ来てないから何とも言えない「海兵隊がグアムに何をもたらすのか、まだ実際には分からないわ」


今沖縄には1万2000人の海兵隊員が駐留していてこのうち8000人がグアムに行くと、4000人しか沖縄には残らないということになりますが、実際は、「8000人の移転」というのはあくまで定数で実際に何人が動くのかは分からないと麻生総理も認めています。

そんな状況の中で海外にあるアメリカ軍の基地建設のために日本の税金が使われる訳ですが、それが本当に日本の安全保障のために必要な財政負担なのか、

そして、グアムへの移転で沖縄の基地負担の軽減は本当に実現するのかしっかりと見ていく必要があります。

グアムの戦略的位置、台湾での太平洋諸島民の就労、パラオと皇室

2006年9月、10月の太平洋情報をお送りします。
グアムは琉球とともに、米軍にとって軍事戦略上、重要な場所にあると認識されており、それが、海兵隊移設の大きな要因となりました。



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 グアムにおいて米軍関連の建設工事が活況を呈している。

今後数年間で、3100人の兵士とその家族がグアムに移駐する予定であり、グアムにあるアンダーセン空軍基地ではそれに備えた建設工事が行われている。

現在、8500人の兵士とその家族がアンダーセン空軍基地に住んでいる。今後さらに沖縄から8000人の海兵隊とその家族がグアムに移り住むだろう。米国下院議会もグアムにおける軍関連建設費用として、1億9300万米ドルの予算を認めた。

アンダーセン空軍基地は、アラスカ、ハワイを結ぶ「戦略的三角形の頂点」とされている。米空軍関係者は「他の地域から敵地への移動は何時間も、または数日かかるのにたいして、グアムからは2,3時間で達することができる。

グアムは理想的な戦略拠点である。」と述べた。グアムは米国領土であるため、領土上空の飛行や離着陸に一々許可をもらわないでもいい。


台湾と太平洋諸国との関係は強化されており、一面では日本と太平洋諸国との関係よりも緊密化している点があります。この労働者の受け入れもその一つです。


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 台湾政府が太平洋島嶼国出身労働者の受け入れを表明した。

台湾の陳総統は、太平洋島嶼国の住民が台湾で就労できる機会を設ける用意があると述べた。陳総統は、島嶼国住民の台湾での就労は、台湾との外交関係樹立問題とは関係がないと語った。

現在、台湾には30万人の外国人労働者が働いているが、これらの労働者は台湾と外交関係を結んでいない国々の出身者であると陳総統は指摘した。台湾ではインドネシア人、ベトナム人、タイ人、フィリピン人が働いているが、これらの国々は中国と外交関係を樹立している。

陳総統は、台湾を支持している太平洋島嶼国の人々が台湾で働ける機会を設けるのは当然であると語った。




パラオは太平洋諸国の中でも最も親日的な国であるといえます。皇室の赤ちゃん誕生を国会で決議したのは、世界でもパラオだけではないでしょうか。日本の国会でもやらなかったのでは。




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 皇室に赤ちゃんが誕生したことをパラオ国民が祝福した。

パラオ下院議会は、日本の皇室に赤ちゃんが誕生したことをパラオ国民が祝福するという内容の決議案を採択した。

秋篠宮や紀子さまとの間に男の子が誕生した。トリビヨン下院議員が同決議案と提出した。同議員は40年ぶりに男性の世継が誕生したと述べた。

沖永良部島の日食

前利さんより、沖永良部島の日食の写真を送っていただきました。
心より感謝申し上げます。

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非常に幻想的で、いいですね。日食のとき、私は授業をしており、見逃しましたが、家に帰り、テレビでその模様をみました。

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日本の中で最も日食が見られる場所として、悪石島、奄美大島が注目されていましたが、沖永良部島からの日食もよく見れたということが、前利さんの写真でわかります。

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私の父が言っていましたが、40年以上前の日食において石垣島では動物が大声で鳴いており、異様な時間であったそうです。昼なのに太陽が見えなくなく、夜のように暗くなり、動物は敏感であるため、その異常事態に反応したかもしれません。

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太陽によってわれわれが生かされているという、感謝の念が写真を見ている湧いてきます。


薩摩侵略400年と奄美諸島、現代と丸田南里

7月 11,12日の南海日日新聞に薩摩侵略400年関連のシンポ、講演についての記事がありましたので、お伝えします。行政的に分断された琉球の島々をつなぐために、本NPOは2007年からゆいまーるの集いを行ってきました。私自身、ゆいまーるの集いを主催し、準備し、参加することで、島島の一体性を全身をもって認識することが可能になりました。島と島とのつながりは、人と人とのつながりともなり、それはさらに太平洋諸島につながるものであると考えています。



東京で初めてとなる「薩摩侵攻400年を考える」パネルディスカッションが5日、府中の東京外国語大学であった。大学教授や郷土史家ら3人のパネリストは持論を展開し、「島には従来ないといわれた系図など文書が見つかっている。

奄美の人が奄美のことをもっと研究し、知ってほしい」などと提言した。司会者は「奄美の魅力は多様性、薩摩でもない琉球でもないファジー(不鮮明)さ。その柱であるシマ(集落)の視点から『400年』の過去、現在、未来を見詰めることが大事」などとまとめた。

 同ディスカッションは「図書出版まろうど社」(神戸市)代表の大橋愛由等さんが企画し、司会を務めた。パネリストは酒井正子氏(川村学園女子大学教授)、喜山壮一氏(マーケター)、前利潔氏(知名町公民館)の3人。

 司会の大橋さんは「400年のとらえかたは奄美の島々によって違う。そしてそれをだれが語る資格があるのか。私たちはさまざまな分野にわたって400年を客観的に注意深く分析することが必要だ。このことが奄美の新しい記憶の創出となる」と論議を投げかけた。

 酒井氏は研究分野のフィールドワークで長年、徳之島にかかわった。「徳之島は奄美諸島のヘソの位置にあり、研究者にとっても魅力的な島。シマ唄は独自の曲や薩摩圧政の歌詞が他の島より多い。

薩摩侵攻では最大の激戦地で、その先頭に立ったのは琉球より派遣された統治者の一族だった。島の底流に琉球意識が流れる一方、薩摩系の郷士格の子孫も多い。双方と独自の距離感を保ってきた島の人たちのバランス感覚とダイナミックな行動を400年の歴史にみる」と語った。

 喜山さんは「400年前を起点にした奄美の困難は『奄美は琉球ではない、大和でもない』二重の疎外に始まる。それはいまも、依然として私たちの課題だ。求められるのは、島を足場にし島に止まらない奄美の語りである。

奄美の針路についてこう言いたい。『北の七島灘を浮上させ、南の県境を越境せよ』」と語った。

 前利さんは知名町在住。「奄美は政経的な側面で薩摩の影響を強く受けたが、現在も琉球文化圏。明治の『琉球処分』や戦後の米軍政府下から日本に復帰する際にはその帰属が問題となった。

道州制の導入が論議される現在も、“無国籍”の奄美の帰属が問われている。400年を自分たちの視点から見詰めることが大事だ」と語った。



私も丸田南里のような自治的自覚をもって、行動する人が現在においても求められています。
奄美諸島で私はこれまで「現代の丸田南里」といえる人々にお会いし、勇気と知恵をいただきました。




奄美市生涯学習講座「奄美復帰と薩摩侵攻400年に学ぶ」第4回講座が11日、名瀬公民館金久分館であった。元奄美博物館長の林蘇喜男さん(72)が「薩摩侵攻400年と奄美における近代化運動―勝手世の意義・丸田南里を中心に」のテーマで講演、約30人の受講生が熱心に耳を傾けた。

 丸田南里は過酷な黒糖専売に苦しんでいた明治期の奄美で、自由販売を求める「勝手世運動」を先導、島民を解放した人物。林さんは近代化の中で勝手世運動が果たした役割に着目。

「島民に自由と平等をもたらした奄美で初の住民運動。教育の機運向上をもたらし、約70年後の日本復帰運動に大きな教訓を残した」と語った。

 南里は若くして英国や上海を訪れ、自由貿易を体験して帰島。旧態依然とした島の黒糖販売を目の当たりにし勝手世運動を起こした。

林さんは、好奇心旺盛な少年南里が、英国商人グラバーとのつながりで渡英したのではないかと、その実像を考察した。

 また、大和朝廷と中国との関係で、道の島として奄美が果たした役割や、「奄美」という地名の由来にも言及した。

 講義後の意見交換では、民衆の立場に立った運動家・南里の碑作りを提唱する声や、「子どもたちに素晴らしい祖先がいる事をもっと伝えるべき」との声が上がった。

住んでよし、訪れてよしの島おこし

7月11日の八重山毎日新聞にヤーヌマール(家の回り)のゆいまーるについての記事がありましたので、お伝えします。竹富島の住宅地の道路はサンゴの小さな石が敷き詰められていますが、毎朝、住民が箒できれいに掃き清められています。地域の生活環境を住民同士できれいにしていく、ゆいまーるが大切です。私は琵琶湖の近くに住んでいますが、先日も、朝早くから、近隣住民が琵琶湖の草を刈ったり、ゴミを集めました。




石垣市が管理する公園や道路・公共用地周辺の花植・美化・清掃活動を通じて花と緑豊かな街つくりを目指そうとボランティア団体(市民団体および企業)と市が区域と内容を協定する「まちかどボランティア」制度(建設部都市建設課担当)が7月1日スタートした。

ボランティアの語源は欧米で、十字軍など自発的な志願兵となっているようだが現在では地域社会に貢献する奉仕活動全般をさすようになっている。

八重山では古くから島々の暮らしを守るため、さまざまな労働力の提供、相互扶助(ユイマール)が盛んに行われ、人頭税など厳しく貧しい中でも世界に誇る伝統文化を発展させた。

生活環境である「ヤーヌマール(家の回り)」は住民各自で清掃活動を行い、島々は衛生的で美しい街つくりが実践され、高いコミュニティー意識が保たれていたと評価されている。

各集落では毎月の清掃日など地区別の当番があり、大きな行事になると住民総出で全体の清掃活動を行うなど美化活動が秩序良く行われていた。

 現在は観光客の大幅な増加に伴い本土からの移住者も増え、都市化・多様化・個人型社会へ変化し、一部住民には清掃活動は役所の仕事としてビーチや道路、ヤーヌマールに散乱するごみを放置する風潮があることは心痛いことだ。

■まちかどボランテイアに多数の応募を
 美崎町の石垣港離島ターミナルビル向かいにある通称「大鷲公園」は3年前から八重山高校17期卒の「八重山となき会」(安室義教会長45人)「おはようジョギングクラブ」(崎浜ハツ会長・58人)「美ら花グループ安全衛生委員会」(山田貴巳委員長・15人)らが定期的に公園や周辺道路の美化に取り組み、海の玄関口として市民や観光客に親しまれるようになった。

沖縄本島からの転勤族が多い沖縄公庫八重山支店や各銀行職員らのボランティア活動も目覚しいものがある。

八重山ではボランティア活動を行う青年団、主婦や高齢者、学生、同窓会などが多く、トライアスロン大会や海開き、プロ野球キャンプなど地域のさまざまな場面で活躍する光景が見受けられる。

小中高など授業の一環として積極的に取り組んでいる学校もあり、これらの団体や企業がまちかどボランティア制度に多数登録して美しい街つくりを目指してほしいものだ。

■全庁横断的な取り組みが肝要
 ところで世界観光機関(WTO・2007年)の調査によると世界の観光競争力国別ランキングでは1位フランス、2位スペイン、3位アメリカなど欧米先進諸国が上位を占め、日本は31位と報告されている。

日本は自然や歴史・文化面で劣らないものの、外国人観光客の受け入れ態勢や花と緑の街つくりに関して欧米先進国に遅れをとり世界トップクラスとは評価されていない。

 最も美しいガーデンシティーと呼ばれるニュージーランドでは毎年2月、家庭部門、ストリート部門、企業部門の美化コンクールを国家イベントとして行い、「住んで良し、訪れて良し」の街つくりに励み、結果として多数の観光客を誘致している。

今回のまちかどボランティア制度はハード部門を担当する建設部が主管だが、単に軍手やごみ袋を支給すれば良いという発想でなく、花や樹木のテーマをバランスよく地域・季節ごとに協議し、ひろったごみのスムーズな処理等全庁横断的なソフト面の配慮が求められる。

従来から活動を行っている市民憲章推進協議会や美ら海・美ら山募金推進協議会、(株)メイクマンなどボランティア活動のネットワークをいかに広げるかが成功の鍵を握るだろう。

トンガでの暴動、フィジーのクデター、マーシャル諸島の廃棄物リサイクル

先日、このブログ宛てにグアムに住んでいいる日本人女性から問い合わせがありました。いろいろな方がこのブログを関心を持って呼んでいるのだなと思いました。

2006年11月の太平洋情報です。
トンガの首都にある商店の半分以上は中国人移住者が経営し、経済的支配に対する不満が暴動という形で現れました。その後、破壊された商店街の修復に対して、中国政府から援助金が提供されました。



11/19 PIR
 トンガの暴動では特に中国人が襲撃の対象になった。

トンガの警察部長は、暴動は民主主義の要求というより、中国人商人の追い出しであったと述べた。電気は午前7時から10時までの間、そして午後7時から10時までの間は供給されている。

襲撃され焼き討ちにあったビルには、ANZ銀行の本店、携帯電話会社、ニュージーランド航空の事務所が入っていた。首相の親族であるセベレ一族は港で略奪者との闘争に参加した。略奪者は一晩中、店の外に座り、酒を飲んでいる時もあった。


クデターで政権を奪取したバイニマラマ司令官は現在も暫定首相の座にあり、憲法を廃止し、民主的な選挙が行われいない状況が続いています。


11/29 PIR
 国連安全保障理事会がフィジーの軍部に対して自制を求めた。

国連安全保障理事会は、フィジーにおけるクーデター発生の可能性に対して懸念を表明し、フィジー政府と対立している軍部に対し平和的な解決を求めた。

また安全保障理事会のメンバーは、フィジー軍に自制を求め、フィジー国民の利益を損ね、法を破るような行動をしないように呼びかけた。2000年のクーデターを起こした人々に対する恩赦関連の法案を含む、幾つかの法案を廃案にしないと、ガラセ政権を放逐すると、バイニマラマ軍司令官は脅している。

フィジーでは1987年以来、3回のクーデターが発生した。バイニマラマ軍司令官は、2000年のクーデターの際、ほとんど殺されそうになっており、同クーデターの首謀者に対する甘い取り扱いに対しガラセ首相を批判していた。


私もマーシャル諸島のマジュロ島を調査したとき、ゴミ問題の深刻さに驚いたことがあります。台湾政府もゴミ処理に関して援助金を提供しています。「グリーンゴミ」という発想が面白いと思います。



12/1 PIR
 マーシャル諸島において、ゴミのリサイクル運動が始まった。

国土が狭いサンゴ礁の島国においてゴミ問題は大きな問題である。ゴミ処分場の使用期間を長期化し、廃棄物処分方法を改善するために、首都マジュロにある、政府のゴミ処分場において、リサイクル、生ゴミの堆肥化が始まった。

マジュロのゴミ処分場にはハエが飛び、悪臭が立ち込めている。米国政府からの無償資金援助をうけているマーシャル諸島環境保護協会は、「グリーンゴミ」と呼ばれるココナツの葉、枝等を他のゴミの中から選別して、堆肥にすることで、ゴミの量を減らす取り組みを3週間前から始めた。

6人のマーシャル人がゴミの中から「グリーンゴミ」を選び出し、堆肥にするための機械に入れる作業をしている。

もしもゴミ全体の半分が「グリーンゴミ」になるならば、マジュロのゴミ処分場の寿命も長くなるだろう。アジア開発銀行は、何もしなければマジュロのゴミ処分場は2ヶ月以内に使用不可能なるだろうと警告していた。

久高島の自治の成果

6月29日の沖縄タイムスに、久高島の新校舎落成、子どもたちの増加についての記事がありましたので、お伝えします。2007年3月に、本ゆいまーるの集いは久高島から始まりました。その際、久高島の内間さん、坂本さん等から島の自治につてのお話を伺うことができました。その模様については、本ブログの書籍コーナーに紹介されている『今こそ、琉球の自治を』に記載されています。

「島の宝を大切にし、島の発展のために尽くしたい」という子どもたちの自治的自覚に、島の希望を
みることができます。



新校舎落成と創立100周年を記念した久高小中学校(内村直子校長)の式典・祝賀会が27日、市知念の同校で開かれた。

子どもたちは集落を回りエイサーを披露。県内外から多くの同校OBや関係者らが駆けつけ、人口の倍近い総勢約500人に膨れ上がった島は祝福ムードに包まれた。

 同校は1906年に久高尋常小学校として出発。2006年に創立100周年を迎えたが、今年の新校舎落成に合わせ式典を開催した。

1972年には130人以上の児童・生徒が在籍したが、98年には10人まで減少。2001年に山村留学をスタートさせ、現在は幼稚園児合わせ40人が学ぶ。式典には県外から留学生の保護者らも駆けつけた。

 式典で金武正八郎県教育長は「地域と密接にかかわる久高の教育は先駆け。久高っ子の良さを伸ばす教育に今後も期待したい」とあいさつ。

児童会長の安里豊規君(6年)は「同じ通学路を父、祖父、祖母が通ったと思うと不思議。先輩が築いた思いやりなど島の宝を大切にしたい」。

 2年前、神奈川県から転校してきた村山茜さん(中3)は「エイサーを見たおばあちゃんから、頑張ったねと声を掛けられうれしかった」と笑顔を見せ、糸数寛希君(中3)は「多くを学び、島の発展に尽くしたい」と話した。

戦後、テントの下で授業を受けたという内間ツルさん(78)は「立派な学校。いつまでも続いてほしい」と感慨深げだった。

 式典後の祝賀会では島総出の追い込み漁で捕獲した魚や島人が早朝4時から調理した料理が振る舞われ、多くの余興で盛り上がった。


南風原、与那原の地産地消による自治的実践

7月15日の琉球新報に南風原、与那原で地産地消を行い、売上を福祉に活用しているという、自治的実践についての報道がありましたので、お伝えします。自らの経済活動を通して、公共のために役立とうという若い方の意気込みを感じます。




地元食材を工夫したおいしい料理で地域振興と社会貢献を―。南風原、与那原町出身の若手飲食店経営者で構成する「ばるんちゅ会」では、地元の食材を使ったメニューから売り上げの一部を地域の社会福祉に充てる「第1回チャリティー地産地消フェア」を催している。

発起人の松田一志さん(34)=南風原町=は「お客さんにも楽しんでもらいながら社会貢献したい」と笑顔を見せる。

 松田さんは町の商工会青年部に所属し「エリアコーディネーター」として飲食店経営を通して社会貢献できないかを模索してきた。

 「スポンサーを付けず自分たちで地域活性化できないか」。その思いから今回のフェアをばるんちゅ会に提案。全員の賛同を得て実施にこぎつけた。

 1日から会員が経営する南風原、与那原、那覇の10店舗で取り組みを開始。9月30日までの3カ月間を予定している。

 南風原では特産のつかざん完熟カボチャや生産高日本一のナーベーラー(ヘチマ)、与那原ではヒジキなどを使った料理を提供。松田さんはナーベーラーのおひたし、マーボーナーベーラー、ナーベーラーのデザートという個性的なメニューを出している。

また10店舗を回るスタンプラリーも実施。全店舗で使える商品券も贈呈している。

 松田さんは「自分たちの力で地域を盛り上げることに意味がある。僕たちもお客さんも楽しみながら、『いいとこ取り』で社会貢献したい」と話した。

 問い合わせは松田さん(電話)090(3075)3331。

 参加店舗は

▽一笑懸命笑撃的、夢家、皿Sara、華乃屋、松田建設(以上南風原)
▽モヒカン、夜ノアシオト(同与那原)
▽居酒屋海幸、焼肉ごっち、Loop(同那覇)。

子どもたちによる自治的自覚のための演劇

7月11日の琉球新報に演劇への参加を通じて、子どもたちが自治的自覚をもつようになったという内容の記事がありましたので、ご紹介します。「人は変われる。誰かのために。人は変われる。自分に自信を持ったときに」という子どもたちのメッセージに感動しました。




犯罪や非行の防止、更生者の支援に理解を深めてもらおうと「社会を明るくする大会」(主催・中部南保護区保護司会)が9日、浦添市てだこホールで開かれ、浦添市内の小中学生が演じる劇「優しい名のもとに」が上演された。

小中学生たちの「人は変われる」というメッセージに観客から感動と称賛の拍手が送られた。

 不治の病にかかりながらも人生を全うしようと頑張る子どもとの出会いをきっかけに、他人に必要とされる喜びを知った暴走族のリーダーが「誰かの役に立ちたい」と更生への道を歩み始める物語。

出演したのは公募で選ばれた40人でほとんどの児童生徒は演劇経験がなく2カ月余りの特訓を重ねて臨んだ。

最後は出演者全員で「人は変われる。誰かのために。人は変われる。自分に自信を持ったときに」とメッセージを発信した。

 出演した平良燦悟(さんご)君(仲西中3年)は「緊張したけどよくできた。演劇に参加したことで、生活習慣がよくなった」と自身の変化を語った。

宮城昌平君(同)は「これまで人前に出ることはなかったけれど、大勢の人の前に立てるようになった」と自信を得た様子だった。

 大会は浦添、宜野湾、西原、中城、北中城の5市町村から保護司ら1000人が参加した。大会に寄せられた作文、標語の優秀作26人が表彰されたほか、4人が意見発表した。



南城市ゆんたく会の試み

7月16日の琉球新報において、南城市ゆんたく会の活動についての記事がありましたので、お伝えします。住民が「ゆんたく」しながら、地域の農業の可能性をそれぞれ語り合う、自治の集いであると思います。このような互いに分け隔てなく、自由に、平等に話し合いができる地域の集いが琉球中にどんどん広がってほしいです。




【南城】南城市農業ゆんたく会が10日、南城市役所玉城庁舎で開かれた。市内の農業従事者と行政の農業担当者らが本音で語り合い、情報や意見を交換して今後の取り組みにつなげようという初めての試み。

約40人が参加し、各自が直面している課題や意見を出し合った。

 農業従事者は市内のJAの支店長やサトウキビ、果樹、野菜など各生産組合・部会の代表らが出席。

市からは古謝景春市長をはじめ農業委員会事務局や農業担当の職員らが出席し、酒を酌み交わしながらざっくばらんに語り合った。

 市では昨年、県から拠点産地として認定されたオクラをはじめインゲン、ゴーヤーなどの野菜が順調に生産量を伸ばし、果樹では国、県の補助を得たマンゴーハウスが今年完成する。

一方、肥料の高騰への対応、若い生産者をどう増やすかという不安要素もある。

 宮古島市のマンゴー農家を視察した生産者からは「行政のバックアップが徹底していた。南城市ももっと踏み込んだ事業をしてほしい」という声が上がった。新価格制度を迎えるサトウキビ生産組合からは「大変頭を悩ませているが、組織づくりに力を入れたい」との意見が出た。

 そのほか「規格外品を高く売れるような政策はないか」「養豚業との連携を図れないか」「農家に有用な資料を行政から定期的に提供してもらえないか」「農産物加工品を学校給食に取り入れてほしい」などの問題提起がなされ、出席者は活発に意見を交換していた。



フィジー・クデターの波及、サイパンの衣料産業衰退、クック諸島と海面上昇

2006年12月の太平洋諸島のニュースをお送りします。同年、フィジーにおいてクデターが発生し、現在も、バイニマラマ軍司令官が暫定首相の地位にあり、憲法の廃止されたままの状態です。「平和」な太平洋諸島の中には、3年以上も軍事政権が続いている国が存在することを忘れてはなりません。
なぜ、フィジーにおいて軍事政権が存在し続けているのか、クデターが何度も発生しているのかの背景を考える必要があります。


12/6 PIR
 サモア政府はフィジーでのクーデターを非難し、新政府を認めない方針を示した。

サモアのサイレレ首相は、フィジーの憲法に従って合法的な形で樹立されなかった新政府を認めないだとうと述べた。

同首相は、民主的に選出された政府が軍隊により排除されたことに対し、サモア政府も懸念していると語った。サモア政府は先週、フィジーで学んでいるサモア人学生に対し、出来るだけ早くフィジーから出国するように呼びかけた。

同時に、フィジー行きの旅行、またはフィジー経由の旅行を行わないように国民に求めた。パプアニューギニアのソマレ首相は、フィジーでのクーデター発生を大変残念なことだと述べた。ソマレ首相は、太平洋諸島の全ての政府は、バイニマラマ司令官による行動を許さないだろうと語った。


フィジーはEUに砂糖を輸出していますが、それは世界市場からも優遇されており、各種の援助金ももらってきました。そのような経済的利益があるにもかかわらず、フィジーでは現在も軍事政権が続いています。


12/15 PIR
 EUがフィジーに対する援助を中止し、フィジー軍人のEUへの渡航を認めない措置をとった。

欧州議会は、フィジーに対する人道関係以外の援助を中止し、フィジー軍人、その家族等のEU諸国への渡航を認めない措置を決定した。

ただし、NGOによって実施される教育関係の援助事業は適用の対象外とするとした。ガラセ政権を強制的に廃止したことは、EUとアフリカ・カリブ海・太平洋諸国との関係を規定するコトノウ合意に反する行為であると、EU側は認識している。

EU議会は、フィジーに政治経済的、社会的安定をもたらし、現状を解決するために、太平洋諸島フォーラムのメンバー国や他の諸国が圧力を加えることを求める決議を行なった。


サイパンは観光の島であるとともに、衣料製造業も盛んでした。しかし、世界の自由貿易化の影響をうけて、次から次に工場が倒産し、アジア人労働者が帰国しています。島嶼経済の不安定性を象徴的に示しています。

12/27 PIR
 失業した衣料製造工場の労働者がサイパンから帰国し始めた。

サイパンの倒産する予定のコンコルド衣料工場で働いていた労働者261人が中国に帰国する。先週、同社の152人の労働者が中国に帰国した。同社には1400人の労働者がいたが、今月、全員が失業した。

中国人職業斡旋人に支払った手数料や税の払い戻しを北マリアナ諸島政府に求めて、衣料工場の元従業員がデモ行進を行なった。



太平洋には、クック諸島、マーシャル諸島、ツバルなど海抜の低い島国が多く、すでに海面上昇により多くの問題を抱えるようになり、国際的な運動を展開しています。


12/28 PIR
 クック諸島の代表がナイロビで開催されている気候変動国際会議に派遣された。

クック諸島の代表がナイロビで開催されている国連の気候変動枠組み会議に参加した。クック諸島政府の代表と、NGO代表の会議参加は、WWFにより資金援助された。

クック諸島は、1992年から国連気候変動枠組み会議、2001年から京都議定書会議のメンバー国である。クック諸島を含む島嶼国は、世界でも二酸化炭素をほとんど排出していない国々であるが、気候変動による海面上昇の影響を最も受けやすい国々であるといえる。ナイロビでの会議には政府、NGO,マスコミ等から5924人が参加する。

自治とは何か13

後藤新平の自治に関する言葉です。
わけ隔てのない、互いに意思疎通ができ、調和する社会が自治によって実現できるのです。



こういう社会にはわだかまりもがなく、階級があっても階級軋轢がなく、不平不満がなく、自然圧迫もなく屈服もなく、今まで意思の疎通を欠いていた障害はまったく取り除かれて、必ず希望と精力とに満ちた平和な進歩的社会が出現することになる。

この喜ばしく願わしい社会へ切り開いていく唯一の道は、自治である。こういう社会が日本全国に出現し、彼とこれと疎通し協力し提携し融合して全日本大に拡大されたとき、新日本建立の目的は達成されたのである。



現在、私は大津市に住んでおり、比良山系と琵琶湖の間にある田圃の中に自宅があります。小さな庭で野菜を植え、草花を愛でています。大自然の中で心身の英気が養われているのを感じています。琉球の自治も、豊かな島や海の自然が土台になると思います。大自然の力によって自治の力が発育するという実例が、西表島の石垣金星です。
先日行われた民際学研究会での石垣さんのお話からも、自然と自治の関係性の強さを実感しました。



大自然と親しんで、科学的生活を送って行けば、環境の感化によって心身の調和を得、精神も爽快に身体も壮健になる。鍬を手にとって田園に菜根を培い、または山水を跋渉して英気を養うその間の利益は計り知ることができない。人の世に処するには清い心と強い力がなくてはならぬが、この二大要件は大自然の感化から得られる。

この二大要件を具備して個人生活より公人生活へ、社会奉仕より国家奉仕へと進むことは、人間として実に尊い姿である。くれぐれも自治とは独立円満の心であって、内には不平がなく、外には和合がある。この真剣な力が支配する社会には、何の不安衝突もあるべきはずがない。この自制があり調和のある人間特有の自治精神は、かの大自然の感化によって、いやが上にも発育するものである。


後藤新平が生きていた日本も多くの困難を抱えていましたが、今日の日本も山積する諸困難に取り囲まれています。調査によって、これらの諸困難の原因を明らかにし、解決策を提示し、それを実行していく一人ひとりの住民によって地域の自治が実現していきます。

後藤新平は72年の生涯において、まさに自治を実践してきた、自治の担い手であったと考えます。私は現在、『正伝 後藤新平』他、後藤新平関係の書物を読み、自治実現のための方策、考え方、生き方を学び、琉球の自治を実現させ、新琉球学を切り開くために、格闘しています。



今、日本は多年の宿弊に苦しみ、未曾有の国難に悩まされているが、諸君がこの病国、病国民に自治の霊薬をすすめて清新雄大の気風を奮い起こしていけば、新日本建立の目的は自然に達成されて、いつしか国難は雲と散じ霧と消え、わが祖国日本は、人類生活の理想郷たる自治の霊土と化して、全国民は永久に平和の福利を享けるであろう。

与那国島への自衛隊配備計画

7月8日の八重山毎日新聞に与那国島への自衛隊配備に関する社説と、7月10日の同紙に町長選挙についての記事がありましたので、お伝えします。

「自衛隊が来れば島が活性化する」という、他者頼みの地域活性化が本当に島の自治、自立につながるのか。一人ひとりの住民が強い自治的自覚をもち、皆で協力して自治の島をつくりあげることによって、若者も島に戻ってきたいと思うのではないか。

内発的発展を島人の手で作り上げる過程を子供だちが見て、参加する機会を増やしていくことが重要になると思います。

今度、町長選挙に立候補した田里さんは『今こそ琉球の自治を』(藤原書店の雑誌『環』)にも寄稿して下さいました。私も田里さんと会い、話したことがあります。台湾との交易、交流を体一杯に情熱をこめて話して下さいました。

八重山諸島と台湾とが同じ島として人、物、カネ、文化が交流し、移動し、島を開くことで、自治、自立を実現することができると信じ、実践してきたのが田里さんであると思います。

今回の町長選挙は、与那国島の自治を問う選挙になるのではないでしょうか。国政選挙と同様に、注目すべき選挙であると思います。





国境の町与那国への陸自配備に現実味

■国が配備検討を表明
 5日の一部本土紙が、「政府は4日日本最西端の与那国島に陸上自衛隊の部隊を配置する方針を決めた。年内に策定する時期中期防衛力整備計画に盛り込む。複数の政府・与党関係者が明らかにした」と報じた。

去る6月30日に同町の外間守吉町長と崎原孫吉議会議長らが上京、浜田靖一防衛相に要請したばかりであり、防衛相の反応も「私が(皆さんと)会ったのが答えではないか」と好感触だったというものの、新聞報道の通りだとすると、あまりにも早い回答だ。

 これに対し外間町長は5日、「政府から連絡はない」としたが、翌6日に浜田防衛相が防衛や災害対策面から配備の必要性を述べ、国境の町与那国に自衛隊配備が現実味を増してきた。

本当に与那国町に自衛隊は配備されるのか。この自衛隊配備で本当に島は活性化するのか。来月2日には任期満了に伴う町長選挙が実施される。

同選挙では当然のことながらこの自衛隊誘致の是非を町民に問うべきだろう。

■自衛隊に過大な期待
 自衛隊誘致要請の背景には、市町村合併の住民投票で自立を選択したものの、減り続ける人口、一向に歯止めのかからない過疎化への危機感がある。

 確かに与那国町は島に高校がないことから、中学卒業生の分だけ毎年人口が減り、逆に島には公共工事も減るなどして仕事がないため戻ってくる人も少なく、人口は1500人割れ目前にある。そこで人口増加策として出てきたのが自衛隊誘致だ。

誘致派は100人規模の部隊を誘致することができれば、その家族も含めて200~300人の大幅な人口増となるばかりか、これら自衛隊員や家族らの落とす金で町財政や島の経済も潤い、さらに自衛隊関連の補助事業などで公共施設も整備され、島が活性化するなどと考えているようだ。

 しかし実際はどうか。逆に人口は減ったという話は聞くが、自衛隊誘致で町が活性化したという話は残念ながら耳にしたことはなく、その点自衛隊で活性化はいささか疑問だ。

そういう成功事例があるなら誰もが自衛隊誘致に奔走するだろう。もしそういう成功事例があるなら誘致を進める外間町長はそれを町民にきちんと示すべきだ。

■若者を引き寄せる産業
 新聞報道では、配置する部隊はレーダーなどで付近を航行する船舶の航行情報を収集する数十人規模の沿岸監視隊で、実戦部隊は島に演習を行う土地がないことや中国・台湾を刺激しないために見送る方針という。

この部隊、この人数は果たして誘致派の思惑と合致するのか、あるいは思惑はずれか。

 島では町長らの誘致のあり方に批判や不満も出ているようだが、幸い無投票も現実味を帯びていた町長選は、どうやら町議の小嶺博泉氏(38)が対抗馬として出馬の見通しになった。良くも悪くも島の将来に大きくかかわる問題であり、両候補者はぜひ町民に自衛隊誘致の是非を問うべきだ。

3市町長らが要請した八重山から台湾への修学旅行は実施可能となり、両圏域交流の足がかりはできそうだ。こうした中で自衛隊誘致は台湾や中国に余計な緊張感、警戒感を与えないか。

 仮に自衛隊誘致で人口減を止めたとしてもそれは一時的。中学卒業生の分毎年人口が減っていく構図は変わらない。島に若者を引き寄せる産業をどうつくるか。これが活性化の大きなポイントだ。その点町は施策を尽くしていない。問題含みの自衛隊に頼らない活性化策をもっと論議すべきだ。



現職に対抗、自衛隊誘致反対訴え

【与那国】町国境交流推進特命事務局長の町参事、田里千代基氏(51)は9日、8月の町長選に立候補する意向を固めた。辞表は週明けに提出し、後援会組織の構築を急ぐ。

 現職の外間守吉氏(59)の対抗馬の擁立作業は混迷を深め、8日には町議の小嶺博泉氏(38)が出馬の意向から一転、辞退を決めたばかり。田里陣営が今後1カ月足らずの間に、現職に対する批判層をどこまでとりまとめられるかが選挙戦の行方を占うことになりそうだ。

田里氏は3月に外間氏が自衛隊誘致を表明したのをきっかけに出馬の可能性を検討し始め、「無投票になるなら、自分が出馬する」と考えてきた。

 田里氏は9日、「出馬する人がいなければ、常に出るつもりでいた。自衛隊誘致など昨今の動きは放っておけない」と話し、自衛隊誘致に反対の立場で選挙戦に臨む考え。

政策は、05年3月策定の「自立ビジョン」にのっとった住民主体の行政や、観光入域10万人を目標にした台湾との交通体系の構築などが柱となりそうだ。

 田里氏は9日午後、支持者らとともに町革新共闘会議(新崎長吉議長)に推薦を要請した。新崎議長は八重山毎日新聞に対して「(田里氏推薦の方向で)進めたい」と述べた。

また、田里氏は政党からの公認や推薦、支持は受けない考え。
 田里氏は57年、与那国町生まれ。八重山高卒。83年に町役場入りし、経済課長などを経て、08年9月から国境交流推進特命事務局長。

ニューカレドニアにおける先住民文化の振興、グアムでの基地反対運動、フィジーとアジアとの関係強化

2007年1月の太平洋ニュースをお伝えします。
ニューカレドニアに住む先住民族カナク民族は、フランスの文化支配に対抗して、独自の教育、言語政策を進めています。文化的自治が政治経済的自治の基礎となります。


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 ニューカレドニアにおいてカナク語学校設立に許可がでた。

ニューカレドニア議会は、フランス領で最初の先住民言語の学校となるカナク語学校の設立を認めた。この学校の主な目的は同領土にある40の先住民の言語や方言を守ることにある。

19世紀のキリスト教宣教師によるカナク語からの翻訳活動を除いて、先住民の言葉が書き言葉に残されていないという問題がある。

同学校の8人のメンバーはニューカレドニアの主要な文化的、伝統的親族団体等から選出された。カナク語はオーストロネシア語族に属する言語である。ニューカレドニアの人口約23万人のうち約6万人がカナク語を話している。


チャモロネーションというグアムの民間団体を中心にして、海兵隊増強による基地機能の強化に反対する運動もあることを忘れてはなりません。


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 グアムにおいて基地機能強化に対する反対運動が展開されている。

グアムにあるチャモロ・ネーションという団体を中心とする「グアムの平和と正義のための連合」は、同島において強化されている基地機能に反対するオンライン上の主張に対して国際的な支援を求めている。

世界の諸団体からの支援されている同連合は、世界中から3700万人の反対の署名を集めたと主張している。

来年から実施される沖縄からの海兵隊移設決定過程においてグアムの人間が排除されていることに異議を唱えている。またこの基地強化は、環境、社会、文化、政治経済からみて島のコミュニティーに深刻な影響を与えるとしている。

海兵隊の移設に関して、地元経済界やグアム政府は支持の姿勢を示し、基地経済により地元経済も改善されると考えている。


現在のフィジーの政権は軍事クデターによって成立した政権ですが、豪州、ニュージーランド等の欧米諸国との関係が冷却化するのとは反比例して、中国をはじめとするアジア諸国との関係が強化されています。
アジアと太平洋との融合は他の太平洋諸国においても顕著に見られます。


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 バイニマラ政権は、アジアとの経済的、軍事的関係強化を目指している。

フィジー政府の幹部は、東南アジア諸国や中国を訪問することで、経済、軍事的関係強化を行おうとしている。

バイニマラ氏は、マレーシア、インドネシアに派遣されるフィジー政府代表団は、より良い貿易関係の構築を目的にしていると述べた。

また、中国への代表団の派遣は、世界最大の軍事力をもつ同国との関係を強化するための支援を求めることが目的であると語った。豪州、ニュージーランドがこれまでフィジーに対して実施し、最近中止した軍事訓練に関して中国と協議しなければならないと、バイニマラ氏は述べた。

また、アジア諸国との関係強化は、豪州とニュージーランドとの関係に代わるものではなく、フィジーが失ったものを補うための措置であるとバイニマラ氏は語った。

映画「島の色 静かな声」のご紹介

昨日は、龍谷大学民際学研究会を開催し、研究者の三田さん、詩人の上田さん、そしての西表島の石垣さんのご発表をもとに、参加者全員がそれぞれ心の糸で結びあった時間を共有することができました。参加者に感謝いたします。

さて金星さんが出演された映画「島の色 静かな声」が全国で上映されています。京都でも、8月1日から一週間ほど、上映されていますので、ぜひ、見に行きたいと思います。

映画についての情報をお伝えします。



この物語は、闇に浮かぶ海と波の音から始まり、
そこに光と色彩が現れる。

青い海に囲まれた緑の島、
目の覚めるような藍の布、
揺れる緑の芭蕉畑、

手紡ぎの白い糸、回る糸車、
四季折々の植物とその色を染める神秘的で強烈な瞬間、
軽やかな機を織るリズムとその心地よい音、

丹念な仕事を繰り返す手、
日に焼けた肌、皺の刻まれた顔、
桃色の子供の肌、

ジャングルの中を駆け抜ける足、
釜を焚き付ける炎と白い煙、
木々の間で干される糸や布、

台風のときの強烈な風と雨、
海に浮かぶ布、
深紅の花、

猪猟、
神の恵みに感謝する唄と三線の不思議なメロディー、
白い衣を着た司の祈り、

黄金色の夕暮れの海、
節祭で迎えられた黄色の着物を纏うミリク神、黒装束の女たちの踊り、
サバニ舟を漕いで海へと向かう男たち、

夜更けまで泡盛を飲んで歌い踊る村人、
猛暑の中での農作業や漁業、
豊かでダイナミックな自然、

そしてその自然を守るための島人の努力。
それらの多様な表情が、力強く、繊細に織りなされていく

「島の色 静かな声」製作プロジェクト
実施時期:平成18年4月1日より平成21年3月31日まで(3年間)
実施場所:沖縄県八重山郡竹富町字西表(西表島)

監 督:茂木綾子
撮 影:ヴェルナー・ペンツェル
チーフプロデューサー:芹沢高志
プロデューサー:相澤久美

製 作:サイレントヴォイスLLP (日本)
共同製作:ヴェルナー・ペンツェル・フィルムプロダクション(ドイツ)
プロデューサー:ヴェルナー・ペンツェル

スーパーバイザー:ヨーク・グロッスマン
共同製作:レ・フィルム ドゥ・プレゾン(フランス)
プロデューサー:パトリス・ネッソン
プロダクションマネージャー:ローランド・ヴァルシーニ

協 力:紅露工房(代表・石垣昭子)、石垣金星、西表島 祖納集落の皆様、P3 art and environment、ライフアンドシェルター社、松丸亜希子、伊藤忍、八木直子 他

実施対象:石垣昭子(染織家)、石垣金星(三線奏者)
事業実施総費用:4,500万円
実施スケジュール:
2006年 9月~2007年 1月 資金調達 、スタッフ調整
2007年 2月~2007年11月 撮影 

2007年12月~2008年 2月 編集、上映会・劇場の策定
2008年 3月~2009年 4月 上映、作品の寄贈、映画祭出品(予定)

技術、撮影、作品の形態:
[本編尺] 80分
[ジャンル] ドキュメンタリー

[撮影] スーパー16ミリフィルムカメラ/HDVカメラは、作品のメインテーマである色彩や光、布の質感など、繊細でデリケートなシーンを的確に表現するために使用。HDVカメラは、自然の中を歩き回る際や祭事など動きのあるシーンと、トークの撮影に使用。

[撮影チーム] 監督、カメラマン、音声の計3名。

[コンセプト] 時間をかけながら人々の日常生活に寄り添い、季節毎の仕事や行事など、一年で一巡する島の暮らしを撮影。映像は常に色彩に重点を置きながら、詩的に精神性を表現するようなものとする。

高感度のマイクで自然の音や日常の音、唄や音楽を録音し、美しく臨場感あふれる音声を作り、音楽は撮影対象の石垣金星氏の音源を中心に編集。説明的なオフヴォイスの解説は避け、映像自体の力を引き出した編集で静から動への日本的なリズム感を表現する。

都市の現代生活と対極にある時間感覚、意識、精神性や思想を表現することで人々へ疑問を投げかけ、伝統や民族的価値の保存を意図したドキュメンタリーとは一線を画した、芸術的、詩的な作品とする。


宇宙の全てを生む母体である未知の闇。
そこに光が現れる。

光があるから私たちの目があり、目があるから色がある。
あらゆる生命が色と戯れて生きている。
闇に光が射すとまず生まれる青は、空と水の色でもある。

本来は無色透明であるのに、遠くから見ると青く見えるのは何故か。
植物は緑、花々は色とりどり、土は茶色、赤い血に赤い炎。
その全ての理由は謎だ。

科学的な説明ではない、色の本質について考えていくと、
謎は深まるばかりであるが、そんな雲を掴むような感覚こそ興味深く、
隠された意味を追い求めたくなる。

芸術とは、目に見えない、手にすることのできない何かを追い求め、手探りし、嗅ぎ分けながら、
目に見えるものに少しでも定着させようとした努力の結果であるだろう。

古くからある日本の伝統工芸として、植物から色を染め、布を織る人たちがいる。
元々はどこでもあり、誰もが知っていた技術だが今ではほとんど失われた、
身近にある自然の素材と丹念な手仕事による技術の原点から生まれる、限りなく自然に近い色。

八重山諸島、西表島に暮らす石垣昭子氏の、
野山で取ってきた植物で、霊気の籠った色を染め、機で織り、海の水で洗い、
心を込めて仕上げられた布は、身に付けるための一枚の布でありながら、
それを手にし、目にした者に激しい衝撃とパワーで何ものかを突き付け、
不思議な程に心を強く揺さぶる。

それは私たちの忘れかけている、大切な何か、忘れてはいけない何かを、
無言で語りかけてくるのを強く感じさせるからだ。

自然は彼女に語りかけ、色を通して宇宙の神秘を垣間見せているのではないか。
目には見えない、言葉では言えない領域からの信号を、糸に、織物の中に吹き込む。
そんな、自然の中に存在する純粋で美しい色あいは、
当然、化学染料や化学繊維では決して生み出すことはできない。

その違いは一目瞭然であり、
科学だけで色の本質へは近づけないことの証でもある。
色の本質を求めるうちに、失われつつある純粋な自然の色を再び私たちの手に取り戻すためには、
自然そのものを守ることが、何よりも重要な課題であると、確信してゆく。


色が色になる前の光であったとき、それは遠い彼方からやってきて、
やがて私たちのところに届き、色となる。
その遠い彼方を感じさせてくれる色。

神が自然に与えた色彩の美は、一枚の布の中で再びよみがえる。
それはまさしく、宇宙からの贈り物、なつかしい母なる色として。
茂木綾子



関係者プロフィール

石垣昭子 Akiko Ishigaki
1938年沖縄県八重山竹富島に生まれる。女子美術大学卒業。70年より京都で志村ふくみに師事。80年に夫の石垣金星と供に西表島に紅露工房を開設。 島の植物による伝統的な染織の復興に取り組む。98年真木千秋、真砂三千代と「真南風(まーぱい)」と名付けた衣のブランドを立ち上げる。同年ニューヨークMOMAのジャパンテキスタイル展に出品。2000年より西表島に後継者育成のための町立て仕事センターを完成。島の伝統行事「節祭」の衣装を復活させ制作を続けるなど、島の伝統文化、技術継承の為に尽力する。「石垣昭子となかまたち展ー西表島の風と彩」、「夏の交布展」、「うちくい展」他、個展、合同展を多数開催するなど、幅広く活動中。

石垣金星 Kinsei Ishigaki
1946年沖縄県八重山西表島に生まれる。68年東京の順天堂大学を卒業後、沖縄本島で中学校の教員となる。数年後、母校の西表島の中学校に転勤。75 年退職して、若い人が島で仕事ができるように島の自然と伝統技術を生かした仕事を模索。自然を汚さない完全無農薬米の稲作に力を注ぐ一方、石垣昭子と供に「紅露工房」を開設。島の植物による伝統的な染織の復興に取り組む。三線の名手でもあり、八重山舞踊の公演にも参加。また、島に伝わる昔話、古謡、童歌、歴史、手仕事の技術などの数少ない継承者でもある。06年、西表に伝わる古謡を収録した『西表民謡誌と工工四』を出版。「西表の未来を創る会」会長。西表島の「西表島エコツーリズム協会」顧問。

茂木綾子 Ayako Mogi
1969年北海道生まれ。東京藝術大学デザイン科中退。92年キャノン写真新世紀荒木賞受賞。97年よりミュンヘン、05年よりスイスのラコルビエールに暮らし、06年には、ジュパジュカンパニーを設立。多彩なアーティストを招待し、生活、製作、交流を実験的に行うプロジェクトを企画、実施。06年4月に渋谷ユーロスペースで『風にきく』が上映された。雑誌『COYOTE』(スイッチ・パブリッシング)でフォトエッセイ「CARAVAN LOST」を連載。個展、グループ展など多数。
映像・映画作品:『IN THE COUCH』(ビデオ&フォトブック・TYOプロダクション・1996)、『SUITCASE BABY』(60分カラービデオ・THISFILMプロダクション・2000)、『風にきく』(57分カラービデオ・THISFILMプロダクション・2002・スイス二ヨン国際ドキュメンタリー映画祭特別賞・ミュンヘン国際ドキュメンタリー映画祭、台湾国際ドキュメンタリー映画祭出品・日本各地自主上映会開催・DVD発売中)、アサヒ・アート・フェスティバル『FOR FAMILY』ビデオ作品製作(2004)

ヴェルナー・ペンツェル Werner Penzel
1950年生まれ。ドイツ南部の地方で育つ。60年代後半は音楽と詩作に没頭、70年代初頭より映像制作を始める。ブラジルの劇団OFICINAと協働し、ミュンヘン・フィルム・アカデミーで学ぶ。南米、北米、インドと日本を旅する。『VAGABUNDEN KARAWANE』(1980)、『ADIOS AL ODIO』(1986)他の映像作品を制作した後、87年にニコラ・ハンベルトと共に「シネノマド」を設立。シネノマドの作品としては『ステップ・アクロス・ザ・ボーダー』(1990)、『ミドル・オブ・ザ・モーメント』(1995)、『スリー・ウィンドウズ』(1999)がある。この他にも監督、脚本、制作、撮影を手がけた作品が多数あり、ヨーロピアン・フィルム・アワードやドイツ・フィルム・アワードなど受賞歴も多い。06年スイスのラコルビエールにて、茂木綾子と共にジュパジュカンパニーを設立。06年4月に渋谷ユーロスペースで『ステップ・アクロス・ザ・ボーダー』が上映された。






自治とは何か12

現在の日本社会においても、毎日、家族、隣人等の間の様々な問題が発生しています。それだけ日本社会において自治の精神が大きく衰退していることを意味していると思います。先日、私は約600の学生に対し、自らが生まれ育ち、住んでいる地域において自治の実践があるかどうかを一枚紙に書いてもらいました。

学生なりに自らの自治の実践に誇りをもち、自らもどんどん自治にかかわりたいという学生が多くいました。他方で、なんら地域に愛着がなく、地域の行事にも関心がない学生もすくなからずいました。若い学生に自治の実例を示しながら、その重要性をともに学ぶことが、教育者としての私の課題と考えています。




近頃社会には、雑多な問題が横たわっている。問題の内容にはしばらく触れないとしても、その多くは信と愛の奉仕精神が欠け、自治の精神の乏しいのに起因している。

残念なことには、隣人と隣人と相親しむことを忘れ、利己の利益にのみ没頭して相手の利益を考えず、少しも協同融和の態度がなく、相互の了解同情ということが無視されている。もし社会に信と愛の奉仕精神さえ発動しておれば、問題の解決が容易であるというよりも、むしろ問題の起こる余地がないといった方が適切であろう。




自治とは現在に始まったものではなく、太古から人類が誕生して、社会的生活を営むようになってから存在する社会結束の人間の知恵であると思います。
人間の生きる知恵である自治を、どのように現代社会において振興していくかが、琉球の自治の大きな使命であると思います。
後藤新平の言葉は、自治的生活をする上において、大変、励まされます。




自治は日本では三千年来固有のもので、決して欧米から舶来の精神ではない。その表現の形式や名称は時代と場所とによって相違はあるが、個人生活から始まって、社会生活、国家生活に及ぼした発達運行の経路には何の変わりもない。

しかし、人間生活の様式は日に日に一新されていくものであるから、現代においては現代の思想感情に順応していけるよう、ここに大いに自治精神を振興し社会制度を刷新し、円満な自治の社会を建設することに努力しなければならぬ。

この意味において、自治の社会は単に形式だけでなく、信と愛の奉仕精神に満ちたものあるから、常に活気と弾力に富み、旺盛な同化力を持ち、外来の思想知識など一切を醇化するほどの実力を発揮しなければならぬ。社会自治の威力は、ぜひそうあるべきものである。

与那国島への自衛隊配備問題

7月9日の八重山毎日新聞に与那国島への自衛隊配備問題についての記事がありましたので、お知らせします。

人口減少傾向にある与那国島では、これまで台湾花蓮との交易活動など、国境をこえるべく様々な取り組みを行ってきました。
海洋基本法が成立してから、同法に関連したシンポジウムが日本本土から着た学者などによって行われ、自衛隊受入れの下地作りも行われてきたと思います。

自衛隊は本来、国防を本務とする組織ですが、与那国島ではむしろ人口増加、島の経済活性化の手段として受け入れを求め動きが強いのではないかと思います。行政や議会が強行的に誘致するのではなく、住民同士の徹底的な議論を踏まえたうえで結論を出してほしいと思います。




具体的な方針は未定

田靖一防衛相は8日午前、初めて来島し、町が求めている陸自配置について「先島諸島については、当然議論していくことになろうかと思う」と述べ、現在の防衛大綱に盛り込まれている島しょ防衛や大規模・特殊災害への対応などの観点から、先島への自衛隊配置を検討していく考えを示した。

ただ、浜田大臣は同日夕、空自那覇基地での会見で「現時点で部隊配置など具体的な方針を固めた事実はない」と述べるとともに、「専守防衛に徹する」と強調した。

外間守吉町長は浜田大臣にあらためて陸自部隊の配置を要請。外間町長によると、浜田大臣は「(陸自配置の検討は)八重山全域の中での話」と答え、与那国以外への自衛隊配置も検討する考えを示した。

 外間町長はまた、誘致に向けた今後の取り組みについて「(新年度に始まる新たな中期防衛力整備計画に向けて)静観するだけ」と述べ、政府の動きを見守る考えを示した。

 政府は現在の防衛大綱を見直すため、有識者による「安全保障と防衛力に関する懇談会」を開催。また、現在の中期防衛力整備計画が本年度に終わることから、新たな中期防策定に向けた見直し作業も行っている。

 外間町長は先月30日、浜田大臣に陸自配置を要請。町議会は08年9月、自衛隊誘致を決議していた。

浜田大臣は8日午前8時10分ごろ、那覇からの自衛隊機で与那国空港に到着。島内に1時間余り滞在し、町役場で外間町長から防空識別圏問題の解決について要請を受けたあと、西崎などを訪問。

 町役場では、小嶺博泉町議が浜田大臣に「自衛隊誘致に反対の町民もいます」と呼び掛け、浜田大臣が「分かっていますよ」と答える場面もあった。

町内には、自衛隊誘致の賛否双方の町民が横断幕を掲示。浜田大臣の帰任直前には、町の自衛隊誘致をめぐり、町教委の崎原用能教育長と町革新共闘会議の新崎長吉議長が同空港で口論になり、警備の警察官が仲裁に入った。



2008年9月に町議会が自衛隊誘致を決議してから1年足らずで、浜田靖一防衛大臣が来島した。外間守吉町長は6月に崎原孫吉議長とともに浜田防衛相に陸自部隊の島内配置を要請しており、浜田大臣の与那国入りはそのわずか8日後。

一部の本土メディアが与那国への「陸自配置決定」を報じるなど事態はめまぐるしく展開している。町民はどのように受け止めているのか。

■島の活性化に必要 自衛隊誘致賛成の住民
 誘致賛成の男性(40代)も「自衛隊配置が現実味を帯びてきたが、慎重にやるべき。強引にやると、町民を二分してしまう」と注文。

「誘致に反対の人も推進の人もいる。賛否がどのような割合か町長選で民意を問うべきだ。争点をはっきりさせるうえでも防衛相の来島はよかった」との考え。

 女性(40代)は「(自衛隊配置によって)戦争に巻き込まれるのではないかという不安はある」としながらも、「お金がないと生きていけない」と話した。

「自衛隊は島の活性化のために必要。島の人口は20年で半分になった。人が少なくなれば、何もできなくなる」と人口増や財政的な恩典に期待する。

■町民に説明不十分 自衛隊誘致反対の住民
 誘致反対の女性(60代)は、最近の動きに「町民不在のまま、筋書きが作られているように感じる」と不安がる。

「自衛隊誘致のメリットが具体的に示されていない。一般町民には説明がない。説明を受け、町民が話し合う必要がある」と、説明の足りなさにも不満だ。

 40代の男性は「(05年策定の)『自立ビジョン』には自衛隊のことは書かれていない。台湾との交流や特産品開発を進めているときに、なぜ自衛隊なのか。自衛隊誘致以外にも、やることはたくさんあると思う」と話す。

「30年前のCTS(石油備蓄基地)問題のように、島を二分することにならないか」という危ぐも。


浜田靖一防衛大臣の来島を受けた外間守吉町長は8日午前、同空港で記者団の質問に答えた。要旨次の通り。

―誘致の感触はどうか。
 「与那国に配備できますか」と尋ねたら、大臣は「それは八重山全域の中での話。私が与那国へ来たのが答えだ」と話していた。

―「私が与那国に来たのが答えだ」というのは6月30日の要請時の答えと同じ。それ以上に踏み込んだ発言はなかったか。
 なかった。『与那国(に配備する)』という明言はなかった。

―早期配備は求めたか。
 「(新年度からの新たな)中期防衛力整備計画に載せるような形でお願いします」と申し上げた。

―具体的にどの部隊の配備を求めたのか。
 全くの素人なので、部隊のうんぬんというのは私には分からないが、「駐屯地ということでお願いできませんか」と申し上げた。

―駐屯地は100人規模。その要望に大臣はどう答えたか。
 なんとも答えなかった。

―町として次の一手はあるか。
 中期防が出るまで静観する。

―防空識別圏の話は自衛隊の問題とセットか。
 最終的には私はそう考えている。

―町民から反対の意思表示があった。
 反対者がいることは知っている。誘致の環境が整うように話していきたい。

―住民投票は考えられるか。
 それも1つの選択かなと思っている。これは私一人で決めることではない。

―自衛隊誘致以外に町活性化の選択肢はなかったか。
 あるが、自衛隊誘致は私の発議ではなく、議会の発議で起こった。私も自民公認で当選したから、保守政権にのっとった考え方は当然のこと。

グアム軍事機能強化の理由、マーシャル諸島の核実験、島のカジノ、グアム戦時賠償問題

2007年2月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。グアムでは近年、軍事機能が強化されていますが、それは日本や韓国の軍事機能の強化と連動しています。


2/26 PIR
 「グアムの基地機能強化は中国に対抗するためのものである」とする分析がある。

 ニューズウィーク誌の2月27日号において、グアムの基地機能強化は中国への対抗が年頭に置かれていると述べる、リチャード・ハロラン氏の見解が掲載された。

同誌では「アメリカの浮沈艦隊」としてグアムにおける基地機能の強化が特集されており、ペンタゴンの新しいアジア戦略として紹介されている。

同誌には、「グアムは、想定される紛争地域から近く、米本土からはなれたところで戦闘を実施できるという利点がある。韓国や日本などの米国の同盟国が自らの安全保障に対する責任をもっと果たすように求めるペンタゴンの決意がグアムの基地機能強化の背景にある。」

との記述がある。グアムには現在、数千人の軍隊しか駐屯していないが、10年以内には2万人以上に増えるとみこまれている。

また、グアムに配備されている原子力潜水艦は、台湾海峡における中国との対抗に備えているとみられている。


マーシャル諸島における核実験の影響は現在でも続いています。


3/1 PIR
マーシャル諸島はブラボー核実験から53年目の年を迎えた。

 数百人の核実験犠牲者やその支援者が、マジュロ島に集まり、53年前に実施されたブラボー実験について考える集会をもった。

多くの発言者は、実験の結果、発生したガン、ケロイド、その他の健康問題について語り、またはビキニ諸島、ロンゲラップ諸島からの移住問題について話した。

犠牲者の多くは、米政府に対して数百億ドルの損害賠償の支払いを求めて訴訟を起こしている。しかし、米政府は1986年から2003年までに支払った2億7000万米ドルの資金が、核訴訟に対する完全で最終的な賠償金であると述べている。

それに対し、島の住民は、この金額そして米政府による医療補助金は全く不充分なレベルでしかないと反論している。


沖縄県もカジノ誘致のための審議会が設置され、賛否の議論が展開されるなど、カジノに大変関心が集まっています。


1/2 PIR
 テニアン島において490万米ドルのカジノ関連収入が上がった

テニアン島地方政府は、2006年度(2005年の10月から2006年の9月まで)において、同島にあるカジノからの関連収入として490万米ドルを受け取った。

しかし、そのうち450万米ドルは既に費消された。450万米ドルのうち330万米ドルは人的な経費として使われた。

カジノ関連収入の内訳を見ると、5万米ドルがカジノ申請手数料、54万米ドルがライセンス手数料、1万5千ドルがカジノで働く従業員手数料、3万3千米ドルが施設手数料となっている。



私がグアムに住んでいた頃から、戦時賠償問題が米議会において審議されており、グアムの人々にとって、戦争は過去のことでないことが改めて分かります。


1/8 PIR
 グアムの戦時賠償法案が提出される。

日本軍統治時代の戦時賠償を求めた法案が米連邦下院に提出される。ボダリオ米下院グアム代表は、戦時賠償法案の可決が自分にとって最も優先順位が高い政治活動であると述べた。

第二次世界大戦中、日本軍がグアムを統治しており、グアム住民が被害を受けたことに対して、2億米ドルの賠償支払いを求める「グアム第二次世界大戦忠誠認知法案」が米下院の2つの委員会で承認された。

しかしその後、議論が中断している。同法案では日本軍統治下で死亡したグアム住民に対して一人当たり2万5千米ドルの支払いを求めている。

同法案には100人以上の下院議員が共同支持者になっている。

清成忠男先生の公開授業

7月20日、龍谷大学3号館102号室におきまして、10時45分から、清成忠男先生の公開授業を行います。私が担当している「地域経済論」の受講生を主な対象としますが、学外者にも公開しておりますので、ご関心がある方はご参加ください。演題は「地域自立への挑戦」です。

主催は龍谷大学経済学会です。

清成先生は、70年代から八重山諸島、沖縄島におきまして「島おこし運動」の主唱者として、島人の島おこしを励まし、アドバイスを行ってきました。
本NPO理事の石垣金星さんも、自分の島おこし運動を外部からあたたかく励ましてもらったのが、清成先生であると仰っていました。

清成先生の略歴は次の通りです。



清成忠男(きよなり ただお、1933年 - )は、東京都生まれの法政大学経営学部名誉教授。専門は中小企業論。

東京都立青山高等学校を経て、1956年に東京大学経済学部を卒業。1973年より法政大学経営学部教授となり、1986年-1988年に学部長、1996年-2005年には総長・理事長を務めた。沖縄振興開発審議会会長、日本私立大学連盟副会長、大学基準協会会長などを歴任。

現在は法政大学学事顧問、沖縄協会会長、日本ベンチャー学会特別顧問、地域経済総合研究所評議員。2006年にフランス政府よりフランス教育功労章コマンドールを授与された。

国民金融公庫(現国民生活金融公庫)調査部(現総合研究所)調査課長であった1970年、専修大学中村秀一郎教授(当時)とともに「ベンチャー・ビジネス」という言葉・概念を世に送り出したことでも知られる。日本ベンチャー学会ではその功績をたたえ清成忠男賞を制定している。

自治とは何か11

後藤新平の自治の言葉を引用します。
社会国家の単位は個人であり、自治的自覚をもった個人が増えない限り、社会、国家は変わらないというのが、本NPOの根本思想です。よって年に2回、各島々をまわり、島人と自治について議論して、参加者全員の自治的自覚を促す活動を、地道に行っているわけです。





人体が無数の細胞からでき上がっているのように、社会といい国家といわれる大きな団体も、人間とう無数の個人から組織されている。

細胞が不健全であれば、人体もまた不健全であるように、社会国家を形作る個人個人が不健全であれば、その社会国家も勢い不健全な集団であることを免れない。

自然、社会国家が健全であるよう希うならば、個人個人が自治精神の堅実な活力に満ちた者でなければならない。

この意味から個人としては自己を感染して自主独立の人にあらしめなければならぬように、社会国家から見ても、この細胞である個人がどこまでも健全なことが必要である。





人間の人生上の目的として、真善美の追求がありますが、その人生目標も自治によってなり遂げることができます。



健全な個人とはどのような人物を指すかといえば、その特徴は単に衣食生活の満足のみを目的とせず、高い人間味すなわち尊い理想の実現を志して努力邁進するところにある。

人間の理想といえば、ある者は真を発揮しようととし、ある者は善に到達しようとし、またある者は美を表現しようとする。

こうして真なり善なり美なりを、偏頗にならないよう均衡を得て、人間生活に実現させようとするのが、人生の尊いゆえんである。

この理想は個人と社会と国家とそれぞれ趣を異にはしようが、自治精神がふる興されて初めてその目的が達せられる点は同一である。







社会的、国家的問題の根本の解決はまず、社会国家の構成員である、各個人の自覚が大前提となります。よって私も『琉球の「自治」』において、「琉球人を目覚めよ」と叫び、呼びかけたのであります。自治とは、行政上、研究上の言葉としてとどまっている限りまだ未熟であり、各人の宗教となるまでに、生活の土台にならねばならないものです。




この理想があるから、人間は向上し進歩し醇化するのであって、人間の組織する社会国家もまた、向上し進歩し醇化するのである。

自治生活の様式は、このように個人から社会国家へと条理整然とした経路を辿っていくものであって、個人の完成は、個人の集合している社会国家の完成となる順序である。

社会国家の腐敗が歎かわしい場合、それはいたずらに歎くべきことではなく、各個人が自覚反省一番して、ちょうど疲れ弱った身体に悩む者が、その身体の細胞に宿る病根を一掃して健康を回復するように、全社会、全国家の病弊改善を図らねばならぬ。

これが自治宗の信条であり使命である。

川勝平太・静岡県知事の誕生と琉球の自治

川勝平太先生が静岡県知事選挙に勝利しました。早稲田大学の時代から、先生には大変お世話になってきました。

2002年に沖縄島のンベンションセンターで開催された「21世紀沖縄のグランドデザイン」というシンポジウムでも、コーディネーターを務めてくださり、また、JICA沖縄センターにおいても、「汎太平洋大学」関連の講演を行うなど、琉球との関係もあります。かつて、グアムとパラオをご案内したこともあり、先生は「西太平洋津々浦々連合」を提唱されました。

川勝先生の選挙用ブログに次のような先生の言葉があります。



私は、静岡文化芸術大学学長として、静岡県の文化力向上に取り組んでまいりました。世界遺産を目指す日本一高い
富士山があり、自然、歴史、ものづくりなど、魅力的な「場の力」のある静岡県を「日本の理想郷」にしたい。
この強い思いに駆られ、大学から現場に飛び出し、身を捧げる決意をいたしました。

 「来るものを拒まない」「助力を惜しまない」「見返りを求めない」。
これが私の信条です。

 今、最も大事なのは、「教育の改革」です。一に次世代を育成するための学校教育、二に仕事や生活の現場で学び、三に情操教育が必要です。

美しいものを見れば、心は豊かになります。子どもや高齢者には美術館を無料にしたい。  
また、「食と農の改革」は日本の理想を創る第一歩です。山を守り、森や川を再生することは不可欠です。静岡県には、芸術品といえる農産品がたくさんあります。

新空港から「農芸品」を日本各地やアジアに売り込む先頭に立ちます。

 「行政改革」は待ったなしです。税金を一円たりとも無駄にせず、天下りを禁止し、医療や福祉、教育に振り向けます。

国政でも政権交代が起ころうとしています。静岡県から古い体質を徹底的に改善します。
ここ、静岡県から新しい国づくりの風を起こしたい。
それには、県民の皆さんの協力がどうしても必要です。





川勝先生は、内発的発展論の鶴見和子先生と対談集をだされるなど、地域における内発的発展にも大変関心を持ってきました。これまでの、研究・論考を、これからは実社会のために役立てる時が来たと思います。

経世済民の志を常に先生は語ってきましたが、張り裂けんばかりの先生の情熱と真心とをもって、「静岡の自治」を実現してほしいと思います。

私も静岡に6年間住んでいましたが、380万人が住む静岡も多様であり、自然が豊かな土地柄であります。静岡の可能性を十分発揮して、現在、機能不全に陥りつつある国政を地域から変えてほしいと考えます。

地域に住む一人ひとりが自治的自覚をもつためにも、リーダーとしての知事の役割が重要になります。

琉球の自治、静岡の自治等、各地域において自治が確立することにより、日本の自治、アジアの自治も実現するのではないかと考えます。

今年、富士山静岡空港が完成し、那覇との間に直行便が就航するようになりました。琉球と静岡が「黒潮連合」という、自治のための協力関係を形成することも将来可能ではないでしょうか。

私が住んでいる関西の各知事も独自な県づくりをしています。滋賀県の嘉田知事は環境や生活重視の県政、大阪の橋下知事は財政再建、国との対決等、独自な政策を行い、全国的にも注目されています。

地域主権確立がさらに前に進まんとするとき、沖縄県においては旧態依然の考えの知事がおり、今の沖縄県の閉塞状況の打破の必要性をさらに感じています。国依存、基地依存の政治経済政策をこれからどこまでやっていくのか。

政権交代が叫ばれ、地域から国を変える地域の首長の声が大きくなり、日本がいま大きく変わろうとしている中において、琉球はどのように自治・自立していくのかを考え、提言し、行動していきたいと思います。

マーシャル諸島の失業、下地議員のグアムにおける活動、パプアニューギニアと中国との貿易

2007年2月の太平洋諸島ニュースです。

島嶼民の職業訓練をさらに進めることにより、就職上のミスマッチを解消する必要があります。


2/9 PIR
 マーシャル諸島の失業率が35%に達している。

 今年1月31日に発効したマーシャル諸島の新しい労働法は、同国人の雇用を促進するよう企業に求める内容になっている。

しかし、地元民の中から技能のある雇用者を見つけるのが困難であるとの指摘もある。過去10年間、教育問題の改善が指摘されてきたが、抜本的な取り組みがなされないままである。

中等、高等教育を受けた人の割合は1970年にピークに達したが、その後、低落傾向にある。例えば、クワジェリン環礁の米軍基地に勤務するエバイ島住民のうち、1970年代初頭において大卒の割合は全体の4~5%であったが、現在は1%以下である。

首都マジュロでも機械工、教員、大工等の技能職が足りない状況にあるが、失業率は35%に達している。


下地議員が、グアムへの海兵隊移設計画において、琉球の企業が参画できるように、活発にグアムにおいて交渉活動を行っています。


2/20 PIR
 沖縄県選出の衆議院議員がグアム議会の幹部と会談する

 下地議員は、海兵隊員とその家族の約3万人が沖縄からグアムに移動することについて、グアム議会の議員、グアム住民と話し会うためにグアムにやってくる。

グアム議会のグテレス議員は、グアム大学で開かれるタウンミーティングに住民は参加して欲しいし、下地議員との議論によりグアムにおける基地拡大の動向について認識し、自らが心配していることについて話し、基地拡大の準備をするまたとない機会であると述べた。

海兵隊移駐による問題として、島のインフラ整備が追いつかないこと、犯罪や売春等の社会問題の発生等が指摘されている。

2/23 PIR
 日米両政府はグアムにおける軍事的支出に関してまだ動きを示していない。

 グアムの基地建設に関して、米政府からの財政支援が実施されていないなか、グアム議会議員は、グアムを訪問している日本の国会議員から、日本政府が支出する基地移転関連資金について確約を得ようとしている。

  グアム議会のグテレス議員は、基地移転にともなうグアムにおけるインフラ整備のための資金、10億米ドルを直接、グアム政府に支出するよう、日本の国会が決定するように、下地幹郎議員に対して求めた。

しかし、下地議員は、インフラ整備資金はグアムと米政府との間の問題であるとして、グテレス議員の要請を断った。

下地議員は「米軍再編に対する日本政府の支援は、米政府に対する融資の提供、日本政府の予算の実施として行われる。」と述べた。

グアム議会は米政府に対し、海兵隊移設にともなうインフラ整備のために24億米ドルの支援を求めていたが、米政府からの回答はまだ来ていない。

ウンピンゴ議員は「グアム住民が求めていることは、沖縄の住民が求めていることと同じである。下地議員は、我々が求めていることを理解し、日本の国会において我々の声を代弁してもらいたい。」と述べた。

下地議員は、基地の整備と同様に、基地の外におけるインフラ整備を米政府に求めることは当然の要求であり、米政府に対しもっと訴えるべきであると応えた。

下地議員は、沖縄県の地元民の参加なくして日本政府が再編計画を作成していることに対して、沖縄県庁は残念に思っており、グアムはこのような失敗から学ぶべきであると語った。

下地議員は「グアムと沖縄の基地は、東アジアの安全保障にとって非常に重要である。沖縄とグアムは日米両政府に対し大きく貢献している。

我々は祖先の土地を軍事利用のために犠牲にしている。グアムの人達はもっと主張していい。」と語った。そして、下地議員は、今回のグアム訪問は、沖縄住民の経験をグアムの人々と共有し、日本政府にグアムからのメッセージを伝えることであり、「自分は海兵隊再編の費用や予算について議論できる立場にはない。」と述べた。



太平洋諸国とアジア諸国との経済関係が緊密化していますが、資源の豊富なパプアニューギニアへの中国企業を中心とするアジア企業の進出が顕著です。


2/20 PIR
 太平洋島嶼国の中でパプアニューギニアが中国にとって最大の貿易相手国である。

 昨年、パプアニューギニアと中国との貿易額は5億1800万米ドルに達した。この数値は、2005年の両国間の貿易額に比べると37.8%増となった。同国のメダン州におけるニッケル鉱山開発事業によって、中国とニューギニアとの経済関係はさらに深まると見られている。

同事業は、太平洋島嶼国に対する中国企業の投資では最大規模のものである。

自治とは何か10

様々な困難があっても自主的自治の心で、勇気百倍の気で困難を一つ一つ乗り越えていくことが、自治の人生であるといえましょう。このような人間を養成することが教育であり、教育者としての責任の大きさを改めて実感しています。




日蓮上人のような一代の傑物が人のため国のため身命を惜しまず骨折っても、一生迫害のために苦しめられたという類いが沢山ある。

自治の心の必要は、この時である。このような場合には自己を信じ、自己を恃み、勇敢に正しい道を踏んで進まなければ、その目的を達するわけにはいかない。

日蓮上人などは、自信自恃の心が非常に強かったから、身にふりかかる百難に打勝って、最後の勝利を得たのである。

これが自主的自治の徳というべきもの、その偉大な人格の光は、今にいたるまで燦然と輝いている。





人生は修行であると思います。自主的自治的の道を全うすることは容易ではなく、宗教的信仰と同じような強い信念と意思が求められます。「人のお世話にならぬよう」を実行していくことが、個人、市町村、県、国それぞれの課題であると思います。溌剌として、自主的自治の精神をもち、行動を行う人間が多くいる地域も、元気で、自主的自治が溢れた地域になるでしょう。





世に立つには、まず自己を完成して、それから事に臨むのが正道である。自己完成とは、自主的自治の人であることである。

「人のお世話にならぬよう」の第一訣を金科玉条として猛進することである。そのような時には、人格自ずから磨かれ、精力自ずから加わり、期せずして成功への途上を一歩一歩辿ることができる。

自治の精神が熟して無限の創造力と発展性を表わすとき、それは神聖な信念すなわち宗教的信仰の発動であって、立派に完成された人格の人である。





自治は同時に共治でなくてはなりません。「ゆいまーる琉球の自治」が本NPOの名前ですが、ゆいまーる、つまり共治と自治とは一体であることを主張するために命名いたしました。



ただし自主的自治をはき違え、単独孤立、利己我侭とならないように心掛けなければならぬ。

自己は自己で独力責任を負い、何事も自身に引き受けて人のお世話にならぬから、他人の利害は知ったことではないとなってはいけない。

それでは社会的生活ができなくなるから、深くいましめるべきことである。

龍谷大学「地域経済論」公開講演会、民際学研究会のお知らせ

1.来週月曜日、朝10時45分から龍谷大学3号館102号室におきまして、滋賀県にお住まいで、琉球出身の高間悦子さんが講演されます。私が担当している「地域経済論」の授業での講演となります。

昨年、ゼミの学生とともに、滋賀県甲賀市にある高間さんの琉球館にいき、はなしを伺いました。

滋賀には多くの工場があり、琉球人労働者が季節労働者として働きにきております。昨年から雇い止めの問題が発生しており、その実態、沖縄県人会における日本人と琉球人との関係等について話を聞きました。

月曜日はさらに詳しくお話を伺いたいと思います。


2.来週木曜日の同じく「地域経済論」では、本NPOの理事でもある石垣金星さんが、西表島が現在抱えている問題と、島の可能性について語ります。わざわざ西表島から来て下さり、感謝です。学生さんも金星さんの人柄、生き方から大きな影響を受けるのではないでしょうか。


3.来週土曜日は、先月開催予定であった、民際学研究会を開催します。

日時:2009年7月11日(土)13時から17時
場所:龍谷大学深草学舎紫英館2階、第3共同研究室

話題提供1:三田剛史さん「フィジー・ツバルにおける華人社会」

話題提供2:上田假奈代さん (特活)「こえとことばとこころの部屋」http://www.kanayo-net.com/cocoroom/

話題提供3:石垣金星さん(石垣さんのプロフィールなどは2006年のインタビュー記事をリンクさせていただきます)
http://www.eco-online.org/contents/people/22ishigaki.html



興味と時間がおありの方は、どなたでも、ご自由にご参加ください。

以上のように、来週は多くの人との出会い、再開があり、大変、楽しみです。


琉球はなぜ人工物を作り続けるのか

桜美林大学の学生さんたちによる泡瀬埋め立て問題についての集いが開かれたことについて、janjan6月29日に報じられていましたので、ご報告いたします。
同大学の林先生から教えてもらいました。

開発を進めている沖縄市の市長は「革新市長」です。平和を主張してきた市長がなぜ、開発が有する暴力性を認識できないのか。「革新、保守」に関係なく、島の自然、生命、生活を理解し、実践していく政治家が求められます。

自然が消され、人工的なものがどんどんつくられていきます。人工的施設をわざわざ見るために観光客は琉球を訪問しているのではないのです。本物が問われているこの時代において、はてしなく、琉球は人工物を作り続けています。






環境省OBで現在「泡瀬干潟大好きクラブ」代表・水野隆夫氏の活動に賛同した大学生らによるシンポジウム「I know! You know! 工事No!~沖縄・泡瀬干潟を守れ~」が、6月27日に都内・水道橋で開かれた。

水野氏を招いての講演のあと、実際に泡瀬干潟を訪れての大学生らによる発表会や、会場壁面を使っての写真展に、参加者は泡瀬干潟の問題について理解を新たにした。


メンバーの手によるシンポジウムチラシ。「乙女よ、泣くのはまだ早い」等、大学生ならではセンスが光る。(撮影・三上英次 以下同じ) 泡瀬干潟は、沖縄市の海岸沿いに広がる270ヘクタールの青い海である。

美しいサンゴ礁だけではなく、動物156種(うち貝類108種)、植物18種以上の「絶滅危惧種」が生息する貴重な自然の宝庫である。

 ここに国と県、市が埋め立て事業費だけでも489億円もの人工島造成等を計画したのは、かれこれ20年以上も前のことである。

工事に伴う自然環境破壊や、公金の無駄遣いに反対する住民らが公金差し止めを求めて提訴、08年11月、那覇地裁(田中健治裁判長)は公金差し止めを命じる。しかし、県と市は控訴、埋め立て事業も、第1審判決を尊重することなく、断続的に進められている。

 シンポジウムでは、はじめに水野氏がスライドを使って、参加者に泡瀬の豊かな自然を紹介した。その中で、水野氏は工事推進派の環境アセスメントがきわめてずさんで、実際には360種以上は生息する貝の種類が20種程度と過少に報告されたり、無断でサンゴ礁が移植されたりしている現状を訴えた。

 また、一部の工事推進派が「人口ビーチを作ろう」と取り組んでいることにふれ、「泡瀬の自然は、ホンモノの自然であり、世界に誇れる宝なのに、どうしてわざわざ自然を壊して、人工物を造ろうとするのか」と疑問を投げかけた。

また、最近とみに耳にする〈環境との共生〉〈自然の創生〉といったキャッチフレーズで進められる計画の多くが自然を破壊している実態を挙げ、〈環境偽装〉であると指摘した。

続いて、桜美林大学の「学生団体Sea泡瀬」代表の吉岡さん、中茎さんらによる自然観察ツアー参加の模様が報告された。発表では、泡瀬の現状報告にとどまらず、2つの問題も紹介された。

 ひとつは沖縄北部に広がる、通称「やんばるの森」(東村高江地区)での米軍ゲリラ戦訓練やヘリパッド建設の問題である。

特に、ヘリパッド建設後は、さらなる訓練回数の増加や騒音、垂直昇降機「オスプレイ」の事故も予想されるとして、「そういう現実に起きている問題について、私たちは目を向けて行かなければならない」と訴えた。

 もうひとつは、辺野古への基地移設問題である。

 今年5月の泡瀬干潟視察に際して、吉岡さん、中茎さんらは、辺野古テント村も訪れ、現地の人たちから聞き取りなどもしている。「都市部の普天間基地の代替として予定されている辺野古は、天然記念物のジュゴンも見られ、泡瀬とともに多くの人たちが考えていかなければいけない問題だと思う」と吉本さんは語る。

水野氏を囲んで。左から司会を務めた中茎さん、懇親会幹事の石井さん、受付の遠藤さん、代表の吉岡さん。
 シンポジウム終了後、「学生団体Sea泡瀬」代表の吉岡さん(桜美林大学3年)に話を聞いた。

 「学生団体Sea泡瀬」は、現在メンバーは7人で、今年の2月には水野氏を大学に招いて講演会を開いたり、ふだんから勉強会なども続けたりしているという。

27日のシンポジウムもメンバー4名での運営で忙しそうではあったが、発表では「泡瀬干潟」にとどまらず、アメリカで「未亡人泣かせ」と呼ばれる(※事故が頻発してパイロットの妻を未亡人にすることにちなむ)オスプレイ機への言及があるなど、ふだんからの地道な研究の成果がうかがえた。

 また、「Iknow! You know! 工事No!」というシンポジウムのキャッチフレーズや、配布された大学生らしいチラシを見ると、みずみずしい感性が感じられる。このような若い世代の行動が、自然保護活動を支える新しい力になれば、水野氏も心強いことだろう。

 なお、「泡瀬干潟」に関する公金差し止め訴訟(控訴審)は、全3回のうち、すでに2回を終え、次回7月23日に結審の予定である。

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