後藤新平の自治の言葉を引用します。
社会国家の単位は個人であり、自治的自覚をもった個人が増えない限り、社会、国家は変わらないというのが、本NPOの根本思想です。よって年に2回、各島々をまわり、島人と自治について議論して、参加者全員の自治的自覚を促す活動を、地道に行っているわけです。
人体が無数の細胞からでき上がっているのように、社会といい国家といわれる大きな団体も、人間とう無数の個人から組織されている。
細胞が不健全であれば、人体もまた不健全であるように、社会国家を形作る個人個人が不健全であれば、その社会国家も勢い不健全な集団であることを免れない。
自然、社会国家が健全であるよう希うならば、個人個人が自治精神の堅実な活力に満ちた者でなければならない。
この意味から個人としては自己を感染して自主独立の人にあらしめなければならぬように、社会国家から見ても、この細胞である個人がどこまでも健全なことが必要である。
人間の人生上の目的として、真善美の追求がありますが、その人生目標も自治によってなり遂げることができます。
健全な個人とはどのような人物を指すかといえば、その特徴は単に衣食生活の満足のみを目的とせず、高い人間味すなわち尊い理想の実現を志して努力邁進するところにある。
人間の理想といえば、ある者は真を発揮しようととし、ある者は善に到達しようとし、またある者は美を表現しようとする。
こうして真なり善なり美なりを、偏頗にならないよう均衡を得て、人間生活に実現させようとするのが、人生の尊いゆえんである。
この理想は個人と社会と国家とそれぞれ趣を異にはしようが、自治精神がふる興されて初めてその目的が達せられる点は同一である。
社会的、国家的問題の根本の解決はまず、社会国家の構成員である、各個人の自覚が大前提となります。よって私も『琉球の「自治」』において、「琉球人を目覚めよ」と叫び、呼びかけたのであります。自治とは、行政上、研究上の言葉としてとどまっている限りまだ未熟であり、各人の宗教となるまでに、生活の土台にならねばならないものです。
この理想があるから、人間は向上し進歩し醇化するのであって、人間の組織する社会国家もまた、向上し進歩し醇化するのである。
自治生活の様式は、このように個人から社会国家へと条理整然とした経路を辿っていくものであって、個人の完成は、個人の集合している社会国家の完成となる順序である。
社会国家の腐敗が歎かわしい場合、それはいたずらに歎くべきことではなく、各個人が自覚反省一番して、ちょうど疲れ弱った身体に悩む者が、その身体の細胞に宿る病根を一掃して健康を回復するように、全社会、全国家の病弊改善を図らねばならぬ。
これが自治宗の信条であり使命である。
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