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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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こう見る特定秘密保護法、住民の基地監視に圧力

京都新聞11月19日朝刊に以下の様な「こう見る特定秘密保護法、住民の基地監視に圧力、龍谷大教授松島泰勝さん」が掲載されました。

 特定秘密保護法案は、憲法の定める「知る権利」を揺るがす危険な法案だ。特に在日米軍基地の74%が集中する沖縄にとって、重大な問題をはらんでいる。

 沖縄は長い間、「軍事上の秘密」の犠牲になってきた。戦時中は当時の軍事保護法の特別地域に指定され、多くの沖縄の人々がスパイ容疑で日本軍に虐殺された。中には、沖縄の言葉を話しただけで疑いをかけられたケースもあった。何が機密なのかはっきりしないまま罰せられる恐ろしさを県民は知っており、自分の問題として捉えている。

 法案の第1条に「我が国及び国民の安全の確保に資する」目的とあるが、沖縄にとって基地は安全に資するどころか命や生活を脅かす存在だ。基地の外でも状況は同じで、2004年に米軍ヘリが沖縄国際大に墜落したときは、日本の警察は現場に近寄れず治外法権状態だった。日常的に「機密の塊」に接して暮らすことを強いられる中で、地元メディアや市民、研究者はさまざまな手だてを講じて基地の実態や訓練の情報の入手を試みている。

 04年にキャンプ・ハンセンで戦闘訓練施設の建設が始まった際、周辺住民がやぐらを組んで監視活動を行ったが、地元紙の取材に対し、内閣情報調査室は「軍事情報の不正取得になり得る」との見解を示した。事故が続いた新型輸送機オスプレイの配備計画も地元紙が1992年に報じたが、国は否定し続けた。今回の法案の条文や国会答弁を見ていると、こうしたことも安全保障上問題があると処罰の対象になりかねない。

 いま沖縄は、米軍普天間飛行場の県内移設に対し、県知事をはじめ保守層も含む幅広い県民が反発している。政府が従来とってきた「アメとムチ」の政策はもう通用しない。だからこの法案は、沖縄の反基地の動きをターゲットにした圧力だと受け止められている。

 近年、日米防衛協力強化の影響が沖縄以外でも目立つ。高島市で先月、オスプレイ飛行訓練が行われ、京丹後市では米軍レーダー基地計画が進む。周辺の住民がこれらの情報を知りたいと思うのは当然だ。悪用する目的でなく、家族や地域を守るための活動までが敵視されるのは絶対におかしい。       (聞き手・道又隆弘)

■ まつしま・やすかつ 1963年沖縄県生まれ。専門は島嶼(とうしょ)経済論。著書に「沖縄島嶼経済史」「琉球独立への道」など。
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佐藤幸男先生の龍谷大学でのご講演

来週、木曜日は富山大学の佐藤幸男教授による龍谷大学経済学部での講義が行われます。夕方からは大学院生や社会人向けの研究会でもお話をされます。琉球や太平洋諸島を対象にした島嶼平和学やアジア太平洋における平和創出等についての講演になる予定です。

佐藤先生のご紹介とご協力により、来年2月には韓国のハンシン大学等の韓国人研究者等と琉球独立と韓国との関係について議論し、また来年3月には龍谷大学の大学院生学部生を韓国につれていき、韓国人学生とアジアの平和について議論をする予定です。

夕方からの研究会に参加されたい方は、minsaik@yahoo.co.jpのアドレス宛にメールをして参加希望をご自身の氏名や職業とともにご連絡ください。有意義な議論をしたいと思います。

Scotland' Future

昨日、NHKの世界のニュースを見ていたら、BBCがスコットランド独立について特集していました。イングランドに拠点をおくBBCらしいスタンスの特集でした。

スコットランド政府のサルモンド主席大臣が自信を持って、BBC記者による皮肉な質問に答えていたのが印象的でした。さっそく、ニュースで紹介されていたScotland'sFutureをはじめ、関連文書700頁超をプリントアウトして、今読んでいます。琉球独立研究にとっても大変参考になる事例がスコットランド独立であると思います。新たな国を自分たちでつくるのだというスコットランド人の意気込みと着実な歩みが文章から伝わってきます。

第14回ゆいまーる琉球の自治の集いの写真スライドショーをアップしました

先月、与論島で開催したゆいまーる琉球の自治の集いの写真スライドショーをアップしました。
https://www.youtube.com/watch?v=7gwm6SBLrt0

