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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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石垣島の自治基本条例

7月9日、8月17日の八重山毎日新聞に石垣島の自治基本条例についての記事がありましたので、お伝えします。

上地さんの言うように「協同」の意味内容を問い直す必要があります。行政主導、公務員優位の官治ではなく、本来の地域に住む一人ひとりの公民主体の自治でなくては、参加も協働という言葉も空洞化してしまいます。




石垣市議会の自治基本条例審査特別委員会(大浜哲夫委員長、全議員)は8日、第1回審査を市健康福祉センターで行った。当局側は条例の必要性を説明して理解を求めたが、「市民協働のまちづくりと言いながら、市民参画の条例策定になっていない」と策定手法に疑義が相次いだ。

このため特別委は、住民説明会の開催を要求するとともに、次回委員会で今後の審査の進め方を議論することにした。

 説明会には黒島健副市長のほか、各部の部長と筆頭課長らが出席。黒島副市長は「まちづくりに対する意気込みに理解をしてもらいたい」とあいさつ。

担当課長が条例の必要性について▽まったなしの地方分権▽多様化するニーズ▽行政主導から市民が主役へ▽市民協働のまちづくり指針の必要性の4点を挙げ、条例の概要を説明したが、策定手法の問題に質疑が集中した。

 「策定過程で多くの住民を巻き込むことが肝要だが、その経緯がみえない」(小底嗣洋氏)との指摘に崎原喬企画部長は「パブリックコメントや公募の市民会議を開いたが、条例制定後に地区懇談会やフォーラムを開催したい」と理解を求めた。

 これに「自治体の憲法と言いながら、この経緯は疑問だ」(小底氏)、「市民参画と言いながら皆さんで条例をつくって協働を押しつけている観もある」(宮良操氏)、「市民公募は5人、パブリックコメントの回答(意見)はゼロ。これでは市民の理解を得た条例とは言えない。策定前に懇談会やフォーラムを開催すべきだった」と批判する意見が続出した。

 崎原部長は「意見聴取の熟度が不十分だった」と認め、委員からは「この反省を踏まえて審議と並行して市民に説明し理解を求めてほしい」(小底氏)などと特別委の審査と並行して住民への説明会を求める声が多く挙がった。
 ほかに住民投票と議会制民主主義との整合性、条例制定後の施策展開に対する疑問も出た。



8月17日
 「自治体の憲法」と称する石垣市自治基本条例の制定がもたついている。議員全員で審議することになった市議会特別委員会で「市民協働のまちづくりと言いながら、市民参画の条例策定になっていない」と疑義が相次ぎ、特別委が当局の対応待ちで中断しているためだ

▼確かにその策定手法にも問題があるが、加えて市が同条例でうたう「市民協働のまちづくり」の「市民協働」という言葉にも疑念がある

▼それはたとえば、石垣島トライアスロン大会やマラソン大会などの市のイベントで市民にはボランティアで参加させながら、市職員は超勤手当てをしっかりといただく、そういうことも「市民協働」と言うのかの疑念だ

▼この言葉は近年、全国の自治体でもてはやされているが、その背景には役所は財政が厳しくなり、市民の多様な要望に応えられなくなったので、それなら市民に協力してもらおうと出てきたのがこの言葉のようだ

▼悪くいえば行政が市民をうまく利用するために作り出した言葉といえなくもない。むろん街角ボランティアのように市民が進んで協力するのは良いことだし、役所や役所職員らが市民と対等の役割を示しての協働事業なら大いに歓迎だ

▼まちづくりに大切な市民協働だが、それを生かすか殺すかは役所側の対応しだいだろう。(上地義男)
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ニウエの代替エネルギー、ミクロネシアの挑戦、トンガのカボチャ

2005年11月、12月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。
ニウエとは人口1500人程度の、ニュージーランドと自由連合協定を結んだ国です。内政自治権、外交権をもっています。中国と国交を結んでいます。島嶼において代替エネルギーへの転換が進んでいます。


12/15 PIR
 ニウエにおいて代替エネルギーが開発されようとしている。

ニウエは、再生可能なエネルギー源だけを利用する、世界で最初の国になろうとしている。現在、輸入したディーゼルに全てのエネルギー源を頼っているが、ニウエと環境団体、グリンピースが協力して、今後、風力発電にシフトしていくことになった。

ヤング・ビビアン・ニウエ首相は、燃料コスト、環境への影響を考えると、再生可能エネルギーにシフトするという考えは説得力をもつと述べた。グリンピースのフリッツパトリック氏は、燃料の確実な供給が不足している状態は太平洋諸国の大半が直面している現実的な問題であると述べた。


現在のパラオの大統領は、トリビオンさんです。来週、パラオに行きますが、ミクロネシアの挑戦の進展状況についても聞いてみたいです。


12/30 PIR
 パラオのレメンゲソウ大統領が「ミクロネシアの挑戦」構想を発表した。

レメンゲソウ大統領は、ミクロネシア地域における海洋や島々の環境を包括的に守る体制を構築するために、グアム、北マリアナ諸島、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島の人々の協力を求めている。

同大統領の提言には、2020年までにミクロネシア地域の珊瑚礁海域の30%、森林資源の20%を保護地域に指定することが含まれている。

同大統領はこの提言を「ミクロネシアの挑戦」と名づけ、2006年にブラジルで開催される生物多様性に関する会議において議論したいと考えている。同大統領は「ミクロネシア地域の島々は生態的、文化的、政治的に結びついており、地域全体で環境保護に取り組むことにより、国際的にも技術的、資金的な支援を得ることができるだろう。」と述べた。

また同大統領は、日本、豪州、非政府組織、民間の基金等が「ミクロネシアの挑戦」を技術的、経済的に支援してくれるだろうと語った。


トンガから日本への最大の輸出物がカボチャです。トンガは南半球にあるので、日本の端境期を活用して輸出してきました。近年は韓国にもカボチャを輸出し、アジア向けに海草、ナマコを輸出しており、アジア経済との関係が深くなっています。


10/27 PIR
 トンガ王がカボチャや海草の輸出を奨励している。

87歳のツポウ4世はトンガ国会の第135回会議を閉幕するにあたって、国民に次のような心のこもったメッセージを送った。

「学卒者の失業問題が心配であり、諸外国から企業を誘致する必要がある。具体的には、韓国向けのカボチャ輸出の増大、アジア諸国向けの海草やナマコ輸出増大、中国企業のトンガへの誘致、日本の銀行から低利融資の導入、ロシアとの漁業協定の締結等を推し進めなければならない。」

また現在、国王自ら米国より十億ドル規模の投資を誘致している。今年、トンガ産のカボチャが日本市場では受け入れられなかった。韓国市場は大きく、われわれは韓国向けのカボチャ輸出を拡大するために十分気をつけなければならない。

トンガ国内の小さな島で育つ海草の輸出が始まっている。日本で海草を販売している人物がトンガに滞在し、海草の輸出に関してアドバイスをしてくれている。トンガ産の海草やナマコを日本市場に輸出することは可能であるが、海草を輸出する前にさらに慎重に準備をしなくてはならない。

日本の民間銀行がトンガに支店開設を希望しており、この銀行が提供する低利融資を活用してトンガの経済発展を促すことが可能であろう。また中国の靴製造企業もトンガへの進出を検討しており、それが実現すれば100人以上の雇用が生まれるであろう。」




沖縄タイムス魚眼レンズでの紹介

8月27日の沖縄タイムス魚眼レンズにパラオと、ゆいまーるの集いについて触れた記事がありますので、以下にご紹介します。タイムスの与儀記者が記事にしてくれました。

8月19日に沖縄県庁に行ってたしかめたのですが、オセアニア地域において、県庁の名簿に県人会登録がされているのは、豪州とニューカレドニアしかあり万でした。グアムとハワイはアメリカ合衆国ですから、合衆国内の県人会として登録されています。

つまり、戦前、琉球人の多くが移住し、島の方にお世話になったミクロネシア諸島の島々が含まれていません。パラオには琉球人が住んでおり、県人会もありますので、県庁に登録するための手続きのお手伝いをしたいと思います。

9月1日から7日までのパラオ滞在となりますが、多くの方と会い、話をして、島の実態を目を凝らしてみて、パラオの自治から学ぶべきことを体得してきたいと思います。それを学生と話し合いながら相互の理解を深めていきたいです。




「9月に学生とパラオと沖縄を結ぶ体験学習をする」と話す龍谷大学教授の松島泰勝さん。「人口2万人の国が自然と文化を残し発展している。学生には現地の人々と触れあいながら学んでほしい」と強調する。

 パラオには沖縄県人会もあるが「県庁の県人会名簿などに登録されていないため、これまで『世界のウチナーンチュ大会』にはほとんど参加していない。だが、南洋群島とのかかわりなどもあり沖縄との関係は重要だ」と説明。

 現地ではパラオ大統領とも面会する予定で「持続可能な発展について話したい」と強調。11月には平安座島で地域の自治を考える「ゆいまーる琉球の自治の集い」の開催も予定。今後の活動に意気込んでいる。


平安座島、宮城島、伊計島、揚水発電所の写真 3

今日も、前利さんのご写真をご紹介します。
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上空からですと、島によってそれぞれ島の「顔」が違うことが分かります。また、宮城島、平安座島、伊計島からみる沖縄島の姿もみることができ、沖縄島中心のものの味方を相対化できます。

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伊計島の全景です。八重山諸島の島を上空からみても思ったのですが、各島において土地改良事業が徹底して行われてきたことが四角い農地から分かります。振興開発の痕跡が島の「顔」に刻まれています。

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沖縄島の中北部です。この海を埋め立てて新しい米軍基地が作られようとしています。基地建設後は軍用機や艦船が行き交う海となるでしょう。

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ヤンバルの森の中にある揚水発電所です。池のようですが、人工物です。いつか見に行って実態を確認したいです。
安渓さんがご指摘されていたように、台風などで揚水ポンプが破壊されたら、大きな被害となるであろうし、この発電所が建設される過程で、どのような対策が実施されたにせよ、自然に対して大きな負荷を与えていたことも事実であると思います。

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揚水発電所にとどまらず、ヤンバルには公費で道路も建設され、知事が裁判で訴えられていたこともあります。人間の欲望が島に刻まれた痕跡として、この揚水発電所をみることができます。





