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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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第8回ゆいまーるの集い 10

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会場には地元の方、特に小学生も参加して下さいました。私がいくつか質問を投げかけ、質問をしてくれました。この集いでの話が少年たちの心に残り、将来、島の自治を担う人間になってほしいです。


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村役場の方も集いに参加してくれました。今日の集いの準備、横断幕の作成、プロジェクターの設置など、大変お世話になりました。心よりお礼申し上げます。またいつかお会いできてらと思います。


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沖縄県民俗学会会長の上江洲均氏は、「伊平屋島民俗散歩」という題で報告されました。次のような多くの興味深い事実を指摘されました。

奄美と関係のある土器が発見され、伊平屋島は大和文化の流入口でした。

古宇利島の男女がモーアシビ(男女間の唄踊りによる遊び)をするために伊平屋島に舟で来ており、他の琉球の島との関係もみられました。島の女性シャーマンであるノロはテルク口(神言葉)を語っていました。

ウンジャミ祭では、1980年代初めまでノロが馬に乗って行列する姿が見られました。牛を田に入れて土地を踏み固める「踏耕」が行われていました。

また多くの貝塚があり、追い込み網漁が行われ、サンゴ石を家の石垣として利用するなど、海が生活の中で大きな役割を果たしていました。他の島では意味が変化した、琉球の古語である「ウガ(あなたを指す敬語)」が伊平屋島では今でも古語のままで使われていました。

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海勢頭さん、新元さんも熱心にノートをとり、議論に参加していました。

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村役場の方がつくってくれた横断幕です。
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「振興開発」は現実的選択か

11月29日の産経新聞に仲井真市の勝利を「現実的選択」と題して記事が掲載されていました。
振興開発を重視することが本当に現実的選択なのでしょうか。

私は振興開発には構造的に問題があり、沖縄に経済自立をもたらすものではないと考えています。
今週末に早稲田大学で行われる国際開発学会で私は、沖縄のこれまでの振興開発を総括して、新たな方向性を示すための議論を行う予定です。また、金曜日、浜松でもこの件についての講演会を行います。

構造的に問題のある振興開発に期待し続ける琉球人の認識が変わらない限り、日本人による「沖縄差別」は続きます。

「反米・反基地」のイデオロギー思想と産経新聞は決めつけていますが、どのようなイデオロギー思想なのでしょうか。その際の「イデオロギー」とは何でしょうか。日本のマスコミは、自らに都合のよい、嫌なものを見ないで済むような「物語」をつくることで、沖縄差別を隠ぺいしようとしています。

これから、日本政府による開発と基地のリンケージ作戦が本格的に展開されます。注意深くこの動きを分析して、問題点を提起していきたいと思います。



再選を目指した仲井真弘多氏(71)と、革新陣営による12年ぶりの県政奪還を狙った伊波洋一氏(58)の事実上の一騎打ちとなった沖縄県知事選。仲井真氏の勝利は、これまで県内移設反対の一色で塗りつぶされたかのように見えた“民意”が実は「反米・反基地」のイデオロギー的思想に主導された、作られたものであることを示した。

これから本当の民意に基づいた「米軍基地の縮小」と「自立経済の確立」に向けて、改めてスタートが切られる。

 本土復帰後の10回の知事選はいずれも、米軍基地問題を背景に保革の対立構図となり、保守系が6勝で革新系が4勝。今回も米軍普天間飛行場移設問題が争点の根底にあったが、仲井真氏は(1)県外移設の要望(2)日米合意の見直し(3)日本全体で安全保障問題を考える-を前提に、「国外移設のみを訴える伊波氏の論法は、旧態依然としたイデオロギー的視点であり県民意識を無視している」と批判。

 沖縄と政府で作る沖縄政策協議会が始動したことも挙げ、平成23年度末に期限が切れる沖縄振興特別措置法に代わる「新たな沖縄振興法」と「基地跡地利用促進法」の制定、財源となる「一括交付金」の実現の3本柱を掲げ、産業振興による県民生活の向上を前面に押し出した。

 一方、伊波氏は、保守県政の脱却を訴え、県内移設容認から県外移設に転じた仲井真氏を批判、県外移設を貫いている自らの言動を強調し、違いを際だたせようとした。

 ただ、今回の知事選は過去と比べ盛り上がりに欠け、両陣営のターゲットは無党派層に絞られた。仲井真陣営が警戒したのは伊波陣営のローラー作戦。同陣営には本土から2千人以上の活動家や応援団が動員されたという。

仲井真陣営について、ある情報関係者は「選対の中には最後まで結果を危ぶむ声があったが、最終段階で盛り返した。共産党が前面に出るにつれ、伊波支持者が仲井真氏に流れた」と分析。県民は自立した経済振興を望む現実的な選択をしたといえる。

 仲井真選対の関係者は「仲井真氏は、来年1年間ですべてをかけて基地問題を含め新しい沖縄振興計画の策定など、将来を見据えた経済浮揚の道筋をつけるつもりだ」とした上で、「県民が仲井真氏を選んだ思いを政府は真(しん)摯(し)に受け止め、日米合意に至った普天間問題の経緯を県民が納得できる形で説明し、沖縄が経済的自立ができるように対応することが必要だ」と指摘した

今日は沖縄県知事選、琉球人はどのように判断するのか

昨日の沖縄タイムスに、米国がどのように沖縄の軍事基地を認識していたかを示す重要資料についての記事が掲載されていましたので、お伝えします。昨日、私の父親から電話でその内容を聞き、早稲田大学平和学講座を受講している学生さんにも、その話を聞かせました。下にタイムスからの記事を転載します。


昨日は多くの学生さんから真摯な質問や意見を頂戴し、充実した議論が行われたと思います。これを機会に、「沖縄問題」は「日本問題」であり、自分自身の問題であることを自覚し、沖縄や世界の平和についてもう一度考え、行動してほしいと思います。

私も来年は新たな活動の展開にむけて、考え、行動します。

今日は沖縄県知事選の日です。どのように琉球人が琉球の将来を決めようとしているのかが分かります。
希望のない振興開発に期待し続けるのか、琉球人の自己決定権を行使して、振興開発、基地双方から脱却した新たな琉球をつくるのかが問われています。



沖縄返還後の米軍基地をめぐり、ベトナム戦争を指揮したロバート・マクナマラ米国防長官(当時)が琉球政府の松岡政保主席(同)に対し「沖縄基地は沖縄人や日本が考えているほど重要ではない」などと述べていたことが、26日公開された外交文書で明らかになった。

日本側は当時から在沖米軍基地の他への移転に否定的だったのに対し、核兵器を含む基地の自由使用を強く求めていた米側がむしろ柔軟な思考を持っていたことを示すもので、米軍普天間飛行場移設論議にも波紋を広げそうだ。

 文書は1968年10月、松岡主席が政府の沖縄事務所職員に語った内容を伝えた極秘の公電。松岡主席は67年3月に訪米した際、マクナマラ長官と会談した。

 マクナマラ長官はその際、沖縄の基地について「あと3年もたてばその性格は変わる」と指摘。当時沖縄にあった核戦力について「米国は戦術上、地上に核基地を持つのは有効でないと考えている」としたほか、地上兵力についても「飛行機の速度の進歩で、大量の兵力を海外に駐屯させておく必要はない」と語ったと記されている。

 松岡主席はこうした発言に、米国のアジア市場維持などの観点から「もちろん基地はなくならない」としつつも、結果として在沖米軍基地の形態は「本土並み」になるとの感触を示した。

 一方で、日本の防衛庁(当時)が69年1月に作成した「沖縄返還に関する防衛上の諸問題」では「核報復基地をはじめ、現在沖縄にある各種基地機能を他の地域(韓国、台湾等)に移すことは、経済的負担が極めて大きい」とした上で、沖縄が地理的にも日本本土、韓国、台湾などを支援する「最適の位置」にあると強調。

「核抜き、本土並み」返還にすら強い難色を示す内容で、沖縄に基地を集中させることが、米国の要求というよりむしろ日本側の利益だった側面を強く示唆している。

後田多敦さんの『琉球救国運動―抗日の思想と行動』をお読みください

後田多さんから新刊書『琉球救国運動―抗日の思想と行動』を送ってくださりました。心より感謝します。
今日の早稲田大学での講義でも、参考文献の一つとして挙げさせていただきました。学生さんにも紹介させていただきたいと思います。

また河野さんという、琉球独立を国際法の観点から御研究されている方にも、このご著書を推薦させていただきました。


私は昨日、読了させていただきましたが、琉球救国運動をアジアにおける抗日運動と結びつけ、亡命だけでなく、貿易、徴兵拒否など、多様な形で抗日運動を展開してきた琉球の生きざまを知ることができました。

この抗日の思想と行動は、現在までも続いており、これは琉球がいまだに日本の植民地であることを示しているのです。

今年の夏、龍谷大学の学生さんに後田多さんに琉球独立の歴史について話していただき、その時、次のように思いました。歴史家としての後田多さんは同時に現在の琉球独立運動家でもあり、現在と歴史を交互にみながら、今を生きて考えているのではないでしょうか。

中国が日本よりも政治経済的な発言力が大きくなるなか、琉球と中国、琉球と日本との関係が当然、新たな観点から問われてきます。その時、後田多さんの御本が大きな歴史的な証拠になると考えます。

また琉球でお会いした時に、琉球のこれからについて、いろいろと議論したいと思います。

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第8回ゆいまーるの集い 9

今日、東京に行き、明日、早稲田大学の「21世紀世界における戦争と平和」という連続講座において、「沖縄差別」としての米軍基地問題をどのように解決するのか、というテーマで話をする予定です。沖縄差別、沖縄の脱植民地化の意味、差別の当事者性等について、学生さんと真剣な議論をしたいと思います。



伊平屋島でのゆいまーるの集いの続きです。

次に私が、「琉球の自治・自立・独立と伊平屋島」と題して、次のような「琉球独立八策」を示しました。万機公論に決す、一人一人の自治的自覚に基づく自治の実践、内発的発展による経済発展、近代国民国家から脱却し一島独立の連邦国家の形成、自治・公共・平和・共生の島づくり、世界の国々と外交関係を結ぶ、人づくりを国是とす、コモンズ・土地・地霊を尊重し自然・人・神の共生を目指す。


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伊平屋商工会の大見謝るみ子さんは「つながる力とつなげる力」と題して神の島、伊平屋島の島おこし活動について語りまし。大見謝氏はサーダカ(霊的感受性)が強く、琉球王国の最高神女・聞得大君のお告げに従って、島々の聖なる場所を巡礼しました。伊平屋島の拝所マップをつくり、文化と経済を結ぶ活動を行っています。

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大見謝さんの話をうけて、久高島の内間さんが、久高島の現状、神世界、人と神とのつながり等について意見を述べました。

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「琉球のシャーマン」である海勢頭豊さんは「伊平屋島から見た琉球王国の成り立ち」を琉球のウナイ神、平和神である龍宮神を中心に話されました。平和思想を有するがゆえに琉球人が日本人によって差別されてきたのであり、琉球全体が被差別部落である。また伊平屋島を舞台としたオペラ「天の岩宿物語」製作の背景を説明された。


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伊平屋村役場元助役で80代の与那嶺たけしさんが島の生活史を報告されました。戦前、伊平屋島では米・麦・トウキビ・粟・大豆の栽培、養蚕が行われ、カモ・ウナギ・フナ等の動物もおり、自給自足ができる島でした。

