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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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琉球と中国との経済関係の強化

9月21日の琉球朝日放送で琉球と中国との経済関係強化についての報道がありましたので、お伝えします。





那覇空港をハブとしてアジアや日本の主要都市を深夜、貨物専用機で結ぶ沖縄貨物ハブがスタートから来月で1年を迎えます。1周年を前に、県産品の販路拡大など新しい展開が始まっています。実近記者です。


仙波社長「日本の物流、物流イコール人、モノ、金、新しいアジアの経済の流れを作っていくと」

今月8日、沖縄貨物ハブのスタート1周年を前に、ハブ空港の活用をさらに推進しようと始まった新しい事業の記者会見。

全日空の沖縄貨物ハブは去年の10月にスタート。那覇空港をハブに、国内3ヶ所、海外5ヶ所の合わせて8空港を結び、夜に各地を出発した貨物機が、深夜に那覇空港に集結し、荷物を乗せ換えて、翌朝には再び各地に到着するという国内初の本格的なハブアンドスポーク方式の航空輸送プロジェクト。


謝花喜一郎 県企画部企画調整統括監「せっかくやったわけですけども、思ったほど、県産品が少ないわけですよね」

事業では、県産品の海外での販路拡大や県内への企業の誘致。貨物だけでない国際線の新たな就航や,海外からの観光客の増加と現在の課題克服から、将来に向けた4つの柱でなりたっています。

組織された共同企業体には電通や県産業振興公社のほか、県内の各シンクタンクが参加していて、これまでにないタッグを組んで臨みます。


県産業振興公社平良敏昭専務理事「オール沖縄で、持っている力を最大限発揮する」

記者会見の翌日、早速、上海から那覇空港に到着したのは上海の貿易会社、ラスアルカイマのセツ社長ら。県産品の販路拡大のため、県が今回の事業の一環として招待したのです。

到着した日の、セツ社長は、県内の水産会社6社の担当者と会いました。初めての顔合わせです。

ラスアルカイマ セツ社長「一つのブームとして、キハダを送りましょうと」県は、県産品、特に水産物を中国に輸出できないか方策を探っています。中国国内の輸入規制で野菜など農産物は沖縄からの輸出ができないためです。

セツ社長は、沖縄で水揚げされるマグロを沖縄ハブを使って、中国に送りたいと思っています。


ラスアルカイマ セツ社長「健康志向中心になったと、いま、中国のお金持っている人と、接待される側の人と、みんな、健康を注意しながら、食べ歩くんですよ」輸送コストや関税などで、多少価格が高くなっても健康志向の中国の富裕層は、日本産の安全な魚を買うと、セツ社長は話します。

全く新しい市場への進出。県内の関係者は興味シンシンです。

坂下水産 當山清範社長「中国側の空港には、通関切れるまで冷蔵庫とかはあるんですか」「あとはどういった感じで安心なんだという伝え方だと思うんですそうですね、養殖場でどういう養殖場で何をされたんかと、何を食べさせたんかと」


日本の他の市場との競合も、県内の水産関係者の大きな関心です。

ラスアルカイマ セツ社長「築地からもマグロじゃなくてほかの魚が来ました。マグロも含めて、上海に来て、3回とも腐らした。まず便ですね。着く便は午後2時なんですよ。で、午後2時に着いたらその日に通関はもう出来ない。翌日通関します。翌日になって、ギリギリ早くなっても午後の2時か3時くらいになりまして」

「沖縄便というのは」「朝4時に飛んで、6時に着くわけです。我々通関業務を8時にするわけです。我々一番早いのは午後1時半にモノを取ったんですよ」「物流の手段は断然に沖縄県に勝つところは全然いないので」


坂下水産 當山清範社長「感触としては、面白いですね。正直言って面白いです。僕らも本州に送ったりしているんですけど、それ以外にやはり近いし、実際、全日空の方も協力体制できているんであれば、本州よりももしかしてマーケットは大きいだろうし、やってみたいなという気はあります」

ラスアルカイマ セツ社長「流通というのはスピードですから」「沖縄という土地の良さというのは、立地条件はほかの場所は勝てないですよ。台湾でも駄目だし、福岡でも九州でもできないことが沖縄でしかできないですよ」


今回、ラスアルカイマ セツ社長と共に沖縄を訪れたのは、中国のブライダル業者。車内で、着替えやヘアメイクが出来る沖縄のブライダル業者が導入したウェディングカーを視察。中国で人気が高い、結婚式の写真撮影。沖縄でのロケーション撮影の可能性を探りに来たのです。

スタート1周年を前に、沖縄貨物ハブを巡る、日中のビジネスが再び加速しています。

最近、中国と日本は、ちょっと緊張関係ばかりが強調されていますが沖縄にとっては、やはり地理的にも近く、昔から様々な交流がありますからね。沖縄の美味しい新鮮な魚を、その日に中国の人に味わってもらって、中国からも様々なモノを運んでもらって、沖縄ハブをうまく活用したウィンウィンの経済効果を期待したいですね。
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尖閣列島は琉球弧の中の島々である

9月28日の沖縄タイムスに尖閣列島問題についての沖縄県、石垣市の両議会による抗議決議についての報道がありましたので、お伝えします。沖縄県議会の決議案全文をも掲載します。

尖閣列島の所属は日本でも中国でも台湾でもなく、琉球にあると考えます。琉球人の漁民がそこで生活をし、経済活動を営んでいたこと、地理的にも琉球からの方が近いことなどです。沖縄県議会、石垣市議会は尖閣列島が琉球の所属に帰すと、毅然とした態度で決議案を採択すべきでした。元々琉球は日本の固有の領土ではないのです。琉球こそ、その所属権を明確に主張しうるのです。

尖閣列島は琉球弧の中にある島々であり、琉球人はそこで生活し働いてきたのです。



尖閣諸島周辺海域で、海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突した事件を受け、県議会(高嶺善伸議長)は28日の本会議で、日中両政府に対する抗議決議案を全会一致で可決した。

 日本政府への決議では、同漁船の船長を処分保留で釈放した政府の対応について、今後、中国側が領有権を強硬に主張し、同海域での安全な航行が阻害されることなどが懸念されるなどとと抗議。政府に「毅然たる態度」を求めている。

 一方、中国政府に対する抗議決議案でも「尖閣諸島がわが国固有の領土および本県の行政区域であることは疑問の余地がない」と強調した上で、再発防止に向け「慎重かつ冷静な対応と、細心の注意」を強く求めている。



去る9月7日午前、尖閣諸島の久場島沖の日本国領海内において、違法操業中の中国漁船が、退去命令を出した第11管区海上保安本部の巡視船に接触した上、逃走を図り、さらに停船命令にも応じずに接触を繰り返す事件が発生したが、9月24日、那覇地方検察庁は、公務執行妨害罪の容疑で逮捕・送検していた同漁船の船長を処分保留で釈放した。

 尖閣諸島は、石垣市に属する我が国固有の領土および本県の行政区域であることは疑問の余地がないところである。

今後、中国が尖閣諸島および周辺海域の領有権を強硬に主張し、中国漁船が尖閣諸島周辺海域で操業することが予想されるが、そうなった場合、本県および我が国漁船と中国漁船との間で操業をめぐってのトラブルが発生したり、衝突事件が再発するなど、安全な航行が阻害されることが懸念され、県民は不安を感じている。

 よって、本県議会は、県民および国民の生命、安全および領土・領海を守る立場から、今回の政府の措置に抗議するとともに、下記の事項が速やかに実現されるよう強く要請する。

 1、尖閣諸島および周辺海域が我が国固有の領土および領海であるという毅然(きぜん)たる態度を堅持し、中国政府をはじめ諸外国に示すこと。

 2、尖閣諸島周辺海域において、本県および我が国の漁業者が自由かつ安全に操業・航行できるよう適切な措置を講じること。

 3、中国政府に対し、今回の事件に関して厳重に抗議するとともに、日中両政府は、冷静な外交を通し再発防止策を講じること。

 上記の通り決議する。

 平成22年9月28日

 沖縄県議会



去る9月7日午前、尖閣諸島の久場島沖の日本国領海内において、違法操業中の中国漁船が、退去命令を出した第11管区海上保安本部の巡視船に接触した上、逃走を図り、さらに停船命令にも応じずに接触を繰り返す事件が発生した。

 尖閣諸島は、明治28年1月に日本政府が沖縄県への所轄を決定して以来、漁業や林業、かつおぶし工場が営まれた実績があることや、大正9年に中国政府が石垣島の住民にあてた感謝状で、「日本領」と明確に記されていることなどから、尖閣諸島が石垣市に属する我が国固有の領土および本県の行政区域であることは疑問の余地がないところである。

 よって、本県議会は、尖閣諸島および周辺海域における今回の領海侵犯に抗議するとともに、貴国におかれては、日本国固有の領土および領海である尖閣諸島および周辺海域に対し、今後このような領海侵犯事件を起こさぬよう慎重かつ冷静な対応と細心の注意を払うことを強く要請する。

 上記のとおり決議する。

 平成22年9月28日

 沖縄県議会

 

 中華人民共和国国家主席、中華人民共和国駐日本国特命全権大使あて


【石垣】石垣市議会(伊良皆高信議長)は28日開会した9月定例会で、日本国に対する「中国漁船衝突事件の船長釈放に対する抗議決議」と「尖閣諸島海域における中国漁船領海侵犯に関する意見書」、中国に対する「尖閣諸島海域における中国漁船領海侵犯に関する抗議決議」の3案をいずれも全会一致で可決した。

関係省庁へ議員を派遣し、要請行動を実施することも承認した。

菅政権に対する奄美諸島の方々の期待、思い、意見

9月18日の南海日日新聞で菅政権に対する奄美諸島の方々の意見や期待についての報道がありましたので、お伝えします。

前田さんには、私が東海大学にいたときに、学生たちと「やっちゃば」でお話をうかがいました。インターネットを活用して、奄美の果物を販売することで、島の産業を活発にし、雇用を増やしていくというお話に学生たちは熱心に耳を傾けていました。




「都会でも仕事が無く、奄美にUターンして来る人がいる。経済と雇用は喫緊の課題」「基地問題で大きな変化が期待できるか疑問」。

菅改造内閣が発足した17日、奄美群島の住民から期待と不安の入り交じった声が聞こえた。「暮らし」「仕事」の安心安全を求める半面、米軍基地問題で政府の動向を注視する徳之島では賛否双方がコメントした。

 奄美市名瀬でICT(情報通信)に携わる前田守さん(38)は経済・雇用対策を強く求める。「補正予算による景気刺激、雇用創出は内閣の試金石だ。新成長戦略で示されている科学・技術、情報通信など、どこまで実行できるか注視したい」と述べた。

 さらに、奄美の雇用環境にも言及。「厳しさが続いているが、ICT業界など一部に活況もある。こうした業界が雇用を下支えできる間に、中長期的に雇用吸収力のある地域産業の育成、再生できる制度を整えてほしい」。

 喜界島の宝利一郎さん(60)=農業・畜産=は「国の財政は厳しく、極端な期待はできないだろう」と前置きした上で「安心して農業ができるようにしてほしい。口蹄(こうてい)疫問題でも価格補償の点で万全な法整備を求めたい。小規模農家が農業を下支えしている。大切にしてほしい」と要望した。

 徳之島では米基地問題に注目した発言があった。米軍基地徳之島移設反対天城町同友会長の峰岡勝さん(64)は「菅首相の続投に加え防衛大臣も留任ということで、基地問題の大きな変化が期待できるかは疑問だ。

しかし、国内の軍事評論家や米国は、徳之島への移設は適さないとしている。

新内閣はこうした声をしっかり受け止め、移設の撤回へ方針転換し、早急に問題を解決してほしい。移設の白紙撤回実現に向け、今後も反対運動を継続していく」と強調した。

 米軍普天間基地誘致推進協議会長の谷岡一さん(58)は「日米共同声明の踏襲も含め、これまでと同じように移設へ取り組んでもらえることを期待している。

沖縄の負担軽減を考えると、1千人でも2千人でも徳之島に移すべき。そうしないと、政権運営に対する沖縄の人々の理解も得られないと思う。沖縄の人々を安心させるとともに、地元の経済活性化のためにも、早期の移設実現を求める」と力を込めた。

 知名町老人クラブ連合会長の泉村マツさん(76)は「安定した景気対策や子育て支援を望む。後期高齢者医療制度は廃止してほしい。子どもたちが都会に住んでいることもあり、割高な航空運賃はいざというときに不安がある。何とか格安にしてもらえるよう対策をお願いしたい」と述べた。

ミクロネシア連邦の自由連合延長、グアムにおける米海軍の強化、パラオと東チモールとの外交関係締結

2002年9、10、11月の太平洋情報をお送りします。

2022年までミクロネシア連邦は米国との間で自由連合盟約を延長しました。
米軍が安弁保障の権限をもつといっても、琉球のように大きな米軍基地があるわけではありません。
同国は中国と外交関係を結んでおり、中国からのODAも提供されています。



11/5 PIR
  米国とミクロネシア連邦は、自由連合盟約をさらに20年間延長した

 米国は、今後20年間、ミクロネシア連邦に対して援助金を提供するかわりに、安全保障上の権限を保持し続けることになった。米国の援助金は、特に教育、保健部門に重点的に提供されるだろう。また、これまで同国では米国の援助金が不透明に使用されてきたという問題があったが、米国の援助金をより有効に利用するために「経済財政透明化共同委員会」が設置される予定である。

さらに、20年後に米国からの援助金の提供が終了するのにそなえて、同国に信託基金が設けられるが、それは安定的な財政収入源になるものと見込まれている。

グアムの海軍関係基地の強化は2002年の時点においてもみられました。主に中国の海軍増強に対抗するためであるといわれています。



10/2 PIR
  米海軍の太平洋地域におけるプレゼンスが高まっている

 米海軍関係者は、グアムにはじめて攻撃型原子力潜水艦が配備されるなど、米国にとり、アジアの重要性が高まっていることを強調した。

今年、150人の将官や兵士が乗り込むロサンジェルス型の攻撃方潜水艦がグアムに配備され、今年の終わりまでに、他の2隻の潜水艦も配備される。

ロサンジェルス型潜水艦は、長距離のクルーズミサイルを搭載し、敵の艦船を追跡、攻撃することができる。今回の米海軍の発表は、米空軍によるグアム基地の機能強化を発表した後におこなわれた。


インドネシアから独立した東チモールがパラオと外交関係を結びました。両国は距離的にも近く、小国同士で協力するという海洋ネットワークをさらに具体的に強化してほしいと思います。



9/4 PIR
  パラオと東チモールが外交関係を締結した

 パラオは太平洋島嶼国の中で最も早く、東チモールと外交関係を締結した。パラオ政府の広報官は、両国は漁業、公務員の職務訓練等の分野における協力について東チモール政府と近々話し合う予定であると述べた。

『「日米安保」とは何か』

先月、藤原書店より『「日米安保」とは何か』が出版されました。

私も座談会で発言しました。

是非ともお読みください。




藤原書店編集部編
四六上製 456ページ

ISBN-13: 9784894347540
刊行日: 2010/08

定価: 3,780円
「安保」と「東アジアの平和」は排他的か、補完的か?

総勢40名の執筆者が従来の「推定派VS否定論」とは異なる地平から問い直す!

「自動延長」される中で、ほとんど「空気」のように常態化した安保。戦後日本の経済発展に寄与したとしても、この安保が東アジアの平和と安定にいかなる意味をもつのかをわれわれは当事者意識なしに、主体的に十分問いかけてこなかった。

安保改定から半世紀のいま、改めて問う!


はじめに




Ⅰ 歴史からみた日米安保
 日米関係に憶う 塩川正十郎
 自主性なき「同盟」構築の末路【一記者として見てきた日米安保五〇年】 中馬清福
 米中和解の「引き出物」となった日米安保【沖縄施政権返還交渉の取材メモから】 松尾文夫




Ⅱ 日米安保における日本の主体性
   〈座談会〉安保をめぐる「政治」と「外交」の不在【沖縄米軍基地が問うもの】
                       渡辺靖/松島泰勝/伊勢賢治/押村高

   「配給された」平和 新保祐司
   「密約」の半世紀と日米安保【「対等性」という形式への固執が奪ったもの】 豊田祐基子
   日米同盟と日本の核政策【論じられ方の変容とその政治学的考察】 黒崎 輝




Ⅲ 東アジアの平和を阻む日米安保?
   「同盟」の新しい地平を目指して 岩下明裕
   分割された東アジアと日本外交 原 貴美恵

   日米安保と大陸中国/台湾関係【東アジアにおける「脱冷戦」とは何か】 丸川哲史
   基地の駐留は「安全保障」か?【沖縄が問う日米関係の真の「安定」とは】 丹治三夢
   「沖縄米軍基地の戦略的価値」という神話【安保論議における政治主導の不在】 屋良朝博




Ⅳ 東アジアの安定に寄与する日米安保?
   日米同盟の本質を問う契機【「人と物の交換」を再考する時】 中西 寛
   日米同盟における「可測性」の本質【戦争の「遺産」を踏まえて】 櫻田 淳
   誰が、何を、守るのか【地域統合の時代における日米安保】 大中一彌
   主権譲渡としての憲法九条と日米安保 平川克美




Ⅴ 外からみた日米安保
   〈インタビュー〉朝鮮半島からみた日米安保 李鍾元
   日米安保条約、ソ連とロシア【異なる国、異なる考え方】 ワシーリー・モロジャコフ
   等辺に成り得ない日米中の三角関係 陳破空(訳=及川淳子
   日米欧委員会事始め【日米安保関係のグローバル化の影】 武者小路公秀






Ⅵ 日米安保の半世紀を振り返る
   アジアの視点から観た日米安保            鄭敬謨
   「日米安保」と日韓問題            姜在彦
   大衆ストライキ           河野信子

   自然承認前夜           諏訪正人
   今の日本で安保を破棄したらどうなるか【私の提案】   米谷ふみ子
   身捨つるほどの祖国はありや    篠田正浩

   軍事条約に代わる日米関係を    吉川勇一
   日本国の怪奇現象【国会は「国家百年の計」を論議せよ】    川満信一
   日米戦争と安保改定【岸信介の「執念」】     岩見隆夫
   六〇年の「できごと」    加藤晴久

   回顧的「日米関係論」私記    藤原作弥
   自明ではない「自明」    水木楊
   日米安保の過去、現在、未来    小倉和夫

   列島人の愚行、錯誤そして自殺     西部 邁
   米国従属と沖縄差別の半世紀    三木健
   五〇年前の安保闘争と今後の日米安保    榊原英資

  それでもしばらくは堅持すべき     中谷 巌




関連資料
   日米安全保障条約(旧・新)/旧ガイドライン/新ガイドライン/
   関連年表(1945―2010年)
著訳者紹介

ナウルに対するオーストラリアの新植民地主義、米国の植民地としての米領サモア、クック諸島の経済成長

2003年1月の太平洋情報をお送りします。

経済的な問題を抱えるナウルに対してオーストラリアが援助金を与える代わりに政治難民を押し付けるという新植民地主義を行っています。独立後も、経済的、政治的、外交的課題に直面しているというのが島嶼国の現実であり、これらの問題を解決するには、自治的自覚と自治の実践が重要であることがわかります。


1/10 PIR
  ナウル最高裁判所は、ドウィヨゴ氏の大統領就任を禁止する命令を発した。ナウルはマネーロンダリングの温床地、難民千人以上の引き受けなどの問題を抱えている。

また、ハリス前大統領とその閣僚は公務員の給料支給を遅らせ、ナウルリン鉱石会社の経営に失敗したと批判されている。

現在、ナウルには580人の難民がいるが、そのほとんどはアフガン人、イラク人である。オーストラリア政府は、難民引き受けの代償として、さらに145万豪州ドルの援助金の提供を約束している。大統領が二人存在するという問題に対しドウィヨゴ氏、ハリス氏はコメントを拒んでいる。



国際社会が米領サモアを米国の植民地であると認めているにもかかわらず、それを否定するのは米国が自らが帝国主義国であることを示しています。グアムも国連の脱植民地化リストに掲載されています。


1/28 PIR
  米国政府は、米領サモアは米国の植民地ではないと主張

 米国の国務省が、国連と米領サモアについて交渉するという条件で、国連は昨年、米領サモアの脱植民地化に賛成する投票を行った。

しかし、米国政府は、米領サモアは植民地ではないと主張し、国連との交渉を拒否している。ソニア米領サモア知事は、米国政府が国連の脱植民地委員会との交渉を拒否する限り、米領サモアは国連が登録している16の植民地の1つでありつづけると述べた。

米領サモアは1900年に、サモアの首長により米国政府に領土譲渡が行われた。



独立国になれば、独自な経済政策を自ら行い、政府も税収を増やすことができます。

1/29 PIR
  クック諸島の経済成長で税収が2倍増えた

 クック諸島の経済成長率が1.5%となった。主要な経済活動は、観光業、黒真珠産業、漁業である。経済成長により、5年前と比べ税収が2倍に増加した。

長期的にみると、クック諸島の経済成長率は3.2%に増加すると見込まれている。しかし、同諸島のカー財務長官は、イラクへの攻撃により世界市場の価格が低下し、観光業にも悪い影響が出るだろうと述べた。

独自な言語としての琉球の言葉

9月17日の琉球朝日放送が「しまくとぅば」について報じおりましたので、お伝えします。


琉球大学の教員が琉球の言葉は日本の「方言」ではなく、ユネスコも認めた独自な言語であるとの論考を最近よみました。

琉球の島々の言葉は民族の言語であり、独立・自治・自立の基盤になります。







名護市源河。築100年になる風情あふれる家で一人で暮らす喜屋武達子さん(81)。とにかくおしゃれとおしゃべりが大好きなおばあちゃんです。

喜屋武達子さん「好きなの子どもの頃から。おばさんたちのクリーム盗んでつけるぐらいだからね。とにかくおしゃれが好き」

そんな達子さん、今回、あす行われる「しまくとぅば県大会」へ名護市代表として選ばれ、出場することが決まりました。

達子さん「しまくとぅばは、先祖が使った言葉ですよね。島の言葉でずっと生活をして、子どもたち、孫たちを育ててくださっていますから、そごく大事だと思います」

どこへ行くにも車で出かける達子さん。

達子さん「本当にこんな便利なものも昔の人はわからなくて、大きな動物と間違うぐらい驚いていますよね」


話す内容は、子どもの頃おじいちゃんから聞いた『初めて源河にタクシーがやってきた時のこと』です。

おじいさんとおばあさんが畑に芋ほりに行くと、向こうから大きな目を光らせた動物が近づいてきました。

見たこともないおじいさんとおばあさん。目をまん丸にしてみていると、その大きな動物は「ぷっぷー」とおじいさんを呼び、その後、それよりも大きく「ぱっぱー」とおばあさんを呼んだのです。

腰を抜かしたおじいさんとおばあさんの様子を源河の方言を使い、ユーモアたっぷりに表現されています。

しまくとぅば大会まで一週間前。子や孫、ひ孫たちが達子さんの家に集まり、おばあさんを激励していました。

60歳まで小学校の先生として働いてきた達子さん。島の言葉は好きだけど、時代背景からあまり子どもたちには、しまくとぅばを使って生活してこなかったと言います。

今回発表する話を子や孫の前で語りました。


聞きなれないしまくとぅば。内容や意味は分らなくても言葉の響きに孫たちからは、笑いが出ていました。

孫「あんまりほとんど意味は分らないんですけど、発音とか面白いなと思います。日本語離れしている感じが」

息子「母親は方言上手だから継承したいというか、方言やりたいなというのはあったんですけど、おぼえるのは難しい」

娘「私は母の話を聞いて、源河が好きになりました。ただ生まれただけなんですけど、もう源河のひとと思っていますから」

達子さんは、先祖から受けつかがれてきた風習や言葉を大切にしています。

達子さん「上手とか下手とかじゃなくて、こんな言葉がありますよって。やっぱり、山原は山原だねって思う人もいるだろうし、何?って思う人もいるだろうし。源河にはこんな言葉があります。しかも先祖がつかってきた言葉ですからね。わからせたい、広めたい」


最後に達子さん長生きの秘訣を教えてください。

達子さん「おしゃべりと笑うこと、仲良く生きることね。あんな素敵な若い男の子をみて喜ぶことも大事よー」

自衛隊の辺野古共同使用、オスプレイ導入の問題性

9月8日の琉球朝日放送で、オスプレイという恐ろしい米軍輸送機の琉球への導入、自衛隊の辺野古新基地共同使用についての報道がありましたので、お伝えします。

自衛隊は宮古八重山諸島への陸上自衛隊を増加させようとしており、米軍との基地の共同使用、共同訓練を強化しています。

尖閣諸島の問題にかこつけて、日本軍も増強しようとしています。かつて日本軍は沖縄戦で住民をまもらず、帰って虐殺、集団死を強制しました。島嶼の戦争を考えると、琉球で軍備増強すると住民にとってとんでもないことになるというのが歴史の教訓です。

またオスプレイという頻繁に事故を発生させている米軍輸送機が琉球に導入されようとしています。日本政府は琉球人を国民として守る意思があれば、米軍にその導入を明確に反対すべきです。





アメリカ軍の新型輸送機オスプレイを辺野古に造る新たな基地でも使用することについて、政府は日米間で協議していることを始めて明らかにしました。

さらに自衛隊も辺野古に常駐することを目指している事実が明らかになり、普天間基地の代わりの施設というイメージから程遠い実像が見えてきました。

この映像はアメリカのCNNで放送されたシーン。ニューヨークで行われた海兵隊のイベント中、公園内のグラウンドに着陸しようとしたオスプレイが木立の上を通過したそのとき、猛烈な風圧で木の枝が折れ、枝が見物客を直撃。10人がけがをしました。

事故の原因は機体のトラブルではないということですが、オスプレイのローターの力の凄まじさがわかります。

岡田外務大臣「オスプレイをどうするかという議論もある」

先月31日、辺野古に造る基地の位置や工法を検討した日米専門家協議終了後の会見。岡田外務大臣は報告書に飛行経路を記せなかった背景に、オスプレイの配備があることを明かしました。

オスプレイの配備について、政府はこれまで隠し続けてきました。

辻元衆院議員「オスプレイの配備について、アメリカから打診、または提案、日本側と一切協議していないと考えていいのですか」

額賀防衛庁長官(当時)「私は承知しておりません」

政府担当者「今ご質問のオスプレイに関しては、SACOの時点でも米国側として日本にオスプレイを配備する計画はないということで確認しています」

しかし、1996年のSACOの最終報告の素案に「海上基地はヘリコプターとオスプレイの部隊の所属基地として設計される」と書かれたのが、日本の強い要請でオスプレイの文字が消されたことがわかっています。

