FC2ブログ

FC2カウンター

プロフィール

Yasukatsu Matsushima

Author:Yasukatsu Matsushima
1963年琉球石垣島生まれ。石垣島、南大東島、与那国島、沖縄島にて育つ。

その後、東京、グアム、パラオ、沖縄島、静岡、京都、滋賀にて学び、働き、生活する。

著書に『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』藤原書店、2002年
『琉球の「自治」』藤原書店、2006年
『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(編著)藤原書店、2010年、
『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』早稲田大学出版部、2007年
『琉球独立への道』法律文化社、2012年
『琉球独立論ー琉球民族のマニフェスト』バジリコ、2014年
『琉球独立ー御真人の疑問にお答えします』Ryukyu企画、2014年
『琉球独立宣言ー実現可能な5つの方法』講談社文庫、2015年
『民際学の展開ー方法論・人権・地域・環境の視座から』(編著)晃洋書房、2012年
『琉球列島の環境問題ー「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』(編著)高文研、2012年
『3・11以後何が変わらないのか』(共著)岩波書店、2013年
『島嶼経済とコモンズ』(編著)晃洋書房、2015年
Yasukatsu Matsushima

バナーを作成

リンク

カテゴリー

最近の記事

月別アーカイブ

琉球関連の文献

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

琉球の言葉

琉球人さんからのコメントです。

独りよがりや孤立する事は敵の思う壷である事も、又、自明の理である
第二次世界大戦で、エチオピアにイタリア軍が圧倒的近代武装をもって、進攻しました。開戦当初は、連合軍のどの国も助ける事が出来なかった。
戦略上重要な地点に位置しているが故にです。
だが、誇り高きエチオピアは、負けなかった。原始的な武器で勇ましく応戦しました。
国連で世界に向け、不当性を訴え続けました。

ナチスは、ポーランドを壊滅状態までに陥れ、バルバロッサ作戦を進攻させ、無惨にも、侵略した国の人々まで、多数民間人を殺害して来ました。
ソ連は、一千万人の戦死者を出して、国土を守りました。スターリンの粛正によって戦死者としてカウントされている数も少なからずいますが、ナチスは、ロシアの豊かな資源を是が非でも手に入れたかった為、東部戦線はかなりの激戦地帯だったことが想像つきますね。
私達は、同じ枢軸国の残忍非道さは、殆ど話題にはしません。

我々、日本人全体の第二次世界大戦論は、被害者意識ばかりの一方通行の議論ばかりで、非常に、残念です。

我々は、ナチズムに加担した国なのですよ。
ヒットラーと握手した国なのですよ。




アバターさんからのコメントです。

>公用語とは一種の共通語

公用語はいくつあってもかまいませんが、
共通語がいっぱいあっては、共通語になりません。

母語の琉球諸語は第一言語、
共通語は第二言語として一つになると思います。

琉球の共通語は現実的には日本語になると思いますが、
それでは植民地国とあまり変わらないし、
琉球のアイデンティティとしても独自性がそこなわれると思います。
琉球國の共通語の首里語が最も理想的と思います。
千島列島や樺太や満州や南モンゴル(内モンゴル)や台湾など、
最も日本が植民地支配していた地域が、
民族独立を果たすどころか、ロシア・中国の植民地になっています。
アイヌ民族、満州人、南モンゴル人、高砂族など、
植民地支配下のまま民族消滅へ追い込まれています。

そもそも満州や南モンゴルなど中国化した漢民族入植は、
日本植民地支配が北方民族の母なる大地を奪って、
開墾させ始めた政策ですね。

世界の国の独立と大げさに言いますが、
インドネシアやビルマの民族独立にちょっと関係したくらいで、
ほとんどの世界の民族独立には無関係です。
インドネシア・ビルマにしても多くの被抑圧民族が民族独立と逆に抑圧されています。

言語学習の負担を小さくするには、
いっそ、世界共通語の英語を第二言語にしてしまえば、
母語と英語だけで済みますし、世界もそれが最も広いと思います。



エルファイアーさんからのコメントです。

■沖永良部島民のアイデンティティと境界性
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/490/3/Honbun-3746.pdf
『第三章 外部勢力による政治支配とアイデンティティ形成』より

沖永良部島には、自己を「もともとエラブの人・地の人」と認識している人々に加え、沖縄系や鹿児島系を強く意識している人々がおり、多くの場合それらの人々は各々の出自をアイデンティティの拠りどころとしている。例えば、沖縄系出自には「永良部世(えらぶよ)の主(ぬし)」の子孫を名乗る「宗(そう)」、「要(かなめ)」性の親族集団が存在し、これらの人々の始祖とされる人物は三山時代(14 世紀頃)に遡る。

一方、鹿児島系出自をアイデンティティの拠りどころとしている人々は、薩摩藩直轄領時代に赴任してきた藩役人を始祖としている場合が多い。鹿児島系の人々は、「先祖は薩摩の○○代官である」と祖先が薩摩藩の士族であったことを誇りとし、家系図を作成するなど、祖先の出自への関心は高い。出自は、人々のアイデンティティを形成する重要な要素になっており、その出自に基づくアイデンティティは沖縄あるいは鹿児島への帰属意識に関連している1。


------------

見れば見るほど複雑になる。
場合によっては、更にサブグループを考える必要がありそう。

スポンサーサイト



<< 多様な島嶼の言葉 | ホーム | 第8回ゆいまーるの集い 14 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP