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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
Yasukatsu Matsushima

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平和な「甘世(あまゆー)」実現目指す/「自己決定権」模索へ

5月16日の琉球新報の記事をご紹介します。当事者として琉球独立について深く、継続的に議論して、研究の輪を広げていきたいと思います。


 琉球の島々に民族的ルーツを持つ人々が独立を目指し、学際的な調査研究を進める「琉球民族独立総合研究学会」が15日、設立された。学会設立準備委員会を務める研究者らが同日、那覇市の県庁で記者会見し、発表した。委員らは米軍基地などを具体例に「沖縄で繰り広げられている問題を解決するには独立しかない」と指摘。「独自の民族として、平和に生きることができる『甘世』(あまゆー)を実現させたい」と話し、自己決定権を行使した基地のない島を目指し、担い手となる人々の参加を呼び掛けている。

 沖縄の施政権が返還された「復帰」40年の昨年、宜野湾市の沖縄国際大学で「脱軍事基地、脱植民地化」をテーマにしたシンポジウムが開催されたことがきっかけ。日本国民などの多数派が琉球の方向性を一方的に決めている現状をあらためて確認し、参加していた研究者を中心に学会設立準備委員会を発足して議論を進めてきた。

 国際人権規約に規定された「人民の自己決定権」に基づき、学会は「琉球の地位や将来を決めることができるのは琉球民族のみ」との方針を取る。そのため、会員は琉球の島々に民族的起源を持つことが条件だ。

 発表会は年2回予定し、最初は10月に実施する。法律や経済、歴史や言語などさまざまな観点から独立に向けた積極的議論を展開していく。今後はグアムや台湾など、独立を目指す地域との連携も模索する。

 15日の会見で、設立準備委の友知政樹沖国大准教授は、オスプレイの強行配備などを例に「日本や米国による強制が現在進行形で繰り返され、これからも続こうとしている。(学会設立は)私たちの子どもたちの世代に対する責任でもある」と意義を強調した。

 松島泰勝龍谷大教授は「バルト海のオーランド諸島のように、非武装中立にしたことで、周辺国の安定が維持されている事例もある」と指摘。「国家は必ずしも軍隊を持つ必要はないというのが21世紀の国の在り方だ」と持論を展開した。独立して在沖基地を撤去させることがアジア太平洋の緊張緩和となり、平和構築に有用との考えを示した。

<研究会設立趣意書(要旨)>

 琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族は独自の民族である。琉球國はかつて独立国家として諸国と外交関係を結んでいた。他方、1879年の明治政府による琉球併合以降、現在にいたるまで琉球は日本そして米国の植民地となり、日米両政府による差別、搾取、支配の対象となってきた。

 日本人は、琉球を犠牲にして「日本の平和と繁栄」を享受し続けようとしている。このままでは、琉球民族は戦争の脅威におびえ続けなければならない。

 琉球民族は「人民の自己決定権」を行使できる法的主体である。琉球の将来を決めることができるのは琉球民族のみである。日本から独立し、全ての軍事基地を撤去し、世界の国々や地域、民族と友好関係を築き、琉球民族が長年望んでいた平和と希望の島を自らの手でつくりあげる必要がある。

 独立を目指し、琉球民族独立総合研究学会を設立する。会員は琉球の島々にルーツを持つ琉球民族に限定し、学際的な観点から研究を行う。担い手は独立を志す全ての琉球民族である。

 琉球民族が独自の民族として平和・自由・平等に生きることができる「甘世(あまゆー)」を実現させるために本学会を設立し、琉球の独立を志す全ての琉球民族に参加を呼び掛ける。
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「沖縄独立」にエール 

沖縄タイムスの記事です。照屋議員に勇気づけられました。みーふぁいゆー。



[記者のメモ]/「沖縄独立」にエール 2013.05.18  
 ○…「沖縄は日本から独立した方が良い」。自身のブログにそう記した照屋寛徳衆院議員(社民)。

主権回復の日、普天間問題、オスプレイ配備、橋下発言など次々と出てくる「怒」に、「平和憲法の下に復帰すれば、米国の軍事支配の不条理と苦しみから解放されると信じ、祖国日本に淡い期待を抱いていた。

期待は裏切られ、毎日毎日ワジワジー」と書きつづった。

本土復帰41年の日に発足した「琉球民族独立総合研究学会」には、「許されるならば、私も加わりたい」とエール。(東京)沖縄タイムス社

定期市によるまちおこしの可能性


明日、京都市内において、私の研究室で学んでいる内モンゴル出身の李君が報告をします。ご関心がおありの方はお越し下さい。



第2回柳原フォーラムのご案内 柳原銀行記念資料館 事務局長 山内政夫

 柳原銀行記念資料館では、2012企画展「営々たる崇仁のまちづくり~京都駅東かくあるべし、エリアマネジメント」を通して、地域のまちづくりには、そのまちに関する歴史研究が欠かせないということを再認識しました。そして、まちづくりと歴史を架橋する「場」や「メディア」のコーディネートが重要であると考えています。

 このような成果を受け、兼ねてから崇仁地区のまちづくりにご協力頂いている龍谷大学の松島泰勝先生と松島ゼミの学生と共同し、歴史とまちづくりに関するフォーラム(研究会)を共同開催することになりました。柳原銀行記念資料館の展示などを通じてその成果を発信し、松島ゼミの実践的(民際学的)な場としての役割を果たそうとするねらいです。

 第2回は、龍谷大学で、中国の定期市によるまちおこしについて研究をされている李文闊さんに、崇仁地区における定期市によるまちおこしの可能性についてご報告して頂く予定です。どなたでもご参加頂けますので、どうぞお越しください。

日時:2013年6月29日(土) 午後5時~午後7時
場所:京都市下京いきいき市民活動センター、参加費:無料
テーマ:定期市によるまちおこしの可能性

講師:李文闊さん(龍谷大学大学院経済学研究科博士課程)
主催:柳原銀行記念資料館・龍谷大学松島ゼミ

Tel/Fax:075-371-8220 E-mail:yanagin@mbox.kyoto-inet.or.jp

定期市によるまちおこしの可能性


明日、京都市内において、私の研究室で学んでいる内モンゴル出身の李君が報告をします。ご関心がおありの方はお越し下さい。



第2回柳原フォーラムのご案内 柳原銀行記念資料館 事務局長 山内政夫

 柳原銀行記念資料館では、2012企画展「営々たる崇仁のまちづくり~京都駅東かくあるべし、エリアマネジメント」を通して、地域のまちづくりには、そのまちに関する歴史研究が欠かせないということを再認識しました。そして、まちづくりと歴史を架橋する「場」や「メディア」のコーディネートが重要であると考えています。

 このような成果を受け、兼ねてから崇仁地区のまちづくりにご協力頂いている龍谷大学の松島泰勝先生と松島ゼミの学生と共同し、歴史とまちづくりに関するフォーラム(研究会)を共同開催することになりました。柳原銀行記念資料館の展示などを通じてその成果を発信し、松島ゼミの実践的(民際学的)な場としての役割を果たそうとするねらいです。

 第2回は、龍谷大学で、中国の定期市によるまちおこしについて研究をされている李文闊さんに、崇仁地区における定期市によるまちおこしの可能性についてご報告して頂く予定です。どなたでもご参加頂けますので、どうぞお越しください。

日時:2013年6月29日(土) 午後5時~午後7時
場所:京都市下京いきいき市民活動センター、参加費:無料
テーマ:定期市によるまちおこしの可能性

講師:李文闊さん(龍谷大学大学院経済学研究科博士課程)
主催:柳原銀行記念資料館・龍谷大学松島ゼミ

Tel/Fax:075-371-8220 E-mail:yanagin@mbox.kyoto-inet.or.jp

琉球独立学会/選択広げる研究深めよ


5月17日の琉球新報で琉球独立学会に関する社説が掲載されました。その期待にこたえるべく、独立の具体的な議論を深めていきたいと思います。



<社説>琉球独立学会/選択広げる研究深めよ
2013.05.17 琉球新報 

 歴史の局面が転換した。そんな感を禁じ得ない。琉球民族独立総合研究学会が発足した。独立論は過去、酒席での憂さ晴らしの類いだとやゆする意味で「居酒屋独立論」などと称されてきた。それが学問的な、公的な言論空間の中で論議される時代に入ったのだ。

 本質的な問題は、沖縄の人々が平和のうちに幸せに暮らすには、どのような自治の形態が望ましいかということだ。その選択肢を広げる意味でも学会は多様な観点から研究を深めて発信してほしい。

 1879年の「琉球処分」以降、沖縄は常に多数派たる日本国民のための「材料」として扱われてきた。沖縄戦では捨て石にされたし、1952年に日本が「主権回復」する際は引き替えに米国に差し出された。国土の0・6%の沖縄に74%の米軍専用基地を押し付け、今後も沖縄にだけ押し付けようとしている点から見ても、扱いは現在進行形と言ってよい。

 昨年、垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの沖縄配備強行を、日本政府は容認した。知事も県内の全市町村長も県議会も全市町村議会も、民意を体する全ての公職が反対したにもかかわらず、だ。

 たとえて言えば原発事故後の被災地で、知事も全首長も反対する中、新規原発建設を強行するようなものだ。本土でできないことが、沖縄では許されていいのか。

 学会の設立趣意書は「日本人は琉球を犠牲にして平和と繁栄を享受しようとしている。このままでは琉球民族は子孫末代まで平和に生きることができない」と述べる。その危機感は多くの県民が共有しているのではないか。

 政府による過去の基地政策の理不尽、振興策の数々の失敗に照らせば、沖縄の将来像を決めるのは沖縄の人々であるべきだ。言い換えれば沖縄の人々の幸せには、自己決定権拡大こそが欠かせない。

 残る議論は、その拡大した形態についてであろう。特別県制か、道州制の単独州がよいか、その際に持つ権限は何か。あるいは独立か、連合国制か、国連の信託統治領か。さまざまな選択肢がありえよう。

 学会は「独立が可能か否か逡巡(しゅんじゅん)するのではなく、独立を前提とする」と述べている。独立論が新たな局面に入ったことを物語る。今後重ねるであろう世界各地の独立の例などの研究を、人々の貴重な判断材料として提供してほしい。

新川明さん/持続性ある独立論に喜び

沖縄タイムスの[魚眼レンズ]の記事をご紹介します。


新川明さん/持続性ある独立論に喜び 2013.05.20  
 
琉球民族独立総合研究学会の設立シンポジウムであいさつに立ったジャーナリストの新川明さん(81)。これまでの独立論を概観し、終戦直後の高まりと復帰運動のために失われていったこと、1968年の主席公選で独立を訴えた候補は「全くの泡沫(ほうまつ)だった」ことなどを振り返り、その後も“居酒屋独立論”などと評されるなど、持続性の乏しさを分析した。

 だからこそ「若い研究者中心というこれは全く新しい動き。具体的で有効、持続性のある動きになったことに心から喜んでいる」とあいさつした。

 その後に講演した石垣金星さんが「新川さんの97歳のカジマヤーまでには(独立の)めどをなんとかつけたい」と語ると、会場からは大きな拍手が起こった。沖縄タイムス社

“我是琉球的爱国者,不是国粹主义者”——松岛泰胜访谈

中国、広州に拠点をおく雑誌『南風窓』が琉球の歴史、独立を特集しています。私のインタビュー記事も掲載されました。題名は「私は琉球の愛国者であるが、国粋主義者ではない」というものです。中国語が読める方は読んでみてください。同誌の他の記事もインターネットのHPで他の記事も読めるようです。




民族主义本来只是发生纷争的原因之一,却将其说成是主要原因;民族有可能成为去殖民化运动领导者,却将这一抵抗集团形成的可能性排除——这不是只能取悦殖民统治者吗?

作者:特约记者江洛生 来源:南风窗 日期:2013-06-21 浏览:358


  今年5月15日,日本龙谷大学教授松岛泰胜联合发起成立了“琉球民族独立综合研究学会”。本刊特约记者对松岛进行了专访,希望从学理上对琉球独立思想的理论加以深入了解。

  松岛泰胜1963年出生于琉球石垣岛,在那霸念完高中后,前往东京求学,在早稻田大学获得经济学博士学位。他曾任职于日本驻关岛总领事馆、日本驻帕劳共和国大使馆,后来任日本东海大学副教授,现任日本龙谷大学经济学系教授。著述有《走向琉球独立之路》、《琉球的“自治”》、《冲绳岛屿经济史》、《密克罗尼西亚群岛》等。

  

  琉球民族意识的觉醒和发展

  《南风窗》:请问松岛先生的琉球人意识是怎样形成的呢?

  松岛:1972年也就是“琉球复归日本”那年,我正念小学三年级。班主任认为“冲绳既然成为日本的了,就必须说日本语”,学生被禁止说被视为方言的琉球语,如果谁违反了,就被罚在脖子上戴写有“方言札”三字的牌子。这是我本土意识的最初觉醒。现在想想,我依然认为是很屈辱的事。

  听说在日本其他的地方也存在“方言札”这样的事,但与在其他地区推行“普及标准语”不同,在近代以来作为日本殖民地的琉球采用这样的惩罚措施,包含着抹杀琉球民族文化的意图。

  在东京念大学的时候,因为我的皮肤比较黑,日语发音不标准,所以大多日本人和我谈话的时候都会问“你是从哪个国家来的呢”这样的话,是把我视为外国人的。因此,我慢慢地会自问身份问题。其他琉球学生和我有同样的经历,也会经常一起讨论这些话题。

  我的民族意识得以强化的契机是1996年参加联合国人权委员会举办原住民工作坊。在这个工作坊讨论的基础上,《关于原住民权利的联合国宣言》这一国际法规2007年发布了。我开始考虑能否基于国际法来保障一个民族的生活方式,通过联合国解决琉球的殖民地问题。

  1997年以来,我在关岛生活了两年,在帕劳共和国生活了一年。帕劳人口不到2万人,但实现了民族独立,民族文化、自然环境得到保护,经济也得以发展。我认为琉球人能从帕劳民族的生存方式中学习到很多东西。此外,关岛和琉球一样存在美军基地,在关岛,查莫罗人通过联合国和活用国际法不断推进去殖民地化的运动。其他的太平洋岛屿也有许多原住民在推进去殖民地化运动。由此,我也不断反思“琉球人应该是做些什么呢”,“现在琉球人的主体性充分发挥出来了吗”等问题,可以说,正是在与其他岛屿的比较中,我的民族意识得以不断强化。

  在日本人的认识和生活中,琉球的美军基地问题是非常小的,很多人只有在想到“疗愈的观光地”时才会意识到这一问题,对琉球人的痛苦和烦恼感同身受的人少得惊人。每天与日本人、日本政府、日本大众媒体打交道,“日本会为琉球努力争取”这样的期待和幻想就会丧失,越来越明确地认识到琉球人必须用自己的头脑来思考,自身不行动什么也不会改变。

  《南风窗》:有人批评说琉球民族主义具有排外性,可能是在琉球的日本人的批评吧,您对此有何看法?

  松岛:民族主义是有排外主义的一面,但排外主义并不全源于民族主义。我在《走向琉球独立之道》一书中曾写道,“我是琉球的爱国者,不是国粹主义者。”国粹主义者认为只有自己国家是优秀的,把其他国家置于自己国家之下来看待。而世界上以与其他民族共生共存为目标的民族是很多的,特别是原住民族,多民族共生共存的案例屡见不鲜。琉球吸收了泛亚-太平洋区域各种各样的文化形成了自身的文化,现在琉球生活不同民族的人们,我认为非排外主义的民族主义在琉球是可能的。

  “民族主义等于纷争、战争、反和平”这样的图式是非常表面化的,是支配一方的理论。新崎盛晖先生经常以前南斯拉夫为例来说民族主义的危险性,但前南斯拉夫与琉球的历史、政治、地理背景全然不同。和平实现民族独立、国家在独立后和平存续的例子在世界上是很多的。

  民族主义本来只是发生纷争的原因之一,却将其说成是主要原因;民族有可能成为去殖民化运动领导者,却将这一抵抗集团形成的可能性排除——这不是只能取悦殖民统治者吗?我认为,今天的琉球应仿效甘地在印度推行的去殖民化运动,推行非暴力主义的民族运动。

  把本民族视为怎样的民族是自由的,也是国际社会认可的。大阪、滋贺、兵库等日本的关西地区,也有致力于将城市建设成在日的朝鲜人、中国人、巴西人、菲律宾人等诸民族共生的地区。相互间承认对方作为民族的存在,可通向和平主义。反之、取消民族的存在则将招致对立与纷争。

  

  琉球有能力自主发展

  《南风窗》:在经济全球化的境况中,如果琉球真的实现独立,如何规划经济政策以求生存呢?

  松岛:我们有必要对至今施行的振兴开发政策做一个反思了。到目前为止都是由日本企业带头进行基础建设,然而日本政府作为开发重点设立的金融特区、IT特区、自由贸易区等几乎都以失败告终。在市场竞争推动下,日本企业不断推进对琉球企业的合并,导致琉球企业破产增加、失业问题难以解决。

  琉球作为一个独立国家存在于东亚、东南亚有500年的历史。从琉球人的世界性意识、琉球人的政治经济能力的增长、经济的全球化、亚洲经济的发展等方面来看,琉球脱离日本的话反而更能拓展其经济发展的可能性。

  由握有经济主导权的日本政府施行的振兴开发,缺少琉球人这个主体的存在和参与。琉球如果独立了,将获得关税、货币、预算等主权,琉球人的就业增加,琉球企业发展将不断推进。冲绳县现在每年缴纳2700亿日元的国税给日本政府,若琉球独立的话这将成为琉球自己可支配的财产。此外,冲绳县的地方税收入大约有1100亿日元。美军基地撤走后,对遗址的利用所能产生的经济效益将是现在的数十倍以上。

  琉球群岛上有人居住的岛屿大约有40个。仅就冲绳县而言,北部、中部、南部的自然环境和经济环境也不同,那霸市的经济政策就不适用于西表岛,每个岛的经济政策都应不同。新的经济政策不应当由中央政府集权决定,而应该由各岛的住民自己决定,形成岛屿联合型国家。

  日本政府将那种高壁垒、排他性的经济圈的经济政策也强加于琉球身上。我曾经生活过的与那国岛与台湾之间仅只有100公里,却被禁止直接贸易。冲绳县曾经两度向日本政府提出国际交流特区的构想,但都被回绝。

  独立后的琉球,将降低壁垒,不仅是在经贸方面,也将努力在文化社会方面成为交流据点,积极发展国际交流。作为岛国,壁垒越低,越是繁荣。

  50万左右的琉球人生活在世界各地。这种人力资源网也是国家建设的巨大资产。琉球认同,应当是超越近代国民国家框架的构造。琉球人不仅限于住在琉球列岛的人们,而是包括与琉球有所关联的所有的人。

  《南风窗》:在目前的国际格局下,您又怎么看琉球的安全保障问题呢?

  松岛:日本自卫队属于日本军队,在冲绳战役中日本军队并没有保卫冲绳人民,而是虐杀他们,并逼迫他们集体自杀。在太平洋诸岛也是同样。由于岛屿被海洋所包围,如果在岛屿上发生战争的话,岛上居民将无处可逃,从而产生巨大的牺牲。另外,现在是导弹战争的时代,强化琉球的军事力量并不能产生威慑力,反而可能使之成为导弹攻击的目标。

  自卫队及美军基地是为了保卫日本人,而不是琉球人。说到琉球的安全保障问题,我们不得不考虑它到底是为谁提供的安全保障这一问题。必须看到,岛上驻军就意味着一旦爆发战争就会成为攻击的对象,而和平时期的日常生活也不断受到军人的干扰。

  我认为,把琉球变为如北欧的奥兰多诸岛那样的非武装中立的岛屿,将有助于维持琉球乃至整个东亚的和平。至于自卫队对琉球社会的渗透,关于在与那国岛上建设基地的问题,居民们的意见并不统一。此外还存在着教科书问题、历史表述问题等等,因此可以说琉球人并不接受作为日本军队的自卫队。

  大部分已实现独立的太平洋诸岛目前已没有军队驻扎,哥斯达黎加也没有。非武装中立并不是一个理想理论,它在现实中是存在的,琉球也可以走这条道路。

  琉球是无法依靠军事力量来保全的。琉球的真正财富是从王国时代积累下来的与东亚、东南亚诸国以及太平洋诸岛的历史、文化、人文联系。我认为,促进琉球与亚太地区的交流,活跃经济投资,扩大航空交通网络,把琉球变成亚洲人相互交流的中心,加强人与人之间的相互信赖才是琉球的有效安全保障。正是由于人与人之间存在不信任才会导致战争的爆发。与其建立基地,不如积极争取联合国亚洲总部、联合国机关、以及国际NGO机关等设在琉球,这更能够维持岛内和平,也能带来更大的经济成效。

  很多日本人都认为琉球要独立,中国将要侵略琉球。来自中国的侵略只不过是关于未来的一个假说而已,但日本侵略琉球、日美对琉球进行殖民统治这一事实却是琉球人需要迫切解决的课题。所谓“中国将要侵略琉球”,不过是日美为了永远延续其对于琉球的殖民支配而造出的威胁言论。

  

  不能寄希望于日本政府

  《南风窗》:那么,琉球实现独立的可行性有多少呢?

