FC2カウンター

プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
Yasukatsu Matsushima

バナーを作成

リンク

カテゴリー

最近の記事

月別アーカイブ

琉球関連の文献

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

グアムのチャモロ人による琉球支援

グアム政府脱植民地化委員会事務局長であり、少年時代に琉球に住んだことのあるエドワード・アルバレスさんとスカイプを先日しました。エドワードさんは、先月琉球大学で行った基調講演の謝礼金を、オキスタ107が行っている「にーぬふぁぶし」に寄付されるとおっしゃりました。

先月、琉球でエドワードさんとお会いした時にも、同団体に寄付をされていました。

昨年、エドワードさん、マイクさん、マリリンさんとともに、親子で琉球諸語を学びあう、にーぬふぁぶしの授業を見たことがあります。

グアムでもチャモロ語の復興運動が活発に行われいますが、琉球の言語復興運動に支援して下さり、心より感謝申し上げたいです。

エドワードさんは、今年もジュネーブの国連欧州本部、エクアドルで開催される国際会議に参加され、グアムの脱植民地化を訴えるそうです。琉球人もチャモロ人から励まされ、勇気をもらっています!
スポンサーサイト

学生との鍋会 続き

午後3時から、家で龍谷大学の学生さんたちと鍋をしますが、近くにお住まいで、お時間がおありの学生さん、または卒業生で私の自宅に来ることが出来る方は、ご連絡ください。

今日、学生と自宅で交流会します

今日は、龍谷大学ボランティアNPO活動センターの海外体験研修でともに、グアム、パラオに行った学生と、同センターの職員さんが、琵琶湖沿いにある私の自宅に遊びに来て下さいます。ともにグアム、パラオを歩き、島を見て、チャモロ人、パラオ人と話し、交流したこと、そして、今していることやこれからの希望について、鍋やお菓子を食べながら、楽しく話し合いたいです!

琉球の脱植民地化論

専修大学社会科学研究所社会科学研究叢書として、専修大学出版局から『東アジアにおける市民社会の形成―人権・平和・共生―』(内藤 光博 編)が2012年3月15日に刊行されました。私も「琉球の脱植民地化論」という論考を寄稿していますので、ご笑覧ください。

 目次
第Ⅰ部 東アジアにおける市民社会形成
 第1章 東アジアにおける市民社会の形成
―経済学的視点から― 内田 弘

 第2章 現代市民社会論の展開
―日韓「市民社会」研究の意義と課題― 内藤 光博

 第3章 韓国における市民社会と市民政治論争 丸山 茂樹

第Ⅱ部 東アジアにおける衛生・医療の発展と市民社会形成
 第4章 香港における公的医療の史的背景 永島 剛

 第5章 神戸医療産業都市と市民社会 高橋 誠
第Ⅲ部 東アジアにおける産業構造の変化と市民社会形成

 第6章 市民社会における中小企業の役割
―日本の場合― 黒瀬 直宏

 第7章 21世紀における中国の産業政策の展開
―産業発展と和諧社会の形成― 大西 勝明

 第8章 市民社会におけるソーシャル・ビジネスの役割
―フェアトレードによる商取引の民主化― 神原 理

 第9章 東南アジアのグローバリズムとビジネス社会の変化
―フィリピンを事例として― 小林 守

第Ⅳ部 東アジアの民主化運動と共生社会形成の課題と展望

 第10章 琉球の脱植民地化論 松島 泰勝

 第11章 先住民族アイヌの権利と政策の諸問題 津田 仙好

 第12章 韓国の民主化運動と「過去の清算」
―1980年「光州事件」が切り開いた韓国民主化への道― 内藤 光博

主権国家とは 沖縄とは何なのか

「首相が訪米し、米国と約束したから埋め立て申請をしたのだろう。民主主義のイロハも分からない、こんなやり方が主権国家と言えますか。何が4・28主権回復記念式典ですか。県民の怒りはどんどん高まり、主権国家の実態を問う戦いが繰り広げられると思う」と翁長さんが言うように、日本は主権国家といえない。
琉球に矛盾を押し付け、琉球人の声を無視して、自分だけはいい格好して「独立」したと言っているだけである。このような不公正は国際的にみても、学問的にみても全くおなしなことである。

3月24日の沖縄タイムスの記事です。




米軍普天間飛行場の辺野古移設に向けて政府が埋め立て承認申請書を県に提出し、「県内移設断念」を訴えた9・9県民大会の思いは無視された。沖縄を切り捨てた講和条約が発効した4月28日を「主権回復の日」と位置付ける安倍政権にとって沖縄とは何なのか。県民大会共同代表を務めた県市長会長の翁長雄志那覇市長、喜納昌春県議会議長が主権国家のあり方を問う。

国の決意示すなら「普天間」本土に
翁長雄志・県市長会長

 普天間飛行場の辺野古移設を民主的に進めることは絶対にできない。また、「銃剣とブルドーザー」か。安倍晋三首相は日本を取り戻すと言うが日本全体で安全保障を考え、抑止力、国の決意を示す意味でも日本本土に置く方がいい。沖縄だけに押し込めるところに日本の弱さがある。

 言葉だけの政治の中に、沖縄の戦後68年があった。基地の負担軽減を早くやりたいというが、30年も前から同じことを言ってきた。

 理念的には右、左といっても、現実の前に立ち往生することもあるだろう。それを乗り越え、どう県民世論が構成されていくのか、県民の踏ん張りどころだ。 名護漁協が賛成にまわるなど、県民が試される時期にきている。

 政党、会派、諸団体が、自分たちの殻や誇りや建前を脱ぎ捨てて、県民のために心を一つにすることが大切なんだとどれだけの人が気持ちを持ちきれるかだ。

 オスプレイ反対の県民大会のあいさつで先々の困難さを思い「沖縄側にも弱さがある」と一文を入れた。

 これから、当然のように中央から大変な圧力があるだろう。沖縄側の受け止めで弱さが出ると、私たちは子どもや孫に責任を果たす責任世代とはいえない。(聞き手=政経部・知念清張)

米国内にさえ「辺野古は困難」の声
喜納昌春・県議会議長

 埋め立て申請を予想はしていたが、まさか県議会開会中に出すとは。挑戦的であり、県民代表としての県議会を愚弄(ぐろう)する、居直った国の態度の露呈だ。

 沖縄の状況は、オスプレイの配備撤回を求めた1月の建白書という民意の流れに加え、4・28記念式典の話も降ってわき、政府への不信感を強めている。

 政府はそんな中、首相が訪米し、米国と約束したから埋め立て申請をしたのだろう。民主主義のイロハも分からない、こんなやり方が主権国家と言えますか。何が4・28主権回復記念式典ですか。県民の怒りはどんどん高まり、主権国家の実態を問う戦いが繰り広げられると思う。

 オスプレイ配備撤回の超党派運動は小康状態にあるが、辺野古への新基地建設とオスプレイ配備は不離一体だ。一方で、沖縄で県外・国外移設は党派を超えた最大公約数となっており、大同団結の素地がある。これをベースにした、新しい運動体づくりが必要だ。

 米国内でも「これだけの県民が反対している中、辺野古移設は困難だ」という考えが出ている。SACO合意から17年。米国も沖縄も変わった。変わらないのは日本の政権だけだ。(聞き手=政経部・吉田央)

