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Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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今日から琉球に行きます。

今日から琉球に行きます。

明日、国連参加琉球人による合同報告集会が開かれます。

皆さん、どうぞお越しください。

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与那国の将来は島民自身が決める

9月26日の琉球朝日放送の番組です。

国の防衛は、政府の専権事項であっても、辺野古の場合は琉球人の運動や、首長の意思によって止めることができます。

与那国が基地の島として、日米両軍に使いたい放題の島になるのか、島人が自己決定権をもって島の将来を決めていくのかが問われています。






先週、与那国町の定例議会で、自衛隊誘致決議の撤回などを求めた議員提案が出されました。与那国町では3年前に、与党議員らが中心となって、人口減少に歯止めをかけることを理由に、防衛省に自衛隊の誘致を要請。

その後防衛大綱に、南西諸島の防衛力強化が謳われ、与那国島には、100人規模の陸上自衛隊が、沿岸監視部隊として配備されることが事実上決定しています。

しかし、反対派が集めた署名活動が556筆と、要請当時、誘致推進派が集めた署名数を上回り、人口およそ1600人の島が二分されている状況です。

崎元議員「住民説明会を開くなり、その次に住民投票をして民意を確かめてくれと言っているんですけど、それに関してまったく相手にしないといいますか」

外間町長「1600人しかいないわけですからね。これはある程度やればみなさん全部分かっていることだから。抜き打ちで全然知らないままになされたっていうなら、今言うように説明責任っていう表現はあいますよ。抜き打ちじゃなくて公開ですべてやってきてるわけですから。」

今月に入って、ケビン・メア前総領事が、与那国町の祖納港が有事の際の掃海艇の拠点となりうることをアメリカ政府に伝えていたことが明らかになりましたが、外間町長は、アメリカ軍の基地使用については反対し、自衛隊についても制限を設ける考えだといいます。

外間町長「覚書の中で、これ以上規模を拡大しないとかね、あらゆる制限を設けていこうって考え方持ってるんですよ。例えば100人だったら、100人の配備ですよと。これ以上大きくしてはいかんよと。特に米軍が入ってくることはNOですよと。」

アメリカ軍が祖納港を利用することには反対の姿勢で互いに一致していますが、議会では、民意を問えとする野党の訴えに選挙で勝ったことが民意の表れだとする町長の応酬が続きました。

外間町長「もっともわかりやすいことはこれ、選挙なんですね。選挙で町長選挙においても私のほうで、自衛隊誘致でもって勝ち、議会選挙においても自衛隊誘致について理解をし、なおかつ賛成をした議員が4人通ってると。」

田里さん「お互いが議論できる場をつくるなら、お互いが妥協することは妥協しながら、止まるところは止まりながら、いや前に進まんといかんではないかというような、場を作るならですね」

外間町長「だからもうそれは走りだしてるから。走り出してるものをですよ、いまさらどうして止められる状況があるのかということですよね。これは国の専権事項なんですね。国が決定する事項なもんですから、いかに首長といえどもこれに対する権限というのは持ってないので。」

両者の議論は噛み合わないまま、誘致決議撤回案が提出されました。

糸数議員「もうすでに、誘致活動の時期ではない。すでに用地の選定の話も出始めており、今後どうするか」

島が二分された状況において政治の果たす役割は何なのか。自衛隊誘致でゆれる島は、両者が橋を渡して話し合うことのないまま将来に禍根を残すことになりそうです。

西川潤先生が龍谷大学で講演されます

西川潤先生が来月初め、龍谷大学で講演されます。ご参加希望者は一木さんまでご連絡ください。



龍谷大学社会科学研究所、国際開発学会島嶼部会共催研究会

早稲田大学名誉教授
西川潤氏 講演会

近著『グローバル化を超えて 脱成長期日本の選択』(日本経済新聞社)を踏まえて講義および講演頂きます。ぜひ、皆様も本書をお読みいただいたうえでご参加願います。

グローバル化が進む一方で、開発主義・成長神話の見直しが始まっている。そのような状況の中で、人間本位の豊かさを実感できる経済社会をどう構築すればいいのかが問われている。内発的発展論の今日における課題は何なのか、西川先生に最新の研究に基づいてご報告願います。

講演

日時
 2011年10月8日(土) 13:00~17:00
場所
 龍谷大学ともいき荘 第四研修室
演題
 「内発的発展論の今日的課題」
コメンテーター
 大林稔(龍谷大学経済学部教授)

懇親会
 当日は懇親会も予定しており、先生にもご参加いただきます。

講演会・懇親会の申し込み方法はメールにて
民際学研究会事務局(一木久治) e10m762@mail.ryukoku.ac.jp まで

今日、龍谷大学で民際学研究会が開催されます

昨日は、龍谷大学アフラシア研究所の研究会に参加しました。移民についていろいろな議論を行いました。

今日も研究会です。実り多い議論になるようしっかりコメントをします。



2011年9月25日 研究会  13:00~

  龍谷大学社会科学研究所、国際開発学会島嶼部会共催



 講演

  池田佳代氏 広島大学准教授

   講演テーマ

   「アメリカ・オバマ政権の日米同盟強化に向けた戦略」
   ―グアム統合軍事開発計画をめぐるワン・グアム政策に関する考察を中心に―

   冷戦後、衡平や普遍などの言葉で語られるようになってきたアメリカのリベラリズムの 変質
  が、日米同盟の負担を押し付けられている人々にどのような影響を与えているか、報告いたし

