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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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中国援助を評価するバヌアツ、北マリアナ諸島での実弾訓練、独立国としての台湾

2001年8,9月の太平洋諸島ニュースをお伝えします。
他国の内政に干渉しない中国のひもなし援助が島嶼国から評価されています。日本、豪州などのひも付き援助は批判されています。




9/19 PINA Nius Online
 バヌアツが中国の援助方式を評価している。

 ボホール・バヌアツ副首相は、中国の援助方式を評価し、中国政府はバヌアツ国民の真の友人であると讃えた。

同副首相は、中国からの援助と他の諸国からの援助の違いは、中国援助はひも付きでないことであると指摘した。また、同副首相は、バヌアツ政府は中国から313,589米ドルの援助金を得たが、他国から同額の援助を受け取る場合には専門家の派遣費が含まれ、結局は援助金の全てが援助提供国の人々の給料として戻っていくと語った。さらに、同副首相は、中国だけが現金を提供し、その使い方をバヌアツ政府にまかせるとも述べた。

 バヌアツ政府に対する中国の寛大な対応の結果 、バヌアツ政府は、中国政府の「一つの中国」政策を守り続け、中国を承認し、台湾政府を認めていない。中国政府がバヌアツ政府に対して寛容な姿勢を見せたのはこれが初めてではない。

バヌアツ政府の前政権の時には、バヌアツ政府への巨額の借款返済を中国政府は免除したことがあった。この借款によりバヌアツの国会議事堂、南太平洋大学法学部キャンパス等の大規模建設が行われた。




北マリアナ諸島も米国領土であり、実弾による爆撃訓練が今も行われています。
プエルトリコも北マリアナ諸島と同じく、米国のコモンウェルスでありますが、プエルトリコは脱植民地化、独立を目指して国連で活動しています。同じ米領でもこのような違いがあります。


8/31 PIR
 米軍関係者は、北マリアナ諸島下院議会が同諸島における爆撃実験を支持したことを評価した。

 米国防衛評議会のペリン事務局長は、北マリアナ諸島下院議会が、爆撃訓練用にファラロン・デ・メディニラ島の継続的使用を支持したことを評価した。先週、北マリアナ諸島下院議会は、サイパンの北方にある島々における爆撃訓練、その他の米海軍による軍事訓練の実施を支持する決議案を採択した。

 ペリン事務局長は、「プエルトリコの人々がビエケス島における爆撃訓練を拒否した時期に、北マリアナ諸島の人々が米軍による同諸島内における爆撃訓練を支持したことは非常にタイムリーであった。」と述べた。



沖縄の研究者の中には台湾は非国家とみなしている人がいますが、実際は独立国として外交活動、ODAの提供を世界中に行っています。琉球も台湾を見習うべきです。

8/14 
ナウルで開催されるPIF総会準備のために台湾が500万ドル援助した。

 台湾からの援助金はホテル、シビックセンターの改修等に使われている。ナウル政府は、総会のためにの台湾援助に対して大きな評価を与えた。

ナウルは台湾と外交関係をもっている太平洋島嶼国の1つである。中国は昨年、キリバスで開催されたPIF総会の域外国対話において台湾とフォーラムとの関係について問題にしたが、もし今年、台湾が総会に招かれた場合、中国は総会に参加しないだろうと脅かしている。

ナウルは200人以上の各国代表団の来島を期待しているが、豪州首相、PNG首相、フィジー首相は参加しない見込みである。
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民主党政権のことば自体が信じられなくなったこの一年:基地問題

12月23日の琉球朝日放送で今年の基地問題の特集をしていましたので、お伝えします。

菅総理は琉球に来て辺野古基地建設はベターな選択と言ったのに対し、仲井真知事は県内建設はすべてバッドであると明確に答えました。本当に同じ国の中にいる首相と知事の会話であるかと思います。日本政府にとってサンゴ礁を埋め立てて基地を建設することが琉球人にとってどれほど大きな問題なのかが分からない。

日本政府の閣僚が何度来ても、琉球人との認識のギャップは埋まらないであろう。

思いつきで色んな案を出した日本政府に翻弄された一年でした。

日本政府の言葉自体が軽く、内容がなく、信じられなくなるという、日本という国の存亡にかかわる危機的状況だと思います。

日本政府は基地を作らないと日米安保、日本の安全保障がゆらぐと主張していますが、国、政府の言葉が国民から信じられないというのは、軍事以上に、大変な問題であるという認識がありません。国民としての琉球人の心が日本政府から離れて行っているのです。



きょうは今年の基地問題を振り返ります。

菅総理「色々な見方の違いはありますが、丁寧にしっかりと議論を積み重ね、詰めていける」

今月18日、沖縄訪問の後の会見で、普天間基地の辺野古移設に理解を求めた菅総理。2010年は民主党政権の基地政策に翻弄される1年でした。


新しい政権の誕生で一気に高まった普天間基地の県外移設への期待。1月の名護市長選挙では辺野古への基地建設を容認してきた現職が敗れ、「基地を造らせない」と明言する市長が誕生しました。

名護市・稲嶺市長「この13年間の思いを今回の選挙に皆さんがぶつけてくれた」

県議会も、普天間の県外国外移設を求める意見書を可決。ところが政府から出されたのは-。

これまでにも度々浮上してきた嘉手納基地に普天間基地の機能を移すという「嘉手納統合案」。また、普天間基地の機能の一部を鹿児島県徳之島や名護市のキャンプシュワブに分散させるという案。勝連沖を埋め立てて巨大な基地を造るという案などです。

うるま市民「政府のやり方は日本人として、日本の国民として許せない」


こんな案まで飛び出しました。辺野古の沿岸部にくいを打ち、桟橋形式の滑走路を造るというのです。これも以前浮上して消えた案でしたが、政府は「環境に配慮した計画だ」と強調しました。

名護市民「どこまで沖縄の県民ぼ馬鹿にしているのか」「杭式だろうが、埋め立てだろうが、結局日光が当たらなければ海は一緒なので、どっちでも一緒だと思います」

政府の動きは各地に不安を飛び火させることになったのです。結局-。


鳩山総理(当時)「国内及び、日米の間で協議を重ねた結果、普天間の代替施設は沖縄県内に。より具体的に申し上げれば、辺野古の付近にお願いせざるを得ない」

5月、移設先は名護市辺野古と明記した日米合意を結んで鳩山総理が辞任。それ以降、政府は180度スタンスを変えます。

菅総理「普天間基地を辺野古に移設する、日米合意を踏まえつつ、基地負担の軽減に尽力する」


そして大臣たちは次々と驚きの計画を明らかにしました。

岡田外務大臣(当時)「オスプレイをどうするかという議論もあります」

事故が多発し、未亡人製造機とも揶揄される新型輸送機・オスプレイの配備をほのめかしたのです。さらに-。

北沢防衛大臣「私が特に重要で真剣に検討していきたいと考えるのが、代替施設を自衛隊が米軍と一緒に使用できないかということ」

予定している基地を自衛隊にも使わせたいと言い出しました。


そんな政府の思惑は名護市民をさらに逆なでします。9月の名護市議会議員選挙では移設反対の稲嶺市長を支持する候補が過半数を獲得。そして頂上決戦の県知事選挙。事実上の一騎打ちとなる中、現職・仲井真知事も県外移設を表明して戦い、再選したのです。

政権政党の民主党は候補者を出し、県民の審判を仰ぐことも避けました。

県民との溝が深まる中、年末になって計画を進めようと急ぐ政府。


菅総理「ベターな選択ではないかと、私自身考えましたので。辺野古移転をもう一度考えていただけないか」

前原外務大臣「結局辺野古に戻ったということで、期待された県民に心からお詫びしなければと思っていまして」

アメリカと交渉するのではなく、県民に理解を求めるだけの政府との話し合いは平行線のまま。普天間問題は来年まで、持ち越されることになりました。

来年には再び沖縄を訪問すると話している菅総理や前原大臣。しかし県民に謝罪し、理解をと繰り返すだけで、その言動は県民に向いているというよりもむしろアメリカを意識しているようにさえ見えます。

県民の多くが「普天間問題の解決」を期待して新しい政権に一票を投じたわけですから、政権政党の民主党はその重みをもう一度考えるべきだと思いますし、振興策や交付金といったアメをちらつかせ、説得しようというのではなくきちんとアメリカと交渉していただきたいと思います。

石垣島と反開発


11月20日の八重山毎日新聞の社説をご紹介します。

新石垣空港建設にともなう乱開発の動きは、西表島で行われた、ゆいまーるの集いで石垣島の上村さん、鷲尾さんが報告して下さいました。

新石垣空港建設の過程で、赤土流出対策が実施されていますが、白保のサンゴ礁に赤土が流れ込み、サンゴが破壊されているのです。

島の環境は「生き物」であり、開発によって殺してしまったら再生はほとんど不可能です。観光発展のための開発によって、島の魅力がなくなり、結局は観光業が衰退しかねません。

石垣島人の生きたあかしを残していくことは、今に生きる人間だけでなく、将来の石垣島人にとっても過去と現在を結ぶ心のよりどころとなるであろう。コンクリートにおおわれた島に愛着を感じる人はいない。生きた島、先祖の記憶をたどることができる島に私たちは限りない愛着を感じるのである。






乱開発から歴史の道を守ろう

■無秩序な開発に歯止めを
 南の太陽に映える美しい海や山、澄み切った青空、肺腑(はいふ)に染み入る空気。近年の八重山は、これらの魅力が発信され、外からの移住者が増えている。美しい自然と快適な環境にあこがれ、県内外から多くの人たちが八重山に移り住み、活気があふれていることを否定的にとらえてはいけないが、一時的な利益目当ての無秩序な開発が行われていることなど、多くの課題があることも確かだ。

 2012年度の供用開始をめどに、新石垣空港の整備が着々と進んでおり、八重山にとって大きな転換期が訪れようとしている。新空港の建設は、農業、漁業、観光産業等の活性化を促し、八重山の発展に貢献する一大プロジェクトであることは論をまたない。

 しかし、新空港建設や一時的な移住ブームに便乗する形で、むやみやたらに無計画かつ無秩序な開発が計画され、進められている状況には何らかの形で歯止めをかけるべきであろう。

 県や市の行政機関は、現状を放置せず、的確かつ冷静な判断によって、長期的な視点から八重山の将来像を描き、方向性の明確な地域振興施策を推進する責務があることを改めて自覚していただきたい。

■歴史の道の保全施策
 最も懸念されるのは、新石垣空港建設事業のような巨大プロジェクトにあおられた乱開発によって、古い遺跡や歴史の道など貴重な文化財が破壊しつくされ、取り返しのつかない状態になることである。

 例えば、平久保半島東海岸と西海岸一帯は、ともに後世に引き継ぎ残していくべき美しい自然景観や植物、歴史的な遺構などがほとんど手つかずのまま残されている極めて貴重な地域である。

2007年8月に「西表石垣島国立公園」に編入され無秩序な開発から文化財や自然景観を守る条件はある程度整っているものの、リゾート開発計画や平久保半島一周道路計画など、露骨な投機目当ての開発計画が浮かんでは消えている状況は憂慮すべきである。

 沖縄県教育委員会が文化庁の補助を受けて調査し編纂(さん)した「沖縄県歴史の道調査報告書」は、道や沿道に残る遺跡の分布状況、保存の実態、道の歴史的意義等について継続的に調査した優れた報告書である。1990年3月に刊行された第VII巻「八重山諸島の道」編では、八重山の歴史の道を詳細にたどることができる。

 その内、「伊原間から安良への道」の項目には、伊原間村から明石にさしかかる手前の小高い丘一帯に「ウツヌ村」(内野村)があったが廃村になったこと、廃村のいきさつや時期が判明していないこと、安良(ヤッサ)村は石垣や登野城からの寄百姓によって村建てされたものの明和の大津波によって460人余が死亡、その後疫病による壊滅的な打撃を経てさらに寄百姓による再建が行われたものの、結局廃村のやむなきに至ったことなどが記述され、八重山の歴史を知る上で示唆に富む内容となっている。

■「八重山の歴史の道」調査を
 平久保村と安良村を結ぶ安良越地(峠道)を舞台に、若い男女の恋のたわむれを軽快に歌った珠玉の民謡「越地節」(くいへ節)も取り上げられるなど、当時の生活をしのぶことができる。

 また、石垣市市史編集室がまとめた「故郷安良の原風景~その歴史と自然~」は、綿密で詳細な調査がなされており、私たちに先達の足跡を強く印象づける優れた研究成果である。

 ヤッサ村跡には、井戸、御嶽、屋敷跡、墓など往時の生活をしのばせる遺構が比較的良好な状態で残されており、多良間田の跡も確認することができる。廃村とはなったものの、かつては美しく豊かな自然に包まれて、喜びや悲しみに彩られた人々の営みがあったことを忘れれてはなるまい。

 安良村跡に限らず、八重山各地で残されている貴重な文化遺産を乱開発からしっかり守り、後世に引き継がなければならない。そのために行政機関は、八重山全体の歴史の道など文化遺産を改めて詳細に調査し、地域住民の理解と協力を得て、保全のための方向性を明確に示し、次世代へ承継するべきである。

アジア経済の中の琉球

12月22日の琉球朝日放送で報じられた琉球一年の経済についてお伝えします。

仲井真知事の1000万人の観光客目標は実現されず、客室単価が下落しています。人数を増やすために具体的に何をしてきたのか、客室単価を上げる経済政策を行ってきたのかが厳しく問われています。

北京との直行便が開設したことにより、琉球と中国との経済関係はさらに進むでしょう。


県内で雇用が伸びているコールセンター、観光業、サービス業は低賃金、重労働、不安定という就労条件上の問題を抱えており、琉球が日本の低賃金市場として固定化されてきているといえます。

国際貨物取扱量で、那覇は成田、関空に次いで、全国2位となりました。アジア経済の中で琉球がもつ意味や役割は今後さらにおおきくなるでしょう。





2010年を振り返るシリーズ、きょうのテーマは経済です。ホテル「一般のお客様がちょっとご予約出来ない状況ではありますが」美ら島総体の効果で、8月には、1カ月当たり史上最多の観光客数を記録した沖縄観光。しかし、観光客数は10月ごろから再び減少に転じ景気低迷で特に悪かった去年に比べると若干改善しているもののおととしに比べると、依然1割以上落ち込んでいます。

リゾートホテルなどを中心に客室単価は下落傾向で、厳しさが続いています。

りゅうぎん総合研究所 比嘉盛樹 上級研究員「観光客の数が減っているということで、単価を落としてでもとにかくお客様をとりたいと」           

しかし、そんな中、今年活況を見せた市場がありました。今年3月、中国内陸部から、沖縄で結婚式を挙げるために訪れたカップルたち。台湾や香港からのリゾートウェディングが増えるなか中国内陸部に本格的にマーケットを拡大しようと県内のウェディング業者などが企画したもの。

りゅうぎん総合研究所 比嘉盛樹 上級研究員「国内客はですね、2007年ぐらいの水準なんですけども、外国人客が大幅に伸びていまして、過去最高で推移をしているといった状態です。」

インバウンド元年と言われた今年。7月には、北京と沖縄を結ぶチャーター便が就航。先月からは、香港ドラゴン航空が定期便を就航させるなど国際線路線の開拓が一気に進みました。観光客数全体では、去年よりわずか4%増だったにも関わらず外国人客は25%の増を記録しています。

来年は、巨人を迎える、プロ野球キャンプや復帰40周年の様々なイベントで、本土からの観光客数も徐々に上向くと見られています。

りゅうぎん総合研究所 比嘉盛樹 上級研究員「今年はですね、例えば家電だとか車とか、モノの消費にお金が使われたんですけども、2011年の後半からは、サービス消費といったものにお金が使われるんではないかなと期待しています。」

就活学生「求人減っていて難しさを実感しています」県内では、大卒者の就職内定率が改善しているものの高卒者の内定率は25.3%と依然、厳しい情勢です。しかし、県内の雇用情勢全般を見ると、この1年で緩やかに回復してきています。

沖縄労働局 渡辺昌平 職業安定部長「去年の春から夏にかけてが一番底だったと、で、そこから少しずつ少しづつ回復してきたと。そういう状況の過程にあると思います。」

現在、県内で雇用が伸びているのは、コールセンターや観光、サービス業。本土企業の県内進出による、雇用創出効果も続いています。一方で、かつて雇用を支えていた建設業などは依然厳しさが続いていて、労働力をどうシフトしていくかが課題となります。

沖縄労働局 渡辺昌平 職業安定部長「いずれ、サービス産業化というシフトが日本全国で起こっているものですから、それにいかに早く対応していくかっていうことが、課題になってくると思いますね。」

去年10月にスタートしたアジアと日本の主要都市と、那覇空港を結ぶ沖縄貨物ハブ事業。国際貨物取扱量で、那覇空港は、この一年で一気に成田、関空に次ぐ、全国3位の空港となりました。

海邦総研 伊波 貢 経営企画部長 「キーワードは一つだと思うんですね。国際化で、南の玄関と言われてもうだいぶ久しいんですけども、その中で本当に着実に目が出てきたのがこの1年だと思っているんですね」「明らかに交通とかハードが、それに物流というシステムがのっかろうとしているという現状が、この1年でとっても出てきたかなと思いますよね。」

先月開催されたビジネスイベント。中国など、アジアに展開する日本人経営者の集まり和僑会が日本で初めて開催したもので、多くの県内企業の出展も見られました。

海邦総研 伊波 貢 経営企画部長 「物流が出来てなおかつ人も頻繁に出入りするようになると、交流があるとですね、どんどん近づいてきていて、もうマッチングは当たり前の世界になってきていますので、泡盛産業はじめ、お菓子産業もそうなんですけども、今からどんどん出ていくことがこの数年で事実として出てくると思いますね」

縮小する国内市場と、拡大するアジア市場。沖縄経済は、その狭間で様々な課題に直面しましたが、同時に、新しい流れを予感させる1年でもありました。尖閣問題など、日中関係の影響も受けたりと、様々な意味で沖縄経済がアジアに出て行った1年だったと言えますね。

琉球の脱奴隷根性、救国運動、学問

琉球人さんからのコメントです。

日本社会全体で、本当の、原点を再確認しなければならない!
ボタンは、一段掛け間違えば、すべて、かけ直さなければならない。

同様の事が、日本人の歴史認識にも言えているのである。

沖縄でしか、産出されない貝類が、古代の人々(縄文時代から弥生時代にかけて)儀式用、装飾用として用いられ、広く日本列島全体で、出土しているのです。

これらは、何を意味しているのでしょうか?

つまり、我々が、認識させられている世界観以外にも、日本列島全体が、違った理念を持った集団構成を営んでいた歴史が、厳然と、存在していた事を、証明しています。

私達は、改ざんされ続けた歴史を、頭ごなしに、信じこまされて来ているのです。

権力思考や、力や争いによる、中央集権主義に、まんまと、コントロールされているのです。

では、はっきり、言いましょう!

天皇制は、その、一例です。

だから、琉球王国が、同類ではない!

とは、言っているつもりではない!!

自分達は、上品で、本物だ、と、いうつもりではない!!

完璧な世界などというモノは、歴史上存在した事は、一度もない!

ただ、理想になんとなく近そうだ、と、いうだけの事なのです。

とにかく、現在、私達は、主権在民の民主主義国家なのです。

正月まで、後残り僅かですが、正月の鏡餅すら、蛇を象ったモノであり、本質は、締め括りや、再生への、脱皮の様なのです。

琉球の食文化は、改めて見直さなければいけない
昔は、長時間の仕込み、調理は、当たり前でした。
琉球らしい風情も、そこに在りました。

ファーストフード、ポーク缶や、インスタント食品が、特に、戦後、沖縄の食文化の流れを変えてしまったと、言えるでしょう。

琉球経済は、最も肝心な“食べる”という本能ごと、諸外国に、依存する様になりました。

残念ながら、地場企業や産業が、一段劣った感じで、ブランド力を強化出来ずにいます。

外国産のポーク缶が、沖縄名物になってしまった感は否めない。
沖縄的おおらかさから、来ている面も、無きにしもあらず!
ですが、おかしな話です。

明らかに、需要が存在する訳ですから、もう少し、がめつくなっても、罰はあたりませんよ。

いかがなものですか?

ウチナーンチュよ!


私の回答です。

琉球人はポークをソーメン、ふー、豆腐などどいっしょにチャンプルーにして食べるという、外からのものをうまい具合に取り入れて、新たな琉球の食文化をつくるという独創性と創造性があります。わしたショップは、添加物があまり入らないポークをつくっています。
輸入代替をどんどん行っていけば、島の経済発展にもつながりますね。





jinnseiさんからのコメントです。

琉球人である自覚を持ってほしい
>石垣島で生きていた人が無理やり日本人の祖先にされる

琉球はひとつの独立した、とても高度な文明を持つコミューンだったことは既に証明されていますが、その事実を日本が隠ぺいし、同化という差別を押し付けている好例ですね。

琉球人の特に若い世代ほど心が侵食され、「琉球人は日本人」という奴隷根性を植え付けられています。天皇の保身のために捨て石にされた事実、米帝に気に入られるために沖縄に基地が作られた事実をこれからも訴え続けなければ、‘琉球人’はいなくなってしまうかもしれません。
「わたしは日本人ではない、‘琉球人だ’」私たちは次の世代の子供たちにこの考えを教え伝えていく責務があります。


私の回答です。

日本の教育制度、メディアの中にさらされていたら、同化がどんどん進んでしまします。琉球人のための歴史、文化、政治経済をワークショップ形式で互いに学びあう琉球学校を作る必要があります。また、琉球人の視点からの新聞、テレビ、ラジオをつくる必要もあります。

今の現状におかしいと思う人々がそれぞれの場で、自分ができることを着実にしていくことで、琉球人はこれからも地球上に存在することができるのではないでしょうか。




しまうたさんからのコメントです。

応答ありがとうございます。

がんばりましょう!




抗米救国!抗漢救国!抗日救国!

琉球民族万歳!

琉球独立万歳!



私の回答です。

力強い応援メッセージありがとうございます。
救国運動をそれぞれの場で、それぞれの方法によって続けていきましょう。
マジョリティ―民族による同化、吸収政策に抗して、自らのアイデンティティを具体化するための方法は世界中で見られます。

最近私は、スコットランド国民党の政治経済政策に注目しており、詳しく研究しています。琉球の経済自立策を構築するうえでのたくさんのヒントがあります。自治的自覚をもって、琉球の政治や経済を新たな形にするための学問をしたいと考えています。現実を変える力がなければ学問の意味がありません。

島の食文化と自治

12月18日の八重山毎日新聞に島の食文化についての社説がありましたので、お伝えします。

石垣島生まれの母親から、かつての島の生活について聞いたことがあります。それは以下の新聞の描写のようでした。

島の人の生活は人が食べる植物を栽培したり、魚や貝をとったり、調理したりなどで時間の大部分を使いました。それだけ島の知恵が食文化の中につまっているのです。

近代化された、ファーストフードでにはない、先人の知恵ど努力が伝統的食にはあり、それは文化と呼べるものです。時々、母がつくる伝統食を食べると、体に良いだけでなく、島の文化を体得していると思います。島の自然が与えてくれる恵みをそのまま食として人間が頂戴することで、人の生命だけでなく、自然をも大切に守ることももできます。

島の食を受け継つぐことも、自治のこころみであると言えます。



大切にしたい先人の経験と知識

■質素で満ち足りていた食生活
 今から50年前の1960年(昭和35年)12月。ある一家の夕暮れ時を想像してみよう。夕暮れ時の井戸端では畑から帰ってきた父親が手足をそそぎ、母親が夕飯の芋を洗っている。男の子達は、馬にハミ(芋を煮て作ったえさ)を与えたり、山羊小屋に草を投げ入れ、女の子は豚の世話だ。一番座に裸電球が灯され、母親はトーラ(台所)のかまどに火をくべる。

 夕食は、あっこん(さつまいも)とカーガスイズ(魚の干物)でだしを取ったアーサ汁に、お祖父さんが取ってきたフクルベ(かわはぎ)の煮付け。スタディ(自家製醤油)、パイル(自家製酢)やアンダ味噌などが添えてある。子供達が学校でおこったあれやこれやの話で騒々しいので、母親が微笑みながら静かに食事するようたしなめる。

 およそ50年前のごくありふれた一家の夕餉(ゆうげ)はこのように質素なものであった。まだガスコンロなどは普及していなかったので、「文化かまど」に薪をくべて食事を作るのが普通であり、身近にある材料を手間ひまかけて、可能な限り食卓に並べる。当時の食生活は、身の回りにある質素な食材を、先人から受け継いできた知恵を生かし時間をかけ、工夫をこらして質素でも満ち足りていたのである。

■優れた食文化を次世代へ
 八重山は、ユンタ、ジラバ、節歌、踊りなど、県内の他地域に比較しても、広くて深い文化を育んできた地域であることはよく知られている。その上、興味深いことに、食文化に対しても優れた触覚を有していた。人々は、身近にある材料を最大限に活用する知恵と根気に支えられた味覚・嗅覚を供えていた。貧しい日常を豊かに彩る工夫を怠らなかったのだ。

 今日でも、八重山で日常的に食されている独特の食材は数多い。よく知られているのはサラムシル(オオタニワタリ)の新芽、アダニヌフク(アダンの芯)そしておなじみのピィパーズなどであろう。

 サラムシル(オオタニワタリ)の新芽は、沖縄本島など山野に数多く自生しているが、食べられること自体知られていない。アダニヌフクを食べる話をするだけで、奇異な目で見られるし、八重山の伝統食文化の代表格ピィパーズも、他の地域では殆ど見向きもされない。

 最先端のグルメ情報は身の回りに氾濫(はんらん)しているが、先人が地を這うような労苦の末に長い時間をかけて育んできた古い食文化については、ほとんど見向きもされず、はるか彼方の記憶としてだんだんかすんでいく。

 つい半世紀前まで、八重山の人々は、タークブ(水おおばこ)、ナバ(茸)、パノール(じゅず藻)、マンジュマイぬムトゥ(パパイヤ樹の幹)ターンナ(タニシ)やツダミ(カタツムリ)のお汁などをごく普通に食べてきた。そのまま手をこまねいて見ていては、これらの経験や知識も消えていくだけだろう。

■食文化に誇りを
 本年8月に策定された「石垣市観光基本計画」では、「石垣市の豊かな自然や地域の顔が見える優しい料理を味わい」とやや漠然とした表現はあるものの、優れた八重山の食文化をきちっと評価せず方向性も示していない。

 何も「50年以上前の質素な食生活に戻ろう」と時代錯誤を言っているわけではない。先人が長い時間をかけて築いてきた食文化に心から敬意を表し、知識、知恵として次の世代へ継承していく手立てはないものか。長い歴史を持つ素晴らしい食文化を記憶の彼方に追いやられるままにしてよいのだろうか。

 戦前戦後の混乱期に食べ物と苦闘してきた古老の舌や手の感覚が記憶している今こそ、八重山食文化に誇りを持ってきちっと聞き書きをし、文章として、音や映像として記録することで先達の労苦に報いるとともに、次へ引き継ぐ責務があるのではないだろうか。活字、映像として体系的に記録し残す、更に行祭事に組み込んで再現する方法など、伝統的な食文化を敬う心を年の瀬の一場の夢とせず、公的機関を中心に具体的な取り組みを期待したい。

長野と琉球:中学生のこころみ

12月14日の琉球朝日放送のリポートをお伝えします。
先月、早稲田大学で講演をしたとき、長野出身の学生から次のような質問を受けました。自分は長野出身であるが、今は沖縄の米軍基地問題について関心をもっているが、就職で長野に帰ったら、沖縄問題は遠い場所の問題として忘れてしまうと思うが、そのような若い人にどのような期待をもちますかと。

下のリポートは同じ長野の中学生が沖縄問題を自分のこととして考えようと新聞をつくっていることがわかります。

沖縄問題は日本問題でもあるという自覚が必要です。沖縄の人の苦しみを自分のことのように感じることができる日本本土の人が一人でも多く増えてほしいと思います。



長野県の小さな村の中学3年生たちが、沖縄に関する新聞づくりに取り組んでいることを10月にお伝えしましたが、その新聞が今月8日に発行されました。基地のない長野で中学生たちがどのような思いで、新聞を制作したのでしょうか。金城記者のリポートです。


長野県北安曇郡松川村。雄大な北アルプスの裾野に松川中学校があります。

3年C組は、NIE、教育現場で新聞を活用する研究指定校として、ことし6月から新聞を教材にした授業を始めました。おりしも沖縄の普天間基地問題がクローズアップされた時期。地元紙や全国紙、沖縄の新聞で学ぶうち、生徒たちには知らない沖縄がそこにあったのです。

男子生徒「全国の人たちに沖縄の人々の気持ちを分かってもらいたいから」

男子生徒「長野県の人は戦争についてあまり関心がないと思うので、もっと長野県の人たちに知ってもらいたいと、こうやって足を運んでくれていると思います」

黒岩理恵子教諭「伝わらないもどかしさ、伝えたい思い。そういうのを私もすごく感じます」

生徒たちは、地元・長野や沖縄の中学校に基地問題に関するアンケートを実施。意識の違いを調べたほか、沖縄関係者へのインタビュー、資料収集などに取り組みました。


12月8日。松川中学校に刷り上がった「沖縄新聞」が届きました。その数2000部。生徒たちはこの新聞を長野県内の中学校200校に送る事にしました。

「沖縄新聞」は12ページ建て。基地問題や長野県の松代大本営地下壕建設と沖縄戦のつながりも記しました。また、沖縄の伝統文化、経済、雇用、環境、食文化なども紹介。も多岐にわたっています。

対立する問題に対しては両論併記で示し、読者に考えさせる工夫も凝らしました。

「社説」に当たる「級説」は、学習のまとめとして次のように結びました。『沖縄県民の今までの苦しみを知った上で、もう一度、沖縄に基地が必要かを考え直すべきだと思います』。

「沖縄新聞」は、アンケートに答えた隣町の美麻中学校の3年生へも届けられました。

美麻中学校3年生・男子生徒「いろいろな方向からの目線で読んだりとかして、沖縄の人がどう考えているのかということが分かって、自分たちに考えられないことがあるっていうことが分かって、為になった」

美麻中学校3年生・女子生徒「同じ中学生なのに、何か本当に自分のことのように沖縄のことを考えて、内容が濃くてすごいなと思いました」

松川中学校の「沖縄新聞」を支えたのは、長野県のNIE事務局、信濃毎日新聞でした。コラムで松川中学校の取り組みを紹介した主筆の中馬清福さんは生徒たちの取り組みを高く評価しています。


信濃毎日新聞・中馬清福主筆「子どもたちがここまでこういう総合的な面で沖縄を見ようとしていることに、実は驚きなんです」

沖縄の基地問題に関心のなかった生徒たちは、新聞作りを通して「知る」ことの大切さを学びました。

女子生徒「私たちも最初そうだったように、沖縄にはまだ関心のない人たちが多いと思うので、少しでもこういう活動を通して知ってもらいたい、あとは今、沖縄がどういう状況なのかということを知ってもらいたい」

女子生徒「みんなで協力して出来たものなので、これで少しでも長野県と沖縄県の温度差が少なくなればいいと思います」

男子生徒「今回のことで、こんなに遠く離れていて基地がないところでもこういう活動が出来るということが証明できたので、これからも何かあったらやっていけたらいいなと思っています」

女子生徒「これからニュースとかで沖縄のことが出た時は注目していきたい。それにニュースでも正しいこと言っているかどうかわかんないじゃないですか。正しいっていうのは真実の一部みたいな、だから本当のことっていうのが考えていきたいです」

担任の黒岩理恵子教諭は、学習の積み重ねが「沖縄新聞」という形となって現れたといいます。

黒岩理恵子教諭「(生徒たちには)ずっと考え続けてもらいたい。あとは新聞が渡ったその先の方が1面だけじゃなくて12面全部、(生徒)32人分全部を読んで、何かを考えて下さったら非常にありがたいと思います」

一方、生徒たちの学習の成果は、大人たちにとっては驚きを与えました。

信濃毎日新聞・中馬清福主筆「政府が言っていること、県が言っていること、お母さんが言っていること。そういうようなものを比べていって物事を判断する空気。『沖縄新聞』というものが発したメッセージは非常に大きい」