『ワセダアジアレビュー』特集「沖縄を考える」



『ワセダアジアレビュー』において拙論が掲載されておりますので、ご笑覧ください。同誌には、東京の南灯寮で同じ寮生であった松元さん、早大西川潤ゼミの先輩の本浜さんのご論考も掲載されています。
特集「沖縄を考える」
 松元剛*我部政明*波照間永吉*松島泰勝*本浜秀彦(掲載順)
●【巻頭論文】
 後藤乾一(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科)
●シリーズ歴史の証人
 曽我祐次(元日本社会党副書記長)
      など


早稲田大学 アジア研究機構 OAS|ワセダアジアレビュー
www.kikou.waseda.ac.jp
早稲田大学アジア研究機構は多文化圏アジアの平和的な成長・発展に向けて国内外に様々な研究活動や事業を展開しています。また、研究ネットワークを構築して、アジア研究の啓発・発信の場を提供します。

崇仁地区でのまちおこし活動に参加します

今日は、午後1時より、龍谷大学経済学部松島ゼミの学生とともに、京都駅近くにある崇仁地区のまちづくりイベントに参加します。

京都町屋が崇仁地区に再建されましたが、その近くで京都建築専門学校の学生とも交流する予定です。差別、少子高齢化等の諸問題を地域住民が協力して一歩、一歩解決していく実践活動に学生とともに参加します。

そこから多くのことを学びたいです。

スコットランドは2014年9月18日に独立を問う住民投票を行う

今、BBCを見ていたら、スコットランドは2014年9月18日に独立を問う住民投票を行うとのニュースが流れて来ました。

既に英議会において住民投票法が承認され、イギリス政府も住民投票を認めています。スコットランド政府のサルモンド第一首相もニュースに出てきて、独立によって公正と繁栄が実現すると主張していました。

他方、独立反対派として前外相の意見も紹介されました。

来年、スコットランドに行って、住民投票を見てみたいです。

地理上の不幸を幸福に 「酒場」を出た琉球独立論

http://www.47news.jp/47topics/e/239406.php

47トピックスというHPに、共同通信社のインタビューが転載されていますので、ご覧ください。石山さん、お知らせ下さり、感謝します。





【「国と国を語る」(5)】地理上の不幸を幸福に 「酒場」を出た琉球独立論 龍谷大経済学部教授・松島泰勝氏 


 龍谷大経済学部教授・松島泰勝氏

 緊張が続く日中関係、沖縄の米軍基地問題など民主党政権が積み残した外交課題は多い。日本外交は閉塞(へいそく)感が深まっているようにも見える。安倍晋三政権はもつれた糸を解きほどけるか。「国と国」の関係の現状と未来像を各界の識者に聞く。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ―昨年出版の著書「琉球独立への道」で沖縄の独立を学術的に論じた。これまでの独立論は「居酒屋談議」にすぎない印象だったが。

 「米軍基地負担の軽減がいっこうに進まない中、具体的な研究は進んでいて、一般の琉球人も参加する『琉球独立総合研究学会』が5月発足の準備を進めている。基地をなくすだけでなく、経済、文化にわたる植民地的状況から脱する方法を考えるとこの道に至る」

 ―興味深いが、現実的な選択肢だろうか。

 「国連憲章や国際人権規約は人民の政治的自己決定権を認めており、琉球が決めれば独立に進むんです。住民投票で過半数の賛成を得て独立宣言を出し、国連に加盟申請する。パレスチナのように時間をかけて国家として承認してくれる国を増やせばいい。その過程で日本の承認はいらない。イスラエルはパレスチナを承認していないが、国連は昨年11月、パレスチナを『オブザーバー組織』から『オブザーバー国家』に格上げした。太平洋のパラオは人口わずか2万人だが、1994年に独立した。先進国でも英国のスコットランドなどで独立運動がある」

 ▽「非自治地域」

 ―独立が沖縄の多数派意見になり得るのか。

 「琉球大の2007年の県民世論調査で独立支持は約21%だったが、今はもっと高いはず。国連の脱植民地化特別委員会の『非自治地域』リストにはグアムなど16地域が載っている。県議会がリストへの登録要請決議を採択することも必要になるでしょう。フランス領ポリネシアの議会は、11年にそういう決議を出している」

 ―自立は可能か。

 「沖縄の国税と地方税を合わせた額は約3900億円。本社が県内にない企業への課税権は今はないが、独立すれば課税できる。現在の財政規模よりいったん少なくなったとしても使途は自由になり、本当に有効な経済政策を打ち出せます。復帰後、沖縄県には振興開発で総額約10兆円が注がれたが、IT特区などの政策はほとんど失敗した。基地を押しつけるためだけで、中央官庁が中途半端な政策を採用してきたからです」

 「既に返還された米軍基地跡地では税収、雇用とも飛躍的に伸びている。那覇の新都心おもろまちなどがいい例。基地労働者の給与など基地関連収入は県民総所得の約5%まで低下、基地労働者は県就労者の約1・5%にすぎない。一方、基地は県面積の1割を占め、交通の要所に陣取っている。なくなった方が経済効果は大きいんです」

 ▽ASEANに加盟

 ―独立後、「琉球国」の外交・安保政策は?
 「太平洋諸島フォーラム(PIF)、東南アジア諸国連合(ASEAN)に加盟し、安保は非同盟、非武装で行く。日本とは友好関係を築き、両国民が互いに自由に往来、就労できるようにする。今は琉球の位置が基地を置く理由にされているが、この『地理上の不幸』を幸福に変えたい。かつて交易で栄えた琉球王国のように」

 「たとえば、台湾との距離がわずか110キロの与那国島は、国際港開設を何度か日本政府に申請したが、港の大きさなどから税関や入管を置くことはできないと言われ、台湾との定期船はない。戦後の一時期、与那国は台湾との交易で人口が約2万人に達したが、今は2千人未満で自衛隊誘致の話が出ている。政府がそういう状況に追い込んだかのようだ。地政学的有利さは中央集権では生かせないんです」

 ―非武装では中国の軍事的野心を刺激するとの指摘がある。

 「国際法が整備された現代において、そのような想定をすること自体がおかしい。チベットなど既に国内に多くの民族問題、独立運動を抱える中国が琉球に手を出すはずもない。ただ、あまり経済的に中国に依存しない外交姿勢は必要です」

 ―尖閣諸島の領有権問題については?

 「尖閣はかつて琉球人が中国に通うときの航路標識代わりに使い、中国以上に琉球との歴史的関係が深い。日本はその琉球を併合して尖閣を領有しているわけだが、国有化で危険な状況を作り出した。武力衝突が起きたら戦場になるのは琉球の島々。尖閣を戦争の起点とせず、平和を創造する起点にする方向で解決を 探るべきです」(聞き手は共同通信編集委員 石山永一郎)

   ×   ×    まつしま・やすかつ 63年、沖縄県・石垣島生まれ。気象台勤務の父の転勤で同県・南大東島、与那国島などで育つ。97~00年に在グアム総領事館、在パラオ大使館で専門調査員。著書に「沖縄島嶼経済史」「ミクロネシア」など。

======================================

スコットランド、琉球王国 
 
 【スコットランド独立運動】ケルト系の独自文化を持つスコットランドは2014年末までに独立の是非を問う住民投票の実施を予定。歴史的経緯や北海油田収入などが背景にある。

 【非自治地域リスト】国連脱植民地化特別委員会は西サハラ、英領バミューダ、米領サモア、グアム、ニューカレドニアなど16地域を非自治地域としている。

 【琉球王国】1429年に尚巴志が3勢力圏を統一して誕生。東アジア、東南アジアとの交易で栄えたが、1609年に薩摩が侵略、1879年に日本に併合された。

「誤解だらけの琉球独立論」が今日の沖縄タイムスに掲載されました。

599049_153544331473947_1192321969_n[1]


