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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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与那国に自衛隊がいらない理由

与那国への自衛隊誘致に反対する与那国改革会議がまとめた資料をいかに紹介します。




<資料2>
2010年10月22日 「アメとムチ」による住民分断の実態「北部振興で揺さぶり」(沖縄タイムスより)
2001年6月の名護市議会定例会で「普天間の代替基地に関連するアセスメント(環境影響評価)実施等の条件整備の意見書」を否決するための内閣府からの圧力模様が掲載されている。「恫喝」は、防衛施設庁、内閣府、国会議員、地元有力者等数々の関係者・団体を通して行われており、基地問題に関する政府の強引さは、目に見えない形で官僚や政治家による過度の自治への介入となって現れている。

防衛施設庁には「地元調整」を任務とする担当者がおり、地元議会が「基地に反対する意見書」を決議する動きがある場合は、回避するように首長や議員に対し防衛施設局の職員が動いている。という。

<資料3>
基地からの経済効果と所得、格差の推移
(内閣府経済社会研究所「国民経済計算年報」及び「県民経済計算」、沖縄21世紀ビジョンより)
沖縄県の経済構造の特徴は、政府財政依存度が高いことである。

他県等における依存度は約20%程度であるのに対し、沖縄県では、1972年復帰以降ほぼ30%以上で推移している。沖縄県の軍関係受取(軍雇用者所得や軍用地料等)の割合は、復帰後は減少するも、1987年度から概ね5%で推移しており、2007年度では5.3%となっている。

一人当たりの県民所得の格差をみた場合
1972年には全国平均の57.8%、1975年には74.5%に縮小する。1980年は68.8%、1990年67.4%、2000年71.9%の70%台に回復するも、2006年から69.6%、2007年69.2%で格差は拡大傾向にある。

沖縄振興政策で特別な施策がとられ、政府への財政依存度が30%台で推移しているにも関わらず、沖縄は全国最下位の所得(2,049千円/2007年)であり、1975年以降県民の所得格差は縮小されてない。結論からいえば、米軍基地や自衛隊基地があるにも関わらず、県民所得と格差の縮小にほとんど影響は与えていないものといえる。

軍事基地について沖縄県は21世紀ビジョンの中で、「基地の存在は、さらなる経済発展の可能性を凍結している。」と断言している。

米軍基地を土地の有効利用の観点から見てみると、基地の面積は、県全土の約10.2 %(沖縄本島でみると約18.4 %)を占めているにもかかわらず、経済貢献は先にみたとおり6.3 %程度である。としている。

また、土地の生産性(農業だけでなく全産業の生産額(付加価値額)を土地面積で除して求める。)をみてみると、平均的な土地(基地を除く)の生産性は2006年度で、1 k ㎡当たり16億円程度であるが、同様に、軍関係受取を基地面積で除して求めると、9億円程度となる。このように、基地は経済活動を主として行っていないので、本県の経済的な生産能力を抑制しており、土地利用に歪みをもたらすなど経済的に不効率な土地利用となっている。

復帰から38年を経た現状においては、基地は県経済の潜在成長力を押し下げている可能性もある。と分析している

さらに、返還跡地の状況をみると、那覇新都心地区、小禄金城地区などこれまでの中南部圏における返還跡地利用は、市街地形成や経済活動に大きなプラスの経済効果をもたらしているとの調査結果も発表されており、県経済を牽引する活発な経済活動が展開されている。として、基地の撤去は県経済の発展に有効に寄与するとしている。

<資料4>
自衛隊基地のある対馬の人口は?(対馬市地域活性化プロジェクトより)
人口は2004年の合併時40,396人、39,983人、38,951人、2007年には37,967人と減少している。自衛隊の基地があることで人口の増加には寄与していない。


※資料は、沖縄タイムス、八重山毎日新聞、琉球新報(五十音順)など、公開されている電子データから引用しました。
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住民不在の「自衛隊誘致」決議の撤回と誘致活動の中止を求める署名の趣意書


住民不在の「自衛隊誘致」決議の撤回と誘致活動の中止を求める署名の趣意書をお伝えします。
議長の崎原さんともお会いしましたが、体を張って自衛隊基地建設に反対しています。




沖縄県八重山郡与那国町字与那国4688番地
                              与 那 国 改 革 会 議 議長 崎原 正吉




与那国島への自衛隊配備に対しては、賛否両論を含め、町民にはさまざまな意見が存在します。にもかかわらず、多様な町民の意見、また、意見表明の機会は全くないがしろにされ、住民不在のまま、当時の町議会議員だけの判断による「自衛隊誘致決議」が行われました。

2008年与那国町議会九月定例議会
決議第4号 自衛隊誘致に関する要請決議(2008年9月19日/原案可決)

私たちは、住民不在の、この「自衛隊誘致」決議の撤回と誘致活動の中止を求め、ここに署名運動を行います。
つきましては、本署名運動の趣旨、特に、私たちが希求すべき国境の島の平和、自立、住民自治の理念について深いご理解を賜り、ご支援と連携をくださいますよう心よりお願い申し上げます。

私たちの見解と主張

・ 私たちは、島おこしの基本は、「心豊かに、安全・安心に暮らせる島を守ること」、「住民が主体となり、島の自立的な発展を目指すこと」、「住民自治を基本に、先人から受け継いできた島の宝、与那国の資産を次世代に継承すること」にあると考えます。

・ このような考え方に照らせば、「自衛隊の配備」を、あたかも島の発展の切り札のごとく位置づけ、その正当性や必要性を主張する誘致論は邪道であり、むしろ「島の自立的発展」に逆行するものと言えます。

・ 自衛隊を企業誘致になぞらえる向きもあります。が、そのような外部依存、他力本願の「振興」の行き着く先に、果たして私たちが望む「島の将来像」があるでしょうか?

・ 同じく「国境の島」で、既に自衛隊が配備されている対馬の人口が今も減り続けているという実態に鑑みても、自衛隊配備が人口減少を食い止め、島を活性化する切り札であるとする誘致論が不毛であることは明らかです。

第10回ゆいまーる琉球の自治の集いin与那国島へのご招待

今年5月13日から15日まで、与那国島において第10回ゆいまーる琉球の自治の集いを開催します。


スケジュールは以下のとおりです。

13日午後は島内見学、ご老人への島の歴史、文化についてのインタビューなどを行い、夕方から交流会。

14日は朝から夕方まで、島の自治、自立について車座の座談会。よる交流会。

15日午前、全体のまとめ、NPO法人の総会を行います。

ご参加されたい方は、松島までご連絡ください。


matusima345@gmail.com


与那国島の過去、今、これからについて真剣に話し合いましょう。


与那国島の離島苦と自治・自立への挑戦

与那国島在住の方から頂いた、与那国島の離島苦・現状と自治・自立への挑戦についての文章を、ご本人の了解を得てご紹介します。





与那国島の現状について
■ 島の概況
 
・ 北緯24度・東経122度-与那国島は日本最西端に位置する国境の離島。

・ 石垣島までは127㎞、台湾までは111㎞。

・ 戦前、与那国では、海を挟んで隣り合う台湾と自由な往来を行っていた。一体的な生活圏の中、生活物資等の交易だけでなく、台湾での就学・就業も行われ、常に5.000名規模の人口が保たれていた。

・ 戦後、台湾との間に「国境線」が敷かれた後も「復興貿易」を中心とする交流が行われ、人口は飛躍的に増加。昭和22年には人口12,000をもって村から町へ昇格。島が最も繁栄した時期。

・ その後、密貿易の取締り強化などが契機となり、昭和25年以降は年最大500名規模の人口流出が始ま
り、沖縄復帰時の人口は2,600名に減少。

・ 平成21年3月31日時点:人口1556名。住民は最盛期の約8分の1にまで減少。

・ ‘繁栄する国境の町’から‘衰退する辺境の地’へ。-これが島の現実。

■‘国境の島’なるがゆえの問題

・ 高校がないこと等による若年層の流出。毎年3月、中学の卒業式のたびに人口が減っていく。

・ 過疎化と高齢化,また、輸送コストに伴う物価高,医療・福祉・流通など、さまざまな「離島苦」に島民は直面。


・ <空> 与那国島上空には、台湾の「防空識別圏」が設定。度重なる解決要請にもかかわらず今も解決には至っていない。

・ <海> かつて自由に往来をしていた台湾まで旅客船を航行させようとする場合、与那国-台湾間の60海里は「SOLAS条約」(海上人命安全条約)による国際航海関連規定が適用され、また、外国船舶の入出港を制限する不開港であること等により、多くの島民が望む台湾との自由往来や新たな交流・交易の足かせとなっている。