学習の一環として制作した「沖縄新聞」。生徒達が予期しなかった、沖縄に無関心な本土マスメディアの報道姿勢をも浮かび上がらせました。

同時に、沖縄への深い愛情とともに、沖縄らしさを喪失していく沖縄への鋭い問いかけにもなっています。長野の生徒たちの純粋な問いかけに、沖縄は、そして全国の人々はどう答えるのでしょうか。

こちらが長野の松川中学校3年C組の生徒たちが発行した「沖縄新聞」です。基地問題ばかりでなく、沖縄戦や伝統文化、経済や環境など本土の人たちがあまり知らない「沖縄」の実情を幅広く、実に丁寧に取材しています。

「最初は関心なかったけど今では多くの人に沖縄のことを知ってもらいたい」とか「基地のない長野でも沖縄に関する新聞を作ることが出来たことを証明できた」と生徒たちが話していたのが印象的でした。疑問を掘り下げて心で捉えていった、生徒たち32人の沖縄に寄せる思いが伝わってきます。

「私は日本人ではなく琉球人です」

琉球在住の照屋みどりさんが次のような沖縄タイムスに寄稿された、崎原さんの声を送って下さいました。感謝します。琉球の生活者が普通に考えて自分が日本人ではなく、琉球人であると自覚しているという事実は非常に大きな意味をもっています。




2010年11月22日 沖縄タイムス 「わたしの主張 あなたの意見」

「日本人でなく琉球人と自覚」崎原盛政=45歳
 15日付本紙論壇に「沖縄人は先住民族ではない」「廃藩置県は圧政からの解放」であるとの
71歳の男性からの記事がありました。
 
先月29日付の沖国大生の投書への反論です。反論された彼女は琉球・沖縄人は先住民族であ
るとの立場から国連を活用し沖縄の諸問題を解決できないか、また失われた沖縄の自己決定権の
回復を目指して活動している方です。

 反論の記事には「沖縄民族はかつて存在したが、今沖縄人は日本民族の一部であり、沖縄民
族というものはない」という記述が紹介されています。彼と彼女は同じ沖縄人であり50歳ほどの
年齢差があります。

 両氏で沖縄人に対する認識が正反対なのは何が原因なのでしょうか。沖縄の皆さんは自身の
ことを日本人だと思っていますか。私自身は現在、日本国民の一人ですが、素人の私が認識する
歴史から、私は日本人ではなく彼女が言う琉球人だと自覚しています。

(浦添市、会社員)


次に琉球人さんからのコメントを紹介します。

これ以外にも、沖縄からは、海底遺跡や遺伝子学などの科学的見地ばかりの検証だけではなく、正しい捉え方で、判断するならば、文化や伝統芸能などの、無形文化の中でも、縄文の連続性は、脈々と生きています。

上辺のウチナーンチュは、琉球人とは、言えません!

巷には、エセ琉球人達が、根無しの琉球もどきが、氾濫する現在の沖縄には、なってしまったが、それらと、逆行する様に、嘲笑うかの如く、絶対真実や、普遍的価値は、益々、光輝いて、いく事だろう。

原点だけが、永遠を越える!!


私の質問です。

宮古八重山諸島には縄文文化がほとんど及んでいないといわれていますが、これらの人々は琉球人ではないのですか。


琉球人さんからのコメントです。

意識した領域と意識されていない領域
私の生まれ育った那覇には、御存じだとおもいますが、壺屋焼があります。

琉球の焼き物は、豪華さや、優美さを競う様な感覚はあまりない。

私は、その事は、琉球文化全体が、よそと比較して、劣っているからなのだ、とは、思いたくありません。

同様の事は、様々な角度から見ても、琉球の島々すべてに、当てはまっている事なのだと、信じたい。

素朴な粗削りな焼き物が、訴えているのは、原点回帰(縄文と言ってしまってはいますが)、太古からの、連続性の、したたかなる強さでは、ないでしょうか?


松島さんは、宮古、八重山には、縄文の痕跡は、ない、と、断言なされていますが、本当に、そうでしょうか?

縄文の生き証人として、アイヌ民族や文化が、日本の歴史の片隅に、追いやられ、黙殺されたカタチで、中央集権主義の煽りなども、受けて、劣った民族であるかの様なレッテルまで、貼られてしまっています。

私達、琉球人は、大和の側に立って、無関係で、関心はない、と、おっしゃられるのであれば、その人は、もはや、琉球人ではなく、大和のシフトに、組み込まれた日本を構成している日本人なのでしょう。

松島さん御自身は、縄文の連続性と、石垣の文化は、関係ないと、断言出来ますか?
アイヌの人々と我々は、なんら、共通する様な根っこ、共感出来る部分などはなく、政治上の境遇以外まったくないと、思い当たらないと、断言出来るのですか?

私が、一番、声を大にして、言いたい事は、過去にそういうトコロだったのだ、という過去形の話ではなく、それらを、したたかに守り抜けた琉球というおおらかな土壌の素晴らしさなのです。

私達は、歪んでしまった世界観を押し付けられていないか?
「人類館事件」という事件が、あった。

琉球人(沖縄県人)が、アイヌ民族や、朝鮮人達、他に世界中の民族の人々と同じ扱いで、見せ物扱いされるカタチで、商品の如く、陳列されていたという人権無視の事件に、沖縄人は、一体、なんと言って日本人に抗議したか!

「アイヌ達と一緒にしないでくれ!」


この抗議の裏には、琉球人が、如何に、日本の中の劣等人種、低等級人間、永遠に辺境な地域である事を、長い歴史をかけて、刷り込まれて来た悲劇的で両属的な仮のアイデンティティを植え付けられて来た結果である事を、如実に物語っている。

ある日ある時から、琉球人は、琉球人では、なくなっていった。

時代は変わったというが、日本人の中にも、こんな感じの認識を持った人々は、圧倒的多数いる訳だが、世界や太古からの繋がりの中での琉球人は、私の中では、神聖な領域で、汚れなく輝いている。
俗世界に、押し流される事など、決してない。

真実の琉球人ならば、独立の存在を世界の人々に向け、主張していかなければ、ならない。

日本の中で、会社の中で、等級を上げていく事が、琉球人、本来の目的ではない!

縄文時代とは、特定の、固定の民族や地域を指している訳ではない
日本や琉球が、縄文時代と呼ばれる時代だった時期以前から、インドや中国の様に、歴史の長い国は、既に、世界史の檜舞台に立って、周りの国々にまで、影響を与える様な社会を構成、発展させて来た。

突如、琉球が、誕生した訳ではない。

突如、大和が、誕生した訳ではない。

当然、アイヌ民族も、平和に、暮らしていた。

私達、琉球人が、勿論、日本人も同様だと思うが、陥ってはいけないのは、偏狭な島国根性や、井の中の蛙の哀れな境遇である。

我田引水や自己中心性である。

とうとう、重箱の隅を突く事でしか、お互い納得させられない様になってしまった惨めな意気地の無さである。

純粋に学術的にも、興味深い発見は、沖縄からされては、いるのですが...
専門的に、長々と論じるのも、大変ですので、おおむね、その通りです。

“縄文”とは、シンボリックに、土器の文様の事です。
縄は、蛇信仰を意味しており、古代インドでも、同様の信仰は、ありましたし、ゴーダマ・ブッタつまり、お釈迦様も、古来の蛇信仰を引用しながら、自分の考えを述べられました。広く世界的に共通する古代的原始信仰です。
オセアニアまで、広く伝播した観念の様です。

大綱引きや、しめ繩、お飾り用の縄、古来の神聖な土着宗教儀式の際の縄は、私達には、馴染み深いモノだと、思いますが、元は蛇信仰から由来しています。
縄は、蛇の化身な訳です。
日本や琉球は、縄の文化が、厳然と残っています。

松島さんは、痕跡が、ない。と、おっしゃられる訳ですが、私から言わせれば、単なる勉強不足ですよ。

是非、吉野 裕子さんの著作をお読み下さい!

縄文が、如何なる変容を遂げながら、生活や文化に、浸透しているのかが、理解出来ると思いますが....。

ただし、“最古の日本人か?”という主張は、おかしな文章です。
その骨の人物が生きていた時には、日本は、まだ存在してませんから。





私の回答です。
考古学的に、先島諸島には縄文文化がほとんど及んでいないといわれています。東南アジア等の南との文化的関連が強いとされています。

琉球人さんが考える「縄文」というのは、おそらく、考古学的に考える「縄文文化」ではなく、アイヌ、琉球に残る「人間の原初的な、本来の文化、生きる意味」ではないでしょうか。

そのような意味の縄文であれば、石垣をはじめとする先島諸島にもあると思います。
何を「人間の原初的な、本来の文化、生きる意味」と考えるかは人によって違うと思いますが。


琉球人さんが考える縄文の思想、蛇信仰は先島諸島にもみられます。そういう意味の縄文でしたら世界中の古代社会にあると考えます。私は、考古学者がいう縄文時代、弥生時代等の遺跡、土器等の文化様式が、先島諸島ではほとんどみられないという見解を紹介しただけです。

琉球人が考える縄文はあると言えます。

その意味では「沖縄」の「縄」もその方面から考えると世界が広がります。


> ただし、“最古の日本人か?”という主張は、おかしな文章です。
> その骨の人物が生きていた時には、日本は、まだ存在してませんから。

そうなんです。日本はまだ存在していないのもかかわらず、石垣島で生きていた人が無理やり日本人の祖先にされるという、一つの神話をテレビが国民に刷り込ませようとしているのです。





先島諸島軍備強化の意味

琉球が日本の一部であることで、日本本土側の勝手な防衛観に基づいて琉球をふたたび戦場にしようとしています。このような防衛大綱は琉球人の視点からはでてきません。

中国漁船問題は日本政府の内政問題であり、情報管理体制の不備問題です。自らの問題を解決することなく、防衛省の自己拡大のために尖閣諸島周辺地域の軍事力を強化し、中国との緊張関係をあおろうとしています。

本来、長期の歴史において琉球と中国は友好関係にあり、その関係を破壊するために軍事力を日本が投入しているようにみえます。

日本の軍事戦略に琉球が巻き込まれ、再び戦場にならないためにも琉球は独立する必要があります。


12月16日の琉球朝日放送のリポートをお伝えします







政府は、日本の安全保障や防衛力の基本方針を示す「防衛大綱」をあす17日に閣議決定します。しかし、そこで検討されている計画は、沖縄県民に新たな負担を強いるもののようです。

民主党政権になって初めて見直される「防衛大綱」。そのポイントの一つが「南西諸島の防衛態勢の強化」です。先月、沖縄を訪れた安住防衛副大臣は-。

安住防衛副大臣「これからの日本の防衛は北から南へスイングしていかなくてはならないと思っている。陸上自衛隊を(先島地域に)駐屯させるということが県民の皆さんにも受け入れていただけるのであれば」

新しい計画では、与那国島などへ陸上自衛隊を配備することが盛り込まれる見通しです。そんな中で起きた2つの事件。

尖閣諸島での漁船衝突事故を機に浮き彫りになった「中国」との対立。そして緊張する朝鮮半島情勢。それらが政府の計画を後押しするという危うい事態になっています。


過去最大規模となった日米共同統合演習。韓国軍が初めてオブザーバーとして参加したほか、パトリオットミサイルも訓練に加わりました。

中でも象徴的だったのがアメリカ軍の原子力空母「ジョージ・ワシントン」。敵が離島に攻め込んだという想定で訓練を実施。その様子を公開して「脅威」と目される周辺諸国に無言の圧力をかけたのです。

こうした中、アメリカ軍の制服組トップは日本と韓国に連携を呼び掛けます。


アメリカ軍・マレン統合参謀本部議長「これまで行わなかったような形で多国間で軍事的に協力していく必要がある」

広大なアメリカ軍基地。さらに自衛隊の強化が急激に進められようとしている沖縄。軍事ジャーナリストの田岡俊次さんは中国や朝鮮半島の脅威論は見せかけでこうした流れの背景には、冷戦構造が崩れ、行き場を失った自衛隊の存在があるのだと指摘します。


田岡俊次さん「ソ連が崩壊し、北海道に攻めてくる可能性はなくなった。北海道に代わって南西諸島に中国の脅威があるということにして、そこに移すかということで存在価値を確保したいと。単に相手を刺激する、私は戦略的には愚策だと思っています」

「防衛大綱」はあす閣議決定されます。

県民が知らないところで自衛隊の新たな配備、増員計画が着々と進められているようです。確かに、近隣諸国の不安定な要素は気になるものですが、それに引っ張られてしまっては危険、冷静に事実を見極めることが必要ではないでしょうか。

石垣島の2万年前の人骨は「最古の日本人」か?

先日テレビのバラエティー番組を見ていたら、私の生まれ島石垣島から2万年前の人骨が発見され、それは「最古の日本人」であるという説明がされていました。琉球併合後、琉球の人々は日本国民に強制的にされたのあり、太古から日本人であるとはいえません。八重山諸島、尖閣列島は日本のものという刷り込みが行われていました。

2万年前の石垣人はニライカナイで、自分が「日本人」として扱われてびっくりしているでしょう。

2010年2月5日の八重山毎日新聞の記事を参照に紹介します。「日本最古」ではなく「琉球最古」ではないでしょうか。





新石垣空港建設地内の石垣市白保竿根田原洞穴周辺遺物散布地(通称C1洞穴)で発見された人骨が約1万5000年から2万年前のもので、日本最古の年代になることが4日分かった。

その結果、後期更新世(旧石器時代)に石垣島にヒトが存在していたことが明確になり、人類学のうえで重要な発見となった。また、遺跡が存在した場合、県文化財保護条例などにより遺跡保護の可能性もあることから、今後の空港建設計画やスケジュールなどへの影響も注目される。

 県立埋蔵文化財センターでは2006年から新石垣空港建設予定地での発掘調査を実施しており、C1洞穴からは人骨化石や多量の獣骨化石、下田原式土器(約3500年前)、八重山式土器(約500年前)などが採集され、遺跡や洞穴としての重要性が指摘されていた。

 指摘を受け、昨年7月に県教育庁文化課や県新石垣空港課、県立埋蔵文化財センター、琉球大学医学部の土肥直美准教授、愛知教育大学非常勤講師の中川良平氏、NPO法人沖縄鍾乳洞協会の山内平三郎理事長が参加して調査を実施したところ、人骨や獣骨化石が含まれる土壌が残っていることが確認された。

 C1洞穴で発掘された人骨9点のうち、6点からコラーゲンを直接抽出することができ、放射性炭素年代測定を行ったところ3点が約1万5000年から2万年前のものであることがわかった。

 東京大学タンデム加速器研究施設で実施した放射性炭素年代測定によると、人骨は20代から30代前半と見られる男性(2号)の右頭頂骨片が約2万年前、成人で性別不明(4号)の右第2中足骨が約1万8000年前、成人男性(8号)の右腓骨(ひこつ)骨体部片が約1万5000年前のものと判明した。

 県教育庁文化課記念物班の瀬戸哲也就任は「記録を保存するということを前提にこれまで通りの調査を続けるが、当時のヒトが使用していた土器や生活の片りんなど、遺跡としての価値が見つかった場合、条例に基づいた遺跡保護の対応も考えられる」とした。

 県土木建築部新石垣空港課の栄野川盛信課長は「場所自体は本体から少し外れているので大きな影響はないと考えられるが、調査の状況を見て、影響が出るのであればその都度、協議していきたい」と話した。

 古い人骨や化石の年代は、発見された地層から間接的に推定されることが多く、これまで人骨から直接測定したもので最も古かった人骨は、静岡県浜北市(現浜松市)で1960年代に見つかった約1万4000年前のものだった。

自由貿易TPPで琉球の島々が沈没する

11月17日の八重山毎日新聞の社説で、自由貿易TPPによって島の経済が大打撃を受けるとの指摘がありましたので、お伝えします。

日本政府は「離島防衛」を理由にして自衛隊の増強をしようとしているが、同時に、自由貿易TPPによって島の経済を崩壊させようとしています。島に産業がなくなり、人がいなくなったら「離島防衛」どころではありません。
政府の「離島防衛」は琉球人を守るのではなく、日本領土、領海という国の所有物を守るためのものでしかないことが明らかです。




関税撤廃で八重山農業も壊滅的打撃

■現代版「黒船来襲」
 先日の県紙で「TPP加盟で島が沈む」という刺激的な見出しがひときわ目を引いた。宮古の多良間島で黒糖を製造する宮古製糖多良間工場の工場長が語った言葉だ。