  ます。



  辻修次氏 龍谷大学社会科学研究所客員研究員

   講演テーマ

   「コミュニティー型保全のパラドクス」

   ―パラオ共和国におけるミクロネシアチャレンジの事例を中心にー

  環境保全、地域の自立、NGOの関与、参加型の合意形成などは、かつて内発的発展論などオル

  タナティブな開発論のキーワードとされてきた。これらのキーワードは、1990年代の新興

  工業国などの文脈では、オルタナティブを実現するための一揃えのアプローチであるように目

  されていた。しかし、異なる文脈にある事例を観察すれば、これらのキーワードのいずれかを

  旗印にしたプロジェクトについて、果たしてそのようなことがいえるのか、報告いたします。



 コメンテーター

  松島泰勝氏 龍谷大学経済学部教授



 場所

龍谷大学深草学舎6号館304号松島研究室にて行います。

  当日は、深草学舎、守衛室横の入口より、お入りください。



 懇親会

  研究会終了後、懇親会を行います。



参加希望者の方は、メールにて(アドレスは、e10m762@mail.ryukoku.ac.jp)、

民際学研究会事務局(一木久治)まで、お申し込み願います。

基地付きの一括交付金は、琉球の自治には何の意味もありません

9月21日の沖縄タイムスの記事です。

一括交付金と基地建設をリンクさせようと日本政府は狙っています。
基地付きの一括交付金は、琉球の自治には何の意味もありません。
そんなものは拒否すべきです。




2012年度概算要求基準の重点化項目に沖縄振興が明記され、一括交付金の検討に取り組む政府の姿勢が閣議決定された意味合いは重く、一括交付金が導入される見通しがほぼ確実になった。しかし、予算規模や制度などの全体像は固まっておらず、県にとっては予断を許さない状況に変わりはない。(東京支社・銘苅一哲)

 現在、12年度以降の新たな沖縄振興での一括交付金をめぐる論点は大きく分けて二つ。「予算額」と「自由度」だ。

 県は3千億円を自由に使える沖縄振興一括交付金(仮称)の創設を求め続ける一方で、関係閣僚や民主党幹部、官僚は予算規模は年末の予算編成で固まるとしてきた。さらに、省庁の一部からは東日本大震災の復興財源が必要とされる中、沖縄だけ前年度(約2300億円)を上回る予算を確保するハードルの高さを指摘する声もあった。

 今回の基準は復興をメーンにしたが、日本を再生させる重点化項目の一つに「沖縄振興」を特筆した。重点化の対象となった分は各省庁が前年度予算の1割減分を1・5倍にして要求が可能となり、全体で7千億円程度となる。

 7千億円の配分は政府・与党会議を経て野田佳彦首相が決定する。首相の政治判断により振興予算を3千億円とする可能性はあるが、逆に言えば確証はない。

 もう一つの論点である「自由度」もいまだに視界不良だ。今回の基準は、より細かい考えを示す別紙で「一括交付金に関する地元の要望を十分に踏まえ、予算編成過程において検討する」との表現にとどまった。

 自由度、つまり具体的な制度設計は年末に詰める姿勢を示しており、今月末の概算要求でも項目のみの要求にとどまる見通しだ。

 一括交付金が導入されたが一定の自由度しかない〝骨抜き〟の制度になるのか。県と政府の協議は政治を巻き込み、年末の予算編成までの約3カ月で最終局面に入る。

与那国島での反対署名提出は遅いのか

9月21日の沖縄タイムスの記事をお伝えします。

反対署名の提出は遅くはありません。じっくり議論して、島の将来を皆で決めるべきです。



与那国町への自衛隊誘致に反対する住民らでつくる与那国改革会議(崎原正吉議長)メンバーら約30人は20日、「『自衛隊誘致決議』の撤回と誘致活動の中止を求める」要請として、町民556人を含む国内外からの署名2331人分を外間守吉町長と前西原武三町議会議長に提出した。町の振興目的で誘致を進める外間町長は「後戻りできるようなものじゃない」と誘致を堅持する姿勢を示す一方、10月末には住民説明会を開くとした。

 町民分だけで、誘致派町民が2008年に集めた署名数(514人)を42人上回ったほか、誘致派として署名した514人のうち26人が同日、自身の署名を撤回する意思を示した。08年9月の町議会の自衛隊誘致決議や、外間町長による国への誘致要請は誘致派の署名を根拠としてきた。

 要請文では自衛隊配備が過疎化の歯止めにはならないという事例などを挙げ、「子孫に『負の遺産』を残してはいけない」と強調。「民意は誘致活動の中止であることは明白」とした。

 崎原議長は「これだけの人数が誘致反対の意思を示した。県や国に要請し、自衛隊誘致を阻止したい」と力を込めた。同会議は10月、仲井真弘多県知事や野田佳彦首相をはじめ、関係省庁にも署名を提出する。

 外間町長は「町は3年前から誘致を進めている。(署名提出は)もう遅い。町民をなるべく二分しないよう、意見を擦り合わせる」と説明。「今月には防衛省の来年度予算要求も出る。用地取得費などが分かったら住民説明会を開き、用地の場所について意見を聞きたい」と述べた。

人種差別下にある琉球

9月7日の琉球朝日放送の番組です。

米軍人だけでなく、軍属による事件、事故も琉球では多発しており、「公務中」だと裁判にかけることもできません。日本人の皆さん、おかしいと思いませんか。

いくら日本政府、日本人に琉球人が日米地位協定の改正を訴えても、変えようとしません。琉球よりも日米同盟関係を優先しているからでしょう。




新垣くん「ことしの1月、成人式のため帰省した功貴くんと再会する約束をしていましたが、事故にあい再会することができませんでした。あんな事故さえなかったら、今も、きょうも功貴と一緒に、仕事の話とか将来の夢を語りあったと思います。突然この世に存在しなくなった功貴。未だに信じられません」「これからもっともっと楽しい人生を送るはずだった」


ことし6月に行われた、日米地位協定の改定を求める抗議集会。アメリカ軍人や軍属が起こした事件・事故を日本で、公平に裁くことができないことに怒りを抱いた人たちが集まりました。

この集会のきっかけになったのは、ことし1月、沖縄市で起きた交通死亡事故です。この事故で、成人式のために沖縄に帰省していた与儀功貴さん(当時19)が亡くなりました。


