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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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大晦日の嬉しいお知らせ

今朝、京都のドルフで朝食を食べた後、今、滋賀の家を掃除しています。手が寒ーい。

長年の友達が東京の大学で専任教員に内定したという嬉しい、速達の手紙を頂きました。

この方のこれまでの歩みを思い出し、大変嬉しいです。手紙から躍動感と喜びがこちらにも伝わって来ました。


来年も、今年同様、研究、教育に精進したいと改めて思いました。
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那覇高校、南灯寮のネットワーク

今、那覇ターミナルのラウンジにいます。今日は、照屋さん、当銘さんとお昼に近くの中華料理店で交流会をしました。

互いの近況、日本、中国、琉球における経済動向、不動産市場、通信産業、金融や投資、東京生活など、通信や不動産のプロからいろいろと教わりました。

また互いの那覇高校の同級生にBを通じてその場で連絡をもらいました。高校卒業から39年以上たっていますが、照屋さんは自らの目標をしっかり定めて、着実にしっかりと生きておられ、いろいろと刺激になり、励みになりました。当銘さんからも琉球の現在の不動産市場の動きを具体的に教えてもらいました。

足で経済の現場を汗を流しながら生きており、勇気をもらいました。そのあと、サンエーでお土産のターイモ、島食品で健康茶と黒砂糖、ショウガ砂糖を買いました。その後、当銘さんと小禄にある喫茶店に行き、上海に住む共通の友達の近況等について話し合いました。

母が手作りでつくってくれたナントゥーを家で食べ、それとてんぷらを詰めた弁当を飛行機の中で食べる予定です。





高校時代の仲間、南灯寮時代の仲間と今でも会って、本音で話し、情報交換できるということは大変幸せです。今後もまた呑み、語り合いましょう。




松ちゃん(龍谷大学経済学部教授)と當銘さん(ガリバーハウジング営業部長)と鏡原の中華料理屋「桂林」で会食し、それぞれの近況や今後の夢を熱く語り合いました。
お酒も入りいいあんばいに出来上がっております。(@_@)

那覇を歩いて感じて考える

今日は午前中たまった琉球の新聞を読んだ後、潮平さんと昼食をご一緒しました。多角的な観点から物事を鋭く観察し、粘り強く反基地の姿勢を貫く姿勢から多くのことを学びました。そのあと、国際通りを歩きながらジュンク堂に行き、琉球関連の新刊本を見た後、大道にある古本屋に行きました。嘉手納さんに教えてもらったところです。

昔は那覇市内も古本屋がいくつかあり、古本屋で立ち読みをしながら新たな発見に胸を躍らせる機会が多かったです。

そういえば、母校がある早稲田の古本屋街も私が学生のころよりも古本屋の数が少なくなっていました。国際通りにある店舗を今、開発経済学の観点から調査していますが、街の変遷を経済的に明らかにしたいと考えています。

再びジュンク堂に戻り、国際法、政治学関連の本も床に座りながら斜め読みして、研究の構想を練りました。

そのあと、歩いて自宅に戻りました。今日は5時間くらい歩いてフィールドワークをしましたが、歩くことで街や人の表情をみて、街の空気を感じることができました。公共事業で今までにない道路ができ、高層ビルも建設され、その前で露店の車が並び、音楽が鳴り響いていました。蔡温橋近辺は大きな変貌を遂げています。

那覇市役所の新しい庁舎は非琉球的な印象を持ちました。国際通りの騒々しい、密集した、欲望にあふれる空気に触れた後、奥武山公園にもどると、いつもの見慣れた風景、公園を歩く人の声を聞き、ゆるんだ表情を見ていると心が安らぎました。同じ那覇でも場所によってこんなにも違います。

普天間を歩く

昨日は両親のお誕生を祝う、ささやかな昼食会をしました。うるくそばの軟骨そばセットはおいしく、また両親とともに琉球の唄も歌い、楽しく過ごしました。

両親が元気なのが子供にとって何よりのしあわせです。


そのあと、宜野湾でフィールドワークをしました。小さな滝があり、ターイモ、バナナ、その他の植物が豊かに生い茂る場所がいくつかあり、琉球人の本来の生活の姿を想像しました。地域には今でも外人住宅が多く残っています。

雨ターイモ田で人々が働き、子友達が公園で遊び、住民が団地の中を歩いているなどしている日常の上を米軍ヘリコプター2機が爆音を放ちながら何度も旋回していました。

自分の存在、生活の歩みが馬鹿にされているよう感じました。普天間基地周辺には学校、団地、発電所、スーパー等が密集していますが、日本政府は普天間基地をを放置しており、琉球人の生命を軽視していることをあらためて実感しました。


その後、那覇に戻り、当銘さんと与那嶺さんと交流会をし、琉球かかえている矛盾、不正義の現実について話し合い、来年の抱負を語り合い、互いに励ましあいました。

琉球というネーション

昨日は、たまった琉球の二つの新聞を読み、今日も読む予定です。
日本の新聞とは全く異なった記事が多く、琉球は独自のネーションであるともう一度確認しました。


近くにある奥武野山公園、そして少し足をのばし西町周辺を歩きました。琉球人の聖なる場所である三重城が日本国の土地になって管理されていたのに憤りを覚えました。


岸壁から那覇軍港、自衛隊基地がよく見えましたが、日米両軍によって琉球人にとってとてもいい場所が占拠されていると改めてかんじました。


また公共事業の現場にある琉球風の休み場のさびしい風景が心に染みました。

今日、琉球に帰国します。

今日、琉球に帰国します。30日の夜滋賀に戻るまで、琉球の今と未来をさまざまな方と語り、琉球の今をこの目で見て、肌で感じて、しっかり考えてみたいです。朝6時の電車で出発します。今雪が降っていますが、琉球に行けば暖かい空気になると考えると嬉しくなります。

「沖縄は日本から独立したほうが幸せではないのか」『通販生活』

『通販生活』2013年春号が届きました。一般には来年1月に発刊される予定です。発行部数は約140万部です。雑誌の上には「巨大地震はいつ来るかわからない、原発ゼロ今すぐ」を掲げ、思想性が明確な雑誌です。

2013年度の通販生活は3つの忘れないをアピールしています。1商品注文を忘れない。2福島を忘れない。3沖縄をわすれない。

琉球に関して「沖縄は日本から独立したほうが幸せではないのか」という特集を組んでいます。私も「自民党政権時代から基地を押しつけられ、民主党政権にも裏切られました。独立しないかぎり 米軍基地も米兵の犯罪も琉球からなくなりません」というタイトルで3頁にわたるインタビュー記事が掲載されています。

その他、タレントの大橋巨泉さん、東京外国語大学教授の伊勢崎賢二さん、沖縄大学副学長の仲地博先生が琉球独立、沖縄州についてお考えを述べています。ご関心がありましたら、是非お読みください。

『通販生活』はこれまでも普天間基地等、琉球の基地問題について特集を組んだことがあります。雑誌も180円と非常に手ごろな価格です。

日・中・米関係を問い直す―アメリカとは何か(『環』)

今年から藤原書店の季刊誌『環』では、全3回の「アメリカとは何か」という特集を組んでいます。10月に発刊された二回目の部では、大田昌秀さんが「復帰40年の節目に反問する〔二つの疑問〕」という論考を寄稿しています。

2回目の特集には、大田昌秀さんとともに、平恒次さんも「「危険思想」に魅せられて〔私にとっての日米琉関係〕」という論考を寄稿されています。

1回目の特集では川満信一さんが「沖縄でこそ、読まれて欲しい本」、そして私が「「ルーズベルトの責任」と「日本の責任」」を寄稿しています。ご関心があれば是非お読みください!