‎3月7日、沖縄国際大学で開催された「誤解だらけの琉球独立論」が今日の沖縄タイムスに掲載されました。

琉球独立について、どんどん学問的に議論していきたいです。写真をクリックすると大きくなります。

『同化と他者化ー戦後沖縄の本土就職者たち』

龍谷大学社会学部の教員の岸政彦さんから、以下のご著書を頂きました。これまでにも抜き刷りを頂戴していましたが、まとまった研究成果を世に出されました。いろいろと忙しく、今日から読み始めています。「復帰前、「祖国」へのあこがれと希望を胸に、本土へ渡った膨大な数の沖縄の若者たち。しかしそれは壮大な「沖縄への帰還」の旅でもあった──。」と本の帯にもある通り、琉球人のアイデンティティが「本土就職」を通じてどのように形成されてきたのかを実証的に明らかにしたものです。同じ大学ですので、いつかお会いしてお話ができればと思います。ご本を頂戴し、みーふぁいゆー。




『同化と他者化ー戦後沖縄の本土就職者たち』

岸 政彦 著
ナカニシヤ出版

四六判・450頁
税込定価 3780円
2013年2月

復帰前、「祖国」へのあこがれと希望を胸に、
本土へ渡った膨大な数の沖縄の若者たち。
しかしそれは壮大な「沖縄への帰還」の旅でもあった──。

「もうひとつの復帰運動」としての戦後の大規模な本土移動。
なぜ彼らのほとんどは、結局は沖縄に帰ることとなったのか。
詳細な聞き取りと資料をもとに、「沖縄的アイデンティティ」、
さらにはマイノリティのアイデンティティのあり方を探る。


●著者紹介

岸 政彦(きし まさひこ)
龍谷大学社会学部准教授。
1967年生まれ。関西大学社会学部卒業、大阪市立大学大学院文学研究科単位取得退学。博士(文学)。2006年より龍谷大学社会学部教員。


●主な内容

序 章 オキナワから来た少年

第一章 戦後沖縄の経済成長と労働力流出
       一 沖縄の戦後
       二 戦後の人口移動と都市集中
       三 沖縄の高度経済成長
       四 本土就職の概要

第二章 本土就職者たちの生活史
       一 調査の概要
       二 本土就職者たちの生活史

第三章 ノスタルジックな語り
       一 ノスタルジックな語り
       二 「繋留点」としての定型的な語り

第四章 本土就職とはなにか
       一 過剰移動――戦後沖縄の労働力移動における政治的要因
       二 自己言及と他者化――本土就職者のための「合宿訓練」
       三 過剰移動その後

結 論 同化と他者化
       一 沖縄的同郷性
       二 アイデンティティとはなにか
       三 マジョリティとマイノリティ
       四 同化と他者化


なぜ、琉球独立なのかー琉球と日本との新たな関係性を考える

早稲田大学アジア研究機構の機関誌、『ワセダアジアレビュー』最新号(第13号)は、「沖縄を考える」を特集しています。

同誌の中に私の「なぜ、琉球独立なのかー琉球と日本との新たな関係性を考える」という論考が掲載されていますので、ご関心がありましたら、是非お読みください。

拙論の掲載にあたり、同機構の勝方=稲福恵子さん、八尾祥平さんにお世話になりました。心よりお礼申し上げます。

早稲田大学朝鮮史研究会

今週金曜日に関西沖縄戦を考える会の講演会でお会いした栗原さんは、早稲田大学のサークル朝鮮史研究会の先輩であることが分かりました。

昨年、琉球の博物館で開催された台湾・朝鮮・琉球のシンポジウムでお会いした外村さんも朝鮮史研究会の先輩であり、現在、東大の教員をしています。

栗原さんは大阪で「新聞うずみ火」を発行されています。また、『狙われた「集団自決」―大江・岩波裁判と住民の証言』という本も書かれています。大学のサークルの先輩方のご活躍に励まされ、刺激を受けております。

日本人にとって琉球独立とは何か

昨日は、午後から龍谷大学経済学部松島ゼミのゼミ長の八尾君とともに、山内さんのご案内で柳原銀行記念館の中でこれまでの崇仁地区の変遷の歴史を学び、そのあと、山鉾、コミュニティセンター、児童館、ビオトープ、住宅地などを歩き、現在地域が抱える課題と、これからのまちおこしの可能性について学びました。

今日は、まちおこしのシンポジウムが開催され、ゼミ生も参加します。こころから地域を愛している山内さんの姿に感動しました。


夕方から大阪天満橋に移動し、関西 沖縄戦を考える会の学習会において「沖縄戦」の教訓から琉球の「自治」へと題する講演を行いました。リュックサック、アタッシュケースに入れた書籍も完売しました。約60名の参加者は熱心に話を聞いてくださり、質問、反論も時間を延長して続きました。

交流会でも充実した意見交換をしました。「21世紀型の琉球解放の方法である」「日本人民との連帯の可能性」「日本の他の米軍基地所在地域と琉球とは同じか」「米国帝国主義の下、日本も植民地である。米国の分裂させて統治するの方式に巻き込まれるべきではない」「沖縄を返せと闘った復帰運動は何であったのか」


質問をされた方の中には宮古島の方もおり、仲宗根政善先生から琉球諸語を学んだ方でした。会場には京都大学大学院生、フリージャーナリスト、海勢頭豊さんの息子さんなど、若い方の姿もみられました。

この学習会を企画、実現して下さった西浜さん、松浦さんに心よりお礼申し上げます。日本人にとって琉球独立が何を意味するかを考える一つのきっかけになっと思います。


上のカッコの言葉は、参加者の質問、反論の言葉の一部です。そのほかにも多くの意見が寄せられ、真剣な議論をしました。琵琶湖の家に着いたのは夜の12時を回っていました。

今日は忙しい、充実した一日になりそうです

昨日は、龍谷大学の卒業式であり、ゼミ生一人ひとりに卒業証書を手渡しました。4年間の学生生活を終えて、社会に出ているゼミ生はそれぞれにたくましく、輝いた目をしていました。一緒に写真をとり、私自身も励まされました。

今日は、昼、龍谷大学民際学研究会の今年度における反省会を昼食をとりながら行います。今年の研究会活動を総括し、来年度の研究会の方向性について話し合います。午後3時からは崇仁地区にある柳原銀行記念館に行き、山内さんと龍谷大学学生参加によるまちづくりについて、打ち合わせをします。

その後、大阪に行き、琉球独立に関する講演を行います。琉球とは違い、様々な批判、反論、意見が予想されますが、琉球人研究者として真摯に議論を行い、自らの研究をさらに深め、琉球の脱植民地化を一歩でも進めたいと思います。

京都駅東かくあるべし,エリアマネジメント


今、龍谷大学経済学部の2年ゼミで、崇仁地区のまちづくり活動に参加しています。3月16日、次のようなシンポがありますので、ご関心があります方はお越し下さい。私のゼミ生も参加する予定です。


2012年度企画展記念シンポジウム 京都駅東かくあるべし,エリアマネジメント
日時: 2013年3月16日(土)16:00~  場所: 下京いきいき市民活動センター

 3階 多目的ホール

報告: 奥田 正治 (NPO法人 崇仁まちづくりの会理事長)
重光 豊 (柳原銀行記念資料館企画運営委員)

山内 政夫 (同館事務局長)
山本 崇記 (同館学芸員)

