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Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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竹富町教育委員会の自治的自覚に基づく判断

8月28日の八重山毎日深部の記事を紹介します。

竹富町教育委員会の判断は、歴史的にも大きな価値がある一歩だと思います。
自治的自覚を持って教科書を選んでいるといえます。



竹富町教育委員会(竹盛洋一委員長、委員5人)は27日午前、町役場で開いた定例会で、教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長、委員8人)から答申のあった教科書採択について審議し、全会一致で公民分野の育鵬社を不採択と決定した。代わりに、調査員の推薦図書で協議会でも3委員が支持した東京書籍を採択した。

 定例会の冒頭、慶田盛安三委員(教育長)は、協議会の玉津会長主導の選定手続きに強い不快感を示し、推薦外の図書が選定されたことに「前代未聞。ふに落ちない」と批判、「私たちは、良い教科書を採択するよう話し合いを深めよう」と呼びかけた。

 議事は9教科15教科書を一つひとつ議案として審議。公民分野の審議で大田綾子委員が育鵬社版の不採択を求める緊急動議を提案。「調査員の推薦図書に入っていない」としたほか、育鵬社の選定理由について調査員のマイナス評価を挙げながら「まったく適切ではない」と述べた。

 慶田盛委員は「マイナス評価の多い育鵬社がなぜ選ばれるのか。簡単な算数(数合わせ)だった。不当と言いたい」と強調、内盛正聖委員(PTA代表)、石垣安信委員(同)も「原発問題などリスク面もある原発問題などで、両論を乗せている現行教科書と違う。基地問題でもこうでなくてはならないという印象を受けた」(内盛氏)と賛同した。

 これを受け大田委員は、基地問題や琉球文化の取り上げ方など調査員が評価された点を紹介しながら、「八重山の子どもたちにとって望ましい教科書」として調査員推薦の東京書籍を提案、採択された。

 竹盛委員長は採択後、「私たちが採択した教科書は、未来を開く子どもたちのために良い教科書と自信を持っている」と述べた。
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~アフリカへの草の根支援~『国際協力草の根トーク』

龍谷大学の大林先生からお知らせがありました。皆様、ご参加ください!!

アフリカに関心のある方ならどなたでもご参加ください。

~アフリカへの草の根支援~『国際協力草の根トーク』

■人々の役に立つ支援とは?
国際協力に対する関心が高まっている一方で、その手法や効果に対して厳しい視線が向けられて
います。現地で行なわれるプロジェクトでは、現地の方々が中心になるのはもちろんですが、そ
のためにはどのような視点・工夫が必要なのでしょうか。他方で、現地の方々は、海外からの支
援をどのように捉え、どのような動機で参加しているのでしょうか。

今回のトークでは、アフリカで草の根レベルでの取り組みを長年続けて評判の高い2つの団体に、
アフリカ人、若い学生が加わって語り合い、あるべき支援とはなにかを浮き彫りにします。


■開催日時
2011年9月17日13時30分より

■開催場所
龍谷大学 アバンティ響都ホール9階
京都市南区東九条西山王町31 アバンティ9階
http://www.ryukoku.ac.jp/ryudaihall/access/
JR京都駅八条口前です

〔話す人〕
●マンスール ジャーニュ
西アフリカのセネガルで生まれ育ち、中東ヨルダンの大学で農業を学ぶ。1992年に来日し、芸能
活動を続けながら、全国各地で国際問題や世界のマナー、エネルギー等をテーマにした講演・講
義を行うなど、「アフリカ」を広める文化活動に力を入れています。

● 緑のサヘル:菅川 拓也
 「緑のサヘル」事務局長。1988年、青年海外協力隊員としてモロッコ王国に赴任、1992年、「
緑のサヘル」による「チャド共和国砂漠化防止プロジェクト」に参加。以後、プロジェクト調整
員や現地代表、事務局長として、チャド、ブルキナファソの活動に関わっています。
http://sahelgreen.org/

● 特定非営利活動法人 カラ=西アフリカ農村自立協会: 村上 一枝
 NPO法人「カラ=西アフリカ農村自立協力会」代表。1989年よりマリ共和国において活動、長
年にわたって住民の栄養・衛生の改善、生活の向上、教育の充実等に努める。これまでに「女性
ボランティア賞」等、数々の賞を受賞しており、その活動は各方面より高い評価を受けています。
http://ongcara.org/

● ドコドコファンド:タンザニアを訪問した龍谷大学の学生グループ
タンザニアのストリート・チルドレンを支援するために、元ストリート・チルドレン達の絵画展
を日本で開催し、そこで集めた資金をもとに、奨学金が設立し、卒業後も、息の長い支援を続け
られるように、現地NGOや子供たちとの話し合いを通じて、仕組みづくりに取り組んでいます。

コーディネーター:大林稔
龍谷大学経済学部教授。同大学アフリカ研究センター研究員。
国際協力とアフリカの政治経済を研究、同時にアフリカと日本の連帯のために活動しています。

*詳細プログラムのデータとチラシも添付させていただきました。
 併せてご参照くださいませ。


【連絡絡先】
大槻知英
大林研究室 075 645 8432
chieohtsuki@hotmail.co.jp


CARA=特定非営利活動法人 カラ=西アフリカ農村自立協力会
〒180-0002 東京都武蔵野市吉祥寺東町1-1-6-102
TEL:0422-29-7640 FAX:0422-29-7688

緑のサヘル
〒101-0035
東京都千代田区神田紺屋町16 田澤三ビル 3階
TEL:03-3252-1040 FAX:03-3252-1041

八重山教科書問題:狙われている島々

8月19日の琉球朝日放送の番組をご紹介します。

教科書問題、自衛隊問題等、八重山諸島が日本同化政策の最前線に立たされています。
戦争になったら島がどうなるのかという、過去の経験を学ばせないで、積極的に戦争に参加するような子供たちを
育てようとしています。

日本人による植民地化が琉球の中で進んでいる八重山諸島が、同時に、日本への同化政策、基地化も進められているのです。




来年度以降に中学校で使用される教科書を巡って、大きく揺れています。石垣市や竹富町、与那国町の教育委員会で構成されている八重山採択地区協議会の規約の改定にたんを発した,採択を巡る問題。これまでの経緯です。

8月10日協議会も臨時総会。今月10日。八重山採択地区協議会の臨時総会が開かれ、総会を公開するよう求める住民と職員の間で小競り合いが起こるなど混乱しました。

協議会は、ことし6月、委員の構成メンバーから学校関係者を外し大幅に入れ替える規約の改定を実施。

玉津博克協議会会長「協議会がしっかりと責任と権限を持って選んでほしいというこの部分を私は非常に重視をして、改善改革をしてきているんですが」

この規約の改定を巡って、八重山地区の歴代教育長や現場の教員などからは反対の声が上がりました。

仲山忠孝共同代表 8月6日会見「教育行政の第一の責務は、なんと言いましても、教育を保障するような方法で、教科書の選定も考えなければならないと思うんですけれども。これまでの作業には、教育が見えないのです。子どもの顔が見えないですね。」

このような状況に県教育委員会は、協議会に対して採択日時の変更や学校関係者を委員に入れるよう要請しました。今回の混乱の背景には、歴史の教科書を巡って沖縄戦の実相にそぐわない内容が記載されている教科書が採択されるのではという懸念からでした。

大浜敏夫さん「戦争マラリアの問題もある。沖縄全県的には、軍命の問題もある、いろんな日本の加害行為もある。これらをことごとく消し去っているのがその教科書だから,私たちとしては、絶対こういう教科書は選んではいけないよという思いもあるわけです。」



仲山忠孝さん「従来の教科書展示会というと、本当に静かで人はほとんどいなかったです。ところは、今回、賑わいですよ。ひょっとしたら組織動員かなと」

2007年、高校で使用する歴史教科書の検定で、沖縄戦の集団自決の記述について文部科学省が削除や修正を求める意見を出したことをきっかけに、文部科学省に抗議し検定意見の撤回を求める県民大会を開き、11万人余りが参加しました。今回の協議会の動きは、県民大会で示された総意に反していると訴えています。



こうした声に対して、採択地区協議会の玉津会長は特定の教科書を選ぶために規約の改定をしたわけではないと反論します。

玉津博克会長「文科省の指導に従って改善をやったという風に思っています。このことが、保守系教科書を採るためじゃないかとか,こんなことは毛頭考えておりませんから、今のような心配は要らないと僕は思います。」

しかし協議会に対する要請行動や疑問の声は全県的な広がりを見せています。

記者解説 抗議に遭う教科書、どこが問題?


ここからは、取材に当たっている中村記者に聞きます。中村さん、採択を巡る混乱が続いている原因について挙げてください。

今回の問題は、協議会が規約を全面改定したことで、学校現場の声が届かず、さらに沖縄戦の実相に合わない教科書が採択されるのではないかと、教育関係者などが危惧しているんです。こちらをご覧ください。こちらは、集団自決に関する記述についてそれぞれの教科書を比較しています。

一部、文言は省略していますが、例えば県内で一番使用されている帝国書院の教科書には、命令は残っていたため、人々は集団死に追い込まれたと記述されたり,東京書籍では「日本軍によって集団自決に追い込まれた住民もいました」と記述されているほか、5社は日本軍の関与について書かれています。しかし、育鵬社・自由社の教科書では、アメリカ軍の猛攻、または上陸で追い込まれた結果、集団自決したと明記されています。

ここで教科書の研究している専門家にお話しを伺いました。

琉球大学教育学部 山口剛史准教授「実際には多くの体験者や沖縄戦研究の成果からすると強制集団死、いわゆる集団自決の問題は軍の軍命であるとか軍の存在というものが、多くの方が死に至る、大きな要因になっている。学術研究が深まっている事項だけに、沖縄戦がどのように捕らえられているのかということで、疑念を抱かざるを得ない」



やはり、記述が不十分な教科書を採択するということには 違和感を感じます。実は、この問題に抗議の声を上げている人の中には背景に政治的な意図を感じているという人もいます。

1月と6月に保守系の国会議員が石垣を訪問した際に危機感を感じたそうです。

大浜敏夫さん「彼らの発言はマスコミを通してみれば、市民に対して中国脅威論、敵がい心論と言いますかね、そういったものを書いたんですけど、この人たちは、たしか、国会議員の中の日本会議国会議員懇談会の会長と幹事長だよねぇ、これだけに留まらず、教科書に及ぶ恐れがあるんじゃないかと思っていたんです。」



今回の教科書選定問題が仮に去年おきた尖閣諸島での中国船衝突問題をめぐる政治的な背景をきっかけにして、新たな教科書を導入したいと考えているということでしょうか。

そういう背景があることは推測できますし、そんな危機感を持っている、沖教組などの団体が採択地区協議会や石垣などの教育委員会に訴えているわけです。

そういう印象を持っているということでしょう。そんな中、新たな教科書が導入されることになればあの歴史教科書の改ざんを許さないと県民の総意として声を上げた県民大会のメッセージはいったい何だったのかということにもなります。

教科書による同化政策

本ブログへの雷鳥さんからの投稿を紹介します。

「育鵬社の歴史教科書の市販本を見ました。
問題点はいろいろ言われていますが、
私が最大の問題と感じたことは
「日本」と記載しないで、
「わが国」と記載している点です。」

私も問題だと思います。「わが国」と琉球に対して本当に言えるのかを、生徒、教員は考えながら授業を行ってほしいです。教科書を参考書として、八重山、琉球について自分の頭で考えるような資料として使ってほしいです。

琉球・沖縄・八重山の歴史、公民は副読本をつくって学ばなければ、島のこと、自分のことがわからなくなり、自分のアイデンティティ、ポジショナリティを確立することが困難な時代になりました。



8月26日の琉球新報の記事です。

教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)は、2012年度から中学校で使う公民教科書として育鵬社の「新しいみんなの公民」を選定した。この教科書については「問題点が多すぎる教科書」「沖縄の現状に合わない」など、関係者から批判の声が相次いでいる。八重山採択地区で現在使用されている東京書籍と比較すると、国民主権、人権と公共の福祉、平和主義、自衛隊など重要な項目で差異が目立つ。識者の視点を交え、選定のための資料として同協議会に提出された地元教員がまとめた報告書から、育鵬社版の公民教科書を検証する。


 教科用図書八重山採択地区協議会が23日に選定した育鵬社の「新しいみんなの公民」。選定前に地元の調査員(現場教員)が調査研究し、まとめた報告書では「生徒の興味・関心を高める工夫がされている」など評価する一方、「子どもの権利を尊重するという視点も、子どもたちを守り育てていくという視点も欠けている」などの懸念も示されていた。

 報告書は、協議会から任命された調査員が作成。検定を通った7社の教科書の特徴や傾向をまとめている。協議会では、この報告書をもとに協議会委員が教科書を選定する。

 報告書の調査項目は(1)中学校学習指導要領に示された目標を達成するのに十分か(2)学習内容の質・量が学習指導上適切か(3)発展的な学習内容として適切か(4)表現や表記が適切か(5)その他―の5点。

 調査員は育鵬社の「公民」について、調査項目に従い「生徒が主体的に学習できるように配慮されている」「生徒の興味を高める多彩な資料や学習の手順及び留意点が示されており、生徒が主体的に学習できるよう配慮されている」など、その内容や形式を評価している。

 一方、「その他」では「表紙の日本全体図の写真で、沖縄県が他の写真で遮られている」「軍事力に頼らない平和への努力や、憲法9条が果たしてきた役割がほとんど記述されていない」などの否定的な文言が並んだ。

 今回、調査員が「複数推薦」した教科書の中に育鵬社は入っておらず、協議会の審議でも「調査員がマイナス面しか指摘していないのに、なぜ選定対象なのか」など疑問の声が上がった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

米軍基地記述は欄外
 育鵬社「公民」の在日米軍基地に関する説明は「日本の安全と防衛」の項目の欄外で紹介されている。文中では沖縄県内の米軍基地について一言も言及されず、欄外の「おもな基地」の説明で「在日米軍基地の75%が沖縄県に集中しています」と記述するのみだ。

<用語>育鵬社
 2007年8月1日、扶桑社の教科書出版部門が独立し、同社が100%出資した子会社として設立した、フジサンケイグループの教科書会社。本社は東京都、資本金は3億円。

 扶桑社は、従来の歴史教科書を「自虐的」と批判する学者らが1997年に設立した「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)の主導する歴史と公民の教科書を2度発行した。

 その後「つくる会」から離れた「日本教育再生機構」(八木秀次理事長)のメンバーが、「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」(教科書改善の会、代表世話人・屋山太郎)を結成し、10年度から同会の主導で育鵬社の歴史と公民の教科書を発行している。

 一方、「つくる会」は自由社から、育鵬社版と似た性格の歴史・公民教科書を発行している。


当事者である生徒の意見も聞いて

8月24日の八重山毎日新聞です。

大人たちが勝手に、自分の思想を子供たちに押し付けようとしています。当事者である生徒は大変迷惑ではないでしょうか。特に大学進学を考える生徒にとっては、受験にも影響するおそれがあります。
生徒たちの声も大人は聞くべきです。





公民に市民団体反発

 教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長、委員8人)は23日午後、市教育委員会会議室で、中学校で来年度から4年間使用される教科用図書の選定作業を行い、社会科「歴史」で帝国書院、「公民」は育鵬社に決めた。

帝国書院は集団自決の軍関与や戦争マラリアに触れており、調査員の推薦したい教科書(複数)にも挙がっていたが、公民の育鵬社は推薦外だった。市民団体も国家主義的な色彩が濃いとして反発しており、議論を二分する問題に発展しそうだ。

 会議は非公開、無記名投票で9教科15種ごとに1点を決定した。玉津会長は終了後の会見で、公表は各教育委員会での採択後との従来方針を示した上で「選ばれた教科書に自信をもっている」と述べた。選定結果は採択権者の3教育委員会に答申される。

石垣市、与那国町は26日、竹富町は29日に教育委員会を開き、採択を決定するが、竹富町では選定結果と採択結果が違ってくる可能性もある。

 無記名投票で歴史は帝国書院4人、育鵬社3人、東京書籍1人、公民は育鵬社5人、東京書籍3人という結果だった。公民の育鵬社版には調査員の報告書でマイナスの評価も目立ったが、逆にこれに賛同する意見があったという。

 規約の手続きを踏まない調査員の委嘱任命や順位付け廃止、協議会の委員の入れ替えと権限強化、無記名投票など一連の見直しは、つくる会系の教科書を推す団体が推奨する環境整備に酷似していたため、3市町の歴代校長らが共同代表を務める「子どもと教科書を考える八重山地区住民の会」が採択の地ならしとして反発していたが、公民分野では「教科書改善の会」の育鵬社版に決まった。

 選定作業の会場となった市教育委員会2階会議室の前には住民の会のメンバーら約80人が横断幕やプラカードでつくる会系の教科書選定に反対の意志を表明。賛成する人たちが遠巻きに見守っていた。

今、琉球にいます,

今日は、沖縄県立図書館に行き、2.1決議関連の資料についてじっくり調べたいと思います。


昨日は、県庁の方から詳しく、一括交付金の実現に向けた戦略について聞いてきました。非常にしたたかに沖縄県はその実現にむけて、日本政府と交渉しています。
また古本屋で、非常に興味深い本を幾つか見つけました。