1960年半ばまでマキが燃料として利用され、1964年になって島が電化されました。伊平屋島は「離島」と言われるが、あらためて豊かな島であることが分かります。


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次に会場で皆で弁当を食べました。
沖縄県考古学会副会長の當眞嗣一さんは、「田名グスクについて」話されました。170メートルの山の上にある田名グスクは島を守るための要塞であるが、誰が何故このグスクを造ったのかはまだ分からないといいます。

島の別のグスクであるヤヘーグスクからは14,15世紀の中国製の陶磁器が発見されており、伊平屋島は東シナ海を通じて中国とも結ばれていました。

第8回ゆいまーるの集い 8

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大雨で大きな被害を受けた奄美大島から新元さんが伊平屋島に来て下さいました。そして奄美の唄をろうろうと、腹から声を出して歌って下さいました。奄美の自然や人を思いながら聞き入りました。


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村山さん働きながら、京都の大学でも学んでいる向学心のある、素晴らしい方です。自分が住んでいる地域、名護への思いも深く、地域活動をさらに普遍化すべく学問に志されています。生活と学問が村山さんにおいて一体化しており、本来の学問の意味を改めて考えさせられます。

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伊平屋村役場の方です。交流会に参加して下さいました。次の日の集いでも、役場が共催をして下さり、心より感謝申し上げます。これも西江さんのご尽力だと思います。今年9月にゼミの学生さんたちと、村役場を訪問したときにも、親切に、また丁寧に、島が抱えている課題、可能性について役場の職員の方が学生たちに話して下さいました。

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前泊の公民館で、ゆいまーるの集いが朝9時からはじまりました。外は雨でしたが、充実した一日となりました。

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最初に藤原良雄社長が「自治とは何か」を後藤新平の「自治」を紹介しながら明らかにしました。民主主義の原義とは民の一人一人が主人であることであり、本当の民主主義が自治につながると力説しました。

第8回ゆいまーるの集い 7

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これが黄金のハブです。皆、「カリーがつく」といって写真におさめていました。非常に珍しいハブを見せてもらいました。

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島にも個性がありますが、ハブにも個性があります。訪問した方の小屋には、大きなヤギ、犬も飼われており、色んな動物と共生しながら生活されているな、と思いました。

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12日夜、民宿で海勢頭さんと仲間たちによるオペラ「海の岩宿物語」のDVDを鑑賞しました。琉球で平和思想を学んだ姫が日本に帰り、平和を広めるという内容だったかと思います。琉球に米軍基地を押し付ける日本、日本人はいつになったら琉球の平和思想をわが事とするのだろうかと考えながら見ていました。

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夜、民宿での交流会において、久高島から参加された内間豊氏が、島の若者に、島の課題を皆で話し合って解決すべきであると、自治を力強い言葉で語った姿が心に残りました。

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内間さんの真剣な問いかけと励ましの言葉が身にしみました。内間さんと島の青年は握手をして、和やかな雰囲気となりました。この内間さんの言葉は島の青年の心に一生残り、この体験をもとにして、これから島を背おっていくと確信しています。この方は翌日も、集いに参加され、議論を聞き、後藤新平の『自治』を購入していました。

第8回ゆいまーるの集い 6

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伊平屋島はハブが住む島です。となりの伊是名島にはハブがいません。伊平屋は山がちで、地球の地殻変動によりハブが生き残ることができたのに対し、平地が多い伊是名では生き残れませんでした。島の多様性を実感します。
黄金のハブを飼っている方のところに行きました。

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ハブがいる箱からハブを取り出すところです。

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最近、ハブを見たことがなかったので、久しぶりにハブをみました。沖縄ではマングースが外部から導入され、ハブの数が少なくなったと言われています。このハブは、後日、ハブ料理で食べられると聞きました。

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ハブはサトウキビ畑、茂みに多くすむといわれています。私が小さいころ「ハブとマングース」の決闘ショーが玉泉洞でやっていましたが、ハブがやられるので、動物愛護の観点から中止になったと聞きました。

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集いの参加者も興味深くハブを見ていました。この後、黄金のハブが登場します。

第8回ゆいまーるの集い 5

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西江さんが島の南の砂浜に案内してくださり、カニを見せてくださると、砂穴を掘ってくださいました。
非常に機目の細かい砂浜でした。

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石坂さんと三上さんが西江さんを見守っています。

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新元さんと村山さんは、沖永良部の集い以来、意気投合しており、自治のネットワークをつくっております。
この集いは人と人とをつなぐ役割を果たしています。

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新元さんが珍しいモノを見つけました。海辺には新たな発見があります。


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次に伊平屋小学校のガジュマルを見に行きました。子供立ちの休憩所、遊び場になっています。私も小さいころガジュマルの上で、その周りで遊びました。キジムナーという妖精が本当にすんでいるかのような幻想的な趣をもったガジュマルでした。

第8回ゆいまーるの集い 4

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クマヤ洞窟は、神武天皇が生まれた場所と江戸時代の藤井貞幹が主張し、本居宣長がそれを批判しました。
日本の歴史の古層に触れるような気持ちで参加者が洞穴にもぐりこみました。


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中は大きな空間となっており、幻想的な雰囲気がしました。西江さんが朝日の時に光が穴から差し込んでくる写真を見せてくれましたが、大変、神々しくありました。
中におかれた神社はだれかが勝手においたものであり、文化財の破壊につながるとして、島の民俗資料館でもその撤去が求められていました。

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砂の上には小さな昆虫が移動した足跡が無数についていました。非常にきれいでした。

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洞窟の外で西江さんが、道路ができる前に海砂が陸地まで上がってきて島独自の景観が形成されていたという話をされました。道路によって島の歴史的な、自然史的な歩みがいっぺんしてしまうことを知りました。

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手前の方は名護から参加してくださった村山さんです。非常にゆっくりした話し方をされます。昔の琉球人はこのように話していたのではと思わせます。古代のゆったりとしたリズム、包容力を保持している方です。同時に反基地運動など、地域の活動にもしっかりと参加し、率いている若い島のリーダーの一人です。

清成忠男先生の『地域創生への挑戦』

沖縄協会会長の清成先生が『地域創生への挑戦』有斐閣 2010年を小生に送って下さいました。心より感謝申し上げます。

清成先生とは、法政大学沖縄文化研究所主催の講演会で対談したことがあります。その対談内容は藤原書店の『環』に収録されています。また後日、龍谷大学経済学部で地域経済の挑戦という題で講演をしていただきました。

島嶼という地域で内発的発展を実現するために、本書を勉強させていただきたいと思います。



本書の概要は次の通りです。


少子高齢社会で一層拡大する地域格差にいかに対応すべきか。1960年代から「地域の内発的発展」の方策を地域の実態の中で追究してきた著者の活動は,「地方の時代」や「一村一品運動」など,さまざまな政策に結実した。混迷の今こそ求められる清成地域経済論の集大成。

〈もくじ〉
序 章 地域創生の提唱

 第1部 地域創生の思想
第1章 地域創生論の系譜
第2章 地域の内発的発展と工業化
第3章 現代の地域創生

第4章 地域主権論をただす
第5章 「新しい公共」への疑問

 第2部 地域経済の現状と成長戦略
第6章 地域創生の課題
第7章 地域経済の現状
第8章 地域を軸にした経済成長戦略

 第3部 地域創生の動き
第9章 組立産業
第10章 地場産業

第11章 ライフサイエンス
第12章 経済不利地域の創生
第13章 地域再生と金融

第14章 中小企業の地域貢献
第15章 これからの地方大学
第16章 都市と大学

終 章 閉塞状況の突破口と新しい地域像

第8回ゆいまーるの集い 3

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今回の集いでは、伊平屋島の人、西江さんに大変お世話になりました。12日に島に到着して、レンタカーにて島の見学をさせていただきました。

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新元さん、石坂さん、三上さんです。新元さんは奄美大島から船で本部まで来て、そのあと伊平屋に来てくださいました。伊平屋島の集いが終わって、村山さんと名護で交流しました。

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伊平屋平松を見ました。堂々とした松であり、住民が暑い時にこの下で涼んだそうです。村役場の方が下草を刈り取っていました。人々を抱くような包容力のある松であり、このような人になりたいと思いました。

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西江さんと村役場の方から、松と人との関係についてお話を聞きました。村役場の方が、いろいろな仕事をしていることもわかりました。

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伊平屋島の象徴的な場所にきました。クマヤ洞窟です。「天の岩戸」ともいわれる洞窟です。今から2億8000年前にできたチャート岩石が、波や風の力によってつくられた洞窟といわれています。地球のエネルギーを感じることができました。壮大な風景に感動しました。

第8回ゆいまーるの集い 2

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川満さんです。いつもダンディーです。川満さんのご著書『沖縄発』の書評を沖縄タイムスに書かせていただきました。後日、川満さん、安里さん、藤原社長とひーじゃーを食べました。その際、川満さんから詩集を頂戴しました。精力的な表現活動に目を見張りました。

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真喜志さんです。辺野古の戦いの会議から駆けつけてくださいました。琉球の島々が開発で破壊され、その反省を互いに学びあい、失敗を繰り返さないような集いを開くべきとの提案をいただきました。

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高良さんと前利さんは、今年、徳之島において、南琉球と北琉球が兄弟島同士であると連帯し、米軍基地移設をともに拒否していくとの姿勢を示し、南海日日新聞にも掲載されました。

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翌日、那覇を8時にバスで出発し、名護のバスターミナルからタクシーで運天港にいき、そこから船で伊平屋島に向かいました。船の上での内間さん、藤原社長です。内間さんは若い奥さんと結婚され、ますますお元気でした。久高島の内発的発展のためにさらにがんばってほしいと思います。

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内間さんと私です。船の上では、甲板の上で立ちながら、伊平屋島に到着するまで、久高島のこと、琉球のことを話し合いました。

第8回ゆいまーるの集い 1

ゆいまーるの集いの交流会を那覇でしました。

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大城立裕さんと藤原社長です。大城さんとは「琉球処分」について話し合い、多くの刺激をうけました。

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海勢頭さんです。関西から戻ってきたばかりでした。翌日、一緒に伊平屋島に行きました。

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石坂さんと、お友達の三上さんです。文学上の仲間だそうです。三上さんははじめての沖縄です。

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前利さんが沖永良部島から駆けつけてくれました。また選挙応援で忙しい高良さんも来てくれました。お二人から、ゆいまーるの集いの発展のための、前向きなご提案をいただきました。来年3月に大きなシンポを沖縄で開く予定です。

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石垣島の大先輩、三木さんが来てくださいました。『環』特集「沖縄問題」とは何か、にも重みのあるご論文を寄稿してくださいました。

今日からゆいまーる琉球の自治in伊平屋島です

今日、琉球に行ってきます。

島の運命、方向性を決めるのは、一人ひとりの琉球人であるという「自治的自覚」を確認し、
自治を草の根的に実践するための、真剣な議論を行いたいと考えています。

伊平屋島は第一尚氏のご先祖が生まれた島であり、琉球史を本源的に考え、これからの琉球のあゆむべき道を
皆で話し合いたいと思います。

沖縄県知事選が近づき、日本による琉球差別が固定化されているという時代状況を踏まえた議論になります。
沖縄県の最北端の島である伊平屋島から、行政的に分断された奄美諸島のことを思いながら島で過ごしたいと
思います。

今日の夕方、那覇でゆいまーる関係者の交流会、情報交換会を行います。

明日以降のスケジュールは次の通りです。

「第8回ゆいまーるの集い in 伊平屋島」へのご招待 

2007年にNPO法人ゆいまーる琉球の自治が設立されました。これまで、久高島、奄美大島、伊江島、西表島、沖永良部島、平安座島、宮古島で住民の集いを開催してきました。島の課題は島の住民が自らの頭で考え、実践して解決
するしかないという「自治的自覚」を互いに持つための住民の集いです。

多くの方が集い、互いに学び合える場になればと思います。

1.場所:伊平屋島、前泊集落センター

2.島外からの参加者の宿泊場所
ホテルにしえ(0980-46-2145)にご予約下さい(現在10部屋分予約しています)

3.スケジュール
11月12日午後2時ごろから島内観光をします。レンタカーに分乗して、伊平屋島の史跡などを訪問します。西江重信さんがご案内します。
夕方よりホテルにしえの東屋にて交流会・海勢頭豊さんのオペラ「海の岩宿物語」ビデオの鑑賞

11月13日
午前9時より前泊集落センターにて集いを始めます
参加者の自己紹介
*「自治とは何か」藤原良雄(藤原書店)
*「琉球の自治・自立・独立と伊平屋島」松島泰勝(龍谷大学)

*「伊平屋島から見た琉球王国の成り立ち」海勢頭豊(平和音楽家)
*「ようこそ沖縄伊平屋島へ、私たちの取り組み」西江重信(グループエコライフ)

昼食
1時半より
*「伊平屋島民俗散歩」上江洲均(沖縄県民俗学会会長)
*「田名ぐすくの文化財的価値」當眞嗣一(沖縄考古学会副会長)

*「つながる力とつなげる力」大見謝るみ子(伊平屋島商工会女性部部長)
夕方よりホテルにしえの東屋にて交流会

11月14日
午前8時よりNPO法人ゆいまーる琉球の自治の会員総会
午前9時伊平屋島発フェリーに乗船

4.交通方法

那覇から高速バスで名護まで行き、名護からはタクシーで本部半島運天港へ、運天港から船で伊平屋島へ。または那覇からレンタカーで運天港までいき、そこから船で伊平屋島へ。
船のスケジュールについては、伊平屋島役場のホームページを参照してください。
12日午後の伊平屋島見学に参加される方は、運天港から11時発のフェリーに乗ってください。

琉球人アイデンティティ

琉球人さんからのコメントです。

大日本帝国の日本兵が参加したのではなく、目覚めた一人の人間として、一個人として、活動したハズです。
「ビルマの竪琴」の、水島上等兵の話が思い出されます。
似た様な事情のドラマは沢山存在しています。

命令によって武装した兵隊が、任務を遂行したのではない!!

一個人が、一人の人間が、命令ではない自分自身の強い意思と人間愛によって、活動実行したのです。

我々は、本当の友情と偽の友情を見極めなければならない!
様々な局面、我々を含め、様々な人間に言える真実ではあるが、必ずしも、純粋可憐な美しいモノは、“それを動かす人間によっては、それと反対の作用しかねない危険性も同時に存在している”のです。
同様に、一般的な経験上、理想と現実は分科すると、支離滅裂を必ず招きます。

独りよがりや孤立する事は敵の思う壷である事も、又、自明の理である
第二次世界大戦で、エチオピアにイタリア軍が圧倒的近代武装をもって、進攻しました。開戦当初は、連合軍のどの国も助ける事が出来なかった。
戦略上重要な地点に位置しているが故にです。
だが、誇り高きエチオピアは、負けなかった。原始的な武器で勇ましく応戦しました。
国連で世界に向け、不当性を訴え続けました。

ナチスは、ポーランドを壊滅状態までに陥れ、バルバロッサ作戦を進攻させ、無惨にも、侵略した国の人々まで、多数民間人を殺害して来ました。
ソ連は、一千万人の戦死者を出して、国土を守りました。スターリンの粛正によって戦死者としてカウントされている数も少なからずいますが、ナチスは、ロシアの豊かな資源を是が非でも手に入れたかった為、東部戦線はかなりの激戦地帯だったことが想像つきますね。
私達は、同じ枢軸国の残忍非道さは、殆ど話題にはしません。

我々、日本人全体の第二次世界大戦論は、被害者意識ばかりの一方通行の議論ばかりで、非常に、残念です。

我々は、ナチズムに加担した国なのですよ。
ヒットラーと握手した国なのですよ。



エルファイアーさんからのコメントです。

>良いご提案だと思います。具体的な調査方法(だれがどのようにやるのか)、質問項目案等があればご提案ください。

 幸いにして『賛同人』の方々の出身は琉球の様々な地域ですから、まずはその方たちの意見を聞くのがよろしいかと。
幾つかのモデルに絞ってから、アンケート等を取るべきだと思います。

 アンケートはできるだけ最小限の費用で行なう必要があります。方法を考えることも勿論ですが、対象を絞ることも必要かと思います。『琉球とは複数の民族である』=『文化が沖縄本島中南部とは違う』という事なので、アンケートは沖縄本島中南部以外の地域の出身者を中心にして行えばよろしいかと思います。

設問としては大きく二つ。
◯どういう分け方が望ましいですか
◯貴方の民族名と出身地域は何ですか

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民族案
■(1)
琉球全体で単一民族とする。


■(2)
奄美、沖縄、宮古、八重山の四つの民族とする。


■(3)
言語区分に基づく民族

北奄美 (奄美市・龍郷町・大和村、109,518人)
南奄美 (瀬戸内村・宇検村、11,748人)
喜界島 (喜界町、8,088人)
徳之島 (天城町・徳之島町・伊仙町、25,196人)
沖永良部島 (知名町・和泊町、14,551人)
与論島 (与論町、5,380人)
国頭 (名護市・国頭郡の町村・伊平屋村・伊是名村、128,502人)
沖縄 (沖縄市・うるま市・宜野湾市・中頭郡・浦添市・那覇市・豊見城市・糸満市・南城市・島尻郡、1,158,454人)
宮古 (宮古島市、52,167人)
八重山 (石垣市・竹富町、50,952人)
与那国 (与那国町、1,668人)

 南奄美は、適切な包括地名が見当たらない。『奄美下方』というやり方もあるが、上方、下方の区分は奄美大島全体の区分だけでなく、三方村(現奄美市)の区分でもあるため混乱を招く可能性がある。

■(4)
(2)と(3)を組み合わせての二重アイデンティティ、或いは(1)(2)(3)の三重アイデンティティ。


私の回答です。


> >良いご提案だと思います。具体的な調査方法(だれがどのようにやるのか)、質問項目案等があればご提案ください。
>
>  幸いにして『賛同人』の方々の出身は琉球の様々な地域ですから、まずはその方たちの意見を聞くのがよろしいかと。
> 幾つかのモデルに絞ってから、アンケート等を取るべきだと思います。

賛同人には日本人、ハワイ人、イタリア人など色々な民族もいます。
>

>  アンケートはできるだけ最小限の費用で行なう必要があります。方法を考えることも勿論ですが、対象を絞ることも必要かと思います。『琉球とは複数の民族である』=『文化が沖縄本島中南部とは違う』という事なので、アンケートは沖縄本島中南部以外の地域の出身者を中心にして行えばよろしいかと思います。
>

「沖縄本島中南部」とどの地域が違うのですか。

> 設問としては大きく二つ。
> ◯どういう分け方が望ましいですか
> ◯貴方の民族名と出身地域は何ですか
>
> ------------------
> 民族案
> ■(1)
> 琉球全体で単一民族とする。
>
>
> ■(2)
> 奄美、沖縄、宮古、八重山の四つの民族とする。
>
>
> ■(3)
> 言語区分に基づく民族
>
> 北奄美 (奄美市・龍郷町・大和村、109,518人)
> 南奄美 (瀬戸内村・宇検村、11,748人)
> 喜界島 (喜界町、8,088人)
> 徳之島 (天城町・徳之島町・伊仙町、25,196人)
> 沖永良部島 (知名町・和泊町、14,551人)
> 与論島 (与論町、5,380人)
> 国頭 (名護市・国頭郡の町村・伊平屋村・伊是名村、128,502人)
> 沖縄 (沖縄市・うるま市・宜野湾市・中頭郡・浦添市・那覇市・豊見城市・糸満市・南城市・島尻郡、1,158,454人)
> 宮古 (宮古島市、52,167人)
> 八重山 (石垣市・竹富町、50,952人)
> 与那国 (与那国町、1,668人)

良く調べましたね。

>
>  南奄美は、適切な包括地名が見当たらない。『奄美下方』というやり方もあるが、上方、下方の区分は奄美大島全体の区分だけでなく、三方村(現奄美市)の区分でもあるため混乱を招く可能性がある。
>
> ■(4)
> (2)と(3)を組み合わせての二重アイデンティティ、或いは(1)(2)(3)の三重アイデンティティ。

高橋孝代さんの本をお読みください。沖永良部島の方々のアイデンティティの複数性について論じられています。

今の生活に生きる琉球語

アバターさんからのコメントです。

それだけ琉球語も生きているとは知りませんでした。

テレビで23年くらい前に初めて聞いた琉球語は、
まったく意味がわからなくてほんとに外国語の印象を受けました。
ネットで何ヶ月か前に琉球語のラジオだったかのサイトで聞いたことありますが、

その琉球語は意味のわかる単語がけっこう混じっていて、
あれ、琉球語も日本語と同じ単語が結構あるなと思ってしまいました。

あれは琉球語の単語でなく日本語の単語だったんですね。
あれだけ日本語と同じ単語が純粋な琉球語の単語にもあるなら、
琉球語も日本語の一方言という説が正当化されてしまわないか心配でした。

すべて琉球の言葉を使う人々がいることも、
しっかり守らないと貴重な琉球の単語が失われていき、
いつのまにか外来語(日本語)だらけになって、

ほんとうに日本語の一方言に変化するかもしれません。
琉球語と日本語は祖語が同じ日本語族の言語だから、
日本語の単語を多く使えば簡単に日本語に同化できると思います。

琉球の公用語に中国語まで加えられるとは、
僕はまったく思いもつきませんでした。
歴史的にも安全保障面でも有効でしょうね。

中国語を公用語に採用を条件に、
尖閣諸島の領有権主張を止めるなどいろいろできそうですね。
しかし大量の中国人移民が入って来ないでしょうか。

現実的に日本語も公用語は当たり前かもしれませんが、
あえて公用語にしなくても、
逆に文化に経済に影響力のある巨大な日本語の影響力を消すことの方が不可能に近いと思います。

かつての韓国のように日本文化禁止までしても、
あれほど発展してきました。
韓国ドラマでもすごい感動ものだらけです。

琉球も独自の文化を発展させるには、
禁止までしなくても日本語公用語はさけられませんか。

>琉球語も時代に応じて変化しており、さまざまな言葉をとリいれます。100年前の琉球語を今の時代に話す意味があるといえません。

日本語も時代に応じて変化していますが、
古文から現代の話し言葉はだいぶん変わっていますが、
江戸時代から古文の言葉でなく、

すでに現代の言葉になっていたと聞いたことがあります。
書き言葉で古文が戦前まで使われていましたが。

安易に琉球語に外来語(特に日本語)を入れ過ぎは日本語同化を招くように思います。



私の回答です。

> それだけ琉球語も生きているとは知りませんでした。
>
> テレビで23年くらい前に初めて聞いた琉球語は、
> まったく意味がわからなくてほんとに外国語の印象を受けました。
> ネットで何ヶ月か前に琉球語のラジオだったかのサイトで聞いたことありますが、
> その琉球語は意味のわかる単語がけっこう混じっていて、
> あれ、琉球語も日本語と同じ単語が結構あるなと思ってしまいました。
> あれは琉球語の単語でなく日本語の単語だったんですね。
> あれだけ日本語と同じ単語が純粋な琉球語の単語にもあるなら、
> 琉球語も日本語の一方言という説が正当化されてしまわないか心配でした。

