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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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1609年、2010年の日本による琉球の分断化

21日の南海日日日新聞の徳之島に関する記事と、本ブログへのコメントを紹介します。

「通りすがりの奄美の方」へ、コメントありがとうございました。
コメントを読んで、1609年の薩摩侵略後の、奄美諸島直轄領化による琉球の分断と今日の分断化との
連続性を思いました。

日本は琉球を分断することで、琉球の一体性を削ごうとしているかのようです。基地を押し付けることで地域社会も分断化されます。

私は奄美諸島、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島の人々は同じ仲間であると思います。同じような文化、歴史、自然、宇宙観を持ち、亜熱帯性、島嶼性を共有しています。政府、人為的な行政上の境界線による分断化に惑わされることなく、これからの世代のためにも互いの島を守り続けねばと思います。





通りすがりの奄美の者ですが沖縄の方に「国頭から上は分けて考えるべき」
と言われたのはショックです。

やっぱり与論島以北は「県外」「内地」だから仲間じゃない、
自分たちの痛みをわかってくれない「敵」なんでしょうか。

徳之島、奄美の人たちは決して「これまで通り基地を沖縄に押し付けておけばいい」
という思いで反対しているのではないと思います。

これまで基地を沖縄に押しつけ、のうのうと平和を享受していたのは申し訳なく思っていますが、
突然降ってわいた話にすぐに「沖縄の痛みは私たちが引き受けます」と言えないことを責められますか?

政府のやり方が沖縄と奄美を対立させているようで悔しいです。
不快に感じたら申し訳ありません。



米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題は20日、政府窓口である首相官邸から移設先として検討中の徳之島3町長に滝野欣也官房副長官から会談の打診があったことで新たな段階に進んだ。

具体的な移設先の言及を避け続けてきた鳩山由紀夫首相をはじめとする政府による徳之島への働き掛けは、徳之島案の存在を正式に認めたことにもなるからだ。3町長は18日の1万人集会で示された住民の民意を盾に面高を断ったが、首相が政府移設案の決定期限とする5月末に掛けて、中央の動きから目が離せない状況が続きそうだ。

 米軍普天間飛行場の移設問題で、鳩山政権から徳之島3町長に正式な打診があったのは初めて。
 大久幸助天城町長と大久保明伊仙町長が同日午後、記者会見で「面談の打診があった」ことを明らかにした。これを受けて、高岡秀規徳之島町長を含め3町長が協議し、会談を拒否する考えを電話で伝えた。

 20日午後、滝野官房副長官から徳之島、天城、伊仙の3町長に個別に電話があり「徳之島と決めたわけではない。1万人反対集会の状況を聞きたい。鹿児島市で伊藤祐一郎鹿児島県知事も含め、平野官房長官と会ってほしい」などと要請したという。

 3町長は会談を断ったが、あらためて伊仙町役場に集まり協議して共同歩調を確認。午後2時半ごろ、大久天城町長が3町長を代表して「会うわけにはいかない」などとして断った。

 大久保町長は「今回の要請は正式な打診だと思う。18日の1万人反対集会で民意は明らかだ。米国も難色を示して
おり、会う必要はない。政府が強硬な姿勢を取ると島民の反発は増すばかりだ。徳之島の反骨精神は並大抵ではない。我々には誇りがある」と話した。

 政府高官の要請について、徳之島への米軍基地移設反対協議会の椛山幸栄共同代表(55)は「最初から徳之島3町長は断固反対の意思を示している。3町長をしっかり支え、歩調を合わせながら闘っていきたい。不確定な情報も多く、こちらも動向を注視しながら運動を進めたい」と話した。

 一方、基地移設の条件を考える会の谷岡一会長は「3町長の独断だけで政府要請を拒否できるものか疑問。きちんと話しを聞き、住民に詳しく報告し、住民投票を行うべき。会談を求める政府の姿勢は大歓迎だ。政府が納得できる条件を準備すれば、賛成する住民は多くなるはずだ」などと語った。

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徳之島の反基地集会とコメント紹介

19,20日の南海日日新聞で徳之島での反基地集会について報道がありましたでの、お伝えします。

また「南国リンゴ」さんからコメントが届いています。ありがとうございました。最後の「やっぱり、・・・この頃です」の一文の意味をもう少し具体的に書いてください。なぜ線引きすべき対象なのですか?


鳩山首相は4日に琉球に足を踏み入れて、辺野古沖基地建設を知事にお願いするそうです。
「県外」移設を琉球人に約束して、今その約束を破ろうとしています。
徳之島の3町長は日本政府と交渉しないと明確に意思を示しています。
沖縄県知事は会うことに合意しました。もっと明確に、知事は島の意思を示すべきではないか。
人としての信義にかかわる、本質的な問題であると思う。




 徳田虎雄の息子さんがテレビで「民主党になってから徳之島の振興策が29%削減された」「振興策をぶら下げて基地移設を迫ってきた」と不満を述べていたんですね。
表情から「卑怯だ!」という屈辱的な思いが伝わってきました。

沖縄に対するアメとムチの政治手法を徳之島の徳田議員は身をもって今回体験したことでしょう。
自民党が沖縄にしてきたことと同じことをされて、沖縄の痛みが少しは解っただろうと思ったら「辺野古に移設すべき」と徳田議員は言っているというじゃないですか。

化けの皮が剥がれたという感じです。
やっぱり、国頭の上からはまだまだ線引きすべき対象だなーと思う今日この頃です。




米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の徳之島移設反対を日米両政府に示す1万人集会(徳之島への米軍基地移設反対協議会など主催)が18日午前11時から、徳之島町亀津新漁港特設会場であった。主催者によると、先月28日に開かれた集会の4200人を大幅に上回る1万5千人が参加。

「移設反対」のプラカードを掲げた参加者は、「長寿、子宝、癒やしの島に米軍基地はいらない」などとする決議文と大会スローガンを満場一致で採択した。決議文は、今月いっぱい集める署名とともに鳩山由紀夫首相に届ける。

 採択した大会スローガンは(1)徳之島への米軍基地、訓練基地移設反対を決議する(2)徳之島は豊かな自然に恵まれています。私たちは希少動植物の保護活動を積極的に推進し、世界自然遺産を目指します(3)私たちは農業を中心とした、観光振興を目指す、そのために振興策に名を借りた環境破壊を許さない。

 高岡秀規徳之島町長の開会宣言に続き、伊仙町出身で奄美の日本復帰をリードした詩人でもある泉芳朗の作品「島」を實山安英さん(44)=徳之島町=が朗読。地域住民代表ら16人が次々と決意表明した。

 青年団体代表の寶田健二さん(25)=徳之島町=が「自然豊かな島が恋しくて帰ってきた。帰りたいと願っている後輩たちのためにも米軍基地のある島を残したくない。断固闘っていく」と訴えると、会場を埋め尽くした島民から大きな拍手が沸き起こった。

 伊仙町役場職員の澤佐和子さん(44)は「徳之島は長寿と子宝の島。少子高齢化対策は日本の大きな問題。その答えを持つ徳之島を国は葬ろうとしている。基地移設は絶対にあってはならない」と訴えた。

 学生代表としてスピーチした徳之島高校2年の中熊優姫さん(16)=伊仙町=は、鳩山首相とオバマ大統領に向け、「自然いっぱいのこの島が好き。この徳之島に住んでいる人たちが好き。基地は決して造らせてはなりません。わたしたちの徳之島の未来を壊さないでください」と呼び掛けた。

 集会には、地元選出の徳田毅衆院議員ら国会議員や県議らが出席。徳田議員は、奄振予算の減額を引き合いに出し、「なぜ基地を押し付けられなければならないのか。絶対に基地は必要ない。徳之島を守るためにはどんな困難にも立ち向かう。共に闘っていこう」と述べ、鳩山政権を強く批判した。

 最後には、大久幸助天城町長の音頭で参加者全員が「頑張ろう」と声を合わせた。

 「島を守るため、頑張っていこう」―。18日、徳之島町で開かれた米軍普天間飛行場移設反対の1万人集会。住民や島内3町長らが参加した集会は最終的に1万5千人(主催者発表)に膨れ上がり、島民2万6千人余りの同島では異例の大規模集会となった。「子どもたちのため、自然豊かで美しい島を守り抜こう」「基地移設は、絶対許さない」。

壇上に立つ弁士らの訴えは大きなうねりとなり、会場をのみ込んだ。

 徳之島への移設計画が明るみになってから2度目となる地元での集会。会場は開会前から人が集まり出し、午前11時半には1万1200人(同)に達した。目標の1万人を早くも上回ったとのアナウンスが流れると、会場からは大きな歓声と拍手が沸き起こった。

 集会では、行政のほか青年団体、一次産業、文化、商工業、女性、環境保護、母親、学生など、各分野の代表者16人がマイクを握った。

 母親代表の野中涼子さん(33)=徳之島町=は、7歳から生後8カ月までの3男1女の母。「この島は出生率ナンバーワン。日本の課題である少子化からの脱却モデルがこの島にあります。今の日本が忘れている家族の姿がここにあります」。地域の人々の強い結びつきが息づく島の姿を未来へつなげたいとの思いをぶつけた。

 「どうか、この平和な島を、そしてこの豊かな自然あふれる島を、人々の絆(きずな)を壊さないで下さい。わたしたちの徳之島の未来を壊さないで下さい」。

 昨年、奄美群島の日本復帰を題材にした演劇に参加したという徳之島高校2年生の中熊優姫さん(16)=伊仙町=は、自ら壇上での決意表明に名乗りを上げたという。

 幅広い年齢層の老若男女が、胸に抱える思いをぶつけた1万人集会。「島を守りたい」という人々の心の叫びは、会場内に広がった多くのプラカードやのぼり、横断幕に記されたメッセージとともに、この日、島を大きく、そして力強く揺さぶった。



米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題について、平野博文官房長官が19日、移設方針説明のため鳩山由紀夫首相が徳之島入りする可能性に言及したことについて、同島3町のうち天城町の大久幸助天城町長は「反対集会には1万5千人が集まった。

この数が民意だ。政府は島民を怒らせてしまった。条件が良よければなどという問題ではない。今になって首相が来るといっても遅すぎる。会う必要ない。あきれている」などと批判し、首相の徳之島入り意向を拒絶する考えを示した。

 18日に徳之島町で開かれた反対集会には、全島民のほぼ6割に当たる1万五千人(主催者発表)が参加。商工会代表や母親、農業者、高校生など住民がステージに上がり「移設ノー」を訴えた。

 首相の徳之島入りについて、徳之島町役場職員の寶田健二さん(25)は「反対集会が終わってから来るのでは遅い。基地問題についての情報が出るたびに島の人たちに溝ができていく。住民の心をもてあそぶなと言いたい。基地はいらない。断固反対だ」と強調した。

 1万人集会を主催した徳之島への米軍基地移設反対協議会の椛山幸栄共同代表(55)は「集会で基地は絶対反対という民意は決まった。条件の問題ではない。鳩山首相にはそのことを分かってもらいたい。徳之島入りはあきらめてほしい」と話した。

 一方、基地移設の条件を考える会の谷岡一会長(57)は「一日も早く来てほしい。首相には条件付きの要望書をすでに送った。来島が実現するように期待したい」などと話した。

徳之島人の反基地の意思

4月17,18日の南海日日新聞におきまして徳之島への基地移設に反対する活動についての報道がありましたので、お伝えします。

現在、鳩山政権は辺野古沖に基地を造るとともに、徳之島での米軍訓練を行うために、徳之島出身の徳田虎雄氏に
鳩山首相が会ってきたようです。

泉芳朗という奄美諸島日本復帰運動のリーダーを生み育てた島が徳之島です。島に対する強いこだわり、愛情をもった人が多い島です。日本の宝ともいうべき島を「米軍基地の島」にしようとする鳩山政権は、亡国的であるともいえます。

現在、沖縄と本土との対立が注目されていますが、その両方にも属さない、奄美諸島、なかんずく徳之島の人々が抱えている苦悩に私は思いを寄せたいです。





 18日にある徳之島への米軍基地移設反対協議会が主催する1万人集会を控えた16日、伊仙町面縄の泉芳朗生誕の地で、有志らによる「米軍基地移設反対決意の集い」があった。参加者らは奄美の日本復帰をリードした泉芳朗に届けとばかり、「移設反対」を訴えた。

 徳之島郷土研究会の幸多勝弘副会長が呼び掛け、同地区住民など約50人が駆けつけた。泉芳朗の親類で、元同町教育長の泉昭久さん(78)が「大変な事態になった。私たちの先祖は自衛隊の駐留すら許していない。ところが政府は暴挙を行おうとしている。

先祖は島の自然と文化を守り続けてきた。いつまでも子や孫に引き継ぐためにも、断じて許してはならない。絶対反対の声をこの地から大きく叫ぼう。頑張ろう」と決意の言葉を述べた。

 同町元教育長の得岡誠二郎さん(80)は復帰当時を振り返り、泉芳郎から学んだ精神を述べ、その思いを句にして披露した。同町の義憲和さん(79)が「泉先生の崇高な精神を引き継ぎ、徳之島人として断固頑張ろう」と訴えたほか、大久保町長は「基地は一切ノーという固い気持ちで頑張ろう」と述べ、強い決意を示した。

 最後は全員で、詩人でもある泉芳朗が郷里への思いをつづった作品「島」を朗読。米軍基地移設反対決意のアピール文を読み上げたほか、泉芳朗に黙とうをささげ、決意を表した。

 幸多副会長は「何故基地を移設しなければならないのか。日本復帰を勝ち取った方々の基地反対への思いは強い。1万人集会を前に、弾みになった」と語った。



米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設候補地として徳之島など鹿児島県内が取りざたされている問題で、「普天間基地撤去・鹿児島県内への移設反対4・17県民集会」が17日、鹿児島市のみなと大通り公園であった。県本土で「普天間問題」の反対集会が開かれたのは初めて。

徳之島の代表らが決意表明したほか、普天間飛行場の即時・無条件撤去求める集会アピールを採択。天文館地区の目抜き通りをデモ行進して気勢を上げた。

 県内の労働組合など10団体で組織した実行委員会の主催。鹿児島市内外から約500人(主催者発表)が参加し、徳之島の出身者もいた。

 実行委員長を務めた溝口琢・県労働組合総連合議長が基調報告。徳之島町の保育士で2人の子どもを持つ磯川真理枝さん(39)が「子宝の島、長寿の島、結いの島の徳之島に、そしてどの島にも基地は要らない」と決意表明し、参加者に共感を呼んだ。沖縄県名護市の具志堅徹市議、馬毛島を抱える西之表市の野口寛市議も連帯のあいさつを行った。
 
集会には徳之島、種子島の首長からメッセージが寄せられたほか、実行委の5団体代表が口々に米軍基地の即時撤去を訴えた。

 会場や天文館地区では4月以降で3千人分に達した反対署名の活動が行われたほか、参加者は集会後、「米軍基地はどこにも要らない」「米軍はアメリカへ帰れ」などと書かれたのぼりやプラカードを手にデモ行進し、シュプレヒコールを繰り返して県民に普天間飛行場の撤去を訴えた。

 伊仙町検福出身で鹿児島市在住の主婦、仲弘子さん(58)は「徳之島は戦艦大和、富山丸など戦争関係の慰霊の島。そこに基地を持ってきてはその人たちも安らかに眠れない。『絶対に基地を許してはならない』と思って集会に参加した」と話した。

ゆいまーる琉球の自治in宮古 2010年5月15日

5月15日、宮古島で第7回ゆいまーる琉球の自治の集いが開催されます。
この度の集いは、宮古島在住の歴史家、下地和宏さんに大変、お世話になっております。
集いの報告者としては、次の方々が予定されています。もう一人の報告者については、現在、下地さんが
交渉しています。

午前10時から午後6時ごろまで

場所:宮古島市中央公民館

宮古郷土史研究会とNPO法人ゆいまーる琉球の自治の共催



1.伊志嶺敏子(建築家)
「関係性」を育む空間という環境―もう一つの南島型住宅

2.根間義雄
「販売店を通した狩俣の自治会」

3.下地暁(ミュージシャン)
「ふるさとへのこだわり―宮古の歌・クイチャーを通して」

4.宮川耕次(文芸同人)
「宮古(みやーく)・天ドーム考」

5.下地和宏(郷土史)
「宮古の歴史と文化」


午後7時から交流会

14日午後は島内観光、夜、交流会
16日午前中はNPOの総会、集いの総括、今後の予定について話し合います。



ご参加されたい方は、私にメールにてお知らせください。

matusima@econ.ryukoku.ac.jp

4.25「県民大会」の意味

4月25日の八重山毎日新聞、宮古毎日新聞、琉球新報、沖縄タイムスの「県民大会」に関するニュースをお伝えします。

多くの方々の「ゆいまーる」で「県民大会」に9万人の人が集まり、一つの意思を示すことができました。

しかし、徳之島移設案も議論されているのであり、大会において徳之島案をも琉球人として拒否するという声明も必要であったと思います。

テレビで報道される発言者、レポーターも「沖縄県民」「県外」と、「県」を無意識に強調していますが、「琉球人として、民族として我々は基地を拒否する」という声も会場にあったのではないでしょうか。

この大会により、普天間基地の移設案そのものを廃棄するという琉球人の声は明確になりました。鳩山政権がやるべきことは、移設先を国内各地に交渉することではなく、対等な同盟国として米国に対して交渉することです。






 「県民の心はひとつ」―。米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、国外・県外移設を求める八重山大会(主催・同実行委員会)が24日午後、新栄公園で開催された。25日に読谷村で開かれる県民大会を前に開催された同大会には約700人(主催者発表)が参加。県民大会と同様のスローガン、大会決議を採択し、八重山地区住民も県民として「思いは一つ」とする意思表示を行った。

 同大会では▽日米地位協定の抜本的改定▽返還後の跡地利用促進▽返還に伴う地権者補償・基地従業員の雇用確保の3項目をスローガンに掲げ「SACO合意の普天間飛行場条件付き返還は新たな基地の県内移設にほかならない。日米両政府に普天間飛行場の早期閉鎖・返還、国外・県外移設を強く求める」とする決議を採択した。

 大会で仲山忠亨実行委員長は「米軍普天間基地の早期閉鎖・返還と国外・県外移設は県民、市民の総意だ。沖縄にこれ以上基地を認めない。要求が通るまで共に頑張ろう」とあいさつ。

 中山義隆石垣市長は「普天間基地の危険性除去は最優先事項であり、国内の米軍専用施設の約75%が県内に集中する現実は容認するわけにはいかない」と述べた上で「日米地位協定の抜本的改定を要求するべきだ」と強調した。

 続いて、県民大会共同代表の高嶺善伸県議会議長は「県民大会当日は黄色いものを身に付け、全県津々浦々から米軍普天間基地の国外、県外移転を訴えてほしい」、瑞慶覧長敏衆議は「基地のない八重山での大会は全国、米国へのメッセージになる」と連帯を呼びかけた。

 各分野からの決意表明で宮城和人さん(教職員)、大和田直樹さん(若者)、當間律子さん(母親)がそれぞれ「普天間のように教育施設の周辺に日常とかけ離れた軍施設ある状況はおかしい」「事件・事故のニュースを聞くたびに親として不安に思う」と述べたあと、ガンバロー三唱で米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還国外・県外移設を訴えた。

 大会で採択されたスローガンと決議は高嶺議長を通して県民大会に付託される。また、同実行委では「黄色いものを身に付けることで意思表示につながる」を呼びかけており、25日のトライアスロン会場で黄色いテープなどを配布する予定。



普天間移設県民大会

 読谷村で開催される4・25県民大会に参加する下地敏彦市長は23日、市長室で会見を開き、県民大会開催に当たっての市民へのメッセージを発表。「県民大会と、それに連動した宮古地区大会で、強い意志をもって声を大にし、普天間飛行場の県内移設を断念させなければならない」との思いを示した。

  メッセージでは、2004年8月に発生した沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落を「危険と隣り合わせの県の実態が全国、アメリカ本国に伝えられた瞬間」と指摘。米軍への基地提供については「すべての国民が自らの問題として取り組まなければいけない問題」とした上で、沖縄ビジョンで普天間飛行場の県外、国外移転の早期実現をうたう鳩山政権には「5月末決着に向け万全の体制であたってほしい」と県内移設を行わないよう訴えた。

 今回のメッセージ発表について下地市長は「県民大会へは宮古を代表して参加するが、宮古で開かれる大会に対しても私の思いを伝えておきたいと思った」と説明。自分の考えを市民に伝えることが目的で、市長に対し大会へメッセージを寄せてほしいと呼び掛けていた宮古地区大会実行委員会の要請に応えたものではないとの考えを示した。

宮古地区大会で長濱政治副市長が市長メッセージを代読する予定もない。

 宮古地区大会の共同代表就任要請を固辞している下地市長はその理由を「最初から市と相談し、実行委員会を作っていこうという話であれば良かったが、意見も聞かず委員会を立ち上げてから参加してというやり方は違うと思う」と語った。




 「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会」(実行委員会主催)が25日午後3時すぎ、読谷村運動広場で行われた。普天間飛行場の県内移設の反対を訴える超党派の大会は初めて。大会実行委は、渋滞で会場に到着できなかった人(1万人試算)を含め9万人が参加したと発表した。 県議会が2月に全会一致で可決した意見書に基づき、日米両政府に県内移設の断念を求める大会決議を採択した。

 大会であいさつに立った仲井真弘多知事は「政府は1日も早く普天間の危険性を除去してほしい。ネバーギブアップで、公約に沿った形でしっかりやってほしい」と述べ、先の衆院選で鳩山由紀夫首相が約束した県外・国外移設の履行を求めた。

さらに「普天間問題は沖縄だけの問題ではなない。過重な基地負担の軽減に手を差し伸べてほしい」と呼び掛け、日米安保をめぐる本質的な議論を深めるよう全国に向けて訴えた。

 県内移設の反対を県民の総意として訴えた大会は、5月末の決着を目指した政府の移設先見直し作業に大きな影響を及ぼす。参加者は大会のシンボルカラーである「黄色」のTシャツや小物、ステッカーを身に付け、県内移設に傾く政府に「イエローカード」の意思表示を発信した。

▽大会決議文
 普天間飛行場の返還は平成8年日米特別行動委員会(SACO)合意から13年経過した今なお実現を見ることはなく、その危険性は放置されたままです。

 しかも、平成16年(2004年)8月13日に発生した沖縄国際大学構内への米軍海兵隊所属CH53D大型輸送機ヘリコプターの墜落事故は、市街地に位置し、住宅や学校等が密集する普天間飛行場の危険極まりない現実を明らかにしました。一歩間違えば大惨事を引き起こしかねず「世界一危険な飛行場」の存在を改めて内外に明らかにしています。

しかも、平成18年(2006年)の在日米軍再編協議では同飛行場の全面返還を合意しており、県民や宜野湾市民は、最も危険な普天間飛行場を早期に全面返還し、政府の責任において跡地利用等課題解決を求めているのです。

 私たち沖縄県民は、去る大戦の悲惨な教訓から戦後一貫して「命どぅ宝」、基地のない平和で安全な沖縄を希求してきました。にも関わらずSACO合意の「普天間飛行場条件つき返還」は新たな基地の県内移設に他なりません。

 県民の意思はこれまで行われた住民投票や県民大会、各種世論調査などで明確に示され、移設先とされた名護市辺野古沿岸域は国の天然記念物で、国際保護獣のジュゴンをはじめとする希少生物をはぐくむ貴重な海域であり、また新たなサンゴ群落が見つかるなど世界にも類をみない美しい海域であることが確認されています。

 名護市長は、辺野古の海上及び陸上への基地建設に反対しています。また、勝連半島沖埋め立て案についてはうるま市長・市議会ともに反対を表明しています。

 よって、私たち沖縄県民は、県民の生命・財産・生活環境を守る立場から、日米両政府が普天間飛行場を早期に閉鎖・返還するとともに、県内移設を断念し、国外・県外に移設されるよう強く求めるものです。
 以上決議する。
 
▽大会スローガン
 日米地位協定の抜本的改定を求める。
 返還後の跡地利用を促進するため、国の責任で、環境浄化、経済対策などを求める。
 返還に伴う、地権者補償、基地従業員の雇用確保を国の責任で行うよう求める。
     2010年4月25日
     4・25県民大会




 一坪たりとも渡すまい~♪。1960年代後半、旧具志川村昆布で米軍施設への新規土地接収を阻止した地主らによって歌われた曲がある。当時、18歳で作詞した佐々木末子さん(62)=うるま市=は、多くの県民が声を上げれば基地は動かせるという思いを胸に、県民大会へ参加する。

 天願桟橋の軍物資の集積所を拡充する目的で、米軍は66年、同村に約6万7000平方メートルの新規接収を告知した。農作物を育て生活の糧を得ていた地主らは「死活問題」と任意契約を拒否。ブルドーザーによる強制収容の緊張が走る中、座り込みを続けた。

 佐々木さんも「昆布土地守る会」会長で父の佐久川長正さん(故人)らと参加。闘争小屋には、米兵が投石し旗ざおを折り、焼かれることもあった。

 それでも「金は一時、土地は万年」を合言葉に、村内外から多くの支援者が炊き出しや、小屋の新設などに協力した。

 復帰前年の71年、米軍は「土地は必要なくなった」と告げ終息。佐々木さんは「大きな米国や、米国の顔色ばかりうかがう日本・琉球政府にも、厳しい多くの目が向けられたおかげで勝てた」と確信した。

 佐々木さんは中学1年に、嘉手納基地のジェット戦闘機が同村川崎に墜落・爆発し、住民6人が死傷した事件も体験した。佐々木さんは「普天間が全国区になり県民・国民の意識が試されている。県民大会で終わらせず、首相が米国に物が言える雰囲気をつくりたい」と語った。

「思いを共有したい」
FMよみたんが中継

 【読谷】FMよみたん(仲宗根朝治社長)は、県民大会の様子をラジオとインターネットで中継する。「会場に来られない人とも思いを共有したい」と仲宗根社長。これまで、村実行委員会の石嶺伝実村長らを招いた特別番組も放送しており、大会成功に向けて意気込んでいる。

 会場にブースを設け、午後1時から番組を放送する。オープニングイベントに参加する若いアーティストらを招くことも検討。仲宗根社長は「若い世代に県民大会のことや、基地問題を訴えていきたい」と話す。

 ホームページでも大会を中継するほか、短い文章の交流サイト「ツイッター」も用意している。

 ホームページはhttp://fmyomitan.co.jp/ ツイッターはhttp://twitter.com/fmyomitan786

5000台分 駐車場を確保
読谷・会場近く

 県民大会を前日に控えた24日、会場となる読谷村運動広場では関係者らが準備に追われた。車・バスの駐車場は、読谷補助飛行場跡地や近隣の公共施設などで約5000台分を確保。当日は会場内外の誘導に警備員やボランティアのスタッフら300人が対応する。実行委員会は「道路混雑が予想されるため、できるだけ公共交通機関を使い、早めに会場へ着くようにしてほしい」と呼びかけている。

 会場の出入り口付近には、彫刻家・金城実さん(71)の作品「銃剣とブルドーザー」が展示された。金城さんは「明日は沖縄の未来を決める大会だ。沖縄県民一人一人が立ち上がり、戦わないといけない」と通りかかる人々に話しかけた。

08憲章と琉球

劉暁波氏を中心して起草された「08憲章」をご紹介します。

琉球でもこれまで「沖縄自治憲章」「竹富島憲章」「久高島土地憲章」等が発表され、島の自治の土台になった場合も少なくありません。

中国においては、自治的な憲章を起草し、発表し、民主活動をしただけで、刑務所に送られるという現実があります。

ともに自治を求める人間として「08憲章」の意味を考えたいと思います。





08憲章

一、まえがき

 今年は中国立憲百年、「世界人権宣言」公布60周年、「民主の壁」誕生30周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に署名して10周年である。長い間の人権災害と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後に、目覚めた中国国民は、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを日増しにはっきりと認識しつつある。

こうした普遍的価値と基本的政治制度枠組みを取り除いた「現代化」は、人の権利をはく奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災難である。21世紀の中国がどこに向かうのか。この種の権威主義的統治下の「現代化」か? それとも普遍的価値を認め、主流文明に溶け込み、民主政体を樹立するのか? それは避けることのできない選択である。

 19世紀中葉の歴史の激変は、中国の伝統的専制制度の腐敗を暴露し、中華大地の「数千年間なかった大変動」の序幕を開いた。洋務運動(1860年代初頭から約30年続いた)はうつわの表面の改良(中体西用)を追求し、甲午戦争(日清戦争1894年)の敗戦で再び体制の時代遅れを暴露した。

戊戌変法(1898年)は制度面での革新に触れたために、守旧派の残酷な鎮圧にあって失敗した。辛亥革命(1911年)は表面的には2000年余り続いた皇帝制度を埋葬し、アジアで最初の共和国を建国した。しかし、当時の内憂外患の歴史的条件に阻害され、共和政体はごく短命に終わり、専制主義が捲土重来した。

うつわの模倣と制度更新の失敗は、先人に文化的病根に対する反省を促し、ついに「科学と民主」を旗印とする「五四」新文化運動がおこったが、内戦の頻発と外敵の侵入により、中国政治の民主化過程は中断された。抗日戦争勝利後の中国は再び憲政をスタートさせたが、国共内戦の結果は中国を現代版全体主義の深淵に陥れた。

1949年に建国した「新中国」は、名義上は「人民共和国」だが、実際は「党の天下」であった。政権党はすべての政治・経済・社会資源を独占し、反右派闘争、大躍進、文革、六四、民間宗教および人権擁護活動弾圧など一連の人権災害を引き起こし、数千万人の命を奪い、国民と国家は甚だしい代価を支払わされた。

 20世紀後期の「改革開放」で、中国は毛沢東時代の普遍的貧困と絶対的全体主義から抜け出し、民間の富と民衆の生活水準は大幅に向上し、個人の経済的自由と社会的権利は部分的に回復し、市民社会が育ち始め、民間の人権と政治的自由への要求は日増しに高まっている。

統治者も市場化と私有化の経済改革を進めると同時に、人権の拒絶から徐々に人権を認める方向に変わっている。中国政府は、1997年、1998年にそれぞれ二つの重要な国際人権規約に署名し、全国人民代表大会は2004年の憲法改正で「人権の尊重と保障」を憲法に書き込んだ。

今年はまた「国家人権行動計画」を制定し、実行することを約束した。しかし、こうした政治的進歩はいままでのところほとんど紙の上にとどまっている。法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知っている政治的現実がある。

統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化し、経済は奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由・財産・幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が蓄積し続け、不満は高まり続けている。

とりわけ官民対立の激化と、騒乱事件の激増はまさに破滅的な制御不能に向かっており、現行体制の時代遅れは直ちに改めざるをえない状態に立ち至っている。

二、我々の基本理念

 中国の将来の運命を決めるこの歴史の岐路に立って、百年来の近代化の歴史を顧みたとき、下記の基本理念を再び述べる必要がある。

自由:自由は普遍的価値の核心である。言論・出版・信仰・集会・結社・移動・ストライキ・デモ行進などの権利は自由の具体的表現である。自由が盛んでなければ、現代文明とはいえない。

人権:人権は国家が賜与するものではなく、すべての人が生まれながらに有する権利である。人権保障は、政府の主な目標であり、公権力の合法性の基礎であり、また「人をもって本とす」(最近の中共のスローガン「以人為本」)の内在的要求である。中国のこれまでの毎回の政治災害はいずれも統治当局が人権を無視したことと密接に関係する。

人は国家の主体であり、国家は人民に奉仕し、政府は人民のために存在するのである。

 平等:ひとりひとりの人は、社会的地位・職業・性別・経済状況・人種・肌の色・宗教・政治的信条にかかわらず、その人格・尊厳・自由はみな平等である。法の下でのすべての人の平等の原則は必ず実現されなければならず、国民の社会的・経済的・文化的・政治的権利の平等の原則が実現されなければならない。

 共和:共和とはすなわち「皆がともに治め、平和的に共存する」ことである。それは権力分立によるチェック・アンド・バランスと利益均衡であり、多くの利益要素・さまざまな社会集団・多元的な文化と信条を追求する集団が、平等な参加・公平な競争・共同の政治対話の基礎の上に、平和的方法で公共の事務を処理することである。

 民主:もっとも基本的な意味は主権在民と民選政府である。民主には以下の基本的特徴がある。(1)政府の合法性は人民に由来し、政治権力の源は人民である。(2)政治的統治は人民の選択を経てなされる。(3)国民は真正の選挙権を享有し、各級政府の主要政務官吏は必ず定期的な選挙によって選ばれなければならない。

(4)多数者の決定を尊重し、同時に少数者の基本的人権を尊重する。一言でいえば、民主は政府を「民有、民治、民享」の現代的公器にする。

 憲政:憲政は法律と法に基づく統治により憲法が定めた国民の基本的自由と権利を保障する原則である。それは、政府の権力と行為の限界を線引きし、あわせて対応する制度的措置を提供する。

 中国では、帝国皇帝の権力の時代はすでに過去のものとなった。世界的にも、権威主義体制はすでに黄昏が近い。国民は本当の国家の主人になるべきである。「明君」、「清官」に依存する臣民意識を払いのけ、権利を基本とし参加を責任とする市民意識を広め、自由を実践し、民主を自ら行い、法の支配を順守することこそが中国の根本的な活路である。

三、我々の基本的主張

 そのために、我々は責任をもって、また建設的な市民的精神によって国家政治制度と市民的権利および社会発展の諸問題について以下の具体的な主張をする。

1、憲法改正:前述の価値理念に基づいて憲法を改正し、現行憲法の中の主権在民原則にそぐわない条文を削除し、憲法を本当に人権の保証書および公権力への許可証にし、いかなる個人・団体・党派も違反してはならない実施可能な最高法規とし、中国の民主化の法的な基礎を固める。