座間味島では、宮里清之介議員のおかげで、多くの方と会い、話をし、島のいろんなところに行きました。

心よりお礼申し上げます。11月の住民の集いは大変充実したものになりそうです。今回の調査は大変、勉強になりました。

毎日、毎日、新たな発見と出会いで、刺激的な日々です。

明日、座間味島に行きます

明日は座間味島に朝早くから行ってきます。11月の住民の集いの事前調査です。

村議の宮里さんにお世話になる予定です。またいろいろと座間味島について教えてくれた沖縄タイムスの与那嶺さんにも感謝します。

今日は、AIPRの方々と有意義な話し合いができました。これからも協力していきたいです。

植民地主義を考えるゆんたく

昨日のゆんたくでは、体を使って、自立、依存、君臨、植民地主義の問題を考え、刺激のある集いでした。

知念さんが、アイデンティティとポジショナリティの違いを話してくれました。参加者全員も互いの意見を出し合い、今の沖縄の状況を具体的に考えました。


今日は、これから図書館に資料収集に行き、夕方はAPRIのかたがたとゆんたくします。明日は朝早く、座間味島に調査にいきます。

今、那覇にいます。

今、那覇にいます。これから沖縄総合事務局に行きインタビューしたり、沖縄タイムスで打ち合わせをします。

夜から、知念ウシさんの、ゆんたくの集いにでます。どんな集まりになり、どんな話し合いが行われるか、楽しみです。

今日から琉球に行ってきます

今日から琉球に行きます。ワッタールーチュー、AIPRの方々との意見交換、座間味島への調査、そして琉球の振興開発と内発的発展について調査を行う予定です。

多くの琉球の方々に会って話をしたいです。

琉球の風に触れるのが楽しみです。

琉球で米軍は枯葉剤を使っていた

8月9日の琉球朝日放送の番組をご紹介します。

米軍は琉球で枯葉剤を使う等、住民の健康や生活を考えず、やりたい放題です。

日本政府、日本人はこのような米軍基地をいつまで琉球においておくのですか。早く引き取って下さい。



ベトナム戦争でアメリカ軍が使った枯れ葉剤の影響で、多くの人たちに健康被害が生じているということは広く知られています。その枯れ葉剤の中でも高濃度のダイオキシンが含まれいてるエージェントオレンジが、沖縄でも使われたという元アメリカ軍人の告白が大きな波紋を広げています。この問題を追い続けるジャーナリストを通して枯れ葉剤問題を考えます。

今年4月、国内で発行されている英字新聞・ジャパンタイムズに衝撃的な記事が掲載されました。タイトルは「沖縄におけるエージェントオレンジの証拠」。取材したのはフリージャーナリストのジョン・ミッチェルさんです。

ジョン・ミッチェルさん「遂に私は沖縄で枯れ葉剤が広い範囲にわたって使われていた事実を突き止めました。北はヤンバルから、南は那覇まで広範囲で使われていたのです」

1960年代に泥沼化したベトナム戦争。ジャングルでのゲリラ戦に苦戦していたアメリカ軍は、敵が隠れている森を破壊し、兵士たちの食料源を断とうと大量の枯れ葉剤を散布しました。

その多くが「エージェントオレンジ」と呼ばれる、枯れ葉剤の中でも高濃度のダイオキシンを含むもの。それを浴びた人たちからは、ガンや糖尿病、重い皮膚疾患、また子どもたちの重い障害が報告されています。ミッチェルさんは、20人以上の退役アメリカ軍人と接触し、12人から枯れ葉剤に関する証言を得ました。

ミッチェルさん「証言した1人は那覇港の港湾労働者だった。1968年から78年まで沖縄に駐留していた。彼は、そのとき何千バレルもの枯れ葉剤を船から陸揚げし、嘉手納基地や普天間基地に運んだと語っている。もう一人のフォークリフトの運転手はいくつもの枯れ葉剤のドラム缶を全島に運んだと証言している。彼が言うには、その枯れ葉剤は飛行場や港からベトナムにも運ばれた」

ミッチェルさんは、これらの証言から嘉手納基地や普天間基地など、少なくとも県内9つのアメリカ軍施設で枯れ葉剤が貯蔵、または使われていたとみています。

中でもこの男性の証言は枯れ葉剤がずさんに管理されていたことを物語るものでした。ジョー・シパラさんは1970年から1年間、泡瀬通信施設で技術者として勤務していました。

ジョー・シパラさん「ハブグラスと呼ばれる草が生い茂っていて大変だった。ある施設内では、フェンス際まで除草する必要があった。そのためエージェントオレンジ(枯れ葉剤)を使っていました」

シパラさんは現在、ガンと糖尿病と重い皮膚疾患を患っています。また、1人目の子どもは重い障害があり死産。誕生した2人の子どもたちも足などに障害があります。

今回証言をした退役アメリカ軍人の多くがダイオキシンの影響とみられる病気を患っています。しかしアメリカ軍は「沖縄での枯葉剤の貯蔵や使用を裏付ける情報はない」として事実関係を認めず、彼らに対する補償もしていません。

証言の中には、地元の農家がその危険性を知らないまま、知り合いのアメリカ軍人からビールや食べ物と引き換えに枯れ葉剤をわけてもらっていたという話、ジャングルでの戦闘訓練が行われていた北部地域に運んだという情報もありましたが、それらがどんな風に使われたのか、また、住民の健康被害や環境への影響について調査されたことはありません。

ミッチェルさんは、沖縄には今もダイオキシンの濃度が高い危険な地域があるのではないかと懸念します。そして元兵士たちが次々に亡くなる中、この問題を明らかにするためには、調査を急がなければならないと訴えます。

ミッチェルさん「多くの退役軍人がダイオキシンに悩まされている。6か月の調査の間、1人は死に、3人は大きな手術を受けた。この問題は過去の問題ではなく、現在の問題。沖縄の人たちに将来衝撃をもたらすかもしれない」

枯れ葉剤を巡っては、アメリカの退役軍人省が北部訓練場で使用し、前立腺ガンになったという元軍人の訴えを認めたケースがありますが、政府も軍も事実を明らかにしていません。沖縄の人たちに健康被害が生じている可能性もあるわけで、一日も早い真相解明が求められます。

『脱「国際協力」 -開発と平和構築を超えて』を読んで下さい

『脱「国際協力」ー開発と平和構築を超えて』が出版されました。

私の小論「差別を強化する琉球の開発」も掲載されています。

お手にとって読んで下さい。




著者・編者・訳者 藤岡美恵子・越田清和・中野憲志編

発行年月日 2011年8月22日
書籍価格(消費税込) 2625円
ISBNコード ISBN978-4-7948-0876-9
版型 四六判並製
頁数 272ページ

NGOは誰のために活動するのか。「開発援助」による貧困と、「平和構築」による暴力から脱け出すために。

著者紹介 執筆者
-北野収-獨協大教員
-木村真希子-立教大非常勤講師

-越田清和-ほっかいどうピーストレード事務局長
-下澤嶽-ジュマ・ネット代表
-高橋清貴-日本国際ボランティアセンター(JVC)調査研究員

-中野憲志-先住民族・第四世界研究
-長谷部貴俊-JVCアフガニスタン現地代表
-藤岡美恵子-法政大他講師

-松島泰勝-龍谷大教員
-村井吉敬-早稲田大教員
-役重善洋-パレスチナの平和を考える会メンバー

お問い合わせ sales@shinhyoron.co.jp

 NGOは政府とのパートナーシップを追求するあまりに独立性を失ってはいまいか、そして社会変革への志向も薄らぎつつあるのではないか。
本書の編者らが『国家・社会変革・NGO-政治への視線/NGO運動はどこへ向かうべきか』(新評論、2006年)を出版したのはそんな危機意識からであった。
 国際協力の分野においてその危機は今、さらに深まりつつある。国益実現のツールとしての政府開発援助(ODA)の戦略的活用路線がますます明確になり、対テロ戦争と並行共存する平和構築が日本の国際協力政策の中核の一つに位置づけられるようになっているからだ。本書はこの危機の深まりを捉えるために、国際協力政策の背景やその依拠する考え方、そして国際協力という言説そのものの見直しに主眼をおいている。

 本書の第一の特色は、非国家の視点から国際協力を論じている点にある。例えばODAを“援助する側”の論理ではなく“援助を受ける側”の視点で見れば、「開発援助」の思想と実態の“貧しさ”が見えてくる。本書のもう一つの特色は、問題提起と批判的省察の姿勢をもって主流の国際協力のあり方を検討している点にある。「平和構築」と呼ばれる一連の活動も、アフガニスタンなどの現場で起きていることを直視すれば、それが本当に平和を創出しているのか疑問に思わない方が難しい。むしろ“人道的帝国主義”と呼べるような事態が進行しつつあるといえる。