※参加無料・定員先着70名

明日、大阪で講演を行います。

明日、大阪で講演を行います。沖縄戦から現在まで続く、琉球の戦争状態、植民地状態から如何にして脱植民地化、独立するのかについてお話をします。関西の方々と冷静にかつ熱烈に真剣な議論をしたいです。『琉球独立への道』も何冊か持参します。

【関西 沖縄戦を考える会学習会】3月15日(金)18時半~〇エル大阪(地下鉄京阪天満橋駅)〇資料代千円〇講師 龍谷大学教授 松島泰勝さん

〇戦争では「捨て石」とされ戦後は切り捨てに!復帰後も基地負担は増すばかり!沖縄の自治、自立、独立を研究する松島さんから沖縄と日本の関係を学ぶ。

千年の愉楽を見て、奄美大島と出会いました。

今日、京都の町で映画を観ました。「千年の愉楽」といい、原作は中上健次です。舞台は和歌山ですが、映画のバックには中村瑞希さんの歌が最初から最後まで流れていました。

中村さんは、私の前職の大学で学生たちと船で奄美大島に行ったときに、ご本人から島唄を聴いたことがあり、大変懐かしく、心に響くものを感じました。映画の最後のスクリーンには麓憲吾さんのお名前もありました。

学生たちとは船で奄美大島とともに和歌山にも行きました。人の生の在り方について、深く考えさせられる映画であるとともに、映画を通じて奄美大島の文化にも触れることが出来ました。


http://www.wakamatsukoji.org/sennennoyuraku/

モンゴル800のGood Morning Okinawa

今日、京都の町に行き、モンゴル800のGood Morning Okinawaを買い、家で聞きました。琉球の今の状況を踏まえた、琉球のマブイの歌であり、曲も良く、心と体に響きました。ニュースステーションで反原発、反オスプレイの意思表示を勇気をもってしており、強い、行動する琉球人の存在に励まされます。これからも、もっともっと聞いてみよう。

私も琉球独立の発言や行動をめぐり、ネット右翼により、攻撃されていますが、モンゴル800も下のページの様にいわれのない言葉の暴力にさらされています。勇気をもって歌い、行動しているモンゴル800を応援したいです。琉球人にはしっかりと歌の心が伝わっていると思います。

http://enzyouch.blog.fc2.com/blog-entry-839.html



曲目リスト




1. intro ~KAGIYADE-FUU~
2. Love song
3. GOOD MORNING OKINAWA
4. Pork Tamago
5. Rise & Shine
6. Fatty Silver
7. Bugainbilly
8. カマドー小(ぐゎ)
9. 明日から印象派
10. タユタウタ
11. forget me not ~勿忘草~
12. tomorrow
13. ture hearts

「誤解だらけの琉球独立論」には約200名の方が来て下さいました

‎3月7日、沖縄国際大学で開催された「誤解だらけの琉球独立論」には約200名の方が来て下さいました。廊下や階段には立ち見になった方もいらっしゃいましたが、熱心に聞いて下さいました。

友知先生から頂いた、参加者のコメント集にも独立に対する強い意欲、関心が書きこまれ、大変、励まされました。

会場には、グアム政府脱植民地化委員会のエドワード・アルバレス事務局長、グアム大学のマイケル・ベバクワ先生もおられ、グアムと琉球がともに、脱植民地化、独立を進める仲間として見守って下さり、島人の熱いつながりを感じました。

講演後も、それぞれの立場で琉球独立運動を行い、独立の意思を示しながら反基地運動をされている方々と話すこともでき、私自身も多くのことを学び、勇気づけられました。

講演を企画、準備して下さった、友知先生をはじめとする沖縄国際大学の皆さん、そして来場の多くの方々に心よりお礼申し上げます。ミーファイユー。

Dr Michael Lujan Bevacqua's article about the independence of Ryukyu and Guam.

This article ia Dr Michael Lujan Bevacqua's one about the independence of Ryukyu and Guam.I am very encouraged by his thoughts and actions for decolonization and independence of Guam.Thank you very much!

Okinawa Independence #4: Dealing with Myths


Yasukatsu Matsushima is a strong, but polite voice for Okinawa's Independence. I first met him last year while he was in Guam doing research. I took him and Ed Alvarez, who was showing him around the island, on a hike to Pagat. I later met him again when we both spoke at a conference on decolonization in Guam and Okinawa at Okinawa International University last May. He returned to Guam in July of last year with Masaki Tomochi another Okinawan professor, and I took them and two Japanese professors on a rainy hike to Pagat. I am fortunate that this trip our paths crossed again.

Yasukatsu may seem unassuming and quiet when you first meet him, but make no mistake, he is very determined and very assertive in his advocacy for Okinawa's independence. In both Okinawa and Guam independence is something considered impossible, taboo or anti-Japanese/American. It is something that is crazy and worse yet something that would disrupt the existing dependent relationship to the colonizer. Trying to argue in favor of independence can be difficult since people have trouble participating or even allowing the most simple of discussions about it.

Instead of discussing the merits of Guam or Okinawa becoming more autonomous and more self-reliant or having the ability to try design what government, economy, laws and so on would best suit the people, you get stuck in terrifying fantasies of what life would be like if you were not dominated by either the US or Japan. You have trouble talking about independence since most people tend to imagine it in frightening and unrealistic ways. Independence doesn't mean you can never have relationships with other countries. It doesn't mean that you have to grow all your own food. It doesn't meant that you can't travel anywhere. It doesn't mean that enemies of your colonizer invade you the next day. But these fearful fantasies get in the way and prevent any substantive discussion from taking place.

It can be incredibly frustrating to deal with this, since it requires so much work to just get someone to talk about the topic, much less really think about it. You have to cut down and clear away so many myths, misconceptions, unwarranted fears, and also the ignorant loyalties that people sometimes offer as patriotism.


Independence is not scary; or rather it should not be a scary concept. Like the other two common political status options, free association and statehood (integration), it has its own positives and negatives. There are very good reasons to support it as a future status for Guam, and there are reasons to be wary of it and critical. One of the best ways that I find to promote independence as a political status option is to discuss it in a very normal and regular way. The naturalness is something that can help many people who may not actually be against it, but merely feel as if they are supposed to resist it or be against it, give it an intellectual chance.

Yasukatsu’s presentation was meant to dispel the “misunderstandings” about the possibilities for Okinawan independence. He did a very good job in the sense of the way he presented a topic that, most people in the audience might reject the moment the words enter their ear canals.

When people hear things such as independence they tend react to it in a narrowing sense and interpret the concept in a very insular, isolated, cut off sort of way. Independence is seen as breaking away from the world, shutting it out, cutting yourself off, leaving behind everyone else, including the colonizer who sometimes you feel loves you sometimes you feel hates you sometimes you feel has no idea who you are. The world of possibility crashes down around this concept.


Yasukatsu presented the concept in a much more expansive and inclusive way. He presented the history of other places similar to Okinawa who have achieved their independence already. He also gave the historical context for places like Guam who are currently seeking decolonization, for which independence is an option. He also politely reminded people that independence is a very normal thing. There are close to 200 independent countries in the world today. Independence can be difficult but it is nothing scary or terrible. It is something to discuss because it may have benefits for Okinawa, and when you look at world history it appears to be a natural evolution from colony to sovereignty.

This is a point that I often make to people on Guam. Why have so many other places become sovereign and independent? Why can’t Guam? Every colony has to contend with an idea that they are inadequate and inferior. A discourse is planted in the colonies that creates feelings of dependency and a fear of becoming independent. It has nothing to do with smallness or with being an island or with having a certain history. There were Indians who felt that if they were no longer a colony everything would fall apart and they would never survive. There were people in Hong Kong who said that if they weren’t under the British it would be a nightmare. They all have to confront feelings of not being good enough, or their culture holding them back, or the terrors of the world that colonialism insulates them from. There may be elements of truth to these feelings, but they are also fantasies and fictions. You draw identity and meaning from these fantasies, but they serve to fundamentally disempower you.