■ 島が求めるもの
・ 『与那国・自立へのビジョン』の3つの柱:
① 住民主体の自治・島おこし・まちづくり

② 国境交流を通じた地域活性化と人づくり
③ 定住条件の向上と国土保全への政策支援の強化
(詳細について)  http://www.town.yonaguni.okinawa.jp/project/ziritsu.htm

■ ご理解願いたいこと
・ 若年層の流出と人口減少は今なおとどまらない。近い将来、人口が1,000名を切る懸念も。
・ 国境の島「与那国」の地域社会の存続と活性化は、沖縄はもとより、国土の保全,海域の保全,国境を超えるアジアとの共生,外交,観光立国等、日本の国益にとって重大な課題。

・ 離島の不利性とともに国境の島ならではの発展可能性に着目し、地域の切実な課題やニーズに対応することが政策の王道。住民を二分する「自衛隊の配置」は何の解決策にもならない。



与那国島の現状について

・陸上自衛隊は、2002年頃から防災訓練を大義名分に度々島へ上陸し、町主催の「与那国一周マラソン大会」や「カジキ釣り大会」などの各イベントに積極的に参加してきた経緯があります。
・そのような中、2007年に現在の会長金城信浩氏を中心に「与那国防衛協会」が設立。

・同協会は、2008年6月「自衛隊誘致に関する趣意書」をもって、誘致へ向けた署名活動を展開させる。
・同年9月5日、同協会は町民514人分の署名(8月末現在の人口は1647人で署名者はその31,2%に当たる。)をもって、与那国町長と与那国町議会議長へ自衛隊誘致の陳情を行っている。

・与那国町議会は、同月19日の九月定例議会において、議員提案による「自衛隊誘致に関する要請決議案」を、賛成4人,反対1人の賛成多数で原案可決する。(議員定数6名)

・その際、与那国町長は「反対派がいるとやりにくい」と述べ、町議会が議決した場合でも、全会一致でなければ町としての誘致活動は行わない意向を示していた。

・が、町長は突如方針を変え2009年8月2日の町長選挙目前の6月30日、三者連名(与那国町長、与那国議会議長、与那国防衛協会長)で、浜田靖一前防衛大臣へ「与那国島への陸上自衛隊部隊配置」について要請する。

・地元からの要請を踏まえ防衛省は、翌7月には浜田防衛大臣が与那国を視察訪問、2010年3月26日には北澤俊美防衛大臣が来島するなど、二度にわたる異例な大臣の来島は、多くのマスコミで取り上げられ、全国の皆様には与那国の全町民が島への自衛隊基地誘致を公認しているかの風潮が広がり、大変憂慮しております。

・そのような中、昨年9月の町議会議員選挙でこれまでのオール与党体制から野党の2議席奪還を機に、与那国改革会議は手作りの横断幕を街角に掲げ、同年11月から住民不在の「自衛隊誘致」決議の撤回と誘致活動の中止を求める署名活動を精力的に展開させてきましたが、昨年11月の沖縄県知事選で沖縄普天間基地の県外又は国外への移転と先島への自衛隊配備反対を掲げた伊波洋一候補のまさかの落選、尖閣沖での中国漁船と海上保安庁巡視船との衝突事故、更に北朝鮮軍の韓国ヨンミョン島への砲撃など想定外の向かい風となり、町民への丁寧な説明が必要なことから、もう暫く期間を延長し町民の半数以上の署名を獲得すべく、引き続き同志の連隊を図りつつ鋭意取り組んでいる現状にある。

時系列で示した与那国の自衛隊問題

与那国在住の方から、時系列で示した自衛隊問題の推移についての資料を頂きましたので、ご本人の了解をとって
公開します。





自衛隊誘致に係る動向(時系列)

H19年・・・・・・・・「与那国防衛協会」を設立

H19年6月16日・・・「自衛隊誘致に関する趣意書」作成署名活動開始

H20年9月5日・・・ 町長及び議長宛「自衛隊誘致に関する陳情」を行う

H20年9月19日・・・決議第4号 自衛隊誘致に関する要請決議(案)について
           提出者/糸数議員、賛成者/我那覇議員・嵩西議員・前西原議員
           反対者/小嶺議員。賛成多数で原案可決する。
要請書は議会での決議内容を全部改ざんした内容で要請されている。
H21年6月30日・・・浜田靖一防衛大臣へ要請行動(町長、議長、防衛協会長)
           「与那国島への陸上自衛隊部隊配置に関する要望書」/要請する。
            (与那国町長、与那国議会議長、与那国防衛協会長の三者連名)
           また、同日付けで以下の関係者宛(3人)へも要請している。
①陸上幕僚長 火箱芳文、
              ②陸上自衛隊西部方面総督 用田和仁
              ③陸上自衛隊第1混成団長 竹内清一
→何故議会での議決から9箇月後の要請なのか?(町長選挙2か箇月前)
H21年7月8日・・・・浜田防衛大臣は与那国視察訪問を行う。

H21年9月2日・・・・与那国町長選挙
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-147931-storytopic-3.html
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mmr/glocal/2010/752/df-okinawa.html
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-147940-storytopic-11.html

H22年1月○日・・・・北澤俊美防衛大臣へ接見する。

H22年3月26日・・・北澤防衛大臣は与那国視察訪問を行う。
           その際町長は「与那国への陸上自衛隊部隊配備と防空識別圏の
見直しを文書で要請」/要請する。

H22年8月26日・・・衆議院安全保障委員会 委員長奥田健一行は現地調査目的で来島。
           「与那国島への陸上自衛隊部隊配置に関する要望書」/要請する。

H22年9月12日・・・ 与那国町議会議員選挙(定数6名/与党4人、野党2人)
H22年11月11日・・・参議院外交防衛委員会佐藤公治委員長一行現地調査目的で来島。
            与那国町長は一行へ自衛隊誘致要請しなかった。何故か??

与那国町議会での議論

3月25日、八重山毎日新聞の記事を紹介します。

今の与那国町議会での議論です。
今の与那国島が抱えている問題が議論されています。





3月定例与那国町議会(前西原武三議長)は24日から2日間の日程で一般質問に入った。初日は、田里千代基、崎元俊男の2氏が質問した。

両氏がただした「体験滞在型交流促進事業」の補助金返還に伴う経過措置について譜久嶺弘幸総務財政課長は、去る2月7日に役場内で「町職員懲戒処分審査委員会(分限委員会)」を立ち上げ、これまでに4回の委員会を開き、同事業にかかわった現職職員を調査していることを明らかにした。

また、東日本大震災被災地支援のため保健師1人の派遣を検討している。

 分限委員会は町職員6人で組織され、同事業に関係した全職員から話を聞き、調査を進めている、という。年度明けの早い段階で調査を終え、職員の処分を決定することにしている。退職職員に対しても町長が町監査員に監査請求し、調査する方針。

 事業実施に伴いこれまでに金融機関などで支払いが確認されている金額は消耗品で384万円、備品で348万円。工事で514万円。関係者に対する賠償請求額は、約2880万円(加算金含み)の返還額に町負担額を加え、最大で3100万円余になる。

 自衛隊誘致について崎元氏が「与那国の将来を左右する大問題」として住民投票の実施を求めたのに対し外間町長は「実施すると島を二分することになりかねない」と、住民投票の実施を否定した。

 同氏は与那国防衛協会が08年9月議会に提出した自衛隊誘致を求める500人余の署名の信ぴょう性を指摘し「閲覧させてほしい」と求めたのに対し外間守吉町長は「人数を確認し、その日のうちに袋に入れ封印した。プライバシーの問題もあるが、防衛協会の同意があれば見てもらっても問題ないと思う」と答弁した。

 住民への説明会開催について町長は「4月に島しょ防衛に関する調査費が執行される。この調査費が執行される段階で町としてのメニューも示し、町民に説明できると思う。夏ごろまでには開けると思う」とした。