 福島第一原発事故によって原発推進における産官学政一体の癒着構造が明らかになった今、主流から外れることを恐れず、国家におもねることなく、被害に遭い切り捨てられる人々の立場に立って物を考え行動し続けることの重要性を、今ほど痛感することはない。NGOの出発点もそこにおくべきではないか。
(編者 藤岡 恵美子)

★写真キャプション:アフガニスタン東部、ナンガルハール県ジャララバード市内を走る米軍の装甲車。“民軍支援”を国際援助の切り札にして市内でも頻繁に走っている。

奄美諸島における高齢者率

8月1日の南海日日新聞の記事をご紹介します。

若者が島から出ていくという問題もありますが、他方では高齢者が過ごしやすい、長生きができる島であるという側面をいかにアピールしているかが重要でもあると思います。

高齢者が元気で生活出来る島は、人にやさしい場所であるともいえます。そのような人にやさしい、自然が豊かな島には若い人も魅力を感じるのではないでしょうか。




 奄美の一人暮らしの高齢者数は2011年3月末現在で1万1362人に上ることが県大島支庁地域保健福祉課のまとめで分かった。20年前と比べて4549人の増加。65歳以上人口に占める割合は32・9%となり、増加傾向が続いている。

 一人暮らしの高齢者数は1991年4月1日現在で6813人、2001年3月末現在で9443人。06年に初めて1万人を突破し、近年は08年1万770人、09年1万742人、10年1万1291人と推移している。

 11年3月末現在の統計を市町村別にみると、最も多いのは奄美市の4431人。次いで瀬戸内町1445人、喜界町955人、伊仙町840人―などの順だった。

 65歳以上人口に占める割合は瀬戸内町の43・4%が最も高く、宇検村40・4%、奄美市37・5%の順。逆に低いのは与論町17・4%、知名町18・4%、徳之島町22・8%―などと続いた。

 地域ぐるみでお年寄りの孤立化を防ごうと奄美各地で見守りネットワークの構築が進んでいる。都市化で近所付き合いの希薄化が指摘される奄美市は見守り対象者のリスト作成に着手。他地域でも災害時の安否確認や避難誘導を想定した取り組みが軌道に乗りつつある。

八重山諸島での教科書問題

8月13日の沖縄タイムスの記事をお伝えします。

「集団自決」の事実を教科書で教えることも、教育ではないでしょうか。一部の人々によって八重山諸島の教科書が決定されようとしています。生徒には教科書を拒否する権利はないのでしょうか。



八重山地区で来年度から使用する中学校教科書を選定する教科用図書八重山採択地区協議会は、「新しい歴史教科書をつくる会」系の自由社、育鵬社の各社会科教科書をめぐり、3市町の各教育長でつくる役員間の見解の対立が鮮明になった。

協議会会長の玉津博克石垣市教育長は12日、沖縄タイムスの取材に応じ、両社教科書について「文科省の検定を通っているから問題ない」と述べた。一方、竹富町の慶田盛安三教育長は「史実認識に問題があり、検定意見数も多すぎる」と否定的な見解を示した。(又吉嘉例)

 「つくる会」系教科書は従来の歴史記述を「自虐史観」とし、アジアでの侵略戦争や植民地支配など、日本の「加害の歴史」を正当化する傾向がみられる。

 県内では2007年、文科省が教科書検定で、「集団自決(強制集団死)」から軍強制を示す記述を削除させたことに抗議し、全41市町村議会と県議会が検定意見の撤回を求める意見書を可決。その集団自決についても、両社教科書には軍強制を示す記述はない。

 集団自決の軍強制について玉津会長は「県民感情は分かるが、歴史的事実も見方はいろいろある。教科書は感情で書くものではなく、事実に基づいて書くものだ」と強調。「(教科書)本文に書いていない場合でも、先生がアイデアを出し、フリーハンドで教えることもできる」と述べた。

 石垣市、竹富町の元教育長らが両社教科書を採用しないよう協議会に要請していることには「文科省が認めた教科書を『使うな』ということは、思想信条の自由を含め、やってはいけないことではないか。逆に『この教科書がいい』と推薦してくれれば、協議会の中でも提案について触れるかもしれない」と要望した。

 一方、慶田盛教育長は両社教科書について「集団自決の日本軍関与ははっきりしている。沖縄県の中で、史実と合わない歴史認識の教科書を使用するとなった場合、協議会の責任問題にもなりかねない」と懸念を示す。「検定意見の撤回を求め、県民大会も行われた。全市町村議会の意見書可決をほごにするわけにはいかない」と語った。

 慶田盛教育長は、玉津会長が決めた現場教員ら調査員による推薦教科書の「順位付け」廃止や、無記名投票による選定方法に対して、専門的な教科書研究の充実や、「市民に開かれた採択」が困難になると批判している。

 同協議会は23日に教科書を選定する。

被災地で地域再生に活躍する沖縄人

7月14日の琉球朝日放送の番組をご紹介します。

岩手在住の沖縄人、高橋さんが地域経済復興のためにチバッテいます。
「ガレキ」を再利用するためのさまざまなアイデアがありそうです。
被災地の地域再生は、地域在住の人を中心に内発的発展で行うべきであると考えます。





東日本大震災から4ヵ月がたちます。大津波で多くの家などが破壊され、県や市町村は膨大ながれきの処理に追われています。そのがれきを再利用しようと奮闘する人々の中に、沖縄県出身者がいます。復興に向けた彼らの思いを取材しました。中村記者です。

宮古市の宮古ボード工業。この工場では、木材工場から出る木くずや建築廃材などを再利用してパーティクルボードと呼ばれる板にしています。しかし3月の大津波で原材料となる木片チップを流された上、停電が長く続き、生産停止に追い込まれていました。

宮古ボード工業・坂下勝吾社長「4月末にちょっと見に行ったら、がれきの中の太材を選別してチップ化をもう山田町は始めていた。これは使えそうだと」

がれきを使ったこのボードは別名「復興ボード」と呼ばれています。

山田町にある震災がれきの集積所。ここでは運ばれたがれきから、ある程度の大きさがある家の梁や柱などの木材を選別。そして釘などの金属を外し、破砕機で木片チップにします。この集積場では毎日、およそ20トンのチップを生産し、工場で板に変えていきます。

坂下勝吾社長「地方自治体が一刻も早く、がれきを処理したいということに、我々も手助けしているというほうが大きい」

この復興ボードを被災者用の集会場に利用したのが宮古市の菊地建設です。菊池建設で働く高橋晃さんは読谷村出身。岩手で暮らすようになって30年になります。震災前から地元で、安心安全な街づくりを考える会合に参加し、地震や津波対策に取り組んでいました。しかし、想像をはるかに超えた今回の津波に、大きな衝撃を受けたといいます。

高橋晃さん「常日頃から地震に対しての考え、津波に対しての心構えというのは持っているので、想像していた以上はある。言葉に表せない状況」

津波で破壊された地域は住宅の建設がまだ認められていないため、高橋さんらは上下水道の配管工事の復旧から行っています。しかし、できるだけ早く住民の生活の拠点となる住宅を建設したいと考えています。

高橋晃さん「この人たちをどこに、どういう風な状況で生活をさせるか、どういうところに住まわせるかという部分で考えていました」

岩手県宮古市津軽石の仮設住宅内に設置された集会所。被災地の仮設の建物に復興ボードが使われたのはここが初めてです。

復興ボードを提案した岩手大学の関野登教授は、震災で破壊された地域で産業の建て直しや雇用につながると復興ボードに期待を寄せています。

岩手大学農学部・関野登教授「各復興計画に基づいて住環境を整えることになりますから、こういう材料を積極的に使っていただければ、地域で生産されたものが地域でまた使われるといういい循環ができると思う」

一方、高橋さんも「復興ボード」を街の復興と津波に強い街づくりに利用したいと考えています。

高橋晃さん「今度は防災にプラスアルファーの津波という対策を考えて、それに向けての街づくりを進め、共に進めていきたいと考えております」

思うように進まない震災がれき処理のなかで始まった「復興ボード」への取り組み。震災復興への足がかりにしたいという地元の強いが思い込められています。

高橋さんは、被災者の生活再建が地域再生につながると話していて、週末は地元の有志と沿岸部の経済を復活させるための構想を練っています。将来的に津波はもちろん、災害に強い「街づくり」を実現することが目標だと話してくれました。

琉球の歴史を無視する教科書が八重山で採択されようとしています

教科用図書八重山採択地区協議会 御中

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緊急アピール
自由社・育鵬社の中学社会科教科書は、子どもたちにふさわしくありません

