12月29日の八重山毎日新聞に厳しい社会生活の中で「ゆいの精神」を発揮しようと呼びかける記事がありましたので、ご紹介します。
八重山諸島にとっても今年は大変な年であったことが分かります。このような厳しい時にこそ、島の力である、ゆいまーるを見直して、新しい年に望むべきではないかと思います。
「困ったときには、1人で悩まずに相談しよう。苦しみもみんなで共有しよう。復帰前はみんなが支えあって生活してきたのだ。それが島社会の原点で、八重山にはまだ残っているのだ。」という言葉は、八重山の自治の可能性を示すものであるといえます。
市民生活直撃した激動の1年
1年の世相を反映する漢字に「変」が選ばれたように、今年は物価上昇による生活の変化が著しく、
世界経済の大変動に見舞われた。
八重山の「変」は長雨に始まり、オニヒトデ大量発生、観光客の減少、大型台風被害、原油価格高騰に伴う物価値上げラッシュ、子牛価格の暴落と、まさに激動の年だったといえよう。
とりわけて原油高騰の経済異変は、郡民生活を直撃した。有村産業の倒産で海路の旅客は閉ざされ、バス、タクシー料金値上げ、さらに離島定期航路も燃油サーチャージ制を導入、食品を中心に生活物資が軒並みアップした。
輸送コストが大きい離島には、都市の数倍ものスピードで経済変動の波が押し寄せたのだ。
その荒波に産業も揺れた。八重山経済を支える観光は、景気悪化に伴う旅行需要の冷え込みに必死に耐えている。
希望退職を募ったホテルもあり、雇用調整に入った。公共工事の減少、資材高騰で経営に行き詰まった老舗建設会社もある。
■子どもたちの活躍の年でも
だが、暗い出来事ばかりではない。雨にたたられたものの、ロッテキャンプがスタートし、子どもたちはあこがれのプロ野球選手を間近で見られるようになった。少年野球の指導者に与えたインパクトは大きい。大相撲の巡業もあった。
また「八重山から都大路に行かす会」も発足し、八重高男子駅伝部がその期待に応えた。最終的に県大会で2位となり出場権は逃したものの、子どもたちはそれまでの下位グループからトップクラスまで、成長を遂げたのである。これは一昨年の甲子園出場と同様に、八重山の子どもたちの身体能力の高さを裏づけ、地域の支援体制次第でどの競技でも目標レベルに達することを見せた。
さらに中高校各校が各種大会で「日本一」を次々と獲得。全国農林水産祭では畜産農家の多宇夫妻が県初の天皇賞に輝いた。「日本一」の畜産農家を輩出したのである。
市北西部地区や竹富、与那国両町のブロードバンド整備も進んだ。また環境問題への意識も高くなった。
市の景観条例を支援する民間団体が発足し、地球温暖化防止など活発に活動している。大きな特徴だろう。
■不況克服には原点回帰
やがて新年を迎えるが、100年に1度と言われる世界同時不況で、より厳しいスタートとなりそうだ。
昨年暮れには八重山職安窓口から季節求人がなくなった。昨年から下降傾向にあった基幹産業の観光も、入域客が大幅ダウンし、旅行控えで年明けはさらに厳しさを増すものと見られる。
移住ブームで次々と建設された共同住宅も飽和状態となり、入居者募集の看板が目立つようになった。どのように経済不況の大波が押し寄せてくるのか分からない。
このような冬の時代を乗り切るため私たちは結集して知恵を絞らなければならない。同時に助け合いの心、「ゆいの精神」を発揮しよう。
都市化が進み、市街地では隣人の顔が見えにくくなった。島社会で孤独死も起きている。困ったときには、1人で悩まずに相談しよう。苦しみもみんなで共有しよう。復帰前はみんなが支えあって生活してきたのだ。それが島社会の原点で、八重山にはまだ残っているのだ。
原点回帰は嵐が過ぎ去ったあと、必ず大きな効果をもたらすのだ。
はじめまして
父にこのブログを教えてもらい、楽しみにしながら見ていますw
応援しています。
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