平安座島、宮城島、伊計島、揚水発電所の写真 2

昨日同様、前利さんから送っていただいた写真をご紹介します。

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平安座島の村とCTSの間には山があり、事故発生に備えて緩衝地帯を設けていると思います。15,6年前ににCTSを調査したことがありますが、その際、CTSの中に入り、事務所でも資料をもらいましたが、石油備蓄以外にも、野菜の栽培等の事業も行っていました。CTSは西原町にもあり、ブラジルの大きな石油資本が進出しました。沖縄県における最大の移出産物は石油製品です。

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上から見ると、たくさんのタンクがあることがわかります。平安座島、宮城島は学術研究上でも注目されており、多くの人類学者が研究の対象にしている地域でもあります。「伝統と近代のせめぎあい」が如実にみられる所としてでしょうか。

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右側にあるのが宮城島です。宮城島は最後までCTSに反対した島であり、いまでもコミュニティの力が強く、リゾート計画にも強い反対があったそうです。ぬちまーすという、製塩工場がありますが、地元企業であり、環境や地元信仰にも配慮した企業として、その設置が認められたそうです。

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宮城島は農業を中心とした島であることがわかります。

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さらに右手に見えるのが伊計島です。この島はビーチが有名であり、私が沖縄島に住んでいた頃、泳いだことがあります。島には大きなリゾートがあり、以前、この島にった時には無料でその施設内を見学できましたが、今回は、入場料500円を請求されましたので、監視所の前で車をUターンさせて戻りました。琉球にもこのような租界地のような場所が増えていると思います。

平安座島、宮城島、伊計島、揚水発電所の写真 1

前利さんより、11月のゆいまーるの集いで訪問する島々や揚水発電所の写真を頂戴しましたので、ご紹介します。前利さん感謝いたします。




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飛行機から撮った写真です。右上に沖縄島から海中道路が平安座島に向かって伸びています。

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平安座島の集落と、石油備蓄基地がみえます。私も大学生、大学院生のころ、海中道路、平安座島、宮城島を歩いて、開発と島の発展との関係について考えたことがあります。

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現在の海中道路は、舗装され、幅も広いですが、かつてのそれは、土をもっただけで、道路の柵もありませんでした。現在、この道路を使ったマラソン大会もあるそうです。

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この湾が金武湾であり、石油備蓄基地(CTS)が建設されるときに、「金武湾を守る会」が安里清信さんを中心にして結成され、建設に反対する運動が展開されました。今回の集いでは、CTS建設と島の発展との関係についても議論がなされると思います。

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私はこれまで石油タンクを横からしか見たことがありませんが、上から見ると多くのタンクがあることを実感します。かつては、油が海に漏れ、海の生態系が破壊され、漁獲高も非常に減少した時代がありました。私の『沖縄島嶼経済史』にも、金武湾の開発計画について書いておりますので、関心がおありの方は読んでください。

やんばる海水揚水発電所

沖永良部島の前利さんから、安渓さんのコメントにかかわる、海水揚水発電所についての資料を送ってもらいましたので、お伝えします。下記の訪問記は、インタネット上で公開されているもので、「沖縄やんばる海水揚水発電所訪問記」として、経済産業省九州産業保安監督部の企画調整官であった、上中孝夫さんが書かれたものです。





  九州には大平(おおひら)、天山(てんざん)、小丸川(おまるがわ:建設中、一部運開)という3つの揚水発電所があります。これらの発電所は河川を堰き止めた下池から山の頂上付近に造った上池に発電用水をあげて溜めておき、必要な時に発電を行うというものです。以前、小丸川発電所については建設の状況を紹介しました。
 
 今回は、その水に海水を使用している(つまり下池を太平洋にした)、電源開発(株)の“沖縄やんばる海水揚水発電所”を訪問しましたので、みなさんにお知らせしたいと思います。さて、まず初めは、発電所の名称に使われている“やんばる”の整理。広辞苑を見ると、漢字では“山原”と書き、沖縄県本島北部一帯の通称だそうです。

 《発電所の立地場所》
この海水揚水発電所は、沖縄県国頭郡国頭村(くにがみそん)にあります。日本でも世界でも、ここ1箇所にしかない発電所です。

 発電所の位置は、那覇から直線で北東方向約80kmのところ、名前のとおり、沖縄本島の北部、ヤンバル地区にあります。

 この地区は、みなさん良くご存じのノグチゲラ(国指定特別天然記念物)、ヤンバルクイナ(国指定天然記念物)を始めとする貴重動物の生息地で知られ、標高400m以上の山々が背骨のように連なる森林地帯となっています。

 また、この地区は河川流量が豊かということで、5つのダムや多くの取水場が設けられており、本島の中南部へ長い導水路で上水や工業用水が送られています。

    注:揚水式発電
    上池、下池の2つの池の間で、反復して水をやり取りし、発電をする水力発電の一形式。夜間の余った電気で上池に水をあげておき、昼間の需要期(ピーク時)にすばやく対応(発電)する。また、揚水式発電は、他の発電所が事故で発電できなくなった時の緊急用電源としての役割を持つ。

      
         【発電所の位置(電源開発(株)のパンフレットより)】
 
《発電所の建設~運用》
上池は標高約150mの台地の上、発電所は地下150mのところに設けられており、最大出力は30,000kWです。沖縄の電力需要がピークの時に発電(最大6時間稼働できる)することが目的です。
 
 ところで、発電所の方のお話しでは、そもそも海水揚水の発想は古くからあり、国は“技術的に可能か”“適地があるのか”といった調査を昭和50年代から全国大で行い、最終的にこの沖縄ヤンバルの地での建設に落ち着いたとのことでした。今の姿になるまでには長い歴史がありそうですね。
 
建設開始は平成2年3月(準備工事)、竣工(使用前検査合格)は平成11年3月ということで、実に9年の歳月を費やしています。

この発電所は海水を利用した世界で初めてのものということで、いたるところに新技術(海水による腐食を防ぐ。貝等が付着しないようにする。海水が地下に浸透しないようにする。)が使用され、当初は実証試験の施設(試験期間5年)としてスタートしました。

しかし、この試験も平成15年度に終了し、試験設備はそのまま“沖縄やんばる海水揚水発電所”となり、沖縄県の重要な電源として運用されています。

発電所の日々の運転は、沖縄電力の要請で電源開発(株)石川石炭火力発電所の制御室内に設けた設備から行われているとのことで、訪問した日は午後から11,800kWで発電していました。
 
    注:電源開発(株)は卸電気事業者として沖縄電力(株)に電力を供給

 【発電所諸元】
  発電所の所在地  沖縄県国頭郡国頭村字安波川瀬原1301-1
最大出力     30,000 kW
  有効落差     136 m
  最大流量     26 m3/S
  上池の有効貯水量 564,000 m3
  水圧管路     内径 2.4m × 延長 314m
  放水路      内径 2.7m × 延長 205m
新技術      上池をゴムシートによる表面遮水
           水圧管路を耐食性を有したFRP管
           ポンプ水車の材料にオーステナイト系ステンレス鋼

  
       
 《環境への配慮》
建設当時は、環境に配慮すべく、色々な試みが行われたようです。
当時の発表資料を見ますと、工事区域に生息する貴重動物が区域外に自力移動できるよう誘導したり、カメ等の小動物が工事区域へ侵入できないよう柵を設置したり、水路は傾斜側溝にして万一落ちたとしても自力で脱出できるようにするといった工夫が行われたとのこと。

建設工事中の水路のイメージはわきませんが、道路側溝を見ると写真のようになっていました。
おそらく、仮設の水路に落ち込んだカメが、森に戻れるような緩い傾斜を付けていたんだと思います。施設が完成した今でも注意深く問題がないか確認を続けられているとのことでした。
             
         
 一方、植物の方ですが、発電所の建設場所はヤンバルの森と言われる亜熱帯雨林です。
 建設時の掘削土の土捨場では、周辺の自然環境を保護するため、斜面にはヤシ殻マットを張ったり、周辺の森林と同種の苗木を植える等を行い、自然環境の早期再生に取り組んだとのことでした。
 
これらの結果、土捨場は写真のような姿に変わっています。見た限りでは周辺の環境になじんでいるように思えました。
   
 
《おわりに》
 この海水揚水発電所。試験施設から発電所へと名称を変え、既に5年目に入りました。沖縄の電力運用になくてはならないものとなっている様子です。

 また、インターネットを見ると、沖縄観光にも一役買っているようです。
 実際この発電所には年間5000人の見学者が訪れるとのこと。
 このため発電所には案内の方が配置されています。関心のある方は訪問されてはいかがでしょうか?
 
ところで、この発電所の調査、建設、試験、運用で得られた技術が他の所で活かされることが大事です。
現在、世界的にCO2の削減が叫ばれ、その対策として原子力発電所のような大規模な発電所建設の動きも見られます。

当然ながら、揚水発電所の必要性も高まって来ていると思います。世界の各所で日本の技術が役にたつ日を願い、訪問記を終えます。

注:一度見てみたいと思われる方は予めご連絡下さいとのことでした。
  電源開発(株)石川石炭火力発電所 電話番号 098-964-3711(代表)
  海水揚水担当の方がいらっしゃいます。

共同墓地とゆいまーる

8月15日の南海日日新聞に奄美大島宇検村の共同墓地についての報道がありましたので、お伝えします。2008年3月に宇検村平田でゆいまーるの集いをした時、新元さんから共同墓地を紹介していただきました。

個人墓地、家族墓地、門中墓地をさらにこえて、地域住民の共同墓地をみせていただき、地域の絆の強さ、地域による墓地管理、ニライカナイでの共同生活、寺社や墓地管理会社による支配からの解放等、いろいろ考えました。

共同墓所を地域交流の場所にすることにより、現世とニライカナイにすむ琉球人の交流もできて、大変良いと思います。



宇検村名柄集落(森豊治区長、80世帯、約140人)が建設を進めてきた共同墓地公園の落成式が14日、同所などであった。集落住民や役場職員、工事関係者ら約60人が出席して完成を祝った。
 
総事業費は約3600万円。ほか村の補助金約500万円も受けた。集落入り口のシュビラ(潮平)地区に精霊殿(約37平方メートル)、休憩所、駐車場を整備した。納骨堂69区画のうち、旧盆までには60区画程度が埋まる予定。鹿児島や関西の出身者からも希望が寄せられている。

 9日に納骨式を済ませ、この日は森区長と國馬和範村長の焼香に続いて参列者が献花した。
 場所を村地域福祉センター「やけうちの里」に移して祝賀会が開かれた。森区長は関係者へ謝意を表すとともに「ご先祖のみ霊も喜びのことと推測する。地域の憩いの場、交流の場となるよう願う」とあいさつ。

國馬村長は「集落民全員で管理運営し、誰でも行きやすい公園に」と祝辞を述べた。祝唄や余興も繰り広げられた。

 村内の共同墓地公園は5カ所目。過疎、高齢化が進む集落ではお年寄りの墓参や清掃に大きな負担が掛かることから、個別の墓を廃して共同納骨堂を建設する地域が増えている。

安渓さんからのコメントのご紹介

安渓遊地さんから昨日のブログについてのコメントが届きましたので、ご紹介します。
安渓さんについては、西表島の石垣金星さんからよくお話をうかがっていました。また、私自身はお会いしたことがありませんが、安渓さんの西表島の民俗誌、八重山諸島における稲束を貨幣とした交易等についての御研究から学ばせていただきました。

揚水発電所について御紹介下さいましてありがとうございます。琉球が台風常襲地帯であることを考えないで塩ビの発電所を建設したと考えられます。原発も琉球が島嶼であり、米軍基地が集中している場所であることを考えないで建設計画が進められています。

ヤンバルはこの発電所だけでなく、貴重な自然を破壊してダムも多く作られてきました。観光用の水需要が増大したからであり、仲井真知事が目指す1000万人観光客時代がきたら、ますます水が必要となりヤンバルの森が犠牲になることが予想されます。コンクリート、アスファルト、ダムで覆われた、そして原発と米軍基地が集中する琉球に観光客はくるのでしょうか。

大量エネルギー消費型の島経済から脱却して、適正規模の観光経済、太陽・風力・潮力などの代替エネルギーの推進、開発禁止地区の拡大など、自らの欲望を抑えることが、長期的にみて琉球に人が生き続けることができと思います。

原発と揚水発電所との関係について分かり次第、お伝えします。

貴重なコメントありがとうございました。



やんばるの揚水発電所
山口から沖縄や奄美をのぞいている、安渓遊地(あんけい・ゆうjじ)です。はじめまして、こんんちはー!
 ヤンバルの森の中にJパワーの海水揚水発電所がありますよね。海に面した崖の上に池を掘って、ゴムシートをはって、そこにくみ上げた海水をためるのですが、放流管は塩ビ。

これって、ゴミ処分場と同じで、台風で折れた枝でもとんで来たら、一発で穴があきますでしょう?経済的に原発の足をひっぱっている揚水発電所を、ぐっとローコストにする実証実験のために、こんなものを美しいヤンバルの森の中につくる行為は、犯罪的だとおもっていましたが、ひょっとして、本気で原発とリンクさせる気がどこかにあったのでしょうか。
お知り合いでもおられたら、本音のところをききたくぞんじます。



沖縄電力と原発

8月21日の沖縄タイムスに沖縄電力が原発計画を検討していることについて報じています。
沖縄では全国一電力が高く、二酸化炭素の排出が全国一高い状況にあります。一つの電力会社
が独占していることが大きな問題です。複数の電力会社の設置をみとめるか、公営か国営にすべきであると考えます。また沖縄は「環境にやさしい美しい島」と思われがちですが、実際は、地球環境に悪いガスを排出し続けています。

基地が集中する琉球に原発を建設することによって、島の危険性はさらに高まります。基地のある琉球は常に他社から攻撃対象にされており、攻撃されたさい原発は大きな影響を住民のみならず、島の動植物に何千年にもわたり与え続けるでしょう。

特に琉球は島社会ですので、原発の事故が発生した場合、住民に大きな被害をうけるでしょう。



沖縄電力は7月に発表した中長期経営計画に初めて「小型原子力発電の導入可能性の研究に取り組む」ことを盛り込んだ。原発は料金の高さと二酸化炭素(CO2)排出量という二つの「全国一」返上には効果がありそうだが、事故の可能性や廃棄物の管理など課題も山積している。(田島幸治、儀間多美子)

 「本土並み料金実現に向けて取り組む」。8月上旬に那覇市で開いた投資家向け説明会で、沖電の石嶺伝一郎社長は訴えた。

「本土並み」実現のため、2008年度に沖電は税の減免など国から24億円の支援を受けたが、料金はほかの電力会社より月1000円程度高く、県内の家計や企業の重荷になっている。

 沖電は料金が高い理由として(1)ほかの電力会社と電気の融通ができないので一定の供給力を確保している

(2)電力網維持に費用がかかる離島を抱えている―などを挙げるが、最近の値上げの要因になったのは原油価格の高騰だった。

 原油の国際価格は昨年、1バレル150ドルに迫って史上最高値を記録。金融危機で急落した後、じりじり上がり始めて現在は60~70ドル台前後だ。石炭などの価格も原油に引きずられる傾向にある。

 火力に頼る沖電は燃料価格変動で受ける影響が大きい。燃料の平均価格が1キロリットル当たり1000円上下した場合、沖電は電気料金が1キロワット時当たり0・301円動く。これに対し、原子力の比率が約4割と高い九州電力は0・142円で、沖電の半分以下だ。

 原発の燃料になるウランはオーストラリアなど政情が落ち着いた国々に埋蔵しているため供給が安定している。

 発電時にCO2を出さないのも原発の特徴だ。1キロワット時発電するのに沖電はCO2を0・946キロ排出しているが、九電は約3分の1の0・374キロだ。

 電力会社でつくる電気事業連合会は原発をCO2排出削減の「切り札」と位置づける。森詳介会長(関西電力社長)は「(原発や新エネルギーなど)非化石エネルギー比率50%の達成に向けて最大限努力する」と強調。こうした動きも、沖電が原発の研究を計画に盛り込んだ背景にあるようだ。

安全への懸念根強く
沖電以外はすべて導入

 沖電以外の9電力はすべて原発を導入し、全国に53基ある。東京電力の柏崎刈羽原発(7基)の停止などの影響もあり、原発全体の稼働率(施設利用率)は2009年3月末で60%となっている。

 事故による放射能漏れ、放射性廃棄物、発電所による日常的な放射能汚染など問題も多く、原発立地には地域住民の強い反発も招いてきた。

 90年代には、新潟県巻町(現新潟市)で東北電力の原発建設計画について実施された住民投票で、「建設反対」が過半数を占め、同社は計画の白紙撤回を表明。九州電力の宮崎県串間市での原発立地構想も住民らの反発で頓挫した。

 発電後に出る放射性廃棄物(核燃料)の行方も大きな問題だ。各発電所にある核燃料の保管場所は満杯に近い状況。だが、核燃料を再利用するための再処理の後には人体や環境に悪影響を及ぼす高レベル放射性廃棄物が出る。

 国は廃棄物を地層深くに埋める案を示しているが、具体的な動きはなく、今のところ高レベル放射性廃棄物を貯蔵し続けるしかない状態だ。

 原発反対の運動を続けるNPO法人原子力資料情報室の西尾漠共同代表は「沖縄はこれまで原発を持たずに来たのに、わざわざ多くの問題を抱える原発に頼る必要はないのではないか」と懸念する。

検討対象は中小型

 沖縄電力は、すでに原発関連の情報収集を進めており、原子力関連企業に社員を出向・派遣して人材を育成している。

 国内の原発のほとんどが出力100万キロワット級の大型炉だが、沖電は「(導入する場合は)需要規模からみて出力数10万キロワット程度の中小型原発が有望」とみている。中小型炉は日本原子力発電(東京)などが研究・開発中で、大型炉並みの安全性や経済性を実現するにはどうするかなどを検討している。

琉球でのフィールドワーク

17日、海勢頭豊さんに空港まで来ていただき、海勢頭さんの家によって、平安座島に行きました。自治会館で自治会長にごあいさつして、11月のゆいまーるの集いについての御協力をお願いしました。会場を見学した後、車で、宮城島、伊計島にいきました。途中で、竜宮神の拝所にいき、海勢頭さんから地域の竜宮信仰について伺いました。

宮城島のぬちまーすという、製塩工場に行きました。同社の方に、ぬちまーすのこれまでの歩みを伺い、まさに、地域に根ざした会社であると実感しました。

集い参加者が宿泊する予定のホテルにいき、部屋を確認し、部屋の借り予約もしました。港にちかくにある、海が見えるホテルです。集いの会場となる自治会館も海から近いです。

ホテルの食堂で海勢頭さんと食事をした後、那覇まで送ってもらいました。海勢頭さん、感謝いたします。

18日は、午後から當銘明さんに会い、琉球の近況について意見交換をし、ステーキで有名なジャッキーに行き、ごちそうになりました。午後、當銘さんと平和通りにある、琉球骨董店「なるみ堂」にいき、店主の翁長さんから、古代から現代にわたる琉球の骨董品について話を聞かせてもらいました。琉球にはこのようなすばらしい人物がいるのかと思うほど、在野の視点から広く、琉球の歴史、文化に精通している方でした。

翁長さんが苦労して集めて品々は、県立博物館よりも、魅力的なものであり、翁長さんの琉球の文化歴史に対する深い愛情を感じることができました。

その後、インターネットカフェに行き、このブログを見せて、當銘さんに琉球の自治についての意見を投稿してもらうようにお願いしました。

19日は、午前中は、ダイエーがあった場所に新しく進出してきた、ジュンクドウを見に歩いていきました。大変、天気がよく汗をかきました。3階まで、本がたくさんあり、特に琉球コーナーは充実しておりました。地元の本屋が苦境に立たされないか心配になりました。とまりんというビルには、宮脇書店という大型書店が開店し、「本屋戦争」がはげしくなることが予想されます。

昼は、県庁の上地さんと県庁の食堂で食事をして意見交換をしました。国際交流課にいき、2年後の世界ウチナーンチュ大会の話を伺いました。太平洋地域において県庁に県人会として登録されているのは、ニューカレドニアと豪州だけでした。9月に学生と行く予定のパラオの県人会はまだ登録されていませんでしたので、パラオに行った際に、国吉さんに話をして、県人会登録をして、2年後のウチナーンチュ大会に参加してはと誘ってみたいと思います。

上地さんは琉球の自治、経済自立を本気で考え、実践している有能な方であり、15年前くらいから様々な刺激を受けてきました。

その後、大雨が降り、私は傘をさしながら、歩いて、沖縄大学まで行きました。後で知ったのですが、その時の豪雨で4人の作業員の方が、ガーブ川という那覇市の川で亡くなりました。

沖縄大学では仲地先生と、同大学の常任理事湯をされている真栄里さんと意見交換をしました。大変、興味深い内容で勉強になりました。途中で、仲地先生の院生でもある、NPO自治の風をされている与那嶺さんも議論に加わり、文化と自治についても話し合いました。