来年1月に発刊される『環』のアメリカを問う三回目の特集のテーマは、「日・中・米関係を問い直す―アメリカとは何か」です。

私も「日本は本当に「独立」しているのかー琉球と日本・アメリカ・中国との関係軸から問う」という論考を、先日寄稿し、編集者と校正のやり取りをしています。

さまざまな議論が沸き起こることを期待しています。



■■ 特集:内なるアメリカ ――アメリカとは何かII ■■

〈インタビュー〉国家目標としての安全と独立
 〔日本に突き付けられている相反する「価値」〕 粕谷一希(聞き手=開米潤)
60年安保以降の世界史の中の日米関係〔「米意日達」を是正できるか〕 中馬清福
日本と米国について〔GHQの指導に基づく日本国憲法〕 塩川正十郎
復帰40年の節目に反問する〔二つの疑問〕 大田昌秀
初心に帰って出直すべきとき〔日米親善の未来図〕 武者小路公秀
安保体制の根本転換を求めて 吉川勇一
愛憎の中の日米関係 藤原作弥
哲学・国家論・外交の総合を再び 東郷和彦
政治・安保と経済とのせめぎ合いの中で 伊奈久喜
法治の国とどう向き合うか〔私にとってのアメリカ〕 池村俊郎
失われた環にするな 高成田享
日本へのテレビの導入とアメリカ合衆国の情報・通信政策 有馬哲夫
未だに「アメリカという国」を捉えていない日本
 〔銃乱射事件はなぜ後を絶たないのか〕 松尾文夫
アメリカへのアンビバレンス〔今、江藤淳を読む〕 会田弘継
アメリカは小さい国である〔近代日本の知の「慣習」を脱するために〕 三谷博
依存するアメリカ 伊勢﨑賢治
グローバルな視点を通して歴史を考える 入江昭
「危険思想」に魅せられて〔私にとっての日米琉関係〕 平恒次
日本の主権、アメリカの主権〔過去・現在・未来〕 玉野井麻利子
ツーバイフォー建築と日本〔木造建築再考〕 内田純一
私とアメリカ映画 佐藤忠男

〈座談会〉1920年代の世界史と日米関係
 〔『「排日移民法」と闘った外交官』をめぐって〕
小倉和夫+開米潤+チャオ埴原三鈴 (司会)中馬清福

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□□ 小特集:今、水俣病を考える〔追悼・原田正純〕 □□
〈インタビュー〉「人間の革命」が求められている 緒方正人
〈インタビュー〉水俣は近代化の供犠にされている 石牟礼道子
3・11と5・1〔原田先生と水俣学〕 花田昌宣
〈絶筆〉「5・1」を考える〔水俣病公式確認56年〕 原田正純

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〈インタビュー〉ソ連崩壊を予言したデビュー作『最後の転落』と、マルクスを語る
 エマニュエル・トッド

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■■ 中日国交正常化40周年 特別寄稿 ■■
〈特別寄稿〉中日国交正常化40周年に寄せて 劉徳有
園田天光光 「日中平和友好条約」締結の秘話

[附]
日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明(1972年)
日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約(1978年)

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■■ 寄稿 ■■
〈寄稿〉コモディティ戦争の勃発
 〔米中に市場支配される時代へ〕 阿部直哉


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■■ 追悼 吉田秀和 ■■
堤剛/磯崎新/吉田光男

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■■ 追悼 永畑道子 ■■
久野啓介/向井承子/林郁/尾形明子/入江観

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■■ 追悼 中川志郎 ■■
菅谷博/西舘好子/中川渉/中川リカ・美晴
中川志郎「福島原発事故と被災動物たち」

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〈座談会〉坂本多加雄 没十年に想う〔思想・国家・宗教〕
 粕谷一希+杉原志啓+富岡幸一郎

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■■ 〈山百合忌〉鶴見和子さん 七回忌 ■■
中村桂子 「内発的発展論と生命誌〔鶴見和子と南方熊楠〕」
西舘好子 「鶴見さんの『ありがとう』」


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□□ 書物の時空 □□
●名著探訪
岡田英弘 『史記』(司馬遷著)
星 寛治 『複合汚染』(有吉佐和子著)
角山 榮 『日本教会史(上)』(ロドリーゲス著)
小林 登 『安部磯雄の生涯』(井口隆史著)

●書評
瀧井一博 『私の郷土史・日本近現代史拾遺』(有泉貞夫著)
真野倫平 『“ヨーロッパ”とは何か?』(フェーヴル著)
藤原晶彦 『なぜ税金で銀行を救うのか』(片桐幸雄著)

●連載 明治メディア史散策13
粕谷一希 陸奥宗光・星亨・原敬

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■■ 新連載 ■■
●生の原基としての母性 1
三砂ちづる 出産の場にたちあがるもの

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□□ 連載 □□
●放射能除染と地域再生 2(短期集中連載)
山田國廣 除染は、「雑草」と「泡洗浄」に任せればよい
 〔土を大量に剥がない、高圧洗浄しない〕

●旧約期の明治――「日本の近代」の問い直しのために 2
新保祐司 第一章 山田風太郎の明治小説

●井上ひさし、または吉里吉里国のゆくえ 2
赤坂憲雄 第一章 「うんにゃ」とともに分離独立へ

●携帯電話基地局の電磁波汚染 3(短期集中連載・最終回)
古庄弘枝 住宅地のなかに基地局ができた

●詩獣たち 8
河津聖恵 風の痛み〔尹東柱〕

●伝承学素描 27
能澤壽彦 仁宮武夫の精神圏

金子兜太の句 日常
石牟礼道子の句 残夢童女

琉球は東京都、日本国の所属物ではありません

12月20日の琉球朝日放送の番組です。来年初めに発刊される『情況』最新号は尖閣諸島を特集する予定ですが、私も先ほど、原稿を編集長に送付しました。仲里功さんから原稿執筆の依頼をうけ、新川明さん、川満信一さん等と寄稿されます。
「東京都があの尖閣諸島を買います。買うことにしました。東京が尖閣諸島を守ります」という石原元知事の発言は非常に傲慢なモノ言いです。琉球は東京都、日本国の所属物ではありません。
慶田城さんの「石垣島は国境の島。島だからこそ守るのではなく、島を開いて文化や経済を通して、暴力で守るのではなく、そのほうが平和な豊かな島になるのではないかと考えております」という発言に私は同意します。他の琉球人の多くもそう願っているのではないでしょうか。



きょうは、ことしも県内を騒がせた尖閣問題を振り返ります。そして、こうした状況に心を痛める石垣市に住むある男性の想いをお伝えします。

石原前都知事「東京都があの尖閣諸島を買います。買うことにしました。東京が尖閣諸島を守ります」

ことし4月、東京都の石原前知事の発言に、世界の注目が集まりました。


石垣市の行政区域にあり、個人が所有する魚釣島などの3つの島。日本の領土を守るとして、東京都がこれらを購入する準備を進めていることを明らかにしたのです。

この発言以降、尖閣諸島の領有権をめぐる問題に再び火が点きました。日本や中国などの活動家グループが魚釣島への上陸合戦を繰り広げたり、過去最多となる6隻の中国政府の船が久場島の領海に侵入するなど、一触即発といった空気がくすぶり続けているのです。