 今日本農業は、菅首相が米国やオーストラリアなど9カ国で加盟交渉が進むこのTPP、いわゆる環太平洋戦略的経済連携協定加盟に向けて協議開始を決めたことで大揺れに揺れている。与野党の国会議員を巻き込んで農業団体や地方自治体からは「日本農業が滅びる」と反対の大合唱が起こり、識者に言わせると開国か鎖国かのまるで現代版「黒船来襲」のような騒ぎだ。

 この突然降って沸いて出てきたTPPの問題点は、加盟して10年以内でほぼ例外なく関税が撤廃されること。来年6月までには可否を判断するが、参加を決めれば国として貿易自由化に大きくかじを切ったことになる。

 これに対し経団連など経済団体は、先行する韓国などと比較して「今加盟しないと日本はさらに世界から取り残され、日本経済が崩壊する」との危機感から大歓迎なのに対し、逆に農業団体は「外国から安い農産物が入ってきてたちまち日本農業がつぶれ、日本が滅びる」と真っ向から対立している。

 沖縄もJA沖縄中央会や県がサトウキビや肉用牛、パインなどの主要作物が壊滅的打撃を受けると反対。これを受けて県議会も去る9日、反対の意見書を可決した。JAの山田恵昌八重山本部長は「TPPに参加するとサトウキビと肉用牛が主力の宮古、八重山など離島はもっと大変。特に与那国や小浜などさらに離島は、安い外国の輸入糖に押されて黒糖は今でも大変だが、もっと壊滅的になる」と心配する。

■120億円が消失?
 確かに島の経済は、農業がつぶれるとさらに過疎化が進行、産業や経済が疲弊あるいは崩壊し、「島が沈没」の恐れは否定できない不安はある。

 この農業団体の反対に対して国も、農業構造改革推進本部を設置、加盟を判断する来年6月までに日本農業のあり方で基本方針を決めることにしている。どういう方策が示されるかだが、ただ八重山などの離島は台風が多く、輸送コストも余計にかかるだけにサトウキビや肉用牛などから作物転換するのはなかなか困難であり、離島農業が生き残れる道筋が示されない限り、当然反対を貫くべきだろう。

 TPPに関しては経済団体から日本経済発展に大きな期待に加え、さらに識者や農業生産者からも「高齢化と耕作放棄が進む今の薄く広くばら撒いてきた日本の農政では、農業は遅かれ早かれ崩壊する。むしろ工業製品の輸出増加で内需が拡大し、農業にも恩恵がある」

「安全安心でおいしい日本の農産物は世界でも通用する。生産者も政治に依存して努力を怠ってきた甘えの体質を改め、日本農業を世界に売り出す、あるいは日本の農業が変わるチャンス」と前向きにとらえる声もある。

■生き残りの道筋示せ
 沖縄でも関税撤廃で物が安く入ってくるだけに、逆に県経済や県民生活へのメリットを指摘する識者もいる。
 しかし産業基盤や経済基盤がぜい弱な八重山の立場からすれば、年間120億円の農業産出額を失うことは島の浮沈にかかわる。

八重山農業が守れる方策が示されない限り反対を貫くべきだ。過去には自由化で崩壊したパイン産業の例もある。一方で同問題は今の八重山農業はこれでいいのか前向きに問い直す好機ともいえる。シンポジウムなどでの積極的な論議を望みたい。

島嶼防衛に対する八重山人からの声

12月8日の八重山毎日新聞の社説をお伝えします。
宮古、石垣、与那国の島嶼防衛がいよいよ、民主党政権によって本格化しようとしてます。「県外移設」と公約した政党が新たな基地を先島諸島につくろうとしています。

自衛隊配備がかえって緊張を呼び起こすおそれが多いのであり、また琉球が犠牲になろうとしています。

日本人は南の島のこととして、他人事として、沖縄の基地増強によって、自らは安心しようとするのでしょう。
自衛隊は沖縄を拠点にして、利権を強化して組織防衛、組織拡大を図ろうとします。

来年、3,5月には与那国島に行く予定ですので、そこらへんを考え、話を聞きたいと思います。



きょうは太平洋戦争開戦の日

■離島防衛にシフト
 尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件、北朝鮮の韓国砲撃で宮古、八重山への自衛隊配備論がさらに加速している。政府は南西諸島にシフトした島しょ防衛力を強化する新たな防衛計画大綱を年内にも閣議決定することにしており宮古、石垣、与那国への陸自配備がいよいよ5~8年後をめどに進められる可能性が強まってきた。

 きょう12月8日は皆さんご承知の太平洋戦争開戦の日だ。1941年のこの日、日本がイギリス領マレー半島に侵攻するとともにハワイの真珠湾を攻撃し、一気に戦争に突入した。

 以来3年9ヵ月に及ぶ戦闘の末、アジア・太平洋地域で2000万人以上、日本で300万人以上、沖縄で20万人以上が戦争の犠牲となり、1945年9月2日、日本が降伏文書に署名し戦争は終結した。この間に広島と長崎に原爆が投下され、沖縄は米軍が上陸し日本で唯一の地上戦が展開された。そして八重山も多くの犠牲者を出した。

 太平洋戦争開戦の日を迎えて、わたしたちはこの平和な小さな島々を再び脅威に巻き込みかねない自衛隊配備問題をあらためて考えてみたい。

■中国は本当に脅威か
 自衛隊の先島配備計画は、軍備を増強して東シナ海で海洋権益や尖閣などの領有権を主張して活動を活発化する中国脅威論が大きな理由だ。

 しかしこれに疑問を向ける識者もいる。本当の理由は、防衛省の「組織防衛」にあると。冷戦終結以降自衛隊は年々人員削減が進んでおり、そこで組織の先行きに危機感を持つ防衛省が、東シナ海で活動を活発化する中国脅威論をことさらに強調して沖縄での自衛隊増強を図っているというのだ。だとするとはなはだ迷惑な話だ。

 同問題では南西諸島にシフトする自衛隊の戦略が先日のNHKテレビの番組で取り上げられていた。長崎の自衛隊による離島での訓練の様子や、防衛省の担当者が石垣市や与那国を訪れ、町長に会ったり、市長も参加している会合に出席して盛んに受け入れを根回ししている様子が取り上げられていた。一方で自衛隊は来てほしくないという市民の声もあった。

 さらに番組は、沖縄は米軍だけでなく日本軍にも住民が虐殺された悲惨な歴史があるだけに、自衛隊にも強いアレルギーがあることも紹介していた。

■自衛隊配備が逆に脅威に
 確かに沖縄はこうした悲惨な歴史から「軍隊は要らない」を願っている特別な地域のはずだ。ところが現実は逆に日米の広大な基地を押し付けられ、今度は離島にまで基地を広げるというのだから、何をもって基地負担の軽減というのだろうか。

 先島への自衛隊配備に関しては仲井真知事も、沖縄の歴史を考えると厳しいとの認識を示し、中山石垣市長も自らは誘致に動かないとの姿勢にある。さらに現空港跡地での自衛隊の利用も「ありえない」との姿勢だ。ぜひその姿勢を堅持してほしい。

 同問題で本紙は、以前にも「国は余計なことをしないで」と訴えた。しかし計画は民主政権化でさらに具体化して加速しており、「国は離島を紛争に巻き込みかねない地域住民対立の火種を送り込まないで」と再度訴えたい。

 日米安保体制化で本当に中国が日本の離島に侵攻する可能性はあるのか。その点疑問は多い。むしろ国境地域に自衛隊を配備することが、逆に緊張感を生み出し、紛争を誘発しかねない。平和な島の環境が脅かされる危険や対立の火種は送り込まないでほしい。

長野と琉球、信州沖縄塾

10月20日の琉球朝日放送で長野と琉球との関係についての報道がありましたので、お伝えします。日本の中の各地域と琉球との関係に目をやることで、具体的な日本人が琉球の基地をどのように考えているのかが分かります。

伊波さんの「信州沖縄塾」の地道な活動にも敬意をはらいたいです。




名護市辺野古への新たな基地建設問題が長野県でも関心を集めています。地元紙への基地建設に反対する意見広告掲載運動や、中学生たちが沖縄を様々な視点から取材した「沖縄新聞」作り。なぜ長野県で沖縄の基地問題なのかを取材しました。金城記者です。


伊波敏男さん「長野県の良識を問いただしてみようと」

長野県上田市。沖縄出身でハンセン病回復者の伊波さんは、基地問題をはじめ、沖縄のことを理解してもらおうと「信州沖縄塾」を開き、地道な活動を続けています。今回「信州沖縄塾」は、新聞に意見広告を掲載することを決めました。

伊波さん「長野県は沖縄から非常に遠いところにある。そうすると沖縄で皆さんが苦しんでいる、沖縄県民が苦しんでいることがなかなか日常的に実感できない。基地の痛みとか悩みとか。辺野古に新しい基地ができるということに反対をする呼びかけをして、それを新聞に意見広告を出そうということで、全県的に呼び掛けています」

伊波さんが意見広告の運動を思いついたきっかけは、長野県の中部、北アルプスのふもとにある松川村の中学生たちの取り組みでした。松川中学校は、新聞を教育の中に取り入れる事業の一環として、毎週、新聞記事を持ち寄り、議論を戦わせます。その議論の延長線として、3年C組は沖縄をテーマにした本格的な新聞、その名も「沖縄新聞」を発行することになりました。

新聞は12ページ建て。面ごとに担当班分けし、ひめゆり学徒隊の生存者や沖縄関係者を取材。普天間中学校の生徒たちにもアンケートを行いました。12月8日の発行に向けて沖縄に関する学習に取り組んでいます。

黒岩理恵子教諭「何でここまで沖縄の方たちが一生懸命協力して下さるのかということを、ちょっと考えてから編集会議をしたいと思います」

男子生徒「沖縄県のことを考えて一緒に解決してほしいと思っているから、一生懸命教えてくれるんだと思います」

女子生徒「普天間中にアンケートすると、思ってもみなかったことが、いっぱい答えが返ってきたりするので、やっぱり全国と沖縄に温度差があって、それを少しでも埋めるためにいろんな人が協力してくれているのかなと思います」

講師に招かれた伊波さんも、生徒たちの質問に答えたり、紙面づくりを指導します。

伊波さん「沖縄だけがいつものけ者にされて、何かあると犠牲を強いられていることは、どこから生まれてるのか。そこの出発点の歴史をどこに置くかということは、ひとつあると思う」

生徒たちは書きあがった原稿をパソコンに入力していきます。また、ちんすこう作りを通して沖縄の食文化も調べました。「基地以外の沖縄」も理解するためです。

女子生徒「自分はただ沖縄の人がとりあえず普天間に基地を入れたくないと思ったんですけども、本当はもっとちゃんと基地だけのことじゃなくて、平和について沖縄の人はもっと自分たち以上に深く考えているんだなって思いました」

男子生徒「騒音とか沖縄の人にとって日常的と言っているのが驚きと言うか、全然違うと思ったりして、沖縄の人たちだけじゃなくてもっと全国で考えていかないとだめだと思いました」

3年C組の「沖縄新聞」づくりの取り組みは、長野県内でも注目を集めています。

黒岩教諭「報道とは違う、本当は何なのかということをわかってほしいと思っていたんですけども、今は沖縄の方たちとかかわっていく中で、学んでほしいというか、一緒に子どもたちと私も想いを伝えたいなというふうに思っています」

長野県民は、沖縄の基地問題についてどう考えているのでしょうか。

男性「沖縄の人たちの意思っていうのはすごく尊重されるべきだと思うんですが、それが全然されていないのかなと。やっぱり客観的にみると思いますね。強く感じます」

女性「深く考えたことはないんですけれども、やっぱり気の毒だと思います、沖縄の人たちは。だけど、ではどこへ持っていけばいいのかと言われれば、私もわからないし」

男性「だいたいアメリカ軍の基地が日本に必要かどうかって根本的に思う。だから撤去した方が話は一番楽だよ。どこかに移転するんじゃなくてな」

伊波さんたちが意見広告を掲載する信濃毎日新聞は、松川中学校の取り組みを支援しています。その信濃毎日新聞は、地方紙の中でも沖縄の基地問題を積極的に取り上げています。

信濃毎日新聞・中馬清福主筆「これは沖縄ひとつの問題でなく、長野県の問題として考えることによって、やっとはじめて基地や日米安保条約をどうするかということになりますから、賛成反対を超えて、この問題を県民とともに考えていこうと」

信濃毎日新聞は、長野でも沖縄の問題を考えるべきだと強調します。沖縄戦が激しさを増していた頃、東京の大本営を長野県の松代に移すための地下壕の突貫工事が行われ、沖縄はその完成までの間、持久戦となりました。

また戦後、アメリカ軍が長野県内に演習場を造ろうとして住民の抵抗で撤退したころ、沖縄では土地収用令で住民の土地が取り上げれ、アメリカ軍の多くの基地が造られました。この2つの事例をとっても、沖縄の問題は他人事ではなく、長野や全国各地につながる問題だと捉えています。

信濃毎日新聞・中馬清福主筆「地方紙ができることは何かと考えますと、やはり中央のような方向を、一つの方向で決めて、それを突っ走るのではなく、沖縄の情報を我々としてももう一度共有しながら、それをそしゃくして読者に伝えることであると。私は現在の、あのような画一的な、しかもある意図を持ってとしか思えないような報道が中央のメディアで占めているということは、非常に残念でならない」

リンゴの実が赤く色づき始め、冬の訪れを感じさせる長野で、沖縄の問題を伝え続ける伊波さんの取り組みは、確実に広がっています。

伊波さん「私が長野にいる意味は、そういうことしかないんじゃないかと思う。少しでも沖縄の生の情報をどうやって長野に伝えるかと」

移住先の長野で沖縄問題を考える「信州沖縄塾」は伊波さんのライフワークともいえます。意見広告は国際反戦デーのあす、信濃毎日新聞の朝刊に掲載。また松川中学校の「沖縄新聞」は、長野県内の全ての中学校に配布されるということです。

基地問題は、沖縄の問題ではなく全国の問題であるということを草の根のように各地で伝えることは意義のあることですよ。伊波さんをはじめとする長野での取り組みが、どのような波紋を広げていくのか注目されます。

沖縄の振興開発、スコットランド国民党、インド国民会議派

私のご返事です。

> >ユタについてはどうですか。
>
> お手上げです。資料が見つかりません。
> 恐らくはノロが『公』に属し、組織だっているために地域による違いがハッキリと見えるのでしょうが、ユタは民に属し、更に偽物も混じっているために、地域の違いよりも個々人の違いが大きく、捉えどころもないためと思われます。

ご調査、ありがとうございます。
先日、沖縄に行ったとき、ユタに会いました。結構当たっており、その予知能力にびっくりしました。

Re: 中国の沖縄への領土欲
> ■中国の沖縄への領土欲
> http://elfire.blog73.fc2.com/blog-entry-118.html
>
> 自分のブログにも書きましたが、中国が琉球を『解放』しようという言説が、だんだんとオフィシャルになってきているのを感じます。
>
> 高官とは言えないものの、中国政府の公的機関の人間が、中国共産党の機関誌を発行している新聞社の専門誌で、「同胞が苦難に直面している時、我々はその独立闘争に手を差し伸べるべきだ」と発言した、というのは思った以上に大きなことかと思います。



どのように中国は琉球の独立闘争に対して具体的に支援しようと提案しているのでしょうか。また、琉球独立後の、中国との関係についても提言がなされていますか。


しまうたさんからのコメントです。

伊波氏の落選には、また失望しました。

私たち琉球民族が現実に国家を勝ち取り、経営し防衛していくためには、「スコットランド国民党」のような自覚して啓蒙・牽引してゆく「民族政党」「革命政党」が必要だと思いました。

インド国民会議派に倣って、琉球国民会議(派) と自称したらどうでしょうか。狂気の中国共産党の領土的野心へのけん制になると思います。

独立は、長い道のりにはなると思います。あせらず、だとおもいます。

スコットランド民族運動は、よい手本だと思います。現実路線ですし、彼らも資源ナショナリズム(海底資源)の観点があります。

民主主義の進展は大国の干渉を排除するそうです。李登輝の台湾民主化も主眼は、中国大陸勢力からの独立にあったそうです。

独立後は、スイス型ハリネズミ国家にならなければ、狂気の大国間の狭間で弱小民族・琉球民族は現実的に生存していけないのではないのでしょうか。独立論議の中から「軍備論者」「軍事同盟論者」を排除しないでほしいと思います。