沖縄大学からまた歩いて家に帰りました。一日、那覇市内を歩いて移動しましたが、変わりゆく那覇をじっくりと見ることができ、また、亜熱帯のねっとりとした暑さ、噴き出す汗に快感を覚えながら歩き続けました。

20日は、沖縄タイムスに行き、学芸部の与儀さんとお会いして、ゆいまーるの集いについて紹介するとともに、9月1日から学生といくパラオ体験学習、私の近況について話しました。また与儀さんと、国民国家の問題性、名護市の逆格差論が実現しなかった理由、市場経済・行政経済・コモンズの経済の関係性、新琉球学等について少し話し合いました。与儀さんは、琉球のジャーナリストの中でも現在、よく考え、行動するジャーナリストの一人であると思います。

ゆいまーる会議準備のために琉球に行ってきます

今日から、ゆいまーる琉球の自治の集いの準備のために琉球に行ってきます。

今年は11月13日から15日まで平安座島で集いを行う予定です。平安座島は本NPO理事の海勢頭さんの生まれ島です。島の歴史文化、現在の課題と自治について、有意義な議論を行うことができるように、準備をしてきたいと思います。

参加希望者は、私か、藤原書店の藤原洋亮さんまでご連絡ください。

また、沖縄大学の仲地先生にも久しぶりにお会いして、島の自治の関する議論などについて話し合う予定です。仲地先生には、私が学生の頃よりお世話になり、開発行政、自治についても学ばせていただきました。

玉野井先生とともに、沖縄自治憲章を作成された方でもあります。琉球はいま瀬戸際に立たされており、その時に、琉球の自治をどう考え、提示し、行動していくかが問われており、その辺について先生と話し合いたいと思います。

琉球に行くのは3か月ぶりですので、しっかりと現実を見て、11月の集いのための準備をしてきます。

ナウル人の平均寿命、マーシャル諸島のごみ問題、島嶼間交易

2005年12月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。
ナウル人男性の平均寿命が49歳というのは大変、驚きであり、適切な医療施設がないことのほかに、食生活の近代化が大きな原因であると思います。琉球人男性の寿命も食生活等が原因で短くなっていますが、他人事ではない問題です。


11/29 PIR
 ナウル男性の平均寿命は 49 歳である。

ナウル政府のケケ厚生大臣は、ナウル男性の平均寿命が49歳であることを明らかにした。ナウルには適切な医療施設がなく、大部分の患者の治療が行われていない。

かつてナウルは世界の中でも豊かな国の一つであり、政府は病人を豪州に送って治療させた。しかし、過去数年の間、ナウル政府は財政が苦しく、豪州で治療させるための予算を計上することができない状況にある。

現在、ナウル政府は先進諸国に対して、同国の経済改革のための支援を求めている。ナウル政府は、漁業資源の活用、信託基金の再建、農業振興による食糧生産の増加、海外移住者による送金の増大等の実現を目指している。

また教育の質を向上させ、医療に関する統計を改善することも課題としてあげている。


数年前にマーシャル諸島マジュロ島にいったとき、島のごみ問題に大変、心を痛めました。島は近代化によってゴミが目に見えてたまりやすいということをマジュロ島から学びました。


11/27 PIR
 国連の報告書の中でマーシャル諸島におけるリサイクルの必要が指摘されている。

最近出版された国連による報告書の中で、マーシャル諸島におけるリサイクルを推進することで、同国で問題になっているゴミを減らすことができると指摘されている。マーシャル諸島の首都があるマジュロ島のゴミ問題は危機的状況にある。

同報告書ではデポジット制度が提案されている。缶やビンの商品価格にデポジットを上乗せし、空き缶や空きビンを返却した際にデポジットが戻ってくるシステムである。かつて国連開発計画はキリバスにおけるリサイクル事業を支援し、成功した。

キリバスの場合、リサイクルしたアルミ缶を売って資金源として、デポジット制を成功させた。


太平洋島しょ国は大国からの輸入品に大きく依存して、貿易赤字も毎年増えていますが、このような島嶼間交易をおこない、島嶼間での自給体制を少しでも確立することが大変、重要です。島嶼間交易の原則はゆいまーるであり、競争ではないので、島のペースで経済活動もできます。


12/7 PIR
 フィジーがバヌアツ産のカバの輸入禁止を解除した。

フィジー政府は、メラネシアン・スペアヘッド・グループ(パプアニューギニア、フィジー、ソロモン諸島、バヌアツ等により構成されるメラネシア諸国間機構)の中における自由貿易原則に従い、バヌアツ産のカバに対する輸入禁止措置を解除することを決めた。

これはバヌアツがフィジー産のビスケット輸入禁止措置を解除した後に行われた。フィジーは年間、バヌアツから400トンのカバを輸入していると見込まれている。輸入されたカバ全体の66%はフィジー国内で消費され、残りはフィジー産のカバと混ぜられて、他国に対輸出される。

我部祖河エイサー50年ぶりの復活

8月13日の沖縄タイムスに琉球青年による自治の活動についての記事がありましたので、お伝えします。自治の担い手には年齢は関係ありませんが、多くの担い手の中でも特に青年たちの役割が非常に重要です。シマの青年が何を考え、何をするのかが、自治の大きな推進力になります。

エイサーという琉球文化を地域の青年たちが担い、文化力を基盤にして、青年会が自治を進める柱になることを期待したいです。




半世紀ぶりのエイサー復活で地域に活力を―。市我部祖河青年会(新里充会長)が、50年余も途絶えていた同区のエイサーを復活させた。第20回名護市青年エイサー祭り(16日・市営陸上競技場)で初舞台を踏む。

新里会長(29)は「先輩が情熱を傾けたエイサーで、集落に若者の活力を取り戻したい」と意気込む。(具志大八郎)

 我部祖河区では青年会の活動が停滞していた。振慶名エイサーに十数年かかわった新里会長は「若者を集め、集落を活気づけるのはエイサーしかない」と思い立った。賛同した友人らの呼び掛けで輪が広まり、今では約30人の男女が週5日の練習に励んでいる。

 我部祖河エイサーは本島中部のエイサーを模倣する形で始まったとされ、1950年代半ばまで区青年会が中心となって盛んに行われていた。道ジュネーで各家庭から得た米を換金し活動費に充てるなどしていたが、生活レベルの向上に伴い活動自体が廃れていったという。

 当時青年会長だった金城源治さん(80)は「当時の若者もエイサーを通していろいろなことを体験した。復活は半世紀前の熱気を思い起こさせてくれた」と喜ぶ。

 新里会長の熱意にほだされ「今年限り」という条件で参加する地謡の一人仲宗根朝儀さん(52)=教員=は子どもほどの世代の初舞台を歌三線で支える。仲宗根さんは「一生懸命な青年を見ていると、すがすがしい気持ちになる」と話した。

 太鼓や旗頭などの購入資金づくりに協力した我那覇辰美区長(48)は「エイサーを通して青年会が活気を取り戻した。これからは区の行事にどんどん出てもらいたい」と期待した。

マーシャル諸島と基地、グアムでの反基地運動、テニアン島とカジノ

2006年1月の太平洋諸島のニュースをお伝えします。
マーシャル諸島には米軍の重要な基地があり、感謝金を提供するなど、琉球と同じく、カネによって基地を固定化しようとしています。マーシャル諸島の場合は米国自体がカネを提供していますが、琉球の場合は日本政府がカネを払っているという違いがあります。



1/25 PIR
 自国の軍事戦略に協力しているとして、米国はマーシャル諸島に5万2千米ドルを与えた。

クワジェリン環礁にある米陸軍基地においてミサイル実験が実施されているが、米国政府は、マーシャル諸島政府に対し軍事的に協力しているとして5万2千米ドルを与えた。

感謝金の授与式のあと、米陸軍クワジェリン環礁同盟国活動長官のジェフリー・クレイン少佐は、マーシャル人職員、海上パトロール船の船員に対し感謝状を贈呈した。


グアムのチャモロネーションという団体を中心に、基地反対運動が80年代から行われてきました。私もチャモロネーションの方に話を聞いたことがあります。チャモロ人という先住民族の誇りをもとにして、島の自治を求めて活動しています。



1/26 PIR
 グアムの活動家が同島で実施されている軍事訓練を批判している。

沖縄から2000人の海兵隊、海軍兵士が来島して、グアムで行われている軍事演習に反対するデモが計画されている。

グアムの先住民族団体、「チャモロ・ネーション」の創設者の一人であるデビィ・キナタ氏は次のように述べている。

「有毒化学廃棄物の大量投棄、基地の拡大、軍用機・潜水艦・ミサイル基地の恒久化、兵器の実験は受け入れることができず、中止すべきである。軍事演習によりグアムの土壌が汚染される恐れがある。」軍事演習の中には都市戦闘も含まれており、2月23日まで続けられる予定である。


テニアンといえば、かつて日本の植民地であり、多くの琉球人が生活した場所であり、太平洋戦争の激戦地でもあります。現代において、琉球との関係で注目すべきことはカジノです。沖縄県でもカジノをつくろうとしています。マカオやラスベガスだけでなく、同じ島のテニアンでもカジノをしており、その実態を認識する必要があります。


1/26 PIR
 テニアン島で4つのカジノが建設許可を待っている。

テニアン・ゲーミング管理委員会によれば、米国の2つの企業とアジアの2つの企業が同島にカジノ場を建設する予定である。

米国シカゴに拠点をおく企業は、1億米ドルの投資を行い、300室のホテルとカジノを開業したいと考えている。これが実現すると毎月40万米ドルの税収が生まれることになる。

増大した税収により、奨学金、医療関連事業費を増やすことが可能になるとして、カジノ建設計画を歓迎する声もある。

現在、テニアンには、1998年に香港の企業が1億5千万米ドルを投じて建設された412室のホテルとカジノがある。しかし、当初の見込みよりもホテルに滞在する観光客の数が少なく、苦しい状況にある。

北部振興策への依存

8月12日の琉球新報に北部振興策を仲井真知事が国に要請したという報道がありましたので、お伝えします。

琉球の振興開発において、内閣府よりも防衛省の方が存在感がましています。基地と振興開発とのリンケージが進んでいることのあらわれです。

自らの自治を進めないで、国に頼ること、要請するという、国依存の姿です。道州制、地方分権などを一応いっていますが、自治、自立の気概があれば、国依存からきっぱり脱却すべきです。このような依存体質が国からみすかされて、基地を押し付けることにもつながります。