  松岛:琉球现在正在进行包括争取独立在内的去殖民地化运动。琉球人从1996年起到现在,每年都会在联合国原住民工作坊、原住民族问题常设论坛、废除种族歧视委员会以及去殖民地化特别委员会等地开展去殖民地化运动。这些努力的结果是,联合国针对市民权利及政治权利的规约委员会于2008年承认了琉球人的原住民族身份。2010年,联合国废除种族歧视委员会认为琉球人为独立的民族,并且视美军基地的强行逼迫为种族歧视行为。联合国劝告日本政府,在致力于使琉球的义务教育采用琉球语的同时,应在监察歧视行为及权利保护方面与琉球进行协商。

  所有殖民地都可以行使受国际法保护的自我决定权,可以通过居民投票来决定政治地位,可以设立独立的政府和议会。世界上许多生活在殖民地的人们,为了摆脱大国的支配与歧视,为了保卫和平、生命、生活以及基本的人权,选择了独立的道路。琉球也正在走向这条道路。

  目前,世界上有独立运动正在开展着。关岛政府去殖民地化委员会将在今后3年以内举行居民投票以决定其新的政治地位。新喀里多尼亚从20世纪70年代起开始兴起独立运动,于2014年之后举行关于独立事宜的居民投票。苏格兰将于2014年举行关于从英国中独立出来问题的居民投票。2012年9月,在西班牙的加泰罗尼亚发生了150万人规模的要求独立的示威游行,该自治州也将举行关于独立与否的居民投票。

  琉球人也可以通过使用受国际法保护的民族所拥有的自我决定权来废除被强加的V-22 飞机及美军基地,以及被压榨的经济和被同化的教育等殖民地统治。琉球独立是琉球人可以实行的一个非常现实的政治战略。

  《南风窗》:关于琉球独立的倡言,琉球的年轻人是什么反应呢?

  松岛:琉球的年轻人现在很矛盾。首先是就业,20到30岁人群的失业率接近30%,他们希望“有可能的话想在岛内就业”。也有很多琉球人就职于冲绳县厅和美军基地,这些地方被认为是“稳定的用人单位”。

  对琉球来说,美军基地是万恶之源,但又面临着为了就业而不得不闭口无言的现实。但是,年轻人走向世界,通过与关岛、夏威夷等地的交流,反对美军基地的人在增加。如果向年轻人展示经济发展的前景展望,他们希望独立的意志将愈加高涨吧。

  “琉球民族独立综合研究学会”的中坚层大多是琉球归属日本后出生的30到40岁的年轻学者,“复归日本”后出生的人群开始支持“独立论”了。

  就像当初的“复归运动”一样,不要寄希望于日本政府。像我这样有海外生活经历的人将逐渐从国际性视野来思考琉球的未来。那些60岁以上一力促成的“回归日本运动”的人们,当初自己到底做了什么呢?他们也开始边反省边讨论独立了。

第13回ゆいまーる琉球の自治in石垣島をyou tubeにアップしました

第13回ゆいまーる琉球の自治in石垣島をyou tubeにアップしましたので、ご関心がありましたら、ご覧下さい。

第13回ゆいまーる琉球の自治in石垣島

柳原銀行記念資料館と琉球

昨日は、今日と最大の被差別部落、崇仁地区のまちおこし活動をされている山内さんをはじめとする柳原銀行記念資料館の方々と打ち合わせ、交流会を東九条の韓国料理店で行いました。来年、2,3月に柳原銀行記念資料館で、琉球の差別問題、独立・自治・自立、歴史や文化に関する企画展、そしてシンポが開催される予定です。

学生や研究会メンバー、関西の琉球人等と協力しながら準備を進めていきたいです。被差別部落と琉球が抱える差別問題を深く見つめ、考え、差別を跳ね返るための言葉や勇気を昨晩の交流会ではもらいました。

来週土曜日は、崇仁コミュニティーセンターにおいて、龍谷大学大学院博士課程の李君が、内モンゴルにおける定期市の役割を崇仁地区におけるまちおこしと関連させた報告をする予定です。

琉球独立へ高まる関心/学会の研究深化に期待

沖縄タイムスの論壇に掲載された金城先生の論考を紹介します。金城先生は本学会の発起人、会員にもなって下さいました。ともに独立について真摯に議論しましょう。




[論壇]/金城一雄/琉球独立へ高まる関心/学会の研究深化に期待
2013.05.26  


 5月15日・復帰の日に「琉球民族独立総合研究学会」が設立された。

 設立の目的は「琉球の島々にルーツを持つ琉球民族の琉球民族による琉球民族のための学会であり、琉球の独立が可能か否かを逡巡(しゅんじゅん)するのではなく、琉球の独立を前提として、琉球の独立に関する総合的な研究を行うとともに、会員の研究成果の発表と相互交流を通じて、琉球の独立に資すること」(会則第2条)にある。

 また設立趣意書では、「琉球民族は本来、ネイション(民族、人民)であり、国際法上で保障された『人民の自己決定権』を行使できる法的主体である。琉球の地位や将来を決めることができるのは琉球民族のみである。(中略)琉球は日本から独立し、全ての軍事基地を撤去し、新しい琉球が世界中の国々や地域、民族と友好関係を築き、琉球民族が長年望んでいた平和と希望の島を自らの手でつくりあげる必要がある」と明記している。

 同学会の特色は、研究にとどまらず、琉球独立を大前提として、その実現のための研究と実践課題の遂行にある。解決すべき実践課題と研究を架橋せんとする学会は他にも在るが、琉球独立を至高の目的とする学会の設立は初めてである。

 準備会で共同代表を務められた男女5人は、いずれも30~50代前半の働き盛りであり、何よりも海外での研究、生活歴を有していることが頼もしい。これは国際的なネットワーク構築や国連等との連携を図る際には必ずやプラスに作用する。

 会員資格は「琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族に限定」(第4条)されるが、研究者だけでなく誰でも入会できる。「琉球民族に限定」することについては「排外主義」との批判もあるが、「民族の自己決定権」の視点に立つならば、当面は限定的であってもよい。ただし、賛助会員制度の導入等、正会員以外の参加に工夫が必要だろう。

 設立発起人は70人、職業も多様であると聞く。また設立シンポへの参加者も激しい雷雨の中にもかかわらず250人に及び、独立への関心の高まりがうかがえた。

 いよいよ琉球独立論は、「居酒屋談議」を脱し、学術的論議を深めつつ、重荷を背負いながら旅立つことになる。私は居酒屋談議を否定する者ではない。英国ではパブ(大衆酒場)での論議・発信が社会的大改革への導火線となりえた。問題は確かな知見と情報が共有されることだ。発足した独立学会が広く県民に開かれ、研究を深化させつつ、内外への広報を充実していかれるよう望みたい。(沖縄大学教授、浦添市、64歳)

沖縄タイムス社

怒り、落胆 高まる反発/独立論に新たな芽

琉球独立に関する共同通信社配信の記事をご紹介します。




<核心評論>沖縄復帰41年/中川克史(共同通信那覇支局長)/怒り、落胆 高まる反発/独立論に新たな芽
2013.05.18 琉球新報朝刊  


 沖縄の復帰41年を迎えた5月15日、沖縄県内の各地で米軍基地負担に抗議する集会あるいは復帰を祝う集まりがあったが、政府主催の復帰40年式典が開かれた昨年とは異なり、目立った公的行事はなかった。

 むしろ沖縄では41年前の「復帰」が真の意味での復帰ではなく、沖縄を支配する「施政権」が米国から日本に変わっただけだったという怒り、落胆あるいは苦い思いがじわりと広がっている。

 昨年来、政府に対する強い反発を引き起こす数々の動きがあった。知事、県議会のほか県内全市町村長と全議会が反対した米軍普天間飛行場への新型輸送機MV22オスプレイの配備、同飛行場移設に向けた名護市辺野古沿岸部の埋め立て申請、県の頭越しに結ばれた尖閣諸島周辺の漁業権をめぐる日本と台湾の協定、1952年にサンフランシスコ講和条約が発効し、本土から切り離された沖縄にとっては「屈辱の日」に当たる4月28日の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」-。