2、権力分立:権力分立の現代的政府を作り、立法・司法・行政三権分立を保証する。法に基づく行政と責任政府の原則を確立し、行政権力の過剰な拡張を防止する。政府は納税者に対して責任を持たなければならない。中央と地方の間に権力分立とチェック・アンド・バランスの制度を確立し、中央権力は必ず憲法で授権の範囲を定められなければならず、地方は充分な自治を実施する。

3、立法民主:各級立法機関は直接選挙により選出され、立法は公平正義の原則を堅持し、立法民主を行う。

4、司法の独立:司法は党派を超越し、いかなる干渉も受けず、司法の独立を行い、司法の公正を保障する。憲法裁判所を設立し、違憲審査制度をつくり、憲法の権威を守る。可及的速やかに国の法治を深刻に脅かす共産党の各級政法委員会を解散させ、公器の私用を防ぐ。

5、公器公用:軍隊の国家化を実現する。軍人は憲法に忠誠を誓い、国家に忠誠を誓わなければならない。政党組織は軍隊から退出しなければならない。軍隊の職業化レベルを高める。警察を含むすべての公務員は政治的中立を守らなければならない。公務員任用における党派差別を撤廃し、党派にかかわらず平等に任用する。

6、人権保障:人権を確実に保障し、人間の尊厳を守る。最高民意機関(国会に当たる機関)に対し責任を負う人権委員会を設立し、政府が公権力を乱用して人権を侵害することを防ぐ。とりわけ国民の人身の自由は保障されねばならず、何人も不法な逮捕・拘禁・召喚・尋問・処罰を受けない。労働教養制度(行政罰としての懲役)を廃止する。

7、公職選挙:全面的に民主選挙制度を実施し、一人一票の平等選挙を実現する。各級行政首長の直接選挙は制度化され段階的に実施されなければならない。定期的な自由競争選挙と法定の公職への国民の選挙参加は奪うことのできない基本的人権である。

8、都市と農村の平等:現行の都市と農村二元戸籍制度を廃止し、国民一律平等の憲法上の権利を実現し、国民の移動の自由の権利を保障する。

9、結社の自由:国民の結社の自由権を保障し、現行の社団登記許可制を届出制に改める。結党の禁止を撤廃し、憲法と法律により政党の行為を定め、一党独占の統治特権を廃止し、政党活動の自由と公平競争の原則を確立し、政党政治の正常化と法制化を実現する。

10、集会の自由:平和的集会・デモ・示威行動など表現の自由は、憲法の定める国民の基本的自由であり、政権党と政府は不法な干渉や違憲の制限を加えてはならない。

11、言論の自由:言論の自由・出版の自由・学術研究の自由を実現し、国民の知る権利と監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道の規制を撤廃し、現行「刑法」中の「国家政権転覆扇動罪」条項を廃止し、言論の処罰を根絶する。

12、宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障する。政教分離を実施し、宗教活動が政府の干渉を受けないようにする。国民の宗教的自由を制限する行政法規・行政規則・地方法規を審査し撤廃する。行政が立法により宗教活動を管理することを禁止する。

宗教団体〔宗教活動場所を含む〕は登記されて初めて合法的地位を獲得するという事前許可制を撤廃し、これに代えていかなる審査も必要としない届出制とする。

13、国民教育:一党統治への奉仕やイデオロギー的色彩の濃厚な政治教育と政治試験を廃止し、普遍的価値と市民的権利を基本とする国民教育を推進し、国民意識を確立し、社会に奉仕する国民の美徳を提唱する。

14、財産の保護:私有財産権を確立し保護する。自由で開かれた市場経済制度を行い、創業の自由を保障し、行政による独占を排除する。最高民意機関に対し責任を負う国有資産管理委員会を設立し、合法的に秩序立って財産権改革を進め、財産権の帰属と責任者を明確にする。

新土地運動を展開し、土地の私有化を推進し、国民とりわけ農民の土地所有権を確実に保障する。

15、財税改革:財政民主主義を確立し納税者の権利を保障する。権限と責任の明確な公共財政制度の枠組みと運営メカニズムを構築し、各級政府の合理的な財政分権体系を構築する。税制の大改革を行い、税率を低減し、税制を簡素化し、税負担を公平化する。

公共選択(住民投票)や民意機関(議会)の決議を経ずに、行政部門は増税・新規課税を行ってはならない。財産権改革を通じて、多元的市場主体と競争メカニズムを導入し、金融参入の敷居を下げ、民間金融の発展に条件を提供し、金融システムの活力を充分に発揮させる。

16、社会保障:全国民をカバーする社会保障制度を構築し、国民の教育・医療・養老・就職などの面でだれもが最も基本的な保障を得られるようにする。

17、環境保護:生態環境を保護し、持続可能な開発を提唱し、子孫と全人類に責任を果たす。国家と各級官吏は必ずそのために相応の責任を負わなければならないことを明確にする。民間組織の環境保護における参加と監督作用を発揮させる。

18、連邦共和:平等・公正の態度で(中国周辺)地域の平和と発展の維持に参加し、責任ある大国のイメージを作る。香港・マカオの自由制度を維持する。自由民主の前提のもとに、平等な協議と相互協力により海峡両岸の和解案を追求する。

大きな知恵で各民族の共同の繁栄が可能な道と制度設計を探求し、立憲民主制の枠組みの下で中華連邦共和国を樹立する。

19、正義の転換:これまでの度重なる政治運動で政治的迫害を受けた人々とその家族の名誉を回復し、国家賠償を行う。すべての政治犯と良心の囚人を釈放する。すべての信仰により罪に問われた人々を釈放する。真相調査委員会を設立し歴史的事件の真相を解明し、責任を明らかにし、正義を鼓舞する。それを基礎として社会の和解を追求する。

四、結語

 中国は世界の大国として、国連安全保障理事会の5つの常任理事国の一つとして、また人権理事会のメンバーとして、人類の平和事業と人権の進歩のために貢献すべきである。しかし遺憾なことに、今日の世界のすべての大国の中で、ただ中国だけがいまだに権威主義の政治の中にいる。

またそのために絶え間なく人権災害と社会危機が発生しており、中華民族の発展を縛り、人類文明の進歩を制約している。このような局面は絶対に改めねばならない! 政治の民主改革はもう後には延ばせない。

 そこで、我々は実行の勇気という市民的精神に基づき、「08憲章」を発表する。我々はすべての危機感・責任感・使命感を共有する中国国民が、朝野の別なく、身分にかかわらず、小異を残して大同につき、積極的に市民運動に参加し、共に中国社会の偉大な変革を推進し、できるだけ早く自由・民主・憲政の国家を作り上げ、先人が百年以上の間根気よく追求し続けてきた夢を共に実現することを希望する。

(括弧)内は訳注。

原文:
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/8f95023140c18356340ca1d707aa70fe
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/84859dc4e976462d3665d25adcd04987
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/d5a614fa9b98138bb73cd49d3e923b40

(転載自由、出典明示)

劉暁波と琉球

藤原書店から発刊されている『環』41号の「天安門事件と「08憲章」を考える」、『天安門事件から「08憲章」へ
中国民主化のための闘いと希望 』を読みました。


これまで、琉球と中国との歴史的関係については、大琉球、近世琉球、「琉球処分」期を中心に議論され、琉球の経済自立のために中国との経済関係強化が提唱されてきました。

今を生きる中国人の人権抑圧状況、民主化の動きに対しても琉球は強い関心をもっています。琉球自立のために大国中国を活用するという功利的な視点ではなく、琉球と同じく、強権政府によって押さえつけられている国にすむ人間として中国人を見るという立場が、人間として重要であると思います。

同じアジア人として、現在、獄中にいる劉暁波氏を中心とする中国民主化を望む人々と、人間としての関係が築くことができるのかどうかが、現在の琉球に問われています。

昨年発刊された、劉暁波『天安門事件から「08憲章」へ―中国民主化のための闘いと希望 』の紹介文を掲載します。




序=子安宣邦 劉燕子 編 横澤泰夫 訳 及川淳子 訳 劉燕子 訳 蒋海波 訳

中国民主化のための「08憲章」発表と詩人の不当逮捕から1年。
中国民主化の原点。

「事件の忘却」が「日中友好」ではない!

`89年、気鋭の批評家として米国滞在中、急遽帰国 し、天安門での非暴力抵抗を導き、その後も投獄・拘束に屈せず、事件の真相隠蔽に抗し続け、民主化運動に献身。08年12月、中国民主化のための「08憲 章」発表直前、ただ一人、不当に逮捕・拘束。今なお獄中にあり、ラシュディやエーコなどが釈放を求めている、劉暁波。不屈の詩人と受難者たちの思想と行動 が示す、歴史の真実と中国民主化の原点。

琉球黒糖の危機

4月14日の八重山毎日新聞におきまして、黒糖が危機に直面しているとの報道がありましたので、お伝えします。

黒糖消費が減退傾向にあり、製糖工場のある八重山諸島の経済にも直結する問題です。

ミネラル分が豊富な黒糖を皆でもっと食しましょう。




黒糖が売れない
 沖縄の黒糖が危機に直面している。すべての物の値下げが続くデフレや景気低迷で黒糖が本土市場で売れないのだ。この結果県内の含みつ糖工場で構成する県黒砂糖工業会(新里光男理事長)はかつてない大量の在庫を抱え、ピンチに陥っているというのだ。

 その在庫量は今年1月末時点で約4800トン。加えて本年度は例年より多い9500トン余が生産される見込みであり、今の市場動向では在庫は次年度以降にまで大量に持ち越されるのは確実。

そのため工業会では、こうした大量の黒糖が市場に出回るとさらに価格が下落するため、本年度の生産量の3割に当たる2800トンを市場に出さず県内で保管することに決めた。

 しかしそれは沖縄にとってはきわめて問題だ。年中暑い沖縄は製品が劣化しやすく、そのため現在でも黒糖はすべて本土の倉庫で多額の保管料を負担して保管しているのが現状。したがって県内保管分は早急に販売できない場合は商品にならず、事実上廃棄処分になる恐れも十分にあるということだ。

■八重山に4工場
 沖縄の黒糖はすべて離島地域で生産されている。伊平屋、粟国、宮古の多良間、竹富町の小浜、西表、波照間、そして与那国町と八重山が5社7工場のうち過半数の4工場を占めている。したがって現在の黒糖の深刻な販売不振、大量在庫はサトウキビを基幹作物とする沖縄の離島農業の危機を指す。

それはまた八重山の離島の農家と工場の死活問題であり、黒糖産業の衰微崩壊は八重山農業の衰微崩壊を意味するし、八重山の産業経済がピンチに直面していることを意味する。

 県産黒糖は、数年前まで本土市場の2割の約8000トンの消費があった。それが近年の経済不況に伴う低価格志向で、菓子メーカーなどの黒糖仕入れ業者が安価な輸入品や再製糖に転換、約6500トンにまで落ち込んだ。

 これに対し沖縄は値下げで対抗できないのが現状。それというのも黒糖は1トン生産するのに35万円のコストがかかるが、売値は市場原理で最大25万円にしかならず、8000トン生産すると8億円の赤字が生ずるという。これを現在国・県が助成しているが、その額も年々減らされ、黒糖業者は資金繰りに四苦八苦しているのが現状だ。

■八重山はひとつ
 それだけに値上げが必要だが、それもデフレ化でできず、品質は良いというものの輸入黒糖や再製糖の安価攻勢の前に逆に苦境にさらされている。

 工業会ではこのピンチを打開するため黒糖の販路拡大策に予算措置を求める一方、すべて国・県が助成する白糖並みの支援策と、再製糖などとの表示の差別化を国、県に要請している。

 そこで「八重山はひとつ」で3市町に望みたいのが業界と連携しての黒糖の消費運動展開と、これらの実現のための宮古市町村とも連携した要請行動展開だ。八重山は観光産業の低迷に加えこのように波照間、西表、小浜、与那国の農業と農家が死活問題のピンチにあることは八重山の産業経済にとって看過できない重大問題といえよう。

 黒糖は健康食品でもあり各家庭で茶請けや料理に使うとか、あるいは県外の親戚や友人・知人に送るとか、私たちができる消費運動、協力はあるはずだ。当面は「焼け石に水」かもしれない。しかし5月の「八重山の産業まつり」でもアピールするなど郡民一人ひとりの協力と運動で広がりはきっと大きくなるはずだ。開会中の市議会もぜひ決議して運動を協働してほしい。

石垣島白保のサンゴ礁破壊

4月10日の八重山毎日新聞におきまして、石垣島白保のサンゴ礁についての報道がありましたので、お伝えします。
2年前、白保を潜ったとき、その破壊を目の当たりにして心を痛めました。

西表島で、ゆいまーるの集いを開いたときも、しらほサンゴ村の上村さんからお話を伺いました。現在、新石垣空港を建設していますが、その過程で赤土がサンゴ礁に流出してサンゴを破壊しているのです。

島の宝は一度失われると再生させるのは大変、困難です。島とサンゴ礁は一体であることを、白保のサンゴ礁の現状は改めて教えてくれます。




 WWFサンゴ礁保護研究センター「しらほサンゴ村」は2000年4月の開設以来、白保地区のサンゴ礁で実施してきたモニタリング調査の結果を公表した。それによると、サンゴが占める面積の割合を示す被度が低下しており、同センターでは「サンゴが大きく減少している。

サンゴ保全のためには地球規模の取り組みから地域的な取り組みまで、さまざまなレベルの対策を継続する必要がある」としている。

 調査結果によると、リーフエッジに近い沖側のフタマタクムイ、モリヤマグチでは、平均25%以上だった被度が10%前後まで減少していた。

 同センターはその直接的な要因として大型台風や白化を挙げたうえで、「赤土など陸域の物質が多量に流入し、サンゴ礁にストレスを与え続けている」と指摘した。

 特に赤土では「健全なサンゴ礁の限界か、それを超える堆積量が続いている」と懸念し、「県や市の対策事業が進められているが、サンゴ礁環境の明瞭な改善には至っていない」とした。

 ただ、「白化から回復したサンゴや、新たなサンゴの加入なども確認されており,回復の可能性はあることが示されている」とも述べ、サンゴ礁の環境を回復させる取り組みの重要性を強調している。

 同センターでは、地域のコミュニティを通じた環境保全の取り組みにも着目し、2004年の白保魚湧く海保全協議会の設立や、2005年9月から定期的に開催している白保日曜市などにかかわっている。

沖縄県議会も徳之島移設反対の決議を!

4月11日、14日、16日の南海日日新聞に徳之島での反基地集会関連の記事がありましたのでお伝えします。1万5千人の人が集まった集会にいたるまでの、島の動きが分かります。

島が二分され、共同体、家族が対立するような状況を政府が生み出そうとしています。住民が互いに協力し合い、信頼しあう社会の形成を目指すのが国が目指すべき本来の目的ではないでしょうか。

3町長が、カネに揺るがず、明確な意思を示していることは大変、頼もしいと思います。

沖縄県議会、沖縄県内市町村も徳之島への移設反対を決議することで、琉球文化圏として明確に反対の意思をともに
示すべきではと考えます。





米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設をめぐり、鳩山政権が徳之島への移設を最優先に対米交渉と地元調整を進める方針を固めたことで、住民からは「断固反対」との反発の声が上がる一方、移設に伴う国からの支援など経済効果への期待感もある。

政府からは何ら具体的な説明がない中、地元では「島が二分されかねない状況になっている。島内に敵対関係を生んではならない」との声も上がっている。

 政府案に対しては、地元3首長がそろって反対の姿勢を示した。大久保明伊仙町長は「明確に反対を打ち出している地元に対し、何の説明もない。ばかにした話だ」と憤りを隠さない。8日には面識のある総務省官僚から「防衛省の幹部と会ってほしい」と打診されたものの、「いかなることがあっても反対」と述べ、面会を断ったという。

 大久幸助天城町長は「徳之島移設の政府案には米国も『ノー』を示したと聞いており、軍事面からも現実味はないと思う」と分析。9日に役場であった区長会では、出席した全員が反対の意思を示したことを明らかにし、「地元の意見を聞くと言いながら、それがなされていない。断固反対の姿勢を貫き、島に基地は造らせない」と批判した。

 高岡秀規徳之島町長も「移設反対」の姿勢を示している。
 3首長が「移設反対」でまとまる中、住民らは「徳之島が軸」の政府方針に揺れている。

 18日に反対の1万人集会を予定している「徳之島の自然と平和を考える会」の椛山幸栄会長(55)は、移設先を徳之島に絞り込んだとする報道を受け「本当にショック」と話した。その上で「島民一丸となって反対するしかない。それによって阻止できると、自信を持って取り組んでいく」と強調した。

 一方、移設に積極的な元天城町議会議長の前田英忠さん(62)は「減税や特別措置などの国からの支援や企業誘致なども期待できる。疲弊した地元経済の活性化へ千載一遇のチャンスだ」と歓迎の意向を表明する。

 また、40代の会社員男性は「国策とはいえ、地元に対する説明がなく、何の了解も求めないのはなぜか。米軍基地の移設先がどうして徳之島なのか。島に暮らす住民にきちんと説明するのが筋だろう」などと話した。



米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題で、鳩山政権が徳之島への移設を軸に対米交渉と地元調整に臨む方針を固めたことを受けて10日、地元では「断固反対」などと書かれた看板が、島内に続々と設置されるなど動きが加速している。

18日には移設に反対する「1万人決起大集会」を開催する予定。11日は島内3町が一体となって組織する反対協議会を立ち上がる。

 1万人集会を主催する「徳之島の自然と平和を考える会」の椛山幸栄会長(55)は10日、「小さな島だが集会を必ず実現させる」と話し、基地反対の看板を設置した。

 奄美群島の各種団体や本土在住の出身者らにも集会への参加を呼び掛けるという。1万人集会は18日午前11時から徳之島町の亀津新漁港で。

 島内3町が一体となって組織する組織の名称は「徳之島への米軍基地移設反対協議会(仮称)」。11日に徳之島町役場で組織の名称や活動内容などを決めるという。

 一方で、移設容認派の動きもある。元天城町議会議長の前田英忠さん(62)は「(徳之島移設が)政府から公式発表されれば、推進組織を立ち上げる準備がある」としている。
 徳之島では3月28日にも天城町で移設反対集会が開かれ、約4200人(主催者発表)が集まった。



 群島内の市町村議会議長・事務局長合同会が13日、奄美市名瀬の奄美会館であった。5月19日に大和村で開催予定の第?k回奄美群島市町村議会議員大会について協議し、米軍普天間基地の徳之島移設に反対する特別決議を提案することを決めた。

 普天間基地移設問題に関しては既に、県議会や奄美の各市町村議会が3月定例会で反対決議を可決しているが、移設問題が現実味を帯びてきたとしてあらためて反対の意思表示をすることにした。今月18日に徳之島町で計画されている1万人規模の反対集会について地元の議長から、他市町村からも多くの議員が参加するよう求める協力要請があり、了承された。

 また政権交代で奄美群島振興開発事業予算が大幅削減されたことを問題視し、予算の確保と自立的発展に向けた振興策の推進を求める特別決議も提案する。

 このほか、徳之島、沖永良部島、与論島の鹿児島地方法務局出張所存続問題も議題に取り上げることを決めた。群島議員大会には12市町村から161人の議員が参加する予定。


米軍普天間飛行場の徳之島移設反対集会(18日)を控えて、奄美の自然と平和を守る郡民会議(星村博文議長)は「守らでおかじ美し島」と題した集会応援ソングを作った。集会の前、曲を流して参加を呼び掛ける。

 曲は奄美市在住の元教諭(69)が作った「自然保護の歌」を復刻、一部歌詞を変えた。郡民会議メンバーの野口淑子教諭が採譜し、編曲して歌いやすいようにした。さびの部分は「守らでおかじ美し島 我が故郷の徳之島」と歌う。

 郡民会議は14日夜、奄美市名瀬の奄美大島教育会館で街宣用に使う曲を録音した。この日、シュプレヒコールを担当した崎田信正市議は「一人でも多くの人に参加してもらいたいとの願いを込めた」と話した。

島の日々の生活のあり方が本当の平和である

4月19日の読売新聞に徳之島での反基地集会についての報道がありましたので、お伝えします。

鳩山首相は島人を同じ人間として真心を持って接するべきです。裏工作によって島人の心が動かせると考えたことが
今回の最大の問題点の一つです。

読売新聞では、沖縄島の軍事的重要性を強調する米軍人の見解を紹介していますが、在沖海兵隊を戦地まで運ぶのは佐世保に駐留する米軍です。米軍の側に立った日本の安全保障ではなく、島の人間が日々の生活を平和に過ごせることが、本当の平和であるという視点から安全保障を考える必要があります。

長寿であり、出生率が高く、農業が盛んな徳之島の日々の平和な生活に対して、鳩山首相は人間としての思いやりの心をもつべきです。





沖縄の米軍普天間飛行場の移設受け入れをめぐり、鹿児島県・徳之島で18日に開かれた反対集会には、予想を上回る島民約1万5000人が結集し、鳩山首相の「腹案」に痛烈な「ノー」を突きつけた。

 首相にとって、徳之島は沖縄からの「県外移設」の切り札だったが、地元の頭越しに甘い見通しのまま始まった検討は、頓挫がほぼ確実となった。

 ◆「なめられた」

 18日午前。薄曇りで南国の強い日差しが和らぐ中、徳之島町の亀津新漁港には、プラカードを持った島民たちが続々と詰めかけてきた。徳之島、伊仙、天城の3町長らで作る主催者はビラ1万3000枚を用意し、会場で配った枚数で参加者を数えた。

その結果、午前11時の配布開始から約10分で目標の1万人を突破。正午前にビラはなくなった。参加者は最終的に、島の人口の6割近い1万5000人(主催者発表)に達した。

 「長寿と子宝の島を守ろう」「大事な牛にヘリコプターのごう音は必要ない」

 壇上には、漁協や農業団体、青年団体、環境保護団体などの代表16人が登り、次々と基地の受け入れ反対を訴えた。天城町の大久幸助町長が最後に「大成功だ。これからもますます強く戦い抜く!」と叫ぶと、参加者はこぶしを突き上げて気勢を上げた。

地元関係者によると、参加者は大半が地元の島民で、「島外の基地反対運動家などはほとんどいなかった」という。

 集会後、伊仙町の大久保明町長は記者団を前に、「首相の判断が甘かったと言わざるを得ない。徳之島案の打診はもうできない」と首相を公然と批判した。大久・天城町長は、政府が水面下で徳之島案の検討を進めていることについて、「何の打診もなく、なめられているのかと思った」と不快感をあらわにした。

 ◆場当たり的

 そもそも徳之島案は、沖縄本島と距離的に近く、約2000メートルの滑走路を持つ徳之島空港があることが発端で浮上した。沖縄で「県内移設」への反発が強まる一方、米軍の抑止力維持のためには沖縄から離れた地域への移設が難しく、鳩山政権内では「徳之島なら米軍の理解を得られそうだ」といった楽観的な見通しが広がった。

 首相は、民主党の牧野聖修衆院議員(静岡1区選出)を通じた同島関係者からの売り込みに飛びついたという。周辺は「徳之島案は昨年末あたりから急に出てきた」と証言する。だが、米軍の運用など安全保障上の観点から本格的に検討された形跡はほとんどなく、場当たり的な感じはぬぐえない。

「土地探しの不動産屋の感覚だった」(民主党中堅議員)との批判も出始めている。

 ◆バラ色

 「島内は潜在的に賛成派が多数だ。政府が決めさえすれば、大丈夫」

 島で徳之島案を推進する元天城町議会議長の前田英忠氏は、昨年末から首相周辺に繰り返し伝えた。過疎に苦しむ島の活性化には、米軍誘致がうってつけだと考えたからだ。島の少数派のそうした推進派の声を、首相らが過信した面は否めない。

鹿児島県の伊藤祐一郎知事が民主党の小沢幹事長の自治相時代の秘書官だったことで、「知事の協力も得られる」との楽観論も生まれ、期待が高まった。

 だが実際には、島内では推進派への支持は広がらなかった。むしろ、町長への正式な打診抜きで水面下で検討を始めたことで、反発に火がついた。伊藤知事も反対を明確にした。検討作業は、沖縄県の仲井真弘多知事が「政府から何の説明もない」と反発を強めていったのと同じ道をたどった。

 防衛省関係者は「基地問題でのお願いは、まず現職の首長を説得しないとヘソを曲げられる」と指摘する。平野官房長官を中心に「政治主導」で進んでいる移設案の検討では、防衛官僚らが長年の経験で蓄積してきたノウハウは生かされていない。

 民主党鹿児島県連(代表・川内博史衆院議員)は17日夜の会合で、移設の白紙撤回を政府に申し入れる方針を決めた。川内氏は首相側近だが、会合後に「政府の手続きに疑問を感じる」と批判した。18日夕、首相公邸に首相を訪ねた川内氏が県連の方針を伝えると、首相は「わかった」と言葉少なだったという。

 「バラ色の情報ばかり聞かされて徳之島に執着した結果だ」。県連の1人は吐き捨てた。(西部社会部 舟槻格致、鹿児島支局 北川洋平)

 ◆海兵隊ヘリ分散に米側難色◆



 政府の移設案は、普天間飛行場の海兵隊ヘリ(約60機)の5~6割を徳之島に移し、残りの部隊、施設を沖縄県名護市に広がる米軍キャンプ・シュワブ陸上部などに「分散移設」することが柱だ。ただ、分散移設は軍事運用面で問題が多く、米国が受け入れる可能性は極めて低い。

 政府筋によると、徳之島移転は、島北西部沿岸の徳之島空港の2000メートル滑走路を活用する案が軸だ。この長さだと、米軍が数年後導入予定の「MV22オスプレイ」(ヘリと飛行機の機能を兼ね備えた垂直離着陸機)の運用にも十分だ。ただ、ヘリ収容施設がないため、滑走路周辺の干潟を埋め立て、格納庫や駐機場を新たに建設する必要がある。

 さらなる難題は、徳之島と沖縄本島の距離が約200キロ・メートルあることだ。ヘリ部隊が沖縄の陸上部隊と訓練するには片道約1時間以上、オスプレイでも片道40分余りかけて往復しなければならない。

 米軍筋は「陸上部隊とヘリ部隊が共同訓練を恒常的に行い、有事に即応するためには、片道20~30分の距離が限界だ」と話す。キース・スタルダー太平洋海兵隊司令官は本紙の取材に「東京に住んでいたら大阪に車を置かないだろう。ヘリと海兵隊の関係も同じだ」と述べ、両部隊の分離は難しいと強調した。

 実は、日本政府も米側のこうした主張を見越し、徳之島に陸上部隊の宿舎や訓練場も建設する「大規模移設案」を今年初めに検討した。しかし、「訓練場を造る広さがない」との結論に達し、幻となった。米軍の一部には、徳之島が朝鮮半島に近く、半島有事に対応しやすいという肯定論もある。しかし、台湾海峡と朝鮮半島を両にらみできる沖縄が最良だとの米軍主流の見解は、簡単には揺らぎそうにない。

徳之島の自治

4月18日の沖縄タイムスに、普天間基地の徳之島移設に関する記事が掲載されていましたので、ご紹介します。
「徳之島への移設は形式的に言えば「県外移設」にあたるが、実体としては、親せきづきあいをしてきたお隣への「圏内移設」というべきだ。徳之島案は歴史的にも文化的にもつながりの深い両地域の対立感情をあおるだけである。」
の指摘は重要です。

「琉球文化圏の仲間としての徳之島」と、沖縄タイムス社も認識しており、琉球人一般の考え、感情です。鳩山氏は、琉球人の文化的、歴史的、心情的つながりの強さを軽視したがために、このような混乱を生んでいると思います。琉球選出の民主党国会議員はなぜ、首相の直言しないのでしょうか。

昨日、徳之島の大反対集会が開かれ、島人一人ひとりが自らの島を自らで守るという、「徳之島の自治」を示しました。私もそのような人々の声と行動に大きな勇気をいただきました。

 


徳之島の天城町に日本軍が使用した浅間陸軍飛行場跡がある。戦争末期、米軍艦船への体当たり攻撃のため、ここから特攻機が飛び立った。

 長さ1500メートルの滑走路は今でも生活道路として利用されている。かつて特攻機が利用したこの場所も、米軍普天間飛行場の移設候補地の一つなのだという。

 徳之島空港北側の遠浅の海を埋め立て2000メートルの空港滑走路を延長する案や、3、4キロはあるかと思われる天城町兼久の一直線道路を利用する案も、まことしやかに語られている。

 どれもこれも根拠のはっきりしない「うわさ話」のたぐいだ。

 政府が天城、伊仙、徳之島の3町に対し、正式に移設構想を説明したことは一度もない。地元への説明がないにもかかわらず、徳之島移設案が報道機関などを通して浮上したとたん、「うわさ話」が一人歩きし、町民の中に疑心暗鬼を生んでいるのである。

 この光景には既視感がある。1970年代から80年代にかけて、核燃料再処理工場問題で島が揺れたときも、「うわさ話」が島を駆けめぐった。

 「徳之島は掃きだめか」―あのとき、住民が語った強烈な一言を今も忘れることができない。

 「辺野古がだめなら徳之島」という考えは、離島周辺部に迷惑施設を押しつけるという古い政治を踏襲しただけであり、政権交代後に打ち出される解決策としては、理念も新味も感じられない。小手先の解決策は普天間問題の混迷を深めるだけだ。

 18日の「米軍基地徳之島移設断固反対1万人集会」に向け、徳之島は、日に日に反対ムードが高まっている。人口2万5000人の島で1万人を集めるというのだから、その危機感は並大抵でない。

 一周道路のいたる所に移設反対の看板が立っている。連日、街宣車が回る。「米軍基地移設断固反対」のステッカーを貼ったタクシーも現れた。 区長を通して3町のすべての家庭に署名簿が配られ、署名活動も始まった。

 16日には「復帰の父」として島の人たちに慕われている泉芳朗氏の生地で「移設反対決意の集い」が開かれ、復帰の署名運動を体験した多くのお年寄りが参加した。

 この構図は辺野古の反対運動によく似ている。「人情豊かなシマンチュの心を大事にし、かけがえのない自然を守ろう」という訴えも、辺野古と類似点が多い。

 徳之島への移設は形式的に言えば「県外移設」にあたるが、実体としては、親せきづきあいをしてきたお隣への「圏内移設」というべきだ。

 徳之島案は歴史的にも文化的にもつながりの深い両地域の対立感情をあおるだけである。

 グアムに司令部を移し、ヘリと歩兵と艦船の部隊が徳之島、沖縄、佐世保に分散するという案は、米軍も賛成しないだろう。

 現行案も徳之島案も反対の民意に包囲されており、解決策にはなりえない。新たなステップに踏み出すべきだ。


グアムの潜水艦基地、フィジー人送金と外貨収入、トンガと中国

2004年10月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。
現在、米軍はグアムを原子力潜水艦の母港として強化しています。今後さらに、海軍だけでなく、海兵隊、空軍、陸軍の軍事拠点としてグアムが利用されようとしています。



10/4 PIR
 米海軍がグアムを母港とする潜水艦の数を増やそうとしている。

最近、米海軍はグアムを母港とする潜水艦の数を増やすべきかどうかに関する調査を終了した。調査内容には乗務員の住居、生活の質等も含まれている。海軍関係者は「グアムは戦略的拠点に位置しており、潜水艦がグアムを母港とすることで太平洋の紛争地域に潜水艦を迅速に派遣することができる。」と述べた。

今年の12月、グアムを母港とする三隻目の潜水艦がやってくる。米軍は、太平洋地域における部隊の移動をより迅速にするために、グアムとハワイに駐留する船舶、航空機の数を増加させたいと考えている。


太平洋諸国にはフィジーにのように、自国民の移民による送金が外貨収入の大部分を占めている島国が少なくありません。戦前の琉球も同じでした。日本もまた太平洋諸国からの移民を多く受け入れ、太平洋諸国との関係を強化すべきではないでしょうか。



10/12 PIR
  フィジー人移民からの送金額が国家の収入源として増大している。

海外で働くフィジー人移民からの送金額は年間1億4000万米ドル以上にも達しており、毎年増えている。ガラセ首相は、フィジー人移民からの送金は、観光、衣料製造、砂糖に次いで、フィジーにおける外貨収入の第4位にあると述べた。

2000人上のフィジー人がイギリス軍の中で勤務しており、それ以上の数のフィジー人が登録している。多くの国々でフィジー人看護婦として働いている。ガラセ首相は、豪州、ニュージーランド、米国に住むフィジー人コミュニティーは家族を支援したり、出身村や地域の発展に役立てるために自らの貯金を送っていると述べた。

また、首相は、フィジー政府は、海外に住むフィジー人を護り、多くのフィジー人が住む国では大使館や領事館の領事サービスを充実させる必要があると述べた。


近年、トンガと中国との経済関係が強化されています。これまでのように欧米、豪州、ニュージーランドとの関係よりも、アジアと太平洋との関係が深まっています。



10/19 PIR
  中国が820万ドルの援助金で学校をトンガに建設している。

2000年に学校が火事になり、焼け跡の教室とテントで1060人の生徒と教員が授業を行っていたが、その後、ニュージーランド、豪州、フランスによる援助で建設された仮校舎に生徒達は移った。

昨年、中国から820万ドルの援助金が提供され、52の教室が建設され始めた。校舎の建設は中国企業によって行われている。34の部屋は標準的な教室であり、18の部屋は化学実験室、技術訓練室として利用される。駐トンガ中国大使は「中国は巨大な人口を抱えた発展途上国である。

4千万人の国民は貧困水準にある。多くの子供は家族の経済的苦境のために教育を受ける権利が奪われている。よって、中国政府は、経済と教育を発展させたいという、発展途上国の願いを十分理解しており、出来るだけの支援を、トンガを含む発展途上国に対して行う。」と述べた。

フィジーとイラク、マーシャル諸島と米軍、パプアニューギニアと中国

2004年11月の太平洋諸島ニュースをご紹介します。
フィジーには民間軍事会社があり、イギリス軍のもとで傭兵、軍事関連の仕事をしているフィジー人がいます。フィジーとイラクがつながっています。



11/10 PIR
  フィジー兵士がイラクで殺害された。

フィジー人のトゥクトゥクワカ(26歳)はイギリス軍の広報監視部隊に配属されていたが、イラクのバグダッドで道路の傍にあった爆弾が爆発して死亡した。イギリス軍の部隊長は「我々は彼の死を悼んでいるが、全軍人は我々の重要な使命を完遂するという決意を今回の事件であらためて強くした。我々の考えは彼の家族と同じである。」と述べた。



マーシャル諸島民もフィジー人と同じく、イラクで軍人として駐留しています。その背景には、島国における厳しい失業問題もあります。



11/15 PIR
  マーシャル諸島民が米陸軍の入隊試験に合格しなかった。

先月実施された米陸軍入隊試験に90人のマーシャル諸島民が受験したが、誰も合格しなかった。米大使館の関係者は、マーシャル諸島民受験者は、100満点中、米陸軍の最低の水準である31点に誰も達しなかったと述べた。不合格の最大の理由は、受験者の英語理解力が低いことにある。

マーシャル諸島と米国は自由連合盟約を締結し、島の人々は米軍に入隊することが出来る。現在、100人以上のマーシャル諸島民が米軍に入隊しており、少なくとも14人が現在、イラクにいる。


現在、パプアニューギニアに最も積極的に投資をしているのは中国だといえます。日本企業も近年、液化天然ガス開発事業に進出しています。開発によって島国において経済植民地化が進んでいます。



11/24 PIR
  パプアニューギニアと中国の首脳がAPEC首脳会議において会談を行った。

パプアニューギニアのソマレ首相と中国の胡錦涛国家主席が、第12回APEC首脳会議において会談を行った。その際、胡主席はパプアニューギニア政府に対し60万4000米ドルの援助金を提供すると述べた。ソマレ首相は、両国が1976年に外交関係を締結してから、両国の関係は満足のいく状態で進展していると語った。

ソマレ首相は、今年、中国を訪問した際、ニッケル鉱山、ガスや石油部門、農業、林業、漁業、その他のパプアニューギニアにおける資源部門に中国企業が投資するとの約束をもらってきえたと述べた。

1兆円で徳之島は発展するのか

4月11日の毎日新聞で徳之島への基地移設を巡る動きについての報道がありましたので、お伝えします。前回の公安の動きや、今回の情報等、徳之島についての情報を頂戴した関西在住のTさんに感謝します。多くの方が徳之島の行方に関心を持っており、かつ怒っています。


「1兆円の振興」「2000人雇用」等、大きな数字だけが根拠もなく流れています。これは民を欺くものでしかありません。また徳之島を政争の道具に使ってもなりません。

基地に依存した発展というものは、自己矛盾でしかありません。基地への依存は、経済のみならず、政治、精神の従属性をもたらし、社会や環境を大きく破壊してしまします。「1兆円」で償われるものではありません。
徳之島人による徳之島人のための徳之島の内発的発展を着実に進めるべきだと、私は考えます。





転換期の安保2010:普天間移設、鹿児島・徳之島案 政権の命運、握る島
 ◇政争の地、小沢氏の影
 首相官邸のキーマン、佐野忠克・首相政務秘書官は8日、ある民主党議員から電話で忠告された。「官邸が徳之島に執着しているなら絶対に無理だ。首相のクビを『切ってください』と敵の牙城に差し出すようなものだ」

 「敵の牙城」とは、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設候補地、鹿児島県徳之島が自民党の徳田毅衆院議員(鹿児島2区)の地元であることを指す。民主党議員は言葉を続けた。

「どれだけ徳田の頭をなでても、徳田が5月末まで島の町長と議会に反対させ続ければ、首相のクビは飛ぶ。徳田は大金星をあげることになる。期限を切った戦いは不利だ」

 徳田氏は当選2回、38歳と若いが、父虎雄・元衆院議員の影響力を背景に「島の有力者」として普天間飛行場の徳之島移設の行方を左右する。鳩山由紀夫首相は期限として約束した5月末までに普天間問題を解決できなければ、自身の進退に発展する可能性もある。

 民主党議員は首相の命運を自民党や徳田氏に握られかねない徳之島案から早々に手を引くべきだと秘書官に訴えたのだ。徳之島の将来に、自民党VS鳩山政権の攻防が絡み合う。

 徳之島伊仙町の犬田布(いぬたぶ)岬。東シナ海に向かい三角に突き出た岬に戦艦大和慰霊塔が建つ。「大和」が東シナ海で米軍に撃沈されてから65年の7日、遺族と徳之島3町長ら500人が出席して慰霊祭があった。

 「永久平和、平穏を希求する塔の建つこの徳之島に、国は米軍海兵隊の基地をつくろうとしています。いつまでも平和で安心して暮らせる島であり続けることを願い、絶対に徳之島に基地をつくらせないよう全力で頑張ってまいります」

 あいさつする出席者は誰も普天間問題に触れなかったが、最後になって徳田氏の電報が読み上げられた。

 しかし、徳田氏の行動には別の一面もある。徳田氏は4200人(主催者発表)が参加した移設反対大会に出席する前日の3月27日、賛成派15人と会合を持ち「こちらから政府に妥協する必要はない。賛成派の意見も聞く」と語っていた。

賛成派のある町民は「徳田先生の『反対』は条件闘争のための反対だ。彼が受け入れにかじを切れば流れは大きく変わる」と期待する。

 島の政治事情は複雑だ。それでも牧野聖修衆院議員(民主)は鳩山首相の強い意向を受けて工作を続けてきた。ただ、島内で海兵隊受け入れについて賛否両論が巻き起こっているのは牧野氏の動向だけが原因ではない。民主党の小沢一郎幹事長の影が見え隠れする。

 「15年くらい(の期限付きで徳之島へ普天間を移転)でどうかな」。徳之島の町長の一人は、鹿児島県の伊藤祐一郎知事に突然、持ちかけられたことがある。町長は驚いたが、「知事一人の考えというよりも、小沢さんから言われているのではないか」と察した。

 伊藤氏は、小沢氏が85~86年に自治相(現総務相)を務めていた時の大臣秘書官だった。小沢氏の資金管理団体を巡る政治資金規正法違反疑惑に関しても、小沢氏を擁護する趣旨の発言をしていた。「小沢さんはおしのびで徳之島によく来ていた。もともと『民主党が政権をとったら普天間は徳之島へ』と考えていたのではないか」。この町長はそう読む。

 ◇「1兆円振興」に揺れ
 「本土復帰まで奄美は米国に統治されてきた。今も拒否感がある」。9日、天城町役場。海兵隊受け入れ反対派の住民の一人が、徳之島を視察に訪れた自民党国防部会長、佐藤正久参院議員との対話集会で訴えた。

 本土から若い男性労働者が派遣された建設現場ができると、女子中高生たちは遠回りして登下校するという。「島外」に対する警戒感は強い。

 基地受け入れによる振興か、基地に頼らない自立振興か--。徳之島は揺れ幅を増す。

 「うわさだけど海兵隊受け入れは1兆円規模の事業。もろ手を挙げて歓迎だ」と賛成派のゴルフ場経営者(62)は語る。

 東京と徳之島を結ぶ直行便はない。東京への航空運賃は東京-那覇より距離が短いのに割高だ。ガソリン価格も鹿児島市内より1リットル20~30円高い。

 この経営者は「島で野菜をつくっても鹿児島市内へ送るのは船賃が高くて採算が合わないが、3000人の基地に納めれば島内需要が増える。基地で働く地元住民の雇用も2000人はあるだろう」と期待する。

 一方、「島民の95%は反対」と明言する伊仙町の大久保明町長は「『長寿子宝』で世界自然遺産登録も目指している」と強調する。厚生労働省の09年の発表によると、徳之島3町は市区町村別の合計特殊出生率全国1~3位を独占する。

1位の伊仙町は86年に120歳で死去した泉重千代さんなど「長寿世界一」2人の出身地だ。「自立への思いが島民の間で強くなっている。そんな夢を基地問題がつぶすのか」と憤る。

 主要農産物、サトウキビは収穫期を終え、刈り取られた畑が広がる。だが、奄美地方のサトウキビの収穫面積は減少が続き、原料が確保できず、経営難の製糖会社は少なくない。

 徳之島空港近くで商店を営む男性(50)は複雑な胸中を明かす。「地元の人は受け入れ賛成が多いと感じる。基地が来て景気がよくなるならその方がいいからだ。ただ、だれもが絶対反対でもなく、ぜひ来てほしいというわけでもない」

西川潤・松島泰勝・本浜秀彦編『島嶼沖縄の内発的発展』をめぐって

「干瀬のまれびとの座ーまれびとの見る沖縄を語る」と題するブログにおいて、名古屋在住の研究者(名前はわかりませんが)が、『島嶼沖縄の内発的発展』に関して以下のような文を掲載し、それに対し私が反論させていただきました。その方の了解を得て、このブログに転載させていただきます。皆様のご意見をお願いします。





「内発的発展」を外から論じるのは・・・出入りの本屋さんが持ってきた見計らいの本に、『島嶼沖縄の内発的発展』がありました。

西川潤・松島泰勝・本浜秀彦編、2010年3月30日 藤原書店刊、A5判388頁、本体価格5500円。
編者のほかに11名の研究者による論文集です。

ぱらぱら見ただけですが、沖縄に内在する「豊かさ」をいかに内部から引き上げ、本土からの振興策などに頼らない独自の発展をめざすべきか、を社会システムや経済活動、それに文化事象のさまざまな面から論じたもの、ということだと思います。

立派な本だと思いますが、率直に言って、私は違和感を持ちました。

それぞれの論文の背景にある研究については、私には論評する資格はありません。
西川潤氏の、「沖縄の豊かさ」をつきつめて考えていく姿勢など、共感するところ大です。

でも、ひとつには、個々の論文が有機的に結びついて一書として訴える力には乏しいと感じましたし、また、しばしば使われる「べき」という助動詞は、私には使えないなぁという想いが頁をめくるごとに募るのです。

「あとがき」の末尾に、「この論文集は、琉球や琉球人が現在抱えている問題の本質は何であり、琉球や琉球人はどこに向かって進むべきかを当事者意識、具体的な事実、学際的な手法に基づいて明確に示した研究や実践の成果であり、新たな琉球・沖縄論の提示である」と書かれています。

これを書いたのは編者のひとり松島氏ですが、(「沖縄」ではなく「琉球」を使うことについてはここでは措くとして)外から見た沖縄研究の成果はあくまでそれぞれの主観に立脚したものであり、それが広く受け入れられる説得力を持つかどうかは謙虚に判断を仰ぐ「べき」であると私は考えますが、そうではなく、それを沖縄の人々に対して「進むべき」方向として示す、というのは、いささか僭越ではないかと思うのです。

そもそも、本書で批判される復帰後の本土による振興策やヤマトゥンチュが押しつけるイメージなどについて、それをもたらした側に拠点を持つ研究者としての内省が、本書には感じられないように思いました。

「内発的発展」は、あくまでも「内発的」に実現される「べき」で、外からの眼は、「内」からは見えない部分について手をさしのべる姿勢に徹するというのが私のスタンスです。

そして、いよいよ山場にさしかかってきた普天間移設問題にしても、まさに内発的な問題解決の道筋が閉ざされている構造に最大の問題があるのに、そのことについては、触れられていないように思います。
このあたりが、私が違和感を感じたゆえんです。

おおかたの読者は、どうお感じになるのでしょうか?
失礼があったら、おゆるしください。



この記事へのコメント
拙書に関するコメントを読ませていただきました。

本書の編著にかかわった者です。
いくつかの批判点があります。

まず、本書をちゃんと読んだ上で、感想を述べてほしいと思います。
1.普天間基地の問題の後にくるのは、跡地利用ですが、真喜屋さんのご論文をよみましたでしょうか。

2.琉球が抱える諸問題を分析し、それではどのような方向に進むべきかという提言を行うのが、研究者の責務と考えます。「べき」との表現は、琉球に真剣にかかわる者が自らの責任において発した言葉です。

3.琉球の外と内について。私は在日琉球人です。関西には、琉球系の人々が大勢住んでいます。大和に住んでいる琉球人にとって、琉球は外ではあり、常に自らのなかにあり、日常生活の中で琉球を感じ、琉球にいる親族、友達との関係を持ち続けています。外にいる琉球人の存在を軽く見ないでください。

4.著者の中には、琉球在住の本浜、仲地、鈴木、高橋、嘉数の各研究者がおり、照屋は琉球ではたらく企業家です。あなたが指摘する「外からの議論」という前提にそもそも当てはまりません。

5.印象論で人の本を議論してはこまります。私は真剣に考え、それを文章化しました。あなたも、もしも本気で琉球にかかわろうとするのなら、本気で本書を読み、論評し、世間に示して下さい。場合によっては、研究会等で直に討論してもいいと私は思っています。

Posted by 松島泰勝 at 2010年04月13日 07:11
松島泰勝さま

はじめまして。
ご批判、ありがとうございました。
ここで、議論することは差し控えたいと存じますので、時季をみて、お話ができれば幸いです。

私の言葉足らずゆえに、ご批判いただいた面もありそうです。
基本的に拙ブログで本を取り上げるときは、取り上げるに足る内容であるという前提で紹介しており、あまたのそれほど評価できない本は取り上げておりません。そこは、ご理解ください。

それと、「外からの」というのは、沖縄県外在住であるとか沖縄出身ではない人たちの、ということは私の中では意味しておりませんが、それも私の言葉足らずだったのだろうと思います。

また、私は日常的に沖縄からヤマトに移ってこられた方々と接触しており、決して「外にいる琉球人の存在を軽く」見たりなどしておりませんが、これも誤解される要因は私の言葉足らずなのでしょう。

個々の論文について私には論評する資格がないことを述べた上で、本全体としての位置づけについて小見を述べましたが、いずれにせよ、失礼があったようですので、その点は謝ります。
本書き込みの削除をお望みでしたら、お応えします。
Posted by 干瀬のまれびと at 2010年04月13日 12:18

ご回答ありがとうございます。
貴ブログに取り上げてくださり、感謝します。
私は一研究者として、議論することにより自らの研究内容を
深めたいと願うものです。

これを機会にして、議論ができればと存じます。

ひとつお願いがあります。
私もブログをやっております。「NPO法人ゆいまーる琉球の自治」という名前のものです。そこに、論文集について貴ブログで紹介された内容、私の批判、あなたの回答を転載させてください。

議論を公にしたいと思います。

私のブログでも紹介しましたが、5月15日前後に、宮古島で第7回ゆいまーるの集いを開きます。もしもお時間がありましたら、そちらにいらしてくだされば、ありがたいです。

そちらさまの名前も、どなたなのかもわかりませんが、私は京都にある大学で働いています。もしも、近くにこられましたら、お越しください。
Posted by 松島泰勝 at 2010年04月13日 13:22
松島泰勝さま

さっそくのお返事、ありがとうございました。
さきほど書き漏らしましたが、私が実名を名乗っていない点も、おそらくご不快にお感じになられた要因であると拝察します。

本の感想を書き込むなら名乗れ、というのはおっしゃるとおりで、今後戒めにしたいと存じます。ありがとうございます。

松島さんのブログも、ときどき拝見しておりました。教えられること多く、ありがたく存じております。
このたびのやりとりの転載、もちろんかまいませんが、松島さんのブログの上で、どれだけ私が小見を述べられるかは、自分でもわかりませんので、その点はご諒解ください。

むしろ、ほかの方々が私にさまざまなご批判をくだされば、それは私にとりまして大きな学びの場となると思っております。

5月15日は、「復帰の日」でもあり、「ひめゆり」展の最終盤でもあり、宮古まで渡る余裕がありません。
が、京都は、それほど遠くありませんので、いずれお伺いできればと思います。
その節は、よろしくお願いいたします。

とりいそぎ、お返事まで。
Posted by 干瀬のまれびと at 2010年04月13日 13:42
誠実なご対応、感謝します。

貴ブログでは、誠実に琉球にかかわっていると拝察いたしました。

あなたのお返事の中で、「言葉足らず」というご表現がありました。
貴ブログ、私のブログにおきまして、本論文集、特に拙論をご批判してくださいますようお願い致します。

また私が「琉球」と使うことに対しても問題があるとのご意見のようですが、その件についてもご教示くださいましたらありがたいです。


私も、貴ブログで書かれた内容に関して、このまま「誤解」したままの状態ではいたくありません。

お手数ですが、本気で、意を尽くして、本論文集について論じて下さい。

あなたの良心を信じています。
Posted by 松島泰勝 at 2010年04月13日 19:29
松島泰勝さま

メッセージ、まことにありがとうございます。
少し時間を頂戴いたしますが、松島さんのブログにおいて、いずれ小見を述べさせていただくことといたしたいと存じます。
よろしくお願いいたします。
Posted by 干瀬のまれびと at 2010年04月13日 19:58

