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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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沖縄学国際シンポ事務局との議論 2


沖縄学国際シンポ事務局に昨日、送付したメールを紹介します。同事務局が一研究者の意見を真摯に受け取り、改善策を具体的に示してもらいたいと思います。



沖縄国際シンポジウム 事務局 様


お世話になっています。
本件に関して、もう1点、お尋ねしたいことがあります。

国際会議が終了した後、ウェブ上に大会報告書をアップする、そのための予算をとっ
ているとのことですが、本末が逆転しているのではないでしょうか。

世界中からわざわざ国際会議に参加する参加者が、各セッションで十分に議論できる
ためのレジュメ集を事前に用意するために予算をまず活用すべきです。

貴事務局は研究者によって構成されていると思いますが、皆様が国内外の学術会議、
学会に参加した時のことを思い起こして下さい。学術会議として運営するために不可
欠なのがレジュメ集です。

私は早稲田大学を母校とし、大学で学び、研究者になれたことを大変、感謝している
者の一人です。母校である早稲田大学において世界的な沖縄の研究集会が開かれるこ
とに対しても大変、期待を持っています。その大会が成功するためにも、学術会議と
して必要最低限のことをして、開催をすべきであると訴えます。


松島泰勝


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沖縄学国際シンポ事務局との議論

早稲田の沖縄学国際シンポ事務局から次のような返事がきました。それに対する私の反論、提案も示したいと思います。




松島泰勝先生
... レジュメ集についてのご意見をたまわり、ありがとうございました。
当シンポ事務局といたしましても、事前配布の「レジュメ集」の作成については、慎重に議論を重ねましたが、残念ながら今回は作成しないこととなりました。理由を以下の通り申し上げます。

・当シンポジウムは学会組織ではなく、会員からの会費は一切ございません。また、シンポジウ
ムへの参加費用というものも一切徴収いたしません。これは、今回の国際シンポジウムを開催す
るにあたり、すべての沖縄研究に関心のある研究者に門戸を開き、できるだけ多くの参加者を募
り、沖縄学の裾野を世界に広げていきたいという思いがあるためです。

沖縄研究の国際的組織化、
制度化は未だうまくいっていないのが現状だと思います。このような情況の下、限られた人員と
予算で運営を行っておりますことをご理解いただければ幸いです。

・今回「レジュメ集」は作成いたしませんが、シンポジウム終了後の「最終報告書」の作成には
予算の大半を準備しております。現在、報告者へ依頼する原稿形式に関して、企画委員会で議論
を重ねている最中ですが、決定し次第、報告者のみなさまに告知する段取りとなっております。

その「最終報告書」により、各セッションの報告内容と議論の成果を参加者全員で共有できるの
ではないかと考えております。なおこれも、印刷ではなく電子媒体(CD-Rないしは当シンポ
ジウムの公式HPからのダウンロードなど)で配布することにより、費用をかけることなくより
効率的に研究成果を共有・発信したいと思っております。
以上が私どもの考えでございます。

学術団体としての「研究成果の共有と学問的進展を図りたい」という思いは、先生と私どもで共有していると信じております。

今後とも当シンポジウムについて、そして国際的な沖縄研究のオープン化・組織化について、ご
意見をいただければ幸いでございます。

どうぞ、よろしくお願いいたします。
沖縄国際シンポジウム 事務局





沖縄国際シンポジウム 事務局様

お世話になっております。お返事、イッペーニフェーデービタン!
レジュメ集の作成について再度お願いします。

1.経費について
貴組織が学会ではないことは存じています。学会等において全国大会をするときは、
別途、大会参加費として徴収しています。今から、報告者にレジュメを提出してもら
い、簡易印刷をすれば経費も時間もそれほどかかりません。

一般聴衆者もレジュメ集
として千円~二千円を徴収することに対して抵抗することはないでしょう。

2.多くの参加者に門戸を開くことの意味
参加費が無料だから多く集まるとの考えられていますが、そうではなく、意味ある有
意義な議論ができる場にすることがより重要だと思います。

通常の学術会議で行われ
ているようなレジュメ集を大会当日に参加者に配り、参加料を徴収するという方法は
参加者を限定するものではありません。参加者はレジュメ集があれば、大会終了後も
自分が聞いた報告者の内容、または話を聞きたいと思っていた報告者の発表内容につ
いて報告者に問い合わせて、議論を継続することもできます。

沖縄学のすそ野のを世界に広げるためにも、レジュメ集は必要不可欠です。

3.なぜ事前のレジュメ集が必要なのか
事前に、発表者の発表内容を知り、同時間帯あるセッションの中から自分が最も関心
のあるものを選ぶことができます。もし会場に行けない人もレジュメ集があれば、議
論の大まかな内容も知ることができます。

最終報告書のように、レジュメを報告者から集めて、貴ホームページでダウンロード
させれば、大会参加費もかかりません。私としては、研究者以外の一般民衆に貴大会
を開くためにも、印刷されたレジュメ集を配布した方が、参加者にとっては新設であ
り、便利であり、手元に残して後の議論につながります。

報告者によっても、自分のレジュメが公表されることにより緊張感をもって大会に臨
むことができ、討論者も報告に対する討論内容をじっくり考えることもできます。

4.限られた人員と予算で運営を行っておられること
この件については理解していますが、世界に広がる沖縄学をつくりあげるためにも、
学術会議として体を示す必要があります。もしも事務局の人員や予算の理由でできな
いとのことでしたら、私がもつ研究環境や仲間の協力を得てレジュメ集をつくること
も可能です。

事務局だけで何でもしようとするのではなく、事務局ができなければ、
沖縄学の担い手の協力を得ながら進めるというのも、事務局の仕事であると考えます。

私も研究者の一人、沖縄学の担い手の一人としてレジュメ集によって自分の研究内容
が深められてきましたので、再度、レジュメ集の発行をお願い致します。真摯な議論
のうえでのご回答を求めます。

早稲田大学 琉球・沖縄研究所:復帰40年沖縄国際シンポジウム

このブログを読んでいる方で、3月末の早稲田大学での「復帰」40周年記念国際シンポに参加される方も多いと思います。国際会議事務局は現在、レジュメ集を出さない方針のようです。私は事務局に対して次のようなメールをおくりました。

「「復帰」40年を記念した国際学術シンポジウムであるので、参加者は自己負担でも参 加するのだと思います。私が所属する全ての学会は、全報告者にレジュメの提出を求め、それを冊子にして配布することで、学問的な成果を共有するとともに、今後の学 問的進展を図ろうとしています。学術会議とする以上、事務局として学術団体や組織が当然行うべきことをする必要が あると、私は強く考えます。」

シンポのHPは次の通りです。
http://okinawasympo.wordpress.com/

シンポの趣旨には「復帰」についての位置づけがまったくなく、グローバル化という言葉で琉球の植民地問題を見えなくさせています。沖縄を媒介して学際的に展開されるとする沖縄学における、沖縄や琉球は研究者にとり「媒介」つまり手段にしかすぎないのか。沖縄学の発展とは何か。いろいろな疑問がわいてきます。

研究者の会議とはいっても、レジュメ集もありません。同時間帯に行われるセッションの内容を確認して、自分の関心のあるセッションを選ぶ上でも不自由です。報告者は自分が報告した内容を文字で残せず、研究交流、自分の今後の研究においても不都合です。

「琉球の研究」を自分たちの力で力でつくるのも、人民の自己決定権の行使です。

『江戸期の奄美諸島―「琉球」から「薩摩」へ』のご紹介

昨年、前利さんが勢力を傾けて出版されたご本を紹介します。前利さんは、ゆいまーるの集いににも毎回のように参加して下さいます。沖永良部で集いが開かれたときに開催されたシンポジウムの内容を中心にして、主に沖永良部島から島津藩の琉球侵略を検討した本だと言えます。

シンポジウムの際、私も会場から質問、意見をいわせていただき、また交流会では原口さんとの間で、ひと悶着がありました。原口さんは、奄振に関する審議会の委員長になられたそうです。

前利さんの奄美諸島、沖永良部の歴史研究に対する情熱、深さ、思いを感じさせるご本です。




『江戸期の奄美諸島』
─「琉球」から「薩摩」へ─

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知名町教育委員会編 A5判 317頁 
定価2,625円(本体2,500円+税)
1609年、島津琉球侵攻―。
奄美に激震が走った。

1609年、薩摩島津氏は琉球を侵攻した。以降島津氏は、琉球を支配下におき、奄美を直轄の植民地とした。それから400年を経た2009年、はじめて琉球列島の住民が琉球侵攻を語り始めた。
そして江戸期、奄美諸島はどういう状況にあったのか。第一線の研究者が、最新の知見からあぶり出す。


■内容(目次より)
第一章 琉球侵攻四〇〇年シンポジウム「〈琉球〉から〈薩摩〉へ」
第二章 座談会Ⅰ「薩摩からみた、近世奄美諸島」
第三章 座談会Ⅱ「琉球からみた、近世奄美諸島」
第四章 朝鮮半島に漂着した薩摩藩士と沖永良部島民 
第五章 沖永良部島の歴史と記憶
第六章 薩摩藩琉球侵攻時の琉球尚寧王の領土認識について
第七章 琉球処分と奄美諸島
 

江戸期の奄美諸島を浮き彫りにする

■編著者紹介
知名町教育委員会編
◎原口 泉(志學館大学人間関係学部教授)
◎豊見山和行(琉球大学教育学部教授)
◎池内 敏(名古屋大学大学院文学研究科教授)
◎弓削政己(奄美市文化財保護審議会会長)
◎高橋孝代(沖縄大学准教授)
◎前利 潔(知名町教育委員会)

『近代日本最初の「植民地」沖縄と旧慣調査 1872-1908』のご紹介

平良さんの新著をご紹介します。平良さんとは、うるまネシアの会合で初めてお会いし、昨年11月、12月も
親しく話す機会がありました。ひーじゃー料理店で平良さんが三線を弾き、琉球の唄を歌って下さいました。
平良さんの生きざまにも強い関心を持ちました。

平良さんは宮古島で生まれ、島に根差した、問題意識にあふれた、着実な歴史家です。琉球の近代史を植民地という視点からとらえ返えすとともに、うるまネシアの編集員でもあり、琉球の自立・独立運動の実践家でもあります。実践と研究の往復運動から、琉球、琉球人の解放を目指していると言えます。




近代日本最初の「植民地」沖縄と旧慣調査 1872-1908 [単行本]
平良勝保 (著)

価格: ¥ 7,140



新史料発掘による画期的成果!「沖縄問題」の原点!!「琉球藩設置」(1872)と「琉球処分」(1879)で「琉球国」は「沖縄県」となるが、 「島嶼町村制」施行(1908)までには“植民地併合”の如き長い過程があった。「琉球/沖縄」という歴史の主体から捉え直した「近代沖縄」の歴史。

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登録情報
単行本: 384ページ
出版社: 藤原書店 (2011/11/22)

http://www.amazon.co.jp/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9C%80%E5%88%9D%E3%81%AE%E3%80%8C%E6%A4%8D%E6%B0%91%E5%9C%B0%E3%80%8D%E6%B2%96%E7%B8%84%E3%81%A8%E6%97%A7%E6%85%A3%E8%AA%BF%E6%9F%BB-1872-1908-%E5%B9%B3%E8%89%AF%E5%8B%9D%E4%BF%9D/dp/4894348292/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1327613913&sr=8-1

『琉球独立への道』の表紙写真と書評

龍谷大学大学院経済学研究科民際学プログラム修士課程2年で私の研究室に属し、龍谷大学社会科学研究所松島グループ事務局をしている一木さんが、拙書の書評を書いて下さいましたので、ご紹介します。心よりお礼申し上げます。


image[1]


新刊『琉球独立への道』(法律文化社)松島泰勝著が全国主要書店にて発売されます



 共同研究「島嶼経済とコモンズ」代表である松島泰勝氏が『琉球独立への道ー植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』を刊行された。

 これまで、沖縄独立論は文化や思想などの様々な視点から論じられてきた。本書も、その独立論の系譜に属するとしているが、それとは全く趣を異にしている。

本書の重要な特徴は、社会科学の見地から、実現可能な具体的な論考がなされているという点である。松島氏は、これまで研究に立脚し、他の植民地や非同盟諸国との比較、具体的な独立に向けた活動、脱植民地化への取り組みなどを豊富に踏まえ、政治経済学的視野から琉球の将来を提案している。

 さらに、この本は、もう一つ大きな特徴を備えている。琉球人のみを対象に問題を提起しているわけではない、ということを読み手は認識せざるを得ないということである。本書は読者個々人に対して、重要な問題を問うている。

私自身の読後感は、「日本は本当に独立しているのか」という問題を考えさせられると同時に、沖縄の基地問題を本当に解決することを考えるのであれば、支援・援助という視点で沖縄問題を見つめることではない。

私個人が社会関係の中で置かれている、支配従属の関係を問い直し、そのことの解決することが、最終的には沖縄の基地問題を解決するということにつながるのではないか、ということである。これらのことを本書は私に対して厳しく問うているのだ、と感じた。

 本書は、表題の通り、ストレートに沖縄について論じている社会科学の書である。大いに論議がなされるものと思われる。(一木久治)

いい正月でーびる

1月23日の沖縄タイムスの記事です。


昨日は旧正月でした。FBやメールで琉球諸語で新年の挨拶の輪に入らせていただきました。正月用の料理を作ったり、ユタに祈祷してもらった方々もいました。また旧正月用の年賀状の頂きました。にーふぁいゆー。旧正月は、古い正月ではなく、琉球が日本に征服するまでほとんどの琉球人が祝っていた正月であり、琉球人の伝統、生活スタイルを今に引き継ぐものの一つだと言えます。旧正月を大切にしたいと改めて思いました。





【糸満】23日は旧暦1月1日の旧正月。トゥシヌユールー(大みそか)に当たる22日、旧暦文化が色濃く残る糸満市の中央市場では、朝早くから正月用の食材や切り花などを買い求める市民らでにぎわった。

 大型スーパー進出などの影響で近年、市場への客足は遠のいているというがこの日は、新年には欠かせないしめ縄や切り花、豚肉やかまぼこなどを買い求める客が多く訪れ、市場周辺は活気づいた。

 糸満で生まれ育ち、幼少から市場で手伝いをしているという松本勝子さん(63)は、「新暦で正月を祝う家庭が増え客も減っている。でも市場でしか手に入らないものもたくさんあるよ」とそろばんをはじき、鏡もちを売りさばいた。

 天ぷらや菓子などを買い求めた上原エミ子さん(65)は「やっぱり旧正を祝う伝統は大切にしたい。帰って正月の準備です」と家路を急いだ。

王国時代の琉球人の自治力

1月22日の沖縄タイムスの記事です。
琉球王国時代において、シマ(村)の自治が行われていたことが分かります。琉球人の自治力を示す一つの証拠であると考えます。

同社の与那嶺記者から紹介され、居酒屋で話したことのある城間さんによる署名記事です。




沖縄市登川で、王府時代に登川村が個人に開墾地の私有を認める内容が記された板(28センチ×12センチ)が見つかり、地元住民の注目を集めている。専門家によると「開墾地の私有を認めるという通常は王府が行うことを、村が村民に対し行った例はこれまでにない」という。(城間有)

 板は、高良金三さん(77)が自宅の仏壇に保管していたもの。昨年11月に登川誌の編集委員会に託され、委員が沖縄大学の田里修教授に鑑定を依頼した。板の表には候文で「登川村の百姓地の西側を仕明(しあけ)(開墾)し、今後あなたに小作料をかけることは11人が熟談した」と書かれており、裏には「同村惣頭たう 仲宗根筑登之(ちくどぅん)」など村の役人とみられる11人の名が印鑑とともに記されている。

 田里教授によると、板は開墾が禁止された1687年以前に作成された可能性が高い。当時は地割制で村が土地を村民に平等に配当した。新たに開墾した土地を「仕明」として所有を認めるのは王府の権限で、同じ「仕明」という用語を使って村が小作料を徴収し、私有を認める例はないという。

 同教授は「王府が百姓に私有地を認め交付した〝仕明請地帳〟は数百点現存しているが、これは見たことがない。木に書かれているのも珍しい」と話した。字誌編集委員長の金城正雄さん(77)は「貴重な資料が見つかった喜びを分かち合い、字誌を完成させたい」と意気込んだ。

『琉球独立への道ー植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』が手元に届きました

昨日、『琉球独立への道ー植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』が手元に届きました。
妻と出版を祝うとともに、今後予想される論争に対して気を引き締めて、琉球人の自己決定への決意を新たにしました。


本の帯には次のように書かれています。
「独立論を新たな地平へ誘う
小国における脱植民地化過程の比較・実証研究をふまえ、琉球(沖縄)の政治経済的な独立の可能性を探求する。琉球の独立を文化・思想面からだけでなく包括的かつ具体的に再検討し、実現可能なロードマップと将来像を提案する」

来週には店頭に並ぶと思いますが、アマゾンでも購入できます。お読み下さるようお願いします。

http://www.amazon.co.jp/%E7%90%89%E7%90%83%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E3%81%B8%E3%81%AE%E9%81%93-%E6%A4%8D%E6%B0%91%E5%9C%B0%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AB%E6%8A%97%E3%81%86%E7%90%89%E7%90%83%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0-%E6%9D%BE%E5%B3%B6%E6%B3%B0%E5%8B%9D/dp/4589033941/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1327179635&sr=1-2

琉球独立への道

263頁/予価2800円(税別)

本書は琉球独立論の系譜の一つに属するが、これ
までの独立論と違う。

太平洋諸島、南アジア諸国、
スコットランド等の世界における脱植民地化の過程
を検討し、国際法に基づく琉球人の自己決定権の行
使の可能性を考え、琉球がネイションであることを
論証し、これまでの琉球自治論の限界を指摘したう
えで、独立後の構想を提示した。

 本書の特徴は、独立論を文化、思想だけでなく、
他の植民地や非同盟諸国との比較を通じて政治経
済的にも琉球における独立の可能性を検討し、また
国際法や国連を通じた脱植民地化・独立に向けた活
動や脱植民地化のための具体例について論じ、日本
国憲法そして日本に期待しない、依存しないための
自治・自立・独立の系譜を再検討した上で新たな将
来像を提案したことにある。

 はじめに
第1章 琉球コロニアリズムの歴史
1 植民地としての琉球
2 琉球におけるコロニアリズムの歴史
3 琉球の開発とコロニアリズム
4 軍事植民地としての琉球

第2章 太平洋島嶼国・地域の脱植民地化と琉球
1 琉球と太平洋諸島との関係
2 太平洋諸島の独立
3 ハワイの脱植民地化運動
4 ニューカレドニアと仏領ポリネシアの独立運動
5 グァムの脱植民地化運動

第3章 南アジア地域とスコットランドの独立と琉球
1 南アジア地域の独立
2 南アジア地域と太平洋諸島の独立過程の比較
3 イギリスからの独立を目指すスコットランド

第4章 国連と琉球
1 人民の自己決定権行使による琉球の脱植民地化
2 琉球人の自己決定権と国際法

第5章 琉球ナショナリズムの形成
1 琉球とエスニック共同体、ネイション、ナショナリズム
2 琉球ナショナリズムの形成
   ―琉球独立運動の課題と可能性
3 「2・1決議」の意味
   ―国際法と琉球ナショナリズム

第6章 「琉球自治論」の批判的検討
1 日本国頼みの自治論の何が問題か
2 「本土並み自治論」からの脱却

第7章 琉球自治共和国連邦の将来像
1 なぜ琉球は独立を求めるのか
2 琉球独立のための前提条件
3 琉球自治共和国連邦の将来像



●著者プロフィール●
まつしま やすかつ

1963年琉球・石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島
にて育つ。那覇高校、早稲田大学政経学部卒業後、早稲田大学大
学院経済学研究科博士課程単位取得。博士(経済学)在ハガッ
ニャ(グァム)日本国総領事館、在パラオ日本国大使館において専門
調査員として勤務。東海大学海洋学部准教授を経て、現在、龍谷
大学経済学部教授、NPO法人ゆいまーる琉球の自治代表。

単著として『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、
2002年、『琉球の「自治」』藤原書店、2006年、『ミクロネシア―小さ
な島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年がある。編著と
して西川潤・松島泰勝・本浜秀彦編『島嶼沖縄の内発的発展―経
済・社会・文化』藤原書店、2010年がある。

奄美ICTの前田守さんの挑戦

第2回ゆいまーる琉球の自治の集いが奄美大島の宇検村で開かれ、その際、やっちゃばで働いておられた前田守さんが、インターネットを活用した果物の販売について報告して下さいました。

先日の久岡さんのお話で、前田さんが奄美ICTという会社を立ち上げ、がんばっているという話を伺いました。
さっそくホームページを見てみると、13人の社員さんといっしょに多方面で奄美の経済的自律を切り開いている姿をみることができました。前田さんのブログのタイトルとして「奄美でもできる。奄美だからこそできる道がある」という言葉が目に飛び込んできました。

http://e-amami.com/

http://drmaeda.exblog.jp/

何ができないのかを数えるのではなく、島でできること、島だからこそできることを見つけ、それを実現していることが島の内発的発展には大変、重要であることが分かります。

同社のHPには次のような会社の業務内容が記載されています。

「奄美大島でホームページを制作するなら、奄美ICT株式会社にお任せください。
経験豊富なスタッフが、奄美ならではのサイト制作、業務システム開発、WEBシステム構築を中心に実践に即したICT人材育成も行っています。」

沖縄県も失業率が高く、仕事がないとよく言われ、ヤマトからの企業誘致を求め、開発をしてきました。貴重な自然を壊してヤマト企業を誘致するのではなく、自分で島の会社をつくり、仕事をつくっていく、前田さんのような人がふえることが、琉球の内発的発展を実現する王道であると思います。

チバリョー、前田さん!

久岡学さんのお話:内発的発展の主体は人間である

昨日、私の地域経済論の授業、そして龍谷大学社会科学研究所松島グループ研究班による研究会において、久岡学さんが奄美諸島における経済的課題、そして内発的発展の事例について離されました。学部学生からの関心も高く、奄美諸島の経済自律に対する自らの提案をリアクションペーパーに書き、奄美諸島に行きたいかと挙手をもとめたところ、多くの学生さんが手をあげてくれました。久岡さんも喜んでおられました。

奄美諸島では人口の減少、高齢化社会の進展、大島紬産業の衰退等の課題を抱えています。奄美諸島にも、奄振がありますが、沖縄県の沖縄振興に比べて、金額、優遇措置措置も少ないという状況にあります。

しかし、奄美人の若い方々、あまみFMの麓さん、ITによる島おこしをしている前田さん、そして泥染めをしている山元さんの事例を具体的に、情熱をこめて話して下さいました。

厳しい状況の中に負けることなく、くじけることなく、創意工夫して島の自律を切り開いている人が奄美諸島におり、このような人々とともに他の奄美諸島の人も影響をうけて、内発的発展の輪が広がっているという話を伺いました。

久岡さんも、南海日日新聞という奄美諸島の新聞記者として、内発的発展の実践を島内外の人に紹介し、その意味を分析し、情熱をもって伝えることで、内発的発展を広げているという意味で、内発的発展のリーダーの一人だと思いました。

内発的発展が成功するのは、金が多いかどうか、公共事業が多いかどうかではなく、人の存在、役割、活動、信念であると、改めて確信しました。

沖縄県が多額の一括交付金を国からもらって喜んでいる場合ではないと思います。琉球の自治、内発的発展は、一人ひとりの琉球人の自覚、行動が不可欠であることを、奄美諸島の方々から学びました。

研究会の後、交流会をし、研究会参加者がそれぞれの立場でどのように久岡さんの話を聞いたのかなどを議論しました。雨降る夜でしたが、心身は熱く、勇気を奮い立たせるような時を過ごすことができました。

今日、久岡さんの講義、講演があります

今日、19日に久岡学さんが、私が担当している地域経済論という授業で、奄美諸島の経済、経済自立策について、250名の学生の前で講義を行います。そのあと、以下のような研究会を行いますので、ご関心がおありの方は、一木さんまで申し込んで下さい。

経済学部の授業は1時15分から21号館6階で行われます。


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龍谷大学社会科学研究所「島嶼経済とコモンズ」共同研究



南海日日新聞社編集局報道部



久岡学氏 講演会



南海日日新聞の報道部副部長の久岡学氏を招いて、研究会を行います。久岡氏は『田舎の町村を消せ―市町村合併に抗うムラの論理』(南方新社)の編者・著者として、また『「沖縄問題」とは何か』(藤原書店)の著作を通して、一貫して地域の視点から経済に提言を行ってきました。今回は、今日の奄美の島嶼経済について、歴史的経緯も織り交ぜ、新聞記者の体験を通して、内発的発展の方向性を論じていただきます。



日時;2012年1月19日(木)16:45~18:15



場所;龍谷大学深草学舎紫英館3階304研究室



演題;「奄美の島嶼経済」―その内発的発展への課題―



コメンテーター;松島泰勝(本学教授)



司会;一木久治



予定;講演50分 コメント20分 質疑応答20分



懇親会;18:30~20:30



 研究会後、久岡氏を交えて懇親会を行います。



参加希望者はメールにてお問い合わせください。

     e10m762@mail.ryukoku.ac.jp (担当一木久治)

嘉手納統合案を民主党県連はどう考えるのか

1月17日の沖縄タイムスの記事です。


喜納さんは、琉球人の基地被害を本当に自分のこととして考えているのだろうか。政治的な取引材料としてしか考えていないのではないか。民主党県連も「個人的発言」とだけいってはすまされない問題です。県連代表代行という立場での発言なのです。民主党県連としの立場をもっと明確に琉球人に示すべきです。



 【中部】民主党県連の喜納昌吉代表代行が普天間飛行場の嘉手納基地統合案を提案し、野田佳彦首相が「選択肢の一つ」と答えたことに対し、嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会(三連協)の首長は16日、一斉に反発した。當山宏嘉手納町長は「とんでもない話。首相も喜納氏も、何を言っているのか分かっているのか。いいかげんにしてくれ」と厳しく指摘した。

 當山町長は「戦後67年、町民は一方的に安保の負担を押し付けられている。基地被害を知らんぷりしておいて、政府がさらに普天間を押し付けようとするのは絶対に許さない」と批判。「辺野古が駄目なら嘉手納という単純な発想は、被害の現状を認識していない証拠だ。分かっていて統合を強行するなら、嘉手納基地の存在そのものに対する町民の反発は極めて高くなるだろう」と警告した。

 三連協会長の東門美津子沖縄市長は「野田首相や喜納氏が嘉手納統合案を認めても、県民は絶対に県内移設は許さない」と強調。その上で「三連協は一貫して統合案に反対。沖縄はすでに過重な基地負担をしている。日米両政府が国内で海兵隊の戦力を必要としているのならば、普天間は県外移設するべきだ」と語った。

方針転換 県連は否定
個人的提案と民主代表

 民主党県連の喜納昌吉代表代行が野田佳彦首相に米軍普天間飛行場の嘉手納統合案を提案したことを受け、県連の新垣安弘代表は16日、県連として県外・国外移設を求める方針に変わりがないことを強調した。

 新垣代表は県連の政策である県外・国外移設について「県連として方針を転換したわけではない」と説明。喜納氏の提案については「喜納代表代行の個人としての提案だと思う。喜納氏が沖縄に戻り次第、真意を確認したい」と述べた。

 一方、喜納氏は首相との会談後、沖縄タイムスの取材に「県外移設が実現するまでの間の危険性除去策の一つとして(嘉手納統合案を)提案した。嘉手納基地の負担を今より減らすことが前提であり、地域住民の負担が増すことがあってはならない。最終的には県民の判断を尊重する」と述べた。

国連を通じて琉球問題の解決を!

1月16日の琉球新報の記事です。

1996年に私が国連欧州本部に行った際に反差別国際運動の田中さんのお世話を受けました。大変感謝しております。

昨年、国連本部に行き、脱植民地化特別委員会で報告し、発言してきました。琉球人は国連、国際NGOをもっと活用して、国際法により琉球の脱植民地化をもっともっと進めるべきだと思います。





国連機関を通して世界各地で差別をなくすよう訴えている国際NGO「反差別国際運動」(IMADR)職員の白根大輔さん(30)が15日、普天間飛行場代替基地の建設が計画されている名護市辺野古と、ヘリパッド建設が計画されている東村高江を視察した。基地建設に反対する市民らの説明を聞いた。

 IMADRは国連の諸会議に参加する資格を持つ国連本部認定NGO。白根さんは14日から普天間、嘉手納両飛行場などを訪れ、NGO琉球弧の先住民族会との学習会にも参加した。

 白根さんは、高江で市民らに対し「2月に開かれる国連人種差別撤廃委員会の早期警戒緊急措置手続きが活用できる」と助言した。

同措置は問題が起きている国に情報提供を要請し、場合によって是正を求める勧告を出す。勧告に法的拘束力はないが、日本政府と国際社会双方に対し強いPRになるという。

 白根さんは「国連全加盟国が対象のUPR(普遍的定期審査)で10月に日本が審査対象になる。沖縄からの働き掛けが重要だ。子ども、女性の権利などに関する複数の条約機関でも勧告が出ればさらにインパクトは大きい」

と強調。沖縄の基地について「地元の人への重圧は実際に見てみないと分からなかった。事件、事故があっても裁かれない状況は国際社会から見ても不当で、異常だ。国連でももっと注目されるべきだ」と話した。


琉球の意思を無視続ける防衛大臣

1月15日の共同通信の記事です。

日本政府は、琉球人の意思を無視してアメリカの機嫌をばかりをきにして、年内着工を明言しました。
琉球人は新基地建設に対して明確に合意しないと述べているにもかかわらず、それを無視して、強行的に今年中に、琉球の海を埋め立て基地を作ろうとしています。琉球の意思を無視した大臣がもう一人登場してきました。




田中直紀防衛相は15日のNHK番組で、米軍普天間飛行場(宜野湾市)を名護市辺野古に県内移設する計画について県側の理解を得た上で、年内に着工したいとの考えを示した。「年内に着工できるかどうかが当面の手順になっているが、沖縄県民に納得してもらえなければ進まない」と述べた。

 政府要人が代替施設の着工時期に言及したのは初めて。県民の理解を前提にしているものの、時期を明示したことで県側の反発が強まりそうだ。

 同時に田中氏は「先に進まなければ米国も修正を迫られる」と述べ、年内に着工できなければ日米合意の見直しにつながりかねないとの認識を示唆した。(共同通信)

ヤマト資本が琉球経済を支配していく

1月13日の沖縄タイムスの記事です。ヤマト資本がどんどん琉球経済を支配していきます。琉球のバスもヤマトの会社の支配下にはいりました。観光業、情報通信業、建設業、ビール、バスなど、琉球の経済植民地化がどんどん進んでいきます。それでいいのかと私は思います。





北九州市を本拠地とし県内でもバス・タクシー、不動産事業を展開する第一交通産業(田中亮一郎社長)は12日、那覇市泉崎のバスターミナルを運営する那覇バスターミナルの全株式を取得したと発表した。同社は、ターミナルの建物とともに、土地の約3割も取得。ターミナル一帯は旭橋周辺の再開発事業の計画があるが、事業着手が遅れている。

同社は「ターミナル機能を継続しながら、地権者として再開発事業に協力していきたい」と前向きな姿勢を示している。

 同社の協力姿勢に、県や旭橋都市再開発など事業関係者は「協力的な地権者の意向もうかがいながら、早期着工を目指していきたい」としている。

 第一交通は、東京の不動産業のリッシ(坂田雄一代表)からターミナル株2万株を取得し、完全子会社化。第一交通副社長の大塚泉氏が新代表に就いた。取得金額は明らかにしていない。2階建てのターミナルビル(3191平方メートル)も所有する。

 さらにターミナルの土地約1万3000平方メートルのうち、県所有分以外の約3845平方メートルも取得した。土地は不動産関連事業のランド(東京)が所有していたが、同社向け債権を保有する沖縄海邦銀行が回収困難として土地を競売にかけた。第一交通は海銀から債権を買い取り、土地も競落した。

 第一交通は、県内バス4社のうち那覇バスと琉球バスを運営し、タクシー事業も幅広く展開。不動産事業ではマンション開発をはじめ、旭橋再開発事業で南地区の開発に参画した実績もある。同社は「バスターミナルを取得することで、これまで長年動かなかった再開発を進めることが可能になる」としている。

 再開発では、ターミナル機能を維持するとともに、商業・オフィスを含めた複合施設の開発が計画されている。しかし、従来の地権者やターミナルを利用するバス各社など関係者の合意がまとまらず遅れていた。

加計呂麻島のバス

11月12日の南海日日新聞の記事です。以前、テレビで加計呂麻島のバスの番組をみて涙したことがあります。島のバスは島人同士の触れ合いの場であり、島人によって支えられ、期待されているというのが伝わってきた番組でした。学生にも見せたことがあり、強い印象を残したようです。

集中豪雨の影響が加計呂麻島のバスの運行にもあり、豪雨の爪痕の大きさが改めて分かりました。



奄美大島南部豪雨災害から7日目の8日にやっと孤立状態が解消された加計呂麻島の嘉入、須子茂、阿多地の3集落。

9日から林道実久線を使い、バス(瀬相―阿多地―須子茂―嘉入)の運行も再開された。しかし、バスの通常路線復旧のめどが立たない中、定期船が発着する瀬相港までは往復2時間の悪路を通らなければならず、住民は通院、通学、買い物などでしばらく不便な生活を強いられそうだ。

 島内各集落を結ぶ加計呂麻バス(林範孝社長)は、通常片道30分だった同路線を現在は島の西側を約半周する林道を通り、約1時間かけて運行している。燃料費削減のため、乗客には薩川集落で小型バスに乗り継いでもらう。

道路は所々に崖崩れが残り、車1台がやっと通れるほどの悪路で、「運転する側も大変だが、乗る方も大変」(同バス会社職員)。しかし移動手段を持たない特に高齢者世帯の重要な「足」としての重責を担い、職員らは安全運行、ダイヤの調整に連日奮闘している。

 林社長(64)は「これまでバスを4日も運休させたのは初めて。多くの島民から再開を願う電話をいただき、職員一同、食料や生活物資も運んでいるバスの役割をしみじみと感じている。頼りにしてくださる島民がいる限り、どんなことをしてでも“島民の足”を確保したい」と力を込めた。

 児童、生徒の通学も保護者に大きな負担となっている。3集落からは古仁屋高校に2人、俵中学校に5人、俵小学校に1人の児童、生徒がいるが、小中学生は保護者が車で送迎。高校生は保護者が自宅からの通学は困難と判断し、古仁屋の親戚宅から通学させている。

 須子茂の茂村ゆかりさんは、自身も片道1時間の通勤に加えて高校生の長女を預け、中学生の次男を送迎する日々。「毎日が本当に大変。災害以降、長女は一度しか帰ってきていない。かわいそうだが、頑張らせるしかない。一日でも早く道路を復旧させてほしい」と疲れた表情だった。

奄美大島から久岡学氏が龍谷大に来られ、講義をします

来週、19日に久岡学さんが、私が担当している地域経済論という授業で、奄美諸島の経済、経済自立策について、250名の学生の前で講義を行います。そのあと、以下のような研究会を行いますので、ご関心がおありの方は、一木さんまで申し込んで下さい。






龍谷大学社会科学研究所「島嶼経済とコモンズ」共同研究



南海日日新聞社編集局報道部



久岡学氏 講演会



南海日日新聞の報道部副部長の久岡学氏を招いて、研究会を行います。久岡氏は『田舎の町村を消せ―市町村合併に抗うムラの論理』(南方新社)の編者・著者として、また『「沖縄問題」とは何か』(藤原書店)の著作を通して、一貫して地域の視点から経済に提言を行ってきました。今回は、今日の奄美の島嶼経済について、歴史的経緯も織り交ぜ、新聞記者の体験を通して、内発的発展の方向性を論じていただきます。



日時;2012年1月19日(木)16:45~18:15



場所;龍谷大学深草学舎紫英館3階304研究室



演題;「奄美の島嶼経済」―その内発的発展への課題―



コメンテーター;松島泰勝(本学教授)



司会;一木久治



予定;講演50分 コメント20分 質疑応答20分



懇親会;18:30~20:30



 研究会後、久岡氏を交えて懇親会を行います。



参加希望者はメールにてお問い合わせください。

     e10m762@mail.ryukoku.ac.jp (担当一木久治)

不備だらけの環境影響評価書

1月9日の琉球新報の記事です。

高嶺議長は、昨年12月、グアム政府脱植民地化委員会のアルバレス事務局長と3時間近く会談して下さいました。私も通訳として同席しました。高嶺議長は、グアムの脱植民地化、脱軍事基地化運動と琉球が連帯する必要性を主張し、国連における琉球人の脱植民地化活動にも関心を示して下さいました。

県議会議長の評価書に対する発言は意味は大きく、日本政府もしっかりのこの声を受け止めるべきです。

世界的に見ても恥ずかしい不備だらけの評価書です。





高嶺善伸県議会議長は8日、報道により全容が判明した米軍普天間飛行場の辺野古移設に向けた環境影響評価(アセスメント)の評価書について「希少生物、保護すべき自然環境への影響、実態が全く把握されてない。

知事、住民の意見に対しても的確な回答がなく、不備だらけの評価書だ」と指摘。

「自然保護への関心が高まる中、世界的な評価に耐えられない。辺野古移設を前提とした評価書だ」と述べ、事業推進ありきの政府の姿勢を強く批判した。

 評価書を強行提出した政府の対応について、「県知事はじめ名護市長、県議会も県外移設を求める中、国が評価書を提出すること自体に矛盾を感じる」と疑問を呈した。

その上で「県知事は政府に対して県外移設を突き付ける立場で評価書を精査し、国に埋め立て申請を断念させるような意見書を提出すべきだ」と述べ、知事の意見書への対応に注文を付けた。

 今後、県議会でも評価書を入手して精査する考えも示した。

 「これまでのアセス手続きで明記されなかったオスプレイ(垂直離着陸輸送機MV22)の配備による影響や、ジュゴンの生態調査の内容にも疑問が残り、全く評価書として体を成していない」と指摘した。


「住民に対する配慮というものがこれっぽっちもないわけですよ」

12月23日の琉球朝日放送の番組です。

「住民に対する配慮というものがこれっぽっちもないわけですよ」というのが、基地の爆音に苦しむ琉球人の声です。このようなことをいつまでも琉球人に言わせる日本国とは何でしょうか。

昨年、2万2058人が原告となって、第三次嘉手納爆音訴訟が提訴されました。普天間基地の嘉手納統合案を主張する政治家は、嘉手納基地周辺に住み、住民の声を聞いて発言すべきです。





普天間基地の移設に向けたアセス評価書の提出など、年内にまだまだ動きがありそうですが、今年は様々な大臣が沖縄入りしました。

現職大臣の来県回数は実に15回。一気にお見せしましょう!