日本国の中で生活しているのですから、日本語の単語も使わざる追えないのです。1994年に独立したパラオは、戦前30年間、日本の統治下におかれ、パラオ人も日本語教育を強制されました。現在でも多くの日本語がパラオ語の中で使われていますが、だれもパラオ語が日本語の方言とはいいません。
>
> すべて琉球の言葉を使う人々がいることも、
> しっかり守らないと貴重な琉球の単語が失われていき、
> いつのまにか外来語(日本語)だらけになって、
> ほんとうに日本語の一方言に変化するかもしれません。

博物館のように守るのではなく、それが生活の中で使われなければ意味がありません。日本語の中にも外国語が多く入っているように、すべて日本語で話す人は日本人の中にもいないでしょう。

> 琉球語と日本語は祖語が同じ日本語族の言語だから、
> 日本語の単語を多く使えば簡単に日本語に同化できると思います。

日本祖語と解釈している学者がいることは知っています。それは一つの解釈でしかありません。

>
> 琉球の公用語に中国語まで加えられるとは、
> 僕はまったく思いもつきませんでした。
> 歴史的にも安全保障面でも有効でしょうね。
> 中国語を公用語に採用を条件に、
> 尖閣諸島の領有権主張を止めるなどいろいろできそうですね。
> しかし大量の中国人移民が入って来ないでしょうか。

琉球人の中に中国語を話す人は多くありませんが、琉球には多くの台湾人、中国人が住んでいます。中国は歴史的にも関係が深く、文化的にも近く、経済的にも期待が持てますから、実利的にもこれから中国を話す琉球人が増えてくると思います。

独立すれば移民制限をすることは可能です。
>
> 現実的に日本語も公用語は当たり前かもしれませんが、
> あえて公用語にしなくても、
> 逆に文化に経済に影響力のある巨大な日本語の影響力を消すことの方が不可能に近いと思います。
>
公用語とは一種の共通語ですから、意思を伝える手段として利用すればいいのです。各州の言葉が違うミクロネシア連邦が英語を公用語としているように。

> かつての韓国のように日本文化禁止までしても、
> あれほど発展してきました。
> 韓国ドラマでもすごい感動ものだらけです。
> 琉球も独自の文化を発展させるには、
> 禁止までしなくても日本語公用語はさけられませんか。

韓国の場合のように、しっかりと韓国語、ハングルが生活の中で使われていたから禁止政策もできたのでしょう。琉球でもそれくらい琉球の島言葉が大きな力をもつようになればと思います。

> >琉球語も時代に応じて変化しており、さまざまな言葉をとリいれます。100年前の琉球語を今の時代に話す意味があるといえません。
>
> 日本語も時代に応じて変化していますが、
> 古文から現代の話し言葉はだいぶん変わっていますが、
> 江戸時代から古文の言葉でなく、
> すでに現代の言葉になっていたと聞いたことがあります。
> 書き言葉で古文が戦前まで使われていましたが。
>
> 安易に琉球語に外来語(特に日本語)を入れ過ぎは日本語同化を招くように思います。

そうですね。琉球語を生活の中でもっと使う活動、運動を展開する必要があります。ハワイ、グアム、タヒチのように島の言葉を子供たちに教える正式の教育を行うべきですね。私のころは「方言札」という、逆の政策を行われいました。そのような屈辱を琉球の子供に味わせたくないですね。

日本の植民地としての琉球

エルファイアーさんからのコメントです。


お元気ですか?
急に寒くなってきましたね。
自分はやや悪質な風邪をひいたらしく、くしゃみの度に上半身に痛みが走ります。
(運動不足のせいではないと信じたい)


―――――――――――――

>歴史の構造を見てください。1609年から琉球の日本の植民地です。『環』43号特集「沖縄問題」は何か、を読んで、琉球の植民地性を考えてみてください。構造的差別において、両者には変わりありません。
>琉球でも日本人移住者、企業の進出が進んでおり、植民地経済になっています。

 琉球が日米の植民地或いはそれに準じる状態であることは私も認識しております。しかし、チベット、ウイグルの問題とはそれとは別質の問題、極度の腐敗と統制が重なるのです。私たちがやっているような議論をネット上でやるだけで「おや、こんな時間に誰か・・・・」となるのが中共流。

>琉球にも米軍の核兵器があり、原子力潜水艦も来ています。

ウイグルでは多数の人間が核実験で死亡していると言われています。中国共産党が核実験の被害を否認していることと、核実験の疫学的なデータ自体が少ないために正確な調査は不可能ですが、急死19万人、急性の放射線障害が129万人と算定されています。これはあくまで文革とは無関係の核実験だけの統計です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%94%B0%E7%B4%94_(%E7%90%86%E5%AD%A6%E5%8D%9A%E5%A3%AB)


>沖縄にいる米軍も十分「無法者」ですよ。琉球帰属を主張する中国人研究者の存在を知っています。琉球は中国にも日本にも属しません。

 琉球独立、米軍基地なし、積極的に外交的手段を使う、という条件で考えてみたとき、どう考えても長期的な独立を保つ明確な解が浮かばぬのであります。無論、往時のイスラエルくらいの外交力があれば別ですが。米国と中国と日本の影響力を同時に退けるには・・・・。余りに難問です。
 しかし、『琉球は中国にも日本にも属しません』と言うのならば、その解を明示しなければなりません。それが『意志』 というものです。
(ま、逆に言って、納得出来る解が得られれば、明確に米軍基地撤去派に回ります。)

>日本はいつまで米国に頼り、自分で何も考えないという戦後体制を続けるのですか。
>日本人には自立心、自尊心がないのですか。

 さて、日本が『自立』した場合、それは歓呼の声を以て迎えられるでしょうか。それとも・・・・・
米軍は安保であると同時に、重石であります。
米軍基地を撤去したとき、『大日本帝国の復活と見られない』と『十分な防衛力を持つ』は果たして両立できるのか、という問題もあります。
それと、短期的なことですが、ASEAN諸国が米軍の力をうまく引き入れようと考えているさなか、それに反する動きをすると総スカンを食らう可能性もあります。


―――――――――――――
琉球民族か琉球諸民族か

 さて、沖縄の問題を民族問題と捉える時に困ったことが一つ。島ごとに文化の違いのある琉球の民族はどこまで分けられるべきなのか、という問題があります。例えば、統計を取るにしろ、文化をまとめるにしろ、誰がどの民族であるのかをアンケートや聞き取り調査等を通じてまとめておく必要があると考えられます。
例えば、徳之島の島民は、琉球民族なのか、奄美民族なのか、徳之島民族なのか。本来はきっちり分けられるものではないのでしょうが、曖昧模糊であるより、はっきりと打ち出したほうが力を持てるかと思います。
 グルジア人の中のメグレル人、スヴァン人、アジャール人みたいに二段階のアイデンティティを想定することも可能と思います。

 そうして、民族をある程度決めたら、国勢調査に民族の項目を入れるように働き掛けるのも一つの案だと思います。(このとき、選択式は拒否で。記述式で。)


―――――――――――――

avatar4649さんへ
横槍ですけれども、

>琉球語(琉球諸語)を日本語の一方言とするなら、
>インド・ヨーロッパ語族はインド・ヨーロッパ語として、
>その下位の言葉はすべて方言とすべきです。
>英方言、ドイツ方言、フランス方言、スペイン方言などとすべきです。

(1)ある同系統の言語を独立のものとするか、方言とするかはあくまで政治の世界の話であり、言語学はあまり関係がありません。
例えば極端な例でありますが、セルボ・クロアート語は政治的にはセルビア語、クロアチア語、ボスニア語と分けられますが、実際の方言分布図を見てみる限り、どう見ても民族分布図と方言分布図に相関はありません。(ついでに言うとセルビア人、クロアチア人、ボスニア人の違いは宗教です。)
 逆に言うなれば、別の民族なら、別の言語なのです。

(2)最古の分岐(アナトリア語派)が6,000年前~8,000年前と想定される印欧語族と約2000年前後と想定される日本語派と琉球語派の違いを等価で並べるべきではなく、ゲルマン語派間の違いくらいと想定するのが適切と考えられます。


>米軍存在根拠のための仮想敵国であるのに

 さて最近、ASEAN諸国に於いて中国の軍事的拡大の懸念が高まっておりますが、貴方はこれも妄言或いは米軍の犬と切って捨てるのでしょうか。
尖閣諸島の問題は、明らかに南シナ海の問題と無関係ではありません。
中国の人民解放軍は、己の強大になっていく姿に
酔いしれて、強硬な姿勢を取るように政府に働き掛ける派閥がかなり強いと考えられます。


>シナ・チベット語族はシナ語族とチベット語族で同一語族かもまだはっきり断定できないし

 さて余談かもしれませんが・・・・・・
シナ・チベット語族に関してはまだまだ研究途上と言えますが、シナ・チベット語族という枠組自体はそろそろ安定してきているという印象があります。
 まあ、新石器文化を考えてみたとき、仰韶文化前期においては、関中付近の文化が中原を制圧し、逆に仰韶文化後期に於いては中原が関中を文化的に制圧していき、関中にあった文化は周辺に追いやられ、チベット系の諸民族になったと考えられ、分岐を5000年前~7000年前に想定できることから、シナ・チベット語族のそれ自体がウラル・アルタイ語族のように消え去ってしまう枠組みとは思えませんね。


―――――――――――――

加計呂麻人さんへ

>沖縄にアメリカ軍がいなければとっくの昔に中国に併合されて今のウイグルやチベットのようになってますよ。

チベットやウイグルを持ち出してくると、横道に逸れる恐れがあります。
日米による支配と中国による支配、どっちがマシなの?という論争がメインになりかねません。
自分も、チベット・ウイグル関連はここらへんで打ち止めにぢます。
(といいつつ、中学校の時からのフリーチベット派である自分は、またその話題が出たら、書き込んでしまうでしょうけど・・・・。)



私の回答です。



> お元気ですか?
> 急に寒くなってきましたね。
> 自分はやや悪質な風邪をひいたらしく、くしゃみの度に上半身に痛みが走ります。
> (運動不足のせいではないと信じたい)


元気です。今日も大学に来ており、コモンズについての研究会があります。
お体お大事に。

>
>
> ―――――――――――――
>
> >歴史の構造を見てください。1609年から琉球の日本の植民地です。『環』43号特集「沖縄問題」は何か、を読んで、琉球の植民地性を考えてみてください。構造的差別において、両者には変わりありません。
> >琉球でも日本人移住者、企業の進出が進んでおり、植民地経済になっています。
>
>  琉球が日米の植民地或いはそれに準じる状態であることは私も認識しております。しかし、チベット、ウイグルの問題とはそれとは別質の問題、極度の腐敗と統制が重なるのです。私たちがやっているような議論をネット上でやるだけで「おや、こんな時間に誰か・・・・」となるのが中共流。

日本の琉球に対する構造的差別は、同じ問題です。日本政府は、琉球人を独自の民族と認めていないという「民族隠し」をしているという問題もあります。

>
> >琉球にも米軍の核兵器があり、原子力潜水艦も来ています。
>
> ウイグルでは多数の人間が核実験で死亡していると言われています。中国共産党が核実験の被害を否認していることと、核実験の疫学的なデータ自体が少ないために正確な調査は不可能ですが、急死19万人、急性の放射線障害が129万人と算定されています。これはあくまで文革とは無関係の核実験だけの統計です。
> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%94%B0%E7%B4%94_(%E7%90%86%E5%AD%A6%E5%8D%9A%E5%A3%AB)
>
>
> >沖縄にいる米軍も十分「無法者」ですよ。琉球帰属を主張する中国人研究者の存在を知っています。琉球は中国にも日本にも属しません。
>
>  琉球独立、米軍基地なし、積極的に外交的手段を使う、という条件で考えてみたとき、どう考えても長期的な独立を保つ明確な解が浮かばぬのであります。無論、往時のイスラエルくらいの外交力があれば別ですが。米国と中国と日本の影響力を同時に退けるには・・・・。余りに難問です。

退けるのではなく、うまく活用すればいいのです。現状の植民地支配が琉球にとっては問題です。


>  しかし、『琉球は中国にも日本にも属しません』と言うのならば、その解を明示しなければなりません。それが『意志』 というものです。
> (ま、逆に言って、納得出来る解が得られれば、明確に米軍基地撤去派に回ります。)

琉球が日本または中国に属するという人に対して、「属しない」と琉球人である私は主張しているのです。

>
> >日本はいつまで米国に頼り、自分で何も考えないという戦後体制を続けるのですか。
> >日本人には自立心、自尊心がないのですか。
>
>  さて、日本が『自立』した場合、それは歓呼の声を以て迎えられるでしょうか。それとも・・・・・
> 米軍は安保であると同時に、重石であります。
> 米軍基地を撤去したとき、『大日本帝国の復活と見られない』と『十分な防衛力を持つ』は果たして両立できるのか、という問題もあります。
> それと、短期的なことですが、ASEAN諸国が米軍の力をうまく引き入れようと考えているさなか、それに反する動きをすると総スカンを食らう可能性もあります。

であれば、日本本土で米軍基地を引き受けてください。
>
>
> ―――――――――――――
> 琉球民族か琉球諸民族か
>
>  さて、沖縄の問題を民族問題と捉える時に困ったことが一つ。島ごとに文化の違いのある琉球の民族はどこまで分けられるべきなのか、という問題があります。例えば、統計を取るにしろ、文化をまとめるにしろ、誰がどの民族であるのかをアンケートや聞き取り調査等を通じてまとめておく必要があると考えられます。
> 例えば、徳之島の島民は、琉球民族なのか、奄美民族なのか、徳之島民族なのか。本来はきっちり分けられるものではないのでしょうが、曖昧模糊であるより、はっきりと打ち出したほうが力を持てるかと思います。

基本的には民族としての自覚です。これは本人しか決められません。他者が基準をもって決めることではありません。

>  グルジア人の中のメグレル人、スヴァン人、アジャール人みたいに二段階のアイデンティティを想定することも可能と思います。
>
>  そうして、民族をある程度決めたら、国勢調査に民族の項目を入れるように働き掛けるのも一つの案だと思います。(このとき、選択式は拒否で。記述式で。)

良いアイデアです。

>
>
> ―――――――――――――
琉球人さんからのコメントです。


加計呂麻人さんの解釈について
第二次世界大戦において、日本はナチスドイツ、イタリアファシスト党三国同盟による一致体制により、枢軸国連合作戦下によって戦争を遂行開始しました。ナチズムは、言い換えれば、究極的な白人主義とも言えると思いますし、ホロコーストは、許しがたい歴史です。
植民地解放運動の事実上の先達は、マハトマ・ガンジーのインドではないですか?
いずれにしろ、ナチズムと結託してしまった事は戦前の日本の不幸です。

中国は、日本及び琉球に対する脅威論とは、又、別に外交政策上問題がある国である事は自明の理です。
世界の人々との心からの連携で、変革していかなければならない全人類的課題と言えるでしょう。
とにかく、気難しい巨大な国で在る事も間違いない事実です。

伊平屋島でのゆいまーるの集い、琉球語

村山さんからのコメントです。

昨年の5月に沖泳良部島で新元さんとお会いしましたが、豊かな時を共有できてとても楽しかったです。新元さんの言葉はこころが揺さぶられますよね。11月に伊平屋島で会えるかなーってとても楽しみにしています。



私の回答です。

> 昨年の5月に沖泳良部島で新元さんとお会いしましたが、豊かな時を共有できてとても楽しかったです。新元さんの言葉はこころが揺さぶられますよね。11月に伊平屋島で会えるかなーってとても楽しみにしています。

新元さんは、ただ声が大きいだけでなく、島の自然、文化の中でつくられた、魂の声、ことばだと、改めて感じました。学生さんも、本来の人間の声にであったような、驚きの顔でした。

新元さんもお誘いしましたが、ぜひ来られたらと思います。



アバターさんからのコメントです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/琉球語
「沖縄時代劇や組踊、琉歌、琉球民謡・島唄などの伝統芸能で使われるほかは、日常生活では主に高齢者とその家族周辺に限られている。2009年、ユネスコは奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語の琉球諸語を危機に瀕する言語と指定している」

僕はまったく琉球に行ったこともなく現実はわかりません。
琉球語がどれくらい実際しゃべられているか逆に知りたいです。

テレビでウイナーヤマトグチはよく聞きますが、
琉球語で会話しているところなどまったくないに近く、
特別な琉球語に触れる番組でちらっと聞いたことがあるだけです。

沖縄出身者に琉球語しゃべってほしいと言っても
数人に聞いただけですが、
しゃべれない人ばかりでした。

宮古島出身者でおばあさんがしゃべっているとか言ってた人はいました。
琉球語しゃべれる人が圧倒的に少数派な印象です。

ユネスコが危機と指定したと公認されるまでもなく、
それ以前からいわれていましたが、
日常生活で話されなくなった言語は消滅の危機ではないですか。

琉球の公用語をきめるなど大和人が決める資格はないのはわかります。
松島先生は琉球人の一人として何を公用語にするのがいいと考えられていますか。

スペイン語とイタリア語の差は、東京弁と関西弁の差くらいしかないと思います。
それでも完全に違う言語・民族として扱われています。

日米安保や米軍は莫大な負担を琉球にかけているのに、
米軍存在根拠のための仮想敵国であるのに、
根拠の乏しい領有権言いがかりなのに、
味方になって助けず、尖閣諸島問題は中立にしている。
それで米軍占領を正当化するのは米軍の犬どころではないですね。



私の回答です。

> http://ja.wikipedia.org/wiki/琉球語
> 「沖縄時代劇や組踊、琉歌、琉球民謡・島唄などの伝統芸能で使われるほかは、日常生活では主に高齢者とその家族周辺に限られている。2009年、ユネスコは奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語の琉球諸語を危機に瀕する言語と指定している」

しまことばを話す活動、行事があり、しまことばラジオもあります。琉球語を話すとは、すべて琉球の言葉を使うのではなく、適宜、琉球の単語と日本語をちゃんぽんにし、時には英単語も使います。イントネーション、間の取り方など、琉球語には様々な要素があります。また島の歴史、文化、生活風習を共有しているという公共空間も琉球語の成立にとって重要です。

>
> 僕はまったく琉球に行ったこともなく現実はわかりません。
> 琉球語がどれくらい実際しゃべられているか逆に知りたいです。

琉球語を話すとは上のように私は考えており、今でも琉球語は若い人の間でも生きていると私は考えます。
>

> テレビでウイナーヤマトグチはよく聞きますが、
> 琉球語で会話しているところなどまったくないに近く、
> 特別な琉球語に触れる番組でちらっと聞いたことがあるだけです。
> 沖縄出身者に琉球語しゃべってほしいと言っても
> 数人に聞いただけですが、
> しゃべれない人ばかりでした。

琉球語も時代に応じて変化しており、さまざまな言葉をとリいれます。100年前の琉球語を今の時代に話す意味があるといえません。

> 宮古島出身者でおばあさんがしゃべっているとか言ってた人はいました。
> 琉球語しゃべれる人が圧倒的に少数派な印象です。

必要が生じれば話すようになるのでは。

>
> ユネスコが危機と指定したと公認されるまでもなく、
> それ以前からいわれていましたが、
> 日常生活で話されなくなった言語は消滅の危機ではないですか。

何をもって琉球語の消滅というかです。琉球の言葉は生活の中で生きています。それは琉球で生活し、琉球人といっしょに生活すればわかります。


>
> 琉球の公用語をきめるなど大和人が決める資格はないのはわかります。
> 松島先生は琉球人の一人として何を公用語にするのがいいと考えられていますか。

琉球を世界に広げるために、琉球国としては英語、中国語、日本語を公用語とし、琉球の各州においては、先の3つの言葉とともに島の言葉を公用語にしたらと思います。

> スペイン語とイタリア語の差は、東京弁と関西弁の差くらいしかないと思います。
> それでも完全に違う言語・民族として扱われています。
>
> 日米安保や米軍は莫大な負担を琉球にかけているのに、
> 米軍存在根拠のための仮想敵国であるのに、
> 根拠の乏しい領有権言いがかりなのに、
> 味方になって助けず、尖閣諸島問題は中立にしている。
> それで米軍占領を正当化するのは米軍の犬どころではないですね。

上の文章の主語は日本ですか。

琉球の植民地化、「民族隠し」

エルファイアーさんからのコメントです。

>>日米両国によって、琉球はチベット、ウイグルと同じような状況にされてきたのです。

 ううむう・・・。
琉球諸民族がその固有の領域で少数派になりつつある、とでも言えない限り、チベットやウイグルと同じとは言えないと思います。

ウイグルでは漢民族の大量移住で、過半数を割ってしまいました。中共は漢民族の自発的な移住が少ないとでも感じているのか、新疆生産建設兵団なんていう準軍隊で強制的に『開拓』を進めています。漢民族が過半数を超えるのも近いかと思われます。
チベットはその独特な気候のおかげで漢民族の移住が進みませんが、海北チベット族自治州、海西モンゴル族チベット族自治州といった、比較的低地な地域では少数派に転落しました。
 
 それと、新疆ウイグル自治区は人口密度が低いので、よく核実験場に使われました。幾ら人口稠密地域から離れたところでの核実験と言えども、遮蔽物の何も無いタリム盆地のことですから、放射性降下物がウイグル人に降り注いでいるのは疑いのないところです。(核実験場はあの有名なロプノールから北西約220kmの地域。地図で確認したところ、トゥルファンやバインゴリンからも約200kmほど。その手前にも集落はあるみたいです。)



私の回答です。

> >>日米両国によって、琉球はチベット、ウイグルと同じような状況にされてきたのです。
>
>  ううむう・・・。
> 琉球諸民族がその固有の領域で少数派になりつつある、とでも言えない限り、チベットやウイグルと同じとは言えないと思います。

歴史の構造を見てください。1609年から琉球の日本の植民地です。『環』43号特集「沖縄問題」は何か、を読んで、琉球の植民地性を考えてみてください。構造的差別において、両者には変わりありません。


> ウイグルでは漢民族の大量移住で、過半数を割ってしまいました。中共は漢民族の自発的な移住が少ないとでも感じているのか、新疆生産建設兵団なんていう準軍隊で強制的に『開拓』を進めています。漢民族が過半数を超えるのも近いかと思われます。

> チベットはその独特な気候のおかげで漢民族の移住が進みませんが、海北チベット族自治州、海西モンゴル族チベット族自治州といった、比較的低地な地域では少数派に転落しました。

琉球でも日本人移住者、企業の進出が進んでおり、植民地経済になっています。

>  
>  それと、新疆ウイグル自治区は人口密度が低いので、よく核実験場に使われました。幾ら人口稠密地域から離れたところでの核実験と言えども、遮蔽物の何も無いタリム盆地のことですから、放射性降下物がウイグル人に降り注いでいるのは疑いのないところです。(核実験場はあの有名なロプノールから北西約220kmの地域。地図で確認したところ、トゥルファンやバインゴリンからも約200kmほど。その手前にも集落はあるみたいです。)