知事、北部広域市町村は、なぜ、自らの頭で考え、自らの政策を実施し、国から権限を奪おうとしないのか。いつまで国に頼るのか。非常に歯がゆい思いがします。




本年度で期限が切れる北部振興策に関し、仲井真弘多知事と北部広域市町村圏事務組合理事長の島袋吉和名護市長は11日、防衛省で浜田靖一防衛相に10年度以降も継続するよう文書を添えて要請した。

 仲井真知事によると、浜田氏は「北部で活用しやすい施策だ。継続できるよう内閣府に働き掛けたい」と述べ、北部振興の継続を内閣府に求めていく考えを示した。

 知事らは内閣府に林幹雄沖縄担当相も訪ねたが、台風9号の水害の被災地訪問の日程と重なり面談はできず、要請書を原田正司政策統括官に手渡した。

 県職員によると、林氏から「しっかり要請書はいただいた」との電話連絡があった。
 要請書では「北部地域の振興は、県の一体的な発展を図る上で、その果たすべき役割は今後とも重要だ」とし、10年以降の継続に特段の配慮を求めた。要請は県、北部広域市町村圏事務組合、北部市町村会、北部振興会の連名。

 要請後、島袋市長は防衛省で「何回も要請しているが、北部地域への素晴らしい振興をぜひ続けてほしい」と話した。



太平洋諸島とアジア

2006月4月の太平洋諸島情報をお送りします。豪州は中国による太平洋諸島への関与の仕方を批判していますが、その理由は自らの太平洋諸島に対する支配力を失いたくないからであると思います。豪州をはじめとする欧米諸国の19世紀以降の太平洋諸島への関与は植民地主義そのものでした。

4/5 PIR

ソマレ・パプアニューギニア首相がフィジーを訪問し、温首相との会談を行った。温首相はその他、サモア、トンガ、ミクロネシア連邦、クック諸島のリーダー達とも会談する予定である。温首相の招待を断り、台湾を外交承認しているのは、ソロモン諸島、キリバス、マーシャル諸島、ナウル、パラオ、ツバルの各政府である。

中国政府は当初、太平洋島嶼国とのサミットを、トンガで今年7月に開催される太平洋諸島フォーラム総会と同時に行いたかったが、台湾からの抗議により、実現さることはなかった。豪州上院外交問題委員会による最近の調査によると、中国と台湾というアジアの経済大国が太平洋島嶼国との外交関係締結をめぐり対立していることで、太平洋地域における政治的安定、経済発展が阻害されるおそれがある。

中国は年間2億4千万米ドルの援助金を太平洋島嶼国に提供していると推測されているが、豪州上院の同委員会は島嶼国のガバナンスが改善されることなく、資金が島嶼国政府に投与されることを懸念している。

中国、台湾による援助金ばら撒きにより島嶼国の汚職を助長するおそれがある。


実態としては、アジアと太平洋は経済的に融合しており、政治、外交でもよりいっそう緊密な関係になっていくことは確実です。その中において、日本、琉球はどのような役割を果たせるのかが問われています。



4/10 PIR
 中国航空がフィジーへの直行便就航を検討している。

大陸中国に拠点をおく中国航空がフィジーへの直行便就航を考えており、観光客の増加が期待されている。

駐フィジーの中国大使は、直行便就航は、フィジーの観光業が10億米ドル産業に成長するのに貢献するだろうと述べた。

現在、中国からフィジーにはシドニー、オークランド経由でないと行けない。タヒチには中国旅行サービスという、中国最大の旅行会社が置かれているが、最近、2つのホテルを建設すると発表した。仏領ポリネシア政府は北京と上海に観光事務所の開設を望み、タヒチの航空会社であるタヒチヌイ航空は上海への航行を考えている。

トンガでは中国人の投資家が国際デイトラインホテルへの投資を行った。約3千社の中国企業が太平洋諸島において、ホテル業、農業、衣料製造、漁業、林業等の経済活動を行っている。



財政規模の脆弱な島嶼国にとって中国の債務帳消し方針は大変、ありがたいものとなるでしょう。


4/5 PIR
 温首相は太平洋島嶼国の債務を帳消しにすると発表した。

温首相は、フィジーで開催されている中国太平洋島嶼国経済発展協力フォーラムにおいて、中国は、同国と外交関係を有する8ヶ国(フィジー、パプアニューギニア、クック諸島、サモア、トンガ、バヌアツ、ミクロネシア連邦)の太平洋島嶼国が抱える債務を帳消しにする予定であると述べた。


中国が経済性に成長すれば、豊かになった国民が海外旅行をするようになり、当然、太平洋諸島への観光も促され、人やカネの移動により、島嶼の観光業を中心とした経済活動に大きな刺激をあたえるでしょう。パラオへの観光客も日本、台湾、韓国からの観光客が上位を占めています。



4/14 PIR
 中国政府はミクロネシア連邦、サモア、パプアニューギニアに対し観光のドアを開いた。

ミクロネシア連邦、サモア、パプアニューギニアが中国政府により、「観光先認可諸国」のリストに含められた。これはフィジーで開催された中国太平洋島嶼国経済発展協力フォーラムにおいて明らかにされた。

北マリアナ諸島も2004年に同リストに含められた。その結果、2005年10月から2006年2月までの間に、17116人の中国人観光客が同諸島にやってきた。昨年の同期間に比べ8%増であった。

中国政府はフィジーでのフォーラムにおいて250万ドルの無償資金援助をミクロネシア連邦に提供することも表明した。

日本と太平洋諸島、トンガの平民宰相、中国とフィジー

2006年3,4,5月の太平洋情報をお送りします。

2006年は、日本、中国、台湾の太平洋諸島に対する外交、政治活動が非常に活発になった年でした。太平洋諸島は、欧米諸国との関係からアジアとの関係に比重を移しているように思います。


5/29 PIR
 日本と中国の太平洋島嶼国に対する援助を警戒すべきとの意見がある。

太平洋地域に対する影響力を拡大するために援助を日本や中国が使うべきではないという声がある。

日本政府は今後3年間、4億米ドルの援助金を島嶼国の開発のために投じると発表した。中国も同様な規模の援助金の提供を1ヶ月前に明らかにした。ニュージーランドのNGOが参加する組織、国際開発評議会のジュリアン事務局長は、もしも日本の外交政策を実現するために援助金が使われるならば、日本の援助効果はネガティブな影響を与えるだろうと述べた。

そして同事務局長は、「日本政府は国連安全保障理事会の常任理事国になるということと、捕鯨問題という2つの大きな課題を抱えており、それが島サミットの開催時期と重なっていることは興味深い。」語った。


トンガは太平洋で唯一の王政の島嶼国であり、同国内の貴族が政治を支配してきましたが、近年、民主化運動もあり、平民宰相が初めて誕生することになりました。


3/31 PIR
 トンガで初めて「平民出身」の首相が指名された。

フレドリック・サヴェレ、61歳がトンガの新しい首相に指名された。トンガ史上初めて、「平民出身」の人物が首相に指名されたのであり、トンガが新しい時代に入ったといえよう。その他の新しい点として、政府の閣僚が民間部門の人から選出されることである。

新首相は「政府部門の人々は能率的に働き、独立し、非政治的でなくてはならない。民間部門で成功し、尊敬される人々を選出したことで、開かれた政府となり、政府の透明性がさらに増し、有能な人材を活用することも可能になる。トンガの経済発展にも繋がるに違いない。」と述べた。


中国はフィジーを拠点にして太平洋諸国との外交・経済関係の強化に力を入れています。
過去と比べても街に中国人の姿を多く見るようになりました。


4/4 PIR
 中国の首相がフィジーを初めて公式訪問した。

温家宝首相が、フィジーのガラセ首相の招きに応じてフィジーを公式訪問した。温首相は、4月5日から6日に開催される、第一回中国太平洋島嶼国経済発展協力フォーラムにおいて基調演説を行う予定である。

温首相のフィジー訪問は、中国首相による太平洋島嶼国への最初の公式訪問ともなる。中国とフィジーは1975年に外交関係を締結した。2005年における両国の貿易額は4527万米ドルにのぼった。それは前年比16.9%の増大であった。

両国は今後、特に農業、水産業、林業において協力できる可能性がある。

与那国島の自治

8月4日の八重山毎日新聞に与那国島の自治についての社説がありましたので、お伝えします。
与那国島が一致協力して、自治、自立の道を歩んでもらいたいと思います。

7月1日の琉球新報社社説にも、自衛隊だけでは人口は増加しないことが対馬の例でしめされており、多様な島嶼自治策がもとめられています。




対立を超えて町民一丸
 任期満了に伴う与那国町長選は、2日投開票が行われ、自衛隊誘致を国に要請した現職の外間守吉氏(59)=自民、公明推薦=が、自衛隊誘致反対の元町役場職員で新人の田里千代基氏(51)に大差で勝ち、2期目の再選を果たした。町民は外間氏の過去4年間の実績と自衛隊誘致を評価、今後も
町のかじ取りをゆだねる判断を示した。

 しかし、人口が1600人台に落ち込んだ町の「自立」への道はさらに険しく、2期目の“外間丸”の前途は決して容易でない。自衛隊誘致をめぐっては、今後も激しい綱引きが演じられるのは必至。加えて今月30日には政権選択の衆院選、来年9月には町議選が行われ、政治的に対立する状況が続く。

 選挙のしこり払拭(ふっしょく)はなかなか困難だが、こうした中でいかに対立を超えて町内の融和を図り、町の「自立」に町民の英知を結集できるか、これこそが外間氏の手腕といえるだろう。

まず今回の選挙で掲げた公約実現に努めるとともに、町民の信任をバックに果敢に難題に挑み、2期目は自立へ大きく踏み出してほしい。

■自衛隊誘致より観光客誘致
 ただ自衛隊の誘致に関しては、町民の支持は得られたとはいえ、実際の誘致に対しては慎重であってほしい。

 それは外間氏ら誘致派が言うように自衛隊誘致でただちに町が活性化するとは思えないからだ。以前にも指摘したが、全国の市町村でそのような事例があるならぜひ町民に示すべきだ。

 確かに同問題は外間氏が言うように既にボールは国に投げられており、あとは国がどう判断するかだ。先の本土紙報道では、もし配備するにしても実戦部隊でなく、数十人規模の沿岸監視隊となるようだが、わずか2、30人でも誘致に値するものなのかどうか。またそれだけの規模で町の活性化は図れるものかどうかやはり疑問だ。

 同問題では町長選は自衛隊の是非だけで投票していないとして、住民投票を求める動きも出ているが、最終的な判断にはぜひ必要な選択肢だろう。

 この自衛隊誘致問題で浮き彫りになったように与那国町の現状は確かに深刻だ。人口は宿命的に毎年減り続け、財政も小泉政権での三位一体改革で町の自助努力だけではどうにもならないほど破たん状態に落ち込み、町の経済を支える公共工事も激減している。

 このような中でいかに自立に向けて地域活性化を図るか。2期目の外間町政に課された難題だ。

■どうなる自立ビジョン
 外間氏は、台湾との国境交流を柱とする自立ビジョンについて、見直しの必要性に言及していたが、外国との、しかも国と小さな町では壁も厚く、やはり実現可能なように見直しの必要はあろう。

その上で目標に掲げる「国境離島振興法」(仮称)は県や本土の対馬など類似市町村と連携しぜひ実現に努めてほしい。

 外間氏は急逝した親友の尾辻吉兼前町長の後を引き継いだ1期目の当選の際、「2期目のことは考えず、民間手法を取り入れて行財政改革を断行。そして国の国境政策を引き出したい」と強く決意を語っていたが、このあたり自分自身の総括はどうだろうか。

 与那国の観光客は3万人余しかなく観光開発はまだまだ遅れている。若者を呼び戻して定着させる人口減対策や農漁業振興などの面から受け入れ態勢の整備は急務だ。田里氏のように10万人のでっかい目標を掲げるなど、自衛隊誘致よりまずは観光客誘致に力を入れるべきだ。



 外間守吉与那国町長らが浜田靖一防衛相に同町への自衛隊配備を要請した。人口減への危機感が背景にあるが、「軍」に頼って活性化するのか、疑問を禁じ得ない。

 要請書は先島を「台風常襲地域」とし、「周辺海域は地震活発地帯で、(中略)潜在的に大規模災害発生の危険性を内包している」と述べる。尖閣諸島周辺の資源をめぐる周辺諸国の動向への「憂慮」も示した。

 自衛隊誘致の理由として災害対応を求めると同時に、中国・台湾への警戒感を挙げた格好だ。
 一方で「(自衛隊配備が)与那国島の振興活性化につながり、港湾などの基盤整備が図られることを期待している」とも述べている。島の活性化が重要な動機という事情が透けて見える。

 与那国島は戦後、台湾との貿易で一時は人口1万2千人を数えるほど栄えた。だが人口流出が続き、2008年には最盛期の7分の1以下にまで減った。

 人口減を打開しようと与那国町は05年に国境交流特区構想を打ち上げた。国の構想却下にもめげず、台湾に町の事務所を置くなど独自の自治体外交を展開し、ことし、ついに台湾・花蓮とのチャーター便を実現させている。

 だが最近も国の機関が撤退するなど人口減は続いた。島民が焦りを深めたのは想像に難くない。やむなく自衛隊配備に期待をかけるという思いなのだろう。

 しかし自衛隊配備で活性化するなら、全国の駐屯地はみな栄えているはずだ。だが佐道明広中京大学総合政策学部教授によると、例えば自衛隊が基地を置く対馬(長崎)は6万の人口が4万に減った。「軍隊」による振興など幻想にすぎない。

 佐道氏は国境交流にも触れ、「基地を造れば『そちら(台湾)のことを信じていない』とのメッセージを出すことになる。あれほど努力してここまで来た国境交流が逆戻りする」と懸念を示す。

 安全保障上も、駐屯はいたずらに相手を刺激する効果しかなく、かえって危険は高まりかねない。そもそも「軍は住民を守らない」のが沖縄戦の教訓だ。

 ひとたび置くと、出て行かせるのが極めて難しいのは米軍基地でよく知っているはずだ。自衛隊だけが残って島の人がいなくなることになりかねない。将来に禍根を残す自衛隊誘致は再考すべきだ。



日本と太平洋諸島、グアム副知事の琉球訪問、琉球での島サミット

2006年5月の太平洋諸島ニュースをお送りします。
2003年に次いで2回目の島サミットが琉球で開かれました。主体的に琉球側が島サミットにコミットしているというよりも、日本政府により琉球が場所だけを提供しているだけではないかと思います。
せっかく2回の島サミットが琉球で開催されたにもかかわらず、太平洋諸島との政治経済的連携が生み出さない状況にあります。


5/13 PIR
 
クック諸島のマルライ首相が今月、皇居で天皇陛下に会う予定である。天皇皇后との面会は、5月26日から27日まで開催される「島サミット」の特別企画の一つである。

島サミットが太平洋島嶼国にとって注目されている点は、「太平洋計画イニシアティブ」がどのような内容になるのか、日本がどのような役割を果たすのかである。過去において、日本は漁業、捕鯨、核廃棄物の輸送等で太平洋地域から批判を浴びた時期もあった。

近年は、日本と太平洋諸国とは、特に経済発展の分野において友好関係を形成しようとしている。2003年に沖縄で開催された「島サミット」では安全保障、環境問題、教育、医療、貿易問題について話し合った。


グアムへの海兵隊移設を商機と考えて、琉球側からも様々な期待が出ています。また、本島に琉球は自立的な発展を遂げたと言えるのかと思います。琉球は本当に米軍関係の諸問題を乗り越えたといえるのでしょうか。琉球は経済も基地も多くの課題を抱えており、グアムも同様な状況にあります。
政治家の見解と実態との違いが明らかです。




5/25 PIR
 グアムの副知事が沖縄を訪問した。

8千人の海兵隊が2014年までに沖縄からグアムに移設される予定であり、それにともない100億米ドル規模の建設事業が実施され、1万9千人が新たにグアムに定住すると見込まれている。

グアムのカレオ・モイヤン副知事が沖縄訪問から帰ってきた。同副知事は今回の沖縄訪問により次のような成果を得ることができたと述べた。「まず海兵隊の受け入れに対するグアム側の前向きな姿勢、支持の意思を沖縄に示すことができた。そして沖縄がこれまでどのように経済発展を遂げ、米軍基地支援に関わる諸問題をどのように乗り越えてきたのかを知ることができた。」

沖縄選出の下地幹郎衆議院議員の招きで同副知事は沖縄を訪問した。海兵隊受け入れに伴うインフラ整備のために、1万人以上の建設労働者がグアム島外から必要になるとされている。モイヤン副知事は、沖縄は熟練建設労働者の供給地になるだろうと語った。


太平洋諸島への日本政府の援助はバラマキ的な性格をもっています。中国や台湾の太平洋諸島への関与の増大に対抗して、カネで島人を左右できると考えているかのようです。カネ以上の価値観を日本と太平洋諸島は共有すべきではないでしょうか。




5/28 PIR
 日本政府が太平洋島嶼国に対して4億米ドルの援助金を提供する。

小泉首相は、沖縄で開催された島サミットにおいて、日本政府は今後3年間に、4億米ドル(450億円)の援助金を太平洋島嶼国に提供すると発表した。

日本政府からの援助金は次のような重点分野において利用される。日本の国際協力機構を通じて、4000人以上の太平洋島嶼国の公務員等を訓練するために利用される。島嶼国の経済発展を促すために、貿易、投資、インフラ、漁業、観光等の振興を目的に援助金が使われる。

さらに島嶼国の環境、医療、衛星、教育、職業訓練、若者同士の交流等にも活用される。

伊江島の波止場事件―日本最大の米軍事件

8月5日の琉球朝日放送に伊江島の波止場事件についての報道がありましたので、お伝えします。昨年3月伊江島に伺い、ゆいまーるの集いをしました。伊江島の港に同事件の石碑があり、戦後琉球史の一側面をしりました。米軍による日本最大の事故で100あまりの犠牲がでました。

沖縄島の各地に弾薬庫があります。現在の沖縄島も爆弾を抱えた島と言えます。



あす、8月6日は広島の原爆の日で知られていますがじつはアメリカ軍が日本で起こした最大の事故、伊江島「波止場事件」の日だということは、あまり知られていません。

0歳から67歳まで、一瞬で100人あまりの命が爆弾で飛ばされたという大惨事、いったい何が起きていたのか。遺族が初めて語ります。


1945年4月。草木一本残らないほどの砲弾を浴びた伊江島は一足先にアメリカ軍に占領されました。住民は強制移住させられ、島は本土を空襲するため、大量の爆弾が集積されました。戦後、ようやく島に戻った人々が見たのは、そこらじゅうに野積みされた砲弾の山。生まれ島は、「爆弾の島」になっていました。

「一刻も早く爆弾を処理してほしい」島民の要請を受けて1948年7月米軍は爆弾の海洋投棄を始めました。

8月6日も朝からLCTと呼ばれる軍の揚陸艇に爆弾を積む作業が行われていました。夕方5時。本部からの連絡船が港に入り迎えの人でごった返していました。その瞬間です。


友寄ヤスさん(当時18歳)「もう、ぴかっといってからよ。この破片が真っ赤にしてこうきているわけさ。して自分の足に当たったのも分からないさ。もう黒いのとかの問題じゃない。みんな真っ赤。私の思いでではよ。飛んできたのもみんな赤く見えていたわけ。」

5000発の爆弾が船ごと爆発。木っ端みじんになった船体は350メートル先まで飛び家4軒が全焼、住民は焼死。そして港は100人を超す遺体が散乱していました。一瞬で断ち切られた命。遺体の破片さえ見つからない人もいました。


儀間ミツ子さん(当時14歳)「父と一緒に、本部にイモを売りに行ったんですよ。その時伊江島はお芋がいっぱいでよ。帰りは魚とかカツオと交換して帰ってくる日なんでした。」

本部に行った事がうれしくて、みつ子さんは、港で友達にその話をしている時に飛ばされました。目をやられ、気づくと中部病院にいたそうです。

儀間ミツ子さん「お父さんと一緒に上まで上がっていたら、ケガしないでこっちまで(中部病院)来なくてすんだのにねえと思ったんですよね。うち帰って、退院して帰って来てからお父さんの位牌があるから亡くなったんだねえと思ったんであって」

知念シゲさんは、祖父の長二さんとともに、7歳のいとこのよしあき君を探しました。お母さんを迎えに港に来ていたのです。


シゲさん「うちのおじいさんは、棒をどこから探してきたのか、持ってこんなして波打ち際で孫を探していたんですよ。」「自分の孫が足の指が特徴のある子だったから、これじゃないかねえって」「ああこれだと言って、おじいさんすぐに抱きあげてこっちこっち合わせたら、であったわけですよ、孫。じいさん自分の上着で抱いてからうち帰ったの昨日のように覚えているんですよ」

