昨日、お伝えした森本さんのコラムですが、ご本人より文章の差し替えの希望がありましたので、差し替えました。
次の文章は、2009年5月30日の『沖縄タイムス』に掲載された、喜山さんがかかれた『奄美自立論』に関する私の書評です。
今年は島津侵略400年の年であり、奄美諸島は島津藩の直轄領となり、厳しい植民地支配体制下におかれた。
日本史・琉球史、冊封体制という狭い枠組みではなく、欧州諸国による世界中の植民地化、日本における宣教師による宗教戦争という世界史の中で島津藩による琉球支配を検討すべきであると私は考える。
また奄美の砂糖搾取や奴隷制の世界史的な意味も、三角貿易下にあったカリブ海諸島と比較してこそ明らかになるだろう。本書は、島津藩・鹿児島県による近世・近代における奄美に対する植民地支配の実態を、被植民者としての立場から明確に分かりやすく記述した好著である。
喜山氏は次のように述べている。「鹿児島には奄美と見るや、あからさまな侮蔑を加える人物がいるのはなぜなのか。しかもとても威圧的なのはなぜなのか。奄美を直接支配した歴史に批判的な声がかの地で皆無に近いのはなぜなのか。」
現在、琉球の島々では400年を問うシンポが開催されているが、侵略側の鹿児島では議論がほとんど行われていないという。先日、沖永良部島で行われた400年シンポに私が参加した際に鹿児島の研究者に出会った。
奄美の人々はこのような抑圧的な人々と400年も生きてきたのかと、奄美の歴史、喜山氏の島津・鹿児島に対する怒りを思った。
「奄美は琉球ではない、大和でもない。だが琉球にもなれ大和にもなれ」という二重の疎外をどのように奄美は克服し、これから自立した道を歩むことができるのかが本書では示されている。
島の自立は南琉球(沖縄諸島、宮古八重山諸島)にとっても大きな課題であり、本書は大きな示唆を与えるだろう。同時に、奄美と南琉球との歴史的な違いに改めて気付かされる。
本書は、同じ琉球文化圏の仲間である「与論人(ゆんぬんちゅ)」による、どこにも帰属しない島の自治・自立を求めた魂の叫びである。
コメントの投稿