琉球にも米軍の核兵器があり、原子力潜水艦も来ています。



アバターさんからのコメントです。

>今、琉球では琉球語を話すための活動が盛んに行われています。

それで琉球語は復活しているんでしょうか。
それでも消滅の危機になっているのではないでしょうか。

>沖縄島内、宮古八重山など、琉球には島ごとに言葉があり、「琉球語」という統一言語はありません。

「琉球語」は琉球の言語の総称ですね。
しかし、やはり、意志が通じないほどの差があり、「琉球諸語」がいいですね。
しかし、「琉球方言」と日本語の一方言として、
「琉球語」を否定する説は琉球民族抹消であり許されません。
インドネシア語というより、琉球國のように首里語を共通語にするか、
ミクロネシア連邦のようにといえるかわかりませんが、
世界共通語の英語を公用語にして琉球諸語を守るのもいいと思います。

「琉球方言」と日本語の一方言とするのは、ダブルスタンダードで、琉球民族抹消です。

言語か方言か、言語の差は連続して変化しているので
どちらでもいいですが、

琉球語(琉球諸語)を日本語の一方言とするなら、
インド・ヨーロッパ語族はインド・ヨーロッパ語として、
その下位の言葉はすべて方言とすべきです。
英方言、ドイツ方言、フランス方言、スペイン方言などとすべきです。

イタリア語・スペイン語などの差は小さく、お互い意志が通じるのに完全に別言語として、
一方、琉球諸語を日本語の一方言とするのは矛盾です。

そんなダブルスタンダードの説がまかり通っているのは、
あの民族抹消している中国くらいでしょう。

シナ・チベット語族はシナ語族とチベット語族で同一語族かもまだはっきり断定できないし、
そのシナ語族には、中国語のみ、ただ一つしかなく、
いっぱいある言語すべてを中国語の方言としているくらいです。
それでも一つ一つの言語呼び方は方言とは呼んでないみたいです、
中国語諸語 -北方語、呉語、粤語、上ェ語、客家語、鐘d語、湘語などです。

日米両国によって、民族抹消されている琉球はチベット、ウイグルと同じよりひどい状況にされているというべきと思います。



私の回答です。

>今、琉球では琉球語を話すための活動が盛んに行われています。
>
> それで琉球語は復活しているんでしょうか。
> それでも消滅の危機になっているのではないでしょうか。


どのような具体的事例をもって消滅の危機といっているのですか。


>
> >沖縄島内、宮古八重山など、琉球には島ごとに言葉があり、「琉球語」という統一言語はありません。
>
> 「琉球語」は琉球の言語の総称ですね。
> しかし、やはり、意志が通じないほどの差があり、「琉球諸語」がいいですね。
> しかし、「琉球方言」と日本語の一方言として、
> 「琉球語」を否定する説は琉球民族抹消であり許されません。

確かに方言ではありません。ユネスコも認めたように、独自の言語です。

> インドネシア語というより、琉球國のように首里語を共通語にするか、
> ミクロネシア連邦のようにといえるかわかりませんが、
> 世界共通語の英語を公用語にして琉球諸語を守るのもいいと思います。


何を公用語にするかについては琉球人の自己決定にゆだねられるべきことです。
> 「琉球方言」と日本語の一方言とするのは、ダブルスタンダードで、琉球民族抹消です。
>
> 言語か方言か、言語の差は連続して変化しているので
> どちらでもいいですが、
>
> 琉球語(琉球諸語)を日本語の一方言とするなら、
> インド・ヨーロッパ語族はインド・ヨーロッパ語として、
> その下位の言葉はすべて方言とすべきです。
> 英方言、ドイツ方言、フランス方言、スペイン方言などとすべきです。

そのとおりです。琉球語は方言ではありません。

>
> イタリア語・スペイン語などの差は小さく、お互い意志が通じるのに完全に別言語として、
> 一方、琉球諸語を日本語の一方言とするのは矛盾です。

確かにそうです。

>
> そんなダブルスタンダードの説がまかり通っているのは、
> あの民族抹消している中国くらいでしょう。

日本も民族末梢しています。日本政府は「琉球民族」を認めていません。

>
> シナ・チベット語族はシナ語族とチベット語族で同一語族かもまだはっきり断定できないし、
> そのシナ語族には、中国語のみ、ただ一つしかなく、
> いっぱいある言語すべてを中国語の方言としているくらいです。
> それでも一つ一つの言語呼び方は方言とは呼んでないみたいです、
> 中国語諸語 -北方語、呉語、粤語、上ェ語、客家語、鐘d語、湘語などです。
>
> 日米両国によって、民族抹消されている琉球はチベット、ウイグルと同じよりひどい状況にされているというべきと思います。


そう思います。

人民の自己決定権と沖縄(日本平和学会)

日本平和学会秋季全国大会が11月6,7日に茨木大学で開催されます。

私は次のようなセッションを企画しました。ご関心がおありの方はご参加ください。

充実した実り多い議論ができればと思います。


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11月7日 14:40~17:10 

部会IV 「人民の自己決定権と沖縄―自治・独立・平和の実現を目指して」

(企画担当:「琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和」分科会)


司会:竹尾茂樹(明治学院大学国際平和研究所)

コメンテイター:金子マーチン(日本女子大学、反差別国際運動事務局)


報告者
*「国連における脱植民地化プロセスと日本における「沖縄」の地位」
上村英明(恵泉女学園大学・市民外交センター)


*「人民の自己決定権~スコットランドと沖縄~」
島袋純(琉球大学)


*「人民の自己決定権と沖縄の脱植民地化」
松島泰勝(龍谷大学・ゆいまーる琉球の自治)


*「東アジア海」の平和にむけた島嶼・平和学の問題展望と課題
佐藤幸男(富山大学)

沖縄人差別、加計呂麻島と奄美大島、琉球人とは何か

お笑いぶーぶーさんからのコメントです。

こんにちは。

自前の、独立論の出版社を持ったらどうでしょうかね。やはり、ネットと違い、書籍化したほうが、思想としてちゃんと認知される傾向にあるようです。流通も増える?

また、

「沖縄問題」「尖閣」がトピカルになるなかで・・・

アフリカ系米人、ユダヤ系米人のように、沖縄人の人権擁護センターがあればいいのになと・・・。

自衛官の島袋君の暴行致死事件、
沖縄人への人種差別も一因と見るのは、うがった見方でしょうか?

同和地区の出身の青年がこのような死に方
をしたとしても、このように世の中は静かなんでしょうか?

琉球諸島の青少年はかわいそうだ。無知なまま、本土・都会で人種差別に直面する。

現代日本に沖縄人への人種差別は厳としてあります。問題化・認識もしないという二段構えです。

職場・地域・家庭内等で陰湿なパワハラ・いじめに苦しんでいる兄弟姉妹も多いのでは。

沖縄人はまだまだ弱い・・・都会のスラム街にいけば多くの同胞をやはり見かける、ホームレスにも多い感じ。



私の回答です。

コメントありがとうございました。

> こんにちは。
>
> 自前の、独立論の出版社を持ったらどうでしょうかね。やはり、ネットと違い、書籍化したほうが、思想としてちゃんと認知される傾向にあるようです。流通も増える?
>

出版社をもってちゃんと営業できるくらい、琉球独立論についての議論が盛んになればいいですね。


> また、
>
> 「沖縄問題」「尖閣」がトピカルになるなかで・・・
>
> アフリカ系米人、ユダヤ系米人のように、沖縄人の人権擁護センターがあればいいのになと・・・。
>

本当にそう思います。
> 自衛官の島袋君の暴行致死事件、
> 沖縄人への人種差別も一因と見るのは、うがった見方でしょうか?

島袋さんのお父さんのブログを読みました。今年、提訴しました。真実が明らかになってほしいと思います。

>
> 同和地区の出身の青年がこのような死に方
> をしたとしても、このように世の中は静かなんでしょうか?
>
> 琉球諸島の青少年はかわいそうだ。無知なまま、本土・都会で人種差別に直面する。
>
> 現代日本に沖縄人への人種差別は厳としてあります。問題化・認識もしないという二段構えです。
>
> 職場・地域・家庭内等で陰湿なパワハラ・いじめに苦しんでいる兄弟姉妹も多いのでは。
>
> 沖縄人はまだまだ弱い・・・都会のスラム街にいけば多くの同胞をやはり見かける、ホームレスにも多い感じ。

大阪、アイリン地区にも琉球出身の方が多いと聞きます。

貴方は日本人ですか、琉球人ですか。



加計呂麻人さんのコメントです。

宮古や八重山の人は今でもオキナワに行くと言いますね。加計呂麻の人間もウウシマに行くと言いますし、遠い昔は加計呂麻島の中でも隣のシマ(間切)とは疎遠でした。

況して大島は遠い存在で、終戦でアメリカ軍に占領されるまで奄美の島々が奄美として共通のアイデンティティを持つことはなかったようです。関西の奄美出身者はつい最近まで集落(シマ)ごとに運動会をやっていました。今もバラバラと言えばバラバラですね。ただ、鹿児島に対しては奄美として即まとまります。奄美が鹿児島県に入れられていることに強烈に違和感を感じているからです。


私の回答です。

> 宮古や八重山の人は今でもオキナワに行くと言いますね。加計呂麻の人間もウウシマに行くと言いますし、遠い昔は加計呂麻島の中でも隣のシマ(間切)とは疎遠でした。況して大島は遠い存在で、終戦でアメリカ軍に占領されるまで奄美の島々が奄美として共通のアイデンティティを持つことはなかったようです。

私は石垣島生まれですが、ご指摘のように、「沖縄にいく」と家族、親せき、島の人はいっていました。奄美諸島のそれぞれの島々が、個性をもち、多様であったというのは大変重要であると思います。宮古八重山の沖縄の「離島」ではなく、独自な歴史や文化をもった島々です。

以前、加計呂麻島に行ったことを思い出します。

関西の奄美出身者はつい最近まで集落(シマ)ごとに運動会をやっていました。今もバラバラと言えばバラバラですね。ただ、鹿児島に対しては奄美として即まとまります。奄美が鹿児島県に入れられていることに強烈に違和感を感じているからです。

島のなかのシマが人と人とが強く結ぶばれる共同体のまとまりですね。沖縄でもシマが大切な心のよりどころです。以前、沖永良部島に行ったとき、島の青年が鹿児島に対する強い拒否感を主張されていました。
貴重なコメントありがとうございました。


アバターさんからのコメントです。

狭義の日本人は大和民族だけですが、
広義の日本人は日本国民ですね。

一般的に広義が使われていますが、
日本人はアメリカ人など移民・多民族国家と違い、
単一とはいえないが民族国家で、
広義を狭義と混同して日本人が民族として使われます。
それで、先住民族の存在を無視、同化、抹消することがよくありますね。

だから、琉球民族は日本人でなく琉球人というほうがいいですね。
そのためには広義の日本人でもなくなる必要があります。
日本国籍を捨てるか、民族独立かしなければならないと思います。

琉球語話す人が日本語(ウチナーヤマトグチ)話すようになっても、
日本語話す移民やその子孫が琉球語話すようになっていますか。

移民が先住民族への同化すればいいのですが、
先住民族は同化される側です。
同化の目安は言語です。

先祖が琉球國の琉球人とだいたいわかるか、
琉球語試験に合格することなどが証明です。
アイデンティティは内心でわからないので、
民族の証明を全員するのはむつかしいと思います。
あくまで琉球独立後、琉球国籍を持てるかどうかの証明です。