公安が徳之島に入り、基地移設のために動く

4月13日の中国新聞、4月7日の山形放送で、公安調査庁が、徳之島への基地移設を進めるために調査活動を行っていると報じましたので、お伝えします。

「友愛」を主張する鳩山首相は、なりふりかまわず自らの権力を行使して、島民の反対の声を無視して、島に基地を移設しようとしています。「友愛」という言葉がこれほど形骸化したことはないでしょう。

賛成派と反対派に島を分裂させて、地域社会を消耗させ、最終的に受け入れを飲まそうとしているようです。

権力の介入に関係なく、島の自治を守ってほしいと思います。




政府が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設を目指す鹿児島県の徳之島で、政府側による働き掛けが水面下でじわりと進んでおり、危機感を強める島の3町は18日に1万人規模の移設反対集会を開く。

 人口約2万6千人の島に移設話が浮上して2カ月余り。島のあちこちで「基地移設反対」の看板が目につく。3月28日の反対集会には約4200人が参加。同日実施の徳之島町議選では、移設賛成を掲げた唯一の候補者が、最下位で落選した。

 ▽加速する圧力

 島の3町長は受け入れ拒否で一致。「正式な打診があっても断固反対。政府関係者と会うつもりはない」(大久幸助おおひさ・こうすけ天城町長)と突っぱねるが、7日には公安調査庁の職員が島を訪れ住民の意向調査を実施した。

大久保明おおくぼ・あきら伊仙町長は8日、関係者を通じて非公式に、防衛省幹部との面会を打診されたが拒否。「今後、さまざまな形で政府からの圧力が増すだろう」と警戒感を募らせる。

 18日の1万人集会はいったん「島民の集会疲れ」を理由に5月に先送りされたが、政府の移設方針加速を受け、やはり18日開催を3町が決めた。

 一方、基地誘致を唱える元天城町議の前田英忠まえだ・ひでたださん(62)は「満足のいく補償が示されれば、賛成に回る人は増える」と自信ありげ。鳩山由紀夫首相に近い民主党衆院議員と頻繁に連絡を取り、移設に伴う地元振興策の相談をしているという。

 ▽二の舞い

 しかし移設賛成を口にした途端、不買運動に遭った商店も。雑貨店を営む男性は「『あんたのところではもう買わない』と電話が何件もあり、商売にならない」と嘆く。

 かつて国政選挙や首長選で保岡興治氏と徳田虎雄氏の両派が「保徳戦争」を展開した奄美群島の中でも、徳之島は政争の過熱ぶりで知られた。移設反対派の住民団体会長椛山幸栄かばやま・こうえいさん(55)は「移設をめぐり、再び親子の反目や夫婦別れの悲劇が繰り返される恐れがある」と警鐘を鳴らす。

 沖縄県名護市では政権交代後の市長選で、移設容認から反対へ民意が覆った。徳之島の自営業鈴木正文すずき・まさふみさん(53)=伊仙町=は「激しい争いの末に受け入れたとしても、また政権が代われば名護と同じことになるのではないか。結局、島には何も残らない」と冷ややかに話した。



公安調査庁関係者が徳之島で推進派と接触
(鹿児島県)沖縄の米軍・普天間飛行場の移設先として徳之島が挙げられている問題。沖縄の仲井真知事によると今月1日、平野官房長官との会談の席で「ヘリ部隊の一部を徳之島に移し、訓練も九州に分散させる案が説明された」という。

そんな中7日午後、公安調査庁の調査官2人が非公式で徳之島入りし移設推進派と接触した。面会時間は1時間弱。移設に対する地元住民の意識や治安など、島の状況について聴き取りを行ったという。一方、7日夕方、地元3町の町長は先月に続き改めて移設反対の意思を表明した。

伊仙町・大久保町長は「断固反対で正式な打診あっても会わない」と話した。徳之島では先月末に大規模な反対集会が行われたばかりで、住民からも反発の声が高まっている。7日戦艦大和の慰霊祭に集まった住民に基地移設について尋ねると多くの人が拒否反応を示した。地元では今後集落への説明会や署名活動を行い、5月には再び大規模な反対集会を開く予定

ゆいまーる琉球の集いin宮古島へのご案内

来月、次のような内容でゆいまーるの集いを行う予定です。


復帰の日に宮古島において、宮古郷土史研究会と共催して集いを開く予定です。宮古島での取り纏めでお世話になっている、下地和宏さんは、藤原書店の『琉球文化圏とは何か』で宮古の歴史について書いている方です。宮古の歴史文化だけでなく、現代的な宮古の課題、可能性についても報告者を考えておられます。

宮古にとって復帰体制、宮古の自治、歴史等、宮古の総体について真摯な議論ができればと思います。


ご参加されたい方は、私宛にメールにてお知らせください。


1.スケジュール

5月14日午後2時より宮古島、周辺諸島、島内観光予定
午後6時、居酒屋「クール」にて宮古郷土研究会との交流会と事前打ち合わせ


5月15日 宮古市中央公民館2階において、ゆいまーるの集い。発言者については、現在、下地和宏氏が調整中
午後6時、地元居酒屋にて交流会


5月16日 午前9時より、ホテルニュー丸勝 1階座敷において、NPO法人ゆいまーる琉球の自治社員総会と、今回の集いのまとめ


2.開催形態
宮古郷土史研究会との共催


3.宿泊場所
ホテルニュー丸勝(0980-72-9936)
参加者は宮古島へのパックツアーにおいて、宿泊ホテルを同ホテルに指定してください。


徳之島の民意を無視する鳩山政権

4月3日、5日の南海日日新聞に普天間基地の徳之島移設に反対する声が掲載されていましたので、お伝えします。

徳之島の民意を無視する鳩山政権に対し、徳之島の怒りは沸騰点に達しています。
いのような怒りを持つのは当然です。日本中から嫌がられている米軍基地の75%を押し付けられている南琉球の人々の
怒りも、復帰後、40年近くも続いています。
 



伊藤祐一郎県知事は2日開かれた定例記者会見で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先に徳之島など県内が候補地として取りざたされている問題について、「県民の理解が得られる状況にはない。今後とも地元や県議会と足並みをそろえて反対していく」と異例のコメントを発表し、県内移設に反対する立場をあらためて強調した。

一方で、政府から県内移設の正式要請があった場合の対応については「絶対反対の立場を変更する余地はないが、会う会わないは別問題。国権の最高機関の長であり、具体的な要請があった時点で考えざるをえない」と述べ、要請の内容と時期で判断する考えを示した。
 伊藤知事は、県内移設について水面下も含めた政府からの要請の有無について「今の段階では全くない」と語り、県側から政府に対し積極的に情報収集や反対の働き掛けを行う考えはないとの姿勢を見せた。

 一連の政府側の対応に関して「いろんな所で、いろんな人が、いろんなレベルで発言し二転三転している。大変重要なテーマであり、そういう案件ではないと思う。言葉を弄(ろう)しすぎだ」と批判的な見解を示した。

 徳之島で反対運動が高まっていることについては「農業の島として奄振事業などで農村基盤整備やダム建設など相当の投資が行われ、今のままで生活が営めるレベルに来ていることを住民も分かっている。観光の問題もあり、徳之島の方々が賛成に回ることは絶対にありえない。住民投票の可能性もゼロに近い」と述べた。

 「平成の大合併」が終了したことへの感想を求められ、特に奄美での合併問題に言及。「合併特例法で掲げた財政措置が奄振の財政措置と同レベルで、合併のメリットがあまりなかったのだと思う。それに、与論とかの合併は必要はないと思っていた。外海離島の合併を進めた記憶は自分にはないし、別の体系で守らざるえない」との認識を示した。

 国土交通省が発表した公共事業の予算配分(個所付け)で、鹿児島港新港区整備に向けた調査費1千万円が盛り込まれた点について「国と話をしながらなるべく早く新港の整備を終えるのがわれわれの目標。当初のスケジュール通り、2013年度中の1バース供用に向け事業の進ちょくを図りたい」と語った。




米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設候補地をめぐる問題で4日、一部報道で鳩山由紀夫首相が普天間ヘリ部隊の大部分を徳之島に移すことを目指し調整を指示したと報じられたことが、再び地元に波紋を広げている。大久幸助町長(天城町)、大久保明町長(伊仙町)、高岡秀規町長(徳之島町)らは憤りを隠さない。これを受けて3町では、近く1万人規模の反対集会を開催する。

 徳之島では3月28日に「米軍基地、訓練基地移設反対郡民大会」(同実行委員会主催)を開催。島内外から約4200人(主催者発表)が集まり、徳之島移設反対の抗議決議と大会スローガンを採択したばかりだ。

 これまで同問題の報道で、徳之島案が浮上するたびに「基地移設には断固反対」と強く訴えてきた大久町長は、今回の一部報道を受けて「徳之島の住民は反対が大勢を占めている。政府は間違った情報を与えられている」と激怒する。

高岡町長も「政府からは何の打診もない。米国が納得するとも思えない。現実味がない。反対するだけだ」と話した。
 これまでも政府の対応に不信感を示してきた大久保町長は「闘いだ。闘いに勝つだけだ」と語気を強めた。

 同日、徳之島3町で国政報告会を行った地元選出の徳田毅代議士は「振興策があっても徳之島に基地は要らない。徹底的に闘う。宝の島を皆の力で守っていこう」などと呼び掛けた。

 3町では協議を重ねた上で、近く1万人反対集会の日程を調整して決めたいとしている。日程が決まり次第、3町長が会見を行う予定。

 なお、「米軍基地、訓練基地移設反対郡民大会の実行委員会」メンバーらは3日、NHKが1日に放送した番組に偏りがあったとして、来島した制作責任者に抗議した。大久町長は「政府も間違っているが、NHKも間違った情報を流した。厳重に抗議した」と語った。

マーシャル諸島の海洋汚染、バヌアツと台湾、バヌアツと中国

2004年11月の太平洋諸島のニュースをお伝えします。

島嶼国の首都における人口増加、海洋環境の破壊等、缶詰など、近代的輸入食料品に依存で、病気をする人が増えています。以前、私がマジュロに行ったとき、OFCFの越後氏から島の漁業支援についての話を聞きました。


11/1 PIR
 マジュロの海洋生物が危機に晒されている。

マーシャル諸島海洋資源局と日本の海外漁業協力財団(OFCF)による報告書において、マーシャル諸島の首都マジュロ海域に生息する海洋生物が、都市人口の増大によって魚を過剰に捕獲し、環境問題が深刻化したために、危機に晒されている実態が明らかにされた。

海産物が減少したために、住民は輸入食料品に依存するようになり、健康状態が悪化している。OFCFの越後学氏は「我々がしなければならないことは漁業資源を管理する計画を実施することである。計画の実施において地域住民と政府職員との連携が求められる。」と述べた。

魚の乱獲が行われている原因として人口の増加のほかに、首都における漁業を規制する制度が存在しないためでもある。



ニュースの後、ボホール首相に対し内閣不信任動議が提出され可決され、同年12月、新首相に副首相であったハム・リニが選出され、台湾との外交関係締結も撤回されました。



11/4 PIR
  バヌアツが台湾と外交関係を締結した。

バヌアツのボホール首相が中国を訪問して、中国との外交関係維持を強調してから1ヵ月後に、ボホール首相は台湾との外交関係締結を発表した。台湾とバヌアツは両国関係を強化し、相互の貿易を促進する。

バヌアツは台湾の国連、世界保健機構、その他の国際・地域機関への加盟を支持する姿勢を示した。中国を認めていたこれまでの「1つの中国政策」からバヌアツは大きく転換した。バヌアツの外務省は、ボホール首相が台湾を訪問していたことや、首相と台湾政府との話し合いの内容も知らされていなかった。バヌアツは台湾との外交関係を締結した、27番目の国となった。


このような動きの背景には中国による次のような動きもあり、中国、台湾による援助に左右される島嶼国政府の弱さを示しています。

バヌアツの大半の人々はサブシステンス(自給自足)の生活をしており、対外援助によって利益を得るのは、同国の一部のエリート、特権層にすぎません。独立国家ですから、堂々と自主外交を展開すべきです。


11/7 PIR
  中国政府はバヌアツに対し援助中止の脅しをかけている。

駐バヌアツの中国大使は、もしバヌアツが台湾と外交関係を締結するならば、1000万米ドルの中国からの援助金を失うことになるだろうと警告した。

中国政府はすでに自らの援助金により、バヌアツの国会議事堂、南太平洋大学校舎、農業大学、外務省の建物を建設した。

また中国政府はすでに医療団、教員、卓球のコーチをバヌアツに派遣した。中国大使は、もしバヌアツが中国との外交関係の終了を本当に望んでいるのなら、援助金の提供を直ちに中止し、中国大使館もバヌアツから引き上げると述べた。

トンガとイラク、パラオと違法薬物、パプアニューギニアとプラステックバック

2004年12月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。

トンガと米国との軍事的関係は100年に前にさかのぼります。イラクにもトンガ兵が派遣されました。
米国は北太平洋の島々だけでなく、南太平洋の島々とも強力な軍事関係を持っています。


12/21 PIR
 トンガ兵がイラクから帰国した。

トンガ王国の海兵隊がイラクから無事、帰国した。トンガが戦場に自国兵を派遣したのは今回を含めて過去2回ある。最初は、第二次世界大戦中であり、28人の兵士が1942年、ガダルカナル島に派遣され、2人の兵士が死亡した。駐トンガのリオン米国大使はトンが国王に対し、「60年前と同じくトンガ兵が米国の海兵隊とともに敵と闘った。世界平和に対し大きな脅威を解決する唯一の道は勝利しかない。」と述べた。

トンガ国王のツポウ4世は、トンガと米国との関係は100年前に遡ることができ、第二次世界大戦中、米国戦艦50隻がサンゴ礁海戦に備えてトンガのヌクアロファ湾に待機していたが、米国のトンガ国、トンガ国民に対する愛情に感謝すると述べた。



私がパラオに住んでいたときにも時々、マリファナを違法に栽培している場所が警察によって見つかり、焼却処分されるという記事が新聞に掲載されていました。またフィリピンからも覚せい剤が密輸されたこともありました。違法薬物中毒になった青少年を更生させる教育事業も熱心に行われていました。



12/28 PIR
 パラオ警察がマリファナ栽培場を摘発した。

パラオ警察は、ペリリュー島、アンガウル島において数千本ものマリファナが栽培されていた38箇所の栽培場を摘発した。

ペリリュー島では3368本、アンガウルでは880本のマリファナの木が廃棄された。廃棄されたマリファナは金額にすると15万米ドルにものぼるとされている。摘発時において逮捕者は1名もいなかったが、現在、捜査が進められている。



太平洋諸島が近代化されるとともに、島外からプラスチック製品、缶詰等、自然に帰らない物が多く輸入され、大量のごみとなって、島の景観や自然を破壊しています。島は近代化によってゴミが目に見えてたまりやすい場所といえます。パプアニューギニアの試みは大変重要だと思います。



12/30 PIR
 パプアニューギニアにおいてプラスチック製の袋の輸入・販売・製造が禁止される。

プラスチック製の袋の輸入と販売は今月から、製造と販売は来月1月から禁止される。この措置によりパプアニューギニアの街の美化に役立つと期待されている。住民がショッピングをする際には、プラスチック製の袋ではなく、織物のバッグやバスケットを利用することが奨励されている。

同国の製紙会社は紙製のショッピングバックの需要が増大すると期待している。

与那国島の自衛隊基地と離島防衛

3月27日の八重山毎日新聞に与那国島への自衛隊配備計画についての記事がありましたので、ご紹介します。
米軍基地の徳之島案、勝連半島案、辺野古陸上案等と、米軍基地だけでなく、自衛隊基地の増強も進んでいます。

海洋基本法ができ、離島防衛が自衛隊において本格的に議論されています。日米両軍は、琉球において戦争の準備をしています。かつての沖縄戦のように、日本本土を守るために琉球を戦場に限定して捨て石にするつもりでしょうか。

自衛隊基地によって島経済の活性化、自立化が進むのではなく、国への依存であり、国に命までも左右される島になるのです。




北沢俊美防衛相は26日午後、自衛隊機で与那国入りし、外間守吉町長らと面談したほか、久部良漁港や西崎を視察した。大臣は与那国町について「日本の最西端で防衛にとっては極めて重要な位置になる」との認識を示し、外間町長から要請された同町への陸上自衛隊配置について「省内で個別に具体的に検討し、自衛隊、内閣としてどうあるべきか検討していきたい」との見解を示した。

北沢防衛相の与那国入りは今回が初めて。防衛大臣としては昨年7月の浜田靖一前防衛相以来、2人目。同町では約1時間滞在し、福岡空港を経由し、東京に戻った。北沢大臣は午後2時50分ごろ那覇から自衛隊機で与那国空港に到着。町役場で外間町長らと約10分間面談した。

そのなかで外間町長が同島への陸上自衛隊部隊配置と防空識別圏の見直しを文書で要請した。

 大臣帰任後に空港で行われた会見で外間町長は「島の活性化のため自衛隊誘致を要請した。大臣からは前向きに町長の意向に沿うよう努力したいという話があった。決してダメという話でなかったのでプラス思考に考えている。かなり良い感触を持った」と話した。

 ただ、中期防衛力整備計画(中期防)のなかで与那国という名称を付けることについては「全体のなかで先島地区としての形でしか提示できない。先島地区として限定し検討したいという話だった。そのなかには与那国が入ると理解していいと思う」と話した。

 中期防は今年8月にまとまり、12月に公表される見通し。

 自衛隊の経済効果に疑問を持つ声があることには「今後誘致が決定すれば防衛省からのメニューを見て、町からも条件を突きつけていく。動いた時に、地域の皆さんの意向を尊重する。住民説明会は考えている」とした。

 インフラ整備として、港湾整備、漁業者の所得補償、総合グラウンドの3つを挙げ「これを誘致とリンクする形で防衛省にお願いしたい」とした。

 防空識別圏についても「町長の不安を払拭するようにしたいとの話だった」と述べた。

 大臣の来島に対し誘致に反対する住民20人余が横断幕とプラカードを掲げ反対の意思を示した。また、与那国町革新共闘会議の新崎長吉議長らが、大臣の帰任時に空港で誘致反対の要請をしようとしたが、事前日程になかったことで実現しなかった。

 同会議の新崎議長らは「反対している私たちの声もしっかり聞いて丁寧に対応してもらいたい」と述べ、北沢大臣の手元に届くよう後日、民主党代表あてに郵送する考えを示した。

竹富島のリゾート建設計画

4月3日八重山毎日新聞に竹富島のリゾート建設計画の記事が掲載されていましたので、お伝えします。

本NPOの理事である上勢頭さんが竹富公民館の館長に選ばれました。ご本人と話をしましたが、島外で生まれた者が島の人に認めてもらい大変うれしいと仰っていました。また館長としての重責をも感じておられました。

特にリゾート建設計画という大きな課題をどのように島の自治、「うつぐみの精神」に基づいて進めていくのかという大きな課題に対して、多くの島の方が上勢頭さんに期待されていると思います。

上勢頭さんには、龍谷大学の学生さんにも話をしていただきましたが、学生も島の自治に対して大変、感動していました。



竹富島東部宿泊施設建設で竹富公民館(上勢頭芳徳館長)は2日午前、竹富町役場に川満栄長町長を訪ね、3月31日の定期総会で同施設建設が賛成多数で決議されたことを報告した。県に建築確認申請を行っている星野リゾート(長野県・星野佳路社長)と南星観光(竹富町・上勢頭保代表)も同日付で町に着工届けを提出した。同社では建築確認を経て夏までに着工し、2012年春には竹富島のリゾートが完成する予定。

 同社によると、同リゾートは同島東部の約6.7ヘクタールに赤瓦屋根の木造コテージ50棟を建設する。総事業費約30億円で年間2万人以上の利用客を見込んでいる。

 建設にかかる行政手続きは08年9月に県から開発許可が出ており、同社が昨年10月に建築確認申請を提出。賛成多数の総会決議が得られたことから、着工届けを同日午前、町に提出した。

 数カ月以内には建築確認が許可される見込みで、町役場を訪ねた同社の星野究道専務は「地域の同意が得られたということで着工に向けて進めたい。これでいったん決着して手続きを進めるが、反対している人々とは今後も対話を続けていきたい」と川満町長に報告した。

 川満町長は「1年6カ月にわたって地域に説明を行い、地域の疑問に答えてきた企業努力に感謝している。公民館から同意が得られたという報告があったので、町としても協力して良い施設を造っていきたい」と述べ、水問題やごみ問題などについて企業側と協議を進めていく考えを示した。

 公民館の合意に星野専務は「総会決議の159人の賛成は本当にうれしく思っている」と竹富島の風景にあった施設にする見解を改めて示し、上勢頭代表も「地域と一体になった共存共栄で島の土地を活かし、守ることを前提として話し合いを詰め、時間をかけて説明してきてよかった。良い形で島の土地を守っていくことが最大の使命だ」と語った。

国連から日本へすーぱーめ~ご~さ~

10日、沖縄国際大学にて次のようなイベントが開催されます。私も琉球にいたら参加したい集いです。これまでお世話になった方々も出席します。お時間がある方は、ぜひ、ご参加ください。

次に親川さんの集いへの参加を呼びかせる声をまず、ご紹介します。



みなさまこんにちは 親川裕子です。
ご無沙汰している方々、突然のメールで申し訳ございません。。

来月4月10日に開催されるNGO市民外交センター主催『国際人権法ワークショップ
』のご案内です。

沖縄が抱えさせられている問題を国際人権法、人民の自己決定権や先住民族の権
利という視点から
考え、参加者全員で討論し、今後の具体的な実践へと繋げていきたいと考えてい
ます。

趣旨等々は下記及び添付のチラシをご確認ください。
先住民族について学ぶ学生、これから先住民族を支援するNGO活動に参加を希望す
る方々を対象としております。

新年度始まって早々、また清明祭(シーミー)に入った最初の土曜日で
なにかと日程的に厳しい時期かとお察ししますが、みなさまのご協力をいただけ
ますと幸いです。
その他、ご不明な点等ありましたらご連絡ください。



第5回 第2次・先住民族の国際10年記念ワークショップ2010
国連から日本へすーぱーめ~ご~さ~
-ウチナーンチュは「自己決定の権利」主体である-

NGO市民外交センターは、2006年より先住民族について学ぶ学生や、これから先住
民族を支援するNGO活動に参加希望する方々を対象として、国連人権システムと先
住民族の権利保障の視点から先住民族問題の基礎を学ぶワークショップを毎年東
京で開催してまいりました。

今年は日米の政権も代わり、新しい流れと旧来の思想や利害が錯綜する中、沖縄
を囲む問題を国際人権法、とくに人民の自己決定権や先住民族の権利を考えるため沖縄での開催を企画しま
した。

2006年には人種主義に対する特別報告者ドゥドゥ・ディエン氏の沖縄訪問や報告
書の国連総会への提出があり、2008年には国連の自由権規約委員会から「琉球・
沖縄人の先住民族としての権利を認めよ」の勧告が出されました。

そして今年3月16日には人種差別撤廃委員会より「沖縄における不均衡な軍事基地の集中が住民の
経済・ 社会・文化的権利の享受を妨げる」、「教科書は沖縄の文化を反映させた
ものにすること、義務教育課程で琉球語を用いた教育を」との勧告が出されまし
た。

現在の沖縄を囲む問題解決の可能性を参加者全員で討論し、具体的な実践に
つなげていければと思います。

◆開会挨拶:10時・・・・・・・・当真嗣清(琉球弧の先住民族会代表)

★セッション1:国際人権法の可能性と沖縄からの取り組み-沖縄の問題を整理
する (10時10分~12時30分)

司会: 木村真希子(市民外交センター/明治学院大学国際平和研究所助手)
【基調報告】10時10分~10時50分・・・・・・・・・上村英明(市民外交センタ
ー代表)

【パネル・ディスカッション+フロアーとの質疑】(10時50分~12時30分)
*パネリスト*
伊波洋一 (宜野湾市長)
宮里護佐丸(琉球弧の先住民族会)

上村英明 (市民外交センター代表/恵泉女学園大学人間社会学部教授)

★セッション2:国連人権機構の可能性と沖縄の現状-これからできるいろいろ
なこと(14時00分~16時00)
司会:大嶺晴子                 

【パネル・ディスカッション+フロアーとの質疑】
*パネリスト*
知念幸見(国連人種差別撤廃委員会第6回日本政府審査参加)

渡名喜守太(第2会期国連先住民族の権利に関する専門家機構参加)
親川裕子(女性差別撤廃委員会第6回日本政府審査参加)

*コメンテーター* 平良識子

★セッション3:誰に何を訴え、どう動かすか-国際社会の可能性と沖縄の未来
(16時00分~17時25分)

司会:当真嗣清                
*コメンテーター* 上村英明

◆閉会
◆日時:2010年4月10日(土)10時00分~17時30分
◆場所:沖縄国際大学 5号館107教室

◆資料代:一般\500 学生無料
◆お問合せ:当真 090-4100-0454
◆事前申込:不要 当日、直接会場にお越し下さい。

主催:市民外交センター (Shimin Gaikou Centre)
 http://www005.upp.so-net.ne.jp/peacetax/
後援:琉球弧の先住民族会 (Association of Indigenous Peoples in the Ryukyus)

*本ワークショップは沖縄国際大学「平和学Ⅰ」のご協力を得て開催されています

沖永良部島における米軍基地拡張反対運動

本NPOの理事の前利さんの「沖永良部島における米軍基地拡張反対運動」という文章をご紹介したいと思います。
かつて沖永良部島にも米軍基地があり、住民は強くそれに反対したという歴史があります。今日、徳之島で激しくなっている反基地運動のことを考えながら、お読みください。

島人が土地を自分の体の一部と考える気持ちは、太平洋諸島にも見られます。土地を奪うことがどれほと島人にとって身が割かれることなのかが、沖永良部の戦いから知ることができます。



沖永良部島における米軍基地拡張反対運動

前利 潔(自治労大島地区本部副執行委員長)

 3月28日、徳之島で米軍基地移設に反対する4千人規模の郡民大会が開かれた。半世紀前、知名町において米軍基地の拡張を阻止した町ぐるみの反対運動があったことは、『知名町誌』にも記されていない。半世紀前の米軍基地拡張反対運動を紹介することによって、徳之島への米軍基地移設問題を考えたい。

 1956年2月5日、田皆小学校に約3千人の町民が結集し、米軍基地拡張に反対する総決起大会が開かれた。占領時代、大山頂上に米軍基地が建設されていた。第313師団(嘉手納基地)の指揮下にある大型レーダーサイト・ネットワーク(沖縄本島南部与座岳、久米島、宮古島、沖永良部島)の一つである。

恒久的な軍事基地の建設を沖縄に進めていた米国は、沖永良部島の西海岸(田皆地区)に滑走路と浮桟橋の建設を計画した。

 総決起大会では、「断じて農地を守れ」「教育がめちゃめちゃになる」という発言があいついだ。田皆地区の奥間区長は、「私たちの町はすでに5万8千坪の基地を提供しており、これ以上、基地用の土地は残っていない。いま接収されようとしているのは私たち農民の最後の土地だ」と訴えた。

田皆地区は、福岡調達局(後の福岡防衛施設局)長宛てに「飛行場の設営に対して、吾等死を賭して反対する」という抗議電を打っていた。大会後、「基地反対」のプラカードを先頭に、基地内を横切るかたちで、20キロにもおよぶデモも行われた。

 知名町当局及び議会側は、当初は福岡調達局による立入調査については同意していた。56年1月、町議会の協議会の場で田皆地区の代表は、「(議会が)先に立入調査に対して同意を与えた電報の結果、今日このような事態なっているので、その責任は重大である」

「日本全体として基地設営に反対しているのに、知名町だけこれを許したことは、遺憾である」と強い調子で意見を述べた。これを受けて、町当局及び議会側は、立入調査もふくめて「絶対反対」の立場を明確にし、町民総決起大会の開催を決めた。

 当時、砂川闘争(東京都立川市)に代表されるように、全国各地で米軍基地建設(拡張)のための土地の強制接収に反対する住民運動が起きていた。沖縄は、武装米兵によって農民が土地から追われ、農地の強制接収があいついだことによって、島ぐるみの土地闘争の最中にあった。

知名町における米軍基地拡張反対運動は、現代史(戦後史)の中に位置づけるべき闘いである。

 沖永良部島の米軍基地はレーダー基地という性格(後方部隊)からだと思われるが、聞き取り調査などから、知名町民はけっして反米的ではなかった。しかし1960年には、米兵による傷害事件をきっかけに、米兵の逮捕を要求して群衆700名が知名交番を取り囲むという、暴動寸前の事件が起きている。

 占領史の視点から、みてみよう。奄美諸島に対する施政権の日本国への返還(53年12月25日)は、軍事的主張(国防省と軍部)と政治的主張(国務省)のバランスをとるかたちで実現した。軍部が返還に反対した理由は、軍事的施設の権利であった。

その軍事的施設を代表するものが、沖永良部島の米軍基地であった。ダレス国務長官による返還発表(8月8日)後も、軍部は軍事的施設の権利にこだわり続け、米国内部において返還協定の合意が得られるまで3ヶ月も要した。

 米国が世界的に進めている米軍再編における日本の位置づけは、必要な時に日本を兵站補給、部隊展開の前進拠点にすることだといわれている。普天間基地に所属する海兵隊は上陸急襲部隊という、最前線の部隊だ。後方部隊であった沖永良部島の米軍基地の性格とは、正反対である。

また米国にとってみれば、思いやり予算などで、他国には例のないほどの基地経費を負担してくれる日本国内の基地の権利を手放したくないのだろう。民主党政権は、半世紀以上も続いた自民党政権による対米従属を転換し、普天間基地の県内・県外移設ではなく、即時撤去を米国に求めるべきではないか。

徳之島は琉球の「圏内」である

3月29日の南海日日新聞の徳之島で開かれた反基地集会の記事と、4月4日発の時事通信社の徳之島移設案に関する記事をお伝えします。

徳之島において大きな反基地集会が開かれたにもかからわず、現在、鳩山首相は徳之島への米軍訓練移設を目指しているようです。徳之島の怒りが首相の心には届かないのだろうか。徳之島は琉球の中までもあり、沖縄島以南の南琉球でも徳之島への移設反対を強く主張すべきです。

「県外」移設に惑わされてはいけません。沖縄県と鹿児島県の県境を分けている線はもともと、401年前の薩摩藩の琉球侵略を淵源とするものです。現在も琉球文化圏であり、「圏外」とはえいません。






米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の徳之島移設反対を日米両政府に示す「米軍基地、訓練基地移設反対郡民大会」(同実行委員会主催)が28日午後1時半から、天城町総合運動公園野球場で開かれ、徳之島移設反対の抗議決議と大会スローガンを満場一致で採択。

「米軍基地の整理・縮小・撤去は沖縄県民の願い」として、普天間飛行場の即時閉鎖と返還などを訴えた。実行委は町議会や労働団体、市民団体などを中心に60以上の団体、個人で構成。4200人(主催者発表)が参加した。決議は「訓練基地を容認することは戦争に加担することであり、徳之島への移設に断固反対する」と述べ、あらためて「移設ノー」の島民意思を突き付けた。

 大会スローガンに(1)米軍基地、訓練基地に断固反対する(2)豊かな自然に恵まれており、希少動植物の保護活動を積極的に推進し、世界自然遺産登録を目指す(3)農業を中心とした観光振興を目指し、振興策に名を借りた環境破壊を許さない―を掲げた。

 大久幸助天城町長のあいさつに続き、地域住民代表が意見表明。徳之島町商工会会長の田袋吉三さん(83)は「政府は金で島を買おうとしている。絶対に島を売ってはいけない。静かな島を守るため、お互い手を取り合い移設計画を阻止しよう」と呼び掛けた。

 母親代表で参加した徳之島町の磯川真理枝さん(39)は「子どもたちの未来に基地も、訓練施設も要らない。子どもたちが犠牲になる基地は日本に要らない」と訴え、「徳之島は、命を宝とする子宝の島、先人の知恵を尊ぶ長寿の島。強く、強く基地反対の思いを込め、意見表明します」と強調し、一段と大きな拍手を集めた。

 この後、平安正盛県町村会会長、成尾信春県議、松崎真琴県議、金子万寿夫県議会議長、小池百合子衆院議員、森山裕衆院議員らが怒りの声を上げた。

 地元選出の徳田毅衆院議員は「奄美の人々は島を愛し、誇りを持ち、島を守るためには命を懸けて闘う。国が何の相談もなく、勝手に決めたと強引に入ってきても、決してあきらめることはない。成田闘争以上に徹底して抵抗し、今まで以上の混乱をもたらすに違いない。予断を許さない状況にあるが、絶対に基地を認めないし、反対する。素晴らしい島を次世代に残していくためにも心を一つにして闘っていこう」などと述べ、移設反対に向けて強い決意を示した。




鳩山由紀夫首相が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題をめぐり2日に行った関係閣僚との協議で、普天間のヘリ部隊を鹿児島県の徳之島に極力移転するため、米側や地元との調整を指示していたことが分かった。与党関係者が4日、明らかにした。

 政府は当面の移設先として、沖縄県名護市などにある米軍キャンプ・シュワブ陸上部を想定。同時に、訓練などの基地機能を、徳之島をはじめとする沖縄県外に分散移転することを目指している。首相の指示は、県外の移転先として、徳之島を軸に調整を進めたいとの考えを示したものだ。

 ただ、与党関係者は、米側が普天間に駐留する海兵隊の航空部隊と地上部隊の一体運用を担保するよう求めていることを踏まえ、ヘリ部隊だけの徳之島移転については「無理だ」と指摘した。 

豪州の太平洋政策、イラクで死亡した米領サモア人軍人、軍事会社で働くフィジー人

2004年12月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。
豪州は先週もお伝えしましたように、自らの影響量を太平洋諸島全体に及ぼそうとする国家戦略を実施しています。
その中心が安全保障と良い統治政策です。



12/9 PIR
 豪州政府の太平洋諸国に対する援助政策の中で安全保障と良い統治が重視されている。

豪州政府は、太平洋諸国に対する新しい援助政策の中で、太平洋諸国が「失敗国家」にならず、テロリストの拠点にならないための計画を重視している。

昨年、豪州はソロモン諸島の治安を回復するために自国の軍隊と警察を派遣し、平和維持活動のリーダーシップをとるなど、太平洋諸国への介入政策を実施した。

豪州の新しい援助政策では、太平洋諸国における法、司法、安全、効率性、説明責任性、民主的政府、安定的な経済成長、公的サービスの提供等の改善に重点がおかれる。


米領サモア人も米軍人としてイラクで戦い、血を流しています。



12/7 PIR
 イラクにおいて命を落とした、3人目の米領サモア出身者兵士がでた。

サモア人であるトゥイアルウルウがイラクのモスルにおいて反政府集団から攻撃を受けて死亡した。トゥイアルウルウは米軍兵士としてイラクにきたのは4ヶ月前であった。

2005年1月はじめには約300人の米領サモア人がイラクに米兵として到着する予定である。彼らは現在、米国内において特別な戦闘訓練を受けている。



フィジー人の元軍人が軍事会社の契約社員として外地で働き、母国に送金しています。
「楽園」フィジーも紛争地域と無縁ではありません。



12/15 PIR
 524人のフィジー人が中東で働く契約社員になった。

60人のフィジー人が第一陣として民間の警備会社との契約でクエートに向けて出発する予定である。彼らは危険を承知の上で、危険に見合う十分な報酬を得るために出稼ぎにでる。

イラクやクエートで働くフィジー人兵士は全体で524人にのぼる。彼らは月に2150米ドルの報酬、そのほか104米ドルの手当てをもらう。また65700米ドルの生命保険にも加入している。

島嶼社会の振興開発と内発的発展研究部会 3

昨日と同じく、国際開発学会に設立されました島嶼社会の振興開発と内発的発展についてのご紹介をします。
また、2009年度に行われた研究部会の報告も合わせてします。




本研究部会設立申請の背景として、2007年11月に沖縄大学で開催された第18回国際開発学会沖縄大会において、シンポジウム「沖縄振興開発の回顧と展望」、企画セッション「沖縄―内発的発展の展望」、「開発の反面教師としての沖縄」、「沖縄のサステナビリティー/環境経営」への参加、企画の過程において、島嶼社会における振興開発と内発的発展について議論する機会を得たことを上げることができる。

これらのセッションにおいて沖縄県の振興開発を「開発の反面教師」として考え、振興開発が有する構造的な問題性を明らかにするとともに、振興開発に頼らない住民主導の内発的発展の実践を検討した。

同学会での議論において、沖縄県の振興開発に関する具体的、客観的、統計的な検討と分析、そして住民参加型の具体的な内発的発展の提言が求められていることを強く感じ、本研究部会の設立を申請するにいたった。

私はこれまで琉球列島と太平洋諸島を比較しながら島嶼経済の研究を行ってきた。これらの島々を中心にして、他の島
嶼を含めて研究を総合的に行うことで、島嶼毎の振興開発と内発的発展の事例を多角的に検討することが可能になると考える。

C.研究部会の特徴

 本研究部会の計画と方法における最大の特徴は、これまで個々別々に検討されてきた、琉球列島、太平洋諸島を中心とする島嶼社会における振興開発を相互に比較しながら、その課題について検討したうえで、島嶼における内発的発展の可能性を明らかにすることにある。

今後、日本政府の財政状況は厳しくなり、琉球列島においてこれまでのような資金規模の振興開発を期待することが困難な状況にある。また太平洋諸島に対する援助提供国の「援助疲れ」が指摘されるとともに、援助提供過程において島嶼国政府のガバナンスが重視される傾向にある。

これまで実施された振興開発が地域社会に与えた影響を客観的に分析し、住民主導の内発的発展の実践を検討し、自治や自立のための政策や方法を提示するという、島嶼社会が直面する現実的課題を学術的に検討することが本研究の特徴である。

本研究では、海外における島嶼研究と、国内における島嶼研究とを振興開発と内発的発展というキーワードでつなぎ、総合的に検討することで、それぞれ別個に研究されてきた島嶼研究とは異なった角度から分析対象に接近することが可能になると考える。



2009年度における国際開発学会「島嶼社会の振興開発と内発的発展」研究部会の研究活動についてご報告申し上げたい。本研究部会は2009年11月の国際開発学会総会において承認され、同年度内に2回の研究会を開いた。

第一回「島嶼社会の振興開発と内発的発展」研究部会の研究会が、2010年2月26日(金)の13時から18時まで沖縄大学において開催された。各論題と発表者は次の通りである。

1.「周辺における内発的発展―沖縄と東南アジア(タイ)」鈴木規之(琉球大学)
2.「在沖米軍人等の施設・区域外居住に関する一考察」
友知政樹(沖縄国際大学)

3.「観光先進地・座間味村のジレンマ―ゴミ問題・水不足・共同体変容」与那嶺功(沖縄タイムス社)
4.「奄美群島におけるUIO Turn促進による地域活性化の可能性」東江日出郎(南西地域産業活性化センター)

5.「グアムにおける米軍基地機能強化と島嶼社会経済との関連について」松島泰勝(龍谷大学)
司会:松島泰勝

本研究会では、沖縄とタイにおける内発的発展の比較、米軍基地周辺の民間住宅地に建設された米軍人用住宅に伴う経済問題、在沖海兵隊の移設先とされているグアムにおける基地機能強化にともなう社会経済的問題、面積が狭い島嶼地域である座間味村において急激に発展した観光業により生じた社会経済的問題、1953年に日本に復帰して以来人口減少問題に直面している奄美諸島を対象にした島外からの移住に重点をおいた地域活性化策の検討等に関する報告が行われた。

本研究会において仲座会員(沖縄キリスト教短期大学)他、非会員の市民含めて約30人が各発表を踏まえて活発な議論を行った。なお本研究会は沖縄大学地域研究所との共催という形で開催された。

沖縄大学の緒方地域研究所所長、同研究所職員の方には会場の貸出、研究会の準備に際して多大な支援を頂戴した。心よりお礼を申し上げたい。

次に、2010年3月1日13時から18時まで、明治学院大学白金台校舎において開催された第二回「島嶼社会の振興開発と内発的発展」研究部会の研究会についてご報告したい。各 論題と発表者は次の通りである。

1.「軍事基地跡地利用開発の検証―沖縄の持続可能な発展へ向けて」真喜屋美樹(早稲田大学大学院博士課程)
2.「琉球弧における内発的発展」松島泰勝(龍谷大学)

3.「焼畑から常畑へ:ソロモン諸島における有機農法普及プロジェクトの社会文化的妥当性」関根久雄(筑波大学)
4.「南太平洋における中国・台湾の存在」三田剛史(早稲田大学現代政治経済研究所) 
司会:松島泰勝

本研究会では沖縄島の北谷、那覇、読谷における米軍基地跡地利用事例の相互比較と内発的な跡地利用の提言、日本復帰後の沖縄振興開発のサーベイと琉球列島における内発的発展の検討、ソロモン諸島におけるNGOによる有機農法普及プロジェクトに伴う社会文化的諸問題の検討、太平洋島嶼に対する中国や台湾による外交・援助政策とその島嶼国への影響等について報告が行われた。

本研究会には、勝俣会員(明治学院大学)、杉原会員(東京農業大学)、金城会員(東海大学)、東京農業大学、東京大学、横浜国立大学の院生会員、その他、非会員の方々、約15人が各報告に対して活発な議論を行った。なお、本研究会は明治学院大学国際平和研究所との共催で開催された。

同研究所の竹尾所長そして職員の方々には、会場の貸出、研究会の準備等に際して多くの支援を頂戴した。心よりお礼を申し上げたい。

2009年度内に実施された2回の研究会では、琉球列島、太平洋諸島という島嶼地域が抱える様々な開発を巡る政治経済的、文化的諸問題に対して、各島嶼の実態を踏まえて、内発的発展の方向性を明らかにするとともに、どのように具体的対策を展開していくのかという問題意識を共有しながら、会員、一般市民による積極的な議論を行うことができたと考える。

島嶼社会の振興開発と内発的発展研究部会 2

昨日に続きまして国際開発学会に設立しました、「島嶼社会の振興開発と内発的発展」研究部会のご紹介をします。





ニューカレドニア、仏領ポリネシアはフランスの領土であるが、現在でも独立運動が展開されている。米領のハワイやグァム、そして琉球列島でも独立・自治運動がみられる。ニューカレドニアでは2014年に独立を問う住民投票が行われる予定である。

このような非独立太平洋島嶼における振興開発と独立運動との関係、統治国による開発政策に対抗する形で展開されている内発的発展の実践活動等も研究課題の一つになるだろう。

フィジーにおける民族対立と軍事クデター問題、パプアニューギニアのブーゲンビル島における自治体制の今後の行方、ソロモン諸島におけるガダルカナル人とマライタ人との対立、トンガにおける民主化運動、ナウルにおける財政破綻問題等のような島嶼社会のガバナンスにかかわる問題が生じている。

このようなガバナンスと開発援助との関係についても大きな研究課題として注目されている。

これまで島嶼国に対する主要な援助提供国として豪州、日本、米国、ニュージーランド等が大きな役割を果たしてきた。近年、このような国に加えて、中国と台湾の存在感が増している。中国と台湾はそれぞれとの外交関係樹立を目的にして島嶼国にODAを提供し合っており、太平洋上において「援助競争」が展開されている。

援助のみならず、民間投資、労働移動等の経済全般においてアジア諸国と太平洋島嶼国との関係が強くなっている。
2009年9月、サモア沖に発生した地震による津波でサモア、米領サモア、トンガの多くの住民が犠牲になった。

また同じ島嶼国であるインドネシアにおいても地震、津波によって甚大な被害が生じた。地震、津波、台風等の自然災害がこれらの島嶼地域に与えた社会経済的影響を検証し、社会復興のための方策を提示することが求められている。

また、ツバル、キリバス、マーシャル諸島等、海抜の低い島嶼においては、地球温暖化を原因とする海面上昇によって海岸の浸食、海水の土壌混入による食用作物の被害、ニュージーランドや米国等への島嶼民移住による人口減少等の問題が発生している。

海抜の低い島嶼地域は地球温暖化問題が最も顕在化しやすい場所の一つである。このような島嶼に対する日本を含む諸国政府やNGOによる支援活動が行われているが、海面上昇による諸問題や解決策を島嶼間で比較検討することで、問題の原因を明確にし、島嶼の実態に応じた解決策を提示することも可能になろう。

琉球列島と同じく、太平洋諸島においても島々のコモンズ、サブシステンスが住民生活のうえで大きな役割を現在でも果たしており、また内発的発展の実践もみられる。太平洋諸島における開発政策・計画の中に内発的発展の方法を組み込み、島の自立を実現するための研究が要請されている。

琉球と太平洋諸島は「島」として、政治経済的、歴史的、軍事的、生態的、文化的共通性をもっている。それぞれを個別に研究調査するのではなく、双方の相違・類似性・関連性、相互間の影響、協力関係等を国境を越えて検討することで、島嶼社会一般の振興開発や内発的発展に関する研究を深めることができると確信している。

本研究部会の研究目標は、①琉球列島、太平洋諸島における振興開発政策の策定・実施過程を検討し、開発目標が実現できなかった原因を検証し、

②琉球列島、太平洋諸島における振興開発が島々の産業構造・自然生態系・自治体の財政、地域経済等に与えた影響、米国の軍事戦略・米軍基地と振興開発との関連性等を検討し、

③海面上昇、自然災害、ガバナンス、アジア諸国との関係、島嶼の独立・自立運動等の太平洋諸島が抱える諸問題と振興開発や内発的発展との関連を他の世界の島嶼地域と比較しながら分析し、

④日本政府、援助提供国からの補助金・援助金依存状態から琉球列島や太平洋諸島が脱却するための取り組みである、内発的発展が島嶼社会において果たしている役割について考えることで、島嶼の自治・自立を実現するための政策提言を行うことにある。

島嶼社会の振興開発と内発的発展研究部会 1

国際開発学会の中に島嶼社会の振興開発と内発的発展研究部会を立ち上げました。学会員とともに、多くの住民が研究会等に参加され、議論をしてくだされば幸いです。



A.研究の目的

本研究部会は、琉球列島、太平洋諸島を中心とした島嶼社会における振興開発と内発的発展に関する研究を行うことを目的とする。

そして、これらの島々以外の開発事例とも相互に比較することで、島嶼社会における振興開発、内発的発展の課題と可能性を明らかにすることを目指す。島嶼の多くは、面積が狭く、人口も多くなく、海に囲まれ、大市場から離れているという地理的特性を共有している。

そのため、生産や消費において規模の経済が働かず、輸送コストが過大にかかるなどコスト高になりやすく、開発行為による自然破壊や社会生活への影響が大きくなる傾向にある。

島嶼の人々がそれぞれの政治経済的、文化的、歴史的な背景の中で振興開発とどのように向き合い、内発的発展を展開してきたのかについて、島嶼の現実を踏まえながら活発に研究を行いたい。

沖縄県は1972年に日本に復帰して以降、沖縄振興開発特別措置法のもとで振興開発事業が実施され、2008年まで約9兆4千億円の事業費が投じられてきた。沖縄開発庁(2001年から内閣府沖縄担当部局に組織改編)が中心になって開発計画を策定し、実施してきた。

しかし現在、高失業率、全国最低の県民所得、補助金依存、自然の破壊等の多くの問題を抱えている。沖縄は振興開発事業において全国でも高い補助率が適用されてきたが、振興開発関連公共事業の約半分は県外の業者が受注している。

主要産業である観光業でも県外の大企業による経済支配が顕著である。経済活動を琉球の島々で行いながら、利益の大半は県外に流れ、納税も本社がある県外で行うという、「ザル経済」構造が長年にわたって指摘されてきた。振興開発による生産や雇用等の経済効果も大きいとはいえない。

沖縄県は日本国土面積全体の0.6%でしかないが、米軍専用基地の約75%が集中しており、日本の安全保障の要であるとされている。

1990年代後半以降、米軍基地を沖縄県に安定的に存続させるために、北部振興事業、基地所在市町村活性化事業、SACO補助金・交付金事業、米軍再編交付金事業等の基地関連の振興開発が推し進められ、振興開発と基地とのリンケージが強化されるようになった。

しかし、基地所在市町村の財政、雇用、地域経済等の状況は改善されておらず、基地や振興開発に深く依存する結果に終わっている。

1953年に日本復帰した奄美諸島も振興開発資金が現在まで投下されてきたが、人口の減少、「限界集落」の増加、産業の衰退、生態系の破壊等の諸問題に直面している。

琉球列島の振興開発は「経済格差の是正」「自立経済の実現」を目標にしてきたが、それを実現することができず、現在、その原因の検証と、自立的な発展の方法や政策が強く求められている。

他方、琉球列島のシマ(小村落)や島の中には、共同店、憲章による自治、島おこし運動、コモンズに土台をおいた生活、「ゆいまーる(地域の強い相互扶助関係)」と呼ばれる社会関係資源による地域の発展、地域資源を活用した地域企業の展開等、島嶼の自然、歴史、文化に基盤を置き、島嶼民が主体的に発展に参加する、内発的発展の試みが多角的に行われてきた地域も存在する。これらは島嶼独自の社会開発の実践であるといえる。

琉球列島と歴史的、文化的、地理的、政治経済的に関係が深い地域が太平洋諸島である。戦前、現在の北マリアナ諸島、パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島が日本の委任統治領になった際、多くの琉球の人々が移住し、ミクロネシアの人々との交流がみられた。

太平洋戦争では、琉球と同じく太平洋の島々でも地上戦が行われ、多くの住民が犠牲になった。現在、琉球と同じく、グァム、北マリアナ諸島、ハワイ、マーシャル諸島等には米軍基地・訓練場・実験場等が存在し、ミクロネシアの島々と琉球列島とは軍事的にも連結させられている。

パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島が独立する際に米国と締結した自由連合協定に基づき、戦略的信託統治領時代から米軍はこれらの島嶼国における軍事権を引き続き保有している。現在、米国がこれら三カ国に提供しているコンパクトマネーは島嶼国政府の財政収入の中で大きな割合を占め、インフラ整備のための開発援助も実施されている。

沖縄島からグァムに約8000人の海兵隊員、9000人のその家族が移設する計画にともない、現在、沖縄島辺野古の新基地建設計画、グァムにおける基地機能強化が進められている。グァムへの海兵隊移設計画において、軍人家族住宅建設、インフラ整備を国際協力銀行の融資によって行うことになっている。

グァムにおける大規模開発計画の実施に伴い、同島内の政治経済、生態系、社会に大きな変化が生じ、他のミクロネシア諸島、フィリピン、沖縄等の周辺島嶼をも巻き込んだ形でヒト、モノ、カネの大きな展開が予測され、住民の期待と不安を生んでいる。

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