 並行して「沖縄の独立」が、各種の集会やシンポジウムで取り上げられる機会が増えている。独立論はかつて「居酒屋独立論」として、まともに相手にされなかったというが新たな芽が生まれている。

 沖縄の現状を「植民地」と位置付ける大学教授ら県内外の有識者が15日、「琉球民族独立総合研究学会」を設立。独立に向けた法整備などを含め、各方面の検討を本格化させた。会則で「会員は琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族に限定する」としている点も、「民族自決」を前面に立てた真剣さの表れと言っていいだろう。

 折から5月8日付の中国共産党機関誌「人民日報」は、「沖縄は中国の属国だった」との論文を掲載した。事実誤認ではあるが、日本政府の痛いところを突くくせ球という側面もあろう。

 1609年と1879年。二つの年は沖縄にとって大きな意味を持つ。江戸時代の薩摩藩による武力侵攻、明治政府による琉球処分(併合)完了の年だ。現在の沖縄が「紛れもなく日本の領土」(菅義偉官房長官)であるにしても、人民日報論文は、過去に日本本土勢力による暴力的支配があったことをあぶり出す。

 そして戦後の米国による支配が過去のものとなった今も、国土面積の0・6%の沖縄に在日米軍専用施設の74%が集中する現状はやはり異常だ。「植民地」の訴えが出るのは理解できる。

 安倍晋三首相は4月28日の式典で「沖縄が経てきた辛苦に、ただ深く思いを寄せる努力をなすべきだと訴えようと思う」と述べた。力強く「思いを寄せる」と言い切ってほしいと思った沖縄関係者は少なくないだろう。痛みを理解し分かち合ってこその、政府そして国民であろう。

(共同通信)

今日の朝日放送ラジオインタビューの録音

今日の朝日放送ラジオでの私のインタビューを下記のリンクで聞くことができます。「特集」の項目をクリックして下さい。また『琉球独立への道』も紹介して下さっております。にふぇーでーびる。



おはようパーソナリティ道上洋三です

今日、朝日放送ラジオで琉球について話しました

今朝、8時20分から朝日放送のラジオ番組「おはようパーソナリティ」という番組で沖縄戦、琉球独立、経済自立、基地問題などについて20分間ほど話してきました。

司会者の道上さんのこの番組は37年間続いているそうです。関西を中心に大分県までラジオを聴くことができます。

番組途中から視聴者から応援や励ましのメッセージが届いていたと聞きました。

琉球独立のよもやま話

次のような記事が沖縄タイムス紙に掲載されていましたので、ご紹介します。


[茶のみ話]/宮城一史(61)/琉球独立のよもやま話
2013.06.09 朝刊 5頁 オピ2 (全602字) 


 今年5月、琉球民族独立総合研究学会が設立された、と聞いた。その背景には、「琉球は明治政府による琉球併合(1879年)から現在にいたるまで日本そして米国の植民地となり、両政府による差別や搾取、支配の対象となってきた。そこから抜け出すには日本から独立して、全ての軍事基地を撤去し、世界の国々や地域、民族と友好関係を築き琉球民族が長年望んでいた平和と希望の島を自らの手でつくりあげる必要がある」との趣意のようである。

 果たして沖縄が独立できるのだろうか。確かに独立すれば安保条約も解消されて米軍基地は撤去されるだろう。自衛隊にしても現憲法では戦争の放棄と非武装をうたっており、外国(沖縄)に自衛隊を置くことはできなくなると推考する。

 では国土はどう守るのか、アメリカや日本と交渉して安全保障条約を結ぶのか

あるいはスイスのように永世中立国として独自の防衛政策を取るのか、国の基本法である憲法は創るのか、復帰前のようにパスポートも必要になるのではと、あれこれ考えていたら、山之口貘の詩「弾を浴びた島」を思い出した。

 「島の土を踏んだとたんに ガンジューイとあいさつしたところ はいおかげさまで元気ですとか言って 島の人は日本語できたのだ 郷愁はいささか戸惑いしてしまって ウチナーグチマディン ムルイクサニ サッタルバスイ」。日本国民の一員になりたい、ウチナンチュの心情を詠んだと思うが、今は独立か~。(沖縄市)

「独立」語る沖縄の決意

「「独立」語る沖縄の決意」というテーマでアエラの最新号で琉球独立を取り上げています。
ご関心がありましたら、読んでみて下さいね。



「アメリカ世」、「ヤマト世」を経て「ウチナー世」へ

「差別」「植民地」。本土への不信が強まる沖縄で頻繁に聞かれる言葉だ。
そしてついに「独立」も語られ始めた。

中国側も敏感に反応した。

基地問題解決の近道は、本土との決別しかないのか。


小学校のころ、島の言葉を話した罰として方言札(木札)を首にかけられた経験も。「日本の植民地支配は基地問題だけじゃなく、たくさんある」

(AERA最新号:「独立」語る沖縄の決意で、松島泰勝さん)

AERA最新号から

ヤマト民族の本音とは?

本ブログの読者から次のようなご意見を頂戴しましたので、皆さんとシェア―します。
日本人に対する琉球人の観察に基づいた、怒りが示された言葉だと思います。




ヤマト民族の本音とは?
松島先生、私は大和国の滋賀、岐阜県で約10年間、生活
してみてヤマト民族の特性を報告致します。

◎世界屈指の排他的民族&世界最大の首狩族と言われる大和民族

建前の文化が特徴で人前で本音は語らない特性のある民族である。

◎私が琉球独立論を推薦する理由。『切られる前に切る』

琉球民族は日本から独立すべきです。


『沖縄人の評価?』大和人の本音とは!

在日米軍の74%を沖縄に閉じ込める、日本人(大和民族)の本音は?



★琉球民族は日本民族(大和民族)ではない。

★天皇・皇族に忠誠を尽くす事をしない琉球民族。

★米軍基地が沖縄にあるのは当たり前だ、「日本は戦争に負けたんだよ」

★米軍基地を負担する代わりに「大金を払っているが不満を言う沖縄人」礼儀知らずだ。

★有事の際、日本本土を守るために琉球人に身代わりになってもらおう。

★沖縄が経済自立させないために「数々の工作」が行われた。

★米兵の凶悪犯罪は大目にみて逃がしてやれよ、日本を守っているのだから。

琉球民族独立総合研究学会 設立趣意書

今年10月には第一回の学会大会が開催されます。琉球にルーツを持つ方で本学会に趣旨に賛同される方の入会を求めます。琉球独立を前提として、琉球独立について皆で議論しましょう!