ウェバー四軍調整官(当時)「我々はオスプレイを2014年から2016年の間に沖縄に配備する予定です」

2006年には当時の四軍調整官が業を煮やしたようにこう記者団に明かしますが、政府は一貫して知らぬ存ぜぬを通してきたのです。

北沢防衛大臣「私が特に重要で真剣に検討していきたいと考えているのが、代替の施設を自衛隊が米軍と一緒に使用できないかということでありまして」

辺野古に造る計画の基地を自衛隊も使いたいと意気込む北沢防衛大臣。

名護市民「(Q:辺野古に基地を造ろうとしていて、そこに北沢防衛大臣が自衛隊も使いたいと言っていますが)

私は反対ですね。安全じゃないから。なんか怖い。また戦争でも来たら怖いから、私は反対です」「それはやっぱり反対ですね。基地自体も反対なんですけど、さらに日本の国の自衛隊まで一緒にそういう戦争につながるそういったことで使うというのは、やっぱり反対ですね」

「米軍と一緒の訓練が行われるんじゃないかっていう懸念もやっぱり出てくると思うんですね」「反対だな。自衛隊そのものが発足当初から沖縄の人は絶対反対じゃなかったですか、自衛隊を持つということはね」

北沢大臣の発言はこれにとどまりません。

北沢防衛大臣「施設を自衛隊と米軍が共同使用することが、日本の安全保障はもとより、地元の方々と自衛隊と米軍の三者の間で、より強い絆を作っていくための一助となるのではないかというふうに考えております」

名護市の稲嶺市長は不快感をあらわにします。

名護市・稲嶺市長「大臣もそうでしょうけれども、本土の皆さんが自衛隊に対する受け入れの感情と、沖縄県民が持っているその感情というのは違うと思うんです。

共同使用することによって、基地の機能は強化される。強化されることによって地元にはさらに負担が増える、というだけのことであって、それ(自衛隊が来ること)が地元にとっても受け入れやすいものになるということは、これは大きな誤りだと思う」

沖縄の本土復帰。アメリカ軍基地は減らず、そのうえ自衛隊が配備されるということに、県民は憤りました。

石原昌家・沖縄国際大学名誉教授「なんとも恐ろしいことを話してると」

沖縄戦研究の第一人者、石原昌家名誉教授はこう語ります。

石原名誉教授「沖縄戦の体験者や亡くなった人たちにとっても、死者を冒涜するような言葉。沖縄県民の中には、米軍の基地を撤去したら今度は逆に自衛隊が配備されるのではという懸念というのはかなり前からあった。この北沢大臣の発言というのは、それを裏付けるような発言だと思う」

そして、県内で自衛隊を誘致する動きがある中でこう警鐘を鳴らします。

石原名誉教授「沖縄は、アメリカ軍の関わる戦争にもう戦後65年、一貫して関わらされてきているわけです。これはまさに『加害者』と言う立場も、他国から見ればあるわけで、そのへんをやっぱり強く認識しないといけないと思う。そうでないと『世界平和の発信地』というふうには言えないと思う」

自衛隊の南西諸島の展開は明らかに強化の一途をたどっていて、沖縄戦を研究する石原名誉教授でなくとも危惧するところですが、辺野古への基地を自衛隊が使うという大事な話がなぜ今、ついでのような形で出てくるのでしょうか。

2006年にV字型で日米合意したとき、キャンプハンセンなどの共同使用は書かれていて、その後、実際に進められてきました。

当時の佐藤那覇防衛施設局長は、共同使用を拡大していくとも言っていましたが、辺野古に造る基地について明らかになったのは今回が初めてです。

オスプレイについては政府は隠していて、メディアも何度も追求してきた。一方で共同使用については比較的注目されてこなかったということもあると思います。こうしてどんどん進められることに危機感を感じます。

第8回ゆいまーるの集いin 伊平屋島へのお誘い


昨日は、横浜と東京で講演をさせていただきました。活発な議論が行われ、大変刺激になりました。ご来場の皆様にお礼申し上げます。

11月12日から14日まで伊平屋島で第8回のゆいまーるの集いを開催いたします。

関心があり、お時間がお会いの方はご参加ください。

民宿の予約をする必要がありますので、メールにて小生までご参加のご意向をお伝えください。

集いの詳細が決まりましたら、またお伝えします。

横浜と東京での太平洋諸島、琉球の従属・自治・独立に関する講演会

今日、横浜、東京におきまして2回、太平洋諸島、琉球の従属・自治・独立に関する講演会を行います。
来場の皆様と真剣な議論をしたいと思いますので、ご関心があり、お時間がある方は是非、お越しください。


主催者側のチラシ内を以下に紹介します。




講師・松島泰勝さん(龍谷大学教員、NPO法人ゆいまーる琉球の自治代表)
演題・APECと太平洋諸島・琉球弧の経済・軍事支配の実態

連帯アピール

・沖縄の自立解放闘争に連帯し反安保を闘う連続講座
・原子力空母の母港化に反対し基地のない神奈川をめざす県央共闘会議
・一坪反戦地主会 関東ブロック
・あすじゃ

主催参加団体からの決意表明

・当日のビラは下記です。(アプリがワードではないので、張り付けます)

横浜APEC反対!
普天間基地撤去―辺野古新基地建設阻止!
日米新安保体制粉砕!
9/20横浜行動

9月20日(月・休日)午後1時半~午後4時半 集会後デモ
会場・かながわ労働プラザ第5、6会議室

http://www.zai-roudoufukushi-kanagawa.or.jp/?l-plaza/map.html

   JR 根岸線石川町駅中華街口(北口)徒歩3分
講師・松島泰勝さん(龍谷大学教員、NPO法人ゆいまーる琉球の自治代表)
演題・APECと太平洋諸島・琉球弧の経済・軍事支配の実態

大国―独占資本の利益と特権を拡大する横浜APECに反対しよう

 11月13~14日、APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会合が、横浜市西区のみな
とみらい地区(「パシフィィコ横浜」)で開催される。1989年からはじまったAPECの
歴史は、米日帝国主義による新たなアジア・太平洋支配の場として機能してきた。

 APECの目的は域内の「貿易と投資の自由化、貿易と投資の円滑化」であり、IMF
(国際通貨基金)・世界銀行、WTO(世界貿易機関)、ADB(アジア開発銀行)などの
新自由主義経済政策と一体に、大国―独占資本の利益と特権を拡大するための会議で
ある。

また2001年9・11後の上海APECでは、米日主導により「テロ対策に関するAPEC
首脳宣言」を採択し、現在も続いている米帝国主義主導の「対テロ」戦争を支持する
「安全保障」問題も推進してきた。

 今年は、「先進国は2010年、開発途上国は2010までの完全貿易自由化を実現する」
目標を掲げてきた「ボゴール宣言」(1994年)の節目の年である。横浜APECでは新た
な目標として、成長戦略の策定」「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」「防災・
テロ対策」などを掲げ、アジア太平洋の労働者人民に対して搾取と収奪を強化しよう
としている。

一方警察権力は「対テロ」を口実に治安管理を強化し警備訓練を行い、
神奈川県内ではすでに「野宿者」排除攻撃も強行されている。戦争と貧困、不平等と
格差を拡大する横浜APECに反対しよう。

日米新安保体制を粉砕しよう

 日米両政府は、11月横浜APECにオバマ米大統領来日時に「新日米安保共同宣言」を
行おうとしている。

今年は「日米安保条約改定」から50年でもある。5月28日、日米両政府は沖縄民衆を裏切り、
「日米共同声明」を発表し辺野古新基地建設で「合意」
した。

菅民主党政権は、自公連立政権と何ら変わらず「日米同盟」(日米安保体制)
を「国是」として「新日米安保共同宣言」によって、米帝国主義主導の「対テロ」戦
争に日米軍事一体化を押し進めようとしている。

神奈川県は沖縄に次ぐ在日米軍基地
が集中している。松沢県知事は、「日米安保条約50年周年記念式典」を「日米同盟の
象徴である米空母ジョージ・ワシントンの甲板の上」と日々放射能の汚染や基地被害
を受けている横須賀市民を踏みにじる暴言をはいている。

「新日米安保共同宣言」が、沖縄をはじめとして神奈川岩国、さらに韓国、フィリ
ピン、グアムなどのアジア太平のすべての米軍基地の強化拡大につながる事は明らか
だ。

私たち反戦闘争実は、反帝国際連帯の立場から横浜APEC反対闘争と「新日米安保
共同宣言」粉砕闘争を結合し、すべてのアジア太平洋の米軍基地撤去の闘いをつくり
だしていきたい。9・20横浜行動への結集を訴える。