【88.9%+α】


今年のテレビを語る上で外せないのが、「地デジ化」です。QABでも、地デジカが県内各地を回って皆さんに切り替えをお願いしました。

去年暮れの普及率が88.9%。デジサポ沖縄の相談件数は、一日平均3件まで減っていて、ほぼすべてのご家庭で切り替えが終了したようです。ご協力ありがとうございました。

【22058】


「住民に対する配慮というものがこれっぽっちもないわけですよ」

4月28日。2万2058人が原告となって、第三次嘉手納爆音訴訟が提訴されました。

嘉手納高校2年生・又吉姫香さん「静かな生活を取り戻すために証言台に立ちました。皆さん、一緒にがんばりましょう」

彼女の願いが叶うのは、いつになるのでしょうか。

【5億464万7857】


3月11日の震災から9ヵ月余り。今年の漢字にも選ばれた、まさに「絆」が日本列島を結びました。沖縄県に寄せられた義援金の総額は5億464万7857円。大半がすでに被災地に送られています。県の義援金受付は、今月30日で終了します。

【37】


公式発見から30年の記念すべき年。しかし、ヤンバルクイナが車にひかれる事故は、過去最多の37件発生しました。

福田真さん「道路に出てくるヤンバルクイナが年々増えていると。なぜ道路に出てくるかというと、道路際の側溝に溜まった落ち葉にミミズが出てきますので、その発生したミミズを食べにヤンバルクイナが道路際に出てくる」

今年7月に事故に遭ったオスのヤンバルクイナです。発見時は死んでいると思われましたが、実は気を失っているだけ。素早い通報のおかげで、およそ2週間後には森に帰ることができました。

しかし、無事に野生に帰ることができるのはごく少数です。事故に遭った37羽のうち、29羽が死に、放鳥されたのは5羽だけです。

獣医・長嶺さん「これは7月、7月に交通事故に遭って、背骨をやってしまってですね。まだ自分でこうやって支えられない」

リハビリのおかげで少しずつ回復してはいますが、歩けるようになるまで、1~2年はかかるとみられています。

獣医・長嶺さん「命は助かっても、こういうリハビリになってしまうケースが多々ありますね。時間がかかります。まぁ生きてるだけでもすごいことではあるんですけど、事故が起こったというニュースの裏ではこういう個体たちがたくさんいるということですね」

ヤンバルクイナにとっては、まさに受難の1年でした。

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さて、今年もみなさんに聞きました!あなたにとっての、今年の漢字。まずはこの方からです。


クイナ保護官福田さん【耐】「いろんな物事には山があったり谷があったりするんですけど、今ちょうど平らな部分で、なかなか先が見えないですけど、地道に、交通事故対策もそうですけど、地道に続けていく時なのかなと」

名護・22歳女性【楽】「一年とっても楽しくて、いい年だったので(具体的には何がありました?)学校も卒業して、仕事にもつけて、友達ともいろいろ遊べて充実してたんで」

名護・25歳男性【新】「今年は3月に未曾有の大震災がありましてですね、これまで普通に生活してたことを見直す発見ができて、新しい考え方を持てたなということで、『新』という漢字を選びました」

国際通り・44歳男性【災】「震災とかがありましたし、いろんな意味で苦労が多かった年かなという風に思いますんで、逆に来年は難を逃れて楽しい年になればいいなと思います」

国際通り・58歳女性【幸】「息子が5月に結婚したんです。教師として今大阪で頑張っております」「来年は、今も健康ではあるんですけど、より健康第一で仕事に頑張りたいです」

みなさん、今年も1年間ご覧いただきありがとうございました。2012年を、「災」転じて「福」の年とするために。すべては、「ここから」です!

普天間問題未解決の責任はだれにあるのか

12月21日の琉球朝日放送の番組です。

普天間問題は未解決のまま16年目に入りました。昨年、琉球にやってきた招かざる客の発言、行動を見ても、その責任は日本政府、米政府にあることが分かります。琉球にやってきた日本政治家の発言は、人を見下し、空虚で、傲慢で、内容の無いものばかりであり、植民地支配を示す発言をして、琉球人からさらなる反感を生んだだけでした。

現在の野田政権も、普天間基地問題を解決できる能力がないといえます。




被災地で救援活動にあたる海兵隊員たち。友好ムードを演出し、「トモダチ」との印象を全面に打ち出しましたが、一方、でアメリカ軍は自分たちの計画を着々と進めていました。6月、沖縄防衛局が県や宜野湾市に送った一枚のファックス。


沖縄防衛局が送ったファックス:防衛本省から米国政府がMV22オスプレイ配備に関連し、以下の趣旨の発表をしたとの情報を得ましたのでお知らせいたします。海兵隊は、軍全体でCH46を段階的に減らしMV22に換装するプロセスにある。

防衛省は、開発段階から事故が相次いでいるとして反対が強い輸送機・オスプレイの配備をたった一枚のファックスで地元に知らせたのです。そんな対米重視の姿勢は、あらゆる場面で見られました。

北沢元防衛大臣「日本とすれば、騒音、その他、色々勘案した結果、V字形で調整したいと。」

6月には、辺野古にV字形の滑走路を建設するという計画でアメリカと合意。

仲井真知事「県外をお願いしたいと、あれから1年、強くお願いしていた。残念ながらまた、辺野古に戻るというのは極めて遺憾であると。」


菅元総理「今申し上げているやり方以外では、決まらないという状況に戻ってしまうのではないかということで。」

沖縄と政府の意見はかみ合わないままでしたが、政権は菅総理から野田総理へ。辺野古移設を推し進めようとする大臣たちの沖縄への説得が始まりました。


玄葉外務大臣「とにかく踏んでも踏まれても、蹴られても誠心誠意、沖縄の皆さんと向き合っていくというのが、大変大事なことだと思います。」

続く閣僚たちの沖縄詣で。この前後には、こんな人たちの沖縄入りも相次ぎました。

前原前外務大臣「仮にどの政党が与党になろうとも、普天間基地の移設先は、日米合意に基づいて国益、安全保障、防衛という観点から揺るぎなくやっていくんだと。」

島袋前名護市長「もうあと一歩のところだったんですが、また振り出しに戻るような格好で、引き続き精力的に先生方にご協力いただき、一日も早く進めていただきたいと思います。」


超党派の議員連盟で名護市を訪れた前原前外務大臣。現職の稲嶺市長が基地建設に反対する中、移設容認派の前の市長たちと会談したのです。またこの人の姿も。辺野古区の容認派たちと会食するのは北沢前防衛大臣。改めて、容認派と政権との密接な関係をアピールしました。

公式に非公式にみられる辺野古移設を進めようという動き。しかし、着々と布石を打つ民主党政権に冷や水を浴びせるような出来事も相次ぎました。

「沖縄の人は日本政府に対するごまかしとゆすりの名人。」  


この発言でアメリカ国務省の日本部長を更迭されたのは辺野古移設の旗振り役の1人・ケビン・メア前沖縄総領事。しかし失言は彼だけに留まらず、年末には、沖縄防衛局の田中局長が女性への暴力をにおわす不適切な発言をしたとして更迭に。さらに防衛省のトップである一川防衛大臣も。

佐藤正久議員「大臣そもそも、基本中の基本である95年の米軍による暴行事件をご存じですか?」一川防衛大臣「中身と言われても正確な中を詳細に知ってはおりませんけど。」


95年のアメリカ兵による暴行事件について「詳細を知らない」と述べ、参議院で問責決議が可決されたのです。

また問題はアメリカからも。日米両政府が辺野古移設とパッケージだと主張してきた海兵隊のグアム移転について、アメリカ議会上下両院はその費用を全額削除することを可決。米軍再編のパッケージはアメリカから崩されたのです。

辺野古移設に前のめりになる民主党政権。その一方で生じる誤算。しかし政府は、週明けにも環境影響評価書を沖縄県に提出する方向で調整しています。


与世田副知事「実務的な観点から言うと、ちょっと問題のある時期かと。私どもに検討の時間を与えないという悪意が潜んでいるのかと疑いたくなるような、そういう感じがしますよね。」

何とか計画を進めようとする政府。深まる県との溝。普天間問題は16年目に持ちこされます。

招かざる客の琉球への来襲による植民地支配の強化

12月20日の琉球朝日放送の番組です。

琉球には招かざる客、たとえば日本の防衛大臣、「沖縄詣で」の政治家などがきます。2011年は招かざる客が琉球におおぜい押し寄せ、植民地支配を強化しようとしてきました。

メアや田中の琉球侮辱発言は、「適切発言」というように、やわらかく表現されていますが、その本質は、琉球差別をする日本人、アメリカ人の本音を現したものです。いつまで琉球人はこのような侮辱と差別にさらされ続けなければならないのでしょうか。