琉球民族独立総合研究学会 設立趣意書

琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族は独自の民族である。15世紀半ばのポルトガル人、トメ・ピレスが書いた『東方諸国記』において、琉球民族はレケオ人、ゴーレス人と呼ばれ、「かれらは正直な人間で、奴隷を買わないし、たとえ全世界とひきかえでも自分たちの同胞を売るようなことはしない。かれらはこのことについては死を賭ける」と記述されている。また、琉球國はかつて独立国家であり、『歴代宝案』において明らかなように、アジア諸国と外交関係を結び、19世紀中頃には欧米諸国とも友好条約を締結していた。

現在、琉球の島々には琉球民族が住んでおり、また日本国、そして世界各地にも琉球民族が生活をしている。5年に一度、「世界のウチナーンチュ大会」が琉球で開催され、2011年には第5回目を数えた。2012年にはブラジルにおいて「第1回世界若者ウチナーンチュ大会」も開催された。琉球民族は移民先でも生まり島のことを忘れず、琉球の文化や言語を守り、琉球民族アイデンティティの根を張り続け、世界中に琉球民族ネットワークを形成してきた。

他方で、1609年の薩摩侵攻に端を発し、1879年の明治政府による琉球併合以降、現在にいたるまで琉球は、日本、そして米国の植民地となっている。琉球民族は、国家なき民族(stateless nation)、マイノリティ民族(minority nation)となり、日米両政府、そしてマジョリティのネイションによる差別、搾取、支配の対象となってきた。

このことは、例えば1945年に琉球の地を日本が太平洋戦争の地上戦の場(=捨て石)としたことや、1952年に自らの主権回復のために琉球を質草にしたこと、米国軍政府による戦後27年間に及ぶ抑圧的支配、そして、1972年のいわゆる日本「復帰」(=日米の密約を伴う琉球再併合)後も日米が「日本国土」の0.6%の琉球に米軍基地の74%を押し付け続けていることなどからも明らかである。

さらに、現在進行形の出来事として、1997年、米軍用地特別措置法改定により琉球の土地を強奪し、そして、全42議会の反対決議、知事や全市町村長、琉球民族一人一人による反対にもかかわらず、2012年、日米によりMV22オスプレイが琉球に強行配備された。これもまた明らかな琉球差別であり、植民地支配である。

日本人は、琉球を犠牲にして、「日本の平和と繁栄」をこれからも享受し続けようとしている。このままでは、我々琉球民族はこの先も子孫末代まで平和に生きることができず、戦争の脅威におびえ続けなければならない。また、日本企業、日本人セトラーによる経済支配が拡大し、日本政府が策定した振興開発計画の実施により琉球の環境が破壊され、民族文化に対する同化政策により精神の植民地化も進められている。これは奴隷的境涯である。

琉球民族は本来、独自のネイション(nation、peoples、民族、人民)であり、国際法で保障された「人民の自己決定権」を行使できる法的主体である。琉球の地位や将来を決めることができるのは琉球民族のみである。琉球民族は独自の土地権、資源権、生存権、環境権、発展権、民族自治権、内政権、外交権、教育権、言語権等の集団的人権を有する民族である。

琉球は日本から独立し、全ての軍事基地を撤去し、新しい琉球が世界中の国々や地域、民族と友好関係を築き、琉球民族が長年望んでいた平和と希望の島を自らの手でつくりあげる必要がある。

琉球民族の独立を目指し、琉球民族独立総合研究学会を設立する。本学会の会員は琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族に限定する。本学会は「琉球民族の琉球民族による琉球民族のための学会」である。
 
本学会は学際的な観点から琉球独立に関する研究を行う。学会の担い手となるのは琉球の独立を志す全ての琉球民族である。学問は一部の研究者に限定されるべきものではない。琉球民族という当事者が直面している植民地主義の諸問題を分析し、それを解決するための思想や方法について検討し、議論を行い、実践する過程で学問が生まれ、深化し、琉球民族が真に解放されるのである。
 
琉球の独立が可能か否かを逡巡するのではなく、琉球の独立を前提とし、琉球の独立に関する研究、討論を行う。独立を実現するためには何が必要なのか、世界の植民地における独立の過程、独立前後の経済政策および政治・行政・国際関係の在り方、琉球民族に関する概念規定とアイデンティティ、琉球諸語の復興と言語権の回復、アート、教育、ジェンダー、福祉、環境、マイノリティ差別、格差問題、在琉植民者の問題等、琉球独立に関する多角的および総合的な研究、討論を行い、それらを通して人材の育成を行う。

さらに、本学会では同様に独立を目指す、グアム、台湾、ハワイ、ニューカレドニア、仏領ポリネシア等のアジア太平洋諸島、スコットランド、カタルーニャ、フランドル、バスク、コルシカ等の欧州地域等や、独立国となった太平洋島嶼国等の人々とも研究交流を促し、琉球独立のための世界的なネットワークを構築する。学会の研究成果を踏まえて、国連の各種委員会、国際会議に参加し、琉球独立のための世界的な運動等も展開する。

日米によって奴隷の境涯に追い込まれた琉球民族は自らの国を創ることで、人間としての尊厳、島や海や空、子孫、先祖の魂(まぶい)を守らなければならない。新たな琉球という国を創る過程で予想される日本政府、日本人、同化されてしまった琉球民族、各種の研究者等との議論に打ち勝つための理論を磨くためにも琉球民族独立総合研究学会が今ほど求められている時はない。

 我々は国際人権規約共通第一条に規定された「人民の自己決定権」に基づき、琉球独立という本来の政治的地位を実現することを目指し、市民的及び政治的権利に関する国際規約の第18条「思想、良心及び宗教の自由」、第19条「表現の自由」、さらに第7条「少数民族の権利」に拠って、琉球独立に関する研究を琉球民族として推し進めていく。

琉球史上はじめて創設された琉球独立に関する学会の活動によって、琉球民族が植民地という「苦世(にがゆー)」から脱し、独自の民族として平和・自由・平等に生きることができる「甘世(あまゆー)」を一日も早く実現させるために本学会を設立し、琉球の独立を志す全ての琉球民族に参加を呼び掛ける。


2013年5月15日 琉球の独立を求め、決意を新たに

琉球人同士で語り合った大阪での夜

先週の土曜日は大阪大学で開催された日本平和学会の、「琉球分科会」において桃原さんと大城さんがご報告して下さいました。会場には40人近い参加者がおり、質問や意見も多く出され、大きな関心がもたれた分科会となりました。

桃原さんは琉球におけるポストコロニアリズムのターゲットに琉球人若者がなっている状況を詳しく説明され、日本や日本人の問題性を深くえぐりだしました。

大城さんはディエゴガルシアという島の住民が、基地を作るために強制的に移住させられ、その後の英米両帝国に対する土地返還運動の意味について報告し、インド洋にある島嶼の植民地主義を琉球と比較しながら考えることが出来ました。

学会が終了して、大学近くの焼き鳥店で他の琉球人の仲間を待ちながら、ゆんたくをしました。長く日本に住む狩俣さんが宮古島の話し方で宮古島の話をされたのが印象にのこっています。

その後、皆で関西沖縄文庫に移動し、文庫内で金城さんから文庫の最近の活動を聞きました。そして近くにある、ピナイサーラという琉球居酒屋に行き、交流会をしました。

そこで、大阪に住んで30年以上の琉球人女性から、「自分は琉球人である」とはっきりと自覚したと聞いて、大変、感動し、勇気をもらいました。ご自分の気持ちを全国紙でも表明され、琉球人として生きる一貫として、大城さんの国際法の勉強会にも参加しているそうです。

皆で、桃原さん、大城さんのつかれのーしをし、琉球人同士のつながりを深めることができた夜でした。

「琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和」分科会


昨日は、桃原さんの民際学研究会の報告は3時から6時まで続きました。白川フリマが琉球の植民地主義において形成された意味を学ぶことが出来ました。近代化や開発の暴力の中で、琉球人が「森」というアジール、コモンズを作り、自らでもうひとつの「琉球社会」を「工作」しているという新たな事実を知ることもできたことも、大変、刺激的な報告でした。形成8時過ぎまで東九条のコリア料理店で交流会をしました。

今日は、大阪大学豊中キャンパスで開催される日本平和学会の琉球分科会において、桃原さんと大城さんが報告されます。時間は午後12時からです。

琉球とディエゴガルシアを比較しながら、島の平和を考えてみたいです。また夜は友知さん、野村さんを交えて交流会をするのも楽しみです。

「琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和」分科会

報告:桃原一彦(沖縄国際大学)「<沖縄>をめぐる世代間の断層と再政治化」
報告:大城尚子(大阪大学大学院生)「21世紀の植民地主義――ディエゴ・ガルシアの土地返還要求運動を事例に」(レジュメ)

討論:松島泰勝(龍谷大学)

司会:竹尾茂樹(明治学院大学)

公開討論会「フォーラム4・28 沖縄から『主権』を問う」動画 その4 琉球新報

4月25日のフォーラムで、私が琉球独立論を述べた部分がある動画です。佐藤さんは琉球独立には反対であるというお立場です。

今回のフォーラムでは時間の制限もあり、琉球独立に関して互いに議論する時間がありませんでしたので、次回、とことんまで議論ができたら幸いです。


https://www.youtube.com/watch?v=w3BrptaG2eM

今日,桃原一彦さんが琉球から関西にこられます。


今日,桃原一彦さんが琉球から関西にこられます。昼食を一緒に食べながら、3時から始まる研究会の打ち合わせを行います。3時からの研究会のために頂戴したレジュメはとても充実した、深く、刺激的なものであり、研究会の議論が楽しみです。

その後、在日コリアンの店が多くある東九条に行き、交流会を行う予定です。今日も一日、京都は議論で、また琉球への思いで一層、暑くなりそうです.

テーマ:沖縄における米軍基地とポストコロニアル都市―コザの街を中心に―
講 師:桃原一彦(トウバル カズヒコ)先生 沖縄國際大学 
場 所:紫英館 第2共同研究室

日 時:6月14日(金) PM15:00~

ご参加の方が多数になると予測しておりますので、
事前に以下のメールアドレスまで、 ご連絡くださいますようお願いいたします。

minsaik@yahoo.co.jp 皆さんのご参加をお待ちしております。

琉球独立领袖:看到中国人主张夺回冲绳 很害怕


6月10日、香港に拠点を置くフェニックステレビで放映された小生のインタビュー動画をシェアーさせていただきます。


http://www.youtube.com/watch?v=XJTlEJ5zUGk

21世紀の植民地主義――ディエゴ・ガルシアの土地返還要求運動を事例に


6月15日、大阪大学豊中キャンパスで開催される日本平和学会の琉球分科会において、桃原さんと大城さんが報告されます。
時間は午後12時からです。

琉球とディエゴガルシアを比較しながら、島の平和を考えてみたいです。

「琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和」分科会

報告:桃原一彦(沖縄国際大学)「<沖縄>をめぐる世代間の断層と再政治化」

報告:大城尚子(大阪大学大学院生)「21世紀の植民地主義――ディエゴ・ガルシアの土地返還要求運動を事例に」(レジュメ)

討論:松島泰勝(龍谷大学)

司会:竹尾茂樹(明治学院大学)

沖縄における米軍基地とポストコロニアル都市―コザの街を中心に―


龍谷大学社会科学研究所民際学研究会主催の研究会が開催されます。関西にお住まいの方は是非、ご参加ください。


テーマ:沖縄における米軍基地とポストコロニアル都市―コザの街を中心に―

講 師:桃原一彦(トウバル カズヒコ)先生 沖縄國際大学 

場 所:紫英館 第2共同研究室

日 時:6月14日(金) PM15:00~

ご参加の方が多数になると予測しておりますので、

事前に以下のメールアドレスまで、

ご連絡くださいますようお願いいたします。

minsaik@yahoo.co.jp

皆さんのご参加をお待ちしております。

香港フェニックステレビのインタビュー記事

先月、東京で行った香港のフェニックステレビのインタビューが掲載されましたので、シェアーいたします。





沖繩獨立領袖很害怕中國要奪沖繩

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http://news.wenweipo.com [2013-06-10] 我要評論(35)


放大圖片

【文匯網訊】琉球民族獨立學會代表松島教授說,看到中國的遊行示威有人舉標語要奪回衝繩,沖繩人看了很害怕,因為琉球不是物品,不願被當成交易的材料。



據鳳凰衛視報道,在日本,沖繩獨立論近期再度浮出水面,上月宣佈成立的琉球民族獨立學會主張琉球應當從日本獨立,創建琉球人自己的和平國家。學會代表松島泰勝在東京接受了鳳凰衛視的採訪。



沖繩獨立運動的中心人物、琉球獨立學會創建人松島泰勝在東京接受鳳凰衛視採訪,他將沖繩稱作是日本的殖民地,多年來受到本土歧視。41年來,74%的駐日美軍基地都集中在沖繩,現在正是沖繩人擺脫不公平待遇的時候了。



日本龍谷大學教授松島泰勝:「琉球人的意願很難在日本這個國家裡反映出來,因此我們要重新考慮沖繩縣的政治地位。琉球人對美軍基地、日本政府的處理方式非常不滿」。



而《人民日報》5月發表論文稱,琉球問題應該再議,之後《環球時報》也呼籲中國民眾支持沖繩獨立。松島教授否定沖繩獨立運動會接受中國援助的可能性,他說,琉球獨立是琉球人自己的事情,不需要中國的支援。



記者:「沖繩需要中國的支援嗎?」



日本龍谷大學教授松島泰勝:「我們不需要中國的全面援助。琉球獨立由我們琉球人自己來討論」。



松島教授說,看到中國的遊行示威有人舉標語要奪回衝繩,沖繩人看了很害怕,因為琉球不是物品,不願被當成交易的材料。



而參與沖繩獨立運動的人士,在日本也受到右翼威脅,社民黨國會議員照屋寬德公開主張沖繩獨立,日本媒體報道稱他和中國遙相呼應,數十名右翼團體成員來到議員會館抗議示威,痛罵照屋議員是賣國賊,要求他立即辭職。



現在在日本國內支持沖繩獨立的聲音是極少數,所以短期內沖繩實現獨立的可能性幾乎沒有。但是在日本我們又感到儘管沖繩是日本的一部分,但是沖繩和日本本島無論是在地理上還是心理上都有著相當遙遠的距離。

第13回ゆいまーる琉球の自治in石垣島 16

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集いが終了した次の日の朝、参加者で集まり、今回の集いの総括を行いました。それぞれが、それぞれの立場で石垣島の戦争の歴史、現在の国との闘い、市行政批判、平和な島づくり、そして西表島や竹富島における琉球人の島を守る活動等について発言しました。この集いで学んだことを、どのようにまた八重山の島々の平和のために還元し、また自分が生きる地域の平和に活かしていくかが、それぞれの参加者に問われています。


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齊藤さんと新元さんはこの後、与那国島に行き、田里さんを中心とする自衛隊基地反対の住民と会い、話を聞き、励まし合ったそうです。また参加者の中には、潮平さんや三木さんの案内でさらに島の各地を回って、学んだ方もいました。


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たあずぐやーの民宿にあった花です。民宿のあんまーとも親しく話をすることができました。ホテルよりも島の民宿の方が、いろいろと島のことが学べていいですね。帰りには全員に黒砂糖のお土産まで頂戴しました。みーふぁいゆー。