There is no fundamental reason why Guam and Okinawa cannot become nations. There are economic issues, political issues, social issues and so on, but there is no impossibility involved here. That is why the discussion is so important. To get people to the point where they can discuss independence as a possibility. In order to get there you must constantly beat into peoples’ heads that: Independence does not mean isolation, but it means entering a new network of interdependence.

Independence for Okinawa (part two) Dreaming of a prosperous and pacifist island between Japan and China

Independence for Okinawa (part two)
Dreaming of a prosperous and pacifist island between Japan and China

March 04, 2013 Ryusuke Kawai


This article first appeared in Japanese on JBpress on January 23, 2012. You can read it here.

Proponents of keeping U.S. military bases in Okinawa have long pointed to those bases' contribution to Okinawa's economy, arguing that the island would suffer hardship were the bases to be closed. While this may once have been true, Dr. Yasukawa Matsushima explains why this is no longer accurate and speaks about the desire for and benefits of an independent and pacifist “Ryukyu" (his preferred name for Okinawa), in the conclusion of last week's interview with journalist Ryusuke Kawai.

Economic benefits from closed bases greater than from active ones

Kawai: "Some are of the opinion that if the bases are closed Okinawa will face severe economic problems. However, there are data from previous base closings that show that economic losses from their closures were far outweighed by the value of using the land and other economic effects."

Matsushima: "The economic losses caused by the bases are far larger than the grants and subsidies that they provide, and many costs will be reduced, including the priceless reduction in victims of crime.

In the middle of this, I'd really like people to stop saying that the bases are here because this is a strategic location. There are studies underway that disprove this assertion. For example, when U.S. troops from Ryukyu went to the Middle East they went through Sasebo (a port on the Japanese mainland). Because Ryukyu is surrounded by coral reefs it doesn't have a good port. That's why the Marines are moving to Hawaii, Guam and Darwin.

Only five percent of Ryukyu's gross annual income comes from the bases. Looking at the usage of closed bases' land, starting with Omoromachi in Naha and Mihama in Chatancho, after base closures the land produced ten or up to hundred times more in economic terms than when they were in operation.

We're making the sites of closed bases into commercial and cultural facilities. For example, Yomitanson was able to cultivate purple yam fields and make them into purple yam tarts, and also created a cultural center with a yamuchin (pottery) community for making handicrafts like Ryukyu pottery and glasswork. There are other jobs available for the people who are currently working at on-base stores, or as security guards or translators.

The American Village shopping and amusement center, built on the site of a former military base

This is why, although in the past the people who advocated the bases closure were mainly liberals, now conservatives, businesses, governor Nakaima and former governor Inamine, indeed, all of Ryukyu, are raising their voices to call for the base closure as soon as possible. The old argument that we couldn't survive economically without the bases is no longer valid."

Kawai: "How will the presence or absence of the bases affect employment?"

Matsushima: "There are about 9,000 people currently employed in connection with the U.S. military. This is only a minor portion of Ryukyu's total work force of 600,000 and could be absorbed into the workforce if all the bases were closed.

Among young people, the rape incidents have created a growing sense that the presence of the bases is putting their lives, and the lives of their families and loved ones, in danger."

Kawai: "In response to these grassroots initiatives some have opined that Okinawans just need more government incentives to allay their concerns; what is your view on this?"

Matsushima: "If these incentives are the same as the various subsidies and incentives we've been given to date, it will just postpone failure. Since the 1995 rape (of a 12 year old girl by U.S. servicemen) we've been showered with money, especially the neighborhoods near bases, but it has had little effect.

As Ryukyu is a small place comprising 0.6 percent of Japan's land area and a population of only 1.4 million, the national government has been able to do whatever they want. However, as independence proposals become detailed and tinged with realism, there is the possibility that we will be able to negotiate with the Japanese government on changing our political status."

Imagining the benefits of independence

Kawai: "Regarding independence, people like myself worry about whether it can really be achieved and the demerits that might accompany it."

Matsushima: "There are many SMEs and small companies in Ryukyu, but fifty to sixty percent of public works contracts from the government go to big companies from mainland Japan, who then subcontract to businesses in Ryukyu, leaving us dissatisfied that our local businesses aren't getting the orders directly.

In the tourism industry as well, Ryukyu's businesses are in crisis because big resort companies control the industry with their big capital. But when we become independent we'll be able to protect and nurture local industries and our people's businesses.

Rather than thinking about the demerits of independence, we need the imagination to think about how we might develop if we were no longer under Japan's control. Look at the island-state of Palau—it has a population of only 20,000, but since its independence has been able to protect Palauan businesses and employment.

Newspaper after the 1970 Koza riot where 5,000 Okinawans expressed their discontent with the U.S. bases (Okinawa City Postwar Cultural Museum Materials Exhibition Room)

There are many other similar examples, and by considering these rationally you can see that by not being independent we are at a disadvantage and are losing out on profits."

Kawai: "Are there any cultural initiatives being undertaken in connection with self-governance or independence?"

Matsushima: "At Naha City Hall plans are being made to use the Ryukyuan language (Uchinaaguchi) to help realize both political and psychological decolonization.

During a lecture I gave at Okinawa International University in August 2012, I asked students what should be done if the Futenma airbase is returned; their answers included the idea of making the university bigger to create new departments for peace studies and peace consciousness and transmit those ideas to the world. This made me realize that students are thinking in these terms."

Whose national security?

Kawai: "Looking at the tensions with China over the Senkaku Islands, from a national security standpoint I think that Okinawa is being seen as increasingly important for defense."

Matsushima: "First, national security for Ryukyuans and national security for Japanese are two different things. Nearly 150,000 Ryukyuans died in the fighting forced on them with the Battle of Okinawa in World War II, and after the battle came the U.S. military government which built the bases.

I think Japan's national security policy is to use Ryukyu as a sacrificial pawn to protect themselves. The U.S. military won't protect Ryukyu. On the contrary, their presence causes rapes and helicopter crashes.

It should be plain that if war comes to this island we will be caught up in it and lose our culture and history."

Kawai: "There is a lot of opposition to suggestions that demilitarization can be achieved. If you become an independent state what policy will you take with China? There is a current of opinion in China that Okinawa is Chinese."

Matsushima: "People often tell me that: ‘The Chinese will get you!' (Laughs) Let's say that Ryukyu becomes independent and China really attacks us; in that case China will lose all their international standing. Aggression against Ryukyan independence would be barbaric and against the UN charter, inviting opposition from the whole world.

How much would China stand to gain from risking so much?

Ryukyuans maintain a global network (From pamphlet for the Uchinanchu Festival in 2011)

Although during the Ryukyu Kingdom era we paid tribute to China's Ming and Qing Dynasties, this was only a formality and they never had any influence in our internal matters."

Kawai: "Every five years Okinawans who have emigrated around the world come together for the Uchinanchu Festival. There are other prefectures in Japan that send out a lot of emigrants, but Okinawa is the only one to have a festival for them."

Matsushima: "The nearly 500,000 Uchinanchu (Okinawan expatriates) around the world have a strong connection. For example, after the damage we saw in the war Uchinanchu in Hawaii sent pigs back to Ryukyu to help. One famous Ryukyuan who advocates independence is Koji Taira, originally from the island of Miyakojima and now Professor Emeritus at the University of Illinois."