直前までよしあきくんと遊んでいた大城文進さんは、とっさに海に潜って助かりました。

大城文進さん「あき坊って言ってね、人懐っこい子でね。まだ船が入らんからこっち来いって言って。ウニを食べさせとった。そしたら船が入ってきて」「ちょっと意地悪して引きとめておけば。3分でも1分でもよかった。それがもう、これはまだ、遺族にも言ったことはないんだけどね」

なぜ、爆発は起きたのか。島の人は、積んでいた爆弾が崩れたとだけ、聞かされていました。しかし去年見つかった米軍の調査報告書には意外な事実が書かれていました。爆弾の取扱規則に反して、船上の喫煙があったこと。


爆弾のそばに軽油の缶が置かれていたこと。さらに爆発した船からわずか50メートルの距離にいた島民はこんな証言をしていました。

Q「その黒人兵は、爆弾の上を歩いたのか?走ったのか?」A「駆け上がったから、爆弾が崩れ始めたんです」

Q「LCTには、爆弾の上を歩く以外にスペースはなかったんですか?」A「たぶん。。。びっしりと敷き詰められていましたから」

爆弾の上に乗って爆弾を積むというずさんな方法がとられていたのです。アメリカ軍の現場責任者は軍の追及を前に自殺しています。決定的な証言をした知念権三さんは、奇跡的に軽傷ですみました。

知念さん「トラックは扉の前に止めてよ。その黒人が下りて、2,3mはあるいて、砂だからよ、扉から走ってすぐ弾の上に飛び乗って弾が崩れた」「白人は見たことなかった。黒人ばかり」

犠牲になった軍関係者はフィリピン人と黒人だけ。危険な任務を彼らに押し付けていたばかりか伊江島の住民にも、無報酬で手伝わせていた実態も明らかになりました。


知念さん「ぼくは一回は自動車に爆弾を乗せるのに行った事がある。知念さんが?うん、上では黒人兵が受け取る。下からは自分たちがトラックに揚げる、先はぶつけるなよ〜と言って」

東江さん「占領地だから謝罪など全然なかったですよ」

兄を事故で失った東江さん。それでもアメリカを恨んではいないといいます。

Qアメリカが憎くはないですか?東江さん「憎くはないですよ。沖縄の人は2年間無償で食料を与えられているものだから」

戦に負けたんだから仕方がない。伊江島の人々は戦争の一部としてこの事故を忘れようとしました。

しかし現在沖縄にある、あるいは今後積み下ろしされる爆弾がいつ、また誤って火を噴くのか。「爆弾を抱いて眠る日々」は続いているのです。

こんな大きな事故があまり知られていなかったことにまず愕然としますね。私の住む浦添にも軍港建設が予定されていますが、生活圏に軍港がある怖さを再認識させられますね

大浦湾にも、弾薬庫を背景にした軍港が予定されています。さらに有事法制下では、軍港の荷役作業に県民があてられる可能性も大きい。伊江島の爆発事故は、決して過去の事件ではありません。

太平洋における米軍、日本漁業とパプアニューギニア、パラオと日本

2006年5,6月の太平洋諸島のニュースをお伝えします。
米軍は沖縄のみならず、太平洋全域において大きな影響力を有しています。今後、グアムの地政学的な重要性がさらに大きくなると思います。



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 米軍が太平洋地域において影響力を示している。

米国の海軍、空軍、海兵隊が参加した、大規模な軍事訓練バリアント・シールド2006が6月19日から24日まで行われた。

2万2千人の軍人、30隻の軍艦、280機の軍用機が演習に参加した。米軍関係者はこの訓練は中国や北朝鮮の脅威とは関係ないが、グアムに駐留している米軍が太平洋地域における潜在的な侵略者に対する警告として同訓練は位置づけられると述べた。

同訓練において米国軍事戦略におけるグアムの重要性が高まったことが示された。国際的などのような事態に対しても米軍が対抗できる地政学的な場所にグアムが位置している。沖縄から8千人の海兵隊がグアムに移転するが、その結果、グアムの米空軍基地に配備される軍人(現在は8500人)に、さらに3千人が加わることになる。



日本の漁業において太平洋は非常に重要な海域であり、漁業協定の締結、入漁料の支払い交渉が重要です。同協定は日本政府からのODAの提供とも関係があるといわれています。



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 漁業協定が締結され、日本がパプアニューギニアの経済水域で漁業することが可能になった。

パプアニューギニア政府の漁業局は、日本遠洋施網漁業協同組合と歴史的な合意を締結し、日本の漁船が19年ぶりにパプアニューギニアの排他的経済水域で漁業をすることが可能になった。

日本側は320万米ドルを支払うことになった。合意に基づき、日本の30隻の遠洋施網漁船が経済水域内において22億5千トンのマグロを捕獲するだろう。同漁業協同組合の島理事長は「日本は世界的にも多い、魚の消費国である。我々は漁業に関して豊富な経験と知識と技術をもっている。これらを利用して、太平洋の島嶼国の漁業発展に貢献してきた。これからも、パプアニューギニアの発展に寄与していきたい。」と述べた。


来月、私は学生を連れてパラオにいきますが、日本との関係強化のために必要なことが人の育成です。日本のほかに、米国、台湾などとの人的交流も盛んですが、教育の機会という面からいえば圧倒的に米国への留学、就業が多いです。他方、パラオ内で特に観光業において日本企業の進出が多く、日本語を使えることが就業機会を得るうえでも大切になってきています。



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 日本政府奨学金パラオ協会が設立された。

同協会のメンバーと日本大使館の山下臨時代理大使が会則にサインをした。同協会は三つの目的を持っている。1.日本政府奨学金制度を広く知らせること。2.日本から帰ってきたパラオ人留学生の雇用機会、さらなる進学、職業訓練に関する情報を提供すること。

3.日本とパラオとの文化交流を促すことである。メンバーは1982年からパラオ人に提供されてきた日本政府奨学金の受給者である。現在まで57人が同奨学金を受け取った。

同協会は日本政府と協力して教育事業を展開する予定である。あるメンバーは「日本語大会や文化交流活動に我々が関わることにより、日本に行くパラオ人学生を支援したい。我々が得た経験を若い世代と共有したい。」と述べた。

パラオと日本、マーシャル諸島でのミサイル実験、フランスと太平洋島嶼

2006年6月の太平洋諸島で気になったニュースをお送りします。
私もパラオの日本大使館で専門調査員として働いたことがあり、広瀬さんの気持ちが分かります。来月には学生9人を連れてパラオに行く予定です。昨年も学生とパラオに来ましたが、その際、広瀬さんにお世話になりました。三田さんは現在、龍谷大学の民際学研究会のメンバーになっていただき、パラオについて発表して下さいました。
今年も学生をつれてパラオに行き、多くの方にお世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いします。


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 パラオの学生が日本での様々な研修・留学事業に応募するように促されている。

パラオにある日本大使館に新しい専門調査員として派遣された広瀬氏はパラオの若者に対し、日本政府が提供している、職業訓練や留学等の様々なプログラムに応募するように促している。広瀬氏は、パラオの学生は自らの将来の方向性に対しより現実的であり、多くの機会を利用して自己開発を行うべきであると述べた。

広瀬氏は、2003年から2005年までパラオの海外青年協力隊事務所で働いていた。広瀬氏の前任者である三田氏のように、広瀬氏も社会学の博士論文を準備している。しかし、広瀬氏は大使館の新しい仕事で忙しく、博士論文の執筆は中止しなければならないと語った。


マーシャル諸島のクワジェリン島はかつて日米の激戦地であり、いまは米軍基地があります。米国にとって軍事戦略上、大変重要な島になっていいます。



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 米軍がクワジェリン環礁に向けてミサイル発射実験を行った。

米国のカリフォルニア州にあるバンデンバーグ空軍基地からミニットマンⅢ弾道ミサイルがマーシャル諸島のクワジェリン環礁に向けて発射された。

同ミサイルは30分間で約4800マイル飛行して、クワジェリン環礁のミサイルレンジに用意された目標に当たった。この実験はミニットマンⅢミサイル・システムの能力を確かめるものであった。米軍関係者は、ミサイル発射実験により米軍の軍事上の優位性を維持するために必要な情報が与えられると述べた。


フランスは太平洋において、ニューカレドニア、仏領ポリネシア、ウォリスフツナという島々を領有しており、島嶼国との外交関係にも力を入れています。私はかつてニューカレドニア、仏領ポリネシアに行き、フランスによる太平洋島嶼統治の実態についてみてき、論文も書いたことがあります。これらの島々でも自治が住民にとって大きな課題になっています。


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 フランスが太平洋諸島における地球温暖化問題解決に乗り出そうとしている。

フランス政府が仏領ポリネシアにおける核実験を中止して10年がたった。フランスは地球温暖化による海面上昇問題に直面している太平洋諸島を救うための活動に乗り出そうとしている。

シラク大統領は「多くの太平洋島嶼国の存続と深く結びついている地球温暖化問題に対し、全ての欧州諸国は関心をもっている。」と述べた。またシラク大統領は、豪州と米国が調印を拒否している京都議定書を実施させる最前線に欧州諸国がたっていると述べた。

幾つかの島では、10年後に人が住めなくなると予測されている。最も危険度が高いのがツバルであり、3千人の住民がニュージーランド、キリバスに移住している。バヌアツやパプアニューギニアの島々において生活が困難な島の住民の移住費用をカナダが負担している。

奄美諸島とポルトガル

南海日日新聞にウェブ編集メモととして、非常に興味深い話が掲載されていましたので、お伝えします。世界史の中で琉球を考えると、島の世界的意義がさらに明らかになるのではないでしょうか。
島は世界史の交流拠点であり、島を拠点にして歴史や文化が生まれてきたことを考えると、下の話も民衆史の視点から検討する必要があると思います。




母方の祖母は伊仙町木之香出身。聞いた話によるとポルトガル人の末裔であるらしい。自分から数えて6代前というから約180年前。大航海時代の末期ということになるだろうか?