「私たちハワイにいてもウチナーンチュですよ!」「胸がいっぱい。来て良かった」

5000人を超える世界中の県系人が沖縄に集いました。5年ぶりの「世界のウチナーンチュ大会」が開催されたのはことし10月のこと。戦前、戦後と海を渡った先人たち、そして、その子孫たちの笑顔に沖縄中が包まれました。

しかし世界中のウチナーンチュが故郷に帰り、再会の感動を分かち合っているまさにそのとき、招かれざる客ともいうべき人々も次々に沖縄を訪れていました。


一川防衛大臣「年内に影響評価書を提出できる、そういうい準備を進めさせていただいているということでございます」

あらたに就任した防衛大臣が、辺野古移設にかかる環境アセスの影響評価書を年内に提出すると知事に伝えに来ました。

この前後、相次いで「沖縄詣で」に通った閣僚たち。すべて普天間基地の辺野古移設という日米合意に県民の理解を得るため、というのがその来県の理由。

しかしこの沖縄詣で、振り返ってみるとことしの年明けから始まっていました。顔ぶれは変わったものの防衛・外務、そして沖縄担当というセットは変わりません。

北沢防衛大臣(当時)「沖縄の人に負担軽減を実感できるものにしたい」

そのために県内移設という日米合意を確実に実行する。閣僚が変わっても発言は変わりません。


沖縄の声が国に届かないという構図も変わりません。アメリカ軍のヘリパッド建設計画が進む東村高江では、建設に反対する住民たちが抗議の座り込みを開始。

工事を進めようとする国は住民と激しく対立。静かなヤンバルの森で怒号に満ちた日々が続きました。

その高江で起こされた、国が住民を訴えるという異例の裁判。通行妨害裁判は12月に結審を迎えました。判決は来年3月に言い渡されます。


「経済的合理性がない」と二審の判決をうけ、2年間中断していた泡瀬干潟の埋め立て事業。沖縄市は埋め立て面積を半分にするなど計画を見直して工事再開にこぎつけました。

計画に反対する市民団体らは、公金支出の差し止めを求める裁判を再度おこしていて、問題はさらに続きます。


八重山地区の公民教科書の採択をめぐって、教科書選定の在り方が大きな問題となりました。県では事態収拾のために3市町の教育委員会で再協議を行いたいとしていますが、現在、協議のめどすら立っていません。この問題も長く続きそうです。


ことしは沖縄にかかわる要人の不適切な発言が続きました。もと米国総領事をつとめたメア氏の発言は県民を侮辱するものとして大問題となりました。そして―。

普天間基地の移設にかかる環境アセスの評価書提出を、女性への暴力にたとえて発言した田中元防衛局長。ただちに更迭され、停職処分」となりましたが、これら要人の沖縄に対する一連の不適切な発言は拭いきれない不信感を県民に植え付ける事態となりました。


さて、経済に目を向けると厳しいニュースが目立った1年でした。県産菊の出荷量は震災の影響で大幅に落ち込み、泡盛の出荷量は6年連続で減少していて、ピーク時の2004年に比べ8割程度にとどまっています。

開業7年にして乗客数1億人を突破したゆいレール、収益は増加したものの、単年度赤字は8億9000万円、累積赤字は115億を超えています。そんな中、希望の持てるニュースもありました。


11月、世界最高の知の集積をめざす沖縄科学技術大学院大学創立。いよいよ来年からは本格的に学生を受け入れ、9月に開学します。沖縄から世界へ。そんなチャンスが今年いくつか飛び込んできました。


「数次ビザはとても便利。今後日本に来るのが便利になります」「来年から東京とか沖縄とか来るつもりです」

沖縄を入口に、日本国内への観光が可能となる中国の数次ビザが発行されました。この数次ビザの影響で中国人観光客の数はこの11月には2900人と前の年にくらべ大幅に増加。数次ビザによる沖縄訪問義務づけは一度のみですが、これをどういかすかが課題です。


あらたな沖縄振興の核となる沖縄振興一括交付金制度。県はこれを3000億円として要求することを決定。政府は来年度からこの交付金制度を創設することを知事に伝達しましたが、要求額については調整中。24日にも政府案として提出される見込みです。

仲井真知事「(一括交付金は)普天間の問題とはちょっと別で取り引き、トレードオフの関係にはないと思う」


「お母さんたちの世代とかも大切だけど、自分たちが将来沖縄を引っ張っていくから、ちゃんと考えていかないといけないと思いました」

この日、西原町で開かれたのは子どもたちによる沖縄振興計画のプレゼン。中学生にも沖縄の未来とそれを担う役割を意識してもらおうと開かれました。

テーマは「世界に誇れる沖縄作り」。中学生らしい、伸びやかな振興計画がいくつも発表されました。未来はつねに今を生きる私たちが作っていくもの。沖縄の未来は子どもたちの笑顔のために、ここから始まります。

琉球人を人間として扱わない日本政府

2011年12月19日の琉球朝日放送の番組です。

日米地位協定の運用見直ししかしない日本政府は、琉球人を完全になめきっています。琉球人を人間として見ていないと言えます。いつまでこのような植民地としての扱いをするのでしょうか。




4月、竹富島では、害虫で枯れかけていたデイゴが6年ぶりに満開の花を咲かせました。しかし、昔からデイゴがきれいに咲くとやってくると言われているのが…「台風」


ことし沖縄に接近した台風は6個。農林水産業の被害総額は、87億円以上と、過去10年で最大となりました。

特に、5月に沖縄を暴風域に巻き込んだ台風2号の被害は甚大で、各地に大きな爪あとを残しました。


ことし、11月末までに、覚せい剤などの薬物使用や、所持で検挙された人の数は、113人。これは去年より46人多く、過去10年で最大となっています。

取材を通してよく聞いた言葉が、「一般人に広まっている」ということ。

これまで暴力団を中心に摘発されてきた薬物事件ですが、警察によりますと、ネットや携帯電話の普及により手に入れやすくなったことで、これまで薬物とは縁の無かった市民の間でも広がりを見せているというのです。

ことし7月には、メキシコからの国際郵便を使って、およそ200グラム、末端価格にしておよそ1600万円の覚せい剤を密輸する事件が発生。

密輸に関わった男4人は、全員が密輸や覚せい剤所持の容疑で逮捕されていますが、営利目的とされる密輸は、沖縄でも覚せい剤を売りさばくルートが出来つつあることを示しています。


ことし5月。那覇市で酒に酔ったアメリカ兵の男が、タクシーを奪う強盗事件が発生。前に入って止めようとした、運転手の男性を跳ねて逃走し、果ては海を泳いで逃げるという、衝撃的な事件でした。

事件の裁判員裁判では「外出規制のある深夜に外出するとき、チェックすることはないのか?」という裁判員の問いかけに対し、男は「基地外で生活している人もいるため、コントロールするのは難しい」と答えました。

この被告には被害者の男性と示談が成立していることなどから、執行猶予つきの判決が下されました。

しかし、何度も綱紀粛正を約束しながら繰り返される、アメリカ兵の事件事故に、判決後、裁判員からは、「県民は腹立たしく、残念な気持ちになっている。チェック体制をしっかりしてほしい」と被告ではなく、アメリカ軍全体に向けられた異例のメッセージが読まれました。


ことしも県内は、不発弾の発見が相次ぎました。ことし4月から11月末までに不発弾の届出があったのは562件。発炎筒なども含めると、8053発に上ります。

6月には、修学旅行で沖縄を訪れていた高校生が、空港の手荷物検査場に「無人島で拾った」という不発弾を持ち込み、一事騒然となりました。

そして、これまでの不発弾対策で見落とされていた新たな問題が露呈したのが、サマリヤ人病院の敷地内で見つかったアメリカ製の125キロ爆弾。

現場での処理が必要な不発弾でしたが、患者の移動にかかる費用や、そもそも移動することができない患者をどうするのかという問題が浮かび上がったのです。

結局、避難することのできない患者を病院に残したまま、窓をベニヤ板で補強するなどの対応で、不発弾処理は行われました。その後、移動にかかる費用のほとんどを国が負担することになりました。

戦争の風化が叫ばれていますが、その爪あとが、実生活に影響を及ぼしている姿を目の当たりにした出来事でした。


1月に沖縄市で起きた交通死亡事故。事故を起こしたアメリカ軍属の男は、日本で不起訴。アメリカ側で運転禁止5年という処分に、日米どちらでも刑事裁判にかけられない、軍属という、法の空白となった存在がクローズアップされました。

遺族や、遺族を支える会の活動により、政府は日米合同委員会で、日米地位協定の運用見直しに合意し、軍属の男は起訴されることになりました。

しかし、日本で裁判できるかどうかが、「アメリカの好意的考慮」に委ねられることだけでなく、そもそも軍属は、市民と同じように、無条件に日本で裁判ができるという意見も出ています。

その後、政府は、公務中であっても、飲酒による交通事故は日本で裁けるようにするなどの、地位協定の運用見直しを続けましたが、

改定が必要になったにも関わらず、運用の見直しだけで不都合を覆い隠すような対応を続けてきた政府に、批判の声が向けられます。

毎年のように課題としてあげられる地位協定。軍属の起訴が決まったとき、地位協定の改定を呼びかけた遺族や支える会は、口をそろえて、「これから」と話していました。

復帰40年を迎える来年はどのような年になるのか、遺族の戦いは続きます。

辺野古新基地建設アセスは違法である

12月14日の琉球朝日放送の番組です。

辺野古の資金基地建設のためのアセス手続きが違法であることが、ここでも分かります。




辺野古の基地建設に伴う環境アセスの手続きは違法だとして、600人あまりの原告が、国にアセスのやり直しなどを求めている裁判が今日開かれました。

原告は、1996年のSACO合意当時、日米で了解していたオスプレイの配備を合意文書から外したとされる、当時の防衛省関係者を証人として申請していますが、きょう、裁判所が採用を前向きに検討していることがわかりました。

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この裁判は、辺野古の基地建設に伴う環境アセスの手続きのやり直しと損害賠償を国に求めて2年前に提訴されたものです。

アメリカ軍の再編で、いわゆるV字型滑走路の計画になって始まった環境アセスでは、本調査は2008年8月からですがその1年前から自衛隊の掃海艇を投入して事前調査が行われたことや、多くの人身事故を起こし欠陥機と言われているオスプレイの配備を評価書の段階まで完全に隠して進めてきた事などから原告はアセスの手続きに著しい不備があると訴えています。

今日の公判で原告は、1996年のSACO合意の際、オスプレイ配備について日米で議論した文書や国会答弁を根拠に、あらためて、当時防衛省で実務を担当していた高見澤のぶしげ氏の証人尋問を求めました。

酒井良介裁判長は、すでに防衛大臣に守秘義務事項の有無などを確認する文書を出したことを明らかにしました。来月末を期限とする回答を待って証人採用するかどうかが決まる予定です。

原告 真喜志さん「日本政府が隠してきた嘘を、オスプレイの配備を知っていたということを証言させることができるのが高見澤氏。ですからその証言をとりたい」

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原告が証人申請している高見澤氏の名前は、96年のSACO合意直前のアメリカ側の文書に良く登場します。どういう人物なのか、まとめました。

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現在、防衛研究所所長を務める高見澤将林氏。日米交渉に舞台裏を知る人物として、県出身の国会議員がたびたび追求してきた人物です。

山内徳信議員「横文字になっていて読みづらいんですが、ミスタータカミザワとなっております。文書は13項目にわたって沖縄県民への説明資料でありますが、こういうオスプレーを伏せておいて環境アセスの方法書から準備書に全くオスプレーのことが書いてございません」

高見澤氏「当時からオスプレーについてはいろんな可能性が議論されていたというところでございますので、そういう全体の流れの中で現在に至っているというふうにご理解を頂きたいと思います」

実はアメリカ側の文書で、SACO合意の直前、カート・キャンベル氏を議長にした日米のワーキンググループでこんなやりとりが。

「日本政府は、沖縄県民にV-22についてどう話したらいいかアドバイスを求めた。」

V22については何も言わない

V22について具体的に伝える

現在の機種の想定で建設し、V22の配備は将来、発表する

96年の10月の時点で、代替施設へのオスプレイの配備は決まっていたことがわかります。

さらに11月26日の会議で、アメリカ軍のコメントの中にこうあります

「日本政府は海上施設は辺野古が最適と考えているが場所の公表に反対している」

「日本政府はまだオスプレイ機を発表していない。米軍は、早急に公表されることを望む」

そしてこれがSACO最終報告の5日前にミスタータカミザワから在日米軍に渡された合意案。オスプレイについてははっきり書かれている上、沖縄に説明するためのオスプレイ問答集まで検討されていました。

山内徳信議員「12月20日のSACOの最終報告ではオスプレイの表記は削除され、それに変わって短距離で離着陸できる航空機と書き換えられています。この事実について防衛省の高見澤さん一言おっしゃって下さい」

高見澤氏「それは非常にいろんなやりとりがございましたけれどもそういった形で議論されているということでございます」

この高見澤氏が法廷で証言をすれば、15年前からオスプレイの配備は決まっていたことや、政府が意図的にそれを隠してアセスを進めてきた事も証明できると、原告は期待しています。

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アセスメント法の要は、なにか大きな構造物を作るという時、できるだけ環境に影響を与えない方法を民主的に地元の理解を得ながら探ることです。

証人として証言して頂ければ、大事なことを隠したまま進めて来たアセスだということははっきりするでしょうし、それアセス法に照らしてどうなのか、しっかり審理して欲しいですね。

『琉球独立への道―植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』の発刊

今月下旬に、『琉球独立への道―植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』が店頭に並ぶ予定です。
一人でも多くの読者がこの本を手に取り、現在の植民地状況における琉球の独立について考えてほしいと思います。私も真摯に議論したいです。





■発行 法律文化社
〒603-8053 京都市北区上賀茂岩ケ垣内町71
TEL:075-791-7131 FAX:075-721-8400
http://www.hou-bun.com/

琉球独立への道

A5判/約270頁/予価 2,940円

本書は琉球独立論の系譜の一つに属するが、これ
までの独立論と違う。

太平洋諸島、南アジア諸国、
スコットランド等の世界における脱植民地化の過程
を検討し、国際法に基づく琉球人の自己決定権の行
使の可能性を考え、琉球がネイションであることを
論証し、これまでの琉球自治論の限界を指摘したう
えで、独立後の構想を提示した。

 本書の特徴は、独立論を文化、思想だけでなく、
他の植民地や非同盟諸国との比較を通じて政治経
済的にも琉球における独立の可能性を検討し、また
国際法や国連を通じた脱植民地化・独立に向けた活
動や脱植民地化のための具体例について論じ、日本
国憲法そして日本に期待しない、依存しないための
自治・自立・独立の系譜を再検討した上で新たな将
来像を提案したことにある。

 はじめに
第1章 琉球コロニアリズムの歴史
1 植民地としての琉球
2 琉球におけるコロニアリズムの歴史
3 琉球の開発とコロニアリズム
4 軍事植民地としての琉球

第2章 太平洋島嶼国・地域の脱植民地化と琉球
1 琉球と太平洋諸島との関係
2 太平洋諸島の独立
3 ハワイの脱植民地化運動
4 ニューカレドニアと仏領ポリネシアの独立運動
5 グァムの脱植民地化運動

第3章 南アジア地域とスコットランドの独立と琉球
1 南アジア地域の独立
2 南アジア地域と太平洋諸島の独立過程の比較
3 イギリスからの独立を目指すスコットランド

第4章 国連と琉球
1 人民の自己決定権行使による琉球の脱植民地化
2 琉球人の自己決定権と国際法

第5章 琉球ナショナリズムの形成
1 琉球とエスニック共同体、ネイション、ナショナリズム
2 琉球ナショナリズムの形成
   ―琉球独立運動の課題と可能性
3 「2・1決議」の意味
   ―国際法と琉球ナショナリズム

第6章 「琉球自治論」の批判的検討
1 日本国頼みの自治論の何が問題か
2 「本土並み自治論」からの脱却

第7章 琉球自治共和国連邦の将来像
1 なぜ琉球は独立を求めるのか
2 琉球独立のための前提条件
3 琉球自治共和国連邦の将来像



●著者プロフィール●
まつしま やすかつ

1963年琉球・石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島
にて育つ。那覇高校、早稲田大学政経学部卒業後、早稲田大学大
学院経済学研究科博士課程単位取得。博士(経済学)在ハガッ
ニャ(グァム)日本国総領事館、在パラオ日本国大使館において専門
調査員として勤務。東海大学海洋学部准教授を経て、現在、龍谷
大学経済学部教授、NPO法人ゆいまーる琉球の自治代表。

単著として『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、
2002年、『琉球の「自治」』藤原書店、2006年、『ミクロネシア―小さ
な島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年がある。編著と
して西川潤・松島泰勝・本浜秀彦編『島嶼沖縄の内発的発展―経
済・社会・文化』藤原書店、2010年がある。

琉球は自らの教育権を持つべき

12月13日の琉球朝日放送の番組です。

国による教科書に関する竹富町への差別的措置方針は、本来、日本政府が琉球の教育権を持つべきではないことを改めて明らかにした。琉球は自らの教科書を作り、教育方針を定め、実施していくという教育権を奪回する必要があります。




混乱が続く、八重山地区の公民教科書の採択は地区で統一した教科書がまだ決まっていません。なぜ、ここまでもつれているのか、文科省が教科書の無償配布の対象外という考えを示した竹富町は今後どうするのか。記者解説を交えてお伝えします。

中村記者「教科書の採択に関係する法律は2つあります。まず、地方教育行政法で、地方教育行政の組織および運営に関する法律があり、これは各市町村にある教育委員会は使用する教科書の取扱いについて決めることができます」

中村記者「そしてもう一つは義務教育教科書無償措置法で、国が教科書を無償で配布するための手続きが定められた法律があります。この法律では、同じ教科書を使用する地区を定めること、地区が複数の市町村で構成されている場合は、その地区の教育委員会は『協議して』教科ごとに同じ教科書を採択しなければとしています。今回、問題になっているのは、無償措置法に書かれている『協議』についての見解が、文部科学省と県教育委員会で分かれていることです」

見解の違いというのはどういうところでしょうか。

中村記者「まず文部科学省は、採択地区協議会の答申が無償措置法の定める『協議の結果』だとしています。ですから、この結果に従っている石垣市・与那国町は教科書の無償配布の対象で、竹富町は『答申』に従っていないとして無償配布の対象からはずす見解を示しています」

一方の県は、どのような主張をしているのでしょうか?

中村記者「県教育委員会は9月8日に開催した、八重山地区の教育委員全員で協議した結論が『協議の結果』であると主張しています。しかし、石垣市・与那国町の教育長がこの協議は『無効』であるという文書を文科省に提出し、中川大臣も『協議の結果』と認めていません」

文科省の見解について、竹富町はどのような反応なんでしょうか?