Kawai: "Most of the people who experienced the war are gone now. I get the feeling that it's because people don't know the truth about war that they are threatening each other more and more."

Matsushima: "Resolving threats can't be done with military force, it can only be done through people connecting with people. To achieve this Ryukyu needs to be an island of peace, but this is hindered by the presence of the U.S. military bases. For decades, people who have the aberrant job of killing people have been able to go outside of their bases and walk around our island. This is unacceptable.

It would be better if no troops were here. And there is a precedent. Like the Åland Islands in the Baltic, which had been fought over by larger countries, I think making Ryukyu a perpetually neutral island would help reduce tensions among surrounding countries."

The author is an independent journalist and author of numerous books, mostly non-fiction.

Independence for Okinawa (part one) Okinawans tired of being used by U.S. and Japan



Independence for Okinawa (part one)
Okinawans tired of being used by U.S. and Japan

February 25, 2013 Ryusuke Kawai





This article first appeared in Japanese on JBpress on January 22, 2012. You can read it here.

Since 1945 the United States has maintained a chain of military bases on Okinawa, an island it has called "The Keystone of the Pacific." However, a continuing series of rapes and other crimes committed by U.S. troops in Japan, the perception that Okinawa bears an unfair burden of the U.S. presence, and memories of Japanese colonialism in the first half of the 20th century have turned many Okinawans against the bases. Journalist Ryusuke Kawai interviews an Okinawan who advocates going one step further: full independence.

On the island of Okinawa, which encompasses 74 percent of the land used by U.S. military bases in Japan, a debate about independence is widening.

Interdisciplinary research on independence is moving ahead simultaneously with an international appeal. I asked Dr. Yasukatsu Matsushima, professor of economics at Ryukoku University and a leader of the movement promoting research and activities towards autonomy and independence, about the concept and feasibility of Okinawan independence.

Dr. Matsushima believes that a structure of discrimination and colonialism exists between Japan and Okinawa, and in his soft voice spoke of the feasibility and merits of independence. He does not use the word Okinawa, preferring to use "Ryukyu," which evokes the former Ryukyu Kingdom of the islands.

Academic society for research on independence

Dr. Yasukatsu Matsushima was born in 1963 on the Okinawan island of Ishigaki and earned his PhD in Economics at the prestigious Waseda University. He currently teaches international economics at Ryukoku University and is a representative of the NPO Yuimaaru Ryukyu no Jichi (Autonomy for Ryukyu).

Kawai: "The argument that Okinawa should be independent has been raised in the past, but was dismissed as just bar talk. I understand that recently the debate has become more practical and realistic."

Matsushima: "The independence debate, hitherto debated on ideological is now addressing concrete processes through research on international movements for decolonization and in relation to the UN and international law.

In 1996 I addressed the Indigenous Populations Working Group of the UN Commission on Human Rights in Geneva on the problems colonialism has afflicted on the indigenous inhabitants of Ryukyu. I also spoke with people from other indigenous populations around the world. As relations between Ryukyu and the rest of the world have grown stronger we have become able to speak tangibly about independence, with a firm grounding in reality.

My associates and I plan to establish an academic society for research on Ryukyuan independence in April. We intend to research the possibility and process of independence through political science, economics, international law, linguistics and other disciplines, and to publicly announce our results."

Kawai: "What prompted you to appeal internationally through the UN?"

Matsushima: "I decided to form a network with other indigenous peoples based on international law after Okinawa Prefecture's then-governor Masahide Oota lost his court case against the government over proxy signatures (whether landowners could refuse to extend leases on land being used by U.S. military bases) in the Japanese Supreme Court in August 1996.

After this, my thinking was, since we can't solve the base issue domestically, and the issue is always played down and will continue to be shelved by the courts, Diet and administration, we need to obtain recognition for this as an international issue. The UN's Committee on the Elimination of Racial Discrimination has since advised the Japanese government that it considers Ryukyuans to be indigenous people and that it considers the forcible placing of bases on Okinawa to have been an act of racial discrimination. Even the Human Rights Committee is looking at this as an issue of discrimination.

In this way we are able to use an international network to address the Japanese and American governments' responsibilities. This is the difference from previous independence debates."

Kawai: "What is prompting you to establish a new research society to study independence?"

Matsushima: "At first, assistant professor Masaki Tomochi of Okinawa International University proposed an academic conference, and preparation for that has been done mainly by people born since 'the return' (Okinawa's return to Japanese control in 1972). They include academics and inevitably their students, editors, farmers, newspaper reporters, businesspeople, homemakers, NPO members, and others. It isn't just academics arguing, regular people can participate too."

Bases forced on Okinawa

Kawai: "Regarding the distrust and discontent surrounding the issue of U.S. military bases in Okinawa over the past few years, why are people getting worked up and refusing to take the government line?"

Matsushima: "One reason is that the Osprey (the Marines' new tilt-rotor aircraft) has been pushed on us by the Japanese government in the face of opposing votes from the prefectural and local assemblies. Another is because there has been no move to change the Japan-U.S. Status of Forces Agreement despite the rapes (of Okinawans by U.S. servicemen). This is the disappointing reality forty years after the return, and people are tired of waiting for things to get better.

Newspaper extra on the agreement to return Okinawa to Japan. (Okinawa City Postwar Cultural Museum Materials Exhibition Room)

For the majority of Japanese, the bases and Status of Forces Agreement aren't their problem. Living in Ryukyu you can understand that Japanese and Ryukyuans have very different perceptions.

Because they lost the war in 1945 Japanese believe that they have an obligation to let the U.S. use bases in Ryukyu, that the bases are here to protect Japan, and Japanese politicians, bureaucrats and even regular citizens feel they owe favorable treatment to American troops and their dependents. On the other hand, they ignore demands from Ryukyu."

Kawai: "The bases are in a complex situation as they are governed by both the Japanese government and the Americans."

Matsushima: "This is extremely difficult for Ryukyu. If you ask the Japanese government about the base issue they say that there is nothing they can do because the U.S. is involved, and if you ask the U.S. they say that it is an internal issue for Japan. Both parties are shirking their duties like it isn't their responsibility. Because we oppressed Ryukyuans have to fight two opponents I don't think it will be easy."

Japanese don't see Okinawans as compatriots

Kawai: "Although the truth about the existence of the bases and the Status of Forces Agreement is that they are influenced by discrimination, do you feel that discrimination happens because this is Okinawa?"

Matsushima: "With the peace treaty Japan cast us off to be ruled by a U.S. military government, and since then we have had these bases forced on us. This is discrimination."

Kawai: "But is it intentional discrimination?"

Matsushima: "I was born and raised in Ryukyu until I graduated from high school with no doubt that I was Japanese. But when I came to Tokyo, with my dark skin and slight accent, the Yamatonchu (Okinawan word for 'Japanese') around me asked, "What country are you from?" not even realizing we were from the same country.

At the time I was living in an Okinawa International Exchange & Human Resources Development Foundation dormitory, and there were university students staying there who were so shocked by their reception that they wouldn't leave the dorm. This was in the mid-1980s. I understood that many Japanese looked on Ryukyuans as different from themselves.

What I want to say is that if Japan's nationalist patriots really see Ryukyuans as Japanese, why aren't they doing anything about the foreign military bases in Ryukyu right now? Do Japan's right-wingers not understand that their own compatriots are exposed to danger, or do they just not see us as Japanese?"

The interview continues next week to examine the feasibility of Okinawan independence from a practical point of view and address the argument that without the economic effects of the U.S. bases Okinawa would be destitute.