運転していた相手の軍属の男性は、事故を起こしたときは「公務中」と判断されたため日本で裁判ができずに不起訴。アメリカ側で決まった処分が、運転禁止5年というものでした。

この事故が改めて露にした、日米地位協定の不公平感に、県内では、議会での講義決議が相次ぎ、「与儀功貴くんの遺族を支える会」が発足。署名運動も展開し、市町村の自治会単位で署名に取り組む動きも出始めています。

この事故から見える、日米地位協定の問題点はどこにあるのでしょうか。

日米地位協定の17条には、軍人・軍属の「公務中」の事件・事故については、アメリカ軍側に第一次裁判権があるとされています。


しかし、それが公務中かどうかを判断するのはアメリカ軍であり、日本の捜査機関では、本当に公務かどうかの確認は行われていませんでした。

軍属は軍法会議にかけられない。

今回の事故で、与儀さんの遺族は、軍属男性が不起訴となったのは不服だとして那覇検察審査会に申し立てを行いました。

申立書の中で指摘されているのは、合衆国連邦最高裁判所の判例で、平時、つまり戦争などの有事以外のときには軍属にアメリカ軍の裁判権が及ばず、軍属を軍法会議にかけることは憲法違反だということです。


池宮城弁護士「要するに、軍法会議にかけるってのは刑事処分なんですね。場合によっては禁固刑とか懲役何年とか。これが軍法会議でなされる刑事罰なんです。しかし軍属はそれができないということですから結局行政処分、免停だけで済ませたということですね。」

検察審査会でも、軍属は軍法会議で処罰されず、日本が裁判権を行使するべきだとして、起訴相当を議決しています。

5月中旬に、那覇地検へ届いた「5年間の運転免許剥奪」の通知。この処分内容には、管前総理も…


管前首相「やはり人の命が1人亡くなった中で、その処分が少なくとも日本の中の常識的な感覚からすると、5年間の免許停止というのは、あまりにも処罰としては弱いのではないかと。大変ご家族には申し訳ないと思っております。」

果たしてこれが、裁判権の行使といえるのでしょうか。この処分は、日本では、交通裁判などで下される、行政処分と同じものだと池宮城弁護士は言います。

池宮城弁護士「これはもう行政処分なんですね。決して刑事裁判じゃないです。」「人一人の息子の命を奪って、刑事処分じゃなくて、単なる免許停止5年ということで済まされたと。到底これは許せないということですね。」

池宮城弁護士「今回のように、被害者の車線に突っ込んできて、死亡させたこの過失も大変大きいわけですよ。だから日本の裁判で裁かれた場合は、懲役刑になる事案だと私は見てます。これが単なる運転免許の停止と。これはもう行政処分なんですね。決して刑事裁判じゃないです。それで許されると。これが実態ですね。」

那覇地検は、現在も、この処分が、どのような手続きでどのような理由で下されたのかアメリカ軍に照会中だとしていて、もし、裁判権の行使に当たらなければ、日本側で裁判権を行使するとしています。

しかし、日米地位協定には「懲戒の裁判権」の規定があり、もし、今回の処分がその裁判権の行使と判断された場合、今の協定のままでは、遺族は不公平感を抱いてはいても、打つ手は無くなってしまうのです。


若い世代に、不平等な地位協定を残してはいけない。6月に署名活動を始めてから、「与儀功貴くんの遺族を支える会」の元には8月末までに、およそ2万5千もの署名が届いていて、今月24日にも、北谷町で署名をよびかける予定です。

玉那覇さん「できるだけたくさんのみなさんに、署名をしていいただいて、それをまた、県あるいは日本政府、そして米国までも届けようっていうのが、今みんなの思いです。」

これまで幾度となく改定要求がなされてきた日米地位協定。「果たして本当に変わるのだろうか」それぞれが疑問を胸にしまって地道な署名活動を続けています。


新垣くん「二度と帰ってこない功貴くんの死はいったいなんだったのか。誰にこの悔しさをぶつければ、いったい僕らは、この沖縄は、変わるのか、教えてほしいです!」

龍谷大学社会科学研究所、国際開発学会島嶼部会共催の研究会のお知らせ

研究会の案内をします。ご参加希望者は、一木さんまでご連絡ください。


2011年9月25日 研究会  13:00~

  龍谷大学社会科学研究所、国際開発学会島嶼部会共催



 講演

  池田佳代氏 広島大学准教授

   講演テーマ

   「アメリカ・オバマ政権の日米同盟強化に向けた戦略」
   ―グアム統合軍事開発計画をめぐるワン・グアム政策に関する考察を中心に―

   冷戦後、衡平や普遍などの言葉で語られるようになってきたアメリカのリベラリズムの 変質
  が、日米同盟の負担を押し付けられている人々にどのような影響を与えているか、報告いたし

  ます。



  辻修次氏 龍谷大学社会科学研究所客員研究員

   講演テーマ

   「コミュニティー型保全のパラドクス」

   ―パラオ共和国におけるミクロネシアチャレンジの事例を中心にー

  環境保全、地域の自立、NGOの関与、参加型の合意形成などは、かつて内発的発展論などオル

  タナティブな開発論のキーワードとされてきた。これらのキーワードは、1990年代の新興

  工業国などの文脈では、オルタナティブを実現するための一揃えのアプローチであるように目

  されていた。しかし、異なる文脈にある事例を観察すれば、これらのキーワードのいずれかを

  旗印にしたプロジェクトについて、果たしてそのようなことがいえるのか、報告いたします。



 コメンテーター

  松島泰勝氏 龍谷大学経済学部教授



 場所

龍谷大学深草学舎6号館304号松島研究室にて行います。

  当日は、深草学舎、守衛室横の入口より、お入りください。



 懇親会

  研究会終了後、懇親会を行います。



参加希望者の方は、メールにて(アドレスは、e10m762@mail.ryukoku.ac.jp)、

民際学研究会事務局(一木久治)まで、お申し込み願います。

日本政府が責任を持って不発弾処理、それに関する経費をしはらうべきである

9月18日の沖縄タイムスの記事です。


琉球の戦後は終わっておらず、今でも戦争状態が続いています。

日本国が琉球で戦争を行うことを決定したのであるから、戦後処理、不発弾処理、それにともなう費用の支払いも当然、国が責任をもって行うべきです。



南風原町のサマリヤ人病院で患者らを施設内にとどめたまま実施された不発弾処理から18日で2週間。処理に伴う避難費用や、早急な法整備などを国へ求める意見書の採択が、県内市町村議会で広がっている。

特に、本島南部の自治体の動きは速く、9月定例会では全7市町が採択する見込みだ。沖縄戦の戦闘状況の結果、不発弾が南部に集中しているという背景があるためだ。住民、市町村の負担軽減を求める意見書に、国はどう答えるのか。不発弾に翻弄(ほんろう)され続ける多くの県民が注視している。(南部総局・大野亨恭)

 沖縄戦時、米軍に攻め込まれた日本軍は首里の司令部を捨て南部に撤退。南部一帯には、地形が変わるほどの爆弾や艦砲弾が米軍により撃ち込まれた。南部には、今も無数の不発弾が埋まる。

 沖縄総合事務局が運用する「不発弾等事前調査データベース」は、復帰以降に発見・報告された不発弾を赤い点で示す地図がある。地図は、浦添市以南の中南部がびっしりと赤く染まり、その集中ぶりが分かる。

 果たしてこれまで、どれだけの県民が不発弾処理による避難を強いられてきたのか―。しかし、県ですら避難者数など詳細な実態を把握してこなかった。背景には、処理は市町村が計画を策定して実施するため、国、県が密接に関わらなかったことがある。

 本紙の問い合わせで、県防災危機管理課がまとめた2003年から11年9月までの9年間の統計では、県内で住民避難を伴う処理は381件実施され、うち6割超の241件が南部に集中していた。10年度だけでも51件中29件が南部で、避難人数の合計は1万5千人を超えた。

   ■     ■

 一方、今回の不発弾処理では、避難に掛かる費用負担の問題も表面化した。サマリヤ人病院は当日、全職員約400人で対応に当たった。当初病院は、人件費だけでも300万円を超え、避難に掛かる費用の合計は350万円に上るとしていた。

 だが、14日に病院が南風原町へ提出した文書の「人件費」の欄には、「振り替え休日で対応」と書かれ、避難経費は約25万円に圧縮されていた。

 17日時点で病院は避難費用を国へ求めていない。背景には、国の機嫌を損ねたくないという配慮が垣間見える。病院関係者は「国に対し一病院が大きな声で金を求めることができるはずがない」と苦しい心境を吐露する。

 国は、県を通じて「25万円」という数字の報告を受けたものの、現制度では避難費用への予算措置を想定しておらず、支援は難しいとする。一方、今後、病院や県などから費用支援の要望があれば制度の在り方を含め検討する方針をもっている。

  ■     ■

 「民間事業者が国へ声を上げるのは難しい。だからこそ意見書の持つ意味は大きい」。南風原町議会が意見書を可決した9日、城間俊安町長は強調した。

 多くの市町村は処理業務に就いた職員へ「特殊勤務手当」などの諸手当を支払っている。同手当は市町村の持ち出しで、財政負担は少なくない。

 苦肉の策をとる自治体も出てきた。西原町は手当を廃止、振り替え休日での対応に切り替えている。だが、催しが重なると休日は取れなくなるため、職員の精神的負担は大きいという。

 国が実施主体となるべきではないか―という記者の問いに対して、内閣府は閣議決定に基づく答弁書で国の責任とともに「住民の安全確保の観点から地方公共団体においても責任を持つ」と記されていることを挙げた。「基本的な考え方は変えられない」との考えを示した。

 「不発弾処理は国の責任で国が当然として行わなければならない戦後処理事業」―。7市町の意見書は、66年たっても終わらぬ戦後について国の責任を問うている。国はこの指摘をどう受け止めるのか、責任ある対応が求められる。

ノロとしての琉球人女性

8月23日の琉球朝日放送の番組です。

琉球の島々を歩いていると、非常に神々しいと感じる琉球人女性とであうことがあります。




沖縄の村々には神行事を司るノロやツカサと呼ばれる女性がいますが、なんと80年間、国頭村奥間のノロを務めた、おそらく沖縄で一番古いノロが今年5月16日亡くなりました。93歳で亡くなった大西タケさんがなんと13歳でノロに就任した時に記録がみつかりました。昭和6年に書かれた「ノロの交代日記」です。

村々の祭りに欠かせないノロやツカサなどのカミンチュたち。琉球王府は聞得大君をトップに、祭りを司る女性たちを組織化していました。なかでも、奥間ノロは一目置かれる存在だったようです。


奥間集落の外れ。ここは戦後まで鍛冶屋が営まれていた「奥間鍛冶屋」(オクマカンジャヤー)。ほこらにはフイゴが置かれ鍛冶職の神が祀られています。

沖縄の鍛冶職の始祖とも言われるオクマカンジャヤーは、伊是名島を追われた若き日の尚円王をしばらく匿ったと伝えられる力のある家で、タケさんはこの家の長女に産まれました。

大西タケさんの長男・大西照雄さん「ここの長女がノロになるわけです、伝統的に」

上江洲さん「武器を作るし、農具を作って農民に分けて信望を得る。鉄を支配するのは世の中も支配できたと思う。そこの長女がノロさんになるわけですからね」


ウンジャミ(海神祭)の祭りで踊る大西タケさん。戦争中は、与那覇岳の奥で苦しい避難生活を送る中でも決して手放さなかったものがあります。それがノロの三種の神器。かんざし、勾玉、扇。そのうち、金のかんざしが残っています。

上江洲さん「ここにも細かい彫刻があるんですよ」

草花模様の立体的な彫刻が施されたかんざし。第2尚氏ゆかりの奥間に、王府が特別に賜ったものと伝えられます。


上江洲さん「かんざし、扇、勾玉。この三つは下賜されたんじゃないでしょうかね。それが残ってる例が少ない」

こちらは聞得大君のかんざし。一回り大きく龍が施されているなどの違いがありますが、草花の模様や様式は似通っています。


戦火を免れたのは、それだけではありません。これは先代のノロの「葬儀の記録」。85歳でなくなった座安マツさんの葬儀がどのように行われたのか。どの集落から何人が手伝いに来て、何を持ってきたのかまで詳細に記録されていて、昭和初期の奥間ノロの権威が偲ばれます。

そしてこちらが「ノロ交代日記」。葬儀の翌年、昭和7年にたけさんが就任するときの記録です。大西タケさんはまだ13歳でした。

稲福みき子教授「13歳でノロに就任して94歳で亡くなられるまで、80年近くそういった村を背負ってこられたんだと言うことで非常に心に迫ってくるものがあります」

沖縄のシャーマニズムを研究する稲福教授は、かつて東村でも幼いノロの誕生を見聞したと言います。

稲福教授「まだ本当に幼い頃、8歳〜9歳の頃にノロに就任したという話も聞いたことがあります。小学校に通いながらノロ職をしたとかね。周囲は一ヶ月くらい前から、その自分の娘に対して、親たちも敬語で接していたという話」


13歳のノロは交代を報告するため、ほかの神役たちと共に首里に上った様子が書かれています

「ノロの交代を報告する為メ首里三殿を拝す。昭和七年申旧一月二十四日に出発。首里城の入口左側の拝所に酒と米を供え、玉御殿を拝し、御重餅肴一組・・・」などなど。

明治後期に、王府のノロ制度が崩壊したあとも、古式に則って、代の儀礼が行われていたことがわかります。

稲福教授「公的な地位は失うけれども、聞得大君御殿とか首里のミー御殿とか、そういったところに昭和6年代の就任の報告に行っていたとか。そういう民間レベルの位置づけ、関係性というのは絶えてなかったんだなと。そういうことを改めて知ってびっくりしました」

この記録を残したのは父の嵩太郎さんでした。生涯独身で過ごした先代ノロ・マツさんを見ていた嵩太郎さんは、娘の過酷な運命を思って、できる限りの事をしてやりたいと思ったのではないかと、孫に当たる大西さんは考えています。


奥間に伝わる様々なクェーナの歌詞。幼いノロにもちゃんと歌えるよう、丁寧に書かれています。そして瀬嵩や汀間といった遠方からも崇められていた様子が記され、今後、近代化が進んでも奥間ノロの権威が失墜することのないよう願う親心も伺えます。

稲福教授「父親としてやってあげられること、娘が背負わなくちゃいけないこと。いろんな思いで、ああいう風に細かい資料を残してくださったのだろうと感じます」

幸い、タケさんの時代には結婚が許され、6人の子に恵まれました。家族の支えもあって、就任以来80年にわたり奥間地域の信仰を担ったタケさん。しかし、その大役を引き継ぐ人はまだ現れていません。

公式の記録ではなくて、父が娘のために書いたものだったんですね!実際に祭りでタケさんにお会いしている稲福先生は「非常に風格のある、豊かな感じのノロさんだった」とおっしゃっていました。後継者が出ていないのは残念ですが、明日は大宜味、国頭は一斉に海神祭が行われます。奥間・比地は最後の一人になってしまった比地のノロさんを中心に行うということです。

松島ゼミの奄美調査のお礼

12日から15日まで、奄美大島に調査旅行をしました。12日には笠利の海でシュノーケルを美しい珊瑚と魚を見ました。奄美の美しい海に感謝したい気持ちになりました。

次の日は、朝、あまみFMの麓さんから、FMができるまでのご苦労、友人との支援、島に対する思いを聞きました。特に、昨年の集中豪雨に対してFMラジオが重要な役割を果たすことができた話には感動しました。

午後に、南海日日新聞の大野編集局長から、印刷、販売、編集の各部署におきまして、新聞が出来上がるまでの過程を詳しく伺いました。また集中豪雨に対する新聞社の対応、奄美諸島の政治経済、文化と新聞社のかかわりについてお話を詳しく聞きました。

その後、奄美新聞に行き、清副社長、そして社長から、奄美諸島における新聞社の役割についてインタビューを行いました。

そして、奄美市の商店街である、テッダモールにおいて、学生15人がアンケート用紙をもって、上は96歳から下は中学生まで話を伺いました。学生にとって島方に話をうかがえる貴重な体験であったと思います。集中豪雨の影響、少子高齢化・人口減少問題に対する住民の意見・対策について聞きました。

夕方からは、南海日日新聞社の久岡さん、中京大学の加藤先生と交流させていただき、貴重なお話を伺いました。

14日は、住用のマングローブに行き、カヌーをしました。マングローブの中をゆっくりとカヌーにのっていると、奄美の豊かな自然が体の中に入ってくるように感じました。

そのあと、宇検村にいき、新元さんから、宇検村の歴史、島おこし運動、これからの宇検村の在り方について伺いました。そして綺麗なタエンバマで泳ぎました。

15日の朝、奄美市役所に行き、集中豪雨の被害額、これからの防災対策、地域発展の方法、奄美振興開発の方向性、財政問題対策、少子高齢化対策、観光業の在り方等、多様な観点から学生からの質問に答える形で、議論をさせていただきました。


