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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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The Federation of Autonomous Republics of Ryukyuanesia The Declaration of Independence

宮古島出身で、琉球独立論の先達者である、平恒次(イリノイ大学名誉教授)先生に琉球自治共和国連邦独立宣言の英訳をお願いしましたら、快く引き受けてくださいました。心より感謝いたします。先生のこれまでの琉球独立研究を踏まえて、これからも研究と運動を相互に関連させながら強化していきたいと思います。

ブログをご覧の方で、このような取り組みに関心のある世界の人々、組織、団体に送付して下さいましたら、大変ありがたいです。どうぞよろしくお願いします。




The Federation of Autonomous Republics of Ryukyuanesia
The Declaration of Independence


In this year of 2010, we declare independence of Ryukyu as a “Federation of Autonomous Republics of Ryukyuanesia.

At present, the prefecture of Okinawa that is but 0.6% of the national landmass of Japan is compelled to host 74% of the U.S. military bases. Clearly, this is a discrimination.

In 2009, Mr. Yukio Hatoyama, President of the Democratic Party of Japan, vowed before the Ryukyuans that “at a minimum,” he would transfer the bases out of the prefecture.

Although he became Prime Minister of Japan as a result of ruling party changes, his earlier vow to Ryukyuans was shredded and thrown away like waste paper under the U.S.-Japan Agreement of May 2010, which embodied the decision to build a new base at Henoko.

Furthermore, the government of Japan is planning to move the U.S. troop training to Tokunoshima within the area of Ryukyuan culture. In effect, the government of Japan has offered the entire Ryukyuanesia as a sacrificial lamb to the United States.

The government of Japan has chosen to honor the U.S.-Japan alliance while destroying the lives and peaceful livelihoods of Ryukyuans who are Japanese nationals.

Ryukyuans have continuously demanded the withdrawal of the U.S. military bases since before the reversion of Ryukyu to Japan in 1972. But the bases still stand in proximity to Ryukyuan communities.

What are the problems the people of Japan have with the U.S. military bases? Can the Japanese other than Ryukyuans justify the peace and prosperity of Japan based on the sacrifices of Ryukyuans?

They should not impose the U.S. bases on us Ryukyuans by ignoring our general will and our collective right to live as a people. Being under the control of Japan that itself remains tethered to the U.S., we Ryukyuans live in constant fear of the threats of war, unable to find peace in life.

We Ryukyuans declare independence from Japan now. The island groups (Amami, Okinawa, Miyako, and Yaeyama) of the Ryukyuanesia each forming a self-governing republic, together form on an equal footing to one another a Federation of Autonomous Republics of Ryukyuanesia .

Historically, the Ryukyu Islands after the Era of Three Kingdoms (mid-14th early 15th century) were integrated as the Ryukyu Kingdom in 1429.

Then in 1609, the Satsuma army invaded the Ryukyu Kingdom and placed Okinawa, Miyako, and Yaeyama under indirect Satsuma rule, while separating Amami as a directly controlled area. In mid-1850s, the Ryukyu Kingdom concluded treaties of amity with the United States, Holland and France.

In 1872, Japan unilaterally defined the Ryukyu Kingdom as a domain of Japan and in 1879 abolished it accusing it of insubordination and annexed it to Japan an incident known as Ryukyu Shobun ---Disposition of the Ryukyu Kingdom.

During and after Ryukyu Shobun, the Ryukyu loyalists exiled themselves to China (then Qing) and engaged in movements for Ryukyu independence. Ryukyu was under Japanese rule from 1879 to 1945 and from 1972 to 2010 --- only 104 years. The history of Ryukyu as an independent country is much longer.

Look to the small island states of the Pacific Ocean for a few lessons. There you will see that islands as small as ones with populations no more than several tens of thousands have become independent and joined the United Nations.

In these island states, in order to safeguard the self-support and self-existence of peoples, each individual, “self-conscious of self-government,” has chosen the path to independence.

“Peoples’ right to self-determination” is guaranteed in international law. It goes without saying that Ryukyu can also be independent of Japan.

In the days to come, the government of Japan will try to control and manipulate Ryukyuans with money in the name of “economic stimulus and development,” the real objective being the promotion of more base construction everywhere beginning at Henoko.

However, the Ryukyuanesia with a long history and deep-rooted culture as well as abundant nature will never sell our pride as a people, our life in peace, and our splendid natural environment to anyone for money.

Our great leader and pioneer of “Okinawa Struggles”, the late Shoukou Ahagon of Iejima, roared “Land lasts ten thousand years; money just a meager year” and fought the U.S. military against forced taking of Ie Island’s land.

In order not to allow any more land of Ryukyu to be used for U.S. military basing, we declare independence from Japan. And on attaining independence, we will at once return the existing U.S. military bases to Japan that is so fond of them.


                          Memorial Day, 23 June 2010

              Submitted by Yasukatsu Matsushim and Kinsei Ishigaki

              Contact mail address:matusima345@yahoo.co.jp


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参議院選挙と琉球の政党

沖縄大学で行われた「ブータンから学ぶ沖縄の幸福」講演会では、緒方所長はじめ、所員の皆様に大変お世話になりました。インドや中国という大国のはざまにある、小国・ブータンの政治経済、文化政策が琉球は多くのことを学ぶことができると確信しました。島嶼国だけでなく、山間の小国も琉球の将来を考えるときに参考になります。

6月23日に独立宣言を発出しましたら、當銘さんの車に乗せてもらい、平和の礎、魂魄の塔に祈りを捧げました。また首里城周辺に生き、琉球国の意味を考えました。嘉手納さん、當銘さんとともに琉球独立について深く話しあうことができ、大変良かったです。


6月15日の琉球朝日放送が、参議院議員選挙について報じていますので、お伝えします。



来月行われる参議院選挙に向けて各政党の動きが非常に慌ただしくなっています。政党間の激しい駆け引きと難航した候補者選びについて岸本記者のリポートです。

先月、共産党の沖縄県委員会を訪れた社民党県連の新里委員長と社大党の大城副委員長。

社民党新里委員長「沖縄で何とか3党の統一候補を作れないものかどうか」

社大党大城一馬副委員長「私ども、社大党も」「喜納昌春(社大党)委員長が出馬を断念したということを受け」「一緒に話し合って、超党体制が出来ないかどうか」

参院選に向け、統一候補の擁立を共産党に打診しましたがー

共産党前田政明県議「私達としては逆に、今幅広い支持を広げている伊集さんが最高の候補者ですから。是非、みなさんの中で検討して頂いて」

共産は、党として推薦する医師の伊集唯行さんを社民・社大が支援してほしいと逆提案。

新里委員長「もうこれ以上話をしてもしょうがないと感じました。我々も皆さんに幅広い共闘を求めて勝つために統一候補をと言ってきた訳ですから。」

政府に普天間の「県内移設断念」を迫る統一候補の擁立が崩壊し分裂選挙が決まった瞬間でした。その後、独自候補の擁立にかじを切った社民は、12回もの会議を重ね党書記長の仲村県議を公認とする方向で調整しますが仲村県議は「出馬の環境にない」と辞退。

仲村県議「私の体制が整わないということに尽きる。理由は私の態勢の力の無さです」

結局、党の公認候補は立てず、沖縄平和運動センターの山城事務局長を党として推薦することで決着しました。

民主党喜納昌吉代表「きょうお客さんが少ないのは、やっぱり民主党に対する批判が強いのかなと思いながら(東京から)帰ってきたんですけど。」

一方、普天間の県外・国外移設を掲げる民主党県連は辺野古移設を日米合意した党本部とのズレから決まりかけていた那覇市議の擁立をおととい急きょ断念。

新垣幹事長「政府としては、日米合意は追認していくという立場ですから」「県民の思いを踏まえた時に、今回、こういう形で民主党県連が退いて、譲る形になったのは理解してもらえると思いますし」

一方、自民党は、与党でありながら候補者を立てない民主党を強く批判。

稲嶺恵一特別顧問「政権をとっているのは民主党なんですけど、民主党県連さんは、どこか外国の党みたいに全く中央と違うことを言っているんですね。大変、こんがらがっていると思います。」

衆参あわせて唯一の自民党国会議員となった島尻さんの再選に全力を挙げています。結局、辺野古移設に賛成する幸福実現党の金城竜郎さん以外は、民主党政権がまとめた辺野古移設の日米合意には3候補者ともに反対する構図で、有権者は争点が見えにくくなる中で難しい判断を迫られそうです。

去年の政権交代からこれまで普天間移設問題が全国的にも強い注目を集める中で、今回の国政選挙で県民が誰を選ぶのかは、政府や、他の都道府県に住む人達にも沖縄からの大きなメッセージとして伝わります。

民主党が独自候補の擁立を断念した背景には11月の知事選で、社民や共産とも協力したいという理由もあったようですが、今回の参院選も非常に重要な選挙ですから、各政党は、有権者が誰に投票すればよいのか判断しやすいように玉虫色ではないはっきりした政策を打ち出してほしいものです。

今日から琉球に行きます:ブータンと琉球

今日、琉球に行きます。
あす、午後、沖縄大学において、私が「島嶼社会幸福論」の講演、ブータンを調査された沖縄大学の教職員の方の報告がおこなわれます。

島嶼・琉球は、GDP/GNPではなく、GNH国民幸福度を社会経済発展の目安にすべきだと思います。会場の方々と真剣な議論ができれば幸いです。




昨日の独立宣言について少し補足します。

私は石垣島で生まれ、これまで沖縄島中心のものの考え方を『琉球の「自治」』等で批判してきました。独立宣言でも「沖縄、沖縄人」を使わず、「琉球、琉球人」を使っているのもそのためです。

本宣言では「王国」を全面的にだしたのは、現在の沖縄県という従属的な状態が時期的に短く、異常な自体であることを強調するためでした。

日本国という「国民国家」を超えるために独立宣言をし、今後、独立運動を世界的に展開していきたいと考えています。私は近代国民国家の再生産ではなく、琉球らしい海洋島嶼国の形成を目指しております。

これまでの琉球の社会科学研究は、琉球が日本の一部であることを前提に研究がすすめられてきましたが、世界の島嶼国との比較、琉球が独立国になるための過程論、独立後の経済運営のシュミレーション、島嶼国型国家のネットワーク論等、琉球が日本国とは別の政治体(つまり国)であることを土台にした、客観的で具体的な研究があまりありません。

小生は、そのような研究も進めつつ、その研究成果を踏まえて独立のムーブメントをつくることができればと思っています。

琉球は自らの被害者性を主張するだけでなく、加害者としての側面を乗り越えなければなりません。現在の最大の加害者性は、琉球に基地が存在していることです。その基地を撤去するには、日本国から独立しかないと思ったゆえに、独立宣言を呼び掛けさせていただきました。

琉球独立については多くの思い、ご意見があり、それを巡る議論も活発であっていいと思います。さらに、多くの独立宣言が琉球人から出され、独立運動が盛んになることも重要です。


昨日以来、賛同人の申し込みが何件か来ております。23日当日このブログ「ゆいまーる琉球の自治」に約150人の人がアクセスしました。関心の高さを示しています。これからも地道に琉球独立の運動と研究を続けていきたいと思います。

琉球自治共和国連邦独立宣言

             プレスリリース



2010年6月23日(慰霊の日)において「琉球自治共和国連邦独立宣言」を発表します。独立宣言は英訳、中国訳、仏訳を進めており、関係政府、国連、国際機関や組織、マスコミに配布する予定です。

本プレスリリースは、宣言文本文のほか、2010年6月22日現在の賛同人一覧を添付しています。

独立宣言の理由や背景、琉球国の将来像等については、松島泰勝が藤原書店から来月刊行される雑誌『環』第42号に寄稿した論考をご参照ください。

以上ですが、どうぞよろしくお願いします。


                             松島泰勝(ゆいまーる琉球の自治)







                琉球自治共和国連邦
          独立宣言


 2010年、われわれは「琉球自治共和国連邦」として独立を宣言する。現在、日本国土の0.6%しかない沖縄県は米軍基地の74%を押し付けられている。これは明らかな差別である。

2009年に民主党党首・鳩山由紀夫氏は「最低でも県外」に基地を移設すると琉球人の前で約束した。政権交代して日本国総理大臣になったが、その約束は本年5月の日米合意で、紙屑のように破り捨てられ、辺野古への新基地建設が決められた。

さらに琉球文化圏の徳之島に米軍訓練を移動しようとしている。日本政府は、琉球弧全体を米国に生贄の羊として差し出した。

日本政府は自国民である琉球人の生命や平和な生活を切り捨て、米国との同盟関係を選んだのだ。

琉球人は1972年の祖国復帰前から基地の撤去を叫び続けてきたが、今なお米軍基地は琉球人の眼前にある。基地があることによる事件・事故は止むことがない。

日本国民にとって米軍の基地問題とは何か?琉球人を犠牲にして、すべての日本人は「日本国の平和と繁栄」を正当化できるのか?