The author is an independent journalist and author of numerous books, mostly non-fiction.

オスプレイと宜野座村

2月13日の琉球朝日放送の番組です。

オスプレイ配備が、このような過酷な現実をもたらしているのです。





家の屋根をかすめそうなくらい、熱風が感じられるくらいの低空で飛ぶ2機のオスプレイ。これは宜野座村城原区の住民が撮影した映像です。着陸帯からわずか350メートルの所にあるこちらの家は、オスプレイの激しい被害に晒されています。

泉さん「大きいものだから、近くに見えるわけですよ。米兵の顔も見えますよ。周辺の葉っぱなんかは揺れるし。」

泉さんがこの土地に引っ越してきたのはおよそ50年前。オスプレイの配備以降、これまでにない不安と恐怖を感じ、記録を付け始めました。大学ノートにはいつどこで、どんな風にオスプレイが飛んだのか詳細を記しています。

また夜はこんな工夫もしています。オスプレイが着陸帯と間違えないように、夜間は誘導灯代わりに2階の明かりをつけているのです。

泉さん「夜なども無灯火で来るので、一番そういう時が怖いです。何かに引っかかって落ちやしないかと。自衛策を考えて。2階に行って電気をあるだけ付けて、照明をオスプレイに分かってもらうように、ここに人が住んでいるよと。人家だよと知らせないともっと低空できたら危ないものだから怖いものだから、自衛策も考えてやっています。」

宜野座村は村のおよそ51パーセントがアメリカ軍施設。広さはもとより、その使われ方に大きな問題があります。

大嶺城原区長「タッチアンドゴーというのですかね、降りて昇ったり、若い兵隊の訓練地域になっている感じですね。1,2年前までは吊り下げ、ぶら下げ飛行、森林で降りるのをやっていたんですが。以前は車両、ジープや後ろに引っ張るトレーラーを運ぶのが多かったですね。」

集落の近くにある教会のような建物は、都市型訓練施設。兵士たちはここで戦場さながらの訓練をしています。アメリカ軍の環境レビューによりますと、宜野座村にはオスプレイが使う着陸帯が13カ所あり、それらが利用する回数は5138回。

訓練の様子は集落やそこに住む人をめがけていっているようにさえ見えるのです。村営団地に住む新川さんは夜、こんな恐怖を体験しました。

新川秀人さん「だんだん近づいてくる時にはうーっていう低い音がして、オスプレイだって。近づいてきて、窓がこれが鳴るくらい。窓がビリビリ揺れるのは、普通のヘリではなったですね。」

二男・秀治くん「寝ようかなと言うと、ガタガタガタガタと。地震かなと思ったときもある。」

二男の秀治くんは、オスプレイがブロックのようなものを吊り下げて訓練する様子を学校で目撃していました。

新川秀治くん「学校の授業中にバタバタって飛んできたなと思ったら、ワイヤー吊り下げられて、ブロックみたいなものがあって。このワイヤーが切れたら、下にいる人は必ず死ぬなというのはあるし。 」

母・みゆきさん「怖いですよね、過去に宮森小学校で大きな事故があったんですけど、本当にここでも起こりうる可能性があるなーという不安はありますね。」

長女・ゆめりちゃん「いつ落ちるか知らない、いつ落ちるか知らないよね。」

宜野座村議会では政府に対し、オスプレイの配備撤回を求める要請を5回も行っています。しかし何度要請に足を運んでも、訓練は酷くなる一方です。

泉さん「アメリカと日本の防衛省とは、民間の上空を飛ばないように契約はされているみたいですけど、でもアメリカは守らないですよね。」

新川さん「この地域は軍雇用員とか職がない人はそういう人もいるし、また軍用地が広い分、村の財政もそれでいくらか補われているというのがあるものだから、だけどそれに引き換えにこれかと。重すぎないかと。」

広大なアメリカ軍基地と隣り合わせに暮らし、長い間、この状況に耐えてきた宜野座村の人々。しかし、新たな負担や危険の押し付けには村民も我慢の限界を超えています。

「沖縄戦」の教訓から琉球の「自治」へ


次のような集いが開催で開かれます。ご関心がありましたら、ぜひお越しください。
琉球独立を論じます。

3・15関西・沖縄戦を考える会 第3回学習会

◇講 演:「『沖縄戦』の教訓から琉球の『自治』へ」松島泰勝さん
◆と き:3月15日(金) 18:30

◆ところ:エルおおさか

◆主 催:関西・沖縄戦を考える会

今日、龍谷大学大学院院生が琉球に来ます

今日、龍谷大学大学院の院生18人が到着します。午後から琉球と中国とのゆかりが深い場所を歩き、学生と意見交換してみたいです。晴れたらいいな!

白保の内発的発展

昨日は、白保の日曜市に行きました。むらで作られているいろんなものが売られていました。サンゴを守り、地域の歴史や文化を守りながら、経済も内部からつくりだしている、内発的発展が息づいていました。

砂浜で何度も海を見ましたが、ここに空港を作らないで本当に良かったと思いました。宮良市議、松竹さん、上村さんに白保での内発的発展の取り組みについて具体的に伺いました。また5月10-12日に予定されている、第13回ゆいまーる琉球の自治の集いの打ち合わせも行いました。

5月の集いは、石垣の可能性を学ぶとともに、八重山、琉球が直面している、琉球人にとっての危機についても議論したいです。2日間という短い間ではありましたが、石垣の諸先輩方から、ご意見を伺い、励まされ、島の土地や海に触れることができました。

みーふぁいゆー。

石垣島の底力

2日、石垣島では新垣さん、山里さんをはじめとする、石垣が直面している教科書問題、尖閣諸島問題に取り組んでいる方々から貴重なご意見を伺い、交流し、喜瀬武原、てぃんさぐの花等を皆でうたいました。内外の圧力に負けないで、島の平和と生活を守ってこられたことに感動しました。

大浜さんに感謝する集いに参加しましたが、私が感銘を受けたのは、ミヤギマモルのミーファイユーの唄に合わせて皆で円になって踊ったことでした。私も踊りました。大浜さんは涙をぬぐっていました。白保や宮良の方々のことを思う、大浜さんの心情が挨拶から伝わりました。

大浜前市長、比嘉県議とも今の琉球の状況についてご意見を伺いました。大浜さんが市長の時、市長や他の石垣の方々とともにグアムやパラオに行ったことがありますが、市長は石垣とパラオとの交流にも尽力され、グアムで開催された国際学会でもご報告しました。大浜さん、新垣さんのお仲間も琉球独立、八重山独立に大変、関心を持っておられ、嬉しく思いました。

今日、琉球に帰国します。

今日、琉球に帰国します。今日は、久しぶりに石垣島に行き、今の石垣島について色んな方からお話を伺い、島の現実を見つめたいです。

4日から6日まで龍谷大学大学院の集中授業「民際学特別演習」を行います。18人の大学院生とともに、那覇の街を歩き、沖縄県庁、新聞社、普天間基地周辺、しまんちゅスクール、カフェくろとん等に行き、琉球の歴史や文化、経済、政治、文化等を学びます。

後田多さん、當銘さんを特別講師として琉球史、経済の現状もまなびます。学生全員は漢民族、モンゴル民族であり、琉球と中国との過去・現在・未来の関係について民際学的に考えてほしいです。

7日は沖縄国際大学で「誤解だらけの琉球独立論」について講演をします。ご来場の皆さんと冷静で、熱い議論ができれば幸いです。

「沖縄は着々と独立に向かいつつある 」

「金融戦争の現局面」というブログで琉球独立論が論じられていますので、ご紹介します。
http://blogs.yahoo.co.jp/phon_bb/34233827.html