3泊4日のゼミ旅行で、お世話になった方々に心よりお礼申し上げます。

密度の濃い、学生たちにとって、今後の学生生活、人生においても心に残る旅であったと思います。


今日から松島ゼミで奄美大島に行ってきます

今日から15日まで龍谷大学経済学部、松島ゼミで奄美大島に行ってきます。

今日は、飛行機で島について昼ご飯を食べた後、サンゴ礁の海で泳ぎ、島の貴重な自然と触れ合います。

明日は、あまみFM,南海日日新聞、奄美新聞においてインタビューをし、奄美市の商店街について住民の方にアンケート調査を行います。その後、久岡さんを囲んで交流会をします。

14日は、住用村にいき、マングローブでカヌーをします。その後、宇検村に行き、新元さんや他の村人、もしかしたら村長さんと村の浜で交流する予定です。

15日の午前中に奄美市役所に行きインタビューをして、午後の飛行機で戻ります。

短い間ですが、奄美についてじっくり学生とともに学びたいと思います。


八重山の教科書問題

9月9日の八重山毎日新聞の記事です。

八重山諸島における教科書が自由主義史観の教科書ではなくなりました。





教育委員の賛成多数で決定、代わりに東京書籍を採択

 八重山3市町教育委員会の全教育委員13人は8日午後、郡内の中学校で来年度から4年間使用される教科書のうち石垣市・与那国町と竹富町で同一となっていない公民教科書について協議した。

休憩をはさんで5時間45分に及んだ議論の末、合議に至らず、教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長、委員8人)から答申のあった育鵬社を賛成多数で不採択とし、代わりに東京書籍を採択した。

会議は教科書無償化措置法13条4項に基づく「協議」と位置づけたことから、この日の結論が八重山採択地区の採択とみなされる。崎原用能与那国町教育長は多数決に反対してボイコット、玉津教育長も「無効だ」と抗議した。

 同地区内の各教委では石垣市と与那国町で育鵬社、竹富町教委で東京書籍と同一になっておらず、無償化法に違反する状態が続いていたが、この日の決定で違法状態が解消されることになる。

 会議は午後2時から八重山地区教育委員協会(会長・仲本英立石垣市教育委員長、委員・3市町教育委員)の臨時総会として開催、全委員が集うこの場を一本化を図る「協議」の場とまず確認。冒頭で県の狩俣智義務教育課長が「協議」の法的根拠を示し、「最も民主的な協議」としてその後の指導助言を行ったが、議論は何度も脱線して堂々めぐりを繰り返した。

 採択教科書について全員で協議して決めることを確認したが、採択方法をめぐっては多数決に反対する崎原教育長と玉津教育長が退席、崎原教育長は最後まで戻らず、対立する中で賛否を問う結末となった。

 挙手による採決の結果、答申のあった育鵬社は、協議の議長を務めた竹盛洋一委員を除く竹富町の全委員と石垣市の仲本、嵩田美代子、与那国の入慶田本朝政の7委員の賛成で不採択と決めた。これに代わる教科書として大田綾子委員(竹富)らが推した東京書籍を同様に採択した。

 仲本委員長は多数決になったことに「正直残念だが、入り口(協議会)の部分でボタンの掛け違いがあったのがきょうにつながったと思う」と話した。

国連会議参加合同報告会ー脱植民地化と人民の自己決定権

10月1日、沖縄国際大学において、国連会議参加合同報告会―脱植民地化と人民の自己決定権という集いを開催しますので、関心がある方は、ご参加ください。以下がチラシです。クリックして拡大してみて下さい。

私はワッタールーチューのメンバーですが、琉球弧の先住民族会の皆さんと協力しながら、今回の報告会について準備を進めてきました。AIPRとワッタールーチューの皆さんに心よりお礼申し上げます。


10・1国連会議参加合同報告会チラシ

石垣と石巻のつながり

9月5日の八重山毎日新聞の記事をご紹介します。

私も、石巻にこれまで3回行きまして、学生と地域復興の活動をさせてもらいました。宮城県の七ヶ浜に行ったとき、津波で流された家屋の後に、ひまわりの種を植える活動が行われてきました。その種は阪神淡路大震災でなくなった少女が育てていたひまわりの種が、中越地震後の被災地に届けられ、そこでとられた種が、次は七ヶ浜で復興を願って植えられてきました。私たちも、7月に種を植えました。8月に再び、七ヶ浜に行ったときには大きく育ったいたひまわりを見ることができました。

被災地のなかで、太陽に向かって花を開くひまわりは、心に太陽を持たせてくれるように感じました。

被災者の心の中にも、太陽の希望の花が咲いてほしいと思います。





東日本大震災の被災地となった宮城県石巻市の復興支援を目指し、新川の米盛佳織さん(40)が主催したフリーマーケットが4日、浜崎緑地公園で行われた。米盛さんの取り組みは、出店者から募った寄付で同市渡波地区に花を咲かせようというもの。

 フリーマーケットは、被災者の心のケアを目的に米盛さん個人で企画したもの。米盛さんは8月に石巻市を訪れて被災状況を確認。道路に花がなく殺伐とした風景に心を痛め、来年春には現地の協力で花を植えることになっている。

 被災状況について、米盛さんは「報道がないだけで自殺者が多い。特に仮設住宅でお年寄りの孤独死も心配」と危惧(きぐ)。「物資は足りている。心の支援が必要だ。花が癒やしになれば」と話した。

 この日のフリーマーケットも米盛さんの考えに賛同した約40人が出店。会場には震災の様子を伝える資料も展示され、来場者が時折足を休めて資料を開き、震災について考えていた。