現在、沖縄県内において2012年4月から使用される中学校教科書の採択がすすめられています。教科書採択は、歴史認識、主権者意識をどう育てるかという観点から、中学校の問題だけでなく沖縄県民全体が注目しています。特に2007年の「教科書検定問題」以降は、教科書の検定結果ならびに採択は「子どもたちに沖縄戦をどう教えるか」に直結する問題として新聞等でも報道されてきました。

 大学という研究・教育に携わる者として、検定合格し採択の選択肢に入っている教科書の中で、教科書記述の中に重大な問題を抱え、子どもたちが学ぶうえでふさわしくないと判断される教科書があります。そこで、県民のみなさんに問題点を指摘し、各市町村教育委員会においてはその点を十分踏まえ採択をお願いするものです。

私たちが問題にする教科書は、「新しい歴史教科書をつくる会」の流れをくむ自由社、育鵬社の歴史・公民教科書です。これまでもさまざまな学術団体、市民団体が多くの問題を指摘しているように、これらの教科書は沖縄の子どもたち、全国の子どもたちが学ぶにふさわしくない教科書であると考えています。

第一に、誤植・誤記・誤字の多さ、挙げ句の果てには盗用のある教科書であることです。子どもに渡る著作物でありながら、検定意見の多さもさることながら検定後も多くの指摘のあるこれらの誤りは、著作物を発行するという真摯さからはほど遠いものです。自由社版教科書では年表を盗用までして発行していた事実が明らかとなり、出版という社会に責任ある仕事をする立場の人間にあるまじき行為です。

第二に、これらの教科書は、2007年の「集団自決」(=強制集団死)に関わる教科書検定意見撤回の運動時に多くの県民で共有された願い、県民大会決議ならびに全ての市町村議会決議に反し、沖縄戦研究の成果を十分反映していない教科書であるという点です。育鵬社の記述では、「米軍の猛攻で逃げ場を失い、集団自決をする人もいました」と、自由社では、「米軍が上陸する中で、追いつめられた住民が、家族ぐるみで集団自決する悲劇が起こりました」と記されています。これでは、「集団自決」(=強制集団死)に追い込まれた人々の実態が反映されていません。体験者の証言によっても、それをもとにした沖縄戦研究においても、最終的に彼らの「死」への道を強烈に後押ししたのは、日本軍の存在であり「軍の命令・強制・誘導」によって死に追いやられたことが明らかになっています。こうした事実をふまえない教科書では、沖縄戦の本質を学ぶことはできないと考えます。

 第三に、「日本の侵略や加害の事実、植民地支配についての記述がほとんどない」という問題です。日本による植民地でのインフラ整備などの「近代化」を賛美する記述に終始し、侵略や被害を受けた側、植民地支配を受けた側についての配慮がまったくありません。これは、かつての日本の加害の歴史に対する「近隣諸国条項」を軽視しており、重大な問題です。現在の沖縄は、台湾・東南アジアなどとの交流・観光も活発化していますが、それら相手国の人々との過去の関係をゆがめて教える教科書は、これからの沖縄を担う子どもたちに最もふさわしくないものといえるでしょう。

 最後に、歴史分野にも公民分野それぞれに「沖縄の米軍基地に関する記述がほとんどない」という問題です。現在、沖縄の米軍基地の存在は多くの県民を苦しめ、事件事故が多発しています。また普天間基地の問題など国政、日米関係を揺るがす大きな問題にも関わらず、日米安保条約に関して育鵬社の記述では「日本だけでなく東アジア地域の平和と安全の維持にも大きな役割を果たしています」と記述し、また日本の防衛の課題として、「中国は近年、一貫して軍事力の大幅な増強をすすめており、日本を含む東アジアと国際社会の平和と安全にとって心配される動きとなっています」と危機感をあおるような記述をしています。

 このように、自由社・育鵬社の教科書は、沖縄でのさまざまな研究成果を全く踏まえていない教科書なのです。このような教科書で子どもたちが学ぶことは、学問研究の成果に即した歴史認識や主権者意識を育む上でも大きな問題があり、子ども達が主たる教材として学ぶ教科書としてふさわしくないと言わざるを得ません。

これからの学校教育は、諸国民、諸民族の共生をめざすものであるべきで、自国中心的な世界像を描くことや、他国を誹謗することは許されないと考えます。これらの教科書が教育現場で使われる事で、共生の未来を築くために必要な、生徒の歴史認識や国際認識の形成が阻害されることを憂慮します。よって、私たちは、これらの教科書が採択されることに強く反対するものです。

普天間基地における風船行動

昨日、普天間基地で行われた風船行動に対するカマドゥー小たちのつどいの呼び掛け文をご紹介します。

このような試みにより、基地を使えなくさせて、撤去させることができます。



はいたい。
 本日(8月9日)の琉球新報・沖縄タイムスにも報道されましたように、私たち「カマドゥー小たちの集い」は明日10日午前9時から午後3時まで、嘉数高台公園をはじめ、普天間基地の周りで、「ヘリ基地いらない二見以北十区の会」とともに、風船をあげることにしました。普天間爆音訴訟団も協賛しています。以下が、私たちの声明文です。

趣旨にご賛同くださる方は、どうぞご参加お願いします。一緒に(ご自宅ででも公園ででも)風船をあげて、「普天間の空・普天間の大地はわたしたちのもの」ということを確認しましょう。
                           カマドゥー小たちのつどい

■カマドゥー小たちのつどい より

 普天間の空・普天間の大地は わたしたちのもの!
風船あげよう

 わたしたち「カマドゥー小たちの集い」は、「基地は県外へ!」を要求して行動している女性たちの集まりです。このたび、次のように考え風船行動に取り組みます。

 1996年の日米両政府の普天間基地返還合意から15年経ちました。その間(それ以前はもちろんですが)沖縄県民は、数えきれないくらいのさまざまな取り組みをして「基地の県内移設」を不可能にしてきました。そして、基地の押しつけは沖縄県民に対する差別であると見抜き、「差別をやめろ」という声を大きくし、2010年には「県外移設」を公約する県知事をも誕生させました。

 しかし残念ながら、普天間基地の空や大地はまだ沖縄県民のもとに戻って来ていません。ヘリなどの軍用機が爆音を轟かせながら頭上を飛び交い、わたしたちを侮辱し、わたしたちの暮らしや命を脅かしています。その上さらに、2012年には非常に危険な垂直離着陸輸送機MVオスプレイを普天間基地に配備するというのです。黙ってはいられません。日米両政府は、わたしたち沖縄県民の尊厳、暮らしや命を守りません。それどころか、ますます危険を背負わせるようなことをする以上、わたしたちは、自分たちで自分たちや次の世代の子どもたちを守るための行動をするしかありません。

 以上のことを踏まえ、「わたしたちの命を危険にさらすな!」「この空や大地はわたしたちのものだ!」「基地は県外へ!」を意思表示するために、わたしたちは風船を揚げることにしました。

 沖縄県民のみなさん、宜野湾市民のみなさん、この趣旨に賛同なさる方はぜひ一緒に風船を揚げましょう。これはそもそも法的にも何ら規制をうけるものではありません。一緒に風船を揚げて、「ここはわたしたちの空だ!」と確認しましょう。

          記

1.日時:2011年8月10日(水)午前9時~午後3時ごろ   
(2004年8月13日米軍CH53Dヘリ墜落から7年目の夏)
2.場所:普天間基地周辺(宜野湾嘉数高台公園 他)
3.風船について

〇直径50~90cmの風船
〇20~40mのテグスをつなげ、揚げるだけで、飛ばさず固定します。
〇ヘリウムガスを入れます(環境に悪影響を与えません)。
〇終わったら回収します。
〇風船にサングヮーをつけます。

<<米軍関係者のみなさんへ>>
風船を揚げる行動は、あなた方を危険に陥れるためにするものではありません。

 逆にわたしたち沖縄県民にとって、あなた方のほうが危険です。わたしたちは自分たちの島であなた方によって、暮らしや命が脅かされ、屈辱を受けています。このことは、沖縄島の約20%もの土地を基地として占領しているあなた方には実はよくわかっているでしょう。

 沖縄県民はこのことを決して許してはいません。「土地を返せ」「わたしたちの人権を侵害するな。尊重せよ」とわたしたしはずっと粘り強く、さまざまな行動で訴えてきました。

あなた方が基地として占領している土地もすべて、琉球・沖縄人の祖先が暮らしを営んできた大切なところです。すぐに返しなさい。「日本の国内問題」として責任逃れをせずに、あなたがたのいう「民主主義」「人権の尊重」が口先だけではないことを証明してください。

 もし普天間基地の土地をわたしたちに返還するために移設が必要というなら、沖縄県内の辺野古や嘉手納でなく、またグアムでもなく、日本本土へ移しなさい。なぜなら、日本人(日本本土人)こそが、自分たちの土地を米軍に提供する日米安保条約を締結しておきながら、その義務をほとんど履行せず、勝手に沖縄の土地を差しだしてきたからです。

 繰り返しますが、あなた方を危険にさらすために、わたしたちは風船を揚げるわけではありません。しかし、それでもあなた方が危険だと思うなら、どうぞ、ヘリなどの軍用機を飛ばさないでください。

<<日本人のみなさんへ>>
 わたしたちが日本人のみなさんへ求めるのは、沖縄で一緒に風船を揚げたりすることやカンパなどではありません。一日も早く沖縄から基地を引き取ることです。

 戦後の歴史だけみても、日本人は、1952年対日講和条約(サンフランシスコ平和条約)で沖縄をアメリカに統治させることによって自らの独立を手に入れ、そのアメリカ統治下の沖縄に日本本土の基地も移設・集中させることによって、基地被害から圧倒的に免れてきました。さらに、沖縄の基地を1972年の「沖縄の日本復帰」で「安保条約下の日本の基地」と言い換えることによって、「基地のない平和な日本本土」を築いてきました。

 沖縄のわたしたちは「基地を押しつけられた」当事者として、「イクサはならんどー」という言葉を大切にしながら闘い続けてきました。その闘いとは、座り込みや集会、デモなどの活動だけを指すのではなく、戦後から現在にいたる暮らしそのものがそうなのです。

 みなさんは「沖縄に基地を押しつけてきた」当事者です。そのことを自覚し、「押しつけてきた基地を沖縄から引き取ろう」とまわりに呼びかけてください。基地反対運動まで沖縄に依存しないで、まず、一人からでも責任を担う行動を始めてください。そうすることによってはじめて、沖縄に依存しない自立した社会や歴史をつくる一歩を、日本人は歩むことができるでしょう。

                    2011年8月
カマドゥー小たちの集い

■ヘリ基地いらない二見以北十区の会 より

普天間の空・大地を取り戻す行動に名護市民として参加します

 私たち「ヘリ基地いらない二見以北十区の会」は、日米両政府が普天間飛行場代替施設=辺野古新基地の建設を計画している名護市東海岸・二見以北十区の住民で構成する住民団体です。1997年10月に結成以来14年間、地域と子どもたちの未来を奪う基地建設に地元住民として反対の活動を続けてきました。

 97年12月に行われた名護市民投票で私たちは、日本政府による権力と金力を使ったあらゆる妨害・圧力をもはねのけて「基地ノー」の市民意思を内外に発信しました。そのときに私たち名護市民・地域住民を支えてくれたのが、「カマドゥ小たちの集い」の勇気ある行動でした。

 彼女たちは、戦後この方、自分たちが受け続けてきた耐え難いほどの爆音・騒音や墜落などの事件・事故の恐怖を、同じ沖縄の名護市民に味わってほしくないという一心で名護に駆けつけてくれました。「カマドゥ」の女性たちと「十区の会」の女性たちがペアになって、市内各戸を訪ね、普天間基地の危険性を体験者として伝え、「反対してください」と訴えた行動は名護市民投票を勝利に導く大きな力になったと私たちは確信しています。名護に移設して自分たちの苦しみを終わらせようというのではなく、狭い沖縄のどこに移しても同じ、という彼女たちの思いは多くの人々の心を揺り動かし、その後の沖縄の方向性をも示す先駆的なものだったと思います。

 この14年間、時には絶望しそうになりながらも、反対の灯をともし続けてきた地域住民・市民の願いが、ついに基地建設反対を明確に打ち出す名護市政を誕生させ、圧倒的な県民世論によって沖縄県政も「県外移設」へと舵を切り、辺野古移設=県内移設反対が全県民の意志をして表明されるにいたりました。

 ところが日本政府は、「辺野古移設ができないなら普天間基地は固定される」と、自分たちが「普天間基地返還」を約束しておきながら、それができないのは沖縄県民のせいだという責任転嫁、脅しをかけてきています、私たちは移設先とされた名護市民・地域住民として、これに厳しく抗議し、日米両政府が約束の期限をとっくに過ぎた普天間基地を宜野湾市民・住民に即刻返還するよう求めます。

 私たち十区の会は、「普天間の空・大地はわたしたちのもの」「基地は県外へ」という「カマドゥ小たちの集い」の意思表示を支持し、次世代の子どもたちを守るための風船行動をともに行うことを表明します。

2011年8月8日 
ヘリ基地いらない二見以北十区の会
 
■カマドゥー小の集いからの呼びかけ文 英語版

The Sky and the Earth of Futenma Belong to Us 
          Let’s raise balloons !
We, Kamadou gwa tachi no Tsudoi, are a group of women who demand that the military bases on Okinawa should be moved out of Okinawa Prefecture. We have decided to initiate a balloon action for the following reasons.
  Fifteen years have passed since the U.S. and Japanese governments agreed in 1996 to return Futenma base to us. During those years (and of course, before as well) Okinawans have made countless efforts of every sort to make the relocation of Futenma base within Okinawa impossible. And as it became clear that the forcing of U.S. bases on Okinawa is a form of discrimination, we raised our voices louder against it. And 2010 saw the election of a Prefectural Governor who had made the removal of Futenma base from Okinawa a public promise.
  However, the sky and the earth of Futenma base have not yet been returned to the people of Okinawa. Helicopters and other military aircraft roar overhead, disrupting our livelihood and threatening our lives. On top of that, they say they are going to station the notoriously dangerous MV Osprey vertical landing and takeoff aircraft on Futenma base in 2012. We cannot be silent. The governments of Japan and the U.S. do not protect the dignity, the living, or the lives of Okinawans. Rather, they mean to burden us with greater and greater danger. As a result, we have no choice but to protect ourselves and our children, the next generation, by our own efforts.
  For these reasons we have decided to raise balloons as an expression of our will: "Do not endanger our lives!"; "This sky and earth belong to us!"; "Move the bases out of the prefecture!"
  People of Okinawa, citizens of Ginowan! If you agree with this purpose, then join us in this balloon action. It is not prohibited by any law. Let us confirm that this is our sky by raising balloons into it.

      * * *
1) Time; Wednesday, 10 August, 2011, 9am to 3pm.
(The seventh summer after the crash of the U.S. military's CH 53 helicopter)
2) Place; around Futenma Airbase (Kakazu Takadai Park, and other locations)
3) Concerning the balloons:
*Diameter: 50-90cm.
*Secured by 30-40m of fishing line, so they will not come loose.
*Filled with helium (no bad effect on the environment).
*When the event is over, balloons will be removed.
*Sangwa will be attached to the balloons.

<<To the People Related to the U.S. Military>>
We do not fly balloons to put you in danger. On the contrary, to us Okinawans your presence here is dangerous. Here, on our own islands, we are insulted by you, and our livelihood and our lives are threatened by you. You who occupy 20% of Okinawa Island for your bases must surely understand this well.
We Okinawans have never given you permission to be here. Tenaciously and by means of all sorts of actions, we have appealed to you: Return our land! Don't violate our human rights! Treat us with respect!
  The land you have occupied for your bases is where our Ryukyu/Okinawan ancestors lived their lives, and is precious to us. Return it! Do not try to evade your responsibility by calling this a "Japanese domestic issue". Prove to us that your talk of "democracy" and "respect for human rights" is not just lip service.
  If you still insist that the only way to return the Futenma land to us is to relocate the base, then relocate it to mainland Japan. Because while it was the Japanese (mainland Japanese) who entered into the Japan-U.S. Security Treaty, which allows U.S. bases on Japanese land, they have mainly avoided bearing the burden of their treaty obligation by offering up Okinawan land instead. 
We repeat, we do not send up these balloons to endanger you. But if you do think them dangerous, then please refrain from flying any helicopters or other military aircraft.

<<To the People of Japan (Yamatu/Mainland Japan)>>
What we ask of you Japanese people (mainland Japanese) is neither that you raise balloons with us in Okinawa, nor that you raise funds for us. What we ask is that you take back the U.S. bases from Okinawa as soon as possible.
Looking only at Japan's postwar history, we can see how, with the 1952 San Francisco Peace Treaty, Japan got its independence in exchange for agreeing to the continued U.S. rule of Okinawa. And by moving U.S. bases to Okinawa, Japan was largely able to escape the damage that comes with them. And then with the 1972 reversion of Okinawa to Japan, the situation was redefined as "U.S. bases authorized under the Japan-U.S. Security Treaty", and the myth of "peaceful, almost base-free mainland Japan" was born.
We Okinawans, as the party upon whom these bases are imposed, valuing the words "ikusa ya narando" (no war), have long struggled against these bases.
This struggle does not simply mean sit-ins, rallys and demonstrations; it means our daily life itself, from the end of the war to the present day.
  You are the party who forced these bases upon us. Be conscious of that fact, and appeal to those around you: "We should take back the bases we forced on Okinawa." Give up this dependency you have on Okinawa, even for the anti-base movement, and begin to take responsibility yourselves. Only by doing this will you be able to take the first steps toward building a society, a history, free from dependency on Okinawa.

七ヶ浜でのボランティア活動

今日は、七ヶ浜町において、他のボランティアのかたがたと、畑の​雑草取り、ガラスなどのごみのふるい落とし、袋詰めの作業をしました。

炎天下で大変な作業でしたが、皆が互いに思いやりを持って​助け合いながら終了することができました。

その後、菖蒲田浜に皆​でゆき、ボランティアの方から、地域再生のためのモニュメント作​りの話や、なぜ、海外に多くの漂着ゴミ、コンテナが今でもあるの​かの話を聞きました。

七ヶ浜ボランティアセンターには地域の子供とボランティアの青年が遊んでおり、子供たちの明るい顔を見ていると、七ヶ浜の希望のように見えてきました。

地域再生のために住民だけでなく、ボランテ​ィアの人々がどのように取り組んでいるのかを学ぶことができ、地​元の住民の方に地域再生の熱い思いを学びました。これからバスで​13時間かけて京都に戻ります。

私自身もそうですが、学生も多くのことをこの一週間から学び、関西に戻り、この経験を多くの人に伝えてくれると思います。

石巻の牡鹿半島でのボランティア活動

昨日は、宮城県牡鹿町のお宅の片付けの仕事をさせていただきまし​た。

仙台からバスで3時間ほどかかりました。その被災地ではまだ、震災後、片づけが終わっていない、全壊、半壊のお宅、津波で破壊されたお宅がたくさんありました。

非常に暑い中での仕事でしたが、家主さんとともに片付けをさ​せていただきました。

家主さんが「これが踏ん切りがつきました。新しい店の仕事を始める準備をしている」という言葉が心に残りました。

学生、教職員も自らが持てる力を発揮して​ひとつの仕事を成し遂げさせていただき、大家さんからも感謝の言​葉をいただきました。

復興支援のボランティア活動は息の長いもの​になると改めて実感しました。

今日から石巻市でボランティア活動をします

今日は、石巻牡鹿半島でボランティア活動を学生、教職員約30名​で行います。

暑くなると思いますので、学生、教職員の体調に気を​つけながら活動を行わせていただきます。

昨日は、本願寺仙台別院​のミーティングに参加し、これまで活動を行った方からお話を伺い​ました。

活動を通じて、深く悩み、考え、また被災者の方々と心と​心の交流をして、互いに励ましあっているなと思いました。

阪神淡路大震災の被災者になられたNHKの方とも話をして、ボランティ​ア活動の意味を改めて考えました。

今日から宮城県石巻に行きます

今日から龍谷大学ボランティアNPO活動センター主催の宮城県石​巻でのボランティア活動に参加してきます。

石巻に行くのはこれで​3回目ですが、地域の方々とともに汗を流し、同じ空気を吸い、考​え、話をしたいです。

学生たちとも人が生きること、復興支援等に​ついて話し合いたいです。

10日の早朝に帰ります。

宮城県は沖縄とも関係があります。

宮城県は松島海岸が有名ですが、大震災前はカキ養殖の産地であり、世界的にも有名なカキの養殖場でした。

松島海岸の湾内でカキの養殖を始めたのが沖縄人なのです。そのようなつながりがあることを知ると、海で沖縄と被災地がつながっていることを改めて実感しました。


カマドゥー小たちの集いの会議が沖国で開かれます。参加して下さい。

琉球は強い台風に襲われています。私の家でも雨漏りが発生しました。皆さんのお宅は大丈夫でしょうか。


今日、沖国で14時15分から、カマドゥー小たちの集いの会議が開かれます。これは午前中から開かれている
「占領下の対話」という国際的集会の中の一つとして開かれるものです。

カマドゥー小たちの集いの方々のご厚意により、わったーるーちゅーによる国連脱植民地化特別委員会での活動についても紹介がなされます。

皆さん、どうぞご参加ください。


PLENARY
全体会議
1415
1520

KAMADUU GWA TACHI NO TSUDOI
"Why Futenma Marine Corps Airbase
should be returned to mainland Japan"

カマドゥー小たちの集い

「米海兵隊普天間基地はなぜ本土
日本へ返還すべきか」
カマドゥー小たちの集い

Room 305
305教室

オスプレイの配備を警告してきた真喜志さん

7月27日の琉球朝日放送の番組をご紹介します。




先月6日、県や宜野湾市などに伝えられた普天間基地へのオスプレイの配備。日本政府は長年、配備の可能性を否定してきましたが、14年も前から警戒してきた男性がいました。彼らが日米の公文書を地道に集め、分析した中から見えてきたこととは。

その事実は1枚のファックスで伝えられました。

『地元へのお知らせ(口頭)。防衛本省から米国政府がMV22オスプレイ配備に関連し、以下の趣旨の発表をしたとの情報を得ましたのでお知らせいたします。海兵隊は、軍全体でCH46を段階的に減らしMV22に換装するプロセスにある』

真喜志好一さん「あたかも今、日本政府がアメリカ政府から聞いて、わかったというようなジェスチャー、お芝居の始まりだと思いました」

こう話すのは、建築家でジュゴン裁判の原告でもある真喜志好一さん。真喜志さんは1999年、元大学教授たちとともに「SACO合意を究明する県民会議」を発足。日米の公文書を調べる中で、ある仮説を立てました。

それは普天間基地や北部訓練場の返還などが発表された「SACO合意」の裏側にアメリカ軍基地の機能強化を狙った思惑があるのではないかということです。

こうした中、真喜志さんは、アメリカ軍のホームページである写真を見つけます。オスプレイが飛ぶこの場所が北部のある場所に似ていたのです。

真喜志さん「(SACO合意)その直後、米軍が高江の北側にある宇嘉川という河口を訓練場として、新たに手に入れている。その宇嘉川の河口そっくりの地形で、オスプレイがゴムボートを下ろす上陸訓練をしているイラスト」

この場所は現在、ヘリパッドが建設されている東村高江区のすぐそば。調べてみると、新しいヘリパッド建設にもオスプレイありきの計画が浮かび上がりました。

日米の議事録に書かれていたオスプレイに必要な着陸帯は直径45メートル。高江に建設中のヘリパッドと同じ大きさなのです。

真喜志さん「オスプレイの訓練場を造ると発表すると、沖縄の人が反対するので、北部訓練場の北半分を返す、そこにあるヘリパッドを南に移すよと」

真喜志さんはジュゴン裁判で、アメリカ政府から証拠として提出された資料に決定的な記述を見つけました。

1992年に作られた普天間基地のマスタープラン。19年も前の資料にすでにオスプレイの配備を見越して駐機場の位置が記されていたのです。

また、普天間基地の返還と代替施設の建設が発表される直前の1996年の日米協議の議事録。そこには次のようなやり取りが記録されています。

『日本政府は沖縄県民にV22についてどんな風に話をしたらよいかアドバイスを求めた。V22については何も言わない。V22について具体的に伝える。現在使用している機種に合わせて建設し、のちアメリカ側がV22の配備を発表する時に延長する』

その1カ月後に防衛庁からアメリカ軍に出された文書にはオスプレイの配備計画などを質問したうえで、なぜか回答の方法についても、次のような内容が望ましいと示していたのです。

『海上施設は現在普天間飛行場で配備されているヘリコプターの移転先として考えられたものなので、海上施設はあくまでもヘリポートである』

代替施設の計画に、オスプレイの存在を想像させないよう求めたようにも受けとれる記述。実際、この後のSACOの最終報告書から、オスプレイの文字は消えていました。

真喜志さん「草案の中では、海上基地には従来のヘリコプターとMV22オスプレイの部隊を配備すると書かれているわけです。草案の中身がSACO報告書ではヘリコプター部隊と短距離で離発着できる航空機と書きかえられる」

政府はこの後15年間もオスプレイの配備を否定してきました。そして先月、北沢防衛大臣は次のように語りました。

北沢防衛大臣「装備の変更の経過からすると、極めて異例の事前の発表ということで、当然、日本と沖縄の配慮があってのことだろうと思います」

なぜ、これほどまでに日本政府はオスプレイの存在を隠し続けたのか。それはオスプレイが抱えている安全性の問題、そして普天間返還の裏に見え隠れする思惑を隠す意図がったのではないかと真喜志さんたちは考えているのです。

真喜志さん「SACO合意に書かれているように、沖縄の普天間軽減という枕詞がついています。それがそうでなく、最新鋭の輸送機を配備するために普天間の閉鎖や北部訓練場の返還があるのがバレバレになるじゃないですか」

エスペラント語の雑誌etnismoに「琉球自治共和国連邦独立宣言」が掲載されました

上智大学の教員をされている、木村護郎クリストフさんがエスペラント語の雑誌etnismoを送って下さいました。

2010年11月15日号です。同誌の12~14頁まで琉球自治共和国連邦独立宣言が木村さんがエスペラント語に翻訳したものが掲載され、また木村さんによる解説もついています。

広くエスペラント語を読み話す方々にも独立宣言や琉球の基地問題、差別問題、歴史、文化等を広く紹介して下さり、感謝申し上げます。

木村さんの私宛の手紙に次のような記述があります。
「アイヌ民族のことは知っていたが、琉球のことは知らなかったという反応があり、紹介してよかったと思いました」


ウェキペディアによると木村さんは次のような方です。

2002年、一橋大学大学院言語社会研究科博士課程修了の学術博士。2007年には、上智大学外国語学部ドイツ語学科准教授(上智大学では、社会言語学とドイツ語の授業を担当している)。また、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでも言語動態論、多言語コミュニケーション実践とドイツ語を担当している。

極めて闊達なエスペランティストであり(かつては日本青年エスペラント連絡会{JEJ}の代表でもあった)、臼井裕之とともに、事実上日本に初めて「言語権」という概念を紹介した存在としても知られている。学位論文では、ドイツ東部の少数民族の言語であるソルブ語と、イギリスのコーンウォールのケルノウ語をとりあげてフィールド調査を伴った研究を行っている。

言語的近代を越えて (2004年、明石ライブラリ、共著、ISBN 978-4-7503-1970-4)
言語にとって「人為性」とはなにか:言語構築と言語イデオロギー:ケルノウ語・ソルブ語を事例として (2005年、三元社、ISBN 978-488303-153-5) - 学位論文を元にした書[1]
媒介言語論を学ぶ人のために (2009年、世界思想社、共著、ISBN 978-4-7907-1425-5)

不平等で、理不尽な事が起きている沖縄

5月17日の琉球朝日放送の番組を紹介します。

仕事が終わり帰宅途中がなぜ「公務」なのか。米政府は沖縄人をバカにしています。それに対して米国に自国民を守らない日本政府もおかしな政府です。沖縄人を守ろうという気概や意思がありません。

米軍属は行政処分だけで終わりです。
こんな不公平な、理不尽な事が沖縄で起きているのです。





ことし1月、沖縄市で前の車を追い越そうとした乗用車がハンドル操作を誤って対向車線に進入。軽乗用車と正面衝突する事故があり、軽乗用車を運転していた当時19歳の男性が亡くなりました。

乗用車を運転していたのは、アメリカ軍キャンプフォスターに勤務しているアメリカ軍属の男性で、男性は自動車運転過失致死の容疑で書類送検されました。


しかし、那覇地検はアメリカ軍属の男性が事故を起こしたのは仕事からの帰宅途中であり「公務中」と判断。日米地位協定17条に基づいて、男性を不起訴処分としました。

日米地位協定第17条では、アメリカ軍人・軍属が「公務中」に起こした事件・事故について、第一次裁判権はアメリカ側にあることを謳っています。つまり、軍人・軍属の公務中の事件事故については、日本で刑事裁判を開くのではなく、アメリカ軍が裁判を行うということです。

遺族「事故の内容とかを話した後、日米地位協定に基づいて、公務中なので第一次裁判権は米軍側にある。それで日本側としては仕方ないから不起訴にするしかないって」

そもそも、どうして公務中の事件・事故について、日本側に第一次裁判権がないのでしょうか。

池宮城弁護士「国際的な条約関係でありうることなんですが、その中身が大変不平等」

地位協定を結ぶことや公務中の裁判権について、取り決めがあること自体は必要なことですが、日本とアメリカの場合は、対等な関係ではないと池宮城弁護士は説明します。


これは、1953年に法務省刑事局から検事長と検事正に送られた、アメリカ軍人・軍属に対する刑事裁判権の実務資料のコピーです。資料の裁判権の行使に関する部分には、実質的に重要な事件以外は日本側が裁判権を行使しないとする指示が書かれています。さらに―。

(米)「合衆国軍隊の構成員または軍属が正規の勤務日における勤務中に飲酒したとしても単に飲酒したということだけでは必ずしも公務の性格を失うものではない」

(日)「然り」

(米)「何が公の催事であるかということを決定するものは誰か」

(日)「当該指揮官または指揮官に代わるべき者が一応の決定をすることとなる」

1972年の資料には、日米合同委員会で「公の催事」での飲酒も公務と認定し、その催事が公がどうかの判断もアメリカ軍側が決定することを合意したとも記されています。


また、国会の答弁などで明らかになった公務中による不起訴の数(道交法違反のみ)は2002年から2004年の3年間で206件。直近の2009年には、公務中が理由の不起訴の数は明らかになっていませんが、軍人・軍属による交通事故など100件のうち公務証明書の発行は94通に及んでいます。

遺族「私が訴えないで、そのままこれを受け入れたら、子どもにも申し訳ない」

遺族は先月25日、軍属の男性の不起訴を不当として、検察審査会に申し立てを行いました。

しかし今月11日、検察審査会での審議結果が出る前に、担当検事から軍属男性の処分は運転禁止5年という懲戒処分だと伝えられました。


池宮城弁護士「遺族の母親とも話したんですが、絶対承服できないと。これは行政処分なんです。決して刑事裁判じゃない。それで許されると。これが実態」

運転禁止という行政処分。アメリカ軍人なら軍法会議にかけるところを、軍属についてはそれができないことになっているというのです。

池宮城弁護士「軍法会議にかけるってのは刑事処分。場合によっては禁固刑とか懲役何年とか。これが軍法会議でなされる刑事罰なんです。しかし軍属はそれができないということですから、結局、行政処分、免停だけで済ませたということです」

遺族「相手にも不満とかいろいろあるんですが、日本側にもやっぱりある。ちゃんとすべきことをしてほしいです」

本来なら刑事裁判で問われていたはずの今回の事件。批判は刑事裁判に問われないことを知りながら、地位協定を改定することなく放置した国にも向けられています。

沖縄の政治、基地、経済、内発的発展についての講義と議論

昨日​は、参議院第一特別調査室の勉強会で、「今後の沖縄振興等の在り​方について-ポスト沖振法、沖振計画を踏まえて-」という発表を​しました。大変、示唆的で刺激的な議論をさせていただきました。



今日は、龍谷大学で​小中高の教員免許更新のための特別授業を行います。朝9時から夕​方6時までの長丁場です。沖縄の政治、軍事、経済、そして内発的​発展について話をし、参加者と議論をし、ワークショップをして顔​の見える講習会にしたいです。


今年で3回目ですが、毎回、積極的な意見を先生方を述べて下さり、こちら側も勉強になります。

なるべく多く参加者の方が意見を述べられるような授業にしたいです。

沖縄の基地問題、独立・自治、経済自立、本当の豊かさについて、どのように考えているのか私も知りたいです。

ワークショップでは、模造紙に皆で意見を書いてもらい発表してもらいます。また賛成・反対のロールプレイをして、見解が異なるような問題について互いの意見を出してもらいたいと思います。



崇仁地区、ウトロ地区から学ぶ

昨日は、崇仁地区、ウトロ地区にいき、その歴史と町おこしについ​て学生とともに学びました。

崇仁地区では菱田さんから歴史や町おこしの話を聞いた後、柳原銀行に行き、人々の生活の歴史を考えました。中村先生が銀行に来られたので、一緒に崇仁地区や、在日コリアンが多くする東九条を話を聞きながら歩きました。

ウトロ地区では厳本さんが町を案内して下さり、現状の問題、歴史、今の取り組みについて話を伺いました。

日本居住福祉学会の発表や厳本さんの​話を聞いたあと、広場で雨の中焼き肉をたくさん食べました。

被差別部落の方々や、在日コリアンの方々がどのように差別と闘い、自由や平等のための歩みを具体的にどのように実現してきたのかを知ることができました。沖縄差別を考えるにおいても、大変参考になると思います。



今日​は、参議院第一特別調査室の勉強会で、「今後の沖縄振興等の在り​方について-ポスト沖振法、沖振計画を踏まえて-」という発表を​します。今日も真剣な議論により多くのことを身につけたいです。

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