講演会・慶田城用武さん「今、石垣市では、平和よりも領土が重要だというような空気が流れている。平和の声を上げるのが少し難しくなっております」

「島の空気も変わった」と話すのは、石垣市に住む慶田城用武さん。ことし、尖閣問題に翻弄されたひとりです。慶田城さんは今から67年前、ある壮絶な体験をしました。


海を見下ろす丘に、静かにたたずむ慰霊の碑。1945年、石垣島から台湾に向け出発した疎開船が、アメリカ軍機の攻撃を受け、魚釣島近海で沈没しました。島に流れ着いた人たちは、救助されるまでの45日間、飢えや病気に苦しみ、80人が亡くなるという遭難事件となりました。慰霊碑には、5歳で亡くなった慶田城さんの兄、用典さんの名前も刻まれています。

慶田城さん「弱い人から亡くなったそうです。年取った人とか、小さな赤ちゃん、子どもとか。あの魚釣島での出来事があまりに過酷で悲惨でしたので、他人に話せるようなことじゃなかった。みんなが申し合わせたように、このこと自体多くを語らなかった」

慶田城さんはこの事件の生き残りとして、毎年、船が攻撃された日の同じ時間、静かに犠牲者の慰霊を続けてきたのです。しかしことし、突然、慶田城さんは尖閣騒動の渦中に巻き込まれました。

8月、日本の国会議員らでつくるグループが魚釣島への上陸を強行。そしてその際、政府からの正式な上陸許可を取り付けようと、慰霊祭の開催を名目に、慶田城さんら遺族会の協力を求めてきたというのです。

山谷えり子参議「正当化できるものではないかもしれませんけれども、気持ちというのはわかるような気がします」

慶田城さん「これは御霊を利用して、冒涜というんですか。ただ自分たちの政治の目的のためにやったんじゃないかなということですね。最も望んでいるのは、尖閣近海が平穏で平和であるということ。そのことが御霊の供養になる」

平和を願う慶田城さんら遺族会の想い。しかし、インタビューのこのころ、県内は北朝鮮のミサイル問題に揺れていました。石垣島にも自衛隊のPAC3が配備され、島は物々しい雰囲気に。

慶田城さんは、こうした尖閣問題を契機に、政府が地方を巻き込んで、南西諸島の防衛強化を進めようとしているのではと危惧しているのです。

慶田城さん「東京サイドと石垣がこういう防衛に関しては、密接なつながりというのか。お互い、打てば響きあうような感じになってるんじゃないか」

さまざまな思惑が絡み、ことしも人々の注目を集めた尖閣問題。国境の島で、長年この問題を見つめてきた慶田城さんは、ことしの騒動を特別の想いで振り返ります。

慶田城さん「石垣島は国境の島。島だからこそ守るのではなく、島を開いて文化や経済を通して、暴力で守るのではなく、そのほうが平和な豊かな島になるのではないかと考えております」

今回の件では、尖閣諸島をめぐるいざこざに、慶田城さんたちのこうした想いを国や政治が利用しようとする動きが透けて見えます。

慶田城さんは、ことし10月に仲井真知事がアメリカに直接、オスプレイや普天間問題の解決を訴えたことにふれ、この問題にも沖縄県がより主体的に関わったり、県民がひとりひとりの問題として、取り組んでいくべきじゃないかと話していました。

尖閣問題。来年は、私たちの関わり方を改めて、問われる年になるのかもしれません。

軍用地契約拒否が持つ意味

11月14日の琉球朝日放送の番組です。
米軍基地の契約更新を拒否する地主や地区が増えています。地主たちも怒りの声をあげ、行動をとるようになっています。私も普天間基地の「一坪反戦地主」ですが、琉球人の生存を危機におとしいれるために琉球の土地を基地として使わせたくないと主張する琉球人が増えてきているように思います。これが「復帰」40年の現実であり、契約拒否という自己決定権を行使して、日米の植民地支配に抵抗する琉球人が、琉球の内外において、それぞれの思いを実行に移しています。




藤川佐代子さん「自分の土地を米軍用地として使用させることをやめることにしました。」

今年9月、会見を開き、こう表明したのは、藤川佐代子さん。彼女は名護市辺野古の軍用地主としては初めて土地の契約更新を拒否しました。

沖縄が日本本土に復帰して40年の節目に当たる今年。日本政府がアメリカ軍に提供するため、最長20年の期限で地主と賃貸借契約を結んだ土地は更新の時期を迎えました。しかし、16の施設で107人が新たに契約を拒否しています。

藤川さんが土地の契約拒否に踏み切ったのは、辺野古で新たな基地建設計画が持ち上がっていることに危機感を持ったからでした。

藤川さん「事件事故とか、あれから、婦女暴行事件も起きたり、色々なことが起きている。ここにできたら、もっと悲惨なことが起きる可能性が、普天間の周りで起きることが、このままここに移るだけだと。」

藤川さんは復帰前の1969年、高校卒業を機に集団就職で神奈川県に行き、現在もそこで生活しています。地元を離れているからこそ、このような重大な決心ができたのではないかと語ります。

藤川さん「地元のプレッシャーを交わしている部分もありますから。もしここに住んでいて、プレッシャーを全部受けながらやったら、物すごい大変で、最初から、それに押し潰されていたかもしれないんですが。」

30年ほど前に、父親から相続した土地は3000平方メートル。フェンスの向こうにある土地がどんな風に使われているのかはわかりません。土地代は年間でおよそ60万円と決して少なくはありませんが、それを失ってでも守るべきものがあると考えています。

藤川さん「年をとって収入を無くして、仕事も無くしてという方は頼らざるを得ない、基地の賃料に頼らざるを得ないという、そういうとても矛盾した気持ちだと思うんですけど。命の問題として考えたらやっぱり、当てにするようなお金として考えていくのがちょっと待てよと、そういう気持ちになってきましたね。」

一方、区民をあげて土地の契約を拒否している地域があります。キャンプハンセンに隣接する宜野座村の城原区。アメリカ軍の演習場へとつながる村道の一部が、区が持っている土地です。区民たちが土地を貸すことを拒んだのはある事件がきっかけでした。

宜野座村城原区 山城昌慶 前区長「上の方から米軍の大型トラックが来て、この道路から、子どもが自転車に乗って来てそこで跳ねられているという形になっている。」

こちらの道路では17年前、アメリカ軍のトラックが6歳の児童を跳ねて死なせるという事故が起きています。

元々、この道は住民たちの生活道路にもなっていて、事故は「この狭い道路を軍用車両が使用するのは危険だからやめてほしい」と住民たちが訴えていた矢先の出来事でした。

実は大通りからアメリカ軍の演習場につながる道は別にもう一本あり、事故の後、アメリカ軍は使用を避けるよう看板を設置しています。それなのに、なぜ日本政府が再びこの土地を強制的に借りてアメリカ軍に提供しようとするのか、区民たちは矛盾を感じています。

山城前区長「同じ場所に行くのに二本必要かと。一本あれば十分だと。一本の土地の軍用地料は税金で払っている。東北で復興するために一生懸命やっている。向こうに使ってくれと。」