琉球と東アジア文化圏を結ぶ4

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つぎに海勢頭さん、娘さんたちによる歌と話しがありました。心が清らかになる歌でした。


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ウェルネスカルチャースクールの島袋社長のご招待で、懇親会を開きました。三田さん、仲地先生、海勢頭さん、朴さんがいます。

三田さんは河上肇が見た琉球をこの目で確かめてみたいとおっしゃって、お忙しいなか琉球に来て下さいました。

朴さんは、『環』でエッセーを連載されているそうですが、琉球についてのエッセーも楽しみです。

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仲地先生から、琉球新報に掲載された私の「自治と民際学」という文章に、これまでの私の学問の方法が濃縮されていると思ったというお話を伺いました。

仲地先生には、私が大学院生のころから、公私にわたり、励まされ、教えられてきました。

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大城先生と藤原社長です。

大城先生の『小説琉球処分』を読みましたが、琉球併合時の琉球人がどのように日本と闘ったのかが分かる本でした。現在まで続く「琉球処分」ですが、今に生きる琉球人が琉球をどうするのかと、あの時の琉球人から叱咤激励されているような気がします。


お忙しい中、琉球でのシンポに参加して下さった方々、シンポの準備・運営・会場提供をして下さった沖縄大学、
資金援助をしてくれた龍谷大学社会科学研究所そして関係者の方々、そして大臣、各パネラーを紹介し、出席をお願いしてもらいました藤原社長に心よりお礼申し上げます。

琉球と東アジアとの関係を、自治、民際学の観点から考えるシンポになったと思います。
後日、琉球新報に掲載された新聞を読むというコラムでも、本シンポの内容が紹介されていました。

今後も、琉球の島々において自治を民際学的に考え、議論し、自治を実現するための集いを開催していきたいと思います。

琉球と東アジア文化圏をむすぶ3

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最初に本シンポジウムの趣旨、そして問題提起として自治と民際学、民族差別としての基地問題、琉球独立について、私が話をしました。


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私が話した後、沖縄県警の人が演台の後ろにあったガード用のタテを急いで取り除きました。大臣が話す前後、県警の人が大学、教室内に張り付いていました。このようなことは、4年前に沖縄担当大臣が話して以来でした。その時は沖縄県の副知事がきていましたが、今回は来てませんでした。総務大臣だからでしょうか。沖縄県が沖縄担当部局の直轄下にあることを示しています。


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次に作家の大城さんが話されました。琉球政府時代のご自身のご経験から、琉球独立の可能性について話されました。以前、対談したことがありますが、非常に感性がするどく、今の日本と琉球との関係に深い憤りを感じていました。


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中国の民族問題を研究されている王さんです。ご自身のご体験を踏まえて、民族とは何か、民際学的な民族間交流はできるのかについてご報告されました。人間的にも親しみのもてる方です。


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佐藤さんです。佐藤さんは今回のシンポの謝礼、旅費を受け取りませんでした。それだけ、使命感を持って琉球について語っていると思いました。ロシアでのご経験を踏まえて、興味深い観点から琉球の民族問題、言語等についてご提言下さいました。

琉球と東アジア文化圏を結ぶ2

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3月5日、沖縄大学の大教室でシンポが開かれました。会場提供、準備等、沖縄大学地域研究所には大変、お世話になりました。本当に地域に開かれた、地域とともに生きる大学であると思います。

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会場は事前申込制で、多くの方が申し込んだそうですが、会場に入りきれない方もおられたようです。大変、失礼しました。会場は始まる前から熱気がいっぱいでした。

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マスコミ関係者も多く、タイムス、新報の記者もきており、翌日大きく報道して下さいました。また私の両親、友達、知人もたくさん来ていました。

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高里さんです。片山大臣になって、総務省から「社会に光を与える交付金」が高里さんの女性の人権を守る団体が交付されたこともあり、大臣のご紹介をしていただきました。米軍基地問題についてもしっかり話されました。

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片山大臣が、鳥取県時代の経験をまじえながら、「沖縄と自治」という題で話をされました。琉球政府が自治のモデルになり、現在の沖縄県は全国的にみても自治的制度に積極的であるとのお話でした。

先島諸島への自衛隊配備問題

沖縄タイムスの2010年7月20日、12月18日の記事です。

最近、大震災における自衛隊の働きがメディアで称賛され、防衛大学卒業式で菅首相は「自衛隊を誇りに思う」と述べました。

しかし、先島諸島において増強される予定の自衛隊は、戦争を目的にした配備が計画されています。与那国島をはじめとする八重山諸島における、これまでの自治や自立の取り組み、島の民主主義などに対して大きな影響を与えるだけでなく、島が戦場になりうるという危機的状況をもたらすものでもあります。多面的な冷静な議論が必要です。

米軍だけでなく自衛隊も本当に琉球にとって抑止力になるのかを考えなければなりません。

沖縄の基地負担の軽減ではなく、拡大になっています。



7月20日 

防衛省が宮古島や石垣島に陸上自衛隊の国境警備部隊、与那国島には陸自の沿岸監視部隊をそれぞれ段階的に配備していく計画を検討していることが明らかになったことに対し、3島の関係者の間に波紋が広がった。関係者からは「近隣の中国や台湾に緊張関係を生み、逆に紛争を引き起こす要因となる」と配備計画に強く反対する声が上がる一方で、「先島の国防体制の構築に向けて必要」と容認する声もあった。

先島圏域への自衛隊配備や下地島空港の軍事利用反対を訴える、みやこ九条の会の星野勉代表世話人は「部隊配備は近隣諸国との緊張関係をもたらし、住民の生活を不安におとしめる。紛争を引き起こすきっかけになっても、平和を構築することには絶対にならない」と強く批判した。

 一方、これまで陸自の宮古島への配備を主張してきた宮古島商工会議所の中尾英筰会頭は、個人的見解と前置きした上で「自衛隊による急患輸送ヘリでの人命救助や不発弾処理の迅速化に加え、北朝鮮や中国の動向もある。先島での国防体制構築に向け配備は必要ではないか」と述べた。

 下地敏彦宮古島市長は「非公式でもこちらに話はないのでコメントできない」とした。

 「平和憲法を守る八重山連絡協議会」の仲山忠亨会長は「歴史的に中国が日本を攻めてきたことはないが、日本はたびたび侵略した。本来ならそれをわびて、友好関係を保持していくのが政府としての外交のあり方ではないか。石垣市民は平和な『日本最南端の自然文化都市』を目指して都市づくりに励んでいるのに、自衛隊が配備されれば逆方向へ向かってしまう」と懸念を示した。

 石垣市の中山義隆市長は「先島防衛については、国の専権事項としてしっかりやってほしいが、現時点では賛成でも反対でもない。正式な要請があった時点で考えたい」と述べた。

 与那国花蓮県交流発展協会の田里千代基専務理事は、与那国島への陸自配備で中国や台湾の緊張感が高まることに懸念を示し「海の安全を監視するのであれば、海上保安庁の基地を持ってくればよい。民間交流ができれば『脅威』は発生しない。民間の交流における安全保障体制づくりを進めたい」と話した。




12月18日
政府は17日、今後10年間の防衛力整備の指針となる新たな「防衛計画の大綱」と2011~15年度の配備計画をまとめた「中期防衛力整備計画(中期防)」を閣議決定した。南西諸島の離島に陸上自衛隊の沿岸監視部隊を配置することを明記。さらに別の2離島を念頭に実戦部隊を新設する方針も盛り込んだ。部隊の迅速な展開のためのヘリコプター搭載護衛艦(DDH)の整備も進める。

 部隊配備の場所は明示していないが、沿岸監視部隊は与那国島、実戦部隊の2島は宮古、石垣両島を想定しているとみられる。一定の規模を持たせるという。

 新大綱は中国の軍事動向を初めて「地域・国際社会の懸念事項」と指摘し、テロや北朝鮮ミサイルを含めた多様な事態に機動対処する「動的防衛力」への転換を明記。南西の島嶼(とうしょ)部侵攻に備えた対処能力強化を打ち出した。

 航空自衛隊の那覇基地では現在の1個飛行隊から2個飛行隊に増やし、1個航空団を新設する。陸自は地対艦誘導弾ミサイル(SSM)18基を導入し、南西諸島に重点的に振り向ける。中期防には記していないが陸自は南西諸島で最大2千人の増員を想定している。

 民主党政権下では初の新大綱では、武器輸出三原則見直しに含みを残す表現を盛り込んだ。三原則見直しには批判が根強いため、三原則の基本理念を堅持する方針をアピールすることで理解を求める。

 中期防は前回(05~09年度)比で7500億円減の23兆4900億円。海自イージス艦の機能強化、空自の対空誘導弾パトリオット(PAC3)の全国配備も推進する。

 新大綱は着上陸侵攻の想定に基づき、戦車や人員を重視した従来の「基盤的防衛力構想」ではなく、平素からの警戒監視を含め装備の活動量を増大させる「動的防衛力を構築する」と強調した。国連平和維持活動(PKO)参加5原則見直しを検討する考えも示した。

 陸海空各自衛隊の装備や規模を示す別表は、陸自定員について15万4千人と明記。戦車は600両から400両、火砲も約600門から400門に削減する。



12月18日

政府は今後10年間の防衛力整備の指針となる新たな「防衛計画の大綱」を閣議決定した。大国化する中国、北朝鮮を念頭に「動的防衛力」という新しい概念を掲げ、国境を接する南西諸島の防衛強化を打ち出したのが特徴である。

 動的防衛力とは何か。テロや離島侵攻を想定し機動力や即応性を重視して部隊を運用する考え方である。1976年の初の大綱以来、過去3回までは、脅威に必要最小限の自衛力を均衡して保有する「基盤的防衛力構想」を踏襲していた。専守防衛から戦う自衛隊への政策の転換である。

 大綱では、またも沖縄に負担が押し付けられそうである。防衛省は北海道から南西諸島方面に最大2000人を移し、最西端の与那国島には約100人の陸自「沿岸監視部隊」を配備する計画である。

 いったい何のために。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件が念頭にあるのなら、海上保安庁の警備を強化すればいいのではないか。軍事的な緊張感を煽(あお)るだけではないのか。なし崩し的転換は危うい。陸自第一混成団はすでに第15旅団に格上げされている。海自は潜水艦を16隻から22隻に、空自は那覇基地の戦闘機を約20機から約30機に増強する。

 沖縄本島の面積の約20%は米軍基地が占めているというのに、今度は離島に自衛隊部隊が配置される。沖縄中が米軍と自衛隊の軍事の島になる。政府がお題目のように唱える負担軽減はどこにいってしまったのか。

 戦後日本の「平和国家」の国是の一つともいえる「武器輸出三原則」緩和の明記は社民党の反対で見送られたが、将来的に輸出解禁に道を開く表現を潜り込ませている。

 軍事組織は、軍産複合体と絡み合いながら自らの生き残りを図る属性を持つ。

 脅威をつくり出し、煽り、自らの存在意義を高めるというのが常套(じょうとう)手段である。

 自国の安全を高めるためといって軍備増強を図る。同じように相手も軍備増強で応じる。互いの不信感の中で、終わりのない軍拡競争の連鎖に巻き込まれる。安全のためだったはずが、逆に軍事的緊張感を高める結果となる。安全保障のジレンマである。

 ほんの1年ちょっと前まで「この地域の安全保障上のリスクを減らし、経済的なダイナミズムを共有しあう」(鳩山由紀夫前首相の国連総会演説)といっていた民主党の東アジア共同体構想とも矛盾するのではないか。

 中国にもくぎを刺しておきたい。「ポスト胡錦濤」の最高指導者に内定している習近平国家副主席は「中国は決して覇権を求めない」と表明している。

 だが、領土や海洋権益の拡大を狙っていると疑わせる動きが活発で、近隣諸国の「中国脅威論」を生んでいるのも事実である。空母建造を進めているとも報道されており、この地域の不安定を高める大きな要因になっていることを忘れないでもらいたい。

 大綱は、中国や北朝鮮をこの地域の不安定要因として挙げているが、日本が周辺諸国の緊張を高める国として警戒されることを懸念する。

与那国への自衛隊配備に対する日本政府の姿勢の変化

2009年に日本政府は与那国への自衛隊配備に慎重であったのが、2010年には積極的に自衛隊配備を進めるようになりました。

琉球在の陸上自衛隊も混成団から旅団に格上げされました。

3月27日の記事で「与那国町革新共闘会議」とありますが、「与那国改革会議」に名前が代わり、崎原長吉議長とありますが、正確には新崎長吉議長です。崎原さんは、私の父親が与那国の航空測候所で働いていたとき、一緒に協力された方でした。

沖縄タイムスの記事をご紹介します。



2009年9月25日

北沢俊美防衛相は24日、沖縄タイムスなど報道各社のインタビューに応じ、陸上自衛隊の与那国島への部隊配備の必要性について「いたずらに隣国を刺激する施策はいかがなものか。今、緊急にそういうことをする情勢にはない」と述べ、否定的な見解を明らかにした。

本年度補正予算で米軍嘉手納基地周辺の住宅防音工事を含む「基地対策費」を執行停止とすることには「(周辺住民は)予算の制約の中で我慢している実情がある」とし、対象から外す意向を示唆した。

 与那国島への部隊配備については、浜田靖一前防衛相が「南西諸島の防衛の在り方も重要な一環として検討している」として前向きな姿勢を表明。島内外で賛否両論が出ていた。


 北沢防衛相は25日から就任後初めて沖縄を訪問する。仲井真弘多知事と面談し、普天間飛行場移設を含む在日米軍再編問題の見直しなどについて話し合うほか、島袋吉和名護市長ら北部市町村長とも会い、意見交換する。27日に帰京する。

 普天間飛行場やキャンプ・シュワブ沿岸部の代替施設建設予定地、2004年に米軍ヘリが墜落した沖縄国際大学も視察。嘉手納基地周辺の3市町でつくる三連協の首長とも面談する。

 普天間飛行場の移設問題に関しては「日米両政府で合意した重い事実がある一方で民主党が国民の支持を得て新政権ができた」と指摘。

「(日米合意案と)県外・国外移設との間でどういう落とし所を見つければいいか。まずは沖縄に行きたい」と述べ、県民の意向を重視する姿勢を強調。普天間関連予算の執行停止については「防衛省の一大臣がすべて決められない。閣内で十分協議したい」と述べるにとどめた。

 日米地位協定改定に関しては「簡単ではないが、国民感情による話でもあり、内閣できちんとやらないといけない」として、身柄引き渡しをめぐる刑事裁判権の条項も協議すれば米国の理解を得られるとの考えを表明した。




2010年3月24日の記事
  
沖縄の陸上自衛隊第1混成団(那覇市)が26日付で第15旅団に昇格する。普通科連隊を中核に通信隊や化学防護隊を新設し、偵察警戒車や高機動車も導入。旧ソ連の侵攻を想定した北方重視から、中国の軍備増強などをにらんだ南西重視への防衛態勢シフトの一環だ。

 陸自は沖縄が米軍統治下から本土復帰した1972年に駐屯を開始。米軍から引き継ぐ形で離島の緊急患者空輸や不発弾処理を担ってきた。旅団化の準備責任者は「(担当区域は)本州のほぼ半分に相当し、広域に約160の島々が散在する。新たな脅威や事態に対応するには海上、航空自衛隊と密接に連携しつつ独立に行動しうる旅団への改編が不可欠だ」としている。

 沖縄平和運動センターの山城博治事務局長は「旅団化に絡める形で与那国島への自衛隊配備なども検討されているが、あらゆる軍事機能強化は認められない」と話している。




3月27日の記事

北沢俊美防衛大臣は26日、就任後初めて与那国町を訪れ、同町への自衛隊誘致を要請している外間守吉町長と面談した。北沢防衛相は、8月ごろにまとまる中期防(中期防衛力整備計画)の策定作業の中で、与那国を含めた先島地区という形で配備を検討していく姿勢を示した。

 外間町長は面会の中で自衛隊誘致と、現在与那国島上空を通っている日本と台湾の防空識別圏の見直しを要請。「与那国島の振興活性化につながり、インフラ整備が図られることを期待している」と伝えた。

 北沢防衛相は面会後、島内を視察し「(与那国は)一番西の外れにあり、防衛にとって極めて重要な位置にあるということは分かった」と感想を述べた。

 一方、防衛相の初来島に合わせ、自衛隊誘致に反対する「与那国町革新共闘会議」(新崎長吉議長)メンバーら20人以上が、誘致に関する町長の説明や住民意見の反映などを求め、空港周辺で抗議行動をした。




2010年7月20日の記事

 沖縄県の先島諸島周辺での中国海軍の活発な活動などを踏まえ、防衛省が宮古島や石垣島に陸上自衛隊の国境警備部隊(数百人)を、与那国島に陸自の沿岸監視部隊(約100人)を、5~8年後をめどに段階的に配備する方向で検討していることが19日、複数の同省幹部の話で分かった。

 沖縄本島以西は自衛隊がほとんど配備されていないため、国境に近い先島諸島の防衛と周辺海域の監視強化が狙いだが、近接する尖閣諸島(石垣市)の領有権を主張する中国や台湾が反発を強めるのは必至だ。

 北沢俊美防衛相は、先島諸島への陸自配備に向けて2011年度予算案に調査費を計上する考えを既に表明。同省は11年度からの新たな防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画で島しょ防衛強化を打ち出し、「災害対処」や
「警戒監視」などの名目で配備の必要性を書き込む方針。今後、具体的な記述を調整する。

 同省幹部によると、宮古島や石垣島に配備を検討しているのは、長崎県対馬市の陸自対馬警備隊(約300人)のような国境警備部隊。対馬警備隊は沿岸監視や武装ゲリラ侵攻への初動対処などを主な任務としている。

 一方、日本最西端の与那国島には、北海道稚内市の陸自第301沿岸監視隊(約100人)をモデルにした部隊の配備を想定。

同隊は軽武装でレーダーや通信傍受機器などを使い、ロシア・サハリンとの間の宗谷海峡を航行する艦艇の監視にあたっており、日本海の礼文島に派遣隊がある。

 同省は、近隣諸国の反応なども念頭に、まず軽武装の沿岸監視部隊を与那国島に、その後、普通科(歩兵)を中心とする国境警備部隊を宮古島や石垣島に段階的に配備する方向で検討している。

 先島諸島の防衛をめぐっては、現行の防衛大綱の策定過程で、防衛庁(当時)が03年、中国と台湾の軍事紛争への対処方針を検討。日米の台湾支援阻止を狙う中国軍による与那国、宮古、石垣の3島への限定侵攻を想定し、陸自約7200人の3島への事前配置などを決めたとされる。

 与那国島への陸自配備は、昨年7月、浜田靖一前防衛相が検討を表明。政権交代後、当初は慎重だった北沢防衛相がその後、積極姿勢に転じた。

県は説明受けず

 県の又吉進知事公室長は「具体的に政府から説明を受けていないので評価のしようがない」と困惑した。その上で、「政府は地元の県と市町村の理解が必要で十分に説明するべきだ。住民の理解なしにはこういうことは進められないのではないか」との認識を示した。

鳩間島の自治

2月23日の八重山毎日新聞の記事です。

文化による自治、しまおこしを鳩間島の人々が自らの力で行っています。力づけられます。




鳩間島音楽祭実行委に優秀賞
 1998年以来、毎年5月3日に開催されている「鳩間島音楽祭実行委員会」の活動に対して、第1回地域再生大賞優秀賞の表彰が決まった。

 この賞は、全国の地方新聞社46社と共同通信社が地域活性化に取り組む団体の活動を支援することを目的に、本年から実施するもので、沖縄からは「琉球在来豚アグー保存会」にも特別賞が贈呈されるという。

 全国各地から推薦を受けた候補団体の活動内容は、実に多彩だ。わが国の経済社会が活力に欠け、沈滞していると言われて久しい今日、地域も疲弊しているとの嘆息が各方面から聞かれる。しかし地域再生大賞の50におよぶ候補団体の活動内容は、環境、医療、音楽、料理、郷土芸能などバラエティーに富んで生き生きとしており、決して地域が沈んでいる訳ではない、ということを改めて認識させてくれる。

 あらゆる分野で、少しでも地域を元気づけようと真剣かつ活発に取り組んでいる多くの人々の姿がうかがえて、勇気がわいてくる。

 第1回の大賞に輝いたのは、静岡県三島市で清流を取り戻す活動を行っている「グラウンドワーク三島」。準大賞は、兵庫県伊丹市で医師不足による地域医療の危機に取り組んだ「県立柏原病院の小児科を守る会」および岡山県倉敷市で古い町家の修復・再生に取り組んでいる「倉敷町家トラスト」の2団体である。

 そのほかにもユニークな地域おこしが目を引き、これらの活動内容には、私たち八重山の島々を元気にするヒントが数多くある。

■ユニークな地域おこし活動
 ところで、優秀賞に輝いた鳩間島音楽祭は、地域の人々が過疎化に歯止めがかからない深刻な島の状況を何とか活気づけようと、住民主導で取り組んでいるバイタリティーあふれるイベントとして知られている。

 同音楽祭では、八重山民謡に限らず若いアーティストによる新しい歌や踊りを織り込み、地域住民と観光客らが一体となって明るく楽しくシマの活性化に取り組む姿が多くの感動を呼ぶ。

 鳩間島は、人口50名足らずの小さな島であり、離島苦のハンディを背負って過疎化に悩みつつも、持ち前の明るさで数々の苦境を乗り切ってきた。

 「鳩間節」や「千鳥節」など八重山民謡を代表する節歌をはじめ、ユンタ、ジラマ(ジラバ)などの優れた古謡が脈々と受け継がれ、多くの優れた歌い手や舞踊家、研究者が輩出し、八重山芸能の宝庫としても知られている。

 同会の活動に対しては、(財)地域活性化センターが平成21年度に、「地域固有の風土・伝統・暮らしを守るとともに、地域に対する愛着と誇りをはぐくみ、地域の活性化を目指して活動している団体を支援する」目的で実施している第12回「ふるさとイベント大賞」奨励賞も受賞している。

■地域の個性を生かそう
 数多くの離島からなる八重山地域においては、交通通信の不便さ、産業振興の困難性などのハンディをものともせず、輝く太陽、美しい海域、暖かい気候など地域特性を前面に押し出し、生き生きと個性豊かな活動に取り組む人々によって、地域再生の芽が数多くはぐくまれつつある。

 長い時間をかけて伝承されたきた八重山古典民謡やユンタ・ジラバ・アヨウなどの古謡などの音楽文化、ピィパーズ、サフナー、サラムシルなどシマの素材を生かした独自の料理文化など、地域性に富む八重山独自の文化と、海の外からもたらされる新しい素材や情報を生かす知恵と工夫が、わが八重山地域には豊富に存在している。

 今回表彰される鳩間島音楽祭は、私たちに文化の力で地域再生へ取り組む意欲を与えてくれているのである。

奄美空港の米軍機利用

3月8日の南海日日新聞の生地です。

民間空港も米軍が利用できるようになっています。徳之島への米軍基地建設案もあり、米軍は既成事実を積み上げているようでもあります。

奄美は普天間と岩国との中継地点として米軍は位置付けています。
米軍の立場から琉球諸島は軍事的に意味づけさら、利用されています。

軍事優先の空港利用は、自衛隊との共同利用の那覇空港がずばぬけて多いことに改めて驚きました。




戦闘ヘリコプターなどの米軍機が奄美空港(奄美市笠利町)に着陸した回数が2010年で52回に上っていることが7日、国土交通省航空局の調べで分かった。

最も多いのは長崎空港の74回で、次いで福岡空港の60回だった。全国92空港のうち18空港に米軍機が着陸し、長崎と福岡、奄美の3空港で全体の65%を占めている。

日米防衛協力指針(ガイドライン)関連法や有事関連法の成立で、軍用機が民間空港を利用しやすい環境が整っており、奄美空港への着陸は在沖米海兵隊が日米共同演習や米韓合同演習ら向かう途中、給油のために利用したものと見られている。喜界、徳之島、沖永良部、与論の4空港への着陸はゼロだった。

 国交省によると、10年に米軍機が日本国内の民間空港に着陸した回数は287回で、前年より62回減少した。米軍の物資を運ぶ福岡空港で14回、米海軍佐世保基地の足として人員を輸送する長崎空港で37回、給油拠点となっている奄美空港で14回それぞれ減少した。