 フリーマーケットは、出店者の売り上げから寄付を募り、同地区の人たちが来年春に種を植える。植え付ける花は、ひまわりを予定している。

与那国自衛隊配備賛成派の514人を上回る550人の反対署名が集まっている

9月4日の八重山毎日新聞の記事です。

与那国島でお世話になった崎元さんが新聞で紹介されています。

550人の反対署名の、民意の意味の大きさを日本政府はどのように考えるのか。




八重山への自衛隊配備を許さない学習交流会(主催・沖縄県統一連)は3日夕、石垣市健康福祉センターであった。沿岸監視部隊の配備が具体化しつつある与那国町の崎元俊男町議(与那国改革会)は「住民を無視したやり方だ」と批判、「賛成派の514人を上回る550人の反対署名が集まっている。近く町や県、防衛省に配備撤回を訴えたい」と報告した。

 学習会は新垣繁信代表のあいさつに続き、小泉親司氏(日本平和委員会理事)が情勢報告を行い、先島配備の根拠となっている中国脅威論について「軍備増強を正当化する以外の何物でもなく、意図的なものだ」、災害救助にも「草の根の消防や消防団を強化すべきだ」と指摘し、地域経済活性化にも「細る見返り、残る基地の危険にならないか」と懸念を示した。

 小泉氏は「自衛隊の配備問題はアメリカの戦略に基づくもの。八重山諸島への配備は日本防衛のためでなく、アメリカの対中国の軍事戦略の片棒を担ぐものだ」と批判した。

 地元からは崎元氏のほか津嘉山彦氏(平和憲法を考える西表住民の会)、宮里勝氏(八重山地区労)、大浜敏夫氏(子どもと教科書を考える八重山地区住民の会)も報告、「昨年3月の市長選以降右傾化している。軍事化するために必要な教育の問題まで出てきている」と不安をあらわにした。

八重山の教科書で抗議活動が活発化

9月3日の沖縄タイムスの記事をご紹介します。

八重山で問題になっている教科書は、日本人の目線でかかれ、日本人にとって都合のいい歴史観であり、日本人と琉球人のポジショナリティを見えなくさせるものです。





 【八重山】八重山地区の中学校教科書の採択をめぐる問題で、石垣市、竹富町、与那国町の教育委員(計13人)で構成する地区教育委員協会の仲本英立会長(石垣市教育委員長)は2日までに、臨時総会の8日開催に向けて各委員を招集するよう、事務局の市教委に要望した。

3市町の公民教科書の一本化に向けた合意形成に乗り出すとみられる。一方、県教委の中野吉三郎委員長も2日、打開策を検討するよう3市町教育委員長に要望する通知を出した。

 石垣、与那国2市町がともに教員が推薦しなかった「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版を採択したことに関し、教育委員13人のうち過半数が否定的とみられる。臨時総会が開かれた場合、育鵬社版を採択しなかった竹富町の決定を尊重するような見解や判断が出される可能性もある。

 教育委員協会は「八重山教育行政の共通の諸問題を検討して、これらの解決実現を図ることを目的」としており、仲本委員長はこれまでも県の指導などを理由に総会招集に意欲を示していた。協会事務局の市教委によると、臨時会が開かれるのは初めてという。

 県教育庁義務教育課は「教育委協会の開催は非常に有効な方法」とみている。教科書の無償配布に関する措置法に記された「協議」のあり方については、「必ずしも教科書採択地区協議会の形式に限らず、何らかの形で協議の場をもつこと」としている。

育鵬社採択 460人抗議 八重山

 【八重山】3市町教委の協議が膠着(こうちゃく)状態にある八重山地区の教科書問題で、育鵬社の公民教科書採択に反対する住民集会が2日、石垣市健康福祉センターで開かれた。市民団体や保護者、教員ら約460人が、現場教員の意見の尊重や、八重山採択地区協議会の玉津博克会長に住民の不信感を招いた責任を明確にすることなどを求める決議を承認した。「新しい歴史教科書をつくる会」系教科書の採択反対を訴える地元集会は2回目。

 那覇から駆けつけた「9・29県民大会決議を実現させる会」の玉寄哲永世話人は「日本軍の強制によって起きた『集団自決(強制集団死)』を米軍に責任転嫁する教科書を許せますか」と強調。琉球大の山口剛史准教授は、家父長制的な価値観を家族のあるべき姿として描いていることなどを問題視した上で「物事を断定的に書き、子どもたちに考える余地を与えないことが、この教科書が使えない大きな理由だ」と指摘した。

 東京から参加した「子どもと教科書全国ネット21」の俵義文事務局長は、「(育鵬社の関係者は)政治運動の道具として教科書を作ったと公言している。八重山から日本の民主主義を草の根で広めていこう」と呼びかけた。

 西表島に住む元小学校教諭の仲村貞子さん(82)は沖縄戦の体験者。「子や孫に私たちと同じ思いをさせないように頑張りましょう」と話し、会場から大きな拍手が湧いた。

台湾は独立国家です

8月23日の八重山毎日新聞の記事を紹介します。

今年は台湾:中華民国が独立して100年目です。
台湾は、外交活動も行っている独立国家です。




中華民国の建国百年を記念した聖火リレーが23日午前、石垣市内で行われることになった。中華民国は台湾の国号。リレーはマックスバリュ新川店から新栄公園に至る2キロ近くのコース。主催する琉球華僑総会八重山分会(呉屋芳徳会長)は「建国百年の節目を市民に知ってほしい」と話している。

 中華民国は、1911年の辛亥革命のあと、孫文が1912年に南京で臨時大統領に就任して成立を宣言した。1949年12月には台北に遷都した。

 孫文は1894年、当時の清朝を倒すことを目的にハワイで「興中会」を発足。日本での「建国百年聖火リレー」は今年3月、興中会ゆかりのハワイで採火の儀式を行ったあとに始まり、国内を3地域に分けて実施。石垣島は大阪から沖縄を結ぶルートに含まれており、26日には宮古でも行われる。那覇市内では先月行われた。

 23日のリレーは午前10時にマックスバリュ新川店を出発したあと、730交差点などを通過し、45分程度で新栄公園に到着。午前11時から「世界平和の鐘」で祈念鐘打を行うことにしている。

 リレーや祈念鐘打への参加のため、台北駐日経済文化代表処那覇分処の粘信士処長と琉球華僑総会の林国源会長は22日午後、石垣入りした。

過疎化問題に取り組む瀬戸内町

8月18日の南海日日新聞の記事です。

人口減少という問題に対して、瀬戸内町は具体的な取り組みをしています。

先日、行った座間味村でも空き家対策が課題の一つでした。





移住希望者向けに物件情報を提供する瀬戸内町の「空き家バンク制度」が成果を挙げている。2007年度から導入した定住対策の一環。制度開始から4年で移住者の約半数(町把握分)が制度を利用し、同町での「田舎暮らし」を実現させた。

 町企画課によると、近年のIターン者数は07年度4組6人、08年度9組15人、09年度10組22人、10年度12組18人、11年度(8月現在)5組8人。このうち約20組が同制度を利用して居住地を決めた。

 空き家は町が集落の嘱託員を通じて情報を収集。不動産業者の取り扱いが少ない一軒家を中心に賃貸(売却)希望者を募り、物件の写真や住環境などをホームページで発信する流れだ。

 8月17日現在の登録状況は8件。移住希望者から問い合わせを受けて町が家主に連絡し、町職員が現地に案内する。利用は無料。家賃などは希望者と家主との間で交渉する。

 移住希望者の家族構成や出身地はさまざま。「海の近くに住みたい」「自給自足の暮らしを送りたい」など多様なニーズに応えられるよう町側は登録物件の増加を図る考えだ。

 本年度は一部の物件を町が借り受け、改修費を負担して居住環境を整備する。企画課担当者は「移住者の受け入れは過疎化が進む地域の活性化にもつながる。選択肢が広がるよう町民の協力を得ながら対象物件を掘り起こしたい」と語った。

八重山の中学校で軍人教育?

8月31日の八重山毎日新聞の記事を紹介します。

以前、グアムに住んでいたときに地元の高校を訪問したことがあります。廊下で生徒たちが模擬銃を肩にして行進の練習をしていました。
現在、グアム全土の30%が米軍基地ですが、それが米政府の一的な方針で半分近くになろうとしています。
八重山諸島も基地の島にするべく、日本政府は権力を発動しています。

琉球人のナショナルアイデンティティに対する挑戦でもあります。




与那国への陸上自衛隊沿岸監視部隊配備が急加

■中学校で軍人教育?
 23日に開かれた来年度以降の八重山地区の中学校教科書を選定する教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)の選定結果は、八重山だけでなく沖縄県民に大きな衝撃を与えた。県内外の多くの教育団体らが不採択を訴えた教科書が、よりによって66年前の戦争で20万人余の犠牲者を出した沖縄で初めて選ばれたからだ。

 それは日本の安全と防衛や世界平和への貢献について、軍事力に頼らない平和への努力や憲法9条の果たしてきた役割はほとんど記述がなく、自衛隊の役割を大きく評価し強調する教科書だったからだ。この育鵬社の「新しいみんなの公民」はその後竹富町教委は推薦がなかった教科書として不採択。石垣市と与那国町教委がそれぞれ積極的に採択を決めた。

 折しも石垣市、与那国町では自衛隊の配備計画が進行中。この教科書選定は決してこの計画と無縁ではなく、その選定過程からしてむしろ同計画に合わせて仕組まれたものともいえる。

 この教科書によって中学校で、戦前のように「お国のため」とわが子や孫を軍人として戦地に送り出す教育が八重山で行われることを懸念する。たとえ自衛隊の役割を認めている人でも、実際にわが子や孫が戦場に送られるとなると、これを喜ぶ親がどれほどいるだろうか。しかしこれをそのように仕向けるのが教育ということを過去の戦争の歴史が証明している。今回の教科書採択ではそのことを最も恐れる。

■かつては革新を標榜(ひょうぼう)
 そこでさらに心配されるのが陸上自衛隊沿岸監視部隊の配備計画が急加速する与那国だ。北沢俊美防衛相は来年度予算概算要求に用地取得費を盛り込み、2015年度末までに配備するとの方針を示した。いよいよ与那国の自衛隊配備がカウントダウンに入った。

 国境の小さな島はこれから“軍人教育”と並行して次第に住民同士が賛否で対立する島になり、そして自衛隊配備で友好関係にある中国・台湾との対立と緊張関係を生む島になる。果たして与那国はそれで振興できるというのだろうか。それは大いに疑問だ。

 自衛隊誘致や今回の教科書採択を積極的に主導した外間守吉町長、崎原用能教育長、金城信浩与那国防衛協会長はいずれもかつては革新系あるいは社会党町議として対極にあった。それがなぜこうスタンスが変わったのか。当時を振り返ることはあるだろうか。

 毎年人口が確実に減ってい行く島に住む皆さんの気持ちは理解はできる。だからそこを自衛隊に求めるというのは短絡的といえるし、その点これまで結果を出しきれていない皆さんの政治的力量と努力に疑問を感じる。

■沿岸監視は「海保」で
 それは減った分、自衛隊で穴埋めする数合わせにしか見えないからだ。同じように自衛隊を誘致した長崎の対馬は7万人いた人口が3万5千人に減って過疎対策になっていないという。与那国も自衛隊員だけの島にならないか。軍人だけが目立つ国境の小さな島は果たして観光地になりえるか疑問だし、これで町の振興は図れるだろうか。

 住民同士の対立回避と昔から友好関係を築いてきた中国・台湾との紛争を避けるため武力でなく海上保安部に今後も「沿岸監視」の役割を任せてはどうか。「尖閣」を抱え石垣海上保安部の装備は全国屈指という。その役割は今もそれ相当に果たしている。

 野田新内閣は小さな島の住民を混乱に巻き込む自衛隊の「南西諸島配備」を、中期防から削除してもらいたい。

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