愛を運ぶツーリング

昨日、車で琵琶湖沿いの国道161号線を走っていたら、対面からサンタクロースの格好をしたオートバイのドライバーが30人くらい走って、手を振っていました。楽しい思いをしました。

時々、国道上を走っている暴走族の騒音には困りますが、愛を運ぶツーリングには心が和みました。

第14回ゆいまーる琉球の自治 15

IMGP5085.jpg右から喜山さん、藤原社長、斉藤さんです。喜山さんは小さい頃よく、この浜に来たそうです。小さい頃は3メートルくらいの高さまで砂があったそうです。地球温暖化の影響かもしれません。喜山さんの表情には島を守った人の強い意志があらわれています。

IMGP5082.jpg船でご一緒した与論島で教員をしている方と、その方のお母様が楽しいそうに島の上を走り回っていたのが印象的でした。上陸した島は人を楽しくさせるのかもしれません。

IMGP5087.jpg船に残った3人も島や海について語っているようでした。船頭さんは、やさしく島の海について押して下さいました。大金久海岸で、お土産を売っていた島の方が、「とぅととぅと」といって私たちに挨拶していました。新元さんは娘さんがNHKのど自慢に出場したことを売店の女性と話をし、握手をしていました。

IMGP5089.jpg琉球の島々の浜をいくつか歩いてきましたが、大金久海岸は漂着ゴミがない、とても美しい浜でした。

IMGP5097.jpg沖縄島に向かう船が来ました。与論島に向かう船でもそうでしたが、私の父のような足が不自由な人は船会社が車で船内まで案内して下さいました。与論島に来たときの船には銭湯がありました。また無料のインターネットサービスも利用できました。行きも帰りも穏やかな航海で快適でした。帰りは私たち家族と石坂さんと一緒で、色々と話す機会がありました。

第14回ゆいまーる琉球の自治 14

IMGP5072.jpg皆でボートに乗って、喜山さんが守った百合ヶ浜に行きました。海の暖かい風が心地よかったです。


IMGP5073.jpgグラスボートでしたので、海底の珊瑚や魚を見る事が出来ました。

IMGP5077.jpg
与論島を何回か訪れている斉藤さんや藤原社長もボートから降りてきました。ボートの奥に見えるのが与論島です。もしも対岸に港が作られていたら潮流の関係で、百合ヶ浜が消失していたと言われます。自然の奥深さを肌で感じました。

IMGP5076.jpgボートが百合ヶ浜に近づき、停船した後、希望者は降りて、浜を歩きました。10年近く前に、奄美大島名瀬で百合ヶ浜の話を聞いて以来、どんな浜だろうかと想像していましたが、実際にその浜に裸足をつける事が出来て、感慨が大変深かったです。

IMGP5083.jpg一足先に
浜、島に上陸しました。足裏で砂を踏みしめ、一歩、一歩喜びをもって歩き巻いた。古代の琉球の島々を移動して、初めての島に上陸した琉球人も、感動をもって新しい島の感触を足裏で感じていたのではないかと想像しました。

龍谷大学における林先生の講義と研究会の開催

今日、21日に、台湾の中央研究院で研究員をされている林泉忠さんを招いて、学部生対象の講義と、学生や社会人対象の研究会を行います。午後1時15分から行われる講義は200人履修の、私の「地域経済論」という授業で、琉球、台湾、香港のアイデンティティ・ポリテックスについて講義をされる予定です。


夕方からの研究会でのテーマは「尖閣問題から見た日中台関係と東アジアの将来」です。龍谷大学の私の研究室で16時45分から始まります。研究会の参加希望者は次のメールにご連絡下さい。minsaik@yahoo.co.jp 林先生とは7月に台湾大学での学会でお会いして以来ですが、議論するのが楽しみです。有意義で、刺激的な講義と研究会になると思います。

第14回ゆいまーる琉球の自治 13

IMGP5058.jpgとても美しい与論島のイノーでした。泳いで、その豊かさを体感したいと思いました。


IMGP5059.jpg喜山さんと黒柳さんのご案内で島をまわったメンバーの記念写真です。父も杖をついて参加しました。

IMGP5067.jpg

喜山さんが自らの体を鎖でまいて、沖合にある百合が浜を守るために港の建設を反対した場所で、ご本人から島を守るお話を伺いました。自分の体と島とが一体のものであると考え、命をかけて島を守ろうとした人が琉球におられることが、大変誇りです。

IMGP5070.jpg
喜山さんの島を守る闘いのお話を伺い、参加メンバーがその意味を考え、話し合いました。新元さんも体をはって、宇検村にある枝手久島を巨大資本の開発から守りました。

IMGP5071.jpg島の右側に百合ヶ浜がある事が分かります。砂浜であり、一つの島でもあります。その島を喜山さんは体をはって守ったのです。島の命を残したという意味でも、島の歴史において変重要な事です。

甲南大学での講義

今日は午後から、西宮にある甲南大学の校舎で琉球の植民地主義と脱植民地化運動について講義を行います。以前、国際開発学会の部会研究会で報告、議論した時に甲南大学に行った事がありますが、今日は学生への講義であり、学生との意見交換により色々と学びたいです。

第14回ゆいまーる琉球の自治 12

IMGP5046.jpg
アフリカマイマイのからを背負ったアーマンに、朝、散歩しているときに出会いました。懸命に生きている姿が印象的です。

IMGP5049.jpgホテルのロビーでNPO法人の総会、ミーティングを開きました。参加者が今回の集いで学んだ事をそれぞれの視点から語り合いました。そして今後のNPOの活動について話し合いました。与論島の歴史や文化、生活をもう一度振り返り、これから戻る自らの生活の場で学んだ事をどのように生かしていくのか等を話し合いました。

IMGP5054.jpgその後、喜山さんと黒柳さんのご案内で島の各地を訪問しました。島の方が海で魚釣りをしており、海の豊かさに基づく生活のあり方を、自分の眼で確かめました。

IMGP5055.jpg喜山さんが、島人と海との関わりについてお話ししてくださいました。与論島、初日にも竹さんのご案内で島を回りましたが、その時は雨でしたが、この日は晴れており、海や空の色が大変まぶしいです。今、琵琶湖の近くの家で毛布にくるまりながら、近況を書いていますが、与論島の暖かさが懐かしいです。

IMGP5057.jpg島の食堂です。赤瓦の屋根と、サバニ、空の青が琉球を感じさせます。

住民の基地監視に圧力

今日の京都新聞に、「こう見る特定秘密保護法案」の連載インタビュー記事に、私の「住民の基地監視に圧力」というタイトルで私のインタビューが掲載されていますので、同紙を購読されている方はお読みください。

第14回ゆいまーる琉球の自治 11

IMGP5028.jpg与論中央公民館の皆様が作ってくださいました。とぅとぅがなし。


IMGP5031.jpg喜山康三さんの車です。TPPについては、ゆいまーるの集いが徳之島で開催されたとき、私がTPPの奄美諸島特に徳之島に与える影響について報告したことがあります。小さな島社会にとっては、サトウキビだけでなく、医療、郵政等、いろんな面で悪影響を与えるものがTPPです。日本政府は、琉球の島々の現状や将来を考える事なく、TPPを実現させようとしています。琉球にとって大きな問題だと思います。


IMGP5032.jpg翌朝、宿泊ホテルの隣を歩きました。台風によって大破したままの状態でした。島野中には同様なホテルが何軒もありました。あらためて台風の被害の大きさを感じました。

IMGP5029.jpg奄美諸島でも、島の言葉の復興運動が行われています。言葉、文化を復興しようという動きが琉球全体でみられます。与論島を歩いていると、懐かしい島の言葉が耳に入り、同じ島の仲間であるという思いをもちました。言語復興でも琉球の島々が互いに協力できればと思います。

IMGP5036.jpgコンクリートの壁もはぎ取られ、鉄骨がむき出しになっています。ガラスドアのガラスも割れていました。海の目の前にありますが、台風の強烈さを目の当たりにしました。グアムに住んでいた時に最大風速104メートルという台風パカを体験したことがあります。宿舎のアパートは揺れ、強風によって防風の窓ガラスを割れそうになりました。このような強烈な台風の被害を受けた島人が九州や関西に移り住んで、その場所で生活をして島を思いつづけて生きてきたことを思い返しました。

第14回ゆいまーる琉球の自治 10

IMGP5020.jpg次に杯は新元さんに渡されました。与論島から奄美大島へに杯がまわされ、島と島とがつながったように、見えました。

IMGP5021.jpg日本山妙法寺の住職の黒柳さんです。「琉球独立論が日本を変える」と仰って下さりました。この交流会が終了したあと、住職のお寺に藤原社長とともに行きました。ご本尊に手を合わせ、琉球独立、インドでの修行、仏教と反戦平和活動、与論島での生活等、様々な話をいたしました。また住職が作った焼きそばをごちそうになりました。多くの大きなバッタがアルミサッシにくっ付いており、私たちの話を聞いているようでした。

IMGP5023.jpg竹内さんが喜山さんに杯を渡して、お話をされています。喜山さんの右となりの方が有馬館長です。今回の集いにおいては、事前にFBのメール交換で準備をしましたが、集いの広報、横断幕作り、機材の準備、交流会の準備等、多く事をお世話になりました。喜山さんや前利さんにも、今回の集い開催にあたり、大変お世話になりました。とぅとぅがなし。

IMGP5025.jpg
料理をつまみながら、それぞれの与論島に対する思いを語り合いました。相手のことを思いやりながら、互いに思いを述べ合いました。心と心の話し合いの時間がゆっくりと流れました。

IMGP5027.jpg新元さんが、島の唄を歌ってくださいました。毎回の集いで新元さんの唄や声を聞くと元気になります。かつての琉球人は、こんなに声が大きく、物事の本質をズバリと語り、霊的力を持っていたのだろうなと、新元さんをみて思います。

第14回ゆいまーる琉球の自治 9

IMGP5013.jpg与論町中央公民館に大勢の方々が集まり、真剣に話を聞き、質問や意見も出されました。公民館の有馬館長をはじめ、職員さんが横断幕を作ってくださっただけでなく、マイクの調整、懇親会の準備等、大変お世話になりました。みーふぁいゆー。


IMGP5015.jpg喜山康三さんも、朝から夕方、懇親会までともに議論してくださいました。また翌日には車を出してくださり、島を案内して下さいました。また、体をはって守った、百合が浜にも行くことが、康三さんのおかげで出来ました。与論島に対する強い思い、島と自分が一体化した方からの発言は一つ一つに重みがあります。


IMGP5016.jpg新元さんも奄美大島宇検村から船で駆けつけてくださいました。宇検村から船で来られる場合、時間の関係で名瀬に一泊する必要がありますが、この集いのために万難を排して来られました。奄美大島と与論島との関係について話してくださいました。地声でも声が会場に響き渡る、すばらしい声です。


IMGP5017.jpg次に与論郷土研究会会長の竹内浩さんが、「先祖のくらしをふりかえる」と題した報告をされました。竹内さんには全員に、『辺戸岬から与論島が見える』というご著書をいただきました。ご自分で図書館に通う等して、島の歴史や文化に関するご研究をまとめたものご著書です。島の歴史を丹念に調べられた、貴重なお話でした。


IMGP5018.jpg皆で会場を片付けを終えて、公民館の一回で、交流会を開きました。与論献奉を生まれて初めて体験しました。竹内さんが、与論献奉の意味ややり方をご説明してくださり、与論島でつくられた黒糖焼酎を、杯に注ぎ、口上を述べた上で、酒を飲み干します。酒は水等で薄める事なく、そのまま飲み干します。会場の全員が参加しますので、一体感が増します。宮古島の、おとーりを思い出しました。島の酒文化を体験できて良かったです。

第14回ゆいまーる琉球の自治 8

IMGP5003.jpg私の父は元、沖縄気象台の職員でした。台湾で生まれ、石垣島、西表島、与那国島、南大東島、沖縄島等で働いてきました。父が、与論島における台風の被害に心を痛め、南琉球の新聞が与論島の台風被害に対する報道の取り扱いが小さいことを批判しました。おなじ琉球文化圏の家族のことであるのにと。

IMGP5004.jpg皆でお昼休みをしていたときに、喜山康三さんが、与論島の地質学的な構造について地図をさしながら、説明してくださいました。島の地殻構造的な特徴が理解できたとともに、喜山さんは島を自らの体の一部のように考えているのだなと、改めて感動しました。

IMGP5006.jpg
確かに島を上から見ると、島の地形が島の歴史や文化とも深く結びついていると思いました。珊瑚礁の形も特徴的です。与論島をじっくり見ていると、島でであった、お世話になった方々の顔が眼に浮かびます。

IMGP5010.jpg
次に喜山荘一さんが「ゆんぬ」の冒険ー五つの謎に迫る、と題する報告をされました。与論島つまり、ゆんぬの名前の語源、歴史、文化、島の成り立ち、島の精神、「復帰」の与論島にとっての意味、琉球独立に「逡巡」することの意味等、多くの事を学びました。大変、説得的であり、刺激的な報告でした。

IMGP5012.jpg
喜山さんの報告の時、多くの島人が来てくださり、強い関心をもって話を聞いてくださいました。女性や少年の姿も多く、自らの島の事を知りたいという、島人の熱気を感じました。参加していた少年の眼が輝いていたのが、印象的でした。

第14回ゆいまーる琉球の自治 7

IMGP4995.jpg島をこよなく愛する与論島の歌であり、島をこよなく愛する島人によって島の各地で、歴史を通じて歌われてきたことを思うと、胸が熱くなりました。

IMGP4996.jpg参加者全員で、会場の机や椅子を並べ、公民館の方々が準備してくださった横断幕を張り、プロジェクター等をセットして、午前10時からゆいまーるの集いが始まりました。藤原書店の藤原社長が司会をして、私が与論島の方々に対してご挨拶を申し上げ、また参加者が自己紹介をし合いました。

IMGP4997.jpg土曜日の朝の時間にもかかわらず、島の方々が来てくださいました。朝、7時前に集落の放送で、ゆいまーるの集いについて紹介してくださったことや、与論島のホームページでも紹介してくださいました。来場者は、10時から5時まで、行き交いました。朝から5時まで参加してくださった方も何人もおられました。

IMGP5001.jpg最初に前利さんが、与論島や沖永良島から口之津島、三池の炭坑で集団的に労働した人々の歴史について、一時資料に基づいて報告してくださいました。実証的な丹念な、また島人に対する深い愛情に基づいたお話でした。移住した島人の歴史から、与論島が置かれた政治経済的背景も明らかになりました。

IMGP5002.jpg会場からは、島で郵便局で働かれ、今は島の歴史の研究をされている方や、日蓮宗の僧侶、町の町議の方々などからご質問や意見が出されました。去年から今年に掛けて与論島は台風の大きな被害を受けましたが、戦前の集団移住の際にも台風による被害が移住のプッシュ要因になったようです。南琉球でも特にソテツ地獄以降、島から出て行かざる終えない人々が増えました。

第14回ゆいまーる琉球の自治 6

IMGP4986.jpg三山時代の北山王、ハネジの三男であるオーシャンが与論島に移り住む、世の主となり、与論グスクを増築したそうです。オーシャンという響きが、英語の海洋とも似ていて、海の王というイメージをかき立てます。

IMGP4989.jpg北山滅亡のために、与論グスクの築城は途中で終わりましたが、その全容は今帰仁グスクに似ていると喜山さんが教えてくださいました。グスク文化、シヌグ文化等、南琉球と共通する文化を体験することができました。

IMGP4990.jpg
夜は、前夜祭として交流会をしました。前利さんは非常に忙しい中、与論島でのゆいまーるの集いを準備し、また沖永良部島でのお仕事もあり、午後、ホテルで原稿を書き、夜、皆と合流しました。次の日には、午前中ご報告して、午後には沖永良部に戻りお仕事をされました。ありがとうございました。今日一日、島で学んだ事をそれぞれの視点で語り合いました。

IMGP4991.jpg
竹さんも交流会に参加してくださいました。島で生まれ育って、働いてこられた竹さんから与論島のことをいろいろと教えてもらいました。今、NPOを立ち上げて、島の歴史や文化を学び合う活動を精力的にされています。島の美味しい料理を食べながら、与論島について語り合いました。

IMGP4992.jpg
私と同じ年の喜山さんから、じっくり与論島の話を聞いたのは今回が初めてでした。以前、大阪に喜山さんがこられたとき、大阪大正区で行われた佐渡山豊さんのコンサートと、野村浩也さんの講演会にいっしょに行った事があります。その時も琉球について語り合いました。今回は生まれ島、与論島の上で喜山さんから島の歴史、文化について詳しくお話を伺う事が出来て、大変、良かったです。島に対する強い拘りをひしひしと感じる事が出来ました。『奄美自立論』をもう一度読んでみたいと思いました。

尖閣問題から見た日中台関係と東アジアの将来

来週の木曜日21日に、台湾の中央研究院で研究員をされている林泉忠さんを招いて研究会を行います。テーマは「尖閣問題から見た日中台関係と東アジアの将来」です。龍谷大学の私の研究室で16時45分から始まります。参加希望者は次のメールにご連絡下さい。minsaik@yahoo.co.jp 林先生とは7月に台湾大学での学会でお会いして以来ですが、議論するのが楽しみです。

第14回ゆいまーる琉球の自治 5

IMGP4975.jpg台風で大破した島の歴史文化を紹介する場所です。台風の被害の大きさを改めて感じました。遺跡の発掘場所に屋根をつけて、島の古代の歴史を見る事が出来ます。

IMGP4976.jpg約3000年前に人が与論島のここで生活をしていたと思うと、わくわくします。沖縄島とも共通の生活文化要素をもっていることも分かります。見える距離にあるので、海をわたって人々が行き来していたのです。今は行政的な境界線が引かれていますが、それがいかに人為的なものであることが分かります。