アメリカ軍用地の強制使用手続きに関する公開審理の日、政府を代表する防衛局と地主が、それぞれの意見を述べました。

沖縄防衛局の説明「駐留軍の活動の基盤となる施設及び区域を円滑かつ、安定的に提供することは我が国の条約上の義務であります。」

地主「復帰40年、この長い間私たちの借地料はタバコ一箱分にも満たない228円で使用されています。」

金武町並里区 与那城直也 区長「オスプレイが配備されて一ヶ月になりますが、昼夜問わず、深夜までの演習は区民に相当の被害があります。返還していただきたいと思います。」

そして藤川さんも基地建設計画に翻弄される故郷の苦しみを訴えました。

藤川さん「2000年の代替基地の候補地とされたときから、人口1000人余りのさびれた村は、賛成派と反対派に対立し、村の空気は刺々しいものになってきました。人のきずなも切れていきました。日本中日本国内で基地はいらないと言って通らないのは沖縄だけです。」

沖縄が本土に復帰して40年。土地の契約を拒否した人々の言葉からは、沖縄が抱え続けている、苦しみが浮き彫りになっています。

沖縄島内軍事基地跡地の民生転換―**中南部都市圏3事例の検証から

来年、次の様な研究会が開催されます。真喜屋さんは早稲田大学大学院で在琉球の米軍基地跡地利用について研究してきた方であり、最近、博士号申請口頭試問を
パスされたそうです。これまでの研究成果を活用して、琉球の脱植民地化、脱軍事基地化を進めてほしいと思います。

政治地理研究部会(第4回)研究会

共催:<奄美―沖縄―琉球>研究コンソーシアム
日時:2013年3月9日(土)午後2時より
会場:同志社大学今出川キャンパス志高館地下 SK11教室

http://www.doshisha.ac.jp/**access/ima_campus.html

テーマ:沖縄脱軍事化への道標

オスプレイの配備や度重なる米兵の事件など復帰後40年を経ても**日米による沖
縄軍事化のプロセスは継続している。**観念的に沖縄の非軍事化を唱えることを超
えて、その脱軍事化をどのように実践しうるかについて、**内発的発展論の観点か
ら、沖縄島内での基地跡地利用の事例を比較考察する。

研究報告:沖縄島内軍事基地跡地の民生転換―**中南部都市圏3事例の検証から
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真喜屋美樹(**大阪市立大学研究員)
コメンテーター:冨山一郎(同志社大)

参考文献:

真喜屋美樹「米軍基地の跡地利用開発の検証」宮本憲一、**川瀬光義編『沖縄論』
岩波書店、2010年、143-162頁
真喜屋美樹「返還軍用地の内発的利用―**持続可能な発展に向けての展望」西川
潤、松島泰勝、本浜秀彦編『島嶼沖縄の内発的発展』藤原書店、**2010年、227-254頁

連絡・参考文献請求先:山崎孝史 yamataka[at]lit.osala-cu.ac.jp

上記の情報は、政治地理研究部会HP
http://www1.doshisha.ac.jp/~**tfutamur/PGRG/bukai.htmlにおいてもご覧いた だけます。

尖閣諸島問題から何を学ぶか

10月10日の琉球朝日放送の番組です。
龍谷大学大学院の留学生で私のゼミ生の一人は、マルチビザを活用する中国人観光客の動向、尖閣諸島問題が観光に与える影響について研究しています。来年3月には中国人留学生18~19人が大学院の集中授業、民際学特別演習で琉球を研修旅行する予定です。

学生から自分の研究と関連させながら琉球の関心分野を調べさせ、様々な人と話し、場所に行き,議論をします。多くの留学生は、琉球人と話したいという希望をもっています。中国と琉球との文化的な関係性、民族的独自性、その歴史、経済活動に強い関心をもっています。留学生にとって一生の思い出になるような充実したゼミ旅行になればと思います。



尖閣諸島の国有化などで緊張が続く日中関係。沖縄でも中国系航空会社の減便や、観光客のキャンセルが相次いでいます。尖閣問題で影響を受ける沖縄経済について考えます。


尖閣諸島の国有化で緊張状態が続く日中関係。

土産物店では―「(Q中国人観光客は?)結構減りましたね」「三分の一以下とかそれ位に感じますけど」

外貨両替店では―「1日に来られるお客様、ご両替のお客様が減っているのを感じます」


毎日のように中国本土から客が訪れていたこちらのアウトレットモールでも…

あしびなー梶山直樹支配人「中国本土から来ない日もあって(中国人観光客は)半減というところでしょうかね」

中国人観光客数が好調に推移していた沖縄県。昨年度は過去最高の4万4500人に達し、さらに今年は7月だけで1万8700人を集客。昨年度の40%を超える観光客をひと月で集めていました。


しかし先月尖閣問題が起きて以来、およそ4400人のキャンセルが発生しています。

河合記者「国際線は中国沖縄間の欠航が相次いでいて待合室も閑散としています、そして欠航の数は今週さらに増える予定です」


減便や運航休止が相次ぐ空の便は、きょう(10日)からさらに中国国際航空が運休。12日から中国東方航空はさらに減便し当初の三分の一の便数になる予定です。

誘致に力を入れてきた仲井真知事は…

仲井真知事「長い間築きこの1年で成果が出始めたところがもう1回バックしたなあという印象が強くてですね」


尖閣問題の影響は沖縄経済に暗い影を落としています。

ここからは取材した河合キャスターに解説してもらいます。中国人観光客の減少、深刻ですね。

河合記者「はい、県では仲井真知事が直接中国に出向いてトップセールスを行い、今年7月には北京事務所も開設し、ここ数年中国人観光客の誘致に特に力を入れてきました。1度沖縄を訪問すれば3年間有効な数次ビザも好評で直行便も増え、ソフトとハードが揃い誘客の勢いが増していただけに、仲井真知事もこれまで築いてきたものを崩壊させないようにしなければと語っていました。」

落胆する県内企業も多いのではないでしょうか…。

河合記者「はい、ただ中国を相手にビジネスを行う企業を取材すると、下を向くところばかりではないんです。」

3年前から中国人観光客の獲得を目指すこちらのホテル。館内の店舗では中国語で細かな説明を行い、室内のテレビは中国国内のチャンネルが視聴可能です。


多いときには月に3000人の中国人を集客する成果を上げましたが、年内はその勢いを取り戻すことは難しいと考えています。しかし集客に向けた取り組みを止めることはありません。

東京第一ホテル・ゲストリレーション林百希マネージャー「続いて1人ないし2人の(中国人スタッフの)採用を目指してますので」「いつでもウェルカムな状態でいろいろ問題はありますけども私たちとしては大事なお客様だと考えていますので」


この期間を次の集客のチャンスに備える準備期間だと考えています。この日は沖縄市との打合せ。市の受託を受け、海外旅行客をターゲットにした無料周遊バスの運行を決めました。

東京第一ホテル・久山しのぶ沖縄統括シニアマネージャー「アジアのお客様に向けてエージェントやダイレクトのセールスをかけながら、いま既存の行程の中に周遊バスというのを組み込んでいってセールスを展開させていこうと」

一方、香港を中心にアジアで沖縄料理店などを経営し、県産品の食材の卸も行う企業では。

尖閣の国有化直後に行われた香港の商談会に参加。沖縄の食材を展示するブースに多くの人が集まりました。その印象をオーナーのピーターさんはこう語ります。


えんグループ・ピーター・ンオーナー「ちょうど尖閣の問題が始まったときなんですけども、商談会事態ではビジネスベースではそういう話題も出ませんですし」「いつものリレーション(関係)をキープしながら仲良くやっているといいますか」「成果はありました」

この商談会で、県内の精肉メーカーと香港の地元スーパーとの契約が成立、今月5日から発売を開始し売れ行きは好調です。


えんグループ・ピーター・ンオーナー「尖閣は尖閣で別としてビジネスベースで話していくのが大事で中国本土も一緒だと思うんです」「商品にもよると思うんですけどもマーケットはまだまだあると思いますね」

中国人観光客が減ったこちらのアウトレットモールでも、訪れた中国人観光客は沖縄の印象をこう話します。

上海からの観光客「きのうは万座毛と水族館に行った、すごい楽しかった」「私の計画は日本全部1つ1つ行きます」


北京からの観光客「景色がきれいでした」「(また沖縄に期待ですか?)もちろん」「早く両国の関係がもとに戻ることを願っています」

あしびなー・梶山直樹支配人「かえって今そういう厳しい状況なのでいろんな対策をとればこれから強くなると思います」

政府間では難しい問題が横たわっていますが、民間での交流を絶やさない、各企業の前向きな姿勢を感じますね。

きょうも日本で行われる会議に中国の要人が欠席を表明するなど雪解けは遠いという報道もありますが、もともと沖縄と中国は双方のビジネスや文化を通じて長い交流の歴史もありますからね。この絆を生かし企業努力を続けることが厳しくなった経済関係の雪解けにつながっていくのではないでしょうか。

第12回ゆいまーる琉球の自治in久米島 15

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ホテルの部屋から取った写真です。きれいな朝でした。今回宿泊した久米島ホテル・ガーデンヒルズさんには、何度か車を出してもらったり、集いの時にはペットボトルの差し入れをして下さったりといろいろとお世話になりました。ホテルの関係者に皆様にも心よりお礼申し上げます。


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芥川さんには、久米島に到着早々のフィールドワークで車の運転をしてもらいました。歩くのが遅い私の父親にも暖かいご配慮をいただきました。藤原社長にも貴重なご本の寄贈を頂きました。また本集いの開催にあたってはコミュニティラジオ局である、FM久米島さんには事前に本集いについて広報してもらいました。また兼城公民館の館長、地域の方々にも大変お世話になりました。心底よりの感謝の気持ちを表させていただきます。



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新元さんは毎回のように参加して下さっています。奄美大島の平田から車で名瀬に行き、そこから船を乗り継いで久米島までこられました。新元さんはこれまでに変わらぬ気力と体力で島の自治の実現に向けて行動しています。


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前利さんも、忙しい中、毎回、集いに参加して下さっています。奄美諸島、沖永良部島と琉球の他の島々との比較についていつも教えられています。日本島嶼学会の理事もされており、島に強くこだわり、島から世界に向けて声を出しています。

来年の5月は石垣島の白保でゆいまーるの集いをする予定です。新空港が建設され、「幽霊人口」が増えている石垣島で、島の過去・現在・未来の自治について真剣な議論したいです。

第12回ゆいまーる琉球の自治in久米島 14

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藤原社長より、藤原書店から出版された書籍が兼城公民館に寄贈されました。喜久里さんに託されました。公民館で島の方々が琉球や自治について考える一つの手段になればと思います。


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前利さんが琉球大学のゼミの先輩である川平さんの本を紹介されました。川平さんは与那国島出身であり、私も東京の南灯寮にいたとき、両の先輩として話をし、励まされました。川平さんは精力的に琉球の近現代史の本を出されています。島を愛する熱い先輩です。


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翌朝、ホテルの一室でNPO法人ゆいまーる琉球の自治の総会を開催し、会員、理事が今回の集いの総括をしました。それぞれが自らの島の歴史や文化、現状と久米島のそれとを比較しながら、各人が学んだことを議論しました。


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私の両親も石垣、西表、南大東、与那国、沖縄等、琉球の島々で生活をしてきましたが、ゆいまーるの集いで他の琉球の島々に行き、島の歴史、自治の歩みを学ぶことの大切さを語ってくれました。

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新元さんや石坂さん、芥川さん、前利さん、藤原社長、私もそれぞれの島で学んだことを語りました。他の方が久米島をどのように考え、どのように自らと関係付けているのかのかが分かりました。見て楽しむ観光ではなく、今後の自分の生き方を自治の観点から問うというのが、この集いの特徴です。

差別を跳ね返す山内さん

昨日は、柳原銀行資料館事務局長の山内政夫さんを龍谷大学の私のゼミの授業にお招きし、特別講義をしてもらいました。戦前、被差別部落の方々が柳原銀行を設立し、無担保で資金を貸し出し、各種の産業を生み出しました。

これはバングラディシュのグラミン銀行の魁となるものであり、琉球のゆいまーる活動にも通じています。過去、現在におけるさまざまな差別の圧力を跳ね返し、柳原銀行の建物を改築移転し、被差別部落の歴史を知る資料館にしました。

龍谷大学瀬田校舎にある樹心館も被差別部落の資産家が寄贈した建物であり、大学とも関係があります。

京都駅の近くにありながら、少子高齢化のため人口が最盛期の5分の一まで減少しているなか、現在、まちおこし活動が展開されています。京町屋の建設、祭の開催、地域通貨の発行等です。私たちのゼミ生とともに、地域経済の活性化をしたいと山内さんが仰って下さいました。

来年早々には、学生たちと地域のフィールドワークを行い、自分たちに何が出来るのか、どのような街づくりが可能なのかを地域のNPO、行政、企業等とともに考えていけたらと思います。学生の自治に基づき、ゼミ活動を地域の方々の協力を得て行いたいです。

差別を跳ね返し、前を向いて自立の道を切り開いている山内さんに対し、敬意を表したいと思います。ありがとうございました。

県出身研究者ら「琉球独立学会」設立へ

11月25日の沖縄タイムス紙に次のような記事が掲載されました。
三重県まで来て取材して下さった新里記者に心よりお礼申し上げます。

社会的公共財としての本学会において、琉球独立に関して客観的に、具体的に、学際的に議論できるように、仲間と話し合い、協力しあって、本学会の設立を目指したいです。



沖縄の基地負担をなくして平和を実現するために、日本からの独立を追求しようと、大学教員ら県出身者が来年4月に「琉球独立総合研究学会」を新設することが分かった。松島泰勝・龍谷大学教授(49)と友知政樹・沖縄国際大学准教授(39)が23日、三重県津市で開かれた日本平和学会の集会で初めて発表した。2人は「独立を目指すことを前提に、円滑な達成方法や世界の事例を研究して実践につなげたい」と話す。

 すでに今月8日、発起人5人で準備会を立ち上げた。会合を重ね、来春までに学会の規約をまとめる。発起人の年齢は26~49歳と若く、ウチナーグチの教育普及に取り組む大学院生や雑誌編集者、子育て中の主婦が参加し、学会の運営方法や研究内容などを議論している。

 新学会では、国連の手続きにのっとって独立の是非を問うため、住民投票の実施を決めた米領グアムや仏領ニューカレドニアの事例に加え、地域政府が樹立された英スコットランドやスペイン・カタルーニャの独立運動の動向を学ぶ予定。沖縄独立後の統治体制や、基地に依存しない持続可能な経済発展のあり方も議論する計画だ。

 23日の研究集会で、太平洋諸島の脱植民地化を研究する松島教授は「オスプレイの強行配備をみても、日本国が琉球人を守ろうとしないことは明らか」「琉球の体制そのものを変えていかないと、私たちは未来永劫(えいごう)、非平和的な状況を受け入れざるを得ない」と、独立の必要性を強調した。

 オスプレイの訓練を阻止しようと米軍普天間飛行場周辺でたこ揚げを続ける友知准教授は、同じ集会で、独立学会の会員を「琉球人に限定する」と説明。「琉球人の定義を含め、自分たちで郷土のあり方を主体的に議論したい。日本と米国による暴力から琉球を解放するには、そうした過程が欠かせない」と語った。(新里健)

2012年、衆議院選挙に投票しました

先程、投票して来ました。今住んでいる県の知事が党首をつとめる党に投票してきました。琵琶湖の近くに住んでいる者にとって、原発、TPPは他人ごとではありません。

前田朗さんの書評

前田朗さんにはまだお会いしたことはないのですが、拙書について論じ、広く進めて下さり、感謝します。
にーふぁいゆー。




琉球独立論の新たな地平


松島泰勝『琉球独立への道――植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』(法律文化社)


http://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03394-9

琉球/沖縄に関心のあるすべての人に薦めたい。

沖縄独立論には長い歴史がある。本書は、それらにも学びつつ、新しい議論を展開する。議論の立て方は目次を一瞥すればすぐにわかる。

 はじめに

第1章 琉球コロニアリズムの歴史
 植民地としての琉球/琉球におけるコロニアリ
 ズムの歴史/琉球の開発とコロニアリズム/軍
 事植民地としての琉球

第2章 太平洋島嶼国・地域の脱植民地化と琉球
 琉球と太平洋諸島との関係/太平洋諸島の独立
 /ハワイの脱植民地化運動/ニューカレドニア
 と仏領ポリネシアの独立運動/グァムの脱植民
 地化運動

第3章 南アジア地域とスコットランドの独立と
    琉球
 南アジア地域の独立/南アジア地域と太平洋諸
 島の独立過程の比較/イギリスからの独立を目
 指すスコットランド

第4章 国連と琉球
 人民の自己決定権行使による琉球の脱植民地化
 /琉球人の自己決定権と国際法

第5章 琉球ナショナリズムの形成
 琉球とエスニック共同体、ネイション、ナショ
 ナリズム/琉球ナショナリズムの形成―琉球独
 立運動の課題と可能性/「2・1決議」の意味
 ―国際法と琉球ナショナリズム

第6章 「琉球自治論」の批判的検討
 日本国頼みの自治論の何が問題か/「本土並み
 自治論」からの脱却

第7章 琉球自治共和国連邦の将来像
 なぜ琉球は独立を求めるのか/琉球独立のため
 の前提条件/琉球自治共和国連邦の将来像


著者:「1963年琉球・石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。那覇高校、早稲田大学政治経済学部卒業後、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。博士(経済学)。在ハガッニャ(グァム)日本国総領事館、在パラオ日本国大使館において専門調査員として勤務。東海大学海洋学部准教授を経て、現在、龍谷大学経済学部教授、NPO法人ゆいまーる琉球の自治代表。単著として、『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年、『琉球の「自治」』藤原書店、2006年、『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年がある。編著として西川潤・松島泰勝・本浜秀彦編『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』藤原書店、2010年がある。」



第1に、重要なのは、日本とアメリカとの関係の下での琉球の歴史と現在を踏まえつつ、同時に広い世界史的視野で琉球独立論を展開していることである。まず、植民地独立付与宣言や先住民族権利宣言の法理論を採用している。さらに、太平洋諸国や、南アジアと欧州における小国の独立に関する研究が背景となっている。



第2に、小国は経済的にやっていけるのか、自立できるのかというよくある問いに対する応答の仕方が重要である。小国独立不安論は、実は「大国からの経済援助論」とセットになっている。しかし、実態を見れば、大国からの経済援助は大国の資本のためになされるのであって、投下資本は大国に還流し、小国の自立を一層破壊する。小国の独立はその地域の内発的発展として構想される必要がある。日本のニセ援助に頼る思考では、独立以前に、そもそも沖縄の発展と市民生活が阻害される。この点は非常に重要である。



第3に、先住民族の連帯と協働が組み込まれている。米軍基地のない沖縄を目指す平和と自律の思想は、グアムの米軍基地にも反対し、琉球民族とチャモロ族の連帯を必要とする。あるいは、海に沈む島ツバルについて、ツバル国民1万人に琉球移住の可能性を提供して、共に生きる太平洋の先住民族の連帯をめざす。



太平洋には軍隊のない国家が11カ国ある。『軍隊のない国家』執筆のために11カ国に訪問した。本書の筆者は、グアムとパラオに住んだ経験があるという。現地滞在で得た知識と知恵が本書に活かされている。何しろ『ミクロネシア』の著者だ。



琉球独立のために、国際的に何をするべきか(国連先住民族作業部会、脱植民地化特別委員会、太平洋諸島フォーラム、非同盟諸国会議党)。国内で何をするべきか(琉球自治共和国連邦の具体像)が明確に論じられている。



琉球独立論に新たな地平を切り開いた本書をもとに、徹底討論が行われるべきである。



琉球人民の自己決定権を中核に。

動乱のインテリジェンス

下記の本に、佐藤さんが私について述べた個所があります。与那嶺さんが教えてくれました。

佐藤さんとはこれまで2回ほど、同じシンポジウムでパネラーとしてご一緒したことがあります。「マーカラワジーシガ」「東アジア文化圏の中の民際学と自治」というシンポです。私は後者のシンポを主催しましたが、佐藤さんは謝礼・旅費を受け取りませんでした。

琉球独立について徹底的に議論したい人が何人かいますが、佐藤さんはその中の一人です。

「「ルーズベルトの責任」と「日本の責任」」

下記の論文集に、私の「「ルーズベルトの責任」と「日本の責任」」という論考が掲載されていますので、ご関心がありましたら、お読みください。





『ビーアド『ルーズベルトの責任』を読む』藤原書店、2012年

はしがき  開米潤

I チャールズ・ビーアド――人/学風/業績
 序 チャールズ・ビーアドという巨人  粕谷一希
 〈座談会〉人/学風/業績――ビーアド博士をしのびて(1958年)
  蝋山政道+高木八尺+鶴見祐輔+松本重治+前田多門(司会)

II 『ルーズベルトの責任』を読む
 序 祖父チャールズ・A・ビーアドについて  デートレフ・F・ヴァクツ
 1 『ルーズベルトの責任』を読む
  青山やすし/渡辺京二/岡田英弘/小倉和夫/川満信一/松島泰勝/
  小倉紀蔵/新保祐司/西部邁/榊原英資/中馬清福/三輪公忠
 2 同時代人によるビーアドの評価
  マシュー・ジョセフソン/リチャード・ホフスタッター/
  ハワード・K・ビール/ハロルド・J・ラスキ

III ビーアドの外交論と世界の未来
 序 「大陸主義」は世界平和をもたらす積極外交である  開米潤
 1 「大陸主義」とは何か――『アメリカのための外交政策』(1940年)抄訳
   チャールズ・A・ビーアド
 2 ビーアドの衝いたアメリカの「独善」――アメリカはどこへ向かっているのか  開米潤
 3 日米関係の核心は中国問題である  丸茂恭子/阿部直哉/開米潤

〈附〉アメリカ史略年表/ビーアドの歴史関連著作の販売部数/ビーアド著作一覧




関連情報

 ビーアドと『ルーズベルトの責任』は日本社会では戦後、ずっと無視され続けた。それはいったいどうしてなのか。(…)
 米国では今でも「真珠湾でなぜ、あれだけの被害を被ったのか」という議論が生きている。戦勝国であるアメリカが二度とあの惨劇を生まないために真珠湾の悲劇にこだわっているのに対して、敗戦国である日本は素知らぬ顔を決め込んでいる。ビーアドがルーズベルトにも戦争責任があったと言っても、「あれはインチキですから」と切り捨てる一部の知識人の姿勢。戦後の日本は経済にしろ、安全保障にしろ、アメリカを抜きにしては何も始まらなかった。おそらく、知米家であればあるほどそうした意識が強く、アメリカに対する〝遠慮〟となるのだろう。『責任』が長い間、日本社会で無視されてきた背景には、こうした自己欺瞞とアメリカに対する自己抑制の論理がある。それが思考停止の大きな要因なのである。
(本書「はしがき」より)

「オキナワ」と「フクシマ」から考える

『利賀から世界へ』No.5という雑誌に、今年9月富山県利賀村で行われた、私、山下祐介さん、大澤真幸さんのシンポジウム、「「オキナワ」と「フクシマ」から考える」が掲載されましたので、ご関心がありましたら、お読みください。

同誌の中にある、「「人間」を代表する、ということ」という鈴木忠志さん、平田オリザさん、菅孝行さんのシンポジウム内容も示唆的です。

鈴木忠志さんの劇団SCOTの劇も見ましたが、人間の社会生活、心理の背景にある目に見えない世界を深くえぐりだす演劇であり、私の感性も揺さぶられるという、貴重な体験をしました。

アイヌ語古語資料集成

非常に貴重な本が出版されたとのご連絡を得ましたので、お伝えします。私も大学院生時代、早稲田にあったレラチセでアイヌ語を学んだことがあります。萱野茂さんのアイヌ語の話が今でも心に残っています。


アイヌ語古語史料集成

現代台湾を生きる原住民

先月、沖縄県立博物館で開かれた琉球・台湾・韓国(朝鮮)関係のシンポジウムにおいて、石垣島出身の石垣直さんから、下のご著書を頂き、今、読んでいるところです。博士論文を基にしたご著書であり、現在、沖縄国際大学の教員もされています。琉球の先住民族としての運動にも関心があり、関連のシンポも実施されたようです。現在の台湾原住民を知る上で第一級の研究本であると思いますので、是非、お読みくださいますようお勧めします。若い琉球人の熱い研究への意思を感じながら、また琉球と台湾の民族がどのようにつながりうるのかを考えながら読んでいます。



現代台湾を生きる原住民
ブヌンの土地と権利回復運動の人類学

植民地時代、戦後近代化の中で失われた父祖の地とアイデンティティ。「国家」による簒奪から土地とルーツを回復する運動。

石垣 直 著

まえがき

第Ⅰ部 序論

 第1章 問題の所在
 第2章 調査地概況

第Ⅱ部 土地、地図、アイデンティティ

 第3章 土地所有をめぐる現実
      ──保留地継承・分配制度の現代的諸相
 第4章 故郷への帰還──ルーツ探し活動の民族誌
 第5章 地図作製調査──メディアと想像力
 第6章 地図作製のアポリア

第Ⅲ部 グローバル化、国家制度、現地社会

 第7章 グローバル化の中の原住民族運動
 第8章 「原住民族自治」への現実
      ──「原住民族自治区法」草案
 第9章 現代台湾の多文化主義と先住権の行方
      ──土地返還運動
 第10章 〈原住民族〉という理念と現地社会の現実

第Ⅳ部 結論 先住民族と人類学

あとがき
参考文献

AppendixⅠ 関係史年表(台湾史・原住民史・土地制度史)
AppendixⅡ 台湾原住民族権利宣言
AppendixⅢ  「新しいパートナーシップ」および「再肯定協定」
AppendixⅣ 原住民族基本法
AppendixⅤ 主要ブヌン語(南部方言中心)

原住民の先住性は、土地所有権において焦点化される。植民地時代、国民党支配の中で失われた父祖の地とそこにまつわるアイデンティティ。「国家」による簒奪から、土地とルーツを回復すべく活動を続けた民族の歴史を、様々な視点から描いた労作。


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まえがき

本書は、台湾に住むオーストロネシア語族系先住者集団の現代的な生活、その中でもとくに土地をめぐって展開されてきた権利回復要求をめぐる状況を記述・分析した人類学的研究である。具体的には、かつて台湾中部山岳地帯をその勢力下においていた「ブヌン」(〈布農(族)〉)を調査研究の対象とした。


本書が提示するデータの多くは、筆者が1999年夏から2009年夏までに台湾各地で断続的に行った延べ40ヶ月(約3年)以上にわたる現地調査にもとづいている。筆者は1999年夏以来、ほぼ毎年、短期あるいは中・長期にわたって台湾中西部および東南部(2002年夏?)のブヌン諸集落で参与観察にもとづく人類学的な現地調査を実施してきた。とくに1999年夏および2000年夏には修士論文執筆のために、また2002年夏さらには2003年春から2005年秋にかけては博士論文執筆のために(途中の一時帰国を除き)約2年の長期滞在による現地調査を行った。このような長期滞在で入手した資料・データを筆者はこれまでに、国内外で発表してきた。それらの成果を基礎とし、また後の短期的な補足調査(2006年、2007年など)をもとにして完成させたのが、筆者が2007年8月に東京都立大学大学院社会科学研究科に提出し、2008年2月28日に受理された博士学位論文『現代台湾を生きる先住民─ブヌン族による土地をめぐる権利回復運動の人類学』であった。


本書は、同学位論文を基礎とし、さらなる補足調査ならびに関連研究の参照を通じて、加筆・修正したものである。その内容は、現代における台湾原住民社会およびブヌン社会の概況、外来政権による土地政策の歴史、保留地の継承・分配をめぐる現状、かつての居住地へのルーツ探し活動や将来における土地回復を見据えた地図作製プロジェクト、グローバルな先住民族運動と台湾の原住民族運動の連関、中華民国憲法体制とオーストロネシア語族系の人々の「先住者としての諸権利」(いわゆる「先住権」)の問題、国家アイデンティティや土地にかんする権利回復運動をめぐってさまざまな立場の人々が各々の主張を展開する複雑な状況、といった極めて多岐にわたるものである。一人の人間が、さまざまな情報・人・モノが行き交う複雑な社会の状況を描き出すことには多大な困難が付きまとう。しかし、こうした混沌とした社会のありようを、人・土地・歴史・現在・制度といった主要テーマを道標として、少しでも見透しが利くように(筆者なりに)描き直したつもりである。本書の出版が、台湾のオーストロネシア語族系の人々が置かれてきた歴史とその現状を一人でも多くの読者が理解する際の手助けとなれば幸いである。


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著者紹介
石 垣 直(いしがき・なおき)
1975年生まれ。沖縄国際大学 講師。
東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会人類学)。
日本学術振興会特別研究員PDなどをへて、2010年から現職。専門は、社会人類学、台湾地域研究、沖縄地域研究。
論文に「土地所有をめぐる現実――台湾・ブヌン社会における保留地継承・分配制度の現代的諸相」『アジア・アフリカ言語文化研究』77、「現代台湾の多文化主義と先住権の行方――〈原住民族〉による土地をめぐる権利回復運動の事例から」『日本台湾学会報』9、「「部落地圖」調査之省思――以布農族之内本鹿調査爲例」『東台灣研究』10など。