 奄美関係は、02年から10年までの9年間に奄美空港で580回、徳之島で9回となっている。

 奄美空港に飛来するのは、沖縄県宜野湾市の普天間飛行場から飛来するCH46輸送ヘリやコブラの通称で知られるAH1軽攻撃ヘリなど。

 普天間飛行場と米海兵隊・海上自衛隊共用の山口県岩国基地を結ぶ中継基地としての役割を担った格好だ。米軍から事前に連絡があるのが通例だが、正式な手続きがなかったり、エンジントラブルで緊急着陸した事例もある。

 一方、自衛隊機の着陸回数は92空港中、71空港で2万7842回あり、トップは自衛隊との共用空港となっている那覇空港の1万342回だった。

 奄美関係は、奄美空港が152回、喜界空港は52回、徳之島で27回、沖永良部空港が31回、与論空港は64回だった。

 着陸目的の大半が救急患者輸送で、鹿屋の海上自衛隊と那覇の陸上自衛隊から出動しているという。

龍谷大学ボランティアNPOセンターの学生が東日本大震災のための募金活動を始めます

今、私の家の周りは雪で白くなっています。東日本の大震災で被害を受けられた方々はどんなに寒いなかで生活しているのだろうかと、心が痛みます。

皆様のご家族、ご友人で被害に会われた方はおられないでしょうか。


龍谷大学ボランティアNPOセンター主催で龍谷大学の学生たちが中心になって、今日から募金活動を始めます。
今日から開催される大学・大学院の卒業式、その次は、各学部の科目説明会、入学式、近くの商店街でも募金活動を行います。

学生スタッフたちは春休みなのに、大学で募金箱、看板を作ってくれました。学生たちの自主的な声が契機になって募金活動がスタートすることになりました。

短期大学の学生さんも昨日、短大は学生間のまとまりがあるから是非皆で協力して募金活動をしたいといって、ボランティアNPOセンターに来ました。学生の暖かい気持ちに触れて、嬉しかったです。

教職員も懇親会等を中止し、義捐金を寄付させていただきました。

関西では阪神大震災がありました。このときの経験を踏まえて、ボランティアNPOセンターのスタッフ、学生、教職員、関係機関と話し合いながら、東日本大震災に対する支援活動を中長期的に行う予定です。

皆様のご協力とご理解を宜しくお願いします。

琉球と東アジア文化圏をつなぐ 1

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3月4日に沖縄ウェルネスカルチャースクールの島袋社長のご招待で、琉球食堂にて交流会を開催しました。本当の琉球の庶民的な居酒屋でした。地元のお年寄り、中高年が琉球音楽をカラオケで歌っていました。ここは私が小学3年から6年まで住んでいたアパートの近くでした。アパートの前には「くろまるそう」という琉球の醤油製造会社がありました。「復帰」後、この民族資本の会社はヤマト企業との競争の結果、なくなりました。

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ひーじゃーを食べました。大変おいしく、元気が体の底から湧きあがるのを感じました。琉球人を実感するひとときです。

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この度のシンポでは、会場提供、ポスター、チラシ作製、大臣の警備、参加者受付など、沖縄大学地域研究所には大変お世話になりました。手前の緒方さんとは事前打ち合わせ、前日、当日打ち合わせを念入りに行いました。隣の藤原書店の小枝さんにも書籍販売、シンポ内容の録音や撮影等、お世話になりました。後日、シンポのないようは藤原書店の『環』に収録される予定です。

特に地域研究所の浜川さんには前回の国際開発学会の時にも、ご支援を頂きました。浜川さんは小説家でもあり、これからの活躍が期待される琉球の若者です。

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大変おいしい琉球の家庭料理であり、ウェルカルチャースクールの社員さんには翌日の交流会でも大変、お世話になりました。朴さん、藤原社長、王さんが見えます。朴さんとは今回、色々と話し合うことができました。また息子さんも一緒に琉球に来られました。

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皆で交流し、料理を食べ、酒を飲み、琉球の唄を歌うとともに、翌日のシンポの打ち合わせを行いました。
龍谷大学の池田さんにも事前の準備、当時のお仕事等で色々と活躍されました。島袋社長からも現在に至る歩み、学校長としての信念の話を伺いました。心よりお礼申し上げます。

住民の合意なく自衛隊の配備を急ぐ日本政府

2月24日の八重山毎日新聞の記事です。

与那国島では、町長が自衛隊の誘致を行いましたが、住民に対する説明会は開かれてなく、反対運動も展開されています。つまり住民の合意なく、日本政府は自衛隊の配備を実施しようとしているのです。

東日本大震災では、国の防災対策、原子力発電管理がずさんであることが毎日、明らかになっています。住民の意思を無視して、無理に国策を地域におしつけると後々、大きな問題を残します。

日本政府は、先島で戦争をすることを前提とした部隊を置こうとしています。





「新年度の早い時期に」 与那国、石垣などに説明 
島しょ防衛強化、現実に

 新たな防衛大綱・中期防衛力整備計画(中期防)で陸上自衛隊の部隊配備が検討されている与那国町、石垣市、宮古島市に対し、沖縄防衛局は大綱・計画の説明とともに部隊配備に向けた調査の意向を伝えていたことが23日までに分かった。

職員が直接、説明した。防衛省は2011年度予算案で調査費3000万円を計上している。防衛局は八重山毎日新聞社の取材に「平成23年度の可能な限り早い時期に(調査を)着手する」と答えた。今後、八重山での自衛隊配備が現実味を帯びてくる。賛否をめぐって激しい議論が起きそうだ。

 防衛大綱や中期防は南西諸島の島しょ部での対応能力の強化を明記、「必要最小限の部隊を新たに配置する」としている。与那国島への沿岸監視部隊の配置、石垣島と宮古島には実動部隊の配備が検討されている。

 先島での調査について防衛局は「部隊配置等に向けた具体的な調査になる」とし、内容については「先島諸島の全般的な状況やインフラ整備の状況等を調査する」と説明した。 与那国町によると、4月以降にレーダーを積んだ車両を持ち込んで、電波環境などの調査をするという。

 防衛局や両首長らによると、防衛局は1月6日と2月21日に中山義隆石垣市長、2月10日に外間守吉与那国町長、同月21日に下地敏彦宮古島市長、同月22日に与那国町職員にそれぞれ説明した。

 中山市長は「石垣島で調査するという話は聞いていないが、調査するなら事前に連絡してもらいたい。部隊配置が決まったわけではないので調査に反対するつもりはない」と受け入れる方針を示した。

 自衛隊誘致を明言している外間町長は「粛々と受け入れのための環境づくりをしたい」と歓迎、「(自衛隊の配備が)具体的になってきたので、新年度に入って住民説明会を開催したい」と話している。

自衛艦の八重山諸島入港

3月4日の八重山毎日新聞の記事です。私が働いている京都府を母港にしている海上自衛隊のイージス艦が八重山諸島に来ました。先島諸島への自衛隊基地建設の準備であると考えられます。

掃海艇は西表、与那国に寄港しました。

先日、与那国に行ったとき、八重山出身の自衛官の写真が掲載され、自衛官の募集を呼び掛けるポスターが街中、町役場の中にありました。

小さな島では自衛隊が大きな影響を与えつつあります。






海上自衛隊第3護衛隊群=京都府舞鶴市=所属のイージス艦(護衛艦)「あたご」(7750トン、全長165メートル、乗組員250人)が3日午前8時ごろ、石垣港の港湾区域内(検疫錨地)に入港した。

入港目的は「乗組員の休養と災害派遣時に備えた港湾調査」という。護衛艦から乗組員約150人が小型船で浜崎船だまりに接岸、上陸した。護衛艦の入港に合わせ、母港の佐世保地方隊からトップの加藤耕司総監も来島していることが分かった。加藤総監は中山義隆市長と面談し、護衛艦を出迎えた。

 先月19日の海上自衛隊沖縄基地隊・第46掃海隊の掃海艇2隻に続き2カ月連続の入港となる。護衛艦は、イージス装置1式や高性能20ミリ機関砲2基などを装備。4日午前8時に出港する。

 護衛艦は同日早朝、崎枝方面から港湾区域内の検疫錨地に入り、石垣島沖合約2キロの海上で投錨、停泊した。このあと、作業艇2隻が3回にわたり、私服姿の乗組員を浜崎船だまりから上陸させた。この間、接岸場所では平和団体の集会が開かれ、プラカードやシュプレヒコールなどで抗議の意志を表した。

 加藤総監は同日午前9時半から中山市長や伊良皆高信議長を相次いで訪ねた。この後、小型船から護衛艦に乗り込み、伊良皆議長や八重山防衛協会の三木巌会長ら役員と会食した。

 中山市長は面談について「加藤総監からは入港の協力にお礼をいただいた。通常の表敬の範囲内と認識する」と述べた。

 一方、海自沖縄基地隊・第46掃海隊の掃海艇2隻「あおしま」「ししじま」は3日、西表島白浜港を出港し、与那国島久部良漁港に寄港した。港湾調査と広報活動(一般公開)が目的という。

先島諸島と自衛隊

3月9日の八重山毎日新聞の記事を紹介します。

なぜ海上保安庁ではなく、自衛隊なのかを八重山諸島、宮古諸島の首長は明確に示すべきです。

先島の自衛隊配備がどんどん進められ、既成事実が積み上げられています。




この島は一体どこに向かうのか

■紙面にぎわす自衛隊関連報道
 昨年から今年にかけて自衛隊に関する報道が本紙をにぎわせている。ざっと紙面をめくると、昨年3月北沢防衛相の与那国初視察と同町に自衛隊配備検討発言、5月石垣市が初の自衛官募集業務受託方針表明、6月自衛隊ヘリ搭乗体験、7月防衛省が5~8年後宮古・八重山に陸自配備検討報道、平和団体が配備反対行動、10月衆院安全保障委が与那国と尖閣視察、11月与那国防災訓練に陸自120人参加。

 さらに年末は12月石垣市・竹富町が国民保護協議会関連条例提案、自衛隊音楽コンサート開催、与那国含む八重山・宮古への陸自配備を盛り込んだ新防衛大綱決定、今年は2月に海自掃海艇2隻入港、同先島への陸自配備で各市町への現地調査の説明明らかに、元内閣官房副長官補先島配置に疑問呈す、自民石破政調会長来島・必要性指摘、3月海自護衛艦寄港・佐世保地方総監初来島、自衛隊採用予定者激励会といった具合に盛りだくさんだ。

■保守市長誕生で様変わり

 むろんそれ以前にも護衛艦が入港したことなどはあったが、それ以外はここ6、7年恒例となっている自衛隊音楽隊のコンサートのほかは、革新市政が16年も続いたせいか自衛隊は控え目だった。しかし昨年3月保守市長になった途端、「出入り自由の自衛隊」に石垣市の対応は大きく変化した。

 確かにそれが政権交代というものだが、しかしその以前の半嶺市長時代は同じ保守ながら自衛艦の入港などはほとんどなかったし、郡民に自衛隊への拒絶反応があった当時と比べ時代はやはり大きく変わった。

 しかしそれでも依然郡民の間で拒否反応は根強いし、相次ぐ自衛艦入港に加え西部方面の自衛隊トップの佐世保総監まで来島。さらには右翼団体が日の丸を掲げて市庁舎に出入りする光景は全国でも恐らく珍しく八重山ではかつてないだけに、これにはさすがに保守系の支持者さえも違和感と戸惑いを訴えていたほどだから、やはり従来からすると異様ともいえるものだ。

■市長は透明性図れ
 そこで中山市長に求めたいのが、島を二分して賛否がある問題だからこそ透明性を図ることと、わかりやすく丁寧な説明、それに節度ある対応をお願いしたい。これがこと自衛隊問題では十分になされているとは思えない。

 2回の入港はいずれも直前にわかったが、今月のイージス艦入港に関しても掃海艇入港の際に既にわかっていたのがその際に説明はなかったと聞く。新防衛大綱の説明は、会ってないといいつつ、それも那覇に出向いて2回も会っていたとか、佐世保総監との面談も市長日程には掲載しないとか、さらには反対派の要請には直接応じないなど不信を与える面がみられる。

 宮古は役所で下地市長が直接説明を受け、地元紙にも掲載されている。

 宮古同様メディアも交えて説明を受けると同時に、先島の防衛強化とはどういうものか把握し、その都度市民に問題提起の必要があるべきだろう。こそこそしているようなイメージはまだこれからの若い市長には似合わない。

 市長は「自分から積極的に誘致はしない」と常々言っている。革新系の前市長は自衛隊は「殺人装置」と発言して物議をかもした。小さな島を脅威に巻き込む、しかも与那国と違い地元が積極的に要請したものでない国押しつけの“騒動と対立の火種”は最初から明確にお断りしてほしい。

対立増幅は市長公約の「日本一幸せあふれる石垣市」づくりに逆効果としか思えない。

東北地方太平洋沖地震の犠牲者の方に哀悼の意をささげます

昨日、大学の研究室にいたとき、地震の揺れを感じました。その後、廊下でテレビを見ました。津波が一瞬にして街や畑をのみこんでいる映像でした。大変、心を痛めました。

東北地方太平洋沖地震の犠牲者の方に心よりの哀悼の意をささげたいと思います。


今日午前5時37分のNHKニュースです。



今回の地震では岩手県や宮城県、福島県の沿岸部が津波で壊滅的な被害を受け、大勢の人が行方不明になるなど被害の全容は分かっていません。

仙台市内では若林区で200人から300人の遺体が見つかったほか、NHKが午前6時現在でまとめたところ、東北や関東でこれまでに218人の死亡が確認されました。警察庁によりますと、行方不明者も700人以上に上っていて、この地震による死者・行方不明者はあわせて1000人を超えました。

自衛隊と与那国 1

2月27日の八重山毎日新聞に与那国への自衛隊配備についての記事がありましたのでしょうかします。
5月に行われる、ゆいまーるの集いに向けて、今与那国が直面していることを学びたいと思います。




抑止力に疑問示す

 2004年から09年まで内閣官房副長官補として安全保障を担当した柳澤協二氏(64)が26日までに、八重山毎日新聞社の電話インタビューに応じた。

昨年12月に閣議決定された新たな防衛計画大綱は、存在自体を抑止力とした「基盤的防衛力整備構想」から、部隊運用を重視した「動的防衛力」に転換、南西諸島の防衛を重視する内容となっているが、柳澤氏は「そもそも何を抑止するのか」と疑問を投げかけ、先島など島しょ部への部隊配置についても「軍事的な合理性はない」との見解を示した。

 防衛大綱や中期防衛力整備計画(中期防)は南西諸島への部隊配備を明記し、防衛省が2011年度予算案で3000万円の調査費を計上している。

沖縄防衛局は与那国、石垣、宮古島の1町2市の首長に説明し、先島地域で「新年度のできるだけ早い時期に調査する」との方針を示している。

 柳澤氏は新防衛大綱について「コンセプトは動的抑止と思うが、そもそも動的抑止に疑問をもっている」とした上で、中国の南西諸島を侵略することを前提にした動的抑止に「ほんとにそういう意図があるのか。中国にしてみれば先島を軍事的に占領する意味はない。

ほんとに戦争をする気になれば、米軍施設にミサイルを撃ち込むだけで十分だ。そういうことを考えると、島しょ防衛にどれくらい蓋然(がいぜん)性があるのか」と疑問符をつけた。


 自衛隊の先島配備については「生き残り策ではないか」との見方も示し、「私は意味がないと思う。外交的には相手(中国)の外交措置や緊張を高めるというデメリットもある」と指摘した。

 与那国島への沿岸監視部隊の配置についても「情報的にどれだけプラスかよく分からない。P3C(海上自衛隊の哨戒機)が一日一回飛んでおり、海上保安庁もパトロールをしている。置いた部隊をどう使うのか分からない。そこは説明する必要がある」と注文をつけた。

内なる植民地主義

先日、宮城弘岩さんから電話があり、会いたいとのことでしたので、昨日、意見交換をしました。昨年の知事選の背景、琉球経済の動向、アジアの中の琉球、自治体首長選などについて意見交換しました。

次に、おもろまちで知念さん、照屋さんとお会いして、琉球のなかの植民地主義について話し合いました。

「琉球人、日本人」の区別をさけ、主体的に琉球の問題にかかわらず、「知識人」特有の用語を使って、琉球を研究対象として考える人々が増えています。

自分とは何者であるのかと問うことなく、日本人知識人に受容れることに常に気を使う琉球人研究者もいます。

琉球知識人が「多様なアイデンティティ」として琉球人の当事者性を無化しようとする行為は、沖縄差別という現実からめを背けさせ、結果的に日本、日本人の沖縄差別を補完するものでしかありません。

民族隠しをして、現状の問題に具体的に格闘し、解決しようとしない琉球人知識人(ちきちきじん)が増えています。

上のように考える琉球知識人といつか徹底的に議論してみたいです。

知念さんから『ウシがゆく』を頂戴しました。心より感謝します。琉球の書店でもよく売れ、在庫がなくなっているようです。知念さんのいろんな講演会、ワークショップでも本を買いたいとの希望があるようですが、増刷されていません。知念さんの本を琉球人、日本人の多くが読み、自らの植民地主義に気づき、脱植民地に向けて歩む必要があります。なぜ増刷しないのか疑問です。

琉球人内における植民地主義の根深さを考えさせられるひと時でした。

与那国島と自治

昨日、与那国島から帰りました。田里さんはじめ、多くの方とお会いし、島が今直面している問題について
話を伺いました。

田里さんのご自宅で、午後1時から午前1時半ごろまで、崎原さん、安里さん、崎元さんたちと与那国の歴史、政治、経済、台湾との交流について語り合いました。

ところどころ、与那国語での会話となりました。石垣語、那覇語とも違い、ほとんどわかりませんでした。それほど、与那国が一国家として独立できるほど、独自の文化をもっていることが実感できました。

5月のゆいまーるの集いの開催に向けた準備もできました。今、与那国島で起こっていることは、大変深刻であり、
皆で議論して、ゆいまーるの輪を広げていきたいと思います。

昨日夜は照屋さん、本村さん、高良さん、真久田さんに与那国島でのことについてお伝えし、琉球の自治、独立について語り合いました。何かあらたなものが見えたようなきがします。

琉球と東アジア文化圏をつなぐものー「自治」と民際学

昨日は、大変刺激的なシンポでした。

片山大臣による「沖縄と自治」に関する基調講演も示唆的な指摘が多々ありました。

大城さん、佐藤さん、王さん、私が真剣にそれぞれの学問分野、活動、経験を踏まえて思う存分、琉球の過去、今、将来を語りあう集いでした。

議論の内容は、藤原書店の『環』に掲載される予定です。

また沖縄ケーブルネットワークで4月には琉球において放映される予定です。

さらに、シンポの内容はDVDにして、沖縄大学、龍谷大学の授業としても活用されます。


昨日は、宮古、石垣にも同時中継され、島と島とを結びつける試みもなされました。

昨日の議論を踏まえて、具体的にそれぞれの「私」が何をするのかがとわれています。

もちろん私も私ありの行動をしたいと思います。

今日は、5月の集いの準備として与那国島に参ります。

新たな人との出会いと、発見、自覚を楽しみにしています。

琉球女性の闘い、シンポ

昨日は、照屋さんのご紹介で、高里鈴代さんにお会いすることができました。
これまでの琉球女性たちの米軍に対する闘いと行動について、うかがうことができました。

民際的に、国境を越えてグアム、フィリピン、韓国の女性たちとも手を結び、軍と戦ってきました。

今日は、自治、民際学をキーワードにして、今の琉球を深く、広く考え、今後の琉球のあり方をアジア太平洋の中で提示していきたいと考えています。

琉球でのフィールドワーク2

昨日は、午前中に沖縄県庁の観光政策課、文化振興課において、沖縄観光の実情、これからの課題、沖縄工芸品生産販売の実情と課題について学生と職員さんが意見交換しました。学生からも活発な質問や意見がでて、大変勉強になりました。

県庁の弁当屋で弁当を買い、沖縄県議会棟において上里県議と意見交換をしました。県議のこれまでの政治活動、これからの政治政策などを中心に意見交換をしました。非常に誠実であり、積極的に提案し、課題に対して挑戦している政治家であると思いました。琉球の自治のために、これからの大きな活躍が期待される政治家の一人です。

次におもろまちの那覇市議会仮議会にいき、平良議員と会い、意見交換をしました。31歳の若い女性議員ですが、土着政党の沖縄社会大衆党の副書記長をしており、「人民の自己決定権」を党の政策課題にいれ、初志を貫徹しています。那覇市が抱えている課題に対して、また米軍基地問題に対しても活発に行動されています。ツイッターなどで情報を発信してネットワークも形成しながら、沖縄人の自己決定権を行使するための具体的な歩みをされています。

その後、ゼミ旅行の解散式を行い、私は県立博物館で改めて琉球の歴史について考えました。

夕食を上地さん、大学院ゼミ生と食べて、交流を深め、意見交換しました。

ゼミ旅行では新たな人との出会い、新たな発見がたくさんありました。多くの関係者の方々にお礼申し上げます。


琉球フィールドワーク

今日の、琉球新報に「自治と民際学 上」が掲載されましたので、ご関心がありましたら、ご覧ください。


昨日は、午前中、宜野湾市役所に行き、屋上から普天間基地を見ながら職員さんからご説明を受けました。

その後、沖縄国際大学に行き、砂川先生から基地と環境問題について話を伺いました。米軍ヘリコプターが墜落した場所にあったモニュメントを見て、図書館内のヘリ墜落の資料室でも関連資料を見ました。砂川先生がレジュメを作ってくださり、基地による環境問題について詳しく理解することができました。

次に、うるま市の特別自由貿易地域に行き、現状をみました。

そして、海中道路にある海の駅で昼食を食べました。琉球料理バイキングはいろんな琉球料理を堪能することができました。

平安座島の自治会長の下門さんから、島のCTSの歴史と今について伺い、島の開発のあり方をあらためて考えさせられました。

次にコザに移動し、コザのまちおこしをされている照屋さんとコリンザでお会いし、屋上から嘉手納基地、沖縄市をみながら、お話を伺いました。パークアベニューを歩き、コザの資料館に行き、歴史をモノや写真から知ることができました。大型販売店ができるなか、厳しい状況にある商店街ですが、照屋さんたちの様々な試みが風穴を開けつつあることを実感しました。

ゲート前道路をあるき、ミュージックタウン内の居酒屋で夕食を食べました。そのとき、タイムスの与那嶺記者、新崎記者が来てくれました。

学生がタコライスを注文しましたが、米がなく、出せないといわれました。それに対して、与那嶺さんはわざわざ
コザに来た学生にぜひともタコライスを食べさせてあげたいと、店員を説得して、自分でタコライスを買い、学生たちに食べさせてくださいました。

沖縄への愛と、学生への愛を感じ、感動しました。

今日から琉球のフィールドワークが始まります

昨晩は、我が家に学部ゼミ生6人、大学院生5人と吉富さんが来て、琉球の家庭料理を食べていただきました。

小さな家で、私と両親を含めると15人がともの食事をしました。みなでわいわいとしてたのしかったです。

うみぶろう、もずく、ポーポー、そーきそば、たーいも、かたはらんぶー、さーたーあんだぎーなどをたべ、泡盛、さんぴんちゃなどを飲みました。

初対面の人も多く、自己紹介して、今日からのフィールドワークの抱負を語り合いました。

すでに琉球に来た学生さんたちは、ちびちりがま、ちゅらうみ水族館、アメリカンビレッジ、ざきみぐすく、しゅりぐすくなどにいってきたようです。

今日は朝早くから多くの琉球の方に会い、多くの発見をし、学び、学んだことを自分が住む地域に還元し、琉球の自治につなげたいと思います。

いろいろな方にお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします。

琉球の女性たちとの出会い

昨日は、照屋さんのご紹介で、「カマドゥ小の女性たち」のかたがたとお会いしました。

特に知念ウシさんとは、いろいろな話ができてよかったです。

特に琉球人の中にある、日本人、日本的なものをそぎ落としていく作業の重要性について互いに確認しました。

一昨日も、親川さん、平良さん、照屋さんをはじめとする琉球の女性たちから、勇気と、活力、知恵をいただきました。

グアムと同じように琉球も母系制社会であり、女性が大きな力をもって社会を動かしていると実感しています。

女性たちとの話し合いで、民族としての琉球人が生存していくための、あたらな試みを始めることにもなり、

これからが楽しみです。

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