安倍首相は、少しは沖縄県民の思いを理解しているのだろうか?。2月訪米時に普
天間移転問題を取り上げるのだけは止めた様である。新聞報道は、仲井真沖縄県
知事と、安倍首相の全く噛み合わない会話を淡々と報道している。

『「県民は、なるべく県外へ(移設を)という強い願いがある。願いに沿うような形で解決していただけ
るとありがたい」と述べ、県外移設を要求。安倍首相は「普天間の固定化はあって
はならないことで、米国との合意の中で進めていきたい」』

この問題に関し、両者の主張は全くの平行線であり、「解決の糸口はどこにも存在
していない。」安倍氏は自衛官の前で、『今そこにある危機に立ち向かい、我が国
の領土・領海・領空を断固として守り抜く決意』を述べたが、沖縄が独立すると、
この決意は全く無意味な空文句となる。


第2次大戦敗戦後、沖縄は占領状態から一度も脱していない。田中宇氏によると、
『日米両政府は、1971年の沖縄返還直前、駆け込み的に日本本土の米軍海兵隊
のほとんどを沖縄に移動させる戦略をとった』つまり返還前のドサクサに紛れて、
日本中の米軍基地(主に侵略の尖兵である海兵隊)が沖縄に集結した。

沖縄本島は、広大な一等地を米軍が占領し、県民はその周囲の狭い土地にひしめき
合って暮らしている。日本国内で沖縄県民だけが、過去数十年間に渡って日常的に
戦争と隣り合わせの暮らしを強いられ続けている。

沖縄県民にとって、事態は返還
直前に一層悪化し、そのまま40年以上固定化されている。米軍が世界中で侵略戦
争を初める毎に、沖縄はそのとばっちりを受けてきた。

民主党政権でのゴタゴタを見せ付けられて、沖縄県民は、そっと日本国民としての
立場を再検討する必要に迫られ、既に静かに動き出している。彼らの決意は固く、
「辺野古受け入れの代わりに、沖縄振興」といったマヤカシの代替案を受け入れる
余地は、既になくなっている。

本土から沖縄を見ていると、県民の反対運動がトーンダウンしたかに見えるかも知
れない。しかし、それは日本政府と本土の人間に対する沖縄県民の深い絶望が、深
く沈潜し、静かに琉球独立の確信に変わって行きつつあるに過ぎない。歴史的には、
薩摩藩に征服されるまで、沖縄は独立国家であった。

人口140万人の新琉球共和国は、極東アジア地域に新たな平和な一角を形成する
だろう。沖縄米軍基地は存続の口実を失い、全面撤退を余儀なくされる。尖閣問題
は自然消滅する。沖縄県民が新琉球国民として本気で独立を進めようと行動を始め
るとき、日本政府は止める事は出来ないだろう。

つまり、「角を矯めて牛を殺す」と同
じく「沖縄米軍基地を維持して沖縄県及び周辺諸島を全て失う」結果が間もなくやっ
てくるだろう。

小沢氏に親近感をもつ人達の中にも板垣英憲氏や植草氏のようにピントハズレの、
コメントを平気で書く人達がいる。彼らは沖縄の現状を、一度も真剣に学んだ事が
ないのだろう。

『「県外移設」を叫ぶ政治家が、政権内部に存在しなくなった。』
というサインは、沖縄県民の本土に対する拠り所をなくし、最後の期待を踏みにじ
り、新たな決断に向けて行動を促すサインでもある。

私も米軍基地を包囲する「人間の鎖」行動にたった一度参加しただけであり、偉そ
うなことは言える立場にはない。しかし、年明けの一連の報道と、沖縄県民の行動
を見せ付けられて、彼らの強い思いを少しだけ分かろうとすることは出来る。

日本
国の首都に琉球代表が4000名の大量動員を掛け、最後の訴えをしても全く誰も
真面目に相手にしないという事実を、全員が思い知った時、その確信は静かな行動
の呼びかけに変わっていくだろう。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
沖縄(琉球)が独立する日
-国際的に正当性を訴える龍谷大・松島泰勝教授にきく(上)(下)
2013.01.22(火)2013.01.23(水)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36968

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
沖縄の悲しみと怒り(コンサルの独り言)
http://kongojia.exblog.jp/17563160/
(抜粋)
国際紛争の初期形態と思われる沖縄の現状を東京の政治エリ-トたちはわかっていない
日本政府は沖縄を統合するのに明らかに失敗している
このままでいけば沖縄は独立紛争に突入するだろう

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
琉球は独立運動を静かに進行させている 日本は沖縄を失う心配をするべき時期なのだが
2013年02月01日
http://blog.goo.ne.jp/aibatatuya/e/4b4e5579c9e1b28baf5f1e2d96616c8d
(抜粋)
1月27日、日比谷で「オスプレイの米軍普天間飛行場配備撤回を求める集会」に沖縄
県の全41市町村長を含む4000人が参加した。28日には官邸に乗り込みオスプレイや
普天間移設県内断念を求める「建白書」を提出した。

<沖縄タイムス社説抜粋>
『東京要請行動は、日本政府の事前の過小評価とは異なり、沖縄にとって歴史的な
異議申し立てになるだろう。  オスプレイの配備撤回と、普天間飛行場の閉鎖・
撤去、県内移設の断念。この二つの主張は、切り離せない一対のものである。』

(抜粋)
琉球独立問題が国際化した時には、日米両政府ではコントロール出来ない状況になる
ことを肝に銘じておくべきだ。或る意味で、今回の「建白書」は琉球の日本本土への
“警告書”と受けとめておくべきだ。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
vanacoralの日記さんより(植草一秀氏の沖縄認識)
http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20100221
2010年2月17日 (水)初党首討論:鳩山首相が新3Kで逆襲を開始
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-1c7c.html
(抜粋)
5月には普天間基地移設問題での新提案が示される。辺野古海岸を破壊する滑走路
建設を回避できるのであれば、辺野古にヘリ離着陸用の陸上施設が建設されることに
なっても、これまでの自民党政権の日米合意よりははるかに優れたものになる。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
安倍晋三首相が沖縄県を訪問、米軍普天間飛行場の辺野古への移設問題は、一件落着、めでたし、めでたし(板垣英憲氏の沖縄認識)
2013年02月03日 03時54分30秒
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/82ed5f4c394889857ad8a13e6ace3b68
(抜粋)
安倍晋三首相の沖縄訪問により、米軍普天間飛行場の辺野古への移設、沿岸埋め立ては、確定的となった。仲井真弘多知事が「県民は、なるべく県外へ(移設を)という強い願いがある。願いに沿うような形で解決していただけるとありがたい」と県外移設を要望した発言は、事実上、県民向けのリップサービスに止まった。

 鳩山由紀夫元首相が、「海外、最低でも県外へ」と打ち上げて、実現できなかったことから、沖縄県民の大多数が、鳩山由紀夫元首相を「嘘つき」呼ばわりして、批判、非難したときから、「県外移設」を叫ぶ政治家が、政権内部に存在しなくなった。これが、辺野古への移設、沿岸埋め立てを確定的にした。

 米軍は、普天間飛行場への移設後も、飛行場の地下に設置している「化学兵器PCB貯蔵タンク」を維持し続けるとともに、辺野古滑走路建設の裏で「原子力潜水艦」用の基地も設けるので、移設のメリットは、多大である。日本政府は、辺野古地域の住民に、補償金を支払い、この問題の解決を図り、一件落着とする。めでたし、めでたし。

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE