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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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国際法と琉球

昨日、琉球の土を踏みました。半袖でもいいくらいの気候です。

今日は、琉球の30代を中心とした若い方々と、国際法と琉球、グアム、パラオ、スコットランドについて話し合う予定です。

琉球の若い世代から刺激を受け、今の現状から学び、今後の新たな展望が見えてくればと思います。



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今日から琉球に行きます

今日から3月10日まで琉球に行きます。

明日は、「国際法と沖縄」というテーマで琉球人若手の有志と勉強会、意見交換会を行います。
そして、琉球の平和、脱植民地化の運動をされている女性たちと会い、

3月1日から3日まで龍谷大学経済学部ゼミ生、大学院学生総勢12人で沖縄各地を回ります。
宜野湾市役所、沖縄国際大学、特別自由貿易地域、平安座島のCTS,沖縄市コリンザ、コザ商店街、沖縄県庁各部署や若手の政治家へのインタビューなど。

今の琉球、琉球人と直に触れあい、自らの研究、生き方、考え方に活かしたいと思います。

5日は機能紹介したシンポジウムを行います。

翌日から2泊、与那国島に行きフィールドワークを行います。

琉球と東アジア文化圏をつなぐもの―「自治」と民際学が近づく

2010.3.5「自治」と民際学・チラシ

3月5日、2時から沖縄大学でシンポを開きます。これは龍谷大学社会科学研究所の民際学研究会による3年間の研究成果、そして、NPO法人ゆいまーる琉球の自治活動5周年という節目という意味で開催されるものです。

沖縄大学地域研究所のご理解とご協力を得まして、準備を進めてまいりました。緒方先生をはじめとする地域研究所の方々には心よりお礼申し上げます。

シンポジウムのチラシを同地域研究所が作ってくれましたので、お知らせします。拡大するにはクリックしてください。

参加には事前の申し込みが必要です。

琉球、東アジア文化圏、「自治」、民際学について充実した、刺激的な議論ができればと思います。

民主党大阪府総支部連合会への抗議・要請書

西浜さんから民主党大阪府総支部連合会への抗議・要請書を頂きましたので、ご紹介します。
辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動は、近畿中部防衛局へ4,852筆の署名(累計 47,241筆)を提出しました。第9次の署名提出となるそうです。






2011年2月15日
民主党大阪府総支部連合会
代 表 樽床伸二 殿

辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動

〒540-0038 大阪市中央区内淡路町1-3-1
シティコープ402 市民共同オフィスSORA内
    電話:06-7777-4935
FAX:06-7777-4925

抗 議・要 請 書

2009年11月10日と2010年4月26日の二回、「要請書」を提出した私たち「辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動」は、貴職に対して素直に日頃のご活躍に敬意を表します、とはもう言うことができません。
何故なら、昨年5月28日の日米共同発表以降の貴党のあまりの変質ぶりを看過することができないからです。

「辺野古」と明記した日米合意を結んで辞任するという手法は、1997年12月24日、時の比嘉鉄也・名護市長が市民投票結果を覆し、海上ヘリ基地を受け入れ辞職したことと何と似通っていることでしょう。昨年5月28日の日米合意以降、民主党政府は180度スタンスを変えたと言わざるを得ません。

鳩山前政権を引き継いだ菅首相は、2010年12月17~18日、沖縄を訪問し「辺野古はベストではないが、ベターな選択だ」と、自公政権時代に耳にタコができるほど聞かされてきた化石の用語をまたぞろ引っぱり出し、沖縄の民衆に襲いかかりました。それに対し、昨年11月28日の知事選挙で、県外移設を公約に再選を果たした仲井真・沖縄県知事は「勘違いをしている。県内はすべてバットだ」と切り返しました。

当選から1年をむかえた稲嶺 進・名護市長は、現在の政府の対応について「自公政権の時と変わらず、それ以上に悪くなったといわれる状況が続いている。県民が許すはずがない」(1月18日)と述べていますが、私たちが大きな期待を持って迎えたあの政権交代とは、一体全体何だったのでしょうか。

政治(国政・県政)は武力を闘わすのではなく言論を闘わせて、よりよい方向を見いだしていくものだとすれば、貴党はなぜ昨年7月11日の参議院沖縄選挙区選挙と11月28日の知事選挙で、「辺野古はベストではないが、ベターな選択だ」とのマニフェストを掲げ、公認候補を擁立して闘わなかったのですか?知事選挙で独自候補、推薦候補を提示できないのであれば、辺野古基地建設を掲げた幸福実現党をどうして支持しなかったのですか。

その知事選挙の結果は、県外移設を掲げた仲井真氏335,708票、伊波氏297,082票に対し、幸福実現党の金城氏は13,116票と、有効投票の97.97%までが県外移設を求めたものでした。

こうした沖縄の意思を、最も公平だと思われる選挙で問うことなく無視をして、ヤマトゥの多数票を押し付けるやり方は正しく宗主国の政治手法と言わざるを得ません。

その後も、貴党の大臣たちの発言はあくまでも軽く、かつ唖然とする中味が続きます。普天間基地について「代替地を決めるまで使用され続ける」と、昨年12月21日に訪沖した前原外相は発言しましたが、その彼は安全保障ネクスト大臣であった2003年12月2日、宜野湾市主催の『普天間基地問題シンポジウム』で「民主党が政権を取れば普天間の返還に取り組む」と、宜野湾市民800人の前で表明しました。正反対のことを言っても「情況が変わったからだ」という一言で合理化されるのなら、私たちは政治家のどういう発言を信頼すればいいのでしょうか。

また、菅首相は今年の年頭会見で、沖縄の基地について「不条理という言葉で言い尽くせるか分からないが、その一つだ」と述べたにもかかわらず、日米合意を踏まえると言います。つまり、「不条理だけれども甘受せよ!」と言っているのです。

そのご本人は、1月5日の連合「新年交歓会」で、今年の抱負として「不条理を正す政治」と言ってのけるのです。鳩山前首相も沖縄の新聞のインタビューで、「抑止力は辺野古回帰のための方便だった」と明かしました。

昨年12月24日、防衛省は2009、2010年度分の米軍再編交付金17億円を、名護市へ交付するのを取りやめると通知しましたが、北澤防衛大臣は「反対しているのだから、交付金が降りないことは覚悟の上だろう」と述べました。貴党は名護市長選挙で、この稲嶺 進氏を推薦したのではありませんか。

菅首相の訪沖後、「辺野古は無理だ」とアメリカに交渉に行くのではなく、前述した12月21日に前原外相、1月10日に岡田・貴党幹事長、同月11~12日に馬渕沖縄担当相(当時)、同月19~20日に北澤防衛相、同月21~22日に枝野沖縄担当相と、お歴々の沖縄詣でが続きました。辺野古への「移設」をお願いするためです。

であるにもかかわらず、仲井真知事とは面談するものの誰一人として辺野古を抱える稲嶺・名護市長と会おうとはしなかったのです。前原外相に至っては、沖縄担当相当時の2010年5月19日と8月17日に、都内で容認派の島袋・前名護市長とは密会しているのです。

「自分がやらないこと、嫌なことを、無理矢理、よそに押し付けるのは、植民地主義である」と『沖縄タイムス』社説(2010年12月23日付)は断言しています。

更に、2月8日、軍転協(県軍用地転用促進・基地問題協議会=会長・仲井真知事)の一員として県外移設の要請のため上京した稲嶺・名護市長が、辺野古での環境影響評価(アセスメント)までは済んだのだから相当分の米軍再編交付金を交付するべきだと主張したのに対して、北澤大臣は「そういう考え方は初めて聞いた」と突き放す始末です。

そして、思いやり予算を5年間据え置き、「思いやり予算」という言い方も良くないと、前原外相は恫喝するのです。

嗚呼、何というこの堕落!この腐敗!貴党は、それでも政権にすがりつくのですか、何のために?
貴党が普天間閉鎖、辺野古断念との政策を選択しない限り、私たちは貴党に何ものも期待せず、逆に断罪し続けることでしょう。

以 上

昨日、グアム、パラオから帰ってきました

昨日、グアム、パラオから帰りました。

9人の学生たちは事前に島についてよく勉強し、熱心に質問し、ノートをとり、ボランティア、交流活動を一生懸命行いました。私の心を打ちました。私自身も島人、島、そして学生たちから多くのことを学びました。


2月14日
午後15時25分グアム国際空港着、ホテルロード周辺散歩
ホテル沿いのビーチをあるき、沈み夕陽をみました。海岸には戦争時代のトーチカもありました。

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>15日 

午後1時30分グアム商工会議所幹部へのインタビュー、チャモロビレッジ、文化施設等の見学

なぜ、グアムの基地拡張に賛成するのかを会頭、事務局長から聞きました。しかし、新たな土地の米国による取得には商工会議所も反対していました。
スペイン広場では、グアムの米国からの解放を求めて闘った、エンジェルサントス氏を祈念する写真、祈念碑をみました。
チャモロビレッジでは文化的な自立を求める画家と話を聞くことができました。

午後はグアム大学のシュスター教授から基地拡張の背景、そしてゼミ生から基地拡張に対する自分の意見を聞きました。
>
>
>16日 午前9時~11時 Saint Dominic’sSenior Care Home(老人ホーム)にでボランティア

グアムのご老人と、学生たちが折り紙をしたり、歌を歌ったり、戦争中の話を聞き足りして交流しました。

>
>午後1時30分~2時30分 日本総領事館総領事へのインタビュー

総領事にグアムと日本との関係、現在のグアムの政治経済状況について伺いました。

>3時から5時までIpao Bearch Parkにでビーチクリーンアップ・ボランティア
>>

天の中でしたが、グアムのビーチでゴミ拾いをしました。グアム政府から知事、副知事の署名入りの表彰状をいただきました。

私は以前、総領事館でお世話になった方々と交流をしました。

>
>17日 午前9時30分the Humanities and Social
Sciences building in room 109.:グアム大学、環境保護・人権擁護団体(We areGuahan)メンバーのLisa Natividadさん(グアム大学教授)へのインタビュー

リサさん、学生さんなぜチャモロ人が基地に反対するのかという話を伺いました。お二人とも沖縄に行ったことがあり、沖縄の反基地運動とグアムとのそれとの連携が重要であると指摘していました。

we are guahanのマリーさんのご案内で日本軍によるチャモロ人慰霊碑、軍拡張現場等をバスで見て回りました。

>午後7時55分にパラオに出発

>
>18日

パラオパシフックリゾートをパラオ人職員さんのご案内で回りました。森に囲まれたリゾートで、水を自給し、ゴミ・汚水を処分し、建物は木造、ヤシの木の高さ以上にしないという、エコにやさしいリゾートでした。

 午前11時日本大使館貞岡特命全権大使へのインタビュー
大使からパラオと日本との関係等について話を聞きました。
>
>辻大使館専門調査員と昼食
パラオの環境、経済、財政、生活について辻さんから話を伺いました。
>
>午後1時30分JICAパラオ支所ボランティア調整員・武市直己さんによる説明と質疑応答。

パラオでJICAが具体的にどのような援助を行っているのか等について話を伺いました。
>
>3時:UNDPパラオ事務所所長のSharon Sakumaさんへのインタビュー。

UNDP,ユニセフ、国連人口計画のパラオに関する業務を行っているシャロンさんから各事業の概要と事例について
話してもらいました。

>
>5時:パラオ国務省職員のダニー・ヒガさんへのインタビュー

比嘉さんは沖縄3世です。私がグアム、パラオで働いていたときからお世話になった方です。現在ではパラオ国務省のナンバー2にまでなりました。タニーさんのパラオと日本との関係についてのお考えについて、日本に留学したときの体験などについて聞きました。
>
>
>19日午前:日本人学校補習校生徒との文化交流

補習校が生徒による学習発表会の予行演習に参加させてもらいました。1年間、何を学んできたのかについて発表する内容であり、私たちも生徒とともに歌を歌い、コマ、シャボン玉をしたり、お菓子をあげたり、じゃれあったりして、楽しく過ごしました。
>
>
>午後:国際サンゴ礁センター、コロール州リサイクルセンター・ゴミ処分場訪問、パラオ博物館、首都政府庁舎等を訪問しました。

夜から辻さんがパラオの環境保護によって経済と財政を再建させるという、こころみにいて詳しく話して下さいました。2年からパラオに住み、様々な活動を通じて得られた貴重な経験や知識に基づいた、示唆的なお話でした。

>
>20日 終日エコツアー:ジェリフィッシュレイク・ロックアイランド

世界に一つしかない、刺さないクラゲの湖、ミルキーウエイ、ロックアイランドに行きました。自分の体を通じてパラオの貴重な自然に触れた一日でした。
>>

>21日 
パラオ水産センターに行き、魚、ナマコ、シャコガイの養殖センターに行き、施設の方から説明をうけました。

11時:老人センターでの老人の方との交流をしました。日本語を完全に話すことができるご老人もおり、折り紙、紙風船、コマを一緒にしたり、戦前の話を聞いたり、一緒に歌を歌いました。

午後
クニオナカムラ元大統領へのインタビュー

パラオを独立に導いたナカムラさんから、パラオ独立に関する貴重な話を聞きました。またナカムラ元大統領の半生が書かれたご著書をいただきました。
>
>>>
>午後3時パラオ短期大学学生との交流
日本語教師の河村先生のお力で、パラオ人学生と龍谷大学学生が直接話をしたり、一緒に歌い、コマを回すなどの交流をしました。同じ世代の学生同士で大変楽しそうでした。




以上のようにグアム、パラオで学んだことを、これからの研究、教育、生き方に活かしていきたいと思います。

明日からグアム、パラオに行ってきます

明日からグアムとパラオに行ってきます。
沖縄から海兵隊が移設する予定のグアム。それにともない大規模開発が進んでいます。
島の人、社会、自然を多角的に見て、感じながら、沖縄の今を考えてみたいです。

学生とともに老人ホームやビーりクリーングのボランティア、商工会議所、総領事館、we are guahanのメンバーへのインタビュー、島の開発現場の見学、グアム大学学生との意見交換などで島の今を心身を通じて知りたいです。

パラオは去年の9月に行って以来です。人口2万人の独立国・パラオ。今年は建国17年目です。
大使館、JICA、UNDP事務所でのインタビュー、サンゴ礁研究センター、ゴミ処分場、国会議事堂等の見学、ナカムラ元大統領やヒガさんへのインタビュー、老人センターのパラオ人ご老人や日本人学校そしてパラオ短期大学学生との文化交流や意見交換、エコツアー参加等、多様な活動をする予定です。

島を全身で感じ、島の方と意見交換し、ボランティアをして、学生たちが島の今を当事者意識をもって島や島の人や自然を考え、何かをつかんで帰ってほしいと思います。人間として生きる自信を島での体験から掴んでほしいです。私にとっても学生さんたちと議論しながら、ともに感じ、考える貴重な機会であると思います。

グアム、パラオは琉球とも歴史的、政治的な共通性をもっており、琉球に対してもおおきな示唆を与えてくれる島々です。

マーシャル諸島における振興開発による基地押し付け、グアムと台湾との経済関係、パラオのウィグル人

沖縄と同じように、マーシャル諸島でも振興開発によって基地が押し付けられるという構図があります。




4/24  Radio Australia PIR
米国大使がクワジェリン環礁についてマーシャル諸島政府に警告を行った。

マーシャル諸島政府が、米国によるミサイル迎撃実験基地の長期使用を認めないなら、同国の財政収入の3分の2に及んでいる援助金を提供する根拠となっている両国間の協定の行方にも影響をあたえるだろうと、米国大使が警告を発した。

米国とマーシャル諸島政府とが締結したコンパクト協定によって、2023年まで7000万米ドルが米国によってマーシャル諸島政府に提供されることになっている。2066年まで継続する軍用地の新しい賃貸協定をめぐり、クワジェリン環礁の地主は地代の値上げを求めて長期間、米国政府との間で論争が続いている。



国を超えた民際的な経済交流がグアムと台湾という島同士で進んでいます。



5/12 Pacific Daily News PIR
グアムから台湾に公式の代表団が派遣される。

グアム政府のカマチョ知事を含む代表団15人が明日、「国賓」として台湾に向けて、グアムにおける投資機会について話し合うために出発する。

同代表団はグアムにおける基地機能の強化、港湾や他の施設の近代化のための投資について台湾の政府、企業と話し合う予定である。

代表団メンバー、知事の妻や母親等の旅費は台湾政府が支払う。グアムへの投資に関する同様な代表団は、今年終わりごろ、フィリピン、ニュージーランドに対しても派遣される予定である。米国政府は台湾もグアムも正式に国として認めていないため、今回の訪問を「国賓」と呼ぶことに対して、米国・台湾関係の微妙な問題に火をつけるかもしれない。



グアンタナモからもウィグル人の受け入れというパラオの外交戦略から沖縄もまなぶ必要があります。
ウィグル人は実際にパラオで現在、生活しています。昨年パラオに行ったとき見ました。



6/10 Palau Horizon PIR
パラオ政府がグアンタナモ湾に勾留されている人々を引き受けることを申し出た。

グアンタナモ湾に勾留されている17人の中国人ムスリムがパラオに一時的に移される可能性がある。トリビオン大統領は、「勾留者を一時的に引き受ける決断をしたのは、人道的な理由からである。勾留者が不必要な拘束状態から解放され、正常な社会環境の中で新しく人生をやり直すためである。しかし、まだパラオに彼らが移送されるかどうかは分からない。」と述べた。

AP電によると、パラオが受け入れればその見返りに2億米ドルを米政府が提供するといわれている。クリントン国務長官からトリビオン大統領宛て書簡には次のような記述があった。

「グアンタナモ湾に現在勾留されている人々の再定住という困難な役割を果たすよう我々からの求めに対して、パラオ政府が前向きに考えていると信じています。」トリビオン大統領は、先週、米国の特使のダン・フリード氏とこの問題について話し合った。

移送予定の勾留者は、中国西部地域のウイグル自治区に住でいた人々であり、2001年から拘束されている。同年、米軍がアフガニスタンを攻撃した際、彼らが同地から逃れ、パキスタン政府が拘束し、米軍に引き渡した。彼らはアフガニスタンでタリバンの下で兵器訓練に関わっていたとされる。

2004年、米政府はこれら17人を敵の戦闘員ではないと判断したが、彼らを受け入れる国が見つかるまでグアンタナモ湾で勾留することになった。トリビオン大統領は、国務大臣、厚生大臣、パラオコミュニティ大学学長をグアンタナモ湾に派遣して、勾留されている人々の現在の状況を確かめるよう命じている。

関西在住琉球人の声

昨年12月1日に京都新聞に掲載された記事を紹介します。

新里さんとは、関西沖縄文庫の金城さんから紹介されました。関西沖縄文庫主催の講演会で話した時、同文庫で
色々と話し合ったことがあります。

沖縄島の西原出身で京都大学を卒業した後、京都新聞で記者をされています。沖縄に対する思いの強さは記事の内容からもうかがえます。

諸見里さん、金城さんからも沖縄差別の話を伺ったことがあります。

私もそうですが、関西に住んでいても、魂、心、体は琉球と一つです。






沖縄知事選 普天間 痛み分かつ覚悟を(京都新聞「取材ノート」)
洛西総局・新里健

沖縄県知事選で再選を果たし、支援者とともに万歳をして喜ぶ仲井真氏(中央)。選挙戦で訴えた県外移設は、本土の人々の意識のありようを鋭く問うている

 米軍普天間飛行場の移設先が争点となった沖縄県知事選は「県外」を訴えた現職の仲井真弘多氏が当選した。京都や大阪と縁のある「沖縄2世」からは、「ヤマトンチュ(本土の人)に高みの見物は許されない」「本土に移設して基地負担を平等にすべきだ」と、本土の人々の覚悟を問う声が強まっている。

 「日本を守るために基地が必要だとヤマトンチュが考えるなら、ウチナーンチュ(沖縄人)ばかりに基地を押し付けず、自分で引き受けてほしい。そんな民意が反映されたと思うし、私も同感」。大阪市大正区に住む主婦諸見里芳美さん(62)は知事選の結果について、そう語った。

 母親は、日米合意で普天間飛行場の移設先とされた名護市辺野古の出身だ。戦前、大阪の紡績工場に単身で出稼ぎに来て、京都市出身の父と結婚。沖縄出身者が多く暮らす大正区に移り住んだ。当時の大阪では随所に「職工募集 ただし朝鮮人、琉球人はお断り」という張り紙があった。沖縄人は「二等国民」扱いだった。遺骨は京都市東山区の大谷本廟(西大谷)に眠る。

 諸見里さんは知事選期間中、本土の人から「誰が勝ちそうなの」と面白半分で聞かれる度にいらだちを覚えた。「高みの見物を決め込むなら納得いかない。ヤマトンチュは観客ではなく、振る舞いが問われる主役のはずなのに」

 自身は大正区で生まれ育ち、今は地元で普天間問題を考える学習会に参加する。「関空や神戸空港は沖縄と違って近くに民家はない。移せる」

「日米安保条約の条文には、基地を沖縄に置くとはどこにも書かれていない」「朝鮮半島情勢が気になるなら、基地は北陸に置いた方が近い」「移設候補地のグアムは沖縄と同じ『大国の植民地』。マイノリティーである島民に負担を押し付けるのは良くない」。沖縄にルーツを持つ参加者からはこんな意見も出る。

 普天間飛行場の移設先を辺野古とする政府方針に対する支持率の変化が、共同通信の世論調査結果から分かる。鳩山政権が「最低でも県外」の公約を覆した直後の5月末は25・4%にとどまったが、わずか10日後、菅政権が発足し日米合意尊重を表明すると52・2%に倍増した。

本土の人の多くが、鳩山首相の退陣とともに県外移設を忘却する、という実情がうかがえる。

 勉強会の企画に携わる沖縄2世で、「関西沖縄文庫」を主宰する金城馨さん(57)=大正区=は、知事選の真の争点は本土の人たちの心性だったと振り返る。「本土移設は、ヤマトンチュが普天間移設を自分の問題として考える際の具体策の一つ。

基地が集中する沖縄の現状を黙認してウチナーンチュへの差別を続けるのか、自ら引き受けて差別をやめるのか。仲井真氏の当選によって、一層鋭くヤマトンチュの覚悟が問われるようになった」と指摘する。

 人口が集中する洛中に基地が移設されたら。湖国の住民が愛する琵琶湖を埋め立てて基地が造られたら。その時も「日米同盟は重要」と胸を張って言い切れるか-。

沖縄人が長く過重な基地負担を強いられてきた主因は、京滋を含む本土の人々の無関心や「無視」にある。沖縄を直視するために必要なのは、ほんのわずかな想像力だ。

[京都新聞 2010年12月1日掲載]

関西で沖縄の基地を訴える

今日の京都新聞に、沖縄経済同友会基地・安全保障委員長の宮崎政久弁護士が米軍基地が偏在する沖縄の現状を訴える記事が掲載されていましたので、お伝えします。

琉球の基地問題を日本全体の問題として考えさせるための行動が、人々の自治的自覚を促していきます。

他人事ではなく、自分の問題として考える。それから具体的に琉球の米軍基地をどのように引き受けていくかという覚悟が一人ひとりの日本人に突き付けられています。





急成長するアジアとの共存策を探った「第49回関西財界セミナー」(関西経済連合会、関西経済同友会主催)は10日、京都市左京区の国立京都国際会館で2日目の議論を行った。関西広域連合を核として官民が連携して地域力向上に努めることで意見が一致し、閉幕した。

分科会討議では、リニア中央新幹線の大阪までの一斉開業の働きかけや、環境やインフラ整備など関西が強みを持つ技術、ノウハウを「チーム関西」で提供していく方針を確認した。討議をまとめたセミナー宣言には、関西の企業がアジアなどでグローバル展開する上で、留学生の積極採用や国内人材を外向き志向に転換させる必要性などを盛り込んだ。

閉幕後に会見した下妻博関経連会長は「20~30年後の関西を背負って立つ人材育成が関西に必要、との認識を共有できた。世界に伍(ご)してビジネス展開をする上で、関西で仕掛けづくりをしたい」と話した。

■「チーム関西」で技術PR 地域戦略

 新興国市場で強みを発揮する策として、中分毅日建設計総合研究所所長は「高い技術力を誇るだけではだめ。相手国の課題に応える『知的な営業』が必要だ」とした。高橋祥二郎滋賀銀行取締役京都支店長は「細やかな技術力を持つ中堅・中小企業も加えた『チーム関西』で技術を売り込むことが大事」と主張した。

 一方、服部重彦島津製作所会長は「海外への進出だけでなく、どれだけ外資企業を関西に取り込むかが問われる。大阪湾岸や神戸医療産業都市、けいはんな学研都市にはレベルの高い産業が集積しており、外資を呼び込む素地がある」と期待を寄せた。

 中野健二郎京阪神不動産社長は「日本、関西全体をコーディネートする力が欠けている。メガ・リージョン(広域経済圏)として実行する仕組みづくりが必要」と注文した。

 米倉誠一郎一橋大教授は「関西だけ2年間限定でTPP(環太平洋連携協定)の仮協定を結ぶなど新たな実験をすれば面白い」と提案した。

■留学経験者に就職の門戸を 人づくり

 世界で活躍する人づくりについて、定藤繁樹関西学院大副学長は「学生が海外留学から帰国すると(企業の採用活動は既に終わっていて)、就職の門戸が閉ざされていることがある」と採用方法の在り方に疑問を呈した。

 岡村眞彦三井物産常務執行役員は「就職活動の時期を失えば次がない社会では、留学する気にならない。若者の素直な冒険心、挑戦意欲に水をかけている」と指摘。堀場厚堀場製作所社長も「海外経験のある学生が就職できるよう産業界が対応を」とした。

 入社後の人材育成については、村田純一村田機械会長が現場経験の重要性を強調。「業界が望んでいることをマスターすれば、どこに行っても重宝がられる。国内外を問わず、やるべきことをやらせることが大切だ」とした。

■「京都経由」めぐり議論 リニア

 JR東海が東京-大阪間で2045年の開業を計画するリニア中央新幹線についても、開業時期やルートについて議論を交わした。辻卓史鴻池運輸会長は「東京-名古屋開業から18年後の大阪開業では関西にとって致命的」と早期開業を求めた。

 下妻関経連会長は「早期開業の声を上げるため、(財界の)内々で調整している。ルートが奈良経由か京都経由かでもめると、中央から『関西はバラバラか』と言われる」と説明。その上で「リニアは速さが売りだから京都に止まるのは間違い」と自説を述べた。

 これに対し、柏原康夫京都銀行会長は観光立国を目指すうえでリニアが京都を経由する必要性を強調し、「新幹線も東京、品川、横浜に止まる。客を拾っていくことが大事」と反論した。


■沖縄の現状訴え 安全保障

 米軍の普天間飛行場移設問題などを論じた分科会は、沖縄経済同友会基地・安全保障委員長の宮崎政久弁護士が米軍基地が偏在する沖縄の現状を訴えた。

 宮崎弁護士は、沖縄県知事選後に閣僚が沖縄入りして日米合意に理解を求めていることについて「民主党は辺野古移設を推進する候補を出さなかったのに、(県外移設を訴えた)仲井真知事に公約違反を迫っている」と批判。「安全保障の負担を沖縄に押しつけ、移設先として名前が出ると反対運動を起こす。日本人は何かを忘れている」と指摘した。

 帯野久美子インターアクトジャパン代表取締役は「基地問題について国民的議論をすべき」として、同問題の国民会議を関西経済同友会がつくるよう提案した。

琉球と東アジア文化圏をつなぐもの―「自治」と民際学-

3月5日に沖縄大学で開催するシンポですが、事前申込制となりました。

シンポに参加されたい方は、沖縄大学地域研究所(098-832-5599)まで電話して申し込んで下さい。



日時:2011年3月5日(土)午後2時~6時 
場所:沖縄大学大講義室(3号館101教室:170人)

プログラム:
14:00~:挨拶・趣旨説明[松島泰勝(龍谷大学)、緒方修(沖縄大学)]
14:10~14:40:基調講演[片山善博(総務大臣)] 仮題「沖縄と自治」
 14:45~:問題提起

松島泰勝(龍谷大学教授・島嶼経済論)
王柯(神戸大学教授・国際関係論)
佐藤優(作家、元外務省主任分析官)
大城立裕(作家)

司会:仲地博(沖縄大学副学長)

16:00~:唄と話[海勢頭豊(ミュージシャン)]20分
16:20~16:30:休憩(10分)

16:30~:全体討論  (17:30、質問用紙回収)
17:40~:質問回答、全体のまとめ
17:55~:閉会の挨拶[仲地博]


主催:龍谷大学社会科学研究所民際学研究会、NPO法人ゆいまーる琉球の自治
共催:沖縄大学地域研究所
協賛:藤原書店、沖縄ウェルカルチャースクール

琉球自治共和国連邦独立宣言をyou tubeにアップしました

琉球自治共和国連邦独立宣言をyou tubeにアップしました。
本ブログのリンクにも張りたいと思います。

また本ブログにも新たなカテゴリーとして、「琉球自治共和国連邦独立宣言」を追加し、日本語、英語、フランス語、イタリア語、中国語の独立宣言をすぐに読めるようにしました。

今月15日の毎日新聞に「琉球独立」に関する小生のインタビュー記事が掲載されますので、お読みください。
毎日新聞大阪本社の鈴木さんからインタビューを受けました。

琉球の古老から学びたい

2010年12月23日、2011年1月21日の琉球朝日放送の番組をお伝えします。

私の父親は76歳、母親は74歳で沖縄島の那覇で生活しています。毎朝、晴れているときは近くの奥武山公園で
ウォーキングしています。元々は父親の糖尿病治療のために始めたのですが、いまでは注射も打たなくてすむまでに回復しています。足が少し不自由で杖をつきながら、ゆっくりゆっくり歩いています。

母親も一時期、膝を痛めていましたが、回復して歩いています。母親は自治会活動、デイケアー支援、民生員等、ボランティア活動を毎日しています。

実家では命の薬である食事も、体のことを考えた食べ物です。生活スタイル、食事にも自治の生き方が現れてきます。

琉球の古老の方から多くを学びたい。それも、ゆいまーるの集いの大きな目的の一つです。




おじぃさんおばぁさんの命薬。きょうは、那覇市の古波蔵伸子さんをご紹介します。

ズンドコズンドコと体を動かすのは・・・、82歳の古波蔵伸子さん。キメのポーズもばっちり決まっています。

伸子さんは、毎週ここでレク体操や民舞などのクラスに通っています。初めての参加者には、気配りも。

伸子さん「みんなお友達です。自分なんかもう長いから」

伸子さんはどんな人なのですか?

クラスの友人「みんなに教えてるわけよ。こっち来たら長生きするよーって」体操を指導する我那覇先生「皆さんの信頼が厚いです」


社交的で友達思いの伸子さん。みっちり2時間の体操を終え、お昼の時間。豪快に新聞紙で包んだ命薬を見せてもらいました。

伸子さん「何が好きかわからん。残り物でなんでもやってるから」

たくさんのおかずは野菜中心のヘルシーメニュー。アンダンスーは、今朝の味噌汁のだしをとったかつおぶしを利用したものです。

きょうの話題は、以前参加した運動会での1コマや、子どもたちにお手玉などの昔の遊びを教えるボランティアについて。

このほか伸子さんは18歳の時に、沈没した対馬丸に乗り遅れて命が助かったことなど、自らの戦争体験を伝える活動もしています。そんな伸子さんのスケジュール帳は来年まで予定でいっぱい。

伸子さん「2日ぐらい(外に)行かないと太るんですよ。0.5キロぐらい太る。こっちあるの全部口に入れるから」

食後休みもそこそこに伸子さんが向かうのは・・・。


やって来たのはスイミングスクール!水中ウォーキングで足腰を鍛えます。1日に習い事を掛け持ちするのは当たり前なんです。

伸子さん「私、3カ月で2キロ減らしたから。ずっと1日ごしに来てたんですよ」

トレーニングマシンにも真っ先にチャレンジ。子どもたちにだってまだまだ体力は負けません。

伸子さん「クロールもできるんだけど、それさせてくれたらいいのにねって思うわけよ」

取材スタッフも脱帽。元気な伸子さんでした。1月には、小学校にたこ作りを教えに行くそうです。来年も忙しそうです。




元気なおじいちゃんおばあちゃんを紹介する「おじいおばあの命薬」きょうは、北中城村からです。北中城村は、女性の平均寿命が89・3歳と市町村別で女性の長寿日本一に輝いています。きょうは、そんな北中城村から3人のおばあちゃんを紹介します。

きょうは、週に一度デイサービスに通っている比嘉ハル子82歳。大城ヨシ子さん89歳。太田ヨシさん86歳の3人です。体を動かすことが大好きな3人は、踊りもお上手ですね〜

そんな3人のこの日の命薬は、ロールキャベツや春雨炒め ごぼうサラダに 豆腐の味噌汁とデイサービスで振舞われるランチでした。デイサービス仲間の元気な3人。実は、もう一つの顔があるのです。それは・・・

北中城村のピーアール活動をする「ミス北中城」の3人だったのです

比嘉さん「ミスがんじゅうの比嘉です。」大城さん「サラバンジの大城よし子です。(笑い)まだ若いという意味です。」太田さん「ミスしむじゅらさの太田ヨシです。心が上等という意味。」

ミスといっても未婚のミスではなく、「美しい寿」と書いて「 美寿 」健康で年齢重ねた女性を表しています。では、3人がどのように美しく年を重ねてきたのでしょうか?

ミスがんじゅうの比嘉ハル子さんは、三線を習って20年、古典音楽を歌うことが健康の秘訣です。

比嘉ハル子さん「がんじゅうしないといけないねーって思っているさー。(はるこさんどんなことしたらみんな元気になれるとおもいます?)くよくよしないで、私くよくよしない!」

ミスさらばんじの大城ヨシ子さんは、南米に住んだ経験もある国際派笑顔が素敵な女性です。

大城ヨシ子さん「スペイン語それじゃぁのご挨拶ね,あの朝には、ぶえなすでぃーあすといいます。」「スペイン語でゆーえすといむいべーんとても元気ですよという笑い」

ミスちむじゅらさの太田ヨシさんは、ピンと伸びた背筋。スースーと歩く姿は、まるでモデルさん。それはこの野菜作りがいい影響を与えているのかも知れません。

太田ヨシさん「セロリです おしいですよ。サラダにしてもおいしいし、ちゃんぷるー類にもおいしいし、葉っぱもおつゆにいれてもおいしいよ。すごいですよ。自分の作った野菜食べているから健康だと思う」

スタッフの要望にも快く応じてくれた「ミスきたなかぐすく」ポージングもとてもチャーミング。3人「いいですかかしら」

3人ともきらきら輝いていましたね。健康長寿をピーアールできるミスってとても斬新ですね。美寿きたなかぐすくの皆さんは、今年一年間北中城村の公式行事などに参加し、観光や親善交流を行うそうです来月には、県知事を訪問するととても意欲的でした。

長寿の人の生き方

2月4日と1月28日の琉球朝日放送のニュースをお届けします。
琉球は長寿の島と言われてきました。私の祖母、大浜ニルムイさんも90代半ばまで生きました。
人が長く生きることも、心身上の自治的活動であると思います。

長寿の人の生き方、生活の仕方から謙虚に学びたいと思います。




カメラに向かってさっそうと歩いてきたのは金武町屋嘉の仲間美代子さん(97歳)。今年カジマヤーを迎えます。

きょうは美代子さんが毎週楽しみにしているデイサービスの日。みんなと楽しく身体を動かすことが元気の源です。そんな元気な美代子さんにも怖いものが・・・。

美代子さん「ぜんぜんお医者に行ったことない。だから病院怖いよ~。あはははは」

ここ70年、病気らしい病気はしたことないといいます。ほんと!うらやましいですね。そして、美代子さんにはもう一つ楽しみもあるんですよ。

ひ孫「(Q:おばあちゃんのことなんて呼んでますか?)大きいおばぁ~」

美代子さん「おばぁがする真似しますよ。袋とか(デイサービス)で使うゴミ箱とか」


週末にはひ孫のきらりちゃんとひなのちゃんが遊びに来てくれます。いっしょにチラシを使って、折り紙をするのも楽しみの一つです。

美代子さん「上等さ。ちょっとゆるいね」


そんな美代子さんの命薬は、豆腐と野菜の和え物にニンジンと大根がたっぷり入ったお汁、そして美代子さんが漬けた大根の漬物。

美代子さん「好き嫌いはないですよ。野菜はまんどんや」

好き嫌いも無く、食べる野菜のほとんどは自分で栽培しているそうです。


美代子さん「うむいのまま、ぬーやてぃん(自分の想いのままにやっている)。元気の秘訣は、うんとやるんじゃなくて、仕事を1人で休んだりのんきに働いている」

自分のペースでなんでも前向きに楽しむことが長生きの秘訣のようです。



きょうは、野菜が大好きな琉球古舞の先生、比嘉春子さん(80)。

お昼時にお邪魔したら、早速お野菜を料理するところ。何でも食べるけれども野菜が大好きというだという比嘉さん。

比嘉さん「たくさんあるから食べてって。持ってくるから」

野菜は、近所の人たちがいつも持ってきてくるんだとか。新鮮な野菜は生でも美味しいんです。


そんな比嘉さんの命薬は、やっぱり野菜たっぷりの食事!

大根の梅干付け、セロリは浅漬けに。にが菜と白菜は豆腐和えにしてやさしい味。天ぷら、野菜チャンプルは食欲をそそります。


実は比嘉さん、琉球古舞の先生もしていて、きょうはこれから近くの市民センターで近所のお友だちに踊りを教えに行きます。和気あいあいと楽しい踊りですが、やっぱりプロです。記者にだってしっかり指導します。

比嘉さん「はい!こっち!はい!反対?はい!ホラ!こっち!はい!!」

楽しくて、しかもきっちりやるといい運動です。レッスンの後は、みんなでティータイム。

比嘉さん「カチャーシーっていって、かき混ぜればいいわけ。はいどうぞ~。一緒に食べよ~」

料理の食材も分けあう仲良しなグループ。会話は尽きることがありません。

さてさて、比嘉さんの命薬は?

比嘉さん「皆とわきあいあい話したり、みんなの素顔見たら楽しいさ」

野菜も踊りも大好きだけど、皆が一緒だとよりいっそう楽しいんです。

you tubeに第1回から第8回までのゆいまーる琉球の自治の集いの映像をアップしました

you tubeに第1回から第8回までのゆいまーる琉球の自治の集いの映像をアップしました。

それぞれの映像は本ブログのリンクに貼っていますので、ご自由にご覧ください。

第9回のゆいまーる琉球の自治の集いは、先日、お伝えしたように3月5日沖縄大学で開催します。

第10回の集いは5月に与那国島で開催します。そのための事前調査を3月上旬に行います。

これまでのゆいまーるの集いの映像を見直して思うことは、琉球の島々に住む多くの方にお世話になり、その人々の生きざまから自治的自覚を学ばさせて頂いたという、感謝の気持ちです。

改めて心からのお礼を申し上げたいです。

琉球の自治について、一人ひとりの民が自分のこととして、困難にあきらめるのではなく、勇気をもって、信念をもった立ち向かう必要があるとの決意を改めて感じました。

自治的自覚をもった人が一人でも多く琉球の島々で生まれ、育ち、社会で活躍するようになれば、現在の閉そく状況、植民地状況を打開する道が開けると信じています。



グアム、パラオの人、社会、自然に触れる

2月14日から22日まで龍谷大学ボランティアNPOセンターの海外研修で、学生9人とグアム、パラオに行ってきます。

グアム、パラオの人、社会、自然に触れ、学生とともに島の過去、今、将来を考えてきたいです。



スケジュール予定表は次の通りです。


2月14日
午後15時25分グアム国際空港着、ホテルロード周辺散歩
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>15日 午前:グアム大学訪問、学生との交流
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午後1時30分グアム商工会議所幹部へのインタビュー、チャモロビレッジ、文化施設等の見学
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>16日 午前9時~11時 Saint Dominic’sSenior Care Home(老人ホーム)にでボランティア
>
>午後1時30分~2時30分 日本総領事館総領事へのインタビュー
>
>3時から5時までIpao Bearch Parkにでビーチクリーンアップ・ボランティア
>>
>
>17日 午前9時30分the Humanities and Social
Sciences building in room 109.:グアム大学、環境保護・人権擁護団体(We areGuahan)メンバーのLisa Natividadさん(グアム大学教授)、Hope Critobalさん(元グアム議会議員)へのインタビュー

午後:グアムの開発予定地、軍事基地等の視察
>
>
>午後7時55分にパラオに出発

>
>18日 午前11時日本大使館貞岡特命全権大使へのインタビュー
>
>辻大使館専門調査員と昼食
>
>午後1時30分JICAパラオ支所ボランティア調整員・武市直己さんによる説明と質疑応答。
>
>3時:UNDPパラオ事務所所長のSharon Sakumaさんへのインタビュー。
>
>5時:パラオ国務省職員のダニー・ヒガさんへのインタビュー
>
>
>19日午前:日本人学校補習校生徒との文化交流(コーディネーター:大使館辻調査員)
>
>
>午後:国際サンゴ礁センター、コロール州リサイクルセンター・ゴミ処分場訪問、パラオ博物館、首都政府庁舎訪問
>
>
>20日 終日エコツアー:ジェリフィッシュレイク・ロックアイランド
>>
>21日 9時30分クニオナカムラ元大統領へのインタビュー
>
>11時または13時から老人センターでの老人の方との交流(コーディネーター:京都大学院生今野さん)
>>
>午後3時パラオ短期大学学生との交流(コーディネーター:日本語教師川村先生)

琉球と東アジア文化圏をつなぐもの―「自治」と民際学-

3月5日、沖縄大学にて以下の内容のシンポジウムを開催する予定です。ご参加、ご希望の方は私にご連絡ください。




シンポジウム「琉球と東アジア文化圏をつなぐもの―「自治」と民際学-」
龍谷大学経済学部教授
                       松島泰勝

【趣旨案】

琉球が日本に「復帰」して2011年で39年となる。その間、琉球は自立に向かって進んだのだろうか。自治は確立されたのだろうか。むしろ振興開発とリンクする形で米軍基地が押し付けられ、国に大きく依存するようになった。

普天間基地の「県外移設」という公約も破られ、日本政府は辺野古新基地を建設しようとしている。
琉球はかつてアジア諸国と交易を行った海洋国家であり、東アジア文化圏の諸地域と多くの歴史的、文化的共通性を持っている。

民と民との直接的な関係性を重んじる民際学の考えに基づいて、琉球の人々が東アジア地域の自治的自覚をもった人々とつながり、アジアとの間で「ゆいまーる」関係を築くことで、現在、琉球が直面している閉塞状況を打破できるのではないか。

 琉球が今抱えている問題を真剣に考え、将来の方向を決めることができるのは琉球人自身である。琉球は東アジア文化圏の中に存在しているのである。国民国家、国境を越えて東アジアにおける自治、民主主義について議論し、琉球のあるべき未来像を提示したい。



日時:2011年3月5日(土)午後2時~6時 
場所:沖縄大学大講義室(3号館101教室:170人)


プログラム:

14:00~:挨拶・趣旨説明[松島泰勝(龍谷大学)、緒方修(沖縄大学)]各5分

14:10~14:40:基調講演[片山善博(総務大臣)] 仮題「沖縄と自治(仮題)」

 14:45~:問題提起
松島泰勝(龍谷大学教授・島嶼経済論)

王柯(神戸大学教授・国際関係論)

佐藤優(作家、元外務省主任分析官、母親が久米島出身)

大城立裕(沖縄を代表する作家)

16:00~:唄と話[海勢頭豊(琉球の平和ミュージシャン)]
16:20~16:30:休憩

16:30~:全体討論  (質問用紙回収)
17:40~:質問回答、全体のまとめ
17:55~:閉会の挨拶[仲地博(沖縄大学副学長)]

司会:仲地博(沖縄大学副学長)

主催:龍谷大学社会科学研究所民際学研究会、NPO法人ゆいまーる琉球の自治
共催:沖縄大学地域研究所

後援:沖縄のマスコミ各社
協賛:藤原書店、沖縄ウェルカルチャースクール

琉球の聖地になぜ、ゴミを捨てるのか

2月2日、沖縄タイムスの記事を紹介します。沖縄戦で多くの沖縄人が亡くなった摩文仁になぜゴミを捨てるのでしょうか。

見えない霊的で神聖なものに対する尊敬の気持ちが薄くなっているのではないでしょうか。

ボランティアや糸満市職員さん等の清掃活動は大変、尊いものです。摩文仁の聖地は沖縄人の心の鏡です。
沖縄人、慰霊団、観光客ともに聖地を守る心がけが必要だと思います。





糸満市摩文仁の沖縄師範健児之塔南側の山林で1月30日、不法投棄ごみの撤去作業があり、県内の宗教関係者らでつくる民間ボランティアや糸満市職員ら約120人が参加した。約4時間の作業で空き瓶や空き缶など約3・5トンのごみを収集。新たな投棄場所も見つかり、参加者からは県など行政主導による撤去を訴える声も上がった。

 場所は草木が生い茂る足場の悪い急斜面を降りた所で車や重機は現場に入ることができず、作業はほぼ全て手作業。参加者らは、ごみ収集車両が待機する駐車場まで200メートル余の道に列をつくり、手渡しでごみ袋を運び出していた。

 土砂や枯れ葉などとともに一帯を埋め尽くす大量のごみに参加者らはがくぜん。「掘っても掘っても切りがない」「まだ遺骨が眠っている聖地なのに。捨てた人は平和の心も一緒に捨ててしまった」などと、ため息交じりの声が漏れた。

 同作業の発起人で40年近く遺骨収集に携わっている金光教那覇教会の林雅信さん(71)=那覇市=は「摩文仁は鎮魂と平和を象徴する場。だが一歩裏に入ると不法投棄ごみがあり、その下にも遺骨が眠る。

これで聖地と言えるのか」と憤る。市の協力を得ても民間だけでは限界があると強調し、「県が立ち上がって参加を呼び掛けてほしい。文字通り、誰が見ても聖地と言える場、見えない所まで聖地と呼べる場所にしなければならない」と訴えた。

ばがー島クリンアップ運動

1月26日の八重山毎日新聞の記事を紹介します。

地域の青年が島のごみ問題を自らの力で解決しようと、5万人のごみひろい運動を展開しました。島を思う人の心意気が伝わってきます。

以前、石垣島に行き、朝、市内を歩いていると道路を清掃している方をよく見かけました。何の報いをもとめず、島を自らの力で綺麗にしようという活動はまさに自治的自覚にもとづく自治であると思います。

2月中旬、学生とグアムとパラオに行く予定ですが、グアムではビーチクリーンのボランティアを行う予定です。
地元住民だけでなく、石垣島を訪問する70万人以上の観光客もこの運動に参加したらどうでしょうか。





ばがー島クリンアップ運動
 八重山青年会議所(JC、黒島栄作理事長)が、創立50周年記念事業として、5万人のごみひろい運動を1年間を通して展開する。題して「ばがー島クリンアップ運動」だ。延べ人数とはいえ八重山の全人口の5万4000人を達成するのはかなり厳しいが、郡民一人ひとりの参加協力で、八重山JCが企画したこの小さな島の大きな挑戦をぜひ成功させたい。そして日本最南端のわたしたちの町をごみのない美しい町にし、全国にもアピールしたい。

 ごみで汚れている町というのは、ごみをひろう人より捨てる人が圧倒的に多いからで、これを「捨てない心・ひろう心」を広めることで逆転し、きれいな町にしようというのが「ごみひろい5万人運動」の趣旨だ。

 八重山も今はごみで汚れているところが目立つが、一方で清掃活動のボランティアの輪も大きく広がっており、毎週どこかで清掃活動が展開され、確実に町はきれいになっている。

■小さな島の大きな挑戦
 石垣市環境生活課が把握している清掃ボランティアは、たとえば09年度は94個人、165団体の延べ5600人に上る。大浜哲夫さん、尾方昭太郎さん、河上眞一さん、山崎雅毅さん、後藤一弥さんらは個人でほぼ毎日清掃活動しており、八重山電気工業は毎週、美崎大通り会、登野城婦人会、家庭倫理の会、未来の種の団体や事業所はほぼ毎月実施しているという。

 さらに昨年の下半期に本紙に掲載されたものをみても、石垣ビーチクリーンクラブ、マックスバリュ従業員、市青年団協議会、ガス協会沖縄支部、辻環境文化研究所、アンパルの自然を守る会、八重山環境ネットワーク、大米建設工事協力会、船浦野崎橋工事3業者、農友会、大浜公民館自警部などがそれぞれの地域で清掃をしている。

 この環境美化への意識の高まりは、昨年11月に平野海岸で行われた第2回海ラブフェスタの清掃活動に、家族連れや中高校生など一般市民500人余が集まったことにも現れている。

■各学校の参加が力に
 そうはいっても5万人を達成するのは極めて厳しいのは確かだ。それは毎日160人前後が参加しないと到達できないからだ。しかしだからこそこの運動の意義があるといえる。

 わたしたちの周辺には表に出ないボランティアも多い。そういう意味ではこうした人たちが積極的に名乗り出てさらに近年は前述のように市民の環境美化意識の高まりもあるし、こうした人たちがさらに積極的に運動に参加すれば延べ5万人達成は十分可能だ。というよりぜひ達成したい。そのためにも特に学校には、環境美化教育の一環として学校ぐるみ参加を望みたい。

 もしこの運動がこのように盛り上がれば、「日本最南端の島のごみひろい5万人運動」として県内や本土のマスコミも注目。案外本土あたりから「ごみひろいツアー」も出てくるかもしれない。ぜひそうした現象が出てくるように盛り上げたいものだ。

 ごみがあるところにはごみが増え、きれいな花が植えてあるところには空き缶のポイ捨てもないように、郡民一人ひとりが運動に参加することで、おそらくごみを捨てる人も減り、それぞれの家庭や職場でのごみ減量化への意識も高まるはずだ。それによって町や島がきれいになるだけでなく、3市町のごみ処理費が節減され、最終処分場の延命にも直結する。

 各字会や地域公民館、各種団体、学校、事業所、個人の参加を願いたい

奄美諸島の人口減少問題

you tubeにゆいまーる琉球の自治をアップしています。1回から8回までの集いの動画は、本ブログでもリンクにはっていく予定です。


1月22日の南海日日新聞の記事を紹介します。

奄美諸島の人口減少問題については、私の前任校の学生が卒業論文で調べ、高校生に意識調査を行い、奄美諸島へのUターン、Iターン等の可能性について提案を行っていました。

現在、名古屋大学で助教をされている、東江さんも、昨年、沖縄大学で開催した国際開発学会島嶼分科会において
奄美諸島の人口減少問題の分析と、人口増加のための政策について発表してもらいました。

南琉球の方は人口が増加する傾向にあります。しかし石垣島のように人口が増えたことでも問題が発生するのであり、人口が増えれば良いという問題でもありません。

しかし、奄美諸島の人口が11万人台になったことは衝撃です。奄美諸島がもっている価値、宝、良さを多くの人が気付き、奄美諸島に住む、訪問する、交流するという形で人がであう島になるための工夫がもっと必要だと思います。本土だけえなく、中国、韓国、台湾等、東アジアとの交流を深めるうる場所に奄美諸島はあります。

東アジアを緊張の海にするのではなく、友好、交流の海にするために奄美諸島は大きな役割を果たしうると考えます。






県企画部は21日、2010年10月1日に実施した国勢調査の県分中間速報(11日現在)を発表した。県人口は170万6428人で、5年前の前回調査よりも4万6751人(2・7%)の減少。1975年国調の172万3902人を下回り、戦後最少となった。奄美市と大島郡の合計は11万8825人となり、前回(12万6483人)より7658人(6・1%)も減少し、12万人台を割り込んだ。

 市町村が取りまとめた要計表(人口、世帯数)を基に県が集計した速報値のため、後日総務省が公表する結果とは異なる場合がある。

 県計の世帯数は前回比4285世帯(0・6%)増加し、1世帯当たりの人員は同0・08人減の2・34人だった。

 人口が増加したのは鹿児島市(1573人、0・3%)、霧島市203人、0・2%)、龍郷町(80人、1・3%)の2市1町。17市19町4村は減少した。

 人口減少率は大和村の12・1%を最高に、南大隅町10・9%、錦江町10・3%、三島村9・5%、垂水市8・8%などの順で高かった。減少人口が多かったのは奄美市の3491人が最多で、以下曽於市3108人、南九州市3102人、南さつま市2971人、薩摩川内市2812人の順。

 市町村合併で市部が増加したことにより、市部の人口が29万4422人増加し、総人口に占める市部の割合は88%に上昇した。

 奄美の人口の内訳は、奄美市4万6126人、大島郡7万2699人(前回比4167人、5・42%)。世帯数は5万1516世帯で、前回より1280世帯(2・42%)減少した。

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