われわれの意思や民族としての生きる権利を無視して米軍基地を押し付けることはできない。いまだに米国から自立することができない日本国の配下にあるわれわれ琉球人は、絶えず戦争の脅威におびえ続け、平和に暮らすことができない。

 琉球人はいま、日本国から独立を宣言する。奄美諸島、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島からなる琉球弧の島々は各々が対等な立場で自治共和国連邦を構成する。

琉球は三山時代(14C半ば~15C初期)を経て、1429年に琉球王国として統一された。その後1609年、薩摩藩は琉球王国に侵略し、奄美諸島を直轄領とし、琉球王国を間接支配下に置いた。

1850年代半ばに琉球王国は米・蘭・仏と修交条約を結んだ。1872年に日本国は琉球王国を一方的に自国の「琉球藩」と位置づけ、自らの命令に従わなかったという理由で1879年、「琉球処分」を行い、「琉球王国」を日本国に併合した。

その後、琉球王国の支配者たちは清国に亡命して独立闘争を展開した。日本国に属した期間は1879年から1945年、1972年から2010年までのわずか104年間にすぎない。琉球が独立国であった期間の方がはるかに長いのである。

太平洋の小さな島嶼国をみると、わずか数万の人口にすぎない島々が独立し国連に加盟している。これらの島嶼国は、民族の自立と自存を守るために、一人ひとりの島民が「自治的自覚」を持って独立の道を選んだのである。国際法でも「人民の自己決定権」が保障されている。琉球も日本国から独立できるのは言うまでもない。

これからも日本政府は、「振興開発」という名目で琉球人を金(カネ)で支配し、辺野古をはじめとする基地建設を進めていくだろう。

長い歴史と文化、そして豊かな自然を有するわが琉球弧は、民族としての誇り、平和な生活、豊かで美しい自然をカネで売り渡すことは決してしない。平和運動の大先達・阿波根昌鴻は「土地は万年、金は一年」と叫び、米軍と闘った。

われわれ琉球人は自らの土地をこれ以上、米軍基地として使わせないために、日本国から独立することを宣言する。そして独立とともに米軍基地を日本国にお返しする。

                                   
                          2010年6月23日 慰霊の日に
                          呼びかけ人 松島 泰勝
                                石垣 金星




                      賛同人 

2010年6月22日現在


前利潔(沖永良部島) 
上勢頭芳徳(竹富島)

内間豊(久高島)
新元博文(奄美大島宇検村)

高良勉(沖縄島南風原)
謝花悦子(わびあいの里)

平恒次(イリノイ大学名誉教授)
久岡学(奄美大島龍郷町)

森本眞一郎(1609年を考える奄美三七の会)
山田隆文(鹿児島在住奄美大島出身者)

照屋みどり(沖縄島豊見城)
本村紀夫(宮古島)

渡名喜守太(琉球弧の先住民族会)
島袋マカト陽子(琉球センター・どぅたっち)

勝方=稲福恵子(早稲田大学)
上原成信(一坪反戦関東ブロック)

石坂蔵之助(沖縄市泡瀬)
喜久里康子(沖縄市民情報センター)

当真嗣清(琉球弧の先住民族会)
島袋倫(ウチナーグチ振興研究家)

アイヌ・ラマット実行委員会
藤原良雄(藤原書店)

西川潤(早稲田大学)
上村英明(市民外交センター)

竹尾茂樹(明治学院大学)
佐藤幸男(富山大学)

大林稔(龍谷大学)
西浜楢和(沖縄通信)

中村尚司(龍谷大学)
崔真碩(広島大学)

手島武雅(先住民族政策研究者)
日比野純一(FMわぃわぃ)

徳之島と沖縄島との連帯

昨日は、神戸の長田に拠点をおく、FMわぃわぃの日比野さんの話を学生とともに伺いました。他民族、身障者、老人から子供までが、同じ地域でくらす道具として地域FMが大きな力を果たしていることを学びました。また、関東大震災のような虐殺事件が行いように、在日の方が自衛のためにラジオ局をつくり、正しい情報を流そうとしたという、背景も伺いました。

長田には徳之島の方が多く住んでおられるようです。琉球文化圏の放送とともに、アイヌ、ラテンアメリカ、アジアの各民族の放送もあり、民族同士が地域の中でともに助け合って生きているという、実例を伺いました。困難にめげずに、地域をつくりあげる人間の力強さを学びました。


6月18日南海日日新聞で米基地移設に反対する報告集会が徳之島で開かれたとの報道がありましたので、お伝えします。

基地によって島が発展しないこと、基地によって島が二分され、共同体の絆がこわれることを、沖縄島から学びながら、徳之島の方が団結して、基地移設に反対する運動を展開しています。




米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設に関する日米共同声明で、海兵隊など米軍の一部移転先に明記された徳之島で17日、伊仙町議会主催の「米軍普天間基地調査報告会」が同町中央公民館であった。

視察した普天間飛行場を抱える宜野湾市や反対運動を行う辺野古住民らとの意見交換について各議員らが報告し、基地移設反対をあらためて訴えた。意見交換では、若者の参加を呼び掛ける声も上がった。

 会場には基地移設反対を呼び掛けるTシャツ姿など多くの住民が足を運んだ。常隆之議長が「まず現地を知ろうと視察を行った。賛成派もいるが、島民同士が傷付かないように反対運動を行っていこう」などとあいさつした。

 徳之島案が浮上した経緯などについて、オブザーバーとして参加した大久保明町長は「徳之島にも沖縄にも基地はいらない。軍縮が必要だ」と指摘しつつ、「日米共同声明から徳之島が削除されるよう運動を繰り広げていこう」と訴えた。

 普天間飛行場を抱える宜野湾市の現状について報告した美島盛秀議員は、同市基地政策部基地渉外課から説明を受けた騒音被害調査結果などを報告。

振興策については「一時的にはもうかったようだが、今では多くの建設業者が倒産しているようだ。基地が出来ても潤うことはない」と断言した。

 基地移設に反対している名護市辺野古のヘリ基地反対協のメンバーとの意見交換について報告した上木勲議員は「沖縄と連帯し、基地が国外に移設されるように頑張ろう」と呼び掛け、「辺野古に負けない姿勢を示さなければ解決はない」と一層の連携強化を訴えた。

 意見交換があり、報告会の再開催などの要望のほか、若者の参加に期待する声も上がり、会場から拍手や声援が飛び交った。

 基地問題に対する基本姿勢について議員らは、それぞれ移設反対の姿勢を示したが、島民が二分しないよう慎重な行動を求める発言もあった。

奄美諸島への移住、Uターン

昨日は、社会経済史学会において南アフリカの土地、移民、財閥についてのパネルディスカッションに参加しました。白人から土地を奪われた黒人が、「土地を返せ」と叫んでアパルトヘイトを廃止したことと、基地によって琉球人の土地が奪われている現状とが重なりあいました。


6月13日の南海日日新聞で奄美諸島へのUIOターンについて記事がありましたので、お伝えします。2007年に奄美大島で、ゆいまーるの集いを開いたとき、花井さんがUIOターンの重要性を力説しており、手弁当で「奄美の寅さん」として、親身に移住に関心がある人の、お世話をしていました。

今年、沖縄大学で開いた国際開発学会の研究部会でも、名古屋大学の東江さんが奄美のUIOターンに関する研究報告をされたことも思い出します。

また、前働いていた大学の学生が、大島高校の生徒さんにUターンに関する詳細な調査をして、卒業論文を書いたこともありました。宇検村でも子供を含む家族の移住を促進する政策をおこなっています。

奄美諸島の人口は「日本復帰」以後、減少傾向にあります。奄美諸島振興開発をもっと、人に重点をおいて政策を再検討すべきではないでしょうか。





奄美の文化を知り、島の暮らしを楽しむ奄美市生涯学習講座の新講座「UIOターン・転勤族サポート教室」が12日、同市名瀬の金久分館で開講した。初日は9人が受講。奄美の歴史を学んだ。

 教室は奄美のトラさんこと、花井恒三さん(63)が主宰する。奄振事業でUIOターンの意向調査や実証事業を進めたところ、「住んだ後のフォロー」を指摘され、教室を開設することにした。

 受講者は学校の教職員やIターンのOL、転勤族など。「子どもたちが島唄を歌う。同じ県でありながら文化の違いを感じ、興味を持った」「3年間住んだ。島のことをもっと知りたいと思った」と受講のきっかけを話した。

 初日は奄美博物館の久伸博さんが「奄美の歴史」をテーマに講話した。「奄美の山にはグスクと呼ばれる城が多くある。少ない人数で戦うためには山の方が都合がいい。本土の城も初期のものは山に多く造られている」などと述べほか、ノロ(祝女)の役割、戦後8年間米軍政下にあったことを説明した。

 教室は毎月2回(第2、4土曜日の午前10時~正午)、合計16回を予定。奄美の言葉や森の楽しみ方など幅広いテーマを取り上げる予定。

マーシャル諸島の自殺問題、パラオと台湾の医療協力、タロイモの市場化

昨日は、日本平和学会の「琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和」分科会におきまして、勝俣先生、竹尾先生、尾立先生、竹峰さんには大変お世話になりました。私も琉球における振興開発の軍事化を、グアム、ミクロネシア諸島と比較する発表を行うとともに、「琉球独立」に関する研究と運動の必要性を説明させていただきました。

今日は、社会経済史学会の南アフリカに関するパネルディスカッションで司会をさせていただきます。南アフリカの経験から多くのことを学びたいと思います。



急激な近代化により、島嶼の都市部において自殺者の増加という問題がみられます。
グローバリゼーションが社会を崩壊し、青年の心を混乱させているといえます。



5/24 PIR
 マーシャル諸島の自殺率上昇問題に対する対策が実施されていない

2003年において26人のマーシャル諸島人が自殺した。これは2000年の自殺率に比べて300%も増大したことになる。そのほか、同年の自殺未遂者は42人にのぼった。

同国の人口は5万5千人であるが、その1人当たり自殺率は世界で最も高い水準に達している。しかし、政府全体の予算は不足がちであり、担当部局の保健省の人的サービス事務所の人員も足りない状況にある。

1990年代を通じて、年平均10.5人の自殺者が記録された。1970年代から、マーシャル諸島や他のミクロネシア諸島において、特に15歳から30歳の男性の自殺率が高かった。その原因として、伝統的な社会生活・慣習と、近代的なアメリカ文化との間で、若い島の男性が自らの社会的役割を見失ったことにあるとされてきた。


台湾は島嶼民が本当に必要としていることにたいして、きめ細やかな支援活動をしています。建物やインフラを建設したら終わりでなく、人と人とを結ぶ支援を地道に行っている姿を島々に行ったとき、拝見することが多いです。



5/26 PIR
 パラオと台湾との間で医療面での協力関係が進んでいる

レメンゲソウ大統領は、パラオと台湾との医療分野における協力関係の1つとして、台湾にパラオから医療患者を送ることを考えていると述べた。

最近、大統領が台湾を訪問した際に国立台湾大学病院を視察した。大統領は、同病院は台湾内で有名であるだけでなく、世界的水準からしても評判のよい病院であると述べた。

現在、パラオ政府はフィリピンとハワイにパラオからの患者を受け入れる事務所を持っている。また、大統領は、台湾との協力の1つとして、今後、台湾にパラオ人医者を派遣して、技能を向上させ、遠隔医療を実施できるようにしたいと語った。


タロイモは島嶼民の自給自足にとって重要な作物であるだけでなく、市場作物としても価値を有していることがわかります。タロイモはほくほくして、腹もちのいい芋です。
タロイモの枯れ葉病を解決するための研究が琉球でできないでしょうか。




4/24 PIR
 サモアにおいてタロイモの不作が続いている。

サモアのフガレイ市場において販売されているタロイモの量が少なく、また味も劣ってきている。その原因は、台風被害の影響と、タロイモが高値で売買される米領サモアにサモアから高品質のタロイモが輸出されているからである。

今年3月、サモアの市場で取引されるタロイモの大きさは通常のタロイモの大きさの半分しかない。このようにタロイモの質が低下したのは、1994年にタロイモ枯れ葉病が流行したとき以来である。

今年3月におけるタロイモの価格はジャガイモ価格よりも36%高かった。4月におけるタロイモ価格はコメ価格の2倍に達している。3月に比べ4月のフガレイ市場に出荷されたタロイモの量は17%減少した。

ブーゲンビル自治政府、豪州の島嶼国への援助、ナウルと琉球

今日、日本平和学会に参加してきます。中味の濃い、物事の本質を明らかにし、「平和」の意味を考えるだけでなく、「平和」になるための具体的な方法についても議論が展開できればと思います。


2004年5月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。

パプアニューギニアに属する、資源が豊富なブーゲンビル島は独立を目指して武力闘争を展開してきました。現在、自治政府を樹立しています。



5/6 PIR
  国連がブーゲンビル島の武器の半分が破壊されたと発表した。

10年間、パプアニューギニアと戦闘を行っていたブーゲンビル島に残されていた武器の少なくとも半分が処分されたと、国連職員が安全保障理事会で報告した。

ブーゲンビル島における国連監視団が見守る中、ブーゲンビル革命軍とブーゲンビル抵抗軍は1588の武器を破壊した。

また、同島の10の地区のうち5の地区は武器処分プログラムを完了させた。分離独立派のリーダーであるフランシス・オナ氏が支配している地域においても、武器処分の進展はみられる。しかし、オナ氏は、同島の他のリーダーやパプアニューギニア政府との交渉を拒否し続けている。

オナ氏が指揮をとる軍隊の一部はまだ武器を処分していない。ブーゲンビル暫定州政府は、今年末ごろに選挙を行い、ブーゲンビル自治政府を樹立するための準備を進めている。


豪州は太平洋地域を非常に重視しており、援助活動を積極的に行っています。その背景には、中国、台湾による島嶼国援助の拡大という側面と、自国の新植民地主義の現れという面があります。



5/11 PIR
  豪州政府の太平洋諸国に対する援助額が2倍に増大する。

豪州政府の太平洋諸国に対する年間援助額が2倍に増大するが、増加額の大半はパプアニューギニアとソロモン諸島に提供される。

7月に始まる新年度における、豪州のパプアニューギニアに対する援助額は前年度比で27%増大する。金額にすると7100万米ドル分の増加であり、パプアニューギニアに対する援助額は総額で3億300万米ドルとなる。ダウナー豪州外相は、パプアニューギニアのガバナンスが急激に悪化しており、同国の経済と安全を脅かしていると述べた。

他の太平洋諸国に対する豪州の援助額も前年度比で2倍に増え、1億2200万米ドルから2億6600万米ドルになる。豪州はソロモン諸島に対して1億3900万米ドルの援助を提供する。

その援助金の半分は、昨年、ソロモン諸島の治安維持のために派遣した太平洋地域支援ミッションであるRAMSIに提供される。RAMSIは、未開発で不安定な太平洋諸国に対する豪州のより強固で実践向きの支援方法であると、ダウナー外相は語った。


豪州は、自国に来た政治難民をナウル、パプアニューギニアに援助金と交換に引き受けを押し付けています。自国民が嫌がることを、島に押し付けるというのは、日本国が琉球に基地を押し付けているのと同じ構造です。琉球は世界の被植民地地域のひとつであることが分かります。

琉球もナウルと同じ状況にあるのです。



5/17 PIR
  豪州がナウルを引き続いて難民収容地として利用する。

豪州政府のバンストーン移民大臣は、ナウルの難民収容センターにいる難民の数がたとえ半分になっても閉鎖しないと述べた。

豪州政府は最近、アフガニスタンの幾つかの地域における状況が変化したことを理由に、ナウルにいるアフガニスタン人92人に対し難民としての地位を与えた。

豪州の野党である労働党は、収容所の難民の数は急激に減少しており、難民をナウルに収容する政府の政策は費用がかかりすぎており、これ以上続けることができないと主張した。しかし、バンストーン大臣は、豪州に難民を上陸させないことが、豪州への密航を防ぐ最もよい方法であると述べた。

独立を求める仏領ポリネシア、ツバル信託基金、トンガとイラク

2004年6月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。

仏領ポリネシアは現在、フランスの植民地です。そこにおいて、独立運動を展開しているのがテマル氏です。
かつて私はタヒチとボラボラ島に行ったことがあります。フランスの植民地であることを実感しました。
琉球もテマル氏から学ぶ必要があります。



6/14 PIR
  テマル氏が仏領ポリネシアの新しい大統領に就任する

仏領ポリネシア議会は、独立派のリーダーであるオスカー・テマル氏を新しい大統領に選出した。同議会における演説の中で、テマル氏は、今後10年から20年後に仏領ポリネシアが独立することを目的にした協定をまとめるために、フランス政府が支援するよう求めた。

また、テマル氏は、経済面においては観光業と真珠養殖、文化面では、日常生活の中での仏領ポリネシア語の使用促進を、2つの優先課題として掲げた。

さらに、テマル氏は、同地域の自決権を行使するために政治的、経済的、社会的条件が熟するであろう、10年、15年、20年後に、仏領ポリネシアの政治的独立を実現させたいと述べた。



信託基金の方式は、キリバス、ミクロネシア諸国という、島嶼国でも活用されています。琉球も採用したい方法です。



6/21 PIR
  ツバル信託基金の運営方法が賞賛を浴びている

ツバル政府により運営されている信託基金が、発展途上国における財政の透明性を改善する一つのモデルとして評価されている。

反汚職運動を推進しているグループである「国際透明性」は、その宣言において、ツバルの信託基金は顕著な成功を収めていると述べた。その信託基金が成功している理由の一つは、信託基金の運用に際して、ツバルの国民自身が参加していることにあるとされている。

ツバルの国民は、自らの優先順位に基づき、基金のうちどれだけ使用するのかを決定する。国民各自は信託基金について意見を述べることができるが、それが圧力になって政府は説明責任を果たそうとしている。


トンガ軍が米軍と協力してイラクで活動をしています。
米軍と太平洋諸島民との出会いは太平洋戦争中にまでさかのぼることができます。タヒチにも米軍がおり、日本軍の襲来にそなえた軍事施設を設置していました。



6/14 PIR
  トンガ軍がイラクに向かう

44人のトンガ兵士が米海兵隊部隊と行動するためにイラクに向かう予定である。首都ヌクアロファで送別のパレードが行われたが、その際、トンガのアタ首相は、次のように述べた。

第二次世界大戦中、日本軍からトンガ、太平洋諸島を守るために米軍がやって来たころのことをトンガは記憶している、と。トンガ軍の広報官は、兵士の志気は高く、6ヶ月間の派遣を楽しみに待っていると述べた。

知の政治経済学

ましこ・ひでのり、さんから『知の政治経済学』三元社を送っていただきました。心よりお礼申し上げます。
ましこさんとは、私が早稲田大学の大学院生時代に、東京で活動をしていた「沖縄関係学研究会」においてともに、
琉球について議論させていただきました。

あれ以来、お会いしていませんが、あの時の議論の内容が詠みがってくるご本でした。下の本の案内にありますように、既存体制をひっくり返そうとする、大変、革命的な考えをされるだけでなく、お名前の表記にもこだわるという、実践をされています。

既存体制の表層を論じる、眠たくなるような議論が多い中、目を覚まさせる社会学の一つであると思います。





疑似科学を動員した知的支配の政治経済学的構造を、社会言語学・障害学等をもとに論じる「あたらしい知識社会学」のための序説。知の威信秩序とその格差構造、社会科学の射程および境界、「日本語特殊論」をはじめとする「言語論」、沖縄島への米軍基地集中を合理化する地政学的議論など、既存の体制への挑戦。
【目次】

はじめに 11

序章 問題の日常的忘却としての「NIMBY(Not In My Back Yard)」を中心に 29


第1部 人文・社会科学の政治経済学序説

第1章 知の序列──学術の政治経済学序説 53

1.「職業の貴賎」と「学術の序列」 53
  1.1.「職業の貴賎」と社会学の階級階層論 53
  1.2.自己省察の対象としての「学術の序列」 55

2.「学術の序列」の基本構造 57
  2.1.学術の諸領域の格差 57
  2.2.スポーツとの比較 61

3.「学術の序列」の社会的基盤 62
  3.1.テクノクラシーにとっての学術知 63
  3.2.大衆的権威主義 67
  3.3.「みせびらかしの消費」としての学術 74

4.世俗的価値の反転としてのアカデミズム 77
  4.1.非実学=精神的貴族の証明としての「哲学」 78
  4.2.身体蔑視の価値観 81

5.おわりに 84

第2章 社会科学の射程=境界線・再考──狭義の社会科学と広義の社会科学 85

1.はじめに 85
2.人文・社会・自然という領域の実態 86
3.言語科学のばあいを参考に 90

4.狭義の社会科学と広義の社会科学をかんがえる 97
5.予算獲得競争といった次元での政治労働をこえて 100
6.おわりに 102

第3章 科学の対象としての文化・再考──文化の社会学序説 105

1.研究対象としての「文化」 105
2.「下位文化」「大衆文化」の再検討 109
3.「生活文化」がてらしだす「文化」概念 114

4.科学的対象たりえる「文化」の諸相 118
5.おわりに 122


第2部 ことばの政治経済学 疑似科学=イデオロギー装置としての言語論

第4章 言語研究者の本質主義──近年の俗流言語論点描 1 131

1.はじめに:俗流言語論の存在基盤 131
2.日本語特殊論1:「漢字不可欠論」の新傾向について 133
3.日本語特殊論2:「カタカナ」語論をめぐって 136

4.専門家支配の追認=無自覚な偽善としての「いいかえ」 141
5.おわりに 144

第5章 漢字依存と英語依存の病理──近年の俗流言語論点描 2 147
1.はじめに 147
2.近年の漢字表記論点描:いわゆる「人名用漢字」をめぐる騒動を中心に 149
  2.1.「人名用漢字拡大案」騒動 149
  2.2.対「中国」の文脈での漢字表記 154
  2.3.「日本事情」系(?)の漢字論 155
  2.4.脳科学系の言語教育論 159

3.近年の英語教育論の動向点描:早期教育の是非/いわゆる国際化/表記論など 162
4.そのほか 164
5.おわりに 165

第6章 日本語特殊論をつらぬく論理構造──近年の俗流言語論点描 3 167

1.はじめに 167
2.表記体系の「特異性」論:3種類のまぜがき表記体系を中心に 170
  2.1.「社会的事実」としての「3種類のまぜがき」の自明性 170
  2.2.知的反動としての日本語表記特異論 171

  2.3.漢字表記混入による、はなしことば体系への影響の検討 173
  2.4.盲人など、非識字層の言語意識 177

3.「日本の美の象徴」としての「敬語」 178
  3.1.あらたな本質主義=知的反動としての1990年代 178
  3.2.特殊性/美化/有用性 181

  3.3.権力/親疎関係と敬語 184
  3.4.「フェミニズム言語理論」批判という知的反動 186
4.おわりに 192

第7章 辞書の政治社会学序説──近年の俗流言語論点描 4 195

1.はじめに 195
2.安田敏朗『辞書の政治学』をもとに 196
  2.1.理念としての記述主義と現実としての規範主義 196
  2.2.『問題な日本語』の提起する問題群と提起自体の問題性 205

     2.2.1.表記法および「よみ」の並存状況 206
     2.2.2.転化問題についての説明原理 210
3.教養主義と権威主義のたそがれ 215

第8章 日本語ナショナリズムの典型としての漢字論──近年の俗流言語論点描 5 221

1.はじめに 221
2.固有名詞表記および同音対立をめぐる漢字不可欠論 223
  2.1.「苗字」など固有名詞表記の合理化論 223
  2.2.「オトよりも表記が本質」とする議論1:伝統主義にたつ書家のモジ論 229

  2.3.「オトよりも表記が本質」とする議論2:地名の漢字表記擁護 237
3.現状/前史の合理化イデオロギーの政治的意義 241
4.おわりに:疑似科学としての日本語論をこえて 245

第9章 公教育における第二言語学習の選択権──言語権とエスペラント履修 249

1.はじめに 249
2.第一言語以外をまなばせる公教育空間の社会的機能 250
3.「言語権」からみた、公教育における第一言語/第二言語 254

4.生徒/教員の言語権覚醒の媒介項としてのエスペラント:あらたな言語権の確立 258
5.おわりに 266


第3部 配慮と分離の政治経済学

第10章 新憲法=安保体制における受苦圏/「受益」圏の分離・固定化としての琉日戦後史
──「復帰」をはさむ、2つの4半世紀に貫徹する「1国2制度」 273

1.はじめに 273

2.「施政権返還」(1972年)=《ふしめ》によってわけられる2つの4半世紀 274
3.?4半世紀「新憲法」のソトにあった琉球列島への「本土」のまなざし 280
4.「新憲法」のもとにはいった琉球列島の4半世紀と「本土」のまなざし 287
5.駐留軍用地特別措置法「改正」の意味再考 294

第10章 補論 日本国憲法下における沖縄人の地位
── 代理署名拒否訴訟「沖縄県第三準備書面」を素材にした日本国憲法再読 303

1.はじめに 303
2.背理法により、「沖縄人を日本人にふくめない」現状を論証する 305
3.「違憲状態」をのりこえるために 313

第11章 イデオロギー装置としての戸籍──戦後沖縄にみる戸籍制度周辺の諸矛盾を中心に 317

1.はじめに:日本の戸籍制度の特異性 317
2.施政権返還後の、いわゆる無国籍児の事例をめぐって 322
  2.1.「集団無責任」体制としての実務家集団 322
  2.2.戸籍簿と住民登録の癒着 326

3.沖縄戦による「滅失戸籍」再製がうきぼりにするもの 333
  3.1.「臨時戸籍」の位置づけ:照射する官僚主義=一元性至上主義 333
  3.2.通称ほか個人名の共存状態 337
4.おわりに 344

第12章 障がい者文化の社会学的意味 347

1.マイナーな知識としての障がい者文化 347
2.障がいゆえの文化と社会的文脈ゆえの文化 350
  2.1.障がいと技術革新 350
  2.2.多数派社会による規定 351

  2.3.多数派にとっての「常識」への妥協 352
  2.4.障がい者文化の自立性と差別意識 355
3.障がい者の多様性とネットワーク 356

  3.1.聴覚障がい者のなかの異質性 356
  3.2.視覚障がい者のなかの多様性 357
  3.3.身体障がいの実態のバラつき 358

  3.4.障がいごとのグループ/ネットワークの差異 359
4.文化の維持と多数派社会 361
  4.1.家族ほか地域社会の障がい者文化への影響 361

  4.2.盲人/聾者にとっての近代公教育の意義 362
  4.3.全身性障がいにとっての収容施設の意義 365
  4.4.障がい者文化の再生産と多数派の視線 365

5.文化的アイデンティティと、ほかの障がいへの差別意識 367
  5.1.病理学的「障がい」概念の二重の基準 367
  5.2.被差別存在としての共通性と連帯意識 368

6.障がい者文化に社会学がとりくむ意義 369
  6.1.すぐとなりに共存する異文化としての「障がい者文化」の発見 369
  6.2.当事者による理論化をうながす意義 371

おわりに 373

米軍関係の事件、事故の増加

6月15日の沖縄タイムスに米軍関係の事件、事故が増加しているとの記事がありましたので、お伝えします。

米軍人は琉球を守っているのではなく、かえって危害を与える存在です。米軍、軍人の琉球に他する差別意識を変えることはできないのではないか。戦後、65年、米軍関係の事件事故は恒常化しており、小手先の対策も気休めにもなりません。米軍を琉球の土地から撤去するための手立てを考えなくてはなりません。




米軍関係者の事件・事故の再発防止策を話し合う日米ワーキングチームの第19回会合が14日、那覇市の外務省沖縄事務所であり、県警は今年1~4月の米軍関係者の検挙件数が26件(前年同期間比2・2倍増)、30人(同2・7倍増)に上ることを明らかにした。

 一方、米軍は12日午前0時から、陸海空海兵隊すべての軍人を対象した基地外のバーやクラブなどへの立ち入り禁止措置に加え、4軍それぞれの基準で一部兵士を午前0時以降、外出禁止にしたと説明。生活巡回指導地域を北谷町の砂辺防波堤とアラハ・ビーチに広げたという。

 外務省沖縄事務所によると、米軍が行う初任者研修はこれまで2~3年勤務の軍人が対象だったが、短期で駐留する兵士にも拡大するという。

 米軍は中部病院や恩納村役場などに米軍車両が侵入した事件を受け、米軍施設間の移動の際の運転経路も変更したと説明したが、どの経路で幾つ変更されたかは明らかにされていない。

 米軍の措置は一定期間実施された上で、将来は見直しが行われるというが、具体的な期間も示されなかった。

菅政権と奄美諸島

6月9日の南海日日新聞に菅政権誕生に対する奄美諸島の人々の反応についての記事がありましたので、お伝えします。

奄美諸島各地、沖縄島まで、島々の方々の声が掲載されており、島ごとの顔が見えるような素晴らしいインタビュー記事だと思います。

菅政権は南の島々の方のことをしっかり考えて、責任を持った発言と行動をとるべきです。南の島々に負担を押し付ける政策を続けようとするなら、日本は大きな宝を失います。



 「透明感のある政治を実現してほしい」「首相がころころ交代し、期待していない」―。菅内閣の新しい顔触れが決まった8日、奄美群島内にも期待と不安が交錯した。政権交代から1年足らずでの新内閣発足。庶民目線での改革を望む声が上がる一方、政治不信を口にする島民も多かった。

 喜界町の農業思井照也さん(54)は「自民政権時代に首相が次々と変わり、民主党に期待したが、1年足らずで代わってしまったことは残念。畜産農家としては、口蹄疫問題が緊急の課題で、国の初動の遅れも指摘されている。今回終息しても、次ぎの発生が懸念されるため、法を整備して対応マニュアルを作ってほしい。余計に負担している輸送コストも何とかしてほしい」と訴えた。

 景気回復や政策の実行を求める声も。奄美市名瀬の商業本田敦子さん(36)は「知らない人が多く、全体的には期待していないが、行政刷新担当相に就任した蓮舫さんは別。はっきりものを言うし、同じ子育て世代であり、共感できる。

子どものための施策を打ち出してほしい。政治に望むのは庶民が実感できる景気回復。普天間飛行場の徳之島移設は反対。地元が反対ななのにアメリカとの合意を優先させるのはおかしい」と話した。

 瀬戸内町の主婦森ヒロ子さん(65)は「前内閣では納得いかない施策や姿勢が目立った。特に普天間飛行場の問題だ。徳之島への移設は絶対やめてほしいという願いは奄美に住む者として持っているが、日本国民としても、どこにも米軍基地はいらないという気持ちだ。米軍による抑止力が必要なのか、考え直してほしい」と注文した。

 米軍普天間飛行場の訓練移転に反対する徳之島の自然と平和を考える会会長の椛山幸栄さん(55)は「脱小沢体制と若手の起用が斬新な雰囲気を国民に与え、支持率が上がったのかもしれない。普天間問題については、外務大臣なども再任し、日米合意を踏襲すると聞いており、期待はできない。

どのようなかじ取りをするのか注視していきたい。ただ、菅首相の市民感覚を期待したい気持ちはある。菅首相が日米声明を白紙撤回してくれることを望む」と力を込めた。

 また、普天間基地誘致推進協議会会長の谷岡一さん(57)は「新内閣は脱小沢体制のようだが、参院選を控えているだけに、支持率を上げるためには順当な選択。一方で参院選後の小沢氏の政治力の復活にも期待している。普天間問題については、鳩山政権が日米共同声明の土産を置いている。菅新政権も継承していくと聞いており、心配ない。

ただ、政局はまだ流動的だ。参院選までは静観したい」と語った。

 知名町の農業児玉富杢さん(77)は「農家には安心安全な農産物を消費者へ届ける義務があるが、その年の出来で価格が安定しないことも多い。所得を保障するとともに肥料価格を引き下げることで農家が安心して生産できるような体制を整えてほしい。

菅さんの年金未納や小沢さんの『政治とカネ』問題などで足を引っ張り合い、不安定な政権運営が続いている。透明感のある政治をしてほしい」と期待を寄せた。

 与論町の女性団体代表川畑エイ子さん(67)は「母親は子どもを生み、育てる命の原点。安心して出産できないのでは将来ビジョンが立てられない。

『命を守る政治』を実践できる菅さんであってほしい。普天間飛行場の徳之島移転問題はわたしたちの見えないところで政治取り引きされ、政治不信が募っている。一人でも多くの女性が社会参画して関心を持てるよう意識改革を訴えていきたい」と語気を強めた。

 奄美の反戦平和団体と連携するあらゆる基地の建設・強化に反対するネットワーク共同代表で沖縄県浦添市の元教諭當山全治さん(73)は「菅氏が(米軍普天間飛行場の返還問題について)日米合意を踏まえると明言したことは、辺野古への新基地建設を行うことを宣言したものであり、断じて許すことはできない。

日米安保の鎖でさらに沖縄や徳之島の民衆を苦しめるものだ」と不信感をあらわにした

日本平和学会「琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和」分科会の開催

昨日は、国際開発学会「島嶼社会の振興開発と内発的発展」分科会と龍谷大学民際学研究会共催による研究会を開催しました。雨でもかかわらず15人以上の方が議論に参加してくださいました。ご報告された三田さん、竹峰さん、中村先生、コメンテイターの大林先生に心より感謝申し上げます。

島嶼の開発と内発的発展の可能性について踏み込んだ議論ができたと思います。

今週土曜日19日、お茶の水大学で開かれる日本平和学会で次のような分科会が開かれます、ご関心がおありの方はご参加ください。




分科会⑦:琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和
責任者:松島泰勝

報告①:尾立要子(神戸大学)
「『海外県』」エメ・セゼール─島嶼の脱植民地化をめぐる考察から─」(※資料:地図)
討論:勝俣誠(明治学院大学)

報告②:松島泰勝(龍谷大学)
「琉球・太平洋諸島における開発と平和」
討論:竹峰誠一郎(三重大学協力研究員)

司会:竹尾茂樹(明治学院大学)

パラオと海面上昇問題、ニウエの過疎問題、バヌアツの伝統的生活

2004年6月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。
昨年、学生とパラオに行ったときヤシの木の倒木の現場をみました。海面上昇が原因と島の住民は言っていました。
豪州は自己の経済成長を追い求めるだけでは島嶼国から信頼されないでしょう。



6/3 PIR
  パラオ政府は豪州政府に対し二酸化炭素の排出を規制するよう求めた。

気候温暖化による海面上昇で太平洋の海抜の低い島々が大きな被害を受けるおそれがある。パラオも海面上昇によって被害を受ける島国の中の1つである。

ピエラントッチ・パラオ副大統領は、パラオはすでに通常ではない高潮によって被害を受けており、多くの作物が破壊されていると述べた。

パラオは、国連総会において気候温暖化問題を取り上げ、豪州や米国は太平洋島嶼国が気候温暖化によりどれだけ深刻な影響をうけるのかを理解し、京都議定書に署名するよう求めている。


ニウエはニュージーランドと強い関係のある国であり、ニュージーランドに自由に移住できます。その結果、過疎化が進み、島の生活に支障が生じています。島人の自治が問われています。



6/4 PIR
  ニウエの指導者達は、同国の海外移住者の帰国を呼びかけている。

ニウエの首相、駐ニュージーランド・ニウエ高等弁務官らは、同国出身者の帰国を促している。2万人のニウエ人はニュージーランドに定住しているが、ニウエには1300人しか住んでいない。

台風ヘタによりニウエのインフラが破壊され、現在、復興作業が行われているが、「誰のための復興なのか?」という疑問が生じている。

タケレシ高等弁務官は、ニウエの復興を他者に期待するのではなく、ニウエ人自身が行わなくてはならないと述べた。



島の近代化が進む中で、伝統的首長が危機の声を発しています。島にまだ存在するサブシステンスを基盤とした内発的発展を進めようとしています。




6/8 PIR
  バヌアツの首長が伝統的生活への回帰を求めている。

ニコレタン首長評議会のヌマニ首長は次のように述べている。23年間、バヌアツはウェストミンスター式の統治方式を導入しようとしてきたが、その結果、独立時に達成された社会的結合が破壊されてしまった。

また、バヌアツ政府は、政府組織の非効率性を正し民主主義を確立するために多くの資金を投じてきた。しかし、政府が本来、関心を向けるべき国民を無視してきた。

バヌアツの地方には政府の行政サービスがほとんど存在してない。バヌアツのすべての首長達は、数千年にわたりこの国で維持されてきた我々独自の統治システムを発展させるべきである、と。

ミクロネシア諸島間の協力、グアムの軍事的重要性、捕鯨をめぐる豪州と日本との対立

今、東京に来ています。昨晩は大変おいしい韓国料理を食べました。
6月23日の慰霊の日までに大変、重要な宣言を行います。



2004年7月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。

ミクロネシア諸島のリーダーたちが、島嶼性によるさまざまな問題を解決するために協力しあっています。
遠隔教育、遠隔医療などを島嶼国、島嶼地域がともに協力しあうことは、琉球の島々にとっても大変、参考になります。



7/14 PIR
  ミクロネシア諸島の指導者たちが同地域における協力について議論した。

サイパンにおいて、ミクロネシア諸島の指導者(北マリアナ諸島のババウタ知事、グアムのカマチョ知事、ヤップのルエチョ知事、パラオのレメンゲサウ大統領)が集まり、ミクロネシア地域における医療センターの開設、「衛星学校」建設案の見通し、観光業の振興について話し合った。

医療作業グループからは、ミクロネシアの離島から患者をハワイ、フィリピン等に輸送する費用を削減するために、グアムにミクロネシア地域医療センターを設置する案が出された。

また、教育作業グループは、教員が離島に直接行かず、学校を建設せず、島にいながら子供たちが教育を受けることができる「衛星学校」案の実現可能性について検討している。

そのほか、アジア諸国における旅行見本市におけるミクロネシア観光の宣伝の必要性、地域内における金属のリサイクル、漁業管理についても話し合いが行われた。


グアムでは商工会議所が米軍基地の拡張を経済的観点から求めています。しかし、基地に反対しているチャモロ人も少なからず存在していることを認識しなければなりません。軍人は基地を正当化するためにその経済効果を強調することがわかります。


7/21 PIR
  米太平洋艦隊司令官が、アジア太平洋地域における状況変化について語った。

グァム商工会議所において、「グァムの将来は大変明るい」と、ファーゴ米太平洋艦隊司令官が述べた。また、司令官は次のように述べた。

中国の経済成長が著しく、東南アジア諸国の経済活動も活発なアジア太平洋に対して世界の注目が集まっている。これまでの同盟関係は維持されるが、軍隊の迅速な展開が大切であり、軍隊の数よりもその能力の方が重要である。

また、軍はサイバー攻撃、生物兵器攻撃を含む新しい脅威にも対処しなければならない。グァムは戦略的な場所にあり、米国の領土であり、住民は軍隊を支持しているため、グァムと米軍との関係は今後さらに強化されるだろう。

グァムの米空軍作戦機能が日本に統合されても、グァムのアンダーセン空軍基地が縮小されることはなく、かえって拡大されるだろう、と。



豪州は捕鯨に関して日本を国際司法裁判所に提訴しています。日本の捕鯨政策の行方がとわれています。また太平洋島しょ国が日本の捕鯨に対してどのような立場をとるのかも注目されます。


7/21 PIR
  豪州政府はこれまで日本が多くの鯨を殺してきたと非難した。

豪州のキャンベル環境大臣は、日本やアイスランドが科学の名の下に多くの鯨を殺害してきたと非難した。また、大臣は次のように述べた。

来年は850頭の鯨が殺される予定であり、両国はすぐに捕鯨をやめるべきである。豪州も25年前にザトウクジラの捕獲をやめたところ、沿岸部に生息するザトウクジラの数が急速に増大した、と。

ブータンから考える沖縄の幸福

6月26日沖縄大学におきまして、小生が「島嶼社会幸福論」と題する講演を行います。ブータンの事例から島の本当の幸福、豊かさを考えてみたいと思います。お近くの方はぜひお越しください。






*第460回沖縄大学土曜教養講座「ブータンから考える沖縄の幸福」*

* *第1部「島嶼社会幸福論」

講師:松島 泰勝(龍谷大学教授、NPO法人ゆいまーる琉球の自治代表)


第2部「ブータンに見る地域の幸せ~ヒマラヤ小王国の暮らし~」

報告:沖縄大学ブータン調査チーム(緒方修、崔寧、稲垣暁、後藤哲志、寺井敦子)



日 時:6月26日(土)午後1時~4時30分

会 場:沖縄大学 3号館101教室

主 催:沖縄大学地域研究所

共 催:文科省選定「戦略的大学連携支援プログラム〈まちづくリスト〉」連携校(法政大学・
札幌学院大学・高知工科大学)

※聴講料無料、事前申込は不要です。



沖縄大学地域研究所 〒902-8521那覇市字国場555

Phone:098-832-5599(直通)/Fax:098-832-3220(直通)

八重山諸島の未来

5月19日の八重山毎日新聞に八重山諸島の未来と題する社説がありましたので、お伝えします。

東京の石原知事は、日米対等論者であったが、なぜ、琉球に米軍基地を置くことを是認するのでしょうか。自らの主張にも反する、対米従属的な発言だと思います。

公共事業の減少、観光業の不振等で移住者が本土に引き上げています。島の自然、文化、相互扶助の共同体という、島の豊かさを見直し、地域主導の内発的発展に重点をおいた道が、着実で、現実的な八重山の未来を切り開くと思います。外部の経済動向に左右されにくい、島の土地に根差した発展が今求められています。




■変わらぬ差別構造
 沖縄が日本本土に復帰して満38年の15日、県内では基地も核も戦争もない平和な世界を実現しようと恒例の5・15平和行進と県民大会が開かれ、さらに翌16日は5年ぶり5度目となる人間の鎖で基地を包囲する普天間基地包囲行動が県内外から1万7000人が参加してこの日も大雨の中行われた。

 27年間の米軍支配から念願の日本本土に復帰して38年、利便性は格段に向上した。しかし県民所得は依然最下位で自立発展への道のりはいまだ遠い。

 何より基地問題では、先日の石原都知事の「沖縄の人には気の毒だが、もう一回我慢してくださいというしかない」の発言に見られるように、どこが政権をとっても所詮は同じ。日米安保を理由に過重な基地負担を押し付ける日本の、いや日本国民の「厄介者は沖縄」への差別構造は変わらない。

 沖縄の自立経済に影響を与え続ける基地問題に、県民はいつまで振り回され、県政もいつまでエネルギーを費やさなければならないのか。27日の全国知事会議での論議に注目だが、同時にいつまでも基地を嘆いてばかりいられない。県民も未来を切り開く努力をさらに続けていかなければならない。

■自立遠い八重山経済
 ひるがえって基地の重圧のない八重山はどうか。確かに社会資本の整備は本土に引けをとらないほどに大きく進んだ。しかし八重山も経済的自立はまだまだ遠い。本郡経済を支えてきた公共事業は大きく様変わりし事業費は200億円台を切るなど激減の一途。

コンクリートから人への民主党政権では今後も期待できないが、離島経済の公共事業への依存度は強く、自然再生事業に知恵を絞る必要がある。

 八重山の中核産業の観光は、不況の影響をもろに受ける不安定な産業を改めて露呈し、新石垣空港開港後にも不安を与えている。沖縄ブームで観光客の増加とともに移住者も増え、自然破壊など一時期八重山の自然文化に不安を与えたが、今では移住者も本土に引き揚げ、ブームは沈静化した。

 一億総中流の時代が、日本経済は今や貧富の差が拡大する格差社会になっている。それに不況が加わり八重山観光や八重山経済にも大きな影響を与えている。

低額旅行商品の横行と外資の進出は、低賃金の非正規社員など雇用の不安定を生み、それは八重山のまつりを盛り上げるなど、せっかく新天地を求めてやってきた本土の若い移住者たちが「ここでは仕事も少なく賃金も安く、自然の良さだけでは暮らしていけない」と引き揚げの要因になった。

■未来志向で活性化
 経済を活性化するにはそれだけの人口規模が必要。しかしそれには使い捨てでない待遇面でも安定した職場と、そのための産業振興が必要。

公設市場通りはまだにぎわいを見せているが、別の通りは観光客減少の影響か、このところ空き店舗が目立ってきた。農業も不況の影響で黒糖が売れず、肉用牛も口蹄疫が追い討ちをかけている。

 このように「今の若者は将来どうなるのかわからないし可哀そう」といわれるほど現在の格差社会と不況は、八重山の若い世代の雇用と生活にも厳しい影響と不安を与えている。

 しかしだからといって悲観ばかりもしていられない。今の状況をどう打開していくか。先行きは確かに厳しいがぜひ未来志向でいきたい。まず3年後に開港する新石垣空港を活性化にどう生かすか。急ぎ論議の必要がある。本土に復帰して満38年、課題も多いがその分楽しみも多いと考えたい。

宇検村の親子山村留学制度

6月4日の南海日日新聞に宇検村における親子山村留学制度についての記事がありましたので、ご紹介します。

2007年11月に宇検村で、ゆいまーるの集いを開かせていただきました。その時にも新元さんはじめとする地元の方から、過疎化、休校化の危機についてお話を伺いました。久高島でのゆいまーるの集いでは、久高島留学センターの坂本さんが、留学センターの試みについて紹介して下さいました。南琉球では、鳩間島でも留学制度が長い間進められてきました。

宇検村では、親子で留学するという点が新しい試みだと思います。子供だけでなく、親も島の生活の豊かさを享受することができます。親の働く場所など、行政や村の方々の相互扶助の仕組みがしっかりしているからこそ、このような留学制度を実施に移すことが可能になったと思います。




休校の危機に直面している宇検村立阿室小中学校(藏滿直子校長、児童4人、生徒3人)で来年度から、U・Iターン世帯を対象にした「親子山村留学」制度が導入される。

住民らで組織する「崎原校区・阿室小中学校活性化対策委員会」は島内外への募集活動を本格化。同委員会の吉永常明会長は「子どもがいることで地域に活気が生まれる。1組でも年度内に誘致のめどが立てば」と期待している。

 同制度は阿室校の児童生徒数の増加を目的に、校区内の平田、阿室、屋鈍の3集落の空き家を改修してU・Iターン世帯を受け入れる。少人数学習による学力向上、自然体験活動を通した豊かな人間性の形成などを教育環境の特色に挙げる。

 里親制度と違い親子での転入が条件で、来年度の受け入れは最大5世帯。村は特典として転入生1人につき、月額3万円(最大3カ年)の助成金を支給する。空き家を利用する際の家賃は6500~2万5千円(初年度は半額)。体験入学も同時に募集している。

 宇検村教育委員会によると、阿室中は2012年度から4年間、生徒数がゼロになると予測される。村内で最も早く休校する可能性が高く、宇検村は昨年6月、同教委に児童生徒減少対策検討委を設置した。村は家屋改修(1軒当たり上限400万)、家賃補助など同制度を全面的に支援している。

 活性化対策委は昨年10月の発足から募集計画の立案や受け入れ態勢の整備に取り組み、5月にはパンフレット1000部が完成。今後は村と連携して奄美大島の他市町村や郷友会などへのPR活動を行う。

 活性化対策委の中島頼子事務局長は「地域にとって学校の存在は大きい。一番の課題は空き家の確保。早めに家主の承諾を得たい」と語った。

 問い合わせは電話0997(67)6446阿室小中学校活性化対策委員会・中島事務局長へ。

島嶼社会の振興開発と内発的発展研究会のお知らせ

国際開発学会「島嶼社会の振興開発と内発的発展」研究部会開催のお知らせをいたします。

以下の日程、場所にて国際開発学会「島嶼社会の振興開発と内発的発展」研究部会による第3回の研究会を開催いたします。

今回は、マーシャル諸島、パラオ、沖縄における開発、内発的発展について報告・議論が行われます。機会がございましたら、ご自由に参加し、議論に加わってください。



第三回「島嶼社会の振興開発と内発的発展」研究部会


日時:6月13日(日)13時30分~17時
会場:龍谷大学深草校舎紫英館第一共同研究室(紫英館守衛所がある門からお入りください)

龍谷大学社会科学研究所民際学研究会と国際開発学会「島嶼社会の振興開発と内発的発展」研究部会との共催

論題・発表者
「マーシャル諸島にみる土地に根ざした自立的な暮らし――太平洋島嶼地域は『脆弱』なのか」
竹峰誠一郎(三重大学)

「パラオ共和国の開発動向:内発的発展の可能性を探りながら」
三田貴(大阪大学)

「黒船来航と唐人墓―よそ者の役割をめぐって―」
中村尚司(龍谷大学)

コメンテイター
大林稔(龍谷大学)

司会
松島泰勝(龍谷大学)


資料の準備等がありますので、参加予定者の方は、松島までご連絡ください。(matusima@econ.ryukoku.ac.jp)

民主党沖縄県連の行方

5月25日の琉球朝日放送で民主党沖縄県連について報じておりましたのでお伝えします。

菅総理が誕生しました。鳩山さんが辞職すれば普天間問題が解決するという問題ではありません。
琉球差別は今も続いています。

鳩山総理の「県外」という約束を受けて選出された民主党国会議員。この約束をどのように守るのか。大組織、大政党に安住するのではなく、一人の政治家としての生き方を見せてほしいです。

喜納さんは元々、独立論者です。日本からの独立の前に、党の姿勢、見解を県連代表としてしっかりと批判して、党からの独立も辞さないという強い姿勢をとるべきです。「民主党のなかの・・・」ではなく、人間として政治家として約束したことをどのように自らの力で実行していくかが問われています。

民主党本部や総理に「県外」移設を期待するのではなく、琉球人から選ばれた人ととして歴史に残ることをしてもらいたい。




Qリポートです。去年の衆院選で普天間基地の国外、県外移設を掲げて政権交代を果たした民主党。沖縄からも2人の新人が国政に進出しました。

しかしそのトップである鳩山総理大臣が辺野古に基地を造ると明言。沖縄選出議員を始め、民主党県連は県民と中央との板ばさみになっています。県連の苦悩を島袋記者が取材しました。

瑞慶覧長敏衆議院議員「仮にですよ、沖縄に本当に決めるということになったら、これは留まるわけにはいかないじゃないかと。」

公約に掲げた「県外、国外移設」が実現できなかった場合、離党する考えもあると、ほのめかしたのは、瑞慶覧長敏さん。いま、県内の民主党議員たちはまさに崖っぷちに立たされています。去年の総選挙で圧勝し、政権を手にした民主党。県内でも2議席を獲得しました。その躍進を後押ししたのは総理のこの一言でした。

鳩山総理「県外、国外移設を目指すという考えを変えるつもりはありません。政権をとる前ととった後で、このような重要な考えを変えるべきではない。」

しかしー。

鳩山総理「すべてを県外にというのは現実問題として難しい。」わずか8ヶ月での方針転換。党と県民の間で板ばさみになった議員たちは必死です。

上里直司県議会議員「まだ決まっていないし」山内末子県議会議員「色々な批判はありますが、県民と共に歩んで行く。」

激しい雨の中、南部を歩くのは、糸満市議の伊敷郁子さん。伊敷さんは、あることで一躍時の人になりました。


山岡国会対策委員長「普天間の話、あるいは政治と金の話し、直接国民の生活には影響していかないと。普天間と言うのは雲の上の話で。」

民主党の女性議員を対象にした勉強会での一幕。沖縄県民の感情を逆なでした党幹部の発言に噛み付いたのです。

伊敷郁子糸満市議「守るために頑張らないんですか、撤回してください。みなさんにとってはどうかわかりませんが、私にとっては、政局の問題ではないんです。生活の問題なんです。」

民主党内に見え隠れしていた「温度差」がはっきりと露呈した出来事。県民の思いを代弁した伊敷さんには多くの激励が寄せられました。

伊敷郁子糸満市議「勇気いったでしょと言われたけど、あんなの黙っていられないですよ、県民として平和を守るため活動するのは、党本部とねじれるとは思っていないし、私は県民の声を代表する活動を続けることが、結局党のためになると思っているんですが。」

しかし県連に所属する議員のほとんどは県民からの非難や反発の声に晒されています。この日、瑞慶覧さんは、海外視察の報告会を開きました。

瑞慶覧長敏衆議院議員「普天間の移設で、グァムプラステニアンというのであれば、諸手を上げて協力したいということでした。」

今月7日から3日間、民主党議員5人と共に、普天間基地の移設に前向きな、北マリアナのテニアンを視察した瑞慶覧さん。その結果を報告したのです。しかし。

瑞慶覧長方さん「党との関係はどうなっているの、議員個人か、党の了解を得ているのか。」瑞慶覧長敏衆議院議員「あくまで議員個人の立場で行っています。」瑞慶覧長方さん「行ってきてからのインパクトが弱い気がする。門前払いの印象を受けるのだ。」

この男性は社大党の元委員長の瑞慶覧長方さん、瑞慶覧さんの父親です。今の民主党のあり方を歯がゆい思いで見ています。

瑞慶覧長方さん「まず党内から突破口を作るべきだと思うね。まず、民主党が目覚めんとダメだよ。」

瑞慶覧長敏衆議院議員「民主党には愛想尽かして離党しろというのが多いですよ。」「我々全員が離党して、沖縄の声はどうやって政府に届くんだということがある現実的にそれだけは避けたい。仮にですよ、沖縄に本当に決めるということになったら、これは留まるわけにはいかないじゃないかと。党内に留まることは政府と足並みを揃えることですから、それはできないですよ。」

この発言からわずか8日後、沖縄を訪れた鳩山総理は。「代替地そのものはやはり、沖縄県内に。辺野古付近にお願いせざるを得ないという結論に至ったところでございます。」

民主党県連 喜納 昌吉 代表「総理の中では、県外、国外は捨てないと言っていましてね。まだ捨てていない。」

地元に対し、移設先として、はっきりと「辺野古」を名指しした総理。しかし、まだ「県外、国外」を模索していると言い張る県連の幹部たち。食い違う双方の主張からは、党本部と県連との隔たりを感じます。

県民の信頼が揺らぐ中、彼らがどこまで政府とのパイプ役になりえるのか、まさにいま正念場です。

キャスター「きのう玉城デニー議員に基地問題がこうなったら民主党にいても仕方ないのではと言ってしまいましたが、国の安全問題だから、政権与党でないと動かせない、そのジレンマは確かにありますよね。」「連立の離脱とか、離党するとかしないとかそういう議論になってしまいがちですが、政治家は交渉力、どんな状況でも相手に譲らせる手腕が大事。今、基地問題の解決に最も近いところにいるのが民主党という事実に変わりはない。」

中国語を話す太平洋島嶼民、豪州の影響力の増大、人口増加と島嶼資源

2004年7月、8月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。
戦前は、日本語を話す太平洋島嶼民が日本統治したの島々で増えましたが、現在は、中国語を話す太平洋島嶼民が増えています。トンガでも中国語教育熱が高まっています。中国が世界第二位の経済大国になり、今後ますます中国語文化圏が太平洋に広がっていくことが予想されます。



8/27 PIR
  マーシャル諸島、キリバスの学生が台湾の奨学金をめぐり競争している。

今週、4人のマーシャル諸島の学生が、費用の全額が支給される奨学金を得て、台湾の大学で学ぶために島を離れた。マーシャル諸島では7人の学生が応募したが、キリバスでは300人の学生が台湾の奨学金に応募しており、台湾政府は、奨学生の数を倍増し、10人とした。

英語教育の島嶼国出身の学生はまず1年間、中国語の勉強し、その後、4年間通常の大学教育を受ける。



中国、台湾の太平洋進出に脅威を感じているのが豪州であり、自らの影響力を及ぼすための海洋戦略を展開しています。「良い統治」という開発経済、テロへの戦いを建前にして、島嶼国への介入を進めています。



7/6 PIR
  太平洋地域において豪州の役割が増大している。

ダウナー豪州外相は、太平洋諸島がテロリズムの温床にならないように、豪州は太平洋地域が抱える問題に対しさらに深く関与する意向であると述べた。同外相はまた次のように語った。豪州によるソロモン諸島、パプアニューギニアにおける取り組みや、ナウルへの支援は、豪州が南太平洋を重視していることを示すものである。

アフガニスタンがアルカイダを支援したことが原因となり米国同時多発テロが発生し、スーダンやソマリアへのテロリストの侵入をみても、失敗国家の存在が世界の平和に対して大きな脅威の一つになっている。弱い国家が国際的な犯罪に対応できるように、良い統治を推し進め、経済発展を促すのが、先進国の責務である、と。


狭い島嶼内においても人口増大が問題となっていますが、太平洋島嶼国の中では最大の大きさを持つパプアニューギニアでも人口増大が大きな課題となっています。増大する人口を養うために、資源が乱開発されるという問題も発生しています。



7/8 PIR
  パプアニューギニアにおける人口増加が資源逼迫をもたらしている。

パプアニューギニアにおける人口増加率は2.5%に達しており、それが天然資源の逼迫をもたらし、生活水準の低下を引き起こしている。同国の人口は現在、425万人であり、住民は生活のために天然資源に依存している。しかし、人口は毎年10万6千人ずつ増加している。

天然資源の管理が不十分であるため、これらの資源は急速に失われており、今後、人々が深刻な危機に直面するおそれがある。このような危機を回避するには、資源の適正な管理について人びとを教育する必要があるとの指摘がある。パプアニューギニアはブラジルのアマゾン、アフリカのコンゴに次いで世界で三番目に大きい熱帯雨林を有している。

マーシャル諸島への米国援助、ミクロネシア連邦とイラク、フィジー経済と豪州

2004年の8月、9月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。

島の自治に基づいた内発的発展こそが、マーシャル諸島が抱えている問題を解決すると思います。


9/24 PIR
  米国への依存がマーシャル諸島を駄目にしている。

アジア開発銀行による新しい報告書は、膨大な援助金の提供にもかかわらず、米国への精神的な依存がマーシャル諸島の発展を妨げていると指摘した。

アジア開発銀行のメンバー国である太平洋の発展途上国の中でも、マーシャル諸島は一人当たりの国内生産高が高い国の一つである。しかし、幼児死亡率や十代の妊娠率が高く、飲酒・喫煙者も多く、自殺率が危険レベルに達している。

さらに、高い失業率が住民の自尊心を失わせている。アジア開発銀行は、地域社会が社会経済的発展の過程に参加できるような政策に重点をおくべきであると提言している。マーシャル諸島の国家予算は年間1億1400万米ドルであるが、その60%以上は米政府から提供されている。


ミクロネシア連邦と米国はコンパクトという協定を結んでおり、同国の生年達は米国軍に入隊することが出来、イラク、アフガンに派遣されてきました。その背景には米国が同国の軍事権を握っているという現実があります。



9/28 PIR
  ミクロネシア連邦のポンペーイ出身の米兵士がイラクで死亡した。

23歳のポンペーイ人が、イラクにおいて命を落としたミクロネシア出身者の4人目となった。米国防総省の発表によれば、9月22日、バグダッドで警備中のソラム軍曹が爆破装置の爆発により死亡した。ソラム死亡の知らせは、同じくイラクで死亡したパラオ人メルアット氏の葬儀の準備中にもたらされた。

2003年3月に開戦してから、9月24日現在までに、イラクで亡くなった米兵士は1042人にのぼっている。


フィジーで製造される衣料品の主要市場が豪州であり、豪州のフィジーに対する経済的、政治的影響力を増大させる要因になっています。しかし、APECをはじめとする近年の自由主義的経済政策の圧力により、近年、フィジーの医療製造業は苦境にあります。



8/7 PIR
  フィジー産の衣料輸入に対するオーストラリアの優遇措置が延長される。

フィジーで生産される衣料品の豪州への輸出に対する優遇措置が7年間、延長されることになった。サモアで開催されている太平洋諸島フォーラム総会において、豪州のハワード首相が島嶼国首脳に対し、島嶼国から豪州に輸出される製造品に対する優遇措置の延長を表明した。

NGOのオックスファムの調査によれば、もしも豪州の太平洋島嶼国の輸出品に対する優遇措置が撤廃された場合、フィジーの衣料製造工場で働く1万5千人の労働者が路頭に迷うことになるだろう。

日本復帰過程はまだ終わっていない

5月14日の琉球朝日放送で復帰の意味を問う番組がありましたので、お伝えします。

沖縄返還協定は琉球人の意思を無視して、国会で強行採決されました。琉球人の意思を示した建議書も無視されました。つまり、復帰の過程において琉球人の意思が反映されないまま、日本と米国の都合によって復帰が進められたのです。

「復帰過程は今でも続いている、終わっていない」と大城さんはいいます。今、琉球人の本当の自決権行使はなされていません。この歴史的事実は重いです。だからいつまでたっても、基地を日本政府から押し付けられるのです。

「基地のない島」という日本復帰の希望を今こそ実現する必要があります。



1968年に沖縄で初めての公選主席に選ばれ、1972年に沖縄の本土復帰を果たした屋良朝苗さん。屋良さんのそばには、常に大城盛三さんの姿がありました。

大城さんは、屋良さんの主席当選の翌12月、屋良主席の専属秘書に任命されました。琉球大学卒業後、アメリカの大学院で学んだ大城さんは、主に通訳としての仕事を任されたのです。

大城盛三さん「(相手は)ここでは軍ですよ。弁務官、民政官と弁務官、あるいは空軍司令官とか、マリーン隊の隊長とかね、それからハワイに行きましたよ」

ハワイで、ある司令官との会談をこう振り返ります。大城盛三さん「『(司令官が)沖縄小さい島よね、飛行機に乗ったらすぐ1秒か何かで見えなくなる小さい島よね』と言うわけさ。『(屋良さんは)そのとおりだ』と。沖縄県民は100万人いるよと。」「『沖縄県民の100万の人間はね、とにかく基地を早くなくしてくださいということはもう祈りに似た願いを持ってるんだよ』と屋良さんが言ったんだよ」

『核抜き本土並み』、『基地のない平和な島』を願った祖国復帰運動。しかしその願いとは裏腹に、日米間の沖縄返還交渉は基地存続の方向で進められます。

そして1971年6月、アメリカ軍による沖縄の土地の継続使用が盛り込まれた『沖縄返還協定』の調印式が行われました。沖縄では『県民無視の返還協定調印に抗議する県民総決起大会』が開かれ、県民が怒りをぶつけました。

5カ月後の11月、屋良さんと大城さんは、沖縄県民の思いを6000人の琉球政府職員が132ページにまとめた要請文書、『復帰措置に関する建議書』を携え上京します。

しかし『返還協定強行採決』羽田空港に降り立った屋良さんたちを待ち受けていたのは『強行採決』。総理大臣をはじめ、政府への要請行動を行う直前に、衆議院の特別委員会で沖縄返還協定が強行採決されたのです。

大城盛三さん「これを聞いたのは飛行場ですよ、あの羽田飛行場。で、これ僕持ってますから、建議書。そしたらあのときは特にたくさん来て、僕らはマスコミから聞いたんですよ、強行採決されたのは」「で、びっくりしたんだ屋良さんも。屋良さんムッとなってね」「で、そのままホテル行って、、もう記者会見も何もやらない。『きょうはやりません』と言ってね」

屋良さんはこのころ、強行採決のうわさを耳にしながらも、この日のおよそ1週間後には沖縄で、返還協定特別委員会の公聴会が予定されていると聞かされていました。屋良さんはその後、気を落ち着かせて会見を開き、こう述べています。

屋良さん「沖縄の命運を決定する国会でありながら沖縄の最後の訴えも聞かず強硬手段をとったのは言語道断。党利党略に走ったもので、不満を表明する。」

そして翌日、佐藤総理大臣をはじめ、各大臣や議員らを訪れ、県民の思いが詰まった建議書を手渡しました。その建議書の前文には、こう綴られています。

「この重大な時期にあたり、私は復帰の主人公たる沖縄100万県民を代表し、県民の心底から志向する復帰の実現を期しての県民の訴えをいたします。」「基地あるがゆえに起こるさまざまな被害・公害や、取り返しのつかない多くの悲劇等を経験している県民は、基地のない平和な島としての復帰を強く望んでおります。」

「核抜き本土並みについて、県民の大半が疑惑と不安を抱いています。」「毒ガスでさえ、撤去されると公表されてから、2年以上も要しております。」「さらに、核基地が撤去されたとしても、返還後も沖縄における米軍基地の規模、機能、密度は、本土とはとうてい比較にならないということです」

あれから38年、沖縄には依然として全国のアメリカ軍専用施設の74パーセントが横たわっています。

大城盛三さん「(Q.本土復帰は果たされているような感じがしますか)いえ、私はそう思っていません」「屋良さんも、沖縄の基地の問題が解決しなければ復帰は完成してませんという言葉を使ってますから」

そして、普天間の返還問題については、県民に「あきらめずに基地撤去を訴え続けて」と提言します。

大城盛三さん「裏切られたとかね、いろいろ言ってますよ、私はそうでないと思いますよ、いま、まだ過程にあるんだからね、まだ終わってないんですからね」

「鳩山さんがね、外交権持っているのは国ですから、一般国民にはないですから、あの人が一生懸命働けるようなことをすればいいと私は思うんですよ。」「やる気を起こさせるということですよ、もっと」

戦場になった島

5月12日の琉球朝日放送において沖縄島那覇で展開されたシュガーローフの戦いについての放送がありましたので、お伝えします。

現在は、ショッピングセンターやビジネスビル、マンションが林立する「おもろまち」ですが、65年前は、地獄の戦場でした。そこに、現地徴兵された琉球人が死亡し、首里城に拠点をおいていた日本軍が南部に撤退することにより、さらに多くの琉球人が戦闘に巻き込まれることになりました。南部が住民の避難地であることを知っていたにもかかわらず、そこを戦場にしたのです。

戦場の島になると、住民の命は顧みられないことが歴史から分かります。また現在も住民を巻き込む恐れのある基地が琉球に存在しており、戦争状態は今も続いています。




「オキナワ1945〜島は戦場だった」拡大版です。65年前のきょう、沖縄戦最大の激戦と言われた戦闘が始まります。わずか8日間の間で約5000人以上が死んだとも言われる戦いは那覇で繰り広げられました。地獄の丘とも言われたシュガーローフの戦いです。今、その丘が私達に語りかけるものは何なのでしょうか一人の男性の姿から考えます。

具志堅隆松さん「(シュガーローフの戦いは)これだけの犠牲者があったということをどれだけの人が(今)知っているのかと考えると、とっても複雑なのがありますよ」

そう語りながら、那覇市の新都心地区を案内するのは具志堅隆松さん(56)「これが本当現実ですよね」28年にもわたり戦争で亡くなった人々の遺骨収集のボランティア活動を続けている。県都那覇市の中心地として発展を続ける新都心地区。周辺の真嘉比地区でも再開発が進んでいる。

しかし、この場所は65年前、沖縄戦最大の激戦と評された戦いの舞台でもあった。「シュガーローフ」高さ20メートルにも満たない小さな丘・・・ 5月12日始まったこの丘をめぐる戦いは日米双方にとってまさに消耗戦だった。


日本軍は、このシュガーローフと、その南側にあるホースシュアそして東側に位置するハーフムーン。この三つの丘を首里の司令部を守る最大の防衛ラインとしていた。

三つの丘には日本軍の守備隊約5000人が配備され、地下は無数のトンネルによって結ばれ、物資や人員の補給など、互いに補いながら、向かってくるアメリカ軍を迎え撃つ、強固な要塞となっていた。身を隠す草木もない場所を攻めるアメリカ軍は1週間の戦いで2,662人の戦死傷者を出した。

具志堅隆松さん「この芝生があるでしょ。芝生っていうか緑があって、向こうにユンボがいるでしょ。ここから、だいたいこの面積から172体(遺骨を)出したよ」

具志堅隆松さん「中には本当にまだ10代だなって思うような若い人もいるし、それからこの人50代じゃないかなって思うような年配の人もいるし、たぶん兵隊の年齢というのはだいたい20〜30代なんで、だからその10代とか40〜50代っていうのはたぶん地元から徴用された人たちかねって思いますね。実際あれだったね、そういう人たちの中で、ジーファー持っている人たちもいたよ。かんざし。」

シュガーローフが占領された18日以降もこのハーフムーンでは日本軍の徹底抗戦が続いた。司令部はシュガーローフ陥落によって首里を放棄し、本島南部への撤退を決定するがそれを知った当時の島田叡(あきら)県知事が司令部に懇願する

「軍が南部に移れば、南部一帯に避難した三十万近くの住民が戦禍に巻き込まれる」

しかし5月22日から、撤退作戦は実施されその結果、沖縄戦の象徴といわれる10万人あまりの住民を巻き込んだ泥沼の戦いへと進んでいったのだ。

具志堅隆松さん「ここでの日本軍の頑張りが沖縄戦の歴史の中でかえってこうね。南部での軍民混在の悲劇の原因のひとつでもあるのかなって思うとさ」

ハーフムーンのすぐそばに真嘉比小学校がある。去年、具志堅さんは、子供達に遺骨収集の現場を見てもらっていた。

男の子「まだ見つけられてない骨とかもあって、それも工事されて、全てなかったことにされるので、ちょっと可哀相になってきます」自分達がいるこの場所でかつて大勢の人が死んだ。しかし、そのハーフムーンも現在再開発が進んでいる。

6年1組・松川好孝先生「(場所が)無くなるというこはもう、歴史自体が無くなってしまう。怖さもとても持っています。だからこそ今、まだ少しでも残っているうちに事実をしっかり見つめる必要があるなと。毎年学習するたびに感じております」

戦後65年。沖縄戦を取り巻く環境にも変化が起きています。住民による集団自決では、日本軍の関与が教科書に記されなくなるなど、歴史を変える動きに、具志堅さんは危惧している。

具志堅隆松さん「場所の語る力ってものすごい大きなのがあると思うんですよ」わずか7日間で日米合わせて約5000人の死者が出たとされるシュガーローフ。単純計算で一日700人が死んだ戦いの場所には貯水タンクが立ち、わずかにその面影を残しているだけだ。

通行人-男性「(ここが激戦地だったことを知ってましたか?)ないですね。知ってます?知らない。」中学生の男の子達「あっ知らない。激戦地?何ねそれ?ハハハ」

具志堅隆松さん「(墓の側面で遺骨を発見する具志堅さん)これそうよ。歯があるでしょ。これ頭蓋骨だよ。これ肩のたぶん上腕骨だと思う。」棚原「あっ!これ歯だ間違いない。」急ピッチに工事が進むこの場所では、今でも遺骨が見つかる。

具志堅さんため息混じりに、遺骨の前で座りなおす「また来ますので…」多くの人に、遺骨収集に関わって欲しいと具志堅さんは話していますそこにはある願いがありました。

具志堅隆松さん「(真嘉比小学校の子供達には)戦争で亡くなった人の骨が出てるのを自分見たよっていうことを伝えることによって、沖縄戦の惨禍、その悲惨さが事実だったんだという証言者になりうんだということで、それを受け継いで欲しいと思いますね。新たな沖縄戦の証言者ってことで」

シュガーローフの闘いでは戦闘中にアメリカ軍のコートニー少佐が亡くなりました。沖縄ではその名前は今でも基地の名前として残り沖縄はアメリカが血を流して勝ち取った島なのだと主張しているようにも思えます。

具志堅さんは、沖縄戦の事実を歪曲する動きに危機感を抱きあの場所で何があったのかを、歴史の事実として伝えるために、出てきた遺物などを丁寧に資料にまとめる取り組みをはじめています。

沖縄戦というと、糸満など南部での激戦を想像する人が多いと思いますが、実はこの那覇のように、沖縄はいたるところが戦場だったわけですよね。私達は、そこに残る沖縄戦の傷跡を見ようとしていないだけではないでしょうか。

徳之島への訓練移設を求める沖縄議員の行動は正しいか

南海日日新聞の5月18日、21日の記事をお伝えします。

国民新党の下地議員系の議員が徳之島を訪問し、米軍軍連の移設を求めたという記事である。これらの議員は負担軽減をもとめるなら、本土の各府県に行くべきである。琉球文化圏の仲間であり、徳之島の人々にとって、大変な負担になる訓練を求めるべきではない。

国の方針、または下地氏の方針に動かされており、同じ琉球文化を共有する人間という本質的なことが、この議員たちにはわかっていません。本来はともに協力して、琉球一体として基地、訓練の押し付けに抵抗しなければなりません。



米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題をめぐり、沖縄の呉屋宏・国民新党県連代表や自治体議員ら8人が17日、徳之島入りし、高岡秀規徳之島町長と懇談した。鳩山由紀夫首相が目標に掲げた同飛行場の県外移設が絶望視される中で、沖縄側は一部の訓練移転など「沖縄の基地負担軽減に協力してほしい」と要請。

高岡町長は「沖縄の思いは分かるが、断固反対という町の民意は固く受け入れは難しい」と理解を求めた。その上で、双方は沖縄の基地負担問題と日米地位協定の問題点を共有し、その解消に向けて国民的議論に発展させる必要があるとの認識を確認した。

 徳之島入りしたのは前県議の呉屋代表、沖縄の地域政党・政党そうぞう代表の當間盛夫県議のほか、米軍基地を抱える那覇、南城、うるま、与那原の市町議ら。一行は奄美大島経由で同日午後、徳之島入りし、徳之島空港近くの天城町浅間の特攻平和慰霊碑を慰問。

その後、天城、徳之島両町を視察し、徳之島町役場で約30分間、高岡町長と公開で懇談した。

 冒頭、呉屋代表は「5%でも10%でも、訓練でも移っていけるのなら基地負担の軽減になる。同じ南の島、同じ歴史を持つ島として思いを共有できればと思ってきた」と語った。これに対し、高岡町長は町の民意を伝えた上で「沖縄の負担軽減に反対という民意でも無い。徳之島と沖縄のけんかにならないように対応していかなければならない。わたしは国外移設を目指すべきだと考えている」との基本姿勢を示した。

 参加議員は、それぞれ沖縄の抱える米軍基地をめぐる問題を切々と訴え、基地移設問題の矢面に立たされている地域以外での、同問題に対する議論不足に不満を漏らした。

 呉屋代表によると、一行は同代表を中心に基地問題などについて意見交換を積み重ねている面々。4月26日にも徳之島入りを計画したが、「関係者に止められ」て見送ったという。会談の会見で當間県議は「歓迎されない、厳しいという認識の中で来た。厳しいが、われわれは(基地負担軽減のため)動かなければならない」と語った。
 一行は天城、伊仙両町長にも事前に懇談を打診したが、断られたという。



条件付き移設の議論がなされていますが、7項目の条件によって、徳之島の平和で豊かな生活を売ってはなりません。
島人の誇りをカネでは買えません。




米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題をめぐり、徳之島への移転に条件付で賛成する「基地誘致推進協議会」の谷岡一会長は20日、平野博文官房長官と16日に会談した際、協議会が提示した7項目の移転受け入れ条件について平野氏が「難しいことではない」と発言したと明らかにした。

反対派は「あり得ない話。島をかく乱する動きだ」と反発を強めている。平野氏は20日午前の記者会見で「(7項目の)ペーパーが出たから『いただきます。承りました』と言っただけだ。振興策をこうするから(移転を)受けてくれという話をしに行ったわけではない」と述べた。

 谷岡会長や久松隆彦幹事長によると、会談で協議会側は、鹿児島―徳之島間の航空運賃値下げや、医療・福祉・経済特区の新設、地元3町の公債費計250億円の棒引きなど7項目を提示。平野氏は「難しいことではない。沖縄並みにする」などと発言したという。

 谷岡会長は「平野官房長官から条件闘争にしたくないと冒頭にくぎをさされたが、7項目を明記した文書を手渡すと、難しい話ではないと話した」とした上で、「協議会としては、その言葉で政府が受け入れてくれると判断した」と述べた。

 久松幹事長は「政府から文書で提示されなかったため、16日の会見では発表できなかった」と述べ、「官邸に近い民主党議員からも叱咤激励を受けたため、公表することにした。チラシ配布や街宣活動を行っていきたい」と語った。

 大久保明伊仙町長は「あり得ない話。平野官房長官も否定している。島をかく乱しようとする動きだ」と批判した。
 政府と再会談して反対を訴えるべきと主張している高岡秀規徳之島町長は「平野官房長官も必死なのだろう。民間との会談で振興策が出るのは当然」と述べた上で、「政府案が出る前に会談に応じて断るべきだ。首相にはっきりとノーというべき」と話した。

 徳之島の自然と平和を考える会の椛山幸栄会長は「このような報道が出ることが間違い。報道を政府のスポークスマンにして島を二分しようという動きだ」と疑問を投げかけ、「3町の公債費棒引きなどあり得ない話。国民が納得するはずがない。相手にする方がおかしい。本当の話なら政府の対応に抗議したい」と語気を強めた。

振興開発による米軍訓練の徳之島への押し付け

南海日日新聞の5月23日、16日の記事をご紹介します。
23日の記事では、「基地反対をするとサトウキビ価格が下げられる」というデマが飛んでいることが分かります。
これは根拠のないデマです。もしもこのようなことが行われたら、日本は専制国家であるといえます。
デマに惑わされることなく、島を住民の手で守ることが重要です。




「基地は絶対造らせません」「天城町の皆さん頑張りましょう」―。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題をめぐり、JAあまみ天城町事業本部の女性部は22日、緊急街宣活動を行った。同事業本部前で「基地移設断固反対」などと気勢を上げ、街頭演説を行いながら町内一円を街宣車で回った。

 同事業本部前には移設反対のハチマキを巻いた会員と同事業本部職員ら約100人が集まった。鶴田和枝専務理事ら同事業本部幹部があいさつし、「自然豊かな徳之島を守ろう」「基地に反対してもサトウキビ価格が下がることはない。デマに惑わされず団結して頑張ろう」など呼び掛けた。

 同女性部員で、街宣活動の発起人の一人である清田和子さん(77)が「天城町の皆さん、徳之島の自然豊かなこの大地を守りましょう」などと訴え、参加者全員が頑張ろう三唱で気勢を上げた。

 空港のある浅間に住むという清田さんは、政府が一部訓練の徳之島への移転要請で空港拡張構想を提示したことを批判し、「とんでもないこと。何か行動しなくてはと街宣活動を計画した。戦争の悲惨さを体験している。断固反対だ」と怒りを爆発させた。

 一行は、同町西阿木名を皮切りに数ヵ所で街頭演説を行いながら、街宣車で町内を回り、「基地移設断固反対」を訴えた。


徳之島への米軍訓練移設条件として、具体的に奄美振興開発を沖縄振興の水準に上げる、つまり、高率補助を行うことが提示されました。しかし、沖縄振興によって沖縄県は自立したのか、地元企業は発展したのか、島の環境はどうなったのかを冷静に考える必要があります。

徳之島への米軍軍連の実施は、実質上は米軍基地の徳之島への移設です。つまり、米軍が訓練をおこなう場所が基地だからです。

「専門家によるシュミレーション」も信頼できるものではないことは、全国の地方空港の赤字問題等、多くの事例があります。振興開発は島に米軍基地をおしつける、国の罠です。



米軍普天間飛行場の移設問題をめぐる、平野博文官房長官と徳之島の経済団体関係者ら住民との会談は15日夕、先日の徳之島町議有志との会談があった鹿児島市内のホテルで約1時間15分行われた。出席した地元メンバーによると、政府側から訓練など基地機能の一部受け入れの条件として、奄美群島振興開発事業の沖縄振興事業水準への引き上げが提示されたもようだ。

地元メンバーは賛成、反対の立場での会談出席ではなく「正確な情報を得て、島で考えるため」と強調した。

 会談は午後6時半ごろ始まり、同7時45分ごろ終了した。その後、平野長官が会談場前で5分程度会見。引き続き、地元メンバー8人全員が報道陣の取材に応じた。出席者によると、同日の会談には徳之島関係者22人が出席する予定だったが、マスコミ取材を嫌い、一部は会談前に別会場で政府側と意見交換した。

 取材に応じた大阪府の建設業、道山俊男さん=徳之島町出身=は「会談前のニュースでわれわれは(基地)賛成派と報道されていたが、そうではない。本来なら徳之島3町長が間に入って政府の話をよく聞いて、島の賛成派、反対派の話もよく聞いて決断すべきだが、そういう動きがまったくない」と政府側との直談判に及んだ理由を説明した。

 道山さんは、政府の徳之島への基地機能移設案について「真剣に考えていると思った」。その上で「われわれとしては話を聞いて、基地を持ってきて10年後には島は良くなるのか、持ってこない方がいいのか、専門家を入れてシミュレーションもして最終的には島で決めたいと長官には申し上げた」と話した。

 元徳之島町議会議長の鮫島文秀さんは「政府が徳之島をどうみているのか、どのように考えているのかを聞きたかった。参加して良かった。(計画の)具体的な話はなかったが、滑走路をちょっと長くするだけのようだ。できるものならば町長や議員があと何回もゆっくりテーブルに就いて政府と話をして町民に内容を伝えるのが本当だ」と話した。

 基地や訓練の受け入れに対する新たな振興策について踏み込んだ話にはならなかったようだ。ただし、地元メンバーの1人は「奄振は将来的にも続けていくという話だった。どういうことをするのかという話をしたら沖縄並みという話…」と語尾を濁し、話題を変えた。

 平野官房長は12日に続き、この1週間で徳之島関係者との会談で2度目の鹿児島入り。鳩山由紀夫首相のいう同問題の決着期限がさらに迫り、引き続き大勢の報道陣が会談場前に詰めた。前回とは異なり、記者会見が整然と行われた。

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