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石垣新空港のターミナルに飾られていた、クバの葉で作られた、おそらく、カンムリワシです。前のターミナルも味わいがありましたが、新ターミナルでは、人と人との交流ができる空間も多く、非常ににぎやかな、楽しい気持ちになりました。


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父母と一緒に生まれ島、石垣島に来て、集いでも多くのことが学べ、また親戚の方々にもお会いすることが出来ました。その時、丁寧に運転し、一緒に親戚の家を探してくれたタクシー運転手の方にも感謝したいです。父を車いすに乗せ、座席の場所等、JTAのキャビンアテンダントの方々にもご配慮を頂き、お礼を申し上げたいです。今回の集いでは多くの方の自治的精神のおかげて実施することができました。改めて感謝したいです。みーふぁーゆー。

第13回ゆいまーる琉球の自治in石垣島 15

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交流会の最後に新垣さんが、山里さんとの掛け合いで石垣のジラバを歌いました。お二人のジラバは深く私の心に残りました。お二人の、そして、これまで石垣島に生きてきた琉球人の歴史や文化が一つの唄に込められたものでした。島の強さを体全身で感じました。



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山里さんも、石垣島がこれまで受けてきた外からの暴力に対する島民の悲しさが、せつない唄声で表現されました。またこれらの暴力に屈しない島民の独立心、抵抗力をも唄から教わったように思います。



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新垣さんは三線も弾いて下さいました。新垣さんは社会大衆党で活動をしたいたころ、東京で三線を弾きながら選挙活動をしていた様子を新聞で見たことがあります。それほど新垣さんは琉球の文化を愛し、文化で琉球の政治を変えようとしていたと思います。琉球民族独立総合研究学会の発足シンポジウムの最後に、金星さんがデンサー節を歌って下さいました。琉球の唄は琉球人の心を揺り動かす力を持っています。


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翌日は母の日でした。私たちが宿泊した白保でも掲示板に母の日を祝う言葉がありました。白保は心温まる成人式でも有名な場所ですが、地域のいたるとこに、人間の愛を感じることができます。


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その日は、両親とともに親戚にご挨拶をしましたが、その間をぬって、介護老人ホームの前で、琉球独立について八重山日報のインタビュー取材を受けました。翌日、新聞の一面に掲載されました。様々な立場の人が、冷静に琉球独立について考えてほしいと思います。

記事は次のウェブサイトで見ることができます。
http://www.yaeyama-nippo.com/2013/05/13/琉球独立で平和な島に-尖閣は争い棚上げを-市出身の松島教授提唱/

第13回ゆいまーる琉球の自治in石垣島 14

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金星さんが島の唄を歌って下さいました。島での生活が唄ととともに私の心に伝わってきました。お隣におられるのは目取眞さんです。今回は、琉球の空手、独立等について話し合うことが出来て大変良かったです。


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新元さんもマブイの唄を歌って下さり、交流会は大変盛り上がりました。琉球の島々の唄が石垣市一番地で響き合っています。


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島そば一番の島料理も大変おいしかったです。一階では手作りの八重山そばを食べることができるので、皆さんも石垣に行かれる際にはぜひ食べて下さいね。


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新元さんは、琉球弧の住民運動の時から、島の問題に真剣に立ち向かう生き方をしてこられました。次の週には沖縄島で琉球民族独立総合研究学会のシンポがあり、それにも参加されました。その時、宮城=内海恵美子さんと久しぶりに会い、宮城さんのお宅に泊まりました。島を超えた琉球人の団結、友情を感じました。


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沖縄国際大学で行われた学会設立シンポ終了後の交流会で、新元さん、金星さんとの関係についてお互いが楽しく話をされていたのを思い出します。奄美大島と西表島で、互いに島と一体化して、島を守ってきたお二人をみて、話を聞いて、大変励まされました。

『潮流』 「沖縄独立論」の今

中国新聞の論説副主幹・佐田尾信作様が、以下の記事が掲載された新聞を送付して下さいました。皆様とシェア―させていただきます。






論説副主幹 佐田尾信作

 学生のころから旅してきた沖縄に「居酒屋独立論」なる言葉がある。憂さ晴らしの議論を嘆く意味か、実践を伴えと叱咤(しった)する意味か。だが先日、かの地で「琉球民族独立総合研究学会」が旗揚げしたと聞いて、時代の変化を思った。

 リーダーの一人が若手経済学者松島泰勝さん。石垣島生まれでパラオ大使館勤務の経験があり、太平洋の島々の独立に学んできた。著書によると、琉球処分も沖縄返還協定も、政治的自己決定権を保障した国際法に違反しているという。

 日本政府は明治の世に軍隊を用いて琉球王国を併合した。1972年の返還では住民投票もなしに米軍駐留を存続させ、沖縄開発庁(当時)を設置した。では私たちは国連で自らの立場を主張し、完全独立を含む政体を住民投票で選ぶ権利がある、という主張だ。

 ところが学会発足直前、中国の人民日報が「歴史上、帰属が未解決の琉球問題」とする論文を掲載した。「現在の領土の枠組みは尊重する」と後日釈明したものの唐突な論である。

 一方、日本国内では沖縄の独立論がこれに呼応するかのような印象を与える報道が一部にあった。これも首をかしげたくなる。

 というのも、松島さんは「沖縄独立は(中国と冊封(さくほう)朝貢の関係にあった)琉球王国の復活を目指さない」と明言しているからだ。そこに「中国帰属」の選択肢はあるはずがない。

 自治・自立の運動の根っこに、米統治の52年から20年間続いた琉球政府の存在がある。立法院に強い権限があった。「琉球検事」という本が昨年世に出て占領下の法曹の苦闘が明らかになったように、司法権も守った。返還前には行政主席の直接公選制を実現した。

 沖縄独立論は日本と沖縄の関係を総括する議論になるかと思うと、気が遠くなる。時には一献傾けながらもあり、かもしれない。

(2013年5月25日朝刊掲載)

第13回ゆいまーる琉球の自治in石垣島 13

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交流会では、アイヌ民族の川村さんとそのお仲間が合流しました。金星さんのご案内で西表島に行かれると聞きました。左の方がアイヌ民族の唄を歌って下さいました。


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川村さんとは1年ぶりでした。昨年5月、沖縄島で行われた「復帰」に抗議する集会にグアムのチャモロ民族と一緒に行ったとき、アイヌ民族とチャモロ民族との話し合いの時に、通訳をさせていただきました。グアム大学のマイクさんは、アイヌ民族団体の旗をもらい、大切にしていました。


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山里さんは語り方はやさしいですが、島に足をつけてしっかりと、島の自然、しまんちゅの生存や権利を守るための闘いを続けておられます。とれも励まされます。


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潮平さんのお話の中で、琉球独立を島の経済の観点から話して下さったことも大変、印象に残りました。また平和の大切を子供たちに伝える活動もされています。石垣の子供たちは育鵬社の教科書で勉強をしていますが、島人からの話しをしっかり心にとどめてほしいと思います。


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三木さんとも久しぶりにお会いしました。西表島で金星さんと協力して炭鉱に関する記念碑を設立するための活動をされているとのお話を伺いました。また琉球とニューカレドニアとの友好活動にも精力的に取り組んでいます。ニューカレドニアの琉球人についての歴史について伺いました。三木さんがかつて、新聞記者であったころ、太平洋諸島を取材し「オキネシア」という本を出版しましたが、太平洋の島々と琉球をと結ぶ活動を実際に行っており、すばらしいと思います。

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