◆思い当たる節がある。祖母は生まれつき赤毛で、娘時代からいじめを避けるため黒髪に染めていたというし、鼻筋が通っていて、外国人に近い顔立ちだった。

残念ながら、火事で写真を消失したので証明する術はない。直系が在住しないため、シマの墓ももうない。母と弟、自分にも前髪の一部に赤毛があるぐらいが先祖の形見か。32分の1と64分の1程度の薄い血ではあるが

◆南米で唯一ポルトガル語が母国語のブラジル。1950年代後半、伯母と3歳の従兄弟が移民団一行としてブラジルに渡ったことも、体に流れる血が呼び寄せたのだとすれば納得できる。祖母の姓が木場(=COBA、KOBA)という点から探ってみるのも面白いかもしれない。スペイン語ならあまりうれしくない意味合いだけれど…

◆もう1つの興味は島唄。ポルトガルにファドという哀愁を帯びた歌のジャンルがある。大航海時代、帆船の乗組員と岸壁にたたずむ家族の間で歌われたことは間違いないが、徳之島や奄美大島に流れ着いた西欧人が古里を思い歌い島唄に影響を与えたか、島唄を覚えた西欧人が唄を持ち帰ってファドとして確立したのではないかと想像すると面白い。

文化はいつの世も異質なものの融合で新しい形が生まれると思うから

◆歴史研究家の弓削政巳さんに、これまでの経緯を茶飲み話でしてみたところ、いくつかの検証方法を示していただいた。また、「西欧人が来島した場合、地域住民との接触は厳しく禁じられたはず」とも言っておられた。

外国との往来が一般的になった時代以後の史実であるかもしれない

◆まだ、お会いしたことはないが、伊仙町歴史民俗資料館の義憲和館長は、その辺りの史実に詳しくはないだろうか。機会があれば墓の特定と先祖に当たる外国人名の掘り起こしなどを兼ねて訪ねてみたい。(H)

与那国島の将来

8月2,3日の八重山毎日新聞が与那国島の町長選挙について報じていますので、お伝えします。自衛隊誘致を主張している外間さんが町長に当選しました。

島の町民の多くが人口減少の島の現状に危機感をもっており、一日も早くその危機的状況を脱却するために自衛隊の誘致を求めていると考えます。しかし、島の将来をつくるのはあくまで、もともと島に住んでいた住民であり、自らの力で島を動かすという気概を忘れてはいけないと思います。

自衛隊の設置自体も、東アジア情勢、中台関係、日中関係、日台関係等を考えながら慎重に行うべきではないでしょうか。



任期満了に伴う町長選は1日、選挙運動の最終日を迎え、現職の外間守吉氏(59)=自民、公明推薦=と、元町職員の新人、田里千代基氏(51)の両陣営は5日間の選挙戦を締めくくった。町長選は2日に投開票され、同日午後9時ごろに当落が判明する見通し。

期日前投票は1日までの4日間行われ、当日有権者数(見込み)の20.94%に当たる253人が投票、前回(2005年8月)より54人(5.14ポイント)多かった。

 今町長選は、自衛隊誘致や「自立ビジョン」への評価などを争点に約20日間という短い期間で争われた。

 最終日の1日、外間、田里の両候補は街頭演説などを行ったあと、打ち上げ式に臨んで選挙戦を終えた。

 外間氏は午後3時すぎから久部良地区で「明日の投票日は、与那国の命運が掛かる日」と呼び掛け、祖納港湾整備や田原川の2級河川化、土地改良事業、地域活性化生活対策臨時交付金と地域活性化経済危機対策臨時交付金による施設整備など実績と2期目の取り組みを訴えた。

 自衛隊誘致については、誘致を求める514人の署名と去年9月の町議会決議を挙げ、「これが隠密か。まったく話にならない」と強調し、「(要請によって)防衛省にボールを投げている。自衛隊誘致に反対なら、同省に(反対に)行くべきだ」と訴えた。

 田里氏は午後2時すぎから久部良地区で「明日の投票日には私を町長に押し上げ、みなさんの手足として使ってほしい」と呼び掛け、「時代の流れに乗り遅れてはならない。『自立ビジョン』を基本としたまちづくりや住民自治の確立、台湾との交流は良い方向に動いている。台湾との交通の実現で活性化する」と訴え。

 自衛隊誘致については「自衛隊を産業として持ってきて町の活性化を図るというのはまったく理解に苦しむ。断固反対」と述べ、「住民中心で、与那国の地理的特性を生かしたまちづくりを目指す」と訴えた。

 町選管によると、当日有権者数は男605人、女603人の合わせて1208人の見込み。
 2日の投票は祖納の町構造改善センターと久部良の久部良多目的集会施設、比川の比川構造改善センターで、いずれも午前7時から午後7時まで。開票は同8時から。
 前回の投票率は97.14%だった。


任期満了に伴う町長選は2日、投開票の結果、現職の外間守吉氏(59)=自民、公明推薦=が619票を獲得、元町職員の新人、田里千代基氏(51)に103票の大差をつけて2期目の再選を果たした。当選後、外間氏は「自衛隊(誘致)についても、1期目の4年間についても町民の評価が得られたと思う」と述べた。当日有権者数は1208人。投票率は96.03%で前回(2005年8月)を1.11ポイント下回った。

 町議会は議員6人のうち、5人が与党。外間町政の2期目は当面、来年夏の町議選までの間、安定した行政運営を行うことになりそうだ。選挙戦でアピールしてきた1期4年間の実績を踏まえた2期目の公約の実現によって、人口減少の解決などで手腕を発揮できるかが問われる。

 今町長選は、外間氏が3月に出馬表明したのに対して、対抗馬の擁立作業は難航し、人選が二転三転。田里氏の出馬は先月9日になってようやく決まり、選挙戦は投票日まで20日余りという短さで展開された。

 外間氏は今年3月の出馬表明以降、1期4年間の実績を強調するとともに、農業振興の取り組みや自衛隊誘致の必要性を訴え、3ケタという異例の得票差で再選を果たした。町議会は町議6人のうち5人が外間氏の支持に回り、選挙運動を推進した。

 田里氏は自衛隊誘致反対や台湾との交流促進を訴え、保守層の一部も取り込みながら選挙に臨んだが、候補擁立作業のしこりや出遅れを解消できず、大きく水をあけられた。

【外間守吉(ほかま・しゅきち)】
 沖縄国際大卒。福山海運元代表。1978年から町議4期。86年から4年間は町議会議長。05年8月の町長選で初当選。49年生まれ。祖納出身。


祖納地区にある外間守吉さん(59)の自宅は、投票結果が確定するのを待たずに、午後9時前には支持者らの喜びに包まれた。外間さんは、家族や支持者らと「ばんざい」を繰り返し、「町民の審判が下り、ほっとしている」と表情を緩めた。

支持者らは2期目に向けた美酒に酔い、握手を交わして外間さんを祝福した。

 自衛隊誘致が争点になったことから、県内外で関心が高く、台湾メディアも取材に訪れた。当選後、記者らに囲まれた外間氏は「まず港湾。祖納港湾を周年稼働できる港にする。

沖縄振興計画が2011年度に終わるまでに、港湾や土地改良、上下水道に早急に手を付ける」と高率補助が確実なうちに公共工事を推し進める考えを示すとともに、地力の増強などで農業振興に取り組む決意を示した。

 有権者が示した評価については、交付税の安定化を目的に制定を求めている国境離島振興法(仮称)を挙げ、「対馬市長と連携を取っており、実現できると思う。有権者にも評価された」と自信を見せた。

 台湾との交流については「(自衛隊誘致によって)交流にひびが入るようなことはない」と、引き続き、取り組む姿勢を示した

サンの島:海勢頭豊さんの新しいCD

海勢頭豊さんの新しいCDを聞かせていただきました。

琉球の魂の歌い手、海勢頭さんの唄が体に沁みこみます。

ジュゴンに対する海勢頭さんの愛情も感じます。

琉球の魂の歌い手、海勢頭豊さんの歌を聞きましょう。


1、サン
  2、トゥーヌー・マーヌー
  3、ザンの海

  4、帰れ太陽
  5、月桃

  6、喜瀬武原
  7、七つ星のうた

  8、トラジの花
  9、ハルラ山
  10、うりずん   の全10曲


購入は次のところまでご連絡ください。


Office:GGS (有)ジー・ジー・エス〒903-0117 沖縄県中頭郡西原町字翁長457電話098-946-6663 ファックス:098-946-1933メール:gama@gettounohana.com

鶴見和子さんと語る会ー山百合忌

金曜日に東京に行ってきました。
午前中の特別授業を終えて、新幹線に乗り、お茶の水の山の上ホテルへ。
ホテルロビーにおいて、海勢頭豊さんと藤原社長と11月の平安座島で行われる
ゆいまーるの集いについての打ち合わせを行いました。

海勢頭さん、藤原書店の藤原洋亮さんと協力しながら、心に残る集いにしたいと思います。

平安座島は海勢頭さんの生まれ島です。この島から沖縄の自治、琉球の自治、日本の自治を考えて、発信していきたいと思います。

また新琉球学の構想についても話し合いました。新琉球学については、雑誌『環』に私が寄稿した「琉球史を世界史の中で捉える」という文章の中でも一部、紹介しておりますので、ご笑覧ください。
また同文章において、沖永良部島でのゆいまーるの集い等についても書いております。


現在、海勢頭さんは関東地域において集会、フォーラム、コンサートなどが行っています。
海勢頭さんからは私が現在、住んでいる関西と琉球との古代史における興味深い話もうかがいました。

来年は国連国際生物多様性・国際ジュゴン年ですが、海勢頭さんは今年、10月16日、名古屋市西文化小劇場におきまして、「サンの島コンサートー沖縄ヤンバルからのメッセージ」を行います。
お近くの方は是非、聞きに行ってください。

鶴見和子さんと語る会の最初はシンポジウムが開かれました。
パネラーは赤坂憲雄さん、中路正恒さん、黒田杏子さん、そして私でした。テーマは「内発的発展と『山姥』」でした。

自らは自らを「山姥」と呼びましたが、山姥は自然や宇宙と一体化した存在であり、そのような境地において内発的発展の内実をしっかりととらえることが可能になると考えます。

内発的発展論は単に地域の活性化にとどまるのではなく、人間の身体性、魂と自然や宇宙との一体性という、根源的な自覚に基づくものであることが、鶴見さんの晩年の生き方から教えられます。

鶴見さんの思想が体現されたのが短歌であり、『山姥』等の歌集です。鶴見さんの短歌を詠むと、内発的発展が本当に、自らの内側から生成されてきいるのがわかります。

ゆいまーるの集いを通して、琉球の内発的発展を根源から問い直していきたいと思います。

他の先生からのご発言にも学ぶことが多く、改めて、内発的発展論を考え直すことができました。

会場には、大石芳野さんも来ておられ、『琉球の「自治」』の書評をしてくださったことのお礼を申し上げ、琉球についてのお話をいたしました。

また武者小路公秀先生の内発的発展のお話、作家の加賀乙彦さんの鶴見先生との思い出話等をはじめ、多くの参会者の方の心に残るお話を伺いました。

最後に、海勢頭豊さんが、「喜瀬武原」「琉球讃歌」を歌いました。魂に響く歌と話に感動しました。




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