IMGP4978.jpg次に牛に引かせた、サトウキビの搾汁器を説明してくださいました。南琉球でも使われていたものです。指が器械に挟まれないような工夫であるとか、子供が牛につけられた棒にぶら下がって遊んだ話など、目の前に浮かぶようでした。黒糖の甘い香りがしてくるようでした。

IMGP4979.jpg与論グスクにある、土俵です。台風による被害を修繕していました。奄美諸島各地でも土俵をみたことがあります。

IMGP4983.jpgこの日は雨で、
南琉球の島々は見えませんでしたが、この絵のように、晴れた日には沖縄島、伊平屋島、伊是名島等が見えるようです。与論島の人々からこのように沖縄島が見えていたのだなと実感しました。私は与那国島に住んでいた時に、台湾を見た事がありますが、琉球弧が互いに連なり合っていることの意味は大きいと思います。島は孤立していません。

グアムの人々の人権と私たちの当事者性

今日の午後、大津市にある膳所高校において講演を行います。テーマは「グアムの人々の人権と私たちの当事者性」です。今年で3回目の講演になります。毎回600人の生徒の前で話をさせていただき、その後、生徒の代表数名と意見交換をします。

生徒がグアムに行く前に、グアムの植民地主義の歴史、現在の植民地主義、そして脱植民地化運動について、他人事としてではなく、当事者として考える契機になればと思います。高校生たちの溌剌とした意見や意気込みを聞くのが楽しみです。

第14回ゆいまーる琉球の自治 4

IMGP4967.jpgクバの葉でつくった水汲みです。南琉球の島々でもあります。プラスチックではない、手作りの暖かみがあります。島でつくられたものがとても大切であることが、現在のモノがあふれた社会にいると、実感します。

IMGP4969.jpg菊さんが島の生活史を一つ一つの手作りの物を通して説明してくださいました。菊さんご夫妻は、島のソテツみそ、パパイア漬け等、島産の食品も手作りで生産、販売しています。試食しましたが、とても美味しく、黒糖とともにいくつか買わせていただきました。


IMGP4970.jpg
ソテツの葉でつくったものは何だと思いますか。答えは虫かごです。そう菊さんから聞いて感動しました。ソテツは島の人にとってとても重要なもので、生活の一部であったことが分かります。

IMGP4973.jpg島の機織です。私の祖母、大浜ニルムイが元気であったころ、よく家で糸を紡いでいました。私の妻も染織をしており、家で時々、機織の音がしています。竹富島、西表島、与那国島、石垣島等に行った時にも、機織をしている様子を見ましたが、島の文化にとって機織がとても重要であることが与論島でも実感することができました。

IMGP4974.jpg台風で半壊した茅葺きの小屋を修繕するための茅が小屋に掛けられています。奥には島の物産販売所であり、長机や椅子のある休憩所があります。菊さんからお話を伺いながら、お茶をいただきました。厳しい島の自然や生活について考えました。

第14回ゆいまーる琉球の自治 3

IMGP4958.jpg琉球の貝をはじめとした、島の民具が展示されています。これまでの島の生活を想像できました。ソテツの実が詰まった瓶もあり、ソテツが奄美諸島の食文化において大変重要なものであることが、与論島でも分かりました。


IMGP4959.jpg大小さまざまなカメが展示された部屋です。とても大きな部屋で、これほどのカメを見たのは初めてです。特に大きな水瓶をみると、かつて水が大変貴重なものであったことがわかります。菊さんが、水の神様を配慮して、儀礼をした上で、このカメの部屋をつくったというお話も感動しました。


IMGP4961.jpg赤瓦の家です。南琉球のものと同じです。沖永良部島でも赤瓦の家をみたことがあります。与論島が琉球文化圏の家族であることを改めて感じました。台風でもびくともしない琉球の家の強さ、凛々しさがあります。


IMGP4963.jpg
喜山さんがアーマン、ヤドカリをみつけ、やさしく語りかけていました。何かのキャップを自分の家にしていました。別の場所では、アフリカマイマイの殻を自分の家にしていたアーマンもいました。ヤドカリが多い島です。また黒島と同じく、キジも多いそうです。

IMGP4966.jpg与論文化村を管理している菊さんが、静かに、また楽しく、島の歴史や文化を話して下さいました。台風で茅葺きの展示小屋が半壊しても、それにへこたれず、島の文化を守ろうとしている姿に感動しました。本当に島の文化が好きなんだなと思いました。菊さんは島の言葉の継承活動もしており、定期的に近くの小学校の子供たちに島の言葉を教えているそうです。

琉球独立と日本平和学会

琉球民族独立総合研究学会のオープンシンポジウムで仲地博・副学長が紹介していましたように、日本平和学会の阿部会長が学会全国大会の開催趣旨として、琉球独立について言及しています。中段の方に書かれています。

「開催趣旨:平和学会設立40周年の節目の時を迎えている。絶えず揺動する同時代の文脈に身を置きながら、平和研究は、平和の意味を批判的に考察し、社会正義の実現に向けて平和の構想を提示することに努めてきた。

 平和への挑戦は現在の内外の状況にあってかつてないほどの深刻さを帯びている。平和学会が一貫して取り組んできた核をめぐる問題は、核兵器のますますの拡散と同時に、いっこうに収束しないフクシマの事態を通じて私たちの眼前に恬然とそそりたっている。オリンピック招致にあたり日本国首相が広言した希望的言辞をいくら重ねようとも、未曾有の原発事故がもたらす現在進行形の事態はそこに変わらずにある。

 また、米軍の軍事的利害を随伴して遂行される沖縄の植民地的主義的支配は、臨界点を越えた不正義を沖縄の人びとに強いることにより、日本国からの独立を本格的に促す議論と運動をもたらすまでになっている。こうした構造的暴力を除去する法的拠り所となるべき日本国憲法は、沖縄との関係にあって立憲主義・平和主義の理念を実現できないままに、今般、国家主義的相貌を湛えた自民党憲法改正草案によって、その誇るべき規範的形姿を破壊されようとしている。集団的自衛権の公認により、日本の軍事力が世界全域に展開されていくおそれすら生じている。

 近隣諸国との外交関係も稀にみる冷え込みを見せている。朝鮮民主主義人民共和国との関係は依然として非正常・不安定なままであり、韓国との間でも歴史認識を起点とした紛争が幾重にも顕在化している。中国とも一触即発の事態が続き、重大な事態に立ち至りかねない緊迫した状態が日々続いている。

 いまほど平和研究や平和運動にかかわる者の社会的責任が問われているときはないのではないか。私たちは、いっそう冷徹な精神をもって現実に分け入り、平和の文化に支えられた知の力と実践の力を社会に発信していかなくてはならない。40周年を迎えた本年の秋季研究集会は、祝祭の時である以上に、そのことを改めて心に刻む好個の機会でもある。(日本平和学会第20期会長 阿部浩己)

今日、東京に行きます

今日、東京に行きます。今日から日本平和学会が明治学院大学白金校舎で開催されます。日曜日に、平和運動分科会と琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和分科会の共同企画で、朝9時から次のような部会で報告します。部会4「日本の自立と沖縄の独立」
川内博史(前衆議院議員)「終わらない占領-在沖縄海兵隊再編の真実-」
前泊博盛(沖縄国際大学)「日米地位協定にみる日米関係-終わらない“占
領”」
松島泰勝(龍谷大学)「琉球の独立と平和―ナショナル・マイノリティによる
脱植民地化運動の思想と実践―」
討論:石川捷治(久留米大学)、高野孟(インサイダー編集長)司会:木村朗(鹿児島大学)

第14回ゆいまーる琉球の自治 2

IMGP4948.jpg竹さんから与論島のコスモロジーを伺いました。島で神聖な場所で、シヌグ祀り、神々の来島のお話を、心を静めて聞き入りました。


IMGP4952.jpg与論では感謝の言葉を、とぅーと がなし、と言います。とても素敵な言葉だと思います。大金久海岸の売店の女性からも「とぅーと、とぅーと」と声をかけられました。


IMGP4953.jpgガジュマルです。与論島が琉球文化圏の家族であることをあらためて実感しました。地に根を張って、台風にもびくともしない、たくましい木です。このような人間になりたいと思いました。


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竹さんのご案内で与論民俗村にいきました。菊さんのお父様が、地道に島の民芸を集めて、作られた民間の博物館です。今は菊さんの息子ご夫妻が民俗村を運営しています。自らの民俗文化を守り育てようと言う、島人の強い意志を感じました。

IMGP4957.jpg今年は台風が多く、民俗村の茅葺の家屋が被害を受けました。柱で支えて家屋が倒れないようにしています。茅葺きの資料館を、愛おしむ菊さんの強い意志を感じました。

第14回ゆいまーる琉球の自治 2

IMGP4929.jpg与論島でもシヌグが行われ、祭りの中でも重要な位置を占めています。沖縄島、伊平屋島、伊江島等が与論島から眼で見える距離にあり、本当に近いなと感じました。当然、人の行き来が活発に行われていたのです。


IMGP4930.jpg左が喜山さん、右が竹さんです。喜山さんは『奄美自立論』を書かれ、与論島クオリアという大変勉強になるブログを書かれている方です。竹さんからは島の歴史や文化を実際の場所に行って学ぶ事が出来ました。歴史ガイドをされておりますので、皆さんも与論島にいかれる際には竹さんに案内してもらったらいかがでしょうか。


IMGP4931.jpg琉球石灰岩でできた丘であり、北を向くと、沖永良部島が見えます。南琉球と同じ岩によってつくられた島であること分かります。南琉球やグアムでも石灰岩の風景をみることができます。


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すこし強い風が吹き、雨が降る中でしたが、近世において烽火をたいて、異国船を通報した丘に登りました。波照間島、黒島等でもおなじような烽火をたいた岩山に上った事があります。琉球列島が互いに連なり合った島々であることが実感できます。


IMGP4939.jpg大兼久海岸です。かつて、この場所に港を作る計画がありましたが、喜山さんの伯父さんである、喜山康三さんが、体に鎖を巻いて、その建設を阻止した場所です。後日、康三に連れて行ってもらった百合が浜が消えないために、体をはって島を守ったのです。かつて、その話を奄美大島の森本さんから伺い、携帯でご本人と話をしたことがあります。鎖で体を縛った情景を想像しながら、佇みました。

流着の思想

今日、久しぶりに大学に息ましたら、冨山一郎さんから『流着の思想ー「沖縄問題」の系譜学』というご著書を頂戴したことが分かりました。心よりお礼申し上げます。帯に「独立とは、あるべき世界への復帰である」という言葉が記されています。冨山さんとはしばらくお会いしていませんが、流着、独立、あるべき世界、復帰、沖縄問題とはなにかを考えながら読んでみたいです。

日本平和学会「日本の自立と沖縄の独立」

今週土曜日から日本平和学会が明治学院大学白金校舎で開催されます。
日曜日に、平和運動分科会と琉球・沖縄・島嶼国
及び地域の平和分科会の共同企画で、朝9時から次のような部会で報告します。
ご関心がありましたら、ご来場ください。

○部会4「日本の自立と沖縄の独立」
 報告:川内博史(前衆議院議員)「終わらない占領-在沖縄海兵隊再編の真実-」
 報告:前泊博酒(沖縄国際大学)「日米地位協定にみる日米関係-終わらない“占
領”」
報告:松島泰勝(龍谷大学)「琉球の独立と平和―ナショナル・マイノリティによる
脱植民地化運動の思想と実践―」
討論:石川捷治(久留米大学)
討論:高野孟(インサイダー編集長)
司会:木村朗(鹿児島大学)

第14回ゆいまーる琉球の自治 1

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11月1日、朝6時半に那覇港に両親といき、皆とで石坂さんとお会いして出発しました。石坂さんとは、私が早稲田大学大学院在学中から、私の報告に来て下さって以来、交流をさせていただいており、毎回、ゆいまーるの集いに参加されています。沖縄協会で長い間働いておられました。


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与論島に到着しました。与論島には、大学生時代、東京の晴見からよく船で琉球に帰国した時、船の上から島を見たことがありますが、長く島の上で滞在するのは初めてです。ギリシャのミコノス島と姉妹関係にあり、白いウキボリ、構築物が島中にあります。


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ホテルに到着して、喜山さんと近くのパスタ屋さんで、参加者の数名と昼食をとりました。鍋焼きバスタで美味しかったです。北海道から与論島に移住されたご夫妻で営んでおられました。その後、竹さんに島を案内してもらいました。あいにく小雨でしたが、島の歴史、文化の要所に行き、お話を伺うことができました。ここは島の創世神話の場所です。南琉球ではバンタといいますが、与論ではパンタとなり、沖縄島の国頭語の言語圏であることが分かります。島の方々も耳慣れた琉球の言葉を話しており、とても、親近感を感じました。


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右側が新元さん、そして石坂さんです。新元さんは独立学会の時には台風の影響で沖縄島に来ることができませんでしたが、今回は、島に到着することができました。新元さんは与論島でかつて行われた新空港反対運動の時にも島にきて、反対運動を支援されたそうです。

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シニグク、アマミクという琉球の創成神が島を作った場所に立ちました。とても島らしい神話で嬉しかったです。島が作られたときの情景を想像しながら、竹さんのお話を伺いました。

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