中村記者「この文部科学省の見解に、竹富町の慶田盛教育長は不満感を示しています」

竹富町・慶田盛教育長「教科書採択に関して、竹富町教育委員会としては瑕疵はないと。ないのに何故、東京書籍の採択は認めて有償にするかというペナルティーがあるかということの説明がほしい」

中村記者「ただ、文部科学省は竹富町の採択について無効ではないとしています。文科省と県教委は、教科書の選ぶのは各教育委員会にあるとしています」

中村記者「また今回の問題では、現在の2つの法律の下では採択が異なったとき、解決する方法がなく、文科省は法律を改正すると明言してます。このように、法の不備を認めているにも関わらず、竹富町だけ有償というのはおかしいと慶田盛教育長は主張しています」

慶田教育長「文科省がそういったら、竹富町だけ有償(はおかしい)。全員同一条件にならなきゃいけない。竹富だけ有償なら、与那国も石垣も有償だと思う」

文科省の見解を受けて、県は再度、協議の場を設置しようしていましたよね。

中村記者「先月、県教育委員会は3市町の教育長を呼び、同じ教科書が採択できるか意見交換の場が設けられましたが、結果は平行線をたどり物別れに終わりました」

今後、竹富町はどのような対応するをするのでしょうか?

中村記者「文部科学省は県に対して、必要な教科書の数を伝えるよう県に求めています。その期限が今月末です。それを受けて、竹富町教育委員会は今月26日に会合を開き、改めて『東京書籍』であることを県に伝えることにしています。また、文部科学省に対しては、何故、竹富町だけ有償なのかを説明を求める文書も提出することにしています。そのなかで、慶田盛教育長は納得のいく説明が文科省からあれば、指導を受け入れると話しています」

慶田盛教育長「納得できるそういう諸条件があればそれは見直しだってできる。指導は指導として、受け入れる許容度はちゃんと持っています」

中村記者「今後、文部科学省が竹富町に対してどのような説明が行われのかが注目されますが、今までどおりの説明では竹富町としては納得できないと思いますので、問題解決は来年までもつれそうです」

牡丹社事件に関する日本政府の謝罪がいまだに行われていない

琉球朝日放送昨年12月9日の番組です。

牡丹社事件に関して、日本政府は台湾の原住民の方々にいまだに謝罪をしていません。原住民の方は謝罪を求めています。それは琉球人に琉球併合の謝罪を日本政府がしていないのと同じです。謝罪は、両者の関係性を立て直す一歩です。





140年前、台湾に漂着した宮古島民が地元の住民に殺害された、いわゆる牡丹社事件の慰霊祭がこのほど関係者が参列する中、地元で行われました。

台湾南部の屏東県車城郷。畑の真ん中にある大きな墓。明治政府によって建てられたこの墓の石碑には「大日本琉球藩民54名墓」の文字が刻まれています。

先月この琉球人墓で台湾側の主催による慰霊祭が行われました。慰霊祭は140年前に起きた牡丹社事件を検証するシンポジウムの一環として行われたもので、地元台湾や沖縄、日本本土から関係者や研究者らが参列しました。

台湾総統府・黄煌雄監察委員「140年後のきょう、お互いに理解し合って初めて平和の一歩を踏み出したことは、人類にとって有意義なことだと考えています」

屏東県牡丹郷。かつて日本側が高砂族と呼んでいた部族、パイワン族の村です。人口はおよそ2000人。伝統を重んじる誇り高い部族です。

村の中に牡丹社事件の顛末を記した壁画が描かれていました。1871年(明治4年)村にほど近い海岸に宮古島民66人が流れ着きました。首里王府に献上物を届けた帰り、悪天候で台湾まで流されたのです。上陸した宮古島民は牡丹郷に迷い込みますが、言葉が通じなかったことから、村びとに侵略者の偵察隊と誤解され、牡丹社と呼ばれる集落で54人が殺害されてしまいます。残り12人は平地に住む漢民族に助けられ、清国経由で翌年琉球に戻りました。

生存者から事件のことを聞いた明治政府は「日本国民である琉球人が殺害された」として1874年・(明治7年)、西郷隆盛の弟・従道率いる3600人余りの軍隊を牡丹郷に送りこみました。

沖縄大学教授・又吉盛清さん「この事件の明治政府の狙いは、琉球の国家統合、いわゆる琉球処分とそれを通じたアジアへの侵略。それ以外、何ものでもないです」

近代兵器を装備した西郷軍に対し、パイワン族は激しく抵抗しましたが、30人余りの犠牲者を出し、降伏しました。牡丹郷を制圧した明治政府は清国に対し、日本国民が殺害されたとして賠償金を要求します。軍事力で劣る清国は渋々これを承諾しました。

これにより明治政府は「琉球は日本国に属する」ということを清国にも認めさせたとして、1879年に琉球を沖縄県とし、日本に組み込みました。世に言う琉球処分です。その後の日清戦争で勝利した明治政府は台湾を手に入れ植民地とするなど、牡丹社事件を機にアジアへの覇権を広げていきました。

犠牲者の子孫・野原耕栄さん「小さいころから祖先の野原茶武の話は聞いている。色んな日本の政策とからめられきたということについては複雑な気持ちです」

牡丹小学校教諭・高加馨さん「私たちは以前に沖縄の方に和解の為に謝りに行った。でもそれに対して日本政府は台湾の原住民の方にまだ謝罪していません。できればいつか謝って欲しいと思います」

元牡丹郷長(村長)・華裕民さん「人類の和平に向かって、お互いの友愛と和平をがんばっていこう」

又吉さんは日中間の問題解決に向け、市民レベルの交流が重要になってくると指摘します。

又吉さん「尖閣列島なんかの問題も、生活圏を共にしている台湾・中国・沖縄の人たちの生活の問題としてきちっと解決していくという実績がない。平和と交流の実績、そういうのがきちんとあれば話し合いはスムーズにいく」

船をもって世界のかけ橋となることをうたっていた琉球。アジアの友好と平和に向け、今、沖縄が果たすべき役割は何なのか?牡丹社事件はそのことを私たちに伝えています。

石垣金星さん、琉球人さんからの年賀の言葉

石垣金星さん、琉球人さんから年賀の言葉を頂戴しました。
にーふぁいゆー。




2012辰龍立年 新年(あらどぅし)ぬ言葉飾(むにかざ)りしさりるんゆう!

※バシマムニ(西表の島言葉)で新年の挨拶申し上げます。
※ルビがきちんと表示されず( )がルビとなっています。

... 「珠玉(あらたま)ぬ年(とぅし)に炭(たん)とぅ昆布(くぶ)飾(か)ざてぃ
   心(くくる)から姿若(しがたわか)くなゆさ」(新年かぎやで風節)

「古年(ふるどぅし)ば後(くし)なし 新年(あらどぅし)ば迎(もぅ)—ひおーりとーり しかっとぅ にはいで うまりるんゆう!
昨年(くず)め大和(やまとぅ)ぬ島(しま)な大(ま)いさぬ地震(ない)んたたい起(う)くり&大津波(うぶなん)ぬり 原発爆発(げんぱつぱちうくり)り
北国(きたぐに)ぬ人々達(ぴとぅきゃー) 気の毒(きむっすあ〜)でぃ 思(う)まりるんゆう
八重山(やいま)ぬ島々めー教科書問題し文科大臣め まらきしょう!我々竹富町(ばわだんしま)ぬ子ども達(ふあんきゃ)てぃめ 「無償」し ふんでぃ 分けの分からない話(あてぃんがらんむに)いい 
あがよう〜!!腹立さり(ばだふさり)ならん。
うりはら隣ぬ与那国(ゆぬん)ぬ島(しま)なー自衛隊(ぐんたい)ば誘致(さり)きゅんでいうくとぅはら「上等」「ならん」で大問答(うふむんどう)ぱちうくり与那国(ゆぬん)ぬ島(しま)め一大事(みぬさぬくとぅ)なりぶんゆう。
また沖縄(うきな)ぬ島めーヤンバル高江ヘリパット基地、泡瀬干潟埋め立て、普天間基地辺野古移設問題、、年末ぬ真夜中、防衛省はユーバイ(夜這い)し知(し)さんぽーりし沖縄(うきなー)ば「犯し」ぶきゃ ウマンチュはら追〜り(わーり)逃(ぴ)んぎ行(ん)ぎゃん、
むっとぅ気の毒(いなむぬ)でぃ思(う)まりるんゆう。

かしぬ汚ぬ(しぷちなぬ)大和政府めびったがし海(すな)な掴ん投ぎ捨てぃ(ちかんなんぎしてぃ)なからならんでぃ思(うま)まりるんゆう。
今年(くとぅし)めかしぬ悪事(やなくとぅ)め後(くし)なし身体強(どぅぱだつう)さありとうりり 皆様(けーら)の上(うい)なあ 家族(やーきねー)ぬ上(うい)なあ 琉球(りゅうちゅう)島村(しまむら)ぬ上(うい)なあミリク世果報(ゆがふ)ぬ 良い事(いいくとぅ)がーに あらしとーりで かし願(にが)いしさしるんゆう しさり!!、
正月元旦(そんがちぐぁんにち) 琉球西表(りゅうちゅういりむてぃ) 石垣金星(いしがききんせい)






明けましておめでとうございます!
今年辺りから、「天下分け目」の時代に突入する事は、間違いなさそうですね。
本質だけが放つ、「琉球のカラー」もハッキリとしてくるのではないでしょうか?

お互いに、日本人を含め何処の人々に対しても、狭い了見に囚われない様に頑張りましょう。

この世は、所詮修行ですから。


今日から2012年

今年2012年は琉球が日本に「復帰」して40年になります。この40年とは琉球、琉球人にとって何であったのかを考え、議論していきたいと思います。日本、日本人との関係を問い直すことが2011年に立て続けに発生しました。

「復帰」40年に、日本、日本人は琉球、琉球人が拒否するにもかかわらず、基地建設を強行しようとするのでしょうか。それによって日本「復帰」体制を完成させようとするのでしょうか。

今年も、問題の本質をしっかり見つめ、言うべきことをことを発言し、真摯に議論をしていきたいと思います。

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