今のところ時間ないので、またいつか参加してみたいなと思います。



私の回答です。

> 狭義の日本人は大和民族だけですが、
> 広義の日本人は日本国民ですね。
>
> 一般的に広義が使われていますが、
> 日本人はアメリカ人など移民・多民族国家と違い、
> 単一とはいえないが民族国家で、
> 広義を狭義と混同して日本人が民族として使われます。
> それで、先住民族の存在を無視、同化、抹消することがよくありますね。
>
> だから、琉球民族は日本人でなく琉球人というほうがいいですね。
> そのためには広義の日本人でもなくなる必要があります。
> 日本国籍を捨てるか、民族独立かしなければならないと思います。

たとえ日本国籍、米国籍など、他国の国籍をもっていても、琉球人という意識を明確にもっている琉球人は大勢います。今の時点で、自分は琉球人と自覚すれば、それで琉球人になると考えます。その人を琉球人として他の人が考えるかどうかは別の問題です。

>
> 琉球語話す人が日本語(ウチナーヤマトグチ)話すようになっても、
> 日本語話す移民やその子孫が琉球語話すようになっていますか。

島によっては、島の祭に日本人が参加して、言葉、踊り、文化を学び、日本人が琉球人化するということはみられます。しかし、私は日本人が琉球人と同じように琉球語を話す人を見たことがありません。琉球風のイントネーションをする日本人に出会ったことはあります。
>
> 移民が先住民族への同化すればいいのですが、
> 先住民族は同化される側です。
> 同化の目安は言語です。

言語は分かりやすい目安です。今、琉球では琉球語を話すための活動が盛んに行われています。

>
> 先祖が琉球國の琉球人とだいたいわかるか、
> 琉球語試験に合格することなどが証明です。

沖縄島内、宮古八重山など、琉球には島ごとに言葉があり、「琉球語」という統一言語はありません。私は、便宜上、琉球の言葉として「琉球語」を使っています。琉球語試験をする場合、インドネシア語のようにあたしい言語をつくるのか、首里語を共通減にするのか、議論が必要です。

> アイデンティティは内心でわからないので、
> 民族の証明を全員するのはむつかしいと思います。
> あくまで琉球独立後、琉球国籍を持てるかどうかの証明です。

琉球人という意識があり、その人の先祖が1879年以前に琉球で生まれたという事実があれば琉球国籍を持てるようにしたらいいと思います。

>
> 今のところ時間ないので、またいつか参加してみたいなと思います。

お待ちしています。

藤原良雄社長の龍谷大学での講演

明日、11月4日、龍谷大学深草校舎において朝10時45分から、藤原書店の藤原良雄社長がご講演されます。

私の「地域経済論」という授業において次のようなテーマで話をされます。


「人間にとって『自治』とは何か」 ~出版業界を通して考える~


藤原社長は、大阪市立大学経済学部卒。1973年「新評論」に入り、1980年、編集部長になり、1989年に独立して藤原書店を設立し、1992年、優れた編集者に与えられる初めての賞「青い麦編集者賞」の第一回を受賞。

また、1997年にはフランス政府から芸術文化勲章を出版人として初めて受章。その他、毎日出版文化賞をはじめとする国内の数々の賞に輝いています。

藤原書店は、社主・藤原良雄氏が創業して、今年20周年を迎えます。創業時は、フランス歴史学界の泰斗であるF・ブローデルの大著であり、歴史学の金字塔『地中海』全5巻を出版し、日本の出版界を驚天させました。その後も、従来の歴史を読み返させる出版を続け、硬派の歴史書、思想書の刊行を成功させている正統派の出版社として知られています。

また、2006年にノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムク、今年、ノーベル平和賞を受賞した劉暁波の作品を受賞前に出版した見識は広く知られています。現在までに850点以上を刊行しています。

藤原良雄社長は、NPOゆいまーる琉球の自治の副理事長でもあり、毎回、島々の集いに参加され、琉球の自治において「自治的自覚」が不可欠であることを、常に力説されています。

藤原良雄社長の講演から学生が多くのことを学び、世界とは何か、社会とは何か、自治とは何かを考えてほしいと思います。

学生以外で、講演を聴講されたい方は、小生までご連絡ください。

琉球独立の世論調査、奄美と沖縄

アバターさんからのコメントです。


琉球独立の世論調査してほしいです
ありがとうございます

僕は住民の意思と関係なく琉球独立を望みますが、
住民の意思が大事と考えられるなら、
琉球独立の世論調査とかされたことあるでしょうか。
まだとしても、これから世論調査してほしいと願います。

林泉忠助教授が実施した調査が琉球新報に載っていて、
それが唯一の公式的な世論調査みたいに思います。
しかし、2005年の調査で今はもっと反政府世論が高まっているし、
林泉忠助教授も中国人で偏りがあるかもしれません。

アイデンティティにしても日本人移住者と先祖からの人と区別する方が正確と思います。
それでネットの世論調査作成サイトで琉球独立のアンケート作りました。
琉球民族・大和民族・日本人・外国人と、
民族・国籍別に選択肢複数可能なシンプルなアンケート作りました。

移民を含まない琉球人の独立意識が分かりますし、
選択肢を選ぶことでアイデンティティも分かります。
民族意識も自覚するので高めることにもなると思います。
琉球や大和民族と触れるなという白票や反対票が多いですが、
民族自決権を隠し、あるいは、琉球民族を抹消の考えのあらわれたコメントと思います。

ネットはネットウヨが占領すること多い中、今のところ、
琉球民族では5対4で独立賛成はが多いですし、
大和民族でも8対15で反対派が多いですが以外と賛成派もいます。
ネットアンケートは不正、多重投票しやすいので信用できませんが参考程度です。
松島教授は現実の世論調査を大きく実施してほしいです。

琉球独立に賛成か反対か|世論調査.net - みんなの声!
http://www.yoronchousa.net/result/11169

「沖縄独立を」25% 4割「沖縄人」と認識 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-9518-storytopic-1.html



私の回答です。


コメントありがとうございました。

> ありがとうございます
>
> 僕は住民の意思と関係なく琉球独立を望みますが、
> 住民の意思が大事と考えられるなら、
> 琉球独立の世論調査とかされたことあるでしょうか。
> まだとしても、これから世論調査してほしいと願います。


>
> 林泉忠助教授が実施した調査が琉球新報に載っていて、
> それが唯一の公式的な世論調査みたいに思います。
> しかし、2005年の調査で今はもっと反政府世論が高まっているし、
> 林泉忠助教授も中国人で偏りがあるかもしれません。


林先生は個人的に知っていますが、香港人というアイデンティティがあり、「中国人」とひとくくりできないところあがります。

>
> アイデンティティにしても日本人移住者と先祖からの人と区別する方が正確と思います。
> それでネットの世論調査作成サイトで琉球独立のアンケート作りました。
> 琉球民族・大和民族・日本人・外国人と、
> 民族・国籍別に選択肢複数可能なシンプルなアンケート作りました。


大和民族と日本人と分けていますが、違いは何ですか。日本人移住者の子供、孫で沖縄で生まれ育った人は、移住者と区分するのですか。琉球民族の概念規定についてはどう考えですか。1879年の「琉球処分」以前に琉球で生まれた人の子孫を琉球人とするという考え方もありますが。

>
> 移民を含まない琉球人の独立意識が分かりますし、
> 選択肢を選ぶことでアイデンティティも分かります。
> 民族意識も自覚するので高めることにもなると思います。
> 琉球や大和民族と触れるなという白票や反対票が多いですが、
> 民族自決権を隠し、あるいは、琉球民族を抹消の考えのあらわれたコメントと思います。


「民族隠し」政策は日本政府が今やっていることです。


>

> ネットはネットウヨが占領すること多い中、今のところ、
> 琉球民族では5対4で独立賛成はが多いですし、
> 大和民族でも8対15で反対派が多いですが以外と賛成派もいます。
> ネットアンケートは不正、多重投票しやすいので信用できませんが参考程度です。
> 松島教授は現実の世論調査を大きく実施してほしいです。


いつかアバターさんとお会いした時に話し合いましょう。


>
> 琉球独立に賛成か反対か|世論調査.net - みんなの声!
> http://www.yoronchousa.net/result/11169
>
> 「沖縄独立を」25% 4割「沖縄人」と認識 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース
> http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-9518-storytopic-1.html



加計呂麻人さんからのコメントです。


> 大変問題であると考えています。

それをお聞きして大変安心しました。いつか沖縄や奄美が真に自立できる日がくればいいですね。ところで私は関西生まれの関西在住です。両親(りょうおや)が加計呂麻島出身で、特に父親は戦前に沖縄にありました工業学校の出身なので沖縄大好き人間でした。


私の回答です。


> > 大変問題であると考えています。
>
> それをお聞きして大変安心しました。いつか沖縄や奄美が真に自立できる日がくればいいですね。ところで私は関西生まれの関西在住です。両親(りょうおや)が加計呂麻島出身で、特に父親は戦前に沖縄にありました工業学校の出身なので沖縄大好き人間でした。


先週の奄美での大雨の被害に心を痛めていました。今週25日、宇検村在住の新元博文さんが龍谷大学で講義を行います。島の自立のための行動してきた方です。

「加計呂麻人」というアイデンティティをお持ちですが、奄美大島、他の奄美諸島とは違うというお気持ちをお持ちですか。

琉球と中国、徳之島への米軍移設問題

加計呂麻人さんのコメントです。


> インドネシアとビルマの独立を日本国として支援したのですね。それは本当にインドネシアゆあビルマの人のことを考えてのことでしょうか。

大東亜共栄圏構想は日本主導とはいってもアジア諸国の独立の上でのものですし、今も東南アジアや南太平洋の島嶼国家でも日本に感謝の念を抱いている国たくさんありますよ。先生のお好きなパラウもそうでしょう。

> 満州国のように、独立させて傀儡政権をつくり、日本が支配するためではなかったのですか。

そもそも満州の地は中国ではありません。それが証拠に歴代中国王朝の境をなす万里の長城は中国と満州の境界にあり、清朝時代、満州は漢民族禁足地でした。満州国の建国は、はじめに愛新覚羅溥儀の側近から関東軍に強い要請があった(RFジョンストン著「紫禁城の黄昏」)のが発端です。

関東軍は最初難色を示しましたが、1931年に入って中村震太郎大尉事件や万宝山事件などが起こり、あまりにも酷い中国人の仕打ちに業を煮やした在留邦人の要請もあり、板垣征四郎と石原莞爾が主導して満州を国民党からの影響から切り離すべく建国されました。

建国に際しての標榜としては王道楽土、五族協和であり、実際に素晴らしい成果を挙げていたと思います。因みに有名なリットンの報告書でも「満洲を巡る問題は極度に複雑であり、満洲事変も単に日本軍が侵略したというような簡単な事件ではない」と言っております。

> まったく聞く耳を持たないといって、何も主張しないのでは、相手の思うつぼです。

強く主張してると思いますよ。先般、石垣市市議会に於いて尖閣諸島防衛にむけた「上陸決議」が可決され、尖閣は日本の領土であるという主張がなされております。でも、中国は耳をかしませんよね。今になって一時棚上げにして共同開発なんて言っていますが、その反面、領土に於いて譲歩は一切しないとも言っております。そもそも共同開発なんて言っている時点で自分のものではないことを自覚しているのは明らかです。

つまり確信犯なんですよ。例を挙げれば大正9年5月20日に中華民国の駐長崎領事が中国漁民が尖閣列島に漂着した際、それを救助した当時の沖縄県石垣村村民に感謝状を贈っておりますが、その感謝状には「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島」と書いてあります。とにかく自分に都合が悪いことは完全に無視です。

> 中国の国際社会の一員であり、国際的な評判を気にしながら外交戦略を練っています。世界に嫌われたら貿易もできませんからね。冷静に中国とどのように付き合えばいいのかを考えるべきだと思います。

中国が国際社会の一員としての自覚を持っているとはとても思えません。例えば反分裂国家法を策定し〝台湾独立の気運あらば武力行使する〟と明言しています。ことあるごとに恫喝を繰り返すヤクザと同じで、共産党幹部の私利私欲のためだけに動いているならず者国家です。こんな連中とどう冷静に付き合えと言うのでしょうか?

