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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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3・11以後 何が変わらないのか

『3・11以後 何が変わらないのか 』(岩波ブックレット)が大澤 真幸 松島 泰勝, 山下 祐介, 五十嵐 武士 水野 和夫の共著で2月7日に出版されます。ご関心がありましたら、ぜひお読みください。



原発事故の原因究明と処理の仕方、被災者・避難者への賠償や生活支援、「復興事業」の手法を見るとき、そこへと至った過去の過ちや手法が繰り返されているようにみえる。変わらないのは何か。なぜ変わらないのか。

こうした課題が集中的に現れている沖縄と福島の現在と、日本、米国、東アジアのグローバルな歴史的状況から考える。
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どんなに求めても与えられない哀しみ-なぜ沖縄だけが重荷を...


奄美大島在住の原井一郎さんが沖縄タイムスのコラムを送付して下さいましたので、ご紹介します。原井さんには以前、奄美大島に行ったとき、色々とお話を伺ったほか、『琉球独立への道』をお読み下さり、ご感想を聞かせて下さいました。にーふぁいゆー。

沖縄タイムス[大弦小弦]2013年1月28日
<どんなに求めても与えられない哀しみ-なぜ沖縄だけが重荷を...>
 どんなに求めても与えられない哀(かな)しみ。米軍基地に関して言え ば、沖縄は常にそんな思いを抱き続けてきた。哀しみは、抗議と怒りの色> を帯びて本土に問い掛ける。なぜ、沖縄だけが重荷を背負うのか。
 県内41市町村の首長や議長、県議らが、オスプレイ配備反対や普天間 飛行場撤去を求めた「建白書」を携え、東京行動を展開している。さまざ まな立場の政治家が、「基地の負担軽減」を胸に団結することは画期的な 出来事だ。
 行動へと駆り立てるのは記憶である。多くの犠牲者を出した沖縄戦。親 類には必ずと言っていいほど、戦没者がおり、なお心身に刻み込まれた戦 時の傷に苦しむ人たちがいる。戦争を知らない世代の心にも体験者の苦難 の言葉が刺さる。
 戦後は、銃剣とブルドーザーで土地を奪われた。米軍の事故や犯罪は一 向に減らない。そして今、よそ者オスプレイが、わが物顔で頭上を飛び交 う。この不条理は、もはや我慢できない。
 政府は「負担軽減」を口にするが、現実は逆だ。過去、何度も県民大会が開かれてきたが、その声に向き合おうとする態度が見えてこない。沖縄には、沖縄が求める空がない。本当の、本来の空を見たいと願う気持ちは、誰にも止められない。ごく当たり前の問いに、政府は真摯に耳を傾け、行動する時期が来ている。(平良哲)

日本は本当に「独立」しているのか〔琉球と日本・アメリカ・中国との関係軸から問う〕 

最新刊の『環』に小生が「日本は本当に「独立」しているのかー 〔琉球と日本・アメリカ・中国との関係軸から問う〕」という論考を寄稿しましたので、是非お読みください。

他の琉球人としては、「群島の窓から〔日・中・米の風景〕」を川満信一さんが、「尖閣を沖縄県有化し非武装地帯に」を三木健さんが寄稿されています。
『環』アメリカを問う特集の第三段です。




■■ 特集:日‐中‐米関係を問い直す――アメリカとは何かIII ■■

〈対談〉「日・中・米関係」の常識を問う〔現在・過去・未来〕  宮脇淳子+倉山満
日本は本当に「独立」しているのか
〔琉球と日本・アメリカ・中国との関係軸から問う〕  松島泰勝

群島の窓から〔日・中・米の風景〕  川満信一
尖閣を沖縄県有化し非武装地帯に  三木健
「周辺」の焦燥とナショナリズムの内面化  王柯

「不和の構造」に陥った日米中関係  伊奈久喜
新時代迎えた日米中関係の下で、日本はどう生きるか  山本勲
ロシアの静かな転換  木村汎

百年後の未来を生きよう〔東アジアの不和、そしてアメリカ〕  高銀(韓成禮訳)
米中の狭間で生きる日本外交の課題  朴一
日本型「新進歩主義」外交の推進
〔日‐中‐米三国関係の中期的ビジョンと日本の生き方〕  小倉和夫

「中国白書を読め」の一言〔米中間に横たわる「現実主義」の実績〕  松尾文夫
アメリカをどう見るか  川勝平太
米中「新冷戦」と日本  中嶋嶺雄

危うさの中の日・中・米関係  渡辺利夫
アメリカの超パワーと中国の不確実性
 という二つの制約に直面する日本  R・ボワイエ(坂口明義訳)

日米中三角形の中での日本の進路〔脱デフレで対中経済逆転を〕  田村秀男
アメリカと中国の狭間で  榊原英資

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□□ 小特集:胎児性水俣病患者の現在〔水俣病50年と特措法可決を経て〕 □□

「ほっとはうす」の設立をめぐって  加藤タケ子
〈座談会〉自立した一人の市民として〔「ほっとはうす」のなかまたちの挑戦〕

加賀田清子+金子雄二+長井勇+松永幸一郎
 +渡辺栄一+山添友枝+永本賢二(協力=加藤タケ子)
公式確認半世紀と六年目の水俣から〔世界に発信する祈りの言葉〕  加藤タケ子
祈りの言葉  永本賢二

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□□ 小特集:大東亜戦争論の系譜 □□

大東亜戦争論  岡本道雄+市村真一
ルーズベルトはいかにして日米戦争に突入したか
〔ビーアド『ルーズベルトの責任』を読んで〕  W・トローハン(丸茂恭子訳)

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■ 特別寄稿 ■
最初の小説が私に約束してくれたもの
〔『ニグロと疲れないでセックスする方法』日本語訳刊行に寄せて〕
ダニー・ラフェリエール(立花英裕訳)

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皇室典範改正の難しさとその克服策  市村真一

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ロシアと日本 紛争の時代における協力〔1905-45年〕  V・モロジャコフ(村野克明訳)

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沖縄の日本「復帰」とヨーロッパの沖縄学  安里英子

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〈インタビュー〉「文明交流圏」とは何か  伊東俊太郎

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■ 後藤新平の会シンポジウム ■
チャールズ・ビーアドと後藤新平
青山やすし+開米潤+阿川尚之+細谷雄一+小倉和夫

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■ シンポジウム ■
現代文明の危機と人類の未来〔「力の文明」から「いのちの文明」へ〕
松井孝典+安田喜憲+武藤佳恭+川勝平太+飯田哲也+伊東俊太郎
 服部英二(司会)/近藤誠一

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□□ 書物の時空 □□
●名著探訪
岡田英弘 『日本書紀』
星 寛治 『洟をたらした神――吉野せい作品集』
角山 榮 『日本の梵鐘』(坪井良平著)
小林 登 『うたの動物記』(小池光著)

●書評
伊藤由紀 『美妙 書斎は戦場なり』(嵐山光三郎著)

●書評対談
いま、「犠牲」の思想にどう向き合うか
〔鈴木順子『シモーヌ・ヴェイユ 「犠牲」の思想』をめぐって〕  赤坂憲雄+鈴木順子

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■■ 短期新連載 ■■
小鶴女史詩稿  松岡小鶴(門玲子=訳・注・解説)
 「小鶴女史詩稿」について(門玲子)
 1 南望篇(上) 

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□□ 連載 □□
●生の原基としての母性 2
三砂ちづる “豊かな出産経験”〔科学的根拠の可能性と限界〕

●放射能除染と地域再生 3(短期集中連載)
山田國廣 内部被曝を汚染元で断つ 水洗浄分級法の活用〔2R+3L方式の除染〕

●旧約期の明治――「日本の近代」の問い直しのために 3
新保祐司 第二章 服部之総の『明治の政治家たち』

●井上ひさし、または吉里吉里国のゆくえ 3
赤坂憲雄 第二章 国益なんて言葉を聞くと反吐が出る

●詩獣たち 9
河津聖恵 明日の詩〔石川啄木〕

●伝承学素描 10
能澤壽彦 森佐平の精神圏


金子兜太の句 日常
石牟礼道子の句 眠る向日葵



関連情報

「日米関係の核心は、中国問題にあり」 この命題は、21世紀に突入した今、ますます大きな問題として我々に迫る。特に最近、アメリカの衰退、中国の勃興、そしてその間にある日本、という構図が浮かび上がり、日本自身がこの国交正常化以来の日中関係をどう進展させてきたかが問われ、又、講和条約以来60年余の蜜月時代を経てきたアメリカと今後どう付き合えばよいのかということは、大きな問題である。


このトライアングルの中での日本国の判断と行動が、世界中で注視されているし、我々自身がどう考えどう決断するのかが問われているのである。 日・中・米の三国それぞれの関係について、歴史的な考察を踏まえながら、今後の日本はどのような外交を進めてゆくべきかを問う。

海外在住の日本人の方からのコメント

海外にお住まいの日本人の方から次のような琉球独立に対するコメントを頂戴しましたので、ご紹介します。



昨今の日本を海外から見ているとこれまで棚上げされ蓄積された問題が一気に噴出したように感じ選挙後は特に日本の危機を感じております。

問題の根底の多くは、日本人特有の『臭い物には蓋』的な問題を横目にしながらも気づかないふりをし、問題と面と向かわずにきたからだと思います。

東北の震災後は特に、原発村や日本の暗部を多く目にしたにも関わらず何の問題解決も無く、選挙結果は右傾化し米中韓との外交も目を当てられないほどです。松島様のブログを拝見し沖縄が受けてきた事実を多く知ることができました。

やはりこれらの問題の多くは、大手のマスメディアが沖縄の置かれている現状をきちんと発信していないことが大きいのではないかと思われます。私は松島様より10年ほど後の世代ですが、身の回りにいた沖縄出身者については他の地方出身者と変わらず特に差別されているという認識は全くありませんでした。

ただ、沖縄の置かれてきた歴史であったり、日本国内にある米軍基地についてなど国民が知らされていないことが多すぎると実感します。

今はネットが普及しているため情報を発信することも得ることも容易ではありますがもっと、日本人が教育機関などで知ることも必要だと強く思います。これまでに一度、横須賀基地周辺のどぶ板というところへ行ったことがありますが、身の危険を感じました。あのような場所が多く存在する沖縄の人たちの生活を考えると、とても気の毒になります。

基地問題に関して無関心なのは基地周辺の町がどのような状況に置かれているのかということを知らないことが原因だと思います。米軍基地の存在自体が日本にとってどうあるべきなのか見直さなければならないと思います。もしこのまま存続であるとするならば、勿論沖縄の基地は分散して本土移転するべきだと思います。

在韓米軍は陸軍が撤収するという話があったように思うのですが日本からは無くならないのでしょうか。ただ、裏を返せば、撤収の意味は第一前線に米軍を置くと被害が大きくなる為後退させたと考えるのは考えすぎでしょうか。

長々と乱文を連ねてしまい申し訳ありません。
個人的には、沖縄の現状を国民全体がもっと知り、米軍基地のあり方を見直し政府は外交へ力を入れることが第一と考えます。また、松島様のように多くの沖縄の人たちが独立、自治を望んでいるならばそれも選択肢の一つと考えます。

ただ、後者の場合、独立後の沖縄はまた戦渦に巻き込まれるのではないかと懸念します。つい最近も中国や韓国が国連へ領海域を沖縄トラフまで延長依頼を出しました。これは日本海及び沖縄周辺に眠る第二のエネルギー資源をめぐる攻防ですよね。竹島、尖閣諸島の問題もこれが要因だと強く実感します。アメリカのエネルギー省の動きを見ればよくわかります。

昨今の急激な日本周辺の不穏な流れはもしかしたらアメリカがたきつけているのではなかろうかとさえ思えます。これまでの彼らの行動は中東やアフリカなどで同じことを繰り返してきました。戦争の種を撒き、戦渦が激しくなってきたところで平和的仲介のために軍事介入、そして統治。その実はエネルギー資源の搾取。

沖縄は一番巻き込まれるのではないだろうかと懸念します。松島様がお考えのようにこれまでの沖縄の歴史の中で中国との方が長く友好的であったように捉えていらっしゃるようですから中国側になるというのも、もし沖縄の人たちの民意であるならばそれも良しかと。

勿論、理想は中立的な独立、自治だと思います。
中立であるためには資金が必要です。スイスのように。彼らはヒットラーの莫大な資金を元に世界中の資産家の資金を集めて中立国が成り立っています。ご存知かもしれませんがスイスの国民は全員銃を国から支給され、いつ何時でも全国民が軍隊となれるよう訓練もしています。

松島様が理想として例にしているパラオは沖縄のような島でありながら全く異なるものだと思います。まずは中国、韓国からも随分と離れています。片や沖縄は目と鼻の先です。危険値はずっと高くあると思われます。沖縄がメタンハイドレートを元に資源資金ともに独立できれば、中立国として可能にならないかしらと理想を考えたり、どのようにして米中間の魔の手から逃れ中立になれるのだろうかと難題に途方にくれます。

日本人が単一民族国家というのは明治政府などの幻惑です。豊かな縄文時代があり、自然と共存してきたアニミズム信仰がアイヌの人や私たちには流れていると誇りに思います。松島様は琉球は中国の人々の血が流れているとおっしゃっていましたが、私たち日本人全員が、中国や韓国などの渡来の血が流れているのです。逆にアイヌの人と沖縄の人には本来の縄文の血が守られている。とても素晴らしいことと思います。

日本という国は、大陸の東の果てです。長い歴史の中で中国、韓国だけでなく多くの人々や文化などが辿り着いて来たと思います。そしてそれらを人々は受け入れ、咀嚼し新たに新しいものを生み出してきたのではないでしょうか。

同じ人間同士が、憎み争いあうことは本当に愚かしいことです。ヨーロッパから見れば
日本からフィリピンまで全てアジア人です。なぜ同族で憎みあわなければならないのでしょうか。
一番の理想は、軍も武器もなくなることですよね。

沖縄へは、いつかは必ず行きたいと思いながらも未だ足を踏み入れていません。でも近い未来に沖縄へ赴き、ユタの人々や沖縄の伝統にも触れその良さを学びたいと思います。美しい海と美しい島がいつまでも平和であることを心から願っています。

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真摯なメール感謝します。
琉球独立により東アジアが戦争になるという仮説についてです。琉球からみれば、琉球が主権をもたないために、日米によって基地がおかれ、尖閣諸島を巡る緊張が高まっている現状こそが
まさに危ない状況であると考えます。このような戦争に至る道を防ぐ一つの方法として琉球独立があると考えます。




早速のお返事、大変嬉しく存じます。


東アジアの戦争は、琉球独立が発端になるとは思っていません。
現状のまま、日本が外交、国政を続けるならば
いつ起きてもおかしくないと感じております。

ここ数年、文化(ドラマなど芸能や漫画)を通して国民レベルで
日中韓関係がこれまでにないほど友好的であったのが
竹島問題を機に、まるで中東と変わらぬ緊張関係に
なったことに、とても残念に悲しく思います。

日本の国民は、なんて純粋過ぎるのでしょうか。
これほどまでに、ネットを通じて日本以外の他国の情報も
多く得られるにも関わらず、ごく限られた情報のみで
安易に左右される思考。とても危険だと思います。

震災後、多くの人が気づき感じたと思っていたのですが
まだまだ国民は、テレビの情報を鵜呑にしているのでしょうか。

ネットでも片方の意見だけを検索していくと、どこまでも
その意見のみに支配されます。それに支配されているのが
現在、増加していると言われている
ネット右翼なる人々の存在。

情報は、必ず誰かによってプロパガンダされているという認識のもと
双方の意見を捉え、その真意を見極めることが重要だと
思います。

話は大きくそれてしまいましたが、松島様は
沖縄が自治、独立することでこの戦争を回避することが
できるとおっしゃっていましたが
どのようにして回避できるのでしょうか。
まだ、ブログを全て拝読しておりませんが少しずつ進めて参ります。


海外へ出ると、アジアの中でも取り分け、日中韓は区別もできないほど
本人たちにしかわからない、とても僅かな差です。

世界には多くの民族が存在します。
差別というのは、無知がなせる愚かしい事です。
その民族の背景、歴史文化などを知ると、差別などという現象は起こらないものだと思います。
ただ、弱い人間ほど自分より下になる存在を見付けたがるものです。

本当に愚かしいことですよね。
ヨーロッパでは、中韓の若い留学生とも出会うことが多くあります。
彼らは、本当に日本の文化が好きでとても人なつっこく可愛らしくもあります。
反日教育を受けてきたとは微塵も感じられません。

恐らく、高等教育を受けてきた人々はやはり、知識もあり
ご自分たちの意思もしっかり持っているのだと思います。


大戦後、日本を通して世界は平和だと思っていましたが
中東そしてアフリカと、どうしてこうも戦争や紛争が立て続けに
起きるのでしょうか。

一人ひとりが、しっかりとその紛争の真の意味を知ることが
本当に重要だと思います。
恐らく紛争地の人々は戦争を望んでいません。
他国の一部の人の利益の為だけに、いつも起きるのだと
そしてこれまでの歴史の中でもその利益の為だけに
多くの犠牲者がいた事を気づかなければなりません。


日本も同様です。
国民一人ひとりが、現状の日々の快楽を続けるためには
これまで、他人任せにしてきた物事(政治など)に関心を持ち
参加し、真実を知るために討論することが大切です。
しかしながら日本人は討論が不得手です。

自分と異なる意見を最後まで聞かず、決め付けで
売国奴などという死語で敵対してしまいがちです。
それでは、いつまでも平行線のままで生産性はありません。


松島様や沖縄の人々は、恐らく戦後も変わらず
無情にも占領され続けている事実をご存知で
自分たちの力ではどうしようもない為
自治、独立を目指していらっしゃるんですよね。

でも、実は日本全体が戦後ずっと占領(コントロール)
されているのでは無いでしょうか。

沖縄の人々は気づいているのに
本土の国民だけが気づいていないだけでは・・・
抗えない大きな力に支配されているように思え
やるせない気持ちになることが多々あります。
それでも、私達一人ひとりが行動するしか
解決策は見出されませんよね。


日本や東アジアが平和であるためにも
真のリーダーを選び
諸外国と対等に和平的に
交渉が進むようになってほしいと
強く望みます。


松島様が、今後も平和的に
ご活躍なさることを陰ながらお祈り申し上げます。

カタルーニャ州議会が主権宣言を行う

Ramon Book Project

ラモン本を我らの手に!というHPでカタルーニャ州議会が主権宣言を昨日行ったことが紹介されています。独立への歩みを着実に進めています。カタルーニャからも琉球人は多くのことを学べます。沖国大の友知さんからご教示いただきました。にーふぁいゆー。




本日1月23日カタルーニャ州議会が賛成多数で主権宣言を採択し、ついに2014年実施予定のカタルーニャの独立を問う州民投票への第一歩を踏み出しました。投票の内訳は賛成85票、反対41票、棄権2票と過半数を遥かに越えての可決。

この宣言に関しては、事前の合意に従って約2週間前に第一党CiU集中と統一党、第二党ERCカタルーニャ共和党左派が交渉を開始。一環して反対を表明していたPPCカタルーニャ国民党とC’s市民党を除く、ICV-EUiA緑の党―連合左派、PSCカタルーニャ社会党、CUP人民連合を取り込む試みがなされてきました。結局ICV-EUiAが内容に関して合意。

こうして、3党の連盟で提出された宣言に対して、PPCとC’sは党として反対票を投じました。ここまでは大方の予想通り。

CUP人民連合は宣言の中にバレンシアやバレアレス諸島を含むカタルーニャ語圏を表す「Els Països Catalans」という概念を明示されていないこと、欧州連合EUへの加盟が前提となっていることを不服として、3人の議員のうち賛成1、棄権2として全面的な賛成を避けました。

注目すべきはPSCカタルーニャ社会党。カタルーニャの州民投票に真っ向から反対している中央のPSOE社会労働党とのしがらみもあって、最終的に党として反対に回ることになり、党首ナバロも反対のスピーチを行っていました。ところが、いざ蓋を開けてみたら5人が投票を行わず、反対票15という結果に。

すでにカタルーニャ主権の支持を表明して党を去った有力議員エルネスト・マラガイが新政党の設立を宣言していることもあり、この場面で党として足並みを揃えられなかったことは、今後に大きな影響を与えそうです。

以下に、カタルーニャ主権宣言の本文をご紹介しておきます。読んでいただければわかりますが、この宣言には『Independència 独立』や『Estat propi 固有の国家』という言葉は出てきません。今回の宣言はあくまでもカタルーニャの民に『Sobirania 主権』があり、『Dret de decidir 決定権』があることを確認するものなのです。そして、この権利に基づいて州民投票が実施されることになります。

カタルーニャの民の主権と決定権の宣言

カタルーニャの民が民主主義的に表明した多数派の意思に従い、カタルーニャ州議会は、次の原則に則ってカタルーニャの市民が集団的な政治的未来を決定できるように、 決定権の行使を有効なものとするためのプロセスを開始することを合意する。

•主権。カタルーニャの民は、民主主義的正当性を根拠として、主権を有する政治的及び司法的な主体という資質を有する。

•民主主義的正当性。決定権行使のプロセスは 、結果が民衆の多数派の意思を表すものとなるように、カタルーニャの社会内部での審議と対話を通じて、とりわけ複数の選択肢を用意し、その全てに対する尊重を保障することで、細心の注意を払って民主主義的なものとし 、決定権を根本的に保障するものとする。

•透明性。カタルーニャの民と市民社会の全体が決定権の公使に必要なあらゆる情報及び知識を手にしてプロセスへの参加を促進するために、必要とされる道具は全て提供される。

•対話。スペイン国家、欧州機関、国際社会全体と対話及び交渉を行う。

•社会的つながり。国の社会的及び領土的つながりと、カタルーニャ社会が何度も表明してきた唯一の民としてカタルーニャを維持するという意思を保障する。

•欧州主義。欧州共同体の基本的原則、とりわけ市民の基本的権利、民主主義、福祉国家への責任、欧州の異なる民の間の連帯、経済的、社会的及び文化的な進歩に賭けることを支持し、推進する。

•合法性。経済の強化と決定権の公使を有効なものとするために、既存の法的枠組みを全て用いる。

•州議会の主な役割。州議会はカタルーニャの民を代表する機関として、この過程において中心的役割を有し、従って、この原則を保障する仕組みと作業を進める方法について合意し、明確化しなければならない。

•参加。カタルーニャ州議会と州政府内閣は、全過程において地域社会、そして私たちの国の政治勢力、経済主体、社会的主体、文化的及び市民的機関の最大数が積極的に参加するようにし、この原則を保障する仕組みを明確化しなればならない。

カタルーニャ州議会は、市民全体に対して、このカタルーニャの民の決定権の行使の民主主義的プロセスに積極的に参加し、その主役となるように呼びかける。

2013年1月23日水曜日。州議会

琉球独立論への反論

次の文章は、宮古島に住む、ある日本人移住者からの反論です。特に、最後の文は具体的に何を持ってこういうことを言うのでしょうか。

「先島に住んでいて考える事が多くなった琉球独立の議論。今の中国にとって喉から手が出るほど欲しい地理的場所。直ちに中国に主権取られ、今の米軍基地以上の中国軍基地だらけ、驚くほどの格差社会になると思う。琉球独立論者達は特権階級になりウハウハ。我ら市民は日本に戻して欲しい思うのでは。先島は琉球に捨て石にされるような。また、琉球の文化を残したいと思っているのは移住者の方が多いような気がする。」






次のような意見もありました。この方は、琉球の「苦労」を本当にわかっておらず、現在の植民地支配を永続化したいと考えているようです。

「そりゃ苦労も有るだろうけど、旨味もあったでしょ?独立!とか子供見たい。嫌なら上京してくれば?そんな人、五万と居るよ。」

沖縄(琉球)が独立する日-自主・自由のメリット龍谷大・松島泰勝教授にきく(下)7

――具体的に今後議論の中でどのあたりの地域をモデルにしながら考えていきますか。

松島 パラオは、島の人、企業、自然を守るという点で参考になります。それからかつては王国で、琉球併合と同じようにイギリスに併合されたスコットランドは1920年代あたりから独立運動が盛んになり、民主主義に基づいた独立運動を展開してきた点で参考になります。

 また、EU内の国家のあり方は、孤立化せずに周辺諸国と経済的、政治的な関係が保証されるモデルになると思います。琉球が独立しても東アジア、東南アジア、太平洋諸島と連携する枠組みを模索する必要があるでしょうね。

普天間飛行場の返還後に描く青写真とは

米軍や基地に対する一般人の不満が爆発したコザ暴動を伝える当時の新聞(沖縄市戦後文化資料展示室内で)

――自治、独立に関連して、文化的には沖縄でどういう動きがありますか。

松島 那覇市役所では素晴らしい試みをしています。窓口で男の人が来たらハイサイ、女性が来たらハイタイという挨拶をする。市役所の職員採用の面接の際に琉球語(ウチナーグチ)を取り入れることにしました。政治的な脱植民地化だけでなく、精神的な意味でも脱植民地化を図ろうとしています。

――具体的に独立した場合のビジョンが見えてくると面白いと思いますが、1970年に起きたコザ暴動に関わった沖縄国際大学野球部監督の安里嗣則さんに以前話を聞きました。

 元県高野連の理事長でもある安里さんは、返還された土地の利用も含めて気候温暖な沖縄をスポーツの国際的なイベントの島にしたらいいだろうというビジョンを描いておられました。基地が撤去された場合には今後どんなビジョンが描けるでしょうか。

松島 2012年の8月に沖縄国際大で集中講義をしたときに、普天間飛行場が返還されたらどうしますかと学生たちに聞いたら、沖縄国際大を大きくして、さまざまな学部をつくって平和研究とか平和思想を世界に発信したいという意見がありました。そうした思いで普天間飛行場を見ているのかと気づきました。

 いまは基地があって金網の向こうには行けないのですが、それがなければもっと大学の敷地は広がって、騒音といつ何かが落ちてくるかもしれないという不安の中ではなく、もっと安心して青空の下で勉強できるのにという気持ちが分かり感動しました。

――基地問題が、国際関係であり安全保障という全国的な問題であるなら、もっと沖縄以外の若い人が沖縄の歴史を勉強すべきでしょう。

松島 そうすればもっと差別もなくなるでしょうし、基地は琉球にあるしかないという一方的な根拠のない議論に惑わされないで済むでしょう。

――戦争体験のある人もほとんどいなくなってきました。戦争の実態が何かを知ることなく、互いに脅威論が盛んになっているように思います。

松島 脅威を解くのは軍事力ではなく、人間と人間の関係性です。そのためにも琉球は平和の島にすべきで、それを米軍基地は阻んでいます。人を殺すという、異常な状態の中で生きている人々が小さな島にいて、基地の外へも出ていくという状況が何十年も続いている。これが異常なのです。

沖縄(琉球)が独立する日-自主・自由のメリット龍谷大・松島泰勝教授にきく(下)6

独立のメリットにイマジネーションを膨らませる

――独立については、果たしてやっていけるのだろうかという不安やデメリットを先に考えてしまいがちですが。

松島 琉球の経済界では中小、零細企業が多く、いまは公共事業でも受注する企業の5~6割は日本の企業で、琉球の企業は下請けに回っていて、自分たちの島の事業を受注できないという不満を持っています。

 観光業でも大手のリゾート会社などが資本の力で支配しているため、琉球の会社は苦境に立たされている。しかし、独立したら民族産業、地場産業を守り育てることができる。

 独立したときのデメリットを考えるのではなく、「もし日本に属していなければ自分たちはどういう発展の仕方があるのか」というイマジネーションが必要です。パラオでは2万人でも独立してパラオの企業、雇用は守られています。

 ほかのさまざまな事例を見れば分かりますが、(独立していないことで)なんと自分たちは損しているのか、独立すればもっと得られたはずの利益をいまは失っていることが、合理的に考えてみれば分かります。

世界各地で独立への動きが盛んに

――昨今の世界各地での独立の動きはこれからどうなるでしょうか。

松島 いま世界的に独立が盛んです。2014年にはスペインのカタルーニャやスコットランドで独立を問う住民投票が行われます。ヨーロッパでは、民主主義の母国(イギリス)でも独立問題は現代的な課題になって行動にも移されているのです。

 住民投票の後は、憲法を作って国内の体制を固めていく。そのうち国家として世界中の国から承認してもらう。国連総会で認められた後、安保理で正式に認められる。まずは地域の中の意思の確認をすることです。スコットランドではスコットランド国民党が政権を取っている。カタルーニャでも自治州議会の過半数は独立派が占めています。つまり、独立はいまや夢物語ではなく具体的な選択肢の1つになっています。

 今後、太平洋の島々でもニューカレドニア、仏領ポリネシアやグアムなどでも独立を問う動きが出てきます。国連が認めている世界中にある非自治地域という、いわば独立してしかるべき植民地が現在16あります。

 グアムはこの1つです。世界中には琉球のように、リストに載ってはいないが植民地状態にあるところがあります。琉球はまずこの非自治地域リストに登録されることが必要です。

――1994年に独立したパラオは、その後うまくいっているのでしょうか。

松島 パラオはミクロ的に見てうまくいっていると思います。しかし、マクロ的に見ればアメリカに大きく依存しているし、日本、台湾、その他の国々からの政府開発援助(ODA)に頼っているところがあります。

 しかし、見方を変えれば、外交権があるわけですから立場を利用して外国からの支援を主体的に引き出すことができているとも言えます。琉球も外交権を使って同様のことができるでしょう。

 また、パラオにも米軍基地はありますが、オープンで、のどかで、基地とも言えない基地です。それも独立しているからこそ本格的な基地は造らせないという政治力の表れです。

沖縄(琉球)が独立する日-自主・自由のメリット龍谷大・松島泰勝教授にきく(下)5

松島 日本政府の政策が失敗に終わったというのは、本気で琉球の経済を自立化させるための政策がなかったということです。独立して基地撤廃後は、琉球の企業が投資して、外国資本との提携によって地元企業が生き残れるようなものを目指すべきだと思います。

 パラオの例を見れば分かります。国内の企業や雇用を守る外国投資法という法律があって、日本、アメリカ、台湾企業が押し寄せて食い荒らされるのを防いでいます。

――パラオの法律を沖縄にあてはめることはできるでしょうか。

松島 パラオは資本主義の国ですが、外国企業は土地を所有できないんです。これらの制度を市場経済と調整しながら行っています。琉球でも同様なことが可能でしょう。

 これまでの40年間は日本の仕組みが、亜熱帯であり島嶼によって構成され、独自な風土をもつ琉球にあてはめられ、ヤマトの企業によって開発され、移住者によって支配されてしまいました。

ヤマトの投資家が軍用地を買うというひどい話

松島氏

――とは言っても、これまでは沖縄の人の中でも土地を沖縄以外の企業などに売却してきました。

松島 そうです。しかしそれよりいま問題なのは、琉球の中で(琉球の地主が米軍に貸している)軍用地をヤマトの投資家に売るという問題が起きています。不動産屋には軍用地の売り買いの案内が出ています。

 軍用地を持てば毎年値上がりする地代を地主は手にします。この地代を目当てにした投資が増えると永久に琉球に基地はあった方がいいということになります。日本に住んでいれば基地の被害を受けず利益もあるというひどい話です。

 琉球人の側が売らないという覚悟を持つ必要があると思いますが、それを実践している島もあります。竹富島では一度バブルの前後に島の3分の1を島外の人に売ってしまったため、これではまずいと竹富島憲章という合意事項を設けました。

 売ってしまった土地はその後星野リゾートが買い取って、一定期間後、土地を公民館に譲るということになっています。また、久高島には久高島土地憲章という土地の総有地制をうたった合意事項があり、リゾート開発を阻止しました。

沖縄(琉球)が独立する日-自主・自由のメリット龍谷大・松島泰勝教授にきく(下)4

グローバル化の中でどう生き残るか

――独立に関連した経済、交易についてお尋ねします。今日グローバル経済の中に入っていかないと取り残されていく危険性があり、一方で浸食される恐れもあります。島にとってどういう政策が考えられますか。

松島 島嶼地域ではグローバル経済というのは、マイナスの形で働いています。地場企業は競争の仕組みの中で衰退に追い込まれています。琉球が40年前に日本に復帰したとき、いわばグローバル化となり、関税で守られていた琉球の企業は、日本の企業に席巻され、特に地元のみそ、醤油などの製造業が衰退しました。

フェンスの向こうには広々とした基地が。沖縄では至る所に見られる光景だ

 琉球の経済政策は、東京に拠点を置く昔の沖縄開発庁に、いまは内閣府の沖縄担当部局に決められています。グローバル化に島社会も乗らないといけないと言われ、特別自由貿易地域、IT特区、金融特区などが設けられました。しかしほとんど失敗しています。

 さらにグローバル化と口では言いながら中身は中央集権体制で、官僚が特権を握っています。税金は安い、規制は緩和されているといっても、本当の意味の緩和ではないので企業は投資しない中途半端な政策で、琉球にアメ玉をしゃぶらせて不満を和らげるためのものとして定期的に出てくるものです。

 2012年の秋から始まった一括交付金という仕組みも自由に使えそうで、最終的には官僚が決定権を持っています。基地を受け入れなければ恩恵がなく、いろいろな恩恵は基地を押しつけるための方法になっています。

――望ましいグローバル化とはどんなものでしょう。

松島 琉球は島社会で、人が住んでいる島は大小40くらいありますが、島によって同じ経済政策は取れません。都市型の経済が必要な島もあれば自給自足的な島もあります。西表島のようにジャングルがあるところや与那国のように台湾に近いところなどそれぞれ特性があります。同じような経済政策を当てはめようとするのがおかしい。不適切な開発によって赤土による珊瑚の破壊などの問題を引き起こしてしまう。

 琉球の島々の間での連携、アジア、太平洋の島々との連携が必要です。例えばパラオとの関係を考えると、人々は大きなマンゴーを日本へ輸出したいと考えていましたが害虫がいて日本には出せない。しかし琉球には害虫を駆除する技術がある。これをパラオに伝えれば連携の道が開かれる。

 また、与那国島は台湾と110キロ位の距離にありますが、大きな障壁があって行き来ができません。もしもそれがなくなれば交流が深まります。

パラオの外国投資法などから学ぶ

――与那国島は台湾との交流、公益を目的とした“特区”の構想がありましたが、認められなかったですね。

松島 そうです。港の広さや貨物取扱量など全国一律の基準を与那国島にあてはめてみて、税関、検疫所などは置けないということでした。日本政府の中国、テロリズム脅威論があって、閉めてしまえという考えもあったと思います。

 その一方で政府は法務局や気象台の測候所などを閉鎖して、どんどん人が住みにくい島にしている。自衛隊しか住めないという防人の島にするというメッセージが感じられます。島嶼防衛の対象となっている宮古、八重山も基地としての位置づけが強まれば人々は出ていき、島の文化、歴史が継承されない。琉球人にとって最悪のパターンを政府が進めている。

沖縄(琉球)が独立する日-自主・自由のメリット龍谷大・松島泰勝教授にきく(下)3

仲井真知事も中国系~日本とより長い中国との関係

――ところで、もし琉球が独立した場合、琉球は中国とどういう関係をつくっていくのでしょうか。

松島 琉球と中国の関係は、日本と中国のそれより長くて深いものがあります。明朝時代に閩人(びんじん)三十六姓という現在の福建省出身の人たちが明の皇帝によって琉球に派遣され、その後、久米村の地域に中国人が住んで外交や貿易の仕事に携わってきました。

 彼らは琉球人とまじわっていて、そういう人はたくさん生まれました。例えば、仲井真(弘多)知事も中国系です。政界、財界、あらゆるところに関係者がいて中国との人脈があります。

 琉球人には門中(もんちゅう=父系の血縁集団)がありますが、同様のものは中国系という共通の先祖を持っている華僑がいるベトナム、マレーシア、シンガポールにもあり、こうしたところと連携して独立すれば、長い歴史を踏まえて今後経済的にも文化的にもつながりができます。

 独立したからといって、日本から離れて孤立するのでなくかえって付き合いが広がっていきます。与那国も台湾とうまく付き合えないという壁がなくなります。

――総選挙前後から右寄りの論調が強まり、中には核武装をして対米依存脱却という論も出てきました。こうした論と沖縄の基地とはどう関係してくると思いますか。

松島 橋下(徹)大阪市長が琉球に来て街頭演説で言ったのは、普天間基地の代替として辺野古しか選択肢がないということでした。基地は必要だということで、これまでの日米安保を堅持するやり方と変わらないし、石原(慎太郎)さんも変わらないでしょう。

 小沢一郎さんが日本から米軍基地を撤廃して、時々軍隊を置くという形にしようと言うと、官僚に反対され、マスコミから叩かれたという状況があります。米軍依存脱却ができないのは右寄りでも同じだと思います。

 私が言いたいのは、日本のナショナリスト、愛国者が本当に琉球人を日本人と思うのなら、米軍依存、脱却に二の足を踏んでいることはおかしいということです。柳田國男は、「海上の道」を通って日本人がやって来たと言っていますが、古代の文化を残す琉球はそこで重要な役割を果たしたとされています。その琉球にいま異国の軍隊と基地がある。同じ日本国民が危機にさらされていることを日本の右寄りの人は納得できるのでしょうか。

 私は琉球人は日本人とは違うネイションだと思っていますが、日本の民族右翼はどう考えるでしょうか。彼らは場合によって同国、異国と使い分けているように感じます。

――日本のメディアの沖縄問題の扱い方についてはどう感じますか。沖縄の新聞が偏っているという見方をする識者もいます。

松島 琉球の新聞の1面に出ても全国紙には載らないこともあるし、オスプレイの琉球配備の時も1面に載せない新聞もあります。だから琉球の人は大新聞をあまり読まない。

 本来は琉球の基地は国際問題であるのに、日常の事件、事故の本質をとらえていないのではないかと思います。バラエティー番組では観光の島、癒やしの島という1つのパターンで琉球を見て、こういった島でなければならないといった視点で琉球は遊ぶところとして見ているなと思います。

沖縄(琉球)が独立する日-自主・自由のメリット龍谷大・松島泰勝教授にきく(下)2

松島 もし島の中で戦争が起きたら住民は必ず巻き込まれ、自分たちの文化も歴史も失ってしまうのは目に見えている。日本軍は戦時中、琉球人をスパイにして殺して、自国民を守らなかったという教訓もあります。

『琉球独立への道-植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』

 島には軍隊がない方がいい。世界には先例があります。大国の力がせめぎ合うバルト海のオーランド諸島のように、琉球を永世中立の島にすることによってかえって周辺の国々の緊張緩和につながるのではないでしょうか。

――しかし、最近の中国の様子を見ると、そんなことは言っていられないという意見もあるでしょう。

松島 領海侵犯などが起きていますが、歴史を遡ると島嶼防衛という形で、宮古、八重山諸島に自衛隊の配備を始めたのは日本政府です。東京都による購入計画と国有化が行われ、これに中国が反発した。

 両国とも40年前に日中国交平和の議論にあったように棚上げにして平和的に解決するということに合意してきたのに反している。

 私は、尖閣列島はコモンズ、つまり共有地にした方がいいと思います。永世中立の島にすることによって米軍基地も引いていくということを目指す。

中国は琉球を侵略したら瓦解する

――非武装でやっていける、と言うと反論は大きいでしょう。独立国となった場合、中国に対してどういう外交政策を取りますか。中国の中には沖縄はもともと中国のものだという論もあります。

松島 すぐやられるぞと、私もよく言われます(笑)。では、琉球が独立したら中国が本当に攻めてくるかということですが、もしそうだとしたら中国が得ているすべての国際的な地位を失う。国連の常任理事国、第2位の経済大国、これらが琉球独立を侵略するという野蛮なことによって、国連憲章に反し世界中から反発を招くでしょう。

 チベットとかウイグルとかで独立の動きもありますから、琉球を侵略したら中国自体が瓦解する。また、世界には50万人の琉球人もいますし、これらのネットワークによる反発を考えれば、そこまでの危険を冒して中国はどれほどの利益を得るのでしょうか。

琉球人には世界中にネットワークがある。(一昨年、世界のウチナーンチュ大会パンフレットより)

 琉球は、琉球王国時代に明、清に朝貢的な関係を持っていましたが、これはあくまで儀礼的なもので、内政に影響力を及ぼしたことは一度もありません。

――沖縄では5年に1度、沖縄からこれまで世界中に移民した人たちが集まる「世界のウチナーンチュ大会」があります。広島など多数の移民を送り出している県はほかにもありますが、こうした大会は沖縄だけですね。

松島 世界に約50万人いるウチナーンチュのつながりは強く、例えば戦争で被害に遭ったとき、ハワイにいるウチナーンチュが琉球に豚を送ってくれるなど支援してくれました。同時にハワイのウチナーンチュからは独立した方がいいという声も少なからずありました。

 イリノイ大の名誉教授で宮古島出身の平恒次さんは有名な独立論者です。琉球内にはいろいろな独立論があります。こうした独立論や自立についての議論をする「うるまネシア」という雑誌も出ています。

沖縄(琉球)が独立する日-自主・自由のメリット龍谷大・松島泰勝教授にきく(下)1

本国内にある米軍基地の74%が集中する沖縄。生活環境の悪化、“特権”を持つ米軍関係者の犯罪など、基地が存在することによる弊害を長年にわたって甘受してきた沖縄で、いま“独立論”が広がりつつある。学際的な研究と同時に国際的に独立をアピールしていく動きが出ている。

 この担い手として自治・独立への学問的研究と運動を進める、龍谷大学経済学部教授、松島泰勝氏に、沖縄(琉球)独立の理念と実現性について聞いた。

 穏やかな語り口ながら、日本と沖縄の間には差別と植民地化の構造があると批判する松島氏は、世界の独立例を踏まえて、その実現性とメリットを語る。かつての琉球国の存在やまとまりを意識して「沖縄」とは言わず「琉球」という名称を使う。

戦争が起きたらまず巻き込まれるのは、また沖縄だ


――尖閣諸島をめぐる中国との緊張関係などを見ると、安全保障の点から沖縄はより重要な防衛の拠点だという論が根強いと思います。

 沖縄の独立論はこれをどう乗り越えていきますか。沖縄独自のナショナリズムは日本のナショナリズムとどうぶつかっていくのでしょうか。

松島 まず琉球人にとっての安全保障と日本人にとっての安全保障は違います。過去の戦争での捨て石の作戦を見れば分かるように、沖縄戦は本土決戦を遅らせるためのものでした。

 琉球人にとっては押しつけられた沖縄戦によって15万人近くが死んで、その後は米軍統治が行われ基地ができました。

 琉球の島々を捨て石にすることで日本を守るというのが日本の安全保障だと思います。米軍は琉球を守ってくれない。それどころかレイプなどの事件や、ヘリコプターの落下事故などを起こしています。

 私は、2004年に沖縄国際大学に米軍ヘリが落ちたとき現地にいましたが、その時感じたのは、米軍は琉球人を守ることができるのか、という疑問でした。ヘリの残骸の調査も米軍が行い、事故調査結果は日本に報告されていません。

 現場の米兵の中にはトランプをしながら談笑していた者もいました。自分たちが起こした事故に対して責任感もない人たちが琉球人を守れるはずはないでしょう。

 遠くから見れば、ああ世界最大の軍だから守ってくれると思うかもしれませんが、現場にいればそれは無理だと分かります。日米の上下の関係の中で、彼らがどうして自分たちの血を流してまで守るでしょうか。


松島泰勝(まつしま・やすかつ):1963年石垣島生まれ、南大東島、与那国島、沖縄島那覇で育つ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒、同大学院経済学研究科博士課程履修単位取得、経済学博士。97年から99年までグァムの在ハガッニャ日本国総領事館、99年から2000年まで在パラオ日本国大使館で専門調査員として勤務。東海大学海洋学部海洋文明学科助教授を経て、現在、龍谷大学経済学部国際経済学科教授。NPO法人「ゆいまーる琉球の自治」代表。著書に『琉球独立への道-植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』(法律文化社)をはじめ『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで-』『琉球の「自治」』(ともに藤原書店)、『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』(早稲田大学出版部)

沖縄(琉球)が独立する日-国際的に正当性を訴える 龍谷大・松島泰勝教授にきく(上)6

松島 1999年にスコットランドはイギリスから分権化して独自な政府と議会つくったんですが、沖縄県議会、県庁なども、外交の一部を担うような分権化の議論を日本政府と交渉できると思います。

 日本政府、そして日本人は、米軍基地を取るのか琉球を取るのかということを選択しないといけないのではないでしょうか。

 米軍は日本のほかのところで引き受けるから、琉球は日本のままに、というのなら分かりますが、このままだと「沖縄差別」が永続化すると、保革問わず琉球では言っています。

根底に異質なものとして沖縄は見られている?    

――基地の存在や地位協定の実態は、「差別」を反映しているということですが、この根底には沖縄という地方に対する意識の上での差別があると感じますか。

松島氏

松島 1879年に琉球処分で沖縄県が誕生したときに、日本への同化政策で差別が行われてきて、戦争中には琉球の言葉を使っただけでスパイ容疑で処刑されたこともありました。

 講和条約後は日本から切り離されて米軍の統治下になり、それからずっと基地を押しつけられてきました。これらは差別です。

――意識の上での差別はどうでしょう。石垣島出身のアコースティックバンド、BEGIN(ビギン)の3人にインタビューをしたとき聞いた話ですが、1980年代終わりに彼らが東京に出てきていて、あるときアルバイトをしようとして多数の人に交じって現場に集合したとき、「君たちはこっち」と言われ外国人たちの集団に入るように言われたそうです。

松島 私は石垣で生まれて、高校、浪人までは那覇で勉強して、日本人として何の疑いもなく来ました。しかし東京へ来てみると、色は黒いし言葉がちょっと変だとかで、周りのヤマトンチュ(日本人)から「どこの国から来たのか」と言われ、同じ日本人とは思われませんでした。

 当時、沖縄県人材育成財団の寮に住んでいたのですが、そこに住む同じ大学生のなかにはそうしたことがショックで、寮から出られなかった人がいました。1980年代半ばのことです。琉球の人を異質な者と見ている普通の日本人は多いなと感じました。

 あるいは、もしかしたらあえて異質な者と名指しすることで、相手を支配下に置こうとしているのではないかと思えました。これはショックでしたが、いい機会でもあり改めて琉球の文化や歴史を学んで、足元を深く掘り下げて議論していく気になりました。琉球にずっと住んでいたらこういうことはなかったかもしれません。外に出ていくことで、自分は何者かを知ることになりました。

――御著書のなかに「人類館事件」のことが出ていますね。かつての差別に関する複雑な事例です。

松島 琉球への差別であるのと同時に、あの事件に関して琉球が屈折しているのは、自分たちは帝国の臣民であり、自分たちより下の人を差別するということがあった。差別の螺旋階段を琉球人自身が作ろうとしてしまっていたわけですが、これではいけない。

★注:人類館事件:
1903(明治36)年、大阪で開かれた内国勧業博覧会の「学術人類館」なるところで、アイヌ、琉球女性、朝鮮人、台湾先住民らが、生身で「展示」された。人類学的なものという名目だったが実際は見世物的で沖縄からは抗議の声が上がった。しかし、その内容は沖縄人は日本国民なのにアイヌら他民族と同様に展示されたというもので、のちに沖縄内でもこの主張に批判が出た。

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返還後の土地は基地より大きな経済価値を生む

――基地がなくなったら経済的に困るでしょうという意見があります。しかしこれまでの基地返還後の土地の利用価値、経済効果を見ると、基地より大きいのが明らかだというデータが出ていますね。

松島 そうです。年間の県民総所得のたった5%しか基地経済は生み出していません。跡地利用を見ると、おもろまち(那覇市)や北谷町美浜をはじめほとんどすべての基地跡地は何十倍、場合によっては100倍以上も経済効果を生んでいます。

 基地の跡地は、商業・文化施設になったりしています。例えば読谷村では紅芋畑で栽培した芋を材料にして紅芋タルトというお菓子を作ったり、やちむん(焼き物)の里ができ、琉球陶器やガラス細工など工芸品も作って文化の里になっています。いま米軍基地の中のスーパーで働いたり、警備員、通訳などの技能を持った人が働ける機会は基地の外にもあります。

返還後の土地にできたショッピングとアミューズメントタウン、アメリカンビレッジ

 ですから基地反対、基地返還はかつては革新勢力の人が主張していたのが、いまでは保守派や産業界からや、稲嶺前知事、仲井真知事など政界も保革問わずオール琉球としても、なるべく早く返してくれと言う声が上がっています。「基地があるから潤っている」という話はもう通用しません。

――雇用については、基地の有無はどう関係するでしょうか。那覇の専門学校では軍関係への就職をPRしているところも見られます。現状は基地内での雇用を積極的にとらえているようですが。

松島 いま、9000人ぐらいが軍関係で雇用されています。これは琉球の全就業者数60万人の一部であり、全基地が撤去されてもこの雇用は吸収できます。

 専門学校も以前よりも宣伝はしなくなりました。準公務員としての扱いはありましたが、労働条件を見ても裁判になったり、ハラスメントも生まれています。以前に比べて軍で働くことが魅力的ではなくなっています。

 若い人の中にはレイプ事件などによって、軍事基地があることは自分たちの生命や家族、恋人などの生命が危険にさらされているという意識が生まれています。沖縄市などでは青年団がいま自警団を組んで町を回るという動きも出てきています。基地は生活を不安にするという思いが若者のなかから生まれています。

日本から離れる覚悟のある人が増えている  

――こうなると、琉球に対する処遇を手厚くする、つまり“もっとアメをあげないとまずい”という見方が出てきますが、これに対してはどう思われますか。

松島 さまざまな補助金や優遇措置といった“アメ玉”が、これまでと同じであれば失敗が繰り返されるだけです。1995年に少女がレイプされて、そのあとずっとものすごいお金が特に米軍基地のある市町村に投じられました。名護市にも600億円くらい投じられましたが、効果は薄かった。

 政府はこれまで国土の0.6%で140万人しかいない小さなところに対して、なんでもやりたい放題してきた。しかし、独立論が具体的になって現実味を帯びてくると、琉球の価値、意味を日本全体が考えるでしょう。日本から離れる覚悟がある人が増えているという実態を見ると、対等な相手として見るようになるかもしれませんし、琉球人としては日本政府に対して政治的な地位を変えるための交渉ができる可能性があります。

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価値観を共有していない、琉球人と日本人

返還決定を伝える当時の新聞・号外(沖縄市戦後文化資料展示室内で)

――地位協定といえば、驚いたのが一昨年に見直しされることになった1956年の合意です。その内容は、アメリカの軍人・軍属が公の行事で飲酒した後に自動車を運転した場合も公務扱いになるというものでした。

 こうした非常識なことが長年行われていたことは沖縄以外の日本に伝わっていないですね。

松島 日本国民の大部分にとって、基地、日米地位協定は自分の問題として考えられていません。琉球に住んでいると分かるのが、琉球人と日本人との感覚が大きく違うことです。

 ともに同じネイション(民族)なのかと思うほどです。価値観を共有するのがネイションだと思いますが、これを共有していません。

 イタリアにある米軍基地と琉球とはずいぶん違います。イタリアでは米軍機が墜落したときイタリア政府が調査、回収を行います。また、戦闘機などの飛行の角度、回数が制限されていて、住宅地を回避しているし、イタリアでリポーゾというお昼寝時間は飛行機はエンジンを切ることになっています。でも、琉球の基地にはこうした配慮はありません。

 戦争で負けたことに対する負い目が日本側にあるとともに、米軍基地があるからこそ日本は守られている、基地を置くために米軍やその家族に対しては優遇的な措置を取るという考えが政治家、官僚、一般国民にもあるのでしょう。反対に琉球からの要求は無視されています。

――原発立地・建設における中央と地方との構図も似ていますが、基地の場合は日本政府のほかにアメリカからの支配という、複雑な構図がありますね。

松島 これは本当に琉球にとってやりにくい。日本政府に対して基地の問題を質すとアメリカが関係するからどうしようもないと言い、アメリカに聞くと国内の問題だと言われることがある。両方とも責任逃れ、あたかも自分には責任がないように、軍人の考えをそのまま伝えるようなことをする。抑圧された琉球人にとっては抵抗の相手が2つあって簡単にはいかないという気がします。

――恩恵を受けるため、中央の要求を受け入れざるを得ないような状況もありましたか。

松島 中央、都市部ではいらないものを周辺に押しつけ、その見返りに交付金などを与える。しかし、補助金、交付金以上に基地があることの経済的な損失は大きいし、また犯罪などお金で換算できない犠牲、コストといったマイナス面もたくさんあります。

 中央では、地政学上重要だから基地のあることは諦めてくれと言います。これついては反証できる調査も行われています。例えば琉球の米軍が中東に出るときは佐世保に寄ってから出ていきます。琉球はサンゴ礁に囲まれていていい港がないからです。だから海兵隊はハワイとグアムとダーウィンに移設できるわけです。また、米軍はローテーションで動いているから、常に日本を守っているわけではありません。

沖縄(琉球)が独立する日-国際的に正当性を訴える 龍谷大・松島泰勝教授にきく(上)3

松島 最初に、友知政樹さんという沖縄国際大学の准教授が学会を提案し、これに賛同した、主に復帰後に生まれた人が中心となって準備が進みました。このなかには、学者もいれば学生もいるし編集者や農家、新聞記者、ビジネスマン、主婦、NPOなどメンバーはいろいろです。学者だけが議論をするのではなく、学問的なスタイルをとって一般の人も参加して議論することになっています。

 琉球人のなかには、独立を前提とした意見だけでなく、独立に関心があり、議論をしていくなかで考えようという意見や、独立には反対だが現状はおかしいという認識に立ち議論に参加したいなど、いろいろな意見があります。これらすべてに門戸を開いて、議論し切磋琢磨して、「独立阻止」を主張する人とも平和的に議論していきたい。

神聖な場所での米軍の実弾演習

――グアムについて言えば、沖縄の海兵隊をグアムに移転させることにもなっていますが、グアムもまた基地反対、独立の動きがあるのですね。

松島 私も2年間グアムの日本総領事館で働いていたので分かりますが、琉球以上に植民地だなと感じました。島の3分の1が米軍基地。グアムでは軍用地主に地代も払われていない。また、アメリカ大統領を選べないし、グアムからの議員は発言権はあっても投票権はない。連邦政府、連邦議会がグアムに対する決定権を持っています。

 また、現地の観光業は日本資本が牛耳っている。グアムはもともとチャモロ人のものですが、マゼランが来て16世紀以降はスペインに支配され、1898年以降はアメリカ、戦時中は日本、そしてまた戦後はアメリカに統治されます。1950年になってようやく市民権が与えられました。にもかかわらず米議会や政府がグアムの事情を決めてしまいます。アメリカ本土のようには扱わないということを身をもって感じました。

 グアムで勤務したのち私はパラオで1年間働きました。パラオは独立して大きな権限を持っています。見た目はグアムの方が発展しているように見られますがグアムは内実は植民地です。であれば琉球からの海兵隊のグアム移転はおかしい。

 最近では特にパガットという村で建設されようとした米軍の実弾演習場が問題になりました。チャモロの遺跡もある古代の村であり精神的にも神聖なところで、実弾を海に向けて発射するという計画です。

 住民は激しく反対し裁判に訴え、この案は棚上げになりましたが、軍に対する強い反発が生まれています。また、空軍と陸海軍がある上に海兵隊がやってくることで、レイプなどの琉球で起きたような事件が女性の間で心配されています。

「これが復帰40年後の現実か!」

――ここ数年の沖縄の米軍基地をめぐる政府や日本の対応への不信と不満が、いままでのように、政府の言いなりにならないという気持ちを高めたのでしょうか。

松島 2012年11月に宮古島で開かれた九州市長会で、ある市長が沖縄県へのオスプレイ配備撤去の決議を出すことに反対しました。自分のところに来るかもしれないことに反対してのことです。こうしたことで、琉球人はますます自分たちが差別されていることを感じています。

 オスプレイの配備については、県議会、市町村議会の反対決議があっても押しつけられた。また、レイプ事件などが発生しても日米地位協定を変えようとはしない。これが復帰40年の現実なんですね。われわれが求めていた復帰とはこんなものだったのかと、かつて復帰を推進してきた人もいま言っています。

 本土復帰に尽力し、復帰後に最初の知事を務めた屋良朝苗さんという有名な政治家がいますが、彼の秘書的存在だった石川元平さんも最近地元紙の論壇で、独立をすべきだと言っています。元教員で復帰論者だったんですが、いまは独立を主張しています。

 当時は、日本国憲法は平和を掲げているし、基地もなくなり事件事故も少なくなるだろうと思っていたんですが、実際はそうならなかった。

沖縄(琉球)が独立する日-国際的に正当性を訴える 龍谷大・松島泰勝教授にきく(上)2

琉球併合から独立論は続いてきた

『琉球独立への道-植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』

――これまでも多くの独立論がありました。過去に遡ってその変遷や違いについて教えていただけますか。

松島 独立論には、実践の面と思想の面があります。実践面で言うと、琉球併合によって琉球王国がなくなった後に、王国の元の家臣が清国に亡命して、琉球王国の復活運動を行うわけです。これは実践的独立論です。それが日清戦争で日本が清国に勝って、運動は衰退していきます。

 戦後、日本の統治が終わったときには、独立を掲げた政党が出てきます。大きな流れとしては日本への復帰運動が起きるなかで、復帰が近づくと沖縄人の沖縄を考える会とか琉球議会とか、復帰後に経済的に不況などの不利益を被りそうな人が独立を求めたことが一時期ありました。

 その後いろんな政党ができたり、「うるまネシア」といった自立、独立を問う文化誌が発行され議論されてきました。

 1996年からは国連を通じた脱植民地化の動きが始まります。はっきり独立とは言いませんが、脱植民地化を明確に訴えています。また、個々人の独立論や運動はいろいろあります。高良勉さんという詩人は、エッセイのなかで80年に独立論を訴えていました。

 CTS(石油備蓄基地)反対運動のリーダーだった安里清信さんはパラオに行って、琉球は独立すべきだと考えたという話もあります。太平洋の島々を参考にそして連携して独立を論じるという考えも出てきました。同じ島であって人口がずっと少なくて独立しているところがあるからです。

 また、奄美では新元博文さんらが奄美独立革命論を書いています。彼もパラオに行って影響を受けています。

グアムとの共通課題として脱植民地化を 

琉球人独立を議論する雑誌「うるまネシア」

――独立を研究する新たな学会はどういう経緯で立ち上がることになったのですか。

松島 2012年5月にグアムのチャモロ民族3人を琉球に招き沖縄国際大学で、琉球・グアムの脱植民地化シンポジウムを開きました。グアムはアメリカの属領ですが、植民地と言えます。

 そのため脱植民地化の動きがあり、2014年を目標に、国のあり方について国民投票の準備をしています。そこには3つの選択肢があります。完全独立、パラオなどのような自由連合、それと、アメリカの州になることです。

 独立派を中心に委員会がつくられ、連合を組んで独立のプロセスを検討しているほか、それぞれの派にも構想があります。人口20万弱のグアムがこうした試みをできるのだから140万人の琉球でも独立を前提とした議論ができるだろうということになりました

沖縄(琉球)が独立する日-国際的に正当性を訴える 龍谷大・松島泰勝教授にきく(上)1

本国内にある米軍基地の74%が集中する沖縄。生活環境の悪化、“特権”を持つ米軍関係者の犯罪など、基地が存在することによる弊害を長年にわたって甘受してきた沖縄で、いま“独立論”が広がりつつある。

 学際的な研究と同時に国際的に独立をアピールしていく動きが出ている。この担い手として自治・独立への学問的研究と運動を進める、龍谷大学経済学部教授、松島泰勝氏に、沖縄(琉球)独立の理念と実現性について聞いた。

 穏やかな語り口ながら、日本と沖縄の間には差別と植民地化の構造があると批判する松島氏は、世界の独立例を踏まえて、その実現性とメリットを語る。かつての琉球国の存在やまとまりを意識して「沖縄」とは言わず「琉球」という名称を使う。

「琉球独立総合研究学会」立ち上げに向けて

松島 泰勝(まつしま・やすかつ)氏
1963年石垣島生まれ、南大東島、与那国島、沖縄島那覇で育つ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒、同大学院経済学研究科博士課程履修単位取得、経済学博士。97年から99年までグアムの在ハガッニャ日本国総領事館、99年から2000年まで在パラオ日本国大使館で専門調査員として勤務。東海大学海洋学部海洋文明学科助教授を経て、現在、龍谷大学経済学部国際経済学科教授。NPO法人「ゆいまーる琉球の自治」代表。著書に『琉球独立への道-植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』(法律文化社)をはじめ『沖縄島嶼経済史―一二世紀から現在まで-』『琉球の「自治」』(ともに藤原書店)、『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』(早稲田大学出版部)

――これまで沖縄のなかで「沖縄は独立すべきだ」という論はありましたが“居酒屋談議”の域を出ないとも言われてきました。それが最近現実的な議論になってきました。

松島 私は『琉球独立への道-植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』(法律文化社2012年2月刊)という本を出しました。

 ここではこれまで思想的、文学的に論じられてきた独立論を、脱植民地化の国際的な動きを研究することで、国連や国際法と関連して、具体的なプロセスを含めて論じました。こうした動きがいま出てきています。

 1996年には、ジュネーブの国連欧州本部に行って、国連人権委員会のなかの先住民族作業部会で先住民族として琉球での植民地主義の問題について発言し、世界の先住民族と交流しました。琉球と世界との関係も強くなり、独立論が地に足が着いた具体論として語られるようになりました。

 また、仲間と「琉球独立総合研究学会」というのを4月に立ち上げる予定です。政治学、経済学、国際法、言語学など学際的な視点から独立の可能性、プロセスを研究し発表していく考えです。

――なぜ、国連を通して国際的に訴えようと思ったのですか。

松島 国際法に基づいて世界の先住民族とネットワークをつくろうと思ったきっかけは、大田昌秀・元沖縄県知事が行った代理署名訴訟(米軍用地の強制使用に必要な代理署名を拒否できるかどうかで国と当時の大田知事との間で争われた)で、96年8月に最高裁で大田知事が敗訴したからです。

 これでは国内では基地問題は解決はできない、常に国内問題に矮小化され、今後も裁判所、国会、行政府に握り潰されてしまうと考え、国際問題として認知してもらうことにしたのです。国連の人種差別撤廃委員会は、琉球人は先住民族であり、基地の押しつけは人種差別であることを認めて日本政府にも勧告しました。国際人権規約委員会でも差別の問題として見ています。

 こうして、国際的なネットワークを使って日本、アメリカ政府に責任を問う。これがいままでの独立議論と違うところです。

龍谷大学ボランティアNPO活動センター国内体験学習 in 琉球

来月11日から14日まで龍谷大学の学生10人と、琉球に行きます。これは大学のボランティアNPO活動センターの国内体験学習として、学部を超えて学生が参加します。

同様な授業として以前、学生とパラオとグアムに行って来ました。今回は4日間、読谷の知花昌一さんの民宿に泊まり、知花さんの案内でガマに行き、沖縄戦の実態について学びます。

また基地跡地利用、読谷における基地反対運動についても話を聞きたいです。コザまち社中の照屋さんには以前、ゼミでコザに行った時にもお世話になりましたが、今回も基地の町コザにおけるまちおこしを共に考えます。

さらに沖縄国際大学の友知先生のゼミと意見交換し、学生として基地、平和、学問などについて真摯に話し合います。

普天間基地、グスク、他の戦跡等にも行きます。琉球における基地問題、植民地状況を自分の問題として、当事者として考えながら、話し合いながらの旅になります。

読谷で宿泊するのは初めてですが、島の声をしっかりと聞きたいです。

久高島のゆいまーる琉球の自治の集いの参加された真久田さん


昨日,わたしの両親が真久田さんの告別式に行きました.2007年に久高島でゆいまーる琉球の自治の集いをしたさい、真久田さんも参加され、帰りに両親を小禄の家まで送って下さいました。

また真久田さんが石垣の新川の人といって大変親しみを持っていました。告別式では、受付されていた照屋みどりさんや仲里効さんから両親に声をかけて貰いました。

仲里さんのお兄さんと私の父はともに南大東島気象台で働いていた時期があります。その頃、仲里さんは中学生、私は4歳くらいでしたので、交流があったと思います。

真久田さんが海や琉球の言葉を大切にされ、琉球独立に命をかけて生きてきた人生に改めて敬意を表したいと思います。

照屋さんが、『ほーむぷらざ』に紹介されました

カフェくろとん、しまんちゅスクール等、琉球の文化、言葉、歴史に強くこだわった場所をつくり、人と人とを結び、新たな琉球の時代をつくる歩みを着実に進めている照屋さんが、『ほーむぷらざ』に紹介されました。琉球、琉球人のことを思うマブイの強さにいつも励まされています。またカフェくろとんの料理は琉球の地産地消であり、経済自立に役立つとともに、琉球人の私にとっても大変いごこちのいい場所です。






株式会社Ryukyu企画
取締役部長
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照屋 みどりさん

no.1060


沖縄思う心熱く 文化を発信
 挨拶(あいさつ)は「はいたい」。感謝は「にふぇーでーびる」。照屋みどりさんは沖縄の文化を継承する第一歩として、言葉にはウチナーグチを織り込む。

 「琉舞、空手、民謡などの文化の 基本は言葉。そこからうやふぁーふじ(先祖)の感性や考え方を取り戻したい」。基地など多くの課題を抱える沖縄で、自分のできる方法で現状を変えたいという熱い思いを込め、使い続けるウチナーグチ。ウチナーンチュが生き生きと学ぶ「しまんちゅスクール」を運営し、人とのつながりを大切にしながら文化を発信する。

撮影:高野生優(フォトアートたかの)



 
貫く沖縄へのこだわり
 
 2月に開催されるイベントについて、しまんちゅスクールで講師を務める親川志奈子さん(写真右)と打ち合わせをする照屋さん。多くの人のアドバイスに耳を傾けながら、いろんなことに挑戦している




 
「ウチナーグチは死んでいない。今なら復活できる」/

「言葉を学ぶことが、沖縄へ近づく近道になる」


 
 照屋さんが生まれたのは1972年1月9日で、いわゆる「復帰っ子」。東京の大学を卒業し、偶然知人から紹介のあった国会議員の私設秘書となったのが23歳のとき。「本当に偶然。でもその経験がなかったら、ここまで沖縄にこだわることはなかったかも」。

 そのころ、米兵による少女暴行事件があり、県民大会が開かれたり、沖縄からの陳情団が政府に相次いで申し入れ。「どれだけ多くの人が事件や事故の再発防止を求めても、政府が動かないことを知った」と、日本(本土)と沖縄の“温度差”を実感した照屋さん。沖縄に生まれ育ち、「何となく」感じていた沖縄へのこだわりが、強いものとなって心に芽生えた時期だった。

 私設秘書やNGOスタッフを経験後、大学院で国際関係学を学んだ。「内発的発展というテーマで、外発的なものではなく自分たちでどのように成長していくのか」ということをアジアや国内を例に取り上げていった。


沖縄にこだわる中で、東京時代に知り合った人の紹介で沖縄の特産品を販売する会社に就職。食品や工芸品など、卸業を中心に、ネット販売なども担当。そこで自身の中にあった「沖縄にこだわることは何だろう」という思いを再確認するため、10年間働いた会社を辞めた。そして、2011年の世界のウチナーンチュ大会での出会いがまた、照屋さんの沖縄へのこだわりを強いものにした。

 「世界のウチナーンチュがこんなにも沖縄のことを思ってくれていることが衝撃的だった」と語る。自分にでき
ることが何かを探しあぐねていた中で、ハワイから来た「御冠船歌舞団」メンバーの「今、行動しないでどうするの?」という言葉に後押しされるように、昨年3月、先輩たちとともに株式会社Ryukyu企画を立ち上げた。


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 しまんちゅスクールに併設しているくろとんカフェ。沖縄の食材を使ったフードやドリンクを提供したり、時にはイベントを開催している。営業時間は12時~18時まで。定休日は日・月

 会社の大きな柱は「沖縄にこだわる」こと。運営するカフェでは、西表から無農薬玄米を取り寄せるなど、沖縄食材にもこだわる。いろいろな視点から沖縄を考えたいと、ゲストを招いたイベントも企画。旧暦大みそかの2月9日(土)には「佐渡山豊とぅしぬユールー」を開催する。昨年は出版も手掛けた。

 照屋さんが最も深く関わっているのは文化面。「しまんちゅスクールはウチナーンチュが生き生きと学び、楽しめる場所であってほしい」と願い、ウチナーグチ、三線、英語、ヨガなどさまざまな講座を企画する。

 ウチナーグチ講座では20代や30代の人が、おじいちゃんやおばあちゃんと話がしたいからと受講するケースもある。「祖父母の世代やうやふぁーふじとつながりたいという気持ちが伝わる。そんな姿を見ていると、ウチナーグチはまだ死んでいないし、残り続けている。だから頑張れば復活できる」。

 自身も琉歌の好きな祖母にウチナーグチで話しかけられ、内容を聞き返したことがあった。「ウチナーグチを教えておけばよかったね、という祖母の言葉を聞いて、本当にウチナーグチを学びたいと思った」と照屋さん。メモ帳片手に単語を聞いては書き、分からなくなったら聞き返す日々は続く。

 「言葉を学ぶことが、沖縄へ近づく近道になると実感している。これからもしまんちゅスクールをベースに、沖縄にこだわりを持った人たちともっとつながっていければ」と言葉に力を込めた。


 
■ところで…+α
 沖縄の文化を学ぶ中で現在、挑戦中なのが三線。しまんちゅスクールの一受講生として習っているが、その腕前は「じんじんがようやく弾けるようになった」とのこと。うちなー料理も修行中で「チャンプルーぐらいかな」という。「どれも練習中で、長期スパンで考えているので」と笑う。ウチナーグチは5年計画で、習得には長い道のりとなりそうだが、沖縄を思う心の強さで、その道のりを楽しみながら「よーんなー、よーんなー(ゆっくり)」歩いて行ってくださいね。

 
P R O F I L E
てるや・みどり
 1972年生まれ。豊見城出身。県内の高校を卒業し、東京の大学に進学。国会議員の秘書を経て、大学院で国際関係学を学ぶ。2000年に帰沖し、沖縄の特産品を販売する企業で働く。2012年、(株)Ryukyu企画の「しまんちゅスクール」担当となる。1月末にワンコイン体験講座ウイークを企画中。ウチナーグチ、親子英語、ヨガ講座などを体験できる。詳しくはブログで。
しまんちゅスクールは宜野湾市嘉数4-17-16 電話:098(943)6945 
http://shimanchuschool.blog.fc2.com/

 
取材記事・編集/高江洲千里

真久田さんがニライカナイに行かれました

昨日,本村さんから真久田さんが、ニライカナイに行かれたというご連絡をいただきました。真久田さんとは私が大学院生の頃、琉球独立について高良さんとともに話を聞いたのが出会いの初めです。

久高島で行われた第一回のゆいまーる琉球の自治にも参加していただきました。ときには私に対して好意的な批判をされ、励まして下さいました。

八重山の話し方で暖かく、私たち琉球人の後輩を助けて下さいました。『うるまネシア』の編集長として、一貫として琉球独立を考え、積極的に議論を巻き起こしてきました。また真久田さんが同誌に描かれた絵も素晴らしく、毎回の絵が楽しみのひとつでもありました。

詩人である真久田さんが語り、書く言葉も力強く、深く私の心に沁み込みました。このような真久田さんがされてきたことをわれわれが引き継ぎ、さらに発展させていくことが、真久田さんのご遺志に沿うものであると思います。

私の住む滋賀では今、大雪が降っています。白い風景の中に真久田さんのことを今日は考え、これから自分がやるべきことを改めて考えてみたいです。真久田さんは、ニライカナイから琉球の独立を暖かく見守り、助けてくれると信じています。琉球人のマブイの力はとても強いのです。

それを人生をかけてわれわれに示してくれたのが真久田さんでした。

『通販生活』琉球独立論に対するkurinoさんのコメント

FBに紹介されたkurinoさんのコメントを転載させていただきます。





一昨日『通販生活』2012年春号が自宅に届いた。1冊の定価が180円なり。お金を出してカタログ雑誌を買うのは人生初かも。『けーし風』『Myaku』『うるまネシア』などのミニコミ誌や『情況』の沖縄特集号を数か月遅れでなんとか買えたり(売り切れで買えなかったり)した以外は雑誌をほとんど買っていない。まして、こんな写真中心の雑誌を買うのは2001年の「9.11」特集の頃の『SIGHT』誌以来かもしれない。『通販生活』も今回の沖縄特集がなければ買っていなかったはずだ。


で、雑誌の感想。...問題の「沖縄独立」特集は本誌を手にする前と後で印象が少し違った。まず、『通販生活』誌の自主広告のページとして私が勝手に理解していた問題の誌面は「沖縄独立」特集の扉のページだった。私の感性が鈍化しているせいなのか、すでに内容を読んでいるせいなのか、違和感はほとんど感じなかった。松島さんと仲地先生の文章もすんなり読めた。


大橋巨泉と伊勢崎賢二という人の主張にも一理があると思えた。「ゲバゲバ90分」「クイズダービー」でおなじみの大橋巨泉がまじめな「沖縄独立」論者であることをはじめて知った。復帰後に交わされたという大橋巨泉と上原康助氏の議論が印象的だ。当時から「沖縄独立」論者だった大橋に、上原氏は「人権侵害」「治安」「賃金差別」の改善といった「目の前の課題をなんとかしなければいけない」と答えている。


この上原氏の言葉は大橋にとって「鉛のように腹にこたえ」たという。特集全体の感想になるけれど、今回の特集は、実は「沖縄独立」のススメではなく、「沖縄独立論」議のススメだったのではないかと思った。そしてそれは総じて歓迎していいのではないか、と私は思う。新崎盛暉氏がかつて批判した『週刊金曜日』の特集タイトルは「「沖縄独立宣言」のススメ」だった。


『週刊金曜日』の「独立宣言」のススメから『通販生活』の「独立」論議のススメへ。1997年から2013年まで16年近くたっているけれど、日本の「良心系」雑誌における「沖縄独立」の扱いはこの間どう変化したのか。何も変わっていないという見方もできるだろうけれど、やはり少しだけ変化している、というのが現在の私の感想だ。最大の変化(のきざし)は「沖縄独立」論議がタブーでなくなりつつあるということ。


『通販生活』誌は今年一年かけて「沖縄を忘れない」というテーマを追究するのだと言う。次回の特集では今回の「沖縄は日本から独立したほうが幸せではないのか。」といキャッチコピーに対して「日本は沖縄から独立したほうが幸せではないのか。」と見事な切返しで反論した宮城康博さんや他の人の「独立」批判論を特集してみてはどうだろうか。続きを読む

『通販生活』を巡るましこさんとの議論

ましこさんと、FB上で『通販生活』の琉球独立について議論をさせていただきましたので、ご紹介します。誠実に対応して下さり、まりこさんに感謝します。



ましこさん
例の、無自覚な植民地主義(主観的には良心的なつもり)の典型例だった『通販生活』の「沖縄独立」論。
京都の大学生らしいけど、誠実な思考がちゃんとみられる。すばらしい。

ベンガルトラはウイスキーを飲んだのか
whiskypeople.jugem.jp
人々の相互の関係性によって社会−世界が存在し、また創られていくとき、世界とはだから他者の数だけ存在している。そのようにして、わたしたちは世界の数だけ、他者の数だけの“わたし”をその内に抱えいくことになる。わたしは、そしてわたしが引き裂かれることを拒否する。他者に開くことでわたしはわたしであることを揺り動かしながら、同時に、その内部に潜む捻じ曲がった矛盾を一つずつ解いてゆく。.



松島 泰勝 ましこさんが批判されている通販生活の琉球独立論には私のものも含まれていますが、私の琉球独立論の何が問題なのかを研究者としてお答えください。誠実なご対応をお願いします。




ましこ ひでのり 松島さんの独立論と、基本的にヤマトゥンチュのスタッフがほとんどだろう『通販生活』の議論とが、マッチする方が不可解です。
だって、ヤマトゥは基地ひきうけないっていいはっており(つまり「県外移設」の全否定)、しかも、沖縄人だって、知性のあるひとは、ヤマトゥへのおしつけとか当然のぞみませんよね・・・系の議論ですよね。
研究者うんぬん以前の水準だとおもいますよ。
あと、わたくしの先日の批判をごらんでしょうか? 宮城さん周辺の議論をおってくだされば、たどりつけるとおもいますが。
現在、授業準備がおわっておらず、具体的論点について対応は困難です。あしからず。




松島 泰勝 このリンクに対するましこさんのコメントの書き方は、通販生活に寄稿した論者の議論も批判するというように読めます。雑誌の最初の文言に対する批判なのか、琉球独立論そのものに対する批判なのかを明確にして発言すべきではないでしょうか。わたしはましこさんの私の独立論に対する考えを聞いているのです。ましこさんも日本人研究者として、琉球からの県外移設を問われている主体の一人です。研究者として琉球を研究対象としている一人として、琉球人からの問いに対して、研究者としてどのように受け止めていますか。また、ましこさんの文章の中に「知性のあるひとは、ヤマトゥへのおしつけとか当然のぞみませんよね」がありますが、琉球人に対する誤解、差別を生みかねない表現は使うべきではありません。この文章は他者からの引用であれば、それを明確にすべきです。そうでないと、ましこさんのこの文章が独り歩きしますよ。




ましこ ひでのり 小生、松島さんの独立論について、言及したことはありませんし、『通販生活』に関する御見解についても、ふれたことはありません。
フェイスブックは、過去に自分がかいたことを検索する機能を事実上もちあわせていないので、現状では、引用できませんが、『通販生活』の該当部分について、小生がのべた論点は、ただひとつ。かりに独立に成功したところで、基地が撤去される保証がない現状で、独立しないとはじまらないよ、という説教をヤマトゥンチュがおこなうのは、偽善的であり、無自覚な植民地主義者である。これまでの経緯をふまえて発言せよ。はじをしれ。というものです。松島さんから、これについてご異議がでるとは、想定外でした。
本務にもどらねばならないため、すぐにこの件での応答はできかねますが、なぜ、小生の以上のような批判に、ご異議がでるのか、むしろ御教示いただたきたいとおもいます。ちなみに、宮城さんは、小生の批判におおむね同意されているとおもっております。




松島 泰勝 そのうえで、私はましこさんが独立論をどのように考えているのかを聞きたいと思うのです。琉球人の自己決定権行使の一形態である独立を主張する議論に対して、琉球を研究対象として研究するましこさんがどのように考えるのかを聞きたいのです。「かりに独立に成功したところで、基地が撤去される保証がない現状」という文言はましこさんの意見だと思いますが、私の独立論は基地撤去をするための具体的な方法論として挙げているのです。何をもって、独立しても基地撤去が保証されないと断言されるのでしょうか。現状で基地を撤去させる具体的な・・・もっと見る




ましこ ひでのり かきこみがきえてしまったようなので、みじかくおこたえを。
松島さんたちの独立論が基地撤去の具体的ロードマップのなかにあるなどについて、異論があるはずありません。問題は、かりに同様のロードマップを、ヤマトゥンチュが提示して、独立をすするめるとしたら、基地撤去が完成するまで、責任をおわねばならないという点です。『通販生活』の主張した「独立」のすすめには、そういった緊張感が欠落しています。
経緯を一見気の毒がってみせていますが、「おためごかし」。まるで、ドメスティックバイオレンスの常習犯が、つまに「ぼくとわかれることが、きみのためだ」と、これまでの経緯をリセットできるかのように、ほうりだすのと、そっくりです。




ましこ ひでのり 蛇足ながら、釈迦に説法ですが、「独立のすすめ」には、ふたとおりあります。NIMBY/「対岸の火事」視にねざした、「独立して御自由に」論は、責任放棄であって、共感とは正反対です。もうひとつは友人としての提案ですが、それは具体的ロードマップが不可欠であり、その実現に責任をもつと。
小生は、政治力学にうとく、とてもロードマップなどかききれません。つまり、提案する資格自体をもちあわせていません。だから、沖縄の知人たちに、「独立のすすめ」をおこなったことはありません。
一度、パネリストとして、おまねきにあずかったとき「独立について、どうおもわれますか?」とのといに、「それは、みなさんの意思がえらびとるものであって、ヤマトゥンチュであるわたくしのこたえるべき問題ではありません」とのおこたえをした記憶があります。「あなたまかせで、おまえも卑怯だ」といわれても、具体的ロードマップの作成能力がない以上、実現に責任をおうおわないの資格を欠落させているとかんがえます。10年以上まえの発言でしたが、基本的にまちがっていなかったとおもいます。
ですから、小生の微力を最大限にいかす方向性として、日米両国民の植民地主義を指弾すること、無自覚な植民地主義を学生や読者に自覚させる運動をつづけること。それだけを使命とおもってまいりました。『通販生活』の主張を偽善であると指弾する行為も、その一環です。




松島 泰勝 ましこさんの琉球独立に関する立場、姿勢が分かりました。真摯なお答え感謝します。琉球独立はまず琉球人自身の課題であると考え、仲間と琉球独立総合研究学会の設立を準備して、独立を前提とした議論をする予定です。私自身は拙書『琉球独立への道』で独立の意味を考えましたが、現在も、国際法、政治理論、主権論、民族自決論の研究所を読み、さらに琉球独立の可能性を具体的、客観的にするべく勉強しています。私は研究者ですから、琉球独立を研究の対象としてもたえるものにする義務があると考えています。研究者は他の学者を含む研究者、実践者との議論を通じて自らの研究を磨くのが職業的責務であると考え、ましこさんのお考えを聞きたいと思いました。私は『通販生活』のあの最初の1頁で琉球独立論が提示されたとは思っていません。あくまで導入部分であり、問題はその中身です。自らの名前と立場を明らかにして琉球独立を論じた4人の議論をどうとらえるのかが問題なのです。日本人が投げやり的に「独立すれば」という言説はましこさんのいうように、本当の独立論ではなく、逃げの論法です。日本人が自らの責任を回避するために琉球独立をいうことをもって、琉球独立全てを否定されては、琉球人の脱植民地化運動に対する妨害として受け止めかねません。SNSをみると『通販生活』の琉球独立を強く批判しているのは、ネット右翼のような方が大半です。琉球と日本との関係性を根本的に問い、琉球が主権を獲得しない限り、日本、日本人、日本政府は基地問題を自らの問題と考え、「沖縄差別」をやめないだろうと、県外移設の主張に対する暴力的無視、オスプレイの強行配備、40年の日本による琉球植民地統治の現実からいえることだと考えます。琉球独立の具体的ロードマップをいわないまでも、社会学者として精神の脱植民地化、琉球における主権、民族、マイノリティネイションとしての立場等をどう考えるのかについて、いつか意見の交換ができればと思います。




ましこ ひでのり ありがとうございます。誤解がとけて、うれしいかぎりです。
と同時に、特集の全容をふまえないまま、序文的な部分だけで問題性を追及してしまった点は、「はやとちり」は、かりにまぬがれたにしても、「いさみあし」だったかもしれません。非礼をおわびいたします。

さて、「精神の脱植民地化」については、僭越ながら、国語・国史概念を破砕せよ、という、メッセージをくりかえし発信させていただきました。たとえば琉球大が、琉日関係史・琉球諸語文化などの基礎知識を前提とした入試選抜をおこなう。そういった提案を、何度かしました。琉米関係史・琉中関係史などもくわえるべきでしたが。日本通史とか日本語・日本文学史などを自明の素養として強要してきた学習指導要領の拒否、ないしは、それを止揚する時空上の知の布置関係の広域化。全国一律のカリキュラムを自明視した公教育については、20年ぐらいまえから問題視してまいりました。あいにく、沖縄周辺の識者には、あまり御理解いただけなかったようです。
以上は、もちろん、ヤマトゥンチュの脱植民地化にも当然あてはまり、むしろ無自覚な帝国主義者の末裔たるヤマトゥンチュこそ、以上のようなカリキュラムを必修とすべきだとおもいますが、これまた、みちとおしという現状。

かくいう指摘・提案は、マイナーなまま黙殺されてまいりましたが、すくなくとも、わかい世代の研究者の一部は、「ましこらに指弾されるかもしれない」という、緊張感はもっているようにおもいます。学習指導要領や教員養成課程への影響力を行使できるのは、何十年もさきかもしれませんが、まずは、アカデミズムとジャーナリズムに、どう発信し、どう支持者をふやすか、具体的なシミュレーションが必要なのかもしれません。政治力学にうとく、なにも、できないまま馬齢をかさねてしまいましたが。




松島 泰勝 ましこさんのご意見は現在、多くの方に共有されつつあると、私は実感しています。琉大の石原先生のご研究、オキスタ107の活動があるとともに、那覇市の琉球諸語活用運動そして職員採用試験に琉球諸語を課すといったように、法制度的にマイノリティネイションとして具体的な動きも出てきています。精神の脱植民地化を日常生活の上で実践されている方々に私自身も励まされています。今後とも、ご教示のほど、どうぞよろしくお願いします。

『3・11以後 何が変わらないのか ーこの国の「変わらなさ」の核にあるものとは? 』

来月6日、岩波書店から

『3・11以後 何が変わらないのか ーこの国の「変わらなさ」の核にあるものとは? 』が出版される予定です。

共著者は次の通りです。

大澤 真幸,松島 泰勝,山下 祐介,五十嵐 武士,水野 和夫

お読みくださいましたら、幸いです。

琉球独立論は日本人自身の問題でもある

『シートン俗物記』というブログで、『通販生活』の琉球独立論が日本人自身に突きつけられた問題であるという論考が紹介されていますので、転載させていただきます。

琉球独立論は日本人自身が向き合い、考えるべき課題、問題であると思います。




■[雑記]クサレ左翼、通販生活を読む
通販生活の2013年春号の「沖縄は、日本から独立した方が幸せではないのか」が批判を呼んでいるようです。たしかに、沖縄に負担を押しつけている、という実態を注視せず「独立した方がいいよ」みたいな意見が批判されるのは当然です。

ですが、この特集にも見るべきところがありました。



「琉球自治共和国連邦独立宣言」を提唱する松島泰勝龍谷大学教授は、沖縄に米軍基地が押しつけられている状況は差別そのもの、と厳しく指摘します。そして、その差別の構図を理解してもらうために、国連の人権委員会や人種差別撤廃委員会に働きかけ、脱植民地化の正当性を訴えてきています。その結果、国連人種差別撤廃委員会は2010年に、米軍基地の押しつけは人種差別である、として、日本政府に沖縄*1と協議するよう勧告を出しています。皆さん、ご存じでしたか?



通販生活に載せられている勧告文を引用いたします。



「(前略)沖縄の独自性について当然払うべき認識に関する締約国(日本政府のこと)の態度を遺憾に思うと共に、沖縄の人々が被っている根強い差別に懸念を表明する。委員会はさらに、沖縄への軍事基地の不釣り合いな集中が、住民の経済的・社会的・文化的な権利の享受に否定的な影響を与えているという、現代的形態の人種主義に関する特別報告者の分析をここで繰り返す。委員会は締約国に対し、沖縄の人びとの被っている差別を監視し、彼らの権利を推進し適切な保護措置・保護政策を確立することを目的に、沖縄の人々の代表と幅広い協議を行うよう奨励する。(中略)委員会は締約国に対し、義務教育の中で、アイヌ語・琉球語を用いた教育、そして両言語についての教育を支援するよう奨励する。」

(通販生活2013年春号 より引用 原文は『琉球独立への道』松島泰勝著)



沖縄に米軍基地を置き、それを甘受せよ、と迫る事が明確に差別だ、と指摘され、改善するよう求められているわけです。



大橋巨泉氏らの言葉にも重要な指摘があります。

僕は、その頃*2司会をしていたテレビ番組で「本土並みなんて欺瞞だ」と言ったんです。「本土並みなら、閣僚一人一人の居住地に、沖縄の米軍基地を一つずつ移転してみろ」と。そうしたら「売国奴」呼ばわりされて、10日間くらい僕に警官の護衛がつきました。でも、本土に比較して過重な基地負担を沖縄に強いたことは明らかな事実だし、核持ち込みの密約があったことも後にバレた。



たとえ机上の空論だと批判されようが、僕はこれからも「沖縄の独立」を言い続けます。本土の人間に「オレ達はなんて恥知らずで、情けない人間なんだ」と思ってほしいからです。



伊勢崎賢二氏

でも、沖縄の実態を知ると、自分達*3が今住んでいる東京との「意識の格差」に驚くのです。米軍が駐留することで起こる問題を知り尽くし、沖縄への基地負担の歴史を事前学習している彼らは、同じ日本人なのに「仕方ない」と心を閉ざす本土側の人間の感覚を、明確に「差別」と捉えます。

本土側の意識を覚醒させる意味からも、沖縄の独立論は大いに盛り上げるべきです。



沖縄の米軍基地の問題は、沖縄の問題ではなく、沖縄に負担を押しつけている本土側、の問題です。それを直視しない「独立の唆し」は批判されて当然でしょう。でも、寄稿者は誰もが「日本側」の問題であり、それを直視し改善しないのは「差別」である、と厳しく指摘しています。



もともと、通販生活はその読者のほとんどが「本土」の人間です。「独立のススメ」など書いても、それは実際には沖縄の人々に向けての言葉では無いでしょう。「独立宣言」でも突き付けられなくては問題に気づかない「鈍感」な本土人に向けての言葉であろう、と思います。それも沖縄の人々に批判される点ではありましょうが、実際に本土側の意識は、このレベルにさえなっていないのです。

であれば、本土側の人間にとって目を通す価値はあると思います。


琉球独立への道: 植民地主義に抗う琉球ナショナリズム

作者: 松島泰勝
出版社/メーカー: 法律文化社
発売日: 2012/02/27
メディア: 単行本
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*1:松島氏の言葉では、琉球人と書かれている

*2:沖縄の「本土」返還時

*3:東京外国語大学の伊勢崎氏のゼミ受講生

新しい琉球の雑誌の創刊

今、東京にいます。昨日は、神田神保町、早稲田の古本屋街を歩き、今自分が読むべき本との出会いを探し求めました。学生時代から古本屋街を歩いていると、自分の関心にあったなじみの本屋があり、その本屋に行くと心が大変落ちつくのが分かります。古本には一つの時代が刻印されており、古本屋めぐりはその時代との遭遇でもあり、これも一つのフィールドワークであると思います。新刊本を売っている本屋では、今の学問の潮流を確認することもでき、昨日も大変わくわくする本を見つけました。

その後、藤原書店に行き、今年5月に発刊する予定の琉球に関する雑誌についての打ち合わせを藤原社長、真喜屋さん、編集者の松本さんとしました。今の琉球の状況について話し合った後、創刊号特集趣旨文を読み合わせ、執筆者案を検討し、全体の構成を考えました。これまで私が対談させていただいた琉球の各方面の第一人者との対談も収録される予定です。
その後、高田馬場の琉球料理屋ハイビーに行き、雑誌の題名、執筆者案についてもう一度じっくり話し合いました。琉球の新しい時代を切り開く雑誌の一つになればと願っています。

今日は滋賀に戻るまで、東京の本屋において今読むべき本を探したいと思います。ベストセラーではなく、古典や本当に信頼できる人の本は読みごたえがあります。私は本に自分の意見や反論を書き込みながら読みます。ある意味で本との格闘ですが、それがまたおもしろいのです。

東京在住の先輩方や友達に連絡すべきですが、今回は時間がなく、グブレーサビタン。

[Editorial]Okinawa should spearhead a global drive to promote peace

今年元旦の琉球新報社説の英語版をご紹介します。下線部のように小生たちの独立宣言が紹介されました。潮平さんに感謝します。英語版を世界に向けて発信させていただきます。



[Editorial]Okinawa should spearhead a global drive to promote peace

January 1, 2013 Ryukyu Shimpo

The New Year is upon us. At the beginning of a year in which Japan marks the 68th anniversary of the end of the war, we would like to think about Japan following the path of a peaceful country. At the same time, we suggest that we look at the desired future for Okinawan society and press ahead with discussion at multiple levels among the Okinawan people about how peace, autonomy and independence should be.

The Japanese Constitution renounces war. The antiwar and antinuclear messages sent by Okinawa, which was the scene of the largest amphibious battle in the Pacific War, and Hiroshima and Nagasaki, upon which American bombers dropped atomic bombs, have for global community created an image of a Japan that has learned the lesson of history. These images are valuable assets for Japan. By pursuing our peace constitution our country spearheads a global drive to promote peace. This fact should also be the basis of every discussion involving Okinawa.

Unfair treatment of Okinawa by the Japanese and the U. S. governments

While revision of clauses of the constitution including Article Nine and the establishment of a National Defense Force, move closer to being realized under the administration of newly installed Prime Minister Shinzo Abe, opinion polls reveal that for Japanese citizens neither of these are priority issues.

The government should refrain from use weight of numbers to force through the implementation of policies that split public opinion, such as the increase in sales tax, participation in the Trans-Pacific Partnership, and policies on nuclear power plants.

Prior to moving towards a majority decision, a considered review would guarantee democratic validity to any policies implemented. We want both the Liberal Democratic Party and Komeito to display self-control.

Even more than in past years, Okinawa needs to exert a tenacious negotiating power in order to create peaceful and prosperous islands without any military bases.

The U.S. and Japanese governments are making steady progress on the plan to relocate U.S. Marine Corps Air Station Futenma to the Henoko district of Nago. Last October, the central government went ahead with the deployment to Okinawa of the MV-22 Osprey vertical take-off and landing transport aircraft that has a history of crashing.

Beyond the end of January the central government will move ahead with the application to reclaim the coastal area of Henoko for the relocation of the facilities at Futenma. It is highly likely that Okinawa Governor Hirokazu Nakaima will call for the relocation of the base outside of the prefecture and reject the application. If that happens, the central government may order the prefectural government to adjust its stance, execute the plan by proxy, or even sue the prefectural government.

The Okinawan people have rejected the Henoko relocation plan, and various American researchers, and former Defense Minister Satoshi Morimoto, have pointed out the irrationality, from a strategic viewpoint, of stationing the U.S. Marines in Okinawa. For all intents and purposes the plan does not stand up – it is ridiculous to go ahead with it. The U.S. and Japanese governments should review the agreement to relocate Futenma Air Station to Henoko, and resubmit a plan to relocate the base outside of the prefecture or outside of Japan, closing and removing the facilities currently at Futenma.

The U.S. and Japanese governments espouse freedom, democracy, respect for people, and rule of law as common values. If they are true to their word, they need to fundamentally review the unfair policies that impact upon Okinawa.

At the same time, Okinawa needs the imagination and flexibility to see the second term for Abe, who supported introducing a regional system, as an opportunity to expand its autonomy. The Regional Preferential Vision for Okinawa, which the Okinawa Regional System Advisory Conference proposed to Nakaima in September 2009, could serve as a useful reference.

Structural violence

The conference consists of educators in universities, people representing the Okinawan business community, labor circles and members of the prefectural assembly, and representatives of municipalities. In terms of moments that change the flow of events, they see the introduction of a regional system as being just as significant as the invasion of the Ryukyu Kingdom by forces of the Japanese feudal domain of Satsuma in 1609, the annexation of the Ryukyus in 1879, the implementation of Article Three of the Treaty of San Francisco that left Okinawa under potential U.S. trusteeship in 1952, and Okinawa’s reversion from U.S. rule to Japanese sovereignty in 1972. But the members of the conference asserted that even if a regional system were introduced, we should keep in mind that Okinawa could still be shaped by outside forces.

The vision suggests that to a significant extent the central government delegates the authority to a new Okinawa Government for matters such as the enforcement of duties and quarantines, immigration authority and coastal and border security, as well as the taxation of U.S. military forces stationed in Okinawa. It envisions the establishment of a new Okinawa Provincial Government.

In 2010, Yasukatsu Matsushima, professor of Ryukoku University, proposed the Ryukyu Autonomous Republic Federation Statehood Declaration. We hope that this year the people of Okinawa will further deepen discussion on the topics of autonomy and independence.
We want a peace movement to steadily develop. Johan Galtung, the principal founder of the discipline of peace and conflict studies and co-founder of TRANSCEND, a nongovernmental organization for conflict transformation by peaceful means, defines the absence of overt violent conflict as negative peace, and a state in which nations do not have structural violence, including poverty, oppression and discrimination that threaten safety and human rights, as positive peace.

What we push for is positive peace. A military alliance cannot remove structural violence. We suggest that through international collaboration and the power of the people, including nongovernmental organizations, we reduce the structural violence prevalent in Okinawa and the world. Okinawa needs to call for the global community to work together.

(English translation by T&CT, Mark Ealey)

イタリーからマルコさんが私の研究室に来られました

今日、大学の研究室に大阪府立大学教員の齊藤憲さんと、イタリア人であり、現在、フランス国立科学研究センターで研究員をされているMarco Panzaさんが来て下さいました。

マルコさんは2010年に琉球自治共和国連邦独立宣言をイタリア語に翻訳して下さいました。お二人とも専門は数学史ですが、琉球に大変関心をもっています。

研究室では、琉球における植民地状況、政治経済状況、独立運動や、欧州における(とくにイタリア)における独立運動の状況等について英語で意見交換をしました。

金曜日には琉球に初めてマルコさんは行かれるようです。琉球の現実を観て、琉球の方々と交流され、イタリアやフランスの人々に琉球の状況を伝えてほしいと思います。

お二人は時々イタリア語でも話をしており、イタリーの香りに接する事ができました。

別れる時に、マルコさんが琉球独立をイタリーから応援していると言って下さり、励まされました。

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