独立後も米軍は居座るでしょう。キューバですら米軍を追い出すのは困難です。どう対処していくかです。

また、米国の軍事的空白とは簡単になりえないので、「沖縄人が生意気だと中国が占領する」というのは、まったく日本ウヨの妄想です。

うちなーぐち、しまことば、の「公用語化」もしくは「母語公認」があってほしいものです。



村山さんからのコメントです。

> 振興開発について私たちが生活している足元から考え、学び、深めていかなければと思います。今回の知事選挙で考えさせられました。研究者の皆さんと私たち市民の連携が大事ですよね。「国の権力と貧困」の問題については、福祉労働の現場においても共通すると思います。うまくは云えませんが。



私のご返事です。

村山様

お返事ありがとうございました。また、伊平屋島では大変お世話になりました。村山さんに久しぶりにお会いして大変楽しく、名護のことをいろいろと教わり、感謝しています。
昨日の国際開発学会も大変示唆的でした。コロンビア大学のスピッバクさんが「ジェンダーが開発」のアリバイとして使われているという指摘をされました。開発を正当化するために、ジェンダー、先住民族などが開発主導者によって利用されています。西川潤先生はODAは必要ないと主張されました。また開発問題は海外のことではなく、沖縄の振興開発にように私たちの問題である。沖縄の振興開発によって問題が山積しており、この開発を根本的に私たち自身が問い直す必要があると力説されました。

国家権力が暴力を作り出しています。市民と研究者とのネットワークをつよくし、基地を押し付けるための振興開発を問い直し、拒否していきましょう。


しまうたさん
コメントありがとうございました。
仲井真さんは「県外移設」を公約にして当選しました。鳩山さんのように、琉球人の知事までも琉球人を裏切ることはないと思います。

現在、スコットランドに住む方々でスコットナショナリストとメールで情報交換をしています。私もスコットランドのナショナリズムを学び、琉球独立の在り方を考えていきたいと思っています。
インドの独立運動についても、ある論文を書くときに勉強しました。
「琉球国民会議派」も良い名称だと思います。
しかし現代社会において政党が有効かどうか。うごきのとれやすい、世界的な市民社会とも連携が取れやすい、NGO,NPOの方が良いのでは。
琉球の問題は国際的な問題ですので、国際的、民際的なネットワークが欠かせません。

しまことば私たちの母語です。それぞれの島々の言葉はそれぞれの島々の母語なのです。

民族多様性と生物多様性

琉球人さんからのコメントです。

英霊という観念は、日本人が、独創的に考えついたモノではない。
特別、独占的な発想でもない。

アメリカ人であろうが、ヨーロッパ人であろうが、アジア人であろうが、オセアニア人であろうが、琉球人であろうが、アイヌ民族であろうが、アフリカの小部族であろうが、アメリカ・インディアンであろうが、立派に英雄として、神に準じる様にして、崇められている、扱く、世界的に共通の観念である。
ここまでは、よい。
誰も、批判などする人はいないであろう。

何故、関係ない国や民族の人々まで陳腐化されるのか?

内容が、侵略主義だからである。

どこかに、威圧や侵略を前提としているからである。
食うか食われるかぐらいしか、思いつかない低能だからである。

現実的な問題がある訳だが、人間の心があるならば、共存共栄を願うモノである。

日本の中央集権主義者=右翼は、侵略主義にあぐらをかいている、およそ、個性の表現とも呼ぶべき民族性とは、程遠い、独裁的妄想を、平和な市民に押し付けているだけなのである。

〈臨機応変〉という熟語があるが、“柔よく剛を制す”という日本的考え方とも同義的なクレーバーな知恵だが、右翼は、まるで、日本的な知恵には、一切、馴染めない。



エルファイアーさんからのコメントです。

■中国の沖縄への領土欲
http://elfire.blog73.fc2.com/blog-entry-118.html

自分のブログにも書きましたが、中国が琉球を『解放』しようという言説が、だんだんとオフィシャルになってきているのを感じます。

高官とは言えないものの、中国政府の公的機関の人間が、中国共産党の機関誌を発行している新聞社の専門誌で、「同胞が苦難に直面している時、我々はその独立闘争に手を差し伸べるべきだ」と発言した、というのは思った以上に大きなことかと思います。

訂正


先住権も少数権も基本的には認められるべき存在であります。
しかし、『先住権は少数権より』優先されるべきだと考えます。
それが世界の多様性を少しでも多く残す道であるならば。


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ええ、そうです。一番大事なところを逆に書きました。
それと、一応、もう少し詳しく書いておきます。
-----------


少数権は護られるべきですが、先住者にとって驚異となる進出などが起こった場合、それは止められるべきであります。

例えば、北オセチア共和国のウラジカフカスから東は、本来はイングーシ人のものでした。ところが、ソ連時代にスターリンがイングーシ人を反逆的な民族と定義し、イングーシ共和国の土地を剥ぎとって、北オセチア共和国に与えたのでした。そおして、その土地は返還されていません。
このようなことは起こしてはならないと思います。

(オセット人はロシア帝国の時代から親露派で、グルジア人やイングーシ人、チェチェン人とはかなり対立しているます。ベスラン学校占拠事件が北オセチア共和国で起こったのも無関係ではありません。)

>"シビリャク" 検索してみましたが、まともにでてこないですが、

そりゃ、シビリャクはせいぜい数万人の集団ですから、日本語資料なんて数えるほどしか無いわけで。昔、図書館で何本かの論文を見かけたっきりでネットじゃ見かけませんよ。
世界民族事典には乗ってたかと思います。
http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%B0%91%E6%97%8F%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E7%B6%BE%E9%83%A8-%E6%81%92%E9%9B%84/dp/4335560966

文脈によっては、反帝国だった他の集団(古儀式派など)まで含んでしまうこともあったり、シビリャクという用語自体も実は幾つかある集団をいっぺんに指すものだったり(ロシア系のカムチャダール人など)、厄介な集団です。


>コサックと同じような用語でしょう。
あんな、帝国の尖兵とは一緒にするなよ~。


>ロシア人だけでなくアメリカ人など移民を同じように民族みたいに使うことがありますが、
>それは近現代前の移民に限らず、2世代くらいで移民が独自の民族になったように称されますが、
>植民地でなくなって自分らの土地であり故郷になったと正当化させるための用語と思います。

二世代じゃ、まだ南北戦争じゃないかな?
それはさておき、ある民族集団が存在することと、その民族集団がその土地に対して権利を持つこととは別の事象であります。
例えば米国ならば、アーミッシュがその他のドイツ系移民とは別の集団であると判定したからといって、アーミッシュはアメリカ先住民と同等の権利を持つはずはなく、独自の教育権などに限定されるでしょう。



>実態は民族の多様化ではなく一様化です。
>民族多様性は生物多様性と同じようです。
>外来種は在来種を駆逐して、移民は先住民を駆逐して、
>生物多様性は消失して、民族多様性は消失して、
世界の多様な自然や民族は一様に人工的に改変されてきました。

その論理は諸刃の剣だよ。
例えば、ロシア帝国の伸長とともに領域を広げたサハ人(ヤクート人)や、エヴェンキ人、エヴェン人の扱いはどうなる?シビリャクは、地元経済の一部として浸透していったから、先住民よりも人数が少なかったわけだが、上の三民族はあと少しでユカギール人を滅ぼすところだった。
オイラート系カルムイク人は1630年に突然移民してきた人間だ。
多様性という視点から見れば、最も多様性というものが存在したのは歴史時代に入る直前。

移民・多様性の減少なんてのは歴史全体を通じてずっと起こっているわけで、権利の区切りを近代大量移民とそれ以前に分けなければ、無限に後退して、当然に先住権が付与されるべきと考えられる集団ですら、権利が付与されない、という結果になる。
>"シビリャク" 検索してみましたが、まともにでてこないですが

もう少し書いておきます。
ロシア人から分派した民族集団を研究しているのは、実は日本人では一人しか居ない。(伊賀上 菜穂 氏)


シビリャクについては
■ロシア人サブグループをめぐる昨今の状況
http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/3919/1/SER78_008.pdf
『5 ロシア人と「先住民族」のあいだで』
が詳しいです。
この章で取り上げれているのが、シビリャクの諸民族となります。




アバターさんからのコメントです。

"シビリャク" 検索してみましたが、まともにでてこないですが、
コサックと同じような用語でしょう。
和訳でシベリア人でシベリアに長く住んでいる住民で先住民を含み、
狭義でロシア人古参住民ということでしょう。
ロシア人だけでなくアメリカ人など移民を同じように民族みたいに使うことがありますが、
それは近現代前の移民に限らず、2世代くらいで移民が独自の民族になったように称されますが、
植民地でなくなって自分らの土地であり故郷になったと正当化させるための用語と思います。

実態は民族の多様化ではなく一様化です。
民族多様性は生物多様性と同じようです。
外来種は在来種を駆逐して、移民は先住民を駆逐して、
生物多様性は消失して、民族多様性は消失して、
世界の多様な自然や民族は一様に人工的に改変されてきました。

琉球のノロとユタ

小生の返事です。


Re: 定義こそ、奥は深い議論を要すべき
> 文化圏の共有と、それに伴って発展と展開の共有です。
> 拡がりを待望するならば、当然、薄弱してしまう部分も、又、総体が抱えてしまう問題であり、我々、琉球文化圏を共有する人間としては、慎重に、掘り下げた展開をより、重視していく事で、更には、根っこの、原始からの繋がりを発見していく事によって、繋がり意識を再確認する作業が、絆を強めていく重要な、要素を育んでいくでしょう。

表層的な言語ではなく、ご指摘のような、深い、魂の部分まで掘り下げた琉球文化圏の共通性に着目すべきだと私も思います。

Re: 中央集権主義者達の偽の民族主義に操られてはならない!
> 民族主義、民族を語る事は、相対的に、個性の違いを認め合う事に他ならない。
> 権力欲にかられて、人間社会を掌握する為に、民族性とは、存在していないハズではないですか?
>
> 言葉巧みな、《大嘘》 に、決して、騙されるな!
>
> 個性を尊重し、お互いが、育み合う事が、明るいまともな人間の考える本道である。
>
> 歪んだ自己顕示欲に、決して、導かれてはならない!!
>
> さも、「自分達民族だけがが、生き残れば、円満だ。」 等と、考えている様な輩は、自己中心的な孤独な人間なのである。
> 誰からも相手されている訳などないハズである。
> そんな奴には、最初から、すべては、意味を成さない無意味な人間なのである。
> 耳を傾けなさるな!!
>

先住民族としての民族性について、私たち琉球人も学ぶべき多くのことがあります

> >島唄の2分類、ノロの各流派についてですが、具体的にどのような内容に違いがあるのでしょうか。
>
> ■現代奄美しまうた論
> http://www.kyoto-seika.ac.jp/education/research/r2005/pdf/fukumoto_waka.pdf
> <抜粋>
> 『北部の平地を象徴するようなスローテンポで平坦な回し方をするカサン節に対し、南部の高い山々に囲まれた
> 起伏の激しい地形を思わせるような抑揚の激しい歌い方で、速いテンポのヒギャ節というふうに比較される。』
>
> [注]カサン節=笠利節、ヒギャ節=東節
> 抜粋にはないが、イェーチ節=焼内節は東節の一部とも言える。
>
>
新元さんが歌う島唄は確かにヒギャ節的といえます。


>
>
>
>
> ノロについては、以下二つのリンク参照
>
> ■第6章“大和世(ヤマトユ )”
> http://www.city.amami.kagoshima.jp/amami-e/amamikokaitei/1bu%206sho.pdf
> 6ページ目
>
>
> ■「はら」と「はるち」(Ⅰ)
> http://www1.odn.ne.jp/n-unasaka/hara1.htm
> <抜粋>
> 『この「須田組」というのは、傍系という意味だと通説にはいわれている。いわばノロ宗教における新教である。真筋組というのは、ノロ宗教の正統を引いたものでいわばノロ宗教の旧教である。』


ユタについてはどうですか。



エルファイアーさんからのコメントです。

>ユタについてはどうですか。

お手上げです。資料が見つかりません。
恐らくはノロが『公』に属し、組織だっているために地域による違いがハッキリと見えるのでしょうが、ユタは民に属し、更に偽物も混じっているために、地域の違いよりも個々人の違いが大きく、捉えどころもないためと思われます。

移民、民族と琉球

アバターさんのコメントです。

移民は自然を征服する開拓者
>シベリアには多数のロシア人が居ますが、その中でも初期移住者は『シベリア人(シビリャク)』と名乗っているそうです。
>民族学的には先住民とロシア人の中間的な性質をしているらしく、先住民との親和性は高いそうです。

そんなふうに移民を別民族になったようにするのは、
移民を土着化させて入植地占有を先住民的に正当化するための騙し用語と思います。
民族はある程度隔絶して約千年単位かからないと別民族に分かれないと思います。

移民の99%以上は産業革命以後交通が発達した19世紀後半から20世紀初めをピークの近現代の大量移民と思います。
それ以前の移民も近現代移民と同化していると思います。
先住民さえ移民に同化しています。

自給自足の自然と共存する生活する人々なら、
先住民との親和性は高いそうと思います。
大土地所有して自然を開拓してきた白人などにそんな人々はいないでしょう。



エルファイアーさんからのコメントです。

>島唄の2分類、ノロの各流派についてですが、具体的にどのような内容に違いがあるのでしょうか。

■現代奄美しまうた論
http://www.kyoto-seika.ac.jp/education/research/r2005/pdf/fukumoto_waka.pdf
<抜粋>
『北部の平地を象徴するようなスローテンポで平坦な回し方をするカサン節に対し、南部の高い山々に囲まれた
起伏の激しい地形を思わせるような抑揚の激しい歌い方で、速いテンポのヒギャ節というふうに比較される。』

[注]カサン節=笠利節、ヒギャ節=東節
抜粋にはないが、イェーチ節=焼内節は東節の一部とも言える。

ノロについては、以下二つのリンク参照

■第6章“大和世(ヤマトユ )”
http://www.city.amami.kagoshima.jp/amami-e/amamikokaitei/1bu%206sho.pdf
6ページ目


■「はら」と「はるち」(Ⅰ)
http://www1.odn.ne.jp/n-unasaka/hara1.htm
<抜粋>
『この「須田組」というのは、傍系という意味だと通説にはいわれている。いわばノロ宗教における新教である。真筋組というのは、ノロ宗教の正統を引いたものでいわばノロ宗教の旧教である。』

アバターさんへ
>そんなふうに移民を別民族になったようにするのは、
>移民を土着化させて入植地占有を先住民的に正当化するための騙し用語と思います。

 まず、一つ。
確かにシビリャクはロシア帝国の膨張と全く関係ないというわけではありません。しかし、シビリャクの大半はロシア帝国そしてロシア民族主義から見れば忌むべき存在として扱われていることに留意すべきです。
(ロシア民族主義の観点からすると、ロシア人が『現地化』したということは、ロシア民族の文化がまるで先住民の文化に敗北したかのように感じられたため。)
そして、もう一つは、シビリャクはロシア帝国の意向で入植したわけではないということです。彼らは先住民との交易している間に定着した人々であり、ロシア帝国の圧力を背景にシベリア鉄道を使って侵入してきた連中とは違います。

 その入植が良いことだとは言いません。しかし、実態として出来上がったものと、それが中央政府にとっての有利不利とは関係ないのです。シビリャクが『ロシア人と別民族になったという実態』と、『ロシア人とは違うという自意識』を持っていればそれは独立の民族として認めるべきであります。

無論、薩摩藩の藩士の子孫たちがどういう文化を持っているか、どういう自意識を持っているか、というのはきちんと調査しなければわかりません。そして、自意識は時代や状況によって変動することもまにも注意しなければなりません。






>民族はある程度隔絶して約千年単位かからないと別民族に分かれないと思います。

全然違います。民族が完全に分化するには三百年くらいの分断があれば可能です。ボスニア・ヘルツェゴビナげ壮絶な民族浄化が起こったのだが、ボシュニャク人はオスマントルコがバルカン半島を安定支配してからようやく出来てきた民族です。




>移民の99%以上は産業革命以後交通が発達した19世紀後半から20世紀初めをピークの近現代の大量移民と思います。
>それ以前の移民も近現代移民と同化していると思います。
>先住民さえ移民に同化しています。

>自給自足の自然と共存する生活する人々なら、
>先住民との親和性は高いそうと思います。
>大土地所有して自然を開拓してきた白人などにそんな人々はいないでしょう。

 確認しておきますが、私が言っているのは、近現代の大量の移民と、それ以前の移民は違うものであり、その二つの異なる集団を一緒くたにしてはならない、と言っているわけです。『移民の99%』の近現代移民に移民としての権利を認めよ云々とは一言も言ってないですが。
 『それ以前の移民』が『近現代移民』に取り込まれる例も確かに有りましょうが、全てではありません。


---------------------
追記

先住権も少数権も基本的には認められるべき存在であります。
しかし、少数権は先住権に優先されるべきだと考えます。
それが世界の多様性を少しでも多く残す道であるならば。

琉球人さんへ
さて、前々から気になっていたのですが、貴方は何を指して右翼と言ってるのでしょうか?
一口に右翼と言っても様々な種類があります。

例えば、国家主義者と民族主義者は厳密には違いますし、米軍基地への態度から見ても、完全に親米やってて歓迎している層もあれば、国辱であるから撤去せよという人も居ますし、中国が脅威である以上仕方がないと言っている人も居ます。
戦前への態度を見ても、完全な懐古主義者もいれば、あんな時代に戻るのはカンベンだ、という人も居ます。
日本のあるべき政体については天皇親政を求める人もいれば、自由主義と民衆主義がまず前提として必要である、という人も居ます。

追記
色々書きましたが、このような違いを、大きいものと見るか、それほど大きくないものとして見るかは地元の人しか判断のできないことです。

北琉球と南琉球との文化的近さ

エルファイアーさんからのコメントです。

>奄美諸島、宮古八重山諸島は首里王府によって侵略されたので、沖縄島と一緒にされることに違和感があります。「沖縄本島中南部」というように、沖縄島の中で「北部」と「中南部」とを分けている、民族学的な理由は何ですか。
>奄美大島の北部と南部を分ける、民俗学的な要素は何ですか。

基本的には、Ethnologueの分類に従っています。多分、ユネスコの分類も同じだと思います。
http://www.ethnologue.com/show_family.asp?subid=1721-16


奄美大島に関しては、言語分類の他に、島唄が南北に分類されていること(笠利唄と東節)、ノロに関しても南北に流派が分かれていること(須多組と真須知組)から、この分離が妥当であると考えました。

ただし、言語分類では大和村が北ですが、島唄やノロからみた文化圏では南で、間切から見ても宇検村と共に焼内間切となっていたので、大和村はどうなるんだろう、と疑問に思っている次第であります。

沖縄本島北部は、広義の『やんばる』となっており、確かに丘陵地が多い地形で、基本的に低地である沖縄本島中南部とは様相が違います。そして、れっきとした北山王国という歴史的枠組みがあり、言語境界線は丁寧に北山王国と中山王国の上を通っています(恩納間切が設置される以前の歴史的な境界線が言語境界線に保存されています)。

では、沖縄中部と南部は分けないのかという問いかけをなされる方もいるかも知れませんが、中部と南部は地形的な障害はなく、言語分類から見ても、あまり差はないようです。そのため、あえて分ける必要はないだろうとの結論に達しました。もっとも、中山王国と南山王国の意識、中部と南部は違うんだという意識が残っているのならば分けて考えたほうがいいのかも知れません。
アバターさんへ
>アイデンティティにしても日本人移住者と先祖からの人と区別する方が正確と思います。

現代・近代移民とそれ以前の移民を分けて考える必要があります。

例えば、シベリアには多数のロシア人が居ますが、その中でも初期移住者は『シベリア人(シビリャク)』と名乗っているそうです。
民族学的には先住民とロシア人の中間的な性質をしているらしく、先住民との親和性は高いそうです。

それと同じように、奄美方面にも薩摩藩の子孫が居るそうです。彼らを、近代移民と一緒にしてはならないと思います。


もう一つ注意すべきは、必ず地域別の集計結果を出さなければならないと思います。例えば、沖縄本島と八重山で政治的傾向が違った場合、統合して結果を出せば、数によってかき消されてしまいます。



私のお返事です。

> >奄美諸島、宮古八重山諸島は首里王府によって侵略されたので、沖縄島と一緒にされることに違和感があります。「沖縄本島中南部」というように、沖縄島の中で「北部」と「中南部」とを分けている、民族学的な理由は何ですか。
> >奄美大島の北部と南部を分ける、民俗学的な要素は何ですか。
>
> 基本的には、Ethnologueの分類に従っています。多分、ユネスコの分類も同じだと思います。
> http://www.ethnologue.com/show_family.asp?subid=1721-16
>
>
> 奄美大島に関しては、言語分類の他に、島唄が南北に分類されていること(笠利唄と東節)、ノロに関しても南北に流派が分かれていること(須多組と真須知組)から、この分離が妥当であると考えました。

島唄の2分類、ノロの各流派についてですが、具体的にどのような内容に違いがあるのでしょうか。


>
> ただし、言語分類では大和村が北ですが、島唄やノロからみた文化圏では南で、間切から見ても宇検村と共に焼内間切となっていたので、大和村はどうなるんだろう、と疑問に思っている次第であります。
>
> 沖縄本島北部は、広義の『やんばる』となっており、確かに丘陵地が多い地形で、基本的に低地である沖縄本島中南部とは様相が違います。そして、れっきとした北山王国という歴史的枠組みがあり、言語境界線は丁寧に北山王国と中山王国の上を通っています(恩納間切が設置される以前の歴史的な境界線が言語境界線に保存されています)。

与論、沖永良部の各島は北山文化圏の影響を受けていると言われます。ゆいまーるの集いで沖永良部島に行ったとき、多くの住民が沖縄との一体化を希望していました。


>
> では、沖縄中部と南部は分けないのかという問いかけをなされる方もいるかも知れませんが、中部と南部は地形的な障害はなく、言語分類から見ても、あまり差はないようです。そのため、あえて分ける必要はないだろうとの結論に達しました。もっとも、中山王国と南山王国の意識、中部と南部は違うんだという意識が残っているのならば分けて考えたほうがいいのかも知れません。


琉球人さんからのコメントです。

定義こそ、奥は深い議論を要すべき
文化圏の共有と、それに伴って発展と展開の共有です。
拡がりを待望するならば、当然、薄弱してしまう部分も、又、総体が抱えてしまう問題であり、我々、琉球文化圏を共有する人間としては、慎重に、掘り下げた展開をより、重視していく事で、更には、根っこの、原始からの繋がりを発見していく事によって、繋がり意識を再確認する作業が、絆を強めていく重要な、要素を育んでいくでしょう。

中央集権主義者達の偽の民族主義に操られてはならない!
民族主義、民族を語る事は、相対的に、個性の違いを認め合う事に他ならない。
権力欲にかられて、人間社会を掌握する為に、民族性とは、存在していないハズではないですか?

言葉巧みな、《大嘘》 に、決して、騙されるな!

個性を尊重し、お互いが、育み合う事が、明るいまともな人間の考える本道である。

歪んだ自己顕示欲に、決して、導かれてはならない!!

さも、「自分達民族だけがが、生き残れば、円満だ。」 等と、考えている様な輩は、自己中心的な孤独な人間なのである。
誰からも相手されている訳などないハズである。
そんな奴には、最初から、すべては、意味を成さない無意味な人間なのである。
耳を傾けなさるな!!

身も心も独立した人間の道
日本の中央集権主義者達の本質は、他人から、「ピンはね」して、さも、自分達の手柄の様に、見せかけているのである。

自分達の努力ではない!
自分達の流した血と汗と涙ではない。

有能な人間とは、率先垂範の人であり、あまり、多くを語らぬ者でもあり、人工的な権力を憎み、神聖な孤高によって、自らを自分自身で支え事の出来る人である。

それに比べて、中央集権主義者達は、いつも、自分達の逃げ場、隠れ家だけの事しか、考えつかない。
世界の何処にいようが、怯えて生きているのである。
沖縄人を擁護するつもりは、特別ないが、ウチナーンチュは、外国でると陽気さを取り戻し、水を得た魚といった感じだが、そして、くれぐれも、中央集権主義者達の嘆きなどには、最初から、同情なさるな!

本質的に弱いから、人間が群れる事で、強くみせかけ様とするのである。
関わっても、人間が、暗く、憂鬱になるだけ、である。

何故か?

自分達の世界から、抜け出せないから、である。

親しい友人など、友情など、育める訳などない。
ましてや、異国の人間ならば、なおさら、不可能に近い。
この手の輩は、口先だけである。

何故か?

人間の心などは、通っていないからである。
だから、知性もないくせに、頭に走り、知識人ぶるのである。
だから、決して、騙されるな!
日本の右翼は、そんなモノである。

クーデターが、起きる事ぐらいしか、自己顕示欲の発散の場がない哀れな人々なのである。

昔は、騙されたかもしれないが、そうはいかないぞ!!





琉球人にとって琉球は世界の中心

アバターさんからのコメントです。

それでは琉球の共通語は日本語か英語ですね。
現実的には日本語ですが、
できれば世界共通語の英語に転換できれば、
琉球は世界に広がって活躍できると思います。

未来の地球は世界連邦になると思うので、
琉球から世界連邦を作ってほしいと願います。
あるいはEU加盟してほしいです。

東アジア連合が現実的に言われるようになったから、
それが現実的ですが、
中国と友愛ではチベットなど民族問題の見殺しに協力することになると思います。
琉球はチベットと同じ立場であり助けてほしいと思います。
北京オリンピックの時のように世界中から非難され対抗されないと中国を変えられないと思います。
あの時中国は世界中を敵にまわせずフランスだけ標的にしてフランス製品ボイコットなど
中国とその愛国者は必死に日本をおだてて自衛隊(災害救助隊)に感謝するほど友好的しようとしていました。



私のご返事です。

Re: 琉球諸民族案&avatar4649さんへ
> >「沖縄本島中南部」とどの地域が違うのですか。
>
>  例えば、奄美大島の人が琉球人、或いは沖縄人と名乗るのには違和感を覚えるという話も聞きます。
> 沖縄という地名は、本来沖縄本島を指し、そして、琉球王国も沖縄本島から始まっているからです。
> だから、『沖縄に近いし、琉球とも言えるけどちょっと違うんだよなぁ』という違和感を『沖縄人と同系統である琉球系の奄美人』という概念に置き換える必要性があると思うのです。

奄美諸島、宮古八重山諸島は首里王府によって侵略されたので、沖縄島と一緒にされることに違和感があります。「沖縄本島中南部」というように、沖縄島の中で「北部」と「中南部」とを分けている、民族学的な理由は何ですか。


> まあ、奄美を例に出したのは、奄美群島の人々がその問題が深刻だと思っているからです。
> そして、奄美群島のなかでも、奄美大島ではないところ、
> 喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島といった、奄美でも奄美として括りきれない文化があるところが一番複雑なのかなぁ、と考えます。

私もそう思います。その辺については、沖永良部島在住の前利さらんが常に指摘しているところです。

>
> よって、地域別の優先度としては、
> 1、沖永良部島、与論島
> 2、喜界島、徳之島
> 3、奄美大島南部(大和村、宇検村、瀬戸内町)
> 4、奄美大島北部
> 5、宮古、八重山
> 6、沖縄本島の周辺諸島
> 7、沖縄本島北部
> 8、沖縄本島中南部
> となります。

奄美大島の北部と南部を分ける、民俗学的な要素は何ですか。

>
> ------------------
>
> >良く調べましたね。
>
> ネット、特にCiNiとWikipediaiは偉大です。
>
> ------------------
>
> >高橋孝代さんの本をお読みください。沖永良部島の方々のアイデンティティの複数性について論じられています。
> http://www.amazon.co.jp/s?ie=UTF8&rh=i:stripbooks,p_27:%E9%AB%98%E6%A9%8B%E5%AD%9D%E4%BB%A3&field-author=%E9%AB%98%E6%A9%8B%E5%AD%9D%E4%BB%A3&page=1
>
> 値段が・・・・・
> 図書館のアンケートに入れます(涙。
>
> ------------------
>
> 大和村についてですが、言語は奄美大島北部ですが、文化的には奄美大島南部であることもあるみたいです。
> こうなってくると、奄美大島南北に分けて考えるやり方も適切ではないのかも・・・・・。
>
>
> ----------------------------------------
> avatar4649さんへ
> >>ウイグルでは多数の人間が核実験で死亡している
>
> >無法者の中国どころでない大量の核実験を米国・ソ連、
> >そしてフランス・イギリスも原住民族の土地で行い多数の死亡しています。
> >言論の自由など人権問題は米国・日本のほうが中国よりましですが、
> >民族抹消ジェノサイドの民族問題は米国・日本も中国と同じです。
>
> 存在することは認める。
> しかし、規模の違うもの、性質の違うものを一緒くたにはしたくない。
>
>
>
> >あまりASEAN諸国知りませんが、フィリピンは米軍を撤去させました。
>
> そのせいで、無人島とは言え係争領土が中国の手に落ちてしまったことは有名です。
> その後、方針転換し、基地建設までは行かないにしろ合同軍事演習という名目で米軍を受け入れています。
>
>
>
> >南シナ海問題は米軍なんか関係なくあります。
> >むしろ米軍は中立か、中国に協力しているようです。
>
> アメリカは敵を育てる悪癖がありますから・・・・
> しかし、最近はだいぶ方針転換してますよ。
>
>
>
> >どちらにせよ、チベット・ビルマ語族(派)は細かく分けてチベット民族を分断しているのに、
> >シナ語族(派)は唯一中国語だけです。
>
> まあねぇ。中国語がとんでもないくらい変異があるのは確かなんだけど、例えば、広東人が、『俺は漢民族ではなく、粤民族である!』とでも宣言しない限りはなんとも・・・・・
> つまらんことに、漢民族という枠組みには安住しちゃってんだよね。
> 民族意識がないんだからしょうがない。
>
>
> >あと日本語族が孤立語というのも疑わしいと思います。
> >韓国語と文法的にだいぶん近いと思います。
> >韓国語も孤立語らしいが、アルタイ語族と近いのではないですか。
> >チベット語の語順は中国語と違い日本語に近いようです。
>
> 系統的に関係なくたって、文法が近い例なんてたくさんあるさ。語族なんて、ゴマンとあるんだから・・・・。
> まあ、俺もプロじゃないから詳しい説明はできないけど、語族でまとめられたグループってのは、祖語(=語族の最初の分岐以前の言語)が再建できることが前提となっている。
> そのキーポイントが基礎語(=外から入ったのではない、昔から受け継がれた単語)。
> 同系統と思われる様々な言語の基礎語を比べ、その言語の変遷を再構築する。
> すると、明らかにランダムではない変化が起きていることがわかり、その変化が起こった年代と起こった言語が分かる。
> グリムの法則とかが有名。
> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87



私のご返事です。
Re: だからといって、私は、沖縄人の擁護人ではない
> 今日の、沖縄に山積している諸問題の多くは、日本人を批判した事と同様に、日本人社会による植民地的支配と抑圧とは、別に、すげ替えられてしまった大和化の名の基に、仮のアイデンティティーを植え付けさせられた琉球人、沖縄県民、そして自分達自身の偏狭さ、無知、恐れ、意思薄弱さ、これらが、招き入れてしまっているという事実も、残念ながら、否めないのが、現状の琉球の琉球人による完全自治といういささかしたたかさと根気要するロマン的活動の実情と実態をそっくりそのまま映し出してくれてはいる


琉球人がもっている課題をも直視しながら、それを克服して、琉球人による琉球人のための琉球をつくる必要があると私は考えています。

>
> 中央から遠隔地だから、ウチナーンチュが、存在しているのか?
>
> 私の答はノーである。
>
> 日本の遠隔地に存在する人々は、どこの地方に訪れても、確かに、日本の田舎の人であって、ウチナーンチュではない。
>
> 我々、琉球人の中央は、あくまでも、何処までも、琉球に在る
>

琉球を辺境としてみるのは、日本を中心にして琉球を位置づけているからです。私にとって世界の中心は琉球であり、自分がたっている場所です。

> それでは琉球の共通語は日本語か英語ですね。
> 現実的には日本語ですが、
> できれば世界共通語の英語に転換できれば、
> 琉球は世界に広がって活躍できると思います。
>
> 未来の地球は世界連邦になると思うので、
> 琉球から世界連邦を作ってほしいと願います。
> あるいはEU加盟してほしいです。
>
> 東アジア連合が現実的に言われるようになったから、
> それが現実的ですが、
> 中国と友愛ではチベットなど民族問題の見殺しに協力することになると思います。
> 琉球はチベットと同じ立場であり助けてほしいと思います。
> 北京オリンピックの時のように世界中から非難され対抗されないと中国を変えられないと思います。
> あの時中国は世界中を敵にまわせずフランスだけ標的にしてフランス製品ボイコットなど
> 中国とその愛国者は必死に日本をおだてて自衛隊(災害救助隊)に感謝するほど友好的しようとしていました。

中国は国連安保理の常任理事国であり、国連の存在、国際的な評判にかなり気を使っています。そうでなければ外交も貿易もできず、それは中国自体の首をしめることになるからです。しかし中国には中国の利害があり関心があることも確かです。このような中国がもつ複雑性、可能性を琉球が歴史的、地理的有利性を活用すべきであると思います。

琉球人とは何か

エルファイアーさんからのコメントです。

琉球諸民族案&avatar4649さんへ
>「沖縄本島中南部」とどの地域が違うのですか。

 例えば、奄美大島の人が琉球人、或いは沖縄人と名乗るのには違和感を覚えるという話も聞きます。
沖縄という地名は、本来沖縄本島を指し、そして、琉球王国も沖縄本島から始まっているからです。
だから、『沖縄に近いし、琉球とも言えるけどちょっと違うんだよなぁ』という違和感を『沖縄人と同系統である琉球系の奄美人』という概念に置き換える必要性があると思うのです。
まあ、奄美を例に出したのは、奄美群島の人々がその問題が深刻だと思っているからです。
そして、奄美群島のなかでも、奄美大島ではないところ、
喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島といった、奄美でも奄美として括りきれない文化があるところが一番複雑なのかなぁ、と考えます。

よって、地域別の優先度としては、
1、沖永良部島、与論島
2、喜界島、徳之島
3、奄美大島南部(大和村、宇検村、瀬戸内町)
4、奄美大島北部
5、宮古、八重山
6、沖縄本島の周辺諸島
7、沖縄本島北部
8、沖縄本島中南部
となります。

------------------

>良く調べましたね。

ネット、特にCiNiとWikipediaiは偉大です。

------------------

>高橋孝代さんの本をお読みください。沖永良部島の方々のアイデンティティの複数性について論じられています。
http://www.amazon.co.jp/s?ie=UTF8&rh=i:stripbooks,p_27:%E9%AB%98%E6%A9%8B%E5%AD%9D%E4%BB%A3&field-author=%E9%AB%98%E6%A9%8B%E5%AD%9D%E4%BB%A3&page=1

値段が・・・・・
図書館のアンケートに入れます(涙。

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大和村についてですが、言語は奄美大島北部ですが、文化的には奄美大島南部であることもあるみたいです。
こうなってくると、奄美大島南北に分けて考えるやり方も適切ではないのかも・・・・・。


----------------------------------------
avatar4649さんへ
>>ウイグルでは多数の人間が核実験で死亡している

>無法者の中国どころでない大量の核実験を米国・ソ連、
>そしてフランス・イギリスも原住民族の土地で行い多数の死亡しています。
>言論の自由など人権問題は米国・日本のほうが中国よりましですが、
>民族抹消ジェノサイドの民族問題は米国・日本も中国と同じです。

存在することは認める。
しかし、規模の違うもの、性質の違うものを一緒くたにはしたくない。



>あまりASEAN諸国知りませんが、フィリピンは米軍を撤去させました。

そのせいで、無人島とは言え係争領土が中国の手に落ちてしまったことは有名です。
その後、方針転換し、基地建設までは行かないにしろ合同軍事演習という名目で米軍を受け入れています。



>南シナ海問題は米軍なんか関係なくあります。
>むしろ米軍は中立か、中国に協力しているようです。

アメリカは敵を育てる悪癖がありますから・・・・
しかし、最近はだいぶ方針転換してますよ。



>どちらにせよ、チベット・ビルマ語族(派)は細かく分けてチベット民族を分断しているのに、
>シナ語族(派)は唯一中国語だけです。

まあねぇ。中国語がとんでもないくらい変異があるのは確かなんだけど、例えば、広東人が、『俺は漢民族ではなく、粤民族である!』とでも宣言しない限りはなんとも・・・・・
つまらんことに、漢民族という枠組みには安住しちゃってんだよね。
民族意識がないんだからしょうがない。


>あと日本語族が孤立語というのも疑わしいと思います。
>韓国語と文法的にだいぶん近いと思います。
>韓国語も孤立語らしいが、アルタイ語族と近いのではないですか。
>チベット語の語順は中国語と違い日本語に近いようです。

系統的に関係なくたって、文法が近い例なんてたくさんあるさ。語族なんて、ゴマンとあるんだから・・・・。
まあ、俺もプロじゃないから詳しい説明はできないけど、語族でまとめられたグループってのは、祖語(=語族の最初の分岐以前の言語)が再建できることが前提となっている。
そのキーポイントが基礎語(=外から入ったのではない、昔から受け継がれた単語)。
同系統と思われる様々な言語の基礎語を比べ、その言語の変遷を再構築する。
すると、明らかにランダムではない変化が起きていることがわかり、その変化が起こった年代と起こった言語が分かる。
グリムの法則とかが有名。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87



琉球人さんからのコメントです。

何故? 日本人は....
アメリカ合衆国も、カナダも、オーストラリアも、ニュージーランドも、元々は、イギリスの半植民地的国から出発していますが、今や、完全な独立した、個性溢れる世界の名士国家です。
歴史的にみれば、イギリスの影響から離れて、着実に、自分達の国の存在意義を世界の中で築き上げ様と意欲的です。

何故?日本人は、上辺だけの評価に気を奪われて、自分達の国の、人材、人的資源、独創力、勤勉さを、守り抜く事が出来ないのでしょうか?
外との価値観のすれ違いが、発生しだすと、簡単に自分達自身を見限るのでしょうか?
あるいは、卑屈な独りよがりに陥るのでしょうか?

答は簡単です。
血の通わない心に自分自身が負けているからです。
自分自身から一番身近な、皮膚感覚より、身を護るのに勝る確かなモノはない。
頭の中が、独善感覚の鎧で着膨れしているからです。

自分の屁理屈を語るのは、誰にでも出来る。
現実、人々を育て上げるといった、柔軟性が要求される事は、容易な事では決してない。


私には、多数のスペイン人の友人達は、かつての無敵艦隊時代の残忍な面影は微塵も感じられない。
日本の田舎の人々のように、とっても気さくで、とっても明るい。
物事を捉える感覚が自然に近い、支配的な自己中心性で、人間社会という複雑怪奇さと、真摯に向き合っている面が、いつも、感じられる。
これらは、現代の日本人が、完全に見失っている 精神ですよね。
日本人は、金と保身しか、頭の中にないのか! と、憤慨しますね。

う~ん、彼等は外国人だし~.....。


なんて、声が聞こえてきそうですが、

又、内と外で分けてしまえば、世の中済まされる訳なのでしょうか?

こんな事は、いつまでも続きませんよ。

だからといって、私は、沖縄人の擁護人ではない
今日の、沖縄に山積している諸問題の多くは、日本人を批判した事と同様に、日本人社会による植民地的支配と抑圧とは、別に、すげ替えられてしまった大和化の名の基に、仮のアイデンティティーを植え付けさせられた琉球人、沖縄県民、そして自分達自身の偏狭さ、無知、恐れ、意思薄弱さ、これらが、招き入れてしまっているという事実も、残念ながら、否めないのが、現状の琉球の琉球人による完全自治といういささかしたたかさと根気要するロマン的活動の実情と実態をそっくりそのまま映し出してくれてはいる

中央から遠隔地だから、ウチナーンチュが、存在しているのか?

私の答はノーである。

日本の遠隔地に存在する人々は、どこの地方に訪れても、確かに、日本の田舎の人であって、ウチナーンチュではない。

我々、琉球人の中央は、あくまでも、何処までも、琉球に在る




琉球の個々の島における自己決定権の行使

私のお返事です。
> 千島列島や樺太や満州や南モンゴル(内モンゴル)や台湾など、
> 最も日本が植民地支配していた地域が、
> 民族独立を果たすどころか、ロシア・中国の植民地になっています。
> アイヌ民族、満州人、南モンゴル人、高砂族など、
> 植民地支配下のまま民族消滅へ追い込まれています。
>
> そもそも満州や南モンゴルなど中国化した漢民族入植は、
> 日本植民地支配が北方民族の母なる大地を奪って、
> 開墾させ始めた政策ですね。
>
> 世界の国の独立と大げさに言いますが、
> インドネシアやビルマの民族独立にちょっと関係したくらいで、
> ほとんどの世界の民族独立には無関係です。
> インドネシア・ビルマにしても多くの被抑圧民族が民族独立と逆に抑圧されています。

マジョリティによる民族独立と、先住民族、少数民族の権利の対立は今でも世界中にあります。
先住民族としての各島々の人々の自己決定権をちゃんとふまえた独立でなくてはなりません。



私のお返事です。

> ■沖永良部島民のアイデンティティと境界性
> http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/490/3/Honbun-3746.pdf
> 『第三章 外部勢力による政治支配とアイデンティティ形成』より
>
> 沖永良部島には、自己を「もともとエラブの人・地の人」と認識している人々に加え、沖縄系や鹿児島系を強く意識している人々がおり、多くの場合それらの人々は各々の出自をアイデンティティの拠りどころとしている。例えば、沖縄系出自には「永良部世(えらぶよ)の主(ぬし)」の子孫を名乗る「宗(そう)」、「要(かなめ)」性の親族集団が存在し、これらの人々の始祖とされる人物は三山時代(14 世紀頃)に遡る。
>
> 一方、鹿児島系出自をアイデンティティの拠りどころとしている人々は、薩摩藩直轄領時代に赴任してきた藩役人を始祖としている場合が多い。鹿児島系の人々は、「先祖は薩摩の○○代官である」と祖先が薩摩藩の士族であったことを誇りとし、家系図を作成するなど、祖先の出自への関心は高い。出自は、人々のアイデンティティを形成する重要な要素になっており、その出自に基づくアイデンティティは沖縄あるいは鹿児島への帰属意識に関連している1。
>
>
> ------------
>
> 見れば見るほど複雑になる。
> 場合によっては、更にサブグループを考える必要がありそう。

先ほど私が紹介した、高橋さんの研究成果です。高橋さんも沖永良部ご出身です。


私のお返事です。
> >上の文章の主語は日本ですか。
>
> 下手な文章でわかりにくいと思いますが、申し訳ありません。
>
> 日米安保条約や米軍は、莫大な負担を琉球にかけているのに、
> 中国は、米軍存在根拠のための仮想敵国であるのに、
> 中国は、根拠の乏しい領有権言いがかりしているのに、
> 米軍は、日本の味方になって助けず、最も現実的の安全保障の尖閣諸島問題は中立にしている。
> それで米軍占領を正当化する者たちは、米軍の犬どころではないですね。

クリントン国務長官が、尖閣列島は安保条約の適用となると言ったとして、日本政府は喜んでいますが、
中立の姿勢を変えたのですか。


私のお返事です。
> 第二次世界大戦で、エチオピアにイタリア軍が圧倒的近代武装をもって、進攻しました。開戦当初は、連合軍のどの国も助ける事が出来なかった。
> 戦略上重要な地点に位置しているが故にです。
> だが、誇り高きエチオピアは、負けなかった。原始的な武器で勇ましく応戦しました。
> 国連で世界に向け、不当性を訴え続けました。
>
> ナチスは、ポーランドを壊滅状態までに陥れ、バルバロッサ作戦を進攻させ、無惨にも、侵略した国の人々まで、多数民間人を殺害して来ました。
> ソ連は、一千万人の戦死者を出して、国土を守りました。スターリンの粛正によって戦死者としてカウントされている数も少なからずいますが、ナチスは、ロシアの豊かな資源を是が非でも手に入れたかった為、東部戦線はかなりの激戦地帯だったことが想像つきますね。
> 私達は、同じ枢軸国の残忍非道さは、殆ど話題にはしません。
>
> 我々、日本人全体の第二次世界大戦論は、被害者意識ばかりの一方通行の議論ばかりで、非常に、残念です。
>
> 我々は、ナチズムに加担した国なのですよ。
> ヒットラーと握手した国なのですよ。
>

琉球人も日本国民であり、ナチズムに加担した国の一員であったという加害者性を認識しなければなりません。



多様な島嶼の言葉

アバターさんからのコメントです。

>ウイグルでは多数の人間が核実験で死亡している

無法者の中国どころでない大量の核実験を米国・ソ連、
そしてフランス・イギリスも原住民族の土地で行い多数の死亡しています。
言論の自由など人権問題は米国・日本のほうが中国よりましですが、
民族抹消ジェノサイドの民族問題は米国・日本も中国と同じです。

>ASEAN諸国が米軍の力をうまく引き入れようと考えているさなか、それに反する動きをする

あまりASEAN諸国知りませんが、フィリピンは米軍を撤去させました。

>ある同系統の言語を独立のものとするか、方言とするかはあくまで政治の世界の話であり、言語学はあまり関係がありません。

そうですね。
言語学者が言語学的に方言説を論じる立場の学者がいますが、嘘つき学者ですね。
政治的にというべきですね。

>日本語派と琉球語派の違いを等価で並べるべきではなく、ゲルマン語派間の違いくらいと想定するのが適切と

単純に、語族のレベルで例えましたが、
言語の差の等価まで例えれば、そのようになると思います。

ゲルマン語とその下位のドイツ方言、オランダ方言、英方言というべきですね。
ラテン系の言語はほんとに方言くらいの違いしかないと思います。
スラブ系なんか同一言語が宗教の違いなどで分かれていたりします。

南シナ海問題は米軍なんか関係なくあります。
むしろ米軍は中立か、中国に協力しているようです。

>シナ・チベット語族に関してはまだまだ研究途上と言えますが、シナ・チベット語族という枠組自体はそろそろ安定してきているという印象
>シナ・チベット語族のそれ自体がウラル・アルタイ語族のように消え去ってしまう枠組みとは思えませんね。

インド・ヨーロッパ語族は体系的で研究が確立しているみたいですね。
シナ語族とチベット・ビルマ語族はウラル・アルタイ語族以上に枠組みが消えるような印象に思います。

http://blogs.yahoo.co.jp/avatar4649/61272242.html

どちらにせよ、チベット・ビルマ語族(派)は細かく分けてチベット民族を分断しているのに、
シナ語族(派)は唯一中国語だけです。

あと日本語族が孤立語というのも疑わしいと思います。
韓国語と文法的にだいぶん近いと思います。
韓国語も孤立語らしいが、アルタイ語族と近いのではないですか。
チベット語の語順は中国語と違い日本語に近いようです。

>上の文章の主語は日本ですか。

下手な文章でわかりにくいと思いますが、申し訳ありません。

日米安保条約や米軍は、莫大な負担を琉球にかけているのに、
中国は、米軍存在根拠のための仮想敵国であるのに、
中国は、根拠の乏しい領有権言いがかりしているのに、
米軍は、日本の味方になって助けず、最も現実的の安全保障の尖閣諸島問題は中立にしている。
それで米軍占領を正当化する者たちは、米軍の犬どころではないですね。



私のコメントです。


> >良いご提案だと思います。具体的な調査方法(だれがどのようにやるのか)、質問項目案等があればご提案ください。
>
>  幸いにして『賛同人』の方々の出身は琉球の様々な地域ですから、まずはその方たちの意見を聞くのがよろしいかと。
> 幾つかのモデルに絞ってから、アンケート等を取るべきだと思います。

賛同人には日本人、ハワイ人、イタリア人など色々な民族もいます。

>

>  アンケートはできるだけ最小限の費用で行なう必要があります。方法を考えることも勿論ですが、対象を絞ることも必要かと思います。『琉球とは複数の民族である』=『文化が沖縄本島中南部とは違う』という事なので、アンケートは沖縄本島中南部以外の地域の出身者を中心にして行えばよろしいかと思います。
>

「沖縄本島中南部」とどの地域が違うのですか。

> 設問としては大きく二つ。
> ◯どういう分け方が望ましいですか
> ◯貴方の民族名と出身地域は何ですか
>
> ------------------
> 民族案
> ■(1)
> 琉球全体で単一民族とする。
>
>
> ■(2)
> 奄美、沖縄、宮古、八重山の四つの民族とする。
>
>
> ■(3)
> 言語区分に基づく民族
>
> 北奄美 (奄美市・龍郷町・大和村、109,518人)
> 南奄美 (瀬戸内村・宇検村、11,748人)
> 喜界島 (喜界町、8,088人)
> 徳之島 (天城町・徳之島町・伊仙町、25,196人)
> 沖永良部島 (知名町・和泊町、14,551人)
> 与論島 (与論町、5,380人)
> 国頭 (名護市・国頭郡の町村・伊平屋村・伊是名村、128,502人)
> 沖縄 (沖縄市・うるま市・宜野湾市・中頭郡・浦添市・那覇市・豊見城市・糸満市・南城市・島尻郡、1,158,454人)
> 宮古 (宮古島市、52,167人)
> 八重山 (石垣市・竹富町、50,952人)
> 与那国 (与那国町、1,668人)

良く調べましたね。

>
>  南奄美は、適切な包括地名が見当たらない。『奄美下方』というやり方もあるが、上方、下方の区分は奄美大島全体の区分だけでなく、三方村(現奄美市)の区分でもあるため混乱を招く可能性がある。
>
> ■(4)
> (2)と(3)を組み合わせての二重アイデンティティ、或いは(1)(2)(3)の三重アイデンティティ。

高橋孝代さんの本をお読みください。沖永良部島の方々のアイデンティティの複数性について論じられています。

> >公用語とは一種の共通語
>
> 公用語はいくつあってもかまいませんが、
> 共通語がいっぱいあっては、共通語になりません。

共通語を一つに限定することによって生じる、差別性、排他性をどうするかが問題です。島々の多様な言葉の存在をみとめた、それらを土台にした新たな共通語ができればと思いますが。

>
> 母語の琉球諸語は第一言語、
> 共通語は第二言語として一つになると思います。
>
> 琉球の共通語は現実的には日本語になると思いますが、
> それでは植民地国とあまり変わらないし、
> 琉球のアイデンティティとしても独自性がそこなわれると思います。
> 琉球國の共通語の首里語が最も理想的と思います。

それに関しては、奄美諸島、先島諸島の方々が了解しないでしょう。言葉には歴史性があり、首里は王国の中心で、権力の中心でした。
>

> 言語学習の負担を小さくするには、
> いっそ、世界共通語の英語を第二言語にしてしまえば、
> 母語と英語だけで済みますし、世界もそれが最も広いと思います。

英語はミクロネシア連邦、パラオでも共通語ですので、世界と琉球とをつなぐ言葉になります。

琉球の言葉

琉球人さんからのコメントです。

独りよがりや孤立する事は敵の思う壷である事も、又、自明の理である
第二次世界大戦で、エチオピアにイタリア軍が圧倒的近代武装をもって、進攻しました。開戦当初は、連合軍のどの国も助ける事が出来なかった。
戦略上重要な地点に位置しているが故にです。
だが、誇り高きエチオピアは、負けなかった。原始的な武器で勇ましく応戦しました。
国連で世界に向け、不当性を訴え続けました。

ナチスは、ポーランドを壊滅状態までに陥れ、バルバロッサ作戦を進攻させ、無惨にも、侵略した国の人々まで、多数民間人を殺害して来ました。
ソ連は、一千万人の戦死者を出して、国土を守りました。スターリンの粛正によって戦死者としてカウントされている数も少なからずいますが、ナチスは、ロシアの豊かな資源を是が非でも手に入れたかった為、東部戦線はかなりの激戦地帯だったことが想像つきますね。
私達は、同じ枢軸国の残忍非道さは、殆ど話題にはしません。

我々、日本人全体の第二次世界大戦論は、被害者意識ばかりの一方通行の議論ばかりで、非常に、残念です。

我々は、ナチズムに加担した国なのですよ。
ヒットラーと握手した国なのですよ。




アバターさんからのコメントです。

>公用語とは一種の共通語

公用語はいくつあってもかまいませんが、
共通語がいっぱいあっては、共通語になりません。

母語の琉球諸語は第一言語、
共通語は第二言語として一つになると思います。

琉球の共通語は現実的には日本語になると思いますが、
それでは植民地国とあまり変わらないし、
琉球のアイデンティティとしても独自性がそこなわれると思います。
琉球國の共通語の首里語が最も理想的と思います。
千島列島や樺太や満州や南モンゴル(内モンゴル)や台湾など、
最も日本が植民地支配していた地域が、
民族独立を果たすどころか、ロシア・中国の植民地になっています。
アイヌ民族、満州人、南モンゴル人、高砂族など、
植民地支配下のまま民族消滅へ追い込まれています。

そもそも満州や南モンゴルなど中国化した漢民族入植は、
日本植民地支配が北方民族の母なる大地を奪って、
開墾させ始めた政策ですね。

世界の国の独立と大げさに言いますが、
インドネシアやビルマの民族独立にちょっと関係したくらいで、
ほとんどの世界の民族独立には無関係です。
インドネシア・ビルマにしても多くの被抑圧民族が民族独立と逆に抑圧されています。

言語学習の負担を小さくするには、
いっそ、世界共通語の英語を第二言語にしてしまえば、
母語と英語だけで済みますし、世界もそれが最も広いと思います。



エルファイアーさんからのコメントです。

■沖永良部島民のアイデンティティと境界性
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/490/3/Honbun-3746.pdf
『第三章 外部勢力による政治支配とアイデンティティ形成』より

沖永良部島には、自己を「もともとエラブの人・地の人」と認識している人々に加え、沖縄系や鹿児島系を強く意識している人々がおり、多くの場合それらの人々は各々の出自をアイデンティティの拠りどころとしている。例えば、沖縄系出自には「永良部世(えらぶよ)の主(ぬし)」の子孫を名乗る「宗(そう)」、「要(かなめ)」性の親族集団が存在し、これらの人々の始祖とされる人物は三山時代(14 世紀頃)に遡る。

一方、鹿児島系出自をアイデンティティの拠りどころとしている人々は、薩摩藩直轄領時代に赴任してきた藩役人を始祖としている場合が多い。鹿児島系の人々は、「先祖は薩摩の○○代官である」と祖先が薩摩藩の士族であったことを誇りとし、家系図を作成するなど、祖先の出自への関心は高い。出自は、人々のアイデンティティを形成する重要な要素になっており、その出自に基づくアイデンティティは沖縄あるいは鹿児島への帰属意識に関連している1。


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見れば見るほど複雑になる。
場合によっては、更にサブグループを考える必要がありそう。

第8回ゆいまーるの集い 14

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伊平屋島で各自がまなんだことを、これから元の生活の場所に戻り、活かしていこうと改めて誓いあいました。

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ホテルにしえの前での写真です。ホテルにしえには東屋があり、11月でしたが、それほど寒くなく、東屋で皆で話会うこともできました。料理もおいしく、ホテルの方々も非常に親切で、交流会にも参加してもらいました。島の愛を感じることができる島の宿泊所でした。

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伊平屋港の前にある土産販売、食事をする小屋がありました。商工会の女性部が運営していると聞きました。工夫を凝らした特産物がたくさんありました。

新元さんと村山さんが食事をしていました。他のメンバーも沖縄そばを食べました。

大見謝さんにもまたお会いし、楽しい、大きな笑いで元気をもらいました。前日からのツールドオキナワの受け入れで忙しそうでした。それにもかかわらず、集いで話して下さり、感謝です。船に乗るときに、黒砂糖をもらいました。

伊平屋島から船で本部半島まで行き、夜は安里のヒージャー料理店で安里英子さんと、川満信一さんとお会いして酒を飲みながらお話を伺いました。川満さんからは新しい詩集を頂戴しました。

第8回ゆいまーるの集い 13

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前泊の浜を散歩し、日の出の写真をとりました。空気はすがすがしく、希望を胸にもてるような「新しい太陽の誕生」でした。


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前泊にある商店は共同売店です。皆で資金を出し合って運営している店です。店の前には椅子があり、「ゆんたく」できるようになっています。他の共同売店でもあります。伊平屋島には他の場所にも共同売店があり、島の共同性が根強く生きているのです。

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日曜日の朝、NPO法人の社員総会を開きました。皆さんで今回の集いに参加した感想を述べ、NPOの今後の在り方について議論しました。

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来年の集いは5月に与那国島で開くことが決まりました。台湾との交易、自衛隊誘致、島の名前の中に「国」があること等、大変、心寄せられる島です。私も幼いころ、与那国島で生活したことがあり、数年前にも行ったことがあります。島の方と車座で、島の歴史や文化、現在、そして将来について心行くまで話し合いたいと思います。

国際開発学会全国大会沖縄部会開催される

昨日は早稲田大学で開催された国際開発学会全国大会におきまして、沖縄の振興開発と内発的発展に関するシンポを開催したしました。

有意義な議論ができたと思います。
真喜屋さんは米軍基地の跡地利用問題について読谷村の事例を中心に報告しました。
本浜さんは、本土人主導による沖縄に関する言説の創造を明らかにし、特に貧困イメージを作り出すことで基地を
押しつけるという権力関係について力説されていました。

鈴木さんは、タイとの比較で沖縄の内発的発展の成功事例を検証し、「内発的発展」の内容を問いただしながら、
より地域の人間のための発展である内発的発展を実現させたいという意思を感じ取ることができました。

私は38年間の振興開発の総括を行い、沖縄人の安全保障を実現せるべきの開発が逆にそれを沖縄人から奪っていることを明らかにし、これからの沖縄の内発的発展の在り方を提言しました。

西川先生、上村先生の貴重なコメントを頂戴しました。また座長の阪本さんは司会として議事を的確に進めてくださいました。

会場には多くの方が来てくださり、多くの質問や貴重なコメントを頂戴しました。

2007年に沖縄大学で開催された国際開発学会の講演会で行った内閣府沖縄担当部局の政策統括官の講演内容が非常に植民地主義者的な内容であったという、会場からの発言がありました。このような発言をする官僚が存在することも、沖縄が日本の植民地であることの証拠であるといえます。

今回の知事選でも振興開発が一つの大きな争点になりましたが、現在の振興開発をどのように総括し、次の沖縄の内発的発展につなげるのかが一人一人の沖縄人に問われていると思います。

また日本本土側でも、国民の税金による沖縄の振興開発が沖縄人の人権を大きく侵害していることをどのように考えるのかが本土人一人一人に問われていると考えています。

これからも振興開発がもつ暴力性を徹底的に明らかにし、琉球の島々、シマジマにある公共空間における内発的発展を具体的に検討するとともに、沖縄の地域主権を確立するために私自身が沖縄人の当事者として、沖縄、日本、として国連で運動し、それをまた研究に還元していきたいという決意をさらに強くしました。

浜松での沖縄開発、政治、自治に関する講演会

昨日は、浜松駅の近くで多くの方が、小生の講演会に来てくださいました。静岡市や焼津市からも来られていました。私の『琉球の「自治」』を持ってきた方もおられました。

講演会が始まる前に、リョウ先生という中国の社会科学院で長年研究員をされている方と話し合いました。琉球と中国との経済的関係の強化について非常に具体的で、ユニークなアイデアを伺いました。まずは研究者同士の交流をしようということになりました。来年は浜松で、リョウ先生と台湾と関係が深い宮城弘岩さんとの対談が行われるそうです。

最初、法制大九沖縄文化研究所の清川先生が沖縄知事選の背景について詳しく話されました。沖縄内部の方と非常に緊密な関係をもっておられ、非常に興味深い内容でした。清川先生は、沖縄や本土の大学人などを中心に、多くのシンポ、講演会を開いて、世論を喚起しようとしています。

講演後、講演会をサポートしてくださっている浜松在住の方と食事会をしました。その時、宮古島出身で、浜松で内科医として開業している平良さんと話をしました。平良さんは沖縄、宮古に対する思いも深く、同じ沖縄人として勇気づけられました。

そのほか、沖縄の反基地運動を静岡でされている方、日本侵略の歴史映像を作っている方、弁護士、設計士、会計士、経営者の方々とも話をしました。

講演会後には活発に質疑応答ができて私も勉強になりました。

第8回ゆいまーるの集い 12

今日、浜松の沖縄文化フォーラム主催の講演会で、沖縄の経済、基地、内発的発展、自治について話をさせていただきます。清川先生をはじめとする浜松の方々にお世話になります。来場者の方々と真剣な議論ができればと思います。


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交流会で新元さんも、腹の底からの素晴らしい島唄を歌って下さいました。海勢頭さんとも一緒に歌い、島の魂同士が響き合っているように感じました。

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次に海勢頭さんが魂に沁み入る琉球の唄を歌いました。海勢頭さんが思いを寄せる伊平屋島で、海勢頭さんの唄が鳴り響きました。

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皆も目を閉じて、それぞれの思いの中で海勢頭さんの唄を体で受け止めていました。

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民宿の家族も食堂に集まり、交流会に参加していました。唄は人を引き付けます。

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今回、大変お世話になった西江さんから伊平屋島の話を改めて聴かせていただきました。島の可能性、豊かさ、歴史や文化への誇り、伊平屋島に強いこだわりを持ち、島の自治のために生きておられ、私たちも西江さんから多くのことを学ばさせていただきました。

第8回ゆいまーるの集い 11

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最後に伊平屋島出身の西江重信氏が「ようこそ沖縄伊平屋島へ、私たちの取り組み」と題して、ご自身の島おこし活動を紹介されました。伝統的な製糖や製塩の小屋をつくり、子供たちに体験させています。島の文化や歴史に対する西江氏の愛情と、それを若い人々に伝えたいという熱意が感じられました。

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集いの最後に新元さんが奄美の唄を披露して下さいました。伊平屋島に新元さんの魂が込められた唄が響き渡りました。神ことばのように、神々しく感じました。

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地元の方が三線で島唄を歌って下さいました。島の香りと強さを感じて、聞き入りました。

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集いの交流会です。島唄を聞きながら、今日、集いで話し合ったこと、伊平屋島のことを考えました。

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昼の仕事から帰り、私たちのために唄と三線を聞かせて下さいました。お二人の島唄への思いをも話されました。
時々、新元さんも唄に参加して、楽しいひと時となりました。



国際開発学会での沖縄振興開発に関するシンポ案内

今週の土曜日に次のような研究集会が開かれます。
非学会員の場合、大会参加料が5千円となります。

沖縄の振興開発を総括し、今後の内発的発展について真剣に議論したいと思います。


国際開発学会全国大会

会場:早稲田大学早稲田キャンパス
大学院アジア太平洋研究科(19号館西早稲田ビルディング) 314号室
時間:12時45分から15時まで

12:45
第11セッション:【(企画)沖縄】沖縄の振興開発の課題と今後の沖縄発展の方向性
<コメンテーター>西川潤(にしかわじゅん)/早稲田大学
上村雄彦(うえむら まさひこ)/横浜市立大学
<座長>阪本公美子(宇都宮大学)

12:50~
1 「理念なき沖縄振興開発から持続可能な発展への一考察
-軍事基地跡地利用の事例から-」
真喜屋美樹(まきや みき)/早稲田大学
13:10~
2 「「沖縄人(ウチナーンチュ)」表象における「貧困」イメージをめぐって」
本浜秀彦(もとはま ひでひこ)/沖縄キリスト教学院大学
13:30~
3 「周辺における内発的発展 ―沖縄と東南アジア(タイ)―」
鈴木規之(すずき のりゆき)/琉球大学
13:50~
4 「沖縄振興開発の総括と今後の課題
―振興開発と米軍基地とのリンケージ問題を中心にして」
松島泰勝(まつしま やすかつ)/龍谷大学
14:10~
<コメンテーター>西川潤(にしかわ じゅん)/早稲田大学 *14:35退席
14:20~
 発表者回答・発言(1→4)
14:30~
<コメンテーター>上村雄彦(うえむら まさひこ)/横浜市立大学
14:35/40~
発表者回答・発言
14:45/50~
 フロアからの質疑応答(所属と氏名、2~3人程度をまとめて)
 発表者回答・発言
15:00 終了

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