主催・有事立法―改憲阻止 反帝国際連帯 反戦闘争実行委員会 





琉球弧の自立・独立を考える

沖縄講座 2
「琉球自治共和国独立宣言」

第1部 講演/松島泰勝
質疑

第2部 対談・松島泰勝×大嶺 隆 

6月23日、「琉球自治共和国連邦独立宣言」を発した松島泰勝さんに、お話を伺います。2部は、沖縄独立の具体的提言を続ける大嶺隆さんとの対談。


講演者プロフィール

松島泰勝 龍谷大学経済学部教授、NPO法人ゆいまーる琉球の自治代表

大嶺 隆 元沖縄協会流動研究センター主任研究員・プロジェクトT&R代表,

 
2010/09/20 (月) 18:30~20:30
参加費・1,500円
琉球センター・どぅたっち  
(山手線駒込駅東口を左へ1分、居酒屋駒露地さんを

左折・南北線駒込4番出口から右へ、坂を下って4分)    
豊島区駒込2-14-7 03-5974-1333 


http://dotouch.cocolog-nifty.com/blog   
dotouch2009@ybb.ne.jp

移設反対派が名護市議会の過半数となる

9月9日の琉球朝日放送で名護市議選について報じていましたので、お伝えします。
私たちのゼミが沖縄に滞在しているときに、選挙結果が明らかになり反対派が過半数となり、基地による経済効果よりも平和な生活を優先する住民が多いことが明らかになりました。

仲井真知事は移設賛成派の支持を公然と行っていました。選挙後「移設は不可能」と言った知事の本音を見極めたいと思います。

有権者の最大の関心は基地のほかに雇用があります。基地関連で膨大な公的資金が投じられたにもかかわらず、失業問題が解決されていないことに、基地関連補助金の最大の問題があります。他者、カネ頼みでは経済自立は望めません。





今月12日、県内25の市町村で議員選挙が行われますが、政府がその結果に強く注目しているのが名護市議選挙です。

「基地建設」に反対する稲嶺市長を支える市長派と「容認」に立場が近い反市長派の過半数を巡る攻防。そして一票を投じる名護市民の思いを岸本記者が取材しました。

27の議員定数に対し、37人が立候補している今回の名護市議選挙。

稲嶺名護市長「海にも陸にも基地は造らせません」

政府が注目しているのは基地建設に強く反対する稲嶺市長を支える「市長派」と基地容認に立場が近い「反市長派」のどちらが市議会で過半数を占めるかという点です。

市長派と呼ばれる会派に所属する現職候補の発言です。

市長派の候補「今回、基地建設をまた(名護市に)押しつけようという動きがあって、稲嶺市政に圧力をかけているという現状の中で、基地建設反対を打ち出した稲嶺市政をどのように支えていくかこれが最も大切だと思う」

また、基地建設に反対する新人候補はー

市長派の候補「ことし4月25日の県民大会も含めて、辺野古への移設反対というのが大きな世論。しかし(移設容認派が)容認派が過半数を取ろうという動きがあるので、私としては断固として、稲嶺姿勢を支えるために頑張って多数を取りたい」

一方、反市長派とされる最大会派の現職候補は移設問題について、こう語ります。

反市長派の候補「日米両政府の取り組みの推移を十分しっかり我々は見極めていきたい。現実的な対応をしていかなくてはいけないというのが私の考えですが」

一部で噂のある、稲嶺市長の解職請求についても質問をぶつけました。

反市長派の候補「(Q:市議会で過半数を奪った場合、市長のリコール(解職請求)運動をする可能性は?)それは何とも分からない。現時点では仮の話になりますので」

市長のリコール請求の可能性を完全には否定しなかった現職候補。

また、反市長派と目される別の新人はー

反市長派の候補「1月の名護市長選に関して、基地をメインにした第二の住民投票だったという位置付けは違うのではないかというのが私の考え方です。稲嶺市長が当選してから半年あまりだが、市政運営がどうなってるのか見えてこない」

立候補者37人のうち、市長派と呼ばれる候補は18人。反市長派は17人。また、中立は2人で、現在、激しい票の奪い合いが行われていますが、有権者の関心はこの争いとは別のところにあるようです。

有権者「財政とか雇用」「経済的な効果を私は見てます。ただでさえ景気悪いですから」「仕事を中心に選びます。(Q:仕事を持ってきてくれる人を?)そうです」

失業率が全国平均や県平均を大きく上回る名護市では、最大の関心事はやはり雇用対策。

また、投票の判断基準について、市議選ならではの理由も非常に多く聞かれました。

有権者「政策も大事だが、やっぱりある程度は地縁・血縁というのがありますので。市長とか県議とか大きくなれば別かもしれないが、市議でしょ、非常に身近な関わり合いがある」「(Q:政策と地縁・血縁のどちらを優先させますか?)友達関係ですね」「(Q:血のつながりというか?)これが一番じゃないですかね」「朝、交通安全(運動)とかやってるのをずっと見てたから」「友達が立候補しているんで、友達に」

地縁・血縁を強く意識する有権者達。その背景には、候補者の大半が、市民を分断させる基地問題を政策に掲げていないこともあります。

実際、反市長派といわれる候補のうち、普天間基地の移設容認を前面に掲げている候補者はゼロ。

地域の課題解決を訴える有権者に対し、基地問題のみに注目して、市議選の結果を待つ政府。

そこに、非常に大きな認識のズレがあることは間違いなく、基地問題を主張せずに当選した市議達が、突如、大きな方向転換を図るとすれば「市民不在」という批判の声が挙がることは避けられません

やはり有権者が一番気にしているのは、足元の雇用のようで、今回の名護市議選挙で、普天間の辺野古移設に対する最新の名護市民の民意が示されるという訳では全くないようです。

しかし、政府はこの名護市議選に非常に注目していて、前原国土交通大臣と容認派だった島袋前市長が東京で会ったりしている。そういう政府の動きは見逃せません。

市議選はあくまで、地域の課題を話し合う代表を選ぶ場ですから、基地問題だけに視点を絞るのは、市民の判断を見誤ることにつながります。

松島ゼミ調査のお礼

昨日、無事、学生たちが関西に帰りました。
私は今日、戻ります。  

13日夜、交流会をRBCの後ろの食堂で行い、楽しく過ごしました。
14日
県庁では「沖縄21世紀ビジョン」のお話を伺い、学生たちとの間で真剣な議論が行われました。
関係資料も頂戴しました。

ポルシェのお菓子御殿では、工場見学、担当者からの説明で、琉球の素材を活用し、女性の役割を重視している
同社に感動しました。

謝花きっぱんでは、冬瓜づけ、きっぱんの歴史、地産地消をされている話を、店の中で社長自らがしてくれました。試食もち、久しぶりに食べる冬瓜づけ、きっぱんは大変おいしく、お土産を買いました。

沖縄県物産公社わしたでは、店長自らが独立採算制の経営、各種沖縄特産物の紹介、特産物の開発と販売方法などについて説明していただきました。

栄町にモノレールで移動し、黒島振興組合会長自らが、街を案内してくれました。ユニークな店が多く、店主や客が学生に話しかけてくれ、学生も楽しそうでした。前島アートセンターで栄町について話を伺いました。本当に生き生きした地域であると思いました。

夕食はSUDAKAさんで金城さんがつくった南米料理を頂戴しました。昨日、私は当銘さんご夫妻と、ふたたびお店に行き、金城さんからアルゼンチン、キューバの話をゆっくり伺いました。琉球も独立するのだったら、キューバみたいな国になったらいいと思いました。

15日
沖縄タイムスでは、タイムスの歴史をビデオでみて、与那嶺記者が司会になってくださり、上間さんの沖縄経済についての話を伺いました。リアルな沖縄経済の話で、非常に興味深かったです。次に論説委員長の長元さんが、非常に心にひびく沖縄の戦争、戦後史、基地の話をされました。沖縄の苦悩、現実、その現実に対する怒りが一つ一つの言葉に籠められていました。

昼は、牧志公設市場に行き、市場で昆布を販売されている振興組合の方に、市場の歴史、現状、将来についてうかがい、食事をしました。

その後、沖縄大学の学生さんたちと一緒に、3つの班に分かれて、街をめぐりました。私たちのグループは、むつみ橋通りのお店の方に話をうかがい、二階に上がり、若い人が営んでいるファッショナブルなお店をみたり、公設市場の方にお話を聞きました。

商人塾に戻り、稲垣さんが、伊是名島、渡名喜島の活性化の話をされました。これは次の日から行く伊平屋島のことを考える上で大変、参考になりました。沖縄大学の学生さんも、牧志市場の活性化に関心をもって活動をする理由について話してくださり、私たちと議論しました。

その後、後田多さんが、琉球近代史を中心に琉球独立について講演してくださいました。学生とも真剣に独立論について議論となり、夜の飲み会・食事会でも学生たちは後田多さんと有意義な話をしたそうです。また与那嶺記者も飲み会で学生に対して沖縄の諸問題について話をしてくださいました。