第12回ゆいまーる琉球の自治in久米島 13

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喜久里さんと新元さんが島の文化や歴史について話し合っています。久米島と奄美大島がつながった瞬間でもあります。


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佐久田さんからも、広島に行った時の話、久米島における戦争の記憶とその継承についての話をお聞きしました。


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喜久里さんと石坂さん、芥川さんが話し合っています。石坂さんは数十年ぶりの久米島であり、芥川さんは今年の夏にも祀りを見に久米島に来られたそうです。芥川さんとは、東京駒込の琉球センターどぅたっちで、島袋さんを中心に拙書『琉球独立への道』の読書会に参加され、私がどぅたっちに行ったときにお会いしました。


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上江洲先生と前利さんが話をされています。上江洲先生は名桜大学の名誉教授であり、久米島のご出身でもあります。今年の夏久米島に行ったときにも、貴重なお話を聞かせて下さいました。琉球の民具について非常に重要な研究をされており、ご著書もあります。これまで論文でしか知ることが出来なかった方と、実際に話ができるのも、このゆいまーる琉球の自治の集いの良い点です。

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島の方々同士でも話をされていました。島の長老から若手が島の歴史や文化を継承する機会がシマ社会では多く、それが島の文化活動を生き生きとさせているのだと思います。

『琉球列島の環境問題』

『琉球列島の環境問題』という論文集に、拙論の「植民地経済の形成」と「米軍統治時代・「日本復帰」後のシマの発展を問う」等が掲載されていますので、ご関心があればご覧下さい。




《序文》持続可能な琉球列島を求めて
第Ⅰ章 シマの今昔
 [1]地域資源管理と生業の変化
  1 やんばる:暮しと自然
  2 やんばるの共同売店に学ぶ「共有」の知恵
  3 南恩納:シマの暮らしと環境
  4 久米島:クメジマボタルからの警告
  5 サンゴの島々の水環境
  6 名護:「逆格差論」とは 
    〈コラム〉森と海と共同の力で=名護
[2]大量生産・大量消費の生活様式
  1 沖縄:都市化と地域の変容
  2 那覇 問われるライフスタイル
[3]リゾート開発と環境・自治
  1 西表島:リゾート開発と自治・経済・環境問題
  2 竹富島:町並み保存運動40年
 [4] 軍事活動による環境問題
  1 宜野湾:普天間基地の騒音問題と危険性
  2 北谷 基地跡地の環境汚染
  3 名護:辺野古の基地建設計画と環境アセスメント
  4 与那国島:平和な与那国島に自衛隊はいらない
    〈コラム〉「周辺」からの転換=与那国島
[5] 公共事業と環境問題
  1 石垣島:土地改良事業は豊かな暮らしを生み出したか

  2 奄美:「日本復帰」後の「奄振」事業と環境問題
第Ⅱ章  問題群の構造
 [1]「豊かな」社会を求めて
  1 大量生産・大量消費の生活様式
  2 島々のリゾート開発による破壊と再生
 [2] 平和や自治を阻害する「国策」
  1 軍事活動による環境問題
  2 植民地経済の形成
  3 振興開発と公共事業
第Ⅲ章 環境問題の歴史的背景
  1 島の成り立ちと琉球列島特有の環境
  2 琉球列島における人々の営みと自然環境の変容
  3 米軍統治時代・「日本復帰」後のシマの発展を問う
《終章》 持続可能な琉球列島への展望

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沖縄大学地域研究所「『復帰』40 年、琉球列島の環境問題と持続可能性」共同研究班

社会権規約からみた琉球の現状と日本の課題

『社会権規約と被災地、マイノリティ 政府報告へのカウンターレポート』という本が部落解放・人権研究所から出版されました。


同書の中に拙論「社会権規約からみた琉球の現状と日本の課題」という論考がありますので、ご関心がありましたら、お読みください。


http://honto.jp/netstore/pd-book_25449767.html

第12回ゆいまーる琉球の自治in久米島 12

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獅子が激しく動き出しました。獅子がまるで生きているようです。生命が与えられ、自由自在に動きまわっています。

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予想以上に、獅子が歯を大きな響きを立てて、大きな音を出していました。村から悪疫を退散させるという獅子の怒りのようなものを感じました。


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村の子供たちも獅子を追いかけ、興味深く見つめているのではないでしょうか。私も子供の頃、島々でみた祭、豊年祭、アンガマーの異人を心の奥底に大切にしまっています。


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新元さんが奄美大島の島唄を歌って下さいました。いつものように、腹の底からマブイ、魂を外に吐き出したような威力、力を感じました。

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会場の皆さんも、現世とは違う、もうひとつの世界が舞台で展開されている様子を、我を忘れてみていました。村芝居の現代版だと思います。

昨日,東京から戻りました

昨日は午前11時から藤原書店において、次の私の著作を話し、その後、琉球人の真喜屋さんを含めて来年刊行する予定の琉球から世界に発信する予定の新雑誌についての打ち合わせを行いました。

次に赤坂憲雄さんと対談をしました。

東北と琉球との類似性、原発事故が東北に何をもたらしたのか、一つの日本観や一国民俗学と東北や琉球との関係、沖縄学と新琉球学の違い、植民地としての東北や琉球、独立が東北や琉球にとってもつ意味、脱植民地化に向けた東北と琉球における歩み・・・・・・2時間30分ほど話しあいました。

その後、交流会でも赤坂さんと琉球との関係について、ゆってくりと話しました。昨年、何回か被災地、被災者を御支援させてもらうために、何回か東北に行かせてもらいましたが、琉球と東北が植民地として歴史的にも、内在的にも深く関係していると改めて認識しました。

「東北は1000年前から日本の植民地」という言葉が心に残っています。

早稲田大学での講義

昨日は早稲田大学の学生約200~300人の前で講義を行いました。話した後も質問や意見を手を挙げて述べてくれました。

また授業終了後も30分以上、学生たちは列をなして意見や質問をしてくれました。

日本人の単一民族観を覆すにはどうしたらいいか、精神の脱植民地化が果たす役割、アメリカのアジア戦略と琉球との関係、独立後の在琉球における日本人の人権、スコットランドの独立過程との比較、漢民族のチベット民族に対する認識と日本人の琉球人に対する認識の類似性・・・・多くの学生の真摯な声を聞き、共に考えることができました。

私も学生時代を思い出し、初心に帰って、学問の道をさらに精進していきたいという気持ちになりました。また学生から問題意識を持つことから学問が始まるということを改めて自覚させてもらいました。

にーふぁいゆー。


そのあと、早稲田の古本屋街、高田馬場や池袋の書店に行き、国際法、主権論や国家論、ナショナリズム等に関する本を買いました。

今日、東京に行きます

今日、東京に行きます。明日、早稲田大学で行われる「21世紀における戦争と平和」という学部横断的な授業において「琉球の脱植民地化、独立、平和」について講義を行います。学生と熱い議論をして、互いに学びあいたいです。

日曜日は、民俗学者で、「東北学」「いろいろな日本論」を提唱されている赤坂憲雄さんと藤原書店において対談します。

東北と琉球がどのように交わるのか、日本とは何か、琉球独立をどのように考えるのか、新しい琉球学とは何か等、いろいろな観点から議論を行い、新たな発見、知見、認識を得ることができればと思います。

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