> 加計呂麻人として、徳之島への米軍基地移設案をどう思いますか。

私の叔母夫婦は戦後、日本本土と切り離された奄美ではとても食べて行けないということで沖縄に渡りました。今も沖縄では米軍基地勤務は非常に人気だそうですね。もし、アメリカ軍基地が沖縄ではなく奄美にあったなら叔母夫婦も沖縄に行かなくてもすんだかもしれません。

アメリカ軍基地は確かに悪かもしれませんが、終戦当時、雇用も食料も十分ではない地域にとっては生きていくための必要悪だったのではないでしょうか。人間が生きていくためには嫌でも泥を被らなければならない面もあると思います。徳之島でも米軍基地誘致の運動はありますが、私はそんな人々を非難する気にはとてもなれません。


松島先生も私も最終的に沖縄や奄美の自立と幸福を願っている点は同じだと思いますが、なかなか認識というか、アプローチの仕方で溝が埋まりませんね。ところで松島先生は人権問題に厳格なはずなのに、どうして中国による現代進行形の植民地支配(東トルキスタン、チベット、内モンゴル、満州等々)や人権抑圧問題には目を瞑るのですか?私にはそのあたりが非常に疑問です。

ただ、これ以上先生の貴重なお時間を割いて頂いては申し訳ありませんので、最後にひとつだけ。…1928年に満州を視察した米モルガン財団代表のモランドはオールズ米国務長官に出した書簡の中で「満州は全支那で唯一の安定した地域であり、日本人がいたからこそ満州は安定が期待でき、日本の満州開発は中国人の利益にもなっている。

今や中国人は他のどこにいても受けねばならない匪族や馬賊の略奪から逃れるために何千人という単位で陸続と南満州へ流れ込んでいる」と書いています。「満州国」の素晴らしい成果は決して日本人や日本企業だけのものではありませんでした。

もし、日本政府とアメリカの鉄道王ハリマンが結んだ南満州鉄道共同経営の契約が小村寿太郎の大反対で反故になっていなければ、決して太平洋戦争は起こらなかった(アメリカと日本の利害が一致したから)でしょうが、東南アジア地域が依然としてヨーロッパの植民地のままだった可能性はかなり高いと思います。




私の回答です。

コメントありがとうございました。

> > インドネシアとビルマの独立を日本国として支援したのですね。それは本当にインドネシアゆあビルマの人のことを考えてのことでしょうか。
>
> 大東亜共栄圏構想は日本主導とはいってもアジア諸国の独立の上でのものですし、今も東南アジアや南太平洋の島嶼国家でも日本に感謝の念を抱いている国たくさんありますよ。先生のお好きなパラウもそうでしょう。


先日、パラオのウエキ大使が龍谷大学で講演をされました。日本統治時代における経済発展は日本人のためであり、パラオ人のためではなかったと述べました。ミクロネシアの島々と日本との関係については拙書『ミクロネシア』早稲田大学出版部をお読みください。


>
> > 満州国のように、独立させて傀儡政権をつくり、日本が支配するためではなかったのですか。
>
> そもそも満州の地は中国ではありません。それが証拠に歴代中国王朝の境をなす万里の長城は中国と満州の境界にあり、清朝時代、満州は漢民族禁足地でした。満州国の建国は、はじめに愛新覚羅溥儀の側近から関東軍に強い要請があった(RFジョンストン著「紫禁城の黄昏」)のが発端です。関東軍は最初難色を示しましたが、1931年に入って中村震太郎大尉事件や万宝山事件などが起こり、あまりにも酷い中国人の仕打ちに業を煮やした在留邦人の要請もあり、板垣征四郎と石原莞爾が主導して満州を国民党からの影響から切り離すべく建国されました。建国に際しての標榜としては王道楽土、五族協和であり、実際に素晴らしい成果を挙げていたと思います。因みに有名なリットンの報告書でも「満洲を巡る問題は極度に複雑であり、満洲事変も単に日本軍が侵略したというような簡単な事件ではない」と言っております。

「満州国」の素晴らしい成果とは日本人、日本企業にとってのものではありませんか。


>
> > まったく聞く耳を持たないといって、何も主張しないのでは、相手の思うつぼです。
>
> 強く主張してると思いますよ。先般、石垣市市議会に於いて尖閣諸島防衛にむけた「上陸決議」が可決され、尖閣は日本の領土であるという主張がなされております。でも、中国は耳をかしませんよね。
今になって一時棚上げにして共同開発なんて言っていますが、その反面、領土に於いて譲歩は一切しないとも言っております。そもそも共同開発なんて言っている時点で自分のものではないことを自覚しているのは明らかです。つまり確信犯なんですよ。例を挙げれば大正9年5月20日に中華民国の駐長崎領事が中国漁民が尖閣列島に漂着した際、それを救助した当時の沖縄県石垣村村民に感謝状を贈っておりますが、その感謝状には「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島」と書いてあります。とにかく自分に都合が悪いことは完全に無視です。


>
> > 中国の国際社会の一員であり、国際的な評判を気にしながら外交戦略を練っています。世界に嫌われたら貿易もできませんからね。冷静に中国とどのように付き合えばいいのかを考えるべきだと思います。
>
> 中国が国際社会の一員としての自覚を持っているとはとても思えません。例えば反分裂国家法を策定し〝台湾独立の気運あらば武力行使する〟と明言しています。ことあるごとに恫喝を繰り返すヤクザと同じで、共産党幹部の私利私欲のためだけに動いているならず者国家です。こんな連中とどう冷静に付き合えと言うのでしょうか?

日本各地で中国人観光客を呼び込むために色々な対策をとって一生懸命です。日本の輸出市場、企業投資地としても無視できない存在です。多くの日本人は中国となんとかうまくやっていきたいと思っているのではないですか。生活や経済のために。
>
> > 加計呂麻人として、徳之島への米軍基地移設案をどう思いますか。
>
> 私の叔母夫婦は戦後、日本本土と切り離された奄美ではとても食べて行けないということで沖縄に渡りました。今も沖縄では米軍基地勤務は非常に人気だそうですね。もし、アメリカ軍基地が沖縄ではなく奄美にあったなら叔母夫婦も沖縄に行かなくてもすんだかもしれません。アメリカ軍基地は確かに悪かもしれませんが、終戦当時、雇用も食料も十分ではない地域にとっては生きていくための必要悪だったのではないでしょうか。人間が生きていくためには嫌でも泥を被らなければならない面もあると思います。徳之島でも米軍基地誘致の運動はありますが、私はそんな人々を非難する気にはとてもなれません。

現在、沖縄経済の中で基地経済の占める割合は5%程度しかありません。基地跡地の経済活動をみると、基地経済よりも多くの雇用効果、経済効果が上がっており、沖縄の産業界も基地の返還を求めています。
基地は様々な問題を生み、人権侵害の源になり、生活が大きく破壊されます。

コメントありがとうございました。


> 松島先生も私も最終的に沖縄や奄美の自立と幸福を願っている点は同じだと思いますが、なかなか認識というか、アプローチの仕方で溝が埋まりませんね。ところで松島先生は人権問題に厳格なはずなのに、どうして中国による現代進行形の植民地支配(東トルキスタン、チベット、内モンゴル、満州等々)や人権抑圧問題には目を瞑るのですか?私にはそのあたりが非常に疑問です。

別に目をつぶっているのではなく、大変問題であると考えています。


ただ、これ以上先生の貴重なお時間を割いて頂いては申し訳ありませんので、最後にひとつだけ。…1928年に満州を視察した米モルガン財団代表のモランドはオールズ米国務長官に出した書簡の中で「満州は全支那で唯一の安定した地域であり、日本人がいたからこそ満州は安定が期待でき、日本の満州開発は中国人の利益にもなっている。今や中国人は他のどこにいても受けねばならない匪族や馬賊の略奪から逃れるために何千人という単位で陸続と南満州へ流れ込んでいる」と書いています。

モルガン財団は、米国の巨大資本がつくった財団ですね。米国資本も満州への進出を考えていたのでは。満州人の人権よりは、米国資本の利益を優先したのでは。

「満州国」の素晴らしい成果は決して日本人や日本企業だけのものではありませんでした。もし、日本政府とアメリカの鉄道王ハリマンが結んだ南満州鉄道共同経営の契約が小村寿太郎の大反対で反故になっていなければ、決して太平洋戦争は起こらなかった(アメリカと日本の利害が一致したから)でしょうが、東南アジア地域が依然としてヨーロッパの植民地のままだった可能性はかなり高いと思います。


当事者である満州人等から日本支配の満州国を評価する声はありますか。

加計呂麻人さんは中国事情について非常に詳しいですね。島に住みながら、ご研究されているのですか。

第8回ゆいまーるの集い in 伊平屋島

いよいよ、ゆいまーるの集いが来週、金曜日から始まります。
最新のスケジュールをお伝えします。
以前紹介した報告者に追加があります。
ご参加されたい方は、私にご連絡ください。



「第8回ゆいまーるの集い in 伊平屋島」へのご招待 

2007年にNPO法人ゆいまーる琉球の自治が設立されました。これまで、久高島、奄美大島、伊江島、西表島、沖永良部島、平安座島、宮古島で住民の集いを開催してきました。島の課題は島の住民が自らの頭で考え、実践して解決
するしかないという「自治的自覚」を互いに持つための住民の集いです。

多くの方が集い、互いに学び合える場になればと思います。

1.場所:伊平屋島、前泊集落センター

2.島外からの参加者の宿泊場所
ホテルにしえ(0980-46-2145)にご予約下さい(現在10部屋分予約しています)

3.スケジュール
11月12日午後2時ごろから島内観光をします。レンタカーに分乗して、伊平屋島の史跡などを訪問します。西江重信さんがご案内します。
夕方よりホテルにしえの東屋にて交流会・海勢頭豊さんのオペラ「海の岩宿物語」ビデオの鑑賞

11月13日
午前9時より前泊集落センターにて集いを始めます
参加者の自己紹介
*「自治とは何か」藤原良雄(藤原書店)
*「琉球の自治・自立・独立と伊平屋島」松島泰勝(龍谷大学)

*「伊平屋島から見た琉球王国の成り立ち」海勢頭豊(平和音楽家)
*「ようこそ沖縄伊平屋島へ、私たちの取り組み」西江重信(グループエコライフ)

昼食
1時半より
*「伊平屋島民俗散歩」上江洲均(沖縄県民俗学会会長)
*「田名ぐすくの文化財的価値」當眞嗣一(沖縄考古学会副会長)

*「つながる力とつなげる力」大見謝るみ子(伊平屋島商工会女性部部長)
夕方よりホテルにしえの東屋にて交流会

11月14日
午前8時よりNPO法人ゆいまーる琉球の自治の会員総会
午前9時伊平屋島発フェリーに乗船

4.交通方法

那覇から高速バスで名護まで行き、名護からはタクシーで本部半島運天港へ、運天港から船で伊平屋島へ。または那覇からレンタカーで運天港までいき、そこから船で伊平屋島へ。
船のスケジュールについては、伊平屋島役場のホームページを参照してください。
12日午後の伊平屋島見学に参加される方は、運天港から11時発のフェリーに乗ってください。

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