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プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
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関西クロストーク

先日、関西クロストークで白井さんと対談した内容が今日の朝日新聞に掲載されておりますので、ご覧下さい。同記事をご紹介くださいました朴さんにお礼申しあげます。


asahi2015.jpg
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沖縄から見える日本像

西川潤先生の御論考「沖縄から見える日本像」をご紹介します。西川先生は、長い間、琉球の平和、経済自立についてご研究され、社会に声を挙げてこられました。私も学生時代に平和や内発的発展、第三世界の経済などについて多くのことを先生から学びました。

早稲田大学名誉教授 西川 潤

2015 年 10 月、沖縄県の翁長知事は、前仲井真知事 による辺野古埋め立ての承認を取り消した。これに対 して政府側は、国土交通大臣に不服審査請求を行った。 行政間の紛争が起これば、司法あるいは第三者機関「国 地方係争処理委員会」等の場で判断を仰ぐのが普通だ ろうが、本来個人や事業者が行政に不服を申し立てる ために制定された行政不服審査法を援用して、同じ政 府の省庁が白黒を付けようとする手法を、メディアは「奇策」(『朝日』10 月 15 日)と呼び、また沖縄側は「不 当」とする。 安倍政権は、国会での多数を錦の御旗に強引な手法 で改憲、「戦後レジームからの脱却」(=集団的自衛権、 武器輸出三原則の廃止等「積極的平和主義」という名 の日米軍事同盟強化)等、日本の国家主義的再編の道 をひた走っている。

そのために、監督者不在の特定秘 密保護法、憲法違反の安保法制、原発再稼働、アジア 近隣諸国との緊張等、民意に耳を傾けることなく、トッ プダウンで国事を取り仕切る傾向が目立つ。 政府と沖縄側との行き違いの根源は、安倍政権が沖 縄側との対話のないままに、「結論ありき」の路線を 交付金等のばら撒きと引き換えに押し付けようとする、 その強権的姿勢にある。

菅官房長官お好みの「粛々と 進める」という言葉は、人の意見には素知らぬ顔で自 分の決めた政策を押し通すという意味を持つが、ここ でも使われ、象徴的である。 また、政府は二言目には「普天間基地負担の軽減」 を口にするが、これは 2 重の意味で不実な話法である。

一つには、普天間基地等の返還は 1995 年、沖縄県民 の大規模な基地抗議運動の結果実現したもので、それ を同じ県内に移設しても沖縄県民の負担には変わりは ない。沖縄県民が、「米軍基地の負担はもうごめんだ」 と言っている事実に目を開くべきである。

第二に、政 府は「普天間基地移設」と言い、沖縄側は「新基地建設」 と呼ぶ、その食い違いがある。辺野古での基地計画は、 普天間よりずっと規模が大きくなり、イージス艦や強 襲揚陸艦等が寄港できる幅 272 メートルの大桟橋を含 む海上施設と、戦闘部隊、弾薬庫、滑走路、格納庫、 整備場、航空部隊を収容する陸上施設を統合した施設 となる。これは文字通りの軍拡であり、「基地負担の軽 減」どころの話ではない。沖縄県民は新基地建設によっ て戦争の足音が身近に迫っていることを痛感している のである。 日本政府が、遮二無二「普天間の辺野古移設」を推 進する理由はなんだろうか。

確かに、1996 年米日 SACO(沖縄に関する特別移動 行動委員会)報告では、辺野古移設で合意した。沖縄 の軍事基地は、銃剣とブルドーザーで強制的に取り上 げられた経緯を持つが、日本施政下でも辺野古移設に 地元の意見が聞かれたことはなかった。

また、アメリ カ戦略は 2011 年来、「帝国覇権」の衰退を踏まえ、オ バマ政権が打ち出したリバランス政策によってずっと 柔軟になっている。リバランス政策では、外交・軍事 の重点を変化著しいアジア太平洋に移し、TPP 等を通 じ、この地域のグローバリゼーション、市場経済化、 そして、アジアに根強い国家主義の解体をはかる。 リバランスの 2 本の足は、G2 政策とオフショア・バ ランシングである。

G2 では、台頭目覚ましい中国と 向き合いつつ、対話・投資・貿易等のチャネルを通じ、 中国の「民主化」、市場経済化を進め、中国の海洋進出 をチェックする。オフショア・バランシングは安全保 障面で、アジアの同盟国に防衛負担の一翼を担わせ(安 倍政権の集団的自衛権はこれへの対応)、アメリカは オーストラリア、ハワイ、グアム等への海兵隊再配備 により、機動的戦闘能力を高める。

日本政府が真に沖縄の基地負担軽減を考えるならば、 こうした国際情勢に鑑み、アジアでの緊張緩和、近隣 融和等、平和の具体的実現をはかる選択があるのだが、 安倍政権は一顧だにしようとしない。基地の海外移転、 また、不平等条約である日米地位協定の改訂にはいっ さい目をつぶる。それは、日本が自力での安全保障に 自信を持たないことから、アメリカを東アジアの対立 構造に引き込む狙いがあるからだろう。

沖縄基地を巡 る日米関係に関する諸研究は、基地移転に関しては「日 本側の引き留め」が決定的であることを示している(『世 界』2015 年臨時増刊「沖縄 何が起きているのか」 の宮里、半田他の諸論考)。 このように考えると、沖縄の人びとが「オール沖縄」 で取り組んでいる辺野古新基地建設阻止のたたかいは、 じつは、本土の人びとにとって、決して他人事ではな いことが理解される。

翁長知事は、9 月、ジュネーブ での国連人権理事会での演説で、沖縄軍事基地が「自 己決定権や人権をないがしろ」にしたものであること をうったえた。人権を無視した国策は現代世界で通用 するはずがない。安倍政権下の日本では、国事の専断、 民主主義のなしくずしの解体、そして「積極的平和主義」 という名の戦争の道への突進が進行している。沖縄で 展開されている辺野古新基地阻止運動は、日本に民主 主義と平和の道を取り戻させるたたかいでもあるのだ。
(にしかわ じゅん)

参加システム No.101 2015.11

辺野古米軍基地建設の埋立承認取り消しを支持します!

早稲田大学での恩師、西川潤先生より普天間・辺野古問題を考える会から発出された声明を皆様にご報告します。安倍政権は琉球人の民意を無視して辺野古新基地を完成させようとしています。翁長知事の埋立て承認取り消しを支援する声が国内外でさらに広がればと思います。

「辺野古米軍基地建設の埋立承認取り消しを支持します!」

           普天間・辺野古問題を考える会  2016/10/26
私たちは、この度の、翁長・沖縄県知事による埋立承認取り消しを断固支持いたします。

 この措置は、本来なら7月に第三者委員会が、仲井真前知事による埋立承認は「法的瑕疵がある」という結論を出した時点で、速やかに取られるべきものでした。
 日本政府は、8月初め、国民の大きな批判と反発を呼んでいる安保関連法案の審議・採決と辺野古の埋立強硬策を時期的にずらすことを意図してか、1ヶ月間建設工事を中断すると発表し、沖縄県との協議に入りました。しかし協議は決裂し、政府は有無を言わせず建設工事を再開したのですから、もはや沖縄県が取り消しを躊躇する理由はありません。

 この1ヶ月間におこなわれた5回の協議は、日本政府の旧態依然たる姿勢を改めて白日の下にさらけ出したといえましょう。沖縄に基地を置き続けること、とくに辺野古に新基地を建設する必要性に関する沖縄県からの真摯な問いかけに対し、日本政府は何ら説得力ある根拠を示すことができませんでした。

 5回目の最終協議で安倍首相が負担軽減策として示した北部訓練場の返還は、1996年のSACO合意で決定されたものであり、決して新たな提案ではありません。しかもそれは、普天間飛行場と同じく、県内での新たな基地建設が 前提なのです。そもそも「負担軽減」という表現が、沖縄に基地を置き続けることを前提にしたものであり、日本政府が沖縄の基地そのものを減らす政策を何ら持ち合わせていないことを示しています。

旧態依然の最たるものが、経済振興策を持ち出したことです。基地のあり方をあらゆる角度から真摯に協議するべき場に、このような施策を持ち出すこと自体が不見識と言わざるをえません。日本政府が、経済振興のための優遇措置を示せば、翁長知事が新基地反対の旗を降ろすとでも考えているのであれば、それは沖縄の人々の意思の軽視であり、侮辱と言うほかありません。

沖縄県民は、過去、住民投票においても、国政・首長選挙においても、何回にもわたる大規模集会においても、県議会決議などにおいても、圧倒的な多数で、辺野古新基地建設に反対の意思を表明してきました。県民への公約に反してなされた前知事の「埋立承認」だけを根拠に埋立を強行するならば、この国は「民主主義国家」の看板を下ろし、正義の行われない国であると、全世界に向けて発信したのと同じであると私たちは考えます。私たちは、県知事の「埋立承認取り消し」を支持し、あらゆる手段で阻止するという知事の決意を全面的に支援することをここに表明いたします。

人権の視点から戦後70年の沖縄を考える

今週の金曜日に貝塚市において「人権の視点から戦後70年の沖縄を考える」と題した講演をさせていただきます。その他の貝塚市主催の人権講演会をご紹介します。非常に素晴らしい取り組みをされている市だと思います。参加者と真摯に琉球の人権問題について議論したいです。
以下引用:私たちは一人だけで生きているのではありません。互いを認め合い生活するために、私たちにとって身近で大切な「人権」について、いろいろなテーマから考えます。(1回だけの参加も可能です。)
 場所 貝塚市職員会館1階多目的ホール (市役所山側)
 定員 50人(9月30日のみ25人) 定員になり次第締め切ります。
 時間 午後1時30分~3時
     ただし、9月30日は1時出発~4時30分頃帰着予定
 参加費 無料
 申込方法
     電話またはファックスで人権政策課までお申込みください。
     電話 072-433-7160 または ファックス 072-433-7511
 手話通訳・点字資料・一時保育を希望される場合、各回の10日前までにお知らせください。
 
日程 
9月28日(月曜日)
 ヘイトスピーチから考える多文化共生のあり方
   コリアNGOセンター代表理事 郭 辰雄さん
9月30日(水曜日)
 施設見学 『大阪人権博物館(リバティおおさか)』 大阪市浪速区
10月5日(月曜日)
 日本初の人権宣言「水平社宣言」を考える
   大阪人権博物館館長 朝治 武さん
10月30日(金曜日)
 人権の視点から戦後70年の沖縄を考える
   龍谷大学経済学部教授 松島 泰勝さん
11月5日(木曜日)
 ビッグデータ時代におけるプライバシー保護
   花水木法律事務所弁護士 小林 正啓さん
11月9日(月曜日)
 高齢者に笑顔を届けよう!
   神戸学院大学総合リハビリテーション学部講師 水上 然さん
 
お問合わせ先
都市政策部 人権政策課
電話:072-433-7160
ファックス:072-433-7511(代表)
〒597-8585
大阪府貝塚市畠中1丁目17番1号 本館4階 

琉球のフィールドワーク

先月、「沖縄IT津梁パーク」のフィールドワークをしてきました。現在、執筆している琉球の振興開発、植民地経済、内発的発展等に関する新刊本にも調査結果を反映させたいと思います。

大型MICE施設の建設地予定地である、与那原町、西原町にまたがるマリンタウン東浜地区でもフィールドワークをしました。本や資料だけでなく、現地を訪問すると開発の実態や空気感も体で把握することができます。

謝名親方利山、孔子様への報告とお礼

先日、琉球に帰国したとき、龍柱の一部を見ました。とても大きなもので、少しびっくりしましたが、早く完成してほしいと思います。日本政府が嫌がらせをして公的資金の提供をストップしましたが、那覇市がその建設を進めています。龍は琉球の象徴ともいえるものです。また私の職場の名前にも龍の文字があり、ロン君、ロンちゃんという龍のマスコット人形もあります。私も龍が好きです。

『琉球独立宣言』の見本を最初に手にして、すぐに謝名親方利山の石碑に行きました。私は琉球に帰国して時間があると、よく石碑の前に行くのですが、今回は新著の報告とお礼を述べました。琉球独立の先達は本書の内容についてどのように考えているかは分かりませんが、今後とも琉球独立をさらにふかく研究し、主張していきたいと思います。

次に孔子廟に行き、本書出版のご報告と感謝のお礼をしました。私は久米崇聖会が頒布している孔子様のお札を財布に入れてお守りにしています。孔子様は学問の神様であり、常日頃から拝んでいます。琉球独立を学問として研究するという仕事は2012年の『琉球独立への道』が最初です。『琉球独立宣言』が琉球独立についての議論を活発にして下さいますよう御祈り申し上げました。

沖縄の声を聞く

今日は東本願寺の、しんらん交流館に行ってきました。人権週間ギャラリーで展示される「沖縄の声に聞く」の監修者の一人となりましたので、職員の皆さんと展示内容についての話し合いをしました。今年12月初めから1月末までパネル展示が行われ、12月22日にシンポが行われますので、ご関心がおありの方は是非お越し下さい。

朝日新聞記事のアジアへの反響

香港のウェブニュースが、先日、朝日新聞に寄稿した私の論考について報じています。
日教授:琉球獨立並非異想天開
http://news.wenweipo.com [2015-10-19]
【文匯網訊】據環球網援引外媒報道,「琉球民族獨立綜合研究學會」的發起人日本龍谷大學教授松島泰勝日前向《朝日新聞》投稿稱,琉球被日本吞併不過百餘年時間,日本政府罔顧琉球當地民意,未來琉球將可能以美國從英國殖民統治中獨立的方式成立為一個國家。
據日本《朝日新聞》10月15日報道,日本龍谷大學教授松島泰勝認為,戰後70年以來琉球為日本的安保付出巨大的犧牲,時至今日日本政府仍然無視當地民意,推進駐日美軍在琉球當地的軍事基地建設。
松島泰勝表示,日本政府對琉球當地民眾的歧視政策正導致越來越多的琉球人主張獨立。日美政府對沖繩的「殖民地化」,使得「琉球人」對日本的不滿和絕望感蔓延,雖然網絡上對琉球獨立的偏見聲音此起彼伏,但日本政府和民眾應該真正靜下心聽取一下琉球當地民眾的聲音。
文中稱,儘管日本政府一再強調「沖繩日本日本固有的領土」,但事實上日本政府在1879年使用武力強行將琉球併入日本,僅僅不到140年的歷史,何來固有之說。
松島泰勝還認為,琉球國被日本吞併之前,原本作為一個獨立的國家與美國、法國、荷蘭締結友好條約,與中國清朝政府確立了藩屬關係。琉球與美法荷三國簽署的邦交條約至今仍保存於日本外務省管理的外交史料館。
松島泰勝強調,琉球獨立宣言將參照美國獨立宣言,未來琉球也可能採取美國從英國統治下獨立的出去的方式光復國家。
快訊-文匯網
文匯網是香港文匯報全資附屬網站,面向全球華人,溝通兩岸三地,每日提供大量及時準確的新聞及資訊。Wenwei(Wenhui) is a wholly-owned subsidiary of Hong Kong Wen Wei Po Ltd. It is a platform to communicate among mainland, Taiwan, Hong Kong and Macao. Every day, wenwei offers instant and comprehensive news and information aimed at Chinese-speaking audie…
NEWS.WENWEIPO.COM

民際的関係の積み重ね

数百年前の橋、萬寿橋です。琉球人もこの橋を歩いたでしょう。頼先生が福州の下町を案内して下さいました。しかし、数年後はこの地域も都市開発で無くなり、ビルが建設される予定だそうです。

天后宮再建に琉球人も寄付したことが石碑に刻まれています。久米崇聖会の名前もありました。航海の神である、天后、マソの大本山も福州にあり、台湾からも信者が大勢で参拝するそうです。

ホテルの窓から見た福州の街です。高層ビルが林立し、琉球国時代とは大きく変貌しました。それでも琉球と福州との歴史的、文化的関係について学び、今後の経済的関係の可能性についても考えることができました。また多くの研究者とも交流でき、個々の中国人が琉球をどのように考えているのかを確かめることもできました。思い込みや偏見ではなく、具体的な交流の積み上げが平和的な関係構築につながると考えます。

関西クロストーク

昨日、白井聡さんと琉球独立、日本の対米従属等について、約100人の皆さんの前で対談させていただきました。対談とその後の交流会の議論も大変、刺激的で勉強になりました。日本人もなぜ琉球独立が主張されているのかを、自分の問題として考える必要があるのではいでしょうか。みーふぁいゆー。

2014年に沖縄県知事、名護市長、衆議院議員の選挙を通じて、辺野古新基地建設に反対する「オール沖縄」の民意が示された。しかし昨年12月10日に翁長雄志が知事に就任して以来、今年4月17日まで安倍晋三首相は知事との会談を拒否し、琉球の民意を無視した。戦後70年も日本の安全保障のために多大な犠牲を負わせてきた琉球の代表者に、会おうとしなかったのである。日本政府は「丁寧に説明し納得して頂く」と言っているが、それが嘘(うそ)であることは明らかである。

特集:沖縄はいま
 琉球人は基地の押し付けを「沖縄差別」であると考えている。このまま差別が続くならば、独立しかないと主張する人が増えてきた。ネットの世界で飛び交っている、琉球独立運動への偏見に満ちた言葉によっては、琉球で今起きていることは理解できない。今ほど静かに島の人の声に耳を傾けて、真摯(しんし)に対話することが求められている時はない。

■台湾の空港、電光板に「琉球」

 今年8月に台湾に行ってきた。桃園国際空港の運行スケジュールの電光板を見ると、「琉球(沖縄)」と表示されており、嬉(うれ)しくなった。琉球国という国があったことを思い起こさせようとしているかのようである。1972年に、中華民国(台湾)政府は琉球が沖縄県になるとき日本政府に強く抗議した。

続きは新聞紙面で

福州で琉球の歴史を考える

頼先生のご案内で琉球人墓地を参拝しました。琉球国時代、そして琉球救国運動で福州でニライカナイに行かれた琉球の先人が祀られています。今を生きる琉球人として心より哀悼の思いで参拝しました。琉球にある亀甲墓を思い出し、福州との文化的共通性を確認しました。

真ん中の方は、何十年も琉球墓の墓守をされている方であり、私も感謝を申し上げました。線香とロウソクを絶やさないという大切なお仕事を琉球人のためにされています。

次に琉球国時代に琉球人が滞在し、琉球救国運動の時の拠点にしていた琉球館(柔遠駅)を見学しました。福州の街のど真ん中にあり、周辺は都市再開発の工事が行われていました。その中で琉球国時代の歴史がそのまま止まったかの思いを、琉球館の中で持ちました。

台湾と福州との経済関係の深化

平潭島から台湾に出航している高速船の港に行きました。私達にご説明して下さった地元の女性と写真を撮りました。島で生まれ育ったそうです。

台湾の様々な商品が販売されている自由貿易地域に行きました。台湾の物産が安く購入できることもあり、大勢の観光客が来ていました。台湾と福建省との経済関係がかなり進んでいることがここでも分かりました。

東アジアにおける琉球研究の深まり

左から琉球人の山城さん、頼先生、麻生さんです。山城さんは我部政男先生の教え子で、現在天津にある大学で教えており、頑張っています。麻生さんの琉球王国時代のラクダのご報告は大変興味深かったです。海の向こう側は琉球です。

左から台湾中央研究院の林先生、中国社会科学院の王先生です。林先生とは学生時代から20年来のおつきあいです。王先生は内モンゴル出身であり、琉球と内モンゴルは文化的に類似点があると指摘されていました。琉球に関しても大変興味深いご報告をされました。

山城さんは世界史の中から琉球史を考えるという視点でご研究をされております。林先生の今回のご報告は琉球独立論についてのものであり、大変興味深かったです。琉球独立研究がアジアに広がりつつあります。私は中国語が話せないので、こちらの3人の方々に通訳をしてもらいました。いっぺーにふぇーでーびたん。

ウチナーソウル

4日には沖縄県人会のバザーが行われました。バザーのほかに、空手、エイサー、唄、獅子舞等のイベントも開催されました。今回は日程の都合で参加できませんでしたが、次回は是非参加したいです

北米沖縄県人会でウチナーの魂を感じたひと時でした。戦前からアメリカに住んできた琉球人の魂がつまったような場所でした。この日の晩は、与那国出身で、友知さんの親戚でもある東新川さんがサンタバーバラからおいで下さいました。また次の日は空港まで私達を見送って下さいました。大学院博士課程で琉球人アイデンティティを深層心理学の観点から研究されています。独立学会の会員でもあります。なかなか会うことができない、LA在住の独立学会の会員さんとも交流や意見交換ができて大変良かったです。ウチナーソウルを感じました。

琉球人アイデンティティ

琉球琴を県人会で教えておられる照屋師匠です。元々ハワイにおられ、ロスに来られたとのことでした。この日は、お弟子さんと琴の練習をしておりました。琉球の文化をアメリカにすむ琉球人に教えられておられ、お話ができて良かったです。師匠は琉球人の名前が沢山書かれたTシャツも作られており、一枚買わせて頂くと、もう一枚プレゼントで頂戴しました。いっぺー にふぇーでーびたん。

NYとLAでは国吉さんに大変お世話になりました。北米沖縄県人会会長として毎日忙しく働かれています。在米の琉球人にとって頼りがいのある方として皆から信頼を集めていることが分かりました。今月も琉球に来られ、石垣島で開催される独立学会にも参加したいと言って下さいました。琉球人というアイデンティティを大切にしながら、琉球人同士のゆいまーるを強固にしていることに対して、心からの感謝と敬意を払いたいです。

県人会の図書室は琉球の本だけでなく、人形、地図、王家の系図等、いろいろなものがあり、この場が琉球のような気持ちがしました。琉球に抱かれているような安心感がありました。在米の琉球人もこの場に来て心の安定と、生きる活力を得てきたのだと思います。琉球への愛がつまった部屋でした。

琉球スピリッツ

島袋さん、金城さん、そして娘さんのお宅で泊めて下さいました。前の晩はバーベキューを御馳走になりながら、いろんな話をしました。金城さんの研究対象である琉球の詩人、清田政信さんが、私の母校である那覇中学の国語の先生であったことも何かの縁だと思います。お宅の近くに米軍基地があり、時々、米軍機が近くを飛行し騒音がうるさいため、米軍基地に島袋さんが抗議したら「米軍は国民の安全保障のために活動しているのだから、感謝しなさい」と言われたそうです。米軍は琉球だけでなく、本国でも傲慢で野蛮だと思いました。名前に琉球の「琉」の文字を持つお二人の娘さん達からも歓待してもらいました。心よりお礼申し上げます。
北米沖縄県人会で作成されたとてもクールなTシャツを買わせて頂きました。在米琉球人の琉球に対する熱い思いが伝わりました。その他にも、多くの琉球人の名前がローマ字で書かれたTシャツも買いました。本も6、7冊買いましたが、その中には2年前にシカゴで会ったキナさんがLAで行った展示会のカタログもあります。在米琉球人の強いつながりを感じました。
キナさんの絵が収められたカタログです。キナさんは大学の教授であるとともに、精力的に琉球をテーマとした絵を描いています。その絵にはディアスポラとしての琉球人が琉球をどのように感じ、考えているのかが分かります。

私達がLAXに到着した時、わざわざ会いにきて下さったお二人の琉球人です。右側の神谷さんの祖父母は県人会事務所の図書館を開設するなど、県人会活動に貢献され、神谷さんも県人会のお仕事をしています。また三線の修理方法を学ぶために琉球で滞在したこともあり、近い将来も琉球で学ぶことを希望しています。左側の方は近々琉球に行く予定ですので、島のどこかでお会いするかもしれません。お二人とも同じ琉球人として相通じるものを感じました。

琉球人の正義回復運動

弁護士で、LAカウンティの人間関係委員会事務局長をされているロビン・トーマさんにインタビューをしました。トーマさんは琉球人2世です。南米の琉球人が米国の強制収容所に入れられたことに対して米政府を連邦裁判所に訴えて、謝罪、賠償金等を勝ち取った方です。琉球の正義回復のために国際人権機関や裁判所をどのように活用できるのかについてアドバイスを受けました。ロビンさんも国吉さんと同じくUCLAの卒業生です。世界中を駆け巡って南米系琉球人の戦時中の不正義を糾して下さいました。その行動力に大変励まされました。

北米沖縄県人会事務所に掲示されていた写真です。戦前に多くの琉球人たたいが正装して、ピクニックをしているようです。今年の10月4日も県人会で空手、太鼓、三線、バザーなどの集まりをもちました。このような集まりで互いの親睦を暖め、男女も出会ったのでしょう。アメリカにおける琉球人のたくましさが伝わってきます。

LAの中の琉球、琉球人

一昨日はLAにおすまいの島袋さん、金城さんとバーベキューをごちそうになりながら、じっくりと話ができて大変良かったです。心よりお礼申し上げます。昨日は、豊見城出身のチーカーさんとLAの日系アメリカ人博物館において強制収容所の歴史を学び、リトル東京周辺を歩きました。またハリウッド、チャイナシアター、チチャードニクソン博物館、ビーチ等に行き、LAの歴史、生活、文化などについてチーカーさんからお話を聞きました。夕方は、ハブヤという琉球居酒屋で交流会をし、琉球人2世、コリアン系アメリカ人、琉球人1世等と交流をしました。ここの居酒屋の壁には多くの琉球のモノが張られており、琉球に対する強い愛を感じました。料理も美味しかったです。

LAの街中を車で走っていると、ハッとするような斬新なデザインの建物に出会うことができます。自由な発想が溢れています。それがハリウッドの映画作りの創造性にも反映されているのでしょう。

LAで生まれたリチャード・ニクソン大統領の博物館に行きました。「復帰」交渉に係った米大統領であるニクソンから多くのことを学びたいです。彼にゆかりのあるものを見ました。

LAにある唯一の琉球居酒屋のハブ屋に行きました。琉球生まれのオーナーである真由美さんは芸術家でもあり、手作りの絵を頂戴しました。娘さんは大学で歴史を学んでおり、英語で書かれている琉球の本として大田昌秀先生やE・H・カーの本をご紹介しました。LAで琉球について熱く話し合いました。
お店の全体に琉球のモノが溢れており、琉球に対する強い愛を感じました。


那覇市生まれの国吉さんは九州大学を卒業され、UCLAの修士課程、博士課程を修了し学位を取られました。母校をご案内して下さいました。図書館は24時間オープンで、図書室には学生が思い思いの形で勉強しており、私語はまったくありませんでした。PC室でも学生が立ちながら、座りながら画面に真剣に顔面に向っていました。長椅子でも学生が仮眠をとっており、図書館で住みながら論文などをまとめているのだなと想像しました。私の大学、大学院時代を思い出しました。

アメリカの独立を考える

私は琉球独立実現への思いを自由の女神に託すような気持ちで「琉球人独立」のバナーを女神像と並べてみました。アメリカもかつて植民地であり、イギリスから独立した国なのです。

友知さんも女神像と「琉球人独立」の文字を並べて写真をとりました。NYではシンポで琉球独立について議論もしましたが、このような国連や女神像の前で独立宣言することもしました。

昨日はまたグランドゼロにも行き、9.11の事件に対してアメリカ人がどのように考え、行動してきたのかを考えました。

子供から大人まで9.11に対する思いや行動を知ることができました。アメリカという国がどのようなものであるのかを考えることができました。

ウォール街に来ました。アメリカが独立してニューヨーク市が首都であった頃、この地に米国連邦議会があり、権利章典が採択されました。同国の初代大統領のジョージ・ワシントン像があります。ここでもアメリカの独立を体感することができました。

国連本部前で琉球の脱植民地化を訴える

昨日は、友知さんと国連本部前に行き、琉球独立を主張してきました。国連本部周辺は総会がひらかれていたこともあり、なかなか近くに近付けなかったのですが、近くに住む琉球人女性のご案内で各国の旗が見える場所で、アピールすることができました。琉球独立を国連本部前で宣言しました。先日のフォーラムでは国連に提出するポジションペーパーを報告しました。

ニューヨークの町中を歩きました。様々な民族が歩き、多様性と自由の空気を感じました。音、におい、人の顔、歩くスピード等、私の皮膚が痛くなるほど、時が早く流れるのを感じました。大変、刺激的な街です。

昨晩は、最初にグランドセントラルと呼ばれる駅で3人の琉球人とともに語らいました。30年以上、この街で働き、会社を経営してきたスーザンさんから、在NYの琉球人としての視点から、現在や将来の琉球についての意見や、斬新なアイデアを伺いました。照屋勇賢さんからも、同地でアート活動しながら考える、琉球がもっとこんなふうにあったらいいなという御提言が刺激的でした。沖縄県庁、沖縄コンベンションビューロー等は、世界で活躍する琉球人からも意見を積極的に聞いて、「アジアの中の琉球」としてのステータスを自らの手で作るべきではないでしょうか。その後、ビルのテラスにあるレストランで、街の様々な音を聞き、においをかぎながら、ニューヨークで琉球を熱く語り合いました。

昨日は、自由を女神を見て、琉球独立を考えました。アメリカがイギリスから独立して100年になったことを記念し、独立運動を支援したフランス人から贈呈されました。1886年に完成しました。右手には松明、左手にはアメリカが独立した1776年7月4日」と、フランス革命勃発の日の1789年7月14日の文字が刻まれた銘板を持ち、足は鎖と足かせを踏みつけています。琉球独立と重ね合わせながら自由の女神を見ました。

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