15日
バスと船で伊平屋島に行きました。もづくそば定食などをたべて、商工会で女性職員さんから島の概要、経済、信仰についてお話をうかがいました。次に漁業にいき、もずく工場で、もずくの商品化過程を詳しく、職員が説明してくださいました。生のもずくをタレとともに食べさせていただきましたが、大変おいしかったです。またもずくのクッキーも美味でした。特産物の生産にかける漁業の情熱を感じました。また魚の養殖場も見学しました。

米埼海岸に行き、皆で海水浴をしました。海の美しさ、海のもつパワーに感動しました。また学生さんが、私の顔を砂や貝で描いてくれました。暑い中でしたので大変だったと思いますが、よく似ていました。

16日
朝、私は6時から散歩をしまし、村の生活の一端を知ることができました。

役場に行き、職員さんが伊平屋島が沖縄県最北端にあることを大きな地図で説明してくれました。次に、島における外国籍の方の活動、民俗芸能の振興、特産物の生産、医療体制、若者の減少問題への対策、環境協力税などについて説明してくださいました。

民俗資料館では島の民俗、歴史を詳しく学ぶことができました。

次に皆でトラジ山に登り島を上から望みました。そして伊平屋島酒造所にいき、工場内を詳しく見せてもらい、一升瓶へのラベル貼りもさせてくださいました。試飲もしましたが、大変、まろやかで、味わいがありました。

島の北部にある、「神武天皇が誕生した」といわれている洞窟の中に入りました。中では小さな社があり、2人の方が祈りをささげていました。第一尚氏のお墓、共同売店、沖縄で最初の風力発電機などを見学しました。

よるはみんなでバーベキュー、花火をして、満天の星をみました。

今回の調査旅行では、多くの方から貴重な時間を頂戴し、心に残るお話を聞かせてくださり、真摯に学生からの質問や意見に答えてくださいました。

心より感謝申し上げます。






明日から龍谷大学経済学部ゼミ生と沖縄調査を行います

明日から、松島ゼミ生と沖縄調査を行います。ゼミ生の中には既に沖縄に行き、それぞれの調査活動をしている人もいます。

私はいまから伊丹空港に行きます。

本ゼミ調査旅行は、あらかじめ学生さんの研究調査方法についてレポートを出してもらい、ワークショップ形式で訪問先、研究対象場所を決めてきました。


いろんなところに行き、多くの方にインタビュー、質疑、意見交換を行う予定です。沖縄や伊平屋島の自治、経済自立のこころみ、環境問題、島の本当の豊かさ、歴史と将来の沖縄経済象、沖縄独立論、過疎の島での島おこし、振興開発と基地との関係、町おこしなど、多くのテーマをもつ学生が皆で行動し、地元の方と真剣な議論をすることで、自分の人生、研究に大変役立つ、調査旅行になると思います。

沖縄大学学生との公設市場でのフィールドワーク、沖縄企業工場、県庁や伊平屋村役場、沖縄タイムス社、泡盛工場、那覇市の栄町、漁業組合、商工会議所を訪問し、話を聞き、議論をする予定です。


沖縄タイムスの上間さん、与那嶺さん、歴史家の後田多さん、地域コーディネーターの稲垣さんなどにお話を伺います。

沖縄料理、南米料理、島の料理を食べて、酒を飲んで、語り合いたいと思います。


短い間ですが、非常に充実した時間となると思うので、参加する学生さんたちは、どんどん質問し、遠慮しないで自分の意見をいって、真剣な議論をしてほしいと思います。そして、現実の沖縄の姿を把握した上で、これからの人生、研究に役立ててほしいです。


このフィールドワークを行うにあたって、多くの島の方にお世話になりました。心より感謝いたします。
13日から17日の間、関西の学生さんが真剣に沖縄について考えるために、多くの方にお世話になりますが、
どうぞよろしくお願いします。



前原大臣による基地建設容認派への接触

8月25日の琉球朝日放送で、前原大臣が島袋前市長と会談していたことについて報じていますので、お伝えします。

辺野古への基地建設に向けて、キャンプシュワッブ内では兵舎が建設されているだけでなく、沖縄担当大臣による基地建設容認派との接触、話し合いが行われています。

カネによる切り崩し工作が始まったのでしょうか。名護市も日本政府による基地に関連した補助金による事業を一日も早くなくし、日本政府に揺さぶられないようにしなければならないと思います。







検証・動かぬ基地です。前原沖縄担当大臣が先週、名護市の島袋前市長と秘密裏に会談していたことが分かりました。現職の大臣が基地建設を容認する前の市長と密談、疑いの声も上がっています。

先週、前原沖縄担当大臣が東京で名護市の島袋前市長と会談、この席には基地を条件付で受け入れる姿勢の「辺野古区長と豊原区長も同席した」と報じられました。

大城康昌辺野古区長「何もしてないよ僕は、僕らは、(Q.前原大臣と)会ってないよ、誰から聞いたあんたら、(Q.東京では目撃されてますから)目撃?うそつけ、何を言ってる、会ってないですよ、(そうですか?)うん、絶対会ってない、豊原に聞いてごらん。」

城間正昭豊原区長「(Q.前原大臣)と会ったということになってますでしょ、会ってないもん私は。」

市長と我々はホテルで偶然に,「前市長は会ったかもしれない、我々は同席してないから分からないでしょ、同席はしてないから分からないじゃない。」前原大臣との会談をそろって否定する二人の区長。一方、島袋前市長は。

島袋吉和前名護市長(Q.先週の17日の夜に東京に行かれて前原大臣とどんなお話をされたんですか)「いや、別に、情報交換ですよ。だから別に変わったあれはないですよ。どんなお話ですか、例えばいまは市長という立場ではないですから、いや、だから情報交換ですよね、私人ですからやっぱり、市長としてじゃなくして、当然、あの、自由ですから、

(Q.これは前原大臣のほうから、ちょっと会いましょうという話だったんですか)え、まあ、それはもう言わないことにしておりますんで、(でもこれ、まあ、ちょっと会いましょうとこちらから言うわけにはいかない立場ですからね、いま。あの、その席には豊原の区長と辺野古の区長もいらしたんですか)いま言わないでおきましょうね、もう…」

会談についてあっさり認めたものの、それ以外は『言わないことにしている』と、足早に去っていきました。政府が辺野古への基地建設を進める姿勢に戻った中で、沖縄担当大臣が、基地建設を容認している前の市長と密会するという異様な事態。会談の事実を問われた前原大臣は。

前原大臣「まああのー、こういう仕事をさせていただいておりますといろんな方とお会いをいたします。えー、その方々と会ったかどうかということも含めて、いちいち皆さんがたにそれを申し上げることは、そこまで必要ではないんではないかというふうに思いますので、コメントは差し控えさせていただきたいと思います。」

前原大臣の動きに、辺野古、豊原とともに久辺3区をつくる久志区の行政委員長で、稲嶺市長を支える会の森山さんは。

森山憲一さん「市長である稲嶺市長をですね、差し置いて、ものごとを進めていくというやり方はですね、これはやっぱり手続きとして私はおかしいと思いますし、変なことするなーと」

一方、名護市の稲嶺市長は取材に対し「特にコメントはない」と答えるだけでした。先月末、沖縄を訪れ、北部12市町村長と懇談した前原大臣。

前原沖縄担当大臣「民主党政権は基地問題と振興は切り離して行うと申し上げてきたし、今後もその姿勢で臨んで行きたいと考えております」

このあと、北部市町村長を代表して名護市の稲嶺市長は、来年度末に期限が切れる北部地域の振興事業の継続を要請しました。稲嶺市長がコメントを拒む背景には、大臣との摩擦を避けたいという考えがあるようにも思われますが、市長を支える会の森山さんはこう述べます。

森山憲一さん「中身がわからない段階でですね、コメントはそれは責任ある市長ですから、できないと思うんですよね」

こうした動きのそばで、キャンプシュワブでは兵舎などの建設が進められています。政権交代後も工事は続けられたままで、自公政権がアメリカと合意した辺野古への基地建設計画のままの工事が、着々と進められているのです。

そして、自公政権に抗って普天間基地の国外・県外移設を掲げて政権交代を果たし、その後方針を翻した民主党政権。

岡田外務大臣「自由民主党はもともと辺野古沖ということで、当時の政府としての考えを持っていたわけでありますので、まあ話し合いをきちんと行うことによってですね、共通点を見出していきたいと(いうふうに思っております。)」

野党自民党にも協力を求める発言まで飛び出しています。「陸にも海にも基地は造らせない」と、市民への約束を貫く稲嶺市長。その目を盗むように基地容認派と秘密裏に会う政府。基地建設包囲網をじわじわと造っているようにも見えます。

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普天間基地の移設先について政府が国外、県外と言った約束を反故にして辺野古に戻しただけに、辺野古への基地建設を容認する名護市の前市長との密談は見過ごせないですね。

「基地と振興策は別、切り離して行う」と前原大臣は言っていますが、辺野古に基地を造るために何か模索していると受け取られても仕方がありません。市議会議員選挙、そして知事選に向けた話も出たのではと、憶測も広がっています。

名護市の苦悩

8月13日の琉球朝日放送で名護市議選をめぐる、名護の苦悩についての報道がありましたので、お伝えします。





名護市が誕生してから40周年の記念式典。歴代の市長や議員たちが集まり、祝賀ムードに包まれた会場でしたが、その裏側では来月の市議会議員選挙を前に、早くも稲嶺市政与党と野党が激しい火花を散らしていました。

野党・島袋権勇議長「我々としては、過半数以上はとってもらいたいという大きな願望がありますので」

与党・比嘉祐一市議「稲嶺市制を支える与党としては、しっかりと過半数を獲得して安定した行政をやっていきたい」

「基地建設反対」を明言し、1月の選挙で初当選した稲嶺市長。しかし市議会は現在、野党が過半数を占めていて、今度の選挙で巻き返しを図りたいというのが市長の思いです。


こうした中、先月には、島袋吉和前市長を支援してきた「和の会」が合同激励会を開催。稲嶺市長と対立する野党の立候補予定者など15人が参加しました。

野党・島袋権勇議長「当然、基地問題は避けて通れる話じゃありませんので、真正面から取り組んでいってもらわなければと思います」

「和の会」相談役・荻堂盛秀商工会会長「『条件作って、受け入れましょう』と言ってきたのに、またここにきて、振り出しに戻った」

野党・宮城義房市議「北部地域で一番の問題は人口の問題、それと同時に大事なのは若者に仕事があるかどうか。仕事をつくるような仕組みを作っていかなければならない」

「和の会」相談役・北部地域振興協議会・仲泊弘次特別顧問「市長を選ぶにも民意が反映される。そして27名の議員が選ばれるのも民意としてどうやっていくかということで、判断になるのではないかと思う」

そこにはこの人も。仲井真知事が、いわゆる基地容認派が推す候補予定者の支援を表明したのです。『あんまりいろんなことを考えない方がいいかもしれませんよ。僕を応援してくれた人の選挙は当然応援する。これ当たり前ですよ』

こう話す知事ですが「県内移設は厳しい」と言いながらの行動には矛盾を感じざるをえません。


誕生から半年。稲嶺市政の船出は厳しいものでした。「普天間基地の県外、国外移設」を掲げていた民主党が、政権交代からわずか8カ月で方針転換。野党が過半数を占める市議会では、度々、「基地建設容認決議」や「市長リコール」の話も囁かれ、厳しい議会運営を余儀なくされたのです。

また兵糧攻めも始まっています。基地建設に協力した市町村に支払われる再編交付金。名護市はこれを財源に小学校の統合事業などを始めていますが、今年度になって6億円の支払いが保留になっているのです。

「稲嶺進を支える会」を結成し、市長を支援している森山憲一さんは次のように語ります。

久辺3区 稲嶺進を支える会・森山憲一副会長「これは相当危機感を感じているんじゃないかと思います。市長としてはプレッシャーを感じていると思う」

稲嶺市長の後援会が主催した与党の候補予定者18人の合同激励会。市長は訴えに、強い決意をにじませました。

稲嶺市長「名護の民意はあの1月24日(市長選)に示した答えなんだともう一度示さないといけない」

与党・荻堂盛光市議「どんなに市長が素晴らしい提案をされても、議会で過半数をとれないことにはどうしようもない」

与党・屋比久稔市議「負けられない戦い、18人の仲間、進を助けるため、みんなで頑張ろう」

照屋剛さん「今度の市会議員選挙で過半数をとってとどめをうつのが、この市会議員選挙の重要なポイント」


当初は8月末までに工法や位置などを決めるとしながら、それを11月の知事選以降に先送りした政府。地元の反発が残る中、今回の市議選と知事選の結果に、問題解決の突破口を見出したいという意図が見えます。

政権交代したものの、結局、辺野古に戻ってきた基地建設計画。今回の名護市議会議員選挙は、国の重要課題・基地問題を左右するものとして注目されています。

与那国島と台湾との貿易

9月7日の八重山毎日新聞が与那国島と台湾との貿易について報じていましてので、お伝えします。
近い島同士の貿易、交易が島嶼経済の問題を解決する基本的な方法です。

本来なら、与那国島と台湾との直接貿易が望ましいのですが、日本政府がそれを妨害して、島の経済状況を困難に追い込み、自衛隊の受け入れしか「経済の活性化」がないように追い込んだと考えます。

日本国の妨害に負けず、島人が島嶼間貿易をこれからも継続してもらいたいです。





一般社団法人与那国花蓮縣交流発展協会(安里與助理事長)が町内の農家からの依頼を受け、台湾から輸入した肥料500袋(1袋40キロ)20トンが5日午前、祖納港に到着。

依頼農家に引き渡された。交流協会として初の社会実験事業で、今後、日用雑貨や家具などの輸入に拡大し、将来的な人的交流につなげる方針。

 同協会は、与那国町と台湾花蓮縣との文化・教育・観光・経済・交易等の多元的交流を推進し、国境を越える新しい生活交流圏を創造することを目的に、2009年12月に設立した。

 今回の台湾からの肥料輸入は、理事でもある同町のサトウキビ農家の宮良正一氏(60)の依頼を受け、同協会が花蓮県の花蓮縣与那国交流発展協会の協力を得て輸入。台湾航路を持つ大東海運産業(株)の貨物船を利用し、先月23日に台湾の高雄港を出港。

那覇港を経由して5日午前、同町の祖納港に入港。荷揚げされた。

 輸入された肥料はサトウキビの肥料。20キロ換算で、系統肥料などが1700~1800円に対し1100円程度と格安。成分もほぼ同じという。

 輸入を依頼した宮良氏は「年間約800袋の肥料を使う。1袋で500円変われば全体で40万円の違いが出る。キビの値段は変わらないのに肥料は以前の1.7倍ぐらいに値上がりしている。(国内産と)成分が同じならば、安い方がいい」と話した。

 同協会の安里理事長(68)は「町民、協会にとっても記念すべき1歩となった。今回は宮良さんの個人輸入という形だが、今後は与那国の他の農家、石垣市の農家にも拡大し、安定的な輸入供給ができるよう取り組みたい」と話した。

 同協会では今後、肥料関係で与那国町内の農家の需要を満たした上で石垣市や竹富町の農家にも拡大。さらに、輸入品目も食物検疫に該当しない生活物資や家具類にも輸入を拡大。与那国町の自立に取り組む方針。

パラオ共和国での調査旅行、琉球センターどぅたっちでの講演会

昨日、パラオ共和国から戻ってきました。パラオ人、琉球人、日本人、台湾人と会い、UNDPなどの国連機関、台湾大使館、大学、国立博物館等にいき、さまざまな話を伺うことができました。またパラオコミュニティカレッジの図書館の太平洋文書コーナーでも、パラオの貴重な資料をコピーすることができました。

パラオがどのような過程で独立の道を具体的に歩んできたからを学び、そして独立後のパラオが日米、台湾、豪州等の大国政府、大企業とどのように対等に渡り合ってきたのかを、改めて考えることができました。独立の背景には、パラオ人のしたたかな自治の実践があり、独立の土台になっていることも、具体的事例から認識することができました。

パラオ人は観光客にとっては「楽園」ですが、パラオ内部、パラオ人と外国政府・企業¥投資家との間には、金武町関係があり、パラオ人は主体的に地球の上に存在していることを、自分の肌を通じて感じました。

またパラオだからこそ独立できた理由、パラオだからこそ独立後の運営も巧みに行っている理由等もパラオの地で考えました。今回は、琉球独立を念頭においたパラオ調査旅行でした。

パラオがもっている地のエネルギーによって、私のマブイ(魂)も大きくなったように感じます。


琉球弧の自立・独立を考える

沖縄講座 2
「琉球自治共和国独立宣言」

第1部 講演/松島泰勝
質疑

第2部 対談・松島泰勝×大嶺 隆 

6月23日、「琉球自治共和国連邦独立宣言」を発した松島泰勝さんに、お話を伺います。2部は、沖縄独立の具体的提言を続ける大嶺隆さんとの対談。


講演者プロフィール

松島泰勝 龍谷大学経済学部教授、NPO法人ゆいまーる琉球の自治代表

大嶺 隆 元沖縄協会流動研究センター主任研究員・プロジェクトT&R代表,

 
2010/09/20 (月) 18:30~20:30
参加費・1,500円
琉球センター・どぅたっち  
(山手線駒込駅東口を左へ1分、居酒屋駒露地さんを

左折・南北線駒込4番出口から右へ、坂を下って4分)    
豊島区駒込2-14-7 03-5974-1333 

http://dotouch.cocolog-nifty.com/blog   
dotouch2009@ybb.ne.jp

琉球独立宣言と最新賛同者名

今日から7日まで人口2万人のパラオ共和国に調査旅行にいきます。パラオにいくのは1年ぶりですが、色々な方にあって、様々なものを見て、パラオの政治経済、文化、国際関係等について学びたいと思います。

琉球独立宣言と、最新の賛同人名です。賛同人になってくださり、心より感謝申し上げます。


琉球自治共和国連邦独立宣言




 2010年、われわれは「琉球自治共和国連邦」として独立を宣言する。現在、日本国土の0.6%しかない沖縄県は米軍基地の74%を押し付けられている。これは明らかな差別である。2009年に民主党党首・鳩山由紀夫氏は「最低でも県外」に基地を移設すると琉球人の前で約束した。

政権交代して日本国総理大臣になったが、その約束は本年5月の日米合意で、紙屑のように破り捨てられ、辺野古への新基地建設が決められた。さらに琉球文化圏の徳之島に米軍訓練を移動しようとしている。

日本政府は、琉球弧全体を米国に生贄の羊として差し出した。日本政府は自国民である琉球人の生命や平和な生活を切り捨て、米国との同盟関係を選んだのだ。

琉球人は1972年の祖国復帰前から基地の撤去を叫び続けてきたが、今なお米軍基地は琉球人の眼前にある。基地があることによる事件・事故は止むことがない。日本国民にとって米軍の基地問題とは何か?琉球人を犠牲にして、すべての日本人は「日本国の平和と繁栄」を正当化できるのか?われわれの意思や民族としての生きる権利を無視して米軍基地を押し付けることはできない。

いまだに米国から自立することができない日本国の配下にあるわれわれ琉球人は、絶えず戦争の脅威におびえ続け、平和に暮らすことができない。

 琉球人はいま、日本国から独立を宣言する。奄美諸島、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島からなる琉球弧の島々は各々が対等な立場で自治共和国連邦を構成する。琉球は三山時代(14C半ば~15C初期)を経て、1429年に琉球王国として統一された。

その後1609年、薩摩藩は琉球王国に侵略し、奄美諸島を直轄領とし、琉球王国を間接支配下に置いた。1850年代半ばに琉球王国は米・蘭・仏と修交条約を結んだ。1872年に日本国は琉球王国を一方的に自国の「琉球藩」と位置づけ、自らの命令に従わなかったという理由で1879年、「琉球処分」を行い、「琉球王国」を日本国に併合した。

その後、琉球王国の支配者たちは清国に亡命して独立闘争を展開した。日本国に属した期間は1879年から1945年、1972年から2010年までのわずか104年間にすぎない。琉球が独立国であった期間の方がはるかに長いのである。

太平洋の小さな島嶼国をみると、わずか数万の人口にすぎない島々が独立し国連に加盟している。これらの島嶼国は、民族の自立と自存を守るために、一人ひとりの島民が「自治的自覚」を持って独立の道を選んだのである。国際法でも「人民の自己決定権」が保障されている。琉球も日本国から独立できるのは言うまでもない。

これからも日本政府は、「振興開発」という名目で琉球人を金(カネ)で支配し、辺野古をはじめとする基地建設を進めていくだろう。長い歴史と文化、そして豊かな自然を有するわが琉球弧は、民族としての誇り、平和な生活、豊かで美しい自然をカネで売り渡すことは決してしない。

平和運動の大先達・阿波根昌鴻は「土地は万年、金は一年」と叫び、米軍と闘った。われわれ琉球人は自らの土地をこれ以上、米軍基地として使わせないために、日本国から独立することを宣言する。そして独立とともに米軍基地を日本国にお返しする。


2010年6月23日 慰霊の日に
呼びかけ人
松島 泰勝(ゆいまーる琉球の自治/龍谷大学)
石垣 金星(ゆいまーる琉球の自治/西表島郷土史家)



賛同人 

前利潔(ゆいまーる琉球の自治/沖永良部島) 
上勢頭芳徳(ゆいまーる琉球の自治/竹富島)
内間豊(ゆいまーる琉球の自治/久高島)

新元博文(ゆいまーる琉球の自治/奄美大島宇検村)
高良勉(ゆいまーる琉球の自治/沖縄島南風原)
謝花悦子(わびあいの里/伊江島)

平恒次(University of Illinois/宮古島出身)
久岡学(奄美大島龍郷町)
森本眞一郎(1609年を考える奄美三七の会)

山田隆文(鹿児島在住奄美大島出身者)
照屋みどり(沖縄島豊見城)
本村紀夫(宮古島出身/沖縄島在住)

渡名喜守太(琉球弧の先住民族会)
島袋マカト陽子(琉球センター・どぅたっち)
太田武二(琉球センター・どぅたっち)

玉城義久(奈良沖縄県人会)
上原成信(一坪反戦地主会関東ブロック)
石坂蔵之助(ゆいまーる琉球の自治/沖縄市泡瀬)

喜久里康子(沖縄市民情報センター)
新垣重雄(石垣島)
当真嗣清(琉球弧の先住民族会)

島袋倫(ウチナーグチ振興研究家)
まよなかしんや(アイヌ民族と連帯する沖縄の会)
宮里護佐丸(琉球弧の先住民族会)

上村真仁(石垣島)
川平俊男(甘蔗(藷)農産組合宮古)
嘉手納安男(沖縄島那覇)

松島寛(ゆいまーる琉球の自治/石垣島出身/沖縄島在住)
村山友子(沖縄島名護市民・仏教大学生)
與那覇 龍郎(縄文クリエイティブ代表)

アンダースみのり (沖縄島豊見城市)
アイヌ・ラマット実行委員会
藤原良雄(ゆいまーる琉球の自治/藤原書店)

西川潤(早稲田大学)
上村英明(市民外交センター/恵泉女学園大学)
竹尾茂樹(ゆいまーる琉球の自治/明治学院大学)

佐藤幸男(富山大学)
大林稔(龍谷大学)
西浜楢和(ゆいまーる琉球の自治/沖縄通信)

中村尚司(龍谷大学)
崔真碩(広島大学)
手島武雅(先住民族政策研究者)

日比野純一(FMわぃわぃ/神戸長田区)
大河内秀人(江戸川区/僧侶)
秋林こずえ(立命館大学)

金子マーチン(日本女子大学/反差別国際運動事務局)
金子えりか(在ロサンジェルス)
安渓遊地(山口県立大学)

阪本公美子(宇都宮大学)
津田勝憲(栃木県/農業)
齋藤憲(ゆいまーる琉球の自治/大阪府立大学)

吉田宗弘(つぶて書房)
岡本雅享(福岡県立大学)
作間順子(ゆいまーる琉球の自治/意匠家)

中島大地(普天間基地撤去を求める高校生の会)
Kyle Kajihiro(Hawai’i)
丸井清泰(編集者/別府出身)

Keala Norman(Hawai’i,Honolulu)
Marco Panza (CNRS, Paris)
小林 純子(東京都)

沼田 哲(東京都)
横浜APEC反対実行委員会
丹治三夢(University of Curtin/Australia)

上田假奈代(こえとことばとこころの部屋/大阪釜ヶ崎)
藤岡美恵子(法政大学非常勤講師)
吉永祥三(日本語教師(ボランティア)/千葉市)

吉田美香(歯医者/奈良県)
荒井理美(神奈川県逗子市)

本浜さんの『手塚治虫のオキナワ』

『島嶼沖縄の島嶼経済』を西川潤先生と私とともに編集した本浜さんから本を送っていただきました。心より感謝申し上げます。勉強させていただきます。


本浜さんは西川先生のゼミの先輩にあたる方で、本浜さんが琉球新報で働いていたときから、いろいろとお世話になりました。

その後、ペンシルベニア大学に留学し、沖縄文学に関してドクター号を受理されました。文学や表象文化から琉球の問題を考えています。

今年秋に早稲田大学で開催される国際開発学会の沖縄の振興開発に関するセッションにおいても、一緒に報告する予定です。

オキナワ、太平洋諸島、南、島と手塚治虫との関係が論じられ、大変、刺激的な本だと思います。

次の本の紹介を添付します。




『手塚治虫のオキナワ』2010年7月春秋社刊


[日販MARCより]
手塚治虫を漫画家として復活させたものは、オキナワだった。戦争、基地、アメリカ、ハーフのヒロイン、海と島。その描写にこめたものは何だったのか。かつてない手塚論にして、出色の戦後日本考。

[BOOKデータベースより]
手塚をマンガ家として“復活”させたもの―それは、オキナワだった。戦争、基地、アメリカ、「ハーフ」のヒロイン、海と島…。その描写にこめたものは何だったのか。オキナワ、そしてその先へと広がる「水平線の思想」とは。かつてない手塚論にして、出色の戦後日本考。


はじめに 「海の未来」、アクアポリス、そして手塚マンガ;
第1章 「顔」と「身体」の表象;
第2章 「南」への欲望―「少年」「孤児」「南の島」;

第3章 「野蛮」のエロティシズム;
第4章 「戦後日本」とアメリカ;
第5章 地図の欲望―「島」と「海」;

第6章 すべては物語のために―手塚が手にした神の視点;
無意識と意識の「手